ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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昨日と今日の境界に立ち

愛すべきご婦人がた

われわれの間では憐憫が賞賛されると同じく

神聖な正義によって

残忍性は厳しく報復されたのでございます

このことをみなさまにお話しして

皆様の心から残忍性を追い払うために

私は愉快でまた同情に値する一つの物語を

申し上げようと思います。

ボッカチオ『デカメロン物語』野上素一 訳 社会思想社

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴風、前進を開始しました。武蔵を視認するまで、約五分」

 

 上がった報告を宗谷真雪一等海上安全整備監は無表情に聞いていた。

 

 霞が関第一行政特別フロート内中央合同庁舎第三号館に立地する海上安全整備局本局からでは、現場を目視することはできない、それでもここは戦場だった。階段状の広い部屋の明りは落とされ、壁一面の有機ELディスプレイに表示されたアイコンやカメラの画像を確認できるこの霞が関指揮所はリアルタイムですべての所属艦艇とつながり、全ての状況を掌握し、それへの最適解を弾き出すための場所だ。

 

「まさか、これを使うことになるとはね……」

 

 真雪はそう言って総合司令卓(トップダイアス)の隣に置かれた大きな機械を撫ぜた。それを眺めるのは、現場責任者として司令卓に座った宗谷真霜だ。

 

「本当に使う気ですか?」

「えぇ。そのためにわざわざここで指揮を執るのよ。これがネズミへの特効薬となる可能性があるのなら」

 

 真霜にそう言って笑って見せる。背丈は真霜よりも大きいその機械。壁に様々なケーブルが吸い込まれているその機械は移動が容易ではないことがありありと見て取れた。

 

 その機械は石の棺(サルコファガス)と呼ばれていた。

 

脳波解析型情報入力装置(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)……電極を皮膚に張り付け、そこから観測した脳波から直接的に情報を操作するための機械。よく考えてみると、これもアルジャーノン・ウィルスと根は同じね。人の脳に問答無用で情報を叩き込むことには変わりない」

 

 自虐のようにそう言って真雪は笑った。

 

「晴風が現在武蔵を支配しているであろう指令系統を破壊した後、石の棺(サルコファガス)を使用して武蔵を武装解除させる。根幹の装置がこれな訳ね」

「リスクは承知しています。それでも」

「誰かがやるしかない。そうよね、真霜」

「はい」

 

 真霜は頷く。その顔はどこか苦そうだ。

 

「大丈夫よ。これぐらい人魚が越えられなくてどうするの」

 

 そう言って真雪は石の棺の前に立つ。自分の髪に手を掛け、そのまま引っ張った。一房を引っ張っただけだが、するりと他の髪も巻き添えにそこを離れ、足元にパサリと落とした。そこに機械のアームに繋がれたヘッドセットが下りてくる。

 

「接続を開始。音声入力をサブとして設定」

 

 真雪はそこで直立不動に立ったまま。そう告げる。目元まで覆う大ぶりなヘルメットのようなヘッドセットは空気の抜けるような音とともに、彼女の頭を戒める。ヘルメットの中に張り巡らされた無数の電極が彼女に触れ、機械の延長として、彼女の脳を同化し始める。

 

「何を悲しそうな顔をしてるの、真霜」

「見えてないでしょう、わたしの顔なんて」

「それでもわかるわよ」

 

 真雪はそう言って口元だけで笑って見せる。目元を覆うパーツに光が燈る。情報が表示される。

 

拡張現実(A R)技術もここに極まれり、ね。人魚の短剣としては風変りだけど、これで相手を刺せるなら文句は言うべきじゃないか」

 

 呟いてから、笑みを仕舞う。仕事の時間だ。戦術リンクが真雪の前に広がる。艦隊を俯瞰するように作戦図が目の前に広がった。意識はすでに霞が関ではなく、相模湾の上空に飛んでいた。

 

