この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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予想以上に長くなりました……そして何とか今日中にと思ったら日付変わってこんな時間に……(^_^;)
 


爆裂狂の逃避行 2

 

 俺とめぐみんは夜の森を疾走する。背後からはいくつもの魔法が放たれ、体のすぐ側を通り過ぎて行き、その度に冷や汗がだらだらと流れる。

 とりあえず魔道具はめぐみんに任せて、俺はひょいざぶろーから逃れる事だけを考える。まずは姿を隠すところからだ。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 光を屈折する魔法によって、俺とめぐみんの姿を見えなくする。あとは潜伏スキルを使えば、そうそう見つかるものじゃない。

 

 そうやって、念の為に目立たない所に隠れて、ひょいざぶろーの様子を窺っていると。

 

「『カースド・ライトニング』!!」

 

 真っ直ぐ俺に向かって、黒い雷撃が襲いかかる!

 俺が咄嗟に身を躱すと、雷撃は後方にあった木に大きな風穴を空けてなぎ倒した。

 

「せ、先生!! 大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ、何とか……」

 

 つー、と嫌な汗が頬を伝っていく。

 今のは意図して避けたわけじゃない。モンクスキルの『自動回避』が運良く発動しただけだ。あんな不意打ち、まともに避けられるはずがない。

 

 それより、なんで居場所がバレてんだ……この潜伏コンボはそうそう破られるようなものじゃ……。

 

 そんな疑問を抱いている間にも、ひょいざぶろーはガサガサと草木をかき分け、こちらへ近付いてくる。そして、あるものが目に入ってきた。

 ひょいざぶろーのその右目には、銀色の片眼鏡がかけられていた。

 

 ひょいざぶろーは顔をしかめながら。

 

「この魔道具の前では人間だろうがモンスターだろうが、姿を隠すことはできん。…………これも邪道もいいところだが、娘のためなら」

「だからそういうの売れよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 俺は半泣きになりながら、めぐみんを引っ張って全力で逃げ出す。

 

 後ろからは怒り心頭のひょいざぶろーが、魔法をぶっ放しまくりながら追いかけてくる。

 本当に不本意ながら、いつの間にか俺とめぐみんが駆け落ちしようとして、それを追いかける父親みたいな状況になっていた。

 

 というか、この結界だって相当の魔力を使うだろうに、それに加えて上級魔法をここまで連発できるとか、どんな魔力してんだあの人。あと魔法を撃つインターバルがとんでもなく短いことから、高速詠唱にもかなりポイントを振ってる事が窺える。

 

 そんな理不尽な力に、俺は八つ当たり気味にめぐみんに突っかかる。

 

「おい、お前の父ちゃんどうなってんだよ! 商人の戦いっぷりじゃねえぞ、さっさと魔王でも何でも倒しに行った方がいいんじゃねえのあれ!?」

「ふっ、紅魔族随一の天才である私の父ですよ? 生半可な魔法使いではないのは当然でしょう。父の魔道具は入手難度の高い素材が使われることが多く、強力なモンスターと戦うこともしょっちゅうらしいので、レベルも相当なものになっていると思いますよ」

 

 そんなことをドヤ顔で言ってくるめぐみん。コイツ、もう置いていってしまおうか。

 

 紅魔族は、魔道具などの素材を集める時、ギルドを介して冒険者に依頼するということをしない。そもそも里にはギルドがない。基本的には素材も自力で調達してしまう。

 そして、紅魔族は例え商人であっても、上級魔法を使えるアークウィザードであることがほとんどで、ちょっと野菜の収穫をしてくるような感覚で一撃熊の肝を取ってきてしまう。当然、レベルも上がる。それにしたって、ここまでの強さになるのはおかしいのだが。

 

 すると、めぐみんが目を光らせて興奮した様子で。

 

「それより、先生! ヤバイです!!」

「何だよどうした! そんなにパズルが難しいのか!? 頑張れ、邪神の封印パズルも解いたお前ならきっと」

「お父さんのあの片眼鏡、ヤバイです! カッコイイです!! 先生、あれもスティールで奪ってくれませんか!?」

「いいからパズル解けえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 こんな時でもバカなことを口走る爆裂狂に叫び返しながら、俺は必死に頭を回す。

 確かにあの魔道具を奪えば姿を隠せるようになるかもしれない……が、もうそんな隙は見せてくれないだろう。その前にやられるのがオチだ。

 

「くそっ、どうする、どうする!? おいめぐみん、どうすればいい!? お前、紅魔族随一の天才なんだろ!? 何か一発逆転の策とか思い付かねえのかよ!?」

「そ、そんなすぐには思い付きませんよ! それに、私はこのパズルに集中しなければいけませんし!!」

「ああもう、使えねえな! お前から無駄に高い知力を取ったら、もう無駄に高い魔力しか取り柄ねえじゃねえか! しかもその魔力だって、魔法を覚えてるわけでもねえから使えねえし!!」

「なにおう!? そんな事言ったら、先生こそ無駄に悪い方に回る頭がダメなら、もう本格的に取り柄がなくなるじゃないですか!! ただの変態鬼畜男になるじゃないですか!! …………あれ、でもそれって普段とあまり変わらない……?」

「おおおお俺だって他に良い所は沢山あるし! 例えば…………例えば…………まぁ、あれだ、沢山あるんだよ!!」

「思い付かなかったのですね。自分でも何も思い付かなかったのですね」

「ち、ちげえよ! 沢山ありすぎて言うのが大変ってだけで…………どわああっっ!!!」

 

 めぐみんに言い返そうとした時、俺の顔のすぐ横を、背後から飛んできた黒い稲妻が通り過ぎて行き、思わず悲鳴をあげる。

 本当に容赦がない。父親が娘のことを大切にするのは当たり前だが、いくら何でもこれは暴走し過ぎだろう。…………いや、でも俺もゆんゆんを他の男に連れて行かれたらこのくらいするか。むしろ、これ以上するかもしれない。

 

 そこまで考えて、ふと俺の頭に名案が浮かんできた。

 

「…………めぐみん、お前を背負ってもいいか? 良い作戦があるんだ。尻は出来るだけ触らないように努力するかもしれないから」

「何ですか、そのとてつもなく信用できない言い方は!! 触らないでくださいよ!? 絶対触らないでくださいよ!?」

「分かってる分かってる…………よっと」

 

 めぐみんの言葉を聞き流しながら、俺は自分に支援魔法をかけてめぐみんを背負う。

 そして、そのまま手で尻や太ももの感触を楽しんでいると。

 

「やっぱり触ってるじゃないですか!!! あ、あの、ちょっと、触り過ぎですってば!!!!!」

「不可抗力、不可抗力。お前、太ももすべすべだなー」

「何言ってんですか全然嬉しくないですよ! や、やめ……あっ……んんっ……はぁ……はぁ……いやぁ……」

「おおおおおおおおおお前変な声出すなよ!? そこまでエロくは触ってないだろ!!!」

「娘に何をしてる貴様ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ひぃぃ!!!!! ご、誤解です!! コイツが大袈裟に声出してるだけですって!!!」

 

 俺が慌ててめぐみんの足を掴み直すと、後ろで「ふっ」と小さく笑う声が聞こえてくる。

 こ、こいつ……やっぱわざとか……!

 

 後ろのひょいざぶろーは、それはもうビキビキと青筋立てまくりでブチギレ状態なのだが、俺の策が上手くいったらしく、先程までのように魔法を連発してくることはない。

 めぐみんもそれに気付いたようで。

 

「先生、何をしたのですか? お父さんが魔法を撃ってこなくなりましたが」

「そりゃ俺がこうしてお前を背負ってるから、向こうも迂闊に撃てなくなったんだろ。名付けて『めぐみんバリア』だ」

「ひ、酷すぎる……何がバリアですか、ただの人質じゃないですか……」

「う、うるせえな文句言うなっ!! それよりお前も、ひょいざぶろーさんに何か甘い言葉とかかけろよ! あの人の弱点はお前だ!!」

「甘い言葉と言われましても…………お、お父さん! 先生も結構良い所もあるのですよ!? 保健室や、私の部屋の布団の中では優しくしてくれましたし……」

「なっ……あああああ……カズマ貴様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ちちちちち違います違います!!! ふざけんなよお前!? マジでふざけんなよ!?」

 

 いよいよ人間がやっちゃいけないような形相になったひょいざぶろーは、目をこれでもかというくらいに紅く光らせ、更に速度を上げて追いかけてくる。

 これ、捕まったらマジで殺されるんじゃないか俺……。

 

 とにかく、このままだと追い付かれる。

 今はめぐみんバリアがあるから大丈夫だが、もし引き剥がされたりしたら、その後俺がどうなるかは想像したくもない。

 

 少しすると、生い茂る木が途切れ、開けた場所に出た。紅魔族の誰かが、この辺の木を斬ったり燃やしたりしたのだろうか。

 いずれにせよ、これはチャンスだ。

 

 俺は急いで魔力ロープを取り出し、先端に鏃を取り付ける。

 

「めぐみん、俺にしがみつけ! 出来るだけ強く!!」

「ええっ!? で、でもそんな事したら色々当たってしまうというか……」

「何が当たんだよ何が! さっさとしろ振り落とされても知らねえぞ!!」

「本当に失礼ですねあなたは! 分かりましたよ! しがみつけばいいのでしょう!!」

 

 半ばやけくそ気味に俺にしがみつくめぐみん。

 それを確かめると、俺は手にしたロープに魔力を込めて、投擲スキルを使って思い切り前方へと投げた。ロープはどんどん伸びていき、遥か向こうにある木の上部に鏃が突き刺さる。

 

 直後、一気にロープを縮めると、俺達の体が浮き上がり、グンッと勢い良く鏃を刺した木へと引っ張られる!

 

「わっ!! ちょ、ちょっと、ぶつかっちゃいますって!!」

「わーってる!」

 

 このまま行くと、めぐみんの言う通り木に突っ込んでしまうので、ある程度木が近付いてきたところでロープを縮めるのを止める。後はここまでについた勢いに任せ、俺は無事、鏃を撃ち込んだ木の近くに着地する。背中のめぐみんもちゃんとしがみついている。

 

 この跳躍はひょいざぶろーも予想していなかったのか、遥か後方で唖然として立ち止まっているようだ。その隙に俺は素早くロープを回収して、再び走り出す。

 

 背中では、めぐみんが弾んだ声で。

 

「あ、あの、先生! そのロープ、今度貸してもらえませんか!? 魔力を込めれば使えるのでしょう!?」

「ロープなんて何に使うつもりだよ……もしかしてそういう趣味でもあんのか? ゆんゆんを縛ってイケナイ事でもする気か?」

「私のこと何だと思ってんですか!!! そんな趣味ありませんよ!!! それにゆんゆんとも、そんな関係でもありません!!!」

「え、でもお前とゆんゆん、いつも一緒にいて百合百合しいとか言われて怪しまれてるぞ?」

「ええっ!? わ、私達そんな風に思われているのですか!? 誰がそんなふざけた事を言っているのですか!!」

「ふにふらとかどどんことか」

「分かりました、その二人は後でとっちめます。違いますよロープを貸してもらいたいのは、先程みたいにビュンビュン飛んでみたいのです!!」

「ダメだダメだ、普通にあぶねーから。下手すれば大怪我するぞ」

 

 確かにこのロープを使えば機動力は上がるのだが、かなり無茶な動きをするので、基本的には支援魔法を始めとした様々なスキルと併用することがほとんどだ。つまり、子供のオモチャにできるようなものではない。

 

 背後を確認すると、先程あれだけ差を付けたにも関わらず、ひょいざぶろーが凄い勢いでどんどん差を縮めてきていた。

 俺はそれを見て焦って。

 

「お、おいパズルは!? まだ解けねえのか!?」

「まだ少しかかります、五分といったところでしょうか。後でロープで遊ばせてくれると約束してくれるのなら、もっと早く解けるかも……」

「よし分かった、後でとは言わず今遊ばせてやるよ。自分自身を弾にした人間パチンコとかどうだ? 着地とかその辺は自分で何とかしろよ」

「ぐっ……わ、分かりましたよ、解けばいいのでしょう解けば……」

 

 めぐみんはブツブツ文句を言いつつも、パズルの方に集中する。

 

 木が多い場所では、ロープを使った長い跳躍は使えない。短い跳躍を連続させる事は可能だが、それは魔力消費が激しく長くは保たない……が。

 

 ここで俺の運の良さが発揮されたのか、前方にまた開けた場所が見えてきた。思わずぐっと拳を握る。

 ただ、一つ不安要素もある。ここまでかなりスキルを使っていて、そろそろ魔力が心もとない。

 

 ……よし、ここは。

 

「悪いめぐみん、魔力がキツくなってきた。少し吸わせてくれ」

「いいですけど……そのスキルって体力も吸ってしまうのではなかったですか? 私、魔力には自信ありますが、体力は全然なので吸い過ぎないでくださいよ? すぐ気絶しますよ、たぶん」

「分かってる、その辺りは調整しつつ吸い過ぎないようにもするから安心しろ人間マナタイト。俺だってここでお前に気絶されたら困る」

「分かりました、お願いしますよ…………今私のこと何て呼びました?」

「将来有望な美人魔法使いって呼んだよ」

 

 適当にそう答えると、俺はめぐみんから魔力を補給する。本当はもっと吸っておきたいところなのだが、これ以上はめぐみんの体力的にマズイだろう。

 これが体力も魔力も高い人なら本当に人間マナタイトとして機能するんだけど、どっかにいないもんかねー。美人ならなおよし。

 

 俺から魔力を吸われためぐみんは、ぐでっと俺の肩に顎を乗せて。

 

「うぅ、ダルいです……パズルとかやる気なくなってきました……」

「が、頑張ってくれよ……そのくらい月一のアレと比べたら大したことないだろ?」

「それはそうですが…………あの先生、そういう事軽く言うのやめてもらえます? 今度ゆんゆんに、その月一のアレがこないって言いますよ。先生の方をちらちら見ながら」

「ごめんなさい俺が悪かったです」

 

 そんなバカなやり取りをしている内に、開けた場所に出る。

 俺は先程と同じように、先端に鏃の付いたロープを取り出し、向こう側の木へと撃ち込む。

 

 ここで飛べば、後ろのひょいざぶろーとはまた差を付けられ、それでめぐみんがパズルを解き終えるまでの時間は稼げるだろう。

 そんなことを思いながら少し安心して、ロープに魔力を込めて跳躍した……その時。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

 振り返ると、そこにはとんでもない長さの光の剣を、横に構えるひょいざぶろーがいた。

 ……え、ちょ、そのままぶった斬る気か? いやいや、めぐみんごと斬るわけがない……というか、やけに姿勢が低いような……。

 

 と、そこまで考えた時、ひょいざぶろーは光の剣を横に一閃した!

