俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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実家に帰る予定で三連休取っておいたのに、帰ってくるなと言われた作者です('ω')
 
ふざけんな! ふざけるなよチクショウ!!
知ってるんだぞ。実家に新しくお猫様が増えた事をな!
今現在、実家には三匹の猫がいる。
まさに無料猫カフェ状態!!
それなのに……orz

コロナ拡大、コロナ注意と騒いでいるが、駅前で眺めるだけでマスクしてない人とか普通に発見できるよね。
つまり、転売屋と買い占め連中が俺と猫の出会いを邪魔した敵?

 




モンド・グロッソ⑨

 モンド・グロッソ三日目の朝。

 私は呼び出しを受けていた。

 呼び出した相手は技術スタッフ班長の水口さん。

 専用機に不具合でもあったのか? とも思うが、何故か非常に嫌な予感する。 

 

「おはようございます」

 

 待ち合わせ場所のスタッフルームドアを開いた瞬間、鼻孔に汗と油の匂いが届く。

 ISのメンテナンスを行っていたスタッフ達が、ぐったりと机に突っ伏していた。

 死屍累々の体という言葉がピッタリな光景だ。

 

「もしかして、仕事が終わったばかりですか?」

 

 私が話しかけると、何人かがピクリと動いた。

 ん? もしかして地雷を踏んだか?

 

「千冬さんー」

 

 ゆっくりと顔を上げた水口さんの目の下には、クマがくっきりと浮かんでいる。

 こ、怖い!?

 

「できれば瞬時加速の連続使用はやめてくださいねー。機体へのダメージが大きすぎて、繊細な部品なんかは丸ごと交換する事になったのでー」

 

 声が淡々としていてまっ平だ。

 これは世にいうお説教タイムと言うやつか?

 嫌な予感が的中だな。

 

「ついでに自分も言います。相手を素手で殴るのは止めてください。千冬さんの専用機はいつから格闘戦主体の機体になったんですか? 肘から先の装甲にヒビが入ってましたよ?」

「それじゃあ私も。手榴弾に突っ込むとか何考えてるんですか? 普段ならあの程度の爆発で装甲に破片が刺さるなんて有り得ないんですけど? まぁ殴ってたせいもあって腕は丸ごと交換で済んだんで楽だったけど、その後はちゃんと動くのか、問題はないかのテストテストテストで――ウゴゴゴッ」

 

 一斉に上がるお叱りの声。

 テメェ―ISの扱いが荒いんだよと、こっちの仕事を必要以上に増やすなよと、そんな怨嗟の声が聞こえてくる。

 水口さん以外誰も顔を上げないのが怖い。

 

「……すみませんでした」

 

 なので、私は素直に頭を下げた。

 正直言えば無茶した自覚はあるし、戦ってる最中はメンテナンスの事なんて頭になかったのでこれは私が悪い。

 

「モンド・グロッソは継戦力も試されてるんですから、選手である千冬さんも気を付けて戦ってくださいねー」

「了解しました」

 

 初日はともかく、昨日は確かに暴れすぎた。

 戦いは続くというのにテンションに任せ戦ってしまったのは失態だ。

 

「ではでは、千冬さんも反省したみたいですし、皆さん起きてくださいー」

 

 水口さんの一言で技術スタッフの人たちが一斉に立ち上がった。

 何人かはすまなそうな顔をしている。

 これはあれだな、私に反省を促す為に水口さんが仕込んだな。

 

「皆さんはこれから休憩ですか?」

「と言いますか、これからお休みタイムですー。試合が終わる頃には起きますのでー、頑張ってくださいー」

「これからは昼夜逆転生活になりますね!」

「腕がなる」

 

 技術スタッフのメンバーは、どこか束に通じる笑顔を見せながら部屋から出ていく。

 モンド・グロッソの試合を見れず、昼夜逆転の生活を強いられてるのに何故か笑顔。

 技術畑の人間って不思議だ。

 

 

 

 

「お?」

 

 お小言が終わり、食堂に向かう途中で今一番会いたくない奴と出会ってしまった。

 

「おはようサ」

 

 まったく、いい度胸……いや、いい笑顔してるなこいつ。

 

「今日一日はドヤ顔してても許さるサ」

「こいつ……ッ!」

 

 今日の試合では絶対に斬る! 絶対にだ!

 あ、今日の試合は対人戦ではなかったな。

 明日は斬る!

 

「闘志と悔しさが混ざった顔を見れるのが勝者の特権サ」

 

 くそ、この顔と一緒に朝飯食わないといけないのか?

