俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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サンブレイクの怪異研究レベルが200になったので投稿。
八月まで暇になったので投稿頑張りますm(__)m





たばねさんじゅっさい⑥

 

 10日で見事課題をクリア。

 余りの嬉しさにハイタッチした後に喜び叫んだが、その後は束ちゃんが我に返りテンションに身を任せた事を恥じて貸してたテントに引きこもったので昨夜は一時解散した。

 そして今日、11日目の朝は――

 

「残りの食料を全部使って心身ともに満足してから脱出しようと思います!」

「まぁいいけど」

 

 このまま、じゃあサヨナラってのはもったいない。

 いつでもこの実験を終わらせられる状況なので、ここでお腹いっぱいにして心身に余裕を持たせてから束ちゃんで遊ぶ!

 それが俺の目的である。

 束ちゃんも元に戻るより先に、まずはお腹を膨らませたいのだろう。

 

「じゃあこれが最後のコスプレね」

「ふぁっきゅん!」

 

 好き勝手にコスプレさせられるのもこれで最後かと思うと感慨深いな。

 最後のコスプレは基本中の基本――

 

「……なんか今までに比べて普通な感じでビックリ」

 

 セーラー服である。

 スク水に巫女服にナース服。

 様々なコスプレをさせたが、最後はやっぱり王道で!

 

「ところでなんでご飯に? たばねは急いで大人のたばねに戻る必要がないからいいけどさ」 

「お別れ会的な? 最後くらいお腹いっぱいで別れたいじゃん。束さんへの復讐の為に、このまま束ちゃんをギリギリまで飢えさせてから束さんに戻すのもアリかなって考えたけど、それは流石に束ちゃんが可哀想だしね」

「お前ってたまにエゲツナイ発想するよね」

「束さんの教育の賜物だね!」

「たばねの脳内の大人のたばねがが全力で首を横に振ってるんだけど? 絶対に天然モノだ!」

 

 天然とは失礼な。

 束さんを相手にする時だけだぞ。

 立派な養殖モノです!

 

 お米炊いて~冷凍してたお肉は焼いて~虎の子のインスタントカレーを湯煎して~同じく冷凍してた野菜はインスタント味噌汁にぶち込んで~

 

「はい完成。焼肉カレーとたっぷり野菜のお味噌汁!」

「朝から重い! だがそれがイイ!」

 

 束ちゃんの目がすんごいキラキラしてる。

 今ならくすぐらなくても好感度高そうだなおい。

 

「はぐっ! うまっ! あむっ! うまっ!」

 

 ガツッガツッと勢い良くカレーでほっぺをパンパンにする姿にほっこりする。

 では俺も――

 

「くっ!? 炭水化物と脂質が脳に染みるッ!」

 

 めっちゃ美味い!

 高価でも手間がかかってる訳でもないのに美味い!

 空腹が最大の調味料って本当だよね。

 

「ぷはぁー!」

 

 最後に水を一気飲みし、束ちゃんが満ち足りた顔でスプーンを置く。

 気持ちよく食べてくれて俺も嬉しいよ。

 

「もう満足?」

「否っ! たばねにはまだチョコがある!」

 

 そう言えばまだデザートがあったか。

 俺も久しぶりに満腹だけど、やはり甘味は欲しいと思う訳で。

 

「一個くらい――」

「断固として断る!」

 

 これもう空腹どうこうじゃないな。

 勝者の報酬を敗者に施す必要はないと、そう言ってるのだろう。

 単純に俺にあげたくないって理由ではないと信じたい!

 

「あ、コーヒー淹れて。ホットでブラックね」

 

 チョコをくれないのに自分は要求ですかそうですか。

 ブラックコーヒーとチョコは相性いいもんね! ほらよ!

 

「ご苦労」

 

 優雅にブラックコーヒーを飲む小学生。

 様になってやがる。

 

「あ゛ぁ~、久しぶりに脳ミソがフル活動してる。最近はめっきり思考速度が低下してたから嬉しいよ」

「脳を無駄に使うから糖質不足になるんだよ。俺みたいに日の八割を適当に生きてれば余裕があったのに」

「ちなみに二割の使い道は?」

「エロゲ―の攻略と束ちゃんと会話する時かな」

「その並びはなんか嫌だっ!?」

 

 束ちゃんとの会話はセーブ機能がないデスゲームをやってると同義だから仕方がないね!

 俺だって不本意なんだぞ。

 でも束ちゃんの前では油断=死!

