ガンダムビルドファイターズ -アクセンティア-   作:結城ソラ

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Build.10:激闘・強調者と三傑Ⅲ ~切札廻炎~

「がぼごぶごばぼばばばば!」

 

 アキヅキ・カイチは海に沈んだままなぜか溺れたような声を上げた。いや実際は溺れていないのだが。ぶっちゃけ雰囲気に流されているだけである。

 

「うーん、これまじぃんじゃねぇの? ヤナミはどっか行っちまったし、アマネの居た場所はもうどこか分かんねぇし・・・孤立してるのって一番ダメだよなぁ」

 

 逆さになったまま胡坐に腕組みといったポーズで海を漂いながら、カイチはカイチなりに頭を回転させる。

 

「まぁとりあえず上がってから考えっか。うん、それがいい」

 

 即座に考えることを放棄したカイチはダークハウンドを漫画の空中遊泳の如く泳がせる。

 もうすぐで海面に出る――そう思った次の瞬間、横殴りの波に飲まれた。

 

「ごぼばはっ!? なななな何だァ!?」

 

 波に飲まれた勢いで幸か不幸か海上へと叩き出される。波を引き起こした何かが通った跡なのか、空気中に紫電が舞っていた。

 戦艦の幾つかが吹き飛ばされたらしく海上に浮いていた残骸にとりあえずしがみついて一息吐く。

 

「ふぃー。何が何だかだぜ・・・にしてもこれからどうす・・・ん?」

 

 スピーカーから何かが近付いてくることを知らせる音が鳴る。だがそれは危険を知らせるアラートではない。

 目を凝らして見ると水平線の向こうから何かが飛んでくるのが見えた。鳥か、何かか――。

 ソレの正体に勘付いたカイチはだらしなく「にひ」と笑った。

 

「・・・もしかして、ラッキーってヤツかぁ?」

 

 

☆★☆

 

 

 逃げていた。逃避行だ。セリザワ・アマネは得意のステルスすら使わせてもらえず狙撃も狙える程離れることもできないほどに追い込まれているのだ。

 獲物を狩らんとするのは天使と悪魔の名を冠する二機のガンダム――ガンダムアストレア・シュバリエとガンダムアスタロト・D・Arne(ディ・アーナ)。確実に、二機は逃げ惑うオリジンを時に射撃で、時に斬撃で攻め立てる。

 だが、アマネはスナイパーだ。攻撃範囲や射線を正確に見切ることには他の追随を許さない彼女の視界には生き延びるラインがしっかりと映っている。

 自身へと通る射線を即座に把握し射線を切るように艦の陰へと移動する。オリジンの盾になりシュバリエのビームを受けた小規模な艦が一隻海へと沈んでいく。

 激しく吹き上がる水柱に乗じてオリジンが戦域からの離脱を選択する。少しでも離れれば――アマネの距離になりさえすれば戦況をひっくり返す準備を整えられる。

 しかしそれを許すほど、彼ら(デルタエース)は甘くない。紅蓮の輝きを放つトランザム状態へと移行したシュバリエが水柱を正面から突破しオリジンへと肉薄する。

 

「ッ・・・さっきまでより、速いッ」

『リミット解除の出し惜しみ無しだっ! このトランザム、触れれば斬れるぞ!』

「それは、イヤね!」

 

 振り抜かれるGNソードに対してアマネはいつの間にかその手に握っていたGNビームサーベルを展開し受け止める。

 拮抗は一瞬。鍔迫り合いに発展することもなくあっさりとオリジンが吹き飛ばされ戦艦のブリッジへと突っ込む。

 無理矢理カメラを回しそれがデラーズ・フリート旗艦、グワデンであることを理解したアマネが思わず毒吐く。

 

「私はアナベル・ガトー怒りの制裁代わりかしら」

『余裕寂々か! だが、ここまでだ! そのマントの下の秘密ごと、切り裂く!』

「・・・1つ、アドバイスをあげる」

 

 紅蓮の影を引きながら迫るシュバリエに対してオリジンが立ち上がる。

 翻した外套から二門の砲門が展開され、シュバリエをロックした。

 

『なっ!?』

「女の子にはみーんな踏み込まれたくない秘密の花園があるの。そこにムリヤリ踏み込むのは、ケガする上にモテないわよ?」

 

 クスリと微笑み、GNビームキャノンのグリップを握り締める。

 トリガーが引かれて放たれた朱い弾丸はトランザムの勢いに乗って突進するシュバリエには避けることが叶わず直撃し吹き飛ぶ。しばらく錐揉み回転をしたシュバリエはそのまま体勢を立て直せず海へと落下した。

 

「これで・・・」

『終わるとは言わないんだなぁこれがぁ! なんちゃって!』

 

 太陽を背に大鎌を構えたD・Arneが上空から降ってくる。振り抜かれた刃を咄嗟に抜いたサーベルでオリジンは受け止めた。今度は鍔迫り合いの形が完成する。

 

『確かにブチョーはデリカシーがわりと無いからモテない! でもでも、女の子の花園なら同じ女の子の私は当然踏み込んでいいよね!』

「心を許してない相手には踏み込まれたくないわね! テンプレ的に言うなら、恥を知りなさい俗物、ってね!」

 

 大鎌を受け流しオリジンは手にしたGNロングビームライフルを空に向かって放り投げGNクローを起動する。

 完全な不意打ちがD・Arneの胸を貫かんと迫る。

 

『まッだまだ!』

「っ!?」

 

 攻撃を視認したマイは大鎌を躊躇いなく甲板に叩きつけ棒高跳びの要領で急激に跳躍する。GNクローが何も無い空間を貫くと同時にD・Arneは大鎌を支点に身体を回転させオリジンに回し蹴りを叩き込む。

 衝撃によろめいたオリジンに再び大鎌の刃が大上段が振り下ろされる。背後から迫る寒気を感じたアマネは外套に隠れたGNビームキャノンを発射。

 反動で機体を前に押し出し回避したオリジンに対しD・Arneの大鎌が甲板に突き刺さった。

 

