ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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虚構と真実の境界はなく

『私を呼び捨てにできる貫録をどこで拾ったのかしら、コウちゃん?』

『貴様の部下だったことを忘れているわけではないさ』

 

 柳の視界カメラから転送されてくる映像を見て、明乃は目を疑った。背はおそらく高い、170以上はあるだろう。すらりと伸びるその姿は女性からしても美しいと思えるものだった。

 

 勝手な話なのだろうが、イメージしていた人物とはかけ離れていた。知名もえかをはじめとした武蔵乗員を洗脳状態に置く極悪非道の人物……そのイメージを重ねるにはあまりに美しすぎた。

 

忘れねばこそ思い出さず候……二代目高尾太夫の恋文を思い出すわね。誠実なのか皮肉なのか、相変わらずね』

『貴様にだけは言われたくないな』

 

 柳の吐き捨てるような声。柳の視点はショットガンの鋼鉄製の照門越しに映る彼女に向けられていた。

 

 明乃は振り返り、納沙幸子を確認する。幸子は頷いてOKサインを出していた。無事に録画が行われているようだ。

 

『北条沙苗、貴様には海上安全整備局艦艇、及び海洋学校教員艦への発砲に関して嫌疑がかかっている。重要参考人として任意同行願おうか』

『硬いなあ、そんなんだから彼女の一人もできないんだよ? もう少し言葉遊びを覚えたほうがいい』

 

 そう言う声は鈴を鳴らしたように澄んでいた。柳が広域マイクで拾っている音声だ。

 

『余計なお世話だ。それに貴様の言い分は取調室でじっくり聞かせてもらおう。それとも新橋商店街船の破壊容疑で緊急逮捕がお望みか?』

『つれないわね。久々の再会だっていうのに、これだから官僚上がりは』

『官僚……?』

 

 カメラには写っていないが、おそらく柳の背後にいるであろう宗谷ましろの声がした。

 

『あら、話してないの? それもそうか、コウちゃんは自分にとことん無頓着だもんね』

 

 そう言ってカメラの奥で北条は肩を竦めるような仕草をして見せた。

 

『彼は正規の海上安全整備局員じゃない。まぁ最初は出向扱いだったし身分は保証されているし、権限だって正真正銘の本物だ。でも通常のルートを使って、海上安全整備局に潜り込んでいるわけではない。そうでしょう? 国土交通省 海事局 安全政策課の柳昂三国際業務調整官?』

 

 ケラケラと軽薄に笑いながら北条はそう言った。

 

『シロちゃんたちも驚くかそりゃ。ここまで武闘派(のうきん)っぽいコウちゃんが実はデスクワーク専門の文官(シビリアン)だったなんて思わないわよね』

『……何年も前の経歴を引き出して貴様はなにがしたい?』

『そう、その質問を待ってたの』

 

 演技じみた動作で両腕を広げる北条。その動きに合わせて柳はショットガンを正確にスライドし、射線上にその影を捕らえ続ける。

 

『君たちの頭の中にはいろいろ疑問が渦巻いているはずだ。どうして武蔵に乗っているはずの北条沙苗がここにいるのか? 武蔵は無事なのか? どうして私が障害になるはずのしろちゃんを助けたのか? 新橋商店街船の事件はヘスペリデス計画に関係あるのか? 北条沙苗の目的は? 北条沙苗と柳昂三の関係は? そもそもヘスペリデス計画とはいったい何なのか?』

 

 朗々と響く声は狭い廊下に反響する。ショットガンに括り付けられたフラッシュライトに照らされて笑みを浮かべて広げた両手を胸の前でパンと突き合わせた。乾いた音が響く。

 

『私はメッセンジャーだ。すべてに答えることはできないけど、いくらかの疑問には答えましょ? ……まぁその前に、一つだけお付き合いいただきたく存じます』

 

 そう言って彼女はおそらく心からの笑みを浮かべた。柳がショットガンのセーフティを外すのが映る。彼女が左耳を押さえるのが見えた。――――その直後。

 

 

 

《岬明乃さん、お会いできて光栄です。北条沙苗と申します》

 

 

 

 いきなりノイズのない声が滑り込んできて目を見開く。――――無線に介入された。そう気が付くまでの数瞬が必要だった。

 

《正確にはお久しぶりですと言うべきなんですが、貴女は覚えておいでではないでしょう。9年前にすれ違っているだけですから》

 

 そう言われても、なんて返すべきか答えは出てこなかった。理解が状況について行けない。だが、9年前と言われて一気に()()()()()()()()

 

