ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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紺青の海に白波を曳いて

 

 

 

「こ、これでいいんだよね……?」

 

 杵埼ほまれがどこか不安そうにしながら甲板に備え付けられているダボに固定用のピンを差し込んだ。それで固定されたのは小柄な彼女たちなら二人はゆうに隠れられそうな巨大な合金の板だった。それを左舷に並べ、固定する。本当は砲雷科……第一分隊の仕事ではあるのだが、すでに彼女たちは急ピッチで主砲弾の換装や機銃の設置などで、既にてんてこ舞いだ。おかげで水雷運搬員にも指定され機雷などの運用を行う杵埼姉妹に応援要請が飛んできているのだ。

 

「あかねー、これ合ってる?」

「ちょっとまってー、今行くから……」

 

 同じようにもう一枚の防弾板を固定していた妹のあかねを呼んで、二人で確認する。

 

「えっと、ピンは6本使って……入ったよね?」

「うん、しっかり根元まで」

 

 なら合ってるはず……とあかねが防弾板を押してみる。ほまれも参戦して二人掛かりで押してみてもびくともしない。これで止まったらしい。ほまれがくるりと後ろを……正確には後ろの頭上、機銃台座を見上げた。

 

「ヒカリちゃーん! 設置終わったよー!」

「はーい、ありがとー!」

 

 台座から声が返ってくる、ひょっこりと顔を出したのは小笠原光。赤みがちの茶色いツインテールが揺れる。上半身を乗り出している彼女はいつものセーラー服ではなく、戦闘時用の濃紺のツナギだった。

 

「お疲れ様。忙しい時にごめんね、片付け焦らせちゃったでしょ?」

「ううん。朝はおにぎりだったから洗い物あんまりないし、これぐらいなら大丈夫。それにしても……」

「どしたの?」

 

 光はそう言いながら台座の柵を乗り越え、杵埼姉妹の隣に飛び降りる。朝日と呼ぶにはいささか遅い時間になり始めた太陽に照らされながら、光は笑った。

 

「これで銃弾弾けるんだなぁ……って」

「まぁ弾けるのは機銃弾までだけどね。主砲弾とか晴風に当たったらたぶん一発アウトだし、そこはリンちゃんたちの操艦と、あたしたちの主砲を信じてよ」

「う、うん……」

「不安?」

 

 光はそう言ってからあかりとほまれの二人の頭に手を乗せた。そのままわしゃわしゃと頭を撫でる。少し乱暴な印象だ。

 

「でも大丈夫。だって、ミーちゃんやミケ艦長が作戦立てて、指揮をするのは柳教官だよ? これまでと一緒。でしょ?」

 

 それに、と光は続けて笑って見せた。

 

「晴風の砲術は一発必中、百発百中、全弾命中がウリだよ。射程にさえ入ってしまえば勝ち目はある。ヒカリさんを信じなさい!」

 

 そう言って、隣を航行していた弁天に目線を上げた。無人の飛行船が引き出されている。プロペラの音が聞こえる。間もなく飛び立つのだろう。

 

「んじゃ、ほっちゃんもあっちゃんも着替えておいで。そろそろインフォメーション・イルミネーターつけろーってくるよ。あと1時間もしないうちに突入になるから」

「うん……」

 

 杵埼姉妹が艦内に入っていくのを見送って光は防弾板を叩いた。

 

「あの子たちを、守ってよ?」

 

 カン、と小さな音が響くが、その音はプロペラの音で掻き消された。そのプロペラの駆動音は発艦時にはかなりの音で、弁天の戦闘指揮所(C I C)にも小さく届いていた。

 

「『なつつばめ』発艦手順完了(ローンチ・シークエンス・コンプリート)高度計反応あり(ポジティブクライム)正常上昇率(クライムレート・ノーマル)確認。着陸脚格納(ランディングギア・アップ)表示灯消灯確認(ライトターニングオフ・チェック)

