俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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最高の一年を君に(春)

 私、篠ノ之箒には友達がいない。

 クラスメイトや同級生の女子は全員がライバル。

 男の子はすぐにからかってくるのでとても仲良く出来ない。

 そして、それ以外の人間は、私が篠ノ之束の妹と知ると近づいて来なくなる。

 

 二人だけ――友達と言える人がいるが、正直、友達と言っていいのか分からない。

 

 一人は織斑一夏。

 剣の道ではライバルで、友達ではなく、それ以上の関係になりたいと思う男の子。

 

 もう一人は佐藤神一郎さん。

 道場では後輩で、学校では先輩。

 そして日常では――

 

「そっか、ちゃんと手を繋いでデートできたんだ?」

「はい、“迷わないように”って言ったらあっさりと繋いでくれました」

 

 まるで兄の様な人だ。

 

 道場での稽古後、一夏は家事があるため早々に帰ってしまうが、神一郎さんは残って私の話を聞いてくれる。

 今や私の日課の一つだ。

 

「良かったね」

 

 神一郎さんの手が私の頭を撫でる。

 姉さんと違ってとても優しい手付きは、触られるととても安心する。

 もちろん姉さんに撫でられるのは嫌いじゃない。

 だけど、姉さんはたまに力加減を間違う時があるから安心できない時がある。

 

「ところで箒、今度の日曜日は空いてる?」

「えっと――いつも通り午前中は稽古がありますが、午後は空いてます」

「なら良かった。んじゃさ、午後からお花見しない? 境内の桜も丁度いい感じだし」

「お花見ですか? 良いですね。今は丁度見頃ですし。あ、お弁当はどうしますか?」

「う~ん、三人で手分けしようか? 俺と箒と一夏で2人前作る感じで」

「私が全部作ってもいいですよ?」

「箒は一夏の手料理は嫌い?」

「――その言い方はずるいです」

 

 一夏の料理は好きだ。

 女としてどうかと思うが、とても美味しい。

 一夏の料理は食べたい。

 でも、一夏に手料理を食べて欲しい。

 両方共私の素直な気持ちだ。

 それなら神一郎さんの言う通りにした方が良いだろう。

 考え込んでいると、神一郎さんがニコニコ笑いながら私を見ていた。

 

「箒は可愛いな」

 

 そう言って神一郎さんはまた私の頭を撫でてきた。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんに“可愛い”と言われても照れなくなったのは。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんが手を伸ばした時、撫でられやすい様に頭を差し出すようになったのは。

 

 いつからだろう。

 神一郎さんの事を『兄さん』と呼びそうになったのは。

 

 

 

◇◇ ◇◇

 

 

 春の日差しが暖かい神社の境内の片隅で、いつものメンバーが桜の木の下に集まった。

 ブルーシートの真ん中には、一夏作の煮物中心の料理、私の揚げ物中心の料理、そして神一郎さん作のマッシュポテトや和え物中心の料理が並んでいる。

 それを囲むように私達は座っていた。

 

「みんな飲み物は持ったかな?」

 

 神一郎さんが紙コップを手に音頭を取る。

 そういえば、こういう時は年長者が動くと思うが、私達の場合は神一郎さんが仕切る場合が多い。

 なんでだろ?

 

「まず、一夏、箒、そして千冬さん。進級おめでとうございます」

「しー君、私は?」

「束さんは学校に行ってから言ってください」

 

 姉さんも一応千冬さんと同じ学校に在学している事にはなっている。

 一度も行った事はないみたいだけど。

 

「まぁめんどくさい挨拶は抜きにして、新しい一年頑張りましょう! 乾杯!」

「「「「かんぱ~い」」」」

 

 このメンバーで集まってお弁当を食べるのは珍しくない。

 今までの経験が私を急かす。

 飲み物を早々に降ろし、私は箸と紙皿を構える。

 狙いは一夏の料理だ。

 今日は三人で作った為、一夏の料理はそう多くない。

 うかうかしているとあっという間に無くなってしまう。

 

 まずは筑前煮だ。

 旬の筍と色取り取りの野菜。

 そして艶やかな鶏肉がとても美味しそうだ。

 

 そう思って箸を伸ばすと、私よりも先に一夏の料理に手を付けた人がいた。

 千冬さんだ。

 余り表に出さないが、千冬さんの一夏への愛情は本物だ。

 今日みたいな場でも千冬さんは一夏の料理に率先して手を伸ばす事が多い。

 もちろん、ちゃんと私の料理も食べてくれるんだけど。

 

 私と千冬さんの紙皿は一夏の料理で一杯になった。

 その事に満足して横に座る一夏の方を見ると、一夏が私の作った唐揚げを食べようとしている所だった。

 思わず一夏の口元を凝視してしまう。

 一夏がガブりと唐揚げを食べる。

 緊張の一瞬だ。

 

「ん~~。美味いなこの唐揚げ」

 

 一夏が頬を緩ませながらそう言ってくれた。

 それが嬉しくてつい顔を背けてしまう。

 

 ありがとうございます雪子さん。

 貴女の教えてくれたレシピで一夏を喜ばせる事が出来ました!