『あっれ!?』

「これでっ!」

 

 振り向き様にGNビームキャノンを構えロックを待たずして発射する。

 バチバチと弾ける電流を伴った弾丸をD・Arneはその巨大な手甲で受け止める。

 シュバリエと違いナノラミネートアーマーの装甲を貫くことは叶わなないものの装甲を焦がしながら腕を弾くのを見てアマネはビームサーベルを突き出す。

 P.D.(ポストディザスター)世界に置いてビームに対して最強のビーム耐性を誇るナノラミネートアーマーだがガンプラバトルでまで無敵とは言えない。

 戦っているのはMSではなくガンプラなのだ。多少ビームに強くともビームすべてを弾くためにはしっかりと作り込む必要がある。

 凄まじい防御力を誇るからこそちょっとの傷でも付け入る隙になる。アマネのモットーは「隙は徹底的に狙うが無ければ作れ」だ。

 果たして直接突き刺されたサーベル刃はD・Arneの胸部を浅く抉った。致命傷ではないが確かなダメージ。

 ダメージを認識した瞬間D・Arneが転がった。その足を大鎌に絡めながら勢いを乗せて甲板から刃を引き抜き振るう。

 サーベルを手放してギリギリでその一閃をオリジンは避けるがD・Arneの猛攻は止まらない。勢いそのままに大鎌を回転させ石突きに当たる部分をオリジンへと向けると連続で突きを放つ。

 先程までの一撃の威力を重視した斬撃による攻撃から一転した戦闘スタイルは、時折刃での斬撃を交えながらアマネをさらにジリジリと追い詰める。

 

『やっはぁ!』

「えっ!?」

 

 D・Arneは不意に刃をオリジンの目の前に振り下ろし再び甲板へと大鎌を突き刺す。それがミスではないのは動きの迷いの無さで分かる。

 では何故、という疑問が一瞬アマネの思考に空白を作る。その隙を見逃さずD・Arneは大鎌を支柱に回し蹴りを打ち込む。

 アクロバティックな動きと共に放たれた衝撃にオリジンがよろめくのを見たマイはそのまま着地することなく横軸の回転から縦軸の回転へと動きを変え、その勢いを利用して三度大鎌を大上段から振り下ろす。

 当たれば大ダメージは免れない。アマネはファイターの本能だけでオリジンにバックステップを命ずる。

 

 ――背後の海から気配を殺して上がってきたシュバリエに気付かず。

 

 シュバリエの手にはD・Arneが先程まで使用していたガトリングが握られていた。放たれた弾丸が自ら飛び込んできた獲物(オリジン)に吸い込まれる。

 

「ッ――!?」

 

 衝撃で押し出されたオリジンのカメラいっぱいに大鎌の刃が映し出され、次の瞬間には激しい振動とアラートが鳴り響く。

 ついに、悪魔の大鎌が逃げ惑う魔弾の射手を捉えたのだ。

 

『・・・その肩は・・・?』

『なるほど、そういうカラクリ、か!?』

 

 不意にマイとアリマのスピーカーからも危険を知らせるアラートが響き渡る。そのタイプは最大級の危険を知らせるタイプのものだ。

 次の瞬間。

 サテライトキャノンよりも巨大なビームが飛来し、グワデンを吹き飛ばした。

 

 

☆★☆

 

 

「どうしたどうしたぁ! こんなもんかよぉ!」

『っ、く・・・』

 

 完全に言動が悪役(ヒール)のそれだが、アドレナリンが爆発しているミコトは気にも止めない。

 戦況は大きく変わっていた。左手のみでクラレントを振るうゲシュテルンは重厚な一撃を二刃(フタバ)の防御越しに叩き付け、空中で踏ん張りの効かない二刃を吹き飛ばす。

 すぐに光の翼の高速移動による追撃が行われる。残像を残しながら背後に回り込んだゲシュテルンは再びクラレントを叩き込む。

 防戦一方ではあるが絶対に直撃を貰わないように適格な防御に若干苛立ちながらもミコトは多少大雑把になりながらも一瞬足りとも追撃の手を緩めない。この状況がミコトにとって最も有利な状態だと理解しているからだ。

 

「空中戦は厳しいか? だけどこれが、ガンプラバトルってもんだろ?」

『言われ、なくても・・・!』

 

 ここまでの戦況の逆転が起こったのは一重に両者の長所の違いが原因だった。

 クスノキ・メグルは天賦の才(ギフト)とも言うべきセンスと幼少時から修めてきたクスノキの業、それらがガンプラバトルとガンダムアストレイ レッドフレームという機体にこれ以上なく合致していた。

 始めて数ヵ月という短さで充分以上にメグルが戦えるのはこれらが大きい。では、対するミコトはどうか?

 才能など無いと公言し、ビルドファイターとしてもずば抜けた技能を持たないミコトだが、メグルにどうあっても負けないものが実はある。

 それはガンプラバトルバカであること。彼がガンプラバトルを始め、作り上げては壊してまた作ってを繰り返してきた月日は9年間。その間、何百回ものトライ・アゲインで培われた経験値。それこそがヤナミ・ミコトの何にも勝る力となっていた。

 実際地に足が着かず前後左右に加えて上下からも苛烈に攻め込んでくるゲシュテルンに対してメグルは有効な一手を打てていない。現実で相対しての戦いならばきっとこうはいかない。

 メグルにはまるで経験の無い戦いは、対して宇宙や海中でも何度も戦っているミコトにとっては慣れたモノだ。

 時間。それこそが、ミコトが勝利を得るために費やし続けた力の正体だ。

 

『だからといってぇ!』

 

 大人しくやられるほどクスノキ・メグルという少女はか弱くなかった。声に気合いを込め、突撃してくるゲシュテルンに向けて両手から光雷球を整列させるかのようにして連続で放つ。

 最高速をほぼ出したまま自在に駆け抜けるゲシュテルンだが、少しでも蛇行しスピードが落ちれば反撃を打ち込むことはできる。メグルは防御を少し解き、ガーベラストレートの柄と鞘に手をかける。

