季節は巡り巡って太陽が照り付ける季節。芽を出していた新緑はしっかりと育ち、さわやかな匂いを届ける。
サンサンと輝く光を浴びながら私達は熱い砂浜へと足を着け、車を飛び出す。
「海だー!」
「やってきたー!」
「ふ、二人とも落ち着いてよ~」
現在、長野から遠出した私たちは海に来ていた。これも京さんの家族の計らいのおかげである。
お家デートの際に京さんが『モモと海に行きたい』と言っていたのを聞かれていたらしく、不憫に思ったお義母さんが連れ出してくれたのだ。
ここまで来たら申し訳なさは吹っ飛ぶ。
今は滅多に見れない海を楽しむことにしよう。
「モモ! 咲! 泳ぎにいこう――ぐふっ!?」
「ダーメっす。ちゃんと準備体操してから」
「わ、わかったからパンツから手を離してくれ!」
お風呂場でパンツよりスゴいものを見られているのに、京さんてば恥ずかしがりやさんっすねぇ。
「わかってくれればいいっす。じゃあ、咲ちゃんもやりましょう」
「そうだね。海は危ないもんね」
「その通りっす。もし京さんが死んじゃったら悲しむ人はたくさんいるんすから。私なんかきっと生きていけなくなっちゃう自信があるっすよ」
「お、おう……その、すまん。……俺もモモと居れなくなったら……」
「ん。なら、しっかり運動するっすよ」
「……むー」
そんなわけで始まったラジオ体操。途中、京さんが弾む私の胸に目がいって宮永さんに叩かれていたりしたが、何事もなく終わる。
「それじゃあ改めて……」
「海だー!」
「やってきたー!」
「お、おー」
過程を踏んで宮永さんもテンションが上がってきたのか、手を上げて、声を出した。
全速力で駆ける私たち。勢いそのままにキラリと煌めき、透き通った海に体を沈める。
「ドボーン!」
「きゃっ!」
「うおぉぉぉ! 気持ちいい!」
温まった体を冷やす水が心地よい。汗も流れてさっぱりな気分だ。普段は嫌いな日射しも今だけは好きになれそうっす。
「ぷはぁっ! あー、最高だな、海!」
「全くっすね! 京さん! ピーチボールで遊びましょ!」
「わ、私は遠慮しておこうかな……」
「咲ちゃんも! やるんすよ!」
「運動は苦手なのー!」
嫌がる宮永さんも無理やり参加させる。あの夜、考え直した私は基本的にはこの子とは普通に接することにしたのだ。
向こうも少なくとも京さんの目の前では友達として動いてくれるようだから。
なにより恋人なのは私だし、最近は京さんもだんだんと……だし。
それにずっと気張るのも疲れるっすもんね。
「モモー! いったぞー!」
「咲ちゃん! パス!」
「わわわっ!」
「うおっと!」
「あっ! ちょっと京さん、どこに飛ばしてるっすきゃあっ!?」
オーバーヘッドしたボールを追いかけて腕を伸ばすが、僅かに届かない。
それどころかバランスを崩した私は大きな水しぶきを立てて倒れてしまった。
「あいたたっ……て、あれ?」
……あっ。これはもしや……。
先程まで違う感覚を覚えた私は視線を下に落とす。
すると、やはりなかった。
水着がなかった。
…………。
ナーイス、ハプニンーグ!
「大丈夫か、モモ……ってお前!」
心配して近づいてきた京さん。
どうやら私の現状に気づいたみたいだ。
なら、絶好の機会!
逡巡してこの状況を利用することにした私は撫で声で彼の名前を呼ぶ。
「京さーん!」
そして、そのまま正面から抱き着いて、胸を押し当てる。それはもう形が崩れてしまうほどに、強く、強く、強く。
当然、まだ初めても済ませていない彼は赤面して私の肩を掴んだ。
「バ、バカ! お前、何してんだよ!」
「だってぇ……こうしないと胸が丸見えっすよ……」
「うぐっ……」
ふふっ、動揺してるっすね。
よくよく考えれば私の姿は誰にも見えないってわかるのに。
人目? 気にならないっす。
ここはグイグイ攻めていく……!