 

 顔の火照りが冷めるまで一夏から顔をそらしていると、ふと気付いた。

 二人の声が聞こえない事に――

 

 普段なら姉さんはうるさいくらい騒いで料理を褒めてくれるだろう。

 神一郎さんもだ。

 なのにさっきから二人の声が聞こえない。

 もしかして食べる事に夢中になっているのだろうか?

 そう思って、対面に座る二人を見ると。

 

「ちっ――」

「(ニコニコ)」

 

 神一郎さんは不機嫌そうだった。

 逆に姉さんはニコニコ笑っていた。

 

 ちょっと待って欲しい。

 私が知らない間に何があったのだろう?

 あんな不機嫌そうな神一郎さんを見たことがない。

 

 神一郎さんがしかめっ面で箸を伸ばした。

 神一郎さんが掴んだのは私の唐揚げだ。

 その唐揚げが神一郎さんの口に――運ばれる前に消えた。

 

 え? 今のなに?

 影のようなものが見えたと思ったら、神一郎さんの箸から唐揚げが消えていた。

 

「束さん」

「しー君(もぐもぐ)次はいっくんの煮物がいいな(もぐもぐ)」

「俺は箒の唐揚げが食べたいんです」

 

 神一郎さんの箸がまた唐揚げを掴む。

 まさかと思うけど――

 

「ふっ!」

「がう!」

 

 次の瞬間。

 身を乗り出して神一郎さんの箸にかぶりつこうとしている姉さんと。

 その姉さんの頭を左手で抑える神一郎さんがいた。

 

「いい加減自分で食べてくれませんかねぇ?」

「箒ちゃんの手料理をしー君に食べさせてもらう。束さんは幸せ者だよ」

「『食べさせる』と『食べられる』じゃ全然意味が違うんですが?」

「やだなーしー君。そんな事知ってるに決まってるじゃん」

「よーし、ケンカ売ってるんだなコノヤロー」

 

 会話をしながらも二人の攻防は止まらない。

 姉さんは笑いながらも口を開き、隙あらば唐揚げに食いつこうとしている。

 その姉さんの頭を、神一郎さんが力一杯押さえつけていた。

 神一郎さんは右手の唐揚げを口の運ぼうとするが、気を抜くたびに姉さんの頭が唐揚げに近づくため、なかなか食べられないようだ。

 

 だが、その拮抗もすぐに終わった。

 

「えい」

 

 姉さんが右手で神一郎さんの脇腹を突く。

 神一郎さんの体がビクっとなり、体勢が崩れた。

 

「しまっ!?」

「いっただき~」

 

 その隙を姉さんが見逃す訳もなく。

 

「もぎゅもぎゅ」

 

 神一郎さんの箸の先には、姉さんがしっかりと食いついていた。

 

「ふ……ふふ。篠ノ之束。お前は俺を怒らせた。今日はもう何も食べられないと思え」

「無駄だよ。今日のしー君は、私の“あ~ん係”だと私が決めたんだから」

 

 そこからは始まるのは醜い言い争いにド付き合い。

 二人共最近ケンカが多くなった気がする。

 でも――

 

「くっくっく、私に力で勝てるとでも? さあしー君。次はいっくんの煮物だよ」

「なにこの二人羽織モドキ!? もう自分で食べるのとほとんど変わらないじゃん!?」

 

 神一郎さんを後ろから抱きしめ、力ずくで二人羽織ごっこをしている姉さんはとても楽しそうだ。

 

「あぶっ!? 俺の口に無理矢理押し込むな! え? 最後の唐揚げ? くっ――束お姉ちゃん。僕唐揚げ食べたいな――って、なんで一口囓ってるんだよもー!」

 

 神一郎さんの犠牲がとても大きいけど――

 

 

 

 

 暫くして、目の前には空のお弁当箱ばかりになった。

 作り手としては、やはりお弁当が空っぽになるのは嬉しい。

 今はみんなでお茶を飲みながら桜を見ていた。

 ただ――

 

