夜一さん曰く、喜助は二番隊ではあるものの技術者としてもすこぶる優秀で、特にその研究は魂に関しての物が優れている。その中でも重きを置いているのは死神と
一応、総隊長も境界を取り払うという計画はともかく、
「一応言っとくが、解剖とかを選択肢に入れた瞬間、俺は全力で暴れ回るからな」
「そりゃ勿論、アンヘルさんがいないと二番隊の経理関係が今以上にボクに回ってきますからね」
「やっぱり、君がやってたのか……最近、二番隊の明細が分かりやすくなって感謝しているよ」
俺の中での喜助の好感度が一気に上がった、具体的には赤の他人から彼の為ならば
何しろ彼が明細を纏めるまでは十中八九、九分九厘、夜一さんの食費であろう額の領収書がよく抜け落ちており、
あれは。
本当、ツラい。
明らかに仕事終わりの一杯を楽しんでいる死神達を見ながら、帳簿を片手に全力疾走。それの惨めさは世間で言う貧乏くじではないだろうか。何が悲しくてあんなことをせにゃならんかったのだ。俺の仕事には不備はなかったのに。
いかん、嫌な記憶を思い出して再び囚人モードになりかけた思考を通常モードに持ち直す。
「……さてと。調査に協力するのは構わないんだが、一体何をすればいい?」
「今日は簡単な採血と霊圧のサンプリングだけッス」
「簡単なって……霊圧はともかく、採血って相当面倒な作業だろ」
俺の皮膚は鋼皮(イエロ)と言われ、並の斬魄刀の攻撃ではかすり傷一つ負わない程度の防御力がある。当然、注射針などは刺さらずに折れてしまうだろうし、単なる無駄遣いにしかならない。
「その為にワシがおるんじゃ」
先ほどから我関せずというような態度で茶を啜っていた夜一さんは、俺の言葉と共に悪い笑みを浮かべながら話に加わってきた。それと同時に俺の中での夜一さんの好感度が一気に下がった、具体的には人の話を聞かない知り合いのお嬢さんから、
「ロクな事になりそうにないんで却下で。よし、喜助、一番隊隊舎まで行こう。俺の斬魄刀なら俺の鋼皮も切れるからな」
俺は夜一さんが何か行動を起こす前に庵を抜け出そうとしたのだが……
「逃すと思うたか?」
おおう……流石は瞬神、さっきまで座っていた筈なのにいつの間にやら、俺の肩を握り潰しかねない勢いで掴んでいる。
「な、なんか、今日の夜一さん、やたらと俺に対する当たりがキツいような……というか、なにを怒ってるんですか?」
「いーや、わしは怒ってなぞおらんぞ。未完成とはいえ白打の奥義を防がれた挙句、露出狂呼ばわりされた事になんぞ怒っておらんよ」
「やっぱり怒ってるじゃないですか!」
「やかましい。大体、露出狂なぞぬかしおるが、あの服装の元々の原因はおぬしじゃろ!」
「知りませんよ!少なくとも俺のは背中と両肩の服が弾け飛ぶとか、脱ぐためにあるような変な技じゃないです」
「む、なにが変な技じゃ!」
子供のような……いや、完全に子供の喧嘩をしながら、俺は数週間前の俺を呪った。
数週間前、突然俺のところに夜一さんがやってきて、新しい奥義を身につけたから実験台になれという無理難題を突きつけてきた。俺は断り続けたものの、技の内容が内容なだけに極力他人に晒すことは避けたい、技の威力的にも
確かに、俺は監査を主とする職業上、守秘義務等々に関しては細心の注意を払っているし、その辺りの重要性は十分に承知している。そして、隠密機動には色々と世話にもなっていたので、その縁から恩返しとしての意味合いとしても受けてもいいだろうと踏んだのだった。断じて、丁度棚の酒が切れたからなどという邪な理由ではない。
で、夜一さんに彼女の修行場らしい荒地に連れられて、奥義の実験台となることになったのだ。技の名は
……のだが、それは俺が数百年間、
閑話休題。
というわけで、あの時点での夜一さんより対処法や弱点も承知していた。その上、彼女自身が言っているように、
しかし、どういう攻撃でどのような威力かの目安があれば、タイミング、角度、その他諸々を合わせれば相殺は可能だ。まして、数百年間使っている戦術と同じならば、相殺の難易度は格段に下がる。
結果、夜一さんの新技は実質不発に近い形で終わってしまった。ただし、俺が対処できるのは試作段階での曲がれない
半ば走馬灯めいた回想を終えて、俺は再び現実的な危機に直面する。
正面には露出狂めいた、もとい隠密機動総司令官専用の背と両肩の布がない刑戦装束を纏った夜一さん。遠く離れたところに観客気分の喜助。
「さーて、準備はよいか?」
「マジでやるんですか?」
「当たり前じゃ」
既に背中の辺りからバリバリと電流めいた霊圧を放ち、
「心配しないでください、アンヘルさん。骨は拾いますからー!」
「お前、それ、文字通りの意味で言ってるな!」
あいつ、もしかしたらマッドサイエンティストなのかもしれない。
俺が喜助にそんな評価を下している最中に、夜一さんは既に行動を始めていた。彼女の拳の狙いは正確、俺の左胸の奥、つまりは心臓。速度は十分、威力は十全、一人の命を消すには過不足無い合理的な一撃だ。
しかし、軌道は直線、まだ防げる。
「二度も同じ手を打つと思うたか、たわけ」
夜一さんの拳を俺の掌が受け止める寸前、目の前で彼女の姿がブレた。同時に。俺の脇腹に彼女のレバーブローがめり込んでいた。
「ごほ……っ、あ…!」
呼吸が止まり、視界が霞む。
俺は拳の勢いに身を任せて吹き飛ばされながら、岩場に激突する寸前で体勢を立て直し、彼女のいたであろう場所を見る。
「っ……!」
なるほど、どうにもさっきの動きは彼女の体にも相当の負荷を与えたらしく、両足に自身の霊圧による傷を負っている。さっきの動きは
原理は無茶苦茶だが、彼女はたった数週間でその無茶を成し遂げ、一級品の武器に仕上げた。
「は……はぁ、は…これだから天才は怖いんだよ……」
血液混じりの咳をしながら、可能な限り普段通りの表情を浮かべるように努力する。我ながら清々しいまでのやせ我慢だ、それでも見栄くらい張らせてくれ、俺だって男だ。
「なんじゃ、まだやれそうじゃの」
「スミマセン、マジで勘弁してください」
我ながら清々しいまでの土下座だ、しかし見栄など命の危機の前ではゴミ屑同然だ、俺だって死にたくない。
「アンヘルさん、見てて痛々しいッス」
やかましい!
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