この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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グロ注意です。


初めてのレベル上げ

 

 学校が始まってから一月近くが経過していた。

 俺はあくまで副担任ということで雇われたのだが、担任であるぷっちんが思ってた以上にやらかすので、俺が教壇に立つことが多い。

 

 今日も俺は11人の少女達を相手に授業中だ。

 

「――というわけで、テレポートは便利な移動手段で、アークウィザードなら覚えておくべき魔法だと言える。それに、この魔法は使い方によっては強力な攻撃手段にもなる。その使い方とは…………じゃあ、次はふにふら! テレポートをどう使えば攻撃手段にできると思う?」

「えっ……え、えっと…………男を女風呂にテレポートさせれば社会的に抹殺できる……とか……?」

「こええな!! 想像以上にえげつない答えが返ってきて先生ビックリだよ!! 不正解!!!」

 

 なんて恐ろしいことを考えやがる。やっぱり女ってこわい。

 俺の言葉を聞いたふにふらは、一気に青ざめて涙目になった。

 

「ご、ごめんなさい! あの、今穿いてるパンツは許してください! パンツなら、後で家から持ってきますから……!!」

「いやそんなことしねえから! 間違えたらパンツ没収とか、どこのエロ企画だよ!! そもそも、パンツは間に合ってるっつの!!!」

 

 どうもふにふらやどどんこは、あの初日のことがトラウマになって、俺に対して常にビクビクしているようだ。確かに調子乗ってた二人を大人しくさせる為にやったことではあるのだが、ここまで怯えられるとは思わなかった。

 ……まぁ考えてみれば、12歳の女の子が年上の男にパンツ剥がれるって、トラウマになってもおかしくないな……。

 

 どうしたものかと悩んでいると、ゆんゆんの手が挙がった。

 あぁ、そういや授業の途中だったな。この事については、また後でじっくり考えるか。

 

「よし、じゃあゆんゆん。答えてみろ」

「先生、パンツが間に合ってるってどういうことですか?」

 

 そっちかー。

 ゆんゆんは無表情でじっとこちらを見てくる。だからその顔怖いんだって、まだ普通に怒ってる方がずっとマシだ。

 

 俺はごほんと咳払いをして。

 

「こら、授業中だぞ。関係ないことは聞かないように。じゃあ他に答えられる人は」

「兄さん、私の下着が何枚か無くなる時があるんだけど、何に使ってるの?」

 

 教室中からうわぁといった視線が俺に集まる。

 俺は慌てて。

 

「いやちょっと待て、勘違いすんな! 確かに、大量のパンツを床に敷いてその上をゴロゴロする遊びに、お前のパンツを使う時もある! でも、基本は俺が自力で調達したもので済ませてて、それで何か感触が違うなって思った時に、応急処置的にお前のパンツを持ってくるだけなんだって!!」

 

 ガンッ! と大きな音が響いた。

 ゆんゆんの机に、羽ペンが突き刺さっている。

 

「兄さん、家帰ったら話があるから」

 

 よし、今日は王都にでも行って宿を取ろう。

 

 とにかく、今はさっさと授業を進めることにする。

 主にぷっちんがカッコイイ二つ名や口上といった、どうでもいい事を教えて授業を潰す為に、肝心の魔法の知識や冒険者にとって必要な知識を教えるのが遅れているのだ。いや、俺がこういう事で授業止めるせいもあるけど。

 ゆんゆんとあるえは優秀で卒業するのも早いだろうし、めぐみんだって爆裂魔法で大量のスキルポイントが必要であるにも関わらず、凄いペースでポイントを稼いでいるので、卒業の時期はゆんゆん達とそう変わらないだろう。

 

 だから、そういう優秀な子達が卒業する前に、教えられることは教えたい。

 すると、ゆんゆんの隣でめぐみんの手が挙がった。

 

「じゃあ、めぐみん! テレポートを攻撃魔法として使うならどうすればいい?」

「テレポート先を、火山の火口のような対策をしていなければ即死してしまう場所に設定し、そこに相手を転送すれば一撃必殺の強力な攻撃魔法として機能します」

「正解、ポーションやるよ」

 

 めぐみんは魔力だけではなく、テストの成績も常にクラストップだ。これで爆裂狂なところがなければ、さぞかし優秀な魔法使いになったことだろう。

 俺はスキルアップポーションの瓶をめぐみんの机に置くと、教壇に戻って黒板にチョークを走らせながら続ける。

 

「この事から、テレポート先の一つにあえて危険な場所を設定している魔法使いはそこそこいる。テレポートは魔力消費量が大きいから、そう連発するものじゃなく、切り札的なものになるけどな」

「先生もそういう危険な場所を設定してるんですか?」

「いや、俺の本職は商人だから、商売関係で重要な場所で埋まってるよ。紅魔の里に王都、あとは世界最大のダンジョン」

「ダンジョンが商売で重要なんですか?」

「あぁ、でかいダンジョンの入り口は、これからそこに挑戦しようとしてる冒険者狙いで店が並んで賑わってることが多い。世界最大のダンジョン前なんか、観光街になってるしな。それ以外でもダンジョンには素材集めで潜ることもあるし」

 

 少し話が逸れているが、まぁダンジョンについては冒険者にとって重要な稼ぎ場所の一つでもあるので、無駄な話というわけでもないだろう。

 俺はふとあることを思いつき、ニヤリと口元を歪めて。

 

「念の為に言っておくがお前ら、もし何かトチ狂って爆裂魔法なんてものを覚えたとしても、ダンジョン内では絶対に使うなよ。ダンジョン自体が崩壊するから」

「あははははっ、そんなネタ魔法覚えるわけないじゃないですか先生ー!」

「ふふっ、そうですよー! 爆裂魔法を覚えるなんて、ウケ狙いにしてもそこまで体張ったりしませんってー!」

「はははっ、悪い悪い! そうだよな、いくら何でも爆裂魔法なんてネタ魔法を覚えるネタ魔法使いなんているわけないよなー!」

「……っっ!!!!!」

「め、めぐみん、どうしたの? 凄い顔してるけど……」

 

 俺の冗談に教室が笑いに包まれる中、めぐみんが物凄い形相でこちらを睨んでいる。しかし、何もすることはできない。隣のゆんゆんは、そんなめぐみんの様子に首を傾げている。

 うん、こうやって一方的に誰かに嫌がらせできるって、すごく楽しい。

 

 めぐみんは明らかに不機嫌そうな顔で。

 

「……というか先生、本当にテレポート先はその三つなんでしょうね? 先生のことですから、例えば見つからずに女風呂が覗けるポイントとかに設定していても不思議ではありませんが」

「それは本当だっつの。言っとくけど、スキルを悪用した犯罪ってのは、通常より厳しく罰せられるから気を付けろよ。特にめぐみん、お前は喧嘩っ早いからな。他の街で冒険者として働くようになっても、街中で魔法ぶっ放したりすんなよマジで」

「ふっ、この私がそんなバカな真似をすると思いますか?」

「うん、思う」

「ぐっ……そ、即答ですか……生徒を信じられないとかそれでも教師ですか……」

「ごめんめぐみん、私もそこに関しては兄さんと同意見。だってこの前、下級生から『え、お姉ちゃん達同じクラスなの? ……そっちのお姉ちゃん、可哀想だから牛乳あげるよ!』とか言われて、牛乳貰ったあと殴りかかってたじゃない」

「あれはあのクソガキが失礼なことを言うのが悪いのです!!」

「つか牛乳貰った上に殴ったのかお前……どっちかにしろよ……」

 

 やっぱりこいつは将来絶対何かやらかす。

 ある程度は面倒を見てやるとは言ってしまったので、騎士団でもパーティーでも、さっさと良さそうな居場所を見つけてやって厄介払いしちまおう。

 

 そんなことを考えていると、居酒屋の娘、ねりまきが思い出したように。

 

「でも先生、昔ぶっころりーさんにテレポートでとんでもないことをしたって聞きましたよ? 詳しい話までは教えてもらえなかったですけど、あの人、酔っ払った勢いで何かを思い出したのか号泣してましたよ」

「……あー」

「何ですか、やっぱり悪用してるんじゃないですか。まぁ、あのニートは人生舐めてるところがありますし、多少何やってもいいとは思いますが」

「兄さん、何やったの? ぶっころりーさんのこと、友達って言ってる割にはいつも酷いことやってる気がするんだけど」

「いや聞けよ、あれは俺悪くないぞ。そけっとの盗撮がバレかけた時にあいつだけ先に逃げやがったから、その仕返しに下剤飲ませて、トイレに駆け込む寸前を捕まえて王都にテレポートさせただけだ」

 

 うわぁ、とそこら中から声が漏れた。

 な、何だよ俺が悪いのか……? 先に裏切ったのはあいつだし! 罪には罰だ!

