この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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今回長いです。最長です。
 


王都デート

 

 勇者候補とやらが里にやって来た次の日の朝。

 俺はいつものように教室へと向かう。……本来担任であるぷっちんは、この前の養殖の授業でのやらかしで校長にこっ酷く叱られて、雑用ばかりさせられている。今は校長が大事に育てているチューリップの世話でもしているのではないだろうか。

 

 そして、俺が扉を開けて教室に入ると。

 

「あ、先生おはようござ…………ええっ!? な、なんですかそれ、イメチェンですか!? でもよく似合ってますよ!」

「わぁ! いつもと違って新鮮ですし、カッコイイです!!」

 

 俺が教室に入るなり、ふにふらとどどんこがそんな事を言ってくる。おぉ……俺のことまともに褒めてくれる人ってすげえ貴重だな。

 

 一方で。

 

「どうしたの、兄さん。変装? また何かやらかしたの?」

「例え服装を変えても、先生から滲み出るドス黒いオーラは隠し切れないと思いますので、無駄だと思いますが」

 

 ゆんゆんとめぐみんがこんな事を言ってくるが、こいつらは相変わらず俺のことを何だと思っていやがるんだろう。たぶん、それをそのまま尋ねると、かなりキツイ答えが返ってきそうなので聞かないが。

 

 俺の服装は、いつもの漆黒の紅魔族ローブではない。

 駆け出し冒険者のような身軽な服装に、緑のマント。そして眼帯で紅い左目を隠している。

 

 すると、あるえが何かを理解したのか、意味深な表情で。

 

「今の先生の姿は仮初のもの……来るべき戦いに備え、真の実力は封印し、そんなどこにでもいそうな冒険者を装いつつ、復活の時を窺っている…………そう! その眼帯による封印が解き放たれた時、世界は」

「ほい」

「ああっ! せ、世界が!! 世界が大変なことに!!!」

 

 あるえの言葉に適当に乗ってやって眼帯を外すと、あるえは両手を広げて教室の天井を見上げ、愕然とした表情を浮かべる。おもしれーなこいつ。

 

 もちろん、実際はそんな大仰な設定があるわけもなく。

 

「まぁ、ゆんゆんの言う通り変装だよ変装。なんかさ、この里に来てるっていう勇者候補ってやつが、俺のこと探してるみたいなんだ。俺の顔までは知らないようだけど、一応な」

「あ、そうだよ兄さん。その勇者候補の人、昨日ウチに来て『カズマという人を知りませんか?』って聞きに来てたよ。というか、どうして昨日は帰って来なかったの?」

「ごめんなゆんゆん、お兄ちゃんが帰って来なくて寂しかったのは分かるけど、あの勇者候補が里から出て行くまで、俺は家に帰らず出来るだけ王都にいることにした」

「べ、別に寂しいなんて…………え、王都? …………へぇ、どうして?」

 

 おっと、ゆんゆんの目が若干ヤバイものになってきたな。

 ここはちゃんと説明しないと洒落にならないことになりそうだ。

 

「い、いや実は、あの勇者候補に嫌がらせをしようと思って、姿を隠す魔法と潜伏スキルのコンボでずっと後をつけてたんだけどさ……あ、言っとくけど、アイツのパーティーの女の子には何もやってないからな。本当だぞ?」

「わざわざそう言うと余計怪しいんだけど……というか、そもそも、そんな悪趣味な真似やめなよ……」

「まぁ、聞けって。そしたら、どうもアイツ、俺を仲間にしようとここまで来たみたいなんだ」

「えっ……そう、なの……?」

 

 ゆんゆんが少し不安そうな表情になる。

 俺は溜息をつくと。

 

「あぁ、アイツは俺を探してるって他に、パーティーに入ってくれる人材を探してるとも言ってた。つまり、王都での俺の評判を聞いて、わざわざ俺が拠点にしてるここまで勧誘に来たのかもしれない。まぁ俺、最近はここの教師もやってるから、王都に行く頻度は減ってたしな」

「そ、それで、兄さんはどうするの? あの人のパーティーに入るの……?」

「入るわけねえじゃん。だからこうして逃げてんだよ」

「あ、そ、そっか、そうだよね!」

 

 ゆんゆんがほっとしたように言うと、隣でめぐみんが呆れたように。

 

「ゆんゆん、先生だっていつかは実家を出るのでしょうし、そろそろ兄離れした方がいいのでは?」

「なっ……ち、違うから! 私は、そんな、兄さんに家に居てほしいなんて……」

「はいはい、ゆんゆんがブラコンだっていうのは、あたし達も分かってっから!」

「はぁ、いいなぁ、ゆんゆん。先生と一つ屋根の下で暮らせてるなんて」

 

 ふにふらとどどんこにもこんな事を言われ、俯いて赤くなっていくゆんゆん。

 まぁ、俺としても、せめて可愛い妹が立派に成長するまでは家を出るつもりはないんだけどな。

 

 すると、めぐみんは首を傾げて。

 

「それにしても、何故先生は逃げているのです? 普通に断ればいいのでは?」

「……しばらく観察して分かったんだけど、あの勇者候補ってやつは、どうも正義感の塊のような奴みたいでな。本気で魔王討伐を考えてる。たぶん断っても『それだけの力があるのに、どうして人々の為に使おうと思わないんだ!』とか説教してきそうだ。だから関わりたくないんだよ」

「……私から見ても、先生の力の使い方がおかしいのは確かだと思うのですが」

「お前にだけは言われたくねえなそれ」

「なにおう!? ……というかその勇者候補の人、族長の家を訪ねたというのであれば、先生の顔写真の一つでも見せてもらったのでは?」

「俺が自分の写真を残しておくなんてヘマやるわけないだろ。そもそも、普段から俺の写真は誰にも撮らせないようにしてるしな。顔写真なんて残してたら怖いし」

「どんだけ後ろ暗い人生を送っているのですか」

 

 めぐみんは呆れた顔をしているが、俺としては真面目なことだ。誰かが俺への復讐の為に怖い人達を雇ったりしたら大変だ。そんな事をしそうな奴にも心当たりありまくるし。

 

 めぐみんは溜息をついて。

 

「そもそも先生なら、勇者候補の人に色々えげつない嫌がらせをして帰らせるということもできるのでは?」

「ああいう手合は厄介でな、そう簡単にはいかねえんだよ。多少の嫌がらせには屈しねえし、むしろそれをバネにしてまた向かってきたりもする。『どんな困難が待ち受けようとも、僕は負けない!』みたいにな」

「先生とはまるで真逆ですね。先生の場合は困難にぶつかっても『あ、無理』の一言で、逃げの一手でしょうに」

「俺のことよく分かってんじゃねえか、何だよ、もう奥さん気取りか?」

「はっ、まさか。冗談は存在だけにしてくださあああああああああああああああああっ!!!!! ド、ドレインはやめてくだあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 俺はめぐみんの顔面を鷲掴みにしながら。

 

「そもそも、俺は将来働かなくて済むように、ここまでやってきたんだ。もう既にそれなりの財産も持ってるのに、何でわざわざ魔王なんざと戦わなきゃいけないんだよ」

「あ、分かります分かりますー! 今時、魔王討伐なんて古いですよねー!」

「自分の力なんですから、自分の為に使うのは何もおかしくありませんよ! 魔王なんて、そういう正義感溢れる勇者候補や、生活に困ってヤケになった冒険者に任せときましょう!」

 

 俺の言葉に力強く同調してくれる、ふにふらとどどんこ。初対面での印象もそうだったが、こいつらは紅魔族にしては賢い生き方というものを中々分かっている。

 

 しかし、めぐみんは何が気に障ったのか、顔面を掴んでいた俺の手を振り払い、目を紅く光らせて。

 

「何を腑抜けたことを言っているのですか、それでも紅魔族ですかあなた達は! 先生から悪影響を受けたのかは知りませんが、紅魔族として生まれたのであれば、魔王軍幹部をばったばったとなぎ倒し、玉座にふんぞり返って座っている魔王をぶっ飛ばし、そして自分こそが新たなる魔王になろうと志すものでしょう!」

「あの、めぐみん? 魔王軍を放っておくわけにはいかないっていうのは私も同意見なんだけど、自分が魔王になるっていうのはどうかと思うんだけど……あの有名なお話じゃあるまいし……」

 

 高々と主張するめぐみんに、ゆんゆんは困ったように言う。

 

 ゆんゆんが言っている“有名なお話”というのは、強力な力でずっと一人で戦ってきた勇者が、ついに魔王を倒すも、その後、次の魔王になってしまうというお話だ。昔はその話をネタに「いつまでもぼっちだと魔王になっちゃうぞー」とか言ってゆんゆんを脅かしてみたものだ。

 

 俺はそんなことを懐かしく思い返しながら、頭をかいて。

 

「まぁ、というわけだから、お前らあの勇者候補には俺のこと言うなよ。アイツは俺の顔知らないし、こういう駆け出し冒険者の格好してれば、まさか王都で有名なカズマさんだとは思わないだろう。じゃ、出席取るぞー」

 

 

***

 

 

 今日の授業が終わり、日が傾き始めた紅魔の里。

 俺はイライラしながら早足に実家へと向かう。

 

「くそっ、学校の外で待ち伏せとかストーカーじゃねえか! 俺にそっちの気はねえぞ!」

 

 油断していた。

 学校から帰る途中、何か生徒が集まっているなと思ったら、例の勇者候補が待っていた。

 おそらく、父さん辺りから、俺が学校で教師をやっていることを聞いたのだろう。

 

 そして、アイツの周りにいたのは、俺のクラスじゃない、事情を知らない生徒達だった。つまり、あの場で俺を見た生徒が「あ、カズマ先生だ!」とか言ったら終わりだった。何とか気付かれる前に魔法で姿を消したが。

 

 まさか、ここまでグイグイくるとは。

 とにかく、さっさと家に戻って、何とか父さんに「カズマは遠い旅に出た」とでもウソ言ってもらって、さっさとあのストーカーを里から追い出そう。

 

 そう思って帰宅したのだが。

 

 

「ダメだ。わざわざこの里まで来てくれた勇者候補の人に、そんなウソつけるわけないだろう」

 

 

 きっぱりと断られてしまった。ですよねー。

 父さんは呆れた表情で。

 

「その格好も、あの人から隠れる為か? まったく、お前という奴は……」

「い、いや、だって俺、魔王討伐とかする気なんて、さらさらねえし……」

「いいじゃないか、魔王討伐。父さんは常々思っていたんだ、お前の紅い片眼は、きっと何かに選ばれし者の証だと。なるほど、そういうことか。お前はきっと、魔王を倒す者だったのだな……」

「そんな大層な設定ないから。今はレベルでごまかしてるけど、初期ステータスは紅魔族とは思えない程酷かったから俺」

「ふっ、なおさら滾るじゃないか。恵まれないステータスの最弱職が、なんと魔王を倒すとは!」

「滾らない」

 

 紅魔族の血が騒ぐのか、妙なテンションになってきている父さんは置いといて、仕方なく自室へと向かう。今日も王都で寝泊まりする為、色々と用意をする為だ。父さんがこの調子では、家にいるのは危険だろう。

 

 そして、自分の部屋で服やら何やらを鞄に詰め込んでいると、ドアがノックされた。

 開けると、そこには、やけに良い笑顔を浮かべたゆんゆんが立っていた。

 

「兄さん、今日も王都に泊まるの?」

「あぁ、なんか父さんがあの勇者候補に協力しそうな感じだしな。やっぱあいつが里から出て行くまでは、出来るだけこの里にはいない方がいいと思う」

「ふーん、それじゃあ、私も連れて行ってくれない? 明日は学校お休みだし」

「えっ」

「兄さん言ったじゃない、今度私を王都に連れて行ってくれるって」

 

 そういえば、この前の養殖の授業の時にそんなことを言ったような気がする。

 ゆんゆんは笑顔のまま首を傾げると。

 

「……私が一緒にいると何か困ることでもあるの?」

「何も困らないです! よし、行くか!!」

 

 声がこわい!

 

 

***

 

 

 王都は夜でも賑やかだ。

 隣ではゆんゆんが慣れない人混みに落ち着かない様子で、必死に俺に付いて行こうとしている。

 

 俺は口元をニヤつかせ、手を差し出し。

 

「ほら、大丈夫か?」

「こ、子供扱いしないでよ、大丈夫だから……」

 

 ゆんゆんはその手を取ることはせず、むっとした顔をしている。そういう所が子供っぽくて可愛いということに気付いていないようだ。

 

 そのまま二人で夜の街を歩いていると、何人かの知り合いに声をかけられる。気軽に挨拶だけしてく人や、立ち止まって、いつもと違う俺の服装について尋ねてくる人など、反応は様々だ。

 

 俺は冒険者カードを作った12歳から一年間は、里を中心に小金を稼いだり養殖でひたすらレベル上げなどをしていたが、13歳になってテレポートを覚えてからは、王都に出入りすることも多くなった。要するにこの街とはそれなりに長い付き合いだ。

 

 俺の隣にいるゆんゆんも、俺が声をかけられる度に慌てて頭を下げている。

 しかし、声をかけてきた相手が女性の時だけ、その後笑顔でどんな関係か聞いてくるのは怖いからやめてほしい……。

 

 そうこうしている内に、今日泊まる予定の宿に着く。金には困っていないので、それなりにランクの高い所だ。

 

 俺は空き部屋の状況を確認しながら。

 

「よし、部屋はダブル一つでいいか」

「うん、いいよ」

「えっ」

 

 恥ずかしさで顔を赤くして拒否するゆんゆんが見たかったから言ってみただけなのだが、あまりにもすんなり承諾したので、思わず間抜けな声が漏れてしまった。

 

「あの、ゆんゆん? ダブルってのはだな、大きなベッドが一つしかない部屋で」

「分かってるわよそのくらい」

「あ、そ、そうですか……いや、分かってるならいいんですけど……」

 

 その平然とした態度に、何故か丁寧語になってしまう。

 まぁゆんゆんがいいって言うならと、俺は本当にダブルの部屋を一つ取る。

 

 部屋に入ると、そこには高級感溢れる空間が広がっていた。

 ウチも里の中では裕福な方だし、家だってそれなりではあるのだが、やはりこういった所はまた違う。絨毯の柔らかさとか凄いし、風呂場には、温度や香り、効能などを自由に操作できる魔道具が設置されている。窓の外の夜景も、街の明かり一つ一つが星屑のようで、思わず見とれてしまう程に綺麗なものだ。

