ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
「なつつばめ、ダウン!」
無人飛行船が炎をあげて落ちていく。細かな破片がキラキラと宙を舞う様子をCICのスクリーンと管制官の声で確認して宗谷真冬は冷や汗を隠すように笑った。
「奴さんは想像以上に対空能力が高いな。もう少しもつかと思ったんだが……」
破片が落ちていくのが画面越しに見える。背中を冷たいなにかが這って行く。それでも、もう止まれない。
「撃墜されることを前提として作戦を組ませるとは、ミケ艦長も柳の旦那もお先真っ暗だ。総務部に睨まれたぞ絶対」
「それを止めなかった真冬艦長も同罪では?」
「……だな」
一番大きな残骸、まだ浮力を残していたそれ海面に向けて落ちていった。シュペーはそれに向けなおも発砲。火だるまになって落ちていくそれが大きな水柱を立てて海面に墜落。たった今、数億円の戦術兵器がスクラップになった。それでもこの戦いは終わらない。なつつばめを撃墜せしめたアドミラル・グラーフ・シュペーはまだ悠然と海面を進んでいく。
「さて……時間稼ぎも限界だ」
「了解。機関第五戦速、進路1-7-5」
副長が声を張る。それと同時に『弁天』はさらに加速した。
なつつばめが撃墜されることは、ある程度想定されていた。目標を追尾し続けること、そして、RATtウィルスが形成するネットワークの破壊のためには、電波妨害が必要だった。そのための端末が海上に投下した、マーカーブイを応用した広域ジャミングであり。同時に作動させたチャフ・フレアディスペンサーだ。
だがもう一つ、なつつばめには自衛装置が積載されていた。
敵の探針電波を検知し、それを複製・遅延させて放出する電波妨害装置。これによってレーダー上におけるなつつばめの位置は大きくずれて表示されることになる。それを狙っていたが、そうも上手くはいかないらしい。
「ディセプション・リピーターで欺瞞できないとなると、目視照準で行動が可能ということになる。ということはある程度の連携が取れていることになる、か……」
「当てが外れましたかね?」
「そうでないことを願う他ないな。こういう時は祈るんだ」
真冬がそう言って一息分の間を空けた。声を張る。
「右舷砲戦用意。晴風が位置につけるまでの時間を稼ぐ。徹甲弾装填、速射砲照準目標アドミラル・シュぺー後部甲板。敵認定されたらされた時だ」
「……晴風からは、居住区に近い場所の砲撃は避けろと言われているはずでは?」
「だから艦橋は避ける。連携攻撃が取れるのであれば、戦闘配置についているだろう。比較的リスクは少ない」
「なるほど」
副官がそう納得した視線の先では武装管理表示が主砲の旋回を告げている。それを見ながら真冬は呟く。
「呪いたい奴は、呪えばいいさ」
副長は聞かないふりをした。砲雷長から主砲の装填が完了したことが告げられる。声を、上げる。
「攻撃はじめ!」
「ってぇ!」
直後、弁天に搭載されたBAEシステムズ製Mk.110 CIGS 57mm単装速射砲の抑制された発射音が響く。曳光弾の白い炎光がスクリーンに線を引き、極端に低い放物線を残す。アドミラル・シュぺーの後部側面にあたる。黒煙は上がらない。しかしながらその破片が飛び散るのが見えた。トリガーが引かれたのは一秒強、速射砲の名の通り、その短い間にも5発は砲弾が飛び出したことになる。
「……さすがに硬いか」
装甲が抜けないことを威力不足と嘆くべきか、相手が死んでいないであろうことを喜ぶべきか迷う。それでもその迷いはこの状況では無駄だ。
「さて、これで我々に意識が向くだろう。……命がけの盆踊り大会開始だ」
「航海長の腕を信じましょう」
「弁天クルーは優秀だからな」
そう言って真冬が笑ったタイミングで、シュペーを監視していた砲雷員の一人が叫ぶ。。
「シュペー発砲! 照準は晴風! 弾着今!」
「晴風だと?」
「近・遠夾叉! 晴風、投射域に収められました!」
まずい、と口に出しそうになる。それを苦い唾と一緒に飲み込んで真冬は指示を出す。
「喫水線を狙え! シュペーの意識を弁天に向けさせろ!」
「了解っ!」
弁天の主砲がわずかに旋回し、照準を向ける。照準が済み次第、発砲。甲板に空になった薬莢が転がり出る。白い線が何度も伸びても、シュペーは悠々と進み、晴風に照準を続ける。