 

 めぐみんはドン引きの様子で。

 

「それ大丈夫だったのですか? ぶっころりーもテレポートは使えますが、そんな極限状態では詠唱もままならなかったのでは……」

「さ、流石の兄さんも、その後何かしらの方法で助けてあげたんでしょ……?」

「えっ?」

「えっ」

 

 教室に沈黙が漂う。

 俺は一度咳払いをして。

 

「…………そういう詠唱ができない状況に陥らない為にも、戦闘中は敵の状態異常攻撃なんかには特に注意するように。もし状態異常をもらっちまったら、すぐにプリーストに解除してもらえよ。はい、今日はここまで」

 

 そんな感じに無理矢理締めてみた。

 教室は驚く程静かで、生徒達は皆、苦々しい表情で俺の方を見ていた。

 

 

***

 

 

 昼休みの職員室。

 俺がゆんゆんお手製の弁当を食っていると、ぷっちんがうんざりとした表情でやって来て隣に座った。

 

「はぁ、散々だった……以前に俺が教えていた卒業生が訪ねて来たんだが、『先生の言った通りに、仲間がピンチになってもあえてギリギリまで待って、最高のタイミングで格好良く助けてたらパーティーから追い出されたんですけど!』と怒鳴り込んで来てな」

「……それで、お前は何て言ったんだよ」

「『それは仲間の方が、お前の研ぎ澄まされた感性についていけなかっただけだ。いつか本当の仲間と言える存在に巡り会えるといいな……』と言ったら、渋々ながらも納得してくれたようだ」

「パーティーは選べても先生は選べないって悲しいな」

 

 俺の言葉に首を傾げるぷっちんは放っておいて、俺は再び弁当を食う作業に戻る。

 ぷっちんもまた、俺と同じく弁当を開けながら…………ん?

 

「なぁぷっちん、お前弁当なんて作るようになったのか?」

「ん、いや、貰い物だ。朝は格好良いポーズと口上を考える時間に当てているからな、弁当など作っている暇はない」

「貰い物? え、なに、誰から貰ったんだよ、女?」

「女……ではあるが」

「マジで!? おい気を付けろよ、その女、絶対何か良からぬこと考えてるから! どうせ財産目当て……いや、お前に大した財産はないしな……じゃあ、なんでぷっちんに……?」

「何か貶されているような気がするが……女とは言ったが、生徒だよ。ふにふらだ」

「ふにふら!? ちょっと待て、ツバつけておくにしても、手を出すのはせめて後二年は待って熟れてからにしろよ……? 今すぐ手を出すとか言われたら、流石の俺もドン引きだぞ」

「その思考回路と発言に俺の方がドン引きだが……別に何かあるわけじゃない。ただ、どどんこと一緒に『先生の授業をもっと受けたいです! 頑張ってください!』と応援されて貰っているだけだ。ふっ、やはり生徒はお前の授業より、俺の授業を受けたいようだぞ」

 

 そう言ってニヤリと笑うぷっちん。

 ……なるほど、そういうことか。確かにあの二人からすれば、パンツ脱がせ魔の俺よりはぷっちんの方がずっとマシだろう。

 

 少し凹んで溜息をついている俺に、ぷっちんはぱくぱくと弁当を食らいながら。

 

「大体、この俺には女などにかまけている暇はないんだ。いずれ校長の椅子に座る俺は、常に高みを目指し日々修行を続けているのだからな。ある時は人々を怯えさせる強大なモンスターと対峙し、またある時はダンジョンに眠るとされる強力な神器を求め深い闇の中に沈み……」

「その割には、この前居酒屋でそけっとが隣に座ったら、そのキャラどっかに吹っ飛んで顔真っ赤にして挙動不審になってたな」

「なっ、ななな何をっ……ご、ごほん! ふ、ふん、何を言っている……あれは、その……そう、そけっとは未来を見通す強力なアークウィザードだからな……普段の俺を隠し、未来を見られることを避けたのだ。俺の未来は誰のものでもなく、俺自身のものなのだから…………おい、聞け!」

 

 ぷっちんが何かおかしなことを言っているが、俺には他に考えることがある。

 ふにふらとどどんこのこと、どうしようかなぁ。

 

 

***

 

 

「というわけで、お前の力が必要だ。頼んだぞ、ゆんゆん」

「何が、というわけで、なのよ……」

 

 

 放課後、教室の隅で。

 皆が帰り支度を始めている中、俺はゆんゆんを呼び寄せて、ある頼みごとをしていた。側には、めぐみんも呆れた様子で話を聞いている。

 

「つまり、まずは先生の妹であるゆんゆんにふにふら達と仲良くなってもらって、そこを糸口にしてあの二人を陥落させて、心も体も自分のものにしようということですね」

「人聞きの悪いことを言うな。まぁ、将来成長して良い女になるかもしれないから、とりあえずキープはしておくかもしれんが、今すぐ手を出すようなロリコンじゃねえよ俺は。だからゆんゆんも安心して協力してくれ」

「今のを聞いてどこに安心できる要素があるのか分からないんだけど……それに、そ、その、私にはもう友達いるし……」

「ほう、ついにゆんゆんにも友達ができたのですか? どんな人なのか興味ありますね、今度会わせてもらってもいいですか?」

「ええっ!?」

 

 めぐみんのすっとぼけた言葉に、ゆんゆんは涙目になる。

 ……いや、こいつらが仲良いのはよく分かったけど、俺としてもふにふら達のことは放置できないしな……。

 

「まぁ聞けよゆんゆん、友達ってのはいくらいても良いもんだ。お前、友達できたって言っても、まだめぐみんとサボテンくらいしかいないだろ?」

「サボテンじゃなくて、サボちゃんだってば。あと、デメちゃんも友達だよ」

「あ、あの、私はサボテンと同列にされているのですか……? 一応聞きますが、そのデメちゃんというのは……」

「昔、王都の祭りに金魚すくいって珍しい屋台が出ててな。そこで俺が取ってやった出目金って魚だ。こいつが大切に育ててるから、もうかなりの大きさになってる」

「…………ゆんゆん、ふにふら達と仲良くなりましょう。あなたは既に手遅れかもしれませんが、少しでも更正できるかもしれません」

「えっ? あ、うん、めぐみんがそう言うなら……」

 

 ゆんゆんはふにふら達の方を見て、ごくりと喉を鳴らす。

 あ、そういえば。

 

「ゆんゆんお前、ふにふらはクラスで一番苦手なんだっけか? 悪いな、忘れてた。無理はしなくていいぞ?」

「そ、そんなことないって! あれはめぐみんが勝手に言ってただけで……」

「ですがゆんゆん、私の部屋でのガールズトークの際にも『ふにふらとかマジ調子乗ってるから一度シメた方がいいわね』やら『兄さんのセクハラを止めるにはどうすればいいんだろう、もう本当にアレを切っちゃうしかないのかな?』などと怖いことを言っていたではないですか」

「ちょ、ちょっとめぐみん適当なこと言わないでよ! 私がふにふらさんのことそんな風に言うわけないから!!」

「…………な、なぁ、ゆんゆん。ふにふらの所だけじゃなく、『兄さんのアレを~』ってのも、めぐみんが適当なこと言ってるだけなんだよな……?」

「行くよめぐみん! 私がふにふらさんのこと苦手でも何でもない所、見せてあげるから!」

「ゆ、ゆんゆん? あの、ちょっと? お兄ちゃん本気でビビってんだけど、ねぇ」

 

 ガクガク震える俺を置いて、ゆんゆんとめぐみんはふにふら達の所へ歩いて行く。俺はそろそろ実家を出た方がいいのかもしれない。

 

 俺は教室の隅に隠れて、潜伏スキルで様子を伺う。

 ゆんゆん達がふにふら達の所へ着くと、相手はびくっと震えた。そして、どどんこが恐る恐るといった感じに。

 