 相対する時はこっちも全力なのです。

 

『……生きてる?』

 

 なんか気まずそうな顔で束さんが現れた。

 口を手で隠しながらオドオドしてる。

 

「どんな場面を想定して撮影したんだろ?」

「食材全部使ったんでしょ? 瀕死を想定してるんだろうね」

「なるほど」

 

 身も心もボロボロになって精魂尽き果ててる場面を想像して撮影してるのか。

 

 ――ジジッ

 

『おや? もしかして規定の好感度をクリアして勝利の宴の最中だったかのかな? おめでとうしー君!』

 

「なんか一瞬画像が乱れてセリフが普通になった?」

「たぶん体重や体脂肪を量って危機的状況ではないと判断して、別パターンの録画動画に切り替えたんじゃないかな」

 

 芸が細かいなおい。

 ここでまでくると何パターンのホログラムが用意されてるのか気になってきた。

 エロゲ―畑の人間としては、やはりCG全回収は基本な訳で……束さんに土下座したら全パターンくれるかな?

 

『ぶっちゃけしー君が五体満足なのにびっくり。やっぱり子供の私は精神面が弱点かな? ダメだよ私。しー君の戯言や挑発は無視してまずは殴る! それが正しい対応なんだから!』

 

「いやなにも正しくないんだが?」

「そっか……最初に様子見をしてたたばねが悪かったんだね。まずは殴ってどちらが上かを体に教える。それが馬鹿との付き合い方だったのか」

 

 ……なんだろう、束さんの言い分が正しい気がしてきた。

 確かに初手暴力でこられたらどうしようもなかったな。

 あれ? もしかして初手暴力が正しい対応なのか?

 

『そうだ、頑張ったしー君にご褒美を上げよう。よくぞ生き残った!』

 

 もしかしたら死ぬかもって考えはあったんだ?

 

『今は思う存分勝利の美酒に酔うがいいさ!』

 

 束さんのホログラムが消えてボトンと落ちてきたのは一本の缶ビール。

 ……束さん的には、ここまで頑張ったのに報酬がビール一本だけかよとか、そんなツッコミを予想してたのだろう。

 そんな場面を想像してほくそ笑んでこのビールを用意したのは間違いない。

 だが残念だったな束さん。

 想像してる俺のツッコミを聞くことはできないよ。

 だって――

 

「……ビール」

 

 この場に酒カスが二名いるからね!

 お前なぁ! 最後の最後で争いの種を仕込むんじゃねーよ!

 

「これ、俺のなんで」

 

 落ちてきた缶ビールに素早く手を伸ばす。

 

「まぁ待ちなよ」

 

 伸ばした腕が缶ビールに触れる寸前、束ちゃんが俺の手首を掴む。

 誰だよ束ちゃんに酒の味を教えたの! 俺だよ!

 こんな因果応報経験したくなかった!

 

「束さんの言葉を聞いてなかった? これは俺へのご褒美なんだけど?」

「え? そうなの? たばね全然聞いてなかった」

「は?」

「まったく! 聞いてなかった!」

 

 聞いてなかったていで押し通す気がコイツ!?

 そこまでしてビールが飲みたいのか酒カスが!

 

「これがお前のだって証明できる? できないよね? ならたばねにも所有を主張する権利はある!」

「……そこまでしてお酒が飲みたいの?」

「そこまでって何を指してるのはさっぱりだけど、飲めるなら飲むよね。水とお茶とコーヒーだけって飽きてきたし」

 

 ふむふむ、引く気はないと?

 しかし気に食わない。

 なにが気に食わないって、あくまで舌が寂しいから飲みたいからで、別にお酒が欲しい訳じゃないって感じがムカつく。

 

「気に入られないなぁ束ちゃん。酒好きならなぁ! ちゃんとお酒が飲みたいと正直に言えよ! 下手に誤魔化すとか酒飲みとしてカッコ悪い!」

「たばねはビールが飲みたい!」

 

 素直だとぉ!? 馬鹿なっ!? 束ちゃんがこんな素直なんて在り得ない!

 勝とうと脳内で用意してた言葉の数々はどうすれば?

 

「珍しく素直ですね?」

「うん。最後くらい気持ちよく終わりたいから、ここで無駄にお前の相手をしたくない」

 

 俺とやりあって負ければ最悪な気分のまま元に戻る事になるもんね。

 せっかくお腹いっぱいなんだし、気持ち良く終わりたいっての理解できる。

 

「だから半分よこせ。さもなくば殴る」

「それ脅迫では? えっ……もしてかして無能の俺程度に脅迫しちゃってる?」

「脅迫なんて人聞きが悪い。これは提案だよ。お互いに最後くらい気持ち良く終わりたいよね? ……ね?」

 

 最後のダメ押しの“ね?”を、拳を握りながら言わなきゃ完璧に良いセリスだった!

 ここにきて急成長だね! このタイミングの成長は嬉しくないよ!

