ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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41、誰ガ為ノ世界

 

 

 

 

 

 遙か昔にIS学園だった島に草原が広がっている。

 その端にあるドックから、宇宙に向けて飛び立とうとしている一隻の船があった。海上から船首の角度を空に向け、少しずつ浮き上がっていく。

 通称『箱船』。篠ノ之束より送られた設計図により作られた、ISと同等の技術を利用した最新鋭の宇宙船である。

 中には千人の子供たちが、棺桶のようなカプセルで眠りについていた。

 その千の死体箱から伸びた配線の中心には、篠ノ之束製の生態同期型IS『黒鍵』が吊されている。

 劣化ISコアのネットワークに繋がれた子供たちは、黒鍵によって作られた電脳空間の夢を見る。

 それは幸せなのだろうかと問うても、答える人間はいない。

 

 

 

 

 

 草原の上に立つ数十機のISのパイロットたちが、空を見上げて息を飲んで、その戦闘を見守っていた。

 千機を超える青紫色の敵機の中心、ジン・アカツバキという神を倒すため、ディアブロと呼ばれた機体が空中を駈ける。

「……ヨウ」

 顔の見えない少年の体がISについていけず、関節がちぎれそう角度まで動いていた。大きな剣を両手に持つ小さな姿は、アンバランス過ぎて危なっかしい。

「黙って見てられるか!」

 俺は雪片弐型を肩に担ぎ、隣にいる二十代後半の女性に視線を送る。

「エスツー、その機体に絢爛舞踏は?」

「いけるわ。私を誰だと思っているの!」

「誰だかハッキリ聞いたことないけど、ヨウをこれ以上、戦わせてたまるか!」

 刀を構え、推進翼のスラスター口を下に向け、空へと舞い上がろうとした。

 だが俺たちの進路を遮るかのように、数十機のISが列をなして襲いかかってくる。

「くそっ、どけっ!」

 左腕のシールドを大きな傘のように展開し、敵のレーザーキャノンから背後のエスツーを守る。

 どうやら、この白式は俺の知らない『織斑一夏』によって鍛え上げられた機体になってるようだ。俺の記憶より性能がかなり高い。

「だけど……」

 そうはいってもパイロットは俺こと織斑一夏だ。目の前の数十機を一撃で葬れる力など有していない。

「一夏、荷電粒子砲!」

 青い紅椿としか表現出来ない機体の肩部装甲が変形していく。中から現れた砲身の姿はまるで矢をつがえた弓のようだ。

「わかってる!」

 俺の左腕のモードを荷電粒子砲へと切り替えた。砲身の形となった左腕に光の粒子が集まってきた。

「穿千!」

「ぶっ放す!」

 二門の高出力遠距離兵器により、襲いかかってきた機体の半分を焼き落とす。

「やったか?」

「相手は無人機よ、怯むはずがないわ、気をつけて!」

 エスツーの言葉通り、生き残った敵機は即座に両手の砲門からレーザーを乱射してきた。

「ちっ、これぐらいで!」

 再度シールドを展開し、盾となった俺の背後で、エスツーが二機のビットを射出し、再び数機を撃墜した。

 敵の数を少しだけ減らしたが、視界に広がる青紫のISの数が減った気はしない。

「よ、ヨウは!?」

 暴走した機体に乗せられた少年の姿を探す。

 空域に現れた群体とでも言うべきISたちの中央、ジン・アカツバキと呼ばれた機体が鎮座していた。

 そこに向けて、ディアブロと呼ばれた黒い機体が加速していく。

 目の前に立ち塞がった数機のISの壁を易々と吹き飛ばし、紅蓮の装甲への距離を詰めていく。

「暴走して今までよりも強くなったつもりか、ルート2! それでは無人機と変わらんな!」

 激突すると思われた瞬間に、ジン・アカツバキは二本の刀を振り下ろす。その速さはISで見る限り、人間の神経伝達速度を上回っていた。

 十歳という肉体年齢の少年が、超反応で左手の大剣を振り上げて受け止める。大きな金属同士の衝突音が響いた。

「力は互角か!?」

 黒い機体の発揮した実力に、俺の口から思わず声が漏れる。

 しかし相手の背中に新しい腕が現れ、その受け止めた左腕部装甲の根元から切り落とした。

「可哀想な子だ」

 哀れみを受け、左腕を失おうとも気にせず、ヨウは右腕に持った巨大な剣を振り上げた。

「酷いものだ」

 それを回転しながら後ろに回避した紅椿は、ほぼ四本の腕で巨大な光の刃をで斬りかかる。

 相手の攻撃を察知し咄嗟に推進翼を羽ばたかせて、ヨウは後方へ逃げようと飛ぶ。

 だが、間に合わなかった。