「ど、どうしたの、ゆんゆん。何か用……?」

「えっと……そ、その……あの……」

「ゆんゆんはふにふら達に一緒に帰ろうと言いたいようです。二人の家はどの辺りにあるのですか?」

 

 言葉に詰まるゆんゆんに代わって、めぐみんがそう切り出す。

 するとふにふらは、少し困惑した様子で。

 

「えっ、あ、あたしの家は…………でも、どうして急に…………あっ!!!」

 

 何かに気付いた様子のふにふらは、顔を真っ青にして。

 

「も、もしかして……家にいる、あたしの弟狙い……? ゆんゆんって、兄や弟キャラなら何でもいけるの……!?」

「待って! ちょっと待って!! 私はただ」

「ふにふら、失礼ですよ! ゆんゆんが好きなのは兄や弟キャラではなく、カズマ先生なのです! そこを間違えると、怒って何をするか分かりませんよこの子は!」

「ひっ……ご、ごめんなさいごめんなさい!!!!」

「めぐみんも何言ってるの!? あの、誤解だから!! 話を聞いて!!!」

 

 ……雲行きが怪しくなってきた。

 ふにふら達は、じりじりと後ずさってめぐみん達から距離を取ろうとしている。

 

 それはめぐみんも気付いたのか、慌てて。

 

「ま、待ってください。そうだ、二人共、カズマ先生のセクハラを何とかしたいと思っているでしょう? それならば私達は同士です、仲良くしましょう」

 

 そんなことを笑顔で言っている。

 おい、待て。これは元々、妹であるゆんゆんを通じて俺とふにふら達の和解を図るもので、俺を共通の敵にして結束とか、本末転倒もいい所なんだが。

 

 しかし、今の言葉はふにふら達には効果的だったらしく、二人は少し期待を込めた目でゆんゆん達を見始めている。

 

「な、何とかできるの……? 本当に?」

「相手はあの先生なんだよ? そんな簡単には……」

「ふっ、このお方を誰だと思っているのです。あの変態鬼畜教師にも弱点はあるのです……そう、恐怖の妹ゆんゆんという弱点が!」

「「!!!!!」」

「ええっ!? わ、私!?」

「この超絶ブラコン妹は、兄が他の女にセクハラすることを許しません! そして、あなた達も先生からセクハラなどされたくないでしょう! 利害は一致しています!」

「「な、なるほど!!」」

「納得しちゃった!? あの、私、超絶ブラコンなんかじゃないから!!」

 

 なんか妙なテンションになってきためぐみんに、涙目になって必死に弁解してるゆんゆん。

 ふにふら達は、先程よりも希望の光を目に灯して。

 

「た、確かに、あの先生も、ゆんゆんには腰引けてる時が多い気がするし……」

「う、うん……ゆんゆんなら、もしかしたら…………でも、具体的にはどうする気なの……?」

「ゆんゆんが考えている方法は、極めて直接的かつ効果的なものです。そう、それは――」

 

 めぐみんの言葉に、ふにふら達はごくりと喉を鳴らして先を待つ。一方でゆんゆんは、何を言い出す気なのだろうと、不安げな表情でめぐみんを見ている。

 ……とてつもなく嫌な予感がする。おい、まさか……。

 

 めぐみんが神妙な様子で言った。

 

 

「先生のアレを切り落とします」

 

「「!!!!!!!!!!??????????」」

 

 

 空気が一変した。

 ふにふら達は声も出せない程に恐怖し、ガタガタと震えながらゆんゆんの方を見る。

 ゆんゆんは大慌てで。

 

「ち、ちがっ……!! ちょっとめぐみん何言ってるの!?」

「何ですか、以前にあなたが言っていたことではないですか」

「言ったけど! 確かに言ったけど!! でも」

「「!!!!!」」

「あっ、ま、待って! 違うの!! あれは別に本気じゃ」

「ごごごごごごめんゆんゆん! あ、あたし達にそんな度胸ないから!! ほ、本当に無理だから!!」

「え、えっと、あの、わ、私達はこれで! じゃ、じゃあね!!」

 

 そう言って、ふにふらとどどんこは、目に涙を浮かべて全力で逃げ出した。

 

 その後ろ姿をただ見送ることしかできない二人。

 めぐみんは難しい顔で口元に手を当てて。

 

「……かなりいい策だと思ったのですが、何がいけなかったのでしょうか。途中までは上手くいっていたはず…………うわっ!! な、何をする!!」

 

 ゆんゆんは目を真っ赤に光らせてめぐみんに掴みかかった。

 

 

***

 

 

 それから数日後のお昼過ぎ。

 里の外に広がる森の中、そこに俺とぷっちん、そして生徒達が立っていた。

 生徒達の手には木剣が握られている。ぷっちんのやつは、メッキ加工したやたら巨大なカッコイイ武器を用意しようとしていたが、俺が却下した。

 

 今日は授業で初めて “養殖”と呼ばれるレベル上げを行う。

 これは紅魔族に伝わる修行法で、力のある者がモンスターを弱らせ、まだ力のない者にトドメを刺させて経験値を稼がせるという、比較的楽にレベルアップできる手段だ。

 俺もまだレベルが低い頃は、ぷっちんやぶっころりーを買収して手伝わせたものだ。

 

 ぷっちんは腕を組んだまま、いつになく真剣な表情で。

 

「今日の授業は今までのものとは違う。実際に命のやり取りを行うことになる。この辺りの強いモンスターは、俺やカズマ先生、それと暇そうにしてたニートに手伝わせてあらかた駆除してあるから、比較的弱いモンスターしか残っていない。だが、モンスターはモンスターだ。それを忘れず、全員気を引き締めて当たるように」

 

 ぷっちんの言葉に、生徒達の表情にも緊張が滲んでいる。

 おー、ぷっちんの奴、珍しく先生っぽいな。不覚にも少し感心してしまった。

 

「これから俺とカズマ先生が、この辺りに残っているモンスターの動きを片っ端から止めていく。お前達は動けなくなったモンスターにトドメを刺すだけでいい。もし万が一何かあったら、大声を出すように」

 

 生徒達はこくこくと頷いている。

 ぷっちんは人差し指を上に立てて。

 

「確認しておく。戦闘において、何よりも大切なものは何か。めぐみん、答えてみろ」

「力です! 圧倒的な力! 全てを蹂躙する力!! 戦闘で力以外に必要なものがありますか? いいえ、ありませんとも!!」

「……ふむ。では次、ゆんゆん」

「えっ、あ、あの……冷静さ! 戦闘では目まぐるしく状況が変わっていきます。ですので、どんな状況でも的確な判断ができる、冷静さこそ最も大切だと思います!」

「ふむふむ、そうかそうか」

 

 ぷっちんは二人の答えを聞いて頷いている。

 

 まぁ、どっちもそう間違ったことは言っていないと思う。

 紅魔族の戦闘であれば、高い魔力による上級魔法のゴリ押しで大抵の場合は何とかなってしまうので、めぐみんの言葉に賛同する者が多いかもしれない。

 しかし、一般的な冒険者からすれば、ゆんゆんの言葉の方が重要だと思うだろう。

 

 さてぷっちんはどう評価するのかな、と視線を送ると。

 

「どちらも5点! 全然分かっていない!!」

「「ええっ!?」」

 

 二人はショックを受け、「5点……」と呟いている。

 

 え、どういうことだ? 俺も全然分からん。

 教師という立場もあって、若干の恥ずかしさを覚えながら、ぷっちんの言葉を待つ。ぷっちんは大きく深い溜息をついて。

 

「まったく、それでもクラスの主席と次席か! お前達にはがっかりだよ! ぺっ!!」

「「あっ!!」」

 

 ぷっちんは大袈裟な仕草で地面にツバを吐き、それを見てゆんゆんとめぐみんが相当悔しそうに顔を歪める。いいから正解言えよ正解。

 

 ぷっちんはやれやれと頭を振り。

 

「じゃあ、あるえ! お前なら分かるだろう! 戦闘において何よりも大切なものは何だ!」

 

 ぷっちんの言葉に、クラスで一番発育の良い長身巨乳の眼帯少女は、目の下に指を当てたポーズを取り、自信満々に答える。

 