「ゆうかく丸……!」

《おや、覚えてていただけましたか。光栄です、岬さん。まぁ、私は覚えてなくても、あなたのご両親が亡くなったゆうかく丸沈没事故は忘れられないでしょう。一度お父様に会いにお伺いしたのですが、最後にお会いした時はご機嫌が悪かったらしく、怒っていらっしゃったのが残念でなりません》

「あなたは……父さんを、父を知っているんですか?」

 

 明乃の質問に彼女はころころと笑って見せた。

 

《岬博士のことならば、えぇ。知っていますとも。国立再生可能エネルギー研究機構に所属していた研究員、光学レクテナ開発における第一人者。我々金鵄友愛塾の『投資先』の一つでしたから》

 

 それを聞いて明乃は黙り込む。何を研究していたのかは知らないが、父親の職場の名前はあっている。

 

《……疑問は解けましたかね? その上でこの北条がわざわざ南洋で出張っている商店街船くんだりまでやってきてこんなことをしている理由の一つ目をお話しましょう。岬明乃さん、あなた、こちら側に来る気はありませんか? あなたのお父様が何を成し、この世界を変えていこうとしたのか、知りたくはありませんか?》

『何を言ってやがる、好き好んでテロリストに転向するようなモノ好きは晴風には乗ってねぇよ』

 

 間髪入れずに柳の声が割り込んだ。視点カメラの先で銃身が揺れる。

 

《あらテロリストだなんて嫌な言い方はよしてほしいところだけれど。我々が遂行している()()は当然、国土交通省や外務省、文部科学省、経済産業省などの中央政府が容認し、遂行を支持した()()にあたるもの。テロなんかの安いものじゃないわ》

 

 北条はそう言うと髪をさらりと後ろに回した。

 

《そもそも金鵄友愛塾はこれからの日本の生き残りのために活動する政治家や経済人の団体なのに、どうして国益に反するテロなんてことができるのか。そこについての考えを共有しないといけないかな。……ま、単純に言うならば、ブルーマーメイドというシステムじゃ、この国を守ることが不可能であるっていうのはわかってもらえると思うけど》

『どういう意味ですか?』

 

 北条の声にかぶさるようにましろが声を上げた。宗谷家の人間として今の発言は黙っていられない、そういいたげな雰囲気だ。

 

『これまで何十年もブルーマーメイドが海の安全を守ってきた実績があるのにあなたはそれには見ないふりなんですか!?』

《治安出動で大和型の主砲クラスを発砲する組織が健全だと? 街一つ消し飛ばせるレベルの艦砲を平気でぶっ放すことが治安維持の根幹かな?》

 

 即座に切り返した北条は笑みを深めて柳を真正面から見据えた。

 

《それに、中央省庁経験者のコウちゃんは納得しているみたいだけど?》

 

 明乃の見ている北条の映像は柳が装着している統合型情報表示装置(インフォメーション・イルミネーター)からの画像だ。柳の表情はうかがい知ることは不可能である。

 

《この国を取り巻く現状は絶望的なんだよ。例えば食糧自給率の問題がわかりやすいかな》

 

 そう言うと彼女は片手を腰に当て、自信に満ちた表情を浮かべた。

 

《関東平野に越後平野、大阪平野、石狩平野とかもかな、平地というのは都市や農業を支えるために必要な土地だった。それを失った日本の食料自給率が下がっているのは君たちも中学校で習っているだろう?》

 

 その声に引きずり出されるように明乃は教科書の内容を思い出していた。

 

 メタンハイドレートの採掘と前後して発生した急激な国土の沈降。それが日本の産業を変えてしまったのだ。

 

《土地の沈降で大打撃を受けたのは何だったかな? はい、しろちゃん?》

 

 どこか馬鹿にするような言いぐさに、ましろはムッと黙り込んだらしい。北条も反応を求めているわけではなさそうだ。すぐに言葉を継ぐ。

 

《影響を大きく受けたのは工業と農業だった。いつか沈むとわかっている土地に工場を建てたり何億円もする機材を設置したりするバカはいない。重工業を中心に工場はあっという間に仏領ベトナムや米領フィリピン、中国へと移転した。農業はまぁ土地がなきゃできないんだから土地がなくなればおしまいだよね》

 

 演技臭い物言いを続けてるはずなのに、その言葉は理路整然としていて、納得してしまう。それに対して警鐘が鳴り続けるのに、聞かないという選択肢は取りえなかった。

 

