ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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QUS / 生存者を認めたか
薄暮の果てに見えたのは


「あれ……?」

 

 伊良子美甘は烹炊室に置かれた炊飯器の前で首を傾げた。そのどこか戸惑った声色に、蒸気釜を洗浄していた杵埼ほまれが振り返った。

 

「ミカンちゃん? どうしたの?」

「炊飯器また壊れちゃったのかなぁ……どのボタン押しても表示がおかしくて……」

「えー、またー?」

 

 晴風には艦船の烹炊室としては珍しく、電気炊飯器が搭載されている。大所帯を賄う必要がある艦船では、炊飯には艦のボイラーで発生させた蒸気を活用する蒸気釜を用いて一気に炊き上げるのが一般的なのだが、精々30人程度の人員に対応すればいい直教艦ではそこまでのスペックは必要なく、日頃の調理のしやすさを鑑みて、電気炊飯器を用いることがある。――――あるのだが、今回に至ってはその炊飯器が絶不調らしい。

 

「おかしいなぁ……さっきは動いてたよね……?」

「うん……上手く直ってないのかなあ」

「さっきは直ってたのに、また液晶がチカチカしはじめた」

「あー、またそうなっちゃったんだ……」

 

 おにぎりを配布して戻ってきた杵埼あかねがどこかしゅんとしたようにそう言う。今日の昼間にあった戦闘で突っ込んできた噴進魚雷。それが至近距離で炸裂した際、電気炊飯器を固定していた固定索が外れて吹っ飛ぶというアクシデントが発生した。その時烹炊室にいたあかねやほまれに怪我がなかったのは幸いだが、晩御飯までに早急に直す必要が出てきてしまったのが大体6時間前。応急修理で忙しい和住媛萌や青木百々に頼むわけにもいかず、前壊れた時に直してくれていた柳に頼もうにも、無線室に籠って東舞鶴海洋学校の教員艦やら海上安全整備本部やらと喧々しているのを邪魔するわけにもいかなかった。

 

 結局のところ、直せることになったのは、壊れていない蒸気釜で四苦八苦しながらもなんとか晩御飯(といってもあまりに忙しくて誰も食堂に来る時間が取れないために全部おにぎりとなった)を作り配布した後、明石と合流し、媛萌たちの首が回るようになってからだった。へとへとの顔をした媛萌が直ったことを伝えたのが大体30分前である。

 

「もしかしたら丸ごと交換になるかも……」

「新しい炊飯器ってすぐ来るの……?」

「明石に積んでるのかな……?」

 

 どんな時でも暖かいご飯を提供することが出来る保温機能は本当に便利だったこともあり、主計科にとっては共に傷つきながらも戦ってきた『戦友』であったこともあり、交換となるとなかなか悲しいものがある。烹炊室がしんと静まり返った。

 

 その間を埋めるように、電子音のアラームが響く。皆できょろきょろと見回すと、冷蔵庫のドアに張り付けたタイマーが鳴り響いていた。ほまれがタイマーの方に駆け寄りながら口を開く。

 

「誰かタイマーかけた?」

「ううん、私はかけてない。あっちゃんは?」

「私も……」

 

 三者三様に戸惑ってほまれがタイマーのストップボタンを押した。

 

「あれ?……止まらない……?」

「え?」

 

 流れ続けるアラームの音に戸惑った声を上げる。何度押しても反応がなく、アラーム音だけが流れ続ける。

 

「なんでだろう……」

「と、とりあえず電池抜こうか」

 

 あかねに言われて裏蓋を開けるほまれ。ボタン電池を抜いてやっと静かになった。

 

「なんかおかしいね。これも壊れちゃったのかな?」

「そう言えば電探とか通信も不調だって言ってたよ、つぐちゃんが」

 

 あかねの口からでてきた「つぐちゃん」と言えば通信員の八木鶫のことだ。

 

「艦内の機械がまとめて不調ってこと?」

「そんなことあるのかなぁ……」

 

 3人が頭を捻る間の沈黙を破るようにドタドタと足音が聞こえてくる。

 

「まてーっ! どこいくぞな――――――っ!」

 

 どんどん大きくなっていく声に顔を見合わせるほまれたち。何があったのかとドアを開けた美甘だったが、その彼女を押し倒さんとする勢いで小さな影が飛び込んできた。

 

