ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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意志の為に捨て置くひと

 

 

『武蔵発砲!』

 

 マストの上の見張台を持ち場にする野間マチコの声が乗る。発砲時の煙火は艦橋からも十分に見ることができた。すぐに戦術リンクに投射域が反映される。

 

「同時回頭、右舷1点。艦首方位2-1-1」

 

 柳が指示を出す。それに合わせるように舵輪を握る知床鈴が船を回した。同じタイミングで舵を切った東舞鶴海洋学校教員艦隊がそれに続く。

 

「秋島が投射域の縁を抜けることになるな」

 

 柳の声は淡々としていた。感情が抜け落ちた声が晴風の嫌に静まり返った艦橋に響く。

 

「……秋島左舷15、弾着、今」

 

 柳の声に合わせるように水柱が立った。秋島が大きく揺れるが、それを画面で確認しただけで、柳は双眼鏡を武蔵に向けた。

 

「増速黒20。第四戦速」

『第四せんそーく!』

 

 機関室からは律儀が復唱。機関長は主機の機嫌を取っているのか、黒木洋美機関助手の声が返ってきた。

 

「伊良子3士、ちゃんと撮れているか?」

「は、はいっ!」

「上々。武蔵は第三主砲が稼働中。次弾装填位置まで降下、次弾発射までおおよそ30秒ある。東風・西風・秋島、噴進魚雷発射用意。武蔵左舷を指向せよ」

 

 ヘッドセットを耳に掛けた柳は淡々と指示を出していく。

 

「晴風第一主砲、目標、武蔵第四副砲、用意」

「了解っ! ヒカリちゃん!」

 

 砲雷撃の全てを取り仕切る西崎芽依が伝声管に怒鳴る。その裏では、柳が教員艦に噴進魚雷の発射指示を出していた。白い筋を引いて、晴風の真上を12本の矢が飛びぬける。

 

『主砲旋回、1-9-1度……』

 

 旋回角をすぐに叩きだした小笠原だが、その後の指示が詰まる。とっさに口に出したのは、立石志摩だ。

 

「1-9-2の+12、12秒」

「りょーかい! 旋回1-9-2の仰角12! 8秒後、時計合わせ、今!」

 

 主砲が全速で旋回し、仰角が増す。調整が行われる中、艦長の岬明乃は懐中時計を見る。正確に時刻合わせが行われたばかりの時計の文字盤を読む。

 

「大丈夫……」

 

 直接教育艦の砲塔部は全て自動化されている。砲塔を潰すことで誰かが死ぬことにはならないはずだ。蓋付懐中時計(ハンターケース)を特徴づける上蓋の裏にはめ込んだ、小学卒業時の写真を見ないようにしながら、時間を読む。

 

「主砲用意よし!」

 

 残り2秒、芽依の声を聞いて明乃は声を張った。

 

「攻撃はじめ!」

「主砲、てっ!」

 

 残りゼロ秒。芽依の声に合わせて、晴風の主砲が轟いた。

 

「武蔵転進を始めました! 左旋回!」

 

 納沙幸子がそう告げるが、柳は表情を変えなかった。

 

「遅い」

 

 武蔵第三砲塔のすぐ奥、艦橋の後端近くに晴風の徹甲弾が降る。金属片や木の端が遠く散るのが見えた。直後、水柱が7本、武蔵の後部で立つ。

 

『主砲弾命中! 第四副砲の炎上を確認! 噴進魚雷、7発命中!』

 

 マチコの声を聞いて、志摩と芽依がハイタッチを交わす。柳は戦果を挙げながらも、感情のない目でそれを眺めていた。

 

「この煙なら後方への照準はできまい。……武蔵はおそらく前方の砲、一番・二番主砲を使おうと回り込もうとするはずだ。左旋回を続けてくるぞ。左舷魚雷戦用意、反航戦に持ち込んで、相手の後方を確保する。逐次回頭右3点、真方位、2-6-7。回頭はじめ」

「おもーかーじ! おもーかーじひとじゅう度ー!」

 

 知床鈴が震える声を必死に抑え込みながら旋回を開始する。右舷に見ていた武蔵が左舷へと移っていく。

 

「伊良子3士、左舷に移って撮影続行」

「は、はいっ!」

 

 ビデオカメラ付きの一脚を抱えて、美甘がパタパタと艦橋を横切った。それを目の端で追いながらヴィルヘルミーナが声を上げた。

 