 

「舐めんなァ!」

 

 対してミコトはクラレントを振りかぶったまま、正面を向いた手甲から一気に粒子を注ぎ込みソリドゥス・フルゴールを展開する。

 注ぎ込まれた多量の粒子に対応するようにソリドゥスはゲシュテルンを隠すほど巨大化し、光雷球へと止まることなく突っ込む。

 ソリドゥスとぶつかり合った光雷球は爆発を起こし、連鎖的に周辺の雷光球も爆発していく。

 吹き上がる爆風を纏いながら突き進むゲシュテルンは展開していたソリドゥスを圧縮する。

 一際強烈な光が手甲に集まり、ビームガンのように射出された。

 迫り来る閃光を二刃は抜き放った二本のビームサーベルで迎撃する。

 

『っ、あっ!?』

 

 力負けしたのは二刃だった。先程のミーティアの猛攻を潜り抜けた代償か、腕に思っていた以上に力が伝わらず大きく体勢を崩す。

 崩れた防御を狙いゲシュテルンが一気に接近する。全身を捻り、クラレントを振り抜く全力の攻撃を叩き付ける。

 嵐の如き一撃は咄嗟に動かしたフライトユニットのバーニアから生まれた推力に二刃が引っ張られ、嵐の中から抜け出す。

 

「なにっ!?」

『やぁぁぁ!』

 

 ミコトの予想外は続く。懐に潜り込んだ二刃はその手にビームサーベルを握ったまま“手を回転”させ、勢いが乗ったビーム刃がフリューゲルに装備されたリボルバーのホルスターを焼き斬った。

 間髪入れずにさらに二刃はもう片手に握っていたサーベルを投擲する。鋭く飛来したサーベルが反対側のハンドガンと翼の一部を穿った。

 

「コイ、ツ!」

 

 崩れた姿勢を整えるためについにゲシュテルンの動きが止まる。それを見た二刃は空いた左手にサムライソードの柄を握る。

 ミコトの脳裏に右腕を奪われたシーンがフラッシュバックし、ほぼ反射的に光の翼を最大出力で解き放つ。強烈な光圧がフィールドを形成する粒子の一部をかき乱しノイズを形成した。初めての衝撃にメグルの視界が揺れ、サムライソードを抜刀するタイミングが遅れたことでゲシュテルンが一気に間合いから離脱する。

 距離を取り合いお互いが相手を正面を見据える。腕を通常の状態に戻した二刃を見ながらミコトは今起きたやりとりに軽く驚愕する。

 フライトユニットのバーニアを利用したあの回避は地に足の付いていない空中戦だからできるマニューバーだ。それに加えてシーブック・アノーとガンダムF91で印象的な手首ごと回す回転サーベル。

 知ってか知らずかはミコトには分からないが、メグルの戦いは数分前より遥かに“ガンプラバトル”に適応していっていた。

 

(適応、というか最早進化だな。ったくこれだから・・・)

 

 自分が同じようなことをできるまでに費やした時間を思い返し、妬み嫉みを詰め込んだ舌打ちと共に一気に決着を付けることを決意する。

 ――その決意が、少しだけ遅かった。

 二刃がろくに狙いも付けずにグレネードランチャーを連射する。がむしゃらに放った後にすぐに投げ捨てたところを見るに弾切れを起こしたようだ。

 爆発した弾が煙幕を作り出し二刃の姿を隠す。対してミコトは焦ることなくビームマシンガンを無造作に放ち煙幕を吹き払う。

 

「――んなっ」

 

 煙幕を飛び越えいつの間にか上空から迫った二刃はガーベラストレートを鋭く抜き放つとクラレントに叩き付けた。

 硬質な音が響き渡り両者の力が拮抗する。

 

『斬れません、か・・・流石の業物ということっ』

「舐めんなよっ、鍛冶師(スミス)の魂だ!」

『ならば直接!』

 

 二刃が左手に握るサーベルに刃を灯す。ガーベラストレートでクラレントを抑え込まれ、右腕を失ったゲシュテルンに横腹に叩き込まれるビームサーベルを防ぐ手段は無い。

 少なくとも、メグルの考えでは。

 バチバチと火花を散らしながら二刃のサーベルを受け止めたのは先程までホルスターが装備されていたアーム。ホルスターを失った空洞部分からビーム刃が展開し受け止めていた。

 

『嘘っ!? 腕も無いのにまだっ』

「はっ、これなら腕が無くなると戦えなくて弱いとか鬱陶しいケチつけられないだろ!」

『何の話ですかっ!?』

「知りたきゃデスティニーガンダムでググれ!」

 

 わりと理不尽なキレっぷりを披露しつつミコトは反対のアームを操作する。伸びたアームにも当然のようにピンク色の刃が現れ二刃の首を狙う。

 ギリギリで刃が届くよりも先に二刃の首が傾き素通りするがそこで一気に力の拮抗が崩れ、クラレントの重さに任せた押し込みで二刃を海面スレスレまで吹き飛ばす。

 動きを完全に止めた二刃を見たミコトは一切の躊躇い無く光の翼を展開し一直線に突っ込む。

 

『舐めるな、は、こちらの台詞ですね! 直線的な動きなら――』

「クラレント、モード:スラッシュ!」

 

 操作と共にクラレントの内部から刃がさらに展開され、延長された刀身に使われたクリアパーツが光を宿す。

 

「クらっ、えぇぇぇェェェェ!!!!」

『遅い!!!』

 

 翡翠に輝くクリアの刃が光の軌跡を引きながら二刃に叩き込もうとする。

 二刃は鞘に戻したサムライソードの柄に手をかけ、居合を放つ。

 力と速さ。それぞれが違った性質を持つ剣がぶつかり合う。

 

 切り裂かれたのは、二刃だった。

 

 

☆★☆

 

 

 ――お前の技は良い。居合は特にだがそれに合わせる体術をよく修めたと言えよう。

 

 メグルの脳裏によぎるのは、祖父の声。

 普段は子煩悩孫煩悩な祖父だが道場に入れば実に厳格で厳しい師匠だ。

 

 ――だが、まだ至らぬ。メグルよ、お主はまだ“奥義”の域に至っておらぬ。

 

≪“奥義”・・・≫

 

 自分の声が反響した。

 

 ――クスノキの技はその技を会得する者によって千差万別となる、言うなれば水の技。それは分かっておるな?