 どこかに道連れに出来る人材は……いたな。

 正面を歩く人間の後ろ姿に見覚えがある。

 

「おはよう飛蘭」

「おはようアル……じゃ、また」

 

 飛蘭は私の顔を見て笑顔になり、肩越しにアーリィーの姿を見たあと真顔になった。

 おいおい、逃げるなんて酷いじゃないか。

 

「まぁ待て」

「……手を放せ」

 

 素が出るほど嫌なのか?

 だが逃がさん。

 

「一緒に戦った仲じゃないか」

「ソレとは嫌だ」

「勝利者をソレ扱いとは失礼サ」

 

 分かる。

 私だって嫌だ。

 でもここで逃げるのはもっと嫌だ。

 お前もそうだろ?

 

 そんな意見を目に込めて飛蘭を見つめる。

 

「――分かったアル」

 

 よし!

 

「でも生贄は多い方が良いアル」

 

 おっと、正面にこれまた見覚えのある後ろ姿。

 こいつも逃がさん。

 

「おはようアル」

「良い朝だなアダムズ」

 

 目標を定め、私と飛蘭は静かに近付きその肩を掴む。

 

「あぁん?」

 

 物凄く睨まれた。

 なんだ人違いか。

 じゃないな。

 どうしたんだコイツ。

 昨日の試合で闇落ちしたか?

 

「っと、すみません。ええと、コレには事情が」

「待て、話しはメシを食いながらにしようじゃないか」

「……アーリィーさんとですか?」

「そうだ」

「……了解です」

 

 アダムズさえ渋い顔をするアーリィーがどんな風かって?

 笑いながらこっちを手招きしてるんだよ。

 

 手で相手を呼ぶのは勝者の特権か?

 腹が立つが、見事してやられた身としては従うしかないのだ。

 それは二人も同じようだ。

 渋々ながらアーリィーの後ろをついて歩く。

 

 朝ということもあり食堂は混み合っていた。

 私たち四人が踏み入れると、一瞬空気に緊張が走り、その後はすぐに喧騒が戻った。

 悪目立ちしたからか見られてるな。

 でも何が悔しいって、悪目立ちしたのに勝者じゃないってことだ。

 出費に対して得た物が少ないんだよ。

 

「千冬は何を食べるサ?」

「ん、そうだな」

 

 食堂のレパートリーは非常に豊富だ。

 モンド・グロッソ参加国がそれぞれ店を出し、その中から好きな物を食べれるスタイルだ。

 昨日の夜はアメリカの店が出したステーキを食べた。

 ボリュームがあり非常に美味だった。 

 一夏にも食べさせてやりたいな。

 それはそうと朝ご飯か――

 

「朝はやはり米だな」

 

 こう、日本人として朝は米を食べないと力が出ない。

 家でも朝は米だったしな。

 ルーティンとは言わないが、やはり外せないものがある。

 

「お前はどうするんだ?」

「んー、昨日食べた中華も美味しかったけど、やっぱり朝は食べなれてるものが良いサ」

「分かります。私もできればシリアルが食べたいです」

「流石にシリアルは置いてないみたいネ」

「ですよね。なので適当に食べ慣れてるのを見繕います」

 

 各々がトレー片手に目的の場所を目指す。

 やはりと言うべきか、全員が自国の料理を取りに行く。

 朝は食べ慣れてる物が良いっていうのは世界共通なんだな。

 

 食事を受け取り座る場所を探すと、丁度四人掛けの丸テーブルが空いていたのでそこに陣取る。

 

「お待たせサ」

「すみません、少し混んでまして」

「中華料理は人気アル」

 

 待つこと数分、三人が遅れながらやって来た。

 うん、なんだ……流石は体が資本の選手と言うべきか、トレーの上に山が出来ている。

 

「忙しい朝はシリアル。ガッツリ食べたい朝はコレですよね」

 

 嬉しそうにホットケーキを頬張るのはアダムズ。

 アメリカではパンケーキと言うのだったか。

 アダムズのトレーの上には、パンケーキが山を作っていた。

 凄く胸焼けしそうだ。

 

「んー、良い香りサ」

 

 アーリィーは余裕のある表情でコーヒーの匂いを嗅いでいた。

 たぶんエスプレッソだろう。

 コーヒーを嗜む姿は非常に様になっている。

 だが、だ。

 トレーの上がおかしいんだが?

 私が分かるのはクロワッサンとタルトだけだ。

 それ以外は名前は分からないが、クッキーらしきものと、日本のサーターアンダギーっぽい物がある。

 どう見ても“三時のおやつ”なんだが、イタリアってそうなのか?

