オレ、二瀬野鷹と国津玲美、岸原理子、そして四十院神楽は、IS学園で四研組とか鷹組とか呼ばれるようになっていた。唯一の男性IS操縦者を中心に、その専用機に縁が深い三人であり、二ヶ月経った今では、学校はおろか寮でもよく一緒に行動している。
校内でのオレの呼び名は、二瀬野、ヨウ、タカ、そしてスケベメガネだ。
……メガネ変えようかな、マジで。
もちろん、表立ってスケベ! と呼ばれる行為をした記憶はない。間違って女子の更衣室に乱入したこともなければ、週に一度だけある大浴場の男子開放日を間違えたこともない。誰かにぶつかって転んだ拍子に胸を揉んだりスカートの中に頭を突っ込んだこともなければ、着替え中の女子の部屋のドアを開けたこともない。
「おい、落としたぞ」
寮の廊下に落ちた布切れを拾い上げる。
「え? ……あれ?」
「ほれ」
ぽいっと布切れを投げる。
「いやん、もう二瀬野クンってばぁ」
洗濯物の塊を抱えたクラスの女子が、しなを作ってわざとらしく笑う。
「パンツくらいで、からかおうとすんな」
「えー、二瀬野クンって、こういうプレイはお嫌い?」
「どんなプレイだよ。あ、でも黒いヒモパン買ったらぜひ見せてくれ」
「えー? どうしよっかなぁ?」
「頼むわ、割とマジで。オレの憧れなんだ」
「でも玲美に怒られちゃうから、やめとくよ、ありがとねー」
「おー。おやすみー」
とまあ、これぐらいのお気楽な出来ごとがあるぐらいだ。可愛げがないとはよく言われている。
……洗った後かな、今のパンツ。
やれやれ、と向きを変えて、自室に戻ろうとした。目の前に玲美が腕を組んで立っている。あからさまに不機嫌そうな表情で、オレを睨んでた。
「スケベメガネ……」
「いやいやいや、今のは親切心だろ? 落し物拾ったんだし」
「ヒモパンのリクエストはいらないよね!」
プンプンという効果音を発しながら、腕を組んでオレを睨んでいる。
玲美は、最近は輪をかけて、こういう態度が増えてしまった。
国津玲美。自然とゆるく外に広がっていく細く長い黒髪、大きな黒眼、小さな口は桃色で、整った顔つきをしている。表情がまだ子供っぽいことが多いが、国津のパパさんママさん曰く自慢の娘なんだそうだ。
まあ客観的に見て、可愛い子だよな。
「ヨウ君、聞いてるの?」
ジト目でオレの顔を見上げてくる。身長はオレより頭一つ低い。
同じ鷹組の理子や神楽は良いのだが、それ以外の女子と仲良くしていると、たまに物凄い嫉妬を態度に出す。
……これはどう考えても惚れられてるんだろうなあ。
「んじゃ、部屋に戻るぜ、おやすみ」
ポンと肩を叩いて、フラフラと歩き出す。
「ベーッだ!」
玲美はオレの背中に向けて、思いっきり舌を出しているようだった。
やれやれ。
部屋に戻ってシャワーを浴び、パンツ一丁でタオルを頭に乗せる。冷蔵庫から冷たい水を取り出して、足でそのドアを閉めた。
机に座ってメガネをかける。空間ディスプレイが立ちあがり、そこをタッチしていくとメールフォルダが開かれる。
神楽からメールが届いていた。四十院研究所関係のスケジュールが自動でオレのカレンダーに刻まれていく。ToDoリストも同様だ。
「相変わらず手際の良いこと」
四十院神楽は四十院財閥の縁者で、関連企業である四十院研究所所長の娘だ。モデル体系にタレ目で、周囲の生徒より大人びて見える。髪をアップにしてスーツを着ているときなんかは、まるっきり社会人だ。さらに今時の女の子には珍しいおしとやかな態度は、関係各部署では評判が良い。
また、幼いころから事務方の手伝いをしてたらしく、仕事に関しては恐ろしいほど手際が良い。もちろん、学校の成績も良いときたもんだ。
はっきり言って、すごい頼りになるマネージャーである。
空間ディスプレイの右隅に、着信を知らせる吹き出しが浮き上がった。音声オンリー、というボタンを押すと、
「こんばんは、今、よろしいでしょうか?」
と神楽の声が聞こえてくる。
「どうぞ。何か緊急な用事?」
「明日のメニューですが」
Tシャツに頭を通したところで、オレの体が硬直する。
「く、訓練の?」