 

 『ライト・オブ・セイバー』は全てを斬り裂く上級魔法。強力な大魔法使いが使えば、魔王城の結界ですら斬り裂いてしまうその斬撃は、飛んでいる俺の下を通って行き。

 

 前方の、俺が鏃を撃ち込んだ木を、根本の部分から斬り飛ばしていた。

 

「うおおおおっ!?」

 

 当然、そこに向かってロープに引っ張られていた俺の体勢は空中で崩れる。

 慌ててロープを離すも、既に崩れきった体勢を整えることはできず。

 

「へぶぅぅっ!!!!!」

 

 見事に顔面から地面に墜落することとなった。

 背中のめぐみんは俺をクッションして無傷だ。たぶんひょいざぶろーもここまで計算していたのだろう。

 

 俺は思い切り鼻を打って若干涙目になりながらも、何とか起き上がろうとする。

 そんな俺の背中では、めぐみんが小さく震えているのを感じる。

 

 そこまで怖かったのだろうか……と思っていたら。

 

「せ、先生……思い切り顔からいきましたね……へぶぅぅって…………ぶふっ」

「笑ったな!? 笑いやがったなテメェ!? つーか、さっさと下りろよ重いんだよ!!」

「なっ、し、失礼な! 私は重くなんかないですよ、クラスの中でもスリムな方ですから!!」

「スリムだろうが何だろうが重いもんは重いんだよ! あと背中にお前の肋骨がゴリゴリ当たって痛いんだよ!!」

「肋骨!? 女性に向かって肋骨が痛いとか言いましたか!? おかしいでしょう他にも当たるものがあると思うのですが!!! ほら、よく確かめてくださいよ、ほら!!!」

 

 そんな感じに、地面に倒れ込んだまま言い合っていると。

 ざっと、すぐ近くで足音が聞こえた。

 

「……娘に胸を押し付けられて何を喜んでいる」

「よよよよ喜んでないですよ!? そもそも押し付けられる胸がないです!!」

「ありますって!! ちゃんと確かめてくださいよ!!!」

「おいバカやめろ!!! お前の父ちゃんが凄い顔になってるから!!!」

 

 こんなバカなことをやっているが、実際のところ本当に絶体絶命だ。

 すぐ近くにはひょいざぶろー、俺の残り魔力は上級魔法を一発撃てるかどうか。それに、この倒れている状態から何かアクションを起こすとなると、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。明らかに不審な動きをすれば、すぐに無力化されてしまうだろう。

 

 考えろ……何かないか。スキルでも魔道具でも何でもいい、この状況を打開できる何か……。

 

「…………あっ」

 

 その時、近くに落ちている“それ”を見て、俺は思わず声を漏らしていた。

 おそらく、俺が地面に落とされた時に、一緒に懐から落ちたのだろう。

 

 上手くいくかは分からない。でも、賭けてみる価値はある。

 というか、今はこれくらいしか思い付かない。

 

 俺はそれに手を伸ばした。

 つい先日、授業で使って何となくそのまま持っていた……今の今まで、持っていることすら忘れていた“それ”に。

 

「……ひょいざぶろーさん。これ、何だか分かりますよね?」

「それは……」

 

 ひょいざぶろーは俺が持っている魔道具を見て、足を止めた。

 この人もセンスこそおかしいが、一応は魔道具職人だ。一目でこれが何なのか分かってくれたようだ。

 

 だから、俺がこの魔道具と連動する魔法を辺りに展開しても、何もしてこない。この魔道具が、相手を攻撃するようなものではないと分かっているからだ。

 

 そして、俺は宣言する。

 

「俺達は、駆け落ちするつもりなんて全くありません!!」

 

 その言葉を聞いたひょいざぶろーの視線は、俺には向いていなかった。

 ただ、俺が持っている“それ”を、穴が空くほど見つめている。

 

 

 “それ”…………嘘を見抜く魔道具は、何も反応を見せなかった。

 

 

***

 

 

 森の中の開けた広場で、俺とめぐみんは正座して、あぐらをかいているひょいざぶろーと向き合っている。

 

 魔道具の動作確認などをしてから、俺達はひょいざぶろーに今まであった事を正直に話していた。

 めぐみんが爆裂魔法に魅せられ、習得しようとしていること。奥さんがそれを知って、カードを取り上げようとしていること……等々。

 

 ひょいざぶろーはしばらく何も言わず、ただじっと俺達の声に耳を傾け、やがて重苦しい声で。

 

「……めぐみん。爆裂魔法を極めるというその道、決して後悔しないと誓えるか?」

「誓います」

 

 そんなめぐみんの即答に、ひょいざぶろーは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「良い返事だ。よし、それならばワシが止める理由など何一つないな!」

「あ、あっさりだな…………あの、ひょいざぶろーさん。こんな事しといて何ですけど、親としてはもっと色々葛藤すべきなんじゃ……」

「何を言っている。自分の信じた道を歩まずして何が人生だ。例え周りからは決して理解されずとも、ただ己の信念に基づいて突き進むその姿勢、実に見事。流石はワシの娘だ!」

「ふっ、お父さんなら分かってくれると思っていましたよ。さぁ、共にあのわからず屋の母をとっちめようではありませんか!!」

「えっ、い、いや、その……なんだ…………本気になった母さんは、恐ろしいというか……」

「ええっ!? ちょ、肝心なところでヘタれましたよこの父は!! しっかりしてくださいよ、せっかくそんないかつい顔をしているのですから、もっと亭主関白な感じでガツンと言ってやってもいいではありませんか!!」

 

 めぐみんは父の襟元を掴んで揺さぶっているが、ひょいざぶろーの方は娘の方を真っ直ぐ見ることも出来ず、視線を泳がせている。

 ……いや、分からなくもないけどさ。奥さん、すげえ怖かったし。

 

 ただ、ひょいざぶろーも逃げられないとは思っているのか、やがてめぐみんのことを気まずそうに見ながら。

 

「……わ、分かった。一応説得だけはしてみよう。だがその間、めぐみんは冒険者カードを持ってどこかに隠れていた方がいい。…………カズマ」

「は、はい」

 

 ひょいざぶろーは急に真剣な表情で俺のことを見てきて、俺も自然と背筋を伸ばす。

 

「お前は教師として、娘と娘のカードは何があっても絶対に守ると誓えるか?」

「誓います」

 

 魔道具は反応しない。

 

 隣でめぐみんがぼーっとこっちを見てきているが、今は気にしている余裕はない。ひょいざぶろーからの言葉に、心から答える必要があるからだ。

 

 ひょいざぶろーは俺の返事に、一度だけ深く頷くと。

 

「……悪かった、カズマ。ワシはお前のことを誤解していた。普段はどうしようもない事ばかりするお前だが、生徒のことを大切に想い導いてくれる、立派な教師だ」

「…………ど、どうも」

 

 な、なんだろう、珍しくこの人に褒められてるんだけど……なんか恥ずかしい!

 俺は恥ずかしさを誤魔化すように一度咳払いをして。

 

「とりあえず、今日は王都に泊まろうと思ってるんですけど、それでいいですか? 奥さんの説得はひょいざぶろーさんに任せますけど、こっちもこっちで、一応手は考えてあるんです」

「あぁ、頼む。念の為に確認しておくが、本当に娘をどうこうする気はないのだな?」

「えぇ、大丈夫です。俺にとってめぐみんは大事な教え子ってだけで、女としては本当に全くこれっぽっちも意識していないんで、安心してください」

 

 当然、魔道具は反応しない…………が。

 めぐみんは俺にジト目を向けてきており、ひょいざぶろーもビキビキと青筋を立て始めて。

 

「き、貴様ああああああああああああああああ!!! ワシの娘が女として魅力がないとでも言う気かあああああああああああああっ!!!!!」

「はぁ!? えっ、ちょ、何でキレていでででででででででででで!!!!! じょ、冗談です、娘さんのことは女として意識しまくってます!!!」

 

 その言葉にチリーンと魔道具が鳴り、俺を掴むひょいざぶろーの手に更に力が込められる。どうしろってんだよこれ!

 

 そうやってしばらく俺に掴みかかっていたひょいざぶろーは、突然何かを思い付いたらしく、若干顔を引きつらせて俺から手を離した。そして、後ずさって距離を取る。

 今度は何だ、嫌な予感しかしないけど……。

 

「ま、まさか貴様、普段あれだけセクハラ三昧なのはカモフラージュに過ぎず、本当は女ではなく男を……」

「おいふざけんな!!! 何ぶっ飛んだこと言い出してんだアンタ、俺はノーマルだっつの!!!!! 魔道具見ろ魔道具!!!」

「では何故娘を女として見ないのだ!! これ程の美人、中々いないだろう!!!」

「アンタは娘を取られたいのか取られたくないのかどっちだよ! あとコイツの顔が良いのは認めるけど、まだガキだろガキ!! 俺は子供は嫌いじゃないけど、そういう対象で見るようなロリコンじゃねえんだよ!!!」

「さっきから黙って聞いていれば何なのですか!! 人のことをガキガキと、先生だって体はともかく内面はまだまだ子供じゃないですか!!! ちょっと良い事した時も、恥ずかしがって変に悪ぶったりふざけたりしますし、おまけにその年でまだ人を好きになる気持ちも分からないとか……」

「ぐっ……お、お前よりはマシだろ! お前なんて年中食う事と爆裂魔法の事しか考えてなくて色気なんざ皆無だし!! つーか、俺は漠然と彼女欲しいなーくらいは思うけど、お前の場合それすらねえだろ!! どうせその内、『爆裂魔法が恋人』だとか言い始めんだろうよ!!!」

「いくら何でもそこまで女捨ててませんよ私は!! それに、まだ恋とまでは言えないかもしれないですが……その、私にだって、少しはそういう気持ちが……えっと……ないわけでもないですし……」

 

 めぐみんは若干頬を染て、もじもじとそんな事を言ってきた。

 ハッタリだ。この爆裂狂が恋? HAHAHA。

 

 そう思って、俺はひょいざぶろーと一緒に視線を魔道具に移して…………それが反応していない事に気付いた。

 

 …………。

 辺りに一瞬、静寂が訪れたあと。

 

「……え? マ、マジで? お前……こ、恋とかしちゃってんの……?」

「い、いえ、ですから、まだ本当にそうなのかは分かりませんし、ただ、何となくそれっぽい気持ちが、ですね……」

「だだだだ誰だ……ワシの可愛い娘にちょっかい出した男は誰だ……!?」

「お、お父さん、落ち着いてください。それを知ってどうするつもりですか」

「……なに、そんなに心配することはない。少し話して殺……あー、いや、その相手がどのような人柄なのかを見て殺……ごほん、お前が幸せになれるような男なのかを見極めて殺…………とにかく、誰なんだ、言ってみなさい」

「言いませんよ、絶対言いませんよ。殺意が駄々漏れですって」

 

 そんな二人の会話を眺めながら、俺は少し考える。

 めぐみんの場合、まず好きになるくらいに男と関わる機会自体がそれ程ないはずだ。候補はかなり絞られてくる。

 

 とりあえず、普通に考えて一番ありえるのは俺だ。

 だってそうだろう、俺はめぐみんに対してそれなりにカッコイイ所も見せている…………と思う。少なくとも、ただの変態教師だとは思われていない…………はずだ。そ、そうだよな?

 

 しかし、ここで素直に“めぐみんは俺の事が好き”という結論に飛び付くほど、俺もバカじゃない。

 何せ、相手はこれまで色気なんてほとんど見せてこなかった爆裂狂だ。何か裏があると見るのが妥当だろう。

 嘘を見抜く魔道具は反応していなかったから、気になる相手自体は本当にいるのだろうが、『その相手は先生ですよー』みたいな空気を出しておいて、いざ確認してみたら『えっ、違うんですけど。ちょっとナルシスト入ってて気持ち悪いんですけど』などと言ってきて大ダメージを与えてくる可能性も十分考えられる。

 

 ふっ、俺を舐めるなよめぐみん。そんな手に引っかかる程、俺はちょろい男ではないのだ。ここはズバリ本命を言い当てて、お前を焦らせてやるぜ!

 

 俺以外でめぐみんと関わりの深い男と言えば。

 

「…………ぶっころりーだろ」

「えっ」

「なっ……靴屋のせがれか!! 確かにあの男は、めぐみんからすれば幼馴染で親交も深い……」

「はい。それにアイツ、少し前にそけっとに『将来結ばれる相手』を占ってもらったら、水晶球に誰も映らなかったらしくて。それでかなり凹んでましたから、そけっとの事は諦めて身近な攻略しやすそうな相手を狙い始めた……と考えても不思議ではありません」

「なるほど、話を聞く必要はありそうだな。今からでも、とっ捕まえて拷問を……」

「待ってください違いますよ! ぶっころりーではありません! 早まらないでください、そんな事で父が逮捕されるとか、とても恥ずかしいので!!」

「そんな事とは何だ、娘の一大事だぞ! ワシはその相手を知ってぶっ殺さなければならん!」

「もう隠す気もないのですね! 普通にぶっ殺すとか言いましたね!」

 

 ……あれ、ぶっころりーが違うってなると、もう他にめぐみんと関わりの深い男なんて……いや、何もその相手と関わりが深いとは限らないのか? 世の中には一目惚れってのもあって、コイツだって爆裂魔法に一目惚れしたようなもんだし……うーん……。

 

 しかし、やっぱり普通に考えると俺…………ちょっと待てよ。

 例え本当にそうだったとしても、ここでそれをハッキリさせるのはマズイんじゃないか。というかマズイだろ。ひょいざぶろーは俺を教師としては認めてくれたらしいが、娘を誑かしたロリコンだと認識したら、結局ぶっ殺されそうだ。

 

 俺は背筋に寒いものを感じながら。

 

「……え、えっと、ひょいざぶろーさん。そんな強引に聞き出すことでもないんじゃないですか、こういう事って……」

「むっ、しかし、娘を誑かす男など放っておけるわけが……」

「……あの、お父さん。こういう事をしつこく聞いてくる父親って……正直かなりウザいです」

「ぐっ!!! …………し、仕方ない、その事は一時保留にしておこうか」

 

 やはり娘からのキツイ一言は効くのか、何とか引き下がってくれた。

 

 それから、結界の魔道具のパズルを解いためぐみんによって結界は解かれ、三人でこれからの事を少し話し合った後、ひょいざぶろーは奥さんを説得するために里へとテレポートする。

 俺もめぐみんを連れて王都にテレポートしようとして。

 

「……そういや、もう魔力あんま残ってないんだった……。どうすっかな、マナタイト……いや、このくらいならそこら辺のモンスターから適当に吸って……」

「あ、あの、先生」

 

 俺が悩んでいると、めぐみんがモジモジと何か言い難そうに話しかけてくる。

 

「なんだよ便所か? 悪いけどその辺で」

「違いますよ! そうじゃなくて…………先程の話なのですが」

「先程のって……あぁ、お前の好きな相手ってやつか?」

「す、好きだって決まったわけではないですけどね! ただ、何となく、ちょっといいかも……ってだけです!!」

「分かった分かった、安心しろ聞かねえよ。恋でも何でも、俺の知らない所で好きなだけ青春を謳歌してろよ」

「…………先生は、その、本当は薄々気付いているのではないですか……?」

 

 めぐみんは顔を赤くさせながら、こっちをちらちらと窺っている。

 ……もう、いよいよ俺しかありえないんじゃないのかこれは? でもここまであからさまだと、それはそれで罠のようにも…………いや、ここは確認しとくべきだ!

 

「あー、めぐみん。一応聞くけど……」

「ま、待ってくださいやっぱりいいです! 何度も言ってますが、この気持ちはまだ曖昧なものですから!! だからいいです、もうこの話はやめましょう!!」

「……お、おう、そうだな……そうしよう……」

 

 めぐみんの勢いに押されて、俺も大人しく引き下がることにする。

 まぁでも、ここであまり踏み込みすぎると、これからの付き合いにおいて若干気まずいことになりそうだ。ゆんゆんの場合は、妹ということもあってブラコンとかそういう事で収まってはいるが、めぐみんだとそうもいかない。

 

 世の中には謎のままにしておいた方がいいこともある……という言葉は誰のものだったか。かなり昔に聞いたような言葉だが、この事に関してもそういうものだという事にして、曖昧なままにしておこう。それが一番だ。

 

 そう、結論付けて次の行動を考えようとした…………その時だった。

 

 ゴゴゴッ! と鈍い震動が辺りに伝わる。

 

「っ!! めぐみん!!」

「きゃっ! な、なにを……」

 

 俺がめぐみんを突き飛ばすとほぼ同時。

 

 先程までめぐみんが立っていた地面から、身の毛もよだつ巨大ミミズが這い上がってきた!

 太さは直径一メートル、全長は五メートルはあろうか。

 

 めぐみんは、突き飛ばされたことでミミズにパックリいかれることはなかった。

 

 しかし、代わりに突き飛ばした俺の方が、勢い良く飛び出してきたミミズに弾き飛ばされた!

