「はぁ……」
ため息をついて、ブランコをこぐ。さびれた金属音が寂しさを一層深くした。
私は――昔から影が薄い。
生まれ持った体質なのか、誰にも気づかれないのだ。それこそ近距離で大声を出したり、踊ったりしなければ目も向けられない。
他人はもちろん家族にまで。
友人と呼べる親しい存在など出来た例がない。
今だって夜になっても誰も迎えになんて来ない。夜中の公園に独りぼっちだ。
「やっぱりダメっすか……」
中学一年の夏。今までと変わった環境に抱いた希望を打ち砕かれた私は途方に暮れていた。
もう放課後から4時間。夕暮れ時はすでに超え、暗闇が空を支配する。
誰にも見つけられない悲しみはいつまで経っても慣れない。
誰とも触れ合えない寂しさはいつまで経ってもぬぐえない。
あぁ……遠くで談笑する声が聞こえる。楽しそうな笑い声が耳に残った。
目をやれば笑顔の男子。その瞬間、いろいろな感情がこみあげてきて、顔を伏せた。
私もあんな風にしゃべりたい。笑いたい。日々を過ごしたい。
つらい……。つらいっすよ……。
誰か、誰か私を見つけ出して……!
ぽつり、ぽつりと落ちた涙が地を濡らす。そして、その上を足が踏み抜いた。
顔を上げる。すると、眼前に一人の男子の顔があった。
燻った金髪。整った顔立ち。肩からかけられた紺のバッグ。
……あっ。
さっき、そこを通りかかった男子っす……。
「……君、大丈夫か?」
「…………」
「……えっと……そのもう夜遅いから帰った方がいいと思うぞ。お節介なのは分かってるけどさ」
「……あの……」
「ん?」
「私が見えるっすか……?」
男子は頭に疑問符を浮かべていた。頭をかきながら面倒くさいものを引き当てたと嫌な表情を見せる。けれど、ため息を吐くと苦笑いしながら答えてくれた。
「見えてるぞ、ちゃんと。えっと黒髪に制服着てて……こんな感じでいいのか?」
「………………あ……あ……」
涙が頬を伝う。
やっと……やっと…………見つけた。
私を見つけてくれる人を……!
「――――っ!!」
「っ!? え!? あれ!?」
気が付けば抱き着いていた。彼は驚き、慌てふためく。
当然っすね。
彼は見知らぬ人。私も彼にとって見知らぬ人。
そんな二人がこうして出会った。私は思った。
これは運命だ。そう、運命に違いない。
なら、私はこの運命を逃さない。
彼を離さない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……懐かしいっすね」
私は奇跡ともいえる出来事を思い返しながら、ベッドから起き上がった。ふと視界に入ったカレンダーを見ると今日の日付に大きく○がついてある。
「ふふっ……一周年記念っす」
彼――須賀京太郎と出会って早くも一年が経とうとしている。
結論から言えば、彼は私にとって宝物となった。大げさにいえば神様が私に恵んでくれたプレゼントなんじゃないかと錯覚するほどに。
突拍子もない行動。信憑性のない話。醜い過去。その全てを聞いてくれて、受け入れてくれて、包み込んでくれた。
あれから私と彼は会うことが激増した。彼が絶対に休日に会う約束をしてくれたから。
私のために都合をつけてくれる。私と会うことを最優先にしてくれている。
そんな事実がまた私を喜ばせた。
「さて、着替えてお弁当作らきゃ…」
本日も彼と出かける約束をしている。男を捕まえるには、まず胃袋から、と言うっすからね。
寝ぼけ眼をこすって眠気を払うとキッチンへと向かった。
駅前。待ち合わせ場所に行くと、すでにお目当ての彼が立って待っていた。
中学生ながら身長の高い彼はオシャレをすると、なお格好良く見える。
私は気づかれないように背後から近づくと、そのたくましい背中にとびかかった。
「京さーん!」
「うおっ……て、やっぱりモモか」
「あー、なんすか、その態度はー? 私じゃ不服っすかー?」
「頬つつくのやめなさい。あと、抱き着いてくるのも」
「いいじゃないっすか。どうせ誰にも見えてないっすよ」
「………モモはそれが嫌なんだろ?」
「……確かに嫌でしたけど……今はこうして京さんと出会えたから。私を見てくれる人を見つけたから……問題ないっす」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃねーか、このヤロー」
「きゃあー。乱暴されちゃうっすー」
「おい、待て。なぜ自分から脱いでいこうとする。バカ、やめろ!」
楽しい。
毎日が充実している。
京さんとのやりとりの中で私はずっとそんなことを考えていた。
中学が違う私たちはこうして毎週の休日に集まっては遊んでいる。
