俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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まとめたら長そうだったので三分割にしてみた、


彼らの週末(金曜日)

 小学校に通う成人男性の心情は難しい。

 オタクにとって会話を合わせるだけなら簡単だが、ノリを合わせるのが難しいのだ。

 

「先生、佐藤君が宿題を見せてくれませんでした」

 

 帰りのホームルームで急に矢面に立たされた時とか、大人として困るよね。

 

「佐藤、なんで見せてやらなかったんだ」

 

 遊び半分の発言と理解してるから先生も普通に流すんだよな。

 気持ちは分かる。

 怒るに怒れない微妙な悪ふざけだもん。

 

「白石」

 

 俺は椅子に座ったまま後ろを振りかえる。

 ちなみに俺の机は教壇の真ん前です。先頭です。

 名前順の並びではなく、先生の指名でここに座ってます。

 授業中に関係のない事をしてるとこうなります。

 転生したら隣の○○君ごっこしたいと思うのは成人男性共通の思いだよね。

 

「宿題は1ページまたはプリント1枚につき100円、そう言ってるだろ」

「ケチくせーな」

 

 顔全体で不満を表しているのは問題児の白石。

 俺の真後ろって時点で察して頂きたい。

 まぁ悪いやつではなく、所謂“勉強できないけど明るいムードメーカー”だ。

 

「だいたい宿題見せるのに金取ってんの佐藤だけだぜ?」

「だったら大崎か栗原にでも見せてもらえ」

「アイツらな……」

 

 白石が後ろを振り返り、名前の出た二人は見つめる。

 だが二人は無言で首を横に振った。

 毎日毎日宿題見せてとねだる人って、大抵は見せてもらえなくなる法則ってあると思う。

 俺はタダで見せたりしない。

 学校生活は社会の縮図。

 タダで楽になんて甘えは許しません。

 

「先生、もうなにもなさそうですし終わりにしましょう」

「そうですね。では明日の予定ですが――」

 

 途中で話しを終わらせるが特に不満の声は出ない。

 この辺はいつも通り、予定調和ってやつだ。

 

「なんだよ佐藤、ノリわりぃーじゃん」

 

 後ろから白石が俺の背中をつつきながら話しかけてくる。

 かまってオーラを出すな。

 言わなくてもお前だったら分かってるだろ?

 

「なぁ佐藤、放課後サッカーしようぜ」

 

 全然分かってなかった。

 その空気の読めなさでムードメーカーを気取るとは……。

 あ、俺が勝手にそう言ってるだけか。

 

「悪いな白石。今日は用事がある」

「ん? そっか、今日は金曜か」

「そういうこと、俺はさっさと帰る」

「なぁ、お前何してんの? いい加減教えろよ」

「それはダメだ」

「ちぇっ」

 

 金曜日はさっさと帰る事を知っている白石は、どうやら俺の行動が気になっている様子。

 絶対教えないけどね。

 

「きりーつ、れい」

 

『先生さようなら、みさなんさようなら』

 

 最初は苦痛だった挨拶も今は余裕だぜッ!

 さいなら!

 

「待って佐藤君! 一夏君の新しい写真は!?」

「机の中にあるからケンカせずに分けろ!」

「佐藤! 日曜サッカーの試合があるんだけど参加――」

「しない!」

 

 クラスメイトを華麗に捌き、俺は教室から出る。

 なんか最近はおもしろ半分で俺を引き止めようとするんだよな。

 まぁクラスに馴染んでるって感じで嫌ではないが。

 

 

 

 

 

 学校帰り、俺はスーパーに立ち寄る。

 お店は男の味方、業務用スーパーだ。

 豚肉のバラ肉が1キロで千円。

 鳥がまるまる一羽で800円。

 魚は50センチ程のスズキが700円。

 料理の手間がかかるが、頑張ればかなりコスパが良い。

 かくゆう俺も、貧乏学生時代に魚を丸ごと一匹買って、ネットで捌き方を勉強しながら料理をしたものだ。

 