《それでも生まれてしまった人間の哀しい性、食べていかねば生きていけない。役割分担のおかげで楽に生活できるようになった弊害で、人間は野菜やお肉をお金で買わなきゃ生きていけなくなった。なのに工場がなくなったり、土地がなくなったりしてお金がなくなった人はどうすればいい? これは日本が50年前に直面した問題だね》

 

 この問もまた、答えは求めていないようだった。

 

《日本に居場所がなくなった人たちは世界中に出稼ぎ労働者として散っていった。今でも人口流出は止まってない。まぁ、だからこそその人達の支援ってことで商店街船が海外の日本人居住区を回るなんてことになるんだけど。新橋商店街船だってそのための船だし》

 

 柳が歯ぎしりするような耳障りな音が無線に乗った。

 

『だから、そのシステムに歯止めをかけるために、552人の人員を危険に晒したのか?』

《日本国籍を持つ1億2300万人のために必要な処置をとるためよ? それに救助が来る見込みがある場所で、浸水量をコントロールしながらだから、安全性はそもそも高いし。不幸な事故もなく全員生きてるんでしょう?》

 

 

 

 

「――――だからって! やっていいことと悪いことがありますっ!」

 

 

 

 

 明乃が耐え切れずに叫んだ。北条の目が初めて色を変えた。

 

「安全性が高くって、全員生きてたって! それでも、それでも誰かが傷ついたのに、それをよかったなんて言えないでしょう!」

 

 艦橋から見える夜の海の向こう、海面に直立するように新橋商店街船の残骸が見えている。それにかぶさるようにして、インフォメーション・イルミネーターに映る北条を睨む。

 

「海に生き、海を守り、海を征く。ブルーマーメイドは、海上安全整備局安全監督隊は、海に生きるすべての人を救うために、活動する人達の集まりのはずです。誰だって、どんな人だって、見捨てちゃいけない。絶対に切り捨てていい人なんていない」

 

 そこだけは譲ってはならないのだ。――――もしそれが許されてしまうなら。明乃や他の乗員を救おうとした、明乃の両親は、死んでもよかった人間となってしまう。

 

 そんな理不尽を、許してたまるか。

 

 

 

 

「大人数のために誰かを切り捨てるのがいいなんて、そんな正義――――私は、岬明乃は絶対に認めない!」

 

 

 

 

 言い切って、肩で息をする。睨んだ先の北条の表情ががらりと変わっていた。まるで能面のような表情に切り替わり、目の色だけが輝いている。

 

《……そこまで言い切れる君の勇気と信念を心から尊敬するよ、岬明乃艦長。君は確かに人魚として優秀なのかもしれないね。和製ジョン・シルバーと言ったところかな》

『例えとしては全くもって適切ではないだろう。ジュブナイル小説を引いてくるのはどうなんだ』

 

 柳が鼻でそれを笑う。それ対して北条も言葉を紡ぐ。

 

《ジュブナイル小説そのものにしか見えないとは思わない? 年端も行かない若人が鋼鉄の艦を駆り、この大海原を拓くという状況はスティーヴンソンの『宝島』そのもののように映る。青少年文学(ジュブナイル)的と言わずになんというの? そんな脆いものではなく、もっと地に足をつけたシステムが必要なのよ》

『その地に足をつけたシステムが軍備再編で、それで成すものが貴様らの唱える海外領土獲得構想か』

 

 柳の声がぞっとするほど低くなった。

 

『貴様らの唱える主義主張は1世紀前から進んでいない。メタンハイドレートを傘に海外への実質的な侵略行為を開始した20世紀初頭そのままの思想だ。列強各国に喧嘩を売って泥沼の領土獲得競争に突入させる気か。その課程でどれだけの人員が犠牲になる? どれだけの命を使い潰すつもりだ』

 

 柳はそう言ってから改めて銃を構え直した。

 

『話を聞くまでもなかったな。北条沙苗、器物損壊及び汽車転覆等の罪で現行犯逮捕する。ヘスペリデス計画やらについては取調室でじっくり聞かせてもらおう』

 

 そう言うと北条は軽く俯いて、肩を揺らし始めた。マイクが彼女の笑い声を拾う。柳がショットガンを構え直した。その向こうで、天を仰ぐように体を反らせる彼女。耳障りなまでの高笑いが乱反射する。

 

《残念だよ、残念だよコウちゃん! まさか私が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()命を張っていると本当に思ってるの? ほんと傑作だ、ここまでおめでたい考えを持っているなんて思ってなかったよ!》

 

 狂ったように笑いながら放たれた言葉を聞く。マイクが物音を拾った。ましろが身じろぎした音らしい。

 

