この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ
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今回は3話分使う話になると思います、たぶん。次の投稿はまた後日になります。
 


爆裂狂の逃避行 1

 
 俺がミツルギに完全勝利してから、しばらく経った。
 あの後、必死にゆんゆんを説得して何とか妹に戻ってもらったり、王都に行ってミツルギの件の仕返しにクレアのパンツをスティールした後、シンフォニア家の屋敷の正門に引っ掛けて飾ったりと色々あったが、今では平穏な日々が戻ってきている。

 今は学校の地下の実験室で魔道具製作の授業中だ。
 もう変装する必要もないので、俺の格好は普段通り漆黒の紅魔族ローブで眼帯もつけていない。

 ちなみにぷっちんは、前の授業でカッコイイ名乗り方というのを校庭で教えていたのだが、演出の為の雷を校長が大切にしているチューリップに落として説教をくらっている。

 俺はこちらに注目している生徒達を眺めて、小さなベルを目の前の机に置いて。

「今日作ってもらうのは、この嘘を見抜く魔道具だ。警察署や裁判所で使われることが多く、部屋にかけられた魔法と連動して、発言者の言葉に嘘が含まれていた時に音を鳴らす。まぁ、お前らはこんなもん使われるような事にはならないように、真っ当に生きろよ」

 すると、俺の言葉にめぐみんがジト目を向けてきて。

「先生から真っ当に生きろとか言われても釈然としないのですが……というか、先生はもう何度もその魔道具を使われているのではないですか? 警察のお世話になったのも一度や二度ではないでしょう?」
「失礼な。多少やらかしてちょっと話くらいは聞かれた事はあるが、これを使われるレベルでやらかした事はねえよ。前科もついてねえし」
「またまた、先生に前科がついていないなど、冗談にしてももっとあるでしょう、ふふ」
「じょ、冗談じゃねえから! お前ホント失礼だなおい!! 見ろよこの魔道具だって反応してねえだろうが!!」
「壊れてるんじゃないですか、それ」
「……めぐみん、お前最近、ゆんゆんの胸は順調に成長してるのに、自分は一向にぺったんこのままで内心結構焦ってるだろ」
「なっ、なんですか急に! ふ、ふん、そんなわけないでしょう、この私がそのような些細なことでいちいち焦るなど」

 チリーン、とベルが鳴った。
 部屋中から気の毒そうな視線がめぐみんに集まり、めぐみんは顔を赤く染め上げる。

「よし、壊れてはいないな。じゃあ」
「ま、待ってください、壊れてますよ! 今鳴ったのが何よりの証拠です!! 何故なら、私は決して焦ってなどいないのですから!!」

 またチリーンと鳴った。
 めぐみんはとうとう荒々しく立ち上がり。

「何なんですかこの魔道具は!! こんな不良品ぶっ壊してやります!!!」
「おいやめろバカ!! ったく、お前も往生際が悪いな。まぁ確かに、この魔道具がちゃんと機能してるか確認するなら、そういう感情的な事じゃなく、名前とか誕生日みたいな決まりきった質問の方がいいんだけど……じゃあ、ゆんゆん。お前スリーサイズは○○-△△-□□だろ?」
「え……あ、うん、そうだけど……」

 急に質問され、ゆんゆんは少し戸惑いながらも素直に頷く。
 皆の視線がベルに集まるが、何も反応しない。

「ほら、やっぱ壊れてねえじゃん。これでいいだろ、貧乳を気にしちゃってるめぐみん」
「…………そうですね、壊れているのは先生の頭の方でした……」
「な、なんだよその目は……俺が何をしたって…………お、おい、ゆんゆん? どうした?」
「…………んで……ってんのよ…………」
「……えっ?」

 俺はめぐみんをからかっていたはずなのだが、ゆんゆんの様子がおかしい。
 ゆんゆんは何やら俯いてぷるぷるしていたと思ったら。

 椅子を蹴り倒し、真っ赤な顔でこちらに掴みかかってきた!

「なんで私のスリーサイズ知ってんのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「いっ!? お、おいゆんゆん、今は授業中……いでででででででででで!!!!! い、いや、これは教師として知っておかなきゃいけない情報なんだって!!」

 ここでチリーンと音が鳴り、完全にブチギレたゆんゆんは俺の首を絞め始める。
 ちなみに、そういった身体的な数値は保健の先生が管理していて、俺のところまでは回ってこない。当たり前か。どうやって手に入れたのかは企業秘密だ。

 それからしばらく怒り狂っていたゆんゆんを何とかなだめ、頬や首に散々手形を付けられた状態で授業を再開する。そして、あらかた説明を終えた後、生徒達はそれぞれ材料を手にして魔道具製作に取りかかる。

 魔道具製作には魔力が必要だ。
 ここの生徒達はまだ魔法を使うことは出来ないが、魔力を込めるくらいなら出来るので、そこは問題ない。まだ5歳のこめっこも、魔力点火式のお風呂を難なく扱えるくらいだ。いや、それは普通にこめっこが凄いというのもあるんだが。もしかしたら、めぐみん以上の天才なのかもしれない。

 とは言え、今回の課題は中々に難しいものなので、生徒達も悪戦苦闘している。
 そんな中でも、このクラスの3トップ、めぐみん、ゆんゆん、あるえは早くもそれなりの所まで仕上げてきていた。

 あるえは真実や嘘を色々口にして魔道具の反応を確認しており、側で作業していたふにふらは行き詰まっている様子で、あるえの方を面白くなさそうに見ている。
 すると、ふにふらは何やらニヤリと笑って。

「ねぇねぇ、あるえ。そういえばさ、その眼帯ってどんな効果があるんだっけ?」
「ん……これかい?」
「そうそう! 何か大層な効果があるって言ってなかったっけ?」

 こ、こいつ、イイ性格してんな……。
 どうやらふにふらは、あるえにこの魔道具の前でいつもの設定を言わせて、からかってやろうと思っているようだ。

 あるえは少し考えた後。

「ふむ……それより、ふにふらは弟さんを溺愛していて、ゆんゆんのことを笑えない程のブラコンだと聞いたけど、本当なのかい?」
「はぁ!? ちちちち違っ! あ、あたしはブラコンなんかじゃないし!!」

 あるえの手元にあった魔道具がチリーンと鳴った。ふにふらの顔が真っ赤になる。
 その隣では、どどんこが「おー」と感心した声をあげて。

「すごいじゃん、あるえ。ちゃんと機能してるよ、それ」
「き、機能してないから! 全然間違ってる、壊れてるよそれ!! 嘘じゃなくて、真実に反応しちゃってんじゃん!!」
「……なるほど。どこかで間違ってしまったのかな……?」

 ふにふらの言葉を、妙に素直に受け入れるあるえ。
 それを聞いて、ふにふらはほっとした表情を浮かべて。

「うんうん、絶対そうだよ! あはは、全く逆の効果の魔道具を作っちゃうなんて、おっちょこちょいなんだから! まぁ、でも、最初から逆の反応をするって分かっていれば嘘発見器としては使えそうだし、先生も一応点数は付けてくれるんじゃない!」
「…………そういえば、ふにふら。君は先生のことが好きなんだよね?」
「きゅ、急に何!? ま、まぁ、その……うん、好き……だけど……」

 ふにふらは頬染めて少し恥ずかしそうにしながらも、俺の方をちらちらと見ながら答える。
 あるえとどどんこの視線が魔道具に向けられる。反応はない。

 すると、あるえは口元に楽しげな笑みを浮かべて。

「反応しない……この失敗作は真実に反応するらしいから……つまり、君は普段あれだけ先生に好き好き言っているのに、それは真実ではないということになるのかな?」
「うわー、ふにふら、そうだったんだ……」
「ええっ!? ち、違っ、ちょっと待って!!」
「ふむ、もしかしてふにふらは、先生の財産を狙って心にもない事を言っているんじゃ……」
「そんな事ないから! 財産目当てとかじゃないから!!」
「…………魔道具が反応しないね。つまり今の言葉も」
「ごめんなさいあたしが悪かったです!!!!! もう許して下さい!!!!!」

