IS ~1人連合艦隊ってすごくね~   作:シトリー

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ども~、お久しぶりです。


今回は、前回とは違い博士とのお電話です。

では、本編どぞー。


IS学園編~逃避と妥協~

  「ども、お久しぶりです。」

 

  『やーやー、久しぶりだねー。あ、そうだ。紅椿についてなんだけど、ちょっと開発が滞っていてねー』

 

  「あーいや、そっちの方はまた今度。今日はですね、また別件なんです。」

 

  『んー?』

 

  「どうして、襲撃したんですか?」

 

  『どうしてって、敵の実力を測っておきたかったからだけど? どうせ最後には争う羽目になるんだから。』

 

余りに呆気からんと答える博士に思わず出そうになる溜息を何とかして抑える。ただ、博士の言い分も行動理由も十分に理解できるので、話を次に進めていく。

 

  「にしては、随分と雑な戦闘だったらしいじゃないですか。幾ら何でも手ぇ抜き過ぎです。」

 

そう。青年は実際に戦闘に参加していない。しかし、状況を人伝とは言え一応聞いている。聞いているのだが、それは余りにも博士らしくなかった。

 

ブリュンヒルデという最強を用いていたとはいえ、国に対して喧嘩を売りに行くような人物が、高だか3人の高校生に対して苦戦するようなちゃっちいプログラムを組むはずが無いからだ。

 

  『束さんもさー、本当はもっと真面目にロジック組んでみたんだけどさ。』

 

  「はぁ…。」

 

  『あいつら弱すぎだよ。あまりにも勝負にならなさ過ぎて、セキュリティ黙らせるよりもデチューン用のパッチを作るほうが忙しいってどういうことさ?』

 

博士からの回答を聞き、理解した青年。

 

手を抜いていたのではない、手を抜かざるを得なかったのだ。

 

今後の成長に対する予測を立てるにも、作戦を立てるにも、結局のところ情報が必要不可欠である。

今の状態であれば、彼や淑女、チャイナ娘を同時に相手取ったところで無傷で完封する程度造作もない。しかし、それでは今後の行動に大きな影響を与えてしまう。

故に、相手が壊れないように、それでいて自身の全力以上の力を出せる状況に持っていくために、ロジックを組んだ。しかし、結果は散々だった。悪い意味で博士の期待は裏切られることになった。

 

  「そこまでですか…。因みに幾つ作ったんですか?」

 

  『3つだね。最初に送ったのが、【FCS、回避ロジック、攻撃ロジックの制限】。次が【スラスター出力、演算速度、反応速度の制限】。最後の方なんか、【聴覚以外の全センサーカット】だよ!? これ以上どうすればいいのさ!』

 

博士の言葉を聞いて青年は戦慄する。今回戦ったのは(恐らく)無人機であり、博士がプログラムしたAIに感情など無い(多分)。今回の戦闘を無人機の視点で見てみると、指示されていた内容を予想するに、殺さない程度に痛めつけて限界の実力を測り、その後帰還しろ。というものであったはずだ。それだけの任務のはずが、戦闘中にスペックの8割以上を制限させるパッチが送られてきたのだ。

 

自動車レースで例えるのなら、ニュルブルクリンクの北コースで行なわれた1LAPバトルに乱入し、途中から、周りが300km/h近く出るレース専用の特殊マシンを操っているにも関わらず自分だけ最高時速を150km/hに制限され、ハンドルのロックトゥロックを150度程度までに制限され、TCSカット、ABS過剰反応、スロットル開度を3割程度に制限。極めつけは目隠しである。

 

どれほど無謀で、強烈な弱体化をさせられたか理解できる方は何人いるかどうかは定かではないが、それはそこまで大きな問題ではない。

 

最大の問題は此処まで弱体化させられてなお、彼たちは有効打らしい有効打を2つしか与えられていないということだった。

 