「ここまでは順調だな? のう、リーラー」

「……ここまではな」

「気になることでもあるのか?」

 

 柳はしばらく沈黙。双眼鏡を手の中で持て余した。

 

「第四副砲を狙ってくることは北条教官ならとっくに想定しているはず。易々と撃たせるようなことはしないと思っていたんだが……」

「それがどうかしたんか?」

 

 どこか要領を得ない回答にヴィルヘルミーナは右手を腰に手を当てる仕草をする。その姿勢のまま眼だけで先を促した。

 

「戦闘指揮がどこかちぐはぐだ。この程度の攻撃なら教員艦が行動不能になることはない。……手を抜いているんだ。奴さんはどうやら晴風を沈めたくないらしいな」

 

 柳はそう言って声色を切り替えた。

 

「魚雷装填、G-RX3を使用。注水区画を可能な限り潰すぞ」

 

 柳の声に明乃がびくりと体を震わせた。

 

「……武蔵を沈める気ですか?」

「どうせ魚雷を全て命中させても、武蔵の急速注水区画を潰しきるのは無理だ。速力を低下させることは可能だが、沈めることは難しいだろう。もっとも、それに乗じて自沈させるつもりなら話は変わるがな」

 

 大和型超弩級戦艦は不沈艦と呼ばれている。それは予備浮力の多さと注排水を活用した傾斜復元機構の採用によるものだ。それらを全て使用させ、傾斜の復元を不可能にさせてしまえば、武蔵を沈めることも可能だろうが、手持ちの魚雷を全て叩き込んだところで、それが可能にはならないであろうことは目に見えていた。

 

「左舷、砲雷撃戦用意。主砲目標、武蔵第一副砲。攻撃はじめ」

 

 柳が指示を出す。間もなく武蔵と晴風が相対そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、なかなか容赦がないね……」

 

 舵輪に寄り掛かるようにして、北条はゆっくりと息を吐いた。盤上をじっくりと眺めたままの知名もえかはそれには答えなかった。

 

「副砲の装甲は確かに駆逐艦の主砲で抜ける。装甲で重量が増えるとどうしても目標への追従速度が遅くなるから、薄くせざるを得なかったわけだけど、そこを狙ってくるとはいじらしい」

 

 そう笑った北条は朗々と続ける。

 

「昔は『第一第四副砲を貫通した弾頭が副砲弾薬庫まで到達して炸裂したら、主砲弾薬庫ごと爆裂して轟沈する』……なーんて与太話もあったけど、実質的にはありえないってことはとうに知っているだろうにさ」

 

 北条は笑ってタブレットを操作。炎上を始めた第四副砲の消火システムが正常作動していることを確認する。弾薬庫と副砲を繋ぐ揚弾筒はセーフティによって自動で隔壁が降りていた。想定以上の衝撃が加わった場合に作動する安全装置はこういうときには便利だ。

 

「それでも撃ってきた。相手の狙いは後部作戦指揮所からの視界の妨害だね。この煙じゃ目視での照準は難しい、おそらく電探の方もデコイやチャフ・フレアランチャーで欺瞞してくる。無傷の第三砲塔も無力化されたも同然だ。……もえかさん、どうする?」

 

 そう聞かれたもえかはたっぷり3秒ほど時間をとって答えた。

 

「ヒュドラーの使い時では?」

「……それもありか。少しテンポが速いけど、使い時ではあるね。さて、一瞬で優位を潰されるコウちゃんはどんな顔をするかな?」

 

 そう言うと北条はヘッドセットを叩く。

 

「一番・三番副砲用意、一番副砲・目標序列第二位敵艦、三番・同第三位。喫水を狙え。落伍させるぞ」

 

 そう言ってタブレットの画面を叩いた。直後に弾が飛び出していく。それをぼうと眺めながら、北条は呟くように声を出した。

 

「……もえかさん。君にとってそのミケさんはどんな人だい?」

「ミケちゃんは……本当にまっすぐで、強くて、本当に大切な人ですよ。きっと本当は私なんかより頭がいいんだと思います」

「主席の君よりも、かい?」

「学校の勉強なら負けませんよ? でも……なんというか、もっと違うところで頭がいいというか、なんというか……いろんなものを見ることができるし、誰かの立場になって考えることも得意だし……」