 

 その瞬間、とんでもない激痛が全身に響き、視界が激しくブレる。

 俺の体は為す術なく空中へと舞い上げられ、地面に落ちた後もしばらく勢い良く転がり続け……やがて止まった。

 

「先生!? だ、大丈夫ですか先生!!」

 

 これには流石のめぐみんも、本気で切羽詰まった声をあげる。

 

 それに対して余裕そうな表情を浮かべて、「大丈夫、心配するな」とか格好良く言いたいところだが、残念ながらそんな余裕はない。

 全身超いてえ……血もドクドク出てるんですけど……右腕だけやけに痛みがないなと思ったら感覚自体なくなってるんですけど……たぶん折れてるんですけどこれ……。

 

 もう泣きたくなってくるが、いつまでも寝ているわけにはいかない。

 俺は朦朧としていた意識を無理矢理覚醒させ、フラフラと何とか立ち上がる。

 

 俺としたことが、完全に油断した。ひょいざぶろーと和解できた事に、安心して気が抜けていたのだろう。

 

 突然飛び出してきた巨大ミミズ……ジャイアント・アースウォームは、本来であれば図体だけの雑魚モンスターでしかない。しかし、紅魔の里周辺に出現する個体は強力に進化している。通常種と比べて動きが断然速い上に、本来柔らかいはずの体表に地中の鉱石類をまとって驚きの硬さを手に入れているのだ。

 ちなみに、この鉱石類は良い武器の素材になり、倒した後に採掘すると中々の稼ぎになったりもする。規模は違うが、宝島と呼ばれる甲羅に貴重な鉱石類を蓄えた超大型カメ、玄武と似たようなものだ。

 

 俺は吹っ飛ばされたことで、巨大ミミズとの距離は少し開いている。そして、めぐみんとも。

 巨大ミミズは目のない頭部を、近くにいためぐみんへと向け、グパッとピンク色の大口を見せた。

 

「ひっ!!」

「おいめぐみん! めぐみん!!」

 

 そのグロさに、めぐみんはすっかり縮み上がっており、俺の声が届かない。

 まぁ、このままパックリいかれても、このモンスターには歯があるわけでもなく消化液もそこまで強力でもないので、すぐに『ライト・オブ・セイバー』なんかで鉱石ごと体をズバッとしてやれば、一応助けられる。

 

 ……と言っても、モンスターに捕食されるなんてトラウマになってもおかしくはない。粘液まみれになった美少女というのも、それはそれでエロいのかもしれないが、あいにく俺はロリコンではないので、めぐみんがそんな事になっても特に反応はしない。

 

 俺は魔力ロープを投げて、魔力を込めてめぐみんに向かって伸ばしていく。

 めぐみんの視線は巨大ミミズに固定されていて、ロープに気付く様子はない。だが、別に気付かなくても構わない。

 

 ロープがめぐみんの元へと着くと、俺はぎゅっとそれを握りしめ。

 

「『バインド』ッッ!!!」

「きゃあああっ!! えっ、な、なんですか……!?」

 

 突然ロープによって拘束され、めぐみんはようやくミミズから目を逸らして、自分に巻き付いているロープを見て目を丸くする。

 直後、俺は魚でも釣り上げるかのように、ロープを引っ張り上げると同時に魔力を込めて一気に縮める。めぐみんはされるがままにこちらへ飛んでくる。

 

 やがてドンッという衝撃と共に、俺はめぐみんを受け止める。

 人一人にしては衝撃自体は少ない方ではあるのだが、ボロボロの体にはかなり響く。全身にビリビリと鋭い痛みが走った。

 

「いってえ!! やっぱ肋骨いてえよお前!!」

「ご、ごめんなさい……肋骨女でごめんなさい……」

「えっ……あ、いや……じょ、冗談だ冗談! や、やめろよそんな反応されると、俺がただの最低男みたいじゃねえか……」

 

 こんな普通に申し訳無さそうな反応してくるとは思わなかった……ちょっとふざけて、めぐみんを安心させようかと思ったのに…………こんなやり方しか出来ないのが悪いな、うん……。

 

 巨大ミミズはすぐにこちらを向き、凄い勢いで迫ってくる。この手のモンスターは、目がない代わりに音や体温を感知して襲ってくる。再び、そのピンク色の口が大きく開かれた。

 それを見て、めぐみんが涙目で抱きつく力を強める。

 

「ひぃぃ!! せ、先生!! 強くて格好良い先生!! 早くあれをやっつけてください!!!」

「いや無理。魔力もあまり残ってないし、この体だし」

「ええっ!? な、なんでそんなあっさりとしているのですか、それって絶体絶命というやつなんじゃないですか!? あ、そ、それなら私から魔力を吸ってください!」

「いや、これ以上吸うとお前の体力が危ないって…………まぁ、そんなに不安がるなよ。パクッと丸飲みにされても、もしかしたらブリッとケツから出られるかもしれないだろ?」

「嫌ですよ!!! というか、その前に窒息死するでしょう普通に!!! ほ、本当にもうダメなのですか!? 食われるしかないのですか!?」

 

 めぐみんはいよいよガタガタと震え始める。

 俺は返事代わりに、懐からあるものを取り出した。

 

「安心しろって、魔法使いの必需品くらい持ってる」

「あっ……!!」

 

 魔法使いは魔力が無くなったら役立たずもいい所だ。

 だからこそ、魔法使い達は万が一の時の為に、魔力が尽きたとしても戦える手段を残しておく。

 

 俺は素早く魔法の詠唱をすると、手に持っているアイテムを強く握りしめた。

 使用する魔力を肩代わりしてくれるアイテム、マナタイトだ。

 

 迫り来る巨大ミミズを真っ直ぐ見据え、俺は叫ぶ!

 

 

「『テレポート』ッッ!!!」

 

 

***

 

 

 夜の王都を、俺はめぐみんと二人で歩いている。

 隣のめぐみんは、ちらちらと俺の方を不安そうに見て。

 

「大丈夫ですか、先生? やっぱり肩貸しますって」

「大丈夫だって。お前だってドレインで体力吸われてるんだから、無理すんな」

 

 そう言って格好つけてみるが、正直結構辛い。血はある程度止まってくれたのだが、全身の痛みは全然引く気配はない。

 

 周りの住人達も、心配そうな表情をこちらに向けてはくるが、こういう傷だらけの冒険者が街を歩いているというのはそこまで珍しいことでもない。特にここ王都では、高難易度のクエストで大怪我して担架で運ばれている冒険者というのもよく見る。

 

 とは言え、こうやってめぐみんに本気で心配されるというのも何だかむず痒いので、話題を変えてみることにする。

 

「それより、どうだったよさっきの俺は。身を挺して生徒を守る……まさに教師の鑑みたいな人間じゃね。もうただの変態教師だとかは言わせないぞ、学校に戻ったらちゃんと俺の武勇伝を皆に伝えるんだぞ」

「……ふふ、今更そんな事しなくても、あなたが良い先生だって事くらい皆分かっていますよ。この間の勇者候補の人の一件で分かったでしょう?」

「あー……そうだったっけ。もう忘れちまったよ、俺は過去には囚われないタイプだしな」

「照れ隠しですね」

「照れ隠しじゃねえし!」

 

 ぐっ、こ、こいつ、年下のくせにニヤニヤと余裕そうな顔しやがって!

 俺は大袈裟に咳払いをすると。

 

「しっかし、お前もああいうグロいモンスターは普通に苦手なんだな。ゆんゆんがああいうの苦手なのはよく知ってるけど、何となくお前は、どんなゲテモノでも顔色一つ変えないイメージがあったんだけど」

「いい加減先生には、私のこと何だと思っているのか詳しく聞きたいですね。分かっていないようなら言っておきますけど、私、12歳の女の子なのですが」

「普段の言動が言動だからなお前……まぁでも、巨大ミミズに怯えて、涙目で俺にしがみついてくる姿は結構新鮮で可愛かったな」

「うっ……わ、私が魔法を覚えれば、あんなミミズ怖くも何ともないですけどね! ……な、何ですかその目は! 本当ですよ!!」

「はいはい……なんだ、意外と大丈夫そうだし、もっと勿体つけて、怯えるめぐみんを楽しんでからテレポートしても良かったな……」

「なっ、そんなこと考えていたのですか!? そういえば、マナタイト持っているならもっと早くテレポートしてしまえば良かったじゃないですか!!」

「いや最初にミミズに襲われた時は、本当に余裕がなかったんだって。いきなりだったし、詠唱してる時間もなかったし。ただ、お前を回収した後に、少し勿体つけてお前の様子を楽しんだってだけだ。まぁ、そんなに気にすんなって、ギリギリのところでテレポートで逃げるって紅魔族っぽいじゃん」

「普段は紅魔族のお決まりなんて無視しまくってるくせに、こんな時だけそんなことを言われても! 本当に先生はどんな時でもろくでもない事ばかり考えますね! ちょっとカッコイイとか思った私の気持ちを返してほしいですよ!!」

 

 そうやってぎゃーぎゃー騒いでいるめぐみんに、俺は少し安心する。

 これだよ、これ。俺達の間に甘酸っぱい空気なんていらん、こうしてバカなことを言い合ってるのが一番落ち着く。

 

 そこで、めぐみんはふと思い出したように。

 

「そういえば先生、マナタイトはまだあるのではないですか? それを使って回復魔法で傷を治せばいいのでは」

「やだよ、マナタイトだって安くないんだぞ。特に俺が常備してるのは上級魔法用の上質なマナタイトだし。今日はもうテレポートで一つ使っちまったから、もう使いたくねえ。正直歩くのも辛いけど、教会まで行って回復魔法かけてもらう方が安上がりだ」

「ど、どれだけお金への執着心が強いのですか……なんだか段々と心配する気が失せてきたのですが……」

「それよりめぐみん、この折れた腕なんだけどさ、これだけ魔法を使わずに自然治癒に任せたら、治るまで愛しの妹が手取り足取り世話してくれないかな? ちょうど利き腕だし」

「さっさと魔法で治せと怒られて終わりでしょう」

 

 もはやめぐみんは先程までの心配そうな表情はどこへやら、すっかり冷めた目でこちらを見ている。……この目に安心するのは、別に俺がそういう性癖に目覚めたとかいう事ではないはずだ。

 

 そのまま俺達が教会に向かって歩いていると、知り合いの冒険者なんかが話しかけて来る。

 

「お、なんだどうしたよカズマ! お前がそんなボロボロになってるなんて珍しい。いいな、お前のそういう姿見ると、なんかスカッとするわ!」

「もしかして、その紅魔の子に手を出そうとしてこっ酷くやられたのかー? なんだよ、お前ロリコンではないとか言ってたくせに、やっぱそういう趣味もあるんじゃねえか」

「ねえカズマ、あたしが回復魔法かけてあげよっか! ただし、相場の数倍でね! あはは、あんたがいつもやってる手でしょー?」

 

 こ、こいつら……後で覚えてやがれよ……!

 冒険者からすればこうやってボロボロになるのは日常茶飯事なので、このくらいの怪我では心配なんてしてくれない。俺の普段の行いも相まって、こうやってからかわれるのが普通だ。

 

 しかし、まだそういった事を分かっていないめぐみんは、むっとして。

 

「何なのですかあなた達は、先生は私のことを守って怪我をしたのですよ! そんな先生のことを笑うなんて、この私が許しません! それ以上言うつもりでしたら、私にも考えがあります!!」

 

 めぐみんはそう言って、紅い目を光らせる。

 さっきまでこいつも俺のことをろくでもないとか散々言っていたはずなのだが、他人が言うのは許せないとかそういうものなのだろうか……でも、まぁ、庇ってくれるのはちょっと嬉しい。

 

 そんなめぐみんの様子を見て、冒険者達は慌てて。

 

「わ、悪い悪い! 気に障ったのなら謝る、紅魔族にケンカ売るつもりはねえって!」

「待てコラ、俺も一応紅魔族なんだけど」

「しっかし、カズマの事を庇う女の子なんて初めて見た…………お前まさか! 女にちょっかいかけたりとかはよくやってたけど、いつも相手にされないってのがお決まりのパターンだったのに、ついにゲットしちまったのか!? しかもこんな小さな子を!!」

「おい、その小さな子というのが誰のことなのか言ってもらおうじゃないか!」

「ま、待って待って! ねぇあなた、本当にそんなのが好きなの? 人生の先輩としてアドバイスするけど、カズマだけはやめといた方がいいわよ?」

「すっ……な、何を言っているのですかまったく、すぐにそういう色恋話に持っていくのはやめてほしいですね。私を助けてくれた先生のことを庇うのは人として当然のことですので、別にそういった感情があるという事には……」

「ねぇこの子、ちょっと顔赤らめちゃって、すごく可愛いんだけど! ちょっとカズマ! あんたこんな可愛い子を手籠めにするとか、ホント悪魔ね悪魔!! どんなエグい手使ったのよ!!!」

「誰が悪魔だ手籠めにもしてねーよ!! いつまでも調子乗ってると剥ぐぞコラ!! スティール一発分くらいの魔力は残ってんだからなぁ!!!」

 

 それから似たようなやり取りを他にも何組かの冒険者パーティーとやった後。

 めぐみんは小さく溜息をついて、呆れたようにこっちを見てくる。

 

「今更ですが、先生は普段からどんな生活を送っているのですか。いくら荒くれ者ばかりの冒険者でも、ここまでからかわれるというのは異常だと思いますが」

「なんだよ俺の私生活が気になんのか? とりあえず二年後くらいに出直してこい」

「…………二年後に出直せば、詳しく教えてくれるのですか?」

「えっ、いや、そういうわけじゃ……な、なんだよ、やめろよ、俺が求めてる反応はそういうんじゃねえよ……」

 

 めぐみんは俺に向かって小首を傾げ、クスクス笑っている。

 くそっ、コイツ、俺がこういう空気苦手だって知っててわざとやってやがるな! 色気もないくせに魔性の女気取りか!

 

 とにかく、コイツのいいようにやられるのは我慢ならない。ここはさっきみたいに何かふざけた事でも言って、いつもの空気に戻して……と思った時。

 

「おっ、どうしたカズマ、その怪我は。いつも自分の安全を確保するのが最優先で、せっこい事ばかりしてるお前が珍しいな」

 

 いきなりそんな失礼極まりない事を言ってきたのは、大剣使いのレックスだ。クエスト帰りなのか、仲間のテリーとソフィも一緒にいる。

 

「うるせえな脳筋。言っとくけど、今回は名誉の負傷ってやつだぞ。何せ、生徒を守って怪我したんだからな」

「生徒……あぁ、また違う妹か。あんま手当たり次第ってのはやめといた方がいいんじゃねえの? あの子、相当ヤバかったし、こんな所見られたらどうなるか分かんねえぞ」

「だからゆんゆんはマジな妹だっつってんだろ。確かにヤバイけど。あと今回は別にデートとかそういうのじゃねえよ。生徒の就職活動を手伝ってるだけだ」

「ははっ、本当かよそれ……嬢ちゃんも気をつけた方がいいぞ? あぁ、俺はレックスで、こっちはテリーとソフィだ。よろしくな」

 

 レックスのその言葉に、めぐみんはここぞとばかりにバサッとローブをはためかせ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者! よろしくお願いします」

「……そうだな、これが紅魔族だよな、うん」

「おい、我々のカッコイイ名乗り方に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 何か納得したように頷くレックスに、めぐみんが不満そうに絡んでいく。

 仲裁に入るのも面倒なので放っておくと、斧使いのテリーが。

 

「それにしても、結構な深手じゃないのかそれ。教会に向かっているんだろう? カズマには恩もあるし、運んで行こうか?」

「おぉ……今日ここに来て初めて、人間らしい暖かみのある冒険者に会ったぞ……じゃあ」

 

 ようやく人の優しさというものに触れて少し感動し、ここは素直にテリーの言葉に甘えようかと思っていると、レックスがめぐみんから逃れてきて口を挟んでくる。

 

「おいおい、そんな甘やかさなくていいだろテリー。へっ、そうだな……ならカズマ、『お願いしますレックス様』とか言えば、レックスお兄ちゃんがおんぶしてあげまちゅよ?」

「なぁソフィ。レックスの奴さ、この間お前の」

「俺が悪かった! 許してくださいカズマ様!!」

「……ねぇ、凄く気になるんだけど。なに、レックスが私に何かしたの?」

 

 街中だというのに即座に土下座するレックスに、凄く訝しげな表情を浮かべるソフィ。

 そして、またいつものが始まったと、どんよりした視線を送ってくるめぐみんは放っておいて。

 

「よし、じゃあ頼むわテリー。本音を言うと、鎧を脱いだソフィのむちむちボディを満喫しながら運んでもらいたいところだけど、この際贅沢は言わねえよ。運んでくれるだけでも十分ありがたい、助かるよ」

「あの、この人割と大丈夫そうなので、後は私に任せてもらって結構ですよ」

「そうみたいね。じゃあ、私達はもう行こうかしら。またね、カズマ、めぐみん」

「ええっ!? お、おい、待ってって! 何だかんだ結構重傷だと思うんですけど俺!!」

「先生が重症なのは頭でしょう。ほら行きますよ」

 

 テリーは何度かこちらを振り向いてはくれたが、ソフィに引っ張られて行ってしまう。レックスはレックスで、ひたすらソフィに何か焦った様子で説明しているようだった。

 

 そして、俺は結局歩いて教会まで行くこととなってしまった……なんて世知辛い世の中だ……もっと優しさがほしいです……。

 

 

***

 

 

 その後、教会に行って傷を治してもらうと、今日はもう宿をとって休むことにする。

 元々用があるのは王城なのだが、こんな夜中に訪ねるというのもアレだろう。それに、明日の朝にはひょいざぶろーと落ち合って、説得が上手くいったかどうかの確認をすることになっている。とりあえず動くのは、その結果を知ってからでいいだろう。

 

 宿は前回ゆんゆんとのデートで泊まったところだ。

 そして、受付で部屋を選ぶ時になって、ふとこの前のことを思い出し、ニヤニヤとめぐみんの方を向いて。

 

「ダブルでいいか?」

「いいですよ」

「…………あのさ、女の子って王都に来ると気が大きくなるというか、色々寛容になるもんなの?」

「えっ? いえ、それは分かりませんが……どうしたのですか急に」

 

 きょとんと首を傾げるめぐみん。

 え、なに、俺がおかしいの? 教師と生徒がダブルの部屋に泊まるって普通なの?

