俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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熱さのせいかプレステのハードディスクが壊れた。
俺のモンハンのセーブデータどこ? ここ?
600時間が無に帰して変な笑いがでたわ(白目)
なおバックアップ等はないので救いはない模様。

もう一回遊べるどん!(ヤケクソ)



卒業旅行(前)

「神一郎さん!」

「ん? あ痛っ……」

 

 小学生軍団に混ざって帰宅中、校門近くで後ろから声を掛けられる。

 後反射的に振り返ってしまった為に脇腹がズキリと痛んだ。

 

「まだ治らないんですか?」

「どうにも治りが悪くてね」

 

 脇腹を手で押さえる俺に一夏が心配そうに寄って来る。

 俺も早く治したいんだが、これがそうにもいかんのだよ。

 

「一夏! 先に行くことないじゃない!」

「あ、リン。ごめん」

 

 一夏の後ろからリンが合流。

 お前ねぇ、女の子を置いて先輩の尻を追いかけるなよ。

 そんなんだからホモ疑惑が消えないんだぞ。

 

「あ、シン兄じゃん。ケガ治ったの?」

「まだだよ」

「まだなんだ。それにしても新年早々ケガで休むなんて、シン兄は運がないわね」

「まったくだ」

 

 新年早々に束さんに拉致られて密室に長期閉じ込められ件は、ケガで休んだ事になっている。

 この脇腹の痛みの原因でもある肋骨のヒビも、その時に負ってしまったもの――と嘘をついて誤魔化した。

 真実は束さんを怒らせた結果なんだけどね!

 あの野郎、俺の脇腹に殴ってヒビを入れたあげく、それを絶妙に完治させないのだ。

 動けない程の痛みではなく、日常生活の多くの場面で痛みを感じ、しかしその痛みは一瞬だから我慢できる。

 絶妙な嫌がらせだよ! これでもかって悪意に満ちてる仕返しだよ!

 

「ねぇねぇシン兄」

「うん?」

「ちょっと命令があるんだけど」

「……命令?」

「そう、命令」

 

 くいくいと指でこっちに来いと呼ばれる。

 リンみたいな生意気な女子小学生にそなん事されると……ちょっと嬉しいものがある!

 うーん、束ちゃんの一件で目覚めたか?

 

「一夏はそこで待ってなさい!」

「え、うん」

 

 素直か! リンの行動に疑問を持ちつつもちゃんと待つのな!

 

「で、なに?」

「ちょっと耳貸して」

 

 一夏から少し離れた場所でリンが顔を寄せてくる。

 内緒話は大好物です!

 

「去年を色々振り返って少し思った事があるの」

「ほうほう」

「あれ? シン兄と遊んだ記憶があんまりないな――ってね」

 

 俺はよくリンの両親がやっている中華料理屋に行くし、学校帰りの時間が合えば一緒に帰る。

 でも週末は一人で遊びまわってるから……遊んだ記憶が少ないと言われればそうだな。

 もしかして俺が卒業する前に遊びたいって言ってるの?

 可愛いところあるじゃないか!

 

「一夏とはキャンプとか海とかに行ったらしいじゃない……幼馴染と一緒に」

 

 鋭い眼光を向けられた瞬間に全てを悟った。

 これは……一夏と自分を遊びに連れて行けと強請られている!?

 気持ちは分かる。

 一夏の事だから特に深い意味もなく昔話をしたんだろう。

 凄く楽しかったと目を輝かせながら語ったのだろう。

 だから自分も一夏との思い出が欲しいと……。

 

「リン、俺の使い方は覚えてるな?」

「シン兄ももう卒業でしょ? だから思い出が欲しいの」

 

 胸の前で両手を握り締めながらの上目使い!?

 即座にその対応ができるとは……流石は未来の国家代表候補。

 判断力の高さは強さの証だ!

 こうまでされては俺も動かざるを得ない。

 これで動かなければ男が腐る!