  「ゑ? じゃあ、あいつらってそんな相手に3人がかりであの成果なのか…。ショウジキナイワー。」

 

  『でしょー! 束さんも色んな意味でびっくりだよ!』

 

  「というかそれのせいだったんですね。」

 

  『何が?』

 

  「博士の妹さんが攻撃食らいそうになってましたよ。」

 

  『ほえ? そうなの?』

  

現場を含め全体の情報を最も多く持つ青年だからこそ、その答えにたどり着いた。

音以外のセンサーが切られた場合当然、現状に対応する為に使えるもの最大限利用するために、センサー感度を限界まで引き上げていたのだ。

僅かなスラスター音、地面を踏みしめる音から、兵器が出す独特なメタルノイズ。そして、

恐らくは操縦者の心拍数まで読み取ろうとしていたはずだ。そうでないと何も出来ないからである。

 

そんな中、アリーナ内全域へ過剰なほどの大音量の怒号が突如飛び交ったのだ。音で判断していた無人機にとっては、これに隠れて動かれるだけで、一切の反応が出来なくなってしまう。故に、目の前の有象無象よりも、自身の邪魔をする音の発生源へ即座に攻撃を行ったのだ。

 

  「ええ。放送室から声援を送ったら、荷電粒子砲がカウンターで飛んできたらしいですよ。間一髪間に合いましたけど。」

 

  『ごめんね。怪我とかしなかった?』

 

  「まぁ、篠ノ之さんは無事でしたよ。」

 

青年は、一応安否についても報告をしたものの、その返答は余りにも無慈悲とも取れるようなものだった。

 

  『そうじゃないよ、君のことだよ。掃除用具なんかより君のほうが大事なんだから。それに、掃除用具が死んだところで、束さんのする事は変わらないしね。』

 

  「…それ、本人の前では言わないで上げてくださいね。唯でさえややこしいのにこれ以上ややこしくなったら流石に疲れます。」

 

  『君がそんなことを気にする必要ないよ。』

  

  「気にしないと、後々できっついんです。察してください。」

 

青年は、自身の立場と踏まえかなりの自重をしていた。当然、そのことは青年を良く知る人物たちからはばれているし、青年自身もそれを理解した上で行なっている。

 

  『君は普段から自分を隠し過ぎだよ。もっと暴れても良いと思うけどな~。』

 

  「他に方法が無かったとはいえ、暴れて自分の思い通りにならなかった見本が電話の先にいますから、それは謹んで遠慮させていただきます。」

 

  『ぐふっ。君も随分と遠慮がなくなってきたじゃないか。』

 

青年は、自身の皮肉に対し、電話で見えないはずの博士が渋い顔をしたのを、容易にイメージできそれを脳内に浮かべていた。

 

そんな中、青年は本題に入るために軌道修正を半ば強引に行なう。

 

  「おやそうでしたか。さて、そろそろ本題に入りましょうか。」

 

  『そうだね。』

 

  「一応確認をしておきたいのですけれど、博士は関与していませんよね?」

 

本題に入る前に青年が行なったことは、最終確認だった。

それは、今回の本題である元IS学園生+αによる襲撃が博士の予定にあったのかどうかというものである。

 

もし、今回の複数個所で起こった同時襲撃行動に何か関わりを持っていれば、良い意味でも悪い意味でも現状の打開に繋がるからである。しかし、

 

  『何で束さんが出来ることで他人を頼らないといけないのさ。第一、君以外の凡人と協力関係を持つ気は一切ないよ。束さんが関与したのは単機の無人機だけ。』

 

  「あぁよかった。それを聞いて安心しました。」

 

それは青年の予想通りであることが発覚したので、話の先を促すことにした。

 

  『で、情報なんだけど実はまだ全容を掴みきれてないんだよね。』

 

  「知っているところまででも結構です。」

 

  『うーんとね、君を襲撃した5人組は亡国企業と呼ばれるテロ組織に属していて、今回使われたISはラファール4機とテンペスタが1機。』

 

