ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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35、再誕(リ・バース)

 

 

 キミの幸せは何ですか。

 そう問われたなら、答えに迷う。

 世界に平和を、敵の排除を、新しい物語の構築を。美辞麗句を並べ立てて、外面を装うのは簡単だ。

 だけど、もしも本音を述べる機会があるなら、こう言うだろう。

 オレが知る存在たちの全てが幸せであるように。たった一人の許せない存在を除いて、だ。

 

 

 

 死体袋をジープの荷台に乗せた後、耳に差した小さなヘッドセットのボタンを押す。

「あー、青川さん、私だけど」

『はい、何でしょう?』

 回線が繋がっているのは、四十院研究所にいる髭面のスタッフだ。

 チラリと横を見れば、ミューゼルは意味ありげな微笑を浮かべたまま、壁にもたれかかりオレの方を見つめていた。

「そちらの状況はどうなってる? 岸原が上手くやってるかい?」

『そのようです。自衛隊も警察も取り囲んだまま手を出してきてはいません』

「何か手を打ったのかな?」

『各国から軍事機密に触れる可能性があるってことで横やりが入ってます。特にイタリアがうるさいようですね、リベラーレを無断で持っていかれた件で外交問題が起きかけてますね』

「ふーん……まあ、岸原と国津に関してはいつも通りでよろしく」

『それより四十院さん』

「ん? どうしたんだい?」

『連隊からこちらに頻繁にアクセスがあるのはどうしてでしょうか』

 回線の向こうから、忙しい電子音が聞こえてくる。どうやら電話しながら投影型キーボードを操作しているようだ。

「このタイミングでかい?」

『ええ』

「何のデータ狙ってるとかわかる?」

『おそらく、あの遺伝子強化試験体研究所のデータですね』

 青川さんが言っているのは、エスツーがいた場所が持っていたデータだ。四十院総司としてはほとんど関わっていないので、データはほとんど持っていないが……。

 それにあそこのデータのバックアップは日本政府が押収したはずだ。

「ふーむ、一応、監視しつつデータは渡さないようにね」

『ブラジャー』

「それ、やめてくれない? じゃ、またすぐに連絡をする」

 電話を切って考え込む。

 読めないな……なんだ? ジン・アカツバキか? しかし何のためにそのデータを狙う?

「さて、これで失礼いたしますわ、ミスタ」

 後ろから声をかけられて、思考の淵から我に返る。

「すまないね、ミズ・ミューゼル。恩に着るよ。三弥子さんは元気かい?」

「弊社に協力していただいている有能な研究者ですし、丁重におもてなしをしております」

「そりゃ助かる。貴方とはまた、サシで会いましょう」

「三十セントのお代はこれで良いとして、追加料金はお支払いに来ていただけるんでしょうね?」

 彼女の手には、その艶やかさに似つかわしくない革袋が握られていた。

 追加料金ってのは、地下の死体安置所でオレがやったことについてだろう。死体を引っ張り出してからの一連の行動に、ミューゼルは驚いていたものだ。

「そりゃ怖い。でも、私とあそこで出会って良かったと思いますよ、間違いなく。そして、また私に会いたいとお願いしてくるでしょうね」

 建物の側に置いておいた自前のナップサックを、ひょいと死体袋の側に投げ込む。

「女性に対しても自信家ですわね。楽しみにしておきますわ。それではごきげんよう、プリンス」

 美しい金髪を手で払い、不敵な顔で笑いかけてくる。

 オレは背中を向け、ミューゼルに軽く手を振り、ジープに乗り込んだ。

 ここを車で走るのは二回目か。銀の福音のときも、こうやって走ったなあ。

 迷彩柄の帽子を深く被り直し、キーを回してアクセルを踏み込んだ。

 さて、マジックショーの始まりだ。

 

 

 

 

『ルカ早乙女』

「理事長?」

 閃光が走り爆発音が轟く戦場の下、海へと走っていたルカ早乙女の前に、案山子のようなISが目の前が降りてくる。

『マルアハを取り返せ。今なら可能だ』

「マルアハを?」

『こちらだ、捕まるが良い』

 そのISが、地面に膝をつけて腕を差し述べる。その長い腕に乗れという意味だろう。

「ルカ、もうやめようよ、ルカ!」

「もう充分だからさあ!」

 近くに立ち止まった他の機動風紀たちが、ルカに駆け寄って制止しようとした。

 ルカは一緒に捕まっていた機動風紀たちの顔を見回す。

「このまま終わるわけには参りません。むしろここからが花散らすときでしょう」

 止めようとする仲間から離れて、ジン・アカツバキの使者の手に腰掛けた。

「ルカ!」

「ルカってば!」

 悲鳴に近い声を振り解くように、そのISは右腕にルカを乗せたまま、空中に浮いた。

「みなさんは先に避難を。私はマルアハを取って参ります」

 その言葉が届くと同時に、ゆっくりと加速してISが通り過ぎていく。

 ルカの視界では、手を伸ばして叫んでいる同級生たちが遠くなっていった。

「理事長、どうか彼女たちには手を出さないでいただけませんか」

『わざわざ殺したりはしない』

「ありがとうございます。貴方に乙女から万の感謝を」

 曲げられたISの右腕に腰掛け、振り落とされないように鋭利な装甲へとしがみついた。

 自分は戦争狂である。

 ゆえにISを取り上げられ、アメリカの監視下の元、普通のOLのように生きて行くなど不可能だと自覚していた。

 彼女はスイスの傭兵一家生まれゆえに、他人の生死に拘りがない。そこを理事長に買われたのだろうと思っているし、誇らしくもある。機動風紀の中で、彼女だけが知らされている秘密も多い。

 戦友は無事撤退し、自分は思う存分、戦闘行為に没頭出来るのだ。

 ルカ早乙女という人間には、それだけで充分過ぎた。

 

 

 