 だが譲歩案を出してきたのはありがたい。

 殴られたくないので俺は素直に従うさ!

 せっかくのビールなのに常温なのは頂けない。

 かと言って冷蔵庫でゆっくり冷やすのは嫌だ。

 俺も束ちゃんも今すぐに飲みたいのだ!

 なのでボウルに水と氷、塩を入れてそこに缶ビールをイン! 手が冷えるのをグッと我慢して缶ビールをグルグル回す。

 手っ取り早く缶ビールを冷やすアウトドアテクニックである。

 

「こんなもんかな」

 

 缶ビールの表面を拭いてから温度を確認――良いキンキン具合だ。

 ジョッキを二つ用意してビールを注ぐ。

 

「ちゃんとピッタリ半分にね」

「もちろん。……よし、俺ながら中々な7;3ビールだ」

「7;3ビールて?」

「ビールと泡の黄金比のことだよ。瓶ビールではない美味さがあるのがジョッキビールにあるのさ。はいどうぞ」

「うむ!」

 

 久しぶりのビール。

 泡でさえキラキラ光って見える。

 束ちゃんと同時にジョッキを持つ。

 

「無事に生き残った事を祝って!」

「起きたら大人だった! クソ気に入らない同居人が居て疲れたけど珍しい体験だった事を祝って!」

 

 カンパーイ!

 

「ぐびぐびぐびっ」

「んぐっ」

 

 プハァー!

 

「美味い!」

「最高!」

 

 あ~心がぴょんぴょんするんじゃ~。

 幸せの味がする~。

 

「束ちゃん一気飲みかよ」

「ちみちみ飲むなんて情けない。量が少ないんだからここは一気飲みが正解だよ」

 

 立派な泡髭を着けて言いよる。

 だが言ってる事は正しい。

 なので俺も残りを一気に喉の奥へ。

 

「かぁぁぁ! うまっ!」

 

 口に付いた泡を腕で拭き取る。

 しかしどこに出しても恥ずかしくない酒飲みに成長してくれて嬉しいよ。

 束さんも飲むけどここまでじゃなかった。

 閉じ込められたストレスでアルコール神の信者になったのかも。

 

「束ちゃん、これからどうする?」

「んー、もうちょっとアルコールの余韻に浸りたい」

 束ちゃんが気の抜いた声でぐでっと仰向けに倒れてゴロゴロし始める。

 本当に立派な成長をしたな。

 このまま成長したら良き飲み友達になれそうだ。

 

「ねぇ束ちゃん」

「んー?」

「今から死ぬわけだけど……怖くないの?」

「言い方ァァァ!」

 

 ごろごろしてた束ちゃんが勢い良く起き上がった。

 

「言いたい事は分かるよ? うん、記憶を取り戻せば今のたばねが消えるって考えれば、死ぬって表現が近いのは分かる。だけどこのタイミングでぶっこんでくるかな普通!?」

 

 束ちゃん、渾身の長文ツッコミ。

 いやだってお腹いっぱいになったし、別れの酒も飲んだし、もうさよならの時間じゃん。

 聞きたいことは聞いておかないと。

 

「束ちゃんが普通を語るとか……ぷぷっ」

「笑う要素ないんだけど!?」

「で、どうなの? 束ちゃんくらい精神的がイっちゃってると死も怖くないの?」

 

 実は前々から聞いてみたかったんだよね。

 一度死んだ身としては気になるんだよ。

 俺は死にたくないと騒いだけど、束ちゃんはどう感じてるんだろう?

 

「どうと言われても……元に戻るだけで死ぬって訳じゃ……」

「いや死だよね」

「記憶が戻るだけでなにか変わる訳じゃ……」

「いや人格が消えるなら死だよね」

「……どうしてもたばねを殺したいみたいだね」

「いやだって死ぬのは事実だし」

 

 束ちゃんの全身をプルプルと震わせる。

 まさか束ちゃんにも死に対する恐怖が?

 

「いい加減ウザい! どんだけたばねを殺したいんだお前はっ! 元に戻る事に対する感想? 特にないよ! 今のたばねはたばねであってたばねじゃない! せいぜい未来の外の世界を見たかったと思う程度! どう!? これで満足っ!?」

 

 束ちゃんがふんがーと両手を上げながら怒りの声を上げる。

 そうかそうか、特になにも感じないと――

 

「なんだつまらん。精神の化け物は死に対する反応も退屈だな」

「つまらん!? 逆に聞くけどたばねにどんな反応を求めてたの!?」

「普通に怖がって欲しかった。死に対して恐怖する束ちゃんとそれを慰める俺。篠ノ之束ルートが解放されそうじゃん?」

「えっちなゲームばかりしてるから脳が腐ってるんだよお前っ!!」

 

 腐ってるとは失礼な。

 なんとか篠ノ之束ルートを開拓しようとしてる俺はただの開拓者。

 そう、フロンティア・スピリットの持ち主なのさ。

 なんて冗談だけどね。

 実際はホッとしてますとも。

 本気で死が怖いとか言われても、右往左往するしかないのが現実だろうし。

 どんなにエロゲ―で経験値を貯めようと所詮は童貞。

 本気で泣かれたらなにもできませんから!