 

≪はい。技に果て無し道に果て無し、何よりも己に果て無し。水のように柔軟に一つの型に収まらず生きる限り先へと歩み続ける。それがクスノキの教えです≫

 

 それが幼い頃から自分が教わってきたこと。“クスノキ”という立派な巨木育て続けた水、それこそが先人達でありメグルの目指す目標。

 

 ――勘違いするでない。心、そして技と体は必ずしも重要ではない。

 

≪えっ・・・おじいちゃんそれはいった・・・も、申し訳ありません師匠≫

 

 ギロリと年齢を感じさせない鋭い眼光を光らせた後、祖父は立派な白い髭を撫で下ろし嘆息する。

 

 ――・・・まぁ良い。クスノキの“奥義”に至るものは必ずを自分だけのオリジナルを開眼しておるのだ。実際に“奥義”に至った歴代の中には、先代のモノを修めること無くその生涯を終えた者も多い。

 

≪それは・・・≫

 

 ――難しく考える必要は無いが考え続けよメグル。お主が考えに考え抜き、そして得た答え。それが“奥義”とも呼べる技となろう。お主がクスノキの新たな技を見出すのだ。

 

『――まだ落ちないかよ。幾ら何でもやりすぎだ』

 

 不意に響いたこれ以上無くマイナスな感情が渦巻きまくった声でメグルは我に返る。見上げた視界に映るのは道場でも祖父でもなく、紅い翼を広げた隻腕の剣士――ガンダムだ。

 名乗りが無かったので機体の名前は知らないが、確かバトル前に聞いた話だとファイターはヤナミ・ミコトという名前だったか?

 正直、苦手なタイプだ。ぶつかり合う度に放たれる口撃の数々はメグルが今まで学んできた相手には無いもので、しかも所々にわりと本気の恨み節のようなものを感じる。

 というか何回か真面目に泣きそうになった。

 

(もしかして、一瞬意識が飛んでた?)

 

 ハッと鈍かった思考が覚醒しダメージを受けたショックで二刃の損傷を確認する。

 酷いものだ。迎撃のために居合で放ったサムライソードは見事に切断され握っていた左腕もボロボロ。斬撃をムリヤリ受け止めたガーベラストレート入りの鞘はどこかに飛んで行ったのか見当たらない。肝心のガーベラストレート本体はかなり刃こぼれした状態で目の前に転がっていた。

 後の損傷はこすりつけるように墜落したのか、左足とサムライソードの鞘がボロボロに削れているし、フライトユニットのウイング等にも損傷があった。

 いつの間にか戦っていた場所も大きく変わっていたのか、足場になっている戦艦はジオンに木馬と呼ばれたガンダム最初の戦艦、ホワイトベースの上だった

 

『なんで、立ち上がれるかねぇ』

「あなただって、立ち上がるでしょう?」

 

 問いの答えは鼻で笑われて終わった。その意図は、メグルには理解できない。

 ガンプラバトルを知らないと彼は言った。

 確かにそうだ。自分はまだ初めて数か月だし、そもそも始めたキッカケだってたまたま剣道部も弓道部も無かったから途方に暮れていた時にマイに捕まりガンプラ部に入部しただけ。

 そして二刃に、ガンダムアストレイ レッドフレームに出会った。赤い身体に白い装甲。刀を使った戦い方にも惹きつけられた。

 動かした時の感動は今でも覚えているが、何よりも自分が修めてきた業を振るい戦えた時の昂ぶりは抑えの効かなかったほどだ。

 楽しかったし自分とも相性が良かった。だからこそ公式戦に出るためのチームの一つに組み込まれたのは嬉しかったしこうして練習試合にやってきた。

 

「私は、負けたくないんです」

『・・・・・・』

「だから、折れません」

『ハッ、そうかよ』

 

 今度こそトドメを、そう言わんがばかりに敵が迫り来る。

 ガーベラストレートを拾う。刃こぼれした刀ではもう一度あの剣を受け止める事はできないだろう。

 

(そもそも、今まで“叩き潰す”性質だった大剣が“切り裂く”性質になるだなんて、これもガンプラバトルだから?)

 

 浮かんだ疑問が泡のようにはじけ、メグルはガーベラストレートをサムライソードの鞘に納刀した。

 今の自分には、結局居合しか無い。ならば、王道ではない道(アストレイ)を突き進むのみ。

 赤翼の剣士を真っ直ぐ見据えたメグルは、二刃の居合を構えた状態で動きを止める。

 

(二刀が使えない。一本は折られ、もう一本は打ち合いはほぼムリ・・・でも、それでも)

 

 一挙手一投足を見逃さないように見つめながらメグルの意識がまるで水面に沈みこむように静かに落ち着いていく。広がる水面の波紋が消えて行き、静寂へ。

 

『――――!!』

 

 何かを叫んでいるようだがもうメグルには分からない。刃を放つ、そのことだけに意識が一本化していく。

 今この瞬間、クスノキ・メグルと二刃は一振りの刀と化していた。

 

「――刃が無くとも斬り裂く。私は、“二刃”だ――」

 

 放たれた。銀の一閃が大剣とぶつかり合い、力を比べ合う。

 結果は引き分け。お互いの刃が反発しあいお互いの身体が仰け反る。

 だが、重さを利用して赤翼の剣士はすぐさま刃を二刃へと差し向ける。トった、と彼の口元が歪み――顔が変わる。

 

 二刃が放った疾風(ハヤテ)の斬撃は、サイズが合っていないサムライソードの鞘をギザギザに刃こぼれした刃が幾度となくこすらせることで火花を舞い散らせた。

 舞った火花は風に導かれ紅蓮の刃へと変わり、銀閃を一切違わずになぞる。

 唯一なぞらなかったのは大剣との打ち合い。紅蓮に燃える炎刀は止まることなく翼を捉え、そしてその身に届かせる。

 放たれたのは一刃。だが届いたのは二刃。

 “二刃”。その名に、偽り無し。

 

