俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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遅くなりましたm(_ _)m
長いです。
とくかく長いです。



彼らの週末(日曜日:午後)

 

 その日、俺は始めて銃で撃たれた。

 実感はないが、生身だったら挽き肉になっているだろう数の弾だ。

 周囲を囲む兵士達は、叫び声をあげている様だったが、火薬が破裂する音がそれらをかき消してした。

 俺の意思とは無関係に体が動く。

 時折、思い出したかの様に俺の左手が兵士を狙う。

 何も出来る事はなく、当たるなと祈りながらただ見ていた。

 目の前に壁があれば右手が動く。

 厚い壁をバターを切るかの様に切り刻む。

 何人かの兵士が崩れる壁に巻き込まれて倒れた。

 俺は心の中で謝罪しながらその光景を見ているしかなかった。

 数名の兵士が俺に抱きついてきた。

 力尽くで止めるのかと思ったが、それは違かった。

 僅かに感じる振動。

 どうやゼロ距離射撃を敢行したようだ。

 更に目にナイフを突き立てられた。

 しかし、その全てを弾いて俺は先に進む。

 何枚もの壁を壊し、俺は目的地にたどり着いた。

 目の前では、腹の出た初老の男が真っ赤な顔で怒鳴り散らしていた。

 俺の手が男に伸びる。

 そして、男の服を有無を言わさず破いた。

 叫ぶ男、耳元で聞こえる天災の笑い声。

 俺は目を強く閉じて早く終われと心の中で叫んだ。

 

 

 

 終わったよ。

 

 

 

 その声を聞き、永遠とも思える時間が終わった事を知った。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 これで終わりだ。

 そう信じていた――

 

 

 朱色に染まる頬。

 涙を浮かべる瞳。

 むっちりとした太もも。

 豊満なお尻。

 

 

 

 怒りで顔を赤くし

 屈辱で泣き

 網タイツを履いたバニーガールがそこに居た。 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 痛みでブレていた思考が徐々にクリアになる。

 一晩たってもまだ鮮明に思い出せるとは。

 

 昨日の事だ。

 軍事基地を強襲した俺が最後に見たのは、脅す為にとバニーガールの服を無理矢理着せられたジジイの姿だった。

 口止めの為にって理由はわかる。

 うん、弱みを握るって大事だと思うよ?

 でもさ、俺が網タイツとビキニを着た涙目のジジイをドアップで見る必要ある?

 

 耳元ではケタケタと笑う天災の声。

 目の前には涙目で睨むジジイ。

 

 俺は束さんに同情していた。

 だからストレスの発散になればと思い、自分が多少の被害を被るのには目をつぶった。

 束さんに俺が欲しい物を作ってもらうのも、何かしら対価を払いお願いした。

 俺を遊び道具にするのは目に見えていたけど、ストレスが溜まって爆発した時の被害を想像すれば、小出しにした方が被害が少ないと考えたからだ。

 でも昨日のはない。

 マジでない。

 流石に銃で撃たれたりとかは容認できない。

 

 なぜ俺がこんな目にあうのか?

 なぜ束さんがストレスを溜める事になるのか?

 それを考えてた時、俺はふと思った。

 

 あれ? 千冬さん何もしてなくね? と――

 

 束さんの親友であり、ISを世界に広めた一人。

 その千冬さんが、束さんを蔑ろにしているという事実に気付いてしまったのだ。

 本来ならいの一番に束さんを慰めるべき千冬さんが、何もしないのは職務怠慢だと思う。

 なので、俺の苦労を少しでも知るべきだよね? ってことで今日の舞台を整えた。

  

 軍事基地を破壊した後、束さんを唆し日本へ。

 それからアルバムや思い出話で束さんの千冬さんへの愛を高め、さり気なく同窓会をしませんかと誘う。

 結果は良好。

 出会い頭に、押し倒しからの噛みつきを見せてくれた。

 思わずの心の中で拍手したね。

 初給料のプレゼントでちょっと心が揺れて、許してあげようかと思ったけど、その感動もこのアイアンクローでチャラだよバカヤロー!

 

 

 

 

 目を開けると、俺と同じ様に床に倒れている束さんが見えた。

 

「なぁ神一郎、仕事って大変だよな」

 

 アイアンクローから俺と束さんを開放した千冬さんは、絞り出すような声でそう呟いた。

 語り出す前に気付いて欲しい。

 足元に転がる二人の友人の事を。 

 

「朝は早いし夜は遅い。祝日もない」

 

 まぁ学生に比べれば拘束時間は長いね。

 祝日の有無は仕事によるだろう。

 ところで顔を押さえたまま動けない俺に言う事ないかな?

 

「特に私は束の件で目を付けられてるから、従順な態度を見せないといけないんだ」

 

 下手に反抗的な態度とっても良い事ないですもんね。

 新入社員が、周囲の目を気にして残業引き受けるとかよくある事だ。

 

「更に白騎士事件を起こした人間として、私は絶対に日本代表にならなければいけない」

 

 ISを広めようと事件を起こしたのに、その本人が表舞台に立てないとか笑えませんよね。

 頑張れ、日本を背負う若者よ。 

 

「だから就職してから一夏と殆ど遊んでやれてないんだ。ゴールデンウィークも休みがなくてな」

 

 あぁ、それで俺と束さんに八つ当たりしたのか。

 社会人相手に、ニートと学生が休み自慢してる様なもんだもんな。

 それはイラっとするよね。

 でも大人目線で見ればよくある話、だから同情はしない。

 

「研究所に向かう道すがら、楽しそうな家族を見ると一夏に申し訳なくて……」

 

 学生バイトは希望の休日は取れる。

 だけど社会人は違う。

 自分勝手は許されないのだ。

 

 友達が『え? お前有給取れないの? 俺の会社は全部が通る訳じゃないけどある程度は通るよ?』と言っていたが、社会人にそんな甘えは許されないのだ!

 

 で、そろそろ足元の惨状について謝ってもいいんだよ?

 

「山下さんという人がいるんだ」

 

 急に話が飛んだ。

 誰だよ山下さん。

 てかまだ語るのか。

 ビール瓶片手に立ったまま語るとか、まるで立ち飲み屋のオヤジだな。

 よく疲れないものだ。

 

「山下さんは私が勤めている研究所の清掃員でな。トイレ雑事やゴミ収集などをしてくれてるんだ」

 

 どんな建物にも必ず居る人材ですね。

 

 千冬さんは相変わらずビール瓶片手に立ったまま語りモード。

 束さんは復活したのか、痛がってるフリをしながらチラチラと視線を上げて千冬さんの太ももやスカートの奥を楽しんでいる。

 俺も見習ってストッキングを纏った脚を楽しもう。

 

「山下さんは去年会社をリストラされたんだが、研究所に関わりを持つ人間と飲み仲間だったらしくてな。その縁で再就職したと言っていた」

 

 世知辛い世の中にも人情があるんだな。

 ISの研究所という機密性が高い施設に山下さんを務めさせたんだ。

 その飲み仲間って人はかなり偉い人なんだろう。

 

「山下さんは四十過ぎの方なんだが、心優しい人でな。私が早出して朝練をしていると、飲み物を奢ってくれたりするんだ」

 

 ただ若い女と喋りたいだけでは?

 

「私と同じくらいの歳の子供がいるとかで、随分と優しくしてもらった」

 

 前からちょっと思ってたけど、千冬さんファザコン気味だよね。

 産まれが特殊だから、父性に甘えたい気持ちがあるのかも。

 

「それを……」

 

 千冬さんの声に怒りを感じた。

 

「あのクソ共が山下さんにぃぃぃ!!」

 

 俺と束さんは反射的に目を閉じて痛がってるフリ。

 自分に怒りの矛先が向いたら怖いもん。

 山下さんがに何があったのか知らないけど、めっちゃキレてるのは分かる。

 

「研究所には私の様な自分からIS操縦者を目指す者と、国や研究所からの依頼でIS操縦者を目指す者の二種類の人間がいるんだ」

 

 怒り収まったのかな?

 束さんは薄目を開けて視姦を再開してる。

 なら俺も再開するか。

 ストッキングを装備した脚って、生脚よりエロスを感じるのは何故なんだろう?

 

「依頼されて研究所に来た人間は、格闘技の大会で成績を残した人間や現役自衛隊、それと婦警などだ」

 

 戦いの専門家やそれに近い人達か。

 モンド・グロッソでの勝利を考えるなら有りだろう。

 素人にIS操縦と戦い方の二つを教えるよりも、手間か少なくて済むからね。

 

「問題は前者、試験で研究所に来た者なのだが、これが曲者なんだ」

 

 うーむ、倒れた場所が悪い。

 束さんは千冬さんに近いから上を見上げれば絶景を楽しめるが、俺は少し距離があるから見えないんだよなぁ。

 

「厳しい試験に合格した者はいい。問題は所謂コネで来た奴等……研究所に資金援助をしてる会社や役人の娘達が問題なんだ」

 

 どう考えても厄介な子供達だな。

 金持ちの子供や権力者の子供が全員ロクでもないなんて事はないだろ。

 だが千冬さんのこの怒り様。

 嫌な予感がする……。

 

「自身が選ばれた者だと勘違いする者。気位の高さと慣れない環境から攻撃的になる者。理由は様々だが、そういった奴等が――」

 

 ISは世界に影響を与えるだろう発明品。

 少しでも身内を関わらせたいと考えるのは仕方がない事だ。

 しかし、子供もそう望んでるとは限らない。

 親に言われて嫌々な子も居ただろう。

 そりゃあちょっとばかし誰かに当たる事もあるだろうさ。

 

「山下さんがゴミ箱のゴミを回収してる時に中身が入ったままの缶ジュースを捨てたり! ワザと足をかけて転ばせたり! 挙句の果てに気に食わないから辞めろだとッ!? ふざけるなよクソがッ!!」

 

 山下さぁぁぁんッ!!

 ごめん! ごめんよ山下さん!

 想像以上にキツイ。

 冴えない気弱なおじさんが女子高生に苛められる姿がありありと想像出来るよ!

 千冬さんの脚を楽しみながら聞いてゴメン!

 

「その子達はどうしたんです? まさかヤったりは……」

 

 流石に無言でいるのはそろそろ無理そうなので、ここで俺は始めて声を出した。

 

「そんな真似するわけないだろ。丁度いい事に奴等は私の様な貧乏人も嫌いらしくてな。向こうからケンカを売ってきたので、模擬戦ついでに稽古をつけてやっただけだ」

 

 その子達も可哀想に。

 勝算がないなら強者にケンカは売らないのが常識だろう。

 野生が足りない!

 しかし千冬さんは未だ下を見ないな。

 もしかして酔ってる?

 

「千冬さん、取り敢えず座ったらどうです?」

「ん? そうだな」

「ちっ」

 

 大人しく座る千冬さんを見て束さんが素早く動く。

 下から覗いていた事がバレないよう素早く動き、一瞬俺に睨みを効かせた。

 バレて殴られるより、そこそこ楽しんで痛い目を見る前に撤退が正しい選択です。

 

「……ツマミがないな。神一郎」

「あーはいはい。新しく出しますよ」

 

 千冬さんに催促されたので新しいツマミを用意する。

 適当に乾き物とか置いとけばいいか。

 柿ピーノーマル、ワサビ、梅の三種類でいいや。

 

「神一郎、お前は家族に会いたいと思う時はないのか?」

 

 新しく出したツマミに手を伸ばしながら、千冬さんが少し寂しそうな顔を見せた。

 慣れない社会人生活で心がお疲れなのかも。

 

「柳韻先生に会いたいんですか?」

「そ――むごッ!」

 

 騒ぎそうな束さんの口を魚肉ソーセージで塞ぐ。 

 どうせ親はいらないと、私が慰めてあげると、そんなセリフだろ? 黙ってなさい。

 俺の(魚)肉を喰らいやがれ!

