ガタッ ガタッ
揺れ動く荷台、囲むように積まれた芋、俺を乗せた荷馬車を引くナス。そのナスの上に跨がった男、
その名は「那須田 育男(なすた いくお)」。
育男「どうした?腹が減ってたんじゃないのか?」
竜也「も、もういい。芋の食い過ぎで、は、腹が。」
育男「ハッハッハ!あれだけ狩ろうとするように肝は備わってるのに、胃袋は小さなもんだな。ま、どうせ今だけだろ。お前は消化が早いからな、竜也。」
竜也「いいから水をっ、水をよこせ・・げぷっ。」
育男「まあそう慌てんなって。そら、見えてきたぞ。」
俺の名前は桐野 竜也(きりの たつや)、十年前に起こった惨劇で両親を亡くし、今は兄と妹との三人で暮らしている。
ちなみに、元々住んでいた東京は暴れ回る肉食物達の手により甚大な被害を受けて、一般人は別の囲いで暮らすことになった。
そう、今の竜也達の住む街、「真央町(しんおうちょう)」に。
肉食物らが入ってこれないように4~50メートルはある巨大な壁で囲まれているのが特徴的だ。実はこの壁、見れば分かるが縦に真っ直ぐ伸びている訳じゃなく、植物の葉のように翻っているのだ。
誰が十年でこのような壁を作ったのかは知らないが、おかげで肉食物が壁をよじ登ってきても、ネズミ返しのように落とすことができる。
また、空を飛ぶ肉食物は壁の上に配備されている兵士が打ち落としてくれているから、人々は今日も安心して過ごせている。
竜也を乗せた馬車は壁の一部にある扉の前に立ち止まった。
育男「おい門番っ!?また寝てんのか?いい加減起きろ!」
隊長が叫ぶとゆっくりと門の土肥らが開かれ、竜也たちはそこを通りすぎていく。
真央町の東には、居住区がある。竜也の今の家であり、また仕事場でもある場所だ。ここには避難してきた元都民が住んでおり、いつも今か今かと食料を待ち望む住民のために、竜也たちのようなハンターが壁の外に出て毎日のように狩りを行っている。
そして今も、竜也たちは今日の戦利品を住民のために届けているのだ。
竜也「み~ず~、み~ず~」
育男「もうそこだから、潤せるから、そんなゾンビみたく唸るな。」
竜也を乗せた馬車は灰色の建造物の前で止まった。育男はナスから降り、芋の中でうずくまっている竜也を引きずり出す。
育男「ほら、芋運び込むの手伝え。水飲むのはその後だ。」
竜也「・・はいはい。」
竜也は最初に積んでおいた籠に、有りったけの芋を入れてから職員用の鉄の扉を開けた。そこはきれいに清掃された調理場である。
ハンターが獲ってきた戦利品を獣の如く貪るのは女子供たちが好まない、というか調理ができる状況ならしたい。芋をただかじる以外に揚げたり蒸かしたりして食う、食材を料理にできる場がここにあるのだ。
そして、ここで働くおばさんたちがいるはずなのだが、竜也の視界にはその姿が見えない。
育男「皆さーん!食材獲ってきましたよ!今度の食材は薩摩芋です!」
育男が呼びかけると、奥の部屋から人の足音と共に休憩室の扉が開く。
住民の高橋さん「あらあら!薩摩芋だわ!」
住民の池田さん「しかもこんなにたくさん!」
住民のジェイソンさん「ハンターさんありがとう!」
育男「いえいえ、私たちは当然のことをしたまでです。」
自分が狩ったものだというのに、自分の功績のようにしゃべる育男にいらっと来た竜也は、芋の籠を置いてから蛇口のバルブを捻り、流れる水を直接口へと注いだ。
そんななか、竜也たちが入ってきた扉が開き、息の荒い見慣れた少女が入ってきた。
竜也「うん?明里、どうした?」
桐野 明里(きりの あかり)。
二歳下の妹、赤茶色のツインテールが特徴で背が低いが運動神経が良い。昔から料理が大好きで、町の図書室で料理の知識を増やしたり、時々調理場に足を運んでは大人顔負けの品を作ることもある。竜也こそ、今まで明里の料理を食べてきたが、彼女の料理への情熱はプロ並だと思っている。
明里「はあ、はあ・・・また、行っちゃった・・。」
竜也「行ったって、まさか!?」