「シュペーにとっては、晴風のほうが脅威ということか……?」
焦りが加速しているのを自覚する。焦るな。落ち着け。何が晴風を最高位の脅威だと判定させた。考えろ。考えろ。
「晴風が信号旗掲揚! W-H!」
それを聞いて真冬は一瞬ぽかんとし、すぐに笑った。
「貴船があとにつづく努力するならば、本船は援助できる……か。豪胆というか間抜けと言うべきか、狙われているのはそっちだろうに」
だが、意味は分かる。
「攻撃続行! 晴風は突っ込む気だ! 晴風を沈めるな!」
†
発砲炎が轟いた直後、晴風が揺れる。至近弾。それでも晴風は止まれない。
「取舵一点! 方位1-1-6へ!」
転舵、相手の右舷後方に位置取るように晴風は方向を変えていく。いくら相手がポケット戦艦といえども、機関が万全な駆逐艦に速度で適うはずがない。晴風とアドミラル・シュぺーの間隔は詰まっていく。
「あと潰せてないのは!?」
「右舷だと副砲の一番から三番です!」
宗谷ましろの声に叫び返したのは納紗幸子である。
「主砲の旋回は止まってるけど……!」
「副砲の射角は狭いんだ。しっかり避けていこう」
柳の声に明乃が頷く。じわりじわりと詰まっていく距離を見ながら明乃は指示を出していく。手元の懐中時計をちらりと見る。上蓋は見ないようにして文字盤だけを素早く見やる。
「あと、10分! 機関第五戦速! 急いで距離を詰めていくよ」
「第一主砲再装填完了、照準、シュぺー右舷三番副砲」
立石志摩の声が淡々と状況を伝えていく。主砲がわずかに稼働、射角調整。
「……てっ!」
志摩の声の後、一瞬のブザー音を残して、轟音が轟く。晴風第一主砲に装填されているのは12式装弾筒付翼安定徹甲弾。細いタングステン合金の
『第三副砲の沈黙を確認!』
見張台の野間マチコの声が伝声管から聞こえる。遅れての誘爆がないことを祈る。
「もう少し! もう少しで並びます!」
幸子の声に反応したのはましろだ。
「臨検班展開用意! 万里小路さん! 後部ウィンチ、青木さん!」
『かしこまりました!』
『了解っス!』
「舷側守備は杵埼姉妹! 放水銃の使用を許可します。シュぺー接舷後、晴風側に渡ってくる人がいれば放水銃で妨害! 海水を使っているが、感染後期だと海水が有効かわからない。晴風に渡らせないことを優先しろ!」
『は、はいっ!』
『頑張ります!』
ましろの矢継ぎ早の声にせかされるようにあかねとほまれの返事が被る。ここまでくればあとは単純。潰した射線からアドミラル・シュぺーに接近し、接舷。臨検班を乗り込ませて制圧する。
「このままシュぺー後方からアプローチして接舷」
「ここまでくれば大丈夫ですっ!」
柳の指示に明乃は笑って見せる。柳もつられるように笑った。
最大の難関になるであろう場所は切り抜けたことになる。最も、この先も危険には変わりない。白兵戦はズブの素人が多いが、時間に追われてということはなくなる。
その時――――轟音が襲った。
「―――――っ!? なにがあった!?」
『シュぺー右舷側前方に水柱! 大口径主砲のものと思われます!』
野間マチコがそう言うのを聞くのが早いか、柳が右舷の見張台に飛び出す。監視員の内田まゆみが驚いた声をあげる。シュペーは大きく揺れているが、未だに前進を続けている。遠くに見えていた陸の方で煙が上がった。花火と同じ原理で情報を共有するための手段、それを見た柳が苦い表情をした。
「……撤退命令、くそ。タイムアップにはいささか早いぞ」
「オランダ王国海軍から信号旗通信……S-Q-1……です」
困惑したまゆみの声が信号を告げる。SQ1、意味は――――停船せよ、さもなくば砲撃を開始する。
「まさか……今のは……」
「オランダ王国海軍の最後通告だ。これ以上領海に接近した場合、晴風ごと沈めてくる可能性もある。……やむを得ん。オペレーション・キャストネットを破棄、当該海域より退避する」
「そんな……!」
明乃の声を無視して柳が続ける。
「オランダ王国海軍の命令を無視はできない。最新鋭の駆逐艦とフリゲート艦も含めた左右両舷戦闘になれば、沈むのは晴風だ。信号弾、白色一発送信、弁天との合流地点は取り決め通りポイントMPS0459地点とする。撤退せよ」
柳が淡々とそう言った。明乃の視線が落ちた。