 

 ゆんゆんは夜景を眺めて「わぁ……」と感嘆の声を漏らし、ふかふかのベッドに腰掛ける。

 

「兄さん、いつもこんな所に女の人を連れ込んでるの?」

「いや、まだ連れ込めてないな。結構ガード堅いんだよ、ここの女の子。酒飲ませても中々…………あっ!」

「…………」

「ち、ちがっ……! 誤解だ!!」

 

 くっ、何という自然で巧妙な誘導! 成長したな妹よ……。

 ゆんゆんは俺にジト目を向けたまま。

 

「やっぱり兄さんは兄さんね…………ねぇ、このくらい大きな街なら、いかがわしいお店もそれなりにあるんでしょ? 兄さん、常連になるくらい通ってるんじゃない?」

「…………通ってない」

「こっち見なさい」

「…………ちょ、ちょっとは、そういう店も……行ったかも……」

「ちょっと?」

「け、結構行った……かも……」

 

 俺の言葉に、ぴくりと頬を引きつらせるゆんゆん。

 俺は慌てて。

 

「ま、待て聞けって! いかがわしいお店といっても、本当にアレしたりコレしたりって所じゃないから! 綺麗なお姉さんと、お酒飲みながら楽しくお話するだけだから!!」

「……本当にお話するだけ? 体触ったりしないの?」

「…………し、しない」

「…………」

「…………お、お尻くらいは……ちょっと触ったかも…………」

「お尻だけ?」

「…………む、胸も……触りました…………ごめんなさい…………」

「ふーん」

 

 気がつけば、俺は絨毯の上に正座していて、妹に懺悔していた。もはや兄としての威厳もクソもない。というか、最初からそんなものはなかった気がする。

 

 ゆんゆんはしばらく俺に無言の圧力を送っていたが、やがて呆れたように溜息をついて。

 

「……まったく。里でも私達にあれだけセクハラしてるのに、まだ足りないの? どれだけ性欲強いのよ」

「待て、それは違うぞ。確かに、この街のいけないお店でお姉さんにセクハラするのは性欲からだが、お前らへのセクハラは単純に反応が面白いのと好奇心からでごめんなさい調子乗りました」

 

 ゆんゆんの目がとんでもないことになってきたので、即座に土下座する。

 マジでこええ……ドラゴンに睨まれた時でもこんなにビビらなかったぞ俺……。

 

 ゆんゆんは俺のことをじっと見て。

 

「もうそういうお店には行くなって言われたら辛い?」

「辛い。メッチャ辛い。どれくらい辛いかと言われたら、これからは一日一食にしろって言われるよりも辛いし、一日の睡眠時間は一時間以内にしろって言われるよりも辛い」

「うん、他の三大欲求と比べても、性欲がとんでもなく強いっていうのはよく分かったわ。でも、お姉さんにセクハラとかは本当にやめてほしいんだけど。ただお話するだけじゃダメなの?」

「いや、普通にお話していても、こう、本能がね? 気がついたら手が……」

「…………兄さん、その、えっと……妹の私が、兄にこんなこと言うのはどうかと思うんだけど……」

 

 何やら急に言いよどむようにして、ほんのりと頬を赤く染めて、こちらをちらちらと見るゆんゆん。

 それから、意を決したように大きく息を吸い込むと。

 

「…………ちゃんと、自分で処理……してるの? 足りないんじゃない……?」

「してるに決まってるだろ。え、なに、足りないのか? 俺としては、人並みくらいにはやってると思ってたんだが…………参考までに、お前はどのくらいやってるの?」

「私は週に二、三…………わああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたゆんゆんが拳を振り上げ襲いかかってきた!

 時々ゆんゆんの部屋から漏れ聞こえていたあの声は、初めてめぐみんの家に遊びに行ったあの日から聞こえなくはなっていたんだが、まだしてたんだな……。

 

 その後、俺はしばらくゆんゆんにボコられたあと、そういうお店に行くのは止めないがセクハラはしないようにと約束させられる。守れるかどうかは微妙……いや、多分守れない。

 

 それから一緒にお風呂に入ろうとしたのだが、それは流石に真顔で断られ(怖かった)、交代で入った後、二人仲良くベッドに潜り込む。

 そして、俺は隣で横になっているゆんゆんに。

 

「なぁ、ゆんゆん。お兄ちゃん、久々に妹枕を堪能したいです」

「妹枕って何よ…………はぁ、お好きにどうぞ」

「え、いいの? この部屋の事といい、今日はなんか積極的じゃね?」

「これで少しは他の人へのセクハラが少なくなってくれれば、と思って。私は妹だし、生け贄になるなら私しかいないでしょ」

 

 他人の為に自ら犠牲になるとか、なんて優しい子なんだろう。俺はこのよく出来た妹を誇りに思いつつ、後ろから思い切り抱きしめることにした。ゆんゆんから「んっ」と小さな声が漏れる。

 おおう、この感触にいい匂い、久しぶりだなぁ……。

 

 ゆんゆんはされるがままの状態で。

 

「言っておくけど、胸とかお尻触るのはダメだからね」

「分かってる分かってる。そんなことして、この幸せを逃すなんて馬鹿な真似しないって」

「……そんなに幸せなの?」

「おう、幸せだぞー。もう明日も一日中こうしていたいくらいだ」

「それは流石に困るんだけど…………ふふ、そっかそっか」

 

 あれ、これゆんゆんも意外と満更でもない?

 そう判断した俺は、この機を逃すまいと更にお願いしてみる。

 

「よし、それじゃあ次は俺のことをお兄ちゃんと呼んでみようか。昔みたいに」

「いや」

 

 ダメだった。くそう。

 悔しがる俺に、ゆんゆんは溜息をついて。

 

「いいから、もう寝よ? 明日は一日中、街を回るのに付き合ってもらうからね?」

「はいはい、どこへでも付いて行くって。あー、でも明日の夜は王女様に謁見することになってるから、そこは勘弁なー」

「えっ、王女様……? …………兄さん、それ私も一緒じゃダメなのかな?」

「んー、まぁ、大丈夫じゃねえの……じゃ、一緒に行くかぁ……」

「うん!」

 

 何だろう、今のゆんゆんのお願いは断った方が良かった気がする。でも、だんだんと眠くなってきていて、考えるのが面倒くさい。まぁいいか。

 

 それからは特に会話もなく、ただ心地いい沈黙だけが部屋に流れていく。

 俺としてはもう少し起きていたいところだったが、次第に睡魔が襲ってきて、意識はおぼろげになっていき…………。

 

 

「おやすみ、お兄ちゃん」

 

 

 意識の端で、そんな声を聞いたような気がした。

 

 

***

 

 

 次の日、俺達は朝食をとるとすぐに街に繰り出していた。

 まだ朝早いのにこれだけ人が行き交っているのも、この街くらいのものだろう。

 

 服装は一応駆け出し冒険者のようなものにしている。

 例の勇者候補が、テレポートでここまで送ってもらって来ている可能性を警戒してだ。

 

 ゆんゆんは相変わらず人の多さに戸惑いながらも、きょろきょろと辺りを見回して面白そうなものはないかと探している。

 俺はそんな様子を微笑ましく眺めながら。

 

「それにしても、ゆんゆんとデートってのも久しぶりだな」

「っ……い、いきなり何よ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは耳まで赤くして俯く。

 そんな姿を見せられては、からかうなというのが無理な話で。

 

「何だよ、照れんなよ。そうだ、せっかくのデートなんだし、手繋ごうぜ手」

 

 そう言ってニヤニヤ笑いながら手を差し出してみる。

 そして、今度はどんな可愛い反応をしてくれるかと期待していると。

 

 なんと、ゆんゆんは素直にその手を握ってきた。

 しかも、ただ握るだけでなく、指まで絡めてきた!

 

 思わずゆんゆんの顔をまじまじと見てしまう。相変わらず真っ赤になって恥ずかしそうにはしているが、それでもじっと俺の目を見てくる。

 

「……デート、なんでしょ?」

「お、おう……昨日に引き続き、今日も結構積極的なんだなゆんゆん……」

「ふふ、自分から言ってきたくせに」

 

 そう言って楽しげに微笑むゆんゆん。なにこの可愛い生き物。

 二人きりだったら抱きしめて撫で回しているところだろうが、流石に公衆の面前でそんなことをすればゆんゆんがショートしてしまうだろうし、俺も恥ずかしい。

 

 そんな、少しむず痒い雰囲気のまま歩いていると。

 

「お、そこの仲良さそうなカップルさん! ちょっと寄って行かないかい?」

 

 その声の方を向いてみると、ちょうど父さんと同じくらいの歳のオッチャンが、小さな店の前で客の呼び込みをやっているようだった。見たところ、魔道具店だろうか。

 というか、俺達カップルに見えんのか……まぁ確かに、恋人繋ぎで歩く兄妹ってのもいないかもな……。隣では、ゆんゆんが顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

 俺はオッチャンに申し訳なさそうに片手を上げると。

 

「悪いオッチャン、俺達紅魔族なんだ。魔道具だったら里で買うよ」

「ん、そっちの嬢ちゃんは見た目で分かるが、兄ちゃんもそうなのか? まぁ、それはいいんだ、俺は別に魔道具を売ろうってんじゃねえ。最近、魔道具を使ったカップル向けのゲームを始めてな。良かったらどうだい?」

「へぇ、ゲームか……どうする、ゆんゆん? やってみるか?」

「あ、うん、そうだね。やってみよっか」

 

 ゆんゆんも頷いたので、俺達はその店に入ってみることにする。

 ざっと店内を見回してみると、魔道具の種類は多いが強力なものは置いていない、よくある中小魔道具店のようだ。

 

 そして、オッチャンは店の奥から、大きめの魔法使いの帽子を二つ持ってきて俺達に渡す。

 

「これはウチの中では一番強力な魔道具でな。頭の中でイメージしたものを、目の前に映し出すことができるんだ」

「え、マジで? どれどれ」

 

 俺は早速帽子を被り、目を閉じる。

 その後再び目を開けると、俺のすぐ前でナイスバディのお姉さんが全裸で扇情的なポーズをとっていた!

 

「おおおおおおおおっ!!!」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 思わず歓喜の声をあげる俺だったが、隣でゆんゆんがニッコリとこちらを見てきたので、即座に頭を下げる。妹の笑顔が怖いです。

 

 俺の行動に若干引いていたオッチャンは気を取り直して。

 

「あー、それでゲームってのは、まずは俺がいくつかお題を出す。お前さん方は、帽子を被ってそれに対する答えをイメージしてほしいんだ。で、お互いが思い浮かべたものを見ないで当てる。正解数に応じて豪華賞品プレゼントだ。挑戦料は1000エリス、どうだい? 賞品は魔道具だけじゃないし、二人共全問正解ならその帽子をあげるよ」

「へぇ、面白そうだな。おいゆんゆん、ここは俺達の絆の力ってやつを見せつけてやろうぜ!」

「う、うーん、なんか上手くいきそうにない気がするんだけど……いいよ、やろっか。あの、その前におじさん、私達実は」

「よし早速やろうぜオッチャン! はようはよう!!」

「お、おう……」

 

 ゆんゆんは気弱なことを言っているが、これはチャンスだ。

 このオッチャンは俺達のことをカップルだと思っているらしいが、実際は兄妹、つまり家族だ。家族というのはカップル以上に長い付き合いであることがほとんどで、お互いのことはより理解しているものだ。おそらくだが、俺達が兄妹だと知っていれば、このオッチャンも話を持ちかけてはこなかっただろう。

 

 ゆんゆんにも、俺達が兄妹だということは隠しておこうと言うと、少し後ろめたそうにしながらも、顔を赤くしたまま頷いてくれた。

 

 それから俺達は、背中合わせに椅子に座らせられる。この帽子によって映し出されるイメージは自分の目の前に現れるので、こうするとお互いが何を思い浮かべたのかは見ることができない。

 

 オッチャンは喉の調子を整えるように軽く咳払いをして。

 

「そんじゃ、いくぞ! 最初は『この世で最も可愛いモノ』を思い浮かべてくれ」

 

 俺はまた目を閉じてイメージしようと思ったが、それより先に既に目の前には答えが浮かび上がっていた。なるほど、さっきは自発的に妄想を映し出そうしたから集中する必要があったが、こうしてお題を聞いてから連想する場合は一瞬で済むのか。つまり、誤魔化しは効かないってわけだ。

 

「よしよし、二人共答えは出たな。じゃ、お互いの答えを当ててみてくれ。チャンスは一回だけだぞ」

 

 ふむ、ゆんゆんは何を思い浮かべているだろう。この世で最も可愛いモノ……ね。

 俺は少し考えてから、割と最近の記憶に思い当たるフシがあるのに気付く。

 

「一撃ウサギだろ」

「ほぉ、やるじゃねえか兄ちゃん」

「なっ……何で分かったの!?」

 

 オッチャンの感心した声と、ゆんゆんの驚いた声が聞こえる。

 そういえば、ゆんゆんは俺があの光景を見ていたのは知らないんだったか。俺としては、あのウサギの結末が衝撃的過ぎて中々忘れられる記憶ではない。おそらく本人は、あのウサギを始末した辺りの事はすっかり忘れているのだろうが。

 

 それからゆんゆんは俺の答えを言い当てようと、しばらくうーんと考え込んでいたが。

 

「……安楽少女?」

「あちゃー残念! 嬢ちゃんは不正解だ!」

「おいおい、ゆんゆん。冒険者カード作ってからもう三年だぞ、俺。流石にモンスターを可愛いとか思うことはなくなってるっつの。安楽少女とか、経験値が良いってだけのただのモンスターだよ」

「だ、だって! 昔兄さ……カズマさんが唯一騙されかけたモンスターだって聞いて、この人にも人の心があったんだって、私喜んで……」

「あ、あるよ人の心! ……つーか、安楽少女って実はかなり腹黒いんだよ。正体知っちまえば、何てことはねえよ」

 

 俺が初めて安楽少女に出くわした時、儚い笑顔と拙いカタコトですっかり騙されてしまい、退治できずに見逃してしまったわけだが、偶然あのモンスターが「ちっ、あの童貞もダメだったか。まぁ、紅魔族のくせに美味そうでもなかったし別にいいか」とか流暢に喋ってるのを聞いてからは、もう何の躊躇いもなくぶった斬れるようになった。

 

 俺はニヤニヤとゆんゆんの方を向いて。

 

「はぁ、残念だなー、俺はこんなにもゆんゆんのことを分かってやってるのに、ゆんゆんは俺のことを分かってくれないのかぁ……」

「そ、それは……ああもう! それで、答えは何なの!?」

 

 そう言ってゆんゆんは、こちらを振り返り。

 

「――っっ!?」

 

 俺の答えを見たゆんゆんが、顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくさせている。

 何だろう、何かおかしかったのだろうか。お兄ちゃん的には至極当然な答えだと思うのだが。

 

 俺の目の前に浮かび上がっていたのは、ゆんゆんだった。

 

 オッチャンはそれを見て愉快そうに。

 

「はっはっはっ、照れんな照れんな嬢ちゃん! いい彼氏じゃねえか、もう結構なカップルを相手にしてきたが、この質問に彼女を思い浮かべる男ってのは意外といないもんだぜ!」

「そりゃもう、溺愛してるからな!」

「も、もう! 調子のいい事言って……」

 

 そんなことを言いながらも、ゆんゆんは両手の指をそわそわと絡めながら、口元は笑みを抑えようとしているのか、もにゅもにゅとさせている。かわいい。

 

 オッチャンはそんな俺達の様子をニヤニヤと見て。

 

「へっ、アツいねアツいねー! だが、悪いな! 次はそんな良い雰囲気にはなれそうにもないぞ? お題は『この世で最も怖いモノ』だ!」

 

 その言葉を聞くとすぐ、俺の目の前には答えが浮かび上がる。ゆんゆんの方も何かしらのモノが現れていることだろう。

 

「えっ」

 

 その声はオッチャンのものだった。

 どうしたのかとそちらを見てみると、目を丸くして驚いている様子だ。

 あれ、こういう反応は俺達へのヒントにもなっちゃうと思うんだけど……それ程意外だったのか? ……まぁ、確かに俺の答えは意外だったかもしれないけど。

 

 しかし、よく見ると、オッチャンは俺の方とゆんゆんの方を交互に見ているようだった。ということは……ゆんゆんの方も何か意外な答えなのか?