 てなわけで、取り敢えず豚肉1キロと鳥のササミだな。

 牛肉? んな贅沢なものは買いません。

 お、リーフレタスが50円か。

 2つ買おう。

 それと特大もやしは必須だな。

 業務用スーパーと言うと質が悪いイメージがあるが、んな事は貧乏人と腹ペコ男子には関係ない。

 みるみるカゴが一杯になる。

 最後に5キロのお米を持ち、俺はレジに並んだ。

 背中にランドセル、両手にビニール袋を持って俺は家に帰る。

 千冬式筋トレのありがたみを実感する瞬間である。 

 

 帰宅した俺はランドセルをソファーに投げ捨てる。

 荷物を床に置き拡張領域から黒い箱を取り出す。

 箱を開けると、中は空洞で真ん中に仕切りがある。

 なにを隠そう、これは冷蔵機能を有している簡易倉庫なのだ。

 下の段に肉や野菜、上の段にお米を入れる。

 これは全部束さんへの貢物だ。

 あの子、食べ物がなくなると俺のツマミ勝手に食べちゃうからね。

 業務用スーパー品だからケチくさいと思われるかもしれないが、この量を普通のスーパーで買うと出費がやばいのだ。

 ま、束さんならお腹を壊すことはないだろう。

 後は調味料各種とインスタント食品と冷蔵庫の余り物、それと一応ガスコンロも持っていこうか。

 

 本当なら日が沈んでから行動したいが、今は7月。

 未だ外は明るい。

 だがここで時間を潰すわけにはいかない。

 なので――

 

 簡易倉庫――その名も【束様への貢物を安全に運ぶための箱】のくぼみに指を引っ掛け持ち手を引っ張り出す。

 名前は気にしてはいけない。

 作ったのは束さんで、使うのは俺。

 色々と察して欲しい。

 さて、束様への――うん、もう箱でいいや。

 右腕に流々武を展開、しっかりと箱の持ち手を握り、玄関ののぞき窓から外の様子を伺う。

 周囲に人影なし。

 そっとドアを開け外に出る。

 頭部を展開。

 ハイパーセンサー、集音機能を活用し、万が一にでも人に見られないように気をつける。

 頭と右腕だけ機械で、どう見ても怪しいが気にしてはいけない。

 全身纏うと通路で動けなくなるし、これが精一杯なんだよね。

 てな感じで人に会わないよう俺は階段を上がり屋上を目指す。

 屋上の鍵は普段施錠されているが、俺は合鍵を持っているので問題ない。

 なぜ合鍵があるかって?

 織斑姉弟は俺の家で食事をしたことがある。

 変態やストーカーって、好きな人が使った箸やストローを欲しがるよね?

 それが答えだ。

 

 屋上に出たらもう安心。

 流々武を展開しステルスを使用。

 箱は右足の太もも部分に取り付けられる仕様なので、しっかりと取り付ける。

 黒い箱はダテではない。

 この箱もしっかりと姿を消せるのだ。

 本当なら陸ガンコンテナ仕様みたいな感じで背負いたかったが、とある理由から背中に背負えないのだ。

 まぁ太ももに装着するのもちょっと格好良いんだけどね。

 さて、これで誰にも見られる心配がなくなった。

 

「ジュワ」

 

 空に向かって飛翔する。

 一直線に昇って行き、雲の上に出る。

 ここで最後の仕事だ。

 音声認識しか受け付けないクソ仕様に恨みを込めて――

 

「“束さん、会いたいです”」

 

 俺のセリフに反応し、背後に大きなブースターが現れる。

 現れたのはガンダム試作1号機FBの様なかっちょよいブースター・ポッド――などではない。

 良く言えばロケット、悪く言えば人参だ。

 これも作成の時に束さんとひと悶着あって今の形になった。

 色が黒になったのが救いだ。

 アヤツ、まんま人参を取り付けようとしやがったからな。 

 形に拘ることにばかり目を取られ、使用するのに音声認識しか受け付けないっていう罠を見逃してしまったが……。

 まぁ性能は間違いなくピカイチだ。

 この長距離移動用推進装置【束さんに会いたい気持ちがその背中を押すのさ】略してブースターがあれば、地球上を自由に動き回れる。

 エネルギー効率の点から長期時間は使えないけどね。

 

 てなわけで――

 

「GO!」

 

 飛行機にかち合わない様に高々度を保ちつつ、俺は空を飛んだ。

 

 

 

 

 目的地に向かって真っ直ぐ進む。

 空から見下ろす風景は格別である。

 あるが、だ。

 ぶっちゃけ同じような風景が広がれば飽きるのが人間の悲しいところ。

 