「いいえ、食事のメニューです。新しいメニュ-を考えつきましたので、試食をお願いします」
「りょ、了解だ」
「今度は自信があります。コロンビアの奥地に伝わる伝説の未開の地で取れた植物を発酵させた調味料で、現地の部族の族長ですら食べたことがないという逸品です」
「それってオレが世界で初めて口にする実験台という意味ですよね?」
「おめでとうございます」
「世界初が何でも名誉だと思うなよこのヤロウ」
彼女はいわゆるメシマズキャラなのだ。セシリアと一緒に料理をしているのを見たとき、この世に地獄が出現したのかと思った。
本人はオレに会うまでその自覚がなかったらしい。ある日、彼女が作ってきたという弁当を一口食べた後、オレが率直に『美味くない』と言ってしまったせいで、火が点いたようだ。
「では、明日は楽しみにしていてください」
「……りょうかいした」
「おやすみなさい」
「オヤスミ」
音声オンリーのチャットウインドウが落ちる。
美味くないと言った責任は取らなければなるまい。まあセシリアと違い彼女は料理の成分をしっかりと分析しているので、体に悪いということはない。……凄く苦いとか、甘酸っぱいのにどこか辛いとか、そういう不思議な味がすることを除けば、体には無害だ。というか成分分析って普通、料理のときにはしないよな。
とりあえず、明日は覚悟をして昼休みに臨もう。
オレは憂鬱な気持ちを体ごとベッドに投げ込んだ。
「おっはよー!」
朝一番で元気な挨拶をして入ってきたのは、花丸元気なメガネッ子、岸原理子だ。
「理子おはよー」
「理子ちゃんおはよう」
「理子理子、ちょっと聞いてー」
とたんにいろんな女子が寄ってくる。少し低めの身長な彼は、あっという間に女子生徒に埋もれて行く。しばらく談笑した後、自分の机に座る。
「箒ちゃんおはよー」
「ああ、おはよう」
武士かお前は。
そんな無口な箒の顔を覗き込んで、理子がニヤニヤとし始めた。
「あれれ、何か良いことあったぁ?」
「そ、そんなことはないぞ」
「あ、噂の彼からメールが届いたんだ」
「ど、どうしてそれを……」
「へーへー、なんて何て?」
と普通に会話を始める。
アイツは誰に対しても遠慮がないせいか、無口な女子であろうと気にせずに話しかける。ムードメーカーというほどでもないが、クラスの円滑剤だ。率先してみんなを引っ張るとかそういうことはしないが、彼女がいるおかげで一年一組が平和だと思うのは、オレの買いかぶりだろうか。
しかし、箒が女子トークをしてるぞ。
幼いとき、いやそれよりもっと前から一方的に知っている身としては、新鮮過ぎた。ときには顔を赤らめ、少し怒った風に見せ、それに対し理子が小さな体でオーバーアクション気味に反応する。メガネの奥にある大きな目が嘘偽りのない感情を表現するので、対人関係に不安のある人間でも安心して会話できるのだろう。
そして理子と箒が会話してると、セシリアも近づいていく。話に興味があったようで、『まあ!』とか『すごいですわ!』とか相槌を打ってる。彼女も彼女で性格上問題があると思われ、箒と二人だとそこまで会話が長続きしない。なのに間に理子が入ると、女子トーク全開になるのだ。
すげえなあ、と思う。
クラス中が和やかな会話で満たされていく。誰も理子のおかげだと思ってないかもしれないが、理子のおかげで一年の中では一番、穏やかな雰囲気を持つクラスだとオレは思ってる。
チャイムが一つ、学校中に響く。ショートホームルームが近づいてきた証拠だ。軽く挨拶をして、それぞれが席に戻っていった。
織斑先生と山田先生が前方のドアから入室してくる。
今日も、IS学園の一日が始まった。
最近、気になる子がいる。
クラスメイトの一人だ。
表だって声をかけたりはしないが、その子の姿を自然と追ってしまう。
理由は単純だ。彼女はIS操縦の成績が良くない。いや、正確には、急激に落ちたのだ。
元々、彼女のIS適正はC。IS学園に在籍する多くは、CからBランクが多い。IS適正のランクは本人の資質の一つだが、これはIS学園にいる限り上昇していくことが多い。CからBになる子もざらだ。A以上はなかなか難しいが、それでも落ちるということは珍しい。