 

 少し考えてみる。

 ゆんゆんの怖いものと言われても、クモとかムカデとか、あとはナメクジとか、ありきたりなものしか浮かんでこない。それらは別に意外なものでもないだろう。女の子なら苦手じゃない方が珍しいくらいだ。

 

 じゃあ、普通の人は怖くも何ともないけど、ゆんゆんからすれば怖いもの…………何か本気で嫌がるような…………あ。

 

 俺の頭に浮かんできたのは、またもや比較的新しい記憶だった。

 そういえば、学校が始まってから最初の休みの日。ゆんゆんが散々な目に遭った一日があったはずだ。あの時ほど本気で泣きわめくゆんゆんは、他にあまり記憶に無い。

 

 あの日、ゆんゆんを一番泣かせた要因と言えば。

 

「……もしかして、こめっこか?」

「っ!? な、何で分かっ…………ち、違うの! 別にこめっこちゃんが苦手とか、そういうことじゃなくて、その……!」

「お、お前……いくら何でも5歳児を怖がるってどうなんだ……?」

「だって! だって!!」

「す、すげえな兄ちゃん。どうして嬢ちゃんがこんな小さな可愛らしい子を怖がってるのか、俺にはさっぱりだ」

 

 ……うーん、でもこめっこはそこらの5歳児と比べて明らかに小悪魔っぽさが際立っていて、無邪気にとんでもなく切れ味ある事言ってきたりするしなぁ。特にゆんゆんは、主にアレ関連で酷い目に遭っていた。しょうがない……のか?

 

 俺は溜息をついて。

 

「まぁ、そんな怖がってやるなって、こめっこだって悪気があるわけじゃないんだからさ。それよりほら、俺の答えも当ててみろよ」

「…………警察?」

「ちげえよ! やめろよ俺が何かいけない事してるみたいじゃねえか! グレーっぽい事をする時は、絶対に足は残さないようにしてるから警察なんて怖がってねえし!」

「グレーな事はしてるんじゃない! もう、分からないわよ、兄……カズマさんが怖がるモノなんて……」

 

 そう言いながら、こちらを振り返るゆんゆん。そして、俺の前に浮かぶものを見て、固まった。

 そこには、またもやゆんゆんが浮かび上がっていた。

 

 ゆんゆんは一瞬ぽかんとした後。

 

「…………えっ!? ちょ、ちょっと、何でまた私なの!?」

「いや、だって普通に怖いもんお前……この前、めぐみんとかあるえも『ゆんゆん、ヤバイ……マジ、ヤバイ……』って震えてたぞ」

「うそぉ!? そ、そんなに私って怖いの!? 心当たりないんだけど!!」

 

 どうやら自覚はないらしい。一番厄介なパターンだ。

 

 それからオッチャンはいくつかお題を出し、俺はそれら全てのゆんゆんの答えを言い当て、逆にゆんゆんは俺の斜め下の答えを全て外していた。

 そして、いよいよ最後のお題となった時には、ゆんゆんはすっかりしょげ切ってしまっていた。

 

 流石に可哀想になった俺はフォローするように。

 

「……あー、あんま気にすんなよ。俺の答えが特殊なだけだ」

「でも……これだけ一緒にいるのに一問も当てられないなんて……。私のことは全部当ててくれてるのに……」

 

 そんな俺達を見て、オッチャンも気の毒そうに。

 

「よ、よし! それじゃあ最後のお題はサービスしてやる! ずばり『好きな異性』だ! ほら、簡単だろ?」

 

 そう言ってにこりと笑うオッチャン。良い人だ……。

 しかし、ゆんゆんは途端に慌てた様子で。

 

「えっ、ま、待って! それは…………ああああああっ!!! ちがっ、これは違うの!!!!!」

「いや俺からは見えてねえから落ち着けって。まぁ、俺なんだろうけど」

「こ、これはね!? これは、その……ほら! 私ってそんなに異性の知り合いがいないから、そ、それで……!」

 

 おそらく、今ゆんゆんは、ゆでダコのように赤くなっているのだろう。見なくても分かる。

 オッチャンも、そんなゆんゆんを微笑ましく見て…………いなかった。オッチャンの視線は、俺の前方に固定され、明らかにドン引きした表情で何も言えない様子だ。

 

 えっ、俺の答え、そんなにおかしいのか?

 

「……えっと、じゃあゆんゆん、俺の答え当ててみろよ」

「あ、う、うん…………どうせ、私とかめぐみんとかは子供扱いして、女として見てないんだろうから…………そ、そけっとさん、とか?」

「おお! やったぞゆんゆん、やっと正解だ!」

「えっ……あ、そ、そうなんだ…………そけっとさん、か…………」

 

 やっと正解したというのに、ゆんゆんは分かりやすく落ち込んでいる。

 う、うーん、お兄ちゃんとしては妹からの気持ちに応えられないのは心苦しいのだが、やっぱり12歳はまだそういう目では見られねえんだよな……。

 

 ゆんゆんは少し泣きそうになりながら、こちらを振り返り…………固まった。

 

 俺の前には、そけっとが浮かび上がっている。

 

 しかし、そこに現れているのは、そけっとだけじゃなかった。

 

 そけっと以外にも、商人仲間で巨乳のお姉さんや、何度か参加した城内パーティーで目を付けた貴族のお姉さん方、他にもギルドの受付嬢やらセクシーな女冒険者、はたまた、いけないお店のお気に入りの子まで。

 

 それはもう、選り取りみどり、眼福と言える光景が浮かんでいた。

 

「オッチャン、この美人の紅魔族がそけっとだ。まぁ、そけっと以外にも沢山いるけど、答えの一つには変わりないし正解でいいよな! お、やったぞ、ゆんゆん! 最後にお前が正解してくれたお陰で、賞品は結構使えそうな録音の魔道具だ! これが1000エリスなら、かなりお得…………ゆんゆん? ど、どうした…………よし、落ち着け、ここは店の中だ。あまりご迷惑になることはごばふっ!!!!!!」

 

 店の中ではしばらく暴力音が連続した。

 

 

***

 

 

「兄さんは一度刺された方がいいと思う」

 

 まだご機嫌斜めな妹から、キツイ言葉を投げかけられる。

 俺は心外だとばかりに。

 

「いや待てってゆんゆん。言っとくけどな、別にあの人達の誰かと付き合ってるとか、そういうわけじゃないんだぞ? 『美人だなー、ヤりたいなー、結婚したいなー』って思ってるだけなんだ。つまり、純情な片思いに過ぎないってわけだ」

「兄さん、一度に何人もの女性に対して劣情を催すのは、片思いとは言わないんだよ?」

「え、そうなの?」

「うん」

 

 そ、そうだったのか……つまり、俺はまだ恋を知らないってことなのか……。

 なんか、一気に自分が子供に思えてきて少し凹む。

 

 しかし、ゆんゆんは俺の言葉にどこか安心したように小さな声で。

 

「……まぁ、兄さんは本気で誰かを好きになったことはないんだよね……」

「それなら、私にもまだチャンスはある!」

「そ、そんなこと言ってないから!! 兄さんのバカッ!!!」

 

 そうやって顔を真っ赤にしてポカポカ叩いてくる我が妹。こんなに可愛い妹がいて、お兄ちゃんはとても幸せ者です。

 

 それから俺達は昼食に串焼きを買い、それを食べながら街を歩く。太陽が高く昇るにつれて、街もどんどん活気付いてくる。

 俺はふと良いことを思いつき、隣のゆんゆんにニヤリと。

 

「お兄ちゃん、そっちのも食べてみたいな。一口くれよ」

「えっ……あ、う、うん、いいよ……」

「サンキュー。俺のも食っていいぞ、ほら」

 

 そう言ってお互いが持っていた串焼きを交換する。俺の持っていたものは肉系で、ゆんゆんが持っていたものは海鮮系だ。

 

 俺がなんの躊躇もなく、ゆんゆんの食べかけの串焼きをかじると、ゆんゆんはそれを顔を赤くして見ていた。

 そして、自分が持っている俺の串焼きを見てごくりと喉を鳴らす。そんなに美味しそうに見えるのだろうか。……いや、分かってるけどね。分かっていてやってるんだけどね。

 

 ゆんゆんは真っ赤な顔で、ゆっくりと串焼きを口まで持っていき……かじった。

 

「そういえばキスってさ」

「っっ!!!!!????? きゅ、急に何!?」

 

 俺の言葉に、びくっと全身を震わせるゆんゆん。

 その反応に思わず吹き出してしまいそうになるのを何とかこらえて、言ってみる。

 

「いや、キスってさ、二人の間でとんでもない数の菌が交換されるらしいぞ。それなら、間接キスはどうなんかなって」

「なんで今そんなこと言うの!? からかってるよね!? 私の事からかって遊んでるよね!?」

 

 そう言いながら、真っ赤な顔で詰め寄ってくるゆんゆんを、笑いながらなだめる。

 こういう反応は、からかう側からすれば楽しいものなのだが、おそらくこの妹は分かっていないだろう。めぐみんがよくオモチャにしているのも頷ける。

 

 その後、俺達はぶらぶらと街を歩きながら、ゆんゆんがペットショップでまりもを買って友達にしたり、夜の謁見の為に、服飾店でゆんゆんのドレスを見繕ったりしてもらった。

 

 それから、再び街を歩いていると、ゆんゆんが少し照れたように。

 

「あ、あの、私、友達にお土産とか買いたいなって……」

「ん、じゃあさっきのペットショップに戻るか? サボテン用の良い土とか、魚用の良い水草とか色々あったぞ。まぁ、土の方は俺のクリエイトアースでもいいと思うけど」

「そっちはまりもと一緒にもう買ったよ。そうじゃなくて、人間の方。ほら、めぐみんとか……」

「あー、そっかそっか」

 

 確かに考えてみれば、休みの日に王都に行って学校の友達にお土産を買うというのは、ゆんゆんにとってはやってみたいイベントだろう。

 俺は少し考えて。

 

「どうせクラスメイトは全部で10人しかいないし、全員分買っちまうか。じゃあ、ゆんゆんは、めぐみん、あるえ、ふにふら、どどんこ辺りのお土産選んでくれ。俺は他の子のを選ぶから」

「あ、う、うん……ちゃんと喜んでもらえる物を選べればいいんだけど……」

「まぁ、もう皆のキャラは大体分かってきただろ? そこまで大外しすることはないだろ」

「うーん、ふにふらさんとどどんこさんは、可愛い感じの小物でいいと思うんだけどね。めぐみんとあるえは……」

「めぐみんはとりあえず腹にたまる食い物やれば喜ぶだろ。あるえは曰くつきのアイテムとかがいいんじゃね? この前、怪しい店で血塗られたロザリオとか見たけど、あれとか良さそう」

「明らかに女の子へのお土産の選び方じゃないんだけど、否定出来ない……」

 

 ゆんゆんはそう言って苦笑いを浮かべながらも、初めての友達へのお土産選びにとても楽しそうにしており、見ているこっちまでほっこりした。良かったなぁ、ゆんゆん。

 

 

***

 

 

 楽しい時間というのはいつだって早く過ぎていくものであり、気付けば太陽は沈みかけていて、赤みがかった暗い空には星がいくつか光り始めている。

 街灯が照らす夜の街を歩きながら、俺は大きな時計塔を見上げて。

 

「少し早いけど、そろそろ城に向かうか」

「そ、そうだね……うん……」

「そんな緊張するなって。王女様といっても、冒険話をすれば笑顔で楽しそうに聞いてくれて、エロい話をすれば顔を真っ赤にしながらも興味津々に聞いてくる、普通の10歳の女の子だ」

「王女様にまでえっちな話とかしてるの!? 大丈夫なのそれ!?」

「大丈夫、大丈夫。クレアっていう護衛の女がブチギレて剣を抜いたりするけど、そのくらいだ」

「全然大丈夫じゃないと思うんだけどそれ」

 

 ゆんゆんが呆れてそう言った時だった。

 

 

 夜の街に、けたたましい鐘の音が響き渡った。

 

 

『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報! 高レベル冒険者の方は、街へのモンスターの侵入に警戒してください! なお、普段から最前線での参戦をお願いしている超高レベル冒険者の方は、騎士団と共に至急王城前へ集まるようお願いします!』

 

 

 国の首都ともなれば、こうした魔王軍による襲撃も珍しくない。

 紅魔の里も比較的魔王城の近くにあるので、本来であればもっと襲撃があってもいいのだが、あの里には強力なアークウィザードがわんさかいる上に極めて好戦的なので、魔王軍もあまり手が出せない状況なのだ。

 

 街の人々は警報にざわついてはいるが、パニックになることはなく、落ち着いて避難を始めている。流石に慣れているといった感じだ。

 

 隣でゆんゆんが、俺のことを不安そうに見つめてくる。

 

「兄さん……行くんだよね……」

「そうだな、俺達も避難しないと……一旦宿に戻るか? あそこからなら、最前線で打ち上げられる魔法とかが花火みたいに見えて、結構綺麗かもしんないぞ」

「……えっ? あ、あれ? 兄さん、高レベル冒険者だから街の入り口を守ったり、騎士団の人達と前線で戦ったりしないの……?」

「ははは、何言ってんだよゆんゆん。高レベル冒険者といっても、俺は最弱職だぞ? そんな危ないことは、つよーい上級職の人に任せておけばいいんだ。ほら避難だ避難」

「ええっ!? それでいいの人として!?」

 

 そうやって何か騒いでいるゆんゆんの手を引いて、宿に戻ろうとしていた時。

 

 

『冒険者のお呼び出しを申し上げます! 冒険者カズマ様! 超高レベル冒険者のカズマ様! 至急王城前へお越しください!! なお、カズマ様が今回参戦されなかった場合、この後予定されている王女アイリス様への謁見の話はなかったことになると、シンフォニア家長女クレア様からのお達しです!!』

 

 

 あんのクソアマー!!!