 

「そうだな、それは否定しない。社会に出て苦労した事や学んだ事を聞いて欲しいという気持ちはある」

 

 まさか素直に返すとは。

 うんうん、仕事の大変さを知って親に話を聞いて欲しいって気持ちはあるよね。

 新社会人あるあるだ。

 でもなー。

 

「申し訳ないけど、俺に千冬さんの気持ちは理解出来ません」

「むしゃむしゃむしゃ――んぐ。父親がンポッ!」

 

 すかさずおかわり。

 安心しろ。

 魚肉ソーセージはひと袋五本入りだ。

 

「何故理解出来ない? お前だって社会人だったんだろ?」

「や、言っても千冬さんと俺だと状況が違いすぎます。前にも言いましたが、俺は普通に育った人間です。社会に出る頃にはとっくに親離れしてます」

「だがお前は今は天涯孤独の身だ。親に会いたい、友人に会いたい、そういった感情はないのか?」

「ないですね」

 

 確かに転生してからの俺に肉親はいない。

 それでも寂しいとか会いたいとか、そういった気持ちは皆無だ。

 親の死に目を見たら泣くだろうけど、死んだのは俺だ。

 そして、自分で言うのもなんだがちゃんとした成人男性。

 親が居なくて寂しいなんて気持ちは流石にない。

 先に死んだ事を謝りたいって気持ちはあるけどね。

 

「あ、私も別に親はんむッ」

 

 はいはい、おかわりですね。

 

「先達としてアドバイスしておきます。保険は加入しといた方がいいですよ。特に死亡保険は今際の際の安心感が違います」

 

 俺は面倒見れないからこの金で老後を乗り切って! と思えるからね。

 

「お前が言うと説得力はあるな」

「そりゃあ経験者の言葉ですから」

「私が柳韻先生に会いたいと思うのは甘えか?」

「甘えたいなら私にンガッ!」

 

 残り二本いっとけ。

 

「確かに甘えですが、それは悪い甘えではありません。働き始めた頃にふと家族に会いたくなる。なんてのはごく普通の女の子の反応ですよ」

「そうか……」

 

 俺が自分を気遣ってるとでも思ったのか、それとも他の理由かは知らないが、千冬さんは苦笑しながらお酒に口をつけた。

  

「もきゅもきゅもきゅ……んぐ。もう喋っていい?」

「構いませんけど空気読んで喋ってくださいね」

 

 会話が一旦終わり、今はまったり空気。

 くれぐれも終わった話を掘り返さない様に――

 

「ちーちゃん! 甘えたいなら私が癒してあげるよ!」

「束、少し黙ってろ」

「なんでッ!?」

 

 千冬さんに冷たくあしらわれ束さんが泣く。

 だから空気読めって言ったのに。

 しゃーない、俺が話のネタを振ってやるか。

 

「ところで千冬さん、モンド・グロッソの代表って決まったんですか? 新聞やニュースではまだなにも発表されてませんが」

 

 適当にツマミを食べて、適当にお酒を飲んで、適当に会話を続ける。

 宅飲みの時間はまだ終わらないのだ。

 

「今はまだだ」

「モンド・グロッソまで余り時間ないですよね? そんなんで大丈夫なんです?」

「とは言っても、来週末には決まる」

「ちなみに決め方は?」

「各研究機関から代表を選出してトーナメント式だ。テレビで放送するらしいぞ」

 

 お、ついにISもお茶の間デビューか。

 一応ISはスポーツとして売り出すから、予選から放送するんだな。

 まぁどうせ殺傷力が高い兵器など、表に出せない物が沢山あるんだろうけど。

 

「先々週だよね、ちーちゃんが働いてる研究所内で代表を決める試合があったの」

「そうだ。それに私は勝ってな。今は専用機を組立中だ」

「ちーちゃんの勇姿は私がバッチリ録画しました」

「……選手の情報を漏らさない為に、部外者立ち入り禁止にしてたはずなんだが?」

「私に通じるとでも?」

「それもそうだな」

 

 モンド・グロッソの戦いはもう始まってるって事か。

 自分達が作ったISを日本代表に。

 それが日本中に散らばるIS研究所の望みだろう。

 世界大会とも言えるモンド・グロッソ。

 その前の前哨戦である全国大会に勝つために、作っているISの事はもちろん、その操縦者の情報も出来るだけ秘匿したいと思うのはむしろ当然。 

 

「ちーちゃん凄かったよ。ほとんどの相手を一撃で仕留めてたもん」

「そりゃ凄い」

「身内での争いだ。相手の手の内を分かっているから対策は立てやすかった」

「そんなもんですか? 相手にはプロもいたんでしょ?」

「言ってもお前よりは弱かったしな」

 

 千冬さんの“お前より”というセリフは俺を見ながらだった。

 

 ……はい?

 

「俺ですか?」

「そうだ」

 

 いやいやそんな馬鹿な。

 強い相手で引き合いを出すのに俺が出てくるなんてありえないだろ。

 こちとら一般人ですよ?

 

「千冬さん、たいぶ酔ってますね」

「まだ意識ははっきりしている」

 

 もしかして俺って凄いの? 俺つよオリ主目指せたりするのかな?

 

「しー君は自分の強さが分かってないね。もっと自分に自信を持っていいと思うよ」

「マジでか」

 

 天災からのお墨付き。

 これはIS学園でオリ主無双してハーレムを作れという天の采配か? 

 

「私が手掛けたISを持ってて、他の候補生より自由にISに乗れて、IS操縦時間がぶっちぎり一位のしー君が弱いわけないじゃん」

「ですよね」

 

 危うく勘違い野郎になるとこだったぜ!

 

 ベータテストで慣らしたプレイヤーが本格始動時に初心者相手に俺TUEEEしてる様な感じだ。

自由に乗れる天災製専用機の存在。

 更に誰の許可も取らず自由にISに触れれる立場。

 そりゃ今のIS操縦者の中では強いよね。

 これから専用機持ちの人が増え、各国のIS技術が高まればあっという間に追い越されるだろうけど。

 

「正確に言うなら、しー君は“強い”じゃなくて“上手い”だよね」

「道場に通っていたとは言え体捌きは素人同然。お前がISでも戦い方を学べば面白いんだが」

 

 千冬さんの熱い視線が突き刺さる!

 どんだけ戦いたいんだよ……。

 隣の天災と遊んでやれ。

 

「しー君、強くなりたいなら力を貸すよ?」

「強さに興味はないからその怪しげな注射器はしまえ」

 

 銀色の液体とか体内に入れるのには怖すぎる。

 

「興味がないだと? お前それでも男か?」

「余計なお世話です」

 

 強さに興味がまったくない訳ではない。

 俺だって男だし、ちょっとはあるさ。

 でもなぁ……。

 

「ん? なに?」

 

 本当に人間かと言いたくなる天災と

 

「ん? 私の顔になにか付いてるか?」

 

 研鑽を忘れない最高の肉体の持ち主。

 

 この二人を見てると“強さ”がお腹一杯になるんだよね。

 俺が普通であることで均整がとれてる気がする。

 ――強さねぇ。

 

「素朴な疑問なんですが、束さんと千冬さんだとどっちが強いんですか?」

「どっちが……?」

「強いか……?」

 

 前々から少し気になってた事を聞いてみる。

 まぁ酒の席の暇潰しの話題だ。

 

「それって素手の近接戦闘を基準にした場合だよね?」

「ですね」

「今はちーちゃんだね」

「最近は鍛えてるからな。それに比べお前は近頃動いてないだろ? 筋肉が鈍っている」

「えへへ、研究が忙しくて」

「それ、数値にするとどんなもんです?」

「ちーちゃんの戦闘力が53万だとしたら――」

「もっと小さい数字で分かりやすく」

「ちーちゃんが100だとしたら、私は90かな」

 

 身体能力は千冬さんが上か。

 しかし、日本代表を目指し鍛えてる千冬さんに比べて、束さんは目立った鍛錬はしていない。

 それでその差か。

 

「頭脳面では?」

「私が100だとしたらちーちゃんは70」

「……脳筋」

「それでもお前より頭は良いからな!?」

 

 ボソッと呟いた声は千冬さんの耳に届いてしまったようだ。

 小学生より頭が良いのはなんの自慢にもならないと思う。

 

「今の所は肉体は千冬さん、頭脳なら束さんと。ちなみに最大値ではどうなるんです?」

 

 互が鍛錬に力を入れて本気で鍛えた場合どちらが上なのか、やっぱり気になるよね。

 

「全力で鍛えたらねー。うーむ……私が戦闘力100でちーちゃんが95かな?」

「そんなもんだろうな」

 

 束さんの意見に反対はないらしい。

 千冬さんは素直に首肯した。

 

「ちなみに、戦闘力100と95の二人が実際に戦ったらどんな展開になります?」

 

 数値なら束さんが上。

 だけど、それと実戦は別問題だと思うんだよね。

 

「そうだな……私なら短期決戦を挑む」

 

 千冬さんが顎に手を真剣に答える。

 果たして千冬さんの脳内はどんな戦いを想像してるのか。

 

「私と束は、反射神経や動体視力はそう変わりはない。一番の違いは筋肉だ」

 

 お酒を飲みながら筋肉を語りだしたよこの人。

 

「私は確かに普通とは言えない身体だが、束には負ける。神一郎は中間筋というものを知ってるか? 速筋と遅筋の特性を持つ筋肉のことだ」

「あぁ、ピンク筋の事ですか」

 

 スタミナが売りの遅筋が赤筋。

 瞬発力が売りの速筋が白筋。

 そして両方の特性を持つ筋肉がピンク筋だ。

 その中でも、ピンク筋は鍛えられないと言われている。

 ま、マンガ本知識だから本当かは知らないけど。

 

「ピンク……なるほど、そういう呼び方もあるのか。まぁいい、そのピンク筋なんだが、束の身体は全身がソレだ」

「ぶいっ」

 

 ピースサインをする束さんが可愛い。

 じゃなくて――マジで? 

 全身ピンク筋とかそれこそマンガのキャラ……あ、ここラノベ世界じゃん。

 だったら驚く必要はないな。

 それにしても、ちょっとした疑問からの質問だったけど、思いの外面白い話になってきたな。

 

「仮に長期戦を狙い遅筋を中心に鍛えた場合、私は絶対に勝てない。何故なら力で押し切られるからだ」

 

 ほうほう。

 

「勝ちを狙うなら、速筋を中心に鍛え、スタミナがなくなる前に勝負を決めるのがベターだろう」 

 

 ふむふむ。

 面白い話だ。

 二人の“5”って差が気になる。 

 

「はい! ちーちゃんの話の続きは私が引き継ぎたいと思います!」

 

 束さんが手を当てて主張するのを見て、千冬さんはビール瓶を手に取って同意を見せた。

 

「私とちーちゃんが戦う場合、長期戦はまずないのです」

「そうなんですか?」

「うん。まず私とちーちゃんは互いに決め手がない。私はちーちゃんの攻め方が読めるし、ちーちゃんも読めるからね。序盤の戦いは第三者が見たら良くできた組手の様に見えると思うよ」

 

 バトルマンガそのものって感じですね。

 二人の戦いは是非とも録画したい。

 配信動画で流したら大儲けできそうだな。

 

「私がちーちゃんより優れている所は体の動かし方や呼吸法だね。同じ量の運動をしても、私の方がエネルギーの効率が良いんだよ」

「だから千冬さんは、短期決戦を狙うしかないんですね」

「だね。ちーちゃんが赤筋重視で鍛えると、私の動きに付いてこれない。だからちーちゃんは白筋重視で鍛えて一発逆転を狙うしかないんだよ」

「一発逆転? 必殺技とかですか?」

「だよ」

 

 思わず千冬さんを見るが、本人は素知らぬ顔だ。

 マジで必殺技とかあんの?

