ガンダムビルドファイターズ -アクセンティア- 作:結城ソラ
「ふーるすーくらっちらーぶ♪ ぜーろから、ひゃーくまで組み上げったーい♪」
コツコツと杖を鳴らしながら歩く少女の片目には眼帯が付いているが痛々しさ等はまるで無く、ヘッドホンから流れる音楽に合わせて歌詞を口ずさむ度にピョコピョコと栗色のポニーテールが揺れる様は快活で可愛らしい印象を受ける。
『目的地周辺です』
「あ、この辺かー」
しばらく上機嫌で歩いていた少女はヘッドホンに接続されたスマホから流れてきた合成音声の指示に従いきょろきょろと周りを見渡す。
視界を巡らせていると、目を引くモニュメントが設置された建物が見えた。思わず少女の頬が緩む。
「あそこに居るんだっけ・・・よーし、行くぞー!」
おー! と拳を振り上げた後少女はヘッドホンを首にかけ直し、鼻歌混じりにその建物へと向かった。
☆★☆
「あ、ヤナミだ」
「学校から直接来たの?」
「ホントはサボって居座りたかった」
カフェの扉を開け、視界に入り込んできたミコトを見たカイチとアマネが驚く。
時刻はまだ三時過ぎでありミコトも半袖のカッターシャツにパンツという普通に夏服の学生スタイルだ。
カイチとアマネはカフェで着替える事も多いため制服姿を見せる事は多いがミコトは基本私服でしか現れず、自分達より後に来るのが基本なため二人が珍しがるのも当然だった。
「仕方ないだろ。コレが届いたって朝一で連絡があったんだから」
「あぁ、ソレってヤナミ君の注文だったの。・・・使いこなせるの?」
「普通に使えばムリだろ。原型機だって当然使えないだろうからなー」
切り取ったパーツに軽く鑢をかけながら気の無い返事を返す。随分と集中しているようだ。
「んなガンプラ買ってどーすんだよ」
「あ? 決まってんだろそんなの。パーツ――」
「えぇ? 確かに居るけどクゼが何のようだい?」
不意にカウンターから抜けた声が響いてきた。三人が揃って視線を向けると備え付けの電話の受話器を持った店長のどこか困ったような視線とぶつかった。
「あぁ――うん、いやだから何でそっちのお客さんからその名前が出るのかでだね――えー、強引だなぁもう。分かった分かったちょっと待って」
やれやれとため息を吐き出すと店長は受話器空いている手で手招きする。視線の先に居るのは明らかにミコトだ。
「・・・俺?」
「何か別のカフェでキミを探してるお客さんが居るらしくてねー。悪いけど受け取ってもらえるかい?」
「別のカフェって・・・俺そんなトコに知り合いなんていねーんだけど・・・」
思わず三人で顔を見合わせた後、首をかしげたままミコトが店長から受話器を受け取る。
「はいヤナミですけど、どちらさんでー・・・」
『ミコト君今どこですかぁぁぁ!?』
受話器から凄まじい音量が響き渡った。耳に直接当てていたミコトの脳に白黒のスパークが弾けるような感覚があった。
そのまましばらく襲っていた耳鳴りが少し収まってきたところで、ようやく受話器から響いた声がどこかで聞いた事がある事に気付いたミコトは少しだけ溜めてから、受話器の向こう側に居る相手に声をかけた。
「――誰?」
『鬼ですか悪魔ですかデビルオーガですかミコト君の人でなしッ!?』
☆★☆
恐ろしく不服という顔でミコトはガンプラを作り続ける。隣に座る店長が苦笑を浮かべながら愛車のハンドルを切る。
「頼むから車の揺れでケガ、なんて止めてくれよ? 安全運転で行くけどキミはうちの大事なファイターなんだから」
「へーへー。分かってますっての」
あの電話の後。店長は店をアマネに任せてミコトを連れて件のガンプラカフェに赴く事にしていた。当然ミコトは嫌がったが早急な解決を優先し店長は首根っこを掴んだ。
流石にミコトも思う所があったのか不機嫌そうにしながらも器用に車の揺れの中ガンプラを組み上げつつ素直に座っている。
「しかしソレ、どうするんだい? キミの事だからひねくれた使い方をするんだろうけど」
「ひねくれ前提ッスか・・・まぁいいけど。とりあえず使えるかどうかまだ分かんないし秘密ってことで」
「えぇー・・・そういうトコがひねくれてるトコだよぉ? ・・・っと、着いたよここだ」