「うわっ!?」

「い、いそろくっ!?」

 

 よろめいた美甘の横をすり抜けて、まんまるとした三毛猫が飛び込んできた。その大きな体からは想像も出来ないほど機敏に床を蹴り、加速して調理台の足元目指して突進する。

 

「烹炊室はネコさん厳禁だよっ!」

「話している余裕があったら捕まえてよっ!」

「あ、うん……」

 

 両手を腰に当てて仁王立ちするあかねだが、その剣幕も空しく、五十六はその足元をすり抜ける。姉妹ならではの遠慮のなさで叩き切ったほまれに、あかねはタジタジだ。その間にも五十六は調理台の影を回り込み、ゴミ箱を蹴り倒し、烹炊室を駆けていく。

 

「あぁもう、五十六止まってー!」

「こんなところにいたぞな!?」

 

 烹炊室に飛び込んできたのは紫がかった髪を揺らす勝田聡子航海員だ。肩で息をする彼女が五十六を追いかけるように中に入る。

 

「もうさっきからどうしたぞなー、五十六ー!」

 

 そう叫びながら聡子が乱入、作業台の下に潜り込もうとする五十六を掴みあげてため息をついた。

 

「まったく。人騒がせな猫ちゃんぞな」

「えっと、どうしたの……?」

 

 美甘が聡子にそう聞くと、聡子は疲れた顔で美甘のほうを見た。

 

「それが、さっきから五十六がずっと暴れてる。武蔵の戦いが終わってからずーっと落ち着きがなくて、あっちへドタバタ、こっちでゴロゴロ。やたら無電室とか電探室に入ろうとしたり、機関室でも大捕り物になったり、もう大変ぞな。もう暴れられると困るぞ、五十六」

 

 そう言って五十六の頭を軽くこつんとする聡子だが、五十六はそんなことを露も気にせずまた暴れて飛び出していった。

 

「あっ、こらっ!」

 

 調理台の天板を蹴って飛び降りた先で床を走る小さな何かを追いかけていく五十六。そのままその小さな何かを追いかけて、五十六は烹炊室を飛び出していった。

 

 それを呆然と見送る聡子。その肩ががくりと下がる。

 

「ま、また捕まえなおしぞな……」

 

 落ち込んだ様子の聡子にどう声をかけていいのかわからず、主計科の三人は曖昧な笑みを浮かべた。

 

「追いかけてたのは……ネズミさん?」

「ネズミ退治はネコの役割とはいえ。ここまで大騒ぎされると困るぞな……」

 

 よろよろと疲れ切った様子の聡子が重い足取りで烹炊室を出ていく。

 

「た、大変なんだね……」

「だね……」

「うん……」

 

 皆の意見が合致したところで、皆が仕事に戻っていく。とりあえずひっくり返したゴミ箱や猫の足跡が思いっきり残ってしまった調理台の掃除をしなければならない。

 

「五十六はずっとネズミさんを追いかけてたのかな?」

 

 消毒用アルコールを持ってきた美甘が尋ねるともなしにそういえば、ほまれが笑って答える。

 

「だとしたら仕事熱心といえるかもね」

「でも、他のクルーのことも考えてほしいかも」

 

 その会話に皆で笑ったタイミング、あかねが何かに気がついた。

 

「あ、炊飯器の表示、直ってるよ?」

「え? ……あ、ほんとだ」

 

 美甘が炊飯器の液晶を覗き込む。ずっとチカチカしていた液晶も、いつの間にかちゃんと時間表示が出ている。試しに予約炊飯の選択画面をよびだしてみたら、ちゃんといつも通りの表示が出た。

 

「うーん、なんだったんだろう?」

「でもまぁ、直ってよかったじゃない」

「……まぁ、そうだね」

 

 ほまれの指摘に頷く美甘。彼女はどこか引っかかりを感じながらも、調理台に残った五十六の足跡を消す作業を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

     †

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなところにおったら風邪引くぞ」

「ミーちゃん……」

 

 甲板で上ったばかりの半月を眺めていたら後ろから小さく声をかけられた。ゆっくりと振り返れば金色の髪を揺らす少女が経っていた。ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルク……明乃にとっては未だに気をつけないと噛んでしまってまともに言えない名前の少女は、どこか優しい表情をしていた。