『ちぃ?』

 

 だから俺はアニメを見ている。

 視界のど真ん中に美少女パソコンが映る生活。

 実に素晴らしい。

 いやはや、ISの可能性は無限大だ。

 これってちょっといじれば未来のゲーム機になりそうだよね。 

 むむ、俺が死んだ後にプレ○テからヘッドギアを使用した超リアルなゲームが出てるきがする――

 

 そんな馬鹿な事を考えながらアニメを見ること数時間。

 俺は目的地上空に到着した。

 

 タクラマカン砂漠とチベット高原に挟まれる崑崙山脈。

 標高6000m以上の高山が、200峰以上連なっている大山脈が今回の目的地だ。

 いいよね、崑崙山脈。

 オタク心……いや、厨二心を刺激される。

 すでに日が落ちているので、暗闇で景色を楽しめないのが残念だ。

 高度を下げ合流地点を確認。

 望遠モードで地表を見ると、特徴的なウサ耳がぴょこぴょこ動いていた。

 

 ところで、スカイダイビングって知ってる?

 

「流々武解除」

 

 体が空に投げ捨てられる。

 離れ離れにならないよう、箱をしっかりと両手で抱える。

 

 初めてのスカイダイビングの時は私服だった。

 恐怖と興味がせめぎ合い、興味が買った瞬間、俺は空の上でISを解除していた。

 結果は大失敗。

 服は風圧でヨレヨレに。

 ゴーグルが無かったので目も開けられず景色も見えなかった。 

 そして、あまりの怖さでちょっとちびっ……本当にちょっとだけ、うん……。

 

 二回目は前回の反省を生かし、全裸で飛んだ。

 まぁあれだ、自分の恐怖を誤魔化す為にテンション上げた結果だ。

 当時の自分の心境は今では分からないですハイ……。

 その時の失敗はノーガードだったということだろう。

 開放感は半端ないけど、風圧でね、男の第二の心臓的なアレがね、凄く痛かった。

 

そんな過去の反省を生かした俺の新しい楽しみ方。

 それは――

 

「服を拡張領域に収納」

 

 一瞬で服が消え全裸になる。

 

「装備――“赤フン”!!」

 

 次いで装備品を呼び出す。

 俺の腰に日本男子の伝統的な衣装が装着される。

 更に目を守る為にゴーグルを装備。

 

 燃えるような赤。

 風になびく裾。

 これぞ日本男子の心意気!

 束さんにも大好評だった姿である。

 

「ヒャッホッー!」

 

 重力に引っ張られ、体が落ちる。

 最初は怖かったが、慣れればこの感覚は病みつきだ。

 夜のため地面が見えないが、いつ地面に衝突するか分からない恐怖もまた乙なものだ。

 

 ――衝突まで残り500メートル 

 

 流々武から警告。

 それそろ限界か。

 

「流々武、展開」

 

 全身に纏い、体勢を立て直す。

 スラスター全開で落下の勢いを殺す。

 

「しー……く……」

 

 こっちに手を振る姿が見える。

 

「よっと」

 

 軌道を修正し束さんの目の前に着地する。

 

「しー君最高!」

 

 ケタケタと束さんが俺を指差して笑う。

 

「褌一丁で落ちてくる姿はいつ見ても笑えるよ」

「開放感が最高なんです。一緒にします?」

「出会い頭でセクハラはやめい」

 

 出会い頭で人を笑う奴がよく言う。

 

「しかしこんな場所に秘密基地を作るんですか?」

 

 周囲を見回すも、岩肌と雪しか見えない。

 木すら生えてなく、なんとも寂しい場所だ。

 

「そうだよ。ほら、ここに立てるのさ」

 

 束さんが指差す先には、人の手が入ってない山では有り得ない平らな地面。

 俺が来るまでの合間に準備したのだろう。

 

「んで此処に――」

 

 束さんが手を上げると、空き地に家が現れた。

 スタンド使いの仕業だッ! ってツッコミたいけど――

 悲しいかな……これ、科学なのよね。

 

「しかしまぁ見事な使い捨て感ですね」

「そりゃあ使い捨てだもん」

 

 家と言っても、見かけはただの平屋の一軒家。

 しかも全面鉄製?