 結局ふにふらは涙目であるえに頭を下げていた。
 やるなあるえ……でも、出来れば俺をネタにするのはやめてほしかった。何故かって、ふにふらの言葉を聞いていた愛しの妹が、妙にニコニコとこちらを見ていて怖いからだ。

 俺がそうやって怯えていると、机の前にめぐみんがやって来て、完成した魔道具を置いた。ドヤ顔で。

「いつも通り、私が一番のようですね。まぁ、当然ですが」
「はいはい、お前は優秀だよ発育以外。そんじゃ、この魔道具の性能を確認するから、俺の質問に真実を答えた後、次は同じ質問に嘘を答えてくれ」
「い、いいですけど……変な質問はやめてくださいよ? さっきゆんゆんに言ってたスリーサイズとか……」
「ゆんゆんやあるえはともかく、お前のスリーサイズなんざ全く興味ないし調べてもいないから安心しろ。普通に名前を確認するだけだ」
「…………何でしょう、別にそういう事を聞いてほしいわけではないのですが、物凄くイラッとしました」

 めぐみんはそんな事を言ってむすっと不貞腐れていたが、俺がめぐみんの名前を尋ねると、ちゃんと真実と嘘で答えてくれる。魔道具も正常に作動しており、問題なさそうだ。

「よし、オッケー。ほら、スキルアップポーション…………めぐみん、ちょっといいか?」
「なんですか、今日のパンツの色でしたら教えませんよ」
「黒に赤のリボンだろさっき見た。それより、俺の話を聞けって」
「いやちょっと待ってください軽く流さないでください!! いつ見たんですか!? いつ覗いたんですか!?」

 そう言ってスカートの裾を押さえて俺から距離を取ろうとするめぐみんを捕まえ、俺は皆には聞こえないように小さな声で。

「そのポーションで、お前は上級魔法を習得出来るだけのスキルポイントが貯まる。つまり、その気になればもう卒業できるわけだ」
「……ほう、流石は紅魔族随一の天才である私ですね。ですが、私はそんなつまらない魔法でここを卒業するつもりはありませんよ?」
「分かってるよ。ただ、お前の冒険者カードは俺が預かっているとは言え、今まで以上にお前の母親にはバレないように気を付けろよ」
「はい、大丈夫ですよ。たまにレベルやステータスを聞かれることはありますが、先生から貰った書類を見せれば納得してくれています」

 めぐみんは、落ち着きのない自分ではうっかりカードを誤操作してしまう可能性があるから、先生にカードを預けていると母親に言っていた。その方が、先生にとっても生徒を指導する上で助かる、とも。奥さんは俺に対して割と好印象を持っているらしく、それで納得してくれていた。

 そして、めぐみんのレベルやステータスなんかは、商人の間での正式な書類で使われるような上質紙と書式で書き写してめぐみんに渡してあり、母親に聞かれた時はそれを見せてやり過ごしている。その内容はスキルポイントの数値と、スキル欄の習得候補にある爆裂魔法以外は概ね原本と同じものとなっており、正式な書類のように見せかけているので、奥さんも特に疑うこともないようだ。

 とは言え、油断は禁物だ。秘密というのは、どんな所からバレるか分かったものではない。
 俺の例を挙げるならば、ゆんゆんの誕生日の時に撮った写真を現像したら、フィルムにそけっとのちょっとエッチな盗撮写真が紛れ込んでいて、ゆんゆんがガチギレして酷いことになった事がある。

「母親の勘ってのをあんま舐めない方がいいぞ。お前も気付かない内に何かボロ出してるかもしれないし……」
「心配性ですね先生は。大丈夫ですって、お母さんがこの事に気付く可能性は1パーセント以下です、この私に限って失敗などあるはずがありません」
「おいやめろ、そういう事言うな。嫌な予感しかしないから」

 そうやって、何故か自信満々に不吉なことを言っているめぐみんを止めていると。

「二人して何こそこそしてるの?」

 いつの間にか机の前まで来ていたゆんゆんが、完成したらしい魔道具を片手に首を傾げていた。
 俺とめぐみんは慌てて。

「な、何でもない、何でもないぞ。皆の邪魔にならないように小声で雑談してただけだ、うん」
「そ、そうですよ、やましい事など何もありませんとも。まぁ、その、先生が言うには、アレが貯まったらしくて、でも、私としてはもっと貯まってから……えっと……」
「……何が溜まったの、兄さん?」
「ま、待て! 待って!! あ、いや……金だ金! 金が貯まってパーッと使っちまおうかと思ってたんだけど、めぐみんがもっと貯めた方がいいってな……!」
「いつも安定を求めてる兄さんが、お金をそんな一気に使ったりするの……?」
「す、するって、俺だってたまには散財することだってあるんだ……例えば、必要なら俺は、ゆんゆんの為に全財産だって使えるぞ」
「っ……そ、そう。うん、まぁ……なら、いいけど…………もう、兄さんはシスコンなんだから……」

 先程まで怖い空気を出していたゆんゆんは顔を赤くして、もじもじと俯いてしまう。そして、その言葉の割には嬉しそうに、こっちをちらちら伺っている。
 隣ではめぐみんが呆れた顔を浮かべているが、気にしないことにする。というか、コイツだって結構シスコンのくせに。

 とりあえず機嫌を戻してくれたゆんゆんは、気を取り直すようにこほんと咳払いをして。

「と、とにかく、バカなこと言ってないで私の魔道具見てよ。まためぐみんには負けちゃったけど……」
「あぁ、分かった分かった。じゃあ、ゆんゆんはお兄ちゃんの事が好きか?」
「えっ、う、うん…………っていきなり何言わせてんのよ!!」

 顔を真っ赤にして怒るゆんゆんだったが、魔道具は反応しない。
 それを俺とめぐみんがニヤニヤと見ながら。

「流石は私に次ぐ成績なだけありますね。その魔道具、ちゃんと機能しているようではないですか」
「ち、ちがっ…………兄さん! なんでそんな質問するのよ!! 『私の名前はゆんゆんです』! 『私の名前はゆんゆんではありません』!! ほら、これでいいでしょ!!」

 確かに今のゆんゆんの言葉に対し、魔道具は真実には無反応で嘘にはチリーンと音を鳴らしたのだが……。

「ダメだダメだ。質問に答えるのが決まりだ。そっちの方が楽しいし。ほら、次も同じ質問するから、今度は『いいえ』って答えてみろ。魔道具が鳴れば合格だぞ」
「今さらっと楽しいとか言った!? じゃ、じゃあ、質問には答えるから、普通に名前を聞いてよ!! というか、そういう感情的な質問は、この魔道具の動作確認には向かないとか言ってたじゃない!!」
「確かに感情は曖昧なものだから質問には適さないってのはあるけど、ゆんゆんが俺のことを好きだってのは、自分の名前と同じくらい決まりきった事だし、別にいいだろ」
「きききき決まりきってなんか……!!! わ、私は、別に……兄さんなんて……うぅ……」
「そんな恥ずかしがるなって。俺がゆんゆんのこと好きってのも、同じくらい決まりきったことだしさ」
「そ、そういう事言えば丸め込めると思わないで! 大体、兄さんの言う“好き”って……その……そういう意味じゃないし……」

 どうやら今度は上手くいかなかったようだ。ゆんゆんは少しいじけた顔になっている。
 俺は溜息をついて、ゆんゆんの後ろを指差し。

「ほら、さっさと答えないと後ろがつっかえてるぞ。あるえも完成したみたいだし、ねりまきもそろそろ出来そうだし」
「あっ、ご、ごめんねあるえ! ね、ねぇ、兄さん、本当にその質問じゃないとダメなの……?」
「ダメですー。ほらほら、答えられないなら、あるえ達に先譲ってやった方がいいんじゃねー? スキルアップポーションは先着三名様までだけどなー」
「うぅ……そんな……」
「……はぁ。もうその辺でいいじゃないですか。ゆんゆんがお兄ちゃん大好きっ子なのは分かりきっている事でしょう」