 

 もえかはチェスボードの上にある白いキングにそっと触れて、続けた。

 

「そう、誰かが寂しいとか、つらいとか……そう言うのを感じて、どうすれば元気づけられるか考えてやってみるとか、そんなことが本当に上手なんですよ。……私なんかじゃ、叶わないくらい」

「本当に信頼してるんだ?」

「だって、親友ですから」

 

 嬉しそうに笑うもえかを見て、北条は小さく笑った。

 

「その彼女をヘスペリデスに呼び込むことに、君は本当に納得している?」

「もちろんです。きっと、きっとミケちゃんもわかってくれると思います。……マーメイドでは、誰も守れないって、きっと」

「オーケー。なら、早速招待も出そうか」

「善は急げ、ですもんね」

 

 そう言って、もえかは心からの笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「ECM……?」

 

 電探の表示を覗いていた電探員の宇田慧は、一瞬ホワイトアウトした表示を見て動きを止めた。次の瞬間にはオシロスコープのラインがありえない影を叩きだした。

 

「レーダーマスキング……なわけないよね。マスキングなら全面真っ白になりっぱなしだし……デコイを発射したわけでもないし……」

『こちら無電s……ふs……をとr…た』

 

 おそらく無電室にいる八木鶫のものだと思われる劣化した艦内音声が響くが、何を言っているのかはわからなかった。

 

 乗員一人ひとりに配布されているタブレットを確認する。表示はいつも通り。圏外通知が出ているのも洋上ならいつも通りなのだが、戦術リンク等で使う周波数帯にセットしているデータ通信のアイコンがグレーアウトしている。有効な電波が切断されている。

 

「艦橋、こちら電探室、宇田。応答してください。こちら電探室」

 

 マイクとヘッドホンは通常通りに起動しているが、無線システムが起動していない。伝声管のカバーを外す。艦橋は既に混乱の最中にあるらしい。

 

「艦橋! こちら電探室!」

『どうした!?』

 

 帰ってくるのは切羽詰まったましろの怒声。

 

「強力な電波障害が発生、おそらく武蔵が広域ジャミングを無指向で展開しました。レーダー・ホワイトアウト、電探射撃困難です」

『電波障害了解した! ジャミングの周波数帯の特定を急いでくれ!』

 

 ましろの声に混じって、伝声管が重低音を運んでくる。どうやら晴風も主砲を発砲しているらしい。

 

「艦内の電波通信ネットワークも切断されています。以降伝声管を使用してください!」

 

 ましろの返事を聞くころには電探のコントロールノブを回していた。意味のある影を捕捉できないかと必至に対応を凝らす。

 

「電波強度を上げて……周波数帯をずらして……」

 

 何とかまともに像を結ばせることが出来ないかと試行錯誤を繰り返す。そのタイミングだった。

 

「めぐちゃん!」

「つ、つぐちゃん!? 持ち場はどうしたの!?」

 

 飛び込んできた影に慧は驚く。飛び込んできた八木鶫は隣の部屋で無線を担当しているはずなのだ。

 

「む、無線がホワイトノイズしか返さなくなっちゃって……!」

 

 どうやら無線システム全体が落ちているらしい。

 

「だからって無線離れてどうするの!」

 

 慧がそう言えば、鶫はどこかおろおろとしだす。慧にとって鶫は中学以来の付き合いだが、ここ一番のことろで焦りが出るのが鶫の悪い癖であることを、慧はよく知っていた。

 

「無線の持ち場に戻って! 呼びかけを続けて!」

「わ、わかっ……!?」

 

 そのタイミングで晴風が大きく揺れた、艦内の電気が刹那の間、瞬いた。バランスを崩した鶫を慧が受け止める。

 

「だ、大丈夫なのかな……?」

「大丈夫だと信じよう?」

 

 鶫にそう言って慧は視線を機材に送る。その時に異変に気が付いた。

 

「……おかしい。さっきはこんなことなってなかった」

「どうしたの?」

「め、めぐちゃん……?」

 

 電探のコンソールをいじるが、オシロスコープの表示はそれと連動しない。電波強度、走査方位などをいじってもそれとは関係なくアトランダムに波形が転移する。

 

「……これ、妨害電波のせいじゃない!」

「ど、どういうこと……?」

「電探のシステムが……全部壊れたかも……?」

「そ、そんな……!」

 

