ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

39 / 63
凱歌を奏する機会を窺い

 

 

 部屋にズカズカと入り込んで、宗谷真冬はお目当ての人物の横に跪いた。

 

「柳3監、ワッチです」

「状況報せ」

 

 そう囁いた瞬間に柳は跳ね起きる。半ば反射的に横に転がったのは二段ベッドの時に頭をぶつけずに転がり出るときの基本動作だ。当直(ワッチ)と言われて飛び起きない航海員はいない。柳を安全かつ平和的に叩き起こすにはこれほど効く言葉はないのだ。

 

 案の定飛び起きた柳のピントが真冬に合うと一瞬表情を曇らせた。

 

「……何があった」

「金鵄友愛塾が動き出した。ちょい急ぎで会議をしたいところなんだけど……なーんで旦那が床で寝ててミケ艦長が旦那のベッドで寝てる訳?」

 

 真冬が意味深な笑みを浮かべて視線を横に送れば、至極幸せそうな顔でベッドに寝ている岬明乃がいた。軽く口を開けて寝ている彼女はどこか無防備だ。

 

「『柳教官が仕事をせずに眠るまで見張るように言われてます』とか言ってテコでも動かなかった」

「で、柳の旦那より先に寝落ち?」

「ご名答。吹き込んだのはあんただろう、宗谷3監」

「バレた? でもそうでもしないと旦那は寝ないでしょ」

 

 その言いぐさに不満げに鼻を鳴らしてから、柳は糊のきいたシャツを手に取った。

 

「旦那待った、着替える前にシャワー浴びて。臭うから」

「……わかった」

 

 渋々という表情でそう返して柳は制服のスラックスとシャツを抱えて部屋を出ていこうとする。

 

「あぁ、岬艦長はコッチで勝手に起こしておけばいい?」

「会議で必要なら起こしといてくれ」

「あいよ……あともう一件」

 

 声のトーンが下がった真冬を訝しむように振り返った柳。真冬はゆっくりと言葉を選んだ。

 

「旦那がいろいろ部下に心配をかけさせたくないのは知ってる。それでも、少しは頼ってやんなよ。可愛い部下で、生徒なんだろ? 晴風の皆は、旦那の背中を見て、それに必死について行くしかないじゃんか。旦那の、柳昂三艦艇群司令の判断で皆死地へと飛び込んでいくことになる。本人の意思とは関係なく、無条件でさ」

 

 そういう真冬は乾いた笑みを浮かべた。

 

「だからこそ頼って、胸をちゃんと開かなきゃいけねぇ。信じて、信じられて、頼って、頼られて。そういう関係じゃなきゃいけねぇとあたしは思う」

「それは忠告か? 宗谷」

「いや、単なるあたしの気持ち。気分を害したなら悪かった。……どうもいかんね。可愛い可愛い妹がいるせいか、無関心じゃいられねぇ、人魚失格かな」

 

 その笑みはどこか寂しそうで、柳はついと目を伏せた。

 

「……つらいなら、降りてもいいんだぞ」

「まさか。こちとら4代続けてブルーマーメイドだ。人魚の血が染みついて離れねぇ。今更抗えねぇよ。それに……逃げたら酷いことになりそうな予感がするんだ。今あたしたちで止めなきゃ、どうにもならなくなるような。そんなひどい感覚が頭のどこかに引っかかってる」

 

 だから逃げられねぇよ、そう言って真冬はどこか満足そうな、諦めたような表情を浮かべて目を伏せた。

 

「呼び止めて悪かった。さっさと風呂浴びてこい。他の面子は全員風呂に投げ込んだから、後は旦那と岬艦長だけだ。岬艦長とバッティングしたくなかったらさっさと入って出てこい」

「……急いだほうが良さそうだ」

 

 柳が肩を竦めて部屋を出ていく。それを見送ってから真冬はそっとベッドの横にしゃがみ込んだ。

 

「これが今の晴風艦長か……」

 

 耳を澄ませばすぅすぅと寝息が聞こえる。うつ伏せ気味に横を向いて寝る彼女の寝顔は穏やかでよく眠っているのがわかる。

 

 

 

「……しろをたのむぜ、艦長殿」

 

 

 

 そう言って立ち上がって真冬は部屋の外に出ようとドアを開け、もう一度足を止めた。

 