 なまじアーリィーの顔が整ってるだけあって、視覚の違和感が酷い。

 

「揚げたてが食べれるのは嬉しいネ」

 

 飛蘭のトレーには30㎝ほどの揚げパンが二本。

 それと……杏仁豆腐と牛乳か?

 どう見ても給食メニューだ。

 

 ちなみに私のトレーには、ご飯、味噌汁、焼き鮭、玉子焼き、おしんこが並んでいる。

 理想的な朝ご飯だ。

 それに比べ、三人の朝ご飯が異様だ。

 ……異様だよな? 私の感性が老けてるとかないよな?

 いかん、ちょっと心配になってきた。

 確認してみるか。

 

「アダムズ、アメリカでは朝からパンケーキは普通なのか?」

「そうですね。まぁ家庭によるのもありますが、シリアルとかパンケーキ、あとパンにオムレツとベーコンの組み合わせが普通ですね」

 

 そうか普通か。

 確かにアメリカ人が朝からパンケーキを食べるって話しは聞いたことがある。

 でもせいぜい子供くらいだと思ってたんだよ。

 大人でも食べるんだな。

 ひとつ学んだよ。

 

「アーリィー、その朝ご飯はイタリアでは一般的なのか?」

「ん? なにか変サ? イタリアでは砂糖たっぷりのエスプレッソかカップチーノと、チョコたっぷりのコルネットが普通サ」

 

 そう言ってアーリィーがパンを齧る。

 チョコたっぷり……チョココロネみたいなもんか?

 ……日本で言えばコーヒー牛乳とチョココロネが朝ご飯。

 イタリアは美食のイメージがあったからかなり意外だ。

 

「中国の朝は揚げパンなのか?」

「お粥、肉まん、それと揚げパンと豆乳を一緒にってのが多いアル。中国だと朝は屋台で買って食べる事が多いネ。ちなみにこの白いのは豆腐花、日本で言えば……えっと、湯豆腐? アル」

 

 なるほど。

 飛蘭の朝ご飯は、揚げパンと湯豆腐と豆乳か。

 日本人から見ると取っ散らかってる印象だ。

 こうして見ると、食事事情って様々なんだな。

 

「そう言えばさっき不機嫌だったのは結局なんだったサ?」

 

 アーリィーが手に着いたチョコを舐めながらアダムズに話を振る。

 見かけは妖艶な仕草なんだが、チョココロネ食って手に着いたチョコなんだよな……。

 

「……あれは一種の罰ゲームです」

「ん? アーリィーが原因サ?」 

 

 アダムズがアーリィーをジト目で睨むが、本人はどこ吹く風だ。

 どうせ理由は分かってるだろうに。

 

「昨日負けたのは集中力の欠如が原因だと言われ、とにかく周囲に噛み付きまくれと……」

「なんでそんな結論になるネ?」

「周囲から睨まれ、恨まれ、気の抜けない状況に自らを置け、と。いつ殴られるか分からない状況なら自然と集中力を増すだろうと先輩に言われ……」

「うん、前から思っていたけどアダムズの先輩って変人サ」

「ふふっ……能力は高い人たちだから何も言えないんです」

 

 アダムズの目から光が……。

 やはりアダムズの後ろにいる人間は油断できないな。

 個人的に能力が高くて癖が強い人間とは関わりたくない。

 ほら、束って事例があるから。

 

「でも今はいつも通りだけど、それはいいサ?」

「朝ご飯くらい落ち着いて食べさせてくださいよぉ」

 

 情けない声を出すアダムズに対し、三人の同情的な視線が向けられる。

 流石のアーリィーも今のアダムズに追撃する気はないようだ。

 この卓は注目されている。

 音量と表情には気を付けろよ。

 

「ま、まぁ私のことはいいじゃないですか。ところで皆さんは今日の競技は自信ありまか?」

 

 今日の競技か……。

 

「ん、この玉子焼き美味いな」

「美味しいエスプレッソ飲むと良いエスプレッソマシン買いたくなるサ。優勝したら自分へのご褒美で買っちゃおうかな」

「この揚げパン、素朴ながらも哀愁を感じさせる味……プロの仕事アル」

 

 私も含め三人が顔を背ける。

 そうだろうとは思っていたが、やはりか。

 このまま聞かなかったことにできないか? できないよな。 

 しかし私を含め、この三人が苦手とか逆に面白いな。

 

「千冬は笑ってるけど、もしかして自信あるサ?」

「ははっ、ないに決まってるだろ?」

「だと思ったサ」

「やっぱり千冬サンは仲間だったアル」

「んー?」

 

