ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
【注意】
・百合やガールズラブ要素あり。注意!
・時系列はアニメ『ハイスクール・フリート』終了後。アニメのネタバレあり。
・拙作『ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー』のラストとは異なります。無関係だとは言いませんが、これが正しい終わり方でもありません。IFのパラレルワールドだと思ってください。
・物語の進行の妨げになることを防ぐため、割り込み投稿を掛けています。
ということで、どうぞよろしくお願いいたします。
「……見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」
あたりまえではあるのだが、花も紅葉も海上のどこをみれども見つからぬ。しかしながらも陽光は海を緑に葺いてゆき、夏の香りを拭き去って、わずかばかりの寂寥を投げる。
鏑木美波は秋が嫌いだった。正確に言えば、初秋、さらに正確に言うならば9月4日が嫌いだった。
「……まだ、13、か」
否応なく子供であることを突き付けられる、誕生日が大嫌いだった。
ダメージコントロール試験の結果は良好、晴風クルーには『優』の評価が下りた。
「まぁ、伊達に実戦経験してないよねー」
応急長を務める和住媛萌がぐでっと机に伸びてそう言った。課業が一通り終わった後なので教室はただの談話室と化している。定位置に座った媛萌の横、彼女の様子を見て笑ったのは応急員をつとめる青木百々だ。赤いベレー帽が揺れる。
「まぁ、浸水火災、蒸気パイプ破損に燃料漏れに電気トラブル、一通りぶっつけ本番でやったっスからねー」
「確かに対武蔵決戦の時に比べれば楽勝だったけどさぁ、ミカンちゃんが負傷判定された時はびっくりしたよ。確かに一番火災の影響受けやすい烹炊室にいたけどさぁ……。火災の初動要員として配置していたから正直ね……」
「えげつないっスよね……」
そう言いながらも笑う百々。実際に火が起きるわけではないので負傷者などは事前に決まっていて、それに合わせて動くことになるのだが、今回規定されたのが、伊良子美甘給養長。顔に『火傷Ⅱ度・行動不能』と大書されたA4用紙を張られて人形役にされてしまった彼女の驚き具合を思い出してしまったのだ。
「にしても、何かあったのかなー、みなみさん。今日なんだか上の空っぽくなかった?」
「そうっスかねー?」
百々が首を傾げる。
「絶対そうだったよ。だって治療対象のミカンちゃん見て目がキラリンとしなかったもん」
「キラリンって漫画じゃないんスから」
「百々には言われたくない」
「ちぇー。……でもそこまで変だったっスかねー。そこまで違和感なかったけど、今日のことがあるからそわそわしてるんじゃないっスか?」
百々がそう言ったタイミング、教室に入ってくる影があった。
「あ、艦長お疲れ様っス」
「ヒメちゃんもモモちゃんも今日はお疲れ様ー。おかげで助かったよー」
「艦長の指示がいいからですねー」
媛萌はそういって体を起こした。明るいブラウンの髪を揺らした岬明乃を見ておどけたラフな敬礼を送る。明乃もどこか崩れた答礼を返してから口を開いた。
「そんなことないよ、ヒメちゃんやモモちゃんが頑張ってくれたからだよ」
「そうかなぁ……今回は結構しろちゃん副長に頼りっぱなしになっちゃったけど……あ、そうだ艦長」
「なに?」
「さっきまで百々と、みなみさん最近ぼーっとしていること多いんじゃないかって話してたんですけど、艦長はどう思います?」
「みなみさん?」
百々と媛萌が同時に頷いた。明乃は顎に指を当てて少し考え込む。
「ぼーっとしているっていうよりは、なんというか、考え込んでるというか……そんな感じかなぁ」
「あー、言われてみればそんな感じかも」
媛萌は同意を示してからそっと周りを見回した。周囲に誰もいないことを―――特に当事者たる鏑木美波がいないことを確認してそっと口を開いた。
「で、そのみなみさんなんですけど……今日の誕生会どうします?」
「うん、本人からそんなに派手にしないでほしいって釘をさされちゃってるから、縮小版にはしてるけど……みなみさんは、喜んでくれるかなぁ……」
「でもまぁ、やるってことでいいんっスよね?」
「うん。仲間外れはダメだしね」