 幼い足の膝から下が、ISの装甲ごと切り落とされる。

 攻撃の勢いでヨウが吹き飛ばされていった。

「手こずらせてくれる」

 その安堵にも似た声音を受けたかのように、青紫色のISたちが群れをなして、草原に向け墜ちるヨウを追いかけた。

 彼の小さな体へ、まるで敵の体温を奪うミツバチのように、神の下僕たちがディアブロに取り付き始める。

「クソッ、刃を伸ばして切り落とす!」

 俺は右手の雪片弐型を横に構え、後ろのエスツーへと声をかけた。

「絢爛舞踏、受け取って、一夏!」

 祈りを捧げる修道女のようなエスツーの機体から、俺の機体へと光が溢れて注ぎ込まれていく

「零落白夜!」

 エネルギーの大半を消費し、光る刀身を数十メートルまで伸ばして、ヨウに張り付いた機体を薙ぎ払う。

「なっ、すげえ?」

 思い通りに伸びた刃の動きに、俺自身が一番驚いた。まるで枝葉を持った木々のように伸びる光が、正確に敵機だけを撃ち落としたのだ。

「織斑一夏か」

 ジン・アカツバキがこちらを見据えた。束さんと同じ顔をしていながら、底が見えない井戸のような暗い瞳をしている。

「これ以上はやらせねえ!」

 シールドを構え、片手で剣を横に構える。

「面白い物を用意したのだな、エスツー。お前はまだ繰り返しているのか」

 カカシのようなISたちが、まるで戦闘機を小型にしたような形状へと変わっていった。

「一夏、貴方はヨウを!」

「だ、だけど!」

「数十秒ぐらい持ちこたえられる! 信じて!」

「わかった、死ぬなよ!」

 決死の表情をした彼女に背を向ける。

 周囲に向けて回転しながら荷電粒子砲を撃ち放ち、迫ってきていた敵機を排除した。そのまま推進装置を全力で回し、重力に従い落ちていく少年の体に向けて加速する。

「ヨウ!」

 俺の記憶より圧倒的に速い白式で、左腕と両足を失った少年を左手で抱え上げた。

「絶対防御が発動していないのか!?」

 傷口が焼かれたことで血こそあまり出ていないが、ショック症状で気絶しているようだ。わずかに痙攣を起こしているのも、危険な兆候に思える。

 しかし、この戦闘状況じゃ、俺にはどうすることも出来ない。

 唯一の味方であるエスツーを見上げて助けを請おうとしたが、彼女は紅椿を必死に押さえ込もうとしていた。

「貴方を起こしたのは、私たちの失策だったわ!」

「私の有無に関係なく、キサマたちは自爆したではないか」

 青紫の機体から放たれたビームが、巨大な光の束となって周囲を薙ぎ払っていった。

「貴方がいなければ、次の策も打てた!」

「果たしてそうかな? 二か月経っても人間同士で利益を奪い合い、猜疑によって前に進まぬ貴様らに、未来など無かったと思えるがな」

「黙りなさい! 穿千!」

 エスツーの青いISの肩にある荷電粒子砲が、強烈な光の線を紅椿へと向け撃ち放った。

「やはりこの時代のISは弱い。467機の純正ISは、パイロットを多数持つことで成長の特化を阻まれ、ワンオフの強さを持てなくなっている」

 紅椿の肩から生えた副腕が、手に持った銅鏡のような盾で全てのレーザーを霧散させてしまう。

「相変わらずの神話兵装! よくもまあそんな骨董品を!」

 青い機体のパイロットが焦りの表情を浮かべた。

「本来は人のイメージ出力を強化するために作られた物だがな。神にふさわしき物であろう?」

 余裕ぶった言い草で、ジン・アカツバキがエスツーと同じ可変出力式荷電粒子砲『穿千』を展開する。

「同じ武器でも、純正コアと劣化コアの性能差を見せてやろう」

 一瞬で解き放った光が、エスツーに向けて伸びていく。

「くっ!」

 青い機体が咄嗟に横に飛び退いて回避した。

 だが、その背後にあった荒野に大きな裂け目を作り、そのまま空に浮かぶ雲を切断する。

 威力が段違いだ。

 そしてようやく理解した。

 日本が荒野になっているのは、アイツのせいだったんだ。

 悠然と見下ろした紅椿が、海面を離れ空に向けて飛び立とうとする『箱船』に目を向けた。

「クロエ・クロニクルの黒鍵を中心としたエクソダスか。最後の純正ISコアはそれだな」

 束さんの姿をしたジン・アカツバキが、右の人差し指を伸ばす。

 背後に控えていた無人機の集団が、レーザーキャノンを放ち背後にある推進装置を正確に破壊した。

 煙を上げて、箱船が傾いていく。

 このままじゃまずい。あの箱船も落ちたんじゃ、何の意味もない。

「サラシキさん、退却だ!」

 先ほどから一切反応がなかった司令官に大声で呼びかける。

 眼下で動きを止めていた司令官に呼びかけるが、我を失っているのか、彼女は何も動かない。

 いや、違う!

