「はぁ……」
あれから流れるように時が過ぎ、気がつけば春へと季節は移ろい、俺は清澄高校の生徒になっていた。
窓から見える澄みわたった空とは真逆の心模様に今日もため息をつく。
モモに清澄高校へ行くことを告げた日から半月。
俺の日常は退屈なものだった。
真っ白で、光を失い、空虚な日々。
モモは今までのペースで遊びに来なくなったし、泊まることもなくなった。
恋人関係が解消されてもいないし、仲が悪くなったわけじゃない。
あの後、改めて彼女に清澄へ行くことを話してモモは泣きながらも俺の選択を受け入れてくれた。
俺も清澄に入ったのは間違いではないと思っている。
……思っているけど、感情は未だに納得してくれていない。最善の選択を選ぶ必要性への理解に追いついてこないのだ。
ずっと後悔を続けている。
いつも隣で笑って、喜びを分かち合った最愛の彼女はいない。悲しいときは慰めてくれて、喜ぶときは自分のようにはしゃいでくれた彼女との時間はするりと抜け落ちていった。
それだけなのに、たったそれだけのはずなのに俺の心はずいぶんと沈んでいる。
……会いたい……モモに会いたい……。
でも、どんな顔をして会いにいけばいいのか。
俺から距離を置こうと言ったのに、この体たらく。
……本当に情けなくて呆れる。
「……京ちゃん? どうかした?」
「……あ、いや、ちょっと気分が優れなくてな。……悪いけど今日は部活休んでもいいか?」
「えー、京ちゃんいないと文芸部は私だけなのに」
「すまん。なんか、今日はダメだ」
「うーん……仕方ないなぁ」
「わりぃ」
もう一度謝罪の言葉を述べると、咲は笑って許してくれた。
俺と同じ清澄高校へと通ってくれた彼女が俺とモモの関係性を指摘してきた。
俺達の状態は『依存』である、と。
それは的を得ていて、実際にモモの境遇や性格を考えれば確かに第三者の目から見れば、歪なのだろう。そして、それはモモのためにならない。
これから大人になっていくにつれて一人でことを成しえる時は絶対にやってくる。悔しいことに俺はずっとモモのそばにいてやれないのだ。
「……俺っていつからこんなに弱くなったんだ……?」
自虐するように呟いて、ゆったりとした足取りで校門を出ると自宅へと向かう。
道中、モモのことを考えて何度もため息をついた。
「はぁ……」
玄関前。以前ならインターホンを鳴らせば、モモが迎えに出てくれた。
それくらい彼女は俺の生活に溶け込んでいて、不可欠な存在になっていたのだろう。
ピンポン、と軽やかなチャイムが鳴る。でも、当然いつまで経ってもドアが開くことはない。
「……なにやってんだか、俺は」
自嘲すると鍵を出してドアを開ける。
「……ただいま」
「おかえりなさいっす、京さん」
「ああ、モモ。遊びに来てたの…………え?」
条件反射のごとく口が勝手に開き、言葉の応酬を交わす俺はその異変に気付いて、慌てて振り返った。
見慣れた艶のある黒髪。モデル顔負けのスタイル。独特な喋り方。
薄い存在感。
間違いない。
モモが、東横桃子が玄関にいた。
「な、なんでモモがここに……?」
「なんでって……彼女が彼氏の家に遊びに来るのはおかしなことっすか?」
「お、おかしくない! 普通だ!」
「っすよね? おかしな京さん」
そう言って彼女は微笑む。
その笑顔に心が満たされていくのを感じる。
じんわりと根を張るように広がっていく感情は数ヶ月失っていた温かなもので、世界は色を取り戻していく。
暴走する喜色は普段からは考えられないほどに気分を高揚させた。
「な、なにする? ゲームか? それとも買い物か?」
「なんでそんな興奮してるんすか、京さん? あ、もしかして私に会えなくて寂しかったとか?」
「そ、そんなことは……」
否定しようとして、今日までの自分を振り返った。
そして、今の俺は間違いなく楽しさを感じている。
「やっぱりそうだったすね。もう……それなら連絡くれたらよかったのに」
「……すまん。その……あんなことしておいて俺から連絡はしにくくて……」