 

 そんなことをモヤモヤと考えながら、自分で提案した手前今更変えるのも気まずいので、そのままダブルの部屋を取って、俺達は部屋へと向かう。

 

 ドアを開けると、そこには相変わらず高級な空間が広がっている。

 ただ、めぐみんの場合はゆんゆんとは少し反応も違っていて、窓から見える夜景よりもルームサービスのメニューや、お風呂に備え付けられている高級魔道具に興味津々といった様子だった。

 

 とりあえず、今日はもう疲れたので、風呂に入るとさっさと眠ってしまうことにする。

 俺が布団に入って横になると、めぐみんも隣に入ってきて。

 

「……今日は抱き枕がどうのこうのとか言わないのですね」

「言わねえよ、流石にあんなマジ泣きされたのに、またやらかす程鬼畜じゃないっての。……そういや、お前寝相は大丈夫か? なんか俺をベッドから突き落としてきそうで嫌なんだけど」

「ですから先生は私のことを何だと……はぁ、大丈夫ですよ、寝相は良いほうです。それより、あの、少し聞きたいことがあるのですが……ゆんゆんのことです」

「ん、別にゆんゆんは胸を大きくする為に特別何かやってるわけじゃないぞ。やっぱ遺伝とかその辺の問題なんじゃねえの。あ、でもお前の場合は栄養が十分じゃないって可能性もあるにはあるけど……」

「胸のことではないですよ! あ、いえ、それも気になってはいましたが……そうですか、ゆんゆんは何もやっていないのですか…………ではなくて! …………先生、王都でゆんゆんとデートしたというのは本当なのですか?」

「本当だよ。ほら、お前らにもお土産やっただろ? あの時だよ」

「えぇ、それは覚えていますが……私はてっきり家族で行ったのかと思いまして。というか、他の皆もそう思っていると思いますが…………デートということは、二人きりで行ったのですよね?」

「そうだよ。ゆんゆんが連れて行ってって言ってきてさ」

「…………意外と積極的な所もあるのですねあの子は」

 

 めぐみんは少しむすっとした顔になっている。

 ……これってもしかしなくても。

 

「なにお前、もしかして嫉妬してんの?」

「……してると言ったらどうします?」

「えっ……どうするって言われても……」

 

 段々分かってきた……コイツ、二人きりだと結構こういう事言ってくるみたいだ。

 ここは適当に軽口でも叩いて、無理矢理いつもの空気に戻すところかもしれないが、疲れてもうそんな気力も湧いてこない。

 

「ったく、バカなこと言ってないでさっさと寝るぞ。ちゃんと規則正しい睡眠を取らないと胸って成長しないらしいぞ」

「ぐっ、先生こそバカなこと言ってるじゃないですか、胸が大きくなると言えば何でも言うこと聞くと思ったら大間違いですよ。今夜はもう少し私の話を聞いてもらいますよ。というか、こんな美少女と同じ布団の中で語り合う事ができるのですから、もっと喜んだらどうです」

「わーやったー。で、話って何だよ手短にな」

「……はぁ。先生はいつもそうです。デリカシーなど皆無で、いつも何かしらのセクハラ行為ばかり。自分が得する為には手段を選ばず、えげつない事でも平気でやる。将来的に楽することしか考えてなくて、その為に今は一生懸命頑張るとかいう何とも反応に困る努力を続ける、そんな人です」

「おやすみー」

 

 何故寝る前にこんなグサグサ言われなくてはいけないのか。こんなの真面目に聞いてられっか、さっさと寝ちまおう。

 

 そう思って、めぐみんに背を向けて目を閉じたのだが。

 

「…………今回も、本当にありがとうございます。私と、私のカードを守ってここまで逃げてくれて。モンスターから私を守ってくれた時なんて、とても格好良かったです。それに、先生がいてくれなかったら、きっと私は上級魔法を覚えさせられていたでしょう。普段は憎まれ口ばかり叩いて、ゲスい言動にドン引きする事も多いですけど、何だかんだこうして助けてくれる……先生は、そんな人です」

 

 めぐみんが、俺に抱きついてきた。

 そのままぎゅっと、体を押し付けてきて。

 

 

「私は……そんな先生のことが、好きですよ」

 

 

 言いやがった。普通に言いやがったコイツ。

 なにこれ、どうすんの、どうしてくれんのこの空気…………いや、待て、落ち着けよく考えろ。

 

 確かに今、めぐみんは俺のことが好きだと言った。

 しかし、好きと言ってもいくらでもあるだろう。そもそも、コイツ自身が言っていただろう、『この気持ちは曖昧なもので、本当に恋かどうかは分からない』、と。

 

 というか、まず、めぐみんが言っていた“気になる相手”というのが俺だというのも確定ではないのだ。そっちは全く関係ない他の人で、今俺に言った“好き”というのは、あくまで人としてというオチだってまだ残されている。

 

 そのまま俺はしばらく頭を悩ませ……決める。

 

 やはり、ここは安易に飛び付くべきではない。

 最悪の場合、『これだから童貞は。ちょろ過ぎるでしょう』と鼻で笑われる。

 

 ……よし、まずは一つ一つ確認していくことから始めよう。

 

「…………あ、あのさ、めぐみん。その“好き”ってのは、つまりどういう意味なんだ?」

「…………」

「い、いや、答えづらいってんなら、別にいいんだ、それでも。まぁ、でも、ほら、一応聞いておくべきだなって思って……」

「…………」

「…………あれ、めぐみん? その、やっぱデリカシーがない……か? 悪い、俺、そういうのは本当に分からなくて……だから何か言ってくれると…………ん?」

 

 俺はさっきから無言を貫くめぐみんに少し焦り始めていたのだが、何やら様子がおかしい事に気付く。

 

 ……おいまさか。

 俺はとんでもなく嫌な予感を覚えながら、寝返りを打ってめぐみんと向き合い、その顔を覗きこむと。

 

 

「…………すかー…………」

 

 

 めぐみんは、それはそれは健やかな寝息をたてていたそうなー…………ぶっ殺!!!!!

 

 

 瞬間、俺はベッドの上を全部一気にひっくり返す!

 その後、高級宿の一室ではしばらく罵声や暴力が飛び交い、真夜中過ぎまで止むことはなかった。

 

 

***

 

 

 翌日の朝、俺達は寝ぼけ眼を擦りながら、ひょいざぶろーとの合流地点まで歩いていた。

 昨夜は散々やりあって、眠ったのは深夜を回ってからだった。これがエロい意味だったなら、カップルあるある話になるのかもしれないが、実際はケンカしていただけで、そういった色気など皆無だったりする。

 

 隣ではめぐみんが呆れたように。

 

「先生、いつまでむくれているのですか。まったく、子供なのですから。ほら、仲直りしましょう?」

「黙れ悪女。俺はな、人を振り回すのは好きだが、人から振り回されるのは大っ嫌いなんだよ」

「平然と酷い事言ってますねこの男……話の途中で眠ってしまったのは謝りますって、そこまで怒らなくてもいいではないですか。というか私、どこまで起きていたのですか? ぶっちゃけると、どこから夢だったのか少し曖昧になっているのです」

「お前はそういう奴だったよちくしょう!!」

 

 別にめぐみんと良い雰囲気になっていたのに水を差されて怒っているわけではない。正直このロリっ子とそういう関係になろうだなんてこれっぽっちも思わないし、むしろああいう妙な空気がぶっ壊れて安心したところもある。

 

 でも、俺だってそれなりに真剣に考えていたんだ。

 ああいったシリアスな空気の中で、本当にめぐみんが俺のことを異性として好きだと言うなら、流石に俺も真面目に答えなければいけない。いつものノリでバッサリ振るなんてできるはずもなく、相手のことを想った言葉を必死に考えるとかいう、柄にもない事もしてたのに! 

 

「断言する。やっぱお前、将来は結婚できなくて行き遅れる」

「なっ、何ですか急に! ふん、そんな事はありませんよ。私は将来、世界最強の魔法使いになりますし、しかもこの美貌です。男なんて放っておいても寄ってくる事でしょう」

「で、その肩書や見てくれに騙されて近付いた男達は皆、お前がただの頭のおかしい爆裂狂だって知って離れていくわけだ。その顔だってもったいねえよな、お前に整った顔が付いてても何も意味ないのに。ホント神様ってのは無駄な奴に無駄なモン授けやがる」

「意味がない!? 無駄!? 自分の顔に対して、ここまでの悪口を言われたのは初めてですよ!!! いいでしょう、売られたケンカはいつでもどこでも買うのが紅魔族です!!!」

「はっ、紅魔族随一の天才とか言ってる割には学習しねえなお前も! 俺はモンスター相手よりも対人戦にこそ真の力を発揮するってまだ分かんねえか!! 何度かかってきても結果は同じなんだよ!!!」

 

 俺は掴みかかってきためぐみんの顔面を鷲掴みにして、いつものようにドレインタッチで勝負を決めてしまおうとした…………その時。

 

 めぐみんが大声で叫んだ!

 

「きゃああああああああああああ!!!!! だ、誰か助けてください!!!!! この男に犯されます!!!!!」

「っ!? お、おまっ、何言って…………あ、ちょ、ちょっと待ってください! 違います!! 俺はコイツの教師でして、少し躾を……本当ですって!!! おいコラめぐみん、早く説明しろマジで洒落にならないから!!! えっ、署で……? い、いや、あの…………めぐみん様ぁぁ!!! お願いします助けてください!!!!!」

 

 警察の人に連行されそうになりながら、俺は必死にめぐみんに縋り付く。

 そんなわけでこの日は、初めてめぐみんにケンカで負けた日となった。

 

 覚えてろよこのクソガキ……!

 

 

***

 

 

 集合場所にひょいざぶろーが来ない。

 とっくに約束の時間は過ぎているのだが、何かあったのだろうか。……うん、何かあったんだろうな。何があったのかは、あまり深く考えないことにした。こわいし。

 

「よし、じゃあ次の手を打つぞ。ひょいざぶろーさんの犠牲を無駄にするわけにはいかない」

「そうですね。では行きましょうか先生」

 

 ここでひょいざぶろーの事を心配して里に戻るという事にはなるはずもなく、俺達はさっさと次の行動に移る。

 

 次の手、それはもちろん、めぐみんの騎士団入団の内定をもらうことだ。

 めぐみんの家で奥さんに話した時は、まだ具体的にまとまっていたわけでもなかったので、納得してもらえなかったが、正式に内定を貰えたのであれば別だろう。

 めぐみんの性格的に合っていないんじゃないかという心配は残るが、それでもある程度安定した収入と、冒険者になるよりは危険が少ないというのは奥さんも分かっているので、そこまでの問題にはならないだろう。騎士団側……クレアなどに、めぐみんは実は騎士団に合っているとか、適当な事言ってもらうという手もあるし。

 

 というわけで、俺達は王城へと向かう。

 今日はアイリスへの謁見ではないのだが、一応王城へ行くという事で正装くらいはしておいた方がいいだろう。めぐみんは就職活動みたいなもんだから、ドレスじゃなくてスーツかな……いや、魔法使いとしての正装なら、ローブでいいのか……?

 

 俺はそんな事を考えながら、めぐみんのことを眺めて。

 

「……あー、制服でもいいのか別に。学生なんだしな」

「そうなのですか? でも、それなら助かります。まぁそもそも、家が貧乏なんで他の服なんて持ってないんですけどね」

 

 そういえば、めぐみんの服装に関しては、制服姿とパジャマ姿しか見たことがない。ふにふら達が、めぐみんはオシャレに無頓着だとか言っていたが、そういった切実な理由があると少し可哀想にも…………いや、コイツの場合は例え金があっても服には使わなそうだな。

 

 ただ、普段着が一着しかないってのは色々不便ではなかろうか。

 

「お前、ちゃんと服洗ってんのか? 仮にも女子が臭いとか結構アレだぞ。まぁ、臭いフェチとかその辺の男を狙ってんなら……」

「先生は本当にそういう事を平気で言いますね! ちゃんと洗ってますよ! 魔力式洗濯機に放り込めば、すぐに済むというのは先生だって知っているでしょう!」

 

 そんな事をムキになって言ってくるめぐみん。

 うん、まぁ、知ってて言ったんだけどさ。むしろ、いつも良い匂いするし、コイツ。

 一般的には、そういった魔力を使う家庭用器具は高価なものではあるのだが、紅魔の里ではそれが標準仕様で、めぐみんの家のような貧しい家庭にも備え付けられている。

 

 とりあえず、めぐみんは制服でいいかもしれないが、付き添いの俺は念の為にスーツの方がいいだろう。スーツは家に何着かあるが、ここに持ってきているわけではないので、服飾店に入ってレンタルしてもらうことにする。

 

 店に入って、俺が店員さんにスーツを見繕ってもらっている間、めぐみんはきょろきょろと服を眺めていた。もしかしたら、こういった店に入ること自体ほとんどないのかもしれない。

 

 少しして、俺は店員さんからスーツを受け取ると、未だにきょろきょろとしているめぐみんに。

 

「服が欲しいのか? 何か買ってやろうか?」

「えっ……あ、い、いえ、大丈夫です。私は制服で十分ですので……」

「なんだよ、こんな時だけ遠慮すんなって。仮にも女子が私服持ってないってのもアレだしさ」

「…………そ、それではお言葉に甘えましょうかね……あの、もし良かったら、先生が選んでくれませんか? 私は自分で服を買った事などありませんし……」

「それは別にいいけど……あんまし俺のセンスには期待すんなよ?」

「ふふ、分かっていますよ。先生が可愛いと思う服を選んでくれるだけでいいです。それにしても意外ですね、先生って女性に対して、こんな気軽に何かを買ってあげるようなイメージはなかったのですが。むしろ女性の方に払わせるというか」

「まぁ、そうだな。何とか女の子とデートまで漕ぎ着けた時とか、『これいいなー』とか物欲しそうな目で服やアクセサリをねだってくる子とか何人かいたけど、『俺は女には貢がない。むしろ女に貢がせたい』ってハッキリ言ってたしな。その後、速攻で帰られるんだけど」

「でしょうね。まぁでも、セリフはともかく、ハッキリ言うのは良い事ですよ。お互いのためにも。…………ですが、何故私には服を買ってくれるのですか?」

「お前は、例えるなら仲の良い親戚の子供って感じだからな。俺、子供は結構好きだから何か買ってあげるのに抵抗はないんだ。あ、ロリコンとかそういう意味じゃないぞ?」

「……こ、子供、ですか」

 

 俺の言葉に、何か納得できないようにむくれるめぐみん。

 まぁ、めぐみんだって成長していく。今はこんなんだが、いつかは子供扱いできなくなる日がくるのかも…………なんか、ゆんゆんと一緒であまり想像できないな。

 

 そんなわけで、俺はめぐみんの服を選ぶこととなり、めぐみんは俺の後ろをひょこひょこと付いてくる。

 ……ふむ、真面目に選んでやってもいいが、まずは遊んでみるか。

 

 そう思って、俺はネタ方面で適当に服を選び、めぐみんに渡して試着させてみることにする。めぐみんは少し戸惑った様子ではあったが、大人しく試着室に入る。

 

 試着室のカーテンが開き、若干恥ずかしそうにしながらめぐみんが出てくると。

 

「ど、どうでしょうか……こういった服を着るのは初めてで……」

「…………かわいいな」

「あ、そ、そうですか…………あの、何か悔しそうにしていません?」

「してないよ」

 

 めぐみんの服装は、膝下くらいの丈で幅広のズボン……本来はズボン下らしいが……ステテコと呼ばれているものに、背中に「爆裂道」と書かれたラフなTシャツ、それにサンダルだ。まるで休日のオッサンのような服装なのだが…………よく似合っている。

 ちなみに、文字が書かれたTシャツは、魔力で好きな文字を書けるようになっている。まぁ、普通に考えて爆裂道なんて書く奴はコイツくらいしかいないだろう。

 

 それにしても、俺は笑ってやるつもりだったのだが、普通に可愛い。なんだこれ、顔が良いとどんな服でも様になるというのは聞いたことがあるが、こんなのでも大丈夫なのかよ。なんか面白くない。

 ……俺なんか、どんなに流行の組み合わせを試してみても、どうしても冴えない感じが抜けないってのに……世の中不公平だ。

 