どこでもいる中肉中背の、普通の女の子で、クラスで浮いてるわけでもなく、仲の良い数人の友人といつも一緒にいる感じだ。
彼女が成績が急激に落ちた理由は、どうもIS操作に失敗して急降下し地面に激突したのが原因らしい。
友人数人と放課後の自主訓練中で、クラス代表のセシリアもオレも現場にはいなかった。
もちろんISに乗ってたおかげでケガ一つなく、地面に落ちた直後は本人も笑っていたぐらいらしい。友人たちもホッと胸を撫で下ろして、何事もなかったかのように一日を終えた。
次の日のIS実習は、基礎的な飛行訓練だった。
彼女は飛べなかった。
ISを空へと羽ばたかせようとすると、体がすくみ、動けなくなるらしい。
それから、彼女の成績は急降下していった。
今の彼女のIS適正はランクはD。
それは、IS学園に在籍し続けるための、ギリギリのランクだった。
放課後の教室で、セシリアがかなり落ち込んでいた。自分の席で項を垂れている。
「……何か手は……」
クラス代表として、かなり責任を感じているようだった。
「無理やりに飛ばしちまうか」
「荒療治ですか……。それも考えましたが、最悪、地上歩行すら出来なくなるかもしれませんわ」
「だよな……」
「毎年、数人がIS学園から転出していくとは聞いていましたが、まさか自分のクラスから出るなんて……わが身の不甲斐なさを覚えますわ……」
まったく同じ心境だった。
件のクラスメイトは今、鷹組三人を初めとするクラスメイト数人で、ISの自主訓練をしている。主に歩行と地上での各種動作の反復練習をすると聞いていた。
歩くだけ、腕を振るうだけなら彼女も出来るのだ。だが、飛ぶことが出来ない。これは致命的だ。
「二年になれば、整備クラスが出来ると聞いてるけど……」
「それも、IS操縦が一通り出来るのが大前提ですわ」
「そっか……」
良いアイディアが浮かばない。窓際に立って、空を見上げる。梅雨に入ったせいか、今にも雨が落ちてきそうな空だった。
二人しかいない教室に、沈黙が流れる。
結局、何も思いつかないまま、オレはグラウンドに出てきた。隠れるようにしてヘッドパーツだけを部分展開し、遠目にクラスメイトたちの練習を眺める。
二台の打鉄を交代しつつ、六人で練習しているようだ。走ったり、じゃれあうように剣を撃ち合ったりしている。決して、誰も飛びはしない。
「タカ、何をしている? 覗きか?」
声をかけられて後ろを見ると、制服姿の箒が立っていた。
「……覗きだ。良い趣味だろ?」
「頭の中までスケベメガネになったか」
「うっせぇ」
それっきり何も喋らずに、オレはじっとみんなの練習を見つめる。
何か良い手はないだろうか。
「……出て行かないのか?」
「出て行って何すんだよオレが。今はISスーツの女子を見てハァハァする時間なんだ。邪魔すんならどっか行け」
「そうか。では失礼しよう。国津に見つからないようにな」
呆れたようにそれだけ言って、箒は踵を返してオレたちから離れていった。国津とは、国津玲美のことだ。
箒もおそらくは、クラスメイトが一人、IS学園に残れるか否かの瀬戸際だということは知っているんだろう。そうじゃなきゃ、制服姿のまま見には来ない。
……そういや箒はちょうど、あの子と逆の立場か。
篠ノ之箒の姉は、篠ノ之束である。
篠ノ之束博士こそがインフィニット・ストラトスの開発者であり、おそらく世界最高の天才だ。そんな姉を持つがゆえに、彼女の人生は普通ではなかった。
このIS学園に入学してきたのも、日本政府に言われて仕方なく、だと聞いている。それまではオレの両親と同じようにVIP保護プログラムによって、各地を転々としていた。これは前の人生で得た知識だが。
もし織斑一夏がいるならば、彼女は少なくともここに居続ける動機があっただろうし、モチベーションも保持できたと思う。だけど、あのバカは今ここにいない。
IS学園に残りたい人間と可能なら入りたくもなかった女の子。