 私の答えに笑うのはアーリィーと飛蘭を見て、アダムズは一人首を傾げていた。

 

「あの、皆さんも苦手なんですか? だとしたら凄く意外なんですけど……」」

 

 意外か? 相手の事を知ればそうでもないだろう。

 残念ながらアダムズはまだまだ私たちの事を知らないらしい。

 

「当ててやるサ。アダムズはエネミーの処理が苦手じゃないサ? 判断に迷うタイプと見たサ」

「せ、正解ですッ!」

 

 ま、そうだろうな。

 アダムズはそうだろうと私も思う。

 

 モンド・グロッソ三日目、競技名は『タワークライム』。

 戦いの場所は5階建てのビル。

 建物内のいたる所にカメラが設置されていて、その映像はアリーナ内に投影されるらしい。

 スタートは正面入り口。

 建物内は普通のデパートの様な作りで、色々なお店が並んでいて、そこに様々な人型のパネルが置かれている。

 それはサラリーマンだったりテロリストだったりと色々だ。

 途中で現れる危険人物を模したエネミーパネルを全て撃破するのが目的だ。

 もし非エネミーのパネルに攻撃をしたり、接触してしまえば減点される。

 制限時間は180秒。

 時間内にゴールの屋上までたどり着かなければ失格だ。

 建物内を飛び回りながら時間ギリギリまでパネルを破壊する。

 そんな競技だ。

 

 どこかで聞いたことがあるだろう。

 そう――警察、軍隊などで行われる室内訓練で似たようなものがあるのだ。

 

 最近の建物は天井が高い。

 室内、テロリスト、一般人、それを排除しながら進む。

 と、この競技を説明する単語の意味を考えると非常に憂鬱な気分になる。

 まぁ私の気分はこの際どうでもいいんだ。

 問題は、モンド・グロッソ出場者の多くが訓練でやり慣れてるってことだ。

 

「殺気を機械で再現してくれると楽なんだが……」

「闘気がない敵とか、それは敵とは呼ばないサ……」

「気配がない人間は居ない。つまりこの競技は実戦ではなんの役にも立たないアル……」

 

 気持ちを吐露したタイミングは同じだった。

 私たちは心の中で硬く握手する。

 

「気配、殺気、呼び方は様々だが、そう言ったものがないとやり辛くてしょうがないよな?」

「スピードだけなら自信はあるサ。でもターゲットの判断方法が視覚情報だけってのが頂けないサ。かなりダルいサ」

「気配のないトラップでも人間の悪意を感じるのに、なんの脅威も悪意もないパネル相手じゃ自分のスキルが役に立たないヨ……」

 

 私たち三人は、どんな状況でも悪意のある攻撃には反応する自信はある。

 でもそんな能力、今日はなんの役にも立たないのだ。

 

「私はパネルの外見から敵かどうか判断するのが苦手なんですけど、皆さんはなんと言うか……ベクトルが違いますね?」

「競技はスピードを求められる。しかし倒すべき相手を全て視覚で判断しろと言うのが面倒でしょうがないんだよ。アダムズはナイフを持ったスーツの男や、手榴弾を持った子供とか見逃すタイプだろ?」

「そうなんです! 特にハロウィン仕様が鬼なんですよ! チェーンソーを持ってないジェイソンがセーフでスタンガンを持ってるスパイダーマンがアウトってどういう事ですか!?」

 

 そんな仕様は日本の設備にはない。

 でもまぁ似たようなのはあったな。

 日本刀を持ったヤクザ……と思わせて実は竹光で害はないパターンとか、そういったひっかけはあった。

 

「相手が生身なら最高速度で室内を飛び回りながら排除できるんだが……」

「スピードを考えながら飛ばないといけないサ……敵を見逃してゴールだけは嫌サ……」

「ゲーム感覚でやれば大丈夫アル……きっと、たぶん、大丈夫」

「感覚派の嘆き!? まさか皆さんにこんな弱点があったなんて驚きです!」

 

 と言う割には嬉しそうな顔をしてるじゃないか。

 テレビゲームなんかをやった事がない人間には難しい競技なんだよ。

 

「ご馳走様でした。楽しいお話を聞けて嬉しかったです」

 

 食事を終えたアダムズが立ち上がる。

 今のところ一番余裕があるのはコイツだな。

 よし、私たちから心温まる言葉を送ってやろうじゃないか。

 