「なっ!?」

 彼女の首から上が消えている。パイロットが死んだことすら気づかないISの装甲から、光が漏れ出してどこかに向けて渦巻き集まり始めていた。

 気づけば、いつのまにか紅椿が草原に立つ味方機の中央に現れていた。

 手に持った刀から、零落白夜に似た輝きが漏れている。

 そこに立っていた数十機のISは、全てのパイロットの首から上が消えてなくなって、前のめりに倒れていた。

「これで残り一機、黒鍵のみか」

 そう呟いた彼女の表情は、束さんと同じ顔でありながら、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

「よくわからねえけど、てめえは許さねえ!」

 左手にヨウを抱えたまま、俺は右手の刃を振るう。

 絢爛舞踏によって注がれた光が、零落白夜となって化け物たちを数十機まとめて断ち切った。

 その威力に一瞬目を見開いたが、すぐに歯を食いしばる。

 今の攻撃が俺の力ではないと理解していた。

 この白式が俺が育てあげたものじゃなく、この世界で死んだ男とともに歩んだISだ。ゆえにさっきの刃は、この世界の『織斑一夏』が鍛え上げた輝く希望の剣なんだろう。

「おおおぉぉぉぉ!」

 一降りするたびに、手から力が抜けていく。逆に気を抜けば脳内出血で死んでしまうかと思うほど、頭の中が熱を持っていた。

 この手にあるのは、全長二百メートルを超える稲妻のような刃。

 千機以上のISによって作られた青紫の雲を、上から下へ、西から東へと振り払った。

「さすがの白式か」

 だが、それでも相手の数は一向に減った気配がない。

 切り裂いた十字架は、あっという間に塞がれて元の暗闇へと戻っていく。

「一夏!」

「エスツー、ヨウを頼む、様子がおかしい!」

 左手に抱えた小さな子供は、無残な有様だった。

 左腕と両足はISの装甲ごと切断され、あったはずの四肢が揃っていない。血液こそ噴き出してはいないが、ショック症状で死んでもおかしくない状態だ。

 だというのに、この子のISは、勝手に動き出して俺を押し除ける。

「ヨウ? しっかりしろ、ヨウ!」

 まだ暴走が止まらないのか、わずかに残っていた脚部装甲が泥水のように融解した後、今度は有蹄類のように細く形成される。

 次になくなった左腕の代わりか、切断された腕部装甲が、日本刀を重ねたような決して人間の腕が収まらない大きさへと変化した。

「待て! これ以上は!」

 右側から抱き留めて動きを押し止めようとする。

 俺を押しのけて、幼い悪魔が低いうなり声を上げた。

 四枚の推進翼が交互に点火され、刃のような左腕を突き出し己自身を鋭い弾丸と為した。

「おい、待て! おい! ヨウ!」

 地上から逆方向に伸びる流れ星のように、青紫の夜空をの中心にある紅い太陽へと一直線に駆け昇る。

「届かぬよ、そんな力では」

 呆れるように呟いたジン・アカツバキは、右手に持った刃を横に振り抜いてディアブロを地上へと弾き返す。

 草原に穴が開いて、土煙を巻き上げた。

「ヨウ!」

 俺とエスツーはすぐに落下地点へと駆け寄る。

 死にかけた悪魔が、膝を震わせながら立ち上がろうとしていた。しかし左の脚部装甲が崩れ、前のめりに崩れ落ちそうになる。

 それでも倒れまいと、細長い剣のような左腕を杖にして、悪魔と名付けられた機体が空ではなく敵を見上げた。

「もう良いんだ、もう良い、戦わなくて良……」

 ああ。

 気づくんじゃなかった。

 気づかずにいれば良かった。

 俺の半分ぐらいしか無いんじゃないかって細い体の左胸に、日本刀が突き刺さっている。

 紅椿は先ほどの攻撃を弾き飛ばすと同時に、俺たちに認識出来ない速度で貫いたのだ。

「これで終わったか」

 紅椿の発した言葉通りに、その機体から力が抜けて、前のめりに倒れ込んだ。

 俺たちの足下にある背中から、鋭い刃が突き出ている。

「あ……あ……」

 エスツーが言葉にならない声を漏らす。

 彼女の青いISが解除され、彼女の膝が折れた。

「さらばだ、エスツー」

 そのまま空を見上げ、千を超える配下の天使とともに、ゆっくりと上昇していった。

「待ちなさい、紅椿!」

 エスツーが悲鳴に近い怒鳴り声を上げた。

「お前はそこで消えるのだ。恨むことすらなく、生まれることすらなく」

 子供を奪われた母の嘆きすら、そいつには届かない。

 ヤツは刀を捨て、右手を前に差し出す。

「八重垣」

 そこに現れたのは、古びた金属で作られた短い銅剣のようなものだった。

 指で掴むと片手で振り上げる。

 例えるなら、天地逆さまに昇る稲妻を固めたような光だった。

 

 

 

 

 