 

 

***

 

 

 王城前は、鍛え抜かれた騎士団と、腕利きの冒険者達が集まっている。

 ゆんゆんも一人にしておくわけにはいかないのでここまで連れて来たが、流石に戦場まで連れて行くわけにはいかないので、城内に置いといてもらった。

 

 俺が顔全体で不機嫌ですと言いながら集合場所までやって来ると、そこには白スーツのクソ女が腕を組んで待っていた。

 

「やっと来たか。どうせギルドでクエストを受けるわけでもなく、またろくでもない事に手を染めていたのだろう」

「おうコラ、人様のデートを邪魔しといて第一声がそれかよ」

「ふむ、やはりろくでもない事をしていたか。罪のない一人の女性を、邪悪な男の魔の手から救えたようで何よりだ」

「お前また剥ぐぞ」

「き、貴様、今度あんなことをすれば、もう今後一切アイリス様には会わせないからな……!」

 

 アイリスの護衛にして、大貴族シンフォニア家の長女クレアは、ほんのり頬を赤く染めながらも、奥歯をギリッと鳴らしてこちらを睨む。何か嫌なことを思い出したらしい。

 

 そして、ジロッと俺の全身を眺めて。

 

「それにしても、何だその格好は。そんなもので、『自分は駆け出し冒険者です』などと誤魔化せるとでも思ったか」

「うるせえな、これには他の理由があんだよ。紅魔族風に言えば…………我が名はカズマ! 紅魔族随一の冒険者にして、訳あってその正体を隠す者…………ってとこか」

「貴様は紅魔族随一の変態にして鬼畜だろう」

「お前、その変態鬼畜男に手助け求めてんだけど、そこんとこ分かってんの?」

「ぐっ…………ま、まぁ、貴様の腕だけは……そう腕だけ、本当に腕だけは、信用している。頼んだぞ」

「ここまでやる気が出ない頼み方ってのも珍しいな」

 

 それから俺達は王城前を離れ、魔王軍が進行している最前線へと向かう。

 

 すぐに目的地に到着し、数多くの騎士や冒険者に囲まれ、敵を正面から待ち構える。

 かなりの数だ。もう帰りたい。

 俺が深い深い溜息をついていると、騎士団長の人が話しかけてくる。

 

「カズマ様。毎回のことで申し訳ないのですが」

「分かってます。潜伏からの敵指導者への奇襲に、上級魔法での広範囲攻撃、アンデッドや悪魔の浄化、敵の厄介な支援魔法や弱体魔法の打ち消し、味方への回復魔法や支援魔法、魔力が枯渇した者への魔力提供。この辺りを戦況に応じて適宜行え、でしょう」

「は、はい……カズマ様ほど多種多様なスキルを扱える者など、この国にはおりませんので……」

「確かにスキルは多いですけど、魔力は無限ってわけじゃないんですけどね……まぁ、こんだけの敵の数なら、いくらでも吸えますけど……」

 

 最弱職をこき使い過ぎじゃないかとも思うが、元々冒険者なんてのは、戦況に応じてどこにでもフォローに回れるというのが最大の利点だ。戦いになると、自然と役回りはこんな感じになる。

 

 俺は邪魔な眼帯を外し、ちゅんちゅん丸を鞘から抜きながら、盗聴スキルを使って敵の出方を窺ってみる。

 スキルによって様々な音を拾うようになった俺の耳は、魔王軍の連中の会話を捕まえる。

 

『おい……ありゃカズマじゃねえか? いつもと格好はちげーが、あの片眼だけ紅い紅魔族はそうだろ』

『うげっマジかよ……最近はあんま来てなかったってのに、ついてねーな』

『あの先輩、なんすか、そのカズマって奴は』

『あぁ、お前は知らねえか新入り。魔王軍では変態鬼畜のカズマと呼ばれる、悪魔より悪魔らしい紅魔族でな。アイツには、幹部の人達ですら酷い目に遭わされているんだ』

『か、幹部の人でも!?』

『そうだ。ウィズ様に対してすんごい事するぞとか言って脅し、スキルを無理矢理教えさせたり、そのウィズ様の下着を使ってベルディア様を罠にはめ、相当な痛手を負わせたり……』

『他にもシルビア様の胸に挟まれて幸せそうにしていたと思ったら、半分は男だと知って逆上。怪しげな魔道具を使って、他の紅魔族と一緒に、グロウキメラのシルビア様を無理矢理分離させ男に戻した後、縛り上げて雌オークの集落に放置したとか……』

『ひぃぃぃいい……』

 

「ち、違うから! 少なくともウィズは脅してなんかないから! 他は大体合ってるけど!!」

「えっ、急にどうしましたカズマ様……?」

「あ、いや、ごめんなさい、何でもないです……」

 

 ドレインタッチのスキルについて、人間側には、偶然出会ったリッチーを脅して無理矢理教えさせたという説明をしていた。モンスターと友好的にしてるとか思われると、下手をすれば魔王の手先だと思われても無理はないしな。でもそこから『ウィズを脅した』とか言われるのはちょっと……。

 

 というか、人間側だけじゃなく魔王軍の間でもそんな扱いされてんのかよ俺……。

 “いつもはアレだけど、ここぞという時に格好良いカズマさん”で通そうと思ってたのに、これじゃただの変態鬼畜で定着しちまいそうだ……。

 

 そんな感じに、どんよりとテンションが下がりながらも、俺はちゅんちゅん丸に魔法を宿し、周りの騎士や冒険者に紛れるように姿を潜め、戦場へと向かった。

 

 

***

 

 

 魔王軍を撃退したあと、俺は王城内の巨大な風呂を貸してもらい戦いの汚れを落とし、何度着ても着慣れない正装の黒スーツを着て、城で待たせていたゆんゆんと合流する。

 ゆんゆんは肩の開いた黒いドレスを着ており、その白い肌や紅い瞳、まだあどけない顔立ちに不釣合いな程に大人びた身体は何というか…………。

 

「……エロいな」

「エロい!? 何か他の褒め方ないの!?」

「すごくエッチだ……」

「言い方の問題じゃないから!!!」

 

 そんなやり取りをしながら、俺達はアイリスの部屋へと向かう。

 普通謁見で王族の私室に行くなんてことはないのだが、アイリスが落ち着いて話を聞ける所が良いと言うので、クレアも渋々ながら毎回了承している。

 

 騎士達に連れられて部屋の前までやって来ると、そこではクレアが若干むすっとした表情で待っていた。

 しかし、俺の隣にいるゆんゆんを見て、口元を綻ばせて綺麗な一礼をする。

 

「初めまして、ゆんゆん殿。私はクレア、第一王女アイリス様の護衛を担っている者です。この度はご足労頂きありがとうございます。アイリス様は未知なる学校生活についてお聞きになるのを、それはそれは楽しみにしているご様子です。どうか、お話し願えないでしょうか」

「あ、は、はい、もちろん……えっと、この度は、このような所にお招きいただき……」

「気を付けろゆんゆん、そいつは小さな女の子を危ない目で見る変態貴族だ」

「貴様いきなり何を言い出すか無礼者があああああああああああああっっ!!!!!」

 

 そんなことを言われても、妹を邪悪な魔の手から守るのはお兄ちゃんの義務なので仕方ない。

 クレアはふーふーと荒い息を吐き出しながら俺を睨みつつも、ドアをノックして返事を待ってから俺達を中に招き入れた。

 

 そこでは、金髪碧眼の、幼さの中に確かな高貴さも感じられる正統派王女様が、心からの明るい笑顔で出迎えてくれた。

 

「お久しぶりです、お兄様! そして、初めまして、ゆんゆん様! 第一王女のアイリスです。ゆんゆん様のことは、お兄様からよく聞いております。長いお付き合いになるでしょうし、これから仲良くしていただければと思います」

「あ、は、はい、こちらこそ…………お兄様…………?」

「い、いや特に深い意味はないって! こめっこが俺のことを『カズマお兄ちゃん』って呼ぶのと同じだ!」

 

 そんな言い訳をしていると、クレアが不機嫌そうに。

 

「何を言っている。貴様の方から自分のことは兄と呼ぶようにと、アイリス様に言ったのだろうが」

「……ふーん」

「ごめんなさい」

 

 無表情で紅く輝く瞳を向けられ、冷や汗をかきながら俺は素直に土下座する。

 ゆんゆんはしばらく俺に探るような目を向けた後、一度息をついてから、緊張した様子でアイリスの方に視線を戻して。

 

「……は、初めましてアイリス様。この度は、その、お招きいただき……」

「ふふ、そのような畏まった言葉遣いではなく、普段お兄様へ向けるようなもので構いませんよ? 確かに私は一国の王女であると同時に、ゆんゆん様の義理の姉になるわけですが、私としては近い距離で親しくしていきたいと思っておりますので」

「…………義理? 姉?」

「っ!! そうだアイリス、今回も面白そうな話が沢山あるんだぞー! 早速話して」

「兄さん、少し黙って」

 

 今更ながら、アイリスの言ってる事の意味を理解した俺は、慌てて話題を変えようとしたのだが、ゆんゆんの一言で封殺される。

 ゆんゆんは若干引きつった笑顔で。

 

「すみません、アイリス様が私の義理の姉というのは、一体どういう事なのでしょうか……?」

「それはもちろん、私は将来お兄様と結婚することになりますので、お兄様の妹であるゆんゆん様にとって、私は義理の姉になる……ということですよ」

「…………」

「待てゆんゆん、違うんだ。これは王族特有のロイヤルジョークと言ってだな」

「なっ、ジョークなどではありません! お兄様、この前のパーティーで言ってくれたじゃないですか! 『よーし、パパ魔王倒しちゃうぞー!』って! それで私は、ついにお兄様が私と結ばれることを決めてくれたのだと、大喜びしましたのに……!」

 

 そう言って少し涙目になるアイリスに胸が痛む……とても酔った勢いでとか言えない……。あとゆんゆんがとんでもない表情でこっち見ててすごく怖い。

 

 すると、クレアが溜息をついて。

 

「アイリス様、この男が魔王を倒すなどありえませんよ。確かに腕はありますし、本気で魔王を倒そうというのであれば、その可能性はあるでしょう。しかし、この男は肝心のやる気がありません。どうせその魔王を倒すという言葉も、酔った勢いでとかそんなオチでしょう」

「そう、なのですか、お兄様……?」

「あー、えっと、その……」

「そ、そうですよ! 兄さんは魔王を倒すなんて柄ではありませんって! 稼ぐだけ稼いだら、あとは一生ダラダラ遊んで暮らすような人ですから!!」

 

 アイリスは見るからに落ち込んでしょんぼりとしているが、ゆんゆんやクレアの言葉は大体合っているので、俺も何も言い返すことができない。

 俺の夢を考えれば、アイリスと結婚というのは理想とは言える。しかし、その為に魔王を倒さなければならないとなると、どうしても気後れしてしまう。

 

 俺は気まずさを感じながら、頭をかいて。

 

「……ごめんな。でもアイリスはまだ10歳だろ? 俺よりも良い男なんて、これからいくらでも出会うって。言っとくけど、俺って結構アレな方だぞ? 魔王を倒して世界を救うような勇者様の方が、きっと良い奴だと思うし……」

「ほう、貴様にしては珍しく真っ当なことを言うのだな」

 

 こ、この白スーツ……!

