え?
え?
え?
なんで?
ダメだ。感情がまとまらない。人間とは窮地に立たされるとこんなにも脆いのか。
「じ、冗談だろ、モモ?」
ようやく出た言葉は陳腐なもので、本当に聞くべきはそんなことじゃない。彼女が嘘を着いていないことは眼を見れば誰にでもわかることだ。
「冗談じゃないっすよ。真剣っす」
「なんで……! どうしてなんだよ! 俺、何か悪いことでもしたか? 別の高校を選んだことなら謝るから!」
「違うっすよ、京さん。……私はこれ以上、あなたの重荷にはなりたくない」
「俺はそんなの感じたことなんて一切ない!」
彼女に詰め寄ると、その肩を掴んで抱き寄せる。華奢な体は今にも折れてしまいそうな弱さがあった。
俺が勘違いさせてしまった。俺が愛想をつかしたと勘違いさせてしまった。
出会う前のモモと同じ痛みを与えてしまった。
優しい彼女は俺達に遠慮して我慢していたに違いない。そして、俺以外にモモを認識できる人間はいない。
また一人ぼっちにさせてしまった。
やはりモモには俺しかいないんだ。
俺しか……!
「でも……でも、京さんは清澄に行ったのってそういうことなんじゃ……」
「違うんだ。俺の勝手な思い込みで、清澄を選んだんだ。それが俺達の為になると思って……でも、全然そんなことなかった。こんな思いさせるなら俺もモモと一緒に鶴賀に行けばよかったのに……!」
「京さん…………」
モモが
「寂しかった……寂しかったすよ……」
「……ごめん。ごめん。俺、モモのこと考えてなかった。……俺が弱かったから、バカだったから。もうモモがいない生活は嫌なんだ。お前がいないとダメなんだよ」
「……じゃあ、一緒に鶴賀に通って下さい」
「……精一杯頑張るけど、それはちょっと母と相談を……」
「ふふっ。これは冗談っすよ。……こうやって触れ合えるだけで幸せっす。願わくばこれからも……」
「それくらいならお安い御用だ」
「……ずっと一緒にいてください」
「……ああ。もちろんだ」
「……なら、許してあげるっす」
「ごめんな、モモ。本当にごめん」
「今の私は『ごめん』より違う言葉が欲しいっすよ」
「……愛してる、モモ」
「――満点」
そう言った彼女の綺麗な顔は目と鼻の先にあった。
唇に柔らかくあたたかな感触。
離れるまでのわずか3秒が永遠のように感じられた。
「……ふふっ。じゃあ、早速私の家に行きましょうか」
「え……? モモの家?」
「はい。約束したじゃないっすか。ずっと一緒にいるって。当然、泊まりっすよ」
「いいのか? いきなり世話になって」
「大丈夫っすよ。偶然(・・)、父の不倫がバレて偶然(・・)、両親が離婚して、どっちともあの家から出ていって私が一人で住んでいるだけだから」
そう淡々とモモは告げるが、内容は口調にと正反対に重い。
とても高校一年生の女の子が一人で抱えていい問題じゃない。今も笑っているけど、彼女はきっと悲しんでいるはずだ。俺だって親父と母さんが別れるなんて嫌だ。
彼氏の俺が支えてやらなきゃ……。
「……そうか」
「実はこれも絡んで、なかなか京さんと遊べなかったっすよ」
「それなら相談してくれたよかったのに……」
「心配かけたくないっすから。あ、安心してください。生活費はちゃんと振り込まれていますし、高校にも通っていますから」
「……なら、いいのか?」
「はい。今までも家では一人みたいなものでしたから。自由にできる分、やりやすさがあっていいっすよ」
「へぇ、憧れるなぁ、そういうの」
「まぁ、京さんは一人暮らしは出来なさそうですけどね」
「どういうことだよー?」
「だって、京さんのそばには私がずっといるから」
「…………」
「あっ、照れてるー」
「う、うるさい! ほ、ほら! 着替えるからちょっと下で待っててくれ!」
「あ、お気遣いなく。写真撮っておきますので」
「恥ずかしいからやめてくれないか!?」
「チェー。仕方ないので私はお義母さんに説明しておきますね」
「おー。頼んだ。モモが言った方が納得してくれそうだし」
「了解っす!」
彼女は部屋を出るとドタドタと階段を駆け下りていく。
『きゃー、お赤飯用意しなきゃー!』という母の声が聞こえたので、多分、説得にも成功したのだろう。
……モモの家か。過去の彼女との間に起こった事件を思い返していく。
どれもこれもギリギリで、最後には流されていて……。きっと今夜も彼女はその淫らな体を最大限に生かして攻めてくるはず……。
俺、理性保てるかな……。
そんなのんきなことを考えながらバッグに荷物を詰めていく。
