「君は王にならないのかい、アンヘル?」
ライフルの手入れをしながら、リンセが聞いてきた。
王、身近な例で言えば骸骨爺がそれに該当するな。王の号令一つで死ににいく兵隊、王にひれ伏し続ける臣下、凡そ虚圏で尽くすことのできる贅、それを一身に受けるのが王だ。
で、それに対して魅力を感じるかどうか、という話なんだろうな、これは。俺は一度ペンを置いて、少しの間だけ自問自答をしてみる。
程なくして結論が出た。
「いや、特には。なるにしても、今みたいな名ばかりの王の方が性に合ってる」
「それだけの力を持っていてもかい?」
リンセは目を細めて問いを重ねる。
「力って……相性の差はあっても俺とお前、それとソラ、コネホに地力の差は殆どないだろ?」
「いや、君が私達の中で一番強いよ。断言する」
「そりゃどうも」
リンセの言葉は有難いのだが、戦闘能力がいくら高かったところで目の前の書類にはなんの役にも立たないし、使う要素も微塵もない。
「私としてはこんな所で大帝の軍を追い払いながら、ダラダラと過ごすよりは、以前の君のように鮮烈に生きて欲しいのだよ」
「無茶言うな。あの頃は俺の中でも黒歴史みたいなもんなんだ……」
「そうかい?私にとってはあの頃の君に惹かれ、今に至るわけだから輝かしい思い出だ」
「勘弁してくれ、本当に」
「あの頃に戻ってはくれないだろうか?」
「しつこい」
誰だって若かりし頃の過ちを繰り返すことなんて好き好んでやるもんじゃないし、頼まれてもやりたくないものなのだ。大体、何百年前の話をしているんだ、こいつは。
俺が一番荒れていた……いや、世間知らずだった頃と言われて思い当たる節は中級大虚の頃で、リンセの言う"あの頃"というのもその辺りだろう。いやはや、あれは俗に言う中二病というやつだったんだろう。
「そうか……勿体無い」
内心で頭を抱えていた俺に、リンセは酷く冷め切った表情でライフルの銃口を向けた。安全装置なんてものはハナから存在しないリンセの銃、この距離で引き金を引けば即座に俺の頭を撃ち抜けるだろう。
それに、どう見てもリンセの様子は冗談という訳ではなさそうだ。マガジンを見るに装填されている弾丸も普段のものではなく、最上級大虚の討伐を目的とした弾丸のようで、こちらを殺す気のようだな。
「一応、理由を聞いておくぞ。なんでだ?」
「さっき言っただろ?あの頃の君、つまり強かった頃の君に戻ってくれない君は、私にとって非常に不愉快な存在なんだよ」
「そこじゃない。なんで、今かって話だ」
「そりゃ、君ほどの力の持ち主が中級大虚以下の存在に苦戦する様を見せつけられては、流石に堪忍袋の緒も切れるさ。いつかは戻ってくれると信じて従ってきたが、もうこちらとしては限界なんだよ。ソラ君達と違って私は君の力に惹かれただけで、君の理想や思想に惹かれた訳ではないのだから」
「嬉しいような悲しいような妙な気分になるな、その答え」
「そうかい」
甲高い金属音と共に眉間を撃ち抜かんと放たれた弾丸を俺の剣が弾き、俺はそのままリンセに対して剣を振り下ろす。が、飛び退いたリンセの鼻先を、剣先が僅かばかり掠め過ぎる程度に終わり、実質的な被害は俺の前の机が真っ二つになった事くらいか。
そのまま剣を逆手に持ち変え、間髪おかずに切り上げるも、手傷を負わせるには至らない。手心を加えたつもりはないんだが、こうも外したのは初手で受け止めた弾丸の衝撃で剣の握りが多少緩んだからか。
リンセ側も初撃で仕留める目算だったらしく、明らかに目眩しの手にしては消費の多い虚閃を薙ぎ払うように放った。本来はここで一旦立ち止まり、リンセの出方を伺うかソラ達を呼ぶかを選択するべきだが、最高の狙撃手であるリンセ相手の遠距離戦に勝機はない。
俺は虚閃によるダメージを無視して、一気に距離を詰めることにした。リンセは遠距離、俺は近距離、お互いの戦闘能力の発揮できる距離が違う以上、一度主導権を得た者がそのまま勝者になる。
幸い、まだこの距離は俺の領分だ。このまま逃げられさえしなければ、俺の勝利は確定する。
だが、この時点で俺の戦力分析は、リンセが成長しているという可能性を計算に入れていなかった。
俺が胴体を両断するつもりで放った斬撃が、迎え撃つように放たれた斬撃に阻まれたのだ。土煙の中からライフルの銃身に沿うように装着された刃が現れ、俺の剣をガードしていた。
しかし、単純な腕力ではこちらが上。このまま崩そうと力を込めた瞬間、無数の小さな弾丸が俺の額の皮を抉った。
咄嗟のことで思わず動転してしまった俺は一旦距離を開けてしまったが、リンセは何故か距離を離すことなくライフルを構え直している。
……ライフルの動きは完全に止めていた。銃口も天井を向き、跳弾可能な威力の銃弾に変えた素振りはなかった。ライフルのマガジンには初手で放たれた、威力重視の弾丸のままだ。じゃあ、俺の額を抉った弾丸はなんだったんだ?