《あぁそうか! 鏑木理彦からそう聞いたのかな? 使えない口の軽い人間に流せるのはその程度だから、そこまでしか推察できないのは仕方ないか! いや失礼、これは私の言葉不足だったね!》

 

 気がふれたのかと疑いたくなるような高笑いが止み、北条が柳のほうを見る。

 

《Ἀνερρίφθω κύβος――――これも誤解していたようだし、まぁ仕方あるまいね》

『なんだと?』

《これの訳は『賽は投げられた(iacta alea est)()()()()。ちゃんと教えたはずだよ?》

 

 そう言って大袈裟にため息をつく北条。下がった視線のせいで彼女の顔はよく見えない。

 

《プルタゴラスの『カエサル伝』にはこう記されている。――――崖っぷちから深い淵に身を投げる人のように、理性の声には耳を塞ぎ、恐ろしいものには目を塞いで、傍にいたものたちに賽を投げろとギリシア語で叫ぶや、部隊を渡らせた

『……何が言いたい』

 

 柳の硬い声とは対照的に情がこもった声が鳴る。

 

《誤訳なんだよ、君たちの全てが。ブルーマーメイドのあり方も、取り組み方も。目を閉じ耳を塞いで、口を閉ざした人間もどき。そんな奴らにこの世界を救えるものか》

『そう言うお前は救えるのか?』

『あぁ救えるとも』

 

 北条は即答。彼女の視線が上がる。

 

《我々金鵄友愛塾の目的はただ一つだ》

 

 その笑みはぞっとしたものだった。

 

 

 

《―――――平和の生産と、その輸出だよ。コウちゃん》

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「……交渉決裂だな」

 

 柳はそう言って引き金に指をかけた。

 

「平和の生産と輸出だと? いったいいくらの値段が付くのかしらないが、そんなものを売買したところでそれはいつか機能不全を迎える。それを承知で人間はいつだって、血の滲む努力を続けてきた。凄惨な歴史の上に、血と死体の上に平和を築こうと、それぞれの手で平和を生み出そうとしてきた」

 

 柳はショットガンを抱えたまま一歩前へ。

 

「俺も現状のシステムが最善だとは思わない。高校生なんざを最前線に送り込むシステムはクソ喰らえだと思っているさ。それでも、それを正すという大義名分のために、何千、何万の人員の危険を冒すリスクを選択することは間違っている。手段を間違えたな、北条。本気で変えたいならば、こんな手段ではなく、政治家にでもなっておけば良かったんだ」

「その言葉、そっくりそのまま返すわよ、コウちゃん」

 

 エンジン排気のような乾いた苦い空気を揺らして、北条は笑った。

 

「コウちゃんは変えられる位置にいた。誰もが望んで、手に入れられなかったポジションだ。上級官僚が約束されたエリート、法律と書類で国を守る、平和で文化的に国の守護者たる立ち位置にいた。それを投げ打って君はこんなところでショットガンを構えている。愚かと言うほかないんじゃない?」

 

 北条はそう言って。軽く体を揺らした。

 

「君はそれに耐えられなかった。理性(レゾン)という武器が勝っていればわかっていたはずだ。最前線で体を張るだけが救うことじゃない。君の適正もそんなところにない。それ捨てて、君もまた、化け物(にんぎょ)となった」

 

 そう言う彼女は半歩後ろに下がる。

 

「地を踏みしめ歩くための足を得たとしても、その代償で失った声は戻ってこない。誰かを慰めることも、注意を促すこともできなくなった人魚の体で、君たちは何を守る? 誰かの為に文字通りの盾として凶刃に倒れるか? それとも君たちが持つその銃で刃向かうものを皆殺しにするか?」

 

 そうして彼女は最小限の動きで何かを投げた。柳がそれ――Mk.Ⅲ攻撃手榴弾――に目を見開いている向こう、北条は後ろ向きに足を踏み出し、奈落の様に落ちこむ商店街船の廊下へと落ちるように消えようとしていた。

 

 

 

 

「――――人魚が人を守るんじゃない、人が人を守るのよ、人魚諸君」

 

 

 

 

 ピンが抜かれた手榴弾が壁にぶつかり、バウンド。

 

「伏せろ!」

 

 柳は銃を放り捨て宙を舞う手榴弾に向かう。カラカラと音を立てて滑る筒を、廊下の奥めがけて蹴り返す。たとえそれが破片手榴弾ではなく、殺傷距離が数メートルに収まるものだとしても屋内での使用では威力が跳ね上がってしまうのだ。