 

「格好良さです」

 

 

「よし正解! 流石はあるえだ、分かっているな!」

 

 …………。

 思わずピクリと手に力が入り、今持っている鞘に納まった刀を、そのまま思い切りぷっちんの頭に叩き込みたい衝動に駆られる。

 

 ……いや、ここは我慢だ。

 さっきまでのこいつは珍しく教師っぽかった。もしかしたら、これから何か真面目な話に繋げるのかもしれない。

 

 そう思って、ぷっちんの言葉を待っていると。

 

「確かに力や冷静さも必要なものだ! 力が無ければ格好良くないし、冷静さが無ければ戦闘中に格好つけるタイミングを見逃してしまう! しかし、あくまで根本にあるものは常に“格好良さ”だ! 紅魔族にとって“格好良さ”とは、命よりも大事なものと知れ!!」

「…………」

「例えブレスを吐く寸前のドラゴンの前でも格好良く口上を決め、パーティーが全滅の危機に陥ったとしても、最高のタイミングを伺ってから格好良く助けに入る! それこそが紅魔族としておごふっ!!!!!」

 

 ぷっちんの後頭部を刀で引っ叩いた。真面目に聞いた俺がバカだった。

 頭を押さえてうずくまるアホは放っておいて、俺が後を引き継ぐ。

 

「レベルが上がればスキルポイントが貰える他にステータスも上がり、スキル耐性も上がる。ただ、この授業で頑張るのが卒業への近道なのは確かだけど、あんま無茶はすんなよー」

 

 言ってから、少しまずったかと思った。

 俺のスキル耐性という言葉に、ふにふらとどどんこがビクッと反応したからだ。

 確かにレベルが上がれば俺のスティールから逃れられる可能性も上がるわけだが……そのことに目がくらんで無茶をする予感しかしない。

 

「……あー、そんじゃ、予め作ってもらったグループを、俺とぷっちん先生でそれぞれ半分ずつ受け持つ。じゃあ、ゆんゆん達のグループと、ふにふらどどんこペアが俺の……」

 

 そこまで言ったが、ふにふら達の泣きそうな顔を見て止まってしまう。

 そ、そんなに嫌がらなくてもいいだろ……かなり凹むんだけど……。

 

 仕方なく、小さく溜息をつくと。

 

「えっと、やっぱふにふら達はぷっちん先生の方で」

 

 俺の言葉に、今度はパァと顔を輝かせる二人。泣いてもいいですか。

 

 しかし、いつまでも凹んでいる場合じゃない。

 俺は、まだ頭を押さえてうずくまっているぷっちんに近寄り。

 

「おい、いつまで痛がってんだ大袈裟な。ちょっと話がある、聞け」

「あ、あれだけ思い切り振り下ろしておいてお前な……なんだ、話って」

「ふにふらとどどんこだ。あいつら無茶するかもしれないから、特によく注意してくれ」

「……ふっ、安心しろ。何人たりとも、我が千里眼から逃れること叶わず……」

「お前千里眼スキル持ってねえだろ」

 

 本当にこいつに任せて大丈夫か。そこはかとなく不安になってくるが、今はこれしかない。

 それから俺とぷっちんは、それぞれ生徒達のグループを連れて二手に別れた。

 

 

***

 

 

 俺はゆんゆん達の三人グループと、もう一つの三人グループ、合計六人を連れて森を歩いて行く。

 ゆんゆんのグループは、ゆんゆん、めぐみん、あるえの成績上位三人で、教師的には優秀な生徒はバラけてほしい所だが、そこまで口を出すわけにはいかないだろう。

 

 俺は後ろをついてくる生徒達の方に振り返って。

 

「最初に養殖がどんな感じなのか見てもらう。トドメを刺すのは、ゆんゆんのグループの誰かがやってくれ」

 

 そう言っていると、敵感知に反応があった。まだ少し遠い。

 俺が手に持った刀の鞘から刀身を抜くと、めぐみんが興味津々に。

 

「変わった剣ですね、特注品ですか?」

「あぁ、カタナって種類の剣らしいぞ。突然閃いて作ってもらったんだけど、前に変わった名前の人がこれ見て『カタナだ!』って言ってきてな」

「兄さんってよく思いつきで変わったもの作るよね」

「ふむ……これは造形的に中々そそられるものがあるね……」

 

 何かあるえの琴線に触れたらしい。まぁ、うん、俺も結構カッコイイと思うけどさ、これ。

 

 そうこうしている内に、モンスターが視界に入ってくる。かなり巨大な大トカゲだ。

 まだこちらに気付いている様子はなく、俺は手で生徒達を制止する。

 

「『パラライズ』」

 

 刀身に指を這わせて小さく唱えると、ぽぅっと刀身が淡い光を放ち始めた。

 それから潜伏スキルで隠れながら、ゆっくりと大トカゲに近付き。

 

 死角から素早く一太刀浴びせた。

 

「グギャッ!?」

 

 軽く撫でたくらいの浅い傷ではあったが、大トカゲは麻痺して動けなくなる。

 その後、俺は大トカゲに手で触れて、ドレインタッチで魔力を吸収する。

 正直、モンスターからドレインするのは感覚的にあまり良いものではないのだが、だからと言って嫌とも言っていられない。魔力は大事に、俺のポリシーの一つだ。

 

 首尾よくモンスターを無力化できたので、若干のドヤ顔で生徒達の方を向く。

 

「ふっ、どうだ、先生もやるもんだろ? 本当は『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消して、潜伏スキルで気配を消すっていう、アンデッド以外には大体有効な最強コンボがあるんだが、この森くらい隠れられる所があるなら潜伏だけで十分…………あれ?」

 

 てっきり生徒達が少しは俺を見直してくれたかと思いきや。

 そこにあったのは、何とも微妙な表情を浮かべた生徒達の顔だった。

 

 めぐみんが一言。

 

 

「地味ですね」

 

 

「……は、はぁ!? じ、地味って何だよ地味って! ちゃんと動けなくさせたんだからいいじゃねえか!!」

「あー、えっと……う、うん! 兄さん、凄い!!」

 

 若干無理してる感のある妹のフォローが胸に染みる。

 俺はちょっと涙目になって。

 

「何だよ! 何なんだよお前ら!! 地味でも何でも、結果が伴えばそれでいいだろ!! もっと、こう、俺を褒めろよ! 『流石は先生!』とか『カッコイイ! 抱いて!』とか言って! ほら言って!!」

 

 俺の叫びに、めぐみんは呆れた顔で。

 

「さすがはせんせー、かっこいいだいてー。これでいいですか?」

「あー、そんな態度取るんだお前! もういいや、今日の授業はここまでな! あー、残念だったなー! この授業、卒業への近道なんだけどなー!!!」

「子供ですかあなたは!! 大体、見た所そのカタナという武器、魔法の効果を付与することができるのですよね? だったらこう、『ライトニング』で稲妻の剣とか、もっと格好良いことができるでしょう!!」

「お前こそ子供かよ!! んなことしたらバチバチ鳴って敵に気付かれるだろうが! いいか、常に自分の安全を確保して、絶対的に有利な状況を保って、一方的に攻撃する。それが俺のポリシーだ!!」

「「…………」」

「ちょっ、何だよお前らその目!! 言っとくけどな、冒険者として生きていくなら、自分の命を守るのが一番重要なんだからな!! つーか、モンスター相手に正々堂々とかバカじゃねえのバーカ!!!!!」

 

 俺のこの戦い方は、紅魔族の子供には地味に映るかもしれないと少し気にはしていたが、実際にこんな目を向けられると堪えるものがある。

 

 この刀にはマナタイトを始めとした数々の鉱石が打ち込まれており、魔法を増幅し留めておく効果がある。つまり、魔法の威力が上がるだけでなく、一度刀身に魔法を付与すれば一定時間効果が継続するので、魔力量に不安のある俺にはうってつけの武器だと言える。

 

 めぐみんは溜息をついて。

 

「まったく、そんな格好良い剣を持っているのに、使い方があんまりですよ。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「ぐっ、いいけどよ……刀身には触れるなよ。まだパラライズかかってるから」

「分かりました……ふむふむ、見れば見るほど格好良い武器です。お前も、持ち主がこんなにセンスのない人で残念でしたね、ちゅんちゅん丸」

「おい何勝手に人の刀に変な名前付けてやがんだ、それでよく俺のことセンスないなんて……」

 