 

「……よし」

 

 束ちゃんが立ち上がった自分のテントに中に入って行く。

 戻って来たと思ったらその手には大型のヘッドギアがあった。

 元に戻る装置じゃん!?

 昨夜に見事目標好感度を達成した時に天井から落ちてきたがあのヘッドギアだ。

 バイクのヘルメッドをごつくしたフォルムをしていて、被るだけで元に戻るらしい。

 

「この満腹感とビールの味が舌に残ってるうちに終わらせようと思う」

 

 そのヘッドギアをちゃぶ台の上に置いた束ちゃんからトンデモ発言が飛び出した。

 ほわい?

 

「いやいやいや! 流石にそれは情緒がなくない!?」

 

 二週間一緒に暮らして最後の別れがこんなグダグダじゃ締まらないよ!

 もっとこう……あるだろ?

 この奇跡的な同居生活、ただで終わらせるのはもったいない!

 

「まぁ待ってくれ束ちゃん。俺にいくつか案があるんだ」

「もう案がどうとかの時間は終わったよね? 今更なに言ってんの?」

「そのヘッドギア、少し改造してなんとか束ちゃんの人格を残す事はできないかな? 昼はおバカ可愛い束さん、夜はクール可愛い束ちゃん、それがとてもいいと思う!」

「それなんの提案っ!? ただのお前の欲望じゃんかっ!」

「それのなにが悪いッ!!」

「悪びれもしない!?」

 

 篠ノ之束ファンなら誰だって願う。

 昼はテンション高めで付き合いやすいおバカ可愛い束さん。

 夜はテンション低めでツンツンして塩対応なクール可愛い束ちゃん。

 欲張ってなにが悪い!

 

「……よし! 終わろう!」

「まぁまぁまぁまぁ!」

 

 再びヘッドギアを手に取る束ちゃんとそれを阻止する俺。

 まだ早い! もうちょっとだけ俺に遊ばせてくれ!

 

「まだ終わらせる気はないと!?」

「そんなに嫌そうな顔しないでよ。最後に真面目なお願いがあるだけだから」

「お~ね~が~い~?」

 

 超疑ってる~、嫌そうな顔のお手本の様な顔してる~。

 束ちゃんも表情豊かになってなにより!

 

「最後に素の束ちゃんに会いたいなって」

「素のたばね?」

「今の束ちゃんって演技してるでしょ? 束さんのホログラムを参考にしたんだと思うけど、最後は素の束ちゃんをお別れしたいなーってね」

「気付いてたんだ?」

「そりゃ気付くよ。拗らせ系女子の束ちゃんがそんなに明るいツッコミ役するわけないじゃん」

「言われてみれば確かにっ!?」

 

 ガラにもなく今も分かりやすく元気にツッコミしてるもんね。

 数日前から徐々に束さんに似てきたが、束ちゃんなりの俺に対する配慮だと思って余計なチャチャは入れなかった。

 お陰で付き合いやすいし、今みたいに安心してボケられる。

 まるで実家のような安心感だけど、最後なんだし素の束ちゃんが見たいんだよね。

 

「まぁいいけど……演技してる事に驚くとかないの?」

「人間が日常生活でキャラを使い分けるなんて当たり前だし、特には」

「それはそれでつまんないなー」

 

 なんだ驚いて欲しかったのか。

 でも人間なら人付き合いに合わせてキャラを変えるなんて普通だ。

 親と会話する時、友達と会話する時、会社の上司と会話する時、全て同じキャラで対応する人間なんていないだろう。

 いやごく稀にいるけど、それは希少例だから。

 

「で、これでいい?」

 

 束ちゃんの顔から表情からストンと消えた。

 そうそうこれこれ。

 目が死んでる束ちゃん萌え!

 ではさっそく――

 

 ふにふに

 

 静かな目で俺を見つめる束ちゃんのほっぺをつつく。

 

 ぺしん

 

 鬱陶しそうな顔の束ちゃんに手を叩き落とされた。

 お次は――

 

 なでなで

 

 束ちゃんの頭を撫でる。

 撫で心地最高だけど、うさ耳が邪魔で撫でにくいんだよね。

 

 すっ――

 

 嫌そうな顔の束ちゃんが頭を動かして手から逃げた。

 幸せだなぁ~。

 

「あぁもう可愛いよ束ちゃん!」

「うー!」

 

 抱き着こうとする俺の顔を束ちゃんが手で押し返す。

 このちょっと逃げる感じが可愛くて良し!