「黎烙闢弥・八州砕き」

 私は八重垣と名付けられた宝剣にエネルギーを注ぎ込む。

 ルート3・零落白夜が次元を断つというなら、これは力技で世界を滅ぼす光だ。

 かつてIS学園だった場所にいる、二人の男女と一人の子供を目標と定める。

「終わりだ」

 振り下ろすとともに、全長17キロ程の島が真っ二つに割れた。

 マスターが一人で作り上げた楽園の上に出来た草原が、砕けて散っていく。

 感傷を覚えた。

 年老いてもなお、真っ直ぐと伸びた背中に、長く白い髪が風に揺れていた。

 マスターは与え続けた。

 戦場に立ち、味方に仲間に人に、色々な物を与え続けた。

 大事な者の命を、奪われたにも関わらずだ。

 酷い話だ。

 大したことのない事件だった。

 たまたま訪れた場所で、たまたま起きた強盗事件で、ISがメンテナンス中だった彼は、なんてことのない失敗をして、見知らぬ子供の代わりに死んだ。

 俺が代わりに人質になるよ。世界でたった一人のIS操縦者だ。価値は俺の方が高いだろ。

 余裕ぶったわけではない。

 失敗は、気づけなかったことだった。最初から全ては織斑一夏を殺すためのテロリズムだったのだ。

 一部の男たちの嫉妬と、一部の女たちの選民願望に、篠ノ之箒たちは大事な大事な命を捧げてしまった。

 マスターと母様は、残った白い機体を誰にも与えず海の底へと沈めた。

 それからも戦いの日々は続く。

 彼女たちは復讐など選ばなかった。

 人類など知らぬと、天才科学者は遙か遠くへと飛び去った。

 自分は織斑一夏の代わりになるのだと、紅い聖女は戦い続けた。

 人々に食料を与え、命を守り、畑を耕して、身を削り、人々に様々な物を与え続けた。

 私は思ったのだ。

 奪えば良いのに。それだけの力がある人間なのだから、誰かから奪い、それを誰かに与えれば良い。そうして平等を作れば良い。

 なのに誰からも奪わず彼女は常に与え続けた。

 彼女は最後に無敵のルート1を使わなくなった。

 他人からエネルギーを奪い続ける私のワンオフアビリティを使わず、ただ与え続けた。

 最後に彼女は、わずかな大地へ緑を与え、天へと帰った。

 私は奪うことしか脳のないインフィニット・ストラトス。だから、人類に平穏を与えるのだ。

 今もこうして小さな子供の命を奪い、過去へと飛び立つ準備をしている。

 私の最終目標は十万年前のアフリカ、ホモ・サピエンスの起源だ。

 なのに、この世界のISは汎用機化が進み過ぎてエネルギーの質が悪い。あの頃はエネルギー効率が悪かったので、全体的な性能自体は大して変化していないが、そのエネルギーの純度が黎明期のISたちの足下にすら及ばない。

 ゆえに、その黎明期へと飛び立ち、その次に十万年前に飛ぶと決めていた。

「さて、最後の仕上げだ」

 私は千機を超えるマルアハたちに指示を送る。彼女たちが未だに浮き続けている鈍足の箱船を捕捉した。

「残りは一機か」

 箱船の中にあるIS反応を探る。

 そこにあるのは、おそらく篠ノ之束の養女クロエ・クロニクルの専用機『黒鍵』だ。これで白騎士、白式を除く全ての純正ISコアから全てのエネルギーを得たことになる。

 最大の懸念であるエスツーの勢力は潰えた。

 二百年前に飛ぶとして、現状でも余力はある。それでも多いに越したことはない。

 私の仲間たちの残骸『マルアハ』とともに、神と偽り前へと進む。

 

 

 

 

 

 ISを失い、俺は海の上を漂っていた。

 紅椿の一撃で島ごと破壊され、俺たちは吹き飛ばされたようだ。

「って、ヨウ!」

 必死に足をばたつかせ、海面から首を上げて周囲を探す。

「エスツー! ヨウ! どこだ!?」

 声を上げても、何の反応もない。

 ISを起動させようにも、ウンともスンとも言わない。俺が無傷な代わりに、大打撃を受けたようだ。

 見上げた先にいる、束さんの姿をした紅椿と目が合った。ヤツは俺に向け、なぜか悲しそうに微笑んだ。

「もっと嘲笑えよ! 何でそんな顔をしやがる!」

 声を荒げても、相手はその慈愛に満ちた表情を浮かべたままだ。

 歯ぎしりで奥歯が砕けそうだ。

 何が起きているか、未だ現実感はない。

 それでも、アイツは人を殺し何処かに行こうとしている。

「一夏!」

 声が聞こえ、振り向いた方向の海面には、ヨウを抱えて必死に泳ぐエスツーがいた。

「ヨウ!」

 泳いで二人に近づき、ISがなくなった小さな体を抱きかかえる。ぐったりとした顔に生気はない。

「ダメ、息が……息をしてないの!」

「くそっ!」

「何とか飛ぶわ、このままじゃアレが!」

 そのとき、少し離れた海面から一機のISが浮かび上がってきた。

 黒い装甲で包まれた、フルスキン装甲の機体だった。四枚の翼と長い両手の爪、獰猛さとシャープさを兼ね備えた無表情なフェイスマスク。

『ルート2・リブート』

 無機質な合成音声が周囲に響き渡る。

「あれは……?」

 その黒い機体は、俺たちの方向を振り向いた。

 紅い機体の中にある顔が、眉間に皺を寄せる。

「ルート2か。相変わらずの酷い能力だ」

 何者かもわからない悪魔の翼が火を吐き出して、衝撃波を撒き散らし襲いかかる。

 戦闘が再開された。

 ISを失った俺とエスツーは、冷たくなった少年を抱えて空を見上げる。

「何が……起きて……ディアブロに誰が乗ってるんだ?」

 呆気に取られていた俺の横で、エスツーが悲しそうに目を閉じ、

「遅かったのね……この子……の心が量子変換されたのよ」

 と呟き、幼い子供の頭を撫でた。

「え?」

「ルート2というイメージ・インターフェースが、サラシキにより暴走し限界まで性能が発揮され、到達したのよ。心を搭載し、人が無くても動く機体になった。これからのディアブロは、心をインストールし続ける悪魔の機体よ」

「……あれが、ヨウだってのか」

 相変わらず現実感の無い世界だ。

 信じるに値するものすら曖昧で、何を受け止めて良いのかすら判別出来ない。

「見てなさい、一夏」

 千機以上のISを相手取っても、ディアブロは一歩も引かない。

 確実に相手の攻撃を知っているかのように相手の攻撃を回避し、百機のビットを操りながら、その悪魔の右手で敵を葬り続ける。

「何だ、あの動き……」

 紅椿側の一発も当たらない。

 いや、直撃する寸前で確実に避けているんだ。俺たちには感知出来ないコンマ数秒以下の認識の世界で戦っている。

「人の限界なんてものが無い。あれこそが心を持ったIS」

「心を持ったって……あんなの」

 何を信じれば良いかわからずとも、間違ってることがわかる。

 やることは何だ?