 そこまで言った時だった。

 刀の柄に張ってあった銘を刻む紙に、『ちゅんちゅん丸』という堂々とした文字が浮かび上がっていた。

 

「ああああああああああああああっ!? な、なぁ……っ!」

「ん? あぁ、何ですか、まだ名前を決めていなかったのですか」

「お前ふざけんなよ! マジでふざけんなよ!! ずっと悩んでたのに! 正宗とか村雨とか色々考えてたのに!!」

「別にいいじゃないですか、そんなセンスのない名前より、ちゅんちゅん丸の方がずっと格好良いとわああああああああああああああっ!! な、なに生徒相手にドレインしてんですか!!! 相手が違いますよ!!!!!」

「うるせえ!!! モンスターの前に、お前を身動き取れなくして一撃熊の前にでも転がしてやる!!!!!」

 

 そうやってしばらくぎゃーぎゃー騒いだ後。

 俺は不機嫌なのを隠そうともせず、ちゅんちゅん丸を地面に突き刺し、生徒達に向き直る。ちゅんちゅん丸……。

 

「はぁ……とにかく、トドメ刺せよトドメ。ゆんゆん、やるか?」

「えっ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは恐る恐るといった様子で大トカゲの方を見る。

 

「大丈夫だって、刀で威力増幅されたパラライズだ、まだしばらくは麻痺したままだ。仮に動けたとしても、ドレインタッチで結構吸ったから弱ってる」

「……うぅ」

「あー…………めぐみん、やれるよな?」

「まったく、先生は妹に甘いですね」

 

 ゆんゆんはおろおろと大トカゲを見ており、仕方なくめぐみんに任せることにする。

 まぁ、無理もない。この養殖というレベル上げは有効な修行法ではあるのだが、モンスターとはいえ抵抗できない相手を一方的に傷めつけるので、精神的に結構くるものがある。俺も最初の頃はちょっとキツかった。すぐ慣れたけど。

 というか、このトカゲ、妙につぶらな瞳をしている。爬虫類って、よく見ると結構可愛い気もしてくるな。

 

 俺の言葉を受け、めぐみんは木剣をぶんぶん振って調子を確かめながら前に出る。そこにはゆんゆんのように気後れした様子はない。殺る気満々だ。

 ……いや、うん、冒険者を目指す者としてはいいことなんだけど、12歳の女の子としてどうなんだろう、これ。

 

 俺はそんなめぐみんに。

 

「出来れば一撃で仕留めてくれ。頭を思い切り叩けばいけると思う。あんまり苦しめるのも惨いしな」

「えっ、一撃とか無理なのですが」

「は?」

 

 めぐみんは木剣を肩に担いで、きょとんとした顔でこちらを振り返る。

 

「自慢ではないですが、身体能力で言えば私はクラスで一番下でしょう。ですので、ここは一撃の重さよりも数で勝負しようと思い、これからこいつをタコ殴りにしてじわじわ仕留めようかと思っていたのですが」

「あるえ、頼む」

 

 時には残忍になることを求められる冒険者ではあるが、いくら何でもそれはこの年頃の女の子の教育に悪い。というかこいつ、顔色一つ変えずにこんな事言ってるが、すげえ大物だな。

 

 めぐみんが不満そうに口を尖らせて下がり、入れ替わるようにあるえが前に出た。

 あるえは木剣を高々と振りかぶり。

 

「我が内に秘められたる古の魔力よ、今こそ禁じられし力の一片を解き放ち、我が敵を打ち払わん――――はっ!」

 

 パァン! という高い音と、生徒達の「おぉ!」という声が森に響いた。

 あるえが振り下ろした木剣は、見事にトカゲの脳天に命中しており、トカゲはがくっとしたまま動かなくなる。

 流石はあるえ、訳分からん口上は置いといて、いいものを持っている。いや、胸じゃなくて。……胸もだけど。

 

 あるえは小さく息をつき、こちらを振り返る。

 

「どうでしたか、先生」

「あぁ、綺麗な一撃だった。良かったぞ」

「いえ、そちらではなく、その前の口上の方です。私としては『前世より定められし宿命』という言葉も入れたかったのですが、そうすると少し冗長に」

「知らねえよ」

 

 それから俺はこの周辺にいるモンスターを片っ端から無力化させていき、それぞれのグループがトドメを刺していく。

 

 敵感知で周囲を警戒しながら適当に歩いていると、ゆんゆん達のグループが視界に入った。

 どうやら角の生えたウサギのモンスターの前で、相変わらずゆんゆんがおろおろしているようだ。

 

 先程は妹可愛さについ甘やかしてしまったが、そろそろちゃんとやらせた方が良さそうだ。そう思って一歩踏み出そうとしたが、どうやらめぐみん達が説得している様子なので、少し様子を見てみることにする。

 

「ゆんゆん、いい加減にしてください。可愛くてもモンスターですよ、それは」

「だ、だって! 見てよめぐみん、こんなに可愛いんだよ!! 冷血過ぎて人としてちょっと壊れてるめぐみんでも、これは流石に無理でしょ!?」

「さ、さらっと結構キツイこと言いますねあなたは……いいですから、さっさとトドメを…………うっ、た、確かにこれは……」

 

 めぐみんは愛くるしいウサギを見て、少し怯む。

 ゆんゆん達の前で、ウサギはくりっとした赤い瞳を潤ませ、動けないまま弱々しい声で鳴いた。

 

「きゅー……」

 

 その瞬間、ゆんゆんがぶわっと泣き出した。

 

「無理! 無理無理無理!! ねぇ、プリースト呼んできましょう!! この子にヒールかけてあげないと!!!」

「ま、待ってください! 何度も言いますが、どんなに可愛くてもこの子はモンスターです! モンスター…………なのです…………」

 

 流石のめぐみんも、真正面から潤んだ瞳を向けられ、その言葉はどんどん小さくなっていく。なんだろう、冒険者としてはダメなんだが、こいつにも人間の心があると分かって少し安心している俺もいる。

 

 しかし、このウサギは“一撃ウサギ”と呼ばれる、実は結構危険なモンスターだ。愛くるしい姿で敵を油断させ、その角の一撃は人体をも貫く。ちなみに肉食だ。

 俺も駆け出しの頃は、この可愛さにうっかり騙されそうに…………ならなかったな。普通に仕留めてウサギ鍋にした気がする。俺が本当に騙されそうになったのは、人の言葉を話す安楽少女くらいだ。あれはマジでえげつない。

 

 とにかく、ここは教師として注意しなければいけないと、出て行こうとしたが。

 その前に、あるえがゆんゆん達の前に出て、ウサギと向き合った。

 

「おそらく、この紅い魔眼がいけないのだろう。魅了系の魔法かな。でも残念、めぐみんやゆんゆんには効いても、精神操作系の状態異常を全て無効化する、一族に伝わる秘蔵の眼帯を持つ私には効かなかったようだね。ふむ、それではまず、その魔眼を潰すところから始めようか。そうすれば、二人も正気に戻ってくれるはずだ」

「やめてえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 木剣の切っ先をウサギに突き付けるあるえに対し、後ろからその腰を掴むゆんゆん。

 するとめぐみんが、なんとかウサギから目を逸らして。

 

「ゆんゆん、覚悟を決めてください。この授業はチャンスなのですよ。上手くいけば、“ヤンデレブラコン”と呼ばれているあなたのキャラを変えることができるかもしれません」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、私そんな風に呼ばれてるの!?」

「大丈夫、ゆんゆん。私はそんな呼び方はしていない」

「あ、あるえ……」

「私は“禁断の恋に溺れし狂気の少女ゆんゆん”と呼んでいる」

「やめて!!! お願いやめて!!!!!」

 

 目に涙を浮かべて悲痛な声で叫ぶゆんゆん。

 めぐみんは、そんなゆんゆんを真正面から見つめ、いつになく真剣な顔で。

 

「よく聞いてください。今更あなたがどれだけ否定したところで、既に決定してしまったキャラをなかったことにすることはできません。ですので、ここはキャラを“消す”のではなく“上書き”しましょう」