「……そうだ、会議で起こさなきゃいけないんだったな」

 

 少しばかり怪しい笑みを浮かべてベッドの横に立つ。ちょっとばかりの悪戯心を満たしても問題はあるまい。両手を肩の高さに上げ、気持ちよさそうに寝ている明乃の横に立ち。

 

 

「―――― 根 性 注 入 !」

「ひゃああああああああああっ!」

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「で? 申し開きは?」

 

 溜息をつくものの絶対零度の瞳を崩さない柳と、背後に明乃を庇って侮蔑に近い色を纏った視線を送る宗谷ましろから見下ろされながら、宗谷真冬は冷たい床に正座している。その頬には小さくきれいな紅葉の手形が付いている。それを遠巻きに見ているのは晴風の各課長級の人員とオブザーバーとして会議に召喚された鏑木美波だ。皆、触らぬ神に祟りなしと沈黙を決め込んでいるせいで、小会議室は完全に凍てついた空気になっていた。

 

「は、反省してます……」

「結構」

 

 柳がそうさらりと返し、真冬は溜息をついた。

 

「で、でも岬艦長からの折檻もコッチの謝罪も済んでるのに、なんでこんな目に……」

「あ?」

「い、いえ……なんでも……ないです……」

 

 柳の有無も言わせぬ剣幕にタジタジの真冬。そんな彼女に助け船を出したのは明乃だった。

 

「あの……も、もう大丈夫ですから……わ、私も反射的に叩いちゃいましたし……」

「ほらミケちゃんもそう言ってるんだし……」

「全く艦長は甘い。こんな駄目姉、さっさと海に沈めた方が……」

「しろ! ブルーマーメイド(せいぎのみかた)がしちゃいけない顔してるから! ふゆ姉ちゃんが悪かった! 悪かったからその拳しまって!」

 

 実力行使をしようとしたましろが溜息と共に手を下ろす。

 

「寝ている無防備な女子生徒へのいかがわしい行為があったわけだが……宗谷3監、私がこれを海洋学校経由で陳情したらほぼ間違いなく査問会議行きであるのは承知の上の行動だろうな?」

 

 柳はそう言ってタブレットを振って見せた。

 

「しかも暴力沙汰に不慣れであり、かつ上官権限で抑え込みやすい生徒を狙うとは悪辣極まりない」

「旦那ひどい! 根性注入しただけじゃんかっ!」

「頬張られても問題ないレベルでセクシャルハラスメントをしておいて何を言うか。あと根性注入のために臀部を揉みしだくことに論理的合理性はないだろう」

 

 柳がそう吐き捨てから頭を掻いた。

 

「以降こんなことがあったら問答無用で叩きだすからそのつもりでいてくれ、宗谷3監」

「………………了解」

「今の間はなんだ?」

 

 柳がそう突っ込むが真冬は答えない。肩を竦めて話題を切り替える。

 

「夜も更けてきた。早めに会議を済ませておこうよ。ココちゃんやリンちゃんも眠そうだしね」

 

 そう言われればどこか不満げに鼻を鳴らしてから柳が同意。皆に着席を促した。議長席にあたる場所には柳が付き、その向かいに真冬が腰掛ける。明乃は柳の隣に陣取った。

 

「でもまぁ、晴風は本当に個性豊かで優秀な部下を蓄えてること。補給もミミちゃんがかっちり手筈整えてるし皆周囲を見て動いてる。教官の腕がいいのかな?」

「皆の素質だろ。……で、なんだその生ぬるい笑みは」

 

 柳が真冬を睨んで身構えながらも席に置いてあるペットボトルの水を開けた。ましろが席を立ちプロジェクターの起動させスクリーンを天井から引き出した。それに軽くお礼をいった真冬が笑みを深める。

 

「いや、真面目だなぁと」

「これぐらいじゃないと公僕は成り立たんだろう、不真面目筆頭」

「いやー、あたしの首が飛ばないぐらいだからねぇ、いいんじゃない? まー、ミケ艦長が司令執務室から戻ってこないときはドッキリ同☆衾みたいな事案発生かと焦ったんだけど、柳の旦那の性格考えればないよなぁ……」

 

 そういってニマニマするといきなり顔を赤くする明乃。そのままワタワタし始める。それが伝播するように晴風クルーに動揺が広がっていく。

 