車を駐車場に止めた店長に促され道具を片付けたミコトは目的地を視界に入れる。
白を基調にしつつも木材等を用いたデザイン、は実にカフェといった感じだ。
とはいえ入口の自動扉の上にはバルバトスのツノのモニュメントが備え付けられているし、ショーウインドウには“ガンダムW”後期OPでのウイングゼロとエピオンの鍔迫り合いが再現された立像がある。ついでにガンプラのボックスアートが展示されている辺り、やはりここはガンプラカフェなのだろう。
「同じカフェでもずいぶん違うんスね」
「店長の権利である程度発注もできるからね。うちの開店に合わせて開くゼータのツノとかは僕の拘りだし・・・・」
「へーそーですか」
語り始めた店長は放置してさっさと荷物を持つとミコトはカフェの扉を開く。
「勝者、コトバネ・アイカー!」
「やったー!」
「バカな、これで六人抜き・・・!?」
「カフェカラオケ七天衆、久しぶりの更新かっ!」
「というか女の子であんなヴェステンフルスな声が出せるものなのか・・・」
「アタシ、ファンになっ」
スパーン!と高速で扉を閉め、そのまま回れ右をしたミコトは何も見なかった事にして徒歩でいいからさっさと帰ろうと決意する。
最も、その決意は振り向いた段階で首根っこを掴まれたせいですぐさま瓦解する事となったのだが。
「いつの間にかうちの姫に収まった女性がお待ちだよ少年?」
「姫に収まったんならそっちで何とかしてくれって話なんだけど・・・」
「あー! 来てくれたー!」
じたばたしている間に見つかった事を悟ると掴まれた手が離される。仕方なく振り向けばそこには杖を器用に使って歩いてくる眼帯少女と、自分を捕獲していた長身の女性がニカッと笑っているのが目に入る。
少女の正体はやはりというか、以前ゲームセンターで出会ったコトバネ・アイカだ。きっと波乱しか起こらないのでできる事なら違ってほしかったという希望はハッキリと打ち砕かれた事実に、思わず項垂れる。
「クゼ、そうなったらもう彼は逃げないから放してあげなよ」
「ふむ。キミがそういうなら仕方ない」
ほがらかに笑いながらやってきた店長の言葉を受けた女性がミコトを放す。ぶすっとした顔のまま襟首を直すミコトだったが、ふと聞き覚えのある名前に首を傾げる。
「クゼ、って・・・」
「私の事さ少年。このガンプラカフェの店長をやらせてもらってるクゼ・クラリッサだ。気軽にあだ名のクラン姐さんと呼んでくれればいい」
「それ、まだ言ってるのかい・・・?」
「当然だろう? クゼ・クランの方が正直収まりがいいとさえ思っているとも」
はっは、と豪快に笑うクゼに思わず引きながら。ミコトは改めてここに来てしまった事の後悔を合わせた嘆息を吐き出すのであった。
☆★☆
とりあえず落ち着いて話をしようという事になりカフェに入店した一行はファミリー向けのテーブル席に座る。
ちなみに先程まで行われていた“毎週恒例ガンダムカラオケ大会”は勝ち抜き中だったアイカが抜けた事で自然と解散しており、店内には落ち着いたジャズが流れている。サンダーボルトな感じではないのでやはり普通にカフェとして利用している客もそこそこ要るようだ。
「それで、お前なんでこんなトコ来たんだ?」
「こんな・・・その物言いは流石に傷付くぞ少年」
注文したマカハロンを口に運びながらミコトはクゼを無視して早速本題に切り込む。
「あ、うん。この前お祭りがあったんでしょ? そこに友達のリサちゃんが参加してる写真を見せてもらってて」
「コトバネさんはホシナリさんのお友達なのかい?」
「はい! クラスメイトです!」
ホシナリ・リサ。この前の合同ガンプラカフェのイベントで司会を勤めていた少女である。同時にモデルでもある彼女は確かに仕事用に何度か写真撮影を行っていた。
「それで、その中にミコト君が写ってるのを見つけて」
「あー・・・そういえば俺のガンプラ教室にも来て撮影してたよーな・・・いや待て。だからといって何で来るって発想になる」
「え? 友達見つけたら会いに行きたくならない?」
「いや1回会っただけだろーがッ」
「あれだけ深く遊べば友達ですー!」
「はいはい。それで彼女にガンプラカフェの事を聞いて調べてみたらうちに引っ掛かったと」