「う、上書き……?」

「はい。作戦はこうです。この授業でゆんゆんが『ひゃっはあああああああああ!!! もっと血をおおおおおおおおおおお!!!!!』などと叫びながら、ノリノリでモンスターを殺しまくります。そうすれば、今度からあなたは“頭のおかしい虐殺娘”というキャラに」

「ふざけてるよね!? ねぇめぐみん、ふざけてるよね!? 明らかに私をからかって遊んでるよね!?」

「めぐみん、流石にそれはあんまりだと思う。呼ぶなら“殺意の波動に囚われし」

「そこじゃないから!!! そういう問題じゃないから!!!!!」

 

 ここでめぐみんは盛大な溜息をついて。

 

「……仕方ありません、最終手段です。これは少々洒落にならないことになる可能性があるので、出来れば避けたかったのですが」

「な、なによ……何する気……?」

「ゆんゆん、そのウサギの前に立って、目を閉じてください」

「え、いいけど……言っとくけど、姿が見えないからって、殺せたりはしないわよ……?」

 

 めぐみんは、不安そうにしているゆんゆんの背後に回り、耳元に口を近付ける。

 そして、絡みつくような声で。

 

「妄想は得意ですよね? 部屋でいつも架空の友達を創り出して会話している、あなたなら」

「なっ……が、学校行くようになってからは、たまにしかやってないから!」

 

 そんなことやってたのか……たまに部屋からゆんゆんが誰かに話しかけている声が聞こえてくることはあったが、どうせサボテンや出目金に話しかけているだけだと思っていたのに……。

 何とも言えない悲しい気持ちになっている俺をよそに、めぐみんは続ける。

 

「想像してください。目の前にいるのはカズマ先生です」

「に、兄さん……?」

「そうです。先生はよく王都に行っていますが、そこで何をしているのでしょうね? もちろん、真面目に仕事もしているのでしょう。ですが、本当にそれだけだと思いますか?」

「それは…………」

「王都は巨大な街というだけあって、いかがわしいお店も多いと聞きます。そんな誘惑に、先生が耐えられると思いますか? あの、隙あらばセクハラばかりしている先生がですよ?」

「…………」

「それに、先生は大商人にして腕利きの冒険者です。きっと女性も放っておかないことでしょう。そして、あの男が女性から言い寄られて、まさかなびかないとでも思いますか?」

「…………」

「先生は自分では童貞だと言っていますが……本当にそうなのですかね? 肉体関係を結ぶというのは、女性からすれば手っ取り早い男への取り入り方です。もしかしたら、先生は童貞どころか、経験人数は余裕で二桁……いえ、もしかしたら三桁に届く可能性もあるのでは……?」

「…………」

「その後、先生がやりたい放題やりまくった結果、気付けばあなたには何人もの義姉が……もしかしたら、その中にはあなたの知り合いや、まさかの年下までも……! さぁ、そんな先生が今、あなたの目の前に」

 

 バキッ! と、ゆんゆんの木剣が、目の前のウサギの頭をかち割る音が辺りに響いた。

 

 ようやくゆんゆんがモンスターを倒せたということで、めぐみんとあるえは顔を見合わせ、ほっとしたように小さく微笑み合う。何だかんだこの二人は、モンスターを倒せないゆんゆんのことを心配してくれていたのだろう。

 

 しかし、そこから恐怖の時間が始まる。

 

「…………」

 

 未だに目を閉じたままのゆんゆんは、再び木剣を振りかぶり……また叩き付けた。

 ボキッと、何かが折れる音が辺りに響く。

 それからすぐに、ゆんゆんはまた木剣を振りかぶる。

 

 それを見ためぐみんは、先程までの微笑みはどこへやら、真っ青な顔を引きつらせて。

 

「……ゆ、ゆんゆん? あの、モンスターはもう倒せていますよ?」

 

 めぐみんの声は聞こえていないのか、ゆんゆんは再び木剣を振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も。

 辺りには骨が砕ける音や、内臓が潰れる音が連続する。

 

 あまりの光景に、あのめぐみんとあるえですらが、身を寄せ合って震えて見ていることしかできない。

 

 俺はガクガクいっている足を引きずるようにして懸命に動かし、その場から逃げ出した。

 今まで危ない目に遭ったことは何度かあったが、ここまで何かに恐怖したのは初めてだった。

 

 こわい……マジこわい。

 

 

***

 

 

「ねぇねぇ、兄さん。私、今度久しぶりに王都に遊びに行ってみたいんだけど、連れて行ってくれないかな?」

「お、おう、もちろんいいぞ! ゆんゆんとデートできるなんて、お兄ちゃん幸せ者だなー!」

 

 それからしばらく経って、そろそろ引き上げる時間になった。

 ゆんゆんは何かが吹っ切れたようにモンスターを倒せるようになり、レベルも上がったようだ。一方で、ゆんゆんと雑談するめぐみんとあるえの顔がどこかぎこちない気もするが、まぁ気のせいだろう。

 

 俺がぷっちんと合流すると、どうやらこちらはまだ養殖を続けているようだった。

 

「おーい、そろそろ戻るぞ」

「おぉ、もうそんな時間か。今日は普段より広い範囲で狩ったせいか、俺も少し疲れたよ」

「えっ、大丈夫だったのかよそれ。二人で手分けしてるとは言え、もう少し慎重になった方がいいんじゃねえか? いや、お前の実力は知ってるけどさ、万が一ってのがあるだろ」

「あぁ、俺も最初はいつも通りの範囲でやろうと思っていたんだがな。ふにふらとどどんこが『先生、実は今日この日は、私達の中に封じられた禁忌の力が漏れ出す日なんです。そして、この力は発散しなければ、私達自身を飲み込みます……ですので、多くの贄が必要なんです!!』と言ってきてな。そんな格好良い事を言われてしまっては、俺としても断るなど」

「よし、お前後でしばくからマジで」

 

 ったく、ふにふら達を見とけって言っておいたのに、ちょっと格好良いこと言われたらすぐこれだ! どんだけちょろいんだよ!

 

 俺は嫌な予感がして、千里眼スキルを発動して辺りを見回す。

 森の中なので木々が邪魔して本来の性能は出せないが、それでも少し離れたところに早速生徒達のグループを一つ発見する。

 

 ……しかし、肝心のふにふら達が一向に見つからない。

 

 嫌な予感は更に増し、俺は口元に人差し指を当てて周りに静かにするように伝えると、目を閉じて盗聴スキルを発動する。

 広範囲の音を拾うようになった耳には、遠くの鳥の鳴き声や、虫が跳ねる音、木の実が落ちる音などが聞こえてくる。……そして。

 

『ね、ねぇ、ふにふら。ちょっと遠くに行き過ぎてない? そろそろ戻ろうよ』

『なーに言ってんの、このチャンスに出来るだけレベル上げて、カズマ先生のスティールに少しでも対抗できるようにするしかないっしょ!』

 

 俺が予想した通りのことを言っている二人の声を聞き、ほっと息をつく。

 結構離れてはいるが、すぐに迎えに行けば十分何とかなる距離だ。

 

 まったく、ここまで心配かけさせたんだから、何かしらの罰が必要だなあいつらには。と言っても、これ以上のセクハラはマズイから、他のことか…………そうだ、今度そけっとから色々情報を聞き出すのに協力してもらおう。女同士なら、そけっとも口が軽くなるだろうし、あの紅魔族随一の美人の個人情報は里の男に高く売れるのだ。

 

 そんなことを考えながらニヤついていると。

 

「…………?」

 

 何か、おかしな音が聞こえてきた。ふにふら達の近くからだ。

 それは何かが羽ばたいている音。鳥にしては明らかに大きい。モンスターだとしても、この辺りに空を飛べるやつはいないはずなのだが……。

 

 俺はごくりと喉を鳴らすと、すぐにいくつもの支援魔法を自分にかけていく。

 その様子にただならぬものを感じたのか、生徒達は何も言わず不安そうに俺を見ており、ぷっちんも怪訝そうな表情で。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「ふにふら達の近くに何かいる。おいぷっちん、ここは任せるからな! こいつらが『前世からの因縁が私を呼んでいる……!』やら『ここが運命の交差点なのか……行かなければ……』やら言っても絶対に勝手に行動させず、ちゃんと見てろよ!?」

「分かっている……俺がそんな言葉に惑わされるような男に見えるか? 余計な心配している暇があったら、早くあいつらの元に行ってやれ」

 