「私達は恋人なんですから気にしなくてよかったっすよ」
「で、でも、ほら! モモも全く連絡をくれなくなったから……その嫌われたのかなって」
「そんなことあるわけないじゃないっすか」
いつもの輝く笑顔を浮かべた彼女はそっと俺に近寄り、その豊満な胸に俺の顔をおしつける。ぽっかりと空いた穴を埋めるように安心感が到来した。
「私は京さんのことを嫌いになるなんてありえません。私はいつだって京さんのことを考えていますよ」
「…………モモ」
「少し準備に手間取って時間が取れなくて連絡できなくて、本当は寂しかったす。毎日、枕を濡らしたっすよ」
「……大げさだろ」
「それだけあなたのことが好きってことですよ」
「――――」
モモの素直な気持ちが俺の胸に突き刺さる。
彼女はいつだって俺のことを想ってくれていた。
依存? そんなの気にしなくていいじゃないか。
本当に好きなら俺が好きならそばにいてやればいい。咲にもそう反論すればよかった。
だって、だって。
モモには俺が必要で、俺にはモモが必要なのだから。
「さ、何しましょうか?」
「そうだな……。今日は家で遊ぶか。モモがなかなか来ない間に新しいゲーム買ったんだ」
「ほんとっすか! じゃあ、それやりましょうよー!」
「わかった。わかったから……そろそろ離してくれ」
「とか言いつつ楽しんでるんじゃないっすかー? ほれほれ」
「……モモ、また大きくなった?」
「京さんのエッチ!」
「理不尽!?」
◆◇◆◇◆
「よっしゃー! 俺の勝ちー!」
「も、もう一回!もう一回やるっす!」
「ええー、モモ弱いからなー」
「京さんが強すぎるっすよ!ていうか、私は初心者なのに大人げないっす!」
「勝負に情けなんてないのさ!」
「くっ、こうなったら」
「お、おい、モモどうしたいきなり後ろに回ってきて……って、お前なぁ!」
「どうっすか? これでも平常心を保てるっすかねぇ?」
「あ、ちょ、くっつくな!」
「ほらぁ。次はここを攻めちゃいます。ふぅ」
「み、耳はやめろお……」
「このまま……ね?」
「ストップ! 母さん見てるから! ここリビングだから!」
◆◇◆◇◆
「やっぱりモモの飯はうまいな!」
「喜んでもらえて嬉しいっすよ」
「母さん、おかわり!」
「あらあら? すっかり元気になっちゃって。やっぱりモモちゃんがいないとダメみたいねぇ」
「もうお義母さんってば言い過ぎっすよ」
「私的にはいつでもウェルカムよ~。最近、モモちゃん来なかったから寂しかったんだから。京太郎なんて電話がかかってくるたびに『モモ?』って確認してたんだから」
「か、母さん!? 嘘はダメだと思うぞ!?」
「あ、あの京さんが……面白いこともあるもんっすね」
「ち、違うからな!?」
「はいはい。そういうことにしてあげるっすよ」
「モモー!」
◆◇◆◇◆
「わぁ。京さんの部屋が久しぶりで変な感じっす」
楽しい夕食の後。
モモを連れて自室に来ていた。
モモが珍しく俺の部屋に行きたいと言ったからだ。
彼女は初めて出会った時のように部屋の中を眺めている。
「って、なんでベッドの下を見てんだよ」
「いやー、そういう本がないかと思ってですね」
「まさか、それが目的か!」
「まぁ、一つではありましたけど、本当は違うっす」
スッと彼女は立ち上がり、俺を見つめてくる。
前までなら特に意識もしなかったのに、久しぶりなせいか妙に照れくさい。
二重瞼も切れ長のまつげも、ぷっくり膨らんだ唇も、全てが俺の神経を刺激する。
少しずつ鼓動が速くなるのを感じて、浮き足立っている。
「なんだよー? 変なことじゃないよな?」
「ええ、そんな失礼なことはしないっす。真面目な話です。京さん――――私達、別れませんか?」
「…………は?」
モモの吐いた言葉に思考が途切れたような感覚に襲われて、時が止まった気がした。
完結までにエロの描写があるんですけど、そこの部分は削除でR-18に短編として投稿した方がいいですかね?