「私……そんなのは嫌っす」
さらに密着して耳元に口を寄せる。腰に回した手で背中をスッとなぞった。
「私が全てを晒すのは京さんだけって決めてますから」
「……ったり前だろうが」
「え?」
「お前は俺のものなんだから。誰にも見させやしねぇよ」
京さんは急に私の体を力強く抱きしめる。
は、はわわわっ!?
こ、この展開は予想していなかったっす!?
京さんが積極的とか今までなかったのに、なんすかこれは!?
男の眼で見つめてきて……。
こ、こんなたくましい腕できつくされちゃ……我慢できないっすよぉ。
「おい? おい、モモ?」
「……へっ、あ、ど、どうしたっすか!?」
「おぶってやるから背中にしがみついておけ。……一応、聞いておくけど水着は本当に流されたんだよな?」
「私もこんな羞恥プレイはしないっすよ! 偶然、脱げてどっかにいっちゃったっす!」
「そっか。じゃあ、ほら」
「……し、失礼するっす」
しゃがんだ京さんの背中に体を預ける。
一気に持ち上げられた。その瞬間、電撃が走る。
「――っ!?」
太ももの付け根をがっちりとつかまれて変な感覚が全身を襲うが必死に我慢した。
きょ、京さん……そんなお尻の近くは今は……!
しかも、水で濡れているせいで手の位置がズレる。
その度に京さんの五指が臀部に食い込む。
ギュット。揉みしだかれる。
「咲! タオル持ってきてくれないか?」
「なんで――って、あわわっ!? わ、わかったよ!」
「ちょっと走るぞ、モモ!」
「んんっ……!」
今、揺れて気づいた
京さんが動くたびに……その、胸のさきがこすれている。
それもそうだ。だって、秘部を覆う布は海のどこかへ消えていったのだから。
さらされた桃色の突起は直接、触れる。
「ハァ……ハァ……」
不味い、マズイ。絶対荒い息づかい聞かれちゃってる。
でも、力が入らなくて倒れこむように、体を預けてしまっている私にはどうしようも
できない。
固くしてるのバレちゃう。
濡れているのも垂れてきてるっすぅ……。
私、京さんに淫乱な女だって思われてる……!
このままじゃ……おかしくなっちゃう……!!
◆◇◆◇◆
「……あれ?」
目が覚めたら私は寝転んでいた。
背には青シート。
まだ外は快晴で、賑やかな喧噪が耳に届く。
……夢、だったっすか?
そ、そうっすよ! 私があんな淫乱な真似するわけないっすし! それにあんなハプニングはいつもの私の妄想の中でしか起こりませんって!
「それに京さんがあんなに積極的になるなんて奇跡っすからね!」
「ヘタレで悪かったな」
「ひゃう!?」
ピタッと首筋に冷たい感触。
急に京さんが隣に来たのも相乗して飛び退いてしまった。
「きょ、きょ、京さん!? 聞いてたっすか!?」
「おう。お前の看病してたからな、ずっと」
「あっ……」
「気にするなよ? 俺が好きで――」
「好きで、私の体をいじくりまわしたんすよね!」
「してねぇよ!? ……はぁ。その様子なら本当に問題なさそうだな」
「うあ~~」
グリグリと京さんは頭を撫でまわす。
私はそれを甘んじて受け入れる。
……でも、ということはさっきのは夢じゃなかったってことっすよね?
じゃ、じゃあ、私が感じてしまっていたことも……?