「あー、なるほど。あの会場手配したのクゼだったしこっちの方が近いもんね。それでヤナミ君がこっちに居ると思ったわけだ」
「が、実際にはそっちの常連だったわけだな。それで話を聞いた私は半べそだった姫を放っておけずに連絡した、というのが事のあらましさ」
「な、泣いてませんっ!?」
「そのまま放っておいてほしかった・・・」
パタパタと手を振って否定するアイカを見て深めのため息を吐くミコト。するとそれに反応したアイカが頬を膨らませる。
「ミコト君、さっきから反応がドライ過ぎませんか」
「あのなコトバネ。そもそもの話・・・」
「あー! あー! また苗字で呼んだー! 前に会ったとき次は名前呼びって約束したのに!」
「約束はしてねぇよ都合よく捏造してんなっ!?」
「いやぁ、青春だねぇ」
「店長やっぱ目腐ってますよね?」
「まぁまぁ。ヤナミ君の今日の主目的は調整バトルだろう? 別のカフェでのバトルは新しいデータ収集にちょうどいいんじゃない?」
「それはまぁ、確かに」
「じゃあ私やります!」
バッと手を元気良く挙げるアイカ。ホントに怪我人なのか怪しいレベルでよく動く娘である。
「一応聞くよ姫? バトルの経験は?」
「クゼ店長、私の呼び方それで固定ですか・・・? えーっと、友達と遊びに行った時とかに一緒に遊んでます! アニメも見ましたよ?」
「女子会でアニメ鑑賞か・・・ちなみに何を見たんだい?」
「SEEDと続編と、後Wです」
「おぉぅ・・・そこでWに行く辺りガチを感じる・・・」
「・・・何でクゼ店長、女子会って決め付けたんだろ」
「あれ、もしかしてヤナミ君知らない?」
ミルクティーに手を付けながら楽しげに質疑応答をしているアイカに視線を向ける。正確には、その制服に。
「あの制服、この辺では結構いいトコな女子高の制服。わりと無防備感があるのもそういう環境故だと思うけど、上手いこと引っ掛けたねぇ」
「人聞きの悪い事言わないでもらえます?」
ニヤニヤと肩を小突いてくる店長を鬱陶しそうに振り払いながらミコトもアイカにチラリと視線を向ける。
確かに無防備である。今時あんな天然記念物チックな小動物がよく自然淘汰されなかったものだと思うほどに。
そんな風に考えているとアイカとミコトの目が合う。笑顔を向けてくるアイカに対して、ミコトは自然に顔を反らした。
「ふむ。聞いてる限りなら少し教え込めばバトルができそうだ。問題は、姫に合うガンプラなんだが・・・」
「でしたら、こちらを使っていただけませんか?」
クゼが唸っているとすぐ隣のカウンター席から声が届き、思わず全員が視線を向ける。
同時に、全員“彼女”から視線が外せなくなった。
真っ白な長い髪に紅い瞳。身に纏っているのは、黒を貴重に赤いフリルによって装飾されたドレス。
そして片目を覆う仮面というあまりにも異質なスタイルを、彼女は当然といった雰囲気で着こなして、そしてこの空間に馴染んでいた。
「・・・?」
さながら物語から直接現れ出たかのような異質な少女に対して誰もが沈黙する中、何故かミコトは首元の大きめな蒼いクリスタルがあしらわれたチョーカーに一瞬目を奪われていた。
「・・・何だ・・・?」
「えーっと、キミは?」
ミコトの呟きを掻き消しながら、ようやく店長が声をかけると少女は「あら」と口元に手をやって改めて微笑んだ。
「失礼しました。ワタクシの事は、シャーロットとお呼びください。・・・あまりにも皆様が楽しそうなので、ワタクシも何か協力させていただきたいなと思いまして。・・・アナタ、お名前は?」
「あ、はい。こ、コトバネ・アイカと言います!」
「では、アイカと呼ばせてもらっても?」
「はい! ど、どうぞ!」
「ありがとうございます。アイカのお話を聞いていて、ぜひともこの子を貰ってほしくて」
ふわりと微笑んだシャーロットはアイカの目の前にスタンドに接続したガンプラを差し出した。
金色の間接が輝く8枚4対の青い翼を持ったガンプラだ。
「ストライクフリーダム?」
「ほう・・・しっかりシャープ化もされている。ドラグーンは触ればケガをしそうだ」
店長二人がほう、と息を吐く。
ストライクフリーダム。“SEED DESTINY”に登場するキラ・ヤマト専用機であり初登場時には25体のMSと3隻の戦艦を戦闘不能にする等C.E.世界最強の称号を与えられる事もある機体なのだが、無視できない問題がある。