 

「なら今週末に温泉でも行く?」

「流石はシン兄!」

 

 目をキラキラさせながら腕にしがみ付くリンちゃん萌え。

 これだけ素直に喜ばれるとおじさん嬉しいぞ。

 

「ってな訳で一夏、週末に温泉行こうぜ。少し早めの卒業旅行だ」

「唐突っ!? って神一郎さんはいつも唐突か」

「ケガにはやっぱり湯治だよね。子供三人で思い出旅行と行こう!」

「……子供三人?」

「ん? 誰か呼ぶ? 知らない人間が加わると気が休まらないんだけど」

「えっ、その……千冬姉は……」

 

 千冬さんはなー。

 俺と仲違いしてる設定だから誘うのはちょっと。

 かと言って一夏に、俺が嫌いだから呼ぶななんて言えないし……でも一応、一夏に配慮して声掛けだけはしとくか。

 

「千冬さんは仕事が忙しいと思うけど、確認してみるか」

「お願いします」

「先に言っておくけど、千冬さんの予定に合わせる気はないからな」

「それは……仕方がないですよね。千冬姉は忙しいから。でも聞くだけ聞いてもらえると嬉しいです」

 

 学生は帰る時間だけど社会人はバリバリ仕事中だ。

 なので俺はニコニコ笑顔で電話するぜ!

 

『……もしもし』

 

 第一声がここまで不機嫌な事ってある?

 まぁ俺からの電話なんて嫌な予感はしないよね。

 

「もしもし千冬さん、突然なんだけど週末に一夏を温泉に連れて行きたいんだけどいい?」

『温泉だと?』

「千冬さんは行けます? いや普通に仕事ですよね? 残念だけど一夏だけ連れて行きますので」

『私も行こう』 

「なんて?」

『私も行くと言った。週末だな? 休みを取っておく』

 

 この声はかなり疲れてる声ですわ。

 そして俺の温泉発言に脳を焼かれた様子ですわ。

 でも千冬さんの参戦はちょっと――

 一夏に聞こえない様に背を向けて声を落とす。

 

「近くに誰か居ます? 聞かれたくない話があるんですが」

『いや誰も居ない。この通話は安全だ』

 

 遠回しに盗聴の確認したけど問題ないらしい。

 ならば安心して本音を語ろう。

 

「千冬さんが来ると束さんが湧いてきそうなんで遠慮してください」

『断る。私もたまには一夏に家族サービスを、と考えていた所だから丁度良い機会だ』

「いやそれは暇な日に二人でやれよ。今回は俺も休みたいので邪魔されたくない」

『そう言えばケガで学校を休んでだあげく、今でも肋骨にヒビが入ってるらしいな? どんな馬鹿をしたんだ?』

「密室に軟禁されて実験に無理矢理付き合わせられ、色々あって最終的に叩き潰されました」

『……どんな色々があってそうなるんだお前らは』 

「そんな訳で自分はゆっくり休みたい」

『そうだな、私も11日連続勤務でそろそろ休みたい』

「……労働基準法とかないんですか?」

『社会の中で発言力を得る為には多少の無茶は必要なんだ』

「だからって無理にこっちに混ざらんでも」

『一夏と二人で旅行に行って束に邪魔されたら嫌だ。お前が居れば押し付けられるだろ?』

 

 こんにゃろあっさり言いやがった。

 もし温泉旅行に束さんが現れたら千冬さんと壮絶な押し付け合いが発生しそうだな。

 だが束さんなら千冬さんに粘着するはず。

 この戦いは圧倒的に俺に有利!

 

「来てもいいですけど、休み取れるんですか?」

『そこは安心しろ。モンド・グロッソ以降は忙しすぎて周囲に心配されている。幸い週末はテレビや取材などは入っていないから、急に休みが欲しいと言っても許されるさ』

 

 それでいいのか社会人。

 でも今回は許されそう。

 人気者も大変だな。

 

「足の伝手あります? なければ俺がレンタカーでも借りてきますけど。運転はゴールドの俺に任せて安心してください」

『それはやめろ。ふむ、政府の人間に頼んでみるか。多少の頼みなら通るから問題ないだろう』

「んじゃ足はお願いします。土曜の朝に集合、昼は宿泊地の近場で名物、早めにチェックインして温泉を堪能。そんな感じの流れでよかです?」

『それでいい』

「もろもろ了解です。ではまた」

『あぁ、宿は頼んだ』  

 

 千冬さんとの通話を切って一夏達に振り返る。

 そしてグッとサムズアップ。

 

「千冬さん来るって」

「本当ですかっ!?」

「うん、丁度休みを取ろうとしてたみたい。たまには一夏と旅行も良いだろうってさ」

「そっか、千冬姉も来れるんだ」

「良かったわね」

 

 嬉しそうにはにかむ一夏の肩をリンが優しく叩く。

 姉弟と温泉でそこまで喜べるの? って思うけど、これが一夏がモテる秘訣なんだろうな。

 だってリンが慈愛の表情で一夏を見てるんだもの!

