ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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8月のはいふりキャラ誕生日ラッシュの時に書いた時の一葉(http://www.twitlonger.com/show/n_1sovsuv)を公開。

私にとっては縁もゆかりもない千葉の方の方言が出てくるのですが、ウィキペディアとかいろいろネットで漁った方言なので誤用が散見されると思います。そこは笑って流してくださるとありがたいです。

【注意】
・百合やガールズラブ要素あり。注意!
・時系列はアニメ『ハイスクール・フリート』終了後。アニメのネタバレあり。
・拙作『ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー』のラストとは異なります。無関係だとは言いませんが、これが正しい終わり方でもありません。IFのパラレルワールドだと思ってください。
・物語の進行の妨げになることを防ぐため、割り込み投稿を掛けています。


ということで、どうぞよろしくお願いいたします。


【特別短編】信じるかたち【マロンちゃん誕生日】

 

 

 

「それじゃぁ今日もやってやろうってんでいっ!」

『はいっ!』

 

 満面の笑みでやってきた機関長、柳原麻侖の声に機関科皆の声が揃う。晴風の缶は高温高圧缶の試験機で時々駄々をこねるかのように言うことを聞かなくなることがある。機関科要員の協力で毎回何とかしているからこそ、こういうときに息が合うかどうかは重要だ。

 

「今日は調子がいいねぇ! ようクロちゃん」

 

 そう言って、第一燃焼缶の機嫌を見ていた黒木洋美をねぎらうように肩を叩いた。

 

「まぁ当然かぁ! 晴風の機関科は優秀だからなぁ!」

 

 その様子を遠巻きに見ていたのは、駿河留奈他、機関科の面々である。

 

「マロンちゃん今日やたらと気合入ってるねー」

「缶の調子もいいからかね」

 

 留奈にそう返すのは若狭麗緒である。蒸気管を一括制御するバルブコントロールパネルの表示を指さしで確認しながら麗緒は言葉を続けた。

 

「まぁ、まだまだ航海は続くわけだし、メンバーの調子がいいのはいいことだけどさー」

 

 それに首肯で同意を示すのは伊勢桜良だ。水色のシュシュでまとめられたサイドポニーが後を追うように揺れる。

 

「バルブとかの破損もないし、今日は吹かしても大丈夫そうかな?  ……っと、機関長殿ー」

 

 広田空が麻侖に問いかければ、麻侖が勢いよくグリンと振り返った。オレンジ色のようなきれいな色の髪がふわりと回った。

 

「ソラ、どうしたぁ?」

「一番燃焼缶の温度上昇がちょっと二番缶と比べて遅いですー」

「空気量二目盛りほど増やして対応! ガンガン上げていかんにゃぁ!」

 

 その言う麻侖をどこかじとっとした目で見ていた洋美だったが、一度持ち場を離れると、そのままつかつかと麻侖の方に寄っていく。

 

「マロン」

「クロちゃんどうして、んで、い……?」

 

 肩をガシリと掴まれてその場に固定されると、どこかどぎまぎしたような顔をする麻侖。その目が泳いでいるが、洋美は気にせず、そのまま顔を麻侖に近づけていく。いきなりの展開に機関科の仲良し4人組が色めき立つ。そのまま麻侖と洋美の顔は近づいていき。

 

 

 その額どうしがペトリとくっついた。

 

 

「……やっぱり」

「く、クロちゃん……!?」

「なに熱あるのに出てきてんの、ほら医務室行くよ」

 

 ガシッと襟首を掴まれ、そのままずるずると引きずられていく麻侖。身長差と後ろ向きに引っ張られているせいでまともに抵抗ができない麻侖がイヤイヤするように腕を振った。

 

「ね、熱なんて出てねぇやいっ!」

「なら医務室で確認してもらう」

「そ、そんな必要はねぇっ! その間の缶のお守りを誰がするって思ってるんでい、クロちゃん!?」

「そりゃ私達」

「クロちゃん横暴!」

「横暴も何もねぇっぺさ!」

 

 とっさにお国訛りがでた洋美の剣幕に一瞬麻侖が黙り込んだ。その隙間に捻じ込むように洋美が言葉を差し込んでいく。

 

「マロンが機関科に風邪ン広げて皆倒れたら誰が缶の面倒見るんけ? そんなあてこともねぇことおが許すはずねぇっぺ!」

 

 訛り全開のせいで麻侖以外を皆置いていきながら、麻侖をズルズルと引きずる洋美。

 

「ちょ、ちょっとまってくれいクロちゃん!」

 