ストライクフリーダムはとにかくキラが運用することを前提に開発されているためわりと操縦難易度が高いのだ。そうでなくても多数の武装やドラグーンは初心者には荷が重いと言える。
「・・・この子なら動きもイメージできるし、やってみようかな」
「マジかよ・・・」
そんなことを知ってか知らずか、アイカはシャーロットからストライクフリーダムを受け取る。少しだけ動きを確認するように動かしたところで笑顔をミコトに向けた。
「よーし、この子で勝負だよミコト君!」
力強くストライクフリーダムを付き出すアイカの瞳はキラキラと輝いていたが、対してミコトの目には対照的にやる気の無さがにじみ出ていた。
「お前さぁ・・・そもそも俺、一回たりともお前とバトルするなんて言ってねぇけど?」
「うっ!?」
「とかなんとか言って、やるんだろう?」
「先回りしないでもらえます?」
ため息と共にマカハロンを摘まみながらミコトが立ち上がる。
「クゼさん、貸出のガンプラ見せてもらいますね。決めたら個室で作業してるんでその間にチュートリアルでも済ませといてください」
「構わんが・・・ガンプラ持っていないわけではないだろう?」
「アレ相手じゃまともに調整できませんよ。・・・何より、どーせやるならそこそこハンデはあるべきでしょ?」
「それどーいう事ですかっ!?」
アイカが思わず大きめの声を出すのを見てやれやれとミコトは肩をすくめる。
「勝って余裕とかそんな態度ですね分かります! いーです絶対泣かせてあげますからー!」
「おーおー言ってろ言ってろ。後で泣くのそっちだから」
「カチーンときましたいいですよやってやりますよ! 負けたらミコト君、私の事今度こそちゃんとアイカって呼んでもらいますからねっ!」
「お前、それ拘るのな・・・」
「も、もちろん私が負ければ何か言うこと聞きま・・・」
「要らん。勝ってトーゼンなんだからそんな虐めみたい事しねーよ」
それだけ言い切るとミコトはひらひらと手を振って席を外す。
一方のアイカはミコトの消えた方向を見た後に俯き、肩を静かに震わす。「ふ・・・ふふ・・・」と不気味な笑い声が口元から盛れているので店長はサッと目を反らしてミルクティーで喉を潤した。
「絶対・・・ゼーーーーッッタイッ! ギャフンと言わせてやるー!」
「うちの姫にあの物言いと自信。へし折ってやるのが実に楽しみだ」
「ワタクシも当然協力いたします。楽しく成ってきましたねぇ」
絵面は華やかなハズなのに背景に燃え滾る炎が見えるせいか周囲の客たちが一斉に引く。
一方図太く席に居座り続けたままミルクティーのおかわりを注文し終えた店長は燃える女性陣を感じながら楽しげに呟くのであった。
「戦闘前の女性との一悶着は死亡フラグだぞぉぅ。さぁて、ヤナミ君は乗り越えられるかな?」
☆★☆
“GUNPLA BATTLE. Combat mode, start up”
“Mode damage level, set to【C】”
“Please, set your GPbase”
システムに促されたアイカは貸出のGPベースをセットする。向こう側には同じように自分のベースをセットするミコトが目に入る。
「負けないから!」
「へーへー。ま、頑張ってくれや」
「むぅぅぅ!!」
“Biginning, 【PLAVSKY PARTICLE】 dispersal”
粒子が展開するされていきミコトの姿が隠れていく。その姿が消える直前、ニヤリと笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
“Field 1, 【Space】”
蒼い粒子が輝き、幾つもの光を内包する漆黒の宇宙空間が作り出される。思わずアイカはグッと拳を握り締めていた。
“Please, set your GUNPLA”
まだ出会ってからの時間は浅いが手に馴染んできたストライクフリーダムをバトルシステムに置く。
次いでアイカは杖を横に置くと椅子に座る。専用の位置に調整された位置に出現したアームレイカーを握り締める。
“Battle Start !!”