 一方で、アイリスは首を大きく横に振って。

 

「お兄様がダメな人なのはよく知っています! それでも、私はお兄様がいいのです! お兄様以外の方とは結婚したくありません!!」

「……愛されてるんだね兄さん」

「ち、違うって、懐かれてるだけだって! …………アイリス、少し聞いてくれるか?」

 

 俺は不安そうな目でこちらを見てくるアイリスに目線を合わせる。

 そして、普段はあまり使わない真剣な声で。

 

「アイリスはさ、初めて俺と会った時、俺のことどう思った?」

「えっ……それは……ぶ、無礼な人だな、と……」

「だろうなぁ……俺も正直言うと、アイリスのこと、可愛げのない奴だとか思ったよ」

「うぅ……ご、ごめんなさい……」

「いや謝ることないって。しょうがねえよ、お互いがお互いのこと、何も知らなかったんだから。…………でも、今では俺はアイリスのこと大好きだぞ」

「は、はい! 私もお兄様のことが大好きです!」

 

 そんなことを話していると、自然とお互いの口元がほころぶ。

 

「やっぱり、人間、ちゃんと話してみないとお互いのことってのは良く分からないと思うんだ。だからさ、魔王を倒す勇者様が現れても、すぐに拒絶するんじゃなくて、少しは話してみないか? もしかしたら、俺よりもずっと良い男かもしれないだろ?」

「……それは…………で、でも…………」

「で、話してみて、そいつのことをよく知って、それでも結婚したくないと思ったら、その時はお兄ちゃんに言えよ。お前を連れてどっかに逃げてやるから」

「なっ……何を言っている貴様!!!!!」

 

 それまで大人しく聞いていたクレアが激昂するが、俺はただアイリスだけを見つめる。

 アイリスもまた俺のことをじっと見つめ返し…………小さく笑った。

 

「……お兄様は意地悪です。そんなことをすれば、国全体に……お兄様に多大なご迷惑をかけてしまいます……。分かっています、私は一国の王女です。少しワガママを言ってみたかっただけなのです。もちろん、魔王を倒した勇者様のことを無碍に扱うようなこともしません」

「いや、アイリスが望むなら真面目に連れ出してやるぞ、俺」

「ふふ、やめてください、本当に気持ちが揺らいでしまいますよ。……分かりました、今すぐ結論を出すことはしません。私の中にあるお兄様への気持ちについても、保留……ということにしておいてあげます。確かに、私はまだ10年しか生きていない子供です、何かを決めつけてしまうのは早過ぎるのでしょう…………でも」

 

 ここで、アイリスはずいっと俺に顔を近付けてきた。

 その綺麗な碧眼に、俺の顔が映っているのが見えるくらいだ。

 

「やっぱり私は、お兄様に魔王を倒してもらいたいです。ダメでしょうか?」

「…………あー」

 

 俺は少し考え込み。

 

「……分かった。本当に、確実に、こっちがやられるような危険が全くないような状況に持ち込めたら、その時は倒すよ。ごめん、魔王とか正直おっかなすぎる。死にたくないんだ俺」

「えぇ、それで結構です! 私だって、お兄様には死んでほしくありません。それに、お兄様ならきっと、いつかそんな奇跡的なチャンスさえも作り出せてしまうのではないかと、私はそう思います」

 

 そう言って、眩しいくらいの笑顔を浮かべるアイリス。

 魔王相手にそんな状況を作り出せるとか全く自信はないし、とんでもなく買い被られているような気がするが、それでもこんな笑顔を向けられては頑張ってみようと思えてしまう。

 それにしても、こんな俺でも少しのやる気を出させてしまうとは、これが王の資質…………違うか。俺が幼女に甘いだけか。

 

 クレアは何か言いたげな顔をしつつも、渋々といった感じで黙っているようだ。

 そして、ゆんゆんはと言うと。

 

「……兄さん。良い雰囲気のところ悪いんだけど、私がいるって忘れてない?」

「も、もちろん忘れてないぞ! 俺が妹のことを忘れるわけがないだろ! というか、良い雰囲気って何だよ、アイリスは10歳だぞ? これは心温まる教育的な一場面であって、間違っても妙なことは……」

「ふふ、お兄様からすればそうだとしても、私はときめきましたよ?」

「だってさ、兄さん。良かったね」

 

 それならもっと良かったと思えるような顔で言ってほしい。こ、怖いって。

 そんなゆんゆんに、アイリスが戸惑った様子で。

 

「えっと、ゆんゆん様もお兄様のことが好きなのですか? ですが、ゆんゆん様は妹なのですし、結ばれるのは私以上に困難…………というより流石に無理だと思うのですが……」

「で、出来ますよ結婚! その、兄さんは私の家の養子で、血は繋がっていないですから……」

「なっ……き、貴様……まさか結婚可能な妹を得る為に養子に入ったのでは……」

「ちげえよ!! 俺が養子に入ったのは物心付く前だっつの!! 流石にそこまでゲスじゃねえよ!!!」

 

 とんでもなく失礼なことを言い出したクレアに、全力で否定する。こいつは本当に俺のことを何だと思ってんだ。

 

 すると、ゆんゆんの言葉を聞いたアイリスは、少し警戒するような表情で。

 

「では……ゆんゆん様はお兄様と結婚するつもりなのですか? もしかして……もう付き合っていたり……?」

「えっ!? そ、そんなことはないですよ!! わ、私は、別に、兄さんとはそんなつもりは……け、結婚だって、一応出来るってだけで…………!!」

「…………そうですか!」

 

 ゆんゆんの様子をじっと観察していたアイリスは、安心したような笑顔になった。

 

「良かったです、強力なライバルかと思いましたが、全然そんなことはありませんでした! そうですよね、もうずっと一緒にいたというのに何もないのですから、これからも進展などあるはずもないですよね!」

「あれっ!? ま、待ってください! その、ですね! 本当に全くこれっぽっちも、そんな気持ちがないというわけではなくて……」

「分かっています分かっています。ただ、私としては、ゆんゆん様がこのタイプで安心しました! お兄様は案外押しに弱い所があるので、そのタイプでしたらどうしたものかと思いましたが…………あの、ゆんゆん様! 私達、良いお友達になれるような気がするのですが、どうでしょう!」

「何だろう! 良い友達になれるって凄く嬉しい事言われてるのに、凄く釈然としないのは何だろう!! うぅ……私だって、王都に来てからはちょっと頑張ってるのに……」

 

 若干涙目になっているゆんゆんを見ながら、俺はアイリスの言葉に唖然とする。

 い、今時の10歳って恋愛でこんな事言うものなの……?

 ちらっとクレアの方を見てみると、相当引きつった表情をしていた。決して俺の感覚がおかしいわけではないようだ。

 

 そんな俺達のことは気にせず、アイリスは楽しげに笑って、ゆんゆんに手を差し出す。

 

「私、年が近い子と関わる機会があまりなくて…………よろしければ、お友達なっていただけたら嬉しいです。口調や呼び方も、もっと砕けた感じで接してほしいです」

 

 アイリスの言葉に、ゆんゆんはおろおろとしてクレアの方を見た。

 クレアは優しい笑みを浮かべて、ゆっくりと頷く。おい、なんか俺の時と随分と対応が違うんですが。

 

 それを見て、ゆんゆんも照れたようにはにかみ、アイリスの手を握った。

 

「あの、私で良ければ喜んで…………えっと、アイリスちゃん……でいい、のかな……」

「それも構いませんが、お義姉さん、というのはどうでしょう?」

「ええっ!? い、いや、それはナシで!!」

「ふふ、仕方ありませんね。それでは私は、ゆんゆんさんと呼ぶことにします。私とお友達になってくれてありがとうございます、ゆんゆんさん!」

「あ、う、うん、こちらこそありがとう! よろしくね!」

 

 こうして、ゆんゆんに新しい友達ができた。良かった良かった。

 

 それから、ゆんゆんはアイリスに学校のことを詳しく聞かせてあげた。

 余程その話が面白いのか、アイリスは目をキラキラさせて、ゆんゆんが少し話す毎にいくつもの質問を投げかけていた。クレアまでも、学校の話というのは珍しく感じるのか、アイリスと一緒になって聞き込んでいるようだった。

 

 ここで学校の話も出てきたので、俺が教えている生徒の一人である、あの頭のおかしい爆裂狂のことについて少し聞いてみることにした。要するに、ここの騎士団で使えるかどうかだ。

 一応ゆんゆんにはまだ秘密にしておいた方がいいと思い、俺はクレアに手招きする。

 

「おいクレア、ちょっといいか。こっちこっち」

「ん、なんだ、貴様と内緒話などしたくないのだが」

「お、お兄様……? クレアだけに話したいことがあるのですか……?」

「あ、いや、そんなに大したことじゃねえって! ただ、ちょっとオトナの話ってやつで……」

「……兄さん、もしかして何かえっちな話でもする気なの?」

「そういう意味じゃねえよ! いいからほら!」

 

 アイリスの不安そうな目と、ゆんゆんの疑いの目を受けながら、俺はクレアを部屋の隅に連れてくる。

 最初は何か怪しむような表情を浮かべていたクレアだったが、俺の真面目な顔を見て話を聞く気にはなってくれたようだ。

 

「静かに聞けよ? 実は、俺のクラスに爆裂魔法を覚えようとしてるバカがいるんだけどさ」

「ば、爆れ――もごっ!!」

「しー! 里の奴等にはまだ秘密にしてんだよ、色々と面倒だから。もちろん、ゆんゆんにも」

「ぐっ、貴様のような下賤な者がよくも私の口を…………しかし、本当なのかそれは? そもそも、覚えたところで撃てるのか?」

「たぶん撃てる。そいつは紅魔族随一の天才とか言われていてな、紅魔族の中でも特別強い魔力を持ってるんだ。ただ、頭の方がかなりアレでな、爆裂魔法以外の魔法は覚える気がないらしい。あの魔法は強力だが、どんなに魔力があっても日に一発が限度だろう。これじゃ絶対普通の冒険者パーティーには入れない」

「……だから、騎士団にどうか、という話か。ふむ」

 

 俺が言いたい事を早くも理解してくれたクレアは、口元に手を当てて少し考える。

 

「爆裂魔法に関しては、私は直接この目で見たことがないのだが、実際どんなものなのだ? 神々や最上位悪魔にすら通用する、人類最強の攻撃手段……という話は聞いているのだが、使い手すら見たことがなくてな」

「まぁ俺も一度見ただけなんだが、とんでもなかったぞ。もう魔法とかそういうレベルじゃなく、火山の噴火みたいな災害って言った方がいい。広範囲に渡って全てを消し飛ばし、あんまり強力なもんだから地形も変わる。今日みたいな魔王軍の大群にぶち込めば、一度に数百数千単位で大打撃を与えられると思う」

 

 俺の言葉に、クレアはゴクリと喉を鳴らす。

 俺が見たのはもう随分と昔のことなのだが、あの強烈な光景は未だによく覚えている。幼い頃のめぐみんが魅せられたというのも分からなくもない。

 

 ……あれ? そういやあまり気にしたことがなかったけど、めぐみんの冒険者カードには習得可能スキルとして既に爆裂魔法が暗い文字で表示されていたが、誰に教えてもらったのだろう。爆裂魔法を使える人なんて、そうそう出会えるわけもないと思うが…………もしかして、あの巨乳店主か?

 

 そんなことを考えていると、クレアが一度頷いて。

 

「分かった、検討してみよう。確かに我々にとって、そのような一撃で戦況を変えられるような攻撃手段はぜひ欲しいところだ。騎士団は冒険者パーティーとは違い、大規模な集団戦が多い。魔法を撃った後のフォローも何とかなるはずだ」

「そっか! それなら良かったよ! あ、そうだ、王都の騎士団なら、最高純度のマナタイトで爆裂魔法の連発! みたいな反則技も出来るんじゃないか?」

「王都だからと言って、そこまでの財政的余裕があるはずないだろう。まぁ、一つ二つ用意して、戦況によって再び撃ってもらうということはあるかもしれんが……」

「十分だ、アイツ喜ぶぞきっと。とにかく、よろしく頼むわ。クラスで一番の天才のくせに、一番の問題児なんだアイツは」

「……ふん。なんだ、貴様が教師をやっていると聞いた時は、紅魔族は何を考えているのかと思ったが、一応は教師らしいことも出来るのだな」

「失礼な。クラスでは、パンツ盗ったりお尻揉んだり添い寝しようとしてくるけど、何だかんだ生徒想いの良い先生ってことで通ってんだぜ」

「それは良い先生ではないだろう!! 大丈夫なのか紅魔族の学生は!?」

 

 そんな感じに話がまとまり、俺は満足してアイリスとゆんゆんの方に戻って行く。どうやら二人で学校の話の続きをしていたようだが、俺達の話が終わったのを見ると、すぐにアイリスがクレアに向かって。

 

「そ、それで、どんなお話だったのですか!? まさか、いつの間にやら、お兄様とクレアはオトナの関係に……!?」

「何を仰っているのですかアイリス様!? くっ、やはりこの男の悪影響が……」

「兄さん、何の話をしてたの? 兄さんの事だから、私達に聞かせられない話っていう時点で、もう嫌な予感しかしないんだけど」

「お、俺だってたまには真面目な話くらいするわ! いつもセクハラしか頭にないと思うなよ!」

「大丈夫です、アイリス様、ゆんゆん殿。この男にしては珍しく……本当に珍しく、真面目な話でした。この国の防衛関係のことです」

 

 ……なんだろう。一応はこの白スーツが珍しく俺のことをフォローしているのに、この何とも言えない感じは。俺だって、そんなにいつもふざけた事ばかり言ってるわけじゃ…………うん、大体ふざけた事しか言ってないな。

 

 クレアの言葉を聞いたアイリスは、安心したように息をついて。

 

「それなら良かったです…………はぁ、それにしても、聞けば聞くほど楽しそうな所ですね、学校という所は。ぜひ私も通ってみたいものです…………その為には、お兄様に魔王を倒して世界を平和にしていただかないと、ですね!」

「いえいえアイリス様。そんな男よりも、もっと頼もしい者が王都には沢山いますよ。ここには、強力な能力を持った、変わった名前の勇者候補などもよく集まってきますから。魔王を倒すのは、きっと彼らの内の誰かでしょう」

「ぐっ、ああいうチート持ち連中は、案外搦め手に弱かったりするんだぞ…………あ、そうだそうだ。そういえば、そのことで聞きたいことがあるんだった」

 

 可愛い可愛いアイリスに会えて浮かれて、うっかり忘れるところだった。まぁ、忘れたところでそこまで大きな問題でもないが。

 

 俺は、首を傾げて先を促しているアイリスに。

 

「最近、名を挙げてきてる魔剣使いの勇者候補っていなかったか? 俺も何となくは聞いたことあったんだが、男のことはそんなに長く覚えていられなくてな。確か仲間の女の子は『キョウヤ』とか呼んでたんだけど」

「あぁ、それでしたらミツルギ様のことでしょう。魔剣グラムを持つ勇者候補、ミツルギキョウヤ様です」

「……ミツルギ、か。やっぱつえーのか、そいつ? 言っても、まだルーキーだろ?」

「強い。あの魔剣はあらゆる物を斬り裂く力を持っていてな、高い魔力の鱗で大抵の攻撃を弾いてしまうドラゴンですら、一太刀で斬り伏せてしまう程だ」

「す、すごい……ドラゴンを一撃なんて、紅魔族でも出来る人はほとんどいないんじゃないかな……」

 

 ゆんゆんが驚いて言う。確かに、そんなことが出来る人なんて、俺も知り合いの巨乳商人くらいしか思い当たらない。

 …………いや、俺も本気出せば出来なくもないんだよ? ほんとだよ?