今日、9月4日は鏑木美波の誕生日だ。だからこそ美波の希望を尊重したいわけだが、美波には思うところがあるらしく、いろいろ釘をさされてしまった。
「とりあえず用意だけ進めておいてくれる?」
「あれ? 艦長殿はどちらまで?」
「これから科長級
訓練後の会議、デブリーフィングは各科長レベルが参加するものだ。当然明乃も参加することになる。
「はーい、了解っスー!」
「ダメコンコンビが確かに承りましたー」
明乃は媛萌と百々に手を振って教室の外に出る。目指すは艦橋、軽く小走りで向かっていたのだが、ふと、思い至る。
「あれ? そう言えば、みなみさんだけ、さん付け……?」
大人っぽい雰囲気に落ち着いた物言い。頭脳は明晰、技術は折り紙付き。そんな彼女だからこそ、皆さん付けで呼んでいる。
(でも……仲間外れは、いけないよね)
歳が離れていてもどれだけ天才でも、同じクルーのはずだ。みんなあだ名かちゃん付けなのに、美波だけ『さん』というのはどうなんだろうと思ってしまう。
それに美波は未だ12歳――今日で13歳なのだが――である。それで疎外感を感じているのだとしたら……それを取り払うのは艦長たる明乃の仕事だ。
「……よし!」
明乃が速度を上げる。一度外階段を通って艦橋へと入る。
「ごめん、少し遅くなった! 待たせちゃった?」
「いえ、時間丁度です。問題ありません」
副長の宗谷ましろが腕組を解いてそう言った。
「まぁいいんじゃないの? 5分前行動の精神っていう意味ではアレだけど」
そう笑ったのは西崎芽依水雷長だ。その横の立石志摩砲術長もうなずいている。腕を組んで頷いたのは柳原麻侖機関長だ。
「時間が少し遅れたぐらいで怒るケツの穴の小せぇ奴はこの船にはいねぇよ」
「時間に正確な方が信頼はされるけどね」
肩を竦めてそういうのは等松美海主計長。その横に立つ知床鈴航海長は曖昧な笑みを浮かべていた。
「えっと、みなみ……さんもいるし、みんな揃ってるね」
「私がどうかしたか?」
美海の隣で首を傾げる美波に向かって首をブンブンと横に振る明乃。
「なんでもない、大丈夫! えっとじゃあ、デブリーフィング始めようか。まずは今回の総括をしていたシロちゃんか……」
「副長」
真っ先に訂正が飛んできて、明乃はどこか気まずそうに笑った。
「……今回の総括をしていた宗谷副長から」
「はい。今回のダメージコントロール試験では電気火災発生時を想定したものとなりましたが、皆落ち着いて対応できていたものと判断します。規定時間を2分以上残して鎮火できたことは十分に誇ってもいい結果かと思います」
ましろの報告が続く中、本当はいけないと思いつつも、明乃の思考は内側へと落ちていく。みなみ「ちゃん」とは呼べなかった。勇気の問題なののかなんの問題なのかはわからないが、呼べなかったのだ。
ダメだな、私。
「――艦長?」
「へっ!? なに?」
「何、じゃないでしょう、大丈夫ですか?」
ましろが腕を軽く腰に当てて溜息をついた。
「1,000メートル望遠の目をしてたけど、大丈夫ー?」
芽依の言葉に自分を恥じる。艦長としてやらねばいけないこともある。それを放棄しかけていた。
「ごめんね、ちゃんとしなきゃね」
そういって身を入れ直す。いつも通りどこか無表情な美波を横目で見てから、明乃は会議に臨むのだった。
居室兼医務室に戻って、美波は僅かにため息をついた。現在時刻は2131時。夜は十分に更け、静かな波の音だけが響く。けが人もなく、彼女以外いない部屋は彼女にとっては慣れ切った静寂だった。
「……」
パチンという音がして、部屋の電気が灯る。医務室はその任務の都合上消灯時間を過ぎても常夜灯の他に通常の電気が使える。そのまま壁に背中を預けると灯った光を見上げる。
「……まだ、13歳か」
部屋の机の上にはクルー皆からのプレゼントがあった。メモ帳や万年筆などの文具が多く、キャラクターモノがあまりないのはどこか気を使ってくれたのだろうか。そっとそれを視界から外した。相対的に視線が落ち、制服を纏った自分の体が移った。他のクルーとは異なる赤いプリーツスカート。
「……どうして、大人になれない。どうして、子どもでいれない」
手持ち無沙汰の両手が、スカートの裾を弄ぶ。
望んでここまで来たはずだ。望んでここにいるはずだ。誰に強いられたわけでもなく、誰に言われたからでもない。全て自らの意志でやってきたはずだ。すべてに納得してきたはずだ。