「そんなあとちょっとじゃん! もう、もう並ぶのに!」
西崎芽依がそう叫ぶ。柳は涼しい顔でそれを受けた。
「……諦めるんですか」
「ならここで死ぬか?」
端的に返ってきた答えに明乃が拳を作る。その手が震えているのを見ながら、柳は諭すように口を開く。
「オランダ王国海軍が主導権を握ると言ってきた以上、これ以上の作戦実行は不可能だ。……撤退しろ。方位0-3-5方向だ」
その声は明乃に向けられていた。明乃はそれを聞いても俯いたままだ。
「あと少しなのに、見捨てなきゃいけないんですか」
「あと少しでもだ。話してる時間も惜しい。もうオランダが撃ってくる。命令だ、艦長。撤退しろ」
そう言って柳は左舷の見張台の方に渡る。もうほぼ横並びになろうとしているアドミラル・シュぺーの黒光りする舷側が近くに見えている。
「艦長」
念を押すように柳が続ける。明乃の手は握りしめられたまま震えていた。ただでさえ白い手がなおさら白くなる。
「…………撤退、します。方位まる・さ――――」
明乃の言葉が切れた。その目が見開かれて止まる。
「何のつもりだ、フリーデブルク」
小さな拳銃を震える手で突きつける彼女の名を呼んで、柳が低い声で問いかけた。
「……儂もこんなことはしたくなかったが、テアを見殺しにするのはもっと嫌じゃ」
震えたヴィルヘルミーナの手に握られているのはM360Jモデル。そのグリップに繋がれている
「人魚は、ブルーマーメイドは、正義の味方じゃろう。今、ここで引き返すことは許されまい。逃げるな」
「生憎私は
彼の声が冷えた。ヴィルヘルミーナが脅すように拳銃を鳴らす。そうしなければ、堪えられないのだろう。柳は溜息。
「方針に変更はない。岬艦長、撤退を開始しろ。以降、この命令は健常たる第一特務艦艇群の最上位の指揮権保持者の別命があるまで有効とする」
柳の声に、明乃が目を見開いた。彼は、自分が指揮能力を喪失した場合に備えた指示を出した。それは――――自分が殺されたとしても、撤退を推し進めることを示している。
「でも……」
「こちらになんの落ち度がなくとも、うまくいかないこともある。……耐えろ。撤退だ」
「やめるんじゃ……、儂は貴様らもテアも撃ちとうない!」
ヴィルヘルミーナの絶叫が響く。それでも、彼には響かない。
「……助けを求める人がおって、技術があって、それでも、なんで切り捨てなきゃならんのじゃ!」
「それが部隊を守るからだ。君がシュぺーと晴風を天秤にかけ、シュぺーを取るために晴風を切り捨てるように、私は晴風と弁天を守るために、シュぺーを切り捨てる。それだけだ」
柳の声にヴィルヘルミーナは俯いて歯を食いしばる。
「……方位、1-1-5じゃ。転進しなければ、リーラーの命はないと思え」
「ミーちゃん!」
それを聞いてられなくなって幸子が叫ぶ。
「それだけはダメ! ミーちゃんは……ミーちゃんは犯罪者になるつもりですかっ!」
「何にでもなってやる! 後でいくらでも焼くなり煮るなり好きにしてくれてえぇ! 憲兵に付きだそうが、リンチだろうが銃殺刑だろうがなんでもやりたいようにやりゃあえぇ! じゃから!」
テアを助けろ。
そう彼女は叫んだ。
「……進路転進、真方位115度」
そう指示を出したのは明乃だった。柳が反射的に叫ぶ。
「艦長! 情に絆されるな!」
柳を脅かすようにヴィルヘルミーナが拳銃を鳴らした。
「今、教官にいなくなられるのは、困るんです」
明乃はそう言って伝声管に声を乗せる。
「臨検隊待機! 強硬接舷を実施します! 防舷材投下!」
そう言ってから明乃が視線を上げた。
「これでいいよね。ミーちゃん」
明乃はそう言って、小さく笑い、その笑みをすぐにしまう。
「……命令違反だぞ」
「教官、晴風の指揮権は航洋艦長たる私にあるはずです。……領海との境界まで、あと、1海里。接続海域であっても、領有権のない公海で作戦認可を行った外国の治安維持部隊を砲撃すれば、旗色が悪くなるのはオランダです。このまま続行します」
柳は顔を伏せた。すでにシュぺーと晴風はほぼ平行に並んだ。もう、臨検が始まる。
「それに、オランダからの指示は『停船せよ』です。……停船させれば、いいんでしょう?」
明乃はそう言ってシュぺーの艦橋の方を見上げようと、左舷の窓際に寄ったタイミング――――
『伏せて!』
マチコの絶叫に近い声が乗る。