「コトバネ・アイカ、ストライクフリーダムガンダム!……行きます!」
カタパルトが動き出し、フリーダムに接続されていたケーブルが一瞬制止をかけるがすぐに弾け飛ぶ。
宇宙へとその身を踊らせたフリーダムが1回転すると、灰色がかったディアクティブモードから一転し本来の色を取り戻す。
そのまま宇宙を滑るように飛ぶフリーダムを見ながら思わず店長は舌を巻いた。
「無重力ステージでの操縦でしっかりストフリを乗りこなしている。初心者の躓きやすいポイントだと思うけど、上手いものだ。流石のレクチャー力だねクゼ」
「元々遊んでいたから基礎が出来上がっていたおかげで手のかからない生徒だったよ。優秀な助手も居たしね」
「あら。ワタクシがしたことは重箱の隅を突いた程度です。それに・・・」
デブリ帯に突入したフリーダムが難なくデブリの隙間を潜り抜ける様を見ながらシャーロットは柔らかく微笑む。
「アイカの才能は間違いなく素晴らしいものですし、それまでに使った機体の経験も良かった」
「遊びで使ったって、レンタル機体の事かい? いったい何を?」
「聞いて驚け。デビュー戦はジオングだったそうだ」
「よりにもよってかいっ!?」
「他にはトールギスⅡ、ギャブラン、Ex-S、マーメイドガンダム・・・」
「他はともかくマーメイドを貸し出す豪胆さにモノ申したい感があるんだけど…」
どれもこれもクセのあるガンプラばかりである。純粋なガンダムタイプでさえ使ったのがALICEの補助込みで動かすEx-Sという色物っぷりである。
そんな経験故か、フリーダムを操作したアイカの感想は「素直なコ」であり、結局店長達が話している間にアイカは華麗とも言えるマニューバでデブリ帯を無傷で切り抜けていた。
「よっし、後は見つけるだけ・・・ッ!?」
唇を舐めながらカメラを動かすアイカの視界が強い光に照らされる。
少し離れた場所からビームが昇っていた。強い光はしばらく宇宙を照らし、うっすらと消えて行く。
ステージギミック等では断じてない。それの意図を理解したアイカはうっすらと手に滲んだ汗を拭うと、ビームの上がっていた場所――月面へと向けてフリーダムを動かした。
「・・・これって・・・」
やがてビームの上がったポイントに到着したアイカはその風景に言葉を失った。微塵に砕けた機械の破片が漂い、その他にもMSの残骸らしきものまである。
まるで、何かの墓場のようだ。
『よ』
場の雰囲気にこれ以上なくそぐわない気の抜けた声をスピーカーが拾った。漂う残骸の奥に、その声の主は居た。
巨大なレンズ状の物体に小型の戦闘機のようなものが突き刺さっており、その上に一体のガンプラが器用に座っている。
目を引くのは赤い翼と血涙のような隈取り。身の丈程の剣と大砲を背負うその姿はどこか悪魔のようだ。
ZGMF-X42S“デスティニー”。ザフトが作り上げた名機にしてデストロイの軍団を叩き伏せる活躍が印象的な機体。
そしてデスティニーガンダムの姿を見てアイカはようやく周囲に漂う残骸が“DESTINY”に登場した量産機達であり、デスティニーが腰掛けているのがレクイエムに突き刺さったファトゥム-01だと気付く。このステージの正体はどうやらダイダロス基地らしい。
『さて、マニューバは合格点だな』
ファトゥムから月面に降り立ったデスティニーがコキコキと首を鳴らす素振りをするとフリーダムへと視線を向ける。
思わずアイカが唾を飲み込むのに対して、ミコトは不適に笑ってライフルを抜いた。
『おら、来いよ。相手してやる』
「・・・いくよっ!」
アイカは躊躇わずに連結しておいたビームライフルのトリガーを引く。出力を高められたビームがデスティニーを狙うが、デスティニーは展開したソリドゥスであっさりと受け止める。
「まだまだ!」
防がれたと見るやすぐにフリーダムはライフルを分割しながら月面を蹴りデスティニーに低空飛行で突撃する。
さらには勢いそのままに回転を始めると両手のライフルを連射する。回転を伴った事でビームはデタラメな軌跡を描きながらデスティニーに殺到する。
たまらずデスティニーが飛翔する。それを見たアイカはフリーダムのメインスラスターを点火し加速した。
