ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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約束が示す未来はどこへ

 息を切らして走る。時間は昼の12時少し前。お腹が空いているけれど、そんなことを気にしてはいなかった。木の隙間を抜けていく太陽の光が地面を照らした。その中を走っていく。上がった息で少し胸が痛い。それでも走った。

 

『そろそろ、だよね!』

『うんっ……!』

 

 後ろから返ってきた声を聞いて、もっと走る。林の向こうに明るい空が見えた。伸びた草を蹴って林の外へ出る。

 

『あっ! みえた!』

 

 遠くに見えるその船はいつも乗せてもらう水上バスやスキッパーよりも、もっとトゲトゲしい印象だった。その船向けて手を振る。鮮やかな青い線――後でそれが識別線と呼ぶことを知ったけれど――が陽炎の中でゆらゆらと揺れている。

 

『おーい! おーいっ!』

 

 両腕を精いっぱいに振って、その船まで届くように声を張る。暗めのグレーの髪を揺らして、追いついたあの子も一緒に手を振った。

 

『お――――いっ!』

『おーい! おーい!』

 

 だんだんと大きくなるその船の甲板に立つ人影を見つけたころ、その人影が大きく手を振り返してくれた。その手に持った白い帽子が揺れる。

 

『あ、ふりかえしてくれた!』

『あれは『ぼうふれ』っていうんだよ!』

『へー。もかちゃんくわしいね』

 

 そう言うと「もかちゃん」はどこか照れたように笑う。それに笑い返して、「もかちゃん」の腕をとった。

 

『ぜーったい! ブルーマーメイドになろうね!』

『うん! うみにいき!』

『うみをまもり!』

『うみをゆく!』

 

 そう言って、声を合わせた。

 

 

 

『――――それが、ブルーマーメイド!』

 

 

 

 そう言って笑いあって、視線を前に戻した。あの船に乗っている人の顔がやっと見えてきた。憧れのブルーマーメイドのお姉さんの姿をよく見ようと、目を凝らし――――

 

 

――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『……もかちゃん?』

 

 直後、暗転。

 

 

 

『ねぇ、ミケちゃん』

 

 バチンとスイッチが切り替わったような感覚。名前を呼ばれて振り返る。いつの間にか視線の高さが変わっていた。服も最近やっと着慣れてきた横須賀女子海洋学校のセーラー服に変わる。

 

『もかちゃん……』

 

 いつの間にか日が暮れた海辺、さっき走り抜けてきた明るい林は既に闇に溶け、不自然にさらさらと梢を揺らす。

 

『助けてくれるって、言ったのに、どうして……あの時、助けてくれなかったの?』

 

 あの時というのが、武蔵と晴風が相見えた時だと気が付くのに、時間などいらなかった。背筋が凍るような声色に聞こえる。

 

『私は、晴風の艦長だから……、晴風を、沈めるわけには……』

『だから私を見捨てたの……?』

『違うっ! 見捨てたわけじゃ……!』

『たしかに、岬明乃は知名もえかを見捨てなかった』

 

 背後から割り込む声。その低い声に弾かれたように振り返れば、安全監督隊の制服姿の男が立っていた。

 

『柳……教官……』

『だが君は、無知と無邪気のうちに我々を切り捨てた』

 

 その声が冷たく明乃を刺した。その目はどこか冷え冷えとしている。

 

『君は晴風を捨てた。艦長であるということを捨てた。晴風クルーを見捨てるという選択をしたんだ。そこに、疑問をさしはさむ余地はない』

 

 そう言って柳が手を伸ばす。持っているのは――――銃。

 

『君は安全監督隊の隊員として、ふさわしくなかった』

『どうして……?』

『どうして? 言ったはずだ。私は私の判断で君たちを殺すことができると。第一特務艦艇群に与えられた《武蔵をはじめとする行方不明艦の捜索と対処》という任務のための犠牲なら、私は君たちの犠牲を許容する。そう言ったはずだ』

 

 銃口はピタリと明乃に向けられ、その背後に立つ、もえかに向けられていた。

 

『君たちは、ブルーマーメイドとして、ふさわしくなかった』

 

 彼の指が動く。来たるべき衝撃に怯えるように目を閉じた。

 

 そして、音がした。目を開く。

 

「―――――。」

 

 朝日が小さな窓から差し込んで床に光を落としている。上がった息を整えて、ゆっくりと体を起こした。船は少々揺れている。波が出てきているらしい。

 