「……きょ、京さん」
「なんだ、顔真っ赤にさせて……って、あー。そういうことか……」
バツが悪そうに彼は頭をかいた。視線のそらし方がわざとらしくて、気を使っている
のがまるわかりだ。
つまり、気づいていた。
……ひゃぁぁぁぁぁ。
「きょ、京さ~ん」
「し、仕方ないだろ!? あれだけ密着してたら流石に気づくから!」
「……み、見たっすか?」
「…………見てない」
「ダウト!」
「み、見てないって! 本当だから!」
「今見るならどうして一緒にお風呂入った時に見ないんすか!? あの時ならいくら凝視しても問題なかったのに!」
「だから、見てないって! それにあの時はまだ恋人じゃなかったし……」
「……じゃあ」
私は体を乗り出してもう半歩、接近する。
胸を強調するようにポーズをとって、彼の手を掴んだ。
「……じゃあ、恋人になった今なら、構わないっすよね?」
温かさが残る手を後ろで結ばれた紐へと誘導する。両端の位置を伝えた。
これを引っ張れば、全てが露わになる。
「そ、そそそそそうだな」
「もちろん私はいつでもいいっすからね?」
いつも私はそう言っている。
この体も心も全て京さんに捧げて後悔はない、と。
彼はこの一年間、その言葉を聞き続けていたから私に何も問うことはしない。
関係も恋人になって、もう私達を隔てる障害は存在しなかった。
交わった視線は逸れることなく、彼もまた覚悟したのがうかがえた。
「……いくぞ?」
「…………はい」
恥ずかしさはもちろんある。
けど、目線をあげて彼と見つめ合う姿勢をとった。
どんどん体が火照っていく。
比例してほどけていく細い水色の紐。
あ、あと、もうちょっとで…………。
3秒。2秒、1……。
「京ちゃーん! 東横さーん! もう体調は戻ったのー!?」
「はわわっ!?」
「うおおっ!?」
咄嗟にお互いを押し飛ばして、距離を取る。
み、見られてないっすかね!?
さ、流石に同性に男を誘惑しているところをみられるのは私でも拷問っすよ!?
ちらりと声の主である宮永さんを見るが、彼女は手に持ったカメラの中をのぞいていてこっちには目をくれていなかった。
よ、よかった……。
ま、まだ心臓がバクバクいってる……。
こ、この人、タイミングが悪すぎるっすよ……!
「ど、どうしたんだ、咲? 大声出して珍しいな?」
「うん、集合写真撮るから二人も呼んでおいでって京ちゃんママに言われたから!」
「そ、そうか。そういうことならいくか、モモ?」
胸を隠す様に座り込んでいる私の手を取って立ち上がる京さん。
つられるように私も立つと、ゆっくりと歩いていく。
「じゃあ、私は先に行って準備してくるねー!」
「おう! ありがとうな、咲」
「えへへ。気にしないでっ」
宮永さんは破顔させると、普段の内気っぷりからは信じられない速さで走っていく。
その途中でこけたのは、もはや様式美っすね……。
あんな姿見せられたら流石に毒気も抜けてしまうっす。
……あれも演技だったら話は別ですが。
「……拗ねるなよ、モモ」
「……わかってるっすよ、咲ちゃんは何も悪くないっす」
「そうそう。こんなところで、あんな破廉恥なことしていた俺達が悪い」
「で、でも、せっかくヘタレの京さんが勇気を出してくれたのに……」
「やかましい。……だけど、その、なんだ。こういうことは、さ? 大人になってからにしないか? 俺達はまだ中学生なんだから」
「……大人までなんて、待っていられないっすよ」
「大丈夫だ」
京さんは不貞腐れる私をあやすように頭を優しく撫でる。
「……俺はいつまでもモモといるよ」
「――っっっ!!」
な、なんて恥ずかしいセリフを、なんて笑顔で言うんすか、この人は!
嬉しい。
嬉しいけど…………めちゃくちゃ恥ずかしいっす……!
「も、もう! そこまで言うんなら、待ってあげるっす! しょうがなくっすからね!?」
「はいはい。じゃあ、いこうか、お姫様?」
「……はいっす!」