だのに、どうしてなにかが腑に落ちない。
白衣がわずかに揺れる。揺らしたつもりはなかった。それでも細かく白衣が揺れていた。
「なん、で……」
望んで今の位置に就いた。それが全てのはずなのだ。すべてでなければならないのに、なぜ――――――
「どうして……震えが止まらない……」
どうしていいかわからないうちに、扉を叩く音がした。
「……!」
『……みなみ、さん? いますかー?』
声の色を聞くにほぼ間違いなく艦長の岬明乃だろう。そっと深呼吸をしてからドアを開ける。
「何か、あった?」
「……何かあったっていうより、みなみさんこそどうしたの? 顔色悪いよ、大丈夫?」
「無問題」
「思いっきり大丈夫じゃなさそうだけど、熱があるわけじゃ……」
何の遠慮もなく額に手を当ててくる明乃。その手の暖かさに美波はどこか目を伏せる。
「熱ではない……のかな。うん」
「それで! なにかあったのか」
ずっとおでこに乗せられた手を軽く払って、聞き返す。
「うん、ちょっと、中に入ってもいい?」
そう言われれば断る理由はない。ここで断るのも不自然だ。部屋に入れる。
「お邪魔します……」
「散らかっていて申し訳ない」
とりあえずベッドに座るように促して、美波も定位置のデスク前に座る。
「……えっと、まずは、みなみ……さん」
どこか改まった様子の明乃が視線をどこかそわそわと走らせながら、切りだした。
「えっと……最近、無理してない、かな?」
「……なにを」
「みなみ、さん最近元気ないし、落ち込んでいるように見えるから……」
「そんなことないのだが……」
そう言った端から、言葉が届いていない感覚がしていた。自分で言っておいて、それがただの虚勢だとわかってしまった。
それでも、続けるしかない。それしかないのだ。
「体調管理はしっかりしている、ちゃんと睡眠も水分も取っている」
言っていることは嘘ではない。
「でも、最近、辛そう、だよ……なにか、あったの? 相談ぐらいしかのれないけど話を聞くぐらいは、できるよ」
そう言われて、美波は視線を落とした。この人はきっと本当に心の底から心配してくれて、気に掛けてくれている。
「……艦長は、誕生日は好き? 待ち遠しい?」
どこかつっけんどんになりながらもそう聞いた。言いたくないと言えば、きっと艦長は分かってくれるだろう。それでも納得はしてくれないはずだ。
「……もしかして、嫌、だった?」
「祝ってくれたのはとてもうれしい。私なんかのためにいろいろ用意してくれたのは、本当に感謝している」
笑みを、浮かべられただろうか。自分でも今、どんな表情をしているのかわからなかった。
「早く大人になりたいと思う。一つ大人に近づいた区切りとして誕生日があるのだから、私も喜ぶべきなのかもしれない。それでも、私は……この日が嫌いだ」
そういって美波は言葉を切った。
「……それは、どうして?」
「子供であることを、突きつけられる気がする。私の何かを……こわしていくような、そんな気がするんだ。私の全てを、数字に置き換えられるような、そんな気がするんだ」
そう言った瞬間に―――――視界が歪んだ。どこか驚いたような表情をする明乃がその歪んだ風景の中にいる。
「皆、私を褒めてくれる。祝ってくれる。慕ってくれる。でも……私から、優秀さをとったら、何が残る? 天才・奇才・神童……いろいろ呼ばれてきた。……そのどれも『まだ幼いのにすごいね』でしかない」
彼女にぶつけていいことではないのは重々承知だ。それでも、言葉が止まらない。
いつだって、そうだったのだ。
自分の取り柄は、そこしかなかった。よくできたら褒めてもらえた。周りから認めてもらえた。だから、もっと頑張った。
「死に物狂いで努力してきた。早く大人にならなきゃいけなかった。私が私であるためには、それしかなかったから……それを全部、才能のせいにして、否定していく気がする」
褒められたくて続けていた努力がいつの間にかプライドに変わっていた。それでも、周りはそんなことに気がついてくれるわけではない。いつまで経っても子供として扱われる。
それが、悔しかったのだ。
「それを、突きつけられる誕生日は、嫌いだ……」
その言葉を聞いて、明乃が立ち上がるのが見えた。八つ当たりのようにそう言ってしまったのが今更に重石となり視線を垂れさせた。
「……そっか」