「霞が関司令部(H.Q.)よりTU-01艦隊へ。作戦に変更はありません。晴風が先行して接近しています。TU-01艦隊は噴進魚雷による作戦支援を想定し、指示があるまで現在のグリットで待機」

 

 真雪の声が司令部に凛と響く。それを受けて真霜が静かに宣言した。

 

 

 

「――――オペレーション・ハーキュリーズ、第一段階を開始します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルネスト・チェ・ゲバラはこういう言葉を残している」

 

 北条沙苗は皮肉なほどの晴天の最中、そう語った。海上安全整備局の第一種制服、黒を基調とした制服に陽の光が差して、その色を際立たせる。丁寧にアイロンがかけてあるのか、皺ひとつないカッターシャツを黒いネクタイが几帳面に整える。

 

Si se nos dijera que somos casi unos románticos, que somos unos idealistas inveterados, que estamos pensando en cosas imposibles, nosotros tenemos que contestar, una y mil veces que sí, que sí se puede……さすがにスペイン語を解せるほどの知識はないかな? 意味はこうだ。もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも《そうだ、その通りだ》と答えよう

 

 舵輪を手にしたまま北条沙苗は笑って見せた。彼女の影がグレーチングの施された艦橋の床に落ちる。

 

「確かに私の理想は理想でしかない。それでも理想を語ることをやめられなかった。その理想が叶えられる桃源郷などないと知ってもなお、求めることをやめられなかった。今となってはそれに気がついた段階で仏門に下るなり修道女になるなりしておけば、それなりに真っ当な人生を送れたんだろうが、もう後の祭りだ」

 

 彼女の声はどこまでも陽気だ。それが波音だけがする武蔵の艦橋に響く。全ての伝声管の蓋が開け放されたままのため、その声が艦内の全てに響いていく。

 

「それでも私は救われた。私に生きる意味を見せてくれたのは大山敢先生だった。頭の出来だけが取り柄だった私に色をくれたのは先生だった。先生が私を見つけたのは単なる偶然だったけど、そこであの人は私に正義の色を見せてくれた。それが私の理想に力を与えてくれた。私が私であるために必要なものだった」

 

 遠くにぼんやりと煙る何かが見える。大島だろうか。もうすぐ見える位置まで戻ったはずだ。

 

「正義を成すには困難が付きまとう。だがそれ以上に難しいのはその先、成し遂げた正義をどう活用するかだ。個人レベルの正義を成すのは容易い。それこそ自己犠牲の精神のみで成し遂げることも可能だ。でも、それでは世界は変わらない。報われない人がどうしても生まれてしまう。それを認めることは正義に悖る」

 

 そして彼女はまた言葉を紡いだ。Sobre todo, sean siempre capaces de sentir en lo más hondo cualquier injusticia cometida contra cualquiera en cualquier parte del mundo. Es la cualidad más linda de un revolucionario――――世界のどこかで、誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。

 

「だから、私はその言葉に耳を傾けることを覚えた。そしてそれを救える人間になろうと努めた。その場として勧められたのが、海上安全整備局、ブルーマーメイドとしての仕事だった。それが正義を広める礎になると信じて取り組んできた。それでも救えない人がいる。それが私は憎らしかった。だからせめて部下ぐらいは守ろうと、私はどんどん出世したよ。それでも全然足りなかったけど」

 

 そう言う笑顔は乾いていた。

 

「救えない。救いきることなんてできない。身内だけの世界ですら守るには程遠い。己の無力さに泣き、喘いだよ。正義なんて程遠かった。自らのそれを偽善と区別できないまま、私はなにかを守ろうとし続けた。何を守ればいいかなんてわからなかった。そこで初めて私は『守るべきものを手にしたことがなかった』ことに気がついた」

 

 空は快晴。背筋を伸ばして語る言葉には嘘はない。

 

「私は私のためにしか動けない。それでもそのままじゃ私の正義は成し得ず、私が生きる意味がない。二重背反、ダブルバインドってやつだね。だから、私の正義は正義とはなり得なかった。私は正義の味方にはなれないんだよ。それを知ってしまった時は、哀しかった。正義の味方にも英雄にもなれない。すべてが否定された気分だ」