「私は普段通りの戦いができないかもしれないが、だからと言ってお前が強くなった訳じゃないんだから油断するなよ?」

「今日の競技は所詮お遊びサ。最終日のトーナメントでその事をその身に教えてやるから覚悟するサ」

「敵意や殺気に鈍感な人間は羨ましいアル。ま、生き物としてはどうかと思うけどネ?」

「最後の最後に辛辣ですねッ!?」

 

 手強い相手だから少しでも弱らせようとしてるのだ。

 認めた証拠だよ。

 いや本当に。

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 試合会場はアリーナ近くに立つビル。

 ビルを囲むように各国がテントを張り、多くの人間が忙しそうに準備に走っていた。

 私は日本のテントの中で椅子に座りながらお茶を飲んでいる。

 

『競技の内容によっては負けるかもと思い、総合優勝以外はスルーした自分の読みを褒めてあげたい』

『昨日、ニヤニヤ笑いながら当日の試合のオッズを調べてたよね?』

『千冬さんの写真の売り上げを更に増やせと悪魔が囁いたんですよ。もちろん誘惑には負けませんでしたが』

 

 試合前の私に話しかけてくる人は居ない。

 スタッフの人達はこちらに気を使って一人にしてくれる。

 この馬鹿二人以外は……。

 しかしまだ私の写真を売っているか。

 まぁいいけどな。

 一度殴ると心に決めると、大抵の事は許せるものだ。

 殴る回数は確実に増えるがな。

 

『それにしても昨日の千冬さんは可愛かったですね。イタリア代表に出し抜かれた時の、あのポカーンとした顔は思わずキュンキュンしました。ナイス、ギャップ萌え』

 

 私の中ではお前への殺意がギュンギュンだぞ?

 

『それな。いつも凛々しい綺麗なお顔だからこそ、あの瞬間の顔はとても可愛かったです。ご飯三杯はいけます!』

 

 お前は梅干しでも食ってろ。 

 

『その割には千冬さんが負けた瞬間は荒ぶってましたが……』

『そうだっけ? モンド・グロッソの競技は力だけじゃ勝てない仕様だから、場合によってはちーちゃんが負ける可能性はあるってちゃんと考えてたよ?』

『千冬さんのポカン顔に見惚れた後に、気が狂ったかのように騒ぎ出して俺の首を絞めたよね?』

『覚えてません』

『政治家の言い訳かよ』

 

 だがまぁ、丁度良いタイミングでもある。 

 私の一番の問題は建物内でターゲットを探す事だ。

 相手はただのパネル。

 例え手に銃を持っていたとしても、それはただの印刷物でなんの脅威もない。

 ゲームが好きな神一郎あたりならなにか良い案があるかもだ。

 試合前の私を気遣ってくれてるらしく、周囲に人は居ない。

 非常に……非常に遺憾ではあるが、助言を求めるなら今がチャンスだ。

 

「神一郎、相談がある」

 

『え? そうだんぐえっ!?』

 

 小さな声で語りかけたら、何故が首を絞められたアヒルの様な声が返ってきた。

 

『私としー君が同じ場所に居るのに、私じゃなくてしー君を選ぶ? そんなの許されないよね?』

『ぐびがっ……おでのくびがっ……』

 

 会話の途中でいちいち遊ばないと駄目なのかこいつら?

 

「束は黙れ、話が進まない」

 

『くぅーん』

『――ぶはっ!? ふぅ……それで俺になんの用です?』

 

 結構逞しくなってきたなコイツ。

 

「実は今日の競技に自信がない。何か策はないか?」

 

『うん、色々待とうか。まず千冬さんが自信ないとか驚き。そして俺に相談ってのが更に驚き。いったいどうしたの? 昨日の試合で頭やられた?』

 

 お前は知らないだろうが、お前を殴る回数は着実に増えていってるからな?

 少し言い方に気を付けろ。

 

『そう言えば今日の競技はちーちゃんの苦手分野だもんね』

『言ってもただのゲームみたいなもんじゃないですか。なんで苦手?』

 

「相手がただのパネルだからだ。猛スピードで飛びながら目視のみで破壊するパネルを探すんだぞ? 難しいだろ?」

 

『……そうですね』

『しー君が“何言ってんのコイツ?”って顔してます』

『……してないよ?』

 

 きっとしてるんだろうな。 

 だいたい想像できる。

 

『や、ごめんです。だって本当に理解できない。何が問題なの?』

『やれやれ、そんなんじゃちーちゃん検定準二級は合格できないよ? 仕方がないから一級の私が説明してあげよう』

『束さんがめっちゃドヤ顔してます』

 

 だろうな。

 凄く想像できる。

 

『今回の問題点は壊す相手がただのパネルって事だね。ちーちゃんなら新宿のスクランブル交差点で襲われても余裕で迎撃出来るけど、無機物のパネル相手じゃ直感が効かないんだよ』