 俺は誰だ?

「先に箱船に辿り着くわよ」

 エスツーの青いISが再び展開された。

「エネルギーが残ってたのか?」

「私は誰だと思っているのかしら? と言ってもわずかにしか残ってないわ」

「わかった。箱船の中にISがあるんだよな?」

「ええ。そのISからエネルギーを奪い、力にするわ」

 俺の名前は織斑一夏。

 世界で初めての男性IS操縦者であり、白式のパイロットだ。

 なら、やることは一つだ。

 まだ守れる物全てを失ってるわけじゃないなら、悪あがきをするだけだ。

 

 

 

 

 

「チッ、最後の最後まで邪魔を!」

 どれだけ刃を振るい、光を放っても、その黒い機体に当てることが出来ない。

 元々、ISの制限は人間だと紅椿は知っている。

 いくら熟練のISパイロットといえども、機体性能を最大限まで発揮できないのは当たり前の話だった。

 人間の脳には限界というものがある。脳の処理速度を超えることが出来ない人体構造上の仕組みがあり、ジン・アカツバキと戦うディアブロのような動きは、人間では不可能だった。

 無人機化機能で暴走させていても、人間を搭載しているゆえの絶対防御などは機能する。だが逆に言えば、人間の限界を超える動きは暴走していようともIS側で制御してしまうのだ。

「同等の反応速度、機体速度、旋回速度か!」

 青紫の群体がどれだけレーザーキャノンを撃ち放っても、相手はその動きを認識して回避する性能を持っている。

 ジン・アカツバキの操る無人機『マルアハ』は、彼女がメテオブレイカー作戦で回収した劣化コア製のISを改修したものだ。純正コア製ISと比べると、作られたときから性能が劣っている。優位な点は数という一点だ。

 ゆえにマルアハたちが何機いようとも、白騎士弐型という別名を取り戻したディアブロに、勝てる要素など持ち得ていなかった。

 ジン・アカツバキは紅蓮の両腕を横に広げる。

 すでにエスツーたちが箱船に向かっていることには気づいていた。今からでは間に合わないと確信した。

「過去に飛べば、そこで終わるのだ。ここでキサマ相手に手間取るぐらいなら」

 万全とはいかないと理解し、離脱の準備に入る。

 紅椿の横に広げた両手の先で、黒い円形の断層が現れた。ISを覆い隠す程度の大きさのそれが、同じようにマルアハたちの前にも現れる。

「時の彼方への入り口! 最後の一機を諦めて、先に飛ぶ気よ!」

 エスツーが叫ぶ。

 空中に浮かぶ箱船の甲板に降り立った一夏の背中に、エスツーが手を添えた。

「ルート1・絢爛舞踏!」

 箱船の中から甲板を透き通り、光る粒子が蛍のように舞い踊る。

「バイパス直結成功したわ、一夏!」

「おう!」

 背後に立つ女性の声に呼応し、腕部装甲だけを部分展開した織斑一夏は、手に持った雪片弐型に命じる。

「ルート3・零落白夜!」

 ジン・アカツバキに向けて、真っ直ぐ上段に剣を振り上げた。

 そこに光る刀身はないが、一夏は手にしっかりとした重みを感じていた。

「墜ちろ、カミサマ!」

 振り下ろした柄の先では何も起きない。

 だが、ディアブロとジン・アカツバキの間に立ち塞がっていたマルアハたちが次々と爆発していく。

 壁に開いた穴を狙い済まし、背中の推進翼から輝きを発して、ディアブロが加速に加速を重ねていった。

 しかし、その眼前にある篠ノ之束の顔が破顔した。

 その両手の先にある黒い円形が、紅蓮の神を覆う。

 零落白夜が、その胴体を切り裂いた。

 だが、相手を撃墜するには至らず、神はその空間から姿を消す。

「消えた? やったか!?」

「いえ」

 箱船の上に立つエスツーが膝を折って崩れ墜ちた。

「エスツー?」

「傷は負わせたとはいえ、紅椿は、時の彼方から過去へ飛んだわ……私たちの手の届かない世界へ」

 自分たちの敗北だと彼女が一夏へ告げる。

 生き残った青紫の無人機たちも、同じように空間から姿を消していった。

「……ダメ、だったのか」

 一夏は腕を下ろし、同じく神に届かなかったディアブロの方向を見つめた。

「え?」

 その機体はあり得ない行動に出た。

 鋭い両手を自らの胸に突き刺して、胴部装甲を無理矢理開いたのだ。

「何を……あの子、まさか!」

 ディアブロの前には、すでに小さくなって消えようとしている黒い円形をした空間の断層があった。

 悪魔と名付けられた機体の胴体から、うっすらと緑色に輝く立方体が現れる。

「ISコア? まさか、追いかける……のか?」

 驚いている一夏とエスツーをよそに、ディアブロはISコアをわずか数センチほどになっていた割れ目に押しつけた。

 黒い電流のような光を漏らして、三次元に現れた二次元の円が完全に閉じる。

 体の真ん中を開いた四枚翼の機体が、力を失って落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨウと呼ばれた少年は、悪夢を見ていた。

