「なにこれ?」
「総隊長からの命令書ッス」
「そうじゃない、この内容についてだ」
「虚圏の調査ッス」
「うん、拒否する」
即答。
なにが悲しくて
「けど、アンヘルさん以外じゃを開けないんッスよ」
「知るか。総隊長命令でも、それだけはやらんぞ」
「……アンヘルさんの斬魄刀の封印を解くって条件付きでもですか?」
……こいつ、今なにを言った?俺の斬魄刀の封印を解く?
「誰がそんな馬鹿げた許可を出すんだ」
「総隊長、夜一さん、卯の花隊長、朽木隊長、京楽隊長、浮竹隊長の六名の許可は取り付けました」
護廷十三隊はもうダメなんじゃないかな……俺が虚だってこと忘れてんじゃないだろうか?
夜一さんと銀嶺さんはいい、封印を解く事を単なる外出許可みたいなもんだと思ってるんだろう。だが他の四名は何を考えてるんだ?俺の能力を実際に見ただろうに。
「尸魂界の危機管理はどうなってんだ?」
「アンヘルさんの人徳の賜物ッスよ」
「やかましい。喜助、君は知らないだろうが、俺がここで虚として討伐されない理由は三つある。一つは俺が死神と対立する気が全くない破面だから。
もう一つは別個体の破面に護廷十三隊の半数が狩られるっていうことがあって、破面に対して慎重にならざるを得ないっていう事があったからだ。
最後、斬魄刀を持った俺を誰も討伐できなかったからだ。
で、その理由を十分に理解してる四人が許可を出してるってのは、尸魂界を守護する護廷十三隊の隊長として何を考えてるんだって話なんだよ……なんだその顔は」
喜助はポカンとした表情でこちらを見ている。確かに最後の理由に関しては嘘くさいかもしれないが、逃げに徹した俺を捕まえる事は物理的に無理なのだから仕方がない。それに加えて、逃走の過程においても尸魂界に、洒落にならない被害が出るというのも理由の一つかもしれない。
ただ、少し言い訳をさせて欲しい。別に俺の能力は大量虐殺用の物ではなく、周囲が一面の砂漠かつ味方のいない虚圏での運用を前提にして特化させたものだ。そもそも、尸魂界で放つ類のものじゃないのだ。
「アンヘルさん、色々考えてらっしゃるんッスね」
「普段、俺が何も考えていないと?」
「いやーそんな事は言ってないッスよ……って、イタイ!イタイ!あ、アイアンクローはダメぇ!頭蓋骨が!頭蓋骨がぁ!」
「で、結局、どういう経緯で虚圏の調査なんて妙なものが発案されたんだ?」
「イタタ……それはアンヘルさんが前に遭遇した大虚の事に関する調査結果を夜一さんと総隊長に提出したところ、虚圏での研究施設などの調査へ向かうように、と」
やっぱり総隊長の脳筋思考か。あの人はどうにも思考が単純というか、手順が雑というか……悪人じゃないし、一人の死神としては十全なんだが、大組織のトップとしては判断が雑なんだよな。
まぁ、今回の件に関しては多少の進展は見込めるか。尸魂界側に関しては夜一さんに任せている以上、俺がどうにかできる事はないし現状出来るのは虚圏での調査だけだしな。
「で、仮に受けるとして、人員はどんなもんだ?虚圏の調査となると副隊長格の力の持ち主を何人か欲しいんだが」
「それなんですが……一応総隊長命令ではありますが、極秘扱いなんで大人数は無理ッス。人員も二番隊とアンヘルさんのところからのみとの事です」
「バカじゃねぇの?」
「それを考慮してのアンヘルさんの斬魄刀ッスよ」
「……先に言っておくが、俺の斬魄刀は他人を助ける事のできる能力じゃないぞ。結果として俺しか生き残らないってオチがつく率は高いぞ?」
「安心してください、逃げ足は速いッスから」
「真面目な話だ」
「分かっています。ですが、今回の一件は前回考えた通り、尸魂界史上でも類を見ない事件に発展しかねません。数名程度の多少の犠牲は払ってでも、手掛かりを掴みにかかるべきです」
喜助の目は先程とは打って変わって鋭いもので、二番隊三席の肩書きに相応しいものだ。
……確かに喜助の言う通り、今回の一件は全力でかかるべき案件であり、多少の犠牲に怯える訳にはいかない。そして、総隊長もその重大性故に、俺の斬魄刀を返すという選択をしたのだろう。
「俺一人ゴネる訳にもいかないか……受けるぞ、その任務」
俺はその日の内に
あらゆる霊子を遮断する殺気石で作られた部屋の外には、封印の解除を許可した隊長格六名が。万一俺が敵になった場合、唯一の出入口から六名の攻撃が俺に飛んでくるようになっている。この部屋の壁は霊子を遮断する、そして出入口は正面の扉のみ。つまり、攻撃が中に入った瞬間、攻撃の全ては内壁に弾かれ部屋の中で唯一の破壊可能な俺に一点集中する事になる。
