「ふふっ。そういえばこんなこともあったな……」
部屋を整理している途中で出てきた写真。
そこに写っているのは幸せそうな恋人同士。
海で手をつないでいる、集合写真の前にこっそり取った一枚の写真。
……私には二人のお友達がいる。
須賀京太郎くんと東横桃子ちゃん。
人見知りで付き合いの苦手な私とも嫌な顔見せずに遊んでくれるいい人たちだ。
……だからこそ、なんだと思う。
二人に嫉妬してしまっている自分がいるのは。
京ちゃんと東横さんは恋人同士だ。特別な関係。切っても切れない繋がりがある。
でも、私はどう?
友達。それで終わりだ。
今年が終われば、離ればなれになってしまう。
だって、京ちゃんは東横さんと一緒の鶴賀高校に行くつもり。
でも、私は鶴賀まで距離も遠いし、お父さんにそんなわがままを言える状態でもない。
じゃあ、別れるの?
――嫌だ。
絶対に嫌だ。
京ちゃんは閉じ籠っていた私に声をかけてくれた人。
外の世界の楽しさを教えてくれた人。
私の……私の初恋の人。
あの時はとっさに行動しちゃったけど、我慢なんて出来ない。
誰かに取られるくらいなら、奪い取る。
東横さんに恨まれたって構いやしない。
どちらかと別れなければならないなら、私は京ちゃんを選ぶ。
彼は優しい。
その優しさが時には毒になる。
……うん。京ちゃんとモモちゃんはずっと一緒に時間を過ごしすぎだよ。
たまにはお互いに距離を置かないとね。
だから――その間に関係が変わってしまっても、仕方ないよね?
私の手には裂かれた紙切れだけが残っていた。
◆◇◆◇◆
中学三年の夏。大都会は極暑に苦しんでいるみたいだけど、長野は比較的涼しい。
川のせせらぎが聞こえる河川敷で私は京さんと二人で歩いていた。
「なんだかモモと二人で遊ぶのは久し振りの感じがするよ」
「最近は咲ちゃんも一緒が多かったっすからね」
……本当にあの子は邪魔でしたね。
最近は何やらこっそりやってるみたいですし。京さんにアピールしているのもバレバレっす。
あちらが何か手を打ってくるまでは静観しているつもりですが、関係を壊すようなら容赦はしない。ただそれだけ。
「どうかしたか、モモ?」
「……なんでもないっすよ」
「でも、今一瞬だけど苦い顔していたぞ?」
「気のせいっすよー。モモは京さんといるだけで幸せだっていつも言ってるじゃないっすかー」
「……なら、いいんだけど」
……危ない。どうやら表情に出てしまったみたいっすね。
京さん心配をかけてはいけない。
しっかり自分を抑えないと。
それからは特に会話もなく、ゆっくりと時は過ぎる。……聞くなら今しかタイミングはなさそうだ。
そこで私は今日、彼を呼び出した本題を切り出した。
「ねぇねぇ、京さん」
「ん? なんだ?」
「京さんは志望校。どこにしたっすか?」
そう。私たちも来年には高校生だ。そろそろ志望校を決める時期である。
中学は仕方がなかったが、高校は違う。一緒に通えるのだ。
「私は前から言っていた通り、鶴賀っす」
本当なら自由に選びたい。しかし、私も両親に食わしてもらっている立場だ。あまり遠い場所は通えない。ギリギリの位置にあるのが鶴賀学園。
京さんの家からも通えない距離じゃない。学力も足りている。
だから、以前から推してきた。
「京さんはどこにするっすか?」
口ではそう尋ねるものの本当は彼の本心を知っている。
鶴賀のパンフレットをお義母さんに見せていることも聞いた。
だから、高校は毎日が楽しくなる!
そう信じていた。この時までは。
「俺か? 俺は……」
なぜか彼の回答は歯切れが悪い。顔には迷いが生じている。
苦虫を噛み潰したような表情で彼は言葉を続けた。
「……清澄高校にするよ」
「……えっ」
唐突にガラガラと音を立てて崩れ落ちる明るい未来。
どうして?
なんで?
聞きたいことはたくさんあったはずだ。でも、頭にはなにも浮かんでこなくて、白が支配する。
そこから私は何をしたのか、何を話したのか。全くとして覚えていなかった。
やっと意識が覚醒したのは、京さんの家でお義母さんに声をかけられた時だった。
「……モモちゃん?」
「…………あ、はいっ」
「大丈夫? なんだかボーとしていたけど……」
「も、問題ないっす! ちょっと考え事していて……。何かお用事ですか!?」
「えっとね、京太郎、呼んできてくれる? さっきから呼んでるんだけど部屋から出てこないのよ」
「了解っす!」
元気なことをアピールするために大げさに敬礼すると私は京さんの部屋に向かう。
でも、あと一段と言うところで歩みを止めてしまった。
怖かったのだ。
さきほどの出来事が脳裏をよぎる。どんな形であれ、どんな理由であれ、私は初めて彼に拒絶された。
今までどんなわがままでさえ付き合ってくれた京さんに、だ。
あの時の表情から愛想をつかされたわけでもないのは予測できる。そもそも優しい彼がこうして断ること自体が稀有で、異常なのである。
そうならばきっと京さんには何か隠している問題がある。
悩みを解決さえすれば彼は振り向いてくれる。
……そうだ、大丈夫。今ならまだやり直せる。
京さんを説得して鶴賀学園に希望を変更してもらおう。不安があるなら私が取り除いてあげる。
あなたが悲しみを消し去ってくれたみたいに。
意を決して階段を上りきる。そして、ドアを開けようとしたその瞬間だった。
私が『東横桃子』でいられた最期の時が訪れる。
「――本当にこれで良かったのか、咲?」
『うん。東横さんは京ちゃんに依存しているところがあると思うの』
「でも、あいつとは恋人なわけで別に依存ってわけじゃ……」
『もし、そうだとしても、だよ。東横さんはいつまでも京ちゃんと居れるかわからないんだから、外の世界と関わりを持たないと』
「俺はいつまでもモモといるつもりだぞ」
『……京ちゃんは、さ。東横さんと結婚できる? 責任取れる? 面倒見れる?』
「…………それは」
『そういうことだよ。だから、高校は別々でいいの』
「…………」
『寂しがらなくても大丈夫だよ。京ちゃんならたくさん友達できるし――私は同じ高校なんだから』
最後まで会話を聞き終えた時、プツリと自分の中で何かが切れる音がした。
腹の底が煮えたぎって、熱がこみあげて、醜い感情が暴走する。
「……ああ。なるほど……そういうことだったっすか、宮永咲……ふっ、フフフ」
あはっ、あはは……ハハハハハッ!!
滑稽で笑いがこみあげてくる。
バカっすねぇ、本当に。
あんたならもしかしたらと思っていましたが……それは悪手だって気づいていない。
京さんのことを考えず、自分の感情を優先するからそんなことになるのだ。
……そっちがその気なら構わない。
せっかく泳がしておいたのに自分から首を絞めるなんて馬鹿だ。それ以外に当てはまる言葉なんてない。
会話で京さんの段階が進んでいるのも再確認した。これからは今までより少しだけ強引にいこう。
あの雌豚の思い通りにはいかない。
私と京さんは運命で結ばれているのだから。
コロコロはしないよ。