 空を見回せば、IS同士の激しい戦闘が色々な場所で繰り広げられていた。

「一夏たちが奮闘してんな」

 戦況を一変させるほどではないにしても、一夏たちが来たことにより割り振りが減り、少し余裕が出てきているようだ。

 一夏たちもラウラを中心に、全員が各々の役目に徹することで、自らより多い敵を相手に、戦列を意地している。

 代わりに少佐殿が大きく狙われているようだが、そこは一夏がカバーを強く意識して行動しているようだ。

 まだ大丈夫か。

 小さなヘッドセットのボタンを押すと、回線が四十院研究所に繋がった。

「青川さん、いいよ、テスト兼ねてやってみて」

『了解』

 返事を聞いてから、周囲の回線を開く

『全ISパイロット諸君、ただ今、アラスカの指示により、IS連隊整備班の村崎君が二瀬野鷹の死体を運び出している。絶対に誤射しないように!』

 これは、ボイスチェンジャーを使って四十院総司の声に変え、言葉使いを真似た青川さんからの通信だ。彼は今、四十院研究所からオープンチャンネルで、この辺りに言葉を送り込んでいる。

 聞く限りは上手く行っているようだ。こちらは問題ない。

 さてと。

 IS連隊の基地を陸地側の出入り口まで、まだかなりの距離がある。

 まあ、なるべく蛇行しながら、ゆっくりと走ってるからな。もう少ししたら、餌をばら撒くだけだ。

 『奇跡(ペテン)』の効果は期待出来る。だが、使えるのは一度だけだ。タイミングは考えなければならない。

 ハンドルを回し、蛇行しながら戦場の下を走る。

 チラリと後ろの荷台を見れば、そこには人が入っているように見える死体袋があった。

 

 

 

「ヨウ君の体を? ってこんなときに!? 地下なんだし置いておけば良いのに!」

 沙良色悠美がチラリと眼下のIS連隊基地を視界に納める。そこには確かに瓦礫の間を縫うように、ジープが一台走っていた。

 運転手の顔は帽子を眼深に被っているので上からは見えないが、その行為は無謀にも程があると憤慨していた。

「どんだけ人の命を軽く見てるのよ、アラスカは!」

 眼前に迫る一機へ二丁のサブマシンガンで弾幕をばら撒きつつ、上空へと逃げ始める。

 他の機体も同様に高度を上げながら戦い始めた。

 そうして、戦線がどんどん高度を上げて行く。

 

 

 

「だー! くそっ、それでも四機かよ!」

 オータムが愚痴を零す。自分につきまとっている機体から離れようするが、相手のしつこさに辟易していた。

 こちらの攻撃が当たらず、向こうの攻撃も何とか回避している。

 今はただ生き残ることだけを考え、指先に仕込まれた小型バルカンで牽制する。

 IS学園の連中が応援に来たって、ガキの手なんて邪魔なだけだ。

 そう思って、オータムは逃げることだけを考えていた。

 

 

 

 IS学園の専用機持ちたちが三列に陣形を組んで、続々と集まってくる敵機を相手に奮闘していた。

 その中心で指示を出しているのは、やはりラウラ・ボーデヴィッヒだった。

「一夏、深追いするな、シャルロット、手が余れば一夏の相手に牽制を。セシリア、抜けたヤツは撃ち落とせ。簪、後ろに付かれているぞ、誘導ミサイルが当たるなど考えるな、残弾に気を付けつつ、僚機への相手に牽制をしろ。箒、接近戦を挑まず、エネルギーの刃で相手を一か所に囲い込め! 鈴、好きにしろ!」

「なんなのよ、アタシの扱いは!」

「とにかく一対一に持ち込まれるな、すぐに応援が来て挟み打ちにされる。戦列を保て! 多対多であることを全員が意識して動け!」

 ラウラの指示に従いながら、全員が段々と陣形を作り始める。

 IS連隊側は強襲され、乱戦に持ち込まれた。

 だが一夏たちIS学園一年専用機持ちチームだけは、乱入してきた側である。IS連隊の機体より統率の取れた動きで、自分たちより多い敵を相手にしても、落ち着いた対応で戦列を維持していた。

 簪の打鉄弐式とシャルロットのラファール・リヴァイヴによる実弾のカーテンで相手を防ぎ、動きが止まった相手をセシリアのブルーティアーズが撃ち抜いた。

 隙間を縫って接近しようとする機体を、箒の紅椿と鈴のアスタロトが遊撃し、その背後からラウラが戦列を乱そうとする相手へレールガンへ牽制をかけていた。

 そして一夏は、離れていこうとする機体に向けて、左腕の荷電粒子砲を撃ち放つ。

「ラウラが集中的に狙われてる! 俺はそちらのカバーを多めに行くから、鈴と箒はそのつもりで動け!」

 IS学園の一年専用機全員が心を一つにし、自分たちより多い数の敵を相手に、互角に戦っていた。

「戦闘機形態の間は動きこそ早いが小回りが効かない! 変形すればスピードが落ちる! そこが狙い目だよ!」

 シャルロットの分析に、一夏は右手の雪片弐型を引き抜いた。

「なるほどな、無敵のISなど無い、ということか」

 弾幕を回避しようとした相手へ、箒が手に持った日本刀から多数の光る刃を撃ち放つ。その牽制に接近することを諦め、敵機は弧を描くように逃げると、再び遠距離射撃を撃ち放ってくるだけになった。