  「亡国企業?」

 

説明があった中、青年はあえてその名を聞き返した。すると、ご丁寧に解説を始める博士。

しかし、かの天災篠ノ之博士とは言え限界があるようで、

 

  『亡国企業。別名ファントムタスク。全世界に点在する国家転覆を企むテロ組織らしいよ。』

 

  「らしいとは。博士らしくないですね。」

 

情報に信憑性がないことを明確に提示してきた。そのことを博士自身も気にしているようで、声のトーンが僅かながら下がっていることから少しばかり落ち込んでいることが青年には読み取ることが出来た。

 

  『束さんももっと情報を集めたかったんだけど、そもそもデータすら殆ど無いんだよね。』

 

  「残ってないのならサルベージすればいいのでは?」

 

  『違う違う。抹消されたんじゃなくて、元から存在しないの。』

 

  「存在しない?」

 

  『そう。この亡国企業って言う名前すら各国の極秘データベースから拝借したものだし、それ以上探っても出てこなかったんだよ。』

 

  「ふむ…。」

 

青年はわざと考え込むような声で返答する。ここで、少女から齎された情報を元に、”知っている!” と諸手を挙げることは簡単だ。

しかし、青年は何故かそれを拒んだ。

 

そうこうしている内に、博士が脱線した会話を元に戻そうとしていたので青年もそれに耳を傾けるのだった。

 

  『さて、話を戻すよ。機体についてだけど、共通していたのはその何れも、各国で登録済みの機体。ラファールの方は全て日本で管理されていたもので、テンペスタはイタリアで管理されているものだったよ。』

 

  「管理、されていた?」

 

青年は、表現が過去形であることに疑問を覚えた。

もし、そのISが何らかの理由で持ち出されていたのであれば【管理されている。】が正しい表現となるはずだからだ。

 

  『そう。その機体達に使用されていたコアナンバーはテンペスタを除いてどれもデータ上では凍結処理報告されたものばかりだったんだ。そして、凍結扱いされたコアは全て一律の場所で管理されていて、持ち出された形跡も無ければ、此処最近において移動した痕跡も無い。』

 

どうやら、今回の襲撃はもっと多くの事が密接に、複雑に絡み合った結果、この結果になったようだ。

 

  「起動履歴はどうなんですか?」

 

  『一応あったことはあったけど、それは君が襲撃を受けた日とは全然違ったよ。』

 

  「…おかしくないですか?」

 

博士の言葉を聞いた時点で、青年が嫌な予感を感じながらも話を次に進めさせる。

 

  『うん。束さんもそう思ってさらに調べてみたら、なんと似たように不自然に凍結処理されているコアが幾つもあったんだ。』

 

  「…それ本当ですか? それがもし本当なら、一つのコアが同時に複数個所で稼動していることになってしまうじゃないですか…。最悪だ。」

 

青年の嫌な予感は、この瞬間に当たってしまう。

何が不味いのか。今回の情報のみでは非常に早計ではあるのだが、今回の事件において起こったことをによる予想される最悪な現象とは、ISコアの複製である。

 

当然可能性としては非常に低い。現時点では…

 

  『束さんも嘘だと思いたいけど、各国の極秘データベースとIS協会のデータベースを見た感じ本当っぽいんだよね。』

 

  「原因はわかります?」

 

  『正直サッパリなんだよね。』

 

  「コアが複製されたという可能性は? 今は無理か…。」

 

  『そうだね。それだけは絶対にありえない。理由はわかるよね?』

 

  「コアの構成する物質の中に、精神エネルギーがあるからでしょう?」

 

  『その通り!』

 

  「科学の世界で精神エネルギーとか…、前々から思ってましたけど、博士生まれる世界間違えてません?」

 

  『そんな事言われても、生まれちゃったものは仕方がないよね♪』

 