 めぐみんがジト目でそんな事を言ってくるが、お兄ちゃんは何度だって妹に好きだと言ってもらいたいものなんだ。こればかりは誰にも止められない。

 それからゆんゆんは少しの間、顔を赤くしておろおろとした後、俯いてしまった。

 ……少しからかい過ぎたか?
 これで嫌われて口を利いてもらえなくなるのも辛いので、仕方なく名前で許してあげようかと考えていた時。

 ゆんゆんが俯いたまま、静かな声で。

「…………ねぇ。さっき兄さんは質問に答えなきゃダメとか言ってたけど、それって別に私が答える必要はないわよね?」
「……えっ?」
「つまり、私が兄さんの質問に答えるんじゃなくても、兄さんが私の質問に答えるのでもいいんじゃないかって話。というか、合否を決めるのは兄さんなんだし、自分のことを答えて確認する方が分かりやすいんじゃない?」
「…………そ、そうかも……しれないけど……」

 俺の若干震えた言葉を聞いて、ゆんゆんは顔を上げて微笑んだ。
 こ、こわいんですが……。

「じゃあ兄さん、質問。最近、王都にある、お姉さんと楽しくお話できるお店に行った?」
「ちょっ!? お、落ち着け、ゆんゆん。そういう質問は教育上よろしくないと言うかな……そうだ、じゃあさっきの仕返しってことで、『お兄ちゃんは私のこと好き?』とかでいいんじゃん! それならお兄ちゃん、張り切って答え」
「行ったの?」
「…………行ってません」

 チリーンと、魔道具が鳴った。
 部屋中からドン引きの視線が集まってくるのを感じる。

 ゆんゆんの方を見られないからどんな表情をしているのかは分からないが、それでも何となく想像できてしまう。

「……まぁ、そういうお店に一切行くなとは言ってないから、それだけならいいんだけど…………なんで嘘ついたの? 何かやましいことでもあるの?」
「…………ないです」

 チリーン。

「お姉さんの胸触った?」
「…………さ、触ってないです」

 チリーン。

「お姉さんのお尻触った?」
「…………触って……ない、です…………」

 チリーン。

「…………ねぇ、兄さん。私のこと好きなんだよね?」
「もちろん!!」

 シーン。

「じゃあ、約束守ってほしいんだけど。そういうお店に行っても、セクハラはやめてほしいんだけど。次からはちゃんと守ってくれる?」
「…………は、はい」

 チリーン。

 その音を聞いた瞬間、ゆんゆんは俺の胸ぐらをガッと掴んできた!
 目を合わそうとしない俺を、無理矢理自分の方に向かせる愛しの妹は無表情で、何も言わずじっと俺の目を覗き込んでいた。
 こ、怖すぎるんですけど……軽く泣きそうなんですけど俺……。

 そんな様子を呆れ顔で見ていためぐみんは、ふと思い付いたように。

「では、この機会に他の皆も先生に色々と聞いてみるのはどうでしょう。あるえも、先生には何か聞きたいことがあるのではないですか?」
「……うん、そうだね。私からは、先生が私に官能小説を書くように言ってくるのは、本当に商業的な理由だけなのかという辺りを聞きたいと思っているよ」
「いっ!?」
「だってさ、兄さん。ちゃんと答えてあげなよ……ねぇ」
「ごめんなさい先生が悪かったです許して下さい!!!!!」

 結局俺は、実験室の冷たい床の上で土下座することとなった。
 この頃、土下座してばかりなのは気のせいだと思いたい……。


***


 それから数日後の夜のことだった。
 俺が自分の部屋でとある作業に没頭していると、窓にコツンコツンと連続して何かが当たる音がした。俺は身なりを整えると、窓を開けて外を伺う。

 俺の部屋は二階にある。空には何も見えないので、別にフクロウとかその辺がぶつかって来たわけではないらしい。次に地面の方を見下ろしてみると。

 制服姿のめぐみんが、こちらに片手を振っていた。別の手には小さな石が握られていて、それを投げたのだろう。
 ただ、めぐみんは、どこか焦ったような表情をしている。……なんだろう、嫌な予感しかしないが、放っておくわけにもいかないだろう。

 俺は特殊な魔力ロープを取り出す。普段から持ち歩いている物で、通常時は五センチ程度だが魔力を込めると何倍にも伸びる。どことなく卑猥に聞こえるが、アレは関係ない。
 そのロープを伸ばしてめぐみんに投げてやると、両手で掴むようにジェスチャーで伝える。彼女は首を傾げて困惑しながらも言われた通りにする。おそらく、自分の力ではロープを使って二階まで登っていくなど無理だと言いたいのだろうが、その心配はいらない。

 俺がロープを軽く引きながら魔力を込めると。

「わっ!? きゃああああああああああああああああ!!!!!」

 ロープは一気に元の長さへと縮まっていき、勢い良くめぐみんを引っ張り上げる。
 そして、そのままの勢いで突っ込んでくるめぐみんを、念の為に支援魔法で強化した体で受け止めた……が、想像以上に衝撃が少なく拍子抜けする。こいつ、こんなに華奢なんだな……もう少し食料の差し入れとかしてやるべきか……。

 俺がそんなことを考えながら可哀想な目で見ていると、至近距離からめぐみんが食ってかかってくる。

「いきなり何するんですか!! 肩外れるかと思いましたよ!!」
「大丈夫だって、一応ロープ伝いにお前にも軽く支援魔法かけてたから。これも特注品のロープで、魔法を伝達するんだ。ちゅんちゅん丸みたいに増幅や維持は出来ないけど」
「そ、そうなんですか……ありがとうございます……でも、そんな配慮してくれるなら、せめて一言あってほしかったです……」
「いやそっちの方が面白い反応してくれると思って。しかし『きゃー!』って。お前学校では他とは違う天才気取ってるのに、悲鳴は普通に可愛いよな」
「う、うるさいですよ!! というか、大丈夫なのですかこれ。さっきの悲鳴を聞きつけて、ゆんゆんが部屋に入って来て今の状況を見たら、大変なことになりますよ」
「そこは心配するな。この部屋、お前が来る前から『サイレント』の魔法がかかってて、外へは音が漏れなくなってるから。外からの音はちゃんと聞こえるけど。だからいくらでも声出していいぞ」
「あの、私を抱き止めているこの状態でそのセリフは、犯罪臭が凄いのでやめてほしいんですけど……あと、そろそろ離してくれませんか?」
「おおう、悪い悪い。女の子特有の、華奢ながらも柔らかくて良い匂いがする体が心地よくて、つい」
「正直なのは良い事ですが、この状況でそんな本音をぶち撒けられても反応に困りますね……」

 そんなやり取りをして、俺はめぐみんを離す。
 めぐみんは若干乱れた服を整えながら。

「それにしても、何故消音の魔法なんてかけているのですか? 授業計画などを考えているから集中したいとか? でも、それなら部屋の中の音を消すのではなくて、外からの音を消した方がいいのでは……」

 首を傾げためぐみんからの質問に、俺は気まずく感じて目を逸し。

「…………詳しく聞くなよ恥ずかしい」
「何をしていたのですか!? いえ、ナニをしていたのですか!? えっ……じゃあまさか…………あ、あの、手はちゃんと洗いましたか……?」

 めぐみんが不安そうに聞いてくるので、俺は窓を開けて。

「『クリエイト・ウォーター』…………洗った」
「遅いですよ!!!!! ちょっと待ってください、さっき先生は、アレを握った手で私をキャッチしたのですか!?」
「そんなことよりも、ゴミ箱のティッシュには触るなよ。ニオイ対策はしてあるけどさ」
「触らないですよ!!! 今の流れでゴミ箱漁るとか、どんだけ痴女なのですか私は!!!!!」

 めぐみんは顔を真っ赤にして騒いでいるが、急に来たのはそっちなんだし俺は悪くないはずだ。大体、15歳の少年が夜中にそういう事をやっているなんて、十分想定できる範囲内だろう。

