「聞いているとは思うが、今日はコネホの代理で俺が担当になった。流石に名前は知ってるよな?」
その辺りはソラ達とは違い、至極真っ当な返事が返ってきた。そりゃ、一応はここのトップだ、名前くらいは知ってるか。
「じゃあ、さっさと始めるか」
俺は背中に掛けてある大剣を引き抜き、刀身に霊圧を纏わせる。本来、これは斬撃の威力を引き上げる為の技だが、今回は纏わせる霊圧の密度や質を調整し、斬撃の威力を大幅に減衰させるために使っている。例えるなら、日本刀の刀身に何重も紙を巻きつけるようなものか。
「君たちは十人一組で挑んでこい。手段は問わない、俺を殺す気で挑んでくるといい。何らかの手傷を負わせられたなら、相応の報酬を用意しよう。ただし、頭、首、胴体を一度、手足なら三度斬られたら死亡扱いとして、そいつは退場だ」
「それじゃあ、仮に俺達があんたを殺しちまったらどうするんだ?」
狼型の
まぁ、その辺りはどうでもいいか。質問に答えるとしよう。
俺は騎兵の甲冑のように、顔部分を上下に動かすことの出来る俺の仮面を下ろし、顔を完全に隠してから背中に霊圧を集中させる。すると、背中に集中した霊圧がマントのような形状となり、それに応じて剣を包んでいた霊圧も騎乗槍から竜巻のような形状となった。
「これが本来の俺の戦闘形態の内の一つだ。君たちとやり合う時はこの霊圧全てを超速再生にまわしている。それでも俺を殺しきれるというのか?」
「……そりゃ、無理だな」
「分かってくれれば結構。君たちが気をつけるのは味方に攻撃を当てない事くらいのもんだ」
背中の霊圧を解除し、霊圧を調整した剣を構え直す。そして、解除した霊圧を全て体に巡らせ、如何なる傷でも対応できるように超速再生を強化する。
「それじゃあ、始めるとするか」
というわけで、千対一の訓練の開始だ。
「思ったより……キツいな、おい」
三分の一を終えた辺りで漸く判ったのだが、十人のグループと個別で戦うというこの訓練と俺の戦闘スタイルは全く合っていないのだ。一対多数はむしろ得意なのだが、俺の場合の多数は百以上の数を意味する。
そして、俺の剣術は百以上の敵に広範囲高火力の攻撃を叩き込んだ後、生き残った討ち漏らしを掃討する為のものだ。つまり、同時に戦うにしても三、四名程度。それを数度繰り返せば終わるのだが……今回は十名を百回だ、これは体力的に中々厳しい。
しかも、どの虚もコネホから色々と学んでいるようで、ただの虚とは違ってしっかりとした戦闘技術と知識を持っている。平たく言えば、どいつもこいつも粘りやがる。一体一体の耐久力もそうだが、前衛後衛に分かれての集団戦法も中々にできているというのは想定外だった。
「よく育っててありがたいんだが、今回ばかりは勘弁して欲しい感じだな」
グループ最後の一人を切ってから、深呼吸を一つ。先はまだまだ長いんだ、合間合間での僅かな休みで呼吸やらなんやらを整えておかなければ、残りの三分の二を乗り切れる気がしない。
「次は誰だ?」
「それじゃ、俺が」
そう言って、最初に質問してきた狼型の
「じゃあ、始めるか」
俺は剣を正面に構え、彼の攻撃に対して身構える。が、彼は即座に後ろに飛び退き、他の虚達の影に隠れた。
「臆病者って訳じゃないんだよな……」
虚達が襲いかかってくる間、
集団戦で一番厄介な立ち回りをこいつはやってやがる。味方を動きやすくさせ、敵の動きを封じ込める、目立ちこそしないが一番重要な立ち回りだ。しかも、こいつは手の内を晒してすらいない。霊圧の高まりをこちらに見せつけているが、その霊圧を爪か牙に回すのかそれ以外の何かに回すのかが見当もつかない。
「うだうだ考えても仕方ないか……」
どの道このままでは勝負に進まないんだ、今回の戦いは無傷で過ごすことは諦めるとするか。
「よいしょっと!!」
一旦、
「どっから撃ったんだよ!?」
「虚突!」
「……炎?」
「要は霊圧で作った自動砲台みたいなものか」
「違うね。全部あたし自身だ」
不意に横から声が聞こえ、振り返ると他の炎の狼より一回り大きい狼がこちら目掛けて口を開けていた。
「マズったか?」
先程の
「やり過ぎたか?」
「その位でちょうどいいんだよ」
俺は片腕で剣を振り下ろし、
「あんた、どうやったんだ?少なくとも結構なダメージは与えたはずなんだけどな」
「結構なんてもんじゃないぞ。まぁ、お陰で軽くなって速く動けたんだがな」
俺は肩から先が無くなった腕を晒し、深々とため息を吐く。これが喰われた傷だったら俺は色々と終わっていたと考えると、ゾッとする話だったな。
「治るのかい、それ?」
「言ったろ、ほとんど超速再生に回してるって。それと、報酬に関しては後日請求に来てくれ」