 もうこれ最後まで行っていいかな? いいよね?

 束ちゃんが消えるなら我慢する必要とかないよね?

 

「よっと」

「……なんで服脱いでるの?」

 

 変わらずガラスみたいな目で俺を見る束ちゃん。

 なんか手が震えてる気がするが……怒りで震えて……うん、気のせいだな!

 

「束ちゃん……処女のまま死んでいいの?」

「……は?」

「男を知らないで死んでいいのかと、そう聞いている」

「……馬鹿なの?」

 

 俺は真っ直ぐ、視線をそらさずに束ちゃんの目を見る。

 説得に大事なのは真摯に訴えること。

 

「いいかよく聞け。……異性を知らずに死ぬと後悔するぞ。絶対にな!」

「……コイツ……なんて澄んだ目で……」

 

 心に響くだろ?

 なにせ経験者の言葉だからな。

 

「束ちゃんだってもう小学生、異性の体に興味を持つ年頃だよね?」

「いや別に。生き物としての人類種は調べ尽くして7歳の時に興味失ったし」

 

 本当に素直じゃないな。

 10歳で人間の全てを知った気になるなんて早すぎる厨二か?

 ここは俺が一肌脱いで教えるしかあるまいて。

 

「だから束ちゃんが心置きなく消えれるように手伝おうかと」

「たばねの人生の中で最大の余計なお世話だよ!?」

 

 あ、感情が戻りやがった。

 天災なら天災キャラらしく感情を消しててくれないと困るなー。

 

「今はおバカ可愛い方は求めてないんで感情殺しくれない?」

「……言われなくても殺意に身を任せればすぐに感情なんて消えるよ」

 

 束ちゃんの顔からまだ表情が消えた。

 でもガラスの様な目じゃなくて黒くてグルグルしてる目だ。

 感情を殺せって言っただけで俺を殺せとは言ってないんだが?

 まぁいいや。

 どうせ束ちゃんとは今日限りだし!

 

「まずはハグからねっとりベロチューしよーね束ちゃん!」

「フンッ!」

 

 手を平げながら抱き着こうとしたら拳でカウンターされた件。

 おふっ……腹筋に拳が突き刺さってる感触が――

 

「な、なぜ……」

「単純に気持ち悪い」

 

 あまりの衝撃に前に倒れ込んだ俺に対してなんて冷たいお言葉。

 これ、はたから見たら上半身裸の男が土下座で謝ってるみたいだよね。

 童貞なのに特殊プレイの経験値だけ溜まっていくのな!

 

「一応聞くけど、どうしようもないよね?」

「ないね。ヘッドギアが溶接されてて分解は無理。こじ開けて壊れたら直せる保障はない。うだうだ考えてもたばねが消えない方法はないから、さっさと終わらせるのが時間の正しい使い方だよ」

「だよねー」

 

 痛むお腹を押さえてゴロゴロと転がる。

 ごろごろごろ……しゃーなしだよねー。

 考えてもどうしようもないのだ。

 束ちゃんと別れない未来なんて存在しない。

 転がるのを止めて天井を見上げる。

 結局のところ、俺は別れを惜しんでいるのだ。

 なんだかんだと軽口を叩くのも、別れを先延ばしにしたいから。

 そら二週間も共同生活を送っていれば情も湧きますよ!

 でもどうしようもない。

 だから覚悟を決めよう。

 

「最後のお願いがあるんだけど」

「最後のお願い多くない? 今度はなにさ」

「ちょっと俺の意識を刈り取って欲しい」

「……なんで?」

 

 視界の中にひょっこりと束ちゃんの顔が現れた。

 束ちゃんに見下ろされるのクセになりそうだ。

 

「だって友達が死ぬ瞬間なんてみたくないし」

「へー? 意外と可愛いセリフ言うんだね。たばねには微塵も理解出来ないくだらない感情だけど」

「お前みたいな精神人外の人でなしに、俺の友を想う涙はもったいないって言ってるんだけど?」

「低能が何かから逃げるのはよくある事だけど……お前、面白い逃げ方するね」

「寝て起きたら全部終わってるって楽でいいよね」

 

 束さんが失踪する時にもやった方法だけど、これが本当に楽。

 悩もうが悲しもうが結果は変わらないなら意識なんて飛ばしてしまえ。

 俺は男のプライドに掛けて束ちゃんの前で涙など見せんッ!