 何やらいい顔でいいシーンを演出しているようだが、俺としては激しくツッコミたい所満載だ。

 しかし、今はそんな場合でもないので、こいつは後でまとめて制裁するとして、俺はふにふら達の元へと走り出した。

 

 支援魔法でステータスを底上げしているので、普段よりもずっと速く走ることができる。

 途中の木々に刀傷で目印を付けながら、俺はふにふら達の元へまっすぐ最短距離で進んでいく。

 

 そして、もうすぐかなと思い始めた頃。

 

 

「「きゃあああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 

 少女の絶叫が、森に響き渡った。

 背筋に寒いものを感じた直後、ついに前方にふにふら達を見つける。

 二人は顔を恐怖の色で染めながらこちらへ走って来る。

 

 その後ろ。生い茂る木々のすぐ上を飛んでいるそれを見て、俺は驚きで目を見開いた。

 

 鷲の上半身に、獅子の下半身を持つそのモンスターは。

 

「グ、グリフォン……!?」

 

 何故こんな所に、という疑問が真っ先に浮かぶが、今はそれを考えている場合じゃない。

 俺は素早く詠唱を始め、ちゅんちゅん丸の刀身に指を這わせる。すると、その刀身は黒い雷を帯び始め、バチバチと音を鳴らす。

 

 前方の二人も、俺に気付いたようだ。泣きそうな目で助けを求めている。

 俺は大きく息を吸って。

 

「伏せろっ!!!!!」

 

 俺の言葉を聞いて、ふにふら達はすぐに地面に倒れ込む。

 そして俺は、グリフォンがいる方向にちゅんちゅん丸を鋭く突き出し叫ぶ!

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!!!!」

 

 バチチッ! と激しい音が辺りに響き渡った。

 まるで槍のように一直線に飛んでいく黒い稲妻は、そのままグリフォンの心臓を貫く…………ことはなかった。

 グリフォンは素早い反応で体を逸らすと、心臓狙いの稲妻を避ける…………が、完全に避けきることは叶わず、稲妻はその片翼に風穴を開けた!

 

「ガアアアアッ!!!」

 

 突然の痛手に、グリフォンは空中でバランスを崩し、バキバキッ! と木の枝を折りながら地面に墜落した。

 

 俺はそのまま地に落ちて倒れているグリフォンに追撃を加えようと……。

 

 

「「せんせええええええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」」

 

 

 ……その前にふにふらとどどんこの二人が、大泣きしながら正面から抱きついてきた。

 

「ちょっ!? お、おい、待て! まだグリフォン生きてるから!!」

 

 二人は俺の言葉が聞こえていないらしく、ぎゅっとしがみついたまま離れない。

 無理矢理引き剥がしてもいいのだが、今の俺は支援魔法で身体能力を強化しているので、力の加減が難しくうっかり怪我させてしまう可能性もある。

 

 しょうがないので、俺は二人の尻を揉みしだくことにした。

 

 念の為に言っておくが、この非常時に欲望全開でセクハラしているわけではない。

 この二人は、俺からのセクハラにトラウマを持っているので、こうすることで俺から離れてもらおうとしたのだ。決してやましい気持ちがあるわけではない。本当だよ?

 

 それにしても、尻って人によってかなり感触違うもんだなぁ。

 

「…………あ、あれ? おい?」

 

 俺の予想に反して、二人は尻を揉まれても特に反応もなく、ただただ俺の胸に顔を押し当てて泣き続けている。

 ちょっと待て、これじゃあまるで俺、生徒が弱っているところに付け込んで思う存分セクハラする、救いようのない変態クズ教師みたいじゃねえか!

 

 そうこうしている内に、グリフォンはフラつきながらも起き上がろうとしている。早く何とかしないと本気でマズイ。

 とにかく、何かセクハラ以外で二人の気を向けさせる必要がある。セクハラ以外で……セクハラ以外で…………くそっ、何も思い付かない! 俺からセクハラをとったら何も残らないのか!?

 

 考えろ、考えろ。普通の教師だったらここでどうする?

 普通の教師だったら……生徒が泣きながら抱きついてきたら…………そうだ!!!

 

 俺の頭の中に一つの考えが浮かぶ……が。

 

 これは正攻法だ。俺がこんな真っ当な方法をとって、上手くいくかどうかは微妙だ。しかし、他に何も思い付かないのだからしょうがない。やるしかない。

 

 俺は手に持っていたちゅんちゅん丸を一旦地面に置く。

 そして、ふにふらとどどんこを抱きしめ、頭を撫でてやった。

 

「落ち着け、大丈夫だ。先生は強いからな。お前達のことは、先生が必ず守ってやる」

 

 柄にもない行動に、柄にもないセリフ。自分でも言ってて違和感ありまくり……だったが。

 

 なんと、二人は俺の胸から顔を上げ、潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。

 これはあれか、俺が珍しく先生っぽいこと言ってるから、驚いているのかもしれない。

 

 とにかく、ようやく話を聞いてくれそうになっているので、俺はこのチャンスを逃さないようにすぐに続ける。

 

「ちょっと下がってな。今からあの鳥モドキにトドメ刺してやるからな」

 

 俺のその言葉に、二人は慌てて後ろを見て、ようやくグリフォンが起き上がろうとしているのに気が付いたようだ。素直に俺の後ろに下がってくれる。

 しかし、どちらも俺のローブの背中のところを掴んだままだ。

 

 俺はちゅんちゅん丸を拾い上げて、切っ先をグリフォンに向ける。

 そして、空いてる左手で背後を指し示した。

 

「二人はあっちに向かって全力で逃げろ。途中の木に傷を付けておいたから、それを目印にして行けば皆の所に着く。敵感知にはこのグリフォンくらいしか反応してないから、途中でモンスターに遭うこともないはずだ」

「で、でも、先生は……大丈夫なんですか……?」

「心配するなって。俺もすぐ合流する。だから、ここは俺に任せて先に行け」

 

 ……あ、なんか不吉なこと言っちゃった気がする。

 そんな不安を覚える俺に、ふにふらとどどんこは。

 

「…………分かりました。でも、絶対戻ってきてくださいね! あたし、先生に聞いてほしいことがたくさんあるんです! だから……だから……!」

「私、まだまだ先生に色々教えてもらいたいです! やっと先生のこと知って、仲良くできると思ったのに……これで終わりなんて、絶対に嫌ですからね!!」

 

 おい、ちょっと待て。なんかますますそれっぽい雰囲気になってきたけど、大丈夫なのこれ。本当にぽっくり逝っちゃったりしないだろうな俺。

 というか、わざとやってないだろうなこの二人。もし意図的にこういう雰囲気を出して、俺の生存率を下げようとしてるなら流石に女性不信になるぞ。いや、こういう状況で「戻ってきてね!」とか言われると逆に生存率上がるんだっけか? よく分からん。

 

 そうやって二人が走り出すのとほぼ同時に、グリフォンもようやく体勢を立て直し、こちらに突っ込んできた!

 

「ガアアアアアアアアッ!!!!!」

「こ、こええ……」

 

 獰猛な声をあげてこちらに向かって来るグリフォンに、俺の全身がぶるっと震える。

 本来、こんな大物と真正面から対峙するなんて、俺のやり方じゃない。出来れば今すぐ姿を隠して逃げたいところなのだが、まだ近くにふにふら達がいるのでそれも出来ない。

 

 状態異常で動きを止めるか?

 いや、ここまでの大物だと、何が起きるか分からない。まずはふにふら達とこいつを引き離すところからか……。

 

 俺はそう判断すると、素早く詠唱してちゅんちゅん丸を地面に突き刺した。

 すると、その刺した所を中心に、魔法陣が展開される。

 

 グリフォンがその魔法陣の中に入った瞬間、叫ぶ!