 

 すると、クレアはニヤリと笑い。

 

「当然、ミツルギ殿も魔王討伐を考えているようだぞ。あの方は腕が立ち、心優しく、しかもイケメンだ。貴様のような、腕が立つだけで他が壊滅的な者など相手にならないだろうな」

「私もそのミツルギさんって人はちらっと見ましたけど、兄さんよりはるかにイケメンでしたね……顔じゃ完敗かも……」

「むっ、確かにミツルギ様はイケメンですし、強くて優しくて……そしてとてもイケメンです! ですが、お兄様にはお兄様の良さがあるのです!」

 

 この世のイケメンを全員葬れるスイッチとかないかな。連打するぞ連打。

 というか、クレアの奴、何が腕が立つ以外は壊滅的だ。それは流石に言い過ぎ…………。

 

「……あ、あのさ、この際、俺の性格が壊滅的だってのは認めてやらなくもない。でも俺、その、顔も……壊滅的、か? じ、自分では一応平均レベルはあるかと思ってたんだけど……」

 

 少し……いや、かなり心配して聞いてみる。

 すると、アイリスが慌てて。

 

「だ、大丈夫ですよお兄様! お兄様のお顔は決して酷くありません! 普通です! まさに平均点ど真ん中というくらいに普通です!! だから安心してください!!」

「…………あ、ありがとう」

 

 そ、そっか……普通かぁ…………普通ね…………。

 そんな、妙に虚しい気持ちになりながら。

 

「あー、とにかく、そのミツルギって奴がさ、紅魔の里まで来て俺を探してるみたいなんだ。パーティーメンバーを探してるとも言ってたし、多分俺を仲間にしたいと思ってるんだろうけど……」

 

 そう言った時だった。

 何故かクレアが、さっと俺から視線を逸らした。

 

 …………。

 

「おい、そこの白スーツ。今なんで目を逸らした、言え」

「し、白スーツと呼ぶな無礼者! ふん、別に大した理由はない。平均点ど真ん中の貴様の顔を見続けても面白いことはないだろう」

「ぐっ、こ、こいつ……」

 

 明らかに何かを隠している様子だ。こういうのは放置しておくと、大抵後で面倒なことになるもんなんだが……。

 

 しかし、アイリスはパァと顔を輝かせて。

 

「お兄様とミツルギ様がパーティーを組む……良いではないですか! それなら、きっと魔王だって倒せます!」

「えー、アイツ俺と真逆の存在と言ってもいいくらいだぞ。絶対合わないって」

「う、うん、そうだよ! 兄さんとあの人じゃ、ケンカばかりでダメだよ! やっぱりパーティーはチームワークが大切だし!」

「……ゆんゆんさんは、そろそろ兄離れした方がいいですよ? どうせこれ以上一緒にいても何もないでしょうし」

「アイリスちゃんにまで兄離れしろって言われた! 二歳も年下の子に兄離れしろって言われた!!」

 

 ゆんゆんはショックを受けているようだが、俺はどうしてもクレアの反応が気になる。

 クレアの方も俺に怪しまれていることには気付いているのか、わざとらしく咳払いをすると。

 

「そういえば、貴様は今日の戦いの際、まるで駆け出し冒険者のような格好をしていたが、あれは結局なんだったのだ?」

「あれはそのミツルギ対策だよ。アイツは俺の顔までは知らないみたいだったから、ああいう格好して気付かれないようにしてたんだ。たぶん、俺の名前は王都の腕利き冒険者ってことで知ってると思ってな」

 

 俺の言い分に、アイリスは困ったように笑って。

 

「そ、そこまでして隠れなくても…………でも、服装などで正体を隠して戦うって格好良いですよね! ほら、以前にお兄様が紅魔の里から持ってきてくれた本にも、ゴロウコウという身分の高い方が、その正体を隠して世直しするというものがありましたし!」

「あ、それアイリスちゃんも読んだことあるんだ! 面白いよね! 私も何度も読み返してるよ! 正体を隠して悪事を暴くっていうなら、『暴れん坊ロード』って本も面白いよ!」

「ぜひ、それも読んでみたいです! 次の機会に持ってきてくれませんか!? ……はぁ、私も一度あのゴロウコウのような事をやってみたいとクレアにお願いしているのですが、中々了承してくれないのです」

「と、当然です! 護衛が二人だけなど、王女様を守るにはあまりにも少ないです!」

「正体を隠すのですから、ぞろぞろと来られても困ると何度も言っているでしょう! 護衛はスケサン、カクサンだけです! 私としてはスケサン、カクサンを、クレアとレイン。そしてお調子者のハチベエを、お兄様にやっていただきたいのですが……」

 

 アイリスのそんな言葉を聞きながら、クレアはキッとこっちを睨む。な、なんだよ、俺が貸した本が悪いってのかよ!

 

 仕方ないので、俺は溜息を一つつき。

 

「ま、まぁ、それはアイリスがもう少し大きくなってからな! その代わりと言っちゃ何だが、俺がそのゴロウコウみたいに、正体を隠して悪者を懲らしめた話をしてやろう!」

「え、ほ、本当ですか! ぜひ聞きたいです!!」

「いや貴様の場合、別に貴族でも王族でもないのだから、隠す正体もないだろう。鬼畜で変態なのを隠して、という意味か? それなら常に隠している事をオススメするが」

「そこ、うるさいぞ。――――それは少し昔のこと、とある街ではカツアゲの被害が増えており、人々は困っていました。そこで、偶然通りかかった俺は、何とかしてあげようと思ったわけだ」

 

 語り出す俺に、アイリスは好奇心でキラキラした瞳をじっと向けてくる。

 ゆんゆんもまた、少し意外そうな表情でこちらを見ており、クレアは相変わらず胡散臭そうにしていた。

 

「俺は自分を囮にして、絡んできたカツアゲ野郎をぶっ飛ばすという作戦を実行することにした。だが、それには一つ問題があった。そう、俺の紅魔族ローブと紅い瞳だ。カツアゲ野郎が狙うのは、どれも力のない人達だったから、紅魔族だと狙われない可能性があった」

「だから、普段とは違う格好をして正体を隠すのですね!」

「そう! 俺は駆け出し冒険者の服に身を包み、眼帯で紅い左眼を隠した。その上で人気のない路地を歩いていると、早速俺はカツアゲ野郎に絡まれ、そこで華麗に眼帯を外し、『この紅い瞳が目に入らぬか!』と格好良く言ってやった!」

「わぁぁ! それで、相手の方はお兄様が紅魔族だと知って、途端に頭を下げたのですね!」

「いや、『片眼だけ紅い紅魔族なんざ聞いたことねえぞ、このパチモンが!』とか言われて普通に襲われたから、反撃してぶっ倒しただけなんだけどな」

「……そ、そうですか」

「まぁ、そんな感じに、その後も同じ方法で何人ものカツアゲ野郎をノシて縛り上げ、金品を巻き上げて被害者に返し、その後『荒くれ者相手に無理矢理すんごい事がしたい……はぁ、はぁ……』とか言っていた変態貴族に身柄を売り渡し、俺は人知れず街を離れたのだった……」

 

「「…………」」

 

 俺の話を聞き終え、明らかにドン引きした目を向けてくる三人。

 クレアは深々と溜息をつき。

 

「貴様が人助けなどおかしいとは思ったのだ。初めから、その変態貴族とやらに犯罪者を売り付ける為だったのか」

「兄さん……それ普通に人身売買じゃない……」

「……あ、あの、お兄様、いくら相手が犯罪者だとしても、それはダメなんじゃ……」

「……アイリス、よく聞いてくれ」

 

 俺はアイリスの目を正面から見る。

 

「犯罪者相手なら、何したって犯罪にはならないんだ」

 

 そんなことを、大真面目に言ってみた。

 アイリスは目を丸くして。

 

「そ、そうなのですか!? ご、ごめんなさい! 王女ともあろう者が、勉強不足でした!!」

「そう落ち込むなって。これから勉強していけばいいさ」

「そんなわけあるかあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 クレアがすんごい形相で掴みかかってきた!

 

「貴様そういうウソをアイリス様に吹き込むなと何度言えば分かる!! 犯罪者相手でも犯罪は犯罪だこの悪人めが!!!!!」

「ふっ、違うな。犯罪ってのは訴えられて初めて犯罪になるんだ。俺は訴えられてない。つまり犯罪じゃない」

「どうせ貴族が権力を使って、もみ消しているだけだろうが! それなら私が凶悪事件として立件してやろうか!」

「この話はフィクションです。登場する人物、団体、名称等は」

「今更すっとぼける気か貴様あああああああああああああああああ!!!!!」

「大体、そんなキレることねえだろ。被害者にはちゃんと金返ってきたし、カツアゲ犯だって貴族の屋敷から出てきた後は、すっかり心入れ替えて奉仕活動も進んでやる良民になったみたいだし。まぁ、自分の背後に男が立つ度に、ケツ押さえて逃げ出すようにはなったみたいだけど」

「それ完全にトラウマになってるじゃない……」

「アイリス様! やはりこの男と会われるのはやめた方がいいです! アイリス様にとって、悪影響にしかなりません!」

「そ、そんなことは……! …………あ、ありません……たぶん……」

 

 アイリス! もっと強く否定してくれ!

 いよいよクレアは俺に対して警戒心を露わにして、アイリスを守るように間に立つ。

 

「もういい、貴様は早く出て行け! あ、ゆんゆん殿は、もちろんこのまま居てくれて構わないですよ。アイリス様の大切なご友人なのですから」

「…………クレア、ちょっと来い」

 

 ここはもう切り札を出すしかなさそうだ。

 俺は再びクレアに手招きをして、部屋の隅に呼ぶ。クレアは怪訝な表情をしながらも、何が起きても対応できるように身構えながらこちらにやって来た。

 

「なんだ。言っておくが、私に賄賂の類は通用しないぞ」

「んなこと分かってるよ。俺はただ、お前にお願いしたいだけだ。可愛い妹分であるアイリスを、俺から引き剥がすなって」

「断る。どうしてもと言うのなら、まずはその汚れきった心を何とかしてから出直して来い」

「……はっ。おいクレア、これを見てから同じこと言ってみろよ」

 

 俺はニヤリと笑みを浮かべ、懐から数枚の写真を取り出す。そう、これが切り札だ。

 クレアは面倒くさそうに、それに目を向け…………。

 

 驚愕の表情を浮かべて固まった。

 

「……あ……あぁ…………!」

「お前さっき、汚れきった心がどうとか言ってたよなぁ? けど、いつもアイリスの側にいるお前はどうなの? 綺麗な心なの?」

 

 そう言って、写真をヒラヒラ振ってやる。

 

 そこに写っていたのは、アイリスの服を抱きしめクンカクンカしているクレアの姿だった。

 

 おそらく、サイズが小さくなってアイリスが着なくなった物なのだろう。それをこの変態は私物化して、好き放題に使っていたわけだ。

 他にも、アイリスの写真を自分の部屋中に貼り付け、それを撫でながら危ない目をして何かを話しかけている様子や、アイリスのものらしき長い金髪を数本、枕に忍ばせている様子なども激写されていた。

 

 クレアは今まで見たこともないくらいに顔を青くして、目にはちょっと涙も浮かべて震えている。

 

「あぁ…………ぁぁぁあ…………!!!」

「お前のアイリスを見る目が何かおかしいとは思ってたんだ。絶対忠誠心以上の何かがあるってな。ふっ、この俺が、毎度毎度自分の邪魔をしてくる相手に対して、弱みの一つも握らないままいるとでも思ったか!」

「あああ…………あああああ…………!!!!!」

「どうやってこんなものが撮れたのか、とか聞きたいのか? 俺を誰だと思ってやがる、たぶんこの国で一番多くのスキルを持ってる冒険者だぞ。その気になれば、大貴族の屋敷だろうが何だろうが、侵入することなんて容易いんだよ」

「あああああ…………あああああああ…………ああああああああ……っ!!」

「くくくっ、俺が言いたいことは分かるな? これでお前は俺に逆らえない。まぁ、安心しろよ、そんなとんでもない命令をするわけじゃない。とりあえず、俺がアイリスと会うのを邪魔しなければそれでいい。もし拒否するってんなら、これをアイリスに見せて」

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 

 突然絶叫したクレアが剣を抜いた! 目がやばい!!

 

「うおおおっ!? お、おい、待て落ち着け!! 分かった、俺が悪かった! つかどんだけヒステリックなんだよ、こんなのが王女様の護衛でいいの!?」

「ク、クレア、急にどうしたのですか!? と、とにかく、剣をしまって……」

「兄さん、また何かやらかしたの!? どうして、どこへ行ってもトラブルばかり起こすのよ!!」

 

 流石にこんな状況でゆんゆん達が気付かないはずもなく、二人共突然のクレアの奇行に目を丸くして驚きつつも、何とか止めようとしている。

 

 クレアは叫ぶ。

 

「もうダメだ!!! 私は終わりだ!!!!! アイリス様に嫌われたら私はもう生きていけない!!!!! こ、ここここここうなったら、貴様を殺して私も死んでやるっっ!!!!!」

 

 それからしばらくクレアは大暴れし、何とか俺のスキルで大人しくさせた後は、大慌てで現れたレインに連れられてどこかへ去っていった。

 そして、こんな大騒ぎを起こしてアイリスへの謁見が続けられるわけもなく、俺とゆんゆんは厄介払いされるように城から出て行くことになった。

 

 

***

 

 

 正装から普段着に着替えた俺達は、夜の王都をとぼとぼと歩く。

 隣ではゆんゆんが呆れたように。

 

「兄さん、本当にクレアさんに何言ったのよ」

「言わない。つーか、それ言ったら多分、クレアがもっと大変なことになる」

 

 脅しには屈しないというタイプも会ったことはあるが、あそこまで発狂するタイプは初めてだった。俺の可愛いアイリスが心配だ。

 

 そのまま二人で歩き着いた先は、この街の冒険者ギルドだった。

 何だかんだ、ギルドの空気は落ち着く。魔王軍の襲撃から城での騒ぎでぐったりしてしまったので、ここで軽く一杯引っ掛けようかと思ったのだ。

 

 正面扉を開けると、むわっとした熱気が肌を撫でる。ギルドは食べ物や酒の香りで満たされ、そこら中から笑い声があがっている。

 冒険者というのは、暇さえあれば賑やかに騒ぎたい連中がほとんどだ。ここの冒険者はそれなりに成功した者が多いこともあって、金に困らず好き放題に飲み食いしている者も多い。

 

 ゆんゆんは、この雰囲気に圧倒されるように息を飲んでいる。

 そんな妹を連れて、俺はちらほら話しかけてくる冒険者達に適当に言葉を返しつつ、空いているテーブルを探して座る。すぐに店員さんを呼んで、酒やつまみ、それとゆんゆん用のネロイドを注文していく。ゆんゆんはそれを呆然と眺めているだけだ。