 

「別にお前の涙なんて要らないからいいけどさ」

「ぐえっ」

 

 束ちゃんが俺の首を掴んで持ち上げる

 

「少なからずムカついてるから優しくしないよ?」

 

 首を掴んでる握力が徐々に強まる。

 苦しむ俺の顔を見て束ちゃんが薄っすらと笑った。

 ここにきてSに目覚めるとか!?

 あれ? 今もしかして小学生に首絞めプレイされてる?

 特殊プレイの経験値だけカンストしそうだな!

 だけどお望み通りの苦痛に苦しむ顔を見せるのはつまらん。

 最後は笑顔で終わらせたいよね。

 手を伸ばして束ちゃんの頭を撫でる。

 

「束ちゃん。俺、実は結構悲しいんだ」

「うん?」 

「これでもそれなりに仲良くなったつもりなんだよ? でも俺は結局束ちゃんの“特別”にはなれなかった。それが残念でしょうがない」

 

 本当にね。

 後半は束ちゃんもノリノリでツッコミ役してたけど、それでも好感度は低い訳で……正直悲しかった。

 

「せっかく束さんと違って拠り所を持たない無垢な状態なんだから、なんとか心の隙間に入り込んで依存させれば依存系ストーカー義妹とのラブラブ生活が実現するんじゃないかと期待してたのに」

 

 篠ノ之束ルートに入るには、束さんが千冬さんに出会う前に篭絡するのが一番の方法だと思う。

 そう考えてた時期もありました。

 

 ギリッ

 

 あ、握力が少し強まった。

 

「二週間近く共同生活してこれだけ頑張っても懐いてくれないんだもん……束ちゃんは困った義妹だよ」

「勝手に妹扱いするな。虫唾が走る」

 

 ギリリッ

 

 更に握力が強まった。

 出来るだけ苦しめたいですね分かります!

 

「たばね……ちゃ……ん」

 

 圧迫された喉から枯れた声が出るが我慢だ。

 

「俺は本当に束ちゃんを……妹のように……」

「この状況でそれだけ戯言を言えるのはある意味凄いね。でもたばねはお前の言葉になんの価値も見いだせないから黙ってくれないかな?」

「また……あおう、ね」

「――ッ」

 

 最後は喉が締まる苦痛に耐えながら笑顔を見せる。

 束ちゃんの瞳が大きく広がる。

 少しは別れのシーンに相応しい絵になったかな?

 はいじゃあシリアスをぶち壊しまーす。

 

「あへぁ」

 

 アへ顔ダブルピースをしてやった。

 女子小学生に首を絞められながらのアへ顔晒し!

 バーカバーカ! 誰が苦しむ顔なんて見せるかバカ野郎!

 死に顔見せるには好感度が足りないんだよ!

 俺はこんなに悲しいのに、束ちゃんは何も気にせず俺の事を記憶から消すなんて許せないよねぇ!?

 刻んでやる! 俺の存在を束ちゃんの魂に刻み込んでやる!

 

 ギリッ!

 

 首を掴む握力が一気に強くなった。

 怒ってるの? おこなの束ちゅん?

 所詮お前は感情を殺しきれないお子ちゃまなんだよ!

 あはははははっ……あ、意識飛びそ。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 男の目を見た瞬間、つまりこれは挑戦なのだと、そう思った。

 足元に倒れるこの男は、自分がたばねにとって取るに足りない存在で、非日常の空間の中だから辛うじて意識されていると、そう理解していたのだろう。

 仲の良さが脱出のカギだから、たばねは大人のたばねの性格を真似て付き合いやすい様にしてあげた。

 表面上はそれなりの付き合いに見えただろうけど、心の中は冷えたままだ。

 それは昨日までの好感度が証明している。

 どんなに会話を交わそうと、どんなに普通の友達の様にふざけようと、たばねにとってこの男は“特別な個人”にはなり得なかった。

 それを理解してるから、この男はたばねに挑戦した。

 たばねの記憶に自分の存在を刻んだら勝ち、なんて自分ルールでだ。

 改めて男の顔を見下ろす。

 

「――――」

 

 白目で無言。

 両手はピースの状態を維持したまましっかりと意識を失っている。

 正直に言おう。

 

「やられたっ!」

 

 妹の様に思ってたとか、また会おうとか、そなんくだらないセリフを聞いた瞬間、たばねの中でコイツの価値はどんどん下がっていった……そこからまさかのアへ顔!

 たばねだってアへ顔がどんなものかは知っている。

 まさかこの場面でたばねに喧嘩売って来るとか……これはやられた!

 目を閉じてもこの生き物のだらしのないアへ顔を思い出せる!