 それから俺は、めぐみんに何着かネタ系の服を着せてみたのだが、やはりどれもこれも似合ってしまう。まるで、めぐみんに合わせて、服の方が印象を変えているようにも思えるくらいだ。

 

「ぐっ……あのー、すいませーん! もっと、こう、変な感じの服ないですか!」

「変な服って言いましたね今! さっきから何だか服のチョイスがおかしいとは思っていましたが、やはり意図的だったのですか!」

「いやでも、お前が普通に可愛い服とか着たら、それこそ外見に騙される哀れな男が増えるじゃねえか。だから、ここは服装から頭おかしいようなものにして、コイツはまともじゃないですよって周りに警告した方がいいと思うんだ」

「もはや私のことなんて、これっぽっちも考えていませんよねそれ! 背中に『変人注意』とかいう貼り紙を張られて歩かされるイジメと変わらないではないですか!!」

 

 そんなことを言い合っている俺達に、店員は「特殊な服ならありますが……」などと言ってきて、少し気まずそうに奥の方へと案内してくれる。

 

 そこには。

 

「……サキュバス風の服か。なるほど、こういうのもあるのか」

「ま、待ってください! いくら何でもこれは着ませんからね! 布面積が少なすぎるでしょう、これって服としてどうなのですか!?」

「安心しろって、いくら俺でもお前にこんなもん着せて惨めな思いをさせるなんて事はしねえよ。流石に酷すぎるもんな」

「…………決して着るつもりはないのですが、その言い方にはどこか納得いかないのですが……」

「めぐみんにこんなもん着せたら、貧相な体が目立っちまうだろ」

「ハッキリ言えという意味ではないですよ!!! もっとオブラートに包んでくださいってことです!!!!!」

 

 何やら怒っているめぐみんは放っておいて、俺は他にも色々見て回る。

 しかし、どうやらこれ以上変わった服というのもないらしく、諦めて溜息をつく。

 

「しょうがねえな……普通に選ぶか。でもいつかは、お前が着ても明らかにおかしい服を見つけてやる……」

「見つけなくていいですよ、何でそんな無駄な事に熱くなっているのですか。先生はもっと他に熱くなるべき所が沢山あると思うのですが」

「俺は人が嫌がる事を考える時が一番活き活きしてると言われている」

「悪魔か何かですか」

 

 まぁ、普通に選ぶと言っても、俺に服のセンスがあるわけでもないので、とりあえず良さそうなものを適当に持ってくるだけだ。

 俺は変なものを探して店中を物色したので、もう既に良さそうなものは目を付けてある。

 

 手っ取り早くそれを持ってきてめぐみんに渡す。

 めぐみんは少し頬を染めてそれを受け取り、試着室へと入って行った。

 

 少しして、カーテンが開かれる。

 

 そこにはシンプルな黒のワンピースを着ためぐみんが、そわそわと落ち着きなく立っていた。

 

「ど、どうでしょう」

「かわいい」

「……あの、先生。さっきからそれしか言ってないような気がするのですが、いい加減に言ってません? もっと色々言ってくれてもいいのですよ?」

「俺にそんなもん求めんな。ゆんゆんの服を見る時は『エロい』しか言わないぞ俺」

「…………それと比べたらマシに思えてきました。というか、“かわいい”ならともかく、“エロい”なんていう褒め方はそんなに何でも使えるとは思えないのですが……」

「いや、それが本当に何着てもエロいんだよアイツ。顔はまだまだ幼いのに、体の成長は早いからな。そのアンバランスさが、すごくエロい」

 

 俺のその主張に、めぐみんはドン引きの表情を浮かべている。

 何だろう、何かおかしな事を言ったか俺は。

 

 でも服とかそういう感想ってのは、色々言葉をひねり出すよりも、ぱっと頭に浮かんできた言葉をそのまま言う方が本心が出ていいと思う。可愛いなら可愛い、エロいならエロい、それでいいじゃねえか。

 

 それから俺はステテコに爆裂Tシャツにサンダル……それと黒のワンピースを買って、めぐみんに渡して店を出る。めぐみんは受け取った紙袋を、大切な宝物のように抱きしめた。

 

「ありがとうございます、先生。一生大切にしますね」

「それはつまり、その服を一生着続けるってことか? いくら何でもそこまで自分の発育を卑下しなくても……」

「違いますよ! そういう意味ではなく……ああもう! また先生はそうやって!!」

 

 ほんの少し前までは頬を染めて俺を見ていたくせに、今では隣で怒っているめぐみん。

 まぁ、なに……素直にお礼とか言われるのは恥ずかしいし……本来、こうやって女の子に何か買ってあげるっていうのも、俺の柄じゃないしな……とにかく、妙な空気を出すのはやめてほしいってだけだ、うん……。

 

 

***

 

 

 服飾店を出た俺達は、一度宿に戻って荷物を置き、俺はそこでスーツに着替える。

 そして、それからすぐに王城へと向かうことにする。

 

 隣ではめぐみんが、俺のことを頭からつま先まで眺めて。

 

「……先生、スーツ似合わないですね」

「ほっとけ、知り合いにも散々言われてるわ。じゃあめぐみんは、俺はどんな服装なら似合うと思うんだよ」

「え……うーん…………囚人服とか似合うのでは?」

「うん、お前が俺のことどんな風に思っているのかはよーく分かった」

「ま、待ってください、何ですかその目は、何する気ですか……! えーと、そうですね、他には……あ、この前の変装用の駆け出し冒険者の服装なんかもよく似合っていましたよ」

「あー、そういやあれ、ふにふら達も似合ってるって言ってたっけか。でも、何だかなぁ……俺ってそんな小物っぽく見えるか? これでも王都では結構名の知れた冒険者なんだけど……」

「そんなに落ち込まないでください。先生の、能力的には普通に優秀なのに、どうしても小物っぽさが抜けないというのは良い所だと思いますよ。優秀な人間というのは、どうしても周りから逆恨みされるという事がままありますが、先生はそういう事もなさそうです。先生の場合は、恨まれるとしたら逆恨みというより、正当な理由である事の方が多いと思いますし」

「お前それ褒めてないよな? 全然まったくこれっぽっちも褒めてないよな?」

 

 確かに、知り合いには『高レベル冒険者だけど、身近に感じて話しやすい』だとか言われることもあるが、たまには何というか、尊敬の眼差しとかその辺を受けてみたいというのも思わなくはないわけで。

 ……まぁ、いいけどさ。俺の本職は商人だし? 気安く話しやすい小物って方が何かと得だし? …………ふん。

 

 そうやって少しむすっとしていると、王城が見えてくる。

 めぐみんはそれを見上げ、圧倒されたように息をついて。

 

「実際に見てみると凄いですね。こんな所に住んでる人間というのはどんな人達なのでしょう。何となく鼻持ちならない性格をしてそうですが」

「お前、初めてここに来た俺と似たような事言ってんぞ」

「っ!? せ、先生と……似たような事を……!? こ、この私が……そんな……!!」

「どんだけショック受けてんだよコラ」

 

 失礼な反応をしているめぐみんを小突いている内に、俺達は城門前に着く。

 そこにはもちろん屈強な騎士達が守りを固めており、虫一匹も通さないといった感じだ。

 

 めぐみんはそれを不安そうに見ながら。

 

「そういえば、急に来たのでアポとか取っていないのではないですか? それでは入れてもらえないのでは……」

「大丈夫だって。前にも言ったろ、俺は騎士団に顔が利くって。多少のワガママは聞いてもらえるよ」

 

 俺は王都への魔王軍襲撃の際なんかは、よく最前線に行って騎士団と一緒に戦っていたりもするので、騎士の人達からは一目置かれているところもある。あまりのゲスっぷりに、ドン引きされている部分も多いが。

 

 とにかく、俺がちょっと頼めば通して…………あれ? なんか凄く気まずそうな顔されてんですけど。

 

「……カ、カズマ様。城に何か御用ですか?」

「え、あ、はい……どうしたんですか? 俺、何かしましたっけ」

 

 まぁ、俺が城に行くと大抵何かしらの問題が起きたりはするが、それもいつもの事なので今ではもうそこまで気にされなくなってきていたのだが。

 

 俺の質問に、騎士は言い難そうに。

 

「実はその、クレア様より、『カズマが来ても絶対に入れるな』と仰せつかっておりまして……」

 

 ……この前のアレか。

 確かに、ミツルギの件の仕返しに、パンツを剥いでシンフォニア家の屋敷の門に引っ掛けて飾ったけど、ここまで根に持たなくてもいいだろうに。

 

「……あー、クレアはどうすれば許してくれるのか、とか何か言ってませんでした?」

「えぇ、『私の屋敷の前で三日三晩土下座を続ければ許してやる』……との事です」

「…………」

 

 よし、そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞあのアマ。

 俺は口元を歪めて、目の前の騎士に。

 

「申し訳ないんですけど、クレアに伝言お願いできますか? 『さっさと俺を入れないと、お前がオフの日はフリル多めの意外と可愛いパンツ履いてるのバラすぞ』って」

「えっ!? あ、は、はい、かしこまりました……!」

 

 騎士はぎょっとした表情を浮かべるが、慌てて城の中へと走っていく。

 俺は満足しながらその後ろ姿を見送っていると、隣でめぐみんがくいくいと俺の袖を引っ張って。

 

「先生、先生。今、そのクレアという人の秘密をバラすぞと脅していましたが、伝言を頼んだ時点でもう既にバラしていると思うのですが……」

「ん、そうか? あー、そうかもな。気付かなかったわ、あっはっはっ」

「ひ、ひどい…………あれ、誰か来ましたよ。…………あの、先生。とんでもない顔をしたスーツ姿の女の人がこちらへ来ているのですが。ちょ、ちょっと、剣を抜いているのですがあの人!!」

「おー、ホントだ。あんまり気にすんなめぐみん。アイツは大体いつもあんな感じだから」

「いつもあんな感じなのですか!? そんな人が城にいて大丈夫なのですか!?」

 

 その後、マジギレしたクレアが俺をぶった斬ろうとして、周りの騎士達が必死に止める事となった。これも、城ではよく見る光景だ。

 

 

***

 

 

 王城内の一室にて。

 俺はクレアにめぐみんを紹介し、これまでの事情を話す。そして、前にも話した、めぐみんの騎士団入団の件について、何とか内定を貰えないかと頼んでみている。

 

 クレアは、めぐみんの冒険者カードを見て目を丸くして。

 

「なっ……こ、このレベルで、この魔力に知力……!?」

「ふっふっふっ、私は紅魔族随一の天才ですから。そのくらいで驚いていては、我が爆裂魔法を見た時には、腰を抜かしてしまいますよ?」

「どうだクレア。コイツはまだガキだし、頭もおかしいけど、ステータスだけは確かだ。何とか使いこなせれば、騎士団にとっても強力な戦力になるだろ?」

「ちょっと待ってください! 何ですか、たまには素直に褒めてくれたっていいではないですか! 教育において、褒める時はちゃんと褒めてあげるというのは大事だと聞いた事がありますよ!」

「分かった分かった、暴れんな話進まないから。お前はゆんゆんと仲良くしてくれてるし、何だかんだアイツが困っていたら放っておけない、友達思いの良い奴だよな。体は色々とコンパクトで環境に優しいし、成績もクラスで一番で、顔も可愛い。きっと良い魔法使いになるよお前は」

「えっ……あ、そ、その…………ありがとうございます。……じ、自分で言っておいて何ですが、流石にちょっと照れますね…………ん? あの、先生、何がコンパクトって言いました?」

「それよりクレア、めぐみんに内定は出せそうか?」

 

 俺の袖を引っ張ってくるめぐみんはスルーして、めぐみんのカードを眺めながら真剣に考えている様子のクレアに聞いてみる。

 

 クレアは何度か確かめるように頷くと。

 

「あぁ、これ程の魔法使いを私は見たことがない。めぐみん殿には是非騎士団に入っていただきたく思う。本音を言えば、一度この目で爆裂魔法を見てみたい所なのだが、それもめぐみん殿が魔法を覚えて学校を卒業してからでもいいだろう」

「あ、それなら見られるぞ。この前、お前が爆裂魔法見たことないって言ってたから、撮ってきたんだ」

 

 そう言って、俺は懐から魔道カメラを取り出す。写真タイプではなく動画タイプであり、より高価なものでもある。

 

 俺のその言葉に、クレアよりも先にめぐみんが食いついてくる。

 

「ば、爆裂魔法を撮ったのですか!? 早く、早く見せてください! 私だって、七年前に見たきりなので、もう一度見てみたいです!!」

「わ、分かったって服引っ張んな伸びる!」

「し、しかし、どうやってそんなものを撮ったのだ? 爆裂魔法など、習得している者は世界中探してもほとんどいないはずだが……」

「あー、この前偶然リッチーを見つけてな。そいつが爆裂魔法を使おうとしてたから、隠れながらこっそり撮ったんだ」

「またリッチーに会ったのか貴様は。リッチーなど、一生の内に一度も会わずに終わる冒険者がほとんどだというのに……ふむ、似た者同士、引き合う運命だということなのか……?」

「おい誰がリッチーと似た者同士だ、ケンカ売ってんのかコラ」

「そんなことより早く! 先生、早く!!」

「だーもう、うるせえええええ!! ちょっと落ち着けっての!!!」

 

 俺が魔道具を起動させると、目の前に映像が浮かび上がる。

 そこに映るのは、だだっ広い平原に佇む、黒いローブを着てフードを被った謎の人物だった。人じゃなくてリッチーだけど。

 

 リッチーは少し緊張した様子で。

 

『あー、こ、こほん! わ、私の最強魔法を、み、見るがいいー!』

 

「……あの、このリッチー、やけに棒読みなのですが気のせいですか? それとこの声、どこかで聞いたような……」

「そもそも、リッチーは何故爆裂魔法を撃とうとしているのだ? 見た感じ、このリッチーの前には何もいないようだが」

「こ、細かいことは気にすんなよ! リッチーなんだし、人間じゃ理解できない事も色々あんだろ! ほら、いよいよ撃つみたいだぞ!」

 

 そのリッチーは両手を頭の上に掲げ、詠唱を始める。

 ビリビリと、リッチーの周りの空気が振動しているのが分かる。ただならぬその様子に、クレアがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえる。

 

 そして、リッチーは唱えた。

 

『「エクスプロージョン」ッッ!!!』

 

 とんでもない轟音が響き渡った。

 映像は一瞬眩い光に包まれた後、凄まじい衝撃によって撒き散らされる土煙によって何も見えなくなる。ここだけ見ると、まさかこれが一つの魔法によるものだとは思わないだろう。あまりの光景に、映像越しでも熱風が伝わってくるかのようだ。

 

 しばらくして視界が開けると、魔法が放たれたらしきその場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。その表面は未だ熱を持っているらしく、グツグツと真っ赤に煮えている。

 

 それを見てめぐみんはキラキラと目を輝かせており、クレアの方は驚愕の表情を浮かべて小さく震えている。

 

 俺は、中々言葉を発せないでいるクレアに向かって。

 

「これが爆裂魔法だ。どうだ、ここまでの魔法なら、例え一発限りだとしても、騎士団にとっては価値があるんじゃないか?」

「……そ、想像以上だ。何だこれは、本当に魔法なのか? こ、この力が騎士団に加わるのか……ここまで桁違いだと、あまり実感が湧いてこないな……」

「せ、先生! このリッチーって、どこで会ったのですか!? 見た感じ、ローブの上からでもハッキリ分かる程の巨乳ですよねこの人! もしかして私の師匠むぐっ!!!」

 

 俺は、バカなことを口走りそうになっためぐみんの口を塞ぐ。

 それを見て首を傾げているクレアに愛想笑いを浮かべながら、このバカを部屋の隅へと引きずっていく。

 

「あのリッチーはお前の師匠じゃねえよ。正体は後で教えてやるから、頼むから変な事口にすんな。リッチーが師匠の魔法使いが騎士団に入れるわけねえだろ」

「うっ、そ、そうですね、分かりました……でも後でちゃんと教えてくださいよ?」

 

 そんな感じにめぐみんを納得させ、俺達はクレアの所まで戻る。

 クレアは力強くめぐみんの手を握り。

 

「めぐみん殿! 騎士団はあなた様を歓迎いたします! 是非、その偉大なるお力を国のためにお貸しください!!」

「……ふっ、いいでしょう。この私が爆裂魔法を覚えた暁には、魔王軍などいくらでも消し飛ばしてみせましょう! そして、誰が最強なのかを、その身に刻み込んでやるのです!!」