「ああもう、うざったい! HAWCシステム起動!」

 両手で抱えるほどの巨大な砲身が、鈴の手元に現れる。

「上空から薙ぎ払うわよ!」

 他の機体より一段上に舞い上がった鈴は、推進翼から伸びたケーブルを手に持った武器へと繋いだ。

「一夏、鈴の抜けたところに入れ!」

「おう!」

 近づいてくる敵へ切りかかり、弾き飛ばすように押し返す。

「これで……どうかな!?」

 体勢を崩した相手へ、簪の機体が多数のミサイルを撃ち放った。

 そこへ他の戦闘機タイプが網目のようにレーザーを撃ち放ち、全てのミサイルを焼き落とす。

「ナイス時間稼ぎ、全てはアタシの活躍のため! 刮目せよ、ファン・リンインの実力! ブースターランチャー『メレケト・ハ・シャマイム』、充填完了、発射!」

 シャルロットと簪の作る弾幕の向こうで飛びまわる数機へ向け、赤い装甲のテンペスタエイス・アスタロトから巨大なエネルギーの束が放たれた。

 空気を焼き、地面を削り取って行く。

 だが、全ての敵機が風に乗る蝶のように回避してしまった。

「あら?」

「ちょっと鈴さん!? 何を盛大に外していらっしゃるんですの!」

 BTライフルで逃げる的を狙撃しつつ、セシリアは鈴へとクレームを投げつける。

「う、うっさいわね、ちょっと外しただけじゃない!」

「お話になりませんわ、やはりお猿さんに遠距離攻撃は向いておりませんわ!」

「だ、だったらアンタだって当ててみなさいよ!」

「ブルーティアーズの進化を見せて差し上げますわ!」

 セシリアが視界に浮かぶターゲットウインドウで、一機をロックする。

 通常のレーザーより低速のビームが撃ち放たれるが、相手はそれをヒラリと回避しようとした。

「これで、いかが!?」

 パイロットの指示とともに、ビームが相手を追い掛けるように、その機体の側面へと着弾した。

「どうですの!」

 自信たっぷりに胸を張るセシリアだったが、相手は損傷が少ないのか、そのままセシリアへ向けてレーザー砲の返礼を向ける。

「きゃー!」

「にゃー!」

 二人が想定外の反撃に驚き、叫び声を同時に上げた。

「何やってんだ、お前らは……」

 呆れたような表情の一夏がセシリアの前に立ち、左腕に展開したエネルギーシールドで相手の攻撃を弾く。

「い、一夏さん! 助かりましたわ!」

「セシリア、曲げたのも当てたのもすごいけど、相手が沈黙するまで油断するなよ? こっちも死ぬんだぞ」

「わ、わかっておりますわ!」

「ホントかよ」

 苦笑を浮かべて、一夏は再び次の目標へと向かって行く。

「やーいやーい、おっこらーれた!」

「い、今のは怒られたわけではなく、そ、そう、忠告ですわ! 一夏さんがわたくしのことを思って!」

 やいのやいのと口論をしながらも、鈴とセシリアは的確に自分の役目を果たしていく。

「お前たち、いい加減にしろ……」

 箒が大きなため息を吐いた。

 だが、何だかんだでいつもどおりの姿を見せる鈴とセシリアを、彼女は頼もしく、そして嬉しく思ったのも事実だ。自分たちは家を無くしたが、まだ生きている。

 だから、自分はまだ戦える。

 間違えたなら訂正して前を向くのだ、と四十院総司に言われた言葉を思い出す。

 その通りだ。凹んでいる暇があれば、まだ戦い続けるのが正解だ。

「戦列を崩すな、こちらへの数はどんどん増えているぞ、油断するな!」

「おう!」

「わかった」

「了解ですわ」

「あいよ!」

「……はい!」

「うん!」

 ラウラの指示に全員がバラバラの言葉で返す。

 見事に性格の違う連中ばかりだが、それがまとまっていることが、彼女たちにとっては逆に心強いことでもあった。

 

 

 

 ピンク色の打鉄の側に、テンペスタ・ホークが近寄ってくる。

「いいの、リアちゃん」

 お互いが背中を向けて、敵へ射撃を続けていた。

「……私の立ち位置は、まだあそこではないので」

 切なげな声を聞いて、悠美の胸も少し痛む。

 だが今は戦闘中だ。感傷に浸っている間にも自分は死ぬかもしれない。

「そう、じゃあIS連隊第一小隊として、がんばりましょ!」

 背中越しに花のような笑みを向けてから、沙良色悠美が右手のサブマシンガンを投げ捨てブレードを引き抜いた。

「ヨウ君だって、その機体を見守ってるよ、きっと!」

「壊さないように気をつけます!」

「その意気だよ!」

 二人の乙女がお互いに弾かれるように向かって行く。

 彼女たちの疾走は、まだ終わらない。

 

 

 

 各地で奮闘する様々な思惑が交錯しながらも、未だ戦況は変わらない。

 一夏たちがやってきたとはいえ、敵の数は二倍以上である。簡単にひっくり返せる状況ではない。

 そんな中で、圧倒的な力で一機の戦闘機型ISを破壊した人間がいた。

「……あはっ」

 国津玲美が短く楽しそうに笑う。

 レクレス(無謀)と呼ばれた槍が無人機の胸を貫く。その状態のまま、玲美の黒いアスタロトは地面へに向けて加速し、相手の機体を押しつぶすように激突した。

 それでもまだ動きを止めない無人機に、マウントポジションから玲美は左の拳を見舞う。バッタに似た頭部が大きな音を立てて、ひしゃげた。

 途端に機体の動きが鈍くなり、錆び付いた歯車のような動きで右手を上げ、その砲口を玲美へと向けた。

「あははっ」

 だが黒い爪がレーザーを放とうとした場所を握り潰し、腕を胴体から引っこ抜く。

 立ち上がった偽物の悪魔が、元の形の見えない頭部へ体重をかけて踏みつぶす。そして再び空を見上げた。

「まだ、沢山いる」

 低い声で呟いてから、魔に堕ちた天の女王が翼を羽ばたかせた。

 

 

 