 

「眠れなくて……」

「眠るのも仕事のうち……というが、そううまくはいかんのぅ」

 

 その優しい声色に明乃はにゃはは、と声を上げて笑って見せた。自分で聞いていても軽薄な笑いになったと思う。

 

「……お疲れさまじゃ、疲れて(たいぎく)ないか」

「疲れているのは疲れているんだけど、いろいろ頭の中がごちゃごちゃで、眠るに眠れなくて……」

「そうか……」

 

 それきり言葉がなくなる。停船した晴風に穏やかな波が寄せては返す。その合間にも響くのは晴風の舷側を補強するための工事の音だ。急ピッチでの修理が続き、明後日には最低限戦線復帰が可能になるらしい。3交代24時間体制で修理が行われるというのだから明石クルーには頭が上がらない。

 

「……ミーちゃん」

「なんじゃ?」

 

 名前を呼べば、すぐに返してくれる。そのやさしさに縋りたくなる。言うべきか悩んで、唇を噛んだ。やはり落ちる沈黙。その様子にクスリと笑みを浮かべて、ヴィルヘミーナは明乃の後ろに回り込んだ。

 

「どーしたんじゃ、黙り込んで」

 

 そう言ってヴィルヘルミーナは明乃の肩に手を回し、肩を揉み始めた。

 

「あっ、えっ……いっ……!」

「あー、結構凝っとるのぅ。頑張りすぎなんじゃないんか?」

「そんなことないよ……もっとみんなの方が、頑張ってる」

 

 最初は逃げようとしていた明乃だが、しばらくすると諦めたようにおとなしくなった。その目がどこか寂しそうな色を帯びる。

 

「……無理しとるじゃろ、頑張っている自分を認めてあげんと、気がついた時には袋小路、デッドエンドになっとるぞ」

「でも……」

「でももヘチマもないが、うつけもん」

 

 肩を揉んでた手が離れ、明乃の体を後ろから肩越しに抱きしめるように腕が回される。外に長いこといたせいで少々冷たい身体を暖かな体温が包む。

 

「艦長っちゅうのは、どうしてこう、みんな責任感ばかり強いんじゃろうね。わしが知っとるあの子もそうじゃった」

「あの子……?」

「我がアドミラル・シュぺーの艦長。テア・クロイツェル。ちょっとばかしちんまいが、いい艦長じゃと思っている。身内自慢になるがな」

 

 ゆっくりとあやすように体を揺らすヴィルヘルミーナ。その吐息が右耳にかかって少しくすぐったい。

 

「ミケとテアはどこかよく似とる。責任感が強くて、皆を引っ張ることができて、皆から愛されて……それに答えようと無理をする。よく似とる」

 

 その声は本当に優しくて、明乃はせりあがってくる何かをこらえることで必死だった。

 

「……怖い時は怖いと言ってえぇ、辛い時は辛いと言ってえぇ、無理な時は無理って言いんさい。頼られんとこっちも頼れん」

 

 そう言ってヴィルヘルミーナが明乃の肩に顔を乗せるようにして寄り掛かった。

 

「……ミーちゃん」

「どうしたんじゃ?」

「ただの独り言だから、気にしないでね」

 

 震えそうな声を抑え込んでそう言った。ヴィルヘミーナは黙って先を待ち続けた。

 

「……私が、皆を危険に晒したのに、私がみんなを殺しちゃうかもしれなかったのに、誰も、私を責めないんだ。何も言わずに、いつも通りなんだ」

 

 ポツリポツリと言葉が足元に落ちていく。重い言葉はどこにも反響せずに海に溶けていく。

 

「責めてくれればいいのに、罵ってくれればいいのに、って、思ってるんだ。それがずっと止まらないんだ。私は艦長なんだから、そんなことを考える前に、やらなきゃいけないことがあるってわかってるんだ。なのに、誰か私を責めてくれって、ずっと考えてるんだ。お前のせいだって言ってほしくてたまらないんだ」

 

 ヴィルヘルミーナの手の甲に雫が垂れる。それっきり言葉が切れる。必死に涙を飲みこもうと、震えている彼女の体をヴィルヘルミーナは少し強めに抱きしめた。

 