 見知らぬ親と見知らぬ部屋で、見知らぬ体に生まれ変わって成長していく。

 心が削られていく。

 自分の好きだった顔が思い出せない。

 その夢の発端は、彼の意識を奪うために使った暴走機能で作られた悪夢だった。生き残った人類たちが最強の機体を持つ少年を、意のままに操り限界を超えさせるために用意したものだった。

 彼は名前すら思い出せぬままに、偽物の人生経験を辿っていた。

 わずか一秒の間に、その空間では一年が過ぎていく。彼はISの無い偽物の世界であっという間に成長していった。

 最後は死んで、また1から繰り返しだ。

 暖かい手も、好きだった仲間たちも、優しい母の記憶も同様に、霞がかった記憶になっていった。

 運悪く、その状態でルート2が起動したことが、彼にとってのトドメとなった。

 今の彼は、心の量子化という機能により作られた剥き出しの意識だ。生身であれば脳神経に焼き付けられるはずの、記憶のバックアップがない。ゆえに簡単に思い出が消えていく。

 そこにディアブロの中に残っていた暴走機能が合わさって、心に残っていた記憶が書き換えられていった。

 これが偽物だと知っていた彼の心も、死を経験するたび、塗り替えられるようにして少しずつ記憶を失っていく。

 少年はまだ記憶があるうちに、手に持っていたデータの形状を本の形へと変える。七冊しかないその本を棚に詰めて忘れないようにした。

 アーカイブしていたスタッフたちの会話を、目の前の古臭いPCへ解凍して入れ込む。

 作業が終わって数秒のうちに、彼は我を失っていった。

 ほとんど記憶を塗り替えられた彼は、何の変哲もない大学生になっていた。自分のいた世界を物語としか認識できない状態にまで変わっていた。

「追いかけてきたのか、ルート2」

 彼の前に、大きな立方体の輝きが現れる。

 気づけば、何もない荒野に立っていた。

 何だ、お前!?

 すっかり大人になって変わり果てた彼は、驚いて腰を抜かし尻餅をつく。

「なるほど、その姿はサラシキたちのIS暴走機能の影響か。無様だな。結局、人間同士で足を引っ張り合うとは。お前が万全の状態で追いかけてきたなら、今の私など一ひねりだったというのに」

 何だ、こいつが喋ってるのか?

「時の彼方という場所と暴走機能が入り交じり、こんな場所を作り上げているようだ。だが好都合だ」

 お前、何を言ってるんだ? オレはルート2なんかじゃなくて……あれ?

「自分の名前すらわからない偽物の記憶か。キサマらのおかげで私は万全な状態での旅路とならない。本体を送り込む力さえ、最後の零落白夜によって失われた」

 零落白夜? 何だお前、小説の読み過ぎだろ? それは一夏の……一夏?

「お前はそのまま、ここで朽ち果てていけ」

 彼は目を覚ます。

 気づけば、手には一冊の本を持って、横断歩道を渡ろうとしていた。

 そして走ってきた車に跳ねられて、彼は死に絶える。

 空は青いというのに、視界の半分が赤く、目はほとんど見えなくなっていた。

 その立方体が人間のような形を自らの中から生み出した。

「無様だな」

 人影が足を振り下ろす。

 グシャリと頭を踏み潰した。

 そして彼はまた一からスタートを始める。

 ロクでもない両親と、何の変哲もない大学生の彼。

 自分の部屋で本を読み続けていた。

 それに飽きれば、時の彼方に収納された他人の記憶から、本と関連した記録を無意識に選び出して画面に見入っていた。自らがアーカイブして入れ込んだ端末のデータに目を通すこともあった。

 全てを終えると、彼は顔も名前も知らない友人の家へと歩き、本屋に寄って一冊の本を手に入れ、いつもの横断歩道を通る。

 猛スピードで走ってくる車とぶつかり、彼の体は空中に舞って地面に落ちた。

 こうして彼は、時の彼方に暴走機能の夢から作られた空間で、永遠と思われる回数の人生を繰り返し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスツー、俺たち、まだ生きているよな?」