 めぐみんはそのまましばらく俺から距離を取って、どんよりとした目で俺を警戒していたが、最後には諦めたように溜息をついた。

「……まったく。この非常事態に、先生はどうしてこうなのですか……いえ、先生らしいと言えばそうなのですが……」
「非常事態? なんだよ、もしかして、ついにお前もおっぱいを手に入れたのか?」
「元から持ってますよ失礼な!!! 私だってほんの少しくらいは膨らんでますから!!!」
「ほう、なら先生に」
「見せませんよ!? 見せるわけないでしょう!! ここで流されて胸を見せるとか、どんだけちょろいのですか!! その程度の口車に乗せられるとは思わないでください、私はゆんゆんではないのです!!!」
「い、いや、流石にゆんゆんもそこまでちょろくねえって……」

 正直、ゆんゆんがそのレベルでちょろかったら、嬉しいというか普通に心配になってくる。……大丈夫だよな? 今度念の為確認してみるか、殴られそうだけど。

 めぐみんは頭痛に耐えるように頭を押さえて。

「先生のせいで、また話が脱線しました……いいですか、聞いてください。私の母に爆裂魔法のことがバレそうなのです」

 めぐみんのその言葉に、一瞬部屋が静まり返る。
 俺は恐る恐る、小さな声で。

「…………マジで?」
「マジです。私もびっくりしましたよ。突然『めぐみん、あなた爆裂魔法を習得しようとしていない?』と聞いてくるのですから」
「なっ……本当に非常事態じゃねえか!! お前さっさと言えよそういう事は!!!」
「なにおう!? 先生が悪いのですよ、次から次へと変な事ばかり言ったりやったり!!!」
「おいめぐみん、今はそんな事言い合ってる場合じゃないぞ! しっかりしろ!!」
「確かにその通りですが! そうやって急に自分だけしっかりされても、納得できないのですが!!」

 何やらまだめぐみんが文句をつけてくるが、それどころではない。これは冗談抜きに、めぐみんの将来に関わる重大なことだ。

 俺は口元に手を当てて考え込み。

「しかし、またストレートにきたな……やっぱお前、何かボロを出してたんじゃないのか?」
「ボロなんて出してませんって。私を誰だと思っているのです。紅魔族随一の天才ですよ? 例え母親相手だとしても、油断することなどないですよ」
「そっか…………奥さんは他に何か言ってたか?」
「えぇ、『明日、カズマさんからめぐみんの冒険者カードの原本を見せてもらうわ』とも言っていました。あの母のことです、朝一で先生の所へ向かう可能性もありましたので、今こうして相談に来たのです」
「……そうだよな、奥さんからすれば、普通に俺も怪しいよな…………」

 そこまで考えて、俺はふと気付いた。
 ……今のこの状況、マズくね?

「な、なぁ、めぐみん。その話を聞いてお前が家から出て行ったら、奥さんは真っ先にここを疑うんじゃないか……?」
「えぇ、そうでしょうね。ですが、既にそんな事を気にしていられるような状況ではないでしょう。それに、先生は言ってくれたじゃないですか。『バレたら俺のところに来い』と。やけに格好つけてドヤ顔で」

 ……そういえば、そんな事を言ってしまった気がする。
 何故俺はあの時、雰囲気に流されてあんな格好つけてしまったのだろう。今更ながら後悔する。

 俺は少し考えている様子を見せて。

「……よし、聞けめぐみん。こういう事は自然解決を待つのが一番だ。奥さんの言葉は聞かなかったことにして、俺達はいつも通り過ごしていこう。という事で、解散!」
「自然解決するわけないでしょう!! もう関わりたくないだけですよね!? とりあえず厄介払いしたいだけですよね!? させませんよ、何とか私の母を納得させられる方法を、二人で考えていこうではないか! 必要とあらば朝まで!!」
「待て待て、年頃の女の子が、こんな時間に男の部屋に入り浸るもんじゃありません。朝までなんて論外だ。というわけで、そろそろ帰るべきだと思うんだけど……」
「普段はあれだけ私にセクハラしまくってるくせに、今更紳士ぶられても!! 先生がそのつもりなら、私にも考えがありますよ! 私と先生が、大切な秘密を共有する関係だという事は、お母さんも気付いています。つまりそこから、私達がただならぬ関係であると思い込ませ、ある事ない事好き放題に信じ込ませることだって出来るのですよ!! 必要とあらば、お父さんにだって!!」
「おい調子に乗るなよ! お前の冒険者カードはこっちにあるんだ! そんなバカな事をすれば、お前が必死こいて貯めたスキルポイントは、どっかの無駄スキルに消えることになるぞ! そうだ、初級魔法とその威力上昇に全部突っ込んでやろうか! ネタ魔法しか使えないネタ魔法使いよりはよっぽど役に立つだろうよぉぉ!!」
「やれるものならやってみてください!!! もしそんな事をすれば、ゆんゆんにも色々と吹き込みますよ! あの子だって私と先生が何か怪しい関係であると疑い始めていますし、簡単に信じ込ませる事ができるでしょう!! ふふ、あのヤンデレ妹は何をするのでしょうねぇ!!」

 そうやって俺とめぐみんが、いよいよ取っ組み合いのケンカを始めようとした時。

 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 俺とめぐみんは掴み合った状態でビクッと固まり、二人して恐る恐るドアの方に視線を向ける。


「カズマ、ひょいざぶろーさんの所の奥さんが訪ねてきたぞ。お前、また何かやらかしたのか?」
「「っ!!」」


 父さんのその言葉に、俺とめぐみんは消音魔法のことも忘れて、思わず息を潜めた。
 そして、すぐに別の声が聞こえてくる。

「いえいえ、そんな。私としても、カズマさんにはいつも娘がお世話になっておりますので、そこまで大事にするつもりはありませんよ。あの、カズマさん。夜分遅く申し訳ありません、今お取り込み中である事は分かっているのですが、少々お時間を頂けませんか? 今すぐにとは言いませんので、少ししたらカズマさんともう一人で、私共の家までいらして下されば幸いです」

 そんな奥さんの声は静かで穏やかなものではあったが……どことなく影のようなものを感じ取れてとても怖い。これ、断ったらどうなるんだろう……。
 めぐみんは俺の服を掴んだまま、不安そうにこちらを見ている。

 よく考えろ。これは安易に答えてはいけない。
 何よりも、こんなんでも俺は教師だ。生徒のことを考え、一番生徒の為になる道を選択するべきだ。こういった親子間でのトラブルだって、こうして俺を頼ってくれる生徒がいるのだから、無関心でいるわけにはいかないだろう。俺は今、教師として何をするべきだ?

 ……よし。
 俺は自分の中の信念に基づく結論を導き出し、部屋の消音魔法を解除した。
 そして、奥さんに告げる。

「分かりました! どっかのバカを連れて必ず伺います!!」
「!!!!!?????」
「ふふ、ありがとうございます。カズマさんでしたら、きっとそう言っていただけると思っていましたよ。それでは、お待ちしております」

 そう残して、二人はドアの前から離れて行った。

 俺は緊張を解いて一息つく…………ことも出来ず。
 めぐみんが凄い顔で首を絞めてきたので、仕方なく再び消音魔法を唱える事となった。

「何故あなたはいつもそうなのですか!!!!! 簡単に生徒を売り過ぎでしょう!? 良い先生という評価を本当に取り下げたくなるのですが!!!」
「落ち着けって。これはお前のためでもあるんだ。こういう大切な事は、ちゃんと親御さんと話し合うべきだと思う。あとお前の母ちゃん怖いんだもん、俺の世間体も危ないし」
「後半の言葉が本音ですよね!? 何か真っ当な事も言ってますが、要するにウチの母が怖くて自分の世間体が心配なだけですよね!? というか、先生の場合、世間体とかその辺はもう手遅れだと思うのですが!!」
「まぁ、聞けよ。俺だって、ただお前を売るつもりはない。奥さんを説得するつもりだって少しはある。俺に任せとけ」
「えっ……あ、はい…………そういう事でしたら…………あれ? 今、説得するつもりは少しはあるとか言いましたか!? 少ししかないんですか!? 大丈夫なんですかそれ!?」

 何やらめぐみんがまだ食ってかかってきているが、それに構っている余裕もないので、俺は黙々と準備を進めていく。
 今夜は厳しい戦いが待っていそうだ……。


***


 そんなこんなで準備を整えた俺達は、めぐみんの家までやって来る。

 俺は寝間着から紅魔族ローブに着替えており、魔道具もいくつか揃えている。流石にちゅんちゅん丸までは持ってきてはいないが、まるでこれからクエストにでも行くかのような格好だ。こんな準備は無駄になってくれるのが一番なのだが……。

