ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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8、その昔。

 何かが変わるかもしれない。何かを変えたい。

 そう思い始めたのは、中学校二年の夏が終わって長袖に変わったころだ。

 中学校生活も半分を終え、進路希望というものが出てきた。いよいよ高校進学、という経路が見えてきたせいで、オレはそれまで以上に焦燥感と失望感に囚われていた。いよいよタイムリミットが迫ってきている。

 だが結局、普通の男子でしかないオレは、一夏と同じ藍越学園を志望することにした。地元企業への就職が強い高校だ。

「いつまでも千冬姉に迷惑かけてられないからな。少しでも早く独り立ちしなきゃ」

 学校の帰り道、彼は真面目な顔で呟いた。

 こいつはこいつなりに、真剣に考えている。ずっと姉に世話になって育ってきたその恩に報いるために、早く一人前になろうとしている。

 幼いときは、たまにメシに誘ったりしたが、最近は鈴の家の中華屋か弾の家の定食屋でメシを食ってることが多い。それでも千冬さんが帰ってきているときは、自分で作るし鍋パーティを開いたときも一夏が鍋奉行……いや、この話はやめよう。嫌な思い出しかない。ガクブルな思い出すぎるチクショウ。

 ともかくオレが鈴と一夏を何とかくっつけようと行動したのも中学校二年のときだし、あの事件が起きたのも中学校二年のときで、織斑一夏を最後に見たのも、中学校二年の秋のときだった。

「最近、どうしたんだお前」

 隣を歩く一夏が、呆れた様子で声をかけてくる。

「何でもねえよ」

「なんかピリピリしてんだけど。あとキョロキョロしすぎだろ」

「最近、殺し屋に狙われてる気がするだけだ。気にすんな」

「何言ってんだ、お前。剣道部はいいのか?」

「自主休業だ」

「んじゃあ何で竹刀持ってんだよ」

「殺し屋対策だ」

 オレの知る通りなら今日か明日、一夏は『亡国機業』に誘拐される。

 だけどそれがもし防げたなら? 

 自分だけが知る事象、自分だけが知る未来を初めて有効活用できるときが来た。

 かと言って、味方はオレしかいない。一夏が誘拐されるかもしれない、なんて誰にも言っても信じなかった。そりゃそうだ。

 オレの心配のし過ぎだと思うだろう。モンドグロッソはIS関連とはいえ、世間の感覚じゃオリンピックみたいなもんだ。欧米ならサッカー賭博で選手の身内が誘拐されて八百長試合とかはあるが、日本人にはピンと来ない事象だろう。

「お前って昔から時々、意味不明な行動するよなあ」

「ん?」

「ISの勉強も何でしてるかは知らんけど、白騎士事件より前から調べてたりしてたし」

「……ふっ、実はオレ、未来人なんだ」

「んじゃ今日の決勝戦の行方はわかるか?」

 一夏が笑いながら尋ねる。明日の決勝戦、というのはつまりモンドグロッソの総合優勝が決まる戦いのことだ。

「勝負は最後までわかんねえよ」

「未来、見えてねえじゃん」

「うっせえ。そんなことより近道は今日はやめようぜ。あっちに美味いタイ焼き屋台がある。奢るぞ」

「マジか」

「超マジ」

 さりげなく人通りの多い道を選んで、一夏を誘導していく。昔ながらの商店街に入った。古い建物の店が立ち並んでいるが、活気はあって夕方は人が多い。

「ほれ」

「さんきゅ」

 タイ焼きを買って、二人で食べながら歩いた。

 この後はどうする? どのみち一夏の家には誰もいない。かといってうちに連れ込んで両親を巻き込むわけにもいかない。警察か。ここをもうも少し真っ直ぐ行けば、この街で一番大きな警察署がある。そこに立ち寄って粘るか、それとも少しでも早く家に帰るべきか。

 こんなことなら金でも貯めてモンドグロッソを見に行くんだった。現地に行けば、少なくとも控室に入れればセキュリティは万全だ。そんなことを言っても今さらか。

 商店街を抜けて警察署まで一キロぐらいだ。車は増えるが、人通りは少なくなる。

「悪い一夏、ちょっと警察に付き合ってくれねえか」

「警察?」

「落し物したんだ」

「ふーん、まあいいぜ、タイ焼き奢ってもらったしな」

 この際、警察で暴れて一夏ごと勾留所にぶち込んでもらうべきか。父さん母さんには悪いが……いや待て、最悪、千冬さんが決勝を棄権して迎えに来るかもしれない。そうすると結果は一緒だし、一夏は警察に捕まって姉を棄権させた最悪の弟としてレッテルを貼られてしまう。それはマズイ。