 

☆★☆

 

 

「んっ、なのありかよぉ」

 

 光とコントロールスフィアが消えたシステムの中でミコトは悔しげに項垂れる。

 再生される記憶は撃墜された原因。防いだと思えばすぐに追撃してきた紅蓮に燃える斬撃に襲われ、耐えることなど叶わぬその一撃に愛機は無惨にやられた。

 操作を受け付けなくなったバトル台には、セットしたゲシュテルンが先程のバトル等夢であったと言わんがばかりに五体満足で立っている。

 だが、ミコトの手によって装備されていないハズのフリューゲルシルエットがその説をすぐさま否定する。

 

「業・・・粒子が反応したのか。自覚してやった感じじゃ無かったトコを見ると・・・これだから才能のあるヤツは」

 

 ケッ、と悪態を吐き出すとゲシュテルンを回収しシステムに背を向けて粒子が構築する世界から退散する。

 待機している店長とサクタさんを見てそちらの席に近付きながらふと振り返り中の状況を映し出したモニターを見やる。

 

「いい主人公(ヒロイン)っぷりだったよ。俺には逆立ちしたって届かない域で、正直羨ましい。・・・だけど、ちょっと“らしすぎ”だな。・・・」

 

 続きそうになった言葉を飲み込む。客観的に見てかっこ悪いと思ってしまったからだ。

 代わりにボロボロな二刃が映し出されたモニターに視線を向け、したり顔で笑いながら柄にも無い台詞を口にした。

 

「チェック、メイト」

 

 

☆★☆

 

 

 甲板を削りながらギリギリで着地をする。振り返れば、オリジンに追い付いた二機のガンダムが対面する艦の甲板に降り立ったところだった。

 オリジンが立つネェル・アーガマとシュバリエ、D・Arneが立つラー・カイラムはまるで寄り添うように並んでいた。

 

『やっと追い詰めたぁ』

『グワデン轟沈に合わせてジャマー散布からの離脱。いい手際だったが逃げ切れないんだなこれが』

『ジャマーというか、その肩のせいというか?』

 

 マイはオリジンの肩を見やりながらしきりに頷く。

 外套が剥ぎ取られ現れた肩はGN-X特有の丸い肩ではなく黒と赤の尖った肩だ。

 その正体は西暦世界の国連軍のモノではなく、C.E.世界の連合軍に作られたモノ――GAT-X207 ブリッツの肩だ。

 “SEED”を象徴するミラージュコロイド初搭載機であり、切り落とされた右腕を移植したゴールドフレーム天ですら凄まじい隠密性を発揮したブリッツだがコロイド粒子を散布するのが肩だ。

 オリジンは、その肩を持っていた。

 

『肩から散布するコロイド粒子にGN粒子の二乗ステルス。腕に直結するGMロングビームライフルに直接混ぜ合わせた粒子をビームとして放つことで透明化。・・・それが、“魔弾”の正体にして“魔弾の射手”が外套に隠した秘密か』

『ミラージュコロイドの弱点をGN粒子で補填した上でGN粒子のステルスをより精密にする。うーん、よく考えられてる』

「あら、憶測でしょう?」

『流石に見苦しいぞ? 正解はもう出た』

「女の子の秘密は深いもの。決め付けはよくないわよ?」

 

 無論ほぼ嘘だ。オリジンのギミックのほぼ全てを見破られているがアマネが認めていないだけである。

 強いて言うなら切り裂かれた外套――GNマントは常に薄いGNフィールドで覆われ、内側から発するミラージュコロイドの熱探知や粒子流出等の欠点を補いながらステルス性能を底上げしていたくらいだろうか。

 

『狙撃ができる距離はもう取らせない。何を狙っているかは知らんが、勝ちはやらんぞ“魔弾の射手”』

「・・・ふぅ」

 

 ため息を吐き、アマネはじとっとした視線を向ける。その顔色は明らかに不機嫌といった感じだ。

 

「“魔弾の射手”・・・その名前、私大嫌いなの」

『・・・何?』

「オペラの魔弾の射手は七発の弾の内六発は必ず当たるのに最後の一発は必ず外して大切な人に命中してしまう、そういうモノなの。結果的にはハッピーエンドになる物語だけど」

 

 そもそも魔弾の射手とは狩人が射撃大会で結果を残さねば恋人との結婚を許されない、そんな時に同僚の狩人が悪魔に生贄の肩代わりをしてもらうために百発百中の弾を作ってもらうのだが、最後の一発だけは命中する対象を悪魔が決めるという物語だ。

 最終的に悪魔と契約していた同僚が魔弾に倒れ伏し、主人公は恋人と一年後に結婚するハッピーエンドを迎えるわけだが、この物語を起源とした“魔弾の射手(ファントム・シューター)”の異名にアマネは結構立腹していた。

 

「わりと屈辱よ? だって大切な一発を外す百発九十九中の狙撃手、って言われてるようなものだもの」

『あー、なるほど・・・?』

「まぁどうせ、付けた人はオペラとしてのお話を知らないで響きだけで付けたんでしょうけど・・・まさか自分の理想と真逆の名前が広まっちゃえば流石にいい顔はできないわ」

『理想と真逆?』

「えぇ、真逆」

 

 マイの疑問にクスリと笑みを浮かべ、アマネは言葉を紡ぐ。

 

「大切な一発だけは必ず当て、落とす。百発一中。それが私の理想よ」

『確かに真逆だ。・・・だが、悪いな“魔弾の射手”。その理想はこのバトル以降で叶えてくれ』

「・・・イーヤ」

 

 言葉と共に残っていたGNマントを自ら剥ぎ取り投げつけ、マントに向けてライフルを放つ。

 表面に張られたGNフィールドが受け止め大きく広がる。広がる布が視界を奪うがシュバリエのGNソードが一閃しGNマントを切り裂く。

 

