あなたとの依存世界   作:小早川 桂

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視点変更が途中で入ります


『約束、変化、恋人』

 以前の京さんとのお出かけで私はある約束をお義母さんとした。

 

 そして、とても長く、長く感じられた数日が経ち、私は京さんの家に居る。

 

「おかえりなさい、あなた。ご飯にするっすか? お風呂? それとも……わたし?」

 

「……えーと、ご飯で」

 

「じゃあ、私はデザートってことでいいっすか?」

 

「よくねーよ! っていうか、この状況について説明を求める!」

 

「この状況?」

 

「ああ! なんで平日なのにモモがいるんだよ!」

 

 ふむふむ。将来のお嫁さんが実家にいるのは何かおかしいことか。と、冗談はそこまでにしておき、私は京さんに一枚の紙切れを手渡した。

 

「ん? なんだ、これ?」

 

「お義母さんからのサプライズプレゼントっす」

 

「……嫌な予感しかしないけど……あ、やっぱり」

 

 京さんに渡した紙には『お義母さんとお義父さんが二泊三日の旅行に行くので、その間の面倒を私に見てもらう』という旨が書かれている。

 

 これが以前、お義母さんがくれた距離を近づけるチャンス。

 

 今日は金曜日で、明日からは休日。なにも妨げるような用事はない。

 

「というわけっすから、家事は私に任せてくださいっす、あなた」

 

「納得いかないけど、よろしく頼むよ、モモ」

 

「あ、荷物持ちますよ」

 

「大丈夫。部屋に置いて着替えてくるから。そしたら夕食にしよう」

 

「はーい」

 

 京さんは諦めた様子で階段を上っていく。私はそれを見届けると、新妻のように夕餉の準備を始めるのであった。

 ……本番は夜っすから、ね。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 モモとの食事を終えた後、俺は彼女の勧めで風呂に入ることにした。どうやら今日の夜は遊び倒すらしい。

 

 だから、先にやるべきことは済ませておきたいようだ。

 

 あれだけウキウキした様子で計画を話されては断れん。

 

 まぁ、俺もモモと一緒にいるのは楽しいからいいか。

 

「はぁ~、疲れた~」

 

 中学二年で湯船に浸かった第一声がこれなのはどうかと自分で思うが、疲れているのだから仕方がない。ハンドボール部の練習はハードなのだ。

 

 ……今回ばかりはそれだけじゃないが。

 

 東横桃子。

 

 去年出会った黒髪の女の子。誰にも気づかれないステルス体質が特徴の……はっきりいえば可愛い女友達だ。

 

 俺のことを慕ってくれていて、世話までしてくれる。

 

 胸も徐々に膨らんできて、だんだんと俺好みのスタイルに……げふんげふん!!

 

 よこしまな考えを追っ払い、頭まで一気に沈むと汚れた感情を洗い落とした。

 

 とはいえ、とはいえ、だ。

 

 俺といて『幸せ』と屈託のない笑顔を見せてくれる彼女に俺はずいぶんと魅了されてしまっている。それに関しては自覚がある。

 

 モモが横にいないと妙に落ち着かなかったり、クラスの女子を間違えて『モモ』と呼んで恥ずかしい目にあったりする程度に彼女は俺にとって『不可欠な存在』になっていた。

 

 そんな彼女と二人きり。それが三日間。

 

 不味い。

 

「母さんも一言告げてくれたらいいのに……」

 

「私が秘密にしておいてってお願いしたっすよ」

 

「なるほどなぁああ!?」

 

 浴室に響く高い声。

 

 入り口にはモモがバスタオル一枚を巻いた姿で立っていた。ボディラインがくっきりと浮かび上がっており、中学生とは思えない色気を放っている。

 

「お、おい!? 何してんだ、モモ!?」

 

「何って……風呂に入っているだけっすけど」

 

「いやいやいや! おかしいだろ! 俺たちもう中二だぞ!?」

 

「……それがどうしたっすか?」

 

 キョトンと首を傾げるモモ。

 

 なんで俺が変な奴みたいになってるんだよ。おかしいのはモモの方なのに!

 

 は、恥ずかしい! どうして俺がこんなこと言わないといけないんだ!

 

「お、女の子が裸を見せるのは不味いだろ!?」

 

「水着とほとんど変わらないっすよ。去年も今年も河に遊びに行ったじゃないっすか」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「それとも――」

 

 モモは一気に距離を詰めてくる。

 

 浴槽から上半身を乗り出していた俺と彼女を隔てるものは無い。

 

 吐息が聞こえる近さにまで接近し、彼女の無垢な黒瞳に吸い込まれる。

 

 体温の上昇で赤らむ頬。柔らかいであろう唇。

 

 水が滴り、髪が張り付いたうなじ。さらされた健康的な鎖骨に垂れる液体は中心にできた大きな谷間に落ちていく。

 

 彼女のすべてが扇情的に映った。

 

「京さんは私の裸を見たいんすか?」

 

「――ッ」

 

 思わずつばを飲み込んだ。見たくない男がいるわけがない。

 

 俺の反応を面白がってか、眼前の乙女は口端を吊り上げて続ける。

 

「……いいっすよ。京さんになら見られても」

 

 そう言って彼女は人差し指で俺の首筋をなぞると流れるようにバスタオルにかけた。

 

「京さんはどうしたい……っすか?」

 

 甘く誘惑する声。耳元でささやかれた俺は、オレは、おれは――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「どうしてあそこまでして本番がないっすかね……」

 

 結局、あの後は彼とそういうことは致さなかった。

 

『襲う』のはダメでも『襲われる』のは問題ない。

 

 だから、あのような行動に出たというのに……。

 

 ……まぁ、でも、前進はしましたし、これで許してあげるっす。

 

 鏡を見ながら首もとを撫でる。

 

 不自然に一ヶ所だけ赤くなっている肌。

 

 京さんがつけた証。

 

 そして、この唇にも……。

 

  「…………あはっ」

 

 不意に漏れてしまう笑い。

 

 仕方ない。仕方ないのだ。

 

 お義母さん、ありがとうございます。おかげで私たちは友だち以上の関係になれました。

 

「おーい、モモー? 早くしないと夜が明けるぞー」

 

「あっ、今すぐ戻るっすよー!」

 

 京さんに呼ばれて隣に座る。

 

 去年よりもまた体がたくましくなった気がする。肩にそっと頭を預けて、スリスリとこすりつける。

 

「何してんだ、モモ?」

 

「んー、マーキング?」

 

「犬か!」

 

「わんわんっ」

 

 コテンと彼の膝へと倒れこむ。服に染みついた彼の匂いが安心感をもたらす。

 

「モモは京さんのものだから犬でも問題ないっすね」

 

「……よく恥ずかし気もなく、そんなこと言えるなぁ」

 

「えへへ。それだけ愛しているってことっすよ」

 

「……ったく、お前はー!」

 

「きゃっ」

 

 京さんは脇腹へと伸ばすと指をわきわきと動かす。こそばゆかったので、こちらも仕返しとばかりに腹をなめてやった。

 

 変な声をだす京さんは可愛かった。

 

 時折そんな風にじゃれ合いながら、時を過ごしていく。

 

 いつまでもこんな時間が続けばいい。

 

 そう思った。

 




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