 ……味方がいないってのは、こういうことか。何も手がない。この先の展開を知っていようとも、ただの一般人に生まれてしまえばこんなものだ。

 商店街を出て、警察署に続く道に入る。片側二車線の道路の横をタイ焼き片手に二人で歩く。

 電気モーター独特のカン高い加速音が背後から聞こえる。振り向けば、オレたちの後方から、黒塗りの車が猛スピードで走ってきていた。

「一夏! 逃げろ! 警察署に走れ!」

「え?」

「急げ!」

 黒塗りの車がオレたちの視線の先から、猛スピードで近づいてくる。

 オレは持っていた竹刀袋から木刀を抜く。武器なんてこれぐらいしかない。

「何やってんだ! 早く逃げろ! 狙いはお前だ!」

「え、いやお前何言ってるんだよ」

 一夏がきょとんとした顔でタイ焼きの尻尾を咥えていた。

 ああ、クソ! 何で話が通じない、何でオレを信じない! 

 急ブレーキとともに、ドアが開いて車の中から黒づくめにサングラスをした男たちが降りてくる。

「な、なんだアンタたち!?」

 五人の男たちが一夏を取り囲んだ。

「一夏!」

 オレは木刀を振り被って、そのうちの一人を狙う。そこへ小さな乾いた破裂音が鳴る。

「動くな」

 男の手には拳銃があった。

「おい、待てよ、なんだってんだ!?」

 一夏が必死に抵抗しているが、多勢に無勢だ。あっという間に手足を掴まれ、車に乗せられそうになる。

「一夏!」

 ……情けない話だが、拳銃が怖くて足が動かない。あれに当たれば、非力なオレは死んでしまうかもしれない。

 荒っぽくドアが閉まる音がした。一夏が車の後部座席に押し込まれたようだ。

「出せ」

 オレに拳銃を向けていた男が助手席に乗りながら短く命令をした。

 銃口がオレから外れた。今だ!

 木刀を持って突撃しようとする。

 だがそこにもう一発、銃声が響いた。ただの空に向かっての威嚇射撃だ。しかしたったそれだけの恐怖で、オレは動けなくなる。

 助手席のドアが閉まり、黒塗りの車が発進した。あっという間に、へたり込んだオレから遠ざかっていく。

 織斑一夏はモンドグロッソ決勝戦の当日、亡国機業によって誘拐された。

 その事実を変える力が、オレにはなかったのだ。

 この後、事実を知った鈴に無言で殴られ、弾と数馬は黙ってオレに同情してくれた。

 一夏はドイツ軍の情報によって場所を突き止めた姉により助け出され、織斑千冬はIS世界大会決勝を棄権。事件は秘匿とされ、この事件を知る者は少ない。

 しかし、本来ならまた普段通りに学校に通うはずの一夏が、そのままオレたちと会わずに海外へ転校していった。理由はこれ以上オレたちを、今回みたいな事件に巻き込まないためだ。

 ドイツ軍に借りを返すために教官として赴任する千冬さんと一緒に、アイツはヨーロッパに渡って行った。そして千冬さんの赴任機関の一年が経っても、一夏は戻って来なかった。

 結論から言えば、オレの知っている展開と違うものになった。

 未来は変わったか、と尋ねられたなら、イエスだろう。

 未来を変えられたのか、と聞かれたら、答えはノーだった。オレは何も出来てない。むしろオレが危険な目に遭ったことにより一夏はヨーロッパに渡り、『彼の物語』の邪魔をしただけになった。

 だったら、これ以上は出しゃばらず脇役は脇役としての人生を生きるべきだ。

 飛べない豚はただの豚だって、ポルコ・ロッソが言っていた。じゃあ、飛べない鷹は本来の機能すら無いのだから、それ以下だろう。

 

 だから一夏の代わりにISに触れてみた。ISが動かせるとわかってからは、自分なりに努力し続けた。

 結果論から言えば、一夏もオレもISパイロットとなり、一夏もIS学園に合流してきた。

 でも、一夏は本来なら必要のない苦労をしている。

 これからのオレは、一夏の代わりを目指す必要もない。だったら、今度は一夏の支えとなるように頑張り続けるしか、懺悔の方法はないんだろう。

 

