ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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エピローグ、時空のたもと

 

 

 

 

「おーい、小鳥、お兄ちゃん、バイト行ってくるからな!」

 オレこと二瀬野鷹は、マンションの玄関で靴を履きながら、家の中にいる妹へ声をかける。

「お兄ちゃん、高校に入ってから、バイト多くない?」

 するとキッチンからエプロンをつけた妹の小鳥が歩いてくる。手にはお玉を持っていた。どうやら料理中らしい。

 二瀬野小鳥はオレの双子の妹で、IS学園に入った超優秀な子である。適正はそこまで高くないようだが、頑張り屋なので双子とはいえ兄としては誇りだ。

「ちょっとなー高校出るまでにまとまったお金を貯めておきたいんだ」

「いつも言ってるよね。大学に行く資金? お父さんもお母さんも一所懸命働いてるんだし、そこまで心配しなくとも」

「バーカ。何のために藍越学園入ったと思ってんだよ。就職に強い学校ってのはつまり大学行く勉強しないためだっての」

「え? お兄ちゃん、大学行かないの?」

「いいだろ、オレの進路は何でも。それよりお前、IS学園の方は良いのかよ? ことあるごとに帰ってきて」

 少し責めるような口調で言うと、不満げに口を尖らせて、

「私が帰ってきちゃ悪いわけ?」

 と文句を言い返してきた。

「そうは言ってねえけど」

「それにお母さんも身重なんだし」

 うちの母親の中には、一つの小さな命がある。まだ性別はわからないが、多分妹だろうな。

「気にすんなよ、家のことはオレとオヤジでやってるし」

「でもでも! 男二人だけだと不安っていうか! お母さんに負担かけてないかとか!」

「心配しすぎだろ。大丈夫だっての」

 軽く手を振って、バッグを担ぎ、オレはドアを開けた。

「あ、お兄ちゃん!」

「ん?」

 呼び止められて、オレは肩越しに小鳥の姿を見つめる。

「い、いってらっしゃい」

 少し気恥ずかしそうに手を振る双子の妹に、オレは思わず笑みを漏らしてしまった。

「いってきます」

 軽く敬礼をしながらドアを出て、オレはアルバイトの喫茶店へ向かった。

 

 

 

 

 夏も真っ盛りだ。動かずとも汗ばむ雑踏の中を、足早に歩く。

 駅を出てしばらくすると、前方からガヤガヤと楽しそうに騒いでいる集団が見えた。

 白い制服は、妹の小鳥と同じIS学園のものだ。

 街であの制服を見かけるなんて珍しいな、と思いながら、その集団の横を通り過ぎようとした。

「あれ、二瀬野か?」

 その中にいた人影の一つがオレに声をかけてくる。

「ん? あ、織斑か」

「おっす、久しぶり」

 人好きのする笑顔で手を上げているのは、織斑一夏だ。女性しか動かせないインフィニット・ストラトスを、世界で唯一起動させた男。この春にIS学園に入ったそうだ。

「ねえ、一夏、お友達?」

 一夏の側にいた金髪の少女が、袖を引っ張りながら上目遣いで一夏に尋ねる。他にも気品のある顔立ちの外人と、銀髪の小さな女の子が一緒に歩いていた。

「あれ、二瀬野じゃん」

 そんな少女たちの中で一人だけ、オレの顔を見て怪訝な顔を浮かべた子がいた。

「ファンさんか。お久しぶり。日本に帰ってきてたんだな」

「最近ね」

 中学のときクラスが一緒になったことのある、少し小柄な少女だ。中国に帰ったはずだったが、最近IS学園に入学したって、中学のときの同級生に聞いた。

「んじゃあな、織斑」

 まあ特に用事もない。同じ中学でクラスが一緒だっただけの二瀬野鷹としては、これ以上会話もない。

「呼び止めて悪かったな。それじゃ」

 IS学園の制服を着た少年が笑顔で手を振って、背中を向けて歩き出した。

 オレも背中を向けて歩き出そうとしたが、

「織斑」

 と、つい声をかけて呼び止めてしまう。

「ん?」

 特に用事はなかったが、これだけは言っておかないと。

「頑張れよ」

 そう笑いかけると、向こうも笑顔で、

「そっちもな」

 と返事をしてきた。

 それだけの会話で、オレと織斑一夏はお互いに背中を向け、別々の道を進み出した。

 

 

 

 

 