「ダメだな、私。今日は泣いてばっかりだ」

「そんな日もあるけぇ、心配しんさんな。……ミケは、まちごぅてない。だからそこまで自分を責めんでえぇ」

 

 半月の弱い光が、そっと二人を照らしている。ヴィルヘルミーナの言葉に。明乃はゆっくりと頷いて返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

     †

 

 

 

 

 

 

 

 個人宛に掛かってきた非通知通信に柳は怪訝な顔をしながらヘッドセットを耳にかけた。万が一に備えて、タブレット側の録音機能をオンにする。執務室の壁に掛かった時計を確認する。2317、午後11時17分。仕事の連絡にしては遅い。

 

「……お呼びの局、どうぞ」

『夜分遅くにすいません、宗谷です』

「校長……?」

 

 相手の声を確認してから、柳は紙のメモとペンを引き出した。なにせこのタイミングでのコンタクトだ。電子情報に残すのは危険な可能性もある。最悪紙なら海に破棄すればリスクは減らせる。

 

『もう校長なんて偉そうな肩書きにないわ。ただのどこにでもいるおばさんになっちゃったわよ』

「御冗談を、宗谷真雪予備海上安全整備監。……時間もないんでしょう? こちらでの録音を停止しました。そちらのセキュリティは?」

 

 腕を軽く振ってカフリンクスを避けるようにしてからペンをメモ帳の上にあてがう。汗でシャツが張り付いて気持ちが悪いが、おそらく暑さだけではあるまい。

 

『昔の伝手をいろいろ使わせてもらって、地球三周分ぐらい回線をバイパスさせてるわ。枝がつくとしたら、最終の通信衛星からの指向性回線ね』

 

 無線通信は長ければ長い程誰かからの盗聴の危険性が上がる。真雪が録音を停止させたことを咎めなかったところを見るに、おそらく合法的な内容を話すわけではないのだろう。

 

『今日の戦闘の結果、こちらとしても内容を確認しています。……よく生き残ってくれました』

「それはどうも。東舞鶴海洋学校から攻撃を受けるとは、予想外すぎてこちらとしても戸惑っているところです。教員艦隊曰く、原因はヒューマンエラー。誤操作で晴風を沈めようとしたVLS担当のオペレーター曰く『晴風を沈めなければこちらがやられると思った』『その時に沈める意図をもってトリガーを引いたのは確かだが、なぜそう思ったのかはわからない』というような意図の証言を繰り返しているそうです」

『そのオペレーターの政治的・思想的背景は?』

「現状不明。海上安全整備本部での取り調べが終わるまで待つ必要があるかと。それよりも問題なのが武蔵との会敵中に、艦内通信設備を含めた電波通信が全てダウンしたことでしょう」

 

 柳の言葉に通信の奥が黙り込む。

 

「有線の通信ならばあるある程度の信頼がおけそうなことを考えるとおそらく何らかの妨害電波によるものと考えられますが、武蔵と離れた後も継続して影響が出ていたので説明がつきません」

 

 武蔵による通信の攪乱である場合、発信源が武蔵である以上、武蔵から距離をとった段階で妨害電波の影響を抜けるはずだった。にも関わらず、通信機器の不調が起こっていることを考えれば、別の要因である可能性が高い。

 

『個人の通信機器は? 今はクリアに通信ができているようだけれど』

「今は、ですね。通信のノイズは段階的に減って、現状は回復しています。……与太話レベルの内容ですが、それに合わせて晴風クルーから妙な報告が上がっています」

『妙な報告?』

 

 真雪の怪訝な声が聞こえる。柳は手元のタブレットを表示し、納沙幸子記録員と知床鈴航海長の連名で上がってきた報告書を見やった。

 

「戦闘終了後、晴風に乗っている猫が、晴風に紛れ込んでいたネズミを3匹捕まえた」

『……はい?』

 

 いきなりどうでもよすぎる内容にしか聞こえない報告が上げられ、真雪が面喰った声を上げた。

 

『ネズミというのは……生き物のネズミね?』

「スパイを捕まえたならそう言いますよ。……通信回線の復旧具合とネズミを猫がとらえたタイミングが一致している。タイムラグは±1分半以内。当然、その間にも通信設備の復旧作業等その他もろもろが行われているので、それがたまたま被っただけの可能性は捨てきれませんが、そのすべてのタイミングが一致することは偶然にしてはできすぎています」