「『なつつばめ』の離艦を確認。フライトデッキクリーンチェック。つづいて、『はるつばめ』『ゆきつばめ』の発艦に入ります」

 

 弁天は晴風よりも一足早く戦闘態勢に入っていた。飛行船の管理運用を行う飛行科(5ぶんたい)を抱える弁天の戦闘は、すでに始まりつつある。

 

 宗谷真冬はいつもどおりの制服に外套を着こみ、第五分隊が遠隔操作で飛ばす無人飛行船「なつつばめ」の動向を見守っていた。

 

「……艦長、緊張されてます?」

 

 横に立った副官が笑った。

 

「してないと言えば、嘘になるかもしれねぇ」

「豪傑で有名な艦長でもさすがにですか」

「まぁな」

 

 そう言って肩を竦め、いつも以上に力が入っていたことを知る。

 

「旦那の読みが当たったな。間違いなくシュペーはあたしたちの到着を待っていた。予測通り、ピンポイントで到着だ」

「ですね」

 

 副官が同意して戦域が表示された図面を見る。

 

「このまま行くと、会敵後から30分の猶予しかない形ですか」

「いつも通りの電撃戦だ。心配はいらねぇ。……臨検隊は?」

小火器(ライフル)の扱いに長けたのを中心に選抜済です。シュペーが艦内で使える小火器は拳銃程度です。小型防弾シールド(バリスティック・シールド)を装備した人員で十分と思われます」

「となれば、最大の脅威は接近時に集中するな」

「あとは対人(ソフトターゲット)用の機銃ですね。接舷した後に乱射されるとコトです」

「だな」

 

 真冬は肩を竦めてから軽く伸びをした。

 

「あーあ、逃げてぇ。こんな危ない状況は心底嫌になる」

「御冗談を、真冬艦長」

 

 即答で返した副官に真冬は肩を竦めた。そのしぐさにすら笑みを返し、副官は続ける。

 

「逃げる気もなければ、取り逃がす気もないんでしょう?」

「それでも、状況は厳しいことにかわりはない。……だけど、だ」

「ガキを前線に出す以上、大人私たちが命を張らないでどうする、ですか?」

「それが筋ってもんだろう。安全圏でのうのうとしているつもりは毛頭ない」

 

 そう言って真冬は指揮官席の受話器を取り上げた。

 

「柳三監に繋いでくれ」

 

 そうして数刹那で繋がった。個人用のモニターにはすでに臨戦態勢を整えたらしい柳の顔が映った。

 

『どうした』

「いや、すでにこちらの用意は整ったことの報告だ。晴風は?」

『あともう少しだ。……とりあえずだが、オランダ王国海軍には領海すれすれまで攻撃を控えるように交渉はつけた。だが、海軍さんも黙ってられる保証はない。無理を言っている分リミットを過ぎれば延長戦は絶対に無理だ』

 

 その言いぐさに真冬はなぜか笑みを浮かべる。いつも堅苦しい顔をしているが、輪をかけてひどい。それがどこか笑みをさそった。

 

『なにを笑っている』

「いや、悪かった。……とりあえず状況はわかった。それでも、領海前までは撃ってこないんだな?」

『連絡の不徹底がなければ、な。とりあえず、国交省時代の後輩に頼んで圧力はかけてもらっているからある程度は黙ってくれていると思うが』

「わお、そこまでやったのか。さすが旦那」

『使いたくなかったがな』

「人脈は武器だ。使ってナンボだぜ?」

『それはそうだが』

 

 後輩から恩を買ったのがどうも癪に触るらしいが、それでもこれで舞台は出来上がったことになる。

 

「でも、これで突撃できる。外交カードは切った、あとは暴力でなんとかするしかない、そうだな、旦那」

『だから嫌なんだよ』

 

 そういう柳の顔は本当に嫌そうだ。それを見て笑う。

 