 壁もドアも鈍い鉛色だ。

 

「これ鉄製ですか?」

「んにゃ、チタン」

「へー、チタンとは凄いですねー」

「しー君、話しを広げられないなら聞かない」

「すみません」

 

 チタンって言われてもね、軽くて丈夫って印象しかないんだよね。

 それで家を作るのが凄いかは俺には判断できません。

 

「ダナンで金属板を組み合わせて家を作り、現地で拡張領域から取り出せばあら不思議、一瞬で秘密基地の出来上がり。ふっ、自分の天才ぶりが怖いぜ」

 

 家って言うには居住性悪そうだけどね。

 まぁ使い捨てならいらないか。

 

 篠ノ之束のIS発展計画その一

 

 【使い捨て秘密基地】

 

 それはISの発展の為に束さんが考えた作戦だ。

 現在、ISの開発、発展は束さんの手から離れている。

 各国がISコアを用いて自国で開発しているからだ。

 だがしかし、それぞれの国の頭脳が集まろうと、束さんから見れば無能の集団。

 遅々として進まないIS開発に怒った束さんが、行動を起こさない訳がない。

 この作戦を簡単に説明すると――

 

 部下『隊長! 町で篠ノ之束の目撃情報が!』

 隊長『なんだと!? もしや我が国に潜伏しているのか? 今すぐ情報を集めろ!』

 部下『多数の目撃情報を集め精査した結果、篠ノ之束の隠れ家らしき建物を発見しました!』

 隊長『よし! 乗り込むぞ!』

 部下『どうやら逃げられたようです。ですが、様々な機械や設計図を手に入れることができました!』

 隊長『くっくっくっ、これで我が国のIS開発は他国に差を付けることができる!』

 

 こんな感じである。

 これを全世界でやるらしい。

 天災も楽ではない。 

 

「さあ入って入って」

「お邪魔します」

 

 ドアを開けて中に入る。

 

「束さん、明かりあるの?」

「あるよ。あ、靴は脱いでね」

 

 明かりが灯り、室内の様子がハッキリと見える様になった。

 ちゃんと下駄箱もあるのか。

 

「右手奥がトイレで隣がシャワー室だよ。電気はバッテリーから引いてて、日中は太陽光発電で充電可。水は地下水を汲み上げてて、排水はフィルターや微生物を使って綺麗にしてから流してます」

「これが使い捨てってかなり贅沢」

 

 想像以上に良い家だった。

 俺の別荘にしたいくらいだ。

 ……ねだったら俺にも作ってくれるかな? 

 

 内装はかなり質素。

 台所とテーブルに椅子しかない。

 でもまぁ、俺と束さんには関係ない事だ。

 

「しー君、冷蔵庫は置いておくね」

「はいよ」

 

 束さんが設置した冷蔵庫に、箱から取り出した肉や野菜を入れる。

 

「束さん、この辺の借りるよ」

「どーぞ」

 

 部屋の角に一人用ソファーと小さなテーブルを置く。

 俺の居場所完成である。

 拡張領域便利過ぎワロタ。である。

 

「束さん、晩御飯どうする?」

「もちろん食べるよ。作るのはしー君ね」

「了解」

「ちょっと外出てくるから待ってて」

「ほーい」

 

 さてと、使うのは……肉ともやしとリーフレタスでいいか。

 拡張領域から出すのはまな板と包丁とフライパン、後はボールだな。

 

「たっだいまー。パイプに水通してきたよ。一応蛇口からの水もフィルターを通すからお腹を壊すってのはないと思う」

「ところで束さん、火は?」

「おっと忘れてた。はいIHコンロ――む、炊飯器忘れちゃった」

「なら飯ごうですね」

 

 最新家電とアウトドアの融合である。

 

 まずはお米を研いで飯ごうへ。

 

『はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣いてもふた取るな』

 

 この唄がある限り、飯ごう炊きに失敗はない!