自身の持つ技術と異質さに圧倒的な自信を持つ博士と、その異質さを理解しながらも絶対を否定し常に考え続ける青年。

 

当然、青年の頭の中にはコアの複製の可能性も残っている。

 

  「はぁ…。で、博士。現時点で現存しているとされているコア数は?」

 

  『君の【リフレイン】とか、束さんの【アリス】を全部含めて433個だね。』

 

  「その内凍結扱いさているコアは?」

 

  『ジャスト100個。』

 

  「一応該当するコアナンバーの情報を送ってもらっても良いですか?」

 

  『それは構わないけど。どうする気? まさかとは思うけど…』

 

  「えぇ、鹵獲します。」

 

まるで息を吐くかのごとく、サラッととんでもない発言を行なう青年。当然聞いていた博士も、思わず溜息が出てしまうほどには。

 

  『ハァ…、全く君だけだよー。IS相手に鹵獲を試みるなんて。』

 

珍しく、博士の口から正論が飛び出る。

 

当然だ。現在のISに対する扱いを知らない二人ではないし、その実力はたとえ素人が使ったものでも十分に脅威となりえる。

 

それを熟知しておいて青年はあえて口にする。だがその口調に堅さは一切なく、寧ろ落ち着きすらあった。

 

  「どんな兵器であれ、有人であればどうとでもします。それに、ジャイアントキリングは私の専売特許です。」

 

  『それは良いけど、怪我だけはしないでね。束さんに協力してくれることは嬉しいけど、それは君が居てこそなんだから。』

 

  「ええ。善処しますよ。」

 

  『むー、またそうやってはぐらかすー。』

 

  「いつもの事じゃないですか。博士が気にすることではありませんよ。」

 

  『むーー。』

 

再び不機嫌そうな声が聞こえ、今回は電話の奥で何かを叩いたような音や、何かが崩れるような音が聞こえてきたが、青年は話題を強引に逸らすことで聞こえていないフリをした。

 

  「そういえば、紅椿がどうとか言っていましたが、どうかしました?」

 

  『ん? あぁ、紅椿ね。アレは元々単体のISだったのは知ってるでしょ?』

 

  「ええ。それがどうかしました?」

 

  『いやー、君の要望に答えようとすると、もう一つコアを作らないといけなくなっちゃってさー。』

 

どうやら、青年と博士との会話には爆弾発言を混ぜないといけない決まりでもあるらしい。

もし、ISの開発関係に携わっている人物がこの場にいたら卒倒するであろうことは疑いなかった。

 

  「あのー、頼んでおいてアレなんですけど。そんなにぽこじゃかコアを生産して大丈夫なんですか?」

 

当然、青年も気にし始める。今更感は到底拭えるものではないが。

 

  『んー、全然大丈夫じゃないよ? 疲れるし、色んなものも使うし。デメリットも凄く多い。』

 

  「…でしょうね。でも、止めないんでしょう?」

 

  『当然!』

 

博士の意思と思考を知っている青年は、最後に確認だけ取りそれ以降は自由にさせることにした。

それがどう動くかは、青年を含め誰にも判らない。

 

答えは神のみぞ知る。といったところか。

 

  「わかりました。では、これ以上私からは何も言いません。あ、続きをどうぞ。」

 

  『んーとね、コアの生産自体はこれからなんだけど、前来て貰った時に動かなかったじゃん?』

 

  「そういえばそうでしたね。という事は、調整の為にもう一度来てくれって事ですか?」

 

  『うんうん、やっぱり察しの良い君は良いよ! そういう事。こっちでも調整はしてみるけど、前回を知っているとやっぱり不安が残るからね。』

 

  「不安だなんて、博士らしくもない。普段は何も言わなくても自信マシマシだというのに…どうしました?」

 

  『その自信を根っこからへし折ってくれた相手が電話の先にいるからね。良い経験だったとはいえ、あの週末は絶・対に忘れないよ。』

 