土煙が晴れた瞬間、その疑問は即座に解けた。リンセの右手には刃の取り付けられたライフルがある。そして、左手には今まで見た事のない短機関銃が握られていた。
俺が納得すると同時にリンセのライフルの銃口が此方に向き、再び俺に狙いを付ける。構えと照準を同時に、かつ片手でそれを行うリンセに対して、俺は剣の切っ先を向けて構えをとる。霊圧を完全に溜め切る時間はないな。
「虚突」
ライフルから放たれた弾丸と突きが激突し、お互いを相殺する……筈だった。
「焚べろ、不滅王」
俺はリンセの銃口を、リンセは俺の剣先を、お互いそれしか見ていなかった。そのせいで、虚夜舎の全てを焼き払う銀色の炎に気付くことなく、二人とも満身にその炎を受けた。
その日、俺は友と敵と居場所、そして夢を全て失った。
「という訳で、虚夜舎は灰になって、かろうじて生きていた俺は色々あって今に至った。おしまい」
「待てぃ!」
夜一さんの拳がモロの顔面に当たった。……もの凄く痛い。
「何するんですか、夜一さん」
「色々端折り過ぎじゃ!コネホやソラは何をしておった?リンセはどうなった?おぬしは何故破面になった?結局、銀色の炎とはなんだったんじゃ?」
両肩を掴まれ、ガクガクと乱暴に揺すられる。一応、入院患者なんだけどな、俺。
「いや、虚夜舎の説明は終わったじゃないですか」
「やかましい!こんな中途半端な話で満足できる「お静かに、病室ですよ?」……もの……か?」
グギギ…という音が聞こえそうな動きで振り返った夜一さんの背後には、もの凄く怖い笑顔の烈さんが立っていた。俺は兎も角、夜一さんの背後を気付かれずに取るって……いや、前から凄まじい人だとは思ってたが、ここまでのものなのか。
「四楓院隊長?」
「では、ワシは仕事があるので!」
流石は瞬神、本当に一瞬で病室の窓から飛び出して、認識できない距離まで瞬歩で離脱した。
……いや、待て。感心している場合じゃないだろ。今の状況を考えろ、この部屋には烈さんと俺しかいないんだぞ。
「割と気まずいな……」
「何か?」
「いえ、なんでもありませんよ。それで、俺はいつ頃退院できるんですか?」
体力やらはほぼ完璧に元に戻っていることもあり、そろそろ平常業務に戻って入院している間の仕事を消化してしまいたいのだ。左陣に任せておけば大事ないといえばそれまでだが、部下が働いているのに上司がゴロゴロするというのは如何なものか、と思ってしまうのだ。
烈さんは少しだけ考える素振りを見せてから、俺の問いに答えてくれた。
「明日には許可を出せます。それまでは……」
「それは良かった」
「くれぐれも安静になさってください」
「は、はい」
だから、怖いです。固まったままの笑顔のまま寄らないで下さい、本当にお願いしますから。
この人は間違いなく美人ではあるんだが、その経歴と技量のせいで凄みの方が先にくるんだよな。こう、単に笑ってるだけなのに目に見えない剣を首に添えられる的な、割と洒落にならない凄みというべきか……なんでこの穏やかな笑みでそれを放てるのか、その秘訣を聞いてみたい気もするが、残念ながらそんな地雷を踏みにいく勇気は俺にはない。
「ご理解頂ければ結構です」
スッと俺から烈さんは離れ、夜一さんの開けた窓を閉めてから病室を後にした。出る際に送られた念押しのような視線は見なかった事にするか、うん。
一人になった病室で、窓から見える風景を見ながら色々と思い返してみる。無論、久し振りの過去語りをして感傷に浸っている訳ではない。
夜一さんに語っていない部分、あの後どうなったかについて考えているのだ。ソラとコネホは死んだ、それは俺が破面になった事が死亡証明書みたいなもんだ。だが、リンセの死体だけは見つかっていない。殆どの虚はあの炎で灰になったが、それでもギリギリ俺が死ななかった炎だ。俺と同程度の炎を浴びたあいつが死んでいるとも思えない。
「生きてはいるんだろうな……」
だが、あの後もリンセと出会うことはなく、襲撃されることもなかった。俺を殺す機会なんて、本当にいくらでもあった筈だが、俺はこうして生きている。
となると、俺への興味を完全に失ったと考える……訳にはいかないな。あいつは目的を途中で放り投げるという事はせず、何らかの手段や方法で必ず達成する、もしくは消去にかかる筈だ。
俺が破面化して手が出せなくなった……それも違うな。時間さえかければ、破面を撃ち抜ける弾丸をあいつは精製できる。
「まぁ、いいか。生きてるのならば、いずれ会えるだろうし、殺せるだろう」
俺もハリベルの事は言えないな、と自嘲しつつ俺は再び目を閉じて眠る事にした。
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