 俺が緊張しながらドアをノックすると、すぐに笑顔を浮かべた奥さんが出迎えてくれた。

「こんばんは、カズマさん。お越し頂きありがとうございます。こんな時間にお呼びしてすみません。それに、お帰りなさい、めぐみん。カズマさんに迷惑かけなかった?」
「あ、ど、どうも、こんばんは……」
「た、ただいま……あの、お母さん……」
「話は中でしましょう。さぁ、カズマさんもどうぞどうぞ」
「え、えっと、お邪魔します……」

 何だろう、珍しくもない小さな一軒家なのに、世界最大のダンジョンよりも威圧感がある。中に入ったら、もう出て来られないような……。

 そんな不安を覚えながら、俺とめぐみんが家の中に入ると。

「『ロック』」

 奥さんの魔法で、玄関のドアが締められた。
 ゴクリと喉を鳴らす俺達を見て、奥さんは何でもないように笑って。

「あ、気にしないでください。こんな夜中ですので、念の為に戸締まりはしておこうと思っただけですから」
「で、ですよねー! いくら里の治安が良いと言っても、戸締まりくらいはしますよねー!」

 あかん、こわい。もう帰りたい。
 そんな俺の気持ちを察したのか、めぐみんは俺の服の裾を握って、縋り付くような目でこちらを見てくる。くっ、そんな目をして庇護欲でもくすぐるつもりかコイツ! 紅魔族随一の天才とかいうプライドはどこ行った!

 そのまま俺達は居間へと通され、ちゃぶ台の前に並んで座る。二人共正座だ。
 奥さんは人数分のお茶をちゃぶ台に置くと、向かいに座って相変わらずの笑顔で俺達のことをじっと見てくる。

 なんだろうこれ……まるで若くて経済能力もない男女がうっかり子供を作ってしまい、それを女の子側の親に報告するような重苦しい空気を感じる。
 そんな空気に耐えられず、俺はわざとらしくキョロキョロと辺りを見回し。

「こ、こめっこは、もう寝てるんですか?」
「はい、他の部屋で眠っていますよ。消音魔法もかけてあるので、多少大きな音を出しても起きることはないでしょう」
「そ、そうですかそうですか! あ、いえ、別に騒いだりするつもりはありませんけどね!?」
「ふふ、分かっていますよ。私だって騒いだりするつもりはありません。今のところは」

 ひぃぃ……もう泣きそうなんだけど俺……!
 助けを求めて隣を見ると、めぐみんは俺の袖口を握りしめたまま、小さく震えて目を泳がせている。ダメだ、コイツはこういう肝心な所でヘタれる奴だった!

 奥さんは、そんな俺達の様子をにこやかに見つめながら。

「では、単刀直入にお聞きします。家の娘は、爆裂魔法を覚えようとしているのですね?」
「っ…………ど、どうしてそう思ったんですか?」

 まずは情報源を探るところからだ。そこを知らなければ誤魔化しようもない。
 一番怪しいのはめぐみんだが、本人はボロは出さなかったと言っていたし、もしかしたら別の所から漏れている可能性もある。

 俺の言葉に、奥さんは何故かクスクスと笑うと。

「だって、めぐみんが時々部屋で呪文と共に『エクスプロージョン!』と叫んでいるものですから。それに寝言でも『ふっふっふっ、ようやく爆裂魔法を覚えることが出来ました! これで卒業です!』とか言っていましたし」
「はい、このバカは爆裂魔法で学校を卒業しようとしています。しかも他の魔法を覚える気はさらさらないようです。俺は止めたんですが、全然言うことを聞かなくて困っていたんですよ。これまで俺が手伝っていた工作も、とあるネタでめぐみんから脅されて嫌々やっていたんです」
「ええええええええええっ!? ちょっ、何さらっと暴露して責任逃れしているのですか!!!!! この裏切り者おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「うるせえお前ふざけんなよ!!! 何が紅魔族随一の天才だ、油断しまくりでボロ出しまくりじゃねえかこのバカ!!! 誤魔化す為に色々やってやった俺の苦労返せよテメー!!!!!」

 俺とめぐみんはギャーギャーと騒いで掴み合う。
 どこから奥さんにバレたんだろうと色々考えてたのに、こんなしょうもないオチとかホント何なんだコイツは! もう知らん!!

 しかし、奥さんが小さく咳払いしたのを聞いて、俺達は慌てて正座に戻った。

「めぐみん、あなたは爆裂魔法を覚えてどうするの? いずれはこの里を出るつもりなのでしょう?」
「……私は、爆裂魔法を教えてくれた人にもう一度会って、お礼を言って、私の爆裂魔法を見せたいのです。もちろん、ただ魔法を見せるだけではありません。大好きな爆裂魔法で数多くの強敵を屠り、レベルを上げて、立派な大魔法使いになって、『私の爆裂魔法はどうですか?』と聞きたいのです」
「…………爆裂魔法しか使えない魔法使いがどんな扱いを受けるのか、あなたは想像出来ているのよね?」
「…………はい、覚悟の上です」

 めぐみんの真剣な目と言葉に、奥さんは何も言わず、ただじっと娘のことを見つめていた。

 俺は親の気持ちなんて分からないが、それでもこういう時、どう思うんだろうなと考えてしまう。
 もちろん、親だったら自分の子供の望みは叶えてあげたいだろう。しかし、そこにとてつもない困難が待ち受けていて、数多くの不幸にも見舞われるだろうと予想できる時、それを止めたいと思うのもまた親として当然の気持ちだと思う。

 しばらくの沈黙が流れた後、奥さんは重い口を開いた。

「ダメです、そんな事は許せません。爆裂魔法しか覚えていない娘を里の外に出すだなんて……しかも、街の中で安全に暮らすならともかく、冒険者として生計を立てていくつもりなのでしょう? そんなの親として認められるわけない……きっと満足にご飯も食べられずに行き倒れてしまうわ」
「そ、そんな! でも、私は……!」
「……あの、奥さん。確かに爆裂魔法しか使えない魔法使いなんて、冒険者パーティーじゃお荷物扱いされるのが普通です。でも、王都の騎士団ならそうでもないみたいなんです」
「えっ、騎士団……?」

 俺の言葉に、奥さんは意表を突かれた様子で、めぐみんは希望を乗せた瞳でこちらを見ている。
 俺はそれなりの手応えを感じて、そのまま続ける。

「はい、もう実はその騎士団の上の方に話はしてあって。大規模な集団戦においては、爆裂魔法しか使えない魔法使いでも活躍できるようですし、十分フォローもしてもらえるようです。全く危険がないわけではないですが、冒険者と比べたらまだマシですし、給料だって安定しています」
「…………なるほど、そうなんですか……」

 奥さんは口元に手を当てて考え込んでいる。
 俺とめぐみんはそんな奥さんの様子を緊張しながらもじっと見つめ、次の言葉を待つ。いつの間にか、めぐみんの手が俺の手を握っているが、今はそんな事は気になら…………コイツの手、ひんやりしてて気持ちいいなぁ……。

 そして、奥さんは俺を真っ直ぐ見て。

「カズマさん、先程、騎士団の上の方には既に話はしてあると仰っていましたが、それは内定を頂けているという事でよろしいのですか?」
「えっ……あ、い、いや……それは、まだで……」
「……そうですか。では、めぐみんは一度くらいは、その騎士団の上の方に顔を見せていたりはするのですか?」
「…………そ、それも、まだ……です……」
「…………そうですか」

 あれ、やばい、これあかん流れや。
 俺は慌てて次の言葉を探していると、奥さんは続けて。

「カズマさん。先程、めぐみんの爆裂魔法は騎士団で役に立つと仰っていましたが、能力ではなく性格の方はどうなのでしょう? 親から見ると、家の娘は性格的には騎士団に向いているとは思えないのですが……」
「…………た、確かに」
「ちょっと先生!? 何あっさりと納得しているのですか、もう少し頑張ってくださいよ! さぁ、私がいかに騎士団に向いているか、ビシッと言ってやってください!!」
「いや、だってお前、性格的には騎士団ってより魔王軍側だし……魔王をぶっ倒して次の魔王になるとか言ってたし……」
「うっ!! そ、それは……何と言いますか、言葉の綾というか……!!」