 しかし呼吸法や体の動かし方ときたか。

 如何にも頭脳派って感じの強みだな。

 そこが差か。

 

「千冬さんの勝利条件は、自分の体力がなくなる前に、束さんが予期していない意表を突く一撃を与えるしかない」

「正解」

 

 話を聞いてると、この天災に勝てる人いんの? って思うけど、どうやら千冬さんは過去に必殺技で勝利を掴んだらしい。

 流石は最強の乙女。

 

「必殺技ってどんなんです?」

「中学生の時に戦った時、軍配はちーちゃんに上がりました。決めては猫だまし」

 

 猫だまし――相撲の技として有名で、相手の目の前でパンと手を叩きスキを作る技である。

 そりゃあ天災でも読めないわ。

 

「あの時はビックリしたと同時にちーちゃんに改めて惚れたね。まさか私相手に猫だましを決めて、しかも作ったスキを無駄にせず、しっかりと私に重い一撃決めるんだもん。格好良いよね」

 

 当時の事を思い出したのか、束さんがうっとりした顔で千冬さんを見つめる。

 確かに格好良い。

 決まり手が猫だましとは、なんて男前なんだ!

 

「神一郎」

「はいすみません」

 

 口はもちろん、顔に出したつもりはないのに。

 

「ま、研究やISのアレコレを忘れて肉体鍛錬だけに時間を使えば私が上だけど、絶対にやらないよ」

「それまたどうして」

「あのね、ほっそりしてるのに力持ちとか、そんなのアニメの中の話だからね? 本気で鍛えたらムキムキのメキメキでおっぱいだってショボンなんだから! 絶対にヤッ!」

「柔よく剛を制すと言いますし、筋肉の割合を減らせばいいのでは?」

「それにだって限度があるよ。ちーちゃん相手にそれは無理。スタミナだって減るからね。本気でちーちゃんと戦うなら、腹筋が6つに割れて、胸のカップ数が2つダウンする覚悟がなければ私が負ける!」 

 

 あー、女性の筋肉に文句はないが、おっぱいが萎むのはダメだね。

 束さんのおっぱい萎んだら好感度が5は下がっちゃう。

 

「しー君サイテー」

 

 だから心を読まないでくれ。

 

「ちなみに頭脳面はどんなもんです?」

「頭脳は私が100ならちーちゃんは……80?」

「……やっぱり脳筋」

「だれが脳筋かッ!」

 

 だってそう感じちゃうんだもん。

 悲しいな。

 もっと頭の出来が良ければ……と同情してしまうのは仕方がない事。

  

「私は別に馬鹿じゃないからな! 束と比べれば発想力……ゼロから新しいモノを作るのが苦手なだけで、学習能力は高いぞ!」

「なるほど、内面はプロジェクト・モザイカの研究員でもどうしようもなかったと……」

「不器用な所がちーちゃんの素敵な所だよね。私は大好き」

 

 ゼロからのモノ作りって才能が必要だと思う。

 大事なのはヒラメキや柔軟性などだ。

 千冬さんは頭固そうだもんね。

 

「総合すると、束さんの方が生き物として格上ですか?」

「スペック面だけ見ればそうだね」

 

 ……おい、最高の人類。

 

「なんだ? 文句があるなら聞くぞ?」

「文句なんてないです」

 

 ちょっぴり哀れんだだけで。

 

「しー君にはちーちゃんを馬鹿にする権利はないからね? 身体能力も頭脳も数値にすれば50以下なんだから」

「って言っても、千冬さんが思ったよりスペックが低くて残念感が……」

「分かってないなー。一部分、ちーちゃんなら身体能力だけど、一部だけでも私を超えれるかもって凄いんだよ?」

「でもさ、人類が英知と大金を注ぎ込んでその結果って……」

「……私は産まれてから初めての屈辱を感じている」

 

 千冬さんが握っている瓶にピシリとヒビが入る。

 申し訳ないけど、頑張れよ人類ってちょっと思っちゃうよね。

 

「プロジェクト・モザイカって中止されたんですよね?」

「そうだよ。私の発見と同時に凍結された」

「理由ってやっぱり結果が残念だったからですか?」

「神一郎、そろそろ拳が飛ぶから覚悟しろよ?」

 

 声が本気だ。

 これ以上は危ない。

 だけど危ないと分かっていてもやめられない。

 千冬さんをからかえるまたとない機会! この機会を逃すわけがない。

 俺の鬱憤を晴らす為にもイジらせてもらいます。

 

「まぁ似たようなもんかな? 莫大な時間とお金を注ぎ込んだのに、私っていう存在が天然で産まれたから研究員の心が折れたんだと思う」

 

 あー、なんとなく分かるかも。

 時間とお金と注ぎ込んで、よし完成だ! 俺達は成し遂げた!! って思ってたのに、それ以上の存在がポロっと産まれたの知ったら確かに心が折れそうだ。

 

「後はね、たぶん怖かったんだと思う」

「怖い?」

「人工的に生命を造るっていう神への冒涜とも言える行為をし、それでも完成させたのに、まるで嘲笑うかの様にそれ以上の存在が誕生した。きっと研究員達は神の存在にビビったと思うよ?」

「確かにそれは怖い」

 

 千冬さんを誕生したと同時に束さんが産まれる。

 神様に見られてるって気がするもんな。

 

「束さんって千冬さんのどこが気に入ってるんです? 偏見ですけど、千冬さんみたいな養殖物は嫌いだと思ってました」

「ふっ、それは浅慮ってもんだよしー君。あのね、私が天然のダイヤだとしたら、ちーちゃんは職人が造り上げた一本の刀。私は人間が込めた熱意や技術はちゃんと認めるのだよ」

「なるほど、千冬さんは匠の技術で造られたんですね」

「自然の美と人間が作った美は違うでしょ? 私とちーちゃんは違う存在なんだよ。だから大好きなの」

 

 束さんが大自然の存在だとしたら千冬さんは絵画。

 二つの美を比べることに意味はないな。

 ……あれ? いつの間にか美の話になってる?

 

「もう話しは終わりか?」

 

 肩に手を置かれざわりと肌が泡立つ。

 さっきから大人しいから忘れてたぜ。

 

「お前、人を残念だとか養殖物だとか好き放題言ってくれたな」

 

 背後から感じる圧倒的なプレッシャー。

 流石は人類最高の存在。

 

「千冬さん、俺の肩が壊れそうなんですが?」

 

 両肩に徐々に力が加えられ、痛みと怖さで思わず冷や汗をかく。

 ちょっと遊びすぎました。

 千冬さんをイジれる機会が珍しいから調子に乗ってしまったよ。

 

「さて、残念な私だが」

「い゛ぃがッ!?」

「これくらいは」

「あがっ!?」

「出来るぞ?」

「すんませんでした!」

 

 肩からガコっと音が聞こえて、両腕がプラプラと揺れる。

 束さんといい千冬さんといい、なんでこうも人の関節を簡単に外すのか。

 人としてどうかと思う。

 

「まったく」

 

 首を伸ばして瓶ビールを咥える。

 こぼさないように一気に上を向いて一気飲み!

 

「最近の若者は」

 

 行儀が悪いが手が使えないので仕方がない。

 ツマミは口で直接。

 

「犬の様にお皿から食べるとは。ワイルドだねしー君」

「私達も食べるんだから汚い真似はやめろ」

「なら元に戻せ」

「ちっ」

 

 舌打ちをしながら千冬さんが俺の後ろにまわっていったぁい!?

 

「今のはワザと痛くなるように戻した」

 

 ズキズキと痛む肩を軽く回しながら調子を確認する。

 そんな俺を千冬さんが楽しそうな顔で見ていた。

 ドSめ。

 

「むぅ……私の関節も外していいんだよ?」

「断る」

「こんなことで羨ましがるな」

 

 指を咥えてほしがり顔をする束さんが平常運転すぎる。

 束さんは変わらないな。

 

「それにしても、もう三年が過ぎたんですね。やっぱり若いと時間の流れが早いです」

「それなりに濃厚な時間だったな」

「私はちょっと心残りがあるかな。ちーちゃんと一緒に登校したり、お昼ご飯食べたり、帰りにお茶したり、そんな学生時代を送りたかったよ。時間の都合上諦めたけど……」

 

 IS開発に他国への技術提供、それに周囲の情報統制、時期を考えるとデ・ダナンの制作もか、とくかくやる事が多かったもんね。

 空いた時間は旅行などに使ってたし。

 若さとは振り向かない事。

 束さんも大人の仲間入りだ。

 

 ISが表舞台に出てから早三年。

 白騎士事件、なにもかも懐かしい……。

 

 今でも思い出す。

 空を飛び、ミサイルを切り払う白騎士の姿。

 …………切り払う?

 

「ちょっと失礼」

「ん?」

「へ?」

 

 両手を伸ばし、二人の耳たぶをつまむ。

 まだ何もしない。

 俺の勘違いかもしれないし。

 

「白騎士事件の時、千冬さんはミサイルを切ってましたよね?」

「それがどうした? さっさとこの手を離せ」

「どうしよう、なんでかもの凄く逃げたい気分」

 

 千冬さんは俺の手をうっとしそうに払おうとするが、それを許さない。

 束さんの予感が当たるかどうかは行い次第です。

 

「ミサイルを切った時、それらはどうなりました?」

「そんなもの海……に」

 

 おやおや千冬さん、途中から歯切れが悪くなりましたね。

 そんなに汗をかいてどうしたんだい?

 

「束さん、白騎士事件の首謀者としてちゃんと後片付けしましたよね?」

「も、もちろん……」

「海にバラまかれたミサイル片は?」

「……海底に沈んで地球の一部になってるんじゃないかな?」

 

 はいギルティ。

 

「いたたたたッ!?」

「ちぎれる! 耳がちぎれちゃう!?」

 

 耳を引っ張る手は緩めない。

 ゴミのポイ捨ては許しません。

 

「なぁおい。海に大量のゴミを捨てるとかなんなの? ケンカ売ってんの?」

「ま、待て神一郎! そのだな、つい忘れてたと言うか、悪気があったわけでは――」

「その通り! 悪気はないんだよしー君! だから低い声は怖いからやめてッ!」

「知らないの? ゴミのポイ捨てをする奴って悪気はないんだよ。――だって物を投げ捨てる事が悪い事だと思ってないクソ野郎がポイ捨てするんだからなぁぁ!!」

 

 ないわー。

 海にゴミを捨ててそれを放置とかマジないわー。

 あの時は俺も千冬さんも普通の精神状況じゃなかった。

 なにせ俺は初めての原作イベント。

 そして千冬さんは初めての実戦。

 でもそれは言い訳にはならない。

 落ち着いて振り返って初めて見える悪行ってあると思う。

 

「どうしてくれようこのダメ人間ども。取り敢えず一夏と箒に報告かな? 俺が説教するより、家族から冷たい目で見られる方が効くだろうし」

「それだけはやめてくれッ!」

「箒ちゃんにがっかりな顔されたくないッ!」

「ポイ捨てするくせに姉の威厳は保ちたいのか」

 

 年下に説教される二人を見たい気もするが、一回目だし少しは大目に見るか。

 

「千冬さん」

「話す前にまずは手を離してくれるとありがたいんだが」

「それは置いといて、千冬さんはモンド・グロッソで絶対に優勝してください」

「お前がそう言う理由はなんだ?」

「優勝してから海岸のゴミ拾いのボランティアに参加してください。日本人はミーハー、普段はボランティアなんて見向きもしないのに、有名人が参加すると分かると急に参加する輩が多いですから。ゴミ拾いは人手が多い方が楽、優勝して名前を売って参加しろ」

「くっ……いいだろう」

 

 千冬さんが素直に頷くの確認して耳を開放してあげる。

 いい子いい子。

 せいぜい顔を売って有名になれ。

 そして暇を持て余したミーハーを引き連れてゴミ拾いを頑張れ。

 

「さて、次は束さんです」

「なんでもいいからまず手を離して!」

「え? なんでもするって?」」

「それは言ってないッ!」

 

 残念、いつか言わせてみたい。

 

「んじゃまぁ、束さんはゴミ攫いね。海上に浮いてるゴミや海底に沈んでるゴミ、そういったゴミを拾ってください」

「え? それはめんどい」

 

 えいさ。

 

「耳があぁぁあああ!? 確実にちぎれかけた! 今ビリっていった!!」

「安心しろ。木工用ボンドは常備している」

「なんで持ってんの!?」

「小学生ですから」

「それが答えだとでもッ!?」

 

 小学生男子が木工用ボンドを常備してるのは当たり前です。

 

「それと、昨日作成した秘密基地なんですが」

「ん? なんかあった?」

「穴掘ったり、岩削ったりしてたけど、自然環境に大丈夫なのかなと……」

 

 落ち着いて振り返って初めて見える悪行の事です。

 

 土は掘った穴の側に積んだ。

 問題はないと思ってたけど、雨で土が崩れたら環境に悪いのではないか?