「箒の唐揚げ……一夏の筑前煮……」

 

 神一郎さんだけは、ほとんど何も食べれず肩を落としていた。

 姉さんの行動を見逃してた罪悪感があるが、下手に手を出したら被害が広がりそうだったんです。

 ごめんなさい神一郎さん。

 

「もうしょうがないなしー君は、本当は箒ちゃんの為に作って来たけど、しー君にも分けてあげるよ」

 

 姉さんがそう言って胸元をゴソゴソと探る。

 まったりとした雰囲気は一変して緊張したものになった。

 

「え~と、あったあった。じゃ~ん」

 

 姉さんが取り出したのはタッパーだ。

 大きさは普通のお弁当くらいで、中身は真っ黒なヘドロらしきものが入っている。

 

「箒ちゃん。ちょっと前にテレビに紹介されてた桜餅を食べたがってたでしょ? お姉ちゃん作ってきちゃった。ちゃんとテレビに出てたお店の味だから安心してね」

 

 姉さんはそう言うが、ちょっと待って欲しい。

 確かにこの前、○○散歩を見てた時に紹介されたお店の桜餅を食べてみたいと思ったけど、なぜ知っているんだろう? あの時は姉さんは居なかったはずなのに。

 あ、父さんですね? 父さんに聞いたんですよね?

 

「もちろん、お姉ちゃんなりの工夫も入ってるんだよ」

 

 どうしよう――姉さんの笑顔が眩しい。

 

「料理の『味』に関してはすでに完璧だと思うんだよね。だけど、そこで止まるのは凡人。束さんが次に目を付けたのは『匂い』だよ。束さんは研鑽を止めないのさ!」

 

 姉さんの料理には当たり外れがある。

 オリジナルを作られるととても人の食べ物と思えないが、味を真似ているなら大丈夫だと思う。

 匂いに関しては、確かに料理に大切な一因でもあるので反論はない。

 だけどなんでだろう。

 本能がここから逃げろと言っている。

 

「箒ちゃんが食べたがっていた桜餅に、お姉ちゃんが至高の匂いを付けたからね。喜んで箒ちゃん」

 

 姉さんはそう言って、とても無邪気な顔でタッパーの蓋を開けた。

 次の瞬間、私達を襲ったのは――私の人生で嗅いだことのない悪臭だった。

 

「「「「くさっ!?」」」」

 

 私だけじゃない。

 一夏と千冬さん、そして神一郎さんも反射的に鼻を摘んでいる。

 なんて言えばいいのか……。

 まるで、生ゴミを三日程外に置いて、それを鍋に入れ煮込み、腐った魚を加え、また外に出して、ゴキブリが群がったら完成する様な匂いだった。

 あ、でもなんだろう? 何か甘い匂いもする。

 とは言え悪臭には変わりなく、鼻を摘んでいる為口呼吸していても、あの匂いが肺に入ってると思うだけで具合が悪くなってしまう。

 

「束さん? この悪臭が“至高の匂い”なの?」

 

 私達の心情を神一郎さんが代表して聞いてくれた。

 

「そうだよしー君。真に人の心に作用する匂い――それがこの匂いなんだよ! 嗅ぐだけで人に快楽を与え、甘美な世界に誘惑する。しー君、私はね。人の感情に最も影響を与える匂いが、世間一般では悪臭と呼ばれる物だと知ったんだよ!」

 

 姉さんは自信満々言うが、その姉さんでさえ鼻を摘んでいるので説得力がないです。

 

「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみてよ。ね? 箒ちゃん」

 

 姉さんがタッパーを片手に近づいてくる。

 どうしよう。

 姉さんを悲しませたくないが、今回は流石に遠慮したい。

 助けを求め周囲を見渡すと、神一郎さんと目があった。

 

(食べれる?)

(無理です)

 

 そんなアイコンタクトが成立した。

 

「束さん。俺の空腹が限界です。先に貰ってもいいですか?」

「もう、しー君でばそんなに私の手料理食べたいの? しょうがないな~」

 

 口調とは裏腹に、姉さんはニコニコ顔で神一郎さんにタッパーを差し出した。

 

 流石です神一郎さん。

 これからは神一郎さんの家に向かって足を向けて寝れません。

 

「近くで見るとさらに桜餅には見えないな」

 

 神一郎さんが手に持ったタッパーを軽く揺らすと、中身が揺れていた。

 それはつまり、アレは固形物ではなく、粘度はあるが飲み物に近い物なんだと教えてくれる。

 桜餅とはいったい……。

 

「さて、それじゃあ――千冬さん。お願いします」

「了解だ」

「あれ?」

 