 

 北条は遠くを眺める様に目を細めた。その視線の先には青空しかない。それでも彼女は何かを見ていた。

 

「それでも、不正のない社会を、いわれのない理不尽に誰かが殺されることなんてない世界を、私は捨てきれなかった。この世界でいいと妥協できるほど、私は大人にはなれなかった。わがままな子供のまま、嫌だ嫌だと駄々をこねるだけの子どものままさ。だから私は世界から罰せられる。悪戯っ子が親に叱られるように、この世界から私は罰せられるだろう」

 

 だけどさ、と言って背後を振り返る北条。

 

「それでも私は救われるんだ。知名もえか、君にこれから救われる。そして君の親友の岬明乃に、これから救われる。君たちの正義に私は救われるんだ。君たちはそれを卑怯と言うかもしれない。それを偽善だと言うかもしれない。いや、言うだろう。それでも私は救われる。この世界を巻き添えに、過たず私は救われるだろう」

 

 視線の先には椅子に座ったままの少女の姿。

 

「知名もえかと岬明乃を知った時、私は幸せに満ち溢れた。君たちの姿を見た時、生き様を見た時、それは確信に変わった。君たちなら正義を成せる。正義たることができる。この不出来な世界で、その世界すら変えられない私なんかが届かない世界に手を伸ばすことができる。それを信じることができた。正義を成せなかった私の代わりに、君たちが正義を成してくれる」

 

 微笑みを浮かべる。心からの笑みを、今は浮かべていられる。

 

「私はブースターだ。君を加速し、打ち上げる。そのための存在だ。そのために、君をここまで連れてきた」

 

 北条はそう言うと舵輪から左手を離した。手をだらりとおろすと、金属質なカチリと言う音がした。腰に下げた日本刀がその動作に遺憾を示すように鳴いたのだ。それを聞いてクスリと笑い、左手を柄に掛ける。そのまま今度は体ごと振り返る。

 

「私は正義たれなかった。それでも君たちの正義を、守りたいと思っていた。心から、そう思っていたよ。そして今も思っているよ。私はヘスペリデスの巫女。正義と言う黄金の果実を守る戦巫女(ワルキューレ)。それが私に唯一許された、正義だ」

 

 だから、と彼女は続けた。

 

「これから私は私の正義を成し、君たちもまた君たちの正義を成す。もう誰も止まれない。君も、岬明乃も、柳昂三も、私も。止まることなんてできはしないんだ。皆が正義を掲げ、正義の旗の下に銃を取ったんだから。その糾弾をやめることは、正義をやめることだ。だからもう止まれない。止まった瞬間、それは悪に切り替わる。だから、君は正義を成さねばならない。君たちは正義を成さねばならない」

 

 うつろな目をした知名もえかに笑いかけて、北条は体を元の位置に戻す。両手で舵輪を握った。

 

「――――――明日、また明日、また明日と、時はとぼとぼと一日一日を這うように時の記録の終の一語にたどり着く! 昨日という日は阿呆の為に塵に返る死への道を照らしてきた一筋の光だ! 消えろ、消えろ、束の間の灯火! 人生は歩く影法師、哀れな役者だ!

 

 叫ぶようにそう言って北条は笑った。

 

陽の光さえうとましいいま、宇宙の秩序など闇の中に崩れるがいい! 警鐘を鳴らせ! 風よ吹け! 破滅よ来い! せめてこの鎧を着て討ち死にしようではないか!