何を思い、どう行動すれば良いか、オレにはさっぱり思いつかなかった。
その日は飛行実習だった。ホログラムで空中に表示されたコース通りに飛び、全員がタイムを図る。よくあるIS訓練だ。
だが、一組のメンバーは全員、緊張していた。
飛べなくなった『あの子』が今、打鉄を装着して、スタート位置に立っていた。
白いジャージ姿の織斑先生が厳しい顔をしている。実習担当の教師であると同時に、彼女はうちのクラスの担任でもあるのだ。あの子が飛べなくなった理由もよく知っている。
「では、次の組、始めるぞ」
かと言って、特別に扱うことは出来ない。そんなことをすれば、このIS学園に入るために幼い頃から勉強し、なおかつ入学することが出来なかった全ての人間に対する冒涜に値する。
ここはIS操縦者育成特殊国立高等学校。日本の税金を使い運営されている機関だ。ISを動かせない、または将来性のない者に分け与える予算はない。
打鉄に乗った三人のクラスメイトたちが足を踏み出す。腰を落として、空に舞う準備をした。
オレと隣にいるセシリアが目を合わせ、頷き合う。同じような事故が起きないように、落下する素振りを見せれば、専用機を展開して受け止めると事前に決めていた。
「位置についたな。ではカウント開始」
副担任である山田先生が手に持った四角い機器からホログラムを投射し、カウントダウンが表示される。
3。
みんながハラハラした目で、件のクラスメイトを見つめる。
2。
箒もその中で、真剣な目を向けていた。
1。
その子にとって、運命の数秒間が始まる。
0。
三機のインフィニット・ストラトスが、空中に向かって飛び立った。
結果から言うと、ダメだった。
彼女は飛び立った。他の二人の子たちについて、ホログラムで示されたコースを回ろうとした。
スタートから三秒後、彼女の機体は急に不安定になり、地面に向けて急降下を始めた。
セシリア・オルコットがISを展開し急加速する。激突スレスレで抱き止めて、ゆっくりと地面に降ろした。
打鉄から降ろされ、青ざめた顔の彼女の肩に対し、織斑先生の手が乗せられる。
オレたちに聞こえないような声で、何かを言った。
近くに立っていたセシリアが泣きそうな顔をし、件の女の子はそれ以上、何も喋らなかった。彼女はそのままセシリアに肩を貸してもらい、医務室へと向かって行った。
これが一部始終であり、それ以上、オレたちには語れることはない。
一組全員がそれぞれの夜を過ごす。総じて共通していたのは、笑顔がないことだった。
次の日、彼女は学校に来なかった。
さらにその翌日、朝のショートホームルームで、その女の子が転校することが告げられる。今は荷造りをしているそうで、学校には出てこないらしい。
昼休み、いつもの三人と一緒に食堂でボーっとメシを食っていると、箒が声をかけてきた。
「今日の放課後、打鉄を二台、予約できるか?」
神楽に対して言っているのだろう。オレたち四人の中で、そんな手際を見せることが出来るのは彼女だけだ。
「……今からでしょうか?」
「ああ。お願いだ。私か、私が姉にお願い出来ることで良ければ、何でもすると約束する。叶えられるかはわからないが」
箒がそんなことを言うなんて、オレには驚きだった。四十院の人間でなくともIS関係者なら飛びつく内容だ。
「わかりました。そこまで言うなんて、よっぽどの用件なのでしょう。代価は結構です」
「ありがとう。恩に着る」
意外な神楽の答えだったが、箒は表情を変えずに頷き、踵を返してオレたちの元から離れて行った。
誰も何の感想も言わなかった。
放課後、第六アリーナに二台の打鉄が立っていた。
一人は篠ノ之箒、一人は、明日からIS学園の生徒ではなくなる女の子だ。
打鉄を装着し、ブレードを構えて向き合う。
第6アリーナはかなりの広さを誇る人気スポットであり、本来なら上級生や専用機持ちが優先して使うべき場所だ。IS学園内の競技会の場所となることも多い。
そんな場所がどうして急に借りられたのかと言えば、オレやセシリアが生徒会や上級生に頼み込んで貸し切りにしてもらったのだ。オレに至っては、しばらく上級生の整備組の実験体となることが決まっているぐらいの無理はした。