腕を再生させて目の前でグー、パーと開いたり閉じたりして見せる。しかし、見た目ほどには治ってはいないので、若干とはいえ剣速は鈍るか。……どうしたもんか。
案の定、それ以降の戦いは滅茶苦茶苦戦した。傷こそあれ以来負わなかったものの、実質片腕で戦い続けるのは相当の負担があったようでそれそれ立っているのもキツくなってきた。
「さぁ……最後だ。次は誰だ?」
「私です、アンヘル様」
そこには鮫型の
「さいで……それと様付けはやめてくれ。俺はそういう柄じゃない、ソラ辺りにでも言ってくれ」
「いえ……ですが」
「まぁ、そんなことよりさっさと始めよう。俺もそろそろ限界なんでな」
「……分かりました」
鮫型は地面に潜り込み、その姿を完全に消した。目視は不可、霊圧探知も……周囲の虚のせいでどれがどれだか分からない。集中すれば割り出せるのかも知れないが、鮫型以外の虚とも戦わなければならないので無理だ。
「また背中に気を付けながら戦わにゃならんのか!」
しかも、今度は完全に探知不能というオマケ付きだ。いや、その分攻撃時と潜伏時の差が分かりやすくなり、陽動としての機能は下がるので、探知不能に関してはそれほど脅威はない。しかし、前情報として鮫型はかなりのやり手という情報があるので、警戒を薄める訳にもいかないか。
「まずは一人」
隙を見せた虚の胴体に剣を振るった。が、寸前で何かに軌道を逸らされた。
「っ!?」
突然地面から突き出してきた大剣が俺の剣を弾き、俺にやられる筈だった虚を守ったのだ。俺が不意を突かれている隙に、今度は地面から牙が襲いかかってきた。寸前で地を蹴って回避し、距離を取ることにした。
「今度は近接型か……」
狼型のように面で制圧するような厄介さはないが、近距離でのランダムな線の攻撃は様々なパターンがあり足止めという意味では厄介だ。
「……狼といい、集団戦の立ち回りをよく分かってるな、おい」
こっちの霊圧もぼちぼち底が見え始め、体力に関してはほぼ底の状態、そして相手は持久戦に近い立ち回り、かーなーり不利な状態か。待ってても状況は悪化するばかり、短期決戦以外に勝ち筋は見えないな。背中に霊圧を集め、最初に見せたマントを再び構築する。
「
視界が歪み、虚達の姿が大きくブレる。視覚が完全に機能を果たさない状態で、記憶にある相手の位置を頼りに剣を振るう。
背中のマント状の霊圧は数秒後、ひとりでに霧散してしまったが、効果は十分に果たせたようだ。背後を振り返ると、九体の虚は地に伏せており、周囲は随分と酷い土煙に包まれていた。
残りは鮫型だけか。俺はよろつきならも再び剣を構え直し、周囲への霊圧探知に専念する。が、地中の何処にも反応がない。隠しているにしても、全く反応がないというのはおかしな話だ。
俺が疑問を感じると同時に、俺が倒した筈の虚が起き上がって反撃してきた。ルール違反かと思い顔を顰めたが、奇妙な事にその虚の何処にも傷はない。
それに対しての動揺と疲労が限界に達したのか、俺の体は不意に体勢を崩してしまい、その虚の一撃が頬を掠めた。俺は僅かに遅れて剣を振り抜き、その虚の胴体に剣を当てた。
「で、君はなにをやっているんだ?」
「……咄嗟に体が動いてしまいました」
どうやら鮫型は最後の虚を
「私を愚かと笑いますか?」
鮫型は自嘲気味にそう言った。
「いや、別に。結果として俺に一撃は通し、勝利条件は達成したんだ。むしろ、笑われるのは誰を仕留めたのかも把握できなかった俺だ」
「ですが、先程の戦いが殺し合いであったならば……」
「仮定の話をしてどうする。というか、君は説教をくらいたいのか?俺としては君の行動は褒めたいくらいなんだがな。君の犠牲のお陰で君らは勝てた、立派なことじゃないか」
「誰かの犠牲による勝利を肯定なさるのですか?」
やけに絡むな、こいつ。
「そりゃそうだろ。犠牲なんざないほうがいいが、生きている以上は犠牲無しじゃどうしようもない事態はある。特にここじゃ、よくある話だ。だったら、せめてその出ざるを得なかった犠牲に関しては、そこに対しての価値を見出してやれ。無意味な死ではなく、そいつの死を勝利に繋がる何かを示した意味のある死にしてやれ。それが死人に対する敬意だろ?」
「意味のある死、ですか」
「そうだ。まぁ、その辺は生きてれば分かるよ」
俺はそう言って話を切り上げて、部屋に戻って寝る事に……あっ、部屋は昨日消し飛んだったな。どうしたものだろう?
次回、ハリベルの衣装が決定です
最近、Twitterを始めました。プロフィールのほうにリンクを張っておりますので、機会があればどうぞ
筆の進みが落ちてきて「なるほど、ダレるとはこういうものか!」なんて思い始めてきた今日この頃です
ご意見、ご感想、ご指摘お待ちしております