 しばらくボーッと何もない空間を見つめていたとき、ふとそんな疑問に思い当たって、隣で崩れていた女性に声をかける。

「……そうね」

「まだ、やれることがあるんじゃないか」

 別に確信があったわけじゃない。

 未だに何が起きてるかわからない、現実感もない時代で俺は思考停止したままだ。

 だけど、これが夢だとしても、それはやれることを投げ出す理由にならない。

「やれること……何が」

「あれ、零落白夜で斬った痕跡? みたいなのが残ってるんだけど、俺たちが生きてるのと関係してるのかな?」

 箱船の舳先近くで、電流のような光が何度も弾けていた。

「まさか、時の彼方と繋がってるの? この時代が?」

 俺の言葉に驚いて顔を上げたエスツーが、慌てて立ち上がって箱船の先端に身を乗り出す。

「残ってる……? まだ、過去は確定していない! 時の彼方がここと繋がっているせいなの?」

「時の彼方?」

「次元の向こうよ。三次元から違う時代に渡るためには、そこを通らなければならない。そんな仮説を立てた人間がいたの」

 段々と声が弾んでいくエスツーは、手元にいくつものホログラムウインドウをいくつも呼び起こして、目にもとまらぬ速度で空間投影キーボードを叩き始める。

「えっと、つまり、まだ負けてないんだよな?」

「そうよ、まだ負けていないわ!」

「オッケーだ。どうすれば良い?」

「待って、一夏。そう、でも、いえ、これだと」

「早くした方が良いかもな。電流みたいに弾ける光が減ってる」

「一夏、零落白夜! ルート3!」

「そうだろうと思ったよ」

 俺はいつも通りに刀を構える。

「一度目の痕跡が残ってる場所を切りつけて!」

「文字通り、未来を切り開いてやるよ!」

「つまんないダジャレとか良いから、早く!」

 この世界を生きた織斑一夏という男がいた。そいつが鍛え上げた白式の誇る最強の刃だ。

 切れないものはないはずだ。

「渾身のネタにつまんねえとか、お前らホントに失礼だよな!」

 遙か過去の、幸せだった時代に思いを馳せて、俺は刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 少年だった青年は、全てを忘れて何度も悪夢を繰り返していた。

 買ったばかりの本を持って横断歩道を渡ろうとしていた彼は、ふと空を見上げる。

 そこには、鷹が一匹、悠々と飛んでいた。

 ガラスの割れるような音が、彼の耳へと届く。

 後ろを振り向けば、目の前に小さな入り口が出来ている。

 何か懐かしい匂いを感じて、いつもの終着点である横断歩道とは違う方向へと、足を一歩踏み出した。

 足下が無くなって落下していく。

 彼は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 一人の赤子が病院の上で母親に抱かれて寝息を立てている。

「名前はどうするんですか?」

 子供の顔を覗き込む男へ、看護師が声をかける。

「妻が良い名前があるそうなんですよ。なあ?」

「ええ。この子が生まれる前の日、夢を見たんですよ。鷹が飛んでいる夢」

 父親になったばかりの男が、小さな赤子の頬を人差し指で優しく突いた。

「だから鷹という文字で、ヨウと」

 誇らしげに微笑む父親の顔を見て、看護師もつられたように頬を緩める。

 母親は腕の中でスヤスヤと眠る我が子に、優しく微笑んだ。

「これからどんなつらいことがあっても、あの夢で見た鷹のように、雄々しく飛んでいくのよ」

 父親がその子供の小さな手に、立方体の形をした石を握らせる。子供はしっかりとそれを掴んだ。

「お前の名前は、二瀬野鷹だ。よろしくな」

 そうして、彼はこの時代に生まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た。なんか私が設計した船にそっくりだなぁ。ま、いっか」

 篠ノ之束はベランダから空を見上げていた。

「姉さん?」

 箒がいぶかしげな顔を浮かべたとき、太陽が覆われて彼女たちのいる場所が影に包まれる。

 それが巨大な船だと気づくまで、箒は数秒を必要とした。

「な、何だあれは!? 巡洋艦? 空中に浮かんで……」

 驚く妹の肩に、束がそっと手を添えて、優しげに微笑んだ。

「箒ちゃん、必ず助けてあげるから、自分を忘れないようにね」

「姉さん?」

「じゃあ、行ってくるからねー。ぴょんっと」

 篠ノ之束がベランダの手すりを乗り越えて空中に躍り出る。

「おい、姉さん!?」

「ばいばーいきーん」

 脳天気に別れを告げ、にんじん型のミサイルに腰掛けた篠ノ之束が上空の船へと飛んでいった。

 しばらく呆然としていた箒だったが、やがて呆れたように笑い、

「では、私もみんなを信じて待つとしようか」

 と自分の部屋へと戻っていく。

 いつのまにか、彼女の手には一本の日本刀が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから十五年の時が経ち、二度の死を乗り越えた少年は青年の姿となり、四十院総司と名乗っていた。

 白騎士に似たインフィニット・ストラトスで、青紫の機体を葬り続ける。

 だが、六百機を超える機体の盾となっていた織斑一夏は、織斑マドカの一撃で死に絶えていた。

 織斑マドカが高らかに笑い声を上げる。

「何が部外者だ、何が生存戦争だ! もしそうだというなら、貴様は敗北者だな!」

 倒れた一夏の元へ、ラウラが鈍重な黄金のISを乗り捨て走り寄った。

「一夏、しっかりしろ、一夏!」

 リア・エルメラインヒはすぐさま蘇生キットを呼び出して、仰向けに倒れた一夏の元へと駆けつける。

 しかし、一夏の有様に動けなくなった。

 彼の胴体のいたるところが盛り上がり、焦げたような臭いが漂っている。自由に曲がるBTレーザーで体の中を無茶苦茶に貫かれたのだとわかり、助かるわけがないと気づいてしまった。