 神一郎さんからの要請に千冬さんが素早く反応し、背後から姉さんを拘束した。

 

「ちーちゃん? なんで私を抑えてるのかな?」

「ん? それは知らん。何をするのかは神一郎に聞け」

 

 神一郎さんの要請にすぐさま答える千冬さん。

 目的も聞いてないのに姉さんを取り押さえる千冬さんからは、神一郎さんへの信頼を感じます。

 見事なコンビネーションです。

 

「しー君? なんでソレを私に近づけるのかな?」

「だって、捨てたらもったいないでしょ?」

 

 私も神社の娘として、食べ物を粗末にしてはいけないと教えられていますが……神一郎さん、その邪な笑顔はいががなものかと。

 

「ほら、自分で処理しろ」

 

 そう言って神一郎さんは――

 

「ンンン!?」

 

 姉さんの口にソレを流し込んだ。

 

「ほれ、一気一気」

「しー君待っ――くさっ!? あ、でもうまっ!? あ、やっぱりくさっ!?」

 

 姉さんは『臭い』と『美味い』を交互に叫びながら、ソレを飲み干す。

 

「ごきゅごきゅ――けぷ……くさっ!?」

 

 全てを飲み干した姉さんは、最後に軽くゲップをして、そして自分の息の臭さに泣いていた。

 姉さん、それは女として色々アウトです。

 

「しかし、まだ匂いが無くならないな」

 

 神一郎さんが眉を寄せながらパタパタと手を振る。

 

 原因の桜餅は全部姉さんの胃袋に収まったが、周囲の悪臭は一向に収まらない。

 未だ鼻から手を離せない状況が続いています。

 

「一夏、悪いんだけど、ちょっとコンビニ行ってくれないか? スプレー型の消臭剤と、服用に○ァブリーズ。後、束さん用に口臭用のタブレットを買ってきてくれないか?」

「わかりました!」

 

 神一郎さんにお金を渡された一夏が喜んで此処から離れて行った。

 私も離れたいが――

 

「酷いよぉ。臭いよぉ」

 

 ブルーシートにペタンとお尻を付けて、ぐすぐすと泣いている姉さんを放置はできない。

 

「束さん、自分でも泣くほど臭いのになんで作って来たの?」

「理論上はコレが人を虜にする匂いなんだよ。ここまで臭いのは予想外だったけど……」

 

 どうやら姉さんも予想外の臭さだったようだ。

 試しもしないで人に食べさせようとするのはどうかと思うけど、ある意味姉さんらしいです。

 それにしても“人を虜にする匂い”ですか。

 確かにさっき感じた、あの悪臭の中の甘い匂いはクセになりそうでしたが。

 

「取り敢えず、束さんは一夏が帰って来るまで喋らないでください。束さんが口を開くと悪臭が広がるので」

「ふんだ。またそんな事言って」

「束さんは知らないんですか? 口臭は胃の内容物にも影響されるんですよ? アレを食べた束さんの口臭は臭いに決まってるじゃないですか」

「――――箒ちゃん」

 

 神一郎さんに指摘された姉さんが私の方を向く。

 

「お姉ちゃんとお喋りしよう?」

 

 そう言って姉さんは立ち上がり、私に近づいて来る。

 

「箒ちゃん?」

 

 ごめんなさい姉さん。

 別に姉さんの息が臭いと思ってる訳ではありませんよ?

 ですが、この匂いはちょっとキツいんです。

 

「ほら、箒も鼻から手を離さないでしょ? だから束さんは大人しくしてください」

 

 止めてください神一郎さん。

 そんな言い方したら姉さんが――

 あぁ、今にも泣き出しそうなくらいプルプル震えています。

 姉さん、鼻から手を離す勇気がない愚妹ですみません。

 

「ふ……ふふ……箒ちゃんに嫌われた……」

 

 いえ、別に嫌ってませんよ?