「もう無茶苦茶ね」

 超高速で逃げ回りながら、戦況を確認しナターシャが愚痴を零す。

 せっかくの応援も、これでは意味がない。

 IS学園の人間も多数の敵を引きつけているとはいえ、自分たちだけで戦列を組んでいる。

 IS連隊の隊員たちはバラバラのままだ。

 仕方ないとはいえ、ここには統率するようなカリスマがいない。極東IS連隊は、各国からの寄せ集めで作られているのだ。

 加えて言えば学園と連隊は、つい先日戦闘を繰り広げたばかりだ。

 まとめるために誰か引っ張り出すか。

 そう算段を立てる彼女だが、良い人物が思い浮かばない。IS連隊も司令部は沈黙したままだ。

 今は生徒たちの避難に徹している織斑千冬ですら、連隊と学園両方をまとめるのは難しいだろう。

 何せナターシャ自身を含め、連隊の人間たちはIS学園から来て隊長に納まった彼女に、良い心情を抱いていないのだ。

 加えて亡国機業の連中が素直に従うわけがない。

 オータムが良い戦力であることはナターシャも知っているが、自分勝手に逃げようとしているのが遠目にもわかる。

 国津玲美がかなり強力な機体を持っているが、それだって単独行動中で、こちらに迎合する様子は全くない。いくら強かろうと数機のISが一気に襲いかかれば、逃げ惑うしかない。

 どうするかと悩む彼女も、敵のレーザーを必死で回避しているだけだ。自分に全体をまとめる力も、余裕と各方面への繋がりも無いことをよく理解している。

「ったくもう! 世界はいつもバラバラだわ!」

 ふと、一人の少年の顔を思い出す。

 彼が生きていれば、また違ったのかもしれない。

 視界の端に映ったジープを見る。

 先ほどの通信によれば、その荷台には、亡骸の納められた革袋が載っている。必死に隠そうとしているが、オータムが影でその死を嘆いていたのをナターシャは察していた。

「……もう、何で大事なときにいないのかしら」

 寂しそうに呟いたあと、ナターシャは一瞬だけ目を閉じてから、再び前を向く。それだけで思考を切り替えることが出来たのは、彼女が生粋の軍人だからだろう。

 一人だけ、全てに顔の利く人間がいたわね。

 ただ、力が弱い。

「リア、お願いがあるわ」

 手は最善ではないが、使うしかないのだ。

『ファイルス隊長!? なんでしょう?』

「忙しいところ、申し訳ないのだけど、全体をまとめて戦列を組み直したいわ、各機に指示を出せるかしら」

『じ、自分がでありますか!?』

「各方面に顔が効くのが、もう貴方しかいないの」

 驚く相手に、それでも縋るように問いかけた。

『……わかりました』

 おそらく相手も自分の力不足を理解しているのだろう。それでも戦況を変えるためにやる、そう腹を括ってくれたことに感謝する。

「私も極力、そちらの指示に従うようにするわ」

『せめて司令部の委任状でもあれば』

「無い物ねだりしても仕方ないわ、お願いね」

『ヤー』

 通信回線が閉じられ、ナターシャは空中で立ち止まる。途端に追いついてきて人型へと変形し、周囲を取り囲んだ。

「さあ、愛しいマイ・ガール、ここからが踏ん張りどころよ」

 その言葉に呼応して、銀の福音の背中にある翼が大きく開いた。そこにある全てのスラスターが、大きく開き、今までより大きな光を放出し始めた。

「このナターシャ・ファイルスとシルバリオ・ゴスペルの力、舐めないで欲しいわ!」

 まるで弾丸のように回転しながら真っ直ぐ上昇しした。

 そして、スラスターから羽のような形をした光が、全方位へとばら撒かれ敵機へ横殴りの雨のように襲いかかる。

 それは四十院製マルチスラスターが可能にした、広域殲滅用兵器だった。

 

 

 

 

 戦況はよろしくねえな……。

 瓦礫で転倒しないように進路を選びながら、ジグザグにジープを走らせる。

「ゴスペルの翼はようやく本気出せたのか。指示通りとはいえ、あれを完成させたヤツにゃボーナス出しとかないと。あとイスラエルの奴らにも報酬弾んでおくか」

 この世界でのシルバリオ・ゴスペルは、四十院研究所謹製の大出力推進翼を搭載している。

 そこにオレは一つの指示を出していた。自分の知っている『物語の記憶』の中で見た、銀の福音のセカンドシフト時の攻撃の再現だ。もちろん本家にゃ程遠い威力だろうが、ナターシャさんなら上手に扱えるだろうと踏んでの実装提案だった。

「ま、それも生き残ったら、だな」

 ハンドルを回し、めくれ上がったアスファルトを避ける。再び時間稼ぎをするように蛇行しつつ、戦場の下を這い回り始めた。

『この戦闘に集まった全ISに告げます。こちらは極東IS連隊第一小隊リア・エルメラインヒです』

 なんだ?

 オープンチャンネルで流れてくる声は、確かにリアのものだ。

『敵の数はいまだ四十五機以上、こちらはその半数です。このままバラバラに戦っては勝てるはずがありません。どうか私の指示に従っていただきますよう、お願いします』

 オレと同じ考えをしてるヤツがいたか。

 確かにまとめるための音頭を取るには、現状じゃリア・エルメラインヒしかいない。

 IS連隊に所属し、亡国機業にも手を貸していて、一夏やラウラとも縁が深い。

 ただ問題は、どこに対しても立場が弱いことだ。

 一夏たちはラウラを筆頭に完璧な連携を取っているせいか、他人の指示には従いにくい。

 オータムなんか最初から聞かずに、自分が逃げることに徹するに違いない。玲美にいたっては話すら聞かないだろうな。

 ここで『奇跡』を使うか? 