「なんと頼もしい! 流石は紅魔族随一の天才、言うことが違う! 期待していますよ、めぐみん殿!!」

 

 クレアは尊敬に満ちた眼差しで、めぐみんを見つめている。

 ……こいつ、俺にはそんな目向けたことないくせに。俺だって、この国の為に結構色々と頑張ってたりする事もあるんだけど、何か扱いが不公平だ。

 

 まぁでも、とりあえずはすんなりと話がまとまって良かった。

 クレアはちらりと時計を見て。

 

「それでは、今から正式な内定書を作製いたしますので、めぐみん殿は…………そうだ、ちょうど今頃なら、騎士団の魔法使い達が訓練を行っているはずです。入団前に、見学などはいかがでしょう?」

「いいですね、私も自分が加わる所には興味ありますし。案内してもらえますか?」

「はい、喜んで! …………あぁ、貴様はもう帰っていいぞ? めぐみん殿は、後で責任を持って宿に送り届けよう」

「帰りませんー!! ここまで来たのにアイリスに会わずに帰れっか!!」

「今アイリス様は学業のお時間だ! 邪魔するなら即刻叩き出すぞ!! あ、おい、聞いているのか貴様!!」

 

 俺はそんなクレアの声を背中に受けながら、ドアを開けて外へ出た。

 

 

***

 

 

 俺は城の廊下をぶらぶらと歩く。

 アイリスは勉強中らしいが、本当に邪魔をするつもりはない。教えているのはレインだろうし、あの人はクレアが俺にブチギレた時とかに庇ってくれたりもする良い人なので、迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 でも、どうすっかな。

 クレアに言われた通りに、このまま宿に戻ってもいいんだが、なんかアイツの言う通りに動くのは癪だ。仮にも大貴族の娘のくせに、どうしてアイツは…………あ、そうだ。

 

 そこで俺はある事を思い付き、城の中にいる騎士を探して話しかける。

 

「あの、ちょっといいですか? 聞きたい事があるんですけど……」

「すみません、カズマ様。今現在、城に滞在しておられる貴族のご令嬢についての情報はお渡しすることはできません。どうかご理解を」

「ぐっ……まだ何も言ってないのに! いや、合ってるんだけど……それもクレアから?」

「はい。クレア様だけではなく、アイリス様からの仰せ付けでもあります」

 

 俺の行動は読まれてたか……しかもアイリスまでそんな……。

 かくなる上は。

 

「……騎士さん騎士さん。月々の給料に不満はないですか? もし良かったら」

「賄賂は受け取りませんよ」

「何だよ何だよ! そこは『ぐへへ、お主も悪よのう……』とか言って、色々教えてくれる流れじゃねえかよぉぉ!!」

「言いませんって教えませんって……勘弁してくださいよカズマ様、後で怒られるのは私なんですから……」

「でもほら、クレアはともかくアイリスは怒った顔もかなり可愛かったりしますよ? 頬を膨らませて、ぷりぷり怒ってるアイリスとか見たくないですか?」

「そ、それは…………ダメですダメです! 主の命令は絶対です、お話することは何もありません!!」

 

 ちっ、ダメか。少しは揺らいだっぽいけど。

 それなら次は……これだ!

 

「……やっぱり騎士になっちゃうと、色々と周りの目も気になるでしょう? プライベートでも、常に騎士にふさわしい言動を求められたり」

「えぇ、まぁ……ですが、これも自分で選んだ道です。私は騎士として国民の方々を守る事を誇りに思っているので、そこまでの苦行だとは思っていませんよ」

「でも、ほんのちょっとは息苦しく思う時だってあるでしょう?」

「うっ……そ、そうですね、私だって騎士である前に人間ですから。そういった時が全く無いと言えば嘘になりますが……」

「そうでしょう、そうでしょう。騎士だと、イケナイお店なんかも気軽にいけないでしょうし、イケナイ物を手に入れるのも大変だと思います。だから、色々と持て余しちゃったりもするでしょう?」

「ちょっ!? な、なななな何を言っているのですか!! わ、私は別にそういった事は……!!」

「……本当にないんですか? まったく?」

「…………無いことも、無いですが」

 

 ここで、この騎士は俺が言わんとする事が分かってきたらしい。

 その目には警戒の色と一緒に、どこか期待の色も見えてきた。これはいける。

 

 俺はニヤリと笑って。

 

「実はちょうど今、何と言いますか、“良い写真”を数枚持っていまして。ただ、俺は結構抜けている所があって、うっかり落し物をしてしまう事がよくあるんですよね。ほんと、ついうっかり」

「……つ、ついうっかり、ですか。そ、そうですよね……いくらカズマ様ほどの冒険者であろうとも、うっかりしてしまう事くらいはありますよね……えぇ」

「分かってくれますか、自分でも直そうと思っているんですが、これが中々上手くいかなくて……特に、何か“いい話”を聞いた時にうっかりする事が多いみたいなんですよ」

「ほうほう、“いい話”……ですか」

「そうなんです。まぁでも、一度落とした物は、もう諦めちゃうんですけどね。その後で誰かが拾ったとしても、それはその人が手にする運命だったんだと……」

 

 俺のその言葉に、騎士はそわそわと挙動不審になる。

 そして辺りをやたら警戒して、誰も見ていない事を確認すると、ごほんとわざとらしい咳払いをしてから。

 

「……あー、そういえば、これは独り言なのですが、今この城には、あの大貴族ダスティネス家のご令嬢が滞在しておられるとか…………確か場所は…………」

 

 そして俺は、騎士から情報を聞き出すと、“ついうっかり”落し物をしてから、足取り軽くその場所へと向かうのだった。

 

 性欲は全てを凌駕すると思う今日この頃です。

 

 

***

 

 

 ダスティネス家。

 王国の懐刀とも呼ばれる有能な大貴族であり、それでいて平民にも友好的に接してくれると評判もすこぶる良い。

 

 そして、そこの一人娘は相当な美女らしく、他の貴族達もこぞって必死にアピールするくらいなのだとか。そういや、この前レックスが、ダスティネス家のお嬢様が王都に来るとかそんな事言ってたな。

 

 話だけ聞けば、地位もあって性格も良さそうで、しかも美人。これ程の優良物件は中々ないだろう。もしかしたら、ミツルギの想い人というのも、そのお嬢様なのかもしれない。アイツの言ってた特徴とも一致するっぽいし。

 

 俺は騎士から聞き出した部屋の近くまでやって来た。ドアのところには、使用人が何人か立っている。

 当然俺は、姿を消す魔法に潜伏スキルのコンボで隠れており、そうそう見つかったりはしないだろう。

 

 まずは情報収集だ。

 相手が相手だけに、言い寄るにしても慎重に慎重を期したい。逃がすのは惜し過ぎる。とにかく、彼女の性格やら好みなどを把握して、初対面の時に出来るだけ良い第一印象を与えられるようにする所から始めるべきだ。

 

 俺は壁に張り付き、盗聴スキルを発動する。

 すると、まるで間に壁などないかのように、向こう側の声がハッキリと聞こえてくる。

 

『ララティーナ、いい加減機嫌を直してくれないか……確かに冒険者として民を守る姿は立派だ。しかし、お前は貴族の娘でもあるのだ。どうしてもこういった場には出席しなければいけない時もあるもので……』

『分かっていますわお父様。えぇ、怒ってなどいませんとも。今回の城内パーティーのせいで、街の近くに出没したとされる触手系モンスターの討伐クエストを受けられなかった事に対して、腸が煮えくり返ってなどいませんとも……!』

 

 どうやら、ララティーナお嬢様はお怒りの様子だった。一緒に聞こえる若干怯えた渋い声は、おそらく父親でダスティネス家の現当主だろう。

 

 しかし、冒険者なんてやってるのか、このお嬢様は。

 ここまでの大貴族であれば一生ゴロゴロして堕落しきった生活を送れるだろうに、普段から民を守るために自ら危険な場所へ赴き、貴族の集まりよりもモンスター討伐を優先したいとか、どんだけ出来た人なんだ。

 あ、でも、これだけ出来た人だと、俺が婿入りしてダラダラするのも許してくれないかも……うーん……。

 

 そうやって悩んでいると、親父さんが困った声で。

 

『そもそも、私としてはお前が危険な冒険者を続けているというのも、まだ納得できていないのだが……民を守るといっても、やり方は色々とあると思うのだ。貴族は貴族で、街を守ってくれる冒険者達に出来る限りの援助をして、少しでも冒険に役立ててもらうといった……』

『もちろん、そういった事は貴族としての義務だと思いますし、続けていくべきだと思いますわ。ですが、貴族が冒険者として直接街を守ってはいけないという事にはならないでしょう。適材適所という言葉もあります。幸いなことに、(わたくし)は能力的に恵まれ、クルセイダーになる事ができました。クルセイダーは机に向かっているよりも、戦場に出た方が民の役に立つとは思いませんか?』

『そ、それはそうかもしれないが……しかし、お前は我が家の大切な一人娘なのだぞ。万が一、何かあったらと考えると……やはり貴族の者があまり前線に出すぎるというのは……』

『あら、貴族でも力のある者は戦うべきでしょう。王族である第一王子のジャティス様など、最前線で魔王軍と戦っておられますし、アクセルではライン=シェイカーという隣国の貴族の方が、身分を偽って冒険者をしているとの噂も聞きます。それに、私の硬さはお父様もよく知っているでしょう。モンスターの攻撃など気持ち良いだけで何も心配する事などありませんわ』

 

 …………あれ?

 今このお嬢様、モンスターの攻撃が気持ち良いとか言ったか? …………いやいやいや、流石に聞き間違いか。

 

 それにしてもこの人、クルセイダーなのか……大貴族の娘で、しかも上級職とか何てハイスペックなんだ。王族なんかは代々優秀な血を受け入れるようにしているから、基本的に皆強いらしいけど。

 

 部屋からは、親父さんの悲痛な声が聞こえてくる。

 

『それではせめて! せめて「両手剣」を始めとした攻撃的なスキルも取ってはくれないか!? 街でよく耳にするのだ、「攻撃が全然当たらないくせに、自分から敵の中に突っ込んでいくクルセイダーがいる」と!』

『私はクルセイダー、本分は誰かの盾になることです。防御系スキルを優先させるのは当然のことでしょう。それに、簡単に攻撃が当たるようになってしまえばもったいな……いえ、何でもありませんわ。とにかく、攻撃スキルは後回しです』

『今お前何と言おうと……ララティーナ。間違ってもお前の本分というか、本性は誰にも知られていないだろうな?』

『大丈夫ですわ。誰も私が実は貴族だと気付いている様子はありません』

『そ、そっちではないのだが…………まぁ、いい。ところでララティーナ、今回のパーティーでは、人柄が良いと評判の男性が何人も参加するようだ。それで、もし良かったら』

『もう、いやですわお父様。また私にお父様を張っ倒させるおつもりですの? 大変心が痛むので、もう私にあのような事をさせないでください……』

『ま、待ってくれ、お前ももう17だろう? 貴族としては、そろそろ本気で結婚というのを考えなければ……』

『ああもう、しつこいぞ! 人が大人しくしているからって調子に乗るな! 大体、(わたし)を本気で結婚させたいと思っているなら、もっと真面目に相手を選んだらどうだ!! 次から次へとつまらん男ばかり選んで何のつもりだ!! 私の好みはもっと』

『言わないでくれ聞きたくない! あと声が大きい!! こんな事誰かに聞かれたら…………むっ、もうこんな時間か。ララティーナ、私は少し出てくるが、その間に頭を冷やしてよく考えてほしい。何よりも、お前の将来の為に……な? どうか分かってほしい……』

 

 ……なんか、聞いちゃいけないことを聞いちゃった気分だ。ララティーナお嬢様、メッチャ男らしいじゃないっすか、なんすかその口調……。

 

 まぁでも、俺としては妙に畏まった話し方よりも、最後の方の男みたいな感じの方が接しやすそうな感じはするんだけどな。たぶん、冒険者として活動している時はこの口調なんだろう。お嬢様言葉の冒険者なんて目立つしな。

 

 それから少しして、部屋のドアが開き、中から凛々しい顔をした男が出てきてどこかへ行ってしまった。ということは、今部屋の中はお嬢様一人だけだ。

 

 チャンスではあるが、ここで慌てるわけにはいかない。

 一人きりのところに、見知らぬ男がやって来たら警戒されるだろうし、やはり今はまだ情報収集に徹するべきだろう。初対面はパーティー中とかその辺でいこう。

 

 そんな事を考えていると。

 

『……まったく、あの分からず屋め。何が人柄の良い男だ、そんな奴のどこが面白いのだ。私の好みは、もっと俗物的な男だというのに。スケベで、すぐに他の女に鼻の下を伸ばし、常に楽に生きていきたいと人生舐めているような奴がいいというのに』

 

 おっと、なんだこれ、俺達相性バッチリじゃないのか?

 突然のお嬢様の暴露に、俺はそわそわと落ち着かなくなってくる。

 どうする、行くべきか? このお嬢様相手なら、むしろ失礼とかそういうのは考えずに、本能の赴くままにガツガツ迫ったほうがいいんじゃないのか?

 

 そう考えを巡らせていると、部屋の中のお嬢様は。

 

『はぁ……今頃クリスは、別のパーティーにでも入って、例の触手系モンスターと戦っているのだろうか……くっ、それなのに何故私はこんな所にいるのだ……!!』

 

 そう言って、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえてくる。

 クリスというのは冒険者仲間なのだろう。そんな仲間がモンスターと戦っているというのに、自分は一緒に戦えない事を悔しがっているようだ。騎士の鑑のような人だ。

 

 すると、お嬢様は続けて。

 

 

『あぁもう、なんて羨ましいんだクリスの奴!!! 今頃、モンスターに捕まって、その汚らわしい触手で全身をいやらしく弄られているのだろうか!!! ずるい……ずるい!!!!! そこは私のポジションだろう!!!!! 女騎士が皆を庇ってモンスターに捕まり、衆人環視の中、普段は凛々しいその顔を次第に女のものへと変えていき、ダメだと分かっているのに体だけはどうしても反応してしまい、皆の前で私は……私は…………くぅぅっ…………!!!!!』

 

 

 …………えっ。

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 な、なに、今何て言ったこのお嬢様。今度は流石に聞き間違いようがない。絶対言った、ハッキリ言った! 興奮して、とんでもない事を口走ったぞこのお嬢様!!

 

 俺がドン引きして壁から少し離れると、まだ興奮冷めやらぬお嬢様は。

 

『触手モンスターの方も、よりにもよって何故このタイミングで来るのだ……!! 普通のモンスターの攻撃も確かに気持ち良い……気持ち良いのだが、触手には羞恥攻めという、違った楽しみがあるというのに!! あぁ、服を溶かすというスライムもその系統だな!! 他のモンスターも、もっとその辺りを分かってもらいたいものだ……ただ攻撃するだけではなく、少しずつ鎧を削り取ってきて、全裸には剥かず中途半端に一部だけを残して逆に扇情的な姿にしてくるような…………そんなモンスターはいないものだろうか!!!!!』

 

 …………。

 

『……はっ!! い、いけない、いけない……ここは王城、こんな所で貴族の娘がこんなはしたない事を口走っているのを誰かに聞かれたら…………聞かれたら…………「ぐへへ、聞いちまったぜお嬢様よぉ。バラされたくなかったら、大人しく言うことを聞いてもらおうか?」……くっ、わ、私はそんな脅しには屈しない……や、やめろぉぉっ…………こんな事、嫌なのに……嫌なのにぃぃっ…………くぅぅぅんっっ…………!!!!!』

 

 そこまで聞いて、俺は静かに部屋の前から離れた。

 それから、先程交渉した騎士の元へと真っ直ぐ戻る。騎士の方は、俺の様子を見て首を傾げている。

 

 俺は、その胸ぐらに掴みかかった!