『機関銃が稼働中!』
「……っ!」
皆の声にならない叫びが響く。柳が焦ったように叫んだ。
この距離で機関銃を稼働させるような艦は、一つしかない。
アドミラル・シュぺーの機関砲が、晴風を狙っている。
「伏せろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
柳の声が、艦橋や伝声管に響き渡る。その声に反射的に伏せたのは、砲術長の立石志摩、水雷長の西崎芽依。左舷の見張担当の山下秀子は見張台の影にしゃがみ込んだ。航海長の知床鈴はそれでも舵輪の一番下を握りしめたまま体を小さく丸めた。副長のましろは記録員の幸子の肩を押さえて無理矢理伏せさせた。
何が起こったのか把握できていないヴィルヘルミーナの腕をとっさに掴んだ柳は、彼女の手から拳銃をもぎ取ると、そのまま彼女を窓枠の下に蹴り込んで、――――彼は明乃の元に走った。手を伸ばす。
そして晴風を、毎分300発を超えるサイクルでやってくる鋼鉄の弾丸が喰らい尽くした。
「きゃああああああああああ!」
振ってくる割れたガラスの雨の中で、鈴の叫びが乱反射する。硝子の雨に混じる、斜め上から撃ちおろされる弾丸はおそらく7.92x57mmモーゼル弾。それが、艦橋に穴をあけ、跳ねる。
「――――っ!」
柳は火箸を突っ込まれたような衝撃を受けながらも、明乃を何とか床に引き倒した。彼女が声にならない悲鳴を上げる。それでも脳天に風穴が開くより、よっぽどマシだと信じたい。
艦橋への銃撃が終わると、妙な静けさが訪れる。
「……くそ」
柳は床を転がり仰向けの姿勢のまま。拳銃を構えた。銃撃はまだ続いている。銃撃は後方に続いている。後方には――――臨検隊の万里小路や、舷側防御のための杵埼姉妹がいるはずだ。
変則的なウィーバースタンスと言うべきか、伏射と言うべきか、頭を持ち上げ、自分の胸越しに窓の向こうを覗き見る。両腕で二等辺三角形を作るように均等にバランスを取り、照門を覗く。照門越しの照星のホワイトドットが機関銃手を捕らえた。頭に狙いをつけてから、下にずらした。
引き絞る。二回。機関銃手が崩れ落ちた。
「……ぁ」
視界が、回る。静かだと思った。錆の匂いがする。
「柳……教官……っ!?」
驚いた表情で艦長が柳を見ていた。何を驚いているのかと思って、痛みにわき腹に手を当てた。熱い。この感覚を柳は知っていた。
「おちつけ、かんちょ……ぐっ……っ!」
痛みに言葉が続かない。それでも、間に合わせねばならない。
「生き残ることが、最優先だ。死ぬな、死なせるな」
視界の明度が下がっていく。モノクロームになっていく世界の中で体に誰かが触れたのを知る。
「柳教官! 柳教官……っ! しっかりしてください!」
耳に残る高音は艦長のものだろう。視界は急速に焦点を結ばなくなり始めた。
「おちつけ、お前が、皆を生かすんだろう」
覗き込んだ影を重い腕でつかむ。それから血で濡れていることを思い出した。きっと、触れるべきじゃなかった。
「征け、ミケ艦長。お前の指示を、待ってるやつがいる」
笑えた、だろうか。
「……わかり、ました」
顔にぽたりと暖かい雫が落ちてくる。彼女が立ち上がったのか視界が明るくなる。もうピントも結ばない視界だ。それぐらいしかわからない。
「リンちゃん動ける!?」
「は、はいっ……!」
「進路維持お願い。ココちゃんは被害確認! シロちゃんは臨検隊のみんなの安全確認! 確認できたら取り纏めて!」
明乃が声を張る。それもぼやけて聞こえてくる。
「……くそったれ」
口の中だけで呟いて、柳は落ちていく意識に身を任せた。
†
「ほまれ!」
杵埼あかねは通路を挟んだ位置の防弾版の裏に隠れている双子の妹に向けて叫ぶ。右腕を押さえ目をぎゅっと瞑った彼女はあかねの声に反応しない。
「大丈夫っ!?」
臨検に備えていた等松美海が走り込んでくる。臨検班班長に指名された万里小路楓があかねの側に飛び込んだ。その間も銃撃は来ない。どうやら機関銃手の無力化に成功したのか、弾が切れたのかはわからないが、とりあえず好都合だった。
美海はほまれのいる側の前方側の防弾版に飛び込んだ。腰に吊っていたらしいオレンジ色のエイドパックから止血帯を取り出すとそれをほまれの腕にきつく巻き付ける。