 決断するべきだろうか。何か見落としは無いか、と頭の中で色々と考える。

 いや、まだだ。一度しか使えない手なんだ、大事に行かねえと。より大きな結果を得るために、もう少しだけ我慢するしかない。

 奇跡ってのは、最低の状況を打破するために使うべきだ。今はまだ、みんなを信じよう。

 使わないで済むに越したことはないからな。

 

 

 

 

 無人機の腕に乗ったルカ早乙女が一つの格納庫に辿り着いた。

『ここにマルアハがある』

 どうやら無人機たちは、マルアハが収められた場所への攻撃は控えていたようだ。ルカの前にある建物は無傷に近い。

「マルアハは無人では動かないのでしょうか?」

『ISとは人を乗せた方が効率が良いのだ。可変可能なマルアハ弐型は人が入らない機体だが、マルアハ壱型は人が入るように作ってある』

「なるほど、確かに機械の張り型よりは、本物を入れた方が気持ち良いでしょうから」

 格納庫の前面にある扉は、普通の戦闘機が出入り可能な規格で作ってあるらしく、かなり巨大で重い。だが、そこには人が通った後なのか、わずかな隙間が空いていた。

 扉に張り付いて、首だけを伸ばし中を窺う。

 薄暗い内部を見渡せば、三十機のマルアハ全てがここに納められているようだ。

 その機体の前に数十の人影が集まっていたのが見えた。

「くそっ、こいつさえ動けば!」

「早くしなさいよ!」

「ここだっていつ攻撃されるかわからない!」

 どうやらIS連隊のパイロットたちが、マルアハを動かそうとしているようだった。

 重要なことを何一つ聞かされていない予備パイロットたちが、ISを動かして逃げるか戦うかする気で集まっているようだった。

 ルカは隣に浮いていた無人機に向けて頷いた後、両手を上げて、内部に足を踏み入れる。

「すみません」

 そこにいたISスーツを着たパイロットたち全員が、入口側を振り向いて銃を抜き放つ。

「誰だ!?」

「ま、待って下さい、逃げようとしたら……」

「キミは……確かIS学園の」

「は、はい、機動風紀の委員長、ルカ早乙女と申します」

「どうやって逃げだした!」

「建物が壊れて、その隙間からです」

 淡々と返答していくのを、注意深く警戒するパイロットたちだが、一人の女性が前に出る。

「キサマは機動風紀の長だと言ったな」

「はい、僭越ながら委員長を務めております」

「では、これの動かし方はわかるか?」

「……マルアハの、でしょうか」

「ああ。知っているのか知らないのか」

「知っています」

「よし、逃げるのを手伝ってやるから、これの動かし方を教えろ。妙なロックがかかっていて、動かないのだ」

「あまりオススメはいたしませんが、それで逃げられるのなら」

「では教えろ」

 顎で指示され、ルカは両手を上げたまま一歩近づく。

 それと同時に、壁に並んでいた青紫のフルスキンISの胴体が割れた。

「お、おお!」

「これでいけるわ!」

 実際にはルカは何もしていない。格納庫の外にいたジン・アカツバキの端末の仕業だろうとわかっていたが、彼女が言及する意味はない。

「さあ、これで乗れると思います」

「よし、ではそこの壁際で背中を向けて、こちらが良いと言うまで手を下ろすな」

「焦らされるのは嫌いではありません、了解です」

 淡々と相手の指示に従う。

 背中越しにチラシと様子を窺えば、待っていましたとばかりにパイロットたちがマルアハに乗り込んでいく。

「これは良いISだ……汎用機として誰でも使えるように作ってある」

「武装も充分だ。ここにある三十機が参戦すれば、あの飛行機どもをブチ落とせる」

 この基地で予備パイロットを務める女性たちが、声高に喜び勇んでISを次々と起動させ始めた。

 ルカ早乙女としては、何も知らない彼女たちを笑う気は起きない。事実、自分の仲間である機動風紀も似たようなものだったからだ。

 全員が乗り込んだのを見てから、ルカは手を下ろして振り向いた。

「お前はここで待っていろ、逃げ出したらどうなるか、わかっているな?」

 先ほど指示を出した強面の女性パイロットが、ルカに向けてドスを効かせた声色で脅しをかける。

「ご苦労様です。ご助勢、いたみいります」

 淑女がドレスのスカートを持ち上げる仕草を真似て、ルカが無愛想な顔でお辞儀をする。

「ん?」

「これは?」

 妙な様子に気付いたパイロットたちが、声を上げようとしたが、もうすでに遅かった。

 頭全体をすっぽりと包むマルアハのバイザーに、光るラインが縦横無尽に走る。先ほどまでパイロットの思う通りだった機体が、今は完全に動作を止めている。

「やれやれ、おすすめしないと忠告申し上げましたのに。張り型がお好みとは、淑女にあるまじき趣向ですね」

 パイロットたちの意識はもう現実にないと確信し、動かなくなったマルアハたちを見回したルカが肩を竦めた。

「さて、あと一台、ちょうど残っていますね」

 悠々とした足取りで、ルカは自分の機体に向けて歩き出す。

 彼女ととすれ違うように、何も言わなくなったマルアハたちが、金属同士をすり合わせる音を鳴らす。

 そして、全ての機体が格納庫を破壊しながら、空へと上昇していった。

 

 

 

 

「ISが二十九機追加!?」

 連隊第一小隊の湯屋かんなぎが驚きの声を上げる。背中には戦列を組む悠美とリアがいた。

「増援?」

「どっちの? リアちゃん!?」

 テンペスタ・ホークを着た少女が、突如現れたIS反応の大群へと目を向ける。

「これは……マルアハ……機動風紀のマルアハです!」

「誰が乗ってるの!?」

「わ、わかりません。機動風紀たちはまだ収容されているはず、少なくとも、彼女たちがマルアハのある格納庫まで移動していた様子は……」

「じゃあIS連隊のパイロットたちが持ち出したのかな?」

 マシンガンの引き金を引きながら、悠美が小さく小首を傾げる。

「……どちらにしても、状況は最悪です」

「だね……重要機密指定が裏目に出てってこと……か」

 リアは堪らずオープンチャンネルの通信回線を開く。

『全員、逃げてください! マルアハが動いています!』

 三十機に近い数のISが、戦列を作り基地上空の戦場へと現れる。

『何とか逃げてください! 敵が、敵がさらに数を増やしました!! ここはもうダメです、逃げて下さい!』

 

 

 