 そう言って気まずそうに目を逸らすめぐみん。ダメだこりゃ。
 これはやっぱり、奥さんよりもめぐみんを説得する方がいいかとさえ思い始めていたのだが。

 奥さんは何やら微笑ましげにこちらを見て。

「一つだけ、めぐみんが爆裂魔法一筋で生きていくことを許す条件があるのですが……聞きますか?」
「えっ」
「聞きます! ぜひ聞かせてください!!」

 俺より先に、めぐみんが身を乗り出して食いついていた。まぁ、そりゃそんな条件があるなら、聞きたいわな。
 ……でも、なんだろう、何か嫌な予感がするんだけど。なんか奥さんがめぐみんというより、俺の方を見てる気がするんだけど。

 奥さんはにっこりと笑って。


「カズマさんとめぐみんが結婚する――――これが、私がめぐみんの爆裂魔法習得を認める、唯一の条件です」


 しん、としばらく部屋に沈黙が流れる。
 俺は嫌な予感が的中したと頭を押さえ、めぐみんは目を丸くして呆然としている。奥さんは相変わらず、こちらを見て微笑んでいる。

 めぐみんが何も言えなくなっているので、仕方なく俺が頭をかきながら。

「えーと……理由を伺っても?」
「ふふ、それはもちろん、カズマさんが一生めぐみんの側にいてくださるというのであれば安心だからです。何だかんだカズマさんは、結婚すれば相手のことを大切にしてくださる方だと思いますし」
「そ、それは…………おいめぐみん、お前からも何か言えよ。お前の母ちゃん、またとんでもない事言ってんぞ。…………おい?」

 そう言ってめぐみんの方を見たのだが、めぐみんは何やら俯いてしまっていた。
 髪で隠れて表情が見えない。もしかして悩んでんのか? いやいや、いくらコイツが爆裂狂だとしても、流石にこの条件は代償が大きすぎるだろ。

 そんなことを考えながら首を傾げていると、ようやくめぐみんが顔を上げた。
 何やら決意した様子だが、ほんのりと頬を赤く染めているのが気になる。ぎゅっと、俺の手を握る力が強くなるのを感じる。

 …………えっ、まさか。


「分かりました。私、先生と結婚します」


 普段から色気よりも食い気や爆裂ばかりの天才は、顔を赤くしながらも、堂々とそんなバカな事を言ってのけた。
 俺は口をあんぐりと開けて、ただ呆然とすることしかできない。

 一方で、奥さんは満足そうに何度か頷いて。

「ふふ、分かったわ。あなたはあなたの好きに生きなさい。何かあっても、きっとカズマさんが助けてくれるから。あ、お父さんはお母さんが説得するから、あなたは安心して幸せになりなさいね?」
「は、はい……あの、でも私、まだ12歳ですので……」
「えぇ、分かっていますよ。あなたが14歳になるまでは、カズマさんとは婚約という形をとってもらうわ。魔法を使った本格的な契約を結べば、いくらカズマさんでも逃れようがないし」

 えっ、ちょ、俺を置いて勝手に話が進んでるんですけど。奥さんが何か恐ろしい事言ってるんですけど。
 しかし、めぐみんは頬を染めたまま、こちらにはにかんで。

「えっと……末永くお願いしますね先生……。あの、私、そこまで嫌というわけでもないですから。確かに、そういう事は今まで想像したこともなかったのですが、相手が先生なら、いいかな……と。普段はアレですけど、何だかんだ良い所もあるというのも知っていますし…………だ、だから……」

 めぐみんは目を潤ませ、上目遣いでじっとこちらを見てくる。誰だお前。

 しかし、女の子にここまで言わせてしまったのだから、流石に俺も何も言わずに逃げるという事はできない。
 俺は、めぐみんの紅い瞳を真っ直ぐ見つめ。

「……めぐみん。俺からもお前に言いたい事がある」
「…………はい」

 めぐみんは感情が昂ぶっているのだろう、目を紅く光らせてじっと俺の言葉を待っている。
 そんな少女に、俺は。


「悪い、結婚は無理だ。愛人で我慢してくれ」


 瞬間、めぐみんは真っ赤な顔のまま掴みかかってきた!

「あなたという人は!!! あなたという人はあああああああああ!!!!!」
「いででででででででで!!!!! おい離せバカ!!! 俺にだって人生プランってのがあるんだよ!!! こんな簡単に結婚相手を決められてたまるか!!!!!」
「何故こういう所ではブレないのですかあなたは!!! 少しはブレてくれてもいいではないですか!!! ここは、私の想いを受けて『しょうがねえなぁ』と笑いながらも、婚約してくれる流れでしょう!!!!!」
「そんな流れ知るか!!! つか、何が“私の想い”だ!!! お前にそんな色気は欠片もないってのはよーく分かってんだよ!!! 爆裂魔法に釣られて暴走してんじゃねえ!!!」
「わ、私にだって色気くらいありますよ! 何ですか、本物の愛が感じられないとか言いたいのですか!? ふっ、先生って意外とそういう所だけは純情なんですね、流石は童貞」
「んだとコラァァあああああああ!!!!! いつも食う事と爆裂魔法の事しか考えてないお前よりはずっとマシですぅぅ!!! いいかお前、さっき俺と結婚するとか言ってたけど、それ小さな子が『大きくなったらパパと結婚する!』とか言ってんのと大差ねえから!!!!!」
「何という侮辱!!!!! 先生だって本当に人を好きになった事なんてないくせに!!! 私は12歳ですからまだそういう事もあると思いますけど、15歳でそれとかヤバイんじゃないですか人として!!!!! あ、先生が人としてヤバイのは今更でしたね!!!!!」
「よし表出ろお前!!!!! 裸にひん剥いて里中引きずり回してやんよ!!!!!」

 やはり俺とめぐみんとの間に色っぽい展開なんてありえない。俺はめぐみんと掴み合いながらそれを再認識し、コテンパンにしてやろうとスキルを発動しようとした…………が。

 その前に、奥さんが微笑んだまま静かに聞いてきた。

「それで、二人は結婚するのですか?」
「「誰がこんなのと!!!!!」」

 綺麗にハモる俺とめぐみん。
 奥さんはそれを聞いて、笑顔のまま何度か頷いた後。


「それではカズマさん。めぐみんの冒険者カードを渡してもらえますか?」


 そう言って、静かに片手を差し出してきた。

 俺とめぐみんは、互いに胸ぐらを掴んだ状態で固まる。
 明らかに空気が変わった。奥さんは口調や表情こそは穏やかなものだが、その裏から有無を言わせない威圧感がひしひしと伝わってくる。

 ゴクリと、俺とめぐみんの喉がほぼ同時に鳴る。
 ここで奥さんにカードを渡したら終わりだ。カードを見せれば、めぐみんがもう上級魔法を習得出来ることが一発でバレてしまう。そうなったら、次の展開は火を見るより明らかだ。

 それだけは、させない。

 俺はめぐみんの手を握り、素早く詠唱して叫ぶ!


「『テレポート』ッッ!!! …………あれっ!?」


 何も起こらなかった。
 俺とめぐみんはどこに転移することもなく、今もまだめぐみんの家の居間に座っていた。

 予想外の事態に愕然とするが、いつまでも呆けている場合じゃない。
 なぜなら、奥さんが掌をこちらに向け、今にも魔法を唱えようとしていたからだ!

 俺も反射的に掌を突き出し、二つの声が重なる!

「『スリープ』!!」
「『スキル・バインド』!!」

 奥さんは睡眠魔法を唱えたらしいが、俺の盗賊スキルで不発に終わる。
 魔封じのスキルは、魔法使いの『マジックキャンセラー』もあるのだが、盗賊スキルの方が発動が早いので俺はこちらを習得している。

 魔法を封じられ、奥さんは目を丸くして少し怯んだ。
 その隙に、俺は次の魔法の詠唱を始めながら、めぐみんの手を掴んで玄関へと走り出す。

 ちらりと後ろを振り返ると、奥さんが再びこちらに掌を向けていた。
 えっ、もう魔封じが解けたの!? 何かの魔道具か!?