 

 遠目に見つけた影に向かい、叫ぶ。

 

 

 

「さぁ、殺しにこい! 救いにこい! その正義の鉄槌を振るってみせろっ! 晴風っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 

《武蔵を視認! 10時方向距離1万3,000!》

「わかった! 左舷砲撃戦用意!」

 

 明乃がすぐにそう叫ぶ。直後に砲が稼働し始めた。伝声管にとりついたのは立石志摩だ。

 

「主砲弾装填。旋回-34仰角46.32」

「第一第二魚雷発射管はそのまま待機。安全装置はまだ解除しないでよっ!」

 

 別の管に向かってそう叫んだのは西崎芽依だ。

 

「シロちゃん! 信号弾! 停船命令及び攻撃予告を開始! 信号旗掲揚! S-N!」

「わかった!」

「つぐちゃん! 音声警告開始!」

《はいっ!》

「メグちゃんは電子戦用意! ディセプション・リピーター、スタンバイ!」

《電子戦の用意よしです! いつでも!》

 

 矢継ぎ早に指示を出してから明乃は振り返る。

 

「平賀さん」

「弁天他の無人飛行船隊が上空につきました。パルスグレネード用意良し」

「ありがとうございます」

 

 明乃が頷いたタイミング、壁際に寄り掛かるようにしていた柳が口を開いた。

 

「艦長、音声警告に反応があった場合は、宗谷真雪一等海上安全整備監が対応する。君は艦長としての任務に集中するんだ」

「わかってます」

「結構。では、いこうか」

 

 音声警告の文言が流れる、猶予として与えられた時間は3分。その時間を、柳がアナログ表示の腕時計で図る。柳はその間に平賀の方をちらりと見た。

 

「平賀、電磁パルスグレネード、どこまで有効だと思う?」

「子供だましでしょう。沿岸への影響を配慮して威力は100メートルレベルに抑え込んでいるうえに、武蔵は金属の箱です。分厚い金属を透過して影響を与えることができるかと言えば疑問ですね」

 

 まさか中性子爆弾を炸裂させるわけにもいきませんし、と平賀が告げれば柳は笑ったようだった。

 

「不謹慎ですよ」

「失礼。だが、これでネズミがある程度混乱してくれればいいんだが」

「こればっかりは運ですかね」

「運だな」

 

 柳はそう返すと、目を細める。

 

「……運まかせは、御免だ」

 

 柳はそう言って腕時計に目線を落とした。

 

《……指定周波数に入感!》

「!」

 

 八木鶫の声が伝声管に乗った。明乃が件の伝声管を手に取る。

 

「無電回して!」

《は、はい……! 回します、けど……!》

 

 どこか歯切れの悪い声、直後に無線が艦内スピーカーに転送されてきた。流れてきた音に明乃は一瞬面食らう。

 

「これ……、音楽、ですか?」

 

 ピアノの旋律が流れだす。女性ボーカルの声がそれに乗る。レコードのような劣化した音が流れる。

 

「……ジャニス・イアンの『Will You Dance?』か」

 

 柳はそれがなんの曲かわかったようだ。戦闘には程遠いような穏やかで朗らかなメロディーライン。それがどこか不安を加速させる。

 

「舐めやがって……八木、武蔵からか?」

《おそらくは……》

「この回線は一方向通信(ワンウェイ・トーク)だ。音が止まらない限りこちらからは話せない……猶予期間終了まで待機、それまでに明確なアクションがない場合は接近を開始しろ」

「わかりました」

 

 明乃が即答。感情が落ちた声の色合い。それにましろの背筋が冷える。

 

「応答期限まで、3、2、1……、柳教官」

「警告無視と判断。砲撃許可。初撃は外せよ」

「はい。タマちゃん、砲撃用意! グリットD-32左。武蔵右舷手前海面を指向」

「うい、射角修正、+0.5」

 

 今、この船は、異常だ。

 

 ましろの違和が膨らんでいく。ひたひたと広がり続けるこの恐怖がなんなのかわからない。それでもなにかがましろの警鐘を鳴らしていた。

 

「艦長……」

「わかってる。シロちゃん。大丈夫。うまくやる」

 

 違う。そうじゃない。それでもましろの声は明乃には届かない。

 

「甲板の安全を確認。一番主砲砲撃用意よろし」

 