 

「『テレポート』ッッ!!!!!」

 

 視界がグニャリと曲がった。

 

 数秒後、目に映るのは見慣れた紅魔の里。すぐ前方には、突然の転移に首を動かして警戒しているグリフォンの姿もある。

 グリフォンを連れて転移するとして、人の多い王都や世界最大のダンジョン前の観光街は論外、消去法で紅魔の里となる。ここは強力な魔法使いばかりだし、子供も学校で授業を受けている時間だ。こめっこくらい小さな子はまだ学校に入学していないが、めぐみんによると、こめっこと同じくらいの年の子は他に全然いないのだとか。それにめぐみんの家は里の隅にあるので、自由に出歩けるこめっこもここまでは来ないだろう。

 

 たまたま近くにいた里の大人達は、突如現れたグリフォンを見て声をあげる。

 

「おぉ、グリフォンじゃないか珍しいな!」

「どうしたカズマ、わざわざどっかから連れて来たのか? まさかこれは見世物だから見物料取るとか言わないだろうな?」

「はははっ、面白い戦いをしてくれたら金を出してもいいぞ! やれやれー!!」

 

 普通は人里にグリフォンなんかが入ってきたら大パニックになるものだが、ここの人達は全く動じず、それどころか楽しげにピーピー口笛を吹いたりもしている。

 それに対し文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけた時。

 

 グリフォンが一気に距離を詰めてきて、その鋭い鉤爪を振り下ろしてきた!

 

「うおおおおっ!?」

 

 慌ててちゅんちゅん丸で受け止めると、ガギギッ! と鈍い金属音が辺りに響き渡る。

 当然片手で支えられるものでもないので、左手でも峰の部分を押さえて、両手で何とか止めようとする。鋭い爪が目の前で揺れており、冷や汗が頬を伝う。

 

 その状態でしばらくは拮抗…………することもなく。

 支援魔法で身体能力を強化しているにも関わらず、俺はグリフォンの力に押され始め、どんどん鉤爪が近くに迫ってくる。

 

 俺は焦って周りに叫ぶ。

 

「お、おい、ピンチなんですけど俺! ここは紅魔族的に、格好良く助けに入る場面じゃねえの!?」

「ん? いやいやいや、ここから大逆転するんだろ? そりゃ俺達だって美味しい所を持って行きたいのは山々だけど、そいつはお前が連れて来たグリフォンだし、譲ってやるよ!」

「あれだろ、ここから秘められし真の力が覚醒するんだろ!? あ、いや、正解は言わなくていいぞ! 楽しみが減っちまうからな!」

「うんうん、一度ピンチを演出してから華麗に倒す……か。お前も分かってきたなカズマ! 俺、お前のことはずっとセンスのない、ただそけっとのエロい写真を売ってくれるだけの変態だと思ってたけど、ちょっと見直したぜ!」

 

 こいつら後で覚えてろよ! 眠らせて縛って魔力吸ってテレポート封じてから、アッチ系の趣味を持ってる貴族に差し出してやる! 紅魔族はレアだから高く売れるだろうなぁ!!

 

 俺はそんな復讐を心に誓い、目の前のグリフォンと向き合う。

 攻撃魔法は避けた方がいいかもしれない。ここは里の中だし、狙いが逸れたりしたら面倒なことになる。いや、どさくさに紛れて周りの奴等にぶち込むのもいいかもしれないな。

 

 ただ、魔法を無駄撃ちする余裕はない。複数の支援魔法に上級魔法、そしてテレポート。魔力残量的にあと上級魔法一発が限界だ。ここは確実に勝負を決められる魔法で仕留めよう。

 この状況がピンチであることは確かだが、同時にグリフォンはちゅんちゅん丸に直接触れている。狙うならここだ。

 

 俺は残っている魔力のほぼ全てを込めながら詠唱し、叫ぶ!

 

 

「『カースド・ペトリファクション』ッッッ!!!!」

 

 

 ちゅんちゅん丸に灰色の光が灯った直後。

 グリフォンは、刀に触れていた鉤爪からどんどん石化していく。それを見て慌てて俺から離れようとしているようだが、もう既に身動き取れる状態ではない。

 

 そして数秒後、俺の前にはグリフォンの石像が出来上がっていた。

 

「はぁ……」

 

 どさっと、尻餅をつく。

 ダルい……もう嫌だ、早く帰って寝たい。何でこんな目に遭ってんだよ俺……。

 ようやく一息つけたことで、この突然舞い込んできたトラブルに対して、今更ながら理不尽さを感じてむすっとしていると。

 

 妙に周りが静かな事に気付いた。

 

「…………?」

 

 不思議に思って辺りを見回してみる。

 一応、グリフォンを倒したんだから、何かしらの反応があってもいいんじゃないか?

 

 周りの大人達は皆、何か微妙な表情でこちらを見ていた。

 ……あれ、こんな顔、少し前に見たことあるぞ。

 

 そして、周りは口を揃えて。

 

 

「「地味」」

 

 

「う、うるせえなほっとけ!!!!! ホント何なのお前ら!? 地味で悪いか倒せたんだからそれでいいだろいちいち文句言うな!!!!! いや待て、だからその目はやめろよ…………や、やめろって言ってんだろうがちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」

 

 俺はダルい体を無理矢理動かし、ちゅんちゅん丸をブンブン振りながら叫ぶ。

 しかし、周りは口々に「ないわー……ないわー」やら「所詮カズマか……ふっ」やら「あれ、でもこのグリフォンの石像、里の入り口にでも飾れば雰囲気あって格好良くね?」やら言っている。

 

 ……もうやだこの里。

 

 

***

 

 

 次の日の学校。

 午前中最後の授業が終わり、教材をまとめて職員室に向かおうとしていた俺だったが、ふにふらとどどんこの二人に捕まっていた。今日は休み時間になる度にこれだ。

 

「先生、先生! あたし、前世で、生まれ変わったら一緒になろうって誓い合った人がいるんですよ。それで、先生の魔力の質がその人と全く同じなんです! やっと見つけましたよ、今こそ一緒に」

「俺、前世は何の力もないニートだったような気がするから、多分人違いだなそれ」

「先生! 私、そけっとさんに運命の相手を占ってもらったんです。そしたら、なんと! 私の運命の人は、中肉中背の茶髪の人だったんです! これって先生ですよね!?」

「うん、山程該当者いそうだなそれ」

 

 なんか昨日のあれでフラグが立ったようだ。

 俺は溜息をついて。

 

「あのな、お前らいくら何でもちょろすぎんだろ。一度助けられたくらいで、すぐ男に尻尾振ってんじゃねえっての。まったく、お前らみたいなのが、優柔不断で鈍感系の爽やかイケメンのハーレムに組み込まれて、散々振り回された挙句に結局振られて泣くことになるんだよ」

「じゃあ、その前に先生があたしのこと貰ってくださいよー」

「分かった分かった、二年後な。二年後にはお前達だって少しは女っぽくなってるだろうし、考えてやってもいい。でも、俺はきっと大貴族のお嬢様の所に婿入りしてると思うから、その人が愛人を許してくれたらって条件付きだけどな」

「む、婿入りしてる立場でそんなこと言ったら、大変なことになると思うんですけど……」

「えー、どっかにいねえかな。そういうの許してくれる、都合のいい大貴族のお嬢様」

「流石にいないですって……」

 

 二人は呆れてそんなことを言ってくるが、俺はまだ諦めない。世の中広いんだ、どんな人がいてもおかしくはない。

 

 そんなことを話していると、ゆんゆんが不機嫌な表情でこちらにやって来る。めぐみんは、これに関わるのが面倒くさいのか、自分の席でマイペースにゆんゆんのお弁当をぱくぱく食べている。

 

 ゆんゆんは、一度むすっとした表情を俺に向けると、次に不安そうにふにふら達の方を向いて。

 

「……あの、ふにふらさん、どどんこさん。余計なお世話かもしれないけど、本当にもっとよく考えたほうがいいよ? 兄さんって、確かにたまに……たまーにちょっと格好良く見える時もあるけど、基本的に人としてどうかと思うレベルの鬼畜変態だよ?」

 

 さらっと、お兄ちゃんにとんでもない暴言を吐いている妹だが、大体合っているので何も言い返せない。改めて自分を省みてみると、相当酷いな俺。直すつもりはないんだけど。こういう俺が自分でもちょっと好きです。

 

 そんなバカなことを考えていると、ふにふらとどどんこが、何故か俺を庇うようにしてゆんゆんの前に立ち塞がった。

 

 

「「先生のアレは私達が守る!!」」

 

 

「待って! 違うの!! 本当に違うの!!! あれはめぐみんが誤解されるような言い方をしただけで、私も本気じゃないんだってば!!!」

 

 