「おつかれさまでーす」

 オレは元気よく挨拶をしながら、店の中に入る。

「おはよう、二瀬野君」

 薄い緑色のエプロンをつけた、人の良さそうな男の人がオレに向けて挨拶をしてきた。

「マスター、おはようございます」

 四十院総司という、ちょっとカッコイイ名前のマスターは、実はどこぞの御曹司だ。家業を投げ出して自分で店を出したってんだから、大したもんだ。

「じゃあ、早速キッチンに入ってくれるかな」

「はーい。んじゃ着替えてきます。あれ、なんかやけに上機嫌っスね」

「わかる? 娘がね。学校が休みだからって、遊びに来てくれるんだよ」

「へー、マスターの娘っていうとIS学園に入ったっていう」

「二瀬野君の双子の妹さんもIS学園だったっけ」

「クラスは違いますけどね。っと着替えてきます」

「急いでねー」

 少しのんびりとした様子で送り出す声を背中で受けながら、オレは控え室に入っていく。

 軽くノックをしてドアを開けると、

「あ、おっはよう」

 と元気の良い挨拶が聞こえた。

「おはようございます、悠美さん」

 茶色の長い髪を頭の後ろでまとめている途中のようだ。

「今日もランチ、忙しくなりそうだね」

「ですねー。もうちょい人を増やしてもらえると助かるんですけど」

 彼女の名前は沙良色悠美さん。何でもアイドル修業中の人らしい。二十歳だけど、歳のことを言うと凄い怒る。最近はアイドルの若年化が著しいからなあ。

「私も急に仕事で抜けることがあるから、そうして貰えると助かるんだけどね」

「まあ、そんときゃオレが頑張りますよ、大好きな悠美さんのためだし」

「もうーまた年上からかって! っと、着替えるんだっけ、先行くね」

「はーい」

 明るい色のエプロンドレスを着た悠美さんが、オレの横をすり抜けていく。

 うーん、相変わらず凄いボリュームの胸だ。

 それを見送った後、オレは制服に着替えてエプロンを羽織った。そして控え室の隅にあった姿見の前でポーズを取った。

「よし、今日も雰囲気イケメンだ」

 さて、バイト頑張りますか。

 

 

 

 

 ランチタイムを終えて、一息つける時間帯になってきた。

 下げ残しの食器なんかが残ってないか、店の中を見回して確認していると、端っこの席に二人の冴えないオッサンが談笑してる姿が見える。二人とも見慣れた常連客だが、今日は珍しく髪の長い三十代半ばぐらいの綺麗な女性が同席していた。