 

 滝の裏の岩を砕いた時、水が少し濁ってしまった。

 対した影響はないと捨てていたが、もっと気を使うべきだったのではないか?

 

 非日常的な空気に流され、俺は常識を忘れていたらしい。

 これはいけないな。

 

「自然環境? んなもん人間が生きてるだけで害悪ですがなにか?」

「えいさ」

「んぬぅぅぅぅ!?」

 

 そうね。

 人間なんて自然を壊すだけの害悪だもん。

 でも束さんは違うと信じてる。

 だって束さんは、壊す事しか出来ない平凡な人間とは違うもんね?

 

「これから秘密基地はどんどん増やすんだよ? いちいち気にしたりするのはダルいと言うか……」

「無駄な時間稼ぎはやめろ。そしてゴミ拾いをして秘密基地作成の後片付けをしろ。さもなくば……」

「徐々に引っ張る力が強くなるんですね分かります! 了解だよしー君!」

「束さんなら海に落ちたミサイルの量分かりますよね? 同じ量だけ拾え」

「らじゃ!」

 

 素直じゃない束さんは面倒です。

 秘密基地作成は俺にも非はある。

 ちゃんと手伝いますとも。 

 今言ったら調子に乗りそうだから言わないけどね。

 

「俺も夏休みにはゴミ拾いしますので、二人もしっかりやるように」

 

 自由研究は夏の海でボランティアに決定だな。

 

「しー君もするんだ?」

「俺も関係者側ですからね」

「なら私と一緒にするか?」

「千冬さんの所は人が無駄に多そうなので、絶対に嫌です」

 

 生のブリュンヒルデに会えるとしったら、絶対に人が群がるはず。

 俺は人手が足りないだろう場所に行きます。

 

「まさか神一郎に叱られる日が来るとは……」

「ぐすん……私のお耳付いてる? 切れてない?」

 

 海を汚した罪は重いのだ。

 十分に悔い改めろ。

 

 ……千冬さんが凹んでる今がチャンスなのでは?

 

 ふとそんな考えが浮かんだ。

 今回の飲み会の目的は、千冬さんに束さんを押し付ける事。

 目標を決めたのはいいが、手段については決まってない。

 情けないと言うなかれ。

 だってどう考えても千冬さんに押し付ける大義名分や、良い手が見つからないんだもん。  しかし、今のこのタイミングなら勢いでいけるのでは?

 ――やってみる価値はある。 

 

「私のお耳を引き千切ろうとはいい度胸だよホント。次は対戦車戦でもやらせようかな? 青いランタンを持たせて、戦車相手に突貫してゼロ距離射撃するしー君とか超笑えそう」

 

 今度から拡張領域にマンガ本入れるのやめようかな……。

 どこぞの天災様はマンガの真似をしたがる。

 しかも、子供のごっこ遊びではなく、大人の本気の遊びだ。

 俺を戦場か軍事基地に連れ出し、戦車相手に生身で突撃させるとか普通にやりかねない。

 

「正体不明の東洋人、アイツは青い鬼火と共にやってくる。どーよ!?」

 

 ねーよ。

 どこの特殊部隊の人間だ。

 

「鼻水を垂らしながら必死に私に助けを求めるしー君……思い浮かべるだけで胸熱だね!」

 

 でへへとだらしなく笑う束さん。

 親友が暴走してるのに押さえ役はなにしてる?

 隣に助けを求める視線を向けると、千冬さんは素知らぬ顔でお酒を楽しんでいた。

 

「ふむ、喉越しがよいラガーと深いコクのエールか。個人的にはラガーだが、食事時ならエールの方がいいか? いや、料理に合わせて変える方が――」

 

 ラガーとエールの違いについて考える千冬さんの周囲には、空き瓶が10本以上転がっていた。

 

 どんだけ飲むんだよ!

 ただ酒だからって遠慮なさすぎだろ!

 ラガーとエールの違いを語るとか飲み慣れすぎだろ!

 てか俺を助けろよ!

 

 ダメだ……ツッコミ役が足りない。

 もう嫌だこんな生活。

 

「千冬さん、これから束さんの面倒を見るの任せていいですか?」

「は? 何を言ってるんだお前」

「今から大事な話をするのでよく聞いてください。束さんもです」

 

 千冬さんを同じ様に首を傾げる束さんに釘を刺しつつ、俺は過去を振り返る。

 思い出すのは春から始まった怒涛の日々。

 楽しい事も沢山あった。

 でもそれ以上に、辛い事が沢山あった……。

 

「俺はISでの旅を充実させる為に、色々な物を束さんに作ってもらいました」

「最近だと紫外線殺菌装置だね。それ以外にはブースターなどの流々武のオプションとか」

「紫外線殺菌? 何に使うんだそんな物」

「食器類や服の殺菌用です。今は出かけるのは近場ばかりですが、赤道付近の暑い国や未開の森などにも行く予定ですから、無断出国してる身としはその辺は気にかけないといけないので」

「なるほど、お前が変な病気を持ってきたら周囲に迷惑をかけるからな」

「しー君の血液検査なども承りました。食料や日用品と交換だけどね」

 

 外国で遊び、帰りは束さんの所に顔を出す。

 そして食材などを渡して体を見てもらう。

 そんな取引を俺は束さんと交わした。

 

 ちょっとばかし世界を回って学んだ事がある。

 それは、冬の時期以外の山や草原はヤバイ! である。

 山を歩けばハエや蚊が群がり、草原を歩けばハエや蚊が群がる。

 テレビの映像などではただただ美しい景色が映るばかりだが、実際は場慣れてない人間にはひたすら不快な空間なのだ。

 これから行くだろう赤道付近の国やジャングルは、ヤバイ病気が多い。

 蚊などを媒介にした病気は非常に致死性が高いのだ。

 日本に病気を持ち込んだ場合、クラスメイトの小学生に被害が及ぶ可能性があるので、この取引をお願いした。

 

「ISも手に入れた。旅する為に必要な道具や環境は揃った。なので――」

「なので?」

「もう束さんをヨイショする必要もないし、必要以上にご機嫌取りする必要もないので、これから先は千冬さんに任せます」

「お前ふざけるなよ!?」

「ちょっとしー君ッ!?」

 

 耳がキーンとした。

 閉鎖空間で大声出すなし。

 

「ぶっちゃけ“天災”篠ノ之束はもういらないので」

「それはぶっちゃけすぎじゃないかな!?」

「だって本当の事だし」

 

 本音を言えばまだ欲しい道具はあるけど、もういいや。

 別に束さんと絶縁したいわけではない。

 せめて、せめて夏休みだけでも平穏無事に生きたいのだ。

 

「しー君はそんなに私の事が嫌いなの?」

 

 ぐしゅと鼻を鳴らしながら束さんが俺の服を掴む。

 まったく、俺が束さんを嫌うなんてあるわけないのに。

 

「安心して束さん」

 

 子供に言い聞かせる様に、頭を優しく撫でながら話しかける。

 

「俺は束さんの事が大好きだよ」

「……ほんと?」

「本当だよ。特にこの前、『わ~い。ちょうちょさんだ~』と言いながら花畑を駆け回っていた束さんはとても可愛かったです」

「目を覚まして! そんな私は存在しないから! それ偽束だから!!」

 

 束さんが俺の体を激しく揺さぶりながら訴えてくる。

 偽束? そんな馬鹿な。

 アレほど可愛い束さんが偽物のハズがない。

 

「俺にとって、目の前にいる束さんが偽物で、おバカな可愛いのが本物です」

「まさかの私を全否定!? 言って良い事と悪い事があるよね!? 私に何か恨みでもあるの!?」

「昨日の恨みだよバカ野郎」

「…………許して?」

 

 涙目+えぐり込む様な上目使い!?

 俺の腕をギュッと握りながら見上げるとはやりおる。

 ……落ち着け俺、ここで可愛いと思ったら負けだ! いい加減学べ!

 

「昨日何かあったのか?」

「束さんに操られ軍事基地を半壊させました。ちなみに泣いても怒っても止めてもらえず、生前を含め人生で初めて銃で撃たれました」

「たばねぇぇ」

 

 千冬さんが、目頭を押さえながら絞るような声を出した。

 呆れてくれてありがとう。

 でも言葉だけの優しさはいらない。

 同情するなら束さんを引き取ってくれ!

 

「だって私が一緒に遊べるのしー君しかいないんだもん」

「だってじゃない! 何故お前はそうなのか……」

「束さんが俺で遊びたい気持ちは理解出来るんです。ほら、束さんの強みって情報じゃないですか。毎日エゴサーチしてる様なもんですから、ストレスが溜まるのは理解出来るんです」

 

 大好きな妹とは会えず、親友とも遊べない束さん。

 情報を集める為に耳を澄ませば、聞こえてくるのは聞くに耐えない言葉の数々。

 人は時に態度が大きくなる。

 本人が前に居なければなおさらだ。 

 親しい人間の前で気が大きくなったり、自分より下の人間に偉ぶりたくて妄言を吐いたり、舐められたくなくて大きな事を言ったりと、理由は様々だ。

 だが、内容をそんなに変わらないだろう。

 

 篠ノ之束を屈服させてやる。

 妹を狙え。

 篠ノ之束ってイイ乳してるよな。

 いや、俺は妹の方が――

 

 そんな聞きたくもない情報が否応にも耳に入ってくるのだ。

 俺でストレス発散するのも納得できるだろ?