「おいおい、大丈夫か旦那。今から攻めるのに躊躇ってたら話にならねぇよ」

『無理だと言ったら代行してくれるのか?』

「それこそ無理だ。だから言っているんだ。……個人回線で受けてるかい?」

『あぁ』

 

 柳の答えを聞いてからトーンを落とした。

 

「……あたしが見た限り、旦那が抜けた晴風は30分ももつことなく海の藻屑になる。それぐらい危うい橋を渡らされてる。旦那の意思は関係なくて、状況がそうさせてるのは知ってる。でも言わなきゃならねぇ。第一特務艦艇群は旦那にかかってる。正確には旦那と旦那が信頼を置く奴の肩にかかってるんだ。弁天は晴風に合わせて踊ってやるから生きて成功させてくれ。それだけは、忘れてくれるな」

『……言われなくとも、だが、晴風は……強いぞ』

 

 その答えを聞いて真冬は頷いた。そのタイミング、飛行科の隊員が声を上げた。

 

「なつつばめ、シュぺーを捕捉しました。電探情報、投影します」

「わかった。……聞こえてたな?」

『情報確認した。ここまでドンピシャだと薄ら寒いが、間に合ったことを喜ぼうか』

 

 柳が無線のチャンネルを切り替えたらしく、会話が切れ、すぐに無線が改めてつながった。部隊無線での入感、全員に繋がる。

 

『第一特務艦艇群、状況を開始する』

 

 その一言が、火蓋を叩き落とした。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 岬明乃が声を張る。いつもより体が重い、ヘルメットと防弾ベストのせいだということにして、それに対抗するように声を張った。

 

「第一種警戒態勢に移行します! 進路ようそろ、機関第三戦速!」

「よーそろー!」

『第三せんそーく!』

 

 艦内にけたたましくベルが鳴り、晴風が速度を上げる。左舷側を進む弁天もそれを追うように加速。白波大きく立て、海面を蹴るように進む。

 

「うまいことなつつばめが接近してくれればいいんだが……」

 

 柳の声に明乃はうなずくことで答える。戦術リンクの映像をインフォメーション・イルミネーターで確認しながらそとの様子を眺めている。明乃もそっちの方角を見た。地球の丸みのせいで、水面スレスレの位置に『なつつばめ』のアイコンが見えた。イルミネーターのマルチファンクションキーを叩いてモード切り替え。なつつばめのカメラ画像を呼び出した。

 

「……シュぺーの外部にはみたところ損傷はなし航行速度は……」

「巡行18ノットか。挑発とみるべきか、国際海洋条約第19条に基づく無害航行権の行使のつもりか」

「……領海に接近していることに気が付いていないか、じゃな」

 

 柳の声に反応したのは艦橋の壁際に立っていたヴィルヘルミーナだ。

 

「マリンバンドでシュペーを呼び出しつつ、警告を開始。猶予は3分。フリーデブルクさんは個人端末によるコンタクトをとってほしい。3分以内にポジティブな返答が得られない場合は、臨検を強行する」

 

 柳がそう宣言すると同時にマリンバンドでの呼びかけが開始された。ヴィルヘルミーナはスマートフォンを耳に当てる。

 

「お願いだ、出てくれ、テア……」

 

 呟くような声が艦橋に響く。何度も呼び出し、かけ直すのを繰り返す。柳は腕に巻いたアナログ式の防水時計をじっと眺めていた。

 

 1分が経ち、2分が経ち、3分が過ぎる。

 

 柳は結局3分半待ってから、告げた。

 

「反応なし、警告無視と判断。……オペレーション・キャストネットを開始する。弁天第五分隊、『なつつばめ』マーカーブイ射出せよ」

 