「そ、そんなつもりは一切なくて……っ!」

「まさか教官……」

「岬艦長は焦った時は少し黙る癖をつけた方がいいかもな。墓穴掘るぞ。あと西崎水雷長、私に子どもを襲う趣味はない」

 

 横で涼しい顔の柳がペットボトルに口をつける。その刹那

 

 

 

「――――――――今後考えれば、やっておいた方が良かったかもしれない」

 

 

 

 鏑木美波が投げ入れた爆弾発言で柳が思いっきり咳き込んだ。気管支に飲んでた水が迷い込んだらしい。激しい勢いで咳き込む。咄嗟に明乃たちの座っている側から顔を背けたのは半ば意地だった。

 

「……冗談にしては過ぎるぜ、鏑木医務長」

「真面目な話。アルジャーノンウィルスの発動条件に関わってくる可能性がある」

 

 そう言われ、柳の表情がさっと変わった。タブレットを出し録音機能を入れた。

 

「……詳しく聞こう。会議を開始する。鏑木美波医務長、報告を」

 

 美波が頷き、席を立った。プロジェクターに小さなデータカードを差し込んで何かの画像を出した。

 

「……まずは、アルジャーノンウィルスのキャリアとなっているネズミの発見報告から見てみたい」

 

 そういうと太平洋の地図がスクリーンに投影された。

 

「アルジャーノンウィルスを保有するネズミが発見された報告があった船のリストと発見位置をプロットしてみた」

「……海上安全整備局所属艦艇まんべんなくに流布されている、か?」

 

 真冬の指摘に美波は頷いた。

 

「ウィルスキャリアとなっているネズミがいるかどうかは、不自然な電磁波が出ているかどうかで判別ができる。武蔵との戦闘時、東風や西風等の東舞鶴海洋学校教員艦隊との通信が途絶したのはこのネズミが複数まとまって強い電磁波を出したためと推測される。情報調査隊の宗谷二等監察官から上がった報告では、少なくとも17の安全監督隊艦船でウィルスキャリアが確認された」

「……要は今後の戦闘で電子戦はあてにはならないということだな」

 

 柳が苦々しい顔でそう言った。ネットワーク中心の艦隊機動は諦めることになるかもしれない。

 

「だけど、問題はそこじゃない」

 

 美波が画像を切り替えた。いくつかの艦船が赤く染まる。

 

「アルジャーノンウィルスは洗脳ウィルス、ウィルスがこれだけ広まっているのに、ウィルスの効果があった人物が乗務する船はこれだけに限られる」

「ほとんど、海洋学校の艦船だけ……?」

 

 ましろが首を傾げた。赤くなっているのは横須賀女子海洋学校の所属艦艇が殆どだ。そのほかネズミが見つかった艦船では洗脳が確認されていないことになる。

 

「テロを起こすつもりならブルーマーメイドの艦船を全部狂わせた方がいい……ですよね?」

「もしくはテロを起こして鎮圧させることが目的か、だな」

 

 真冬のコメントに柳は小さく頷いた。

 

「それで、その理由まであたりがついているんだね? 続きを」

 

 美波が画像を切り替える。いきなり飛び出したのは顕微鏡の白黒写真だった。

 

「これが今回確認されたウィルス……電子顕微鏡で見えるサイズのウィルスで、パンドラウィルス属並に大きい。個の特徴としてこれ単体がレクテナのような効果を示すこと、その結果としてドーパミンとノルアドレナリンが過剰分泌され続ける状況に置かれることになる」

「レクテナということは電磁波を電気信号に変換し、それを人体に流すということか」

「その解釈で間違いない。人体が生体アンテナとして十分に機能することは立証されている。使用されている周波数帯はVHF帯と同じ域、38MHzから41MHz帯にあたり、12歳から14歳程度の平均的な体型にもっともよく吸収され、影響を与えやすい帯域に反応するようにできている。その電波を増強する中継器としての役割がネズミに仕込まれている」

 

 専門語の羅列に何人も考えることを放棄している。その代表格となってしまった芽依が手を挙げた。

 