 テーブルの上にあるコップの水がだいぶ減っていたので、オレはガラスの水差しを持ってそちらに近づいていく。

「岸原さん、何でいるんです?」

 オレは常連客の一人であるゴツいおっさんに笑いかけた。

「娘と待ち合わせだ。というか、もうちょっとお前は客に対する態度をだな」

「え、店長の友達でしょ? それにコーヒー一杯で何時間席を占領するつもりですか」

「し、しかしだなぁ」

「まあまあ、それぐらいにしときなよ、岸原も。二瀬野君も勘弁してやって」

 ばつの悪そうな顔で言い訳しようとする岸原さんの反対側から、眼鏡をかけた華奢なオッサンが割り込んでくる。

「国津さんも、二人とも暇なんですか? 良い大人が昼間っから喫茶店に」

「きょ、今日は休みなんだよ」

「んじゃいっつも休みなんですねえー。えっと、そちらは奥さん?」

 国津っていう少し気の弱そうなオッサンの隣にいる、凜々しい顔立ちの女性に恐る恐る話しかけた。

「初めまして、三弥子です。夫がいつも入り浸ってるみたいで」

「あ、二瀬野って言います。旦那さんはよくごひいきにしてくれます」

「あんまりサボりすぎないように、言ってやってね。うちの人、のんびりしてるから」

 その女性の笑いがあまりにステキだったので、オレも釣られて笑ってしまう。

「ほら二瀬野、さっさと仕事に戻れ!」

 岸原のオッサンが苦虫を噛み潰したような顔でオレを追い払うので、

「へいへい」

 とテキトーに返事しながら、キッチンの中に戻っていく。

 片付けられたシンクを見るに、悠美さんがすでに洗い物をあらかた済ませてくれた後のようだ。

「じゃあヨウ君、私休憩に入るね」

 悠美さんは豊かな胸の前にオムライスを抱え、控え室の方に向かって歩いていく。

「グレイスさんは?」

「もうちょっとしたら来るはずだよ。今日は外せない授業があるとか言ってたし」

「了解です。それじゃごゆっくりー」

「まかない、冷蔵庫の中ね」

 軽く手を振りながら、悠美さんが控え室のドアへ入っていった。

 新しい客も来ないので、オレはカウンターに頬杖をついて、ボーッと店内を見回す。

 気づけばマスターも岸原たちと同じテーブルに座り、何やら楽しそうに会話をしていた。

 平和だねえ。

 特にすることもないとわかり、店の外を行き交う人々を何となく見つめながら、自分の記憶のことを考えていた。

 あれは高校の入学試験の前日のことだった。

 オレは夢の中で全てを思い出していた。

 未来で生まれた少年が、二百年前に辿り着き、色々な出来事を経験して、最後は全てを台無しにした記憶だ。

 自分でもおかしな程、それが実在した出来事だと確信出来ていた。

 他人に話せば馬鹿みたいな話なので、妹にすら言っていない。

 記憶の最後で大隕石群を破壊し、ISのエネルギーが完全に失われた。シールドが解除されたとき、オレは命を失ったかと思った。

 まあ、悔いばっかりだったけど、それなりに満足した人生だった。そう思いながら、目を閉じた。

 そして、気づけば真っ暗闇の中に浮いていて、目の前にボロボロになったディアブロが浮いていた。

『残念だけど、キミの願いは叶えてあげない』

 そいつのセリフはこんな感じだったような、そうでもなかったような。

『ある時代の、一人の女性の中で、二つの命が宿ってる。このうち一つは受精卵のうちに失われ、もう一つは生まれる直前に失われる命だ』

 何言ってんだ、こいつと、オレは小馬鹿にしたような目でディアブロを見つめていた。

『私はこの身に残ったルート2の力を使い、受精卵を蘇らせ、双子として生まれ変わらせようと思う。ジン・アカツバキも大量のエネルギーを残していたからね』

 いや、ホント、今更何言ってんの、こいつ。そんなこと出来るわけねえだろ。

 そんな冷めた目で見つめてた気がする。

『もう一度、言おう。残念だけど、キミの願いは叶えてあげない』

 最後に女の子が、思いっきりアッカンベーをしたような気がする。

 以上の記憶を思い出したのが、高校受験の前の日だ。

 考えるに、オレがさっさと自殺しないよう、高校受験の前の日まで本来の記憶を封じていたようだ。おかげで双子の妹やら新しく生まれてくる妹のことを考えれば、うかうかと死ぬことすら出来ねえ。

 ったく、何が神だよ。ただの悪魔じゃん。馬鹿じゃねえの。

 オレは視界に浮いた情報ウインドウに向け、悪態を吐く。

 ディアブロもかろうじて生き残ってはいたが、今のこいつにある機能なんて、一時間ごとに時をお知らせすることぐらいだ。

 もちろん、この思い出については誰にも教えていない。こんな有様でも、誰かに教えたら大変なことになるだろうしな。

 視界に浮かんだ仮想ウインドウの中で、デジタル時計が午後二時半になっていた。

 どうやら随分と長い間、ボーッとしていたようだ。

 今のオレの目標は、自分でお金を稼ぎ、高校卒業後に世界中を旅することである。

 新しく作り直された未来を、見て回りたい。

 ふと、そんなことを思いついてしまったんだから仕方ない。そこで何をするかは考えてないけど、何が出来ることもあるかもしれない。

「さてと」

 軽く肩を回し、喉が渇いたので自分でコーヒーを入れようと準備を始めた。

「あ、ここだよ、ここ!」

「渋いお店だね!」

「そうね、初めてきたけれど趣味は悪くないわ」

 店の外で、はるか昔に聞いた少女たちの声がしていた。

 目をやれば、ドアの向こうに三人の少女が立っている。いずれもIS学園の制服を身にまとっていた。

 古びた木製の扉が開けば、カランカランとベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

 懐かしい少女たちに、オレは声をかけた。

 父親たちも娘に気づいて、手を振っていた。

 とりあえず、彼女たちにマスター仕込みのコーヒーを飲ませるとしよう。

 そう思って、キッチンの中で準備を始めた。

 

 

 

 

 

 オレこと二瀬野鷹は、また新しい道を歩き出した。

 とりあえずの目標は世界を見て回ること。その中で少しでも優しい世界になれるよう、ちょっとだけ頑張ってみようと思う。

 そしてこの先にある未来で、一人でも多くの人間が幸せになれますようにと祈るんだ。

 

 

 

 だって、この世界を愛しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【了】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










これにて、ルート2~インフィニット・ストラトス~は終了となります。
(多少の書き直しと訂正は行うと思います)


長い間、お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。

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