「マルアハ!?」

 ただでさえ五機のISから、逃げの一手に追い込まれているナターシャ・ファイルスに最悪の知らせが届く。

 遠くからさらに三体が向かってきていた。

「これ以上はホント無理よ!」

 奥の手を使うことで何とか押し返し始めた戦況が、再び絶望的な状況に陥る。

 少し離れた場所で戦列を組み始めていた他の小隊へと、八機のマルアハが襲いかかった。

 そして味方の一機が逃げ遅れ、その肩をブレードで貫かれた。

 動きが止まった瞬間に、他の七機が次々と攻撃を突き立てる。

 ナターシャが目を逸らそうとするよりも早く、その味方が地面へと落下し始めた。

 そこへ向けて、四機の戦闘機型がノーズのレーザーキャノンを撃ち放つ。

 本当に小さな、肉を焦がすような音とともに、そのパイロットはこの世から消え去った。

 

 

 

 銀に光る細身のISを装着したオータムが、苛立たしげに歯軋りを鳴らした。

「司令部なんて余計な物作るから、なくなったときにバカが暴走すんだろ!」

 接近してきた可変型の攻撃をかわし、蹴り飛ばして再び逃げに入ろうとする。

「……チッ」

 大きな舌打ちをした彼女の周囲は、すでに十機近くのISに囲まれていた。

「こりゃ、絶対絶命ってヤツかよ」

 乾いた唇を舌で潤すが、彼女の頬には一筋の冷や汗が零れ落ちていた。

 

 

 

「焦るな、戦列を保て! やることは変わらん、後ろに回らせるな!」

 ラウラが近づいてきた二機に肩から伸びたワイヤーを放つが、相手を捉えることが出来ない。

「か、数が多すぎるよ!」

 シャルロットが両手のサブマシンガンで弾幕をばら撒くが、牽制するには相手が多過ぎた。

「くっ、落ちなさい、この!」

 ライフルから解き放つレーザーを曲げ、セシリアが的確に敵のシールドエネルギーを削るが、一撃が軽過ぎて破壊まで至っていない。

「これ……ぐらいで! 一気に撃ちます!」

 簪の機体の周囲に十六連装ミサイルポットが現れ、そこから一斉に誘導ミサイルが発射される。しかし機械同士の連携により、その全てが相手に届く前に撃ち落とされた。

「ったく、近寄るんじゃないわよ、箒、前方よろしく、ブースターランチャーを近づいてくるマルアハにぶっ放す!」

「了解だ、鈴! 私に任せろ」

 自身より大きな砲台を抱える鈴の前に、二本の刀を構えた箒が立ち塞がる。

「箒、鈴、上だ!」

 一夏の声に反応し、箒が刀を振るう。

 しかし、それが当たる寸前で青紫のマルアハが急加速を行い、箒の背後に回りブレードを振り下ろす。

「早乙女先輩の見せた、事前入力式の無軌道瞬時加速か!」

 振り向きざまに受け止めた箒は、鍔迫り合いから力を込めて押し返し、すぐに光刃を飛ばすが、それも全て回避されてしまう。

「一夏! 何やってんの!」

 鈴が叫ぶが、白式の周囲にも可変型とマルアハが二機ずつ接近していた。

「悪い、こっちも手いっぱいだ! さっきからずっと、ラウラが集中的に狙われてる!」

 回避し、シールドで遠距離砲撃を防ぎながら、近づいてきた敵機を雪片弐型で叩き返す。

 彼と彼女たちは、全員が獅子奮迅の働きを見せている。それでも数が多すぎるのか、段々と一夏や箒が分断され始め、戦列が崩れて始めていた。

 一か八か、零落白夜で落としていくか。

 一夏の頭に浮かび上がるのは、先のミサイル迎撃戦で発動した新機能ルート3だ。

「まだ賭けるタイミングじゃないか……」

 頭に浮いた無鉄砲な案を自身の言葉で否定し、防御に徹する。

 自身があのときにどうやって発動したかもわからないし、発動させれば、それだけでエネルギーを大量に消耗してしまう。

「くそっ、何か手はないのか!」

 状況を打破しがたいものである、とIS学園の一年全員が把握していた。

「こっちも限界、何回も突破されてるよ!」

「……連携が、凄過ぎる……」

 あちこちで焦りの声が上がってきている。

 どうする、こういうとき、どうすればいい?

「まだ墜ちていないだけ奇跡か」

 ラウラの言葉から、小さな呟きがが漏れる。

 自分たちの三倍を超える数に取り囲まれ始めていた。

 状況は絶望的だ。一目でわかる。

 そしてまた二機のISが、彼女たちの元に接近してくる。先ほどIS連隊のパイロットを殺した機体だった。

 この数では無理だ。

 諦めの言葉が、ラウラの脳裏をかすめる。

 咄嗟に唇を噛んで否定しようとした。

 そこへ、再び数機が近づいてきた。

「ラウラ! どうするの!?」

 段々と他の後衛部隊も分断されかけていた。

「く、現状維持に務めろ、少しずつ後退する!」

「だ、だけどここで逃げたら!」

 ここまで来た意味がない。現状の最大戦力が集うIS連隊基地が落とされたなら、人類は敗北するのみだ。

 七月の事件から、敵の存在をずっと認識していた彼女たちだからこそ、理解していた。

「生きていれば、まだ払い戻しは出来る!」

 ラウラ・ボーデヴィッヒは撤退の意図を込めて叫んだ。

 同時に彼女たちが、諦めを意識した証拠でもあった。

「いや、ここで引いちゃダメだ」

 しかし一夏には、ラウラのセリフを素直に納得することが出来なかった。

 じゃあ、死んだらダメなのかよ。

 死んだら、その思いは消えるのかよ。

 心は、どこにも残らないのか。

「俺は引かないぞ、意地でも」

「一夏?」

「IS連隊が全滅したら、この八十機近くのISに勝てる可能性なんて皆無になる。負けを認めたら、後は衰退していくだけだ」

「だが、このままでは」

「ここで勝つ道を探す。ここが踏ん張り時だ! 陣形を小さくしろ、戦列の間に入らせるな! ラウラ!」

「あ、ああ!」

 自分の目の前に立つ一夏の動きが、ラウラには見たことのない領域へと達し始めていた。

 シールドで弾き、剣を振るう。

 そして突進してくる機体をギリギリで回避し、雪片弐型でその機体を叩き切った。そこで安堵することなく、瞬時に左腕の荷電粒子砲を発射し、傷をつけた機体を完全に消滅させる。