『――どこに行った!?』

『上!』

 

 太陽に向かって飛ぶオリジンを発見した瞬間シュバリエが追う。スピードの差は歴然であり一気にその距離が詰まり剣の間合いへと――。

 

『部長、何かおかしい!』

『分かっている! だが背を向けている間に斬れば終わる!』

「その考えまで含めて、期待通りね」

 

 GNソードが届くよりも先にGNマントが無くなり露出したオリジンの背中のGNドライヴが展開する。

 甲高い音と共に放たれる粒子が増加し、()()()()()()()()()()()()()のを合図に粒子が爆発するように展開した。

 さながら、羽の如く広がった粒子の勢いに押されてシュバリエが吹き飛ぶ。

 

『GNフェザーだとっ!?』

『わ、わわ!? センサーやカメラにノイズがー!?』

「気分的には“TRANS-AM RAISER”くらいは流したいところね・・・さて、いかがかしらオリジンの由来、私の切り札は?」

 

 腕を広げ、ゆっくりと振り向きながらシュバリエを見下ろすその様は、ソラン・イブラヒムが神を見出した“OO”冒頭のシーンを想起させる。

 そこでようやくアリマは気付いた。アマネが隠し続けた本当の“秘密”の正体に。

 

『そのドライヴは疑似ではなく・・・Oガンダムの、オリジナルGNドライヴか!!』

「ご名答。肩のおかげで意外とたどり着けなかったでしょう?」

『ッ、だが! だからどうした! フェザーの中だろうとこっちもオリジナルの・・・』

「あら、私の切り札はこれで終わりだけど“私達”の切り札はまだなんだけど?」

『な――』

「ふふっ・・・・・・ブラスター、セイバー、“起きろ(アクティブ)”」

 

 囁くように口にした言葉に反応し、海から六基のテールバインダー状のパーツが飛来する。鋭い輝きを宿した刃がシュバリエの右手を切り飛ばし、砲門から放たれたビームが頭を飲み込んだ。

 

『ば、かな! それはお前のではなく・・・!?』

「えぇ。ヤナミ君のビットよ」

 

 チャキリ。ライフルの砲身が直接シュバリエの胸に突き付けられ、ブラスタービットもまたライフルを囲むように整列する。

 

「“撃て(ファイア)”」

 

 計五つのビームがシュバリエを貫き、吹き飛ばした。

 

「よく思いついたものよ。フェザーのジャミング機能を使ってシステムにアクセス。そのままコントロールをこっちに移す。自分が居なくなっても爪痕を残すなんて、案外献身的なタイプかもね?」

『――――』

 

 追い詰めたつもりが、ビットを隠してある位置まで誘導されていたのだと気付きアリマは二の句が継げなくなった。そのまま爆発に飲み込まれたシュバリエは、フィールドから姿を消した。

 

『部長っ』

「このままっ!」

 

 ブラスタービットが殺到しD・Arneにビームを見舞うがD・Arneは腕をクロスさせ全て受け止める。

 

『使い手が変わっても、同じ武器なら!』

「使い手が変われば、同じ武器でも変わるものよ」

 

 高速で飛来したセイバービットが腕に突き刺さり、その反動でムリヤリガードが崩される。続けざまにブラスタービットが零距離に近い位置で砲撃を放つ。

 絶え間なく放たれ続けるビームがD・Arneを次第に飲み込んでいく。

 

「さて、何発撃ち込めばそのナノラミの塗料は剥げるかしら?」

『うわ、わわわっ!?』

 

 幾ら強固なビーム耐性を誇ろうが流石にノーガードで砲撃を受け続ければダメージは積もっていく。

 

『ジリ貧・・・ならぁ!』

 

 曇天の空を突き抜け、一筋の光が伸びた後にD・Arneに向かって光の柱が降り注いだ。

 

「砲身も無く、リフレクターも損傷してるのにマイクロウェーブを!?」

『いっけぇ!!!』

 

 損傷したリフレクターを広げ、脚部に備え付けられたスラスターの出力が最大で吹き荒れる。強烈な熱量にD・Arneが立つラー・カイラムの甲板が溶解する。

 さながら引き絞られた矢のように力をため込んだD・Arneが放たれる。閃光と化したD・Arneはビームの嵐を突き抜けオリジンへと肉薄する。

 直線的に突っ込んでくるD・Arneに対して何の迷いもなくアマネはライフルの出力を最大に設定し迎撃のための一射を放つ。

 

『そんなものぉ!』

 

 アスタロト特有の分厚いアームガードが装備された左腕が振るわれ翠の閃光が弾かれる。ブラスタービットがD・Arneを追うが、追いつけない。

 

『ポーズは取れないけど、これでレベランス!』

 

 アームガードが展開し拳を構える。勢いを乗せたこの一撃は、既にオリジンが耐えることは叶わない。

 

「当たれば、ね」

 

 D・Arneの頭上からビームが降り注ぎ、ネェル・アーガマへと縫い付けた。

 

『何、が・・・!?』

 

 ライフルにエネルギーが集まる様をカメラ越しに見たマイは我武者羅に操作を送りD・Arneを起こし、回転するようにして避ける。外れたビームは追ってきたブラスタービットへと向かい、ビットから放たれたビームがビームを弾き返した。

 

『え、えぇっ!?』

 

 縦横無尽に動き回るビットが放つビームがオリジンより放たれたビームを撃ち抜いてはまるで壁に当たったボールのように軌道を変えていく。何度かの屈折の内、跳弾したビームはD・Arneを穿つ。

 オリジンの連射が始まる。明後日の方向に放たれたハズのビームはありえない跳弾を繰り返しあらゆる方向からD・Arneに殺到する。たまらず足を止めてガードを固めるD・Arneを、アマネが見逃す道理は無かった。

 

「トランザムッ!」

 

 翠から紅へ。GNフェザーが変色し粒子の鎧を身に纏いライフルを投げ捨てたオリジンが自らD・Arneの懐へと潜り込む。

 GNクローが起動し、左手の一閃でガードをムリヤリ崩す。

 そして右手には、隠されていた武器が握られた。

 