 志摩の穏やかな声が響いた。明乃は制帽の鍔に指をおいたまま頷いた。目深にかぶり直された制帽の影から鋭い眼光が覗く。

 

「――――――攻撃はじめ!」

「て―――――――――っ!」

 

 志摩の声と同時にブザー音、一瞬の静寂を置いて、薬室に火が入った。12式装弾筒付翼安定徹甲弾(フレシェット)が高速で押し出される。発射薬のガス圧を受け止め役割を終えた装弾筒(サボ)が三つに割れて飛散する。弾着まであと1.2秒。

 

 過たず、着弾。

 

「射角そのまま、次弾装填開始」

《武蔵第一主砲稼働中、左旋回! 晴風を指向している模様!》

 

 志摩の指示にマチコの報告が被さる。

 

「機関黒一点第四戦速! リンちゃん左三点転進用意!」

《第四戦速! ヨーソロー!》

「ひっ、左三点用意良しですっ!」

 

 明乃が間髪入れずに指示を出す。復唱を確認して明乃は双眼鏡を手に、右舷の見張台に出た。双眼鏡をあてがい、武蔵の様子を見やる。

 

「転進、今!」

「とーりかーじ! 取舵ひとじゅう度ー!」

 

 船が大きく一度右に触れ、左へ転舵。艦首の向きが変わりだすと同時に、武蔵が光った、

 

「武蔵第一主砲発砲! 対ショック!」

 

 明乃が叫ぶように言う。船が一気に傾き、回っていく。

 

《弾着、今!》

 

 マチコの声が響くと同時に、右手の海面が爆ぜる。波に押しだされるようにして、晴風が大きく揺れた。

 

「きゃぁああっ!」

 

 知床鈴航海長の叫び声が響くが、彼女はすぐに適切に舵を当てた。流される距離を最小限に抑え込み、正確に三点回頭を行った。

 

《弾着右舷40!》

「40なら被害はないはず! このまま増速、第五戦速! 反航戦、右舷砲雷撃戦を想定! 武蔵の後方を取ります!」

「無人飛行船隊が電磁パルスグレネード投下した」

 

 柳が淡々と報告を上げた、次のタイミングで鋭い光が武蔵のすぐ近くでいくつも炸裂する。

 

「無人飛行船隊が上空へ離脱。さて、これで砲撃が止まってくれれば助かるが……」

《第二射発砲!》

 

 マチコの声に柳は苦笑い。

 

「そうもいかないか」

 

 衝撃が晴風を襲う。直撃弾ではない。10時方向距離30に着弾。

 

「投射域に収められたな。TU-01に支援要請、武蔵の攻撃力を削ぐ」

 

 柳がそれを言えば、平賀がインカムを押さえた。

 

「TU-01が支援要請承認、噴進魚雷による雷撃支援まで、後3秒、2、1、マーク」

 

 平賀の声と同時に後方右舷寄りから白い柱がいくつも立った。

 

「噴進魚雷、数24、確認!」

「大盤振る舞いだな」

 

 柳がそういう間にも噴進魚雷はシースキミングに入る。極低空を固体ロケットの力任せで飛んでいく。明乃はそれを遠く眺め、武蔵の方を見た。

 

「対空機銃が稼働してる……。電磁パルスグレネードが効いてない。ということは……」

 

 シースキミングに入っていた噴進魚雷が次々自爆する。空中で見えない壁に弾かれたように明後日の方向に飛んでいく噴進魚雷。操縦不能になったものから次々と破裂する。自爆コードを叩き込まれたのだ。

 

「やっぱり直接砲撃するしかないね。タマちゃん!」

 

 明乃は砲術長の名前を呼んで艦橋の中へと舞い戻る。

 

「主砲群の動きを止める、武蔵主砲群を前から順番に止められる?」

「うぃ!」

「メイちゃん。反航戦ですれ違うから、その時に相手の後部区画を狙って魚雷斉射を行うから用意を」

「斉射!? 一斉射していいの!?」

 

