「不死身の
「ほぼ不死身だけどな。それって作れるのか?」
例のトカゲ野郎を処分したその日の内に報告書を書き上げて、それを総隊長に送りつけた俺は、そのまま喜助の所を訪ねた。
どう考えてもあのトカゲ野郎は自然に発生した虚じゃない。能力もそうだが、外見も明らかに誰かしらの手で弄ったものだった。となれば、その手の事は専門家に聞くに限る。
「そうですね……理論上は不可能じゃないッス。複数の虚を群体のままに個体とする事ができれば、致命傷を負っても死に至るのはその部位の個体のみですんで、総体としての死は免れることはできます。ただし……」
「ただし?」
「いえ、それを可能にする技術はまだ公式には発表されてないんッス」
「って事はその発案者が怪しいって事か?」
俺の言葉に喜助は困ったような表情を浮かべ、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「その発案者ってボクッス」
「……マジか。じゃあ、どうすんだ?」
「……アンヘルさん、ボクを疑わないんッスか?」
「そりゃ調査済みだからな。幾つか不明な行動があったにせよ、その時間はごく短時間だ。そんな短時間であんな物を作れるってんなら、俺はお手上げだ」
「ちょ、調査済み!?」
そんな素っ頓狂な声をあげなくてもいいじゃないか。これでも仕事に関しての妥協はない事に関して、俺は中々なものだと自負しているんだぞ。
「いやな、君の事は人間的にむしろ好きな部類なんだが、仕事上の信用とそれとこれとは別だからな。少しばかり未熟ではあるが、優秀な人物に探偵めいた依頼をしたんだよ。これでも二番隊は他の隊より関わりが深いんでな、多少の無理は聞いてもらえるんだよ」
件の人物は調査を依頼した段階では物凄く嫌そうな顔をしたんだが、喜助の名前を出した瞬間に即決したな。……あれは、完全に私怨だったな、うん。それでもこっちに面倒な報酬を要求するあたりは、隠密機動に籍を置くだけあっての抜け目の無さだな。
「あはは……それで、アンヘルさん的には犯人のあたりはついてるんッスか?」
「いんや、皆目見当つかん。条件は絞れてるんだが、その条件があり得ないものばっかでお手上げだ」
「条件?」
「ああ、まずあのトカゲ野郎の霊圧は抑え込まれていたが基本的に最下級大虚に類するものだった。君の論に従うなら、トカゲ野郎は最下級大虚あたりの集合体ってとこだ。あいつが何匹の最下級大虚で構成されているかは知らんが、複数の最下級大虚の仕入れなんて虚圏しかできない。つまりは犯人は……」
「虚圏への出入りを可能としている人物ッスね」
「まぁ、虚圏の最上級大虚が犯人って斜め上の考えもあるんだが、あいつらはあいつらで暇じゃないし、下手に目立てば面倒なことになるからやらんだろう」
「面倒な事?何かにあるんッスか?」
「あー虚圏にも統治者めいた奴がいるって事で流してくれ。俺にとってそいつはロクな思い出じゃないから、あんまり話したいもんじゃないんだよ」
何が悲しくて二十四時間年中無休、不眠不休で中級大虚に追い回される経験を思い出さにゃならんかったのだ。あの骸骨爺め、今度会ったらあの顔に粘土で肉付けしてやる。
いや、確かに俺にも非はあったが、あそこまでの仕打ちはないだろ。此方としては単に走り回っていただけなので、スピード違反的な方面での追求なら兎も角、災害みたいな扱いをされるのは不当だといいたい。そもそも俺の能力的にだな……
閑話休題。
ともかく、良くも悪くもあの骸骨爺は虚圏の秩序ではある。あいつがいる限り虚圏でそこまで妙な事はできない筈なので、最上級大虚が犯人って説は消してもいいだろう。
「話が逸れたが、犯人はその上で君に匹敵するだけの頭脳、そして十分な研究設備を確保できる権限を持った奴って条件も付く」
「隊長格に近い権限を持ち、虚圏への出入りも可能とする人物……確かに見当もつかないっスね」
見当がつかないのも、当たり前と言えば当たり前だ。そんだけの大掛かりな事を、誰にも知られることなく成し遂げているというのは不可能だ。
そんな人物がいるというなら隊長格総出で事に当たるべき事案かつ、手を打ち間違えればこちら側が全滅しかねない事態だ。しかし、現状、確たる証拠がない以上総隊長を動かす事はできない。