「どうしても跳弾は威力が減衰しちゃうから決め手にならないの。だから、リスクを踏み込まないといけない」

 

 D・Arneを貫きながらアマネは静かに呟く。その右手に握られていたのは槍、ドッズランサーだ。

 

「だから必死に隠してたわ。私の最後の切り札は」

『あ、あはは。そりゃそうだ。それ、オリジナルGNドライヴなんだもんね。トランザムくらい、できるかー』

「ついでにカイチと合流した際にあなたの対策として借りといたわけ」

『対策バッチリ。こりゃあ、完敗だなぁ』

 

 力なく笑ったマイの言葉を聞き、アマネは躊躇いなくブラスタービットに最後の命令を下す。

 

「“全て、撃て(フル・ファイア)”」

 

 ビームを受け止めたD・Arneはそのまま海に吹き飛び、ある程度沈んだ所で爆発を起こした。

 

「・・・お株を奪わせてもらうわね」

 

 オリジンは腰を低くしながら右足を大きく後ろへ引く。左手は胸に当て、右手を体の前方下にかざしながら礼をする。

 レベランス。踊りの最後を伝えるポーズを以ってアマネはバトルを〆て見せた。

 

 

☆★☆

 

 

「えっ」

 

 激戦を終え、ようやく一息吐いたメグルの視界に飛び込んで来たのは、二人の仲間の撃墜判定。

 

「そん、な」

 

 頼りになるチームメイト二人が先に撃墜され自分だけが孤立する。実は、この状況もメグルにとっては初めての状況だ。

 だが、動揺してばかりはいられない。自身もボロボロだがあの二人と対峙した相手が無傷とも思えない。ならば、残った自分が諦めるわけには――。

 

『いやー・・・何かこう、そこまでボロボロなのにやらなきゃならないのはちょーっと?気まずいよなぁ』

 

 ぬかった、と自らを心の中で叱責する。戦闘後の余韻から若干トリップしていた上に仲間の撃墜に動揺していたとはいえ、すぐそこに迫っていた敵に気付かないなんて・・・。

 律儀に目の前に降り立ち、バツが悪そうに頭を掻く黒いガンダム。帽子のような頭にドクロのシールが貼られており片目は眼帯のようなパーツで覆われている。

 まさしく“海賊”というべきその機体は部活仲間が大好きだと公言し、活躍集を動画編集までしてアピールしてきたため基本的にガンダム知識の薄いメグルにも名前が分かった。

 宇宙海賊ビシディアン首領、キャプテン・アッシュの駆るガンダムAGE-2 ダークハウンド――そして、ファイターはカフェに入った時にマイと波長のあっていた少年、アキヅキ・カイチ。

 よく見ればダークハウンドを象徴する得物(ドッズランサー)はどこにも無く、代わりに両腕にはウイング状のパーツが対になるように装備されている。

 

『ま、なんだ? 勝ち負けはハッキリ決めなきゃなんだが・・・ショージキ、ボロボロの女の子にトドメとかワルモンじゃん? そういうのヤナミで間に合ってるし、降参してくんない?』

 

 やたらと人間臭い仕種で降伏勧告するダークハウンドに思わずメグルは吹き出しかける。友人が見せてくれた動画のどこにもこんな姿は無かったから

 でも、それも当然だ。何せ目の前に居るのはMSではなく、ガンプラなのだから。

 

「・・・正直、不愉快です」

『へ?』

「なんでもう勝ったみたいに言うんですか?」

 

 だからこそ、メグルの思いはストレートに言葉に変わる。既に先程の紅蓮に耐えきれず溶解し、まともに役目を果たせないであろうガーベラストレートと鞘を捨て、無事だった二本のビームサーベルを展開すると、その切っ先をダークハウンドへ向ける。

 

「まだ私達が立ってる。今からあなた達を倒せば、それで私達(デルタエース)の勝ちです。ほら、負けてない」

『・・・・・・・ぷっ・・・はは、はーはっはー!』

 

 一瞬の沈黙の後、思わずカイチが笑い出す。若干高笑いっぽくしようとして失敗している感は否めないが、とにかく心の底から笑う。

 

『・・・わりぃ、甘かった。アンタもアマネやヤナミと・・・ここに集まるファイターなんだもんな』

 

 カイチの脳裏に過るのは幼い頃からの記憶。遊び場として入り浸っていたガンプラカフェの記憶は、いつだって熱い闘志のぶつけ合いに彩られている。

 正直大人ばかりで気後れして始めるキッカケを失っていたカイチだが、熱気に充てられた時間は長い。

 だから分かったし楽しかった。目の前に立つこの真っ赤なヤツは、そんな状態でも自分を熱くしてくれる――!

 

『白黒付けようじゃぁねぇの! これで燃えなきゃ、男じゃねぇ!』

「――参ります!」

 

 ダークハウンドもまた同じように二本のサーベルを展開し、赤と黒の一騎討ちが始まる。

 先手を取ったのはダメージを感じさせない程に滑らかに走り出した二刃だ。体制を低く前屈みに走る二刃は風のように敵の懐に潜り込みサーベルを振るう。

 対してダークハウンドはクルリとサーベルを回転させ逆手に持ち変え、受け止める。バチバチと火花が飛び散り、二機を鮮やかに照らす。

 

『らぁ!』

 

 鍔競り合いを拒否したカイチの操作によるダークハウンドが無防備な二刃の胸に蹴りを叩き込む。不意打ちを受けた二刃はボールのように軽々と吹き飛んだ。

 受け身を取って着地するが蓄積したダメージはやはり大きく、思わず左のビームサーベル手放してしまう。既にあらゆる計器はレッドゾーンを指し示しアラートはひっきりなしに鳴り響く。

 それでも。手を緩めずすぐに追撃をかけてきたダークハウンドの腕を絡めとり投げ飛ばした。甲板に激突したダークハウンドが勢いそのままにホワイトベースのウイング部分にぶつかり破壊しながら煙を上げる。