 

 IS学園に転入してきた一夏、ラウラ、シャルロットと、オレは校舎の屋上でメシを食っていた。遠目からチラチラと見ていた箒と鈴も誘っておいた。

「んで、お前、そこの二人とはどういう関係なわけ?」

 そこの二人とは、もちろんフランス人とドイツ人のことである。

「あー話せば長くなるんだけど、まずオレ、ドイツ軍の基地にある食堂でバイトしてたんだ。千冬姉が教官してたから、その伝手でさ。そこで黒兎部隊にコーヒーを届けに行ったら」

「あのときは驚いたぞ。どうやって入ったかもわからんが、ISが男に反応しているのだからな」

 ラウラがBLTサンドを齧りながら、呆れたような口調で言う。

「そんであれやこれやで黒兎部隊に仮入隊させられて、ISを一から教えられたってわけさ」

「それ、いつ頃の話?」

「千冬姉だけが日本に戻ってから、しばらく経ったあとかな。今年の二月」

 それはつまり、オレが打鉄を機動させた時期であり、本来のストーリーで一夏がISと初接触した時期だろう。

「んで、そこから黒兎部隊ってわけか」

「まあ、すっかりこの少佐殿とは打ち解けてるけど、最初はすっげー冷たかったんだぜ。織斑教官がモンドグロッソで優勝できなかったのは、お前のせいだって」

 左目に眼帯をつけた一夏が笑いながら、隣のラウラを指さす。当の本人は少し居心地が悪そうに、

「ふ、ふん、昔のことなど忘れた」

 とそっぽを向く。

「んで、そっちのシャルロットとは?」

「あ、あー、シャルロットはな、フランスに旅行行ったときに出会ったんだよ」

 少し歯切れの悪い返答は、たぶん何か隠し事があるんだろう。こいつは昔っからバカ正直に、超をつけてもいいぐらいウソが下手だった。

「それってゴールデンウィーク前か?」

 チラリとシャルロットを見ると、オレの意を汲み取って、

「そうだよ、ヨウ君と会うほんのちょっと前」

 と朗らかに種明かしをしてくれる。

「で、ドイツとフランスを行き来してて、一区切り着いたから、日本に戻ってきたってわけ」

 ふむ、と一夏の話を総合して、前回の人生の知識と擦り合わせる。つまりコイツは、ラウラとシャルロットのイベントを先にこなしたっていうことになるのか。

 結局、こいつはどこに行っても主人公だった。

 セシリアが聞きつけていたヨーロッパに現れた男性IS操縦者、これはオレが勝手にシャルロットと思い込んでただけで、本当は織斑一夏だった。

「あー、なるほどな。国際ISショーでシャルロットが妙に鈴のこと詳しかったのは、一夏に聞いたわけか」

 すげえ納得した。……今から思えば、三流ニュースサイトに載ってた男性ISパイロットの後ろ姿って一夏だったのか?

「そういうこと。色々ヨウ君に聞いて、一夏へのお土産話にしてあげようかなって」

「言ってくれれば良かったのにって言えるわけねえか」

「ドイツ軍でも一応は秘密だったし、うちの会社もやっぱり公開はしたくなかったしね」

 シャルロットが少し言いづらそうにしているのは、やっぱり自分の親の会社だからだろうか。

「しっかしヨウ、久しぶりだな。箒も鈴も。元気してたか? メールだけだと二人ともよくわかんねえからなあ」

 一夏が幼馴染に話しかけると、

「ま、まあな。キサマこそ連絡ぐらいすぐ返せ」

「ま、まったくよ。アンタってわりと自分勝手よね!」

 そこにシャルロットが一夏の袖をツンツンと引っ張る。

「そっちの二人もちゃんと紹介してほしいかな。話は聞いてたけど、初対面だしね」

「何度か話したことあるけど、これが幼馴染の二人なんだ」

 一夏が言うと、箒と鈴が顔を見合わせ、

『二人!?』

 とお互いの顔を指さす。

「ど、どういうことよ? こいつって、篠ノ之箒よね?」

「そっか、ちょうど二人は入れ替わりだったっけ。鈴に言ったことなかったか。箒がファースト幼馴染、鈴がセカンド幼馴染ってわけ」

 一夏が唐変木発言をする。

 オレは頭を抱えたくなった。聞いたことある発言だったとはいえ、間近で聞くとこれは本当に胃が痛くなる。一気にムードが険悪になっていくのが手に取るようにわかった。

「んで、ヨウが一番長い幼馴染だな。小学校二年のときから六年間一緒だったし」

「お、おう」

 箒と鈴の殺意の矛先がオレに向かう。何でだよ!?