 柳の指示があった直後、明乃のインフォメーション・イルミネーターに文字が躍る、MARKER-BUOY DROP / CMPL。ワンクッション遅れて合計12個の浮標が射出されたことが表示される。無人飛行船をすぐそばから見ることができたなら、火薬の力で撃ち出された小さな円筒形のコンテナがアドミラル・シュぺーの前方を中心にばら撒かれたことが分かっただろう。それを目で追うことができれば、目立つ黄色のブイがいくつも水柱を立てて海に落下したのを見ることができただろう。明乃たちはそれを、電子的な地図で見る。

 

「『なつつばめ』のチャフ・フレアディスペンサーはすべて撃ちきれ。武装システム(マスターアーム)ロックを確認後、画像追尾の自律飛行モードへ。ライトガンで投降勧告をエンドレスで流し続けるのを忘れるな」

 

 『なつつばめ』の前方カメラがシュぺーを捕らえ、それを追うように指示される。あとは光モールスで投降をひたすら呼びかけながら勝手に追尾するはずだ。

 

「マーカーブイの電波妨害(C O M J A M)を開始する。作動方式は広帯域雑音妨害(モード・バラージ)、万が一に備えて欺瞞反復装置(ディセプション・リピーター)は常時展開。時間を稼ぐぞ」

 

 電子機器の強力なジャミングが開始された。投下したブイの通信装置が電波強度最大で妨害電波を吐きだし始めたのだ。インフォメーション・イルミネーターにも警告文が流れ出る。局所的ながら、広帯域かつ強力に電波妨害が開始されたのだから当然と言えば当然だ。友軍間通信用のチャンネルは残してあるが、予備回線の一部が圧迫されたため、エラーを叩きだしたのである。

 

「これで、止まってくれればいいんだけど……」

 

 岬明乃が考えた作戦『オペレーション・キャストネット』は至極単純だった。概要を大雑把に説明するなら、直接乗り込めるまで近づいてぶん殴って制圧、いわゆる『海賊戦法』という一言で済んでしまう。しかしながら、どう近づいてシュペーの足を止めさせるかというのが一番の問題だった。

 

「止まって……くれますかね?」

「みなみさんの言うとおりなら、これでいけるはず……!」

 

 納紗幸子に明乃はそう返す。それは半ば自分に言い聞かせるようなものだ。

 

 シュペーにあって、晴風と弁天にないもの。それは射程と一斉射あたりの火力だ。シュぺーの有効射程の方が長く、最初は一方的に撃たれることになる。そのワンサイドゲームとなる領域を超えられなければ、接近などできない。しかも速度のために装甲を犠牲にした航洋艦では、一発でも当たれば沈みかねない。あまりにリスキーすぎるのだ。

 

「船のスペックでポケット戦艦に勝てるわけがない。……でも、クルーの連携なら、絶対に晴風が勝てる」

 

 その問題の突破口を、明乃は乗員に求めた。

 

 晴風と弁天は射程や火力でシュペーには敵わないとしても、それを動かすのは人間だ。ならば単純明快、その人間を無力化できればいい。そして、今回限りではあるが、第一特務艦艇群にはその手段があった。アルジャーノン・ウィルス……アルジャーノンという人名を公式に使用するのは憚られるという役所の都合により、公式には『RATtウィルス』と呼称されることになった……それの特徴を活用すれば、十分に可能だと考えられた。

 

 アルジャーノン・ウィルスは身体能力の向上や洗脳による思考の統一などの効用があることは判明している。しかし、生物学的なウィルスだけでは、機器の誤作動を起こさせたり、電波通信が妨害されたりすることはないはずだ。罹患した生身の人間が怪電波を出せるとすれば、その人はサイボーグかアンドロイドということになる。ウィルスに感染したらもれなく機械人間になるなんてことはありえない以上、まだ何らかのギミックが存在する。

 

「ウィルスの使用には、あのネズミがセット。ネズミが電波送信器(トランスミッター)になってる。船を動かすような集団行動をさせようとしたら、その時に合わせて、電波をつかっていちいち相互にやり取りしなきゃいけないはず」