 毛布を持ち上げれば、汗が空気に触れて一気に冷えていく。じっとりと濡れて張り付いたシーツが気持ち悪い。

 

「……もかちゃん」

 

 机の上には、二人で約束した時のに取った写真が飾ってあった。無邪気にピースを掲げる自分の幼い時の写真を見て、胸がどうにかなりそうだった。

 

「海に生き、海を守り、海を征く……か」

 

 その言葉はいつも目標にしてきたがために、重い。あそこで助けにいかなければよかったとは思わない。それでもあの時に無茶をしなければ、晴風は傷つかなかったかもしれないのだ。そのあったかもしれない可能性が岬明乃を傷つける。

 

 それを振り切るように、明乃は自分の頬をパシンと両手で叩いた。艦長室に乾いた音が響いた。

 

 

 

「……なんとかなる。まだ、なんとかできる」

 

 

 

 そう言い聞かせるようにして、明乃はベッドから抜け出した。掛けてある制服を手に取った。

 

 また、一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 小会議室に入った西崎芽依第一分隊分隊長が中の様子を見て首を傾げた。

 

「ねぇ、鈴ちゃん?」

「はい……?」

 

 朝のせいかどこかぽんやりとした目をしている知床鈴航海長に声をかければ、彼女が黒い髪を揺らして顔を上げた。長テーブルを挟んで向かい合うように座ると、それを待っていたように鈴が口を開いた。

 

「なぁに、メイちゃん」

「いや、食器多いよなー、って」

「えっと……、前より二つ……多いよね。うん」

 

 テーブルの上にセットされたカトラリーを数えて、鈴が頷いた。

 

「ってことはさ、今日は二人参加者が増えるってことかな?」

「かなぁ……」

 

 そう言って鈴がちらりと時計を見た。現時刻0628、午前6時28分は普段なら()()()朝食を取ろうと集まっている時間だ。

 

「なんだかんだで柳教官とかとごはん食べること多いけど、ここで食べるとなると少し緊張するなぁ……」

「朝食会議も一応会議だからね……」

 

 今日は数日に一回は行っている、朝食会議――――パワー・ブレックファストが組まれていた。普段は手間もあるしということで、柳をはじめとした司令部要員も食堂で皆と一緒にとるのだが、この時ばかりは幹部食堂を兼ねた小会議室で食事をとることになっている。普通の会議等と比べれば大分楽だが、やはり緊張はするものだ。

 

「鈴ちゃん、メイちゃんおはよー」

 

 どこか心地悪い緊張感を破るように、岬明乃艦長が寝ぼけ眼を擦りながら部屋に入ってくる。

 

「艦長おはよー、寝不足ー?」

「少し……なかなか眠れなくて……」

「休むのも仕事のうちだよー?」

「ミーちゃんにも同じこと言われたよ」

 

 明乃は苦笑いで答えて芽依の隣に座る。それに続いて入ってくるのは副長の宗谷ましろ、朝から生真面目にきっちりと規則通りに制服を整えた等松美海、さらに続いて朝から元気いっぱいの柳原麻侖が入ってくる。

 

「まったく、朝から湿気た顔してんなぁ」

 

 麻侖は緊張気味な艦橋要員にどこか不満がある様子で、そんなことを言った。

 

「朝から元気だねー、マロンちゃんは」

「なんでぇ、午後になればなるほど疲れていくんに、今からだらけてられっかい!」

「……見てるだけでいろいろ元気吸われそう。私の分の元気も持ってってるんじゃないの?」

「そんなわけあるわけないでしょ、100%ないわ」

 

 どこかだるそうな芽依の答えを美海が肩を竦めて叩き切った。

 

「あれ、ミミちゃん機嫌悪い?」

「朝はどうしても弱いの、低血圧気味でね」

 

 そういって皆が席に着いた。役職付きの面々は柳昂三を除いてそろったことになっているが、柳の分のカトラリーを含めても、やっぱり二人分余分にセッティングされていた。

 

「すまない、待たせた」

 

 そこに入ってきたのが柳だ。制服を着た彼はドアを開けたまま誰かを招き入れる。ずっとだれた様子だった芽依が椅子を盛大に鳴らして立ち上がった。

 

「タマ!」

「ん……」

「本日付で立石志摩2士に掛けられていた離反嫌疑が取り消された。砲術長権限についても何ら問題なく行使できる」

「――――っしゃぁっ!」

 