「こちら等松! ほっちゃんが被弾! 右腕に擦過銃創1! 放水銃の使用は困難です! 後方に下げます!」
『了解した。自力で歩いての移動はできそうか?』
無線を受けたのはましろらしい。ほまれもそれを聞いていたのか、こくこくと頷いた。
「移動可能です! 下げさせます!」
『合図を送るまで待て。強硬接舷実施後の後退を許可する』
それを聞いて驚く。……艦橋は臨検を強行するつもりだ。
「……嘘でしょ」
冷や汗が止まらない中で、シュぺーの大きな艦橋を見上げた。そこにむけてどんどん晴風が近づいていく。
『――――対ショック姿勢!』
ましろの声が響く。美海はほまれを庇いながら防弾版にしがみつく。その姿勢のまま舳先の方をちらりと見た。シュぺーの舳先越しに……弁天の艦首が見える。
シュぺーを止めるには、晴風一隻じゃ到底足りない。晴風を沈めるつもりでぶつかったとしても減速させるのが関の山だろう。だが方法がないわけではない。
作戦説明で自慢げに話していた弁天の真冬艦長を思い起こす。不審船の乗員を殺さず、船を極力破壊せず止めるための手段が存在する。両脇から同時に艦首を抑え込み、無理矢理停船させるブルーマーメイドの秘儀、名付けて『艦船真剣白刃取り』。
抑え込む僚艦同士の連携が取れなければ、不審船を止めるどころかこちらが傷つく可能性がある大技だ。やり直しの効かないそれを決めようとしている。
鈴は今泣きそうになりながら舵輪を回しているのだろうか、と美海は思って、それを考えられたことに驚く。
『接舷、今!』
金属が軋む音がした。
「っ!」
火花が散って、跳ね上げられるような衝撃を受ける。しがみついていなければ本当に跳ね飛ばされてしまいそうだ。
『ロープ投下したッス!』
後部甲板の青木百々が無線に叫ぶ。ほぼベストのタイミングだろう。うまくいくことを信じるだけだ。オレンジ色の火花が晴風を照らす。
「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!」
ここまでくれば、祈る以外やることはない。シュぺーよ止まれ、晴風よ沈むな。そう願う以外にできることはないのだ。
晴風の機関も唸りを上げる。シュぺーを押し止めようと舷側を押し付けているのだ。強く火花が散る中、シュぺーの船体が軋んだ。
『ロープがシュぺーのスクリューに絡んだッス! リールリリース!』
「やった!」
スクリューシャフトにロープが絡めば、船は前進する手段を失う。これで、止まるはずだ。
『臨検用意!』
ましろの声が状況を告げる。楓が頷いて薙刀にも錫杖にも見える長い棒を持って臨検に備える。
「遅れてすまない!」
「マッチ!」
「あたしたちもいるわよ!」
ラッタルを滑り降りてきたマッチの手元にあるのは、H&K HK416Cサブコンパクト。青い弾倉は訓練弾装填を示すものだが、プラスチックの弾丸の中に抗体アンプルを仕込んだ特殊弾頭が詰まっているはずだ。同じような装備の小笠原光をはじめとする砲術科の面々が後を追ってくる。ワイヤーランチャーを使用してシュぺーと晴風を繋ぐ大役を担った和住媛萌も前部甲板から合流した。
「負傷したほまれさんの代わりに日置さんが舷側防御、残りのみなさんはわたくしと一緒に突入します。後方の警戒も怠らず参りましょう」
臨検隊が飛び込んでいく。行き足が急速に落ちていく中、晴風のマストに信号旗が上がる。航行を停止したことを示すN-A旗だ。それを受信したことを示す旗が上がった後、警備艇が接近してくる。おそらく第一特務艦艇群ごと拿捕するつもりだろう。領海まで半海里をとうにきっていた。
さて、大変お待たせしましたが、戦闘回でした。前回の高揚感は何処へやらな感じに仕上がりましたが、いかがでしたでしょうか。
今回やっている艦艇真剣白刃取りですが、日本の海上保安庁が実際にやってたりする超絶技巧だったりします。やべぇ。
そういえば、はいふりファンブックを手に入れました。細かい設定なども載っていて大満足です。設定等はこれを参考にして、拙作の本編に影響の出ない範囲で語句などの統一を行うかもしれません。その時はまたあとがき欄で告知を行いますので、その際には何卒ご理解ください。
もう少しだけ続きます、シュぺー制圧戦。次回はいよいよ白兵戦、さて、どうなるやら。
――――――
次回 女神が微笑むその先に
それでは次回お会いしましょう