「しっかし皆、久しぶりだよなー変わってなくて良かったぜ。でもお前、メガネかけるほど目が悪かったっけ? 昔から本ばっか読んでたけど」

「本はそこまで好きじゃねーよ。IS関連だけだ。目が悪くなったのも最近の話。お前こそ眼帯、似合ってねえぞ」

「そっか? 割と気にいってるんだけど。ラウラとお揃いだしな」

 一夏が件の黒い布地を触りながら答えると、隣のラウラがちょっとそっぽを向いて、

「ふ、ふん、私が強制したわけではないぞ」

 とおっしゃった。ただし顔が少し赤い。

「そ、それでいいいい、一夏!」

 箒がぐぐっと身を乗り出す。

「なんだ?」

「そっちの二人とおおおおお前は、そのつつつ付き合っ、ゴホン、えっとその」

 うわ、篠ノ之さん、顔が超真っ赤。

 それ以上は恥ずかしくて言葉に出せないようで、黙りこむ。一夏が全くわけがわからないのか、首を傾げていた。

 あー仕方ねえ。

「そっちの二人のうちどっちかと付き合ってるわけ? もしくは付き合ってないけど秒読み段階とか?」

 代わりにオレが聞くと、シャルロットが顔を少し赤くして、期待を込めた目で一夏の顔を覗き見る。だがしかし、一夏の返答は、

「いや別に? 友達だけど」

 という無慈悲なものだった。

 シャルロットが物凄い暗い表情で落ち込んだ。代わりに箒が安堵の表情を浮かべる。

「まあ、一夏は私の嫁だがな」

 ラウラ様が胸を張っておっしゃると、今度は鈴が体を乗り出してきて、

「あ、朝も言ってたけど、一体、どういうことなのよ! まさかアンタ、結婚してるとか?」

 うわ、返答次第で一夏を殺しそうな目をしている。いや年齢的に結婚できるわけねえだろ。

「あーコイツ、ちょっと勘違いしてるんだよ。日本じゃ気にいってる人間を自分の嫁と呼ぶらしいって、副官に教えてもらっててさ」

「そ、そういうことね。なあんだ」

 ホッと胸を撫で下ろすが、鈴さんよ、ラウラさんが一夏に対して告白しているので一歩リードしてるんだぜ? とは言い出せないオレはチキンだ、鷹だけに。言ったらとばっちりで殺されそうだからな。こいつは照れ隠しのために、一夏だけじゃなくてオレと弾と数馬も殺そうとするから厄介だ。それだけ遠慮がない関係ってこともあるだろうけど。

「まーそういうわけで、鷹、箒、鈴、またよろしくな!」

 織斑一夏がオレ達に向けて笑顔で親指を立てる。

 オレを含めた三人の表情はいずれも「仕方ないなあ」という顔だった。全員が、幼馴染が相変わらずで安心していた。

 

 