 

 上下に抜ける竪穴のようになった廊下まで届いてから爆裂することを祈り、柳も伏せようと体を倒した時。

 

 

 爆裂した。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 遠い夢を見ていた。

 

『ねぇしろちゃん』

 

 そっと見上げる母親は最近の記憶よりも大きくて……というよりは最近よりも自分が小さくて、それが夢だと知らせてくれた。

 

 でもそれは、きっと夢ではなく、追憶。

 

『なぁに、かぁさん』

『しろちゃんは、大きくなったら何になりたい?』

『わたしはねー、かぁさんのがっこうにはいって、ブルーマーメイドになるの』

『ブルーマーメイドは大変よ? それでもなるの?』

『なるの!』

 

 あの時、母は返事を少しだけ躊躇った。

 

『……そっか、なら、いーっぱい遊んで、いーっぱいお勉強しなきゃね』

『うんっ!』

 

 あの時の躊躇いの意味、少しだけわかった。

 

 蒼き人魚(ブルーマーメイド)。古くから怪物とされる人魚の名前をもつ治安維持組織。そこで生きる意味を、子どもに伝えるのは酷だ。国家権力の盾と実弾兵器で武装して――――人は人ならざるもの(ばけもの)へと姿を変える。

 

 マーメイドは船乗りにとっては不幸を運ぶ象徴だ。嵐を呼ぶメロウ、歌声で船を難破させるセイレーン、不漁を導くハルフゥ。いつの時代も人に不幸を呼ぶものとして、人魚は描かれてきた。

 

 その人魚が人を救おうと足掻いている。似たような話が、どこかにあった。それを思い出そうとして、ふと視線を下げ――――。

 

 

「副長!」

 

 

 声がかけられていることに気がついた。

 

「柳……教官……」

「よし、目が覚めたな、脱出するぞ」

 

 ぼうとした頭をもたげて、何があったのかを悟る。

 

「私……どれくらい気絶してました……?」

「1分も経ってない」

 

 柳に助け起こされる。レンズの割れたLEDライトを拾い上げた柳が無線をオープン。

 

「柳だ。晴風、聞こえているか?」

《大丈夫ですかっ!?》

 

 岬明乃の声がインカム越しに響く。部隊通信で共有されているらしく、ましろのイヤフォンからも聞こえていた。

 

「二人とも五体満足だが、俺は鼓膜を抜かれてる。骨伝導ヘッドセットに感謝だな。……そしてものの見事に逃げられた。おそらく潜水具か何かを使って水中から逃げる気だろう。周囲の警備艦船に緊急手配。新橋商店街船の器物損壊容疑で令状とっとけ」

《横入りすまない。こちら第三管区海上安全整備本部所属、弁天、艦長の宗谷真冬だ》

「真冬姉さん!?」

 

 割り込んできた聞き覚えのある声にとっさにましろが声を上げるが、柳は手で制した。

 

《こちらでも状況は把握している。周囲の警戒及び被疑者捜索は弁天が執り行いたい。晴風は要救助者の救出に専念されたし》

「弁天、こちら第一特務艦艇群司令、柳だ。協力感謝する。被疑者の捜索及び警戒の指揮を弁天に委譲する」

《移譲確認。――――柳の旦那、しろを死なせたら承知しない。ぜってー生きて帰ってこい》

「地獄に行ってまでセクハラ折檻は勘弁だからな、生きて帰るさ。……岬艦長、脱出経路の誘導、再開できるか?」

《わかりました。再開します!》

 

 柳は明乃の声を聞いてからましろをゆっくりと立たせた。左の足首に少々痛みが走るが、十分歩ける。新橋商店街船が大きく揺れる。浸水がいつの間にか大きくなっているらしい。水音も聞こえてきた。時間がない。

 

「いろいろ問題は山積みだが、とりあえずは脱出だ。動けるな?」

「はい……!」

 

 廃油のような匂いが満ちた船内から逃げ出そうと、ましろは一歩前に足を踏み出した。

 

 

 




……いかがでしたでしょうか。

さて、ヘスペリデス計画がなんなのか明らかに……なってないですね、はい。伏線回収回のつもりが全く回収されてない件。さて、この先どう進めよう……!

そしてミケちゃんのお父さんの仕事、勝手に想像した結果あんなことになりました。
イメージ違う! と言う方いらっしゃるかと思いますが、どうぞご容赦ください。

さて、そろそろ新橋商店街船編も大詰めとなって参りました。後もう少しだけお付き合いください。

――――
次回 追憶と現実の狭間に
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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