 思いっきりガッツポーズをした芽依がそのまま志摩に抱きついた。どこかくすぐったそうに志摩がそっと目線を逸らす。なんども見てきたその様子を見て、皆がホッと息をついた。

 

「でも教官、なんでこのタイミングなんですか? 確かにさっき間宮が合流しましたが……」

 

 美海がそう首を貸しげたタイミングで背中影が一つ入ってくる。

 

「それについては私から説明する」

 

 鏑木美波がそう言って全体を見回した。それを見た皆がどこか緊張した面持ちに変わる。柳は美波の肩を叩く。それに肩を跳ねさせた美波を見て柳は軽く笑って見せた。

 

「とりあえずは飯にしよう。話はそれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「お隣、よろしいですかな?」

 

 老紳士と言っていいであろう風格をした男がよぼよぼとやってくる。そう言った彼に、宗谷真雪はニコリと笑って答えた。

 

「えぇ、もちろんですよ。待ち人が来るまでもう少し時間がありますから」

「おや、お連れさんがいらっしゃるのですか。――――男が隣に来ても迷惑ではありませんか?」

「ふふっ、夫は見ていないでしょうし、これで浮気だと思われるほど、尻軽女のつもりもありませんわ」

「いやはや、これは失礼しました」

 

 老紳士はそう言うと横にゆっくりと腰掛けた。腰が悪いのか、動作をゆっくりしていた彼が、杖を膝のあたりに落ち着かせると、一息ついた。

 

「―――――全く、やってくれるな」

 

 あまり口を開かず放たれた言葉だが、真雪にははっきりと聞こえていた。

 

「捕まえに来た、というわけではないんでしょう?」

「脅迫罪に強要罪……立派な犯罪者だな、人魚」

「それを知って見逃したあなたは特別公務員暴行陵虐の幇助かしら、チヨダさん?」

 

 チヨダと呼ばれた老紳士は鼻を鳴らした。どこか不機嫌そうなそれは、先ほどの優しい老紳士の風格はなくなっていた。逆にどこか威圧的な空気を放っている。

 

「鏑木理彦に証言をさせるリスクを考えなかったのか?」

「考えましたとも」

 

 真雪は即答。それにさらに不満そうな声を漏らす。

 

「消されるぞ、彼は。それをわかって告発させるのか」

「それをさせたいから、あなたたちも私を止めなかったのでしょう?」

「ノーコメント」

 

 彼がそう言ったきり、言葉が途切れる。目の前を子供連れの母親がゆっくりと横切っていく。完全に過ぎ行くのを待ってから、彼が改めて口を開いた。

 

「……彼らが作っていた薬剤は未完成だそうだな」

「《アルジャーノン》……でしたか、皮肉な名前ね。短時間で戦闘行動を覚えさせ、生体電気を活用した電磁ネットワークで繋ぐ、戦闘ユニットの構築に関してはこれほどお手軽なものはない。だが一過性のものに過ぎないのもまた元ネタ通り」

「タイムリミットは?」

「鏑木理彦曰く、発現のタイミングから見て、……5月9日前後だろうとのことでした」

「まだ……余裕はあるか」

「15日間を余裕と見るかどうかでしょう」

 

 そう言うと彼はすわりが悪かったのか、体を少し捩った。

 

「……だとするならば、どう動く?」

「晴風には統合型情報表示装置……インフォメーション・イルミネーターが配備されました。また、僚艦として『弁天』が合流するべく、沖に向かっているそうよ」

「また親族経営か、人魚の悪い癖だな」

「そうかしら?」

 

 軽く笑って真雪は言葉を続けた。

 

「武蔵の離反を許した段階で、管理者責任として横須賀女子海洋学校、そしてその上にある安全監督隊(ブルーマーメイド)が叩かれるのは必至。武装艦の適正管理ができていないのは紛れもない事実だわ。それこそ女子機動警務艇群時代、いいえ、女子海援隊時代から続く悪癖とも言えるもの」

「ほう、それをわかっていて放置していたと?」

「その誹りは甘んじて受けるしかないわ。一人の強力なリーダーに率いられるシステムというのは強い。その強さがなければ守れなかったものがある。それでもそれは組織の動脈硬化を引き起こした。……そろそろ、次のシステムが必要なのは間違いないのよ」

「貴様……」

 