 普通の男ならシスコンかよで終わるけど、それで終わらないのがハーレム主人公クオリティ!

 

「詳しい日程はメールで送るから。それとリンはご両親にちゃんと許可を貰ってね。ダメそうなら俺からも頼むから連絡くれ」

「了解です」

「大丈夫だと思うけど、その時は頼んだわよシン兄!」

 

 よーし、脇腹の痛みを忘れるくらいテンション上がってきたぞ。

 千冬さんが居るから人が少なく隠れ家的な宿か、または離れを借りるか……こうやって悩むのさえ楽しい!

 

「今から楽しみだな!」

「はい!」

「えぇ!」

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「ではまた朝にお迎えに上がります」 

「よろしく頼む」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 宿の前で荷物を降ろし、車に乗り込む黒服さんを手を振って見送る。

 この黒服さん、先代運転手のグラサンと違って一切こちらに関与してこない。

 昼飯の時も車から降りず食べ終わりを待っていた。

 プロ意識の塊の人だ。

 終盤こそ慣れた様子だったが、朝は一夏もリンも接し方が分からず気まずい雰囲気だった。

 早々に馴染んだグラサンの人柄って凄いんだなぁと思ったよ。

 

「ほい、こちらが予約した宿でーす」

「「おぉぉ~!」」

 

 一夏とリンはしっかり喜んでくれるから嬉しい。

 年上に好かれる性格してるよ!

 

「良い雰囲気の旅館だな」

「千冬さんの為に温泉付きの部屋で部屋食にしました。期待してください」

「それはありがたいな」

 

 流石に千冬さんを大浴場と会場食の場に放り投げるのは可哀そうだからね。

 受付でチェックインの手続きをして中居さんの案内で部屋に案内される。

 

「こちらがお部屋の鍵になります。どうぞごゆっくりお寛ぎください」

「ありがとうございます」

 

 代表で鍵を受け取り、片方の鍵を一夏に手渡す。

 

「じゃあ一夏とリンはそっちの部屋ね」

「……え?」

「……っ!?」

 

 ぽかーんとする一夏の横でリンが赤面して硬直する。

 息してる? しっかりしろリン!

 

「あの、神一郎さんはどうするんです?」

「俺はこっちを千冬さんと使うから」

「なんで神一郎と千冬姉がっ!?」

「いやなんでと言われても……お前、俺とリンを同じ部屋にする気か? それはリンが可哀そうだろ。リンは俺と一夏、どっちが信用できるよ」

「そそそっれはもちろん一夏よ!」

 

 うんうん、狼狽えながらもしっかり意見を言えて偉いぞ。

 千冬さんの反応が怖かったが、無言な所を見ると否はない様子。

 

「……むむ」

 

 これはあれだ、弟と一緒の部屋がいいけど、だからって小学生の恋路を邪魔するのはちょっと大人げないし――みたいな葛藤してますね。

 

「なら普通に千冬姉とリンでいいんじゃ……」

「千冬さんと一晩一緒とか、それはリンが心休まないだろ。ねーリン」

「一晩一緒は……流石に……」

 

 リンの複雑な気持ちは分かるよ!

 人に飼われて慣らされてる猛獣だからって、安心して同じ部屋に居られるかって聞かれたらそんな顔になるよね!

 

「ってな訳で一夏、この組み合わせが一番平和なんだよ。それともリンと一緒だとダメな理由でもあるのか? もしかして恥ずかしい?」

「そ、そんな事ないですよ! 俺は別にリンと同じ部屋でも別に……っ」

 

 照れ隠しなんだろうけど、後ろでリンが手をバキボキ慣らしてるから発言には気を付けようね?

 

「大丈夫ってなら問題ないな。んじゃ晩ご飯まで時間はあるし、後で合流しよう」

「はーい、ほら行くわよ一夏」

「あ、ちょ、リンまっ――」

 

 リンが笑顔で一夏を引っ張って行く。

 

 ぐっ!

 ぐっ!