 束さんは可哀想なのだ。

 かわいそたばねなのだ。

 

「束さん可哀想可哀想可哀想カワイソウかわいそう――」

「目が虚ろだぞ!?」

「聞いた事がある。新兵が初めての実戦に出撃した時、精神を病む場合があると……。都市伝説だと思ってた」

「なにが都市伝説だバカモンッ! 神一郎は普通の人間だぞ!?」

「まさかあの程度で心が病むなんて……しー君て意外と軟弱?」

「逃げて! 逃げるんだ! お願いだから逃げてくれ! あぁ……当たる!? 当たったらミンチになるッ!?」

「殺される恐怖というよりは、殺してしまう恐怖が強かった様だな。身に覚えはあるか?」

「威嚇射撃してた時かな? お祭りの型抜き屋で荒稼ぎするプロの如く人型アートを壁に作りまくってたし」

「ただ見てることしかできない神一郎には、十分にストレスだろそれ」

「まぁしー君も色々と初めてだったし、しゃーなしだよね。ていっ」

「おぷす!」

 

 …………おぉ? ちょっとトリップしてたか。

 頬が少し痛い。 

 お手数おかけします。

 

「てな訳で千冬さん、束さんをお願いします」

「私もいらん。束の面倒を見るのはお前の役目だろ? ちゃんと最後までやり通せ」

「ちーちゃんまで!?」

 

 千冬さんは俺の提案をあっさり退けた。

 さっきまでの俺の涙を見てなかったのか? なんて薄情なんだ。 

 

「千冬さんさ、真面目な事を言ってる風だけど、自分が嫌だから俺に押し付けてるだけだよね?」

「嫌なの!? 私と遊ぶのは嫌な事なの!?」

「私は自分の事だけで精一杯だ。束の面倒までみきれん」

「俺だって嫌ですよ。これから夏休みだっていうのに、束さんの面倒事に巻き込まれたら最悪です」

「泣くよ? 流石の私もそろそろ泣くよ?」

 

 体育座りする束さんを尻目に、俺と千冬さんが睨み合う。

 立場的に気軽に会えないのは理解している。

 でも俺は容赦しないぞ。

 正面からやりあっても埒があかないし、ここは少し攻め方を変えるか。

 

「親友を名乗るなら、もう少しかまってあげなよ。束さんが可哀想じゃん」

「私の立場を理解してるだろ? 遊ぶ暇などない」

「嘘つけ。夜寝る前に2.3分おやすみの電話ぐらいは出来るだろうに。色々言い訳して束さんを避けてるだけだよね?」 

「なんで私が不倫中のカップルの様な真似をしなければならない! お前だって電話の相手くらい出来るだろ? 自分でやれ!」

「しくしく、しくしく」

 

 俺と千冬さんの横で泣く束さんがうざい。

 何を泣いてるのだこのお馬鹿は。

 違うだろ? ここは押して押して押す場面だろ?

 泣いてる暇があるなら食らいつけ!

 

「束さんだって千冬さんに遊んで欲しいよね?」

「私?」

「あ、こら」

 

 束さんを味方に引き込もうと動くと、分かりやすく千冬さんが慌てた。

 ふん、数の暴力を味わえ。

 

「確かに容易に会ったりは出来ないけどさ、それでも出来る事はあるよね? 人目につかない方法なんていくらでもあるし」

「……言われてみれば」

 

 束さんの目に力が篭り、熱っぽい視線が千冬さんに向けられる。

 頑張れ束さん!

 

「今まではそれぞれが取り巻く環境が見えなかったから注意してたけど、束さんが姿を消して三ヶ月。そろそろ落ち着いてきたし、少し警戒を緩めていいのでは?」

「……いいのかな?」

「待て束! やっと状況が落ち着いたんだ、迂闊に動く時ではない!」

 

 傍目に見ても心が揺れてるのが丸分かりな束さんを見て、千冬さんが釘を刺そうとする。

 今まで束さんを放置した報いを受けるがいい!

 

「でもちーちゃん、しー君の言葉に一理あると思わない? 今日みたいに会おうと思えば会えるし、ケータイ電話に細工すれば盗聴の心配もないし、ちょっとくらい警戒を緩めても……」

「ダメだ。今日みたいにたまに会うなら構わないが、油断はするべきではないと私は考えている」

 

 千冬さんはよっぽど嫌なのか、なんとか諦めさせようと必死だ。

 さて、俺も束さんの援護にまわろうか。

 

「では隠密性を重視して交換日記なんてどうです? 二人の秘密のメモリー的な」

「それ採用」

「不採用だふざけんな」

「ならやっぱり電話ですね。毎晩おやすみの電話があると束さんはハッピーでは? 周囲にバレない様に蜜事を交わす二人的な」

「それも採用」

「不採用だ」

 

 俺の提案は束さんには受け入れられてるが、千冬さんにはダメらしい。

 我が儘だなー。

 

「ならもう脱げよ」

「採用以外有り得ない」

「殺すぞ?」

 

 一進一退の攻防が続く。

 俺と束さんのタッグ攻撃を、千冬さんは鉄壁のガードで受ける。

 粘りやがる。

 

「いい加減諦めて束さんを受け入れろ。我が儘ばっか言って恥ずかしくないんですか?」

「そーだそーだ」

「なんとも思わんな」

 

 俺という仲間を得た束さんは、ここぞとばかりに千冬さんを攻める。 

 しかし流石は戦乙女。

 なかなか首を縦に振ってくれない。

 ……ふむ、束さんが味方の今、強引な手もありか?

 

「ねえ千冬さん、勝負しない?」

「なんだ? 飲み比べか?」

 

 勝負という言葉を聞いて千冬さんが獰猛に笑う。

 自重しろよ未成年。

 まったく、好き者なんだから。

 

「いえいえ、コレでどうです?」

 

 胸元から鎖を引っ張り出し、待機状態の流々武を揺らして見せる。

 

「……ほう?」

 

 待機状態の流々武を見た瞬間、千冬さんの口角が釣り上がる。

 嬉しそうだなおい。

 イケメンはどんな顔でも様になるね。

 

「丁度良い。実は私もお前と戦いたかったんだ」

 

 光栄だな……なんて思うわけ訳ないだろ脳筋めッ!

 

「モンド・グロッソ前に少しでも経験を積みたいと思っていたんだが、私から誘ったらお前は怒るだろ? 挑んでくれるとは僥倖だ」

 

 世界最強がウォーミングアップを始めました。

 いや、比喩じゃなくて。

 こやつ、俺が誘った瞬間に立ち上がりやがった。

 ここに来る前から一戦したいと思っていたのは、本音なんだろう。

 調子を確かめる様に準備運動する姿に迷いがない。  

 天災と戦乙女に求められる俺ってもしかしてモテ期?

 うふふー。

 

「やってやんよコノヤロー」

「お、ちーちゃんの笑顔を見てビビるかと思ったけど、ちゃんと男の子だねしー君」

「今の俺を支えてるのは怒りです」

 

 束さんは俺に任せっきり。

 酒は好き放題。

 そのくせ俺と戦いたがる。

 温厚な佐藤さんもイラっとしますとも。

 

「束さん、分かってますよね?」

「もちろん」

 

 立ち上がった俺の肩に、束さんの手が置かれる。

 俺と千冬さんでは勝負にならない。

 だが、タッグを組めば話しは別。

 散々親友に放置された束さんだ。

 千冬さんとじゃれあいたくて出張ってくるのは当然である。

 

「待て」

「なんです?」

「束も混ざるのか?」

 

 凄く嫌そうな顔をしている。

 お前は大人しくしてろと言わんばかり目付きだ。

 この後に及んでまだ束さんを蔑ろにするとは、いい度胸ですね?

 

「ちーちゃんは私とは遊んでくれないの?」

「いや、そういう訳では――」

「しー君が特別なの?」

「それは違う」

「私の事が嫌いなの?」

「いや、嫌いでは……」

「私と遊ぶの面倒?」

「そうではなくてな……」

「じゃあ私も一緒でいいよね?」

「……ちなみに私と神一郎、どちらに付く気だ?」

 

 会話のキャッチボールが長引くたびに、束さんの目の光が失われていく。

 怖いのは分かる。

 うん、正面から向き合ってる千冬さんが怖がってるのは分かるんだよ。

 でも小学生の俺に対して、天災と戦乙女のタッグは鬼畜が過ぎるだろ。

 なんて大人気ない。

 

「うーん、ちーちゃんと組んでしー君を泣かせるのも楽しそうかも……」

 

 嘘だろッ!?

 まさかの裏切り!? 

 

「でも久しぶりに、ちーちゃんと拳を交えてたい気分なんだよね」

「良いだろう。お前たち二人が相手なら本気でやれる」

 

 セーフッ!

 驚かせやがってお茶面さんめ。

 頬を染めながら準備運動をする束さんのなんて頼りになる事か。

 

 ところで、だ――

 戦う前にしっかりと準備運動をする乙女たちよ。

 空き瓶やゴミを片付けている俺の手伝いをしてくれてもいいのよ?

 

 とまぁ準備が完了した両者が向かい合う。

 

「ちーちゃん」

 

 束さんが一本の白いナイフを千冬さんに投げ渡した。

 それを受け取った千冬さんは、ナイフをしげしげと見つめる。 

 

「ISか?」

「装備は白騎士と同じブレードが二本、それと一次移行もしないから気をつけてね」

「性能は?」

「白騎士と同等。でも最適化がされないから、白騎士ほどのパワーは出ないよ」

「ふむ、まぁハンデとしては妥当か。名前は?」

「ないよ。量産型みたいなもんだし」

 

 今現在、白騎士を越えるISはいないと思われる。

 それほどまでに最初のISである白騎士は完成されていた。

 それの量産とか、各国が顔を真っ赤にしそうだな。

 

「ならばそのまま白騎士でいいか。白騎士、展開」

 

 なんとも淡白だ。

 初代白騎士が聞いたら泣くんじゃないか?

 ISコアが意思を持ってるのを忘れないでください。

 

「ちーちゃん素敵」

 

 白騎士を纏った千冬さんに束さんは大歓喜だ。

 見かけは本物の白騎士と同じ様だが、色が違う。

 全身が灰色で、白騎士と違い悪者感がある。

 

「ちーちゃん、本気で戦っていいんだよね?」

「むしろ手を抜くな」

「んじゃ作戦タイムよかとです?」

「かまわんぞ」

 

 作戦タイムとは束さんも本気だな。

 これは面白くなってきた。

 戦乙女を屈服させてやる!

 おや? これはエロゲーのイベントかな?

 

「しー君、こっち来て」

 

 束さんに呼ばれたので、千冬さんから距離を取り、背中を向けて顔を寄せる。

 

「あのね、ゴニョゴニョ――」

「それは面白そうですね」

「それからゴニョゴニョ――」

「なるほど、んじゃコレを」

「ではでは流々武にデータを注入してっと」

「ところで、束さんの持ち札って何があるんです?」

「それはゴニョゴニョ――」

「だったら、タイミングを見計らってゴニョゴニョ――」

「ほうほう、流石はアニメ脳なしー君、それはいいね。おっと、インストール終了」

「それでは行きますか」

「行かれますか」

 

 作戦タイムと言いながら数十秒で終わったけど、時間の割に面白い案が出たな。

 如何に世界最強と言えども、簡単に勝てると思うなよ。

 

「――流々武ッ!」

「――とうッ!」

 

 ISを纏った俺の肩に束さんが乗る。

 これこそが、対織斑千冬用最終兵器――

 

「「合体! パーフェクトTABANEッ!!」

 

  

 

 

 ババンッ! と華麗にポーズをとる。

 キマった。

 これはキマっただろう。

 現に俺の上にいる束さんは上機嫌だもの。

 

「おいコラ」

 

 代わりに千冬さんが不機嫌だけども。

 

「私には肩車をしてる様にしか見えないんだが?」

 

 千冬さんが白い目を向けてくる。

 オタクは若い女性に嫌われやすいから仕方がないね。

 

「ふっ、甘く見ないことだねちーちゃん。私としー君のコンビネーションは見せてあげよう」

「その通り。これこそが互いの長所を活かした戦法です」

 

 決して冗談ではない。

 俺の機動力と束さんの火力を活かすには、これが一番なのだ。

 しかしあれだ、無性にヘッド部分を解除したい衝動に襲われる。

 今解除すれば束さんの太ももに頭がサンドですよ? 男のロマンがそこに……。

 

「しー君、スケベな事を考えてるでしょ?」

「……なんで分かるんです?」

 

 千冬さんといい束さんといい、俺の心を読みすぎだと思う。

 今はISを纏っている。

 だらしない顔が見られた訳でもない。

 それで分かるって本気で怖い。

 

「流々武からデータが来てるからね。ピンク色の脳内麻薬がドピュドピュ」

 

 なるほど、科学の力か。

 ところで録音するからもう一回言ってくれないかな?