 

 そして、早速運ばれてきた酒を、グイッと呷っていると。

 

「お、カズマじゃねえか。どうした、最近顔見せなかったな。今度はどんなわりーことしてたんだ? というかその格好、まさかまたカツアゲ狩りでもやってんのか?」

 

 鼻に大きな引っかき傷のある大柄な男が、えらく上機嫌に言いながら近くにやって来た。

 テーブルの向かいでは、急に知らない人が話しかけてきたので、ゆんゆんがビクッとしている。

 

 俺は手にしたジョッキをテーブルに置き、その男に向かって。

 

「悪い事なんてしてねえよレックス。俺、里のほうで教師やってんだ今」

「へぇ、教師ねぇ…………教師!? お前が!?」

 

 俺の言葉がそれだけ意外だったのか、素っ頓狂な声をあげて驚く男。

 

 この男はレックス。それなりに腕の立つ大剣使いの戦士職で、以前に他の街で知り合い、パーティーを組んだこともある。その時に俺が、それくらい腕が立つなら、ここより王都の方がレベルも上がるし儲かるぞとアドバイスをして、この王都に移り住んだという経緯があったりもする。

 少し離れた所のテーブルでは、レックスのパーティーメンバーである斧使いのテリーや、槍使いのソフィもいて、俺の視線に気付くと機嫌良さそうにジョッキを軽く上げて挨拶してきた。

 

 レックスは少しの間呆気にとられた様子で固まっていたが、すぐに何かを思い付いたのかニヤニヤと笑い始め。

 

「お前のことだ、何かおいしい見返りがあってそんなことやってんだろ? 何だよ教えろよ、そんで一枚噛ませろよ」

「はっ、やだね。つーか、教え子の前でそんなこと言えるはずねえだろ」

 

 そう言って、俺は手にしたジョッキで向かいのゆんゆんの事を指し、また呷る。

 レックスは視線をゆんゆんに向けて。

 

「あぁ、この子が教え子か。初めましてだな、嬢ちゃん。俺はレックス。王都でも名うての冒険者だ、良かったらサインしてやってもいいぜ」

「お前、名うての冒険者だったのか。その割には魔王軍襲撃の時の最前線で見かけないな」

「う、うるせえな、あっさりバラすなよ! すぐに最前線にも呼ばれるようになってやるよ!」

「あ、あの、初めまして……私、紅魔族のゆんゆんといいます……」

「……え? あ、おう……なんだ、珍しい紅魔族だな。紅魔族には王都で何人か会ったことがあるが、どいつもこいつも妙な名乗りばかり上げていたが」

「ゆんゆんは紅魔族の中では変わり者扱いされてるからな」

「えっ、い、いや、変わり者は他の奴等の方じゃ…………なんつーか、苦労してんだな、嬢ちゃん……」

 

 若干気の毒そうな表情を浮かべるレックス。

 ……まぁ、ゆんゆんにも紅魔族ですらドン引きのとんでもない一面があったりもするのだが、わざわざ初対面の人にそんなことを言わなくてもいいだろう。

 

 それからレックスは、俺とゆんゆんを交互に見て。

 

「にしてもカズマ、いくら何でも生徒に手を出すってのはどうなんだ? しかもまだ子供じゃねえか」

「手出すわけねえだろ、12歳だぞ。そもそも妹だし」

「ははっ、また妹かよ! お前年下の子と仲良くなったら誰でも妹にすんの、そろそろやめとけって!」

「ち、ちげえよマジな方の妹だよ! というかやめろよ、ゆんゆんが怖い顔になってるから!」

「何を大袈裟な、子供の怒った顔なんて可愛いもん…………あ、えっと、悪かった。許してくれ」

 

 ゆんゆんの無表情を見て、その視線を受けているわけでもないレックスまでもが、ビビって即座に謝る。視線が直撃している俺なんて、何とか体の震えを止めるのに必死だ。何でここまで怖い顔できんだよこいつ……。

 

 俺は、この凍りついた空気を何とかしようと。

 

「そ、そうだ! なぁレックス、ゆんゆんが卒業したら、こいつをパーティーに入れてやってくれないか!? お前のパーティーは戦士職三人だし、魔法使いは欲しいだろ!?」

「あ、そ、そうだな! 紅魔族の魔法使いなら、俺達も大歓迎だぜ!」

「ええっ!? あ、う……そ、その……!」

 

 突然のパーティー入りの話で、ゆんゆんは途端にうろたえ始める。

 とりあえず勢いで言ってみたことだったが、俺としても、ある程度気の知れたパーティーに入ってくれると安心するというのもある。

 

 ゆんゆんは、おろおろと目を泳がし、顔を赤くしながら。

 

「あ、あの、私、あまり人付き合いが得意な方じゃなくて、は、話とかつまらないと思いますし、目とか中々合わせられませんけど、だ、大丈夫ですかね!? それと、その、クエストとかなくても、毎日一緒にご飯食べたり、お喋りしたり、どこかに遊びに行ったりとかは迷惑ですか!? 出来れば会話が途切れて沈黙が流れても、その空気も心地いいと思えるような、そんな関係を築けていければいいと思っているのですが、お、重いとか言わないでくれますか!? そ、それでも、こんな私でよろしければ、精一杯お互いに幸せになれるように努力しますので、末永くお付き合いの程、よろしくお願いします!!!」

 

「おいカズマ! 今お前、この子をパーティーメンバーに入れてくれないかって話をしてたよな!? 間違っても男女交際やら結婚やら、そういう話じゃないよな!?」

「そうだレックス、お前が正しい。おいゆんゆん、落ち着け。お前色々とすっ飛ばしたこと言ってるから、まずは落ち着け」

 

 テンパった上に何か重すぎることを言い出したゆんゆんを見て、こいつは本当に将来大丈夫なのかと真面目に心配になってくる。俺もろくな育ち方はしていないとは思うが、これはこれでマズイだろう。

 

 ゆんゆんは将来族長を継ぐつもりらしいが、その前に外の世界を見て経験を積みたいらしく、冒険者になることを考えている。まぁ、今のゆんゆんの状態で里に引きこもったまま族長になるのは、後々色々と問題が出てきそうなので俺も賛成だ。

 ただ、これは想像以上に先が思いやられそうだ。このコミュ障っぷりも、学校を卒業するまでには、いくらかマシになってくれればいいのだが。

 

 ゆんゆんは自分を落ち着かせる為か、まだ少し泳いでいる目と赤い顔で、テーブルの上のネロイドをちびちび飲んでいる。

 その間、俺はつまみの枝豆を飛ばして口に放り込み。

 

「そうだ、アイツらいねーのか? ほら、大物賞金首ばかり狙う頭おかしい奴等」

「あぁ、アイツらなら、かなり前に冬将軍に勝負挑んでぶった斬られたらしいぞ。一応命は助かったらしいが、まだ寝込んでるとかだ」

「……なんで冬将軍なんかに挑んでんだよ。放っておけば何もしてこないから、強さの割に賞金がそこまで出ない奴じゃねえか。二億だっけか? あれ倒して二億なら、魔王軍幹部を狙った方がまだ割が良いだろうに」

「俺も似たような事を聞いたが、アイツら、一番の目的は金ではないらしいぞ。何でも『俺達が大物賞金首に挑む理由? それはな…………そこに強者がいるから、さ』……だとか。次は機動要塞デストロイヤーに挑戦するらしいな」

「なるほど分かった、アイツらは俺が思ってた以上に頭がおかしい」

 

 めぐみんの事は騎士団で受け入れてくれそうではあるが、もし何かしらの問題が発生してそれが難しくなった時の為に、爆裂魔法が必要になりそうな大物を狙うパーティーに話だけでもしておこうかと思っていたのだが、これはやめた方がよさそうだ。冬将軍やデストロイヤーなんて、爆裂魔法があってもどうにか出来るレベルではない。

 何だか感性的には、割とめぐみんに近いものがあるような気もするが、だからってそこまで危険な所に放り込む気にはなれない。一撃離脱戦法を取るにしても、だ。

 

 するとレックスも苦笑いを浮かべて。

 

「あぁ、アイツらは頭がおかしい。ただ、まぁ、人生楽しそうだし良いんじゃねえかアレはアレで。賞金首と言えば、まだ大物とまでは言えないが、例の銀髪イケメン義賊の懸賞金がまた上がったらしいぞ。もう随分と貴族達も被害に遭ってるみたいだ」

「イケメンの話はもう聞きたくねえ」

「お、どうしたどうした。何ふてくされてんだ。そんな卑屈になんなよ、俺よりはまだモテそうな顔してると思うぞ、お前は」

「気休めはいいんだよ、イケメン死ねばいいのに」

「はぁ……ったく。おーいソフィ! お前も言ってやれよ、カズマって顔はそこまで悪くないよなぁ!?」

 

 そうやって、突然レックスは、少し離れたテーブルにいた仲間のソフィに呼びかける。

 ソフィは俺の方を見て、にっこり笑顔を浮かべて。

 

「あははっ、大丈夫よカズマ! あんたの顔は全然悪い方じゃないし…………うん、普通よ!!!」

「普通なのはよく分かったっつの!!!!!」

 

 何だよ、皆して普通普通って……いや別に自分がイケメンだとは思ってねえけどさ……もっと、こう……なんかないの……?

 

 俺はむすっとしたまま。

 

「イケメンの話より、可愛い女の子の話はねえのかよ。例えば、愛人沢山作っても怒らない貴族のお嬢様の話とかさ」

「そんなもんねえよ…………あ、貴族のお嬢様の話なら一応あるな。何でも、近い内に大貴族ダスティネス家の一人娘が城内パーティーに参加するらしいぞ。そのお嬢様がパーティーに顔を出すのは珍しいらしい。それで他の貴族も張り切って、高級素材の収集クエストとかを色々貼り出してるんだ」

「へぇ、美人なん? 性格は? 婿入りしたら、働かずにぐーたらして愛人囲っても文句言わなそう?」

「それで文句言わねえってどんな女だよ…………ただ、すげー美人だって話だな。あとダスティネス家ってのは、庶民とも友好的に、近い距離で接してくれる貴族ってので有名らしい。だから性格も良いんじゃねえの?」

「ほうほう、俺の将来の嫁候補としてはアリだな」

「何で上から目線なんだよ……相手は大貴族だぞ……」

 

 あー、でもしまったな。こんな事なら、アイリスにその美人令嬢のことも聞いておけば良かったか。いや、アイリスって俺が貴族のお嬢様狙うのやたら嫌がるから、教えてくれなかったかなー。

 そんな事を考えていた時だった。

 

 ガンッ!! と、大きな音が響いた。

 

 驚いてそちらを見ると、向かいに座るゆんゆんが、ジョッキをテーブルに叩きつけていた。

 俯いていて、その表情は髪に隠れてよく見えない……が、嫌な予感しかしない。隣ではレックスも顔を引きつらせている。

 

 ゆんゆんがぼそりと言う。

 

「……また他の女の話してる」

 

 ビクッと体が震える。

 俺は慌てて。

 

「い、いや、聞けってゆんゆん! こんなのは、ちょっとした酔っ払いの戯言で、本当に大貴族をどうにか出来るなんて……」

 

 そう、言いかけた時だった。

 

 

「なんでお兄ちゃんは他の女の話ばかりするのよ!!!」

 

 

 俺もレックスも唖然とした。

 顔を上げたゆんゆんは真っ赤で、目も焦点が合っていない。というか、こんな人前でお兄ちゃんとか言っている時点で何かおかしい。

 

 俺は、ゆんゆんの手元にあったネロイドを引き寄せ、一口飲んでみた。

 

「……クリムゾンビアのネロイド割りじゃねえか」

 

 どうやら、この妹は酔っ払っちゃってるようだった。

 しかもこの感じ、相当面倒くさい酔い方っぽい。ゆんゆんに酒なんて飲ませたことなかったから、こいつがどんな酔い方するのかなんて知るはずもない。

 

 そんなことを考えている間に、突然ゆんゆんが泣き出した!

 

「ふぇぇえええええええええええ! なんで……ぐすっ……なんでお兄ちゃんは……ひっく……すぐ他の女のことばかり気にするのよ!! 私はこんなにもお兄ちゃんのことが大好きなのに!!! もっと私のこと見てよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 あまりに大きな声で泣き始めるものだから、周りの視線がこちらに集まってくる。

 レックスはそそくさとこのテーブルから離れ、仲間達のいる所まで戻って行ってしまった。あ、あのヤロウ、逃げやがった……。

 

 俺は何とか妹をなだめようと。

 

「あー、ゆんゆん? 大丈夫か? とりあえず水飲もうぜ、ほら」

「うぅ……どうしてよ……どうして私のおっぱい揉んでるくせに、クラスの子達にもセクハラするのよ!!! パンツ盗ったり覗いたり、お尻揉んだり抱きしめたり!!! セクハラなら私だけにしてよおおおおおおおっ!!!!!!」

「待て!!! ホント待て!!!!! お前マジでとんでもないこと言ってるから!!!!!」

 

 周りの視線が本当に痛いものになってる!

 「なんだクズマか……」とか「相変わらずカスマね」とか「ゲスマ死ねばいいのに」とか色々聞こえてきてる!

 

 しかし、ゆんゆんは止まらない。

 

「結婚だって貴族じゃなくてもいいじゃない!!! 私でいいじゃない!!! 私がお兄ちゃんを養ってあげるから!!!!! お兄ちゃんはずっと家でゴロゴロしてていいから!!!!! だから私と結婚してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」

「よし、もう出よう!!! ほら歩けるか!? 歩けないなら、お兄ちゃんがおんぶしてやるから……」

「いつまでも子供扱いしないでよっっ!!!!! 見てよ、私、おっぱいだってちゃんと大きく……」

「何脱ぎ始めてんだお前やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」

 

 俺は血相変えてゆんゆんを取り押さえた!