 だめだ……今までの人生の中で一番使い道がない記憶が脳ミソに刻まれてしまった。

 

「……そう言えば踏まれたがってたね」

 

 足の男の顔を踏む。

 そのままグリグリと動かし気持ち白目を閉じさせる。

 うん、少し気が済んだ。

 男の首に掛かっているISに少し意識を奪われるが……やめとく。

 調べたい好奇心はあるけど、元に戻れば意味はない。

 ここはさっさと記憶を戻すに限るけど――

 

「このままじゃ許せないよね?」

 

 誰を許せないのか。

 もちろん大人のたばねである。

 実験は大切だ。

 自分でやる分にはいいだろう。

 だけどなんでたばねが苦しまないといけないのか!

 うんうん凄いよ。

 体は大人なのに、自分を小学生としてしか認識できない今の状況は本当に凄い。

 しかも長期に渡って記憶を取り戻さないのが更に凄い。

 脳へのアプローチとしては最上の結果だろう。

 でもそれを納得できるかは別問題。

 なので大人のたばねには少し痛い目を見てもらう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんかな?」

 

 復讐の準備が終わったのでちゃぶ台の前に座る。

 二週間近く定位置だったから、ここから見える景色もすっかり目に馴染んでしまった。

 せっかくの未来なのに、断片的な情報しか得られず外にも出れない。

 苦痛に満ちた時間だったけど、それももう終わりだ。

 ……結局、なにがあって大人のたばねがバグったのか不明だけど、それは知るのも怖いからいいや。

 未だに床に転がっている男に視線を向ける。

 ふふっ、目が覚め時にたばねに感謝の涙を流すがいいさ。

 

「さよらな自称友達。後は大人のたばねと仲良くね?」

 

 ヘッドギアを装着する。

 視界いっぱいに光の三原色が点滅し、耳元からたばねの声が聞こえた。

 

『おかえり私。やっぱり体を乗っ取ってそのまま生きる選択肢は選ばなかったね』

 

 当たり前だよね?

 だってたばねはたばねじゃない。

 このまま残るなんて考えは初めからないに決まっている。

 むしろさっさと消えたくて仕方がないよ。

 

『やり残した事はないかな? もう後戻りはできなけど覚悟は出来てる? って聞くだけ無駄か。さっさと終わらせろって感情がひしひしと伝わるよ』

 

 分かってるなら早くして欲しい。

 こっちはもうこの退屈な時間を終わらせたくてしょうがないんだから。

 だからさっさとたばねの脳内からアへ顔を消せっ!

 あぁもう本当に無駄な記憶ばかりだ。

 あの男に初日からいい様に引っ掻き回されたのが全ての始まりだった。

 コスプレさせられたりハイタッチしたり馬鹿みたいツッコミしたり! こんな恥ずかしい記憶は全部大人のたばねに押し付けて消えたい! 

 

『問題ないようなら始めるね? 今までご苦労だったね私!』

 

 光の点滅が激しくなり、思考が愚鈍化していくのを感じる。

 そうだねご苦労だったね。

 だからお前も苦労するんだよ!

 まぁ子供の可愛い仕返しだから……わら…って……ゆる…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んおっと」

 

 ヘルメッドを外して鈍い頭痛を振り払う為に頭を振るう。

 んー? 個人的には実験開始から数秒後の世界だけど……地面で倒れてるしー君を見る限りちゃんと子供をやってたみたいだね。

 漫画とかの記憶喪失は覚えのない記憶が一気に蘇って苦しむシーンがあったけど、どうやら違う様だ。

 最初の頭痛は脳に負担を掛けた影響かな? まぁ気にするほどのダメージじゃない。

 そして記憶だけど――

 

「これは面白い結果だね」

 

 自分の中にある覚えがない記憶。

 その時なにを想いどう感じたのか、感情や記憶をしっかりと思い出せる。

 映画の様……は違うか。

 小説かな? うん、まるで一人称の小説を読んだ感じだ。

 そして残念ながら子供の私が経験した事は大人の私には関係ないらしい。

 当時感じたしー君への怒りも今の私にとっては他人事。

 ふむふむ、これは貴重な実験結果だね。

 記憶が連続するが、感情は伝播されないと。

 

「ん……」

 

 おっといけない、しー君が目を覚ました。

 思考を飛ばすのは後回しだ。

 まずは――

 

「長めに眠れ」

「くぺ!?」

 

 しー君の首をコキュっと回して眠らせる。

 そんでもってしー君が頭に被っているブラジャーを回収っと。

 やれやれ、子供の私にも困ったもんだ。

 

「スク水+ランドセル+セーラー服+ニーソックス+ネコ尻尾+メガネ+ツインテとか属性盛りすぎだよねっ!?」

 

 あぶっな! 今のは危なかった!

 しー君の起きるタイミングがもう少しタイミングがズレてたら、しー君にこの恥ずかしい格好を目撃されてたよ!