 機関室の出入り口のドア枠になんとか両の手を掛けて踏ん張った麻侖は、後ろ向きに引っ張られたまま体を反らして、洋美を視界にとらえた。逆さまに映る彼女の目はかなり怒っているようだったが、麻侖にとっても譲るわけにはいかない。

 

「わかった。ちゃんと医務室行くから、缶の始動だけでも、やらせて、ね?」

「マロン……。わかった」

 

 目を潤わせながら麻侖がそう言うと、洋美はにっこりと笑みを浮かべた。引っ張る手の力が緩くなって、洋美が笑った。心からの笑みを浮かべて麻侖は姿勢を直そうと片腕をドアの枠から離した直後。

 

「ただの駄々っ子モードに入ったことがよーく分かった」

「うえっ!?」

 

 直後にまた襟首を引っ張られズルズルと機関室から引き出される。

 

「缶の始動手順を続行。マロンを医務室に叩き込んだら戻るからそれまでマニュアル通りに」

『りょうかーい』

「クロちゃんのいけずぅぅぅぅううううううううう! みんなも見てないで助けろってんでぇええええええええいっ!」

 

 麻侖の断末魔が機関室前の廊下に空しく響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マロンちゃん、大丈夫?」

 

 紙の使い捨てマスクをした岬明乃が医務室に入ってきたのを認めると、麻侖は、顔を上げようとして、やめた。目線だけで入り口を見るとどこか驚いたように目を見開いた明乃が見える。

 

「えと……これは……どういう状況なのかな……?」

「艦長ー、この横暴ドクターなんとかしとくれぃ……!」

「逃げようとするのが悪い」

「だからって注射器をこれ見よがしに天井に吊るすのはどうかと思うよ……?」

 

 額の真上に吊られた注射器の切っ先を見ながら体を緊張させている麻侖を見ながらそういう明乃に、医務長の鏑木美波は小さく笑みを浮かべた。

 

「自縄自縛」

「いや、だからって危険だからね?」

「大丈夫」

 

 カルテを書いていたらしい美波だったが、一度立ち上がるとその注射器を一度手に取った。

 

「これ、ゴム製」

「へっ!?」

 

 麻侖が素っ頓狂な声を出した。その目の前でそれを証明するかのように、美波は注射器の針を手で曲げて見せた。

 

「はーぁ、脅かすなってんでい……」

「でもこうでもしないと逃げようとした」

「に、逃げてなんてねぇ。ちょっくら機関室の様子を見たら戻ってくるつもりだったんだい」

「台風の日に田んぼを見に行くおじいさんみたいなセリフだね……」

 

 明乃の的を得ているのか得ていないのかわからないような物言いに、美波はにやっと笑って見せた。その顔のままカルテを覗いた美波はゆっくりと口を開く。

 

「ウィルスなのか細菌なのかはまだ分からない。給養員の皆には手洗いうがいの徹底と手指の消毒、生ものを控えて、食器の消毒の指示を出した」

「えっと、症状としては熱とかだけ?」

「純粋に発熱だけのようだから、多分風邪だとはおもうけれど、一応用心。今日一日はここに置いとく」

「一日!?」

 

 麻侖が飛び起きて驚いた声を上げる。

 

「一日ってそんなに!? その間どうやって缶を維持する気でぃっ?」

「黒木機関助手には許可をとった」

「クロちゃんめ……、そこまでして寝かせておきたいか……」

 

 ぐぬぬぬと言いたげに、ここにいない直属の部下で幼馴染の姿を思い浮かべる。それが顔に出ていたのか明乃がクスクスと笑った。

 

「でも、一日寝て早めに直して戻ればいいんだから。今日はゆっくりしてなよ」

「部屋でじっとしてるのは性に合わないんでぃ……。艦長も部屋で一日寝てろって言われてじっとしてられるん?」

「それは……場合によるかな……?」

 

 バツが悪そうにマスク越しだが頬を書く明乃。その様子を見た美波が溜息。

 

「艦長が倒れたら医務長権限で閉じ込めるから問題ない」

「も、問題ない……のかな……?」

「倒れた人を医者として出すわけにはいかない。艦長が機関長を業務に復帰させないのと同じように」

 

 そう言われると明乃も言い返せない。麻侖はじとっとした目を艦長に向けた。

 

「艦長も復帰させない気かい?」

「今は海も穏やかだし、何も問題がなさそうだから……はやくマロンちゃんが良くなることが優先かな」

 