 

 鏑木美波医務長がウィルスキャリアのネズミを解剖した結果、何らかの電子機器が埋め込まれていることが確認された。これが強力な電波を出し続けているからネズミの行く先々で機械の誤作動や通信障害が発生していると考えるのが妥当だ。そのネズミが複数でネットワークを形成し、感染者を支配下に置く。そのネットワークの中で状況を共有しているからこそ、単純で攻撃的な思考に偏向させられたとしても、船を動かし続けることが可能になる。

 

 戦闘艦の仕事は専門的な知識と規則に裏打ちされた高度な作業の集合体だ。ひとたび戦闘になれば、その難易度は跳ね上がる。

 

 クルー間の連携が必要な戦闘時に、そのネズミのネットワークが崩壊したらどうなるか。

 

「――――戦闘について行けなくなって、シュペーの動きは単純になるか、めっちゃくちゃになる!」

 

 電波障害のど真ん中に向け、晴風は加速する。ネズミのネットワークを分断するにはどれだけの電波強度が必要かはわからない。今のうちに距離を詰めなければならない。

 

『シュぺーを目視! 対空機銃の曳光弾を確認! なつつばめを落としにかかってます!』

 

 野間マチコの声が伝声管越しに聞こえる。宗谷ましろが伝声管にとりついた。

 

「敵攻撃は!?」

『主砲等の旋回は認められず! 射撃サイクルから3.7cm SK対空砲による手動射撃の可能性大!』

 

 それを聞いた柳が頷いた。

 

「一人で稼働可能な砲だ。『なつつばめ』があれだけ近づけば主砲で落とした方が早いことを考えれば集団行動は封ぜられたな。……一気に片付けるぞ。シュぺー後方より接近。武装破壊を狙う」

「機関最大船速! 左舷砲撃戦、用意!」

『最大せんそーく!』

「第一主砲砲撃用意、装弾筒付翼安定徹甲弾(フレシェット)を装填」

 

 射撃管制所に続く伝声管に向けて、立石志摩が淡々と冷静に指示を出す。明乃は志摩の方を振り向いて追加で指示を出す。

 

「タマちゃん! 『はるつばめ』と『ゆきつばめ』の観測データを送るから、それも使って照準して。破壊目標はシュぺー第二主砲を優先! 無理なら副砲をお願い!」

「ういっ!」

 

 『なつつばめ』と同時に発艦していた2機の無人飛行船、『はるつばめ』と『ゆきつばめ』は晴風の上空と弁天の上空とで距離を保ちながら滞空している。電探が使えない状況下でシュペーの位置を正確に割り出し、捕捉し続けるためだ。二機の位置は正確にわかっているのだから、そこからどこにシュぺーが見えるかを突き合わせれば、位置の特定は容易だ。平面上の位置を見出せれば十分な水上艦相手であることに感謝する。飛行船だったらやたらと厳しかっただろう。

 

「しゅうちゃん! 弁天に光モールスを念のため! 砲撃体制に移るって連絡を!」

「わかりました!」

 

 距離がどんどん詰まっていく。弁天が光信号で合図を送ってきた。向こうも砲撃体制に移行したらしい。アドミラル・シュぺーの乗員を生きて保護したいということもあり、弁天が搭載する噴進魚雷は今回はお預けだ。そして何より、この位置から撃ち込んで外れたら、そのまま蘭領インドネシアの海岸線を爆破することになりかねない。

 

「……オランダ王国海軍ももう出張ってやがるな。ピッタリこちらに砲を向けてる」

 

 柳のインフォメーション・イルミネーターには弾着観測射撃用の飛行船の映像が移されているらしく、それを見て彼は苦笑いを浮かべていた。似たような表情をましろも浮かべている。

 

