中学二年の夏休み。京さんと恋人になってはや一ヶ月。
ここまで順調に来ていた。しかし、人生は山あれば谷あり。今までの揺り戻しでこの幸せがあるならば、また不幸の芽が現れるかもしれない。
だからこそ、このような可能性は捨てきれなかった。
いつか起こるだろうと思っていたけど、ついに発生してしまった。
「み、宮永咲です……」
京さんの背後に隠れながらあいさつをしてくる小柄な女の子。
どうして私に向かって喋っているだけで涙目になっているとか、怖がっているのか聞きたいことは山ほどにある。
とりあえず、思考がまとまるまでは笑顔を張り付けておこう。
「モモ。こいつは宮永咲って言って俺と同じクラスの文学少女だ」
「へぇ。その文学少女さんがどうして京さんの家に……?」
「ひぅっ!?」
「あー、それなんだがな……。ちょっと来てくれ」
京さんはポリポリと頬をかくと、私を連れて部屋の外へ出る。
何やら言いにくい事情でもあるのだろうか。
「どうしたんすか?」
「その、な……? こいつもいないんだ、友達」
「あっ」
その気まずそうな一言ですべてを察してしまった。
ぼっちなのだ、彼女は。
確かに初対面の私への反応を見るからに人見知りなのはわかるし、こんな様子じゃ話すのもままならない。
妙に納得してしまう自分がいた。
では、どうしてそのような境遇の子を家に連れてきたか。私が呼びだされたか。彼のお節介焼きな性格を考えれば、答えにはすぐにたどり着く。
「……つまり、京さんは私にあの子と友達になってほしいと?」
「そういうこと」
「……わかったっす。……でも」
「でも?」
「私と言う彼女がいるんですから、あまり女の子を家に連れ込んだりしないでください。心配したじゃないっすか」
「うっ……すまん」
「わかってくれたならいいっす。……さて」
世話焼きの彼にくぎを刺した私はクルリと振り返ると、自己紹介をすることにした。
「私は京さんの幼馴染の東横桃子っす! よろしくお願いしますね、咲ちゃん」
「お、お願いします……!」
下の名前で呼ぶとパァと笑顔を咲かせる宮永さん。
うんうん。よくわかるっすよ。私も『モモ』って呼ばれるとかなり嬉しかったのを覚えている。
……今のところ宮永さんは京さんに特別な感情を抱いていないように思える。でも、今後好きにならないとは限らない。彼は魅力的な人だから。
なら先手を打とう。枠組みにはめ込んでやる。
宮永咲を『仲良し三人組の一人』のただの友達という枠に。
「じゃあ、咲ちゃん。せっかくここまで来たんすから一緒に遊びませんか?」
「え、えっと……その……」
「あ、これとかおすすめっすよ! 二人プレイもできますし、初心者でも楽しめるっす!」
「……じゃ、じゃあちょっとだけ……」
「……俺は?」
「京さんは飲み物でも汲んできてください。私は咲ちゃんとガールズトークで盛り上がるので」
「はいはい、仰せのままに。お姫様」
「わかればよろしいっす!」
京さんは執事のふりをしてお辞儀をすると部屋を出ていった。要望通りドリンクを用意しに行ったのだろう。
それと同時にクイッと袖を引っ張られた。
「と、東横さん……」
「……? どうかしたっすか?」
「その……京ちゃ……京太郎くんとは付き合っているんですか?」
京ちゃん……? もうあだ名呼びっすか。馴れ馴れしい。
……ですが、私も京さんに嫌われたくないですし、似た境遇ということでそこまでは妥協しよう。
というか、京さん。手が速いっす。彼女もう落としたんすか……。
前言撤回。モテる男の彼女は辛いっすね。
なに現実を突きつければ、彼女もすぐに諦める。
入ってくる余地はない。彼と私で世界は完結していて、その端っこを親切で貸してあげるだけということに。
「はい、付き合ってるっすよ。もうラブラブっす」
「……あ。や、やっぱりそうなんですね」
「はいっす。……でも、最近……」
わざとらしくため息をついて、宮永さんの気をひく。案の定、彼女はオロオロし始めた。当然だ。見知っていきなり、こんな話題を持ち出されても困るに決まっている。
まぁ、私の流れに引き込んじゃうっすけど。
「そうだ! 咲ちゃん! 手伝ってほしいことがあるっす!」
大きな声で彼女に提案すると、その小さな手を掴んで懇願のポーズを取る。
宮永さんは鳩が豆鉄砲を食ったように慌てていた。
「う、うぇ!? わ、私!?」
「そう! 最近、京さんが相手をしてくれなくて……。それで咲ちゃんからもっと気をかけるようにそれとなく言ってほしいっす!」
「えっ……そ、それは……」
「咲ちゃんを友達と見込んでお願いするっす!」
「と、友達……えへへ……」
「だから、頼みます、咲ちゃん!」
「……う、うん、わかったよ。私からも遠まわしに言っておくね……」
「ありがとうっす!」
私がお礼を言うと宮永さんも笑って返してくれた。
「――これからも『私達』がずっと恋人でいれるように協力してくださいね!」
――瞬間、空気が固まったような錯覚にとらわれる。
満ちていた笑い声と笑顔は何もなかったかのように消え去った。
手を握りあいながら、視線を外さない。
先とは大きく異なった仮面のような笑顔。
開いた瞳。
「……うん! だから、私に好きな人が出来た時も協力してね!」
「もちろんっすよ。……ふふっ」
「……あははっ」
そのまま私たちは京さんが部屋に戻ってくるまで手をつなぎ続けていた。
互いに譲らない想いを加えながら、ずっと。
深夜にもう一話、投稿するかもしれないっす。