 

 

***

 

 

 あれから随分と騒ぎ続けた後、ようやく眠って大人しくなったゆんゆんを背負って、俺は真夜中の紅魔の里を歩いていた。

 王都と違ってこんな夜中に出歩いている者もいないので、聞こえてくるのは俺が地面を踏みしめる音と、耳元で微かに聞こえるゆんゆんの寝息くらいだ。

 

 ……とんでもなく疲れた。これから王都のギルドでは、俺は何と呼ばれることになるのだろう。考えたくもない。

 

 そうやってどんよりと溜息をつくと、後ろでもぞもぞとゆんゆんが動き始めた。

 

「ん……んん…………あれ、私…………」

「おう、起きたか。気分はどうだ? 気持ち悪くないか?」

「うん、大丈夫…………えっと、ここって……里……?」

「あぁ、もうすぐ家だからな。今日はすぐ寝ちまえ。俺も疲れたよ」

「…………ねぇ、兄さん。願いの泉まで行ってくれない? コインとか投げ込む所」

「は? いや、こんな時間にあんな所に何の用だよ」

 

 俺は首を動かし、視界の端で背中のゆんゆんの表情を捉えようとするが、周りの暗さもあってよく分からない。

 

 ゆんゆんは俺の疑問に、こう答えた。

 

「私、泉に沈むことにしたから。めぐみん達には探さないでって言っておいて」

 

 …………。

 これは、つまり、あれだよな。

 

「……えっと、ゆんゆん。あれは酒のせいなんだから」

「うぅ…………うぅぅうううう…………!!!!!」

 

 ゆんゆんが俺の背中に顔を押し当てて、地を這うように呻いている。

 本当は全部忘れたかったんだな、でも全部バッチリ覚えちゃってたんだな。どうやら神様は、都合よく恥ずかしい記憶を消してくれる程、優しくはなかったらしい。

 

 とりあえず、話題は変えた方がいいだろう。

 俺は小さく咳払いをして。

 

「でも、何だかこうしてると懐かしいな」

「……え?」

「ほら、昔もあったじゃん。お前が森で大泣きしててさ、俺が見つけてこうしておぶって里まで帰ったことが」

「…………あったね」

 

 ゆんゆんは、きゅっと俺の背中を掴む力を強くした。

 俺は頭上で輝く星空を見上げ、思い出話を続ける。

 

「あの時は大変だったなぁ。お前、すげえ泣きまくっててさ」

「仕方ないじゃない。あの時は私、まだ小さかったし。というか、あれって、最初に兄さんが森の中で迷子になって、探しに行った私も一緒に迷子になっちゃったって話でしょ」

「えっ、そ、そうだっけ!?」

「そうよ。覚えてないの? 兄さんがぶっころりーさんと一緒に森に入って、モンスターに追いかけられて逃げてる内に迷子になったって」

 

 ……そうだった。

 確かまだあの頃は冒険者カードを作ったばかりで、ぶっころりーに手伝ってもらって養殖でレベル上げしてたら、調子に乗ったぶっころりーが魔力切れを起こして、モンスターに追いかけられるはめになったんだったな。

 

 しばらくの間必死に逃げ回って、俺とぶっころりーははぐれて……里に戻る方向を見失って、ちょっと泣きそうになっていた時に、何故か森の中で大泣きしているゆんゆんを見つけたんだ。

 そんな妹を見たら、お兄ちゃんは自然としっかりするもので。

 

「そういえば、あの時も兄さんは、他の話題で私の気を紛らわそうとしてくれたよね」

「あー、そうだったか? 悪い、どんなこと話したかまでは覚えてねえわ」

「私も全部は覚えてないけど、“ぶっころりーがそけっとと付き合うには、どんな人に転生すればいいのか”とか話してたよ。転生前提で今のぶっころりーさん全否定ってところがえげつないよね」

「昔からそんな酷いこと言ってたか俺!?」

「言ってた言ってた」

 

 言われてみれば言ってたような気がする。ひでえ12歳だな俺。

 ゆんゆんはくすくす笑って。

 

「でもね、そうやって兄さんのバカな話を聞いている内に安心してきて、私も自然と泣き止んでたの。まぁ、何度も言うけど、元はと言えば兄さんのせいなんだけどね」

「うっ…………というか、確かに元は俺達がヘマしたせいとは言え、お前もお兄ちゃんが帰って来ないからって、一人で森に飛び込むとか無謀にも程があるだろ。どんだけお兄ちゃん大好きなんだよ」

「……本当だよね。お兄ちゃん大好き過ぎるよね私……ブラコンって言われても仕方ないや」

 

 そう素直に認められても反応に困る……もしかして、まだ酔いが残ってるのか……?

 ゆんゆんは後ろから腕を回してきて、俺に抱きついてくる。うん、やっぱまだ酔ってるなこいつ。いや別に俺としては、この状況は一向に構わないんだけどさ。

 

 背後から、ゆんゆんの小さな溜息が聞こえる。

 

「結局、あの頃からあまり成長してないってことなのかな、私。自分では随分と成長したつもりだったけど、こうやってまだ兄さんにおぶわれて慰められてる」

「成長はしてると思うぞ。背中に当たってるからよく分かる」

「そ、そっちだけじゃなくて! その、内面的な……というか……」

「内面も成長してると思うぞ。今では人間の友達も何人かいるじゃん」

「でもそれも、兄さんのお陰っていうのが大きいと思うの……私、まだ一人じゃ何もできないんじゃないかって……」

 

 そんなことを言って落ち込むゆんゆんに、俺は。

 

「別にいいんじゃねえの、それで」

「……えっ?」

「人間、どうせ全部一人で何でも出来るわけじゃないんだ。それなら苦手な事くらい人に頼ってもいいじゃねえか。俺なんて、身の回りのこと全部他人に任せて、自分は好き放題に生きるってのが将来の夢だぞ」

「ちょ、ちょっと待って、前半部分には少し納得しかけてたのに、後半部分で一気に胡散臭くなったんだけど!?」

「要するに、嫌なことからは逃げろ。とにかく逃げろ。ひたすら楽な方へと流されろ」

「やっぱりダメな話だった! これ絶対、まともに聞くとダメ人間になる話だよね!?」

 

 俺としては人生の先輩として真っ当なアドバイスをしたつもりだったんだが、妹からの反応はあまり良くない。あれー? なんか流れ的には、俺がちょっといい事言って、それに対してゆんゆんが感動する場面だと思ったんだけどなー。

 

 ゆんゆんは、先程よりも大きく深々と溜息をついて。

 

「…………決めた。私、絶対人見知りを克服する。苦手だからって逃げてちゃダメ。じゃないと、兄さんみたいなダメ人間になっちゃう。ありがとう、兄さん。私、ちょっとスッキリしたよ」

「えっ、あ、う、うん、お前が吹っ切れたならそれでいいです……」

 

 な、なんだろう、妹の助けになれたのに、珍しく素直にお礼言われたのに、このモヤモヤする感じは。いや、いいんだけどさ、別に……うん……。

 

 俺はそんな微妙な気分を、頭を振って払うようにすると。

 

「まぁ、苦手を克服するってのは結構だけど、本当に困ったらお兄ちゃんに言えよ。妹の為なら何だってしてあげるからな」

「じゃあセクハラやめてほしいんだけど」

「それは流石に無理だ。お前それ、息をするなとか言ってるのと同じだからな?」

「お、同じなんだ……」

 

 背中からゆんゆんの呆れた声が聞こえてくるが、俺は特におかしなことは言っていないはずだ。

 ゆんゆんは何かを諦めたように。

 

「兄さんはもう色々と手遅れなんだね……私がちゃんと見ていなかったせいなのかな……」

「そ、そんな絶望的な声で言うなよ…………ただ、お兄ちゃんはお前のこと、ちゃんと見てるからな。発育状態とか」

「やっぱりそこなの!? 他にもっと見る所があると思うけど!?」

「他もちゃんと見てるよ。お前が毎日、めぐみん以外のクラスメイトにも話しかけてみようって頑張ってる所も、相手のことを考え過ぎていつも失敗してる所も、大事な人の為だったらとんでもない無茶をする所も、ちゃんと見てきたよ」

「……え、あ、そ、そうなんだ…………」

 

 途端に恥ずかしそうに声が小さくなっていくゆんゆん。

 俺はそんなゆんゆんに小さく笑って。

 

「だからさ、安心して大きくなれよ。もし色々疲れて、もう全部嫌になったら、お兄ちゃんが面倒見てやる。養われるのが大好きな俺だけど、可愛い妹ならいくらでも養ってやるし」

「……いくら何でも甘やかし過ぎだと思うけど……どんだけシスコンなのよ……」

「なんだよ知らなかったのか? お前が紅魔族随一のブラコンであるのと同時に、俺は紅魔族随一のシスコンなんだぞ?」

「……知ってる」

 

 ゆんゆんはおかしそうに笑って、ギュッと俺のお腹の辺りに回している腕の力を強めた。

 

「もう、人がせっかく頑張ろうって決めたのに……兄さんは私のことをダメ人間にしたいの?」

「それも悪くないな。妹ってのは、いつまでも手元に置いておきたいもんだ。……ただ、そういうつもりじゃねえよ。頑張るにしてもさ、いざとなった時の逃げ道があると随分と楽に感じるもんだぞ」

「いざとなった時の逃げ道……?」

「あぁ、俺が貴族と結婚したいと思ってるのも、そういう理由だ。人生、何が起こるか分からない。もしかしたら、俺の財産が一気に消し飛ぶようなこともあるかもしれない。そんな時の為の逃げ道だ。で、貴族の方も何かしらの理由でダメになったら、大人しく実家に逃げて寄生するしな」

「……ふふっ、本当に兄さんは兄さんなんだね。そんなに自信満々に逃げ方ばかり教える人なんて中々いないよ」

「逃げるのは恥ずかしいことじゃないからな。逃げられずに、どうしようもなくなっちまう方が恥ずかしい。まぁ、世の中にはあえて逃げ道を無くして自分を追い込むストイックな奴もいるけど、俺とは相容れない人種だな」

 

 例えば、普通の魔法には目もくれず、生まれ持った高い魔力で歴史に残るレベルの超優秀な魔法使いになる道を捨て、爆裂魔法なんていうネタ魔法を極めようとしているネタ魔法使いもいる。と言ってもアイツの場合は、あえて逃げ道を無くしてるというか、勝手に変な道を突っ走った結果、勝手に逃げ道を潰しまくってるだけなんだが。フォローに回る俺としては迷惑極まりない。

 

 ただ、アイツはそんな変な道を行っても、何だかんだ結局は歴史に名を残すようなことをやりそうな気がする。そこら辺はやっぱり“天才”なんだな、と思う。俺とは全然違う。

 

 ゆんゆんは、しばらく考え込むように静かになったあと。

 

「…………うん、確かに兄さんが見ていてくれて、最後には助けてくれるって思うと安心するかも」

「だろ? だから俺には隠し事をしないで、思う存分色々と見せてくれていいんだぞ」

「その言い方は何か卑猥だからやめてほしいんだけど…………でも、私はいつまでも兄さんに甘えているつもりはないよ」

 

 ゆんゆんは決心したようにそう言って、更に身を寄せてくる。

 

「いつか兄さんが安心して見ていられるように、もう子供じゃないんだなって思ってもらえるように…………私、ちゃんと立派な大人になるから!」

 

 どこまでも真面目な妹は、そうキッパリと言い切った。

 その言葉に俺は、妹が前に進もうとしている事に喜びつつも、何だか少し寂しくもある、複雑な気持ちで小さく笑った。

 

 ……そうだよなぁ。ゆんゆんも、いつまでも子供のままでいるわけはないんだよなぁ。

 

 そんな気持ちを誤魔化すように、俺はゆんゆんの言葉の後を引き継ぐように。

 

「『そして、立派な大人になったら…………その時は私と結婚してね、お兄ちゃん!』……か。分かった、ゆんゆん。その時になったら、俺も真剣に考えるよ」

「そそそそそそんな事言ってないでしょ!!! な、何勝手に繋げてるのよ!!!!!」

「えー、でもお前王都のギルドで」

「知らない知らない知らない!!!!! 私は何も言ってないわよ!!!!! 兄さん、酔っ払って記憶あやふやになってるんじゃない!?」

 

 ゆんゆんは上ずった声で、必死にそんなことを言ってくる。顔は見えないが、十中八九、耳まで真っ赤になっていることだろう。

 

 なるほど、そう逃げる気か。あれは全部無かったことにする、と。

 ……ふっ、俺はそう簡単に逃がす程甘くないぞ。妹のこんなに可愛くて面白いことなんだから当然だ。

 

 俺は口元をニヤリと歪め、ある魔道具を取り出した。

 

「これ、なーんだ?」

「えっ、それって王都のゲームの賞品で貰った…………っっ!!!!!」

 

 何かに気付いたゆんゆんが、声にならない悲鳴をあげた。

 だが、もう遅い。俺はゆんゆんが何か言う前に、魔道具のスイッチを押していた。

 

 

『結婚だって貴族じゃなくてもいいじゃない!!! 私でいいじゃない!!! 私がお兄ちゃんを養ってあげるから!!!!! お兄ちゃんはずっと家でゴロゴロしてていいから!!!!! だから私と結婚してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!』

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 

 妹の絶叫が、夜の紅魔の里に響き渡る。

 そのまましばらくゆんゆんは大暴れし、俺に頭突きやら首絞めやら散々決めた挙句、録音を消さなければもう一生口を利かないと言われ、仕方なく言う通りにするはめになった。

 あーあ、録音したゆんゆんのセリフ、目覚ましに組み込んで毎朝聞こうと思ってたんだけどなぁ……。

 

 ……それにしても。

 こんな妹でも、いつかは大人に見える時がくるのだろうか?

 さっきは少し寂しい気持ちになっていた俺だったが、そんな日は一生来ることはないんじゃないかとも思えてきて、安心したり不安になったり、結局また複雑な気分になってしまった。

 

 そうやって俺は、まだ背中でぎゃーぎゃー騒ぐゆんゆんをなだめながら、住み慣れた実家へと帰っていくのだった。

 




 
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想でいくつか聞かれたことについて、一応説明を。


・アクアはどうなったのか
アクアが暴れたせいで色々歪んで、カズマは16年前に赤ん坊として転生しましたが、アクア自身は女神パワーで普通に転送されています。
つまりアクアは、時系列的には今から1年後にアクセルの街に降臨します。

・カズマの強さについて
カズマは12歳の頃に冒険者カードを作り、それから三年間、豊富な人脈を使って定期的に養殖を行っていて、王都でも最高レベルの冒険者になっています。元々レベルが上がりやすいというのもありますが。
三年という時間がありますので、ステータス的にはweb版最終盤のカズマよりもずっと強いです……が、元がしょぼいのは変わりないので、高レベルの上級職には敵いません。


余談ですが、ぷっちんが想像以上に渋くて困惑中……w 勝手に若手教師だと思ってました(^_^;)
 

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