 

 一瞬振り返ったリンがサムズアップしてきたの俺も返す。

 楽しんでおいで。

 

「んじゃ行きますか」

「そうだな」

 

 千冬さんと一種に部屋に入る。

 内装は八畳の和室、外の景色が素晴らしい一室だ。

 まるで池付きの日本庭園だが、池に見えるのが温泉なのだ。

 外からは木々に囲まれてるから見られないし、温泉の設置場所は室内から見えない場所にある。

 これならラッキースケベは発生しないな。

 さて、荷物を降ろしたらまずはお約束だ。

 まずは速攻で浴衣に着替える!

 千冬さんの視線など気にせずパンツ一枚になって浴衣を装備!

 そしてお茶の準備だ!

 

「千冬さんもお茶飲みます?」

「貰おう」

 

 浴衣姿でお茶を飲みつつお茶請けを食べる! これぞ旅館の部屋に入ったらするべき最初の儀式!

 あ、うまっ。

 このお茶すげー美味いわ。

 流石お高い宿。

 お茶請けは地元のお土産用のだけど、これも十分美味しい、

 

「神一郎?」

「ふぁい?」

「まずは饅頭を飲み込め。お前、なんの目的で私と同室にした」

「んぐ。理由ですか? リンの応援と束さんへの嫌がらせですね」

「応援は分かるが、嫌がらせだと?」

「俺の肋骨、今ヒビが入ってるんですよ」

「らしいな」

「やったのはご存じ束さんです」

「だろうな」

「束さん、俺が千冬さんと同じ部屋に泊まったなんて聞いたら……どんな顔するでしょうね?」

「なるほど、命を懸けた全力の嫌がらせか」

 

 確かにただでは済まないだろう。

 俺だって無事に済むとは思っていない。

 だけど泣かしてやりたいじゃないか!

 束さんの情緒を滅茶苦茶にしてやりたんだよ俺は!

 

「私を巻き込むなと言いたいが、学校が始まっているにも関わらず拉致などするのはな……」

「もしかして同情してくれてます?」

「流石にな。束はなんだかんだでお前に深い傷を負わせてこなかった。ここで少し言っておかないと暴力に歯止めが効かなくなるのではと、そんな懸念がある」

「あー、一度やっちゃうと二度目のハードルは低くなりますもんね。骨折は一度させられてますけど、あれは俺が強要したもので束さんの意思ではないですし」

 

 身近なものだとお酒やタバコ。

 始めの一回ドキドキだけど二回目は楽なもんだ。

 それ以外だと暴力とか麻薬だね。

 一度やると二回目には簡単に手を出しちゃう。

 それを考えると……怖いな。

 今まで以上に容赦のない暴力が俺を襲うのか。

 

「だからだ神一郎」

「はい?」

「今ここで、束への不満をぶちまけろ」

 

 なう? それって……まさかもう居るのか?

 もちろん俺は今回の旅行の件は束さんには言っていない。

 だが束さんなら先回りしてておかしくないな。

 旅館の予約もパソコンからだったし特定余裕だろうし。

 

「俺、たまにサウナ行くんですよ」

「ほう、初耳だな」

「しかも温泉宿のサウナとかじゃなくて、駅前のサウナなんですよ」

 

 サウナは好きだけど、わざわざ遠出してまでは……でも入りたい!

 そんな気分の時は駅前のサウナがとてもありがたい。

 

「仕事終わりのサラリーマンが集まるサウナってどんな場所だと思います?」

「私は行った事がないが……みんな無言で温まってるのではないのか?」

「水虫の温床になってるんですよ」

「……なるほど。暖かい環境と水気、一日中靴を履いたまま働く人間が多く出入りするとなるとそうなるか」

 

 バスマットとか水虫菌がどれだけ付着してるのか……想像するだけで怖くなる、

 でもそれでも行っちゃうのがサウナの魅力なのだ。

 

「そんなサウナに行く俺が週末は束さんの近くに居る。分かりますね?」

「おいまさか――」

「そう…………篠ノ之束は水虫持ちなんです!!」

 

 ガタゴトガタンッ! ガラッ!