 

 フライパンが熱くなったら油を引き、肉を投入。

 

「ねえしー君」

「なんです?」

「このお肉安くない?」

 

 束さんがパッケージの値札を見せつつジト目で睨む。

 

「束さん、安かろうが高かろうが、肉は肉だろ?」

「肉にこだわりがある人に殺されそうだね」

「黙れ素人。高級肉の味なんぞ知らない方がいいんだ。それが一番平和なんだよ」

 

 今でも思い出す前世の苦い思い出。

 社会人になって数年目、久しぶりに友人と会い焼肉の食べ放題に行った時、友人の『やっぱ安い肉はイマイチだな』の一言。

 普通に美味しいと思っていた俺の心中はとても穏やかではなかった。

 格差社会による友情の亀裂を感じたね。

 

「私を接待した人間は松阪や黒毛を貢いでくれたよ?」

「………束さんを想う気持ちだけは負けてませんので」

「ほーう?」

 

 ニマニマと笑う束さんを無視して、俺は料理を続ける。

 リーフレタスを洗い、大皿に盛り付ける。

 肉に焼き目がついたらモヤシを入れて、味付けは焼肉のたれと隠し味で生姜を少々。

 それをリーフレタスの上に乗せれば――

 

「はい完成」

「ちょっと手抜きが過ぎるんじゃないかな!? しー君もう少し料理できたよね!?」

「箒や一夏に食べさせるならともかく、男の独りメシなんてこんなもんさ」

「これの何処に私を思う気持ちが!?」

「リーフレタスあたりが俺の気持ちです」

「ベジタボォ!」

 

 きっと俺だけなら野菜はモヤシだけだった。

  

「お米も炊けたね。ほら、座って待機」

「はーい」

 

 飯ごうから茶碗にご飯をよそい、取り皿を並べる。 

 

「んじゃ食べましょうか」

「真ん中の大皿に肉、味噌汁や副菜はなし。なんだかなー」

「あ、忘れてた。ほらよ、キムチ」

「半分ほど食べてあるんだけど!?」

「一度で食べきれなかった残りだからな」

「残りもの……この天災に残りもの……」

「文句言わないの。黙って食べなさい」

「むぅ……」

 

 束さんが若干不貞腐れる。

 たぶんだけど、束さんは自分の為に手の込んだ料理を作って欲しかったんじゃないかなと思う。

 ごめんよ束さん。

 プライベートな時間は基本楽したい派なんだ。

 

『いただきます』

 

 大皿から肉とモヤシを箸で取り、取り皿に乗せる。

 うんうん、この生姜の香りが食欲を増進させるんだよな。

 

「うむ? あんな手抜きなのに悪くない」

 

 束さんが一口食べてそう評した。

 別に不味く作る気はないんだから、そりゃそうだ。

 肉とモヤシと焼肉のタレは失敗しない組み合わせだしな。

 

「ふむふむ、生姜が効いてて良いね。空きっ腹に白米が染みるよ」

 

 もむもむと束さんがご飯を頬張る。

 たんとお食べ。

 

「しんも、あふは、どおふる」

「食べるか喋るかどちらかにしろ」

「…………(もぐもぐ)」

 

 黙って食べるんかい。

 文句言ってた割に素直な束さんであった。

 

「んごきゅ。でねしー君、明日なんだけど、結構忙しいから覚悟してね」

「危険なことやドンパチはお断りですからね」

「だいじょーび。基本は私だけでなんとかなるから。基本は」

 

 存外にもしもの時は出番があると言ってるな。

 さて、なんで週末に束さんと一緒に居るかというと、俺と束さんの間に取引があったからだ。

 俺は束さんに作って欲しいものがある。

 束さんは小間使が欲しい。

 そんなやり取りの結果、束さんに移動用ブースターなどを作ってもらい、逆に俺は食材や日用品の補充、そしてアッシーをしているのだ。

 全ては素晴らしい未来を掴む為への投資である。

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 束さんがパンと手を叩く。

 意外とそいった所はしっかりしてるんだね。

 

「お茶とコーヒーどちらにします?」

「お茶」

「はいよ」

 

 食後は自由時間。

 だけど特別な会話はせず、俺と束さんはそれぞれ勝手に動きだす。

 

「ちょっと散歩してきます。この周囲で気を付けることあります?」

「んー? ISがあれば大丈夫でしょ」

「そっか、なら行ってきます」

「いてらー」

 

 束さんは動く気がないようで、椅子に座ったまま俺を見送った。

 俺も無理に誘ったりはしない。

 人間それぞれ自分のペースがあるもんね。

 