「一夏さん……すごいですわ」

「負けてらんないわよ!」

 鈴が勢い良く叫ぶものの、数は一機減っただけだ。

 更識簪は愛機である打鉄弐式で、多数の敵を同時にロックオンし続けている。ゆえに状況を正確に把握していた。

 状況は未だに多勢に無勢、一夏の動きがどれだけ凄かろうと、相手についた勢いを消し去ることは出来ない。

 このままでは負ける、そして死ぬ。

 何か、逆転の手を。

 そういう奇跡を望んだとしても、誰も簪を責めたりは出来ない戦況でもあった。

 

 

 

 

「……バカばっかりか、ここは!」

 思わず怒りに任せて、オレはハンドルを叩く。

 こうならないように、機動風紀たちを先に逃がしたってのに!

 マルアハはおそらく重要機密に指定したため、連隊の予備パイロットたちにまでは、その秘密の機能を知らされていなかったのだろう。もしかして知らせるつもりだったのかもしれないが、間に合っていなかったのかもしれない。

 確かに、無人機よりも性質が悪い機体だ。人を乗せながら、その意識を失わせ、存分に性能を発揮させる。そんな機体があることが世間に知れ渡れば、大スキャンダルにもなるだろう。

 だからって、この有様はなんだ!

「チクショウ、やるぞクソったれ! どいつもこいつも予定を早めやがる! 相変わらず何をやっても上手くいかねえな、オレは!!」

 ハンドルを回し、戦闘が集中している場所から、少しずつ離れて行こうとした。

 視界の横を、青紫の機体が海上の方へと真っ直ぐ飛んで行く。

 大きな鎌を携えているマルアハだった。

 あの装備はルカ早乙女か!

「ったく、あの戦闘狂め!」

 だけど、方向的には戦場から離れて行こうとしている。何が狙いだ? その先に何がいる?

 身を乗り出して、ディアブロの視界だけを部分展開した。ISの望遠センサーなら、数キロ先も容易に捉えることが出来る。

 オレはそこに浮かんでいる機体を見て、驚愕した。

「ブルーティアーズ二号機、サイレント……ゼフィルス!」

 織斑マドカがいる。

 亡国機業に所属し、織斑一夏に恨みを抱くヤツだ。

 アイツは一夏と並ぶようなことは絶対にしないだろう。

 だが、脳内に仕込まれたナノマシンのせいで、亡国機業を裏切ることも出来ないはずだ。ゆえにオータムを逃がすことに協力することはあっても、敵対はないはず。

「……ナノマシン?」

 しまった! さっきのはそういうことかよ!

 ヘッドセットに触れ、四十院研究所に急いで回線を繋いだ。

「欧州統合軍のコールマンに連絡を取れ! あと更識と四十院から日本政府へ連絡させろ。ドイツにも日本にも遺伝子強化試験体研究所のデータをただちに破壊しろと! 両国が渋るようなら、遺伝子実験をしてたことを世界中のマスコミにバラすと脅せ!」

 そうだ、ラウラの体にはIS適正向上のナノマシンが入っている。そしてアイツは遺伝子強化試験体研究所で作られた人間だ。だから、そこにもナノマシンのデータが残っている可能性がある。人体に入れることが可能なナノマシンなんて、この世界にゃそんなに数はない。

 ゆえに、おそらくだが、マドカの脳内に仕込んであるナノマシンも、ラウラのと同系統かもしれない。

 そして、ラウラが先ほどから集中的に狙われているのも、そのせいだったんだ。

 ここのナノマシンを分析し、マドカのナノマシンを無力化させ、味方につける気か。

 相手は未来から来た、オレたちを遥かに超える科学力を持つISコアさえ作れる存在だ。

 本来なら敵う存在じゃない。今はISがあるから、ようやく戦えているってレベルなんだ。

 ……今すぐミューゼルのところに舞い戻って取引を持ちかけ、今すぐナノマシンで織斑マドカを殺させるか?

 そんなアイディアが思い浮かぶ。四十院総司としちゃ抜群の案だ。

 いや、ミューゼルが今の話を聞いて信じるとは限らない。

 ここで時間をかけてミューゼルを探している間に、全滅する可能性だってある。

 癇癪を起こす前に、大きく深呼吸をし、四十院総司としての自覚を思い出す。

 いつだって余裕ぶって、一見頼りなく見えるが、底が見えないIS業界のカリスマ。オレは十二年かけて、そういうモノになったんだ。

「ナノマシンを用意出来てるとは思えない。ラウラが狙われているのが証拠だ。仮に用意出来ていたとしても、瞬時にマドカのを排除できる可能性は低い」

 自己暗示をかけるように反証を挙げていき、頭に冷静さを取り戻していく。

 オレが戦ってきた十二年間の生き様は、これぐらいで折れるほど安くはない。

 だったら、ここで仕掛けてやる。

 さっさとこいつらをぶっ飛ばして、マドカが相手側に参戦する前に状況を終わらせる。

 ほんの一瞬だけ目を閉じて、ミューゼルと出会った後の出来事を思い出す。

 

 

 オレは、あの地下の死体安置所で、二瀬野鷹の死体を取り出して完全に焼却した。

 二瀬野鷹の亡骸はもう、この世に存在しない。

 だからこそ、蘇るのだ。

 

 