『……脳筋の悩み?』

 

 カウントが増えたぞ。

 

『脳筋って言うか、戦闘民族の悩みかな。戦闘力0のパネル相手じゃスカウターは反応しない的な?』

『なんか大層な理由っぽいですけど、要は慣れでは? 回数こなせばなんとかなると思うけど』

『ちーちゃんだってちゃんと練習はしてたよ。それを踏まえて勝率を上げる為に相談してるんじゃん』

『それにしても相談相手が違うと思う。トレーナーとか監督とか居ないの?』

『誰が監督するのさ? ISでの戦い方を教える事が出来る人材なんて、むしろソイツが代表になれってなるじゃん。仮に軍隊の訓練を参考にしたとしても、普通は生身の人間が隠れながら進むんだよ? ISを用いた戦いは別物じゃん。理解できるよね?』

『それは……まぁ、そうですね。それでも取り合えずゲーム感覚で行けそうな競技ですけど』

 

 だからそもそも、その“ゲーム感覚”が分からんのだが。

 聞き方を変えてみるか。

 

「神一郎、お前ならこの競技をどうやって攻略する? 何に気を付けて動く?」

 

『この手のゲームってあんまりやった事ないんですよ。楽しそうだけど一回のプレイ料金が高いし』

『貧乏人の泣き言はいいからさっさと語れし』

『うぇい。相手はパネルで、移動先に飛び出てきたりするんですよね……手と胸に注意すればいいのでは?』

『女性の絵ならつい胸を見てしまう。オタクきもーい』

『別にボケた訳じゃないからね!? あのさ、危険人物のパネルだけ壊すんでしょ? なら武器を持ってる手と、胸元に武器を隠してる可能性の注意、この二点だけで良いのでは?』

 

 ……ふむ。

 言われてみればその通りかもな。

 武器を持ってるパネルだけが得点となるのだ、服装や年齢は注意する意味がない。

 むしろ思考を楽にするには率先して切り捨てるべきか。

 銃、ナイフなどを持ってないか。

 胸元から銃のグリップが覗いてないか。

 身体に爆弾を巻いて自爆テロを計画してないか。

 それらを確認するだけなら確かに二か所に注目するだけでいいな。

 

『あぁでも、それだけだと同士討ちとかしそうですね。拳銃を持った警察官のパネルとかありそうですし』

 

 それはあるだろうな。

 ひっかけの一つとしてきっと存在しているだろう。

 だがそうなると、服装を無視するのは得策ではないか?

 

『だとすると……そうですね、千冬さんは“観の目”って知ってます?』

 

「宮本武蔵の「五輪書」水の巻にある一文で登場する言葉だな。『観の目強く、見の目弱く』と言って、物事を“見る”のではなく“観る”。全体状況を俯瞰して捉えろという教えだろ? もちろん知っている」

  

『元ネタって五輪書だったんだ……初めて知った』

 

 おいコラ。

 

『俺の場合はマンガ知識なもんで。まぁ知識の仕入れ先はこの際問題ないでしょう。大事なのは知識の使い方です』

『流石はしー君。それっぽい言葉を使うのだけは上手だね』

『黙らっしゃい。ともかくです、高速で移動しながら“観の目”でパネル全体を俯瞰しながら戦えばいいのでは? それなら武器持ちのパネルを見逃すこともないだろうし』

 

 思ったより為になるアドバイスだ。

 言われてみれば“なるほど”と納得できる攻略方だな。

 宮本武蔵の教えで戦うというのも良いな。

 日本代表の在り方としてとても正しい気がする。

 カウントを一つ減らしてやろう。

 

「感謝する。時間までイメージトレーニングで感覚を掴めばなんとかなりそうだ」

 

『いえいえ、俺も千冬さんに助けてもらってますので』

『しーくーん! 冷蔵庫にあるハム食べていいー?』

『それ100グラム6000円のイベリコ豚の高級ハム! 千冬さんが優勝したらお祝いのお酒のツマミにするんだからまだダメ! 試合が始まる前には朝ご飯作るから待ってなさい!』

 

 おい金欠小学生、そんな高級品買う金はどこから出てきた?

 私の写真か? 私の写真なのか?