彼の家に行っては夕食までお世話になり、泊まりも多くなった。本当は私の家に連れて帰りたいっすけど、ややこしいことになりそうなので断念した。
「今日はどうするんだ?」
「もちろん、泊まりっすよ! いっぱい荷物持ってきたっすから!」
「そっか。母さんも楽しみにしてるよ。娘が出来たみたいだって」
「それは良かったっす! 迷惑になってないか心配だったから……」
そう言うと私は表情を隠す様にうつむく。
私は彼のことをよく知るためにいっぱい観察して、多くの知識を得た。
だから、『こうすれば』京さんが慰めてくれるのを知っている。
「……いつでも歓迎するって言ってるだろ。それに嫌なら泊まらせたりしないって」
彼の温かい手が頭を撫でてくれる。
その瞬間、私は幸福を感じるのだ。
「ん……。なら、今日も世話になる分、頑張ってお手伝いするっすよ!」
「おう。モモの料理はおいしいからな。期待してる」
「料理っていえば今日もお弁当作ってきたっす!」
「お、本当か? なら、今日はショッピングモールでも行くか。フードコーナーは自由に使ってよかったはずだし」
「はい! 買いたいものもあったから丁度いいっすね!」
「そっか。荷物持ちくらいならやるよ」
「ありがとう! じゃあ、出発っすよ―!」
「お、おい! 手を引っ張るなって!」
私は京さんの手を握って歩き出す。
楽しいデートの始まりだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
「お邪魔します」
夕日に照らされて茜色だった空も今は真っ暗に染まっている。楽しいお出かけを終えた私たちは当初の予定通り、京さんの自宅に帰ってきていた。
挨拶をすると、リビングから一人の女性が姿を現す。金髪を後ろで一まとめにしてエプロン姿の女性は京さんのお母さんで、私のお義母さんになる人。
こちらを見るなり笑顔になって、お出迎えしてくれる。
「おかえりなさい。今日もモモちゃん来てくれたのね!」
「はい! 今日もお世話になります!」
「いいのよ、いいのよ! 私も娘が増えたみたいで嬉しいんだから! 入って、入って」
「改めてお邪魔します」
靴を脱ぎ、そろえて置くとお義母さんのあとについていく。すると、隣を並ぶ京さんが顔を近づけてきた。
「な? 全然迷惑じゃないだろ?」
「……はい。モモは幸せ者っすね」
「これくらいで大げさだって」
「そんなことないっすよ。モモはもう京さん抜きでは生きていけないっす」
「……ま、モモがいいなら構わないさ。それに俺はモモとずっと友達だからな。心配しなくていいぞ」
「京さん……」
そう言って笑う彼の横顔はとても眩しい。普段から優しい彼はこうして人と触れ合い、魅了していくのだろう。
……でも、ちょっと女心を理解できていないっすね。ずっと友達は、嫌だ。
私はそれ以上になりたい。
でも、中学生になったばかりの京さんにはまだ考えたこともないっすよね。将来のことなんて。
安心してください。私がちゃんと導いてあげるから。
私たちの幸せな結末まで、しっかりと。時間をかけてでも。
「京太郎はモモちゃん用の新しい布団出してきて。モモちゃんは料理手伝ってくれる~?」
「わかったよ」
「おまかせくださいっす!」
お義母さんの指示で京さんは空き部屋に、私はバッグからエプロンを取り出してキッチンに向かう。そこからはお願いされた通りにお手伝いをこなしていった。
「モモちゃんは料理も出来るし、本当にいい子ね~」
「えへへ。京さんに喜んでほしいっすから」
「あらあら~。本当に京太郎にはもったいない」
「そんなことないっす! 京さんこそ私にはもったいないくらい良い人で……」
私がそう言うと、お義母さんはニッコリと満面の笑みを浮かべた。
まるでイタズラが成功した子供のように。
「じゃあ、モモちゃんに京太郎の面倒みて貰おうかしら」
「え!? いいんすか!?」
「ええ。実はね……」
そこからお義母さんが話してくれたことは私にとって千載一遇のチャンス。
京さんと私の仲は恋愛感情のない友人。私はともかく、京さんは少なくとも似たような感覚を持っているはず。
だから、今回の機会で書き換える。
私のことを女として意識するように。
もちろん、一線は越えない。せっかく得たお義母さんの信頼は壊したくない。
将来を考えれば我慢は容易いことだ。
……ふふっ。待っていてくださいね、京さん。
あなたの中を私で染め上げるっす。
私をあなた一色で埋め尽くしてくれたように。
京太郎がモモの姿が見えたのは『須賀』家の力だと思って下さると助かります。