「お互い誤射や流れ弾は避けたいところですね……」

「ほとんど領海で電波妨害やら砲撃やらをやるんだ。かなり無茶を通してもらっている。向こうは向こうで何とかしたくてたまらないだろうよ。祖国や国土の危機に現在進行形で発展してるわけだからな。この混乱に乗じて俺達日本ブルーマーメイドがニューギニア島に乗り込む気ではと疑っているだろうしな」

 

 柳はそう言いながら双眼鏡を構えた。構えた角度から言って、シュぺーの上空、『なつつばめ』が飛ぶあたりを見ているらしい。

 

「……対空射撃の線が増えてきた。ブイの通信制圧の有効域を抜けつつあるのか……」

「でも十分。……第一主砲有効射程まで、あと30秒」

 

 志摩がそう言った。

 

「ここかからは、私たちがなんとかする」

 

 そう言って志摩は水雷長の西崎芽依に目配せした。ニカリと笑って頷き返す芽依。そうして芽依は緊張しっぱなしでガチガチになっている鈴の肩を軽く叩いた。

 

「それに、回避行動(ぼんおどり)には強い我らが航海長だっているんだしさー。ささっと避けてばばっと武器潰して、ちゃちゃっとみんなを助けよう! それで皆でパーティーだ」

 

 その声は、柳に向かって放たれたが、彼ではなく、艦橋の奥に立つヴィルヘルミーナに届く。

 

「晴風なら、みんなならできるよ。だって私たちは……ブルーマーメイドなんだから」

 

 それを聞いたヴィルヘルミーナが顔を上げる。

 

 

 

 西崎芽依が勝気に笑っていた。

 

 立石志摩が優しく微笑んでいた。

 

 知床鈴が緊張に泣きそうになりながらも、それでも笑って見せた。

 

 宗谷ましろがどこか諦めたような、でも優しい笑みを浮かべた。

 

 岬明乃がその中心に立って、笑っていた。

 

 

 

「海に生き、海を守り、海を征く――――――」

 

 

 

 ヴィルヘルミーナを守るように、明乃が前を見据える。その背中は、ヴィルヘルミーナより小さいはずなのに、なぜかとても大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

「――――――それが、ブルーマーメイド!」

 

 

 

 

 

 

 皆の声が重なり、広がった。開きっぱなしの伝声管からも、同じように声が聞こえる、31人の声が、重なり、届いた。

 

 それを聞き遂げた柳が口の端に笑みを張り付け、声を張る。

 

「主砲有効射程内到達を確認。助けに行くぞ、皆で」

「はいっ! 攻撃用意! 目標! シュぺー第二主砲!」

「第一主砲、射撃用意よし」

 

 ヴィルヘルミーナは、祈った。主たる神よ、どうか、どうか我が戦友に祝福を。

 

 

 明乃が高らかに宣言する。

 

「――――攻撃はじめ!」

「てーっ!」

 

 主砲が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 蘭領インドネシア領海まで6.2海里。タイムリミットまで――――――22分。

 

 

 

 

 

 




さて、戦闘(開始)回、いかがでしたでしょうか?

とりあえずですが、UA50,000突破記念といたしまして本作の用語集を挿入投降しております。よろしければこちらもご覧ください。

RATtウィルスがどうして電子機器故障を引き起こすのかを考えてみた結果、こんなことになりました。今回の執筆にあたり通信技術等の学会誌を読み漁ったりしたのですが、作中で採用したものの他にも、身長等で人体の電波吸収率に差が出ることを利用して、洗脳したい年代を大まかに選択することができるかも(子どもを優先的に洗脳等)という恐ろしい結果が出てきました。なにこれ怖い。

RATtウィルスって考えれば考えるほど恐ろしいですね……はい。


何はともあれ、次回も続くよ戦闘回
シュペーとの殴り合いが開始、はてさてどうなるやら
――――――
次回 いつも神は微笑んでいる
それでは次回もどうぞよろしくお願いします。

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