 欲しかったのは、二瀬野鷹が入っていた袋だけだ。基地の連中が絶対に見間違えない、本物の死体を包んでいたものが必要だっただけである。

 そして中身に用はない。高温の炎の後に残った遺灰は、銀貨三十枚の代わりにミューゼルへくれてやった。

 つまり今、荷台に置いて死体袋は、人型っぽく配置された爆発物の塊である。戦闘中に死体袋の中身までスキャンまでしないだろうし、事実、誰も疑いはしなかった。

 次にヘッドセットのボタンに触れ、四十院研究所の部下三人に連絡を取る。

「緑山、青川さん、赤木さん、今から一発、かますからね」

『何をされるかは緑山から、今しがた聞きました。まあ、さすが四十院さんですね。驚きですよ、ISまで動かせるなんて』

 中年男性の声が珍しく賞賛の声を上げた。

「そりゃどうも」

『でもまあ、貴方が何を出来たって信じられますよ。で、噂通り、ホントに未来がわかるんです?』

「んなわけないでしょ。それだったら苦労しないって。それじゃあ手はず通り。テストはさっき完了したね?」

『ええ。そちらから送られてくる声を、ボイスチェンジャーにかけて二瀬野鷹の声へと変換させ、オープンチャンネルでそっちにいる連中へと返します。ラグは無視出来る程度』

「よろしい。自衛隊が踏み込んだ対策もしてあるかい?」

『今いる部屋なら、研究所に踏み込まれても三十分は大丈夫でしょう』

「ありがとう、よろしく」

『しかしまあ』

 向こうから聞き慣れた二つの乾いた笑いが聞こえてきた。赤青の中年二人組がオレに呆れているときに出す声だ。

「なんだい? また笑ったりして」

『いっつもペテンばかりですなあ』

「うるさいな、策略と呼びたまえよ。それじゃ」

 回線を切り、ため息を吐く。

「んじゃやりますか!」

 準備が整ったので、オレはISに一つの命令を送る。

 存在を隠し通すために使っていた完全ステルスモードを解除し、消していたディアブロの存在を周囲に知らしめた。

 さあ、かかってこいよ、クソヤロウども!

 

 

 

 

「ふーん、わざわざ敵を増やしてくれるんだ」

 玲美の操るテンペスタエイス・アスタロトの周囲には、すでに十機のISが集まってきていた。

 グルリと見回せば、彼女は上下左右を完全に囲まれている。

『玲美、逃げるわよ、もう限界』

「嫌」

 通信回線から届いた言葉を即座に拒否する。

『何言ってるの、死にたいの!?』

「そうだよ、気付いてなかったの? 知らなかったの?」

『え?』

「私は、死にたいの。少しでも多く敵を葬って、死んでこの世から、いなくなりたい」

 淡々と返してくる言葉に、回線の向こうにいる神楽は絶句していた。

『そんなことしても、ヨウさんは返ってこないのよ!』

「かぐちゃん」

『玲美!』

「ISでどこまでも飛んでいけば、ヨウ君のところに行けるのかな」

 音速を超えて、こことは違う世界に。

 心の中で呟いた玲美の視界で、文字だけの情報ウィンドウが、信じられない存在を伝える。

「ディ……アブロ?」

 

 

 

「ディアブロ……? どこから?」

「まさか、ヨウ君の死体が乗ってる車から……?」

「タカが?」

「ISの反応が移動しながら現れたり消えたりで、正確な位置が掴めませんわ……」

 IS連隊基地の上空で震える声の呟きが連鎖していく。

 パイロットたちが周囲を見渡せば、全ての敵機が動きを止め、ディアブロのIS反応の発生源へと向きを変えていた。

「ヨウが……?」

「二瀬野の野郎の機体だと!?」

「ヨウ君のIS?」

 全員の視界が一台の走るジープに固定される。

 そこの運転席には帽子を深く被った迷彩服の男が座っていた。

 数機の可変型ISが、そちらに向かって飛んで行く。

「バカ、村崎、車から降りて逃げなさい!」

 リア・エルメラインヒが必死に叫んだ。

 事前に伝えられた四十院の通信により、彼女は運転している男が自分の部下の整備班であると思っている。

 だが死体袋を乗せた車は、リアの言葉が聞こえないのかのように、スピードを増しながら地面を走って逃げようとしていた。

「なんで、ディアブロが……がこんなところに……?」

 その荷台にあるのは、二瀬野鷹の亡骸だけであるはずだ。

 あっという間に追いついた戦闘機型が人型へと可変し、手に備えられたレーザーを撃ち放つ。

 寸前でジープは方向を変え、何とかそれを回避した。

 しかしスピードを出し過ぎていたのか、タイヤがグリップを失い横転してしまう。

 無人機が繰り出した次の一撃がジープに直撃する。一瞬の間を置いて、燃料に引火したのか、車体を包むような爆発が起きた。

 すぐに巨大な炎が周囲一帯を覆い尽くす。

「なんだったんだ? ディアブロの反応が点滅していたが……なに?」

 ラウラが不思議な現象に気付き、思わず驚きの声を上げた。

「あれは……」

 一夏の声が震えていた。

 

 

 その猛狂う火の中で、黒い影が揺れる。

 巨大な四枚の翼を持った人影が、まるでそこから生まれたかのように、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

『……起きてみれば、こういう状況か』

 オープンチャンネルを通して、一夏の耳に懐かしい声が響いた。間違いなく、彼の幼馴染の声である。

 フルスキン装甲で包まれた、漆黒のインフィニット・ストラトスの姿が見えた。

 それはゆっくりと数歩だけ足を進め始めた後、大きな推進翼を羽ばたかせ、周囲の炎を吹き飛ばす。

『さあ、テンペスタⅡ・ディアブロと、二瀬野鷹のお帰りだ』

 戦場で生き残っていた全ての人間には、それが炎の中から生まれたように見えた。

 地獄からの悪魔再誕という、四十院総司演出による奇跡(ペテン)であった。

 

 

 

 

 

 

 


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