 放課後はいつも通りの練習だ。

 最近ではISの全身展開まで一秒とかからない。だがセシリア曰く、それだけを練習するバカはいないということだった。

 オレの三か月は全くの徒労ってことか……と思うが、いつか役に立つ日も来るだろう。

 今日も今日とて飛びもせずに翼を稼働させる。最近では部分展開で翼だけ展開し、右翼左翼尾翼をバラバラに起動させたりしている。

「よっ、こんなところにいたのか」

 ISスーツに着替えた一夏が声をかけてくる。

「どうした? 新しいクラスメイトと交流を深めておけよ」

「いや、専用機を受け取ったところ。どうだ、一戦やらないか? 全力演習」

「全力演習とか軍人みたいな言い方するなお前は。悪いな、普段はほとんど模擬戦やらないんだ」

 会話しながらも翼をバタつかせる。

「羽根を動かすだけの訓練か? 相変わらずっていうか何ていうか、お前って顔のわりに地味だよな」

「うっせ」

「うーん、じゃあちょっと飛ぶだけでもしてくるか」

「向こうだと何に乗ってたんだ?」

「ドイツだと軍で余ってた古い機体。良い機体だった」

「今は?」

「これさ」

 一夏が右腕を見せる。

「白式……」

「何で知ってるんだ?」

「い、いや、コンペしたんだよ、それと」

「コンペ?」

「陸自の新型につける推進翼のコンペ。そんときの相手が、その機体だったんだ」

「へー、んじゃあ結構最近の話か。それよりどうよガントレット、かっこいいだろ?」

 冗談めかして一夏が笑う。

 青いISスーツに白い腕輪、左目こそ眼帯で隠れてるが、これが織斑一夏だ。

「はははっ」

 思わず笑いが込みあがる。

 見たかった物、見たくなかった物が同時にココにある。

「どうした?」

「何でもねえよ、んじゃヒーロー、飛んでこい。落ちそうになったら拾ってやる」

「落ちるほどバカじゃねーって」

 そう言って、一夏が目を閉じる。

「来い、白式!」

 左手で右手のガントレットを掴んで頭上に持ち上げた。

 白い装甲が現れて、最後に肩に浮かんだフロート推進部が現れる。

「行ってくる」

 織斑一夏が空に舞い上がる。オレはそれを見上げた。

 太陽を背に、気持ちよさそうに白式が飛んでいる。

 それは紛うことなく、主人公の帰還だった。

 

 

 三人も転入してきたとはいえ、IS学園での生活はそうそう変わらない。

「ねえ織斑君って、ヨウ君の友達なんだよね」

「おうよ」

 一年専用寮の食堂で、食事中に玲美が聞いてきた。

 一夏は今日は家に戻ると言って、織斑先生と一緒に家に帰っていった。久しぶりに姉弟水入らずで過ごすんだろう。さすがに邪魔をしようという輩はいなかった。

「不思議なこともあるよね。友達同士が世界で二人だけの男性IS操縦者なんて」

 夕飯を寮の食堂で食ってると、隣に座ってた玲美がそんなことを言い出した。

「……そうだな」

 違う。オレは闖入者で、一夏が動かせるのは不思議でも何でもない。だってアイツはこの世界の主人公なんだから。

「どんな人だったの?」

「一言で言うと、ヒーローだな」

「ヒーロー?」

「そうそう。筋の通ってないことは大嫌い、ケンカも強くて男前。頭の回転も速いしな」

「へー。じゃあモテたんでしょ?」

「そりゃモテたよ。ホントに昔っから。ほら、前に箒がオレのダチに惚れてるって話をし、いてぇ!?」

 会話の途中で後頭部を殴られたので、後ろを振り向けば、そこには青筋を立てた箒が立っていた。

「お前はペラペラと……」

「あ、うん、惚れてない惚れてない。箒さん全然惚れてない」

「わ、わかればよろしい」

「そう一夏にも言っておく」

「余計なことは言わんでいい!」

 怒鳴りながら箒がオレの反対側に座る。手に持ったトレイには、まるで精進料理のような和定食が乗っていた。

「一夏は家に帰ったぞ。明日からオレと同室だ。乗りこんでくんなよ、ドア壊すなよ」

「知ってるわかってる、するかそんなこと」

「えー……?」

「疑り深いヤツだな」

「ちょっと玲美、聞いてよコイツ、昔、一夏が他の女の子と話してるとさあ」

「タカ! 余計なことは言うな! 国津もコイツの言うことを聞くな!」

「あ、うん。どうせヨウ君の冗談でしょ」

 アハハハと玲美が笑う。

「まあ、箒の話は置いておいて、もう一人、ライバルがいるからなあ。アイツはホント、自爆王だったな」

 玲美がサンドイッチを加えたまま小首を傾げる。

「自爆王?」

「こっちが気を利かせて二人にしてやっても、アタフタしてテンパって失敗すんだよな」

「へー。誰の話なの?」

「お国柄なのかねーあの爆発癖は」

 そこで再び、後頭部を殴られた。

「いてぇ!?」

「誰が自爆王よ誰が」

「今度は鈴かよ……お前ら、人の頭をポンポン殴るんじゃねえ。そういうのは一夏の役目だろ」

「ったく」

 ラーメンを持った鈴が箒の隣に座る。食べ始める前に、玲美の視線に気づいて、

「違うからね!」

 と大声で否定した。

「あ、はい」

 びっくりして思わずコクリと頷く。

「あんまり脅すなよ、お前らと違ってコイツは大人しいんだからな」

「お前らと違って?」

「目つきが怖えよ箒、人殺しそうな目をしてるぞ」

「ふん。失礼なことを言うからだ」

 オレと玲美は目を合わせて肩を竦める。

「そんなことより鈴は来月のトーナメント、タッグ戦になるって話だけど、誰と組むんだ?」

「うーん、クラスの子かなぁ」

「一夏の隣は狙わないのか」

 何気なく尋ねた内容に箒と鈴の二人ともが、ビクンと震える。

「……しまった、そうか」

「くっ、その手があったか」

 二人とも携帯電話を取り出して、素早く操作し始める。

「もう二人ともご飯中に、はしたないよ?」

 玲美が窘めるが、

「か、火急の用件なのだ」

「そうよ! これは至急を要するの!」

 と必死にメールを打ち続ける。

 二人とも同時に打ち終わって、ホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに隣のライバルに視線を移した。