 

 そのまま画面をスワイプし報告の続きを表示する。幸子と鈴はかなり大胆な仮説を持ってきていた。

 

「また、ネズミを追っていた猫の逃げ道を確認したところ、そのルート沿いを中心に電子機器の異常が確認されています。携帯電話やタブレット表示異常。デジタル式腕時計の作動異常。セットしていないキッチンタイマーの作動。電気炊飯器の異常……電子回路を使用する機材への悪影響が確認されています」

『ネズミが……今回の異常事態の鍵、だと?』

「生体電気を活用した何らかの電波障害を引き起こす機材を埋め込まれている可能性があります。マイクロマシニング技術を使った何かかと」

『ネズミ数匹で軍用システムを喰い破るほどの電波障害……? あまりに突拍子もないシステムね』

「これについては状況証拠しかないわけですが、ね」

 

 柳は苦笑いを浮かべてそう言った。無線の奥が溜息。

 

『……にわかには信じられませんが、現状それが有力ですか』

「遺伝子操作かサイバネティックスの産物か、はたまた謎のウィルスか知りませんが、とりあえずネズミの処理を行うことで対応することになるかと」

『そのネズミは?』

「晴風の猫が既に殺してしまっていますが、その死体は厳重密閉して明石に持たせます。三匹のうち一匹はうちの医務長が原因究明のためとして晴風に残してほしいと陳情したため、残すつもりですが」

 

 そう言った後、しばらく無線の奥で間が空いた。

 

『……そう。わかったわ。それに関わるかもしれないけど、こちらからも伝えなきゃいけないことがあるわ』

 

 そして無線の奥が続ける。それを聞いて、柳は眉を顰めた。

 

 ……………………………。……………………………………。……………、…………………………………………………………………………。……………………。

 

「……あなたがそこまでいうんだ、本当なんでしょうね」

『少なくとも、私が調べた限りでは』

 

 柳が髪を掻きむしる。あまり突飛な内容が飛び出してきたためもあり、状況に脳が追い付いていなかった。

 

「……証拠がなければ動けません。それでも尚、動けと言うのなら」

『わかっています。それでも、状況は差し迫っています。分水嶺はとうに超えてしまった。それでも未だ消失点(パニッシュ・ポイント)は先にある。本当の破滅になる前に、手を打たねばならない。動きなさい、人魚(マーマン)。民と海を守る盾としての勤めを果たしなさい』

 

 柳はそう言われ、明らかに向こうに聞こえるようにため息をついた。

 

「本当に、誰が敵かわからなくなる。――――あなたがヘスペリデス計画に加担していないと、こちらにどう証明できる? 公権力を失ったあなたを、誰が信用できる?」

『その証明に意味があるかしら? 話したところで貴方に理解するつもりがなければそれは意味を持たないのではなくて?』

「理解などという概ね個々の願望に起因するものに事態を任せるつもりはない。そう言っているんですよ、宗谷さん」

『……そう、わかったわ』

「情報提供には心から感謝します。気づかない間に晴風が爆心地になる危険性を見落としていたのは確かですからね。では、失礼」

 

 通話を一方的に切る。向こうもとっさに止めなかった以上、伝えるべきことは伝えたのだろう。

 

「……、」

 

 柳は結局一文字綴らなかったメモ帳の上にペンを置いた。

 

 

「……悪い夢を見ているよう、なんて言ったら貴女の思うつぼなんだろう、北条3監」

 

 

 席を立つ。ロッカーに仕舞っていた、ジャケットを取り出して袖を通した。

 

 




長いことお待たせしました。8月のはいふりキャラの誕生日ラッシュで執筆しまくってたらこちらの更新がおろそかになってました。すいません。本編とは関係ない内容なのでTwitter等で投下してたのですが……もしかしたら改変して上げるかもです。

またミケちゃんが泣いてしまい、なんだか悲しい今日この頃ですが、それでもミケちゃんなら跳ねのけてくれるはず……!

さて、やっと本筋のシナリオに入ってきました。これからも動きは加速していくはずです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

――――――
次回 それでも大人は答えを捜し
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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