 

「風評被害っっっ!!!!」

 

 押入れから束さん登場。

 本当に居たよ。

 

「帰れ水虫」

「近寄るな水虫」

「唐突の登場に対しまさかの切り返し!? これただのイジメだよっ!?」

 

 拒否反応を示す俺と千冬さん。

 束さんは泣いた。

 

「ってかマジで帰れ。呼んでないんだから察してよ。今日はゆっくり休みたいんで邪魔しないでください」

「帰れ束。たまの一夏との休日を邪魔するな」

「……うぎゅ」

 

 束さんは涙を流しながら固まってしまった。

 そんな束さんに近付き、体半分を押入れから出している束さんを押し込む。

 

 パタン

 

 そのまま襖を閉めた。

 

 シクシク、シクシク

 

 押入れから泣き声が聞こえてくるが、このまま封印でいいだろう。

 千冬さんと同室だから初手で殺しに来ると思ったが、運良く勢いを殺せてラッキーだ。

 

「お? 一夏から温泉行きましょうってメール来たんで行ってきますね」

 

 ケータイの着信音が鳴ったので手に取ると一夏からのお誘いメールだった。

 いや温泉なんて自分が好きなタイミングで入れよ――と思ってしまうのは心が汚れた大人の発想!

 一夏と一緒に入って若い心を取り戻すのだ!

 

「私も行くか。内風呂もいいが大浴場にも興味がある。この時間なら人もすくないだろう」

「露天とかサウナは魅力的ですもんね。楽しむなら今がチャンスでしょう」

「よし、そうと決まれば」

 

 千冬さんがいそいそと備え付けの冷蔵庫にビールを並べる。

 楽しんでくれてる様でなにより!

 

「俺のもついでにお願いします」

「よこせ……プレミアムとは生意気な」

 

 千冬さんが手渡した俺のビールをジッと見つめる。

 俺が用意したのはちょっと良いものだ。

 値段的に千冬さんが用意したビールより……うん、お高い。

 

「後で交換しません? 軽くて飲みやすいビールと、どっしりしたうま味のビールって美味さのベクトルは別だと思うんですよ」

「その意見には賛成だ。風呂上がりなら軽い方がいいが、ゆっくり楽しむなら後者だからな」

 

 契約成立。

 俺と千冬さんはがっちり握手した。

 

 シクシク シクシク

 

 未だにすすり泣く束さんを放置して、いざ温泉へ!

 

 

 

 

 

 

「やっぱり温泉は最高ですね」

「だなー」

 

 まだ寒さ残る露店風呂の景観は最高だ。

 山奥の澄んだ空気と湯から立ち昇る煙、これがなにより贅沢!

 一夏と二人並んで露店風呂で足を延ばす。

 んー、手足を伸ばすと肋骨がピキピキ痛むけどそんなの全然気にならな……いや痛いもんは痛いわ。

 伸ばした手足を思わず引っ込めるくらいには痛い。

 どんな体制が一番楽かな? こう、手足の力を抜いて――

 

「だらー」

「だるだるですね」

「これが一番体に優しいんだよ」

「良いですね。俺もやろうっと」

 

 一夏と一緒にプカプカと水中に手足を投げ出して全力の脱力。

 魂の洗濯っていうか魂の脱水だ。

 体の中から悪いものが温泉に溶け出していく気がする。

 

「こうしてると前の温泉旅行を思い出すな」

「ですねー」

「一夏が急に女風呂に飛び込んで大変だったよなー」

「あれ神一郎さんが投げ込んだんですよね!?」

「今日は一般のお客さんも居るからやるなよ?」

「しませんよ!?」

「まぁ向こうに居るのが千冬さんだけならいいけど」

「なにも良くないですよ!?」

 

 一夏は元気だな。

 今回も投げ飛ばしてやりたいけど、流石に一般客の人が居るだろうからダメだな。

 うーん、なにか思い出作りしたいなー。

 サウナ耐久戦、素潜り勝負……パッとしない。

 隠れ家的な宿で宿泊客が少なく、まだ日が出てる時間なので温泉に人はあまり居ないけど、ここで遊ぶのは流石に迷惑か。

 温泉上がりに卓球……は、できないか。

 この宿は卓球台なかったし。

 いや待てよ、思い出を作ってやるなんて考えは傲慢じゃないか?

 風呂上がりの一夏――微かに濡れた髪、浴衣から覗く白い胸板、熱で赤く染まる頬。

 そんな一夏をリンに見せてやるだけでいいじゃないか。

 後は若い二人にお任せだ。

 風呂上がりの一夏を見たリンが赤面し、それを一夏にツッコまれて更に赤くなり、赤面を温泉のせいにしてるシーンを幻視できる!

 完璧だな。

 後はタイミングだが、俺には心強い味方が居る!