そんな厳重な警備かつ処刑の準備なんだが……夜一さんは本当にウンザリした表情を浮かべ、欠伸を噛み殺したりしていた。一応仕事なんだから、せめてもう少し真面目な態度でいてくれ。
それと誰だ、箱に俺の斬魄刀の名前を漢字で彫った奴。『白槍騎皇』、何処をどう解釈すればこんな漢字になるんだ?というか、彫るならアルファベットか、せめて読みをカタカナで彫ってくれないだろうか?勝手に人の物に訳の分からない名前を付けないでほしい。
少しばかり箱を作った人物に怒りを感じながら、俺は部屋の中にある黒い箱に近づき、血の入った小瓶を六つ取り出し中身を箱にかける。すると、箱はなんの抵抗もなく、バラバラと無数の板になり崩れ去った。
俺の斬魄刀の封印を解くのに必要な材料は、各々の霊圧の込められた護廷十三隊隊長の血液だ。これの厄介な点は単なる血液ではなく、霊圧が規定量にまで込められたという縛りだ。
単なる血液ならば入手自体はそう難しくない。隊長の戦闘に付いていけば血液くらいなら、運さえ良ければそれなりに採取できる。しかし、そこに規定量の霊圧が必要となると、確実に隊長本人の意思がなければ絶対に満たされない。つまり、偶然は起こりえないのだ。
それを満たした先にあるのは、布で包まれた2m程のデカい剣だ。分類上、斬魄刀ではあるのだが、形状は完全に剣だな。しかも、我ながら妙な形をした剣だ。
刀身の形状も奇妙だが、何より持ち手が二つあるというのは他にはないんじゃないだろうか?片方は刀身と一直線に付いている普通の物だが、もう片方は刀身と直角となる位置に付いている。
「まぁ、この違和感も久し振りに見たからってのもあるか」
何しろ百年近く手放していたものだ、こういう感覚になるのも仕方ないだろう。
ただ、こうして改めて見ると、斬魄刀が本体と言われても仕方のない霊圧だな。確かに破面の斬魄刀は死神の物とは違い、虚としての力を一点に集中させて刀の形に押し込んだものだ。
それは分かっているんだが、斬魄刀から放たれる霊圧が自分の数倍以上あるってのは複雑だ。これで死神の斬魄刀の様に意思まで持たれたのならば、俺の存在価値が消えて無くなってしまうではないか。
「愚痴っても仕方ない、さっさと貰って帰るとするか」
俺は斬魄刀を背中に掛けて、白い部屋を出る。
「どうだい、随分と久し振りだけど使えそうかい、それ」
部屋から出ると春水が何時もの調子で話しかけてきた。確かに、百年振りなので多少なりとも鈍っているかもしれないが、それ程技術のいる様な技は持ち合わせていないので心配はいらないな。
「大丈夫だろ。元から大した剣技は持ち合わせてないから。それに鈍ったところで、多少振れば思い出すさ」
「あらあら、でしたら、手合わせならお受けしますよ?」
「烈さん、勘弁してください。あなたと手合わせなんてしたら、俺の首がいくつあっても足りませんから」
躊躇無く土下座。
この人は本当にヤバい。木刀でも俺の首くらいなら斬りとばすだろうし、斬魄刀なんて持たせたらもっと酷い事になる。
「大丈夫です。生きてさえいれば治せますので」
「首が無い状態は生きているとは言わないんじゃ……」
「脳死までの数秒あれば十分ですので」
「そういう問題じゃないような……というか、数秒で治せるってどんな能力ですか」
というより、素でこんだけ強い人がそんな回復能力まで持っているというのは、もはやインチキの域じゃないだろうか?
「アンヘル」
「なんですか、総隊長」
「調査開始は明日の明朝とする。今日は懺罪宮 四深牢にて待機を命ずる」
「了解です」
懺罪宮 四深牢……そりゃそうか、こんな馬鹿でかい虚の霊圧をバラ撒いていたんじゃ、面倒くさいことにしかならないからな。あそこはさっきの部屋と同じように、全てが殺気石で出来た牢屋だ。俺の霊圧が外に漏れることはないし、地理的に偶然死神が来ることも無い。
「それにしても、おぬしと喜助がしばらくおらんというのは退屈じゃな。白哉坊ででも遊ぶか……」
「やめてやって下さい。というか、貴族同士だからって、他所様のお子さんに手を出すってのはどうなんですか?銀嶺さんも何か言ってやって下さいよ」
「ん?いやいや、夜一殿の戯れはあれの良い刺激になっておるよ」
「はぁ……さいで」
孤立無援だが、頑張ってくれよ白哉君。