一組の全員と、合同授業で一緒になることの多い二組の何人かが客席にいる。生徒会長の姿も見えた。もちろん、担任である織斑先生と副担任の山田先生もいる。
「では、参るぞ」
箒が気合いを込めて叫ぶ。
女の子は無言で剣を構え、攻撃に備えた。
空を飛ばずに、箒は地面を蹴って、上段からブレードを振り下ろす。
金属同士がぶつかる衝撃音だけが、アリーナに響いていく。
何回かのぶつかり合いの後、女の子が上段の構えから、精いっぱいの力を持って剣を振り下ろした。箒が無言の気合いから、ブレードを振り上げる。
今までで一番大きな音が響いた。
思わず一瞬の間、目を閉じてしまう。ゆっくりと瞼を開けると、剣を持ったままの箒と、両手に何も掴んでいないあの子の姿が見えた。
試合はそれで終わった。箒がゆっくりとISの足を動かし、落ちていた剣を拾う。そして、あの子へ剣を差し出した。
お互い、口を開かなかった。ただ頷き合い、剣の受け渡しが終わる。
開始時点まで戻り、インフィニット・ストラトスを装着したまま、彼女たちは一礼した。
織斑先生が一番最初に拍手を始める。全員がそれに習って、アリーナから拍手を飛ばし始めた。
その観客に答えるように、彼女は周囲を見渡し、一度、空を仰ぐ。それから、クラスメイトたちの方を見て、泣きそうな笑みを浮かべた。
IS学園の寮の玄関で、女の子たちがそれぞれに別れを挨拶をしていた。箒は何も言わずに、じっと黙っていた。
「おつかれさまでした」
セシリアが握手を求める。その横に立ったオレも、
「ありがとな」
と声をかけた。
大きなバックを持った女の子が、オレに向かって口を開く。
「黒いヒモパン、見せる機会なくなっちゃったね」
一週間ほど前、このIS学園の一年専用寮の廊下で、彼女とかわした他愛のない会話のことを言っているのだろう。
「まったくもって残念だ。購入したら、彼氏に見せるよりも前に写真に撮ってオレに送れ」
「あははは、玲美に怒られるからやめとくよ」
そう言って、彼女がオレに手を差し出す。そっと握り返し、手を離した。
「じゃあみんな、今までありがとう」
綺麗な姿勢でお辞儀をしてから、彼女は踵を返した。
IS学園一年一組の女の子たちがが泣き出した。背中を向けてる彼女もおそらく、泣いているのだろう。
それ以上の言葉を残さず、大きなバッグを抱えて、その子はゆっくりと扉を出て行った。
彼女はもう、ここに戻ってくることはない。
IS学園の夜の食堂で、オレは一人でテーブルに肘をついてボーっとしていた。いつも美味しい食事を作ってくれるオバチャンは自宅に帰り、飯時は騒がしいこの場所も、今は最低限の明かりがついてるだけだ。そろそろ寮全体の消灯時間も近く、自室やら友達の部屋に行っている奴ばかりだろう。実際、ここにいるのはオレだけだった。
そこに、一人の女子が入ってきた。
「箒、どうした?」
オレが声をかけると、
「水を切らしていたのでな。取りに来たのだ」
と無愛想な顔で返答する。風呂に入った後なので、部屋着に使っている和服を纏っていた。
「そういや何で、お前が試合したんだ?」
今さらながらに思いついた質問を出す。
すると彼女は無料の給水機の水を入れたペットボトルを手に、少し困ったような笑みを浮かべた。
「この学園で、最初に話しかけてくれたのが彼女だったのだ」
「……そっか」
「同じ剣道部で、彼女はいつも一生懸命で真っ直ぐな剣をしていた。だから最後に相手をしてもらおう、と思ったのだ」
「なるほど」
「ではな、おやすみ」
しっかりと理由だけ述べて、彼女は自室に向かって戻っていく。
「おやすみ」
小さく声をかけて、オレもイスから立ち上がった。
彼女の顔と声を思い出す。
その名前を、オレは一回目の人生で見かけたことはないと思う。事実、彼女はどこにでもいる、名前の無い普通の女の子だ。
だけど間違いなく、彼女はIS学園の一年一組にに存在していた。
最後にもう一度、心の中で別れを告げて、この一人の少女の話を終えようと思う。
ありがとな、バイバイ。