竜也はすぐに誰がどこに行ったのか理解できた。それは最近壁の外に勝手に出ては、肉食物を勝手に狩り、調理場に寄付してくるのだ。外に出られるのはハンターだけだから勝手に出ることだけでも罪になるが、それをしているのが女の子というんだから誰もが慌てるに決まっている。
竜也「隊長っ!大変です!また例の子が!」
竜也が叫ぶと隊長を含め、周囲の大人たちも慌て始める。
育男「また彼女か!世話が焼ける!」
竜也「早く行かないと!」
?「その必要はない。」
竜也「え・・」
その声の主は扉を開け、持っていた何かを平然と調理台の前に置いた。
それを見たこの場の全員は凍りついた。
頭だ。
黄土色の色、頭部は尖り目は黒くなっている。生きているときは光ある目だったのだろうが、今は暗い目をしている。
?「本体はすぐそこまで持ってきた。あとはあなたたちでやって。」
冷たい言葉を投げかけ、腰の二本あるナイフの片方にこびりついた生物の肉をその場に落とした。
この人物こそ、今助けに行こうとした少女、鋭い目をした銀髪のショートヘアこそが
「小春 麗(こはる れい)」である。
話は変わるが、皆さんはプテラノドンという生物を知っているだろうか。大昔に地球上に存在していた翼竜だが、麗が持ってきたこの生物の頭がどうみてもプテラノドンにしか見えない形状をしている。
だがこれはプテラノドンではない。
この町の学者たちが、日々見つかった肉食物を研究し、名称を付けている。
この生物は形状は翼竜だが牛や豚のように脂の乗った肉はない。
ストレートに言えば、じゃがいもである。
ついさっき竜也が狩ったサツマンドラのようなもので、体がじゃがいもでできた「ポテラノドン」と言われている。
育男「お前まさか、こいつを一人で狩ったというのか!?どれだけ狩りが危険を伴うのか分かってるのか!」
麗「分かっている。周りの状況から行動まで的確に判断し、標的となる獲物を一発で仕留めるだけ。」
竜也「でも、ポテラノドンは飛行する生き物。そのナイフでやったみたいだけど、どうやって?」
麗「外は人が手入れをしていないから木が生い茂る場所が点在する。休憩しにきたポテラノドンの首を切り落としてきた。」
苺狩り行ってきたみたいな軽い口調で話しているが、話の内容がやけに残酷である。
麗「もう疲れた、部屋で休む。」
明里「あ!麗ちゃん待ってってば!」
そう言って麗は外に出て行き、そのあとを妹が付いて行った。別に関わるなとは言えないが、うちの妹を巻き込まないでほしいと願っていた竜也であった。
育男「まあしょうがない。せっかく持ってきてもらったんだし、この芋もメニューの食材とするか。」
竜也「そうだな。」
というわけで、今夜のメニューは芋だ。
何、パッとしない?だってしょうがないだろう。
付け合わせの野菜は食料庫に厳重に保管されたものが少々ある。米と小麦は栽培できているが、メインディッシュがパッとしないのは獲物を狩るハンターの責任だ。
これでもサツマンドラから採れる芋は絶品だ。例え肉が無かろうが皆満足してくれるのだからありがたい。
竜也は今日のこんだてが居住区の掲示板に張り出されたので見に来ていた。
竜也「えーと、メインはじゃがいもとさつまいものバター和えか。久しぶりに豪勢なものが食えそうだ。」
そう独り言を言って一人涎を垂らしていると、門の方で多くの人々の声が聞こえてくる。
そして竜也の方へと隊長、育男が走ってきた。
竜也「どうした?あの騒ぎは、暴動か?」
育男「・・大変だ。」
竜也「何が?」
育男「・・・バターが。」
竜也「・・・は?」
竜也の顔が青くなる。
育男「バターが・・・・バターが底を尽きた。」
それは死の宣告のように、重い衝撃だった。
〜図鑑NO.003〜
ポテラノドン[馬鈴薯竜](元・じゃがいも)
見た目は古代の地球に生きていた翼竜と瓜二つだが、体はじゃがいもで形成されている。頭頂には毒を生成する器官があり、死の危険を感じると翼の爪まで伸びた管を通して毒液が流れ、爪の先から標的に毒液を飛ばす。既に科学者により解毒薬が開発されている。