「お前は二組だろう。二組は二組らしく同じクラスと交流を深めた方が良いのではないか?」

「アンタこそ専用機持ってないじゃん。専用機持ちは専用機持ち同士組んだ方が良いと思うんだけど?」

「ふっ、自分の腕を刀の良し悪しで決めるなど、未熟者のすることだ」

「一流は武器にも拘るのよ」

 二人の睨み合いが始まる。どうにも昼間のファースト&セカンド幼馴染発言が効いたようで、急にライバル意識を持ち始めたようだ。

 そこにピロリンと高い電子音が鳴った。二人ともが自分への返信だと思って携帯電話を見るが、

「あ、オレだ」

 音の出所はオレのケツのポケットからだ。

「このスケベメガネが。紛らわしい」

「メシ時にケータイ見てるなんて、女々しいヤツよねアンタって」

 すげえ言われよう。隣の玲美が優しく肩を叩いて慰めてくれる。わかってくれるのはお前だけだよマジで。

「んじゃメシも食い終わったし、戻るわ。二人とも仲良く食えよ」

 オレと玲美が立ちあがると、二人して顔を見合わせた後、勢い良くそっぽを向く。

 何ともまあ。女の子って大変だよねえ。

 ヤレヤレとため息を吐いた後にケータイを取り出すと、一件のメールが届いていた。

「……マジか」

 そこには政府のエージェントから短い内容が記載されてあった。

「どうしたの?」

「んや、来月のトーナメント、うちの親が見に来るってさ」

 もちろん偽名のままで会うことは出来ないとあった。ただ、観覧席に席を用意したとのことだ。

 これは頑張らねばなるまい。

 本当を言えば堂々と会いたいが、今はそんな自由すらない。ただ、自分が元気にやってる姿を間近で見せることが出来るだけでも、すげえ嬉しい出来事だった。

「何か嬉しそうだね」

「嬉しいよ、ホントに。本当に嬉しいんだ」

 週末のたびに研究所に勤める両親と会っている国津玲美にはわからない感覚かもしれない。

「そっか。じゃあ、がんばらないとね!」

 玲美がポンとオレの肩を叩く。

 オレにだって頑張るだけの理由がある。

 だったら、やれるだけやってみる。闖入者がどこまでいけるか、頑張ってみようと思う。

 このIS学園で。

 

 

 一夏と再会したせいだろうか、懐かしい夢を見ていた。十四歳の春ぐらいの思い出だ。

 中学に入っても、織斑一夏はいつもオレたちの中心だった。

 オレたちの通ってた小学校では、クラス変えは二年ごとで、一夏とは三年から六年まで一緒だった。その後の中学校一年のときだけは別のクラスで、二年のときはまた同じクラスになった。

 ガキどもが色恋に目覚める中学校の時分には、一夏に惚れている女子の数は両手じゃ足りなかった。同級生だけじゃなく下級生や上級生の中にも、彼に惚れているヤツが何人もいた。

 まあ、だがしかし、一夏は極度の恋愛音痴かつ、自分に魅力がないと思い込んでた唐変木だった。あと一本義な性格ゆえか、好きじゃない女の子とは付き合えないという妙な持論も持っていた。

 中学校二年になったばかりの頃、放課後の教室でいつもの連中、つまり一夏、鈴、弾、数馬、そしてオレの五人でダラダラと雑談をしていた。

「一夏も一度、誰かと付き合ってみればいいじゃん」

 弾が突拍子もなくそんなことを言う。古めかしいセーラー服を着た鈴の耳がピンと立った気がした。

「いや、オレはそんな余裕もないしなあ。それに好きになった女の子とじゃないと」

 詰襟の制服を着た一夏が、少し困ったような顔で言う。今は一夏が自分の席に座り、他の人間がそれを囲んでる形だった。オレはそのとき、窓際で腕を組んで、ペラペラと本を読んでいた。