 カウントが増えたな。

 

「もう用は済んだ。私はこれから集中するので一人にしてくれ」

 

『えー? 私は全然お喋りできてないよ?』

 

「一人にさせろ」

 

『むぅ、仕方がないなー。今度はもっとお話ししようね? ばいばいちーちゃん』

『ではまた』

 

 二人の声が聞こえなくなった。

 日頃なら邪魔だと怒る場面だが、今日は珍しく為になったな。

 ISを纏った状態で観の目を使用し敵を見極める。

 己の感覚が頼りにならない状況だが、なんとかなるだろう。

 

 私は目を閉じ、脳内で訓練を開始した。

 

 

◇◇ 

 

 

 ビルの周囲に多くの観客が集まり、異様な熱気を生み出していた。

 やはりこの手の訓練をやり慣れてる代表が多く、現在の得点順位は団子状態だ。

 少しのミスでも順位が大きく下がるのが怖い。

 ちなみに中の様子は分からない。

 アリーナの会場には生中継で映像が送られてるらしいが、それを私たち選手が見ることは叶わないし、許されない。

 それでも分かる事がいくつかある。

 

 アダムズとアーリィーがやらかしたと言う事だ。

 

 選手の半分が競技を終えた現時点でアーリィーは2位。

 そしてアダムズは5位だ。

 

 二人の実力を見るにどうもやらかしたらしい。

 これは私も油断できない。

 しかし、かと言って消極的に動いても勝てない。

 この緊張がなんとも心地良い。  

 

 自分の名前を呼ばれ、ビルに向かって歩いて向かう。

 やたら熱い視線を感じたのでそちらを向くとアダムズとアーリィーが居た。

 なにかを期待する目付きだ。

 私の失敗だろうか?

 む、遠くに飛蘭も居るな。

 アイツも何か期待してる目付きだ。

 どいつもこいつも人の失敗を期待するとは性格が悪いな。

 まぁ勝負事だから仕方がないか。

 

 ビルの前に立つ。

 周囲の喧騒が大きくなり、視線が熱くなる。

 特に熱い視線をよこすのは三人だ。

 ……昨日の試合で組んだ三人だ。

 まさか、試合前に名乗りを上げろとか思ってるのか? 

 

 遠くのアーリィーに視線を向ける。

 ……コクリと頷いた。

 え? お前たち昨日と同じ事やったの? 本気か?

 確かにあれは試合前のパフォーマンスとしては良いだろう。

 だが私はやらない。

 絶対にやらない。

 だからその期待を込めた目をやめろ。

 

 熱い視線を無視してISを纏う。

 入り口は倉庫にある様な鉄の扉。

 中を見れない様に工夫されている。

 さて、中はどうなってのやら。

 

 ――3、2、1

 

 カウントがゼロになると同時に扉を押して中に入る。

 

「なるほどな」

 

 まず視界に飛び込んできたのは洗剤だった。

 入口正面は通路で、左手に洗剤コーナー、奥にお菓子の棚が見える。

 ん、まんまデパートだ。

 

「まずは地図だな」

 

 敵を見つけるのは後回し。

 まずは限られた時間で得点を重ねるには狩場を見つけるのが先決だ。

 

「あった」

 

 建物中心部分にあるエスカレーター。

 そこには確実にビルの地図がある。

 このビルだが、フロアの形は“ロ型”で真ん中にエスカレーターがあるタイプだ。

 オーソドックスなタイプと言えるだろう。

 

 1F、食料品と日用品のフロア

 2F、ファッションと暮らしのフロア

 3F、本とゲームのフロア

 4F、家電と100均のフロア

 5F、レストランフロア

 

 まるでどこかの駅前ビルを丸ごとコピーしたような作りだなおい。

 非常階段は北側か。

 ISではエスカレーターもエレベーターも使えないから移動は階段を使う。

 大事な情報だ。

 エレベーターを破壊して中に入れば上下の移動も楽になるが、もしエレベーターの中に一般人パネルが大量にあったら大減点になるのでやらない。

 そんな罠がありそうだしな。

 移動は基本通りに行こう。

 攻略としては――まず2Fはパスだ。

 服が並んでる場所は障害物が多く動きずらい。

 隠れる場所も多そうだから稼ぎも良さそうだが、生憎と時間制限がある。

 索敵に時間が掛かりそうなので初めから除外する。

 それと5Fもパスだ。

 レストランフロアが様々なお店が入っている。

 一店ずつお店に入って敵を探すのは効率が悪い。

 決まりだな。

 1、3、4Fを回って得点を稼ごう。

 

 方針が決まればすぐに動く。

 頭の中でルートを描きながら行動を始める。

 通路には買い物客のパネルが立っている。

 一か所を見つめるのではなく、全体を俯瞰して見る観の目を駆使して、いざ――。

 

 大人、カバン、スーツ

 大人、無手、セーター

 大人、ナイフ――

 

 顔、両手、服装などを瞬時に確認し、ブレードでナイフを持ったパネルの腕を斬り落とす。

 

 大人、リモコン、スーツ

 大人、ニンジン、エプロン

 大人、無手、胸元から覗く銃のグリップ――

 

 パネルにブレードを突き刺す。

 なんでサラリーマンがリモコン持って立ってるのだろう?