 

「ちょっとジャグジーに行ってくる」

「はーい」

 

 露天風呂に根を張って動かない一夏を置いて周囲に人気がないジャグジーに。

 んでもってISを起動。

 

『もしもし千冬さん? ちょーっとお願いがあるんだけど』

『癒しを邪魔するな。くだらない用なら許さんぞ』

『別に変な事じゃありませんよ。一夏とリンが温泉を出るタイミングを合わせたいだけです』

『なんかドラマとか見た事があるようなシーンを想像できるな。で、それになんの意味があるんだ?』

『その辺の機微は口で説明しても理解できないと思うんで、取り敢えず俺が合図を出すまでリンを引き留めてください』

『その程度ならいいだろう』

 

 無事に協力者ゲット。

 途中信じられないくらい女子力皆無のセリフが聞こえたが、千冬さんだからな。

 きっと恋を知ったら女子力が目覚めるだろう。

 ジャグジーから出て一夏の元へ。

 隣に座って一夏の肩を優しく叩く。

 

「千冬さんに恋を教えてやってくれ」

「この短時間になにがあったんですッ!?」

 

 ブラコンが真っ当に恋を出来るのかが心配になっただけだよ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 一夏があまりにも長風呂なのでリンがのぼせかけたりと問題はあったが、見事に温泉を出るタイミングを合わせられた。

 牛乳を飲む一夏を赤い顔でチラチラ見るリンを見れただけで満足です。

 若い二人をそっと置いて俺と千冬さんは部屋に戻る。

 

「復活の束っ!」

 

 部屋の真ん中で仁王立ちする束さんの横を素通りして冷蔵庫を開ける。

 

「千冬さんのビール貰いますね」

「私の分もくれ。軽い方で」

「了解」

 

 冷蔵庫からビールを取り出し千冬さんに手渡す。

 温泉の熱が未だに残る状態でキンキンに冷えたビール。

 このシチュエーションは完璧だ。

 

「お仕事お疲れ様でした」

「お前も色々とご苦労だったな」

 

 カンッと軽い音を鳴らしてプルタブを開ける。

 

 グビグビグビ

 

 カァァァァッ! この瞬間の為に生きてるんだよなぁ!

 

「最高ッ!」

「うむ」

 

 普段仏頂面の千冬さんが笑顔を見せる。

 温泉+ビールの組み合わせも最高だけど――

 

「――――ッ」

 

 シカトされて無言でプルプルしてる束さんの後ろ姿がなによりのツマミだわ!

 実験が終わってから俺は二回束さんに会った。

 一回目は顔を見せた瞬間に問答無用で脇腹を殴られ食料を強奪された。

 食料を最初から渡すつもりだったからいいさ。

 だけど殴る必要ある?

 まだ束さんの怒りが残ってるのを感じて俺は引き下がった。

 んで二回目。

 顔を見せる間もなく背後から襲われ食料を奪われ、ついでに脇腹を殴られた。

 うん、まぁ? 年増って言ったのは悪かったかなーとは思うよ?

 でもさぁ、俺って被害者だよね?

 なんで会うたびに脇腹攻撃してくんの?

 お陰様で未だに骨にはヒビが入ったままなんだよ。

 そう、俺は今怒っているのだ!

 

「なぁ神一郎」

「はい?」

「ほっといていいのか?」

 

 なにを、とは聞かない。

 千冬さんが心配してるのは束さんが爆発する事だろう。

 さっきからプルプルしっぱなしだもんね。

 

「――っ! しー君!」

 

 束ちゃんが涙目でプルプル震えながら振り返り俺を睨む。

 そろそろ許しても良い気になってきた。

 この姿を見れただけでも心が癒されたよ。

 

「んー。まぁ拉致られた事は良いでけど、その後に肋骨の完治を妨げた事については謝って欲しいですね。そしたら許さなくもない」

「しー君に謝る事なんてないし、そもそもプライドが許さない!」

「謝る気はないと? ふーん、へぇー?」

「な、なんだよぉ」

 

 じろじろと顔を眺めると、束さんが一歩引いた。

 嫌な予感がするのかな? その感覚は正解です。

 

「じゃあ攻め方を変えよう。謝らなければ今ここで束さんの存在を大々的にばらす」

「……え?」

「警察に電話して大声で叫び、今回の温泉旅行をめちゃくちゃにしてやる」

「…………え?」

「事情を知ってる千冬さんはともかく、一夏はどう思うだろうね? 久しぶりの家族や友達と一緒に遊びに来たのに、警察や国の役人が押し寄せで中止なんて……さぞ嫌われるだろうなぁ?」

「こいつ最悪な手段で謝罪の強要してきやがった!?」

 

 素直に謝りもしないでしれっと旅行に混ざろうとするのが悪い。

 それと千冬さんとお泊りするから、ここで優位に立たないと命が危ない!