「そ、そうよ、そうじゃないと相手にも失礼ってもんでしょ!」

 鈴が必死に予防線を張る。

「だよなあ。それに千冬姉に迷惑をかけないようになってからだ」

 机に肘をついた一夏が、真面目な顔で言う。

「でもよ、千冬さんは気にすんなって言ってるんだろ。普通に学生しろっていてぇな鈴!」

 一夏に助言をしてる最中に、鈴が思いっきりオレの足を踏んできやがった。そして殺気の込められた目線で、『余計なこと言うな』というアイサインを送ってきた。

 いや、それだとお前の恋も成就しないんだが。

「ヨウ、お前またISの本を読んでんのか」

 数馬が呆れたように言うと、鈴が鼻を鳴らし、

「男がそんなもん読んでも無駄だっての」

 と小馬鹿にしてきた。

「好きなんだよコレ」

 そう、ISが世間で認められて世界を席巻し、あっという間に世の中を変えていってしまった。今じゃ書店にIS関連書籍の棚があり、IS学園に入るための赤本まであるぐらいだ。

「残念ね、男は操縦できないんだから。そんな本読んでも無駄無駄」

「うっせ。いつか男が操縦できるようになるかもしれないだろうが」

「来ないわよ、ぜぇーったいに! アンタ、今年も全然ダメだったらしいじゃない」

 来るんだよ、オレじゃないけど、そこにいる織斑一夏が操縦できる日が。

 残念だけどオレはたぶん、ISを操縦できない。女子連中が受けるIS適性試験。実は希望者は男だってお情けのように受けさせてもらえる。女性優先の社会ならではの『男』に差し伸べられる機会の平等ってヤツだ。

 オレも何度か受けて見たが、IS適正はランク外。計測器はピクリとも動かなかったし、もちろん周りからは笑い物にされた。一夏はIS適正試験を希望することさえしなかったので、この時点での『主人公』の実力はオレにもわからなかった。

 そんなことを思ってるうちに、自然と一夏の顔をマジマジと見てしまっていた。

「どうしたんだ?」

 一夏がオレの視線に気付いて、顔にクエスチョンマークを浮かべる。

「何でもねえよ、ヒーローさん」

 わざとからかうような声で肩を竦める。

「だからヒーローって呼ぶなよ。オレのどこがヒーローなんだよ」

 相手はちょっとムっとした顔をしたが、決して本気では怒っていない。

 オレにとっては、織斑一夏はヒーロー以外の何物でもない。正義感があって、クラスの人気者で、曲がったことは大嫌いで、誰にだって平等に接して、目の前に困ったヤツがいれば手を差し伸べる。今でさえ中学校で一番モテるヤツで、あと二年もすれば、世界でたった一人の主人公として誰もが注目する男になる。

「ヒーローみたいなもんだろ」

 そして、オレは登場人物ですらない。

 この頃のオレは、たぶん屈折していた。IS適正はなく、触れることすら許されない。

 前回の人生の記憶を持って生まれたとしても、今じゃ学力だって他の中学生と変わらない。せいぜい精神的余裕があって大人っぽいとか言われるぐらいだ。そんなヤツ、その辺にゴロゴロといる。事実、剣道だって続けてはいるものの、精いっぱいやっても毎回予選落ちレベルだ。

 目の前には主人公がいて、自分はただの脇役だ。一夏と出会って六年。痛いほど味わってきた。

 決して、織斑一夏が嫌いなわけじゃない。むしろ嫌うには良いヤツすぎて、自分が嫌になってくるぐらいだ。

 色々とIS関連の書籍を読み漁り、IS条約なんて一言一句間違えずに暗唱できる。ISの知識ならIS学園を志望している女子にも負けない。

 でもISはきっと動かない。

 中学校二年の思い出の大半は、そんな暗い物だった。

 

 

 ……なんか音がする。

 ぼやけた頭を左右に振って、眠気を覚まそうとした。

「ん? IS反応?」

 誰かがISを展開してるのか? こんな深夜に。

 時計を見れば深夜二時だ。自室の布団を撥ね退けて起き上る。

 視界のみを部分展開して、周囲を探る。今、この一年専用寮には専用機が六機ある。セシリアのブルーティアーズ、鈴の甲龍、シャルロットのラファール・リヴァイヴ、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲン、更識簪の打鉄弐式、そしてオレのテンペスタ・ホークだ。一夏は実家に帰ってるから、今日はこれだけのはず。一夏は実家に帰ってるから、今日はこれだけのはず。