 ドアを開け外に出ると、周囲は暗闇に包まれていた。

 都会では味わえない純度の濃い闇だ。

 月明かりを頼りに近くの岩に腰かける。

 夜空を見上げると満点の星空。

 星ってこんなに夜空に浮かんでるんだと感動する。

 しかし、崑崙山脈か……。

 生前じゃ考えられない。

 あ、今更ながら束さんへの感謝の気持ちが凄い。

 今度はもう少しちゃんとした料理を作ってあげよう。

 

 岩に座ったままボーっと空を見上げる。

 贅沢だなぁ……ほんと贅沢だ。

 

 

 

 

 

「さぶっ」

 

 どれだけ外にいただろうか。

 すっかり体が冷えてしまった。

 そろそろ戻るか。 

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 

 おおう。

 ドアを開けると、そこは見知らぬ研究所でした。

 壁際にはラックが並び、用途不明の機械の部品が並ぶ。

 床にはいつの間にかカーペットが敷かれ、束さんが床に座りながら周囲にディスプレイを投影させていた。

 

「ふーん? モンド・グロッソ前になんとしても私を見つける? 手段を選ばない? SM趣味の変態が言うじゃないか。そんなお前のマル秘写真を週刊誌にプレゼント。社会的に死ね」

 

「ふむふむ、工作員を日本へ? こいつ等の情報はじじいに投げれば良いか」

 

「ほうほう、私のクローン作成? 遺伝子マップが別人なんだけどこの組織大丈夫かな? ……一応潰しておくか」

 

 流れる文字を眺めなら、束さんが恐ろしい独り言を呟く。

 触らぬ天災に祟りなし。

 放置だな。

 

 冷めた体を温める為にコーヒーを入れ、自分用の小さなテーブルに置く。

 拡張領域からラノベを取り出す。

 大勢の“くぎゅう病”患者を生み出した名作である。

 

 シャナたんはぁはぁ

 

 もちろん昔読んだ作品なので内容は覚えているが、なにか違和感が……。

 

 パラパラとページをめくり読み進める。

 

 なるほど?

 

 なんとなく違和感に気付いた。

 ISの世界は女尊男卑の世界である。

 今はまだISが発表されて日が経ってないのでそこまで顕著ではないが、下火は点いている。

 恐らく、モンド・グロッソ後に炎上するだろう。

 しかし、僅かにだがその影響が創作物に出ている。

 今読んでる作品、ちょっとばかし主人公が情けない。

 知将感はそのままだが、俺が知ってる主人公よりほんの少しヘタレなのだ。

 逆に、ヒロインのクールっぷりが強くなっている。

 作者が同じだから面白いのは変わらないけど。

 

「ん?」

 

 もしやだけど、これから先はTS系が増えるかも?

 

 強い男が女を守るではなく、強い女が男を守る。

 シャナたんで例えると――

 

 俺が知ってる世界の作品では、ちょいワルオヤジのシュドナイが、青髪ロリのヘカテーたんに『お前はオレが守る(キリッ)』と言っていたが、

 

 この世界では、軍人風お姉様のシュドナイ様が、青髪ショタのヘカテーくんに『お前はワタシが守る(キリッ)』とかなるかもしれない……。

 

 女尊男卑も悪くないんじゃないか!?

 やばい、なんか未知の感情が溢れてきた。

 

 ギュルルル!

 

 将来を考えると女尊男卑は心配だったが、楽しみがあれば生きていけるのがオタクという生き物。

 エロゲーはアレだな、強気女子の作品が増えそうだ。

 

 ギュイーン!

 

 それとは逆に、鬱憤が溜まった男のはけ口用に、ドギツイ内容のエロ作品も需要が増えそうだ。

 いやー、これはこの先楽しみですな。

 

 ガガガガッ!

 

「うっさい!」

 

 さっきからなんの騒音だ。

 時間を考えろ時間を。

 

「なんか言った?」

 

 ゴーグルに厚手の手袋……。

 なんで完全装備してんの?

 

「なにしてるんです?」

「見て分かんない? 工作」

「それは分かる。むしろそれしか分からん」

「説明いる?」

「要りません」

「そっか」

 

 ゴガガガガッ!