 記憶を見るに、いい様に使われた復讐みたいだけどやる事がエゲツナイ!

 しー君の頭にパンツ被せようとして、それは流石に恥ずかしいと思った子供の私は悩んでブラジャーにしたみたいだけど、そこは悩むとこじゃないから!

 ぐがががっ! 子供の私め! まさか着用中のブラをしー君に被せるとは……くそ! 自分がやった訳じゃないのに無性に恥ずかしいよこれ!

 しー君を起こすのは着替えて身綺麗にしてからだね!

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

「よし元通り!」

 

 いつもの服を着こんだ私に隙はない!

 これでやっとしー君を起こせるね!

 

「起きろ」

「きゅぺ!?」

 

 もう一回首を回してしー君を起こす。

 首を絞められた鳥の断末魔ってこんな感じなのかな?

 

「うぅ……俺」

「おはようしー君。よく眠れた?」

「……束さん?」

「久しぶりだねしー君」

 

 しー君は目をパチパチさせてからのっそりと立ち上がった。

 

「んー?」

「どうかしたの?」

 

 起き上がったしー君はまだ脳が動いてないのか、鼻をひくつかせて周囲を見回す。

 

「なんか匂いが……」

「匂い?」

「フローラルな? 香水? なにか分からないけど良い匂いが――」

 

 そっかそっか、良い匂いがするのか。

 クンクンと匂いを嗅いでるからよっぽど良い匂いなんだね。

 しー君の頭を掴んでシンクにイン!

 蛇口を回して洗剤を頭にイン!

 

「ちょっ!? なにを!? ぶはっ!?」

 

 あのねー、その匂いはねー、束さんの残り香なのー。

 お前が嗅いだのは! 強いて言うなら私の胸の谷間の匂いなんだよ!

 消去を! 一刻も早く匂いを消さなければ!

 手足をバタつかせて抵抗するしー君の頭を洗剤で洗い流す。

 もうそろそろ大丈夫かな。

 しー君を解放してタオルを投げつける。

 

「匂いはどう?」

「……洗剤の香りに包まれてます」

 

 だろうね。

 よし、匂いの元には気付かれなったかみたいだ。

 

「なんで急に俺の頭を洗い始めたのは知りませんが、おかげで目が覚めました」

「それはなにより」

「で、束さんだよね?」

「束さんだよー?」

 

 しー君の前で手をひらひらと振ってみる。

 これは挑発だ。

 しー君が子供の私に頼んで気絶させられたのは知っている。

 で、その理由なんだけど……しー君の性格を考えるに別れが惜しくなったのだろう。

 明らかに子供の私に対して情を持ってたから、いざ消えるとなると自分が邪魔するかもって杞憂があったんだね。

 いやー、しー君てば可愛い性格してますな!

 

「束さん」

 

 しー君が手を伸ばして私の頬を撫でる。

 本当に戻ってるかの確認タイムかな?

 

「……払い除けない」

 

 次は手を伸ばして頭を撫でてきた。

 抵抗せずに好きにさせてみる。

 

「……嫌がらない」

 

 なんかどんどんしー君のテンションが下がっていくんですが?

 久しぶりの再会なのにその反応は失礼では?

 

「じゃ、帰ります」

「え゛?」

 

 しー君が背を向けて部屋ドアに向かう。

 なんか想像してた反応と違う!?

 

「あの、しー君? もう少しお話ししよ?」

「いえ、早く帰って束ちゃんのお墓を建てないといけないんで」

「お墓っ!? 死んでないよ!? 篠ノ之束はしー君の目の前でピンピンしてるよ!?」

「は?」

 

 しー君が振り返り私に顔を向ける。

 その目は赤く染まり、今にも泣きそうだった。

 

「束ちゃんは居ないもう死んだ!」

「束ちゃんも束さんも同一人物なんだけど!?」

 

 目がマジだ!?

 しー君の中では私と子供の私は別物扱いになってやがる!?

 これは想定外だ。

 えーと、えーと、なんとか正気に戻さないと――

 

「ほ~ら、しー君が大好きだった子が成長した姿だよ~?」

「うっせぇ年増」

 

 

 

 

 

 

 

 

ドカッ!

 

 

       グシャ!

 

 

              バキッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、実験結果をまとめながら録画映像も見ようかな。記憶はあるけど映像で見ると面白さも変わるもんね」

 

 

 あ、でもその前にお風呂入らなきゃ――

 

 

 この汚い血を洗い流さないと不衛生だもんね?

 

 

 




〇うっせぇ年増

 闇落ち系天才少女を義妹にしたかった男の魂の叫び

〇ドカグシャバキ

 殴られ潰され折られた

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