 IS同士はそれぞれの位置をおおざっぱに把握する機能がある。ゆえに個体数ぐらいはざっとわかった。遠いところに二機、その間に距離を取って二機、そしてオレの反応だ。だがどれも待機状態で展開はされていない。

「いや待て、すぐ近くに一機か? 部屋の中?」

 慌てて部屋内を見回す。だが人の姿はない。もちろん一夏の姿はない。

 ISの右手と頭部インターフェースだけを部分展開し、周囲をセンサーで窺う。

「引き出し?」

 オレの机の引き出しから発しているようだ。

 そっと中を取り出す。母親から貰った、『オレ』が生れたときに病室に落ちていたという石が、お守り袋の中で緑色の光を放っているようだ。

「なんでコレが」

 そっとお守り袋から中身を取り出す。綺麗な立方体の物質だ。

 ……そいや、これ、何なんだ?

 ただの石だと思っていた。前に取り出したときはもっと鈍い光だった。オレは照明が反射してるだけかと思っていた。

「いやこれって」

 オレはこれを見たことがある。大きさが違うから気付かなかったけど、光っている様子で初めて思い当たるものが一つあった。

 そうだ、ISコアだ。

「何でだ。なんでISコアがこんなところに、いや待て、時代が合わないぞ」

 インフィニット・ストラトスが世に出たのはオレが小学生の頃だ。生まれたときなら、それより前だぞ。

「どういうことだよ……」

 机の端末を操作し、ホログラムディスプレイを浮かび上がらせる。アドレス帳から一つの電話番号を押してコールした。

『はい、四十院です。こんな夜中にどうされたんですか?』

「緊急の相談がある」

『緊急?』

「……何が何やらわからないけど至急、オレの部屋に来てくれ」

 

 

 真夜中の四十院研究所で、オレと四十院神楽は国津博士の研究室で一息を吐いていた。

「またとんでも無い物を持ちこんでくれたね」

 苦笑いを浮かべて、玲美のお父さんである国津博士がコーヒーを差し出してくれる。小さくお礼を言って一口だけ口に飲み、オレは背筋を正した。

「やっぱりあれ、ISコアなんですか?」

「おそらくは、としか言えないね」

「どういうことですか?」

「うん、ISコアと同等の機能を持っている物体、と推測される何か。まず予想されるのは、第二形態以降のISに使われていたISコアかなってこと。だけど少し小さい」

「ですよね……」

「ISコア自体がかなりの謎に包まれてる物体だから、何とも言えないけど。あと一つ、すごい謎な部分があるんだけど聞くかい?」

「謎?」

「正直、僕は息が止まるかと思ったよ。誇張表現でも何でもない」

 隣の神楽と顔を見合わせる。

「どういうことなんですか、おじ様。私は国内有数の研究開発者である国津のおじ様が驚くような事態、ということが想像できません」

「そう評価してもらえるのは嬉しいけどね。でもIS研究には何をどうしたって篠ノ之束博士がいるから、どんな科学者だって彼女の手の平の上さ」

 軽く肩を竦めて、オレたちに背中を向けた。

 よく見れば、その足が震えているように見える。

 国津博士はIS用推進翼の第一人者で、この人の作った部品は国内外問わず多く採用されている。つまり歴史の短いIS関連兵装の中ではトップクラスの研究者だってことだ。

 そんな人がここまで驚く事態ってなんだ。

「とりあえず、あのISコアは明日、神楽ちゃんのお父さんと相談して、IS兵装をインストールして一機のISに特急で仕立てあげるよ。そしてステルスモードにして、完全に隠しておく必要がある」

「えっと、どういう意味でしょうか?」

「絶対に見つかっちゃいけないISコアだってことさ」

「……その理由は?」

「ナンバー、聞くかい?」

 ナンバーってのは、ISコアの内部にデータ的に刻まれてる数字のことだ。ISコアは世界で467個しかないので、数字だってもちろん467までになる。

「二瀬野クンが持ってきたISコアっぽい何かだけどね。もしISコアだったとしたら、そのナンバーは」

 国津博士の真剣な眼差しに、オレと神楽は思わず息を飲む。

「四桁、2237番、という数字になるんだ」

 

 

 

 





少し短めですが、『西の地にて』と関連する場所なので、上げました。

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