 そう言われて麻侖は黙り込んだ。その様子を見て明乃はそっと麻侖のベッドに腰掛けた。

 

「……マロンちゃん、マロンちゃんは、機関科のみんなをどう思う?」

「どう……?」

「うん、みんなのことどう思ってるかな?」

 

 そう言われて、麻侖はベッドに横になったまま天井を見上げた。ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ちょーっと抜けてたり、すっとこどっこいなところはあるけど、いい奴らだと思う」

「……そっか」

 

 そういって、明乃はそっと麻侖の髪を撫ぜた。

 

「なら、信じてあげようよ、マロンちゃん。機関科の皆ことを信じて任せてみよう?」

「マロンだって信じてないわけじゃ……」

「そうだよね。大切な人だもん。気になるのはわかる。だから信じて、待ってみるのがいいんじゃないかな」

 

 そう言うと明乃はどこか照れたように笑った。

 

「私もね、いろいろあって、しろちゃんとか、りんちゃんとか、いろんな人に迷惑をかけて……マロンちゃんにも本当に迷惑をかけて……」

「別に……迷惑だなんて……」

「でも何回も前進一杯の指示出したし……」

「それは……まぁ、うん」

 

 反論する材料もないので麻侖は言葉を濁す。その様子を見て明乃は照れたような笑みを優しい色に変えた。

 

「でも、それでも私が艦長として頑張れたのは、皆がいて、皆が私を信じてくれたからだと思う。皆が信じてくれたから、私も信じることが出来たんだと思うんだ。きっとみんながよくやってくれるって、大丈夫だって信じることができたから、私は艦長でいられるんだと思う」

 

 麻侖の髪を撫ぜていた手を止める明乃。麻侖はその顔をじっと眺めることしかできない。

 

「神輿は軽くて馬鹿がいい……だっけ?」

「うっ……」

「その時はちょっとうーんって思ったけど、今になったら意味が分かるんだ。信じて、信じてもらって、支えてもらって、支えて。きっとそうやってできるのは、肩肘張りすぎてないからだって、わかった気がする」

 

 そう言った瞳は迷いなんて露もなく、それがどこか麻侖の居心地を悪くする。むずがゆいような、そんな感覚が走る。

 

「それを教えてくれたのは、マロンちゃんだよ」

 

 明乃がそう言うと麻侖は黙り込んだ。その間に、美波の低めの声が割り込む。

 

「他山之石 可以攻玉」

「はい?」

 

 麻侖と明乃の声が被った。

 

「他山の石、もって玉をみがくべし。人の振り見て我が振り直せ」

 

 そう言うと美波はコトリとカップを置いた。

 

「機関長と艦長はよく似ている。今は機関長が信じて担がれるべき」

 

 それに明乃が満面の笑みで頷く。麻侖が、ぷいと寝返りをうって、壁際を向いた。明乃たちから顔が見えなくなる。

 

「卑怯でぃ……それは……」

 

 背後で二人分のクスリと笑った気配を感じ、麻侖は意地でも振り返るまいと心に決める。寝たふりを決め込んでいると、明乃がまた来るねと言い残して去っていった。

 

「……素直じゃない」

 

 言い返したくなったが、なんだかんだで丸め込まれそうな気がして、麻侖は狸寝入りを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってあげないのか?」

 

 洋美は副長である宗谷ましろにそう言われ、そっと目を伏せた。

 

「マロンは……、機関長はきっと『そんな暇があるなら缶の様子を見ろってんでぃ!』とかいうに決まっていますから」

 

 缶の温度を確認しながら、洋美はそう言う。そこにどこか憂いのような暗い色が混じったように見えて、ましろは溜息をついた。

 

「親友なんだろう。会いに行かなくていいのか?」

「この程度で揺らぐようなら、親友なんかになれてません」

 

 そう言うと洋美は操作弁の一つを開けた。現状船は原速赤黒なし。速力でいうなら12ノット。航海における基本速力だ。缶の機嫌を必死に窺わなくてもいい速力ではあるのだが、それでも細かな調整は必要だ。

 

「副長は親友といえる人はいますか?」

「……考えたことがなかった、といえばいいのかな。宗谷家の女としてブルーマーメイドになることをずっと目指してきたから。友達はたくさんいるが、親友というのは……もともと私が望んでいなかったように思う」

 

 二人の沈黙の間を埋めるように、タービンの低い音が機関室に弱く反響する。壁に寄り掛かって腕を組むましろは質問の意味をとりかねて、それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。洋美もまた考えをまとめるのに時間が必要だった。

 