 

 ラノベを読みたいが、音がうるさすぎる。

 ちょっとやそっとの音じゃ気にしないが、これは酷い。

 

「束さん、もう少し音量下げて」

「断る」

 

 有無を言わさない拒否っぷりだ。

 

「そう言えば明日は何時から行動開始するんです?」

「んと、組織の取引が4時からで、流々武の移動速度を考えると――3時くらいに出発かな」

「それ、午後4時?」

「午前に決まってるじゃん。朝方ってのは色んな意味で一番気が緩むからね。下手に深夜に動くより、日が昇ってからの取引の方が警察なんかの目を誤魔化せるんだよ」

 

 その組織ってのがどんなもんか知らないが、なんとも健康的だな。

 まぁ確かに、日本では深夜にパトカーが警邏とかしてそうだけど、朝方4時~5時の日が昇ってからはしてないイメージがあるな。

 ところで、それはつまり2時起きってことかい?

 

 今の時刻は、現地時間の22時。

 今すぐ寝れば4時間は寝れる。

 

 ギュルン! ギュガガガガッ!

 

 今すぐ寝れば、だけど。

 

「束さんや、そろそろ寝ない?」

「しー君は寝てていいよ? 私はまだ全然眠くないし」

 

 フォン――フォォォォォォン!

 

 このよくわからん音が鳴り響く部屋で寝ろと?

 てか工作の音が異音すぎて超気になる。

 生前なら一徹くらいは大丈夫だったが、残念な事に今の俺は小学生。

 多少は寝ないと動けない体なのだ。

 ――しょうがない、なにか手を打たないと。

 

 ソファーとテーブルを拡張領域に片付け、カーペットの上に二人分の枕と毛布を用意。

 散らばる部品を一箇所に集めてスペースを確保する。

 

「ほら束さん、美容に良くないから徹夜は止めた方がいいよ」

 

 束さんの背中に話しかけ、手招きしてみる。

 

「しー君」

 

 ギロリと、振り返った束さんが俺を睨む。

 

「あのね、私の生きてる時間の価値は凡人とは違うの。睡眠に時間を割く? それこそ時間の無駄使いってもんだよ」

 

 やりたい事が沢山あって寝てる時間が惜しいってことね。

 言いたいことは分かった。

 俺の選択肢は二つ。

 

 ①無理矢理寝かす。

 ②外でテントを張って寝る。

 

 ……安全策を取って②かな? 邪魔したら怒りそうだし。 

 あ、そう言えば束さんは無茶する人だった。

 せめて俺が気にかけてあげないとな。

 自分が寝る前に確認だけしとこう。

 

「束さん、何時間起きてる?」

「47時間32分14秒」

 

 アウトッ!

 それは年頃の乙女的にアウトだよ!

 今の束さん放置して自分だけ寝るのは、なんとも気分が悪い。

 それが本人が望んでることでもだ。

 

「最終確認です。寝ませんか?」

「もう、しつこいよしー君。そんなに私と寝たいの? 寝かしつけてあげようか?」

 

 束さんの右手には怪しげな液体が詰まった注射器。

 よろしい、ならば戦争だ。

 

「わかった。もう邪魔しないから作業音だけ下げて」

「ほーい」

 

 束さんが背を向けた。

 ふっ、油断したな馬鹿め。

 

 俺は毛布を手にそろりと束さんに近付く。

 

「ていっ」

「にゃぁ!?」

 

 背後から束さんの頭に毛布を被せる。

 

「おいで~」

「はーなーしーてー! 私の邪魔をするとは万死ものだよしー君!」

 

 暴れる束さんを羽交い絞めにし、無理矢理寝床に引っ張る。

 猛獣を大人しくするときは、視界を隠すのが重要だよね。

 

「良い子だからねんねしな~」

 

 毛布の上から頭をナデナデ。

 寝ましょうね~。

 

「私が寝ればそれだけ科学の発展が遅れると言ってくかー」

 

 よし、落ちた。

 毛布越しにだが、確かに束さんの寝息が聞こえる。

 なんだかんだ言っていても体が睡眠を欲していたようだ。

 

「くぴー」

 

 束さんの頭を枕に乗せてから電気を消す。

 

「さてと」

 

 束さんの隣に横になり、自分の毛布を被る。

 目覚ましをセットしてと――

 

「お休み束さん」

「むにゃ」

 




年始にはモンド・グロッソ編を……(FGO周回しつつ)

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