 

「……よく聞こえなかったのでもう一度お願いします」

 

 束さんの可愛いお声を俺に頂戴な!!

 ドピュドピュって言ってごらん!?

 って流々武から警告音。

 ヘッド部分がミシミシ言ってますね。

 

「今ISを解除すればしー君の頭蓋骨は割れる」

「いえっさー」

 

 ロマンある死に方だけど、それは年をとってからお願いします。

 と、馬鹿やってる場合じゃないな。

 千冬さんが飽きて素振りしてるもん。

 

「ん? もういいか?」

「大変お待たせしました」

 

 これから戦うって時に本当に申し訳ない。 

 でもグダグダはここまでだ。

 

「俺が勝ったら、今年いっぱいは千冬さんが束さんの面倒を見てください」

「良いだろう。だが、私が勝ったらお前がそのまま見てろ」

「私の扱いがぞんざい過ぎて泣けてくるね。でもどっちが勝っても損はないから我慢します」

 

 うん、束さんは本当にお得だよね。

 こうして千冬さんと遊べて、どっちが勝ってもストレス解消相手が居る。

 でも束さんは可哀想な子だから多めに見ちゃう。

 

「いざ――」

 

 束さんが両手を前に突き出す。

 

「尋常に――」

 

 千冬さんは腰を深く落とし、前傾姿勢。

 

「勝負!」

 

 

 

 

 

 おおっと!?

 千冬さんが消えたと思ったら、左側からブレードが飛んできた。

 慌てて手に持った得物でガード。 

 

「受け止めるとはやるじゃないか!」

 

 お褒め頂いてどーも。

 束さんの仕掛けがなければ一撃で終わってたね。

 過去に何度か手合わせした事があるが、その時とは違う一撃。

 骨の芯まで衝撃が響いたよ。 

 

「さてこのまま――」

「なんて、すんなりいくと思ってないでしょ?」

 

 頭上から頼もしい声が聞こえた。

 俺の役割は足と盾。

 攻撃は束さんの役目だ。

 

「ガトリングガンシールド×2ッ!!」

 

 両手のガトリングガンが火を噴く。

 やっぱガトシーは格好良い。

 

「ちっ」

 

 軽い舌打ちと共に、眼前に居た千冬さんが一瞬で消えた。

 千冬さんが立っていた場所の足元にいくつもの穴が空く。

 よく避けたな。

 

「しー君!」

「了解!」

 

 ――織斑千冬の行動パターンを解析

 ――初手を防がれ篠ノ之束から反撃を受けた場合

 ――背後からの奇襲の可能性が78%

 

 束さんにインストールされたシステムによって、千冬さんの動きを読む。

 

 前方に瞬時加速。

 後ろで丸太を横殴りにした様な風切り音が聞こえた。

 怖い怖い。

 

「ロール!」

 

 束さんの声に合わせ、片足を軸に回転。

 それと同時に束さんが弾丸を四方八方に打ち込む。

 見事な攻撃的防御だ。

 

 ――全方位攻撃された場合

 ――ブレードで地面を剥がし壁にして突撃する確率89%

 

 まじかい。

 

「はあっ!」

 

 地面が爆発したかの様に爆ぜ、幾つもの石の塊がこちらに向かってくる。

 飛天御剣流《土龍閃》!?

 千冬さんマジ最強。

 

「ひゅう♪」

 

 驚く俺とは違い、束さんが楽しそうに石をガトリングで打ち落とす。 

 飛んでくる石の処理は束さんに任せよう。

 予測された千冬さんの斬撃が、赤い線で視界に映る。

 これは唐竹か。

 受け止めなければ俺も束さんも真っ二つだな。

 

「ふんぬッ!」

 

 重い一撃をなんとか受け止める。

 手に持った鉄の塊がひしゃげないか心配になるな。

 

「……束が邪魔だな」

 

 世界最強が苛立っている。

 でもそれはしょうがない。

 攻撃を受け止められた瞬間、俺の上に乗っている束さんが銃口を向けるのだ。

 連撃を決めれば俺を沈められるだろうが、それが出来ない。

 雑魚相手に手こずるなんて、千冬さんざまぁ!

 

「避ける?」

「避けるとも」

 

 またもガトリングが唸る。

 だがそこは予定調和。

 千冬さんはそのまま真後ろに下がり、あっさり避けてみせた。

 さて、次の手は……

 

 ――連続で攻撃が失敗した場合は様子見の確率が94%

 

 おや、意外と慎重だな。

 

「馬鹿にしてすまなかった。確かに厄介だ」

 

 千冬さんが立ち止まって話しかけてくる。

 バイザーでしっかりと顔は見れないが、声で楽しいって気持ちを全力で表現しているよ。 

  

「いくつか気になるが、神一郎のソレはなんだ? お前、武器は持たない主義だと思っていたんだが」

 

 俺の装備品が気になると?

 まぁ気持ちは分かるよ。

 格好良いもんね。

 だが間違いだ。

 俺のコレは“武器”ではない。

 

「私の一撃で切れないし折れない。束が作った大剣なんだろうが、かなりの強度だ」

 

 だから大剣じゃないってば。

 これだからバトル脳は。

 

「千冬さん、俺のコレは大剣なんて物騒な物ではありません」

「そうだよちーちゃん。しー君が持っているのは、この私が全力で作った調理器具なんだから」

「は? 調理器具だと?」

「その通り。コレは束さん印の大型調理器具、その名も《鉄板》!!」

「焦げぬ! 歪まぬ! こびり着かぬ! 強度と料理のしやすさが売りの調理器具です!」

 

 鉄板を高々と掲げ自慢してみる。

 釣ったシイラを丸ごと焼いてくれた逸品です。

 油はけが良く、熱の伝導も良い。

 オプションの三脚を取り付ければ、焚き火を使ってどこでも料理出来る素晴らしき発明品だ。

 大きいから重量があるので、取り扱うのにISの使用を想定している。

 だから握り手があるので、見かけはモンハンの大剣に似てるってのは同意する。

 そこも含め格好良いのだ。

 

「で、お前が私の動きを読んでる様だが、どういった手品だ?」

 

 あ、調理器具だと知って興味をなくしやがった。

 一夏だったら、『すげー! 焼きそば何人前焼けるかな?』なんて無邪気に喜んでくれただろうな。

  

「攻撃を受け止めたのは、俺の実力だとは思わないんですか?」

「思わんな。お前、鍛錬を怠けてるだろ?」

「千冬さんから言われた筋トレ等は続けてますよ?」

 

 食道楽の俺には丁度良いダイエットだし、サボって千冬さんに怒られたくないしね。

 

「だがお前は筋トレの量を増やしたりしていない」

「よくぞ見破った!」

「怠け者のしー君が必要以上に筋トレなんかする訳がない。そんな暇があったらエロゲーしてます」

 

 束さん大正解。

 筋トレに慣れたからといって量は増やさない。

 だって時間を取られたくないんだもん。

 

「真面目に鍛錬してたならともかく、怠けてるお前が私の動きに着いてこれるはずがない」

 

 傲慢な言い方だが、間違っていない。

 モンド・グロッソでの優勝を目指し頑張っている千冬さん相手に、俺が戦えてる方がおかしいのだ。

 

「仕込んだのは束さんなので、タネを明かすかどうかはお任せします」

「ちーちゃんが知りたがってるのに教えないなんてありえない」

 

 対千冬さん用の切り札をバラすのか。

 哀れだな。

 世の中には聞かない方が良い事もあると言うのに……。

 

「流々武にインストールしたのはちーちゃんのデータだよ。ちーちゃんの事だけ先読み出来るのだ!……えっと名前はまだないんだよね。そうだな……うん、名付けるなら“ちーシステム”だね!」

 

 きっとガンダムのゼロシステムに被せたんだろうね。

 適当すぎ。

 もう少しよく考えましょうよ。

 

「先読みだと? そんな事出来るのか?」

「出来るんだなこれが。ちーちゃんの身長、体重、スリーサイズ、毎日の食べ物に平均咀嚼回数、一日に飲む水の摂取量、平均歩幅数、IS戦での好みの戦略、苦手な戦い方、トイレに行くタイミングに生理時期、それと――」

 

 止まる事を知らない束さんのマシンガントーク。

 愛されてますね。

 

「もういい。黙れ」

「――まだまだあるよ?」

 

 ストーカーに自分の事を聞くなんて、自爆行為だと思う。

 

「神一郎」

「なんです?」

「試合が終わったらデータは消せ。いいな?」

「了解です」

 

 流石に残す気はない。

 惜しいけど、束さんが許すはずないし。

 

「ま、そんなこんなで、ちーちゃんの戦闘記録や生活習慣、戦いの癖など、様々なデータを元にちーちゃん相手にだけは未来予知が可能なのです! 精度はイマイチでまだ実用段階ではないけどね」

 

 未完成だからまだ名前がないのか。

 タネを全部明かした様に見えて、斬撃の軌道が赤い線で予測される機能は言っていない。

 策士ですな。

 

「……この馬鹿の相手を数ヶ月任せてた事に対しては、悪いと思っている」

「今更そんな事を言っても遅いです。せいぜい俺の苦悩を知れ」

「ちーちゃんの言葉責めが心地良いです」

 

 流石は最強生命体。

 痛みを快楽に変えて対応するとはやりますな。

 

「さて、無駄話はもういいだろう。神一郎には悪いが、もう暫らくは束の相手をしてもらう」

「具体的にはいつまで?」

「一夏が独り立ちするまでだな」

 

 ははっ、ふざけろ。

 

「束さん、こっちから攻めても?」

「いいけど、よそ見は禁止ね?」

 

 赤い線が視界に映る。 

 予測される太刀筋は、左肩から右脇腹

 袈裟斬りか。

 

 金属と金属がぶつかる音が響く。

 

 ――攻撃を防がれた場合退避はしません

 ――連続攻撃で仕留めにくる可能性97%

 

 マジで!?

 

「たばっ! お! た! たばっ!!」

 

 助けて束さん!

 

 右薙ぎ、左薙ぎ、右切り上げ。

 ヤヴァイ。

 予測される太刀筋がヤヴァイ。

 赤い線が次々と映る。

 それは、オタクなら知ってる太刀筋だ。

 九頭龍閃だこれ!?

 

「たばぁぁぁ!」

「ん? 私を呼んでるの?」

 

 俺の助けを呼ぶ声が聞こえないのかなぁ!?

 一撃、二擊、そろそろガードが追いつかなくなりそう。 

 

「しー君が詰むまで後2手、1手……はい、そこまで」

「ちっ」

 

 束さんが銃口を向けると、千冬さんはあっさりと引いた。

 この天災、俺が苦戦するの楽しんでやがる。

 

「安心してしー君、遊びは程々にするから」

 

 さいですか。

 束さんの遊び心にはいつも感心するなぁ!

 この天災を遊ばせておくのはダメだな。

 こちらから攻めて束さんに働いてもらう!

 

 ――鉄板を収納、スコップを取り出す。

 

 スコップ無双だこの野郎!

 

 後ろに下がった千冬さんに向かってスラスター全開。

 

「尻だぜオラァ!」 

 

 腕を突き出す。

 腕を引く。

 その単純な動作を連続でやれば十分な攻撃になる。

  

 ひたすら刺す!

 防がれ、避けられても刺す!

 千冬さんの動きを少しでも阻害できればいい。

 

「ちーちゃんの服を剥がしてやるぜッ!」

 

 束さんのガトリングガンが千冬さんを襲う。

 

「舐めるなッ!」

 

 千冬さんがもう一本のブレードを振るう。

 二刀流とは胸熱ですね!