 鶫がショックを受けたような顔をするが、慧にはそれを見ている余裕はなかった。

 

電磁パルス(EMP)攻撃……なわけはないか。とっくに電子回路が焼き切れてるはずだし……さっきの衝撃で……?」

 

 そう言いながら電探システムのトラブルシューティング用のマニュアルを引き出す。こんな時こそマニュアルを参照しなければ、貴重な時間を潰すことになる。パラパラとめくりながら慧はレーダー画面をみすえる。

 

「ど、どうしよう……!」

「……つぐちゃん」

「は、はいっ!」

 

 慧の声に反射的に背筋を伸ばす鶫。

 

「……柳教官に確認。電探を再起動をしないとたぶんまともに使えないし、EMP攻撃の可能性もあるみたい。柳教官に確認と指示をもらってきて」

「わ、わかった!」

 

 弾かれたように部屋を飛び出す鶫。艦橋は1階層上にある。それを目指してラッタルを駆けあがった。船の揺れが激しい。なんとか手すりに縋りつくようにして艦橋までたどり着く。ドアを開けると同時に飛び込んできたのは、焦ったような表情で伝声管に怒鳴る西崎芽依第一分隊長の姿だった。

 

「目視で合わせていくよ! 左舷0-2-1度! 徹甲弾! 目標第一副砲!」

『秋島より発光信号!《ワ・レ・ヒ・ダ・ン・セ・リ》!』

 

 伝声管から響くのは野間マチコの声。それに被せるように艦長の岬明乃の声が響いた。

 

「秋島を守らなきゃ! 主砲用意! 撃てっ!」

 

 直後に炸裂音。それに鶫は目をとっさに閉じる。

 

「着弾! 遠・近夾叉(きょうさ)! 副砲がこちらを狙っています!」

 

 ましろの声にすかさず柳が答える。

 

「第五戦速! 主砲目標そのまま、再装填終了し次第発砲せよ!」

「了解!」

 

 その時に声が漏れたのか、タブレットを手にした納沙幸子記録員が鶫に気が付いた。

 

「つ、つぐちゃんどうしたの!?」

「む、無線も電探もアウトで……電探は再起動しないと使えないらしいです……!」

 

 そう返すと柳が振り返った。ヘルメットの向こうの冷え切った目が、鶫を射抜く。

 

「戦術リンクが切断されたのもそのせいか。電探の再起動を許可。……八木通信員、発光信号機(ライトガン)の使い方はわかるか?」

「は、はいっ!」

「戦術リンクを含む全通信がダウン。艦隊行動が著しく困難になってしまっている。右舷側で信号筒による艦間の通信を担ってほしい。できるか?」

「で、できます」

 

 頼むぞ、と言って柳が壁に掛けられていた大ぶりな銃のようなものを手渡す。電池式のそれは電源を入れて引き金を引いている間だけ相手に光を送ることができる。それによる光の点滅で信号を送るのだ。

 右舷の航海用の見張台に出た鶫はそこで息を飲んだ。二つ後ろを進んでいた東舞鶴海洋学校の船がどす黒い煙を上げていたのだ。旋回して右舷側に離脱しようとしているらしい。

 

『武蔵第一主砲旋回中! 旋回角からして秋島か西風を指向中!』

「通信《回頭左20》!」

 

 柳の声を受けて、鶫がライトガンを構え、モールスで送信する。その間にも、腹の底をつきあげるような音が響いた。武蔵が発砲したらしい。

 

「―――――ッ!」

 

 鶫の視界の先で炎が上がった。巻き上がる破片。大きく揺れる船体。それを見て息を飲んだ。

 

『西風が被弾! 火災が発生した模様!』

「間に合わなかったかくそったれっ!」

 

 柳が悪態をつきながら左舷を覗き込んだ。もうすぐ武蔵と航路が交差する。

 

「魚雷発射用意! 1斉射したら面舵一杯。離脱するぞ!」

「りょ、りょうかいですっ!」

 

 もう号泣に近い状態の知床鈴が叫ぶようにそう言う。柳が右舷側の見張台に出る。その先に見えるのは、艦隊で言えば至近距離だが、人間の感覚では未だ遠い位置にいる武蔵の姿が捕らえられていた。

 

「全弾は当てなくてもいい。しっかりと投射域に武蔵を収めろ」

「了解っ!」

 