 驚いたような表情で彼は真雪を見た。

 

「勘違いしないでいただけないかしら。別に金鵄友愛塾を支持するわけではない。海外領土の獲得? 冗談じゃない。そんなことにブルーマーメイドを使わせるものですか」

 

 そう言って横目で彼を見てから、笑って見せた。

 

「だからこそ、ブルーマーメイドは健常でなければならない。血筋なんて不確かなもので支えるわけにはいかないの。……だから、これが私にできる、最後の仕事になるわ」

「全てを()()、と?」

「高々女一人の首で済むならそれでいいでしょう。……そのための資料は、あなた方も集めているはずよ、チヨダさん」

「……気が付いていたのか」

 

 長い溜息の後で、彼は口を開いた。

 

「晴風のクルーは航洋艦に配属される程度の能力にしては、あまりに優秀すぎてね、調べさせてもらった。……適性検査も含めて、な」

「その結果、どう思われました?」

「学力についてはまぁ問題ないだろう、よくこれで入れたなと思う程度のものもいるが、それについては実技でカバーしているものも多い。ままある傾向だ。……だが、予想外過ぎたよ。……岬明乃航洋艦長、彼女は何者だ?」

「普通の高校生ですよ。わが校自慢の生徒の一人です」

 

 それを鼻で笑った彼が、真雪を睨んだ。

 

 

 

「――――――次点の知名もえかが主席になるように調整を加えてまで航洋艦長に据えるほどの自慢の生徒か」

 

 

 

 それを受けて真雪は口の端を緩めた。

 

「岬明乃は航海科の卓上演習において、試験監督も舌を巻くほとの的確さで演習を進めた。状況把握、空間把握能力に長け、周囲に壁を作ることなくクルーと同じ視線で取り組むことが出きるボトムアップ型リーダーシップの持ち主であることが推察された。航海科の卓上演習では文句なしの最優秀得点を取得している、AA+なんて評定をがついたのは初めてらしいじゃないか。筆記については目立ったものはないが、航海科の隊員としては十分に『良』を出せるレベルの知識はあった。……その人間をわざわざ航洋艦に乗せた? 不都合すぎるだろう」

 

 そう言いきって笑った彼はそっと目線を落とした。

 

「岬明乃だけではない。高い運動能力と瞬間的に射角を弾き出す頭脳を兼ね備えた立石志摩砲術長、引金が軽い懸念はあるものの、高いコミュニケーション能力と正確な射三角の計算で砲雷科を支えることが可能な西崎芽依水雷長、トップダウン式の指揮統制能力を兼ね備え、応用を利かせた機関整備技術を既に身につけていた柳原麻侖機関長、慎重すぎるきらいはあるが、正確な操艦技術をもった知床鈴航海長、艦内の管理運営のために必要な数値処理などを既に把握している等松美海主計長……晴風艦内の要職に就いている人間は、その科における実技試験で全員が3位以内に入っている。……武蔵に乗っていてもおかしくない人材だ。……宗谷ましろを含めて、な」

 

 31人という武蔵の枠は多いとは言えない。それでもそれだけの頭脳が武蔵ではなく晴風に集中するのは、普通ならばありえないはずなのだ。

 

「晴風クルーは貴様が集めたんだろう。無茶を押してでも、娘を生き残らせるために。間違えても宗谷ましろを死なせないように。間違えても、武蔵に座上している北条沙苗教務主任補の下につけないように、違うか?」

「……私の心境を聞いたところで、そこに意味はありますか?」

 

 否定の言葉が続かないことで、彼は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 

「そうやって、全て自分のせいという事にして、勝手に責任をひっかぶるのか」

「晴風の面々に被せていい責任でもないでしょう。それを背負うのは大人の仕事です」

 

 そう言って真雪が立ち上がる。

 

「勝手に人魚が潰れるのは構わんが、その間のシステムを止めることは許されない。自己満足で世界を使い潰すなよ」

「もちろんですとも、では」

 

 真雪はそう言って背中を向けた。

 

「待て、人魚」

「……まだ、なにか?」

「一つだけ情報を投げておこう。投入されている《アルジャーノン》は1種類だけじゃない可能性が高い」

「……どういうことでしょう?」

 

 足を止めて真雪が振り返る。直後に彼が口を開いた。

 

「根拠は二つだ。一つ、横須賀から出港する船に《アルジャーノン》が積載されていたのなら、アドミラルシュペーが感染するルートが存在しない」

 