 

「私だけが箒ちゃんに嫌われるなんて許されないんだよ……」

 

 姉さんの目から光が消えた。

 これはヤバイかもしれない。

 

「あの、姉さ「道連れだよ。しー君」」

 

 私が意を決して話しかけようとしたら、姉さんが何かを持ちながら神一郎さんの方にグルンと振り返った。

 髪が顔にかかっていて少し怖いです。

 

「束さん、それはまさか――」

「誰が作ったのはアレだけだと言った?」

「おかわり……だと……」

 

 神一郎さんの目が、姉さんの右手に釘付けになる。

 そこには、先ほどのより小さいタッパーがあった。

 

「待て、落ち着いて話をしよう」

「私は十分落ち着いているよしー君」

「くそっ!」

 

 神一郎さんが姉さんに背を向け走り出す。

 だけど、天災と言われる姉さんから逃げられるはずもなく、あっという間に組み伏せられてしまった。

 

「つっ!? 千冬さんヘルプ!」

 

 神一郎さんが千冬さんに助けを求めるが――

 

「悪いな神一郎。束はもう私を警戒している。今抑えようとすれば、タッパーの中身が私に掛かる恐れがある。まぁなんだ……諦めろ」

 

 千冬さんの容赦のない言葉が神一郎に止めを刺した。

 姉さんに押さえつけられてた神一郎さんは、そこで抵抗を止めてしまった。

 

「束さん……優しく……してね?」

「ん~? それは無理かな~」

 

 そう言って姉さんは、とても可愛らしい笑顔で神一郎さんの口にタッパーの中身を流し込み始めた。

 

「くさっ!? あ、でも確かにうまっ!? あ、でもやっぱりくさっ!?」

 

 神一郎さんは、さっきの姉さんと同じ様に、『臭い』と『美味い』を繰り返しながら草餅を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 シュ―

 

 一夏の買ってきた消臭剤を周囲に振りまく。

 隣では、千冬さんが自分の服に○ァブリーズをかけていた。

 服に匂いが移ってそうで気になるそうだ。

 私も後でやろうと思う。

 それにしても――

 

「おら!(シュ)」

「とりゃ(シュー)」

 

 姉さんと神一郎さんは本当に仲が良い。

 

「なぁ箒、二人共なにをしているんだ?」

「何と言われてもな――見ての通り、消臭剤の掛け合いだ」

「――なんで?」

「私にも分からない」

 

 二人は互いにポーズ取りながら消臭剤を掛け合っている。

 

「消臭界のキングオブキング。数多の消臭剤の頂点に立つ、この○ァブリーズに勝てるとでも?」

「そんなのただのロートルじゃん。私が作ったこの“イレイザー”に勝てる訳ないんだよ」

 

 姉さんが作った消臭剤“イレイザー”は、『どんな匂いも一撃で消し去る』がキャッチコピーらしい。

 一夏が帰ってくる少しの間にそんな物を作ってしまう姉さんは流石です。 

 

「ちょっと待ってしー君。○ァブリーズって“キング”じゃなくて“クイーン”って感じじゃない?」

「――言われてみればそうですね。そこは同意します」

 

 二人の言い分はまるで意味が分かりませんが、ここで口を挟むのは野暮と言うものでしょう。

 

「そこだ!(シュ)」

「甘いよしー君(シュー)」

 

 仲が良いのは良い事ですが、顔に掛かったりしないように気をつけてくださいね?

 まぁ、姉さんなら無駄な心配だと思いますが。

 

 

 

 それから暫くして、やっと悪臭から開放された私たちは、ブルーシートに寝転がっていた。 それも、一夏の膝枕でだ。

 

 きっかけはやはり神一郎さんだった。

 最初に神一郎さんが『枕が欲しい』と言い始め、それに姉さんが乗り。

 あれよこれよという間にみんなを巻き込み――

 

「千冬姉、俺やっぱり少し恥ずかしいんだけど」

「黙って寝てろ」

「――はい」

 

 まず、千冬さんの太ももに一夏が頭を乗せて寝っ転がる。

 

「一夏、重くないか?」

「? 別に平気だぜ?」

「そ、そうか」

 

 その一夏の太ももに私が頭を乗せ。

 

「ん~箒ちゃんの匂い。お姉ちゃんは幸せだよ~」

「ひゃあ!? 姉さん。くすぐったいので頭をこすりつけないでください」

 

 私の太ももに姉さんが頭を載せている。

 

「束さん、嬉しいのは分かりましから、足をバタつかせないでください。落ち着いて寝れません」

「おっと、ごめんよしー君」

 

 そして、姉さんの太ももには神一郎さんが。

 上から見たら、まるで蛇のように見えるだろう。

 

 優しい春風が頬を撫でる。

 頭に下には一夏の体温がしっかりと感じられ、嬉しい半面、心地よくてそれが眠気を誘う。

 今寝たら凄くもったいないと思う。

 だけど、今寝たらとても良い夢を見れそうだ。

 

 少し考えた後、私はそっと目を閉じた。

 きっと、今日みたいな日がこれからも来ると信じて。

 

 それでは、おやすみなさい。




原作箒のイメージが強すぎて、子供箒の口調の違和感が凄い(><)

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