「……機関長は『公』の人なんです」

「おおやけ?」

「自分の居場所を……なんて言えばいいのかな……他人の中に求めるというか、誰かから必要とされることに求めるというか……」

 

 悩みながらも、洋美は言葉を続ける。

 

「江戸っ子気質で職人気質。調子がいい時と悪い時の差が激しかったり、計画性がない行動を取ったりと、自分本位なところもあります。でも自分の能力を使って誰かの役に立ちたくて、必死に足掻く、そんな子です」

 

 そう言う間にも、洋美の目元は優しく細められた。

 

「だから、あの子自身が上手くいかなかった時は、自分が役に立てないんじゃないかと思って、怖くなるんだと思います。だから今日も無理しようとした」

「だったらなおさら見舞いに行った方がいいんじゃないか?」

 

 そう言われて首を振る洋美。方向は横だ。

 

「マロンが機関長として戻ってきた時、何か機関に問題があったら、きっとマロンは自分を責める。それはきっと、私が見舞いに行かないよりも辛いはず。だから、私が守るんです。機関助手として、友達として、親友として。この艦の機関長・柳原麻侖の居場所を守るんです」

 

 それが、役割ですから。と続け、洋美は振り返った。

 

「機関長は危篤というわけでもないですから、ここに戻ってきた時に、体調管理について私から小言を言わせてもらえればそれで十分です」

 

 そう言われ、ましろは笑みを浮かべる。

 

「嫌そうな顔をしている柳原機関長の顔が浮かぶな」

「それでも、指摘するのが友達でしょう?」

「……そうだな」

 

 ましろはそう言って壁から離れた。

 

「邪魔してわるかった」

「いえ、お話できてよかったです」

 

 双方敬礼。ましろが出ていくのを見送って、洋美は溜息をついた。

 

「……早く帰ってきなさいよ、バカ」

 

 缶のノイズだけが、そ知らぬふりして聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃぁ今日もやってやろうってんでいっ!」

 

 大体24時間前に聞いたのとそっくりそのままな台詞でやってきた機関長に皆がどこかじとっとした目を向けた。

 

「機関長ー、熱ないでしょうねー?」

 

 桜良の声に胸を張る麻侖。突きつけるように取り出された紙を麗緒が覗き込む。

 

「……今日からの演習に先立ち、柳原麻侖機関長の業務復帰を認む」

「というわけで医務長と艦長からの許可をもって正式に復帰でぃっ! 正真正銘バリンバリンの全開! 2日ぶりの機関、かっちり決めてやろうじゃねぇかぃ!」

 

 なぜか青い半被までフル装備の麻侖の様子を見て、皆が溜息をつく。洋美だけはどこか困った笑みだ。

 

「今日は不審船対策演習、強硬接舷の可能性も出てくるからシビアに調整が必要そうだけど……機関長、自信のほどは?」

 

 洋美に聞かれ、麻侖はニカリと笑った。

 

「艦橋ときっちり合わせてキメればいい、そんなもんお茶の子さいさいってもんよ」

 

 そう言って麻侖は一度背筋を伸ばした。鳴らした踵に合わせて皆が直立する。

 

「それじゃぁ、機関科の意地、見せてやろうかい! 総員掛かれぇ!」

 

 返事が揃い、皆が散っていく。麻侖の一歩右後ろについた洋美が笑みを浮かべた。

 

「おかえり、マロン」

「おぅ、ありがとうな、クロちゃん。助かった」

 

 振り返って笑う麻侖の表情を見て、本当にいつも通りの機関長に戻ったことを知る。

 

 船の動揺は少ない。天気も晴朗、波は穏やか。絶好の演習日和だ。

 

『マロンちゃん! 機関の方は大丈夫?』

「あたぼーよう! いつでも吹かして大丈夫でぃ!」

 

 伝声管から飛んできたのは艦橋で指揮を執る岬明乃艦長のものだ。艦橋に届くように大声を張った。

 

 

 

「……さぁ、やってやろうかぃ。クロちゃん」

「うん、マロン」

 

 

 

 二人の声に応えるように、機関が大きく唸りを上げた。

 

 

 

 




……いかがでしたでしょうか?

マロンちゃんはスコーンと明るい感じが結構好きです。江戸っ子でも千葉県民でもない自分には表現に自信がないのですが、上手く雰囲気がでてるといいなぁと思います。

さてさて、誕生日短編は後々にもじわじわと上げていくことにはなると思いますので、その時はどうぞよろしくお願いいたします。

それでは次回お会いしましょう。

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