明乃の声はとても穏やかだった。それが思ったよりも近い位置で聞こえて、驚いて顔を上げるよりも早く――――明乃の両の手が美波の背中に回った。そのまま明乃の胸のうちに抱き止められる形になった。
「……ごめんね、辛い思いをさせちゃったね。ごめん」
明乃が美波の背中を軽く叩いた。まるで子供をあやすような動きで、抵抗しようとするのに、どこかそれを受け入れているようで、体が動いてくれない。
「……辛いかもしれないけど、私は嬉しいよ。みなみちゃんが生まれてきてくれた日だもん。今日がなかったら、きっと私たちは会うことなかったよ」
「……そんなことを、言ってるわけじゃ……」
「だったら、どうして泣いてるの?」
視界が歪んでいるのは、泣いているのか。そう言われて初めて気がついた。
「私たちがみなみちゃんと一緒にいるのは、みなみちゃんが天才だからじゃないよ」
明乃はそっと頭を抱くように手を回した。
「一緒に嵐を超えてきて、助け合って、乗り越えてきた。クルーだからだよ。だからなんだよ。天才だからじゃなくて、優秀だからでもなくて、みなみちゃんだから一緒に居るんだよ」
美波を、その言葉が溶かした。
「……う、うぁ……うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
初めて見る、美波の表情。そっとそれを抱きしめた。
「大丈夫、いいんだよ」
そっと、だが、確かに存在を感じるように、強く。
明乃の腕の中で、美波は声を必死に噛み殺そうとしながら、泣いていた。
泣き疲れて眠ってしまった彼女をベッドにそっと寝かせる。見かけ以上に華奢な体は、明乃でも何とか一人でも横にすることができた。そのタイミングでドアがノックされ、返事を待たずに開いた。
「……寝ましたか?」
「うん。ごめんね、しろちゃん、わがままに付き合ってもらっちゃって」
「艦長のわがままは、もう慣れました」
「……そっか」
ベッドの横に二人でしゃがみ込む、明乃とましろ。秋口になって一枚から二枚になった毛布を肩まですっぽりかぶっている美波を見て、ましろはどこか優しい笑顔を浮かべた。
「……寝顔を見てると、本当にまだ子供なんですね」
「そうだね……。でも、この船の誇れる医務長だよ」
「はい」
明乃はそう言ってから美波のほうを見て、少し寂しそうな顔をした。
「誕生日が嫌い……かぁ、少し寂しいかも」
「艦長……?」
「誕生日が嫌いなんて、考えたことがなかった」
そう言って美波を起こさないように声のトーンを下げる。
「みなみちゃんはさ、きっと、寂しかったんだと思うんだ。それに気が付けなかった。……艦長、失格かな」
ましろは黙ってそれをきいていたが、不意に明乃の頭に右手を乗せた。
「……そうですね。失格だったかもしれません。それでもこれから変えていけますよ」
「うん……」
「それに、ちゃんと『ちゃん』付けで呼べているじゃないですか」
その言いぐさに明乃は吹き出しそうになるのを堪えた。
「な、なんですか……」
「だって……しろちゃんが、そんなこと言うなんて……!」
いつも役職付きで呼ぶように言っているましろがそういうのがどこか可笑しい。それを指摘され、ましろはついと顔をそらした。
「と、ともかく。まだしばらくは皆一緒なんですから、今から変えていけるんです。反省はしても、悔やむのはまだ先ですよ」
「……うん」
明乃が頷いて、そっと立ち上がった。部屋の電気を落とし、そっと外に出る。
「みなみちゃん……ハッピー・バースデー」
きっとそれは、美波の齢が一つ上がったことを示すのではなく。
生まれてきてくれてありがとう、ということ。
……これを誕生日小説と言い張るか、という感じの誕生日記念でした。
美波医務長は天才かもしれませんが、それだけで行ける位置にはいないように思います。才能もあったでしょう。それを活かせる状況が揃っていたのもあるでしょう。でも、それよりも何よりも、本人の血反吐を吐くような努力があったように思います。子供としての特権を捨て、誰よりも駆け足で大人になろうと足掻いた美波医務長。
彼女の思いとは裏腹に齢は一つずつしか大きくなりません。それを知っていても、それと向き合うことを強いられる誕生日は苦いものになりそうな気がしたので、こんな話になりました。
この先の彼女が、焦らず、前に進めることを願うばかりです。
それでは次回お会いしましょう。