「『アンクルスネア』!!」
「うおっ!!!」
「せ、先生!?」

 突然足が動かなくなり、俺は玄関へと続く廊下で派手に転ぶ。
 後ろから奥さんが近付いてくるのを感じる。おそらく、今度こそ近距離から睡眠魔法を当てるつもりだ。

 めぐみんは俺の側に屈みこんで、何とか俺を運ぼうと…………するのかと思いきや。

「先生はもうダメです! 私だけでも逃げますから、カードを渡してください!!」
「諦めるのはえーよ!! ここは頑張って俺を運ぼうとする場面じゃねえの!?」
「何を言っているのですか、クラスの中でも非力な私が先生を運べるわけないじゃないですか。こんな状況で無駄なことをしている暇はありません!」
「確かにその通りなんだけど! もっと、こう…………ああもう、ちくしょう!!」

 俺は倒れたまま掌を突き出し、目を閉じて叫ぶ!

「『フラッシュ』ッッ!!!」
「うっ!!」
「ああっ!! ちょ、先生、私もくらってますよ!! 何も見えないのですが!!!」

 俺が放った目眩ましの魔法に、めぐみんと奥さんは足元をフラフラとさせる。
 その隙に俺は、動かなくなった自分の足に手を当てて。

「『ブレイクスペル』! ……よし、ほら騒ぐなめぐみん、運んでやるから……一応、筋力強化かけとくか……『パワード』!」
「なっ、筋力強化なんていりませんよ! 私は軽いですし!!」
「何ムキになってんだよ、出来るだけ速く動けるようにってだけだ。お前が軽いのは知ってるよ、筋肉も全然付いてないし、無駄な脂肪もないしな。必要な脂肪もないけど」
「必要な脂肪って胸のことですね!? 一言多いんですよ先生は!!」

 そんな文句を聞き流しながら、俺はめぐみんを担ぎ、玄関へと駆けて行く。
 奥さんはまだ目眩ましの効果が消えないようだ。それはめぐみんも同じだが。

「あ……あの、先生!? 先生!!」
「何だよこの忙しい時に! あんまり喋んなよ、舌噛むぞ!」
「いえ、触ってます! 私のお尻触ってますってば!!」
「いちいち気にすんなよ、担いでんだからついうっかり触っちゃう事もあんだろ」
「ついうっかりとかいうレベルじゃないですってば! ガッツリ触ってんじゃないですか!! こんな状況でもセクハラは忘れないとか、本当に呆れ果てますよ先生には!!」
「いいじゃねえか別に減るもんじゃねえし。……『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」

 俺は玄関のドアにかかっていたロックの魔法を解除し、急いで靴だけ回収する。
 そして、体当たりをするようにして勢い良くドアを開き、家から飛び出していった。


***


 とりあえず、俺達はめぐみんの家から大分離れた場所まで逃げてきていた。
 もうめぐみんも目眩ましの効果がなくなり、今では普通に歩いているのだが、尻を押さえて俺にジト目を向けて距離を取っている。担がれている間に散々揉みしだかれたのが余程堪えたらしい。
 いやでも、めぐみんにセクハラする時は、胸はないからパンツ覗くか尻揉むかくらいしかないんだよなぁ。

 俺は先程から、もう何度目か分からないくらいに同じ詠唱を唱えていた。

「『テレポート』!! ……ダメか。こりゃかなり広範囲にテレポート禁止の結界が張られてんな。というかこれ、朝までに消えるのか? このままだと転送屋の人が泣くぞ」
「結界なら『ライト・オブ・セイバー』で斬れないのですか?」
「こんだけの規模の結界となると、相当な大魔法使いじゃないと無理だ。俺程度だと、ちゅんちゅん丸を使って全魔力を込めてもダメだろうな」
「……まぁ、そうですよね。格好良く結界を斬り裂く先生とか、想像できませんし」
「な、なんだと!? 俺だってやろうと思えば、こんな結界ぶった斬れるんだからな!? ただ、代償が大きいからやらないだけで!!」
「はいはい。ぶっころりーもよく言ってますよね、『俺はやれば出来る男なんだ……ただ、やろうとしないだけで……』とか何とか」
「あんなニートと同じ扱いはやめて……」

 とにかく、いつまでもこうしていても埒が明かない。
 おそらくこの結界は里全体、いやそれ以上に広がっていると考えられる。発生源はこの里の中にあるのかもしれないが、それを探すより先に、まずは境界面の確認をした方がいいだろう。物理的に出られなくなっているのであればどうしようもないが、ただテレポートだけが封じられているのであれば、結界の外へと出ればいいだけの話になる。

 というわけで、俺達は里の入り口から外へと出ることにする……が。
 そこで何者かが道を塞ぐように仁王立ちしていた。そして、その人物を見た瞬間、大体のことを理解してしまった。

 俺は警戒してめぐみんの手を握り、めぐみんもしっかりと握り返してくる。

「…………この結界、もしかして、あなたの魔道具ですか?」
「あぁ、そうだ。言っておくが、このまま結界の外に出ようとしても無駄だぞ。境界面は出入りできなくなっているからな。ワシが持っている魔道具を止めるしかない」

 めぐみんの父親、ひょいざぶろーはそう言って、じっと険しい目で俺達を見る。

 めぐみんの家に行った時、ひょいざぶろーがいなかったのは、奥さんが意図的に排除していたのだと思っていた。この人の性格を考えると、めぐみんの味方につく可能性もあるからな。
 でも、目の前の光景を踏まえて今までの事を考えると、どうやらひょいざぶろーは奥さんの味方らしい事が分かる。予め魔道具で俺のテレポートを封じておき、万が一家から逃げられたとしても、里から出ようとした所をひょいざぶろーが確保する。そんな所だろう。

 しかし、俺には不可解な事があった。

「あの、これ本当にひょいざぶろーさんの魔道具の力なんですか? これだけの魔道具です、何かろくでもないデメリットがあるんじゃ……」
「そんなものはない。強いて挙げれば大量の魔力を使うことだが……まぁ、これがワシらしくない魔道具である事は認めよう。本来であれば、こんなつまらない魔道具なんぞ作らん。しかし、大切な娘を守るために必要だというのであれば、どんなにつまらない物だとしても作るさ」
「ひょいざぶろーさん…………この結界の魔道具、売る気はないんですか?」
「ない。こんなもの恥ずかしくて売れんわ」
「いや売れよ!!! アンタがいつも作ってるガラクタに比べたらよっぽど売れるわ!!! つーか、娘を守るってんなら、まずは日々の食生活から守ってやれよ!! こめっこが『固いものが食べたいです』とか言ってんの聞くと、こっちが泣きたくなんだよ!!!」
「まぁまぁ、あまり父を責めないであげてください。私だって大切な人の為であれば、爆裂魔法を諦めることだって出来ますが、本当に最後の最後までは諦めたくはないですから。それと同じようなことなのでしょう」
「おお、分かってくれるかめぐみん……流石はワシの娘だ……」
「あ、うん……もういいや何でも……」

 もうやだこの親子……。
 しかしこのように、奥さんと違ってひょいざぶろーの方は、めぐみんと同じように変な道を突き進むタイプだ。もしかしたら、話せば分かるかもしれない。

「あの、ひょいざぶろーさんも、めぐみんが爆裂魔法を覚えるのを止めようと思っているんですよね? でも、めぐみんの気持ちも分かってあげてもいいじゃないですか。コイツは、周りからは理解されなくても、本当に爆裂魔法が好きなんですよ。ひょいざぶろーさんも、どれだけ周りからズレていても、自分の道を進みたいという気持ちは分かるでしょう?」
「爆裂魔法? 何を訳の分からない事を。ワシは母さんから、お前とめぐみんが駆け落ちするかもしれないという話を聞いて、止めようと思っただけだ」
「「はぁ!?」」