彼女の家に行くということがどれだけ危険なことか気づかずに。
◆◇◆◇◆
場所は変わって東横家。外見は立派な一軒家だ。特に変なことはないし、止められた車や乱雑に並べられたママチャリに生活感も感じられる。小さく作られたガーデニングスペースもきっちり手入れされている。
「そこに止めておいてください」
「了解。いい家だな」
「気に入ってくれたなら嬉しいっすよ。では、どうぞ」
「お邪魔しまーす……」
玄関をくぐると、先導する彼女に従ってにそばにあった階段を上がり、モモの部屋へと入る。
彼女の名前にピッタリなピンク一色でカラーリングされた女の子らしい部屋だ。ベッドにはぬいぐるみが並べられていて、壁に掛けられたボードには俺達の思い出の写真が貼られていた。
「……ようやくここまで来たっすね」
何かをポツリと呟いたモモは振り返ると、ニコリと笑う。
だけど、その瞳はまるで笑っていない。そんな普段とは違う雰囲気を感じられた。
「おかえりなさい、京さん」
「なんだそりゃ」
「えへへ。私の家でこんなやり取りをするのは初めてだったし、それに間違いじゃないっすよ」
「どういうことだ?」
「だって、ここはもうすぐ京さんの家に、私と京さんの愛の巣になるんすから」
彼女が薄ら笑みを浮かべると、刹那。視界から消える。
だけど、次の瞬間には俺はベッドに倒されて彼女は馬乗りの形で腹部にまたがっていた。
「モ、モモ?」
「何すか、京さん?」
「これは一体?」
「一体って……そのままっすよ」
モモはペロリと唇をなめる。上から下へと妖艶に。
ゆっくり焦らす様に一つ、また一つとボタンを外して制服を脱ぎ捨てた。
下のカッターシャツから下着が透けて視える。
「京さんとのつながりを得る。絶対に離れない。誰にも負けない。永遠のつながりを」
腕を掴まれてグイっと顔が近づいた。見つめること数秒、唇を奪われる。
舌を入れて口内を犯すモモ。俺は何がなんだかわからなかった。
互いの唾液が絡み合う。
「んっ……っは」
口を離せば透明の糸が橋のようにかかる。彼女の目はどこか力抜けていた。
「えへへ……京さん、京さん」
胸に飛び込んでくるモモ。
豊満な胸は形を崩すほどに密着している。
「モ、モモ! そういうのは大きくなってからって」
「もう私達は十分に大きくなったっすよ」
「で、でもまだ高校生で」
「高校生だから、なんすか?」
「こう言った行為は危険……」
「安心して下さい。私もそれくらいは考えているっす」
「な、なんで……」
「さっきも言ったじゃないですかぁ」
もう一度、口をふさがれる。
思考は停滞する。甘い匂いに、愛おしい感触に、神経を侵食されるみたいだ。何が正常なのか、判断がおぼつかない。
「ここは愛の巣で、私達はずっと一緒にいるっす。もう二度と離れない。永遠に隣にいる。これはそのための契り」
首筋から舐めあげられ、頬へ至り、耳を甘噛みされる。
されるがままで、体も頭も働かない。
「……ね? いいことしましょう? 京さん」
そう言って何度も、何度も口づけを交わす。
反芻する彼女の言葉。
その中で感じる、自分の本音。
俺も、俺もモモと、つながりたい。
モモとずっといっしょに……!
震える本能が高ぶり、野生を縛り付ける理性は全て消え去った。
彼女がたまらなく愛おしくなって抱きしめると、上下の位置を入れ替わる。
「きゃっ」
モモは可愛らしい悲鳴をあげるが、その瞳には好奇を孕んでいた。
「嬉しそうだな、モモ?」
「愛する人との交わりを嫌と思う女はいないっすよ」
「照れるなら無理しなくてもいいんだぞ?」
「京さんが大胆になったから……」
そう言うとモモは真っ赤な顔をこちらに向ける。
トロンと垂れた瞳。口端から漏れ出ている透明の液体。羞恥に染まった頬。紅葉色の唇。
どれもが俺の性欲を刺激してくる。
「キス……もう一回、キスして……?」
「おう……いくらでもしてやるよ」
「んっ」
抱き合ったまま顔を近づけ、唇を重ねる。
舌が侵入し、離れないように吸い付く。唾液をすすりあって鼻先も触れ合い、こすれ合う。
「チュ、ンっ……っはぁ……」
何度も、何度でも。
始まりのように、終わりなど無いように。
堕ちていく。
あぁ、堕ちていく。
胸に訪れる幸福感に。
人生で最も満たされた一瞬。彼女と共にいれることへの幸せ。
そして、ようやく気付いた。
依存していたのはモモだけじゃない。
俺もまたモモに依存していたのだと。
……もう何もいらない。
モモ以外、何もいらない。