 

 

「テメェえええええええええええええええええ誰がド変態貴族の部屋教えろっつったあああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「ええっ!?」

 

 

***

 

 

 それからしばらくして、俺とめぐみんは最初にいた部屋でクレアの帰りを待っていた。

 今は二人きりなので、先程見せた爆裂魔法使いのことを教えてやると、めぐみんは意外そうに口を小さく開けて。

 

「ほ、本当に、あのウィズという詐欺師がリッチーで、爆裂魔法の使い手なのですか?」

「だからそうだって。あと詐欺師じゃなくて商人だよ。ひょいざぶろーさんの魔道具を本気で褒めるようなセンスの持ち主だけどな」

「……それは惜しいことをしました。是非とも生で爆裂魔法を見せてもらいたかったですし、ウチのガラクタを買い取ってくれるチャンスでもあったのに……次訪ねてきたら絶対に逃しません……!」

 

 そんな事を言いながら、ぐっと拳を握るめぐみん。

 これは、ウィズのことを考えたら商人であることは黙っていた方が良かったかもな……。

 

 そして、めぐみんは妙に浮かれた様子で。

 

「まぁそれはいいでしょう、今は気分が良いのです。先生、どうやら私は、騎士団こそが自分の居場所のようです。紹介感謝しますよ」

「ん、そういやお前、騎士団の魔法使いの訓練の見学をしてたんだっけか。何か面白いことでもやってたのか?」

「いえ、そういうわけではなくて。ただ、私の冒険者カードを見た魔法使いの人達が、皆私を崇めてくれたもので。歴史に名を残す大魔法使いになるに違いないと、握手まで求められてしまいましたよ。普段は先生から色々と失礼なことを言われる私ですが、本来はそうやってチヤホヤされるべき人物なのですよ!」

「そんなの今だけだろ。入団して少しすれば、その人達も、お前がただの頭のおかしい爆裂狂だって気付くって。あ、けどもしお前が大魔法使いとして有名になったら、ちゃんと俺のことを『私をここまで導いてくれた偉大な先生』って紹介しろよ」

「先生のことは、『学生時代に散々セクハラされた変態教師』と紹介するのでご安心を。まぁ、その頃には先生の悪名ももっと広がっていそうですし、わざわざ私が言う必要もなさそうですけどね」

 

 そんな事を言ってくるめぐみんを、いつものようにドレインタッチで黙らせようとしていると、ドアが開いてクレアが入ってくる。

 その手には上質紙で作製されたらしき書類がある。国の紋章もしっかりと刻まれており、この国の人間なら誰でも、それが国からの正式な文書であると分かるだろう。

 

 クレアは書類をめぐみんに見せて。

 

「お待たせしました、めぐみん殿。こちらが騎士団の内定書となります。お手数ですが、記載事項に誤りがないかご確認お願いします」

「…………あの、注意事項のところにある『※この者は紅魔族である為、名前は記入ミスではない』という部分が凄く引っかかるのですが……」

「あっ、そ、それは……えっと、この書類は王都の方でも管理するものですので……他の誰かが確認した時に、イタズラか何かだと思わないように……」

「おい、この名前がイタズラだと思われる理由について詳しく聞こうじゃないか!」

「待て待て、落ち着け。いいじゃねえかよそのくらい」

 

 おろおろとしているクレアに詰め寄るめぐみんを、俺が押し留める。

 めぐみんがむすっとしながらも引き下がると、クレアはほっと息をついて。

 

「ところで、めぐみん殿。もしよろしければ、私も共に紅魔の里へ行き、直接めぐみん殿のご家族様とお話する機会を頂けたらと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「えっ、それはもちろん、あなたが来てくれるのであれば、母もより納得してくれそうですし、こちらとしては嬉しいのですが……いいのですか?」

「もちろんです、めぐみん殿の入団は国としても重要なことですから。その為とあらば最大限のサポートは惜しみませんよ」

「……本当か? お前の個人的な性癖が理由なんじゃないのか? 小さい女の子が好きっていう」

「いきなり何を言うか貴様あああああああああああああああああ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたクレアが剣を抜いて襲い掛かってくる。

 この反応は読めたので、冷静に俺は暴れる白スーツを押さえていると、めぐみんが目を丸くして驚きながら。

 

「きゅ、急にどうしたのですか……というか、小さな女の子が好きとか言いましたか……?」

「あぁ、お前も気を付けろよ。なんせコイツ、アイリスにも」

「ああああああああああああああああああああ!!!!! やめろ大たわけが貴様何のつもりだ!!! ぶった斬るぞ!!!!!」

「何のつもりかと聞かれても、生徒を守るのは先生として当然だろ? だから忠告してるだけだ。俺、もう貴族ってのが信じられなくなってんだよ。変人ばっかじゃねえか」

「何の偏見だそれは!!! この無礼者めが!!!!!」

 

 そうやって騒いでいる時だった。

 突然ドアがバンッと開き、何事かと俺達の視線がそちらへ集まる。

 

 駆け込んできたのは、金髪碧眼の少女、第一王女のアイリスだった。背後には護衛の一人、レインも付き従っている。

 

 アイリスは俺を見てほっと息をついて。

 

「良かった、まだいた…………クレア! 何故お兄様が来ていると教えてくれないのですか!!」

「うっ……そ、それは、アイリス様はお勉強中でしたので、お邪魔になってはいけないと……」

「ただ一言伝えるくらいならいいではないですか! (わたくし)とお兄様を会わせたくなかったのでしょう!」

「け、決してそのような事は…………レイン、その、お前が教えたのか……?」

「いえ、城の騎士達の間で、カズマ様が来ていると話題になっていて。…………カズマ様、少しよろしいですか?」

「えっ? あ、はい……」

 

 レインは俺に手招きをして部屋の隅へと連れて行くと、小さな声で。

 

「あまり城の騎士達に妙な取引を持ちかけないよう、お願いします。クレア様に知られたら大変なことになりますよ」

「いっ!? な、なんでそれを!? まさかアイリスも知ってるんですか……?」

「いえ、アイリス様は断片的にしか聞いておらず、意味もよく分かっていなかったようですから大丈夫ですよ。その後、私が詳しく聞き出しただけです」

「そ、そうですか……すいません、もうしません……」

 

 俺は素直にレインに頭を下げる。この人には頭が上がらないなホント……。

 

 俺達が部屋の隅っこから戻ってくると、ちょうどめぐみんがアイリスに挨拶をするところだった。

 めぐみんは、バッとローブをはためかせ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛する者、そして、やがては王都の騎士団として魔王軍を殲滅せし者!! よろしくお願いします、王女様」

「えっ、あ、はい、私は第一王女のアイリスです、よろしくお願いします…………あの、今の名乗り上げは……」

「あぁ、気にすんな。紅魔族の病気みたいなもんだから」

「病気とは何ですか失礼な! むしろ他の人達の名乗り方が地味すぎるのですよ、自分の名前には誇りを持って、格好良く言い放つべきです!! さぁ、王女様も!!」

「ええっ!? …………そ、その、我が名はアイリス……えっと」

 

 恥ずかしそうに言い始めるアイリスに、クレアが慌てて。

 

「め、めぐみん殿! あー、何と言いますか、その名乗り上げは紅魔族の特別性を引き立て、周りの者に畏怖の念を抱かせるものです。しかし、他の人達も同じような名乗り方をするようになれば、効果が薄れてしまう可能性も……」

「…………ふむ、一理ありますね。そうですね、この名乗り方は、紅魔族にしか許されないものかもしれません……」

 

 おお、クレアの奴、既にめぐみんの扱い方が分かってきてるな。

 ただ、こういうのを見ると、余計にめぐみんの身が心配になってきたりもするんだが。

 

 アイリスは妙な名乗りをしなくて済み、ほっとした様子で微笑んで。

 

「めぐみん様も、ゆんゆんさんと同じくお兄様が受け持つ生徒の方なのですよね? ゆんゆんさんとは仲が良かったりするのでしょうか?」

「おや、ゆんゆんの事はもう知っているのですね。私のことも、さん付けくらいでいいですよ。ゆんゆんとは……まぁ、その、一応友達です。……あの、王女様。さっきから気になっていたのですが、その“お兄様”という呼び方は……」

「ふふ、私のことも呼び捨てで構いませんよ。お兄様という呼び方は、カズマ様がそう呼んでほしいと仰ったからです。私としては、妹というよりも、妻という関係を望んでいるのですけどね」

「…………えっ」

 

 くすくすと笑うアイリスと対象的に、めぐみんが俺に対してゴミを見る目を向ける。

 当然、俺はさっと目を逸らす。

 

 めぐみんはどういう事だと、クレアとレインに目で問いかけるが、クレアは渋い表情で頭を押さえるだけで、レインも苦笑いを浮かべている。

 その二人の様子を見て、どうやらアイリスが本気であると理解したらしく、めぐみんは再び俺に鋭い目を向けて。

 

「先生、どういう事ですか。この子はまだ10歳でしょう。何故12歳の私が子供扱いされて、アイリスとは妻とかそういう話になっているのですか」

「ご、誤解だ別にそんな話にはなってねえよ! これはただ」

「でも、お兄様は魔王を倒すことを考えてもいいと言ってくれたではないですか! それはつまり、私との結婚を考えてもいいという事でしょう!」

「確かにそうなるかもしれないけど! いや、でもさ」

「うわぁ……本当にドン引きですよこの男は…………先生のゲスっぷりは知っていますけど、10歳の少女に手を出そうとするとか流石に……というか、まさか一国の王女様にまでセクハラとかしているのでは……」

「ひ、人聞きの悪い事を言うなよ! いくら何でもお前らにやってるようなセクハラはしてねえよ、流石に首が飛ぶわ!! ちょっとエロい事を話したりはするけど!!」

「本来であれば十分それも首が飛んでもおかしくないぞ! 分かっているのか貴様!」

 

 クレアがイライラとそんな事を言ってくるが、今はめぐみん達だ。

 アイリスはめぐみんの言葉が気に入らなかったのか、何やらむっとした様子でめぐみんの事を見ており。

 

「なんですか、あまり私の事を子供扱いしないでください! めぐみんさんだって、私とは二つしか変わらないではないですか!」

「二つしかではなく、二つ“も”です。二年あれば、私なんかは結婚も出来る年になりますし」

「お前、三つ離れた俺には、いつも子供扱いするなとか言ってくるくせに……」

「そ、それはそれ、これはこれです。大体、先生だってアイリスには直接的なセクハラはしないのでしょう? それは身分的な理由以外にも、年齢的な理由もあるからでしょう? 一方で、私には直接手を出してくる事からも、私の方がオトナ扱いされているという事になります」

「っ……め、めぐみんさんは、お兄様から具体的にどんな事をされているのですか……?」

「ちょっ!? ア、アイリス、その話はまた今度してやるから……」

「お兄様は黙っていてください!」

 

 マズイ……これはダメな流れだ!

 めぐみんは、ふっと鼻で笑ってドヤ顔で。

 

「私は先生と同じ布団で寝た事があります。それも二度も」

「!?」

「しかも、ただ寝るだけではありませんよ。先生は私を抱きしめ、私も先生を抱きしめました」

「!!!???」

「おい待て!!! ホント待って!!!!! いや、合ってる、合ってるんだけど!!!!!」

「!!!!!?????」

 

 アイリスは俺達の言葉を聞いて、顔を真っ青にして呆然としている。クレアは顔を引きつらせ一歩下がって俺から距離を取り、レインも何かおぞましい物を見るような目を向けてきている。……いや、クレアは人のこと言えねえだろ!

 

 めぐみんは勢いで言ったようだが、流石に少し恥ずかしかったのか、ほんのりと頬を染めつつもニヤリと不敵に笑って。

 

「これで分かりましたか? 先生にとってあなたは、所詮は可愛い妹止まりなのですよ。ですから、結婚などとバカなことを口走るのはやめるべきです」

「…………その先はどうなのですか?」

「えっ?」

 

 いつの間にかアイリスは、さっきまでの動揺しまくった表情から立ち直っており、めぐみんの事を正面から睨みつけている。

 

 アイリスは続ける。

 

「ですから、その先です! 同じ布団で寝て抱きしめられたとしても、そこまでしておいて、それ以上は何もなかったというのであれば、それこそ子供扱いではないですか!」

「ぐっ……そ、それは…………ふん。では聞きますが、“その先”とは何ですか? 言ってみてくださいよ!」

「甘いですねめぐみんさん! ここで私が恥ずかしがって何も言えなくなると思ったら大間違いですよ!! いいですよ、言ってやりますよ!! その先とは、つまりキスとかセッ」

「「アイリス様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 その瞬間、血相を変えてアイリスの口を塞ぐクレアとレイン。

 そして、クレアは俺のことを凄まじい目で睨みつけてくる。な、なんだよ、俺が悪いのかよ!

 

 アイリスは二人の手を払うと、めぐみんに。

 

「どうなんですか、めぐみんさん! どうせ何もなかったのでしょう!!」

「た、確かに何もなかったですが…………でも、アイリスよりは大人扱いされている事には変わりないですよ!! あなたは、先生とは、ただお喋りしているだけなのでしょう!?」

「ふん、一緒に寝るくらい、私だってやろうと思えばすぐできますよ! お兄様、今晩は私の部屋で一緒に寝てください!! そして、ぎゅっと抱きしめてください!!」

「え、いいの? ロイヤル抱き枕とか楽しみ過ぎるんだけど。じゃあ」

「いいわけあるかたわけ!!! 何がロイヤル抱き枕だ処刑されたいのか貴様!!!!! アイリス様も落ち着いてください! そんな事をすれば、国王様がどんなお顔をされるか……」

 

 そんなクレアの言葉に、めぐみんは勝ち誇った顔で。

 

「そうですよ、私とアイリスの差はそこにもあります! いいですか聞いてください、私の母親は既に私の結婚について考えているのですよ! 私に先生と結婚してほしいとまで言ってきたのですから!!」

「っ!? ほ、本当なのですかお兄様!?」

「……あー、まぁ、嘘は言ってないけど……」

「ふふ、どうですか、分かりましたか? 私は二年後にはもう結婚できる年ですし、親もその事を視野に入れているのです。つまり、もうほとんどオトナ扱いされているのです!! アイリスはどうなのですか? 例え国王様に結婚の話をしても、『お前にはまだ早い』と言われて終わりでしょう!!」

「そ、そんな事ありません! 王女は代々魔王を倒した勇者様と結婚していますし、そういった話は常に付いてくるものです! いいでしょう、ではお父様に言ってやりますよ! 『私はカズマ様と結婚したいから魔王を倒してもらう』と! きっとお父様は真面目に聞いてくださるはずです!!」

「ちょっと待った! 確かに国王様は真面目に聞くと思う!! そんでその後、俺が大変なことになると思う!!!」

「アイリス様、どうか早まらないでください! 本当に大騒動になりますから!!」

 

 アイリスの言葉に俺は冷や汗をたらし、クレアとレインも大慌てだ。

 当たり前だ。まだ10歳の王女様を誑かしたというだけでも大事なのに、しかも俺の評判は悪いものが多い。そんな男をアイリスに近付けたということで、クレア達も責任を問われるのは自然な流れだろう。

 

 アイリスもそれがマズイというのは内心分かっているのか、少し怯んだ表情を浮かべ、めぐみんはそれを見て勝ち誇る。

 

「やはりまだまだ子供ですね。自分の気持ちを優先して国を混乱に陥れるなど、とても王女様の行いとは言えませんよ。まぁ、アイリスもまだ10歳ですし仕方のないことですが。これから立派なオトナになるのですよ」

「ぐ、ぐぬぬ……!!!」

 

 アイリスが、今までに見たことのないような、まるでめぐみんに噛みつかんとするかの如く悔しそうな表情で睨んでいる。こんな顔をしてても可愛いのはすげえな。

 

 めぐみんは、一仕事終えたかのような達成感に満ちた表情を浮かべて。

 

「さて、オトナな私は暇ではないのです、そろそろ失礼しますよ。これから里に戻って騎士団内定の事を、親に報告しなければいけないので」

「……騎士団……内定? どういうこと、クレア?」

「えぇ、めぐみん殿はそれは優れた魔法使いでして、その力をお借りすることになったのですよ。今はまだ学生ですが、魔法を習得して卒業した暁には、騎士団にとってかけがえのない重要な戦力になっていただけると確信しております」

「そういう事です。というわけで、あなたとはこれからも度々顔を合わせる事もあるかもしれませんね。大丈夫です、オトナで優秀な魔法使いである私が、この国を守ってあげましょう。改めてよろしくお願いしますよ、“アイリス様”」

「…………」

 

 アイリスはめぐみんの言葉には答えず、むすっとした顔でじーっとめぐみんを見つめている。

 ……何だろう、何か嫌な予感がする。どうやら、クレアとレインも同じ思いらしく、不安そうな表情でアイリスの方を見ている。

 

 そして、アイリスは。

 

 

「ダメです。私は、あなたの騎士団入団は認めません」

 

 

 そう、キッパリと宣言した。

 

 しん、と。部屋が水を打ったように静かになる。

 簡潔な言葉だが、その威力は凄まじく、部屋の者は何も言えなくなってしまった。

 

 しかし、少しして、まずめぐみんが。

 