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 リアル二刀流って、一見すると適当に両手を振り回してる様にしか見えないよね。

 でもこの人、俺の攻撃と銃弾の両方を防いでやがる。

 

「流石は最近鍛えてるちーちゃん。純粋に尊敬するよ」

 

 俺はむしろ怖いです!

 しゃーなし。

 俺の手持ちを大放出してやんよ!

 

 後ろに瞬時加速。

 千冬さんと一気に離れる。

 牽制は束さんにお任せ。

 銃弾の雨で足止めよろです。

 

「見ろ。これが週末に束さんの玩具になる事で手に入れた俺の新しい力。脚部変換――《ラディカルグッドスピード脚部限定》!!」

 

 両足が光り、脚部の装いが変わる。

 足の裏をしっかりと地面に着け――いざ!

 

 地面を滑る様に千冬さんに接近。

 スコップからハンマー変更。

 足を止めず、すれ違いざまに振り抜く!

 

「ッ!?」

 

 お、表情が変わった。

 

「スピードが乗ってるから一撃が重いな。足の裏にローラーでも着いてるのか?」

「えぇ、空を飛ぶ以外にも移動手段が欲しかったので」

「いいな。実にいい。今までに見た事のない挙動だ。モンド・グロッソ前に良い練習になる」

 

 イメージとしては、スケートリンクで滑る感じだ。

 いやね、オーストラリアに行った時に思ったのですよ。

 壮大な砂漠や平原を前に、ただ空を飛んでるのはどうだろう? と。

 んで色々考えた結果、こうなりました。

 参考したのはボトムズのアーマードトルーパーと、コードギアスのナイトメアだ。

 いつかは壁走りもしてみたいね。

 そんな俺が、精神を磨り減らせて作ってもらった脚だが、千冬さんから見れば格好の得物らしい。

 脳筋め。

 誰か脚の名前にツッコミしてくれていいのよ?

 

「行動の先読みに、氷の上を滑る様な特殊な動き。私は楽しいよ神一郎」

「しー君がロックオンされました」

 

 ほほう。

 墓穴掘ったかね?

 いや、掘るなら千冬さんの墓穴だ。

 棺桶に束さんと一緒に押し込んでやるから、好き放題イチャイチャしててくださいな。

 

 ――会話途中の奇襲の可能性91%

 

 なんで!?

 

 ――驚異度が変化しました

 ――おめでとうございます

 ――《束様の玩具》から《ちーちゃんのサンドバック》に進化しました

 

 このインフォメーション絶対に束さんの悪意だよね!?

 

 なんて心の中でツッコミを入れてると、画面の中心に赤い点。

 小学生の剣道では突き技は反則なんだぞ!

 首を捻って直撃を回避。

 これは俗に言う“本気になった”ってやつだね。 

 束さんにもそろそろ本気を出して欲しいです!

 むしろ強制的に働かせてやる!

 

「ほえ?」

「……久しぶりに目線があったな?」

 

 中腰になって、束さんに手が届きやすくするテスト。

 

「くたばれッ!」

「わちゃちゃ!」

 

 千冬さんが両手のブレードを束さんに叩きつける。

 シールドがミシミシ言ってます。

 

「動いて! お願いだから動いてしー君! この体勢だと衝撃を逃がしきれないから辛い!」

 

 下半身の動きは非常に大切だ。

 今現在、束さんの下半身は俺。

 力を受け流すや、弾くなどを上手く出来ないのだろう。

 束さんににブレードが何回も叩きつけられる。

 頑張れ天災。 

 

「しー君ヘルプッ!」

「もっと可愛く」

「へりゅぷ!」

 

 舌っ足らずな感じで可愛いので許します。

 

「本気だします?」

「本気を出す前に束汁が出そう! てか出来上がりそう!!」

 

 ぐしゃっ

 

 それは流石に可哀想だね。

 右側面の瞬時加速。

 千冬さんの射程から逃げる。

 

「はぁ!」

 

 振られたブレードをハンマーで受け止める。

 腰を落とし、衝撃には逆らわずに後ろに吹っ飛ぶ。

 

「ふんっ!」

 

 追ってきた千冬さんが追撃。

 それもハンマーで受け止める。

 単発だけならガードは簡単だ。

 

「なるほどな」

 

 千冬さんが動きを止めた。

 

「衝撃を活かしそのまま後ろに退避か。面倒だが、限られた空間なら対処は簡単だ。このまま壁際に追い込めばいい」

「そうさせない為に私がいるんだけどね」

 

 おぉ?

 気付いたら真後ろに壁があった。

 そんで、束さんが千冬さんに銃口を向けていた。

 千冬さんを牽制してくれたのか。

 ナイスです。

 軽く息を吐いて集中する。

 ――瞬時加速。

 移動先は千冬さんの斜め前へ。

 

「衝撃の、ファースト・ブリット!!」

 

 千冬さんの頭を狙いハイキック。

 ブレードで防がれるがかまわない。

 すぐに千冬さんの背後に回り込み――

 

「壊滅の、セカンド・ブリット!!」

「舐めるなッ!」

 

 背後からの蹴りが当たる前に、俺の胸に千冬さんの蹴りが当たった。

 ぐむっ……やはり俺では兄貴みたいなクールな戦いは出来ないか。

 

「セカンドダメな子!」

 

 素晴らしいツッコミをありがとう!

 

 右足に赤い線。

 新品の装備を狙うのはやめてください。

 束さんがすかさずガトリングで迎撃。

 信じてました!

 右手に今度は鉄板。

 横を通り過ぎる時に振るうが、軽く避けられた。

 んで、シールドエネルギーは減った。

 何故に?

 

「しー君、下手に前に出たら死ぬよ?」

 

 俺の顔に横に、ガトリングシールドのシールド部分があった。

 それが真ん中程から斬れて、ぽとりと床に落ちる。

 

「俺の首をカウンターで狙った?」

「いえす」

 

 ――カウンターに注意してください

 

 注意が遅いよ。

 

「モンド・グロッソ前に経験を積みたいなら、私が協力してあげるよ」

 

 束さんの両手からシールドガトリングが消え、代わりの武器が握られる。

 先端が二股に別れた大型の銃。

 色が全体的に銀色だ。

 

「レールガン。日本語で言うと電磁投射砲」

「――来い」

 

 千冬さんの姿が消え、足元が爆ぜる。

 

 ――右側面から接近

 ――フェイントを入れてから足払いで体勢を崩す

 ――その後右手を切り落とす

 

 予測される千冬さんの動きがエグい。

 誰だ戦乙女とは言ったやつ! 小学生相手にこの戦法は鬼ですよ!?

 切り落とすって比喩だよね? 束さんが居るから無茶しても大丈夫とか思ってないよね?

 

 右からブレードが襲ってくる。

 だかそれに対しては、防ぐフリをして流す。

 片足を上げ足払いを回避。

 

 束さんがレールガンを発射。

 

「ちっ!」

 

 千冬さんが舌打ちをしながら回避。

 

 ――動きを止めてはいけません

 ――常に動いて束様のフォローをしましょう

 

 アッハイ

 

 言われた通り動き回る俺の上で、束さんはひたすら撃ちまくっている。

 

 なるほど?

 束さんの狙いと、千冬さんの舌打ちの理由が分かった。

 ではでは、協力いたしましょう。

 つま先立ちでバレリーナ回転してみる。

 

「ナイスフォロー!」

 

 でしょ?

 床が、壁が、天井が爆ぜて破片をバラまく。

 

「おまけでミサイルもプレゼント!」

 

 両肩、両足、局部にミサイルポッド現れる。

 フルアーマーTABANEの完成だ。

 

「ロックンロールッ!!」

 

 発射されたミサイルは四方、真上に向かい、発射されてすぐに炸裂した。

 壁や地面にいくつもの丸い穴が空く。

 

「クレイモアって知ってる?」

 

 マンガですか?

 リフルたんの男になりたかったです。

 じゃなくて、地雷の方だよね。

 確か鉄球を爆薬でバラまいて殺傷能力を高めてるんだっけ?

 束さんが撃ったミサイルには、弾頭に鉄球を詰め込んであったのか。

 おそロシヤ。

 

「くそっ!」

 

 破片や鉄球が当たったのだろう。

 苛立ってますな。

 千冬さんのスピードは厄介だ。

 だが、それは諸刃の剣でもある。

 超スピードで動いてる最中に硬い物体にぶつかれば、ダメージは必至。

 千冬さんは、壁の破片や鉄球でシールドエネルギーをチビチビと削られてるのだ。

 

 千冬さんは攻めきれないでいる。

 初手が防がれ、その隙に束さんに反撃されるからだ。

 連撃なら俺を沈めれる。

 しかし、束さんが邪魔で俺にトドメを刺せない。

 その束さんは、シールドエネルギーをちびちびと削る。

 実にいやらしい戦い方だと思います。

 

「勉強になるな。モンド・グロッソ前に散弾対策をしておくか」

「IS戦は相手のシールドエネルギーをゼロにしたら勝ち。こんな戦法もありありです。並の相手なら、散弾で削る前にちーちゃんが切り捨てると思うけどね」

 

 ――空戦に誘われる可能性があります

 ――誘いに乗ったら負けます

 

 急な警告ですね。

簡潔にどうも!

 ちょっとこのシステム俺に対して冷たくない?

 空戦が怖いのは分かる。 

 俺が“ラディカルグットスピード”を使用したのは、新装備を自慢する為ではない。

 さり気なく地上戦にしたかったからだ。

 空で戦えば下からも攻撃が来る。

 出来るだけ攻撃範囲を狭めたかったのだよ。 

 でもまぁ、此処は攻め時かな?

 

『束さん』

『例のアレだね? 了解だよ』

 

 内緒話で作戦会議は便利だよね。

 

 ――攻撃パターンが変更されます

 ――頭上に注意してください

 

 なんか段々と応答が適当になってる気がします。

 

 千冬さんが軽く浮かぶ。

 今までも浮かんでいたが、地面から数センチだった。

 しかし、今は3m程だ。

 低空飛行での高速戦闘は難易度が高い。

 だって操作をミスると、つま先が地面に刺さって大地とキスしちゃうからだ。

 ちょっとした動きなら俺にも出来るが、地面から数センチでの低空飛行で高速戦闘とか無理。

 今まで千冬さんは俺の土俵で戦ってくれた。

 んで、それで手こずったから本気も本気になった訳だ。

 悪いけど、付き合ってはあげない。

 

「とうっ!」

 

 束さんが合体を解除。

 ――肩車をやめただけだけど、ともかく解除する。

 そして俺の手の平に着地。

 お見事!

 大きく振りかぶって――

 

「タバゴン! 《ロケットずつき》!!」

「たばたばっ!」

 

 鳴き声一発、束さんは千冬さんに向かって飛んでいく。

 両腕を真っ直ぐ伸ばし、しっかり頭突き体勢なのは好感が持てます!

  

 ひらり

 

 ミス! チッフーは攻撃をかわした!

 

 そりゃそうだわな。

 でも攻撃を当てる事が狙いではない。

 千冬さんは迎撃しなかった。

 束さんとの接触を避けたかったのだろう。

 俺だってそうする。

 天災との不要な接触は避けるのが道理です。

 でもね、それは悪手だよ千冬さん。

 

 束さんが肩越しに振り返り、俺を見る。

 そして、こちらに向かって手を伸ばした。

 気付いてるかな? 今、千冬さんは天災に後ろを取られたんだよ?