 立ち込めた煙は、轟音と共に吹き飛ぶ。見ればダークハウンドは既に人型ではなく鮫を思わせる突撃形態――ストライダーへと変形していた。

 機首であるドッズランサーが無い代わりか、腕のウイングと“両肩のウイング”が展開した。

 

『ハイパーブーストォ! 行ィくゥぜェェ!!』

 

 超高速の突撃。さらに6枚のウイングが展開する事を合図にダークハウンドの前面を山なりに青い膜――プラフスキーフィールドが覆う。

 驚きの声を上げる間もなく二機は再び激突する。圧縮された粒子に対して二刃はありったけの粒子を注ぎ込んだビームサーベルで抵抗する。

 

「ぐ、ぅぅ・・・ぁ・・・ぁぁあああ!!!」

 

 バキリ、とこれまで二刃を支えてきた右足が圧力に耐えきれずに砕ける。背中から倒れ込みそうになるが必死で身体を捻り、最大出力まで出力を引き上げたサーベルでダークハウンドを受け流す。

 

『え、お、ちょぉ――!?』

 

 強すぎる勢いはダークハウンドをそのまま大空彼方まで運ぶ。軌道修正をしきれず真上へと飛翔したダークハウンドは、そのまま果て――粒子が構築する世界の天井を一度突き抜ける。

 一気に推力が失われただのガンプラに戻ったダークハウンドは、重力に引かれて落下。真上に飛んでいたことが幸いしフィールドに復帰することはできたが当然自在に動かせる程の粒子をすぐに取り戻せるわけもない。

 バタバタと手足を動かしながら最高地点から落下し、甲板に激突する。ギリギリホワイトベースそのものは壊れなかったが、甲板の上に大きなクレーターが現れるという奇妙な状態に陥った。

 這う這うの体、と言った感じでダークハウンドがクレーターを這い上がる。

 

『あ、っぶねぇー・・・まーた場外負けするとこだった』

「またって・・・それに、その羽は」

『おう、ヤナミの遺産さ』

 

 コマンダントシルエット。万能を目指したそのシルエットの本質はここにある。

 ビットと制御システムはアマネが。翼と粒子システムはカイチが。それぞれが運用できるように仕込まれていた。

 そのためにミコトはオリジンの構造を学び、ダークハウンドにも一部加工を施していた。

 

『あのデカビームの後に飛んできたからヤナミの合図だったんだろうなぁ。アレのおかげでアマネと合流できた』

「・・・・・・」

 

 デカビーム、とは恐らくシルエットを換装する前に放ったアレの事だろう。だとすれば。

 

(アレは、私への攻撃だけじゃなくて仲間への合図? 確かにビームはあの背負い物が飛んで行った方向に撃たれてた)

 

 まさか、と言葉が漏れ出る。必死になって打ち倒した彼は、自分が追い詰められ墜とされることまで織り込み済みで戦っていたのか。

 ・・・彼はどこまで予見していたのか。そして、どれだけ戦えばそこまでの正確な予測が立てられるのか。

 予測はセンスの問題ではない。精度を高めるためには何度も何度も戦い続ける必要がある。未だ初心者であるメグルには分からない境地に、メグルは密かに戦慄する。

 

「・・・いえ、今は関係ありません」

 

 砕けた足ではもう立てない。フライトユニットを用いて何とか浮遊し、最大出力の反動で機能不全を起こしたサーベルに代わって折れたガーベラストレートを拾い上げ

構える。

 最早動いているのが不思議な程にボロボロな二刃だが、その纏う雰囲気は決して弱まっていない。むしろより強くなっているようにカイチは感じた。

 

『・・・もう何も言わねぇぜ。終わりにしてやるよ』

「こっちの台詞です」

 

 ダークハウンドがウイングブレードを手に持ち直し構え二刃と向き合う。シン、と二機の間の空気が静寂に包まれる。

 一瞬か、永遠か。どちらとも思えるほどの時間が流れ――。

 

「ぃやぁぁぁぁぁ!!!」

『オッラァァァァ!!!』

 

 同時に二機が踏み出した。一瞬で互いの刃のレンジへと入り、振るう。

 果たしてその刃が届いたのは――より疾く鋭い二刃の刃。折れた刀がダークハウンドの首を刈り取りながら斬り飛ばす。

 

「これで・・・!」

『やっぱ、正面からはムリだよなぁ! だから!』

 

 ダークハウンドのソードを持たない手にはいつの間にか外れたバインダーに装備されていたアンカーショットが握られていた。放たれたアンカーが木馬と呼ばれる原因となったホワイトベースの頭状の部分へ飛来し、フック部分が引っかかる。

 カイチはバーニアをフル稼働させ一気に推力を得る。轟音と共に前へと突き進むダークハウンド。

 やがてワイヤーが限界まで突き進むと引っかかったアンカーが回転し弧を描くように空へと舞い上がる。

 

「そんなっ!?」

『ぉおおおおぉぉぉ!!!』

 

 メグルの常識から外れ、二刃の背後へと回ったダークハウンドはアンカーショットを手放し、腕に備え付けたままのウイングブレードを展開し、突き出す。

 傷だらけの二刃へと、刃が吸い込まれた。

 

“――BATTLE END――”

 

 静かなコールが、フィールドへと響き渡った。

 

 

★☆★

 

次回、ガンダムビルドファイターズ -アクセンティア-

 

「というわけで今回はコスプレ回です!!」

「ジオン驚異のメカニズムに震えなさぁぁぁい!!」

「Hi-ブロッサムはダテやスイキョウじゃなーーーーい!!」

 

【Build.11:ガンプラコスプレカフェ狂想曲-前編-】

 

「父さんと、母さんです・・・」




史上最大に長くなりましたねー・・・前回にもう少し詰め込むべきでした。
最後に一つイラストを。今回激闘を繰り広げたクスノキ・メグルちゃんです。


【挿絵表示】


描かれたのはメグルちゃんと二刃の生みの親である原崎篝火さんです。提供、ありがとうございました!

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