――いいかい姫。たぶん真正面からぶつかっても通用しない。ならば、手は1つだ。
クゼの言葉を反芻しながらアイカはフリーダムをデスティニーの真下へと潜り込ませ、クスィフィアス3を展開すると上昇するデスティニーに弾丸を発射した。
フリーダムの運動性と数多の武装による奇襲戦法。クゼがアイカに短時間に叩き込んだスタイルだ。
デスティニーが振り返る。自らに迫る弾丸をカメラに映し、
「お株、いただきだ!」
赤く発光した右足を振り抜き、弾丸を蹴飛ばした。
★☆★
「デスティニーとストフリ。実に良き展開じゃないか」
「VPSの電圧を右足に集中させて防御力を強化してレールガンを蹴飛ばしたか・・・無茶苦茶をするな」
「粒子制御によるステータス弄りに卑怯奇天烈な奇襲戦法はそれこそ彼の
本日四杯目のミルクティーに口を付けながら本人が聞けば笑顔でグーパンしそうな評価を店長が口にする。何か言いたげな目をするがすぐにクゼはため息へと変える。
「にしても、アレだけ反応できて読めているなら姫を落とすのも簡単だろうに」
「うーん、そういうわけでもないんだろうけど。確かにヤナミ君にしては攻めなさすぎだね。・・・その辺、シャーロットちゃんはどうだい?」
笑顔で話を振る店長に対してシャーロットは手元のオレンジジュースを飲みながら笑顔を返す。
「あら、ワタクシよりも店長さんの方が彼を知っているでしょう?」
「いやいや。キミのカウンセリング能力を見込んでの質問さ」
にこやかな雰囲気で交わされる会話。その雰囲気にクゼは怪訝そうな表情を浮かべるが、それを気にせずシャーロットは一言「簡単ですよ」と笑みの質をイタズラっぽいものに変質させながら口を開く。
「ワタクシ達は今日のアイカしか知りませんが、彼はそれ以外のアイカを知っている。なら、期待する事も我々とは別物ということなのでしょう」
★☆★
左手のライフルをマウントしながらフリーダムがデスティニーに向かって飛び上がる。ビームを連射しながら空いた左手でビームサーベルを握る。
対してデスティニーは肩のフラッシュエッジを1本抜くと間髪入れずに投擲。正確にフリーダムの正面に飛来する回転する刃にフリーダムは連射を止め、渦を描くような機動で回避する。
そのままフリーダムは持っていたライフルを上に向かって投げた。一瞬ミコトの視線がライフルを追う。
それを確認せずにフリーダムはさらに加速しながらライフルの代わりにサーベルを逆手状態で握ると刃を展開、一気にデスティニーへと突っ込んだ。
『狙いは悪くない、けどなっ!』
軽くスラスターを吹かせ微妙に位置を変えたデスティニーはそのままスウェーバックで刃を避ける。
「それでもっ!」
すれ違い様にライフルをマウントしていないクスィフィアス3を無理矢理展開してデスティニーに叩き付ける。思わぬ衝撃に初めてデスティニーがよろける。
距離を取りながら振り向いたフリーダムはサーベルを連結すると勢いよく振りかぶり、
「いっけぇ!」
投げた。
『それは流石に・・・ッ!?』
かなりの勢いを持ちながらビーム刃を展開したまま迫り来るサーベルに対処しようとしたミコトの顔色が驚愕に染まる。
サーベルを投げたフリーダムのカリドゥスが間髪入れずに放たれていたからだ。直進した大出力の砲撃は進路上のサーベルにぶち当たり――拡散した。
『ビームコンフューズっ!?』
広範囲に拡散するビームを回避する術は流石に無いのか、出力を引き上げカバーする範囲を広げたソリドゥスを展開して防御に徹するデスティニー。
「ドラグーン!」
初めて足を止めたデスティニーにアイカはストライクフリーダムの代名詞とも言えるスーパードラグーンを放つ。ビームコンフューズが欠き消えるタイミングでデスティニーをドラグーンが包囲する。
逃げ場の無い集中砲火がデスティニーに襲い掛かる――が、ビームが貫いたのはデスティニーの影だけだった。
「残・・・像・・・?」
『よしちょーっと危なかったが問題無し!』
若干早口になりながらミコトは展開していた光の翼を消してアイカを見下ろす。その意図を図りきれずにアイカの思考が一瞬止まるが、放り投げていたライフルをすぐに回収するとマウントしていた分も含めての連射態勢に入る。
『はい残念』
バトルシステムがアイカに背後からの揺れを伝える。