 まぁパッと見は銃っぽく見えるのでひっかけの一つなんだろうが、シュールな光景だ。

 

 バンッ!

 

 仕掛けが発動し、商品棚の陰から人影が飛び出てくる。

 

 大人、無手、お店の制服

 大人、無手、お店の制服

 大人、無手、お店の制服

 

 破壊するべきパネルはない。

 反射的に攻撃しようとする本能を抑えパネルを無視する。

 

 よし、イメージ通りに動けてるな。

 

「ん?」

 

 ISが動けるのは大きな通路のみ。

 デパートを模した建物内では通れない場所がある。

 壁際で女性を羽交い絞めにする男性のパネルを発見、拡張領域から鬼灯を取り出しパネルの頭を撃ち抜く。

 右手にブレード、左手に銃。

 これが一番戦いやすいか。

 

 1Fをぐるっと回って目ぼしいパネルを破壊し、非常階段を上り3Fへ。

 3Fは本とゲームのフロア。

 ここは射撃技術が要求される場所だな。

 本棚と本棚の間は狭く、その間で多くのパネルが立ち読み客として立っている。

 狙いを外せば無関係なパネルに被弾する可能性が高い。

 なんで立ち読み客の中にスタンガンを持った人間が居るのか、その辺をツッコミたいがゲームだから仕方がない。

 

 バンッ!

 

 エスカレーター横に設置されているレジカウンターからパネルが飛び出る。

 

 大人、無手、制服

 大人、ナイフ――

 

 強盗の手首を斬り落としクリア。

 

 バンッ!

 

 今度は本棚の陰からパネルが飛び出して来た。

 よくある光景だ。

 

 子供、無手

 子供、無手、

 子供、包丁――

 

「子供のシリアルキラーとか趣味が悪いぞ!」

 

 二人の子供を包丁を持った子供が追い掛け回す図とはな。

 取り合えず包丁を持った子供の手首を斬り落とす。

 子供の絵に安心して危うく見逃すところだった。

 

 本コーナーからゲームコーナーへ移動。

    

「これは……」

 

 客層がガラリと変わった。

 どうしよう、果てしなく来る場所を間違った感がある。

 

「敵……か?」

 

 アニメには詳しくない私だが、僅かだが分かるものがある。

 

「あれは波平さんだな」

 

 国民的アニメに出てくる独特なヘアーは見間違いない。

 顔は本物には微妙に似てないくたびれた中年だが、頭は波平カット。

 実写化映画の宣伝パネルでなければ、アレはコスプレと言うものだろう。

 つまりそういう事だ。

 

「これは面倒なんてものじゃないぞ!?」

 

 光る剣、メカメカした銃、どう見ても人外。

 私には一見しただけでは危険度が分からないんだが?

 これだから意思のない相手は嫌なんだ!

 

「待て、落ち着け私」

 

 いったん動きを止めその場に留まる。

 下手に動くのは得策ではない。

 状況を整理しよう。

 この場はスルーして上のフロアに向かう手もあるが、しっかりと対処すれば稼ぎは悪くないはずだ。

 周囲を見渡して観察する。

 

「居たな」

 

 目に付いたのはナイフを振りかざしているウルトラマン。

 なるほど――奇抜な衣装で混乱しそうになるが、相手は武装したコスプレイヤーだ。

 アニメ特有の武器は無視して、現実にあるものだけ注意すればいいんだ。

 ただし、日本刀を持ってるパネルもあるからそこは気を付けないとな。

 日本刀持ちのコスプレイヤーは、その近くに居るパネルの表情を見て判断するか。

 

 バンッ!

 

 通路を移動していると、棚の陰からパネルが飛び出てくる。

 この仕様も慣れればたいした事はない。

 

 観の目で全体を観察し、服装や人相を確認して対処して――

 

 大人、無手、エプロンドレス

 子供、札束、ランドセル

 

 キンッ

 

 

 

 気付けば私はパネルの首を斬り落としていた。




千冬さんはなんのパネルを斬ったんだろう?(すっとぼけ)

ちなみに、他の国家代表は

イタリア代表→人質ごとテロリストパネルを砕いた。
アメリカ代表→子供を抱っこするダースベイダーを破壊。

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