 芽依がそう返事をする。その間にも武蔵の副砲が晴風を捕らえた。柳が艦橋を振り返って怒鳴る。

 

「立石!」

「てーっ!」

 

 伝声管に顔を寄せた志摩が合図をだす。晴風主砲が一斉射される。その弾を目で追うことはできない。それでも確実に武蔵に向けて音速を超えて砲弾は飛んでいく。

 

「弾着、今」

 

 志摩が双眼鏡を構えてそう口にした。

 

「第三副砲、第一副砲に当てた。これで、しばらく弾は飛んでこない」

 

 志摩はいつも通りの無表情だったが、自信を持ってそう言った。

 

「12式装弾筒付翼安定徹甲弾(フレシェット)。これなら武蔵といえども装甲の一枚ぐらいなら串刺しにできる」

「至近弾で十二分だったんだが、戦術リンク切断中で副砲潰したか……君たち本当に学生か?」

 

 柳が苦笑いで毒づきながらも視線を戻した。

 

「魚雷斉射用意」

「第ヒト・第フタ発射管よーいよし!」

 

 芽依が告げる。柳が双眼鏡から目を離した

 

一斉射(サルヴォー)!」

「魚雷発射ぁ!」

 

 芽依の声に合わせて2基8門の魚雷発射管から魚雷が圧搾空気で押し出された。魚雷内部機関の燃焼剤は純酸素だ。航跡すら残すことなく武蔵へと向かう。

 柳はそれを見送る時間を惜しむように指示を飛ばした。

 

「これ以上の戦闘は不可能だ。転進右4点、真方位3-4-2へ。東風は秋島の、晴風は西風の護衛をしつつ海域を離脱。武蔵の追跡は衛星ネットに引き継ぐ」

 

 それを聞いた知床鈴が素早く舵輪を回した。離脱の旨を鶫がライトガンを使って後続の教員艦隊に伝える。

 

「……とりあえずは副砲を第二以外潰した。緒戦にしては十分すぎる戦果だな」

 

 皮肉げに笑って、柳が後方に抜けつつある武蔵を見て――――硬直した。

 

『武蔵艦橋から発光信号視認! 和文モールスです!』

 

 マチコの声が響いた。

 

「読み上げて!」

 

 柳が口にするよりも先に明乃が指示を出した。それに戸惑うような声が返ってくる。

 

『よ、読み上げます……《ムサシ・カ・ヨ・ハレカゼ・カ、ハレカゼ・ム》……以上循環してます』

 

 その答えを聞いた柳が苦虫をまとめて噛み締めたような顔をした。意味はすぐに分かった。連絡用の略号が多いが、海上安全整備局の所属艦艇クルーなら一発で理解できるはずだ。

 

 

――――武蔵艦長より晴風艦長へ、連絡事項あり。迎えの短艇(スキッパー)をよこされたい。

 

 

「……行かなきゃ!」

 

 弾かれたように外に出ていこうとする明乃。

 

「待て!」

 

 彼女を柳が呼び止めると同時、ましろがとっさに明乃の手を掴む。

 

「十中八九罠だ。今、外に出て何ができる?」

 

 柳が非難を込めてそう言うが、明乃はすぐに視線を上げて柳を睨んだ。

 

「もかちゃんに助けるって言ったんです。必ず助けるって。その約束を破りたくないんです」

「感情論は捨て置け、艦長。今君は晴風を見捨てようとしている。海の仲間が家族だと言うなら、君は家族を切り捨てようとしている」

「海に生き、海を守り、海を征く! 助けを求める人を助けるのがブルーマーメイドなんじゃないんですか! 海の安全を守る、最後の砦じゃないんですかっ!」

 

 その声が、柳の地雷を真上から踏み抜いた。

 

 

 

「――――そのためにお前はお前の部下を殺すのかっ!」

 

 

 

 遠慮のない怒声が明乃をその場に張り付けた。艦橋中だけではなく、開けっ放しの伝声管に伝わり、艦内くまなく、柳の叫びが響いた。

 

「部下の命を何だと思っている! お前に預けられた部下30人の命を上官のエゴで使い潰すのか! ただ己の自己満足のために部下全員に死ねと言う気か! 思い上がりもいい加減にしろ、岬明乃!」

 

 怯える余裕すら奪う怒りを叩きつけられ、岬はその場に釘づけにされていた。艦橋に一瞬の静寂が過った。

 