「……つまり、どういうこと?」

「ウィルスに罹患した人物は特定のレベルの電磁波を浴びると極度の興奮状態に置かれる。その電磁波をコントロールしているのが、ウィルスを持ってきたネズミ。ネズミと接触しているか、一定以上ネズミが集まっているところに近づいている状況でネズミが電磁波を照射し始めるとウィルスの影響で強制的に興奮状態に置かれることになる。立石志摩砲術長が発症したとき、彼女はネズミを抱いていたため、影響が顕著に出たと考えられる」

 

 そう言って美波は画像の方を見た。

 

「極度の興奮状態に置くことで、脈拍・血圧ともに上昇、身体能力を向上する結果に繋がる。それと同時に判断力を鈍らせ、その間に電気情報により思考を制御、植え付けることが可能になる。それがアルジャーノンウィルスによる洗脳の本質だと考えられる」

「……対策は?」

 

 柳が端的にそう問いかけた。一瞬顔を赤らめた美波が言葉を選ぶようにして口を開く。

 

「洗脳の本質は極度の興奮状況により、感情や思考を放棄させることにある。だからその興奮状態に耐えられればいい。このウィルスで分泌させることが可能なドーパミンやノルアドレナリンには限界があるから、アドレナリン受容体の数等が多く、それらを許容できれば問題ない」

「どうすればいいの?」

 

 立石志摩がそういうと明乃も頷いた。

 

「練習とか訓練とかでなんとかなるならみんなでやったほうがいいよね」

 

 それを聞いて目線をついと逸らす美波。真冬も気まずげだ。

 

「ドーパミンか……一応言っとくと、やめた方がいいよ、皆でやるのは、うん」

 

 そう言われ晴風クルーは皆ぽかんとした顔を浮かべた。落ちた沈黙を埋めるように美波が口を開いた。

 

「一概には言えないが、ドーパミン等が多量に分泌される状況というのは性的興奮を覚える時。従って過去に性的興奮を経験している人ほどウィルスの影響が出にくいという仮説を立てることが可能。現状一番有効な予防策は、これになる」

 

 冷たい沈黙が落ちた。皆気まずそうに眼を伏せる。

 

「……気にくわん」

 

 柳がポツリとそう言った。皆の視線が柳に集まる。

 

「国を救う兵士や英雄を育てるためだか知らないが、要は純粋培養の未成年を兵士に仕立て上げるためのウィルスということだろう。どうせ国の権威を守る巫女は処女であるべきとかそういう下らない理由だろう。不愉快極まりない」

 

 そう吐き捨てて柳はちらりと美波の方を見た。

 

「鏑木医務長、晴風クルーにはワクチンを摂取させているはずだ。追加での対策は必要ないな?」

 

 柳が空気を断ち切らんとそう声をかける。

 

「問題ない。それに対症療法としての抗躁(こうそう)物質の投与で沈静化を図ることができる。興奮状態も一度気絶させれば対策の時間は稼げる」

「つまり乗員の救出はスタングレネード等で気絶させ、鎮静剤などを摂取させるというのが今後の作戦か」

「それが有効だと考えられる」

「ならば問題ない。ワクチンの製造の方は今明石等が急ピッチで進めてくれているはずだな?」

「進めてくれているはず」

 

 その答えに頷いて柳が話題を切り替える。

 

「本艦艇群でのウィルス対策についてはワクチンの接種で対応、その他部隊の対策は各海上安全整備本部、及び情報調査隊に統括を依頼することで対処する。鏑木医務長は今のデータを情報調査隊に転送を。他に医療隊からの報告事項は?」

「無し」

「なら、次の内容に行こう。……真冬3監」

 

 真冬が頷いて口を開いた。

 

「とりあえず柳司令が休息中に入ってきた情報だけど、金鵄友愛塾の影響力が強い企業がまとまって参加している宇宙太陽光発電プロジェクトが対外発表された。宇宙太陽光発電は日本のエネルギー問題を解決する切り札だし、咎める要素はないんだが、東南アジアの自治政府がそれに賛同を示し始めて、導入を検討できないかと打診を始めた。おかげで日本に対して西洋列強の圧力がかかり始めた。せっかく育てた牧草地(しょくみんち)に勝手に羊を放って牧草(りけん)だけを貪るつもりか、ってさ」

 

 それを聞いて柳は鼻で笑った。

 