 体を横に向け、俺と束さん両方に警戒してるのは流石だと思うけどね。

 

「来い! 流々武!!」

 

 ISが強制解除される。

 そして空に相棒を纏った天災の姿。

 

「しゃあ!」

 

 束さんが鉄板を千冬さんに投げつけた。

 千冬さんはブレードでそれを叩き落とす。

 驚いて慌てるかと思ったけど、かなり冷静だ。

 

「冷静だねちーちゃん。もしかしてこの展開読んでた?」

「何が起こっても冷静に対処するのは普通の事だろ?」

 

 常在戦場ですね。

 俺が女なら惚れてます。

 

「くんずほくれつヤッホーい!」

 

 そして良い男はストーカーに狙われるんですね。

 

「近寄るな! 日本語を話せ!」

 

 追う変態と逃げる美女。

 束さんは接近戦……否、格闘戦を仕掛けようとする。

 でも千冬さんは嫌らしい。

 逃げろ逃げろぷぷー。

 

「スコップって凄いよね。斬る、突く、払う、殴る、引っ掛ける。現代のハルバードと言っても過言ではないと思う」

「そう、だな! お前が持つと厄介この上ないッ!」

 

 束さんはスコップを巧みに扱い攻撃を仕掛ける。

 側面で切り、先端で刺し、柄でなぎ払い、スコップ面で殴り、足掛け部分を体に引っ掛ける。

 どうやら俺はスコップの実力を一割も引き出せてないらしい。

 

「良い修行になるでしょ?」

「モンド・グロッソでスコップを武器にする馬鹿はいないと思うがな!」

 

 二人だけの世界だ。

 そろそろ俺が動くタイミングかね?

 目線での合図なんて、千冬さんにバレそうな事はしない。

 束さんを信じて大人しく待つ。

 

「とぅ! たぁ! ほぅ!」

 

 右手にスコップ。

 左手にツルハシ。 

 千冬さんの二刀流に対抗するかの様に、束さんは違う得物を同時に扱う。

 変則二刀流も格好良いよね。

  

 千冬さんのブレードが、スコップの足掛けに引っ掛かり地面に落ちた。

 束さんが一気に距離を詰める。

 ここからどうなる?

 殴るか、組むか、それとも――

 

「ちぇりお!」

 

 天災の答えは回し蹴りでした。

 千冬さんは胸に蹴りを叩き込まれて吹っ飛ぶ。

 進行方向に居るのは俺だ。

 おいでませ!

 

 束さんに向かって手を伸ばす。

 

「来い! ボン太君!!」

 

 あぁ、懐かしきかなぼん太君。

 俺は今、ボン太君に包まれている!

 

『ふもっふ!』

 

 千冬さんに向かって全力ダッシュ。

 

「なんだ? 着ぐるみか?」

 

 今まで意識の外だった俺の存在に気付いたのだろう。

 目が点になっている。

 だよね。

 でも甘く見ると後悔するよ?

 

『ふもー!』

 

 腰にしがみつく。

 これはセクハラではありません。

 合法です。 

 

「このパワー……ISか!?」

『ふもふも!』

 

 俺は飛んできた千冬さんを受け止めた形だ。

 そして、千冬さんのお尻に顔を押し付けてます!

 ボン太君ヘッドを解除して、顔を押し付けたいなー!

 

「ふんぬッ!」

「がっ!?」

 

 束さんがハンマーで千冬さんの頭を殴りつけた。

 股間がひゅんとした。

 セクハラはダメだよね。

 親友の頭を容赦なくハンマーで殴る束さんってマジ天災。

 流石の千冬さんも効いたのか、ふらついている。

 束さんの右手にはツルハシ。

 それを今度は、千冬さんの背中に何度も叩きつけた。

 容赦ないな。

 今のうちにシールドエネルギーを削るのは戦略としては正しい。

 束さんが流々武を使い、俺がボン太君を使う。

 ここまでは作戦通りだ。

 

「しー君!」

『ふもっ!』

 

 束さん考案の決め技をする合図だ。

 

「腕挫十字固!」

『ふもっふ!』

 

 束さんが腕に関節技。

 俺が足に膝十字固めを……足に……ボン太君フォルムで関節技なんて出来る訳ない!

 普通に足を掴んで動きを止めればいいや。

 

「くっ!」

「暴れても無駄だよちーちゃん。サブミッションこそ王者の技、一度決めればちーちゃんだって抜け出すのは簡単じゃないよ」

「脳筋には関節技が効果的ってのはよく聞く話です」

「離れろッ!」

 

 千冬さんが壁にや床に俺と束さんを叩きつける。

 体を動かさなくても移動できるのはISの強みだよね。

 でも俺も束さんもISを装備中だ。

 多少壁にぶつかった程度では痛くない。

 

「関節を外せば……」

 

 関節技から逃げる為に自ら関節外すの?

 俺から見れば狂気です。

 

「いいの? モンド・グロッソ前に大きなダメージ負うかもよ?」

「……リスクが高いか」

 

 後先考えなければ千冬さんはまだ戦える。

 だが、これはあくまで試合。

 本番前にケガを負うのは避けたいだろう。

 何度か千冬さんは俺達を剥がそうともがいたが、段々と迫力がなくなってきた。

 足に抱きついている俺はともかく、束さんに関節技を決められてる腕は痛いだろうに。

 

「しー君を見てて思ったんだよね。変身ヒーローや光の巨人って、なんで律儀に戦ってるんだろう? って」

 

 それはね、創作物だからよ。

 ところで束さんはプライベートって言葉しってるかな?

 

「あの手のテレビってさ、相手の防御力が高くてヒーローの攻撃が通じない事が多々あるじゃん?」

 

 あるね。

 んでピンチになって、新技を閃いたり新しい技を覚えたりするんだ。 

 

「それを見て思うんだよね。世界の為に戦ってるのに、なんで全力で戦わないんだろうって」

 

 それはね、力を手に入れた主人公が、最初から正義の味方って訳じゃないからだよ。

 

「武器が効かない? 攻撃がはじかれる? だったら関節極めろよ。怪人だろうが宇宙怪獣だろうが、人型である以上関節は存在する。関節を破壊してからトドメを刺せばいいんだよ!」

 

 敵の関節を壊してからトドメ刺す正義の味方とか人気……でそう?

 意外と斬新で面白いかも。

 

「怪人だろうが汎用人型決戦兵器だろうが、人型であるなら関節を破壊してみせる!」

 

 言葉がいちいち恐怖を誘います。

 本気で出来そうで怖いです。

 

「で、ちーちゃん。シールドエネルギーの残量はどんな感じ?」

「お陰様で順調に減っている。IS戦で関節技は盲点だった」

「大口径の銃やミサイルだけがISの武器じゃない。シンプルな技こそ最強なのだよ」

「モンド・グロッソだけを見据えるのは早計だったな。まずは日本代表決定戦だ。相手にレスリング選手や柔道選手がいないか注意しよう」

 

 千冬さんの身体が床に倒れる。

 勝負有りかな?

 

「千冬さん、降参ですか?」

「あぁ。ここからの逆転は無理だ」

 

 個人的には嬉しいけど、そんなに簡単に負けを認めていいのかね?

 今から罰ゲームの時間なのに。 

 

「ふー。ちーちゃんを抑えるのはひと苦労だね」

 

 関節技を解いた束さんはISを解除し、額の汗を拭いながら息を吐いた。

 余裕そうに見えてたけど、やっぱり大変だったのだろう。

 俺も同じくISを解除。

 肌に当たる空気が気持ちいい。 

 

「おっと忘れてた」

 

 束さんが再度ガトリングシールドを装備して、銃口を千冬さんのお腹に――

 

「トドメは刺さないと」

「ちょっ!?」

「おま!?」

 

 束さんは容赦なく引き金を引いた。

 

「ッ!? 束、お前……」

「そう睨まないでよちーちゃん。逃げられないようにするのは当然でしょ?」

「……そうだな」

 

 まさか逃げ出す為のエネルギーを残していたのか!?

 素直に負けを認めてたと思えば、ISを使って逃げる算段をしていたとは。

 そんなに束さんと遊ぶのが嫌なのか?

 ……嫌だよね。

 うん、嫌に決まっている。

 

「これでちーちゃんはまな板の上の鯉」

「は? なにを?」

「ちーちゃん動ける?」

「動けるに決まって……ん?」

 

 ガシャガシャと、装甲の下で身体を動かす音が聞こえる。

 だが千冬さんは床に転がったままだ。

 

「エネルギーの切れたISはただの金属の塊。ちーちゃんはもう逃げられないんだよ」

「――待機状態にすれば」

「それ無理」

 

 脱出しようと足掻く千冬さんを見下ろしながら、くしゃりと束さんの顔が歪む。

 用意周到ぶりに鳥肌が立ちます。

 でも気にしない。

 これで俺の夏休みは平和だヒャッホウ!

 

「笑ってないで私を助ける気はないのか?」

「あれ? しー君まだ居たの?」

 

 助けを求める視線と、邪魔だ失せろの視線を同時に浴びるのは初めてだ。

 まぁ俺の答えは決まってるのだが。

 

「束さん」

「ん?」

「俺、明日は学校なんで帰りますね」

「了解。またねしー君」

「待て待て待て!」

 

 きっと、今の俺は凄く楽しそうな顔してるな。

 

「ビールとツマミは置いていくので二人でどーぞ。空き瓶とゴミはまとめて置いといてください。後日片付けますので。あ、食べ残しはナシでお願いします。封を開けたら食べきってくださいね」

「はーい」

「だから待て!」

 

 ごめんね千冬さん。

 もし助けたら俺の身がヤバイんだよ。

 優しい千冬さんなら俺の身を案じてくれるよね?

 

「あ、そうだ。千冬さん、最後に一言」

「……言ってみろ」

「造られし命、織斑千冬。貴女のエロい身体は天災を鎮める為に存在するのだよ」

「お前今度会ったら覚えてろよッ!?」

 

 文句は束さんを放置した過去の自分に言うんだな。

 ではさいならー。

 

「待て! 待つんだ神一郎! 本当に帰る気か!?」

「もー。ちーちゃんてばさっきからしー君ばっかり。今は私だけを見て」

「やめろ! 近づくな!」

「んふふ、まずは汗を全部舐め取ってあげる」

「ふざけるなよッ! くっ……こんなもの」

「にゃふふ。無駄だよちーちゃん。私の計算が正しければ、ちーちゃんは拘束から逃げられない」

 

 楽しそうなやり合いが後ろから聞こえてくる。

 親友って素晴らしいよね!

 

「ちーちゃん、優しくしてあげるね。んにゅ」

「耳に舌を入れるな!!なんて私がこんな目に……まだだ、まだ私は負けていない!!」

 

 ピキピキと、硬い物が割れる音が聞こえてくる。

 

「まさか内側から装甲を剥がす気!?」

 

 貞操の危機に秘めた力が目覚めたようです。

 第二ラウンド開始ですかね?

 

「私の計算を越える!? いいよ……最高だよちーちゃん!」

 

 声だけでも分かる。

 イっちゃってる人間の声だ。

 

「はぁぁああぁあぁぁ!!」

 

 硬い金属が床に落ちる音。

 復活おめでとうございます。

 やはり早々に切り上げたのは英断だったな。

 あそこでネチネチと千冬さんをイジってたら、俺は半殺しにされてただろう。

 

「ちょっと舐めるだけだから! 膜をペロッと! ペロッとするだけだから!」

「死ねぇぇぇ!!」

 

 束さんの最低な発言の後、拳と拳がぶつかる音。

 

「ト○とジェ○ー仲良くケンカしな♪」

 

 鼻歌を歌いながら、俺は秘密基地を後にしたのだった。

 寂しがってる親友を慰めるのは親友の努めだよね!




○○○「貧乏神押し付けた」
○○○「貧乏神押し付けられた」
○○○「ボンビ~♪」

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