 俺とめぐみんが同時に間の抜けた声をあげる。

 何言ってんだこの人。
 俺が唖然としていると、隣ではめぐみんが呆れて溜息をついて。

「まったく……大方、お母さんから何か妙なことを吹き込まれたのでしょうが、この男が女性一人の為にそこまで出来ると思いますか?」
「……いや、しかしお前やこめっこは紅魔族随一どころか、国随一の美人だろう。それならば、そこの男でも心を動かされて、らしくない行動を取ってもおかしくはない」
「…………ふむ」

 ひょいざぶろーの言葉に、めぐみんは少し考え込む。
 ……いや、そんな真面目に考えるようなことじゃねえだろ。普通に考えれば、お前の親父さんが頭おかしいこと言ってるだけって分かるだろうが。

 そんな俺の呆れた視線に気付いていないのか、めぐみんは小さく頷くと。

「…………なるほど、一理ありますね」
「ねーよ!!! 誰がお前みたいな色気もクソもない、爆裂狂の貧乳ロリの為に駆け落ちなんざするか!!! というか、お前が国随一の美人? …………ふっ」
「鼻で笑いましたね!? 私は体付きこそ貧相ですが、顔に関してはそれなりだと思うのですが! 少なくとも、そこら辺にいくらでもいそうな冴えない普通の顔をした先生に笑われる謂れはないはずです!!」
「う、うるせえな普通で悪かったな!! 人間大事なのは顔じゃなくて中身なんだよ!! 確かにお前はそこそこ可愛いが、中身が壊滅的だから女としてはアウトだアウト!! お前は将来、若い頃は爆裂魔法で思う存分暴れまわったものの、それが災いして嫁の貰い手がいなくて行き遅れ、涙目で一人寂しく生きていくってオチだろうよ!!!」
「そそそそそんな事ないですから!! わ、私くらい美人なら、嫁の貰い手くらいいくらでもいますから!!! 大体、何が大事なのは中身ですか!! そんな事言ったら先生は、外見も大したことないくせに中身でカバーできるわけでもない……むしろ中身の方が酷い、救いようのないダメ男という事になりますが!!!」
「おいふざけんなよお前!!!!! そういう人が気にしてる事ズバズバ言ってんじゃねえぞコラァァあああああああ!!!!!」

 何だか今日はコイツとはケンカしてばかりだ。……いや、いつも結構やりあってるが、今日は特に多いというだけか。まぁ、単に一緒にいる時間が長いと、それだけケンカも増えるということだろうが。

 ひょいざぶろーの方は、そうやってケンカしている俺達を見て、複雑そうな表情をしていた。

「……ケンカしている割には、手はしっかり繋いでいるのだな」
「えっ、あ……まぁ、これは先生のいつものセクハラです。このくらいならまだ可愛いものなので、仕方なく許してあげているだけですよ」
「はぁ!? せっかく人が引っ張って逃げてやろうかと思ってたのにそれかよ! そっちだって握り返してきたくせに!!」
「そ、それは、先生は私の冒険者カードを持っているわけですし、念の為に近くに置いておきたいだけですよ! いつ諦めてカードを差し出すか分かりませんし!!」
「……本当に、めぐみんは冒険者カードをその男に預けているのか……母さんから聞いてはいたが、実のところ半信半疑だったのだが……」

 ひょいざぶろーは更に複雑な顔で、こちらを見てくる。
 これはチャンスかもしれない。

「俺がめぐみんのカードを預かっているのには理由があるんです! さっきめぐみんが言ったじゃないですか、ひょいざぶろーさんは奥さんに妙なことを吹き込まれてるって! 本当は、めぐみんが爆れ」
「もはや娘は自分のカードすら預けられる程に、この男のことを…………くっ、だがワシは認めんぞ!! カズマ! お前もウチの娘が欲しいのなら、定番の『娘さんを僕にください!』くらい言ったらどうだ!!」
「いらねえよこんなの!!! 話聞けよ!!!」
「こ、こんなの!? あ、あの、いくら何でもその言い方はあんまりだと思うのですが!!!」

 何やらめぐみんがショックを受けているが、今はそれどころではない。
 俺は何とかひょいざぶろーを説得しようと再び口を開こうとするが、ひょいざぶろーは片手を出してそれを制止して。

「……分かった。先程から何か話も噛み合わんし、ゆっくりと腰を落ち着けて話そうか」
「あ……は、はい! それがいいです! そうしましょう!!」
「よし、では家に行こうか。母さんも待っている」
「「えっ」」

 ようやくまとまりそうな空気になってきたと思ったら、ひょいざぶろーが不穏な事を言ってきた。ま、またあの人の所に行くとか、激しく嫌なんですけど……。
 隣のめぐみんも似たようなことを思っているのか、苦々しい表情でこっちをちらちらと見てくる。

「あー……その、まずは奥さん抜きで話しませんか……?」
「ダメだ。どちらか一方の話ではなく、両方の話を聞いてどういう事なのか確かめたい。なんだ、母さんがいると何か不都合でもあるのか?」
「お、お母さんはほら、ちょっと何やるか分からない所があるじゃないですか。もし私達が家に戻ったりしたら、出合い頭に睡眠魔法を使ってくる可能性も……」
「はっはっはっ、流石に母さんもそこまではしないだろう」

 いやするよ! 絶対するよ!!

 やっぱり、これはダメっぽい。
 ひょいざぶろーさんはかなり頑固だし、奥さんも交えての話し合いという所は譲らないだろう。
 …………それなら、強行手段だ。

 俺はめぐみんの方をちらっと見て、目で合図する。めぐみんも俺の言いたい事は大体伝わったのか、小さく頷いてくる。

 直後、俺は手を突き出し、叫ぶ!


「『スティール』ッッ!!!」


 ずしっと右手に重みが伝わる。ニヤリと口元が歪む。
 手の中には、光り輝く魔道具があった。

 突然の不意打ちに、ひょいざぶろーはただ呆然と俺の手の中の魔道具を見ている。
 その隙に、俺はめぐみんの手を引いて走り出し、里の入り口からは少しずれた場所から森の中へと入った。

 少し遅れて、背後から。


「娘はやらんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」


 相変わらず勘違いしている大声が轟いた。
 もうツッコミを入れるのも面倒なので、俺は無視して手元の魔道具に集中する。これを止めてしまえば、後はテレポートで逃げればいい……と思っていたのだが。

 隣から、めぐみんが。

「それ、ロックかかってますね」
「えっ」

 魔道具は、何やらスライド式のパズルを解かなければ動かせないようになっていた。
 ……まぁ、これだけ大規模な魔道具なのだから、このくらいのセキュリティはあっても不思議ではない…………けど、あの人何でこんな時だけまともなんだよ!

 俺はすがるようにめぐみんを見て、魔道具を渡す。
 めぐみんは適当にパズルを動かしながら。

「……早くて15分、といったところでしょうか。一応20分は見てください」

 その言葉の直後、背後から雷撃が飛んできて、すぐ側にあった木に直撃し、風穴を空けてメキメキと音をたてて倒れた。
 俺は全身をぶるぶる震わせながら背後を振り返ると。

「娘を返せ。娘のカードも返せ」

 娘を奪われ、ビキビキと額に青筋を立てた父親が、目を真っ赤にさせて迫ってきていた。
 こ、こええ……魔王軍幹部よりずっとこええ……!!

 というか、こんなのと20分も鬼ごっこ? …………うん、無理だ。

「めぐみん、作戦がある。お前は自分のカードを持って、ひょいざぶろーさんの所に行くんだ。あとは、まぁ、流れに任せるってことで」
「それはつまり、私を見捨てるということですね!? いやですよ!! 普通にお母さんの所に連れて行かれて終わりじゃないですか!!!」
「うん、でもほら…………上級魔法も結構いいもんだぜ?」
「もう完全に諦めてんじゃないですか!!! まだいけます!! もうちょっと頑張ってみましょうよ!! ……え、ちょ、無言でカード押し付けてくるのやめてもらえませんか!?」

 絶体絶命のピンチの中。
 夜の森には、俺達のそんな見苦しいやり取りが虚しく響き渡っていた。