 

「いっくんに嫌われ……でもしー君如きに頭を下げるなんて……」

「束、普段のお前なら骨に影響が出る程のダメージを与えるなどしなかっただろう、なにがあったんだ?」

 

 頭を抱えて悩む束さんを見かねてか千冬さんが話に加わる。

 

「え? しー君が私の事を“年増”って言ったから」

「神一郎」

「言いましたね」

「……そうか」

 

 千冬さんが眉間を押さえながらため息を漏らす。

 くだらない内容だろ? その程度で骨にヒビを入れたんだぜこいつ。

 

「まず束、怒るのは無理ないが肋骨にヒビはやりすぎだ」

「そんなっ!?」

 

 ですよね! 

 

「そして神一郎。女性に年齢の事は言うのはマナー違反だ」

「相手が束さんでも?」

「分類学的には束も女だ」

「了解でーす」

 

 千冬さんに言われては仕方がないので渋々返事をする。

 俺だって普段なら絶対に言わないさ。

 でも束ちゃんに比べたらどうしてもね。

 

「私から見れば双方悪い。だから束、ネチネチと嫌がらせをしないで一撃で終わらせろ」

「りょ!」

 

 千冬さんがくいっと俺を顎で指す。

 それに対して敬礼で答える束さん。

 あっれー? なんか俺が我慢すればいいみたいな結論になってない?

 

「あの、千冬さん?」

「まぁなんだ。結局これが一番平和なんだ」

「裏切りやがったな!?」

「それと一夏を盾にしたのにイラっとした」

「それはごめんなさい!」

 

 なんてことだ!? 自分の平和の為に俺を売りやがった!?

 そこまでして弟との温泉旅行を楽しみたいのか! 楽しみたいですよねすみません!

 

「安心してしー君、二人が温泉に行っている間に防音処置は完璧に施したから、どんなに声を出しても大丈夫だよ!」

「お前の携帯電話はこれだな? 朝まで電池は預かっておく」

 

 見事な連携で追い込みやがる!?

 

「でもそうだね、しー君には実験に付き合ってくれた恩があるし……ほい」

 

 束さんが両手を広げてカモン体勢。

 

「確かにやり過ぎたかなって思うし、一方的なのはフェアじゃないもんね。だから私を許すかどうかはしー君が決めていいよ」

 

 なるほど? 束さんの胸に飛び込んだ瞬間に俺は許した事になるのか。

 

「おいで~」

 

 笑みを浮かべながら束さんが俺を呼ぶ。

 新手の食虫植物かな?

 分かっているのに! 危険だと分かっているのに足が止まらない!

 

「つっかまえた~♪」

 

 気付けば束さんの胸の中にいた。

 ギチギチと締め付けられ肋骨が悲鳴を上げる。

 ……色々な面で幸せだからいっか。

 

「ごめんねしー君。実験の記憶を見直してたら、足に噛みついたりコスプレさせたりホログラムの私にセクハラしたりとやりたい放題だったから、怒りが持続しちゃって」

 

 あー、最初の一撃は年増発言に対する制裁で、その後は実験記録を見返す度に怒りゲージがカウントしてたのか。

 

「ならしょうがないですね。俺もすみません。束ちゃんがあまりにも理想的な闇落ち系義妹だったからつい当たってしまいました」

 

 束さんに負けじと俺も腕に力を入れる。

 受け身なんてもったいない! 体温を! 匂いを! 感触を! 全てを全力で楽しむのだ!

 

「結構な痛みがあるだろうに、そこで自分から力入れるとは流石はしー君」

「ふっ、束さんの肉体を味わえるなら肋骨の一本や二本――」

「じゃあ二本ね」

 

 えっちょま。

 

「あくまで例えであって二本は……」

 

 あっ、最後のトドメとばかりにギュッと力が込められて、体の全面が柔らかいクッションに埋もれて――

 

「あんぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 バキッボキン!

 




た「腕の中で幸せな顔から一転して絶叫を上げる顔にキュンとした」
し「束さんのハグなら肋骨は安い買い物だと思って受け入れた」
ち「これで平和な温泉旅行になるなと思い、二人を見ながらご満悦」

 

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