 その声は真面目そのもので、彼が本当にそれを案じていることを告げていた。

 

「……二つ目は?」

「2年前、西ノ島沖で喪失した潜水実験艦が存在する」

「実験艦?」

「その艦の積荷に『鏑木製薬』が関わったプロジェクトが存在する。西ノ島新島沖から暴走を始めたことを考えれば《アルジャーノン》に類似するものが積載していた可能性が高い。だが2年間人の手が関わらないところで生き残っていたとしたら、進化を続けていたとしたら……想像に難くはあるまい?」

 

 その可能性に背筋が凍る。それでもその先を聞かない訳にはいかなかった。

 

 

 

 

「十中八九、武蔵以外の艦艇に蔓延しているウィルスは現行の《アルジャーノン》とは別物だ。何が起こるかわからんぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 空になった皿を前に沈黙が降りる。柳はこの話題は食事中にはあまりに重いだろうと朝食後に切り出して正解だったと安堵した。

 

「えっと……整理させてください」

 

 副長のましろがそう言って手を上げた。

 

「つまり、洗脳を行うようなウィルスがネズミを経由して艦内にばら撒かれて、それに直接触れた立石砲術長が感染したから、明石に対しても発砲が行われた……ということですか?」

「そうなる。感染I期だったから海水でウィルスの無力化ができた」

 

 美波がそう答え、視線を落とした。

 

「……武蔵の乗員含め、なんの前触れもなく、離反した艦艇には《アルジャーノン》が蔓延している可能性が高い。本人の意志等関係なく、洗脳、行動を起こさせるウィルスだ。……離反する意志がなくとも、行動を起こす可能性が高い」

「じゃ、じゃぁもかちゃ……武蔵の乗員たちも……」

 

 明乃の声に答えたのは柳だ。

 

「状況証拠しかないが、同様のウィルスに感染したために、あのような行動を取っていると考えられる」

 

 明乃はそれを聞いて、心が少し軽くなるのを感じた。知名もえかは自らの意志で離反したわけではなかったのだ。だとしたらまだ救える。まだ引っ張り上げられる。ここで浮かぶ喜びがたとえ不実なものだとしても、それが明乃の心をわずかだが軽くしたのだ。

 

「みなみさん、抗体については?」

「間宮の設備を使って増産中。もっとも、完全にウィルスを死滅させることは難しいから、対症療法に過ぎない」

「それでもそれを使えば洗脳状態は解けるんだね?」

「絶対の保障はしないが、ほぼ間違いなく解ける」

 

 それを聞いて明乃が頷いた。

 

「みなみさんは増産を急いで。洗脳状態のクルーに操られているなら、暴走中の艦に投降を呼びかけても話を聞いてくれない可能性が高いです。かなりの確立で強硬接舷からの臨検になるかと思います。今ある抗体は臨検部隊に編入される可能性の高い人から優先的に投与してください」

「ん」

 

 美波が頷く。それを確認した明乃は柳に目配せをした。

 

「それでいいですか? 教官」

「抗体開発に関わっていた企業によると、投与されている薬は未だ完成していない状況で使用された。副作用も大きい。タイムリミットは5月10日、そこまでにカタをつけなければ洗脳状態に置かれている生徒に後遺症が残る可能性もある。増産体制が確立した段階で、晴風は作戦行動を再開、武蔵を追うこととする」

 

 部隊長たる彼の判断はこの艦では最優先で処理されるべき判断だ。皆の返事が揃う。

 

「状況はいつどう動くかわからん。心構えだけはしておいてくれ」

 

 柳がそう言って場を締めた。

 

 

 ――――そして、その言葉の通り、状況は急展開を迎えることになる。

 

 

 その日、4月25日の13時24分。新橋商店街船から緊急通信が発っせられたのだ。晴風に救難出動命令が下り、晴風は狂風吹きすさぶ南洋へと舵をとった。

 

 

 




大変遅くなりましたがなんとか更新です。またまた爆弾突っ込んだ結果がこれである。もう少しテンポよく話を進めたい今日この頃ですが、頑張って参ります。

さて、今回から新橋商店船救難出動編が本格的に開始です。既にオリジナル要素をぶち込みまくっているのでどうなるか自分でも怖いですが、ゆるゆると更新して参ります。

――――――
次回 遠い背中に託した思い
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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