 いきなり目をキラキラさせ始める西崎芽依水雷長。彼女に笑いかけて明乃は頷く。

 

「反航戦の一瞬で決められなかったらたぶんもう撃てるタイミングがない。片軸でいい。武蔵の行き足を止めさせる」

「わかった! ガンガン行きますよーっ!」

 

 芽依が魚雷発射管に情報を伝達していく。柳はそれを見ながらタブレット端末に目線を落とした。

 

「噴進魚雷が潰された以上、目視による直接照準による砲撃戦が頼りだ。TU-01艦隊が前進を開始。武蔵の射程に作戦参加艦全艦が入ることになる。さながら決死隊だな」

 

 柳はそう軽口をたたいて明乃の隣に並んだ。

 

「デッドライン到達前に何とかできそうか?」

「猶予の時間は?」

「武蔵の速力増減なしならあと50分」

「……わかりました。なんとかします」

 

 明乃はそう言って武蔵の方に視線を向け続けた。

 

「……東京湾に突入することを目的とするなら武蔵は浦賀水道航路を通過するしかありません。そのためには東へと転舵しなければならない。おそらく三分以内に取舵を当て、左七点から八点の回頭を行うはず。そうなればTU-01艦隊と真正面から向き合う反航戦です。噴進魚雷を封じたとしても、撃ちっぱなしができる短魚雷と主砲の脅威は無視できるはずがない。4隻同時に相手にしつつ、晴風と弁天に追われながらの戦闘は、あまりに分が悪いはずです」

「何が言いたい?」

 

 柳の問いに、明乃は彼を見上げた。

 

「急いだ方が良さそうです。おそらく武蔵はTU-01艦隊の壊滅を優先すると思います」

「根拠は?」

「金鵄友愛塾は『武蔵を晴風が止める』という構図に拘っている。晴風と後方から接近しているアドミラル・シュペーには、早く沈まれると困るようなんです。だとしたらTU-01艦隊はその構図には邪魔です。だから武蔵としてはTU-01艦隊から潰したいはず。……この後晴風は武蔵の照準から外れる可能性が高い。その間に接近。一気に制圧します」

 

 明乃はそう言って、柳をじっと見上げた。

 

「艦艇群司令、許可を」

 

 明乃の声に柳は口の端を歪めた。

 

「北条なんかより、お前の方がよっぽどおっかないな、岬艦長。ナチュラルにTU-01艦隊を囮にしやがった」

「TU-01艦隊が沈む前に片を付ける以外に方法がありません」

 

 明乃は即答。柳は逡巡。

 

「……いいだろう。進言を承認する。好きに動かせ。TU-01艦隊は宗谷1監の指揮だ。まず沈むまい」

「ありがとうございます」

 

 明乃は艦橋を見回した。

 

「みんな、お願い。力を貸して」

 

 明乃の声に皆が頷く。

 

「艦長のお願いなら、仕方ないか」

 

 芽依が頭の後ろで手を組んで、明るく言った。志摩が頷く。

 

「こ、怖いけど頑張ります……!」

 

 鈴が舵輪を握り直してそう言った。

 

「まぁ、こうなっちゃったら首括るしかありませんしね」

「括るなら首じゃなくて腹にしてくれ」

 

 納紗幸子の声に呆れたように突っ込んだましろ。そのやり取りを聞いて明乃は笑って見せた。

 

《武蔵、右へ転舵を開始!》

 

 マチコの声が響く。明乃はそれを聞いて声を張り上げた。

 

「面舵いっぱーい! 真方位3-5-0! 武蔵の足を止めさせます!」

 

 

 

 




……いかがでしたでしょうか。

今回は引用ラッシュが本当に楽しくて大暴走となりました。いよいよ北条さんの内面が見えてきたでしょうか。

ミケちゃんはどうやって、これに立ち向かい、どう止めるつもりなのでしょうか……

次回も続くよ戦闘回!

―――――
次回 響け確かな衝動 その思いが消える前に
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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