先程の仕返しと言わんばかりの口調で話してくる博士。

 

が、青年は華麗にそれをスルーしていた。正直なところ、動く動かないは青年にとって埒外なので余り気にしてはいなかったのだ。

 

特に青年の場合は、ISを動かせる必要すらないというのもあるが。

 

  「結局原因が判らず仕舞いでしたし、時間の大半は書類作成でしたしね。」

 

  『そうだよ~。ていうか、そろそろ君の事について教えてくれても良いと束さんは常々思っているわけだけれども。それについて何かあるかい?』

 

  「いんえ。というより最初から言ってるじゃないですか。【私は唯の凡人です。】ってね。」

 

この質問は、初めて【リフレイン】を顕現させたときから定期的に聞かれているものだが、青年は一貫して同じ答えしか返していない。

 

痺れを切らした博士が自作の嘘発見器を使ってまで質問した事まであるが、結果は無反応。青年にとっては、全く嘘は言っていないので何を使われたところで特に気にしていなかった。

 

しかし、今回はまた別ベクトルな質問が来る事になった。

 

  『束さんを除いて世界で最もISの真実に近付いているのに?』

 

  「ええ。」

 

  『あのブリュンヒルデを軽くいなすことが出来る程度の実力を持っているのに?』

 

  「ええ。」

 

  『たった一つの情報を守るために拷問を受け続けられるのに?』

 

  「ええ。」

 

博士の質問に対し、殆どノータイムで答えていく青年。それでも一応引っ掛けを警戒しているあたり、まだ余裕が十分にあった。しかし、そんな余裕は次の質問で無残にも霧散してしまうのだった。

 

 

  『あの子を助けられなくて絶望に駆られたときでも、理性を持ち続けられるのに?』

 

 

その質問が来た瞬間。青年の脳内が真っ白になった。

 

青年にとって唯一の弱点、トラウマとも言える事件。

青年の脳内ではそれが鮮明に、青年の心を抉るように、映し出されていく。それは決して消える事はなく。彼女の声が、顔が、全てを喪ったあの瞬間が、あの虚無感が、全てが青年の脳内で蘇る。

 

そして、最後まで聞くことが出来なかったあの会話までも…

 

青年の身体にも僅かだが異常が現れ始める。動悸、止まらない冷や汗、手足の震え、焦点の定まらない眼、そして離れようとする意識

 

だが、何の因果か意識を手放す直前に何とかして踏みとどまる。意図せずに鍛え上げられた精神力が皮肉にも役に立った瞬間だった。

 

  「っ! …ええ。私はたった一人の、自分にとって掛け替えの無い人物すら助けることが出来ない。…唯の…凡人です。」

 

誤解が無い様明言をするのなら、今回の質問に対して博士は全く悪意を持っていない。では何か? 純粋な好奇心からくるものである。

博士は幼少時より優れた知識と好奇心を持ち合わせたが故に、友人を含めた理解者が全くと言っていいほどいない。その為、他人との付き合い方を知らないのだ。本人に理解する気が余りないと言うのもあるが…。

 

つまり、幼少期に持つような好奇心を全く衰えさせていない博士だからこそ起こってしまった小さな悲劇である。

 

  「…確かに、博士の言葉も尤もです。でも、【私は凡人です。凡人なんです。】。」

 

しかし、青年の返答は変わらなかった。そして、

 

  『………。』

 

  「………。」

 

偶発的に起こってしまった事ではあるのだが、それが原因で二人の会話が完全に止まってしまう。雰囲気としては余りよろしくない。

 

博士は、自分の犯してしまった失態を挽回する為に、どうすればいいのか少ない知識を総動員して考えるも、今まで怠ってきたツケがここに回りこんでしまい、結果として何も話せなくなった。

 

対する、青年は眼を瞑り、必死に心と身体を押さえ込んでいた。でないと、立ち続ける事すらままならないから。

 