「……それだけならば中央省庁の問題で終始するが、ここで報告を上げなければならない理由があるんだな?」

「当然。武蔵の目的がこれに絡んでいる可能性が高いんだが……宇宙太陽光発電プロジェクトに反対している諸外国への牽制、もしくは見せしめに使われる可能性が浮上している。武蔵の最終目撃地点は独領インドネシアの北東側の海域だ。ドイツは真っ先にプロジェクトに懸念を表明しているらしい」

「……武蔵がインドネシア領海に突っ込むだけでも十分に国際問題になり得る、か」

 

 柳はそう言って腕を組んだ。

 

「状況的にはいつ戦争寸前まで発展してもおかしくない状況にあるというのが、正直なところかなぁと思う。……どうする、旦那」

「どうするもこうするも、止めるしかないだろう。……他の離反艦については?」

「そっちについては情報調査隊が作戦を始動させるから大丈夫だ。ウィルスの対処法が見つかったこともあり、一気に一網打尽にするらしい。まぁ真霜姉に任せておけばいいだろ」

 

 真冬はそう言ってニカリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、お世話様です」

「平賀さんもお疲れ様」

 

 真霜は巨大なスクリーンが並ぶ部屋の中で入ってきた平賀を、微笑みをもって出迎えた。

 

「首尾はどうかしら?」

「動ける艦艇を総動員することになりましたが、なんとか数揃えました。いつでも動かせます」

「そう……よかったわ」

「……お疲れ、ですか?」

 

 平賀の声に真霜は首を横に振りかけて、止めた。

 

「……疲れてないと言ったら、嘘になるわ」

「もうこの段階までくれば司令部機能は私たちで運用できますし、少しご休憩なされてはいかがですか?」

「ありがたいけど、気持ちだけもらっておくわ。私はまだ、ここで倒れるわけにはいかないの」

「倒れないためにもお休みになられた方がいいのではないのですか? このままだと本当に倒れてしまいますよ」

 

 平賀が本当に心配しているようで真霜の横顔をじっと覗き込んでいた。

 

「……お母様がいなくなられ、最前線にご家族がいらっしゃるので心配になられるのもわかりますが、だからこそお休みになるべきです。焦っては何も得るものはありませんよ」

「そう……そうね」

 

 そう言って真霜は溜息。

 

「……ねぇ、平賀さん」

「なんですか?」

「私は、私たちは間違っているかしら」

 

 呟くように言って、言ってから後悔した。口の奥が苦い。

 

「……きっと間違っていません。私たちは生徒を助けなきゃいけないんです。その作戦を立てたのは、宗谷隊長です。間違っているはずがありません」

「……そうね。それを信じましょう」

 

 そう言ってから真霜と平賀が向き合った。

 

「パーシアス作戦は予定通り、明朝0300時をもって発動します。それまでの用意をお願いします」

「了解しました。それまではお休みになられるんですよね?」

 

 どこか釘を刺すような言葉に真霜は苦笑いだ。

 

「仮眠室を借りることにするわ。0230時に起こしてください」

「わかりました」

 

 その返事を聞いて司令部を出る。

 

パーシアス(ペルセウス)、か……」

 

 自ら名づけておいて皮肉な名前だと思う。それでもせめて名前で負けることは避けなければとこの名を付けた。メデューサ討伐の帰り道、ヘスペリデスに立ち寄ったペルセウスはヘスペリデスの園を支配していたアトラースを石に変えた。

 

 

 

 

「……生徒たちの未来を、黄金の果実をあなたたちに貪らせはしないわよ、ヘスペリデス計画」

 

 

 

 

 誰にも届かず消えた彼女の呟きだが、それは確かに宣戦布告にほかならなかった。

 

 

 




……というわけでRATtウィルス掘り下げ回でした。字数が膨らんだ結果として、予告で使った部分が次回に回るといういつか見た展開になりました、はい。

いろいろ設定を考えたんですが、この薄い本が厚くなりそう設定が一番無理なく合理的に結論が導き出せるという妙な事態に相成りました。レーティングが酷いことになるんで今回は見送りますが……R18版だと普通にこのあとミケシロとかメイタマとかで発展させることもできるのか……ふむ。

一緒に設定を考えてくれた執筆仲間の皆さんにはこの場を借りて御礼申し上げます。

さて、ここから人魚たちの反撃なるか。

これからもどうぞよろしくお願いします。

――――
次回 一矢報いる引金を探して
それでは次回もよろしくお願いします。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。