「……思い上がりかもしれません。それでも見捨てるのは間違っています。助けを求めているのに、助けられるかもしれないのに助けないのは、間違っています」

 

 明乃の声は小さかった。それでも、十分に柳たちには聞こえていた。

 

「……私は、そうやって助けられた。だから私はその可能性をあきらめたくないんです」

 

 そう言って背を伸ばし、柳としっかりと視線を合わせた。そうして、明乃は笑って見せた。明乃にとって、柳の表情は悲しそうで、辛そうで、……記憶の奥にいる、父親の面影と重なって見えた。

 

 

「私、行きます」

 

 

 踵を返す。ましろが手を振り払う。ましろがもう一度手を伸ばすが、それより早く明乃は駆けだした。

 

「晴風と教員艦隊はそのまま離脱してください! 艦の指示はシロちゃんお願い!」

「……そんな指示が承諾されると思ってるのか! 岬!」

 

 柳が叫ぶが、明乃は振り返らない。そのまま艦橋を飛び出し、出ていく。

 

「内田さん! 艦長を追いかけて!」

「は、はいっ!」

 

 ましろがとっさに指示を出した。指示を出された内田まゆみは駆け足で飛び出す。

 

「……くそ」

 

 それを見送った柳は拳を握りしめて、俯いた。絞り出すように声を上げる。

 

「……納沙、電子機器の復旧具合は?」

「れ、レーダーと通信が未だダウン。艦内無線を使用したデータリンクも使用不可です。照準装置は手動で稼働させることが出来ますが、オートでの旋回は無理です……。航行系統は問題なく作動しているので、問題なく動かせますが……」

「西崎、砲雷の損耗具合の報告」

「主砲はすぐ打てるし、機銃も設置済み。魚雷は今次発装填中。終了まであと3分」

 

 柳はそれを聞いて、数秒黙っていた。

 

「宗谷、艦長代理を務めろ」

「……了解しました」

「機関室、悪いが、しばらく吹かすことになる。機関一杯で何分持たせることが出来る?」

『……10分が限界でぃ。それ以上は全く保障できない』

 

 柳原麻侖がそう答える。柳は小さくため息をついた。そのタイミングでマチコの焦った声が伝声管越しに聞こえる。

 

『スキッパーのダビットが稼働中! 柳教官!?』

 

 次の瞬間には柳が踵を返した。

 

「八木、教員艦隊にライトガンで通信を送れ。《貴艦隊はそのまま離脱せよ》」

 

 その声に焦ったのはましろだ。

 

「艦長の行動を承認する気ですか?」

「勝手に飛び出したとはいえ、部下は部下だ。後で真意は確認するが、今は議論している時間は無い。無線が使えない状況下で暴走中の艦長がこちらの発光信号に従うとは思えない以上、こちらが合わせる他あるまい。……東風他教員艦隊の海域離脱。岬明乃の回収までの時間を稼ぐぞ」

 

 柳がそう言って、視線を一度逸らした。その先には明乃が使っている制帽が残っている。ヘルメットをかぶるために外していたものだ。

 

「……死なせてたまるか」

 

 背をしゃんと伸ばす。艦橋中央に改めて陣取り、声を張った。

 

 

 

「左17点回頭を実施、反転。スキッパー乗務中の岬明乃艦長を支援する。右舷砲雷撃戦、用意!」

 

 

 

 戦闘の第二ラウンドが、たった今幕を開けた。

 

 

 




遅くなりましたが戦闘回その1です。……本当は前回から次回に掛けてを一話(約1万字)で書こうと計画していた自分を殴り倒したいキュムラスです。1万字で終わるわけないやんこんなん……。

戦闘描写についてはかなり不安一杯で執筆しておりますが、次回も戦闘回と参ります。
どうか次回までお付き合いいただければ幸いです。

お気に入り登録400件突破、ありがとうございます。沢山の方に読んでいただけて嬉しい限りです。これからも皆さんに楽しんでいただけるように頑張りますのでよろしくお願いいたします。

―――――
次回 倫理と職務 違えるべきはどちらか
それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。










刀を鳥に加へて鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。
聲ある者は幸福也、叫ぶ者は幸福也、泣得るものは幸福也、今の所謂詩人は幸福也。
――――斉藤緑雨『半文銭』

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