「つまりは俺らの手の届く範囲でしか、打つ手はないって事か」
「そうなりますね……」
俺たち二人はガックリと項垂れて、かなり不利だという事しかハッキリしなかった状況整理を終える。
「何を二人して辛気臭い顔をしておるんじゃ」
うわ、来たよ。俺の頭痛の種。しかも、猫の姿での登場か。なんでもありだな隠密機動、いやなんでもありなのはこの人だけか。
「夜一さんか……」
「む、お主、わしのこの姿に対する感想は無いのか」
「……毛深くなりましたね?」
思い切り顔を引っ掻かれた。が、侮ったな夜一さん、猫の爪じゃ俺の
「で、なんで猫の姿なんですか?」
「いや、大前田の奴から逃げるためにの」
「「働いて下さい、夜一さん」」
喜助と俺は口を揃えて言い放った。二番隊副隊長大前田希ノ進、彼は仕事を良くサボって逃走する夜一さんを、毎回鬼道で捕獲するのが仕事になっているような人だ。そして、それを掻い潜る為に夜一さんはあれやこれやと手を打ち、それを潰す為に希ノ進は鬼道の制御能力を上げるというのが二番隊の朝の光景らしい。個人的に、夜一さんを捕獲できる鬼道ってのは見てみたい気はするな。
ちなみに、当の希ノ進は毎日毎日、家業に専念したい、いい加減休みが欲しいと疲れ切った表情で愚痴を喜助に零しているそうだ。
「それはともかく、何やら妙な
流しやがったな、この猫。どうやら副隊長候補が見つかるまで、希ノ進の胃痛は治る事はないだろう。
とはいえ、それの影響を被るのは喜助なので俺は別段気にすることなく、昨晩の事と俺たちの推測を夜一さんに話す。
「ふむ……わしの方でも少しばかり探ってみるとするかのう」
「ただ、可能な限り目立たない範囲でやって下さい。相手は確実にこっちより力があると見て、調査をお願いします」
「うむ、喜助とおぬしが言うんじゃ。用心するに越したことはなかろう」
こうして真面目な話をする時に関しては、この人はかなり頼りになる人物だ。
人間的には物事の本質を見定める視点、清濁を併せ呑むだけの度量、そして冷静ながらも迅速に判断ができる決断力を彼女は持っている。その上、貴族側、死神側、両方に社会的な権力があり、尚且つ本人の技量もトップの暗殺者、つまり彼女は何処にでも入り込めて、何でも出来るというの事だ。
本当にこの人が敵じゃなくて良かったと思う。……ん?
「夜一さん、背中に糸屑ついてるッスよ」
艶のある毛並みのせいで分かりにくいが、黒猫姿の彼女の背中に薄い金色の糸屑が付いていた。夜一さんはそれを猫の体を活かして、首をグッと捻って目の端で捉えると、一気に青ざめた。猫に青ざめるという事が出来るのかと驚かされるくらい、滅茶苦茶青ざめた。
「おのれ、希ノっ!?」
夜一さんが何かを言い終える前に糸屑が光を放ち、彼女は一瞬で金色の鎖に捕縛された。そして、そのまま一本釣りのような具合に何処かに飛ばされてしまった。確か、あの方向は二番隊の隊舎か……
「あれ、副隊長の鬼道ッスよね」
「多分な。……時限式の鬼道、しかも六十番台の鎖条鎖縛でそれをやったのか」
何だろう、間違いなく歴史に残りかねない凄まじい技術なんだろうけれど、それの用途が上司の捕獲用ってのは何だか残念な気分になるな。
「時限式の鬼道……今度術式を教えて貰いたいものッスね」
「というか、家業に専念どころか引退しても、鬼道衆辺りに引っ張り込まれそうな気がするな、あの人」
「それを言うなら、虚で九十番台の破道を撃てるアンヘルさんも大概ッスよ」
「あんなもん霊力さえあればどうにかできるだろ、お前だって九十番台撃てるだろうに」
「いや、問題はそこじゃないんッスけど……」
その後、俺達は益体のない話をだらだらとしてから別れた。
後に、この段階で総隊長に直訴でもして動くべきだったと幾度となく後悔することになるとは、その時の俺は僅かばかりも知らなった
いつになったらアンヘルの斬魄刀は出せるんだろうか、帰刃なんてどれだけ先になるんだろう……そんな風に考える今日この頃です
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