「なっ……そ、そんな横暴が許されるわけないでしょう! ちょっと、何ですかこの私的な理由で権力を振りかざす王女様は! 王族としてどうなのですかこれ!!」

「確かに、私はお兄様と出会ってからワガママが増えたとは言われますが、それでもまだまだ大人しく言うことを聞く事の方が多いとは思いますよ? そうでしょう、クレア?」

「は、はい……国王様も、以前はアイリス様が少しもワガママを言わないことを心配していましたから、今くらいの方が嬉しいようですが…………し、しかし、これは流石に……」

「もちろん、理由はちゃんとありますよ。めぐみんさんは、能力はともかく精神的に騎士団に相応しいとは思えません。私のことを子供子供と言っていますが、めぐみんさんこそオトナとは言えないと思うのです」

「うん、まぁ、それはそうだな。コイツ、どうでもいい事にすぐムキになるわ喧嘩っ早いわで、たぶん、騎士団どころか普通の飲食店のバイトとかもすぐクビになりそう」

「先生!? 何故あなたがそこで敵に回るのですか!! この私がバイト如きでクビになるはずがないでしょう!! そういう先生だって、結構子供っぽい所あるくせに!!!」

 

 めぐみんが噛み付いてくるが、実際のところアイリスの言う通りだと思うから仕方ない。俺は可愛い妹には嘘はつけない…………いや、結構ついてるな。

 

 アイリスは真面目な顔でクレアの方を向いて。

 

「クレア、騎士団というのは能力の前に高潔なる精神を重んじるものでしょう? それなのに能力だけを見て内定を決めるというのは、いかがなものかと思うのですが」

「…………仰るとおりです」

 

 アイリスの言葉を深く噛み締めるように、クレアはそう答えた。

 ちなみに、騎士団の高潔なる精神とやらは、先程エロの前にあっさりと砕け散ったわけだが、それを言ってしまうと俺も困ったことになるので黙っておく。

 

 めぐみんは慌てた様子で。

 

「ちょ、ちょっと、あなたまで何を……!」

「すみません、めぐみん殿……ですが……アイリス様のお言葉も、ごもっともで……」

「……そもそも、アイリスにそんな事を決める権限などあるのですか。いくら第一王女とは言え、まだ10歳の少女に……」

「別に私の言葉に強制力があるとは一言も言っていませんよ。ただ、私の個人的な意見を述べているだけです。まぁ、それを聞いてクレアが考えを改める事はあるかもしれませんが……」

「そ、そんなのただの屁理屈ではないですか! 例え強制力はなくても、王女様の言葉を護衛の人が無視するわけないでしょう!!」

「ふふっ、ごめんなさい。私、まだまだ()()ですので。屁理屈が大好きなのですよ。これから立派なオトナになりますので、今は大目に見ていただけませんか?」

「ぐ、ぐぬぬ……!!!」

 

 アイリスの片目を瞑ったイタズラっ子のような笑みに、今度はめぐみんが悔しそうに歯をギリギリと鳴らす。アイリスも随分と言うようになったもんだ。これが成長…………なのか?

 

 そんな事を考えていると、レインが俺の耳元で小さな声で。

 

「どんどんカズマ様に似てきていますよ、アイリス様……あまり悪い事を教えないでくださいね……?」

「えっ、そ、そうですか? ごめんなさい……気を付けます……」

 

 言われてみればそんな気もしてくる。少なくとも、出会った頃はこんな小狡いことは言いそうになかったと思う。

 もしかして、俺は既にとんでもない事をやらかしているのだろうか。一国の王女様に悪影響を与えるとか、魔王軍と同じような扱いをされても不思議ではない。

 

 めぐみんはアイリスを睨みつけながら。

 

「戦いはおろか、ケンカすらしたことのない箱入り王女様のくせに、騎士団の人事に口を出すなど許されると思っているのですか……!」

「なっ……あまり舐めないでください! 私だって、戦いについては基本的な事くらいなら習っております! レイピアだって扱えます!! ケンカについても、お兄様から教えていただきましたし!!」

「はっ、それが何ですか、実戦も経験していないくせに調子に乗らないでほしいですね。言っときますが、私は既にモンスターだって倒したことがあるのですよ。ケンカだって沢山してきました。箱入り王女様、あなたはパンチの打ち方を知っているのですか? いい加減分かってもらいたいですね、自分がただのこど」

「えいっ!!!」

「おごっ!!!!!」

「「アイリス様!?」」

 

 めぐみんの挑発の途中で、アイリスのパンチがめぐみんのみぞおちを捉えた!

 しかも通常の拳を横にしたパンチではなく、拳を縦に構え、踏み込みと同時に鋭く速い突きでの先制攻撃。それによって、めぐみんの両足は一瞬地面を離れ後方へと倒れ込み、うずくまってぷるぷる震えている。

 

 び、びっくりした……たぶん俺でも反応できずにくらってたぞ今の……。

 クレアとレインは慌ててアイリスを取り押さえ、めぐみんから大きく引き離すが、アイリスはめぐみんを見下ろして得意気に。

 

「パンチの打ち方くらい知っています! 油断しましたね、ケンカは先制攻撃こそが全てです! 砂を隠し持って目潰しとして投げつけたり、わざと下手に出て相手を油断させて騙し打ちを仕掛けたり、今のように話の途中でいきなり攻撃するのは常套手段です! ですよね、お兄様!!」

 

 はい、そうです、よくできました。

 でも、あなたの護衛がビキビキと青筋を立ててこっちを睨んでいるから、今だけはその笑顔を向けてくるのはやめてほしいです……。

 

 めぐみんはようやくまともに話せるようになったのか、ふらふらと立ち上がり、ふーふーと荒い息を吐きながら猛獣のようにアイリスを睨みつけ。

 

「ごほっ……や、やってくれましたね……それでも王族ですか、なんて卑怯な……!」

「ふんっ、何を甘いことを言っているのですか、卑怯などというのは負け犬のお決まりのセリフと聞いております。それに、本当だったら、今頃あなたは床で伸びているはずだったのですよ? クレアとレインに押さえられていなければ、私はめぐみんさんがうずくまっている間に、あなたを仰向けに押し倒してマウントポジションを取り、一方的に攻撃を畳み掛けるつもりでしたから」

「カズマ貴様あとで本当に覚えていろ!!! アイリス様に何て事を教えている、どれだけ悪影響を与えれば気が済むのだこの極悪人め!!!!!」

「ま、待てよ! でも実際、倒れた相手には追撃するべきだろ! チャンスなんだから!!」

「王族としての品位に関わると言っているのだ!! アイリス様をそこらのチンピラと一緒にするな!!」

「品位なんざ知るか! ケンカではそんなもんは邪魔にしかならねえから、どっかに捨てちまえ!!」

 

 俺とクレアが言い合っていると、めぐみんは拳を固く握り締めてアイリスに向かっていく。

 

「私はオトナですので、いつもならあなたのような子供からの悪ふざけくらいは、笑って許してあげられる余裕はあります。でも、あなたはやり過ぎました。手加減してもらえると思わないことです……!」

「いやお前、この前下級生から『紅魔族随一のまな板』とか言われてマジギレして問題起こしたばっかじゃねえか。つーか何する気だやめろ」

「は、離してください! やられっぱなしでは私の気が済みません!!」

「だーもう、お前の方がお姉ちゃんなんだから、そんなにムキになるなっての。この辺で仲直りしろよ仲直り」

「…………」

 

 俺に取り押さえられてジタバタと暴れていためぐみんだったが、急に大人しくなる。

 あれ、なんだ? “お姉ちゃんなんだから”というワードが効いたのか? こういう言い方は嫌う子の方が多いような気もするけど……。

 

 するとめぐみんは、訝しげな表情を浮かべているアイリスを見て。

 

「……そうですね、少し頭に血が上り過ぎていました。アイリスのことを子供子供と言っておいて、私の方が大人気なかったですね。あれだけ子供扱いされれば怒るのは当然です。ごめんなさい」

「…………いえ、私の方も言い過ぎました。それに、先に手を出してしまいましたし……申し訳ありません」

「いえいえ。では、仲直りの握手でもしましょうか。それでもう、お互いに言いっこ無しということで」

「はい、喜んで」

 

 そうやって笑顔を浮かべて歩み寄る二人に、クレアとレインがほっとした表情を浮かべる。

 ……なんだろう、聞き分けが良すぎる。ここまであっさりと和解できるのなら、初めからケンカなどしていないような気がするんだが……。

 

 そんな俺の嫌な予感は的中する。

 

 俺からある程度離れ、もう邪魔されないと判断しためぐみんが、その表情を邪悪な笑みへと変えてアイリスに向かって拳を握って駆け出した!

 

 

「ははははははははっ!!!!! 仲直りはしてあげますよ!!! でもそれは私が強烈な一撃をお返ししてからでごふっ!!!!!」

 

 

 思い切り腕を振りかぶってパンチを打ち込もうとしていためぐみんだったが、それより先にアイリスの縦拳が再びみぞおちにめり込んだ。

 

 それにしても、いい突きだ。

 踏み込みの勢いを上手く拳に乗せられているし、少ない予備動作で素早く距離を詰めるので、ケンカ慣れしているめぐみんも相手の間合いを測れていない様子だ。これも王族のセンスというやつなのだろうか。

 

 そして、今度こそ追撃を加えようとするアイリスは再びクレアとレインに取り押さえられ、俺はみぞおちを押さえて動けなくなっているめぐみんの背中を擦ってやる。

 

「お前は一旦頭を冷やせ。アイリスは年下といっても王族だぞ? 身体能力ではクラスでもビリなお前が、真正面からやって勝てる相手じゃねえって。不意打ちとかも俺が色々教えてるから対応してくるし」

「……ぅぅ……こ、この……私が……こんな…………絶対に許しません……いつか必ず……レベルを上げて……ボコボコに……!!」

「クレア、レイン、離してください! この人はいずれ私に復讐するつもりです! それならば、めぐみんさんには今ここで、トラウマになるくらいの“すんごい事”をしなければなりません! そうでしょう、お兄様!!」

「確かにそう教えたけど! いやでも、アイリスもちょっと落ち着けって…………クレアも! お前いい加減すぐ剣抜くのやめろって!!」

 

 それからアイリスの方は割とすぐに大人しくなってくれたが、めぐみんがしばらく暴れ続け、俺が後ろから羽交い締めにする事でようやく落ち着いたようだ。

 しかし、これはこれで新たな問題が生まれており、俺と密着しているめぐみんを、アイリスが不機嫌そうに見ていた。

 

「……むぅ」

「ふふ、どうしましたその目は。私が羨ましいのですか? 先生とくっついてる私が羨ましいのですね?」

 

 こいつは本当に……。

 俺と密着した所で何とも思ってないだろうに、アイリスの反応を見てニヤニヤとして更に身を寄せてくる。

 

 放っておくとまたケンカになりそうなので、俺はこれ以上めぐみんが何か言う前にアイリスに。

 

「あのさ、アイリス。めぐみんの騎士団入団の件なんだけど、どうしてもダメか……? 実は結構込み入った事情があってさ、内定を貰えないとかなり困ったことになるんだ」

「…………あの、お兄様がそこまでめぐみんさんの事を思っているのは、ただ教え子だから……という事なのですよね?」

「うん、もちろん。何だよアイリス、もしかして俺がめぐみんに惚れてるとか思ったのか? ないない。いくら俺でも、こんな体も性格も男と区別つかないような子供を狙う程見境なしってわけじゃねえって」

「言いたい放題言ってくれますね本当に! 誰が男と区別がつかないですか!! 先生だって悪魔と区別つかないくせに!!」

「つくだろそれは流石に! え……つく、よな?」

「え……あー…………はい、区別つきますよ! お兄様は悪魔ではありません!」

 

 アイリスの少し考えるような間に、俺の心が抉られるのを感じる……人としてどうなのとかはよく言われるけど、そんなに酷いか俺……。

 

 すると、めぐみんは呆れた様子でアイリスの方を見て。

 

「というか、仮に私と先生がそういう関係だったとしたら、どうするつもりだったのですか。『騎士団に入りたくばお兄様と別れてください』とか言うつもりだったのですか?」

「ち、違います! ただ気になっただけで……めぐみんさん、あなたはお兄様のこと……好きなのですか?」

「さぁ、どうでしょうね。それに答えなければ騎士団には入れないとか言うつもりですか?」

「そ、そんな事は言いませんが…………何だか、めぐみんさんからは危険なものを感じるのです……ゆんゆんさんは直接的なアプローチをする度胸もないみたいでしたし、放っておいても大丈夫だと思ったのですが……あなたは……」

「ふっ……まぁ、仮に私が先生のことを好きだったとしたら、あなたにとって私はゆんゆんなど比べ物にならない程の強敵になることでしょうね。ゆんゆんなんて、先生とは十年以上一緒にいて一向に関係を進められないヘタレのくせに、愛が重くて変な方向にこじらせ始めているくらいですから」

 

 知らないところで友人二人からディスられているゆんゆん。不憫だ……。

 いや、ゆんゆんはああいう素直になれない所がまた可愛いと思うんだけどな……まぁ、めぐみんの言う通り、重すぎる愛で怖いことになってる時もあるけど……。

 

 クレアは二人のやり取りを聞きながら、不安そうに。

 

「あ、あの、アイリス様? めぐみん殿は騎士団に入ってこの国を守ると言ってくださっているのですし、あまりそう邪険にしなくても……」

「えっ、いえ、これはそういった話ではなく……あ、クレアやレインにはあまりピンとこないかもしれませんね……これは恋愛の駆け引きといったもので……」

「「うぐっ……!!!!」」

 

 アイリスの言葉に、かなりの精神的ダメージを受けた様子でうめくクレアとレイン。

 た、たぶんアイリスには悪気があったわけじゃないと思うが、これはキツイだろう……二人は美人だし、いつかは良い人が見つかるとフォローするべきだろうか。でも余計なこと言うと、俺にまでとばっちりがきたりするしなぁ……。

 

 それからアイリスは、少し何かを考え込んだあと。

 

「……分かりました。私の方も、一方的にめぐみんさんが騎士団に合っていないと判断して、入団を拒むというのはおかしいですよね」

「やっと分かってくれましたか。そうですよ、これ程までに騎士団に相応しい高潔な精神を持った者など中々……」

 

 そう、めぐみんが言いかけた時だった。

 アイリスは両手を合わせて、眩しい笑顔で。

 

 

「では、めぐみんさんには、これから一定期間、実際に騎士団に入ってもらうことにしましょう。お試し入団というやつです。そこでめぐみんさんの適性を見ることにします。能力だけではなく、内面的な部分も含めて」

「えっ」

 

 

 突然のアイリスの提案に、めぐみんは短く驚きの声を漏らすだけだ。

 俺達も何も言えずに、ただ目を丸くしていたのだが……。

 

「クレア、どうですか? そういう事は出来ますか?」

「……で、出来ないことはないと思いますが……しかし、めぐみん殿はまだ魔法を習得していないので……」

「魔法が使えなくとも出来ることはあるでしょう。例えばめぐみんさんは、その年でアークウィザードになれる程の高い知力を持っているのですから、それを騎士団の為に活かしてもらうというのも良いと思うのですが」

「……そうですね。ちょうど今、騎士団は貴族の方々からの強い要請で、銀髪の盗賊を追っているところです。その盗賊はまさに神出鬼没なのですが、めぐみん殿の知恵をお借りすれば、その足取りを掴めるかもしれません……」

「…………いいでしょう」

 

 めぐみんは静かにそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。

 そして、バサッとローブをはためかせて決めポーズを取ると。

 

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛する者! ふふ、そんなに我が強大なる力を見たいのであれば、思う存分見せてあげましょうとも。我ほどの者となれば、自らの価値を証明するのに魔法など必要ありません……邪神の封印パズルすら解いてしまうこの頭脳、ひとまずはこの国のために使ってあげるとしましょうか! 盗賊の一人や二人、朝飯前です!!」

 

 

 そんな感じに、自信満々に言ってのけるめぐみん。

 ……本当に大丈夫だろうか。こいつの知力が高いのは確かだが、普段の行いはとても知的とは程遠いものが多い。いや、でも、現状は受けるしかないわけだが。

 

 俺が本当に心配なのは、めぐみんの精神的な部分の方だ。こいつはこれから騎士団の一員として生活していくわけだが、何か問題を起こしたりしないだろうか。クラスでも何かあった時は大体こいつが絡んでるし……。

 

 そうやって、俺はまるで他所に自分の子供を預ける親のような気持ちで、ただめぐみんを見ていることしかできないのだった。もし何かあっても俺は関係ないと言い張ろう、うん。

 




 
何気にゆんゆんが出ない回は初めてかも?
次でこの話は終わり……のはずです、たぶん。
 

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