どれほどの時間が経ったのか定かではない。数秒かもしれないし、数分かもしれない、ひょっとしたら数十分程度経過したのかもしれない。そう錯覚を起こさせられても気が付けないほど、息苦しい沈黙が続いた。そんな沈黙を破ったのは、

 

  「話は以上ですか?」

 

青年だった。

 

相変わらず眼は閉じており、口調も声のトーンも以前と全く同じ調子までに戻っており、他の人が聞いたところで青年の不調には気が付かないであろう。博士を除いて。

 

  『う、うん。』

 

返事を返す博士だが、その青年の声に対して違和感を感じ取っていた。しかし、博士がその答えにたどり着くことは、出来なかった。

 

  「では、また時間を見つけてそちらにお伺いします。そのときにまた連絡しますね。」

 

  『…うん。』

 

  「では、失礼します。」

 

普段と変わらない口調で、通話を終えようとする青年。それを聞いた博士は、何ともいえない寒気を感じ取った。

此処で放置してしまったら、致命的なものが失われてしまう。何がなくなるのかは判らない。しかし、此処で止めて何かをしないといけない。そう思った博士は咄嗟に声を荒げるのだった。

 

  『ちょ、ちょっと待って!』

 

  「…? どうしました? まだ何かあります?」

 

博士の急な声にも驚く事無く、返事をする青年。どうやら、呼び止めることには成功したようだ。此処からが正念場であるのだが、その状況に立った瞬間、博士は言葉を失った。

 

  『あ、あの、いや、その。』

 

どもってしまうような、何ともいえない単語の羅列。博士は失ったのではない。始めから持っていないのだ。

このままではいけない。何とかしないといけない。だが、目的ばかり先に出てきてしまい、肝心の方法が一切思いつかない。それは、博士にとって初めての経験であった。

 

  「なんです?」

 

青年は、口調を変える事無く、ただ淡々と言葉を紡いでいく。

それが、博士の首を絞めることになっているとも知らず…

 

  『えっと、その…、つ、次に会えるのを楽しみに待ってるね!』

 

  「えぇ。私も楽しみにしていますよ。篠ノ之博士。では、失礼します。」

 

最終的に出てきた言葉は、博士が嫌う【逃避】と【妥協】だった。

 

ピッ パタン

 

 

青年は通話ボタンを押し、携帯電話を折りたたんだ。そしてそのまま近くにあった木へ凭れ、ズズズッと地べたへ腰を下ろし無造作に方膝を立てた。すると、心地よい風が青年の頬を撫で、上を向くと程よく雲があり青空をより際立たせていた。しかし、その瞳には何も映っていなかった。

 

青年の場所は丁度日陰になっており、近くにベンチもあるので休憩場所としても凡そ最適と言える場所であった。そんな中青年は、自身を何度も支えてくれた両手を。過去の実験や失敗等で付けられた細かい傷がある両手をじっと見つめ、誰にも聞こえないような声で、しかし、自分に言い聞かせるようにはっきりと言葉を紡いだ。

 

  「そうなんですよ。私は、これだけの力を得ても、結局凡人なんですよ。」

 

何かに耐えるように、ぎゅっと手を握り締めた。爪が掌に食い込み血が流れようと、骨がミシミシと悲鳴を上げようと、その手を握り締め続けた。その顔には、まるで感情が抜け落ちたと錯覚させるほどに、表情が欠けていた。

 

掌から流れ出た血は腕を伝い、制服の袖の中へ入り込んでいった。

 




どもども、最後まで読んで頂いてありがとうございます。

さて、前回の予告通り先月に投稿することは叶いませんでしたが、
今月は何とかしてもう一話投稿できないかと、現在四苦八苦しております。

断言は出来ませんが、善処をしていくつもりです。

コメント(理不尽な批判以外)、質問、代替案、どしどしお待ちしてます。

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