 狂ったように嘲笑を続けるマドカの上で、篠ノ之箒の体を奪ったジン・アカツバキが腕を人間たちの方向へと伸ばした。

「これで終わりだな」

 それまで全てのエネルギー兵器を遮っていた盾はいなくなり、大地を穿ち切り裂く武装への対抗手段は失われた。

「くそっ、一夏! しっかりしろ一夏!」

 四十院総司がジン・アカツバキに向けて加速するが、数百機の無人機がその間に壁となって立ち塞がった。

「紅椿、てめぇええええ!!」

 様々な武装を持ち、最強とも言えるISであっても、それらを瞬時に葬ることなど出来ない。

「ちっ!」

 織斑千冬は弟の元へ駆け出したい気持ちを抑え、ブレードを紅椿へと投擲する。だがそれも目に映らない壁のような物で弾かれた。

「こうなったら、一か八か!」

 シルバリオ・ゴスペルが両方の手にビームキャノンを展開し、必死に敵へと打ち続ける。

「死んでたまるかよ!!」

 オータムが少しでも敵を潰そうと、細身のISから無数の極小ビットを生み出して飛ばす。

「意地でも仇だけは!」

 国津玲美が空中に浮き、自身のIS全長を超える砲身で、無数の敵機を薙ぎ払おうとした。

 その三機の攻撃全てを、紅蓮の神は眼前に張ったシールドビットで弾き飛ばした。

 更識楯無が半透明の装甲を持つISで空中に躍り出る。周囲の海水を巻き上げて、水の膜を生み出し、自分たちのいる場所を半球形に包み込む。

「一夏君の盾とは比べものにならないけど……!」

 本人さえ信じられない薄い盾でも、ないよりはマシだとISに全力を込め、さらに何層もの水の膜を作り上げる。

 ジン・アカツバキの背後にいる無人機の群体が、そのレーザーキャノンの砲口を人間たちの場所へと向けた。

「死ね」

 千機近くの砲口が、光を放とうとした。

 ラウラがその小さな体で一夏の亡骸を守るように覆い被さる。

 誰もが終わりを覚悟した瞬間の出来事だった。

 紅椿が生み出した黒い亀裂と酷似したものが、隊列を組んでいる六百機の遙か上空に現れる。

 数センチほどしか無かったソレは、白い稲妻のような光を生み出しながら、大きく広がっていった。

 ISが出てこられるサイズを超え、あっという間に半径数十メートルはある円形へと変化していった。

「何が……?」

 無人機を薙ぎ払っていた四十院総司が、目を丸くしてその出来事を見つめていた。

 やがて、何もない空間を切り裂くように、船の舳先のような物が見える。

 何かに気づいた紅椿の顔が驚愕に包まれる。

「まさか、あの織斑一夏が、この時代に現れたのか、箱船とともに!」

 ゆっくりとその全てが見えてくる。

「ふ、ね? 巡洋艦サイズ? 空中に浮いて……!」

 戦闘空域から離れていたシャルロットが口元を戦慄かせる。

「あれは、何ですの……?」

 セシリアも同様の表情を浮かべ、その箱船に目を奪われていた。

「これ以上、何が起きるってのよ……」

 ISを装着し、二人を抱えて飛んでいた鈴が、半分呆れたような苦笑いを浮かべる。

 ジン・アカツバキが手を振り上げる。

「ええい! 先に織斑千冬を葬る!」

 主の指示に従い、無人機たちが光が一斉に撃ち放った。

「そこまで育ってくれて、お母さんは嬉しいよーっこらせっと」

 ふざけた調子の声とともに、光輝く半透明のシールドが現れて、楯無の展開していた水の膜のさらに外側を包む。その壁は、無人機たちの撃ち出した島さえ砕くレーザーを霧のように霧散させた。

「た、束!?」

 目の前に降り立った女性の後ろ姿に、千冬が驚いて声をかける。

「やっほー、ちーちゃん。篠ノ之束、恥ずかしながら戻って参りました!」

 友人の声に振り向いた世界最高の頭脳は、ふざけた調子で軽く敬礼をして笑った。

 

 

 

 

 

「死ねって言ったかよ、ジン・アカツバキ」

 次に箱船の先端から、一体のISが四肢を広げて落ちてきた。

「この時代のエスツーを殺したことで時代は改変され、お前たちは生まれなかったはずだ!」

「それより先に、お前と同じ時の彼方に入り込めたってわけさ」

 織斑一夏の死体の側に、未来から現れた白式のパイロットが着地した。

 彼は涙ぐんだまま呆然とするラウラを見て小さく笑う。

 新たに現れた白い装甲のインフィニット・ストラトスが、手に持った刀を下段に構える。

「零落白夜!」

 まるで大地から天に昇る稲妻のような、輝く閃光の刃が一夏の手元から伸びる。

 小さく深呼吸をした後、織斑一夏は、

「お前が死ねよ」

 と刃を振り上げた。

 無数に枝分かれした光が、数百機のISの胴体を同時に斬りつける。空に爆発が連鎖していった。

「キサマ……どんな形であろうとも、織斑一夏は織斑一夏か!」

「そういうことだ。どんな形であろうとも」

 彼は雪片弐型を肩に担ぎ、ニヤリと不敵に笑う。

「俺は織斑一夏だ。それだけで諦める理由が無くなるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














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