「せ、背中に、何?」
『フラッシュエッジ2には簡易ドラグーンが積まれてる。ヘタクソでも、回収するための線上に乗ってもらえば当てれるってもんだ』
縦一文字にフリーダムのバックパックの中央部――メインバーニアを切り裂きながら手元に戻ってきたフラッシュエッジを肩へと戻しながらどこか得意気にミコトが語る。
「っぅ!」
ダメージを確認したアイカは狙いを付けずにでたらめに両手のライフルを連射し周辺のデブリや残骸を破壊し目くらましを行った。
爆煙に呑まれて姿を隠したところで出力が極端に落ちたバーニアを吹かせて衛星の影へと逃げ込む。
「はぁ・・・はぁ・・・ダメだ、通じてないし、バレてばっかりだ・・・・・・強いや、ミコト君・・・」
ジワリと滲んだ汗を拭う事すらできないままアイカは荒れた息を整えようと必死になる。その中で、ダメージを負った今の状態でどれだけ勝機を手繰れるか。ひたすらに考え続ける。
「ゼロシステム、だっけ。あれがあればなぁ・・・いやいや、無い物強請りは無しだよね。でも奇襲作戦はどれもミコト君に読まれてるっぽいし・・・」
何とか落ち着いてきた呼吸に対してまるで考えは纏まらない。
――集中、ですよ。アイカの才能は保障しますから
不意に脳内にリフレインしたのはクゼとの特訓を終えた後にかけられたシャーロットの言葉だ。彼女はこちらを安心させるような柔和な笑みを浮かべながらアイカに語りかけてきた。
――アイカ。夢中と集中は違いますよ。貴女ならちゃんと集中できれば、フィールドの細かな機微すら分かるハズです。それが貴女の才能だとワタクシは考えます。
(でも、そんな集中どうやって・・・)
――簡単ですよ。バトルに関係無く、普段から貴女が集中するために行うルーティーン。それを実行しましょう。
(ルー、ティーン?)
そういえば、とアイカは思い出す。以前、同じような状況でスッと集中できた事があった。
そう、それはあのゲームセンターでの出来事。銀色の怪獣と戦った時はもっと集中していたように思う。
ならば、今とあの時の違いは?
「・・・あ」
思い付いた。同時にそれは“普段の自分”が好む行為だ。でも、そんな事で?
「・・・ううん。やってみてダメならその時、諦めて笑えばいいよね」
深く息を吸い、吐き出す。
頭のスイッチを切り替え、アイカはその思い付きを実行した。
★☆★
「こんなもん、か」
人知れずミコトは小さくため息を吐く。
アイカの奇襲戦法やそれを成り立たせるマニューバ、初心者とは思えない才能に溢れた動きには驚嘆したがミコトにとってはその程度。
それこそ最近だけでも自分を遥かに上回る才能を持つカイチとメグルを見ているし、これだけ動ける素人は他にも見たこと戦ったことがある。
ただしゲーセンで見せたオールレンジ攻撃の動きは別だ。あのVRゲームはガンプラバトルのシステムを一部応用してある。そのシステム下で卓越した戦いを見せたアイカのデータを取りたかった。
要するに、アイカの事など欠片も考えずにミコトは完全な打算でアイカの相手をしていたのである。
(正直期待外れだな。あのドラグーンの動きはほぼシステムサポートのテンプレパターンだった。勝手が違うのかもしれねぇけど・・・ま、もういいな)
軽くトドメを刺そうと決めたミコトはフリーダムが逃げ込んだ影に狙いを付けると、それまで使用を止めていた長距離ビーム砲を展開する。
充分なチャージを行い、トリガーを引く。場所を知らせるために使った高出力のビームが衛星を破壊する。
影からフリーダムが飛び出す。狙い通りに誘き出されたフリーダムの姿を確認した瞬間にミコトは長距離ビーム砲を収納しないまま二本のフラッシュエッジを投げ付けた。
退路を狙われたフリーダムは一瞬の停止の後軌道を変えて逃げ出す。その方向を長距離ビーム砲の砲身が向いている。
「チェック」
溜め込んだ粒子を一気に撃ち出す。強烈な破壊の閃光がフリーダムを呑み込もうとする。
『――握った――』
「ッ・・・?」
そんな時に聞こえたソレは、ミコトの意識を惹き付けた。
『――拳の――』
途端に、変化は訪れる。
フリーダムはドラグーンを射出し、先程は展開しなかった光の翼を広げ射線から離脱する。
『強さで』
二機のドラグーンがスパイクを形成しながら突っ込んでくる。すぐにCIWSで撃ち落とそうとした瞬間、危険を知らせるアラートが鳴り響く。
反射的にミコトは光の翼の推力に乗りドラグーンスパイクに掠りながら前進する。直後、先程まで居た空間を上下から放たれたビームが通過する。
「スパイクとは別にドラグーンを置いて・・・っ!?」
『砕けた・・・!』
真正面に移動していたフリーダムは連結ライフルを既に構えており、飛び込んでくるデスティニーに正確な射撃を放つ。ギリギリでソリドゥスを展開し受け止めるが、威力を殺しきれずにデスティニーが弾き飛ばされる。
「っ、の・・・何だよいったい!」
『――願いに・・・血を流、すてーのひ、ら――』
「・・・歌、か・・・?」
頭に上った血がスピーカーから流れてくるリズムと言葉を聴くうちに落ち着いていく。その歌詞に、覚えがあったから。
“vestige-ヴェスティージ-”。ストライクフリーダムの初陣で流れ、リマスター版では四期のOPとなったこの曲は静かなバラード調が特徴であり「C.E.世界を生きる全ての人の歌」とも称される曲。
アイカはそれを口ずさんでいた。
『果てない、翼と。鎖は・・・よく似て』
「けど、何で歌でこんなッ!?」
自ら距離を一気に詰めると今度はクスィフィアス3を連射する。舌打ちと共に月面スレスレを飛翔し弾丸を回避しながらデスティニーもビームライフルで反撃を試みる。
『重さで――何処にも行、け、ずに――』
一回転。ただそれだけの動作でフリーダムはビームを避け、デスティニーの進路上にドラグーンを呼び寄せ攻撃を放つ。
対するデスティニーは静かな動きで回避したフリーダムとは対照的に月面を蹴り上げて激しく上昇する。
『失くす、ばかりの・・・幼い
動きのキレ。八機のスーパードラグーンによる追い込み。何より、実行までの速さ。
動きは読めるのに対応するミコトの反応を越えてアイカは一手、また一手と研ぎ澄まされた攻撃を撃ち込んでいく。
『人は、還らぬ・・・星を
「ゲーセンで見せた動きの正体が、コレって事かッ!?」
例えば思い入れのある歌やBGMを聞いて効率よく何かを終わらせた事が無いだろうか?
心と身体が完全に溶け合い調和し、不必要なノイズによる思考のタイムラグが削られた超集中状態。“歌”によりアイカはほとんど“直観”だけで最も効率的な選択を行う。
アキヅキ・カイチともクスノキ・メグルとも違う。コトバネ・アイカの才能は、極端なまでの集中力から生まれる演算処理能力だった。
「これだから・・・!」
『掲げた――それぞ、れの灯を!』
「ぐっ!?」
フラッシュエッジに通常のビームサーベル程の長さの刃を形成して近接戦を仕掛けたデスティニーをフリーダムが蹴り飛ばす。
『命と、咲か、せ、て!』
体勢の崩れたデスティニーにドラグーンの猛攻が襲い掛かる。逃げるデスティニーに降り注ぐビームの雨が、ついにデスティニーの右足を捉え吹き飛ばした。
足を失ったショックとそれに伴った衝撃を受けたデスティニーはそのまま最初に居たレクイエム跡地付近に叩き落される。
「くっそ・・・!」
『運んで――いくことが運、命』
歯ぎしりするミコトを尻目にドラグーンがフリーダムの元へと帰還する。ただしプラットフォームへと再装填されるわけではなく、フリーダムを囲むように整列するという形で。
『輝き、刻む――』
「それ、は流石にっ!?」
フリーダムの金色の関節が輝く。光と化した粒子を溢れさせながら両手のビームライフルとクスィフィアス3、腹部のカリドゥスと整列するスーパードラグーンの全ての砲口が月面で動きを止めたデスティニーへと向ける。
『誰もが優しい――』
全てが、一斉に放たれた。
『刻の
ドラグーン・フルバースト。大量の敵を圧倒的な火力で吹き飛ばして面制圧を行うストライクフリーダムの代名詞だる必殺技が、デスティニーを呑み込んだ。
★☆★
次回、ガンダムビルドファイターズ -アクセンティア-
「さぁヤナミ少年! キミからの滾りは我が軍を動かせるかな!?」
「心が、動きましたね?」
「ミコト君、負けちゃうの・・・?」
【Build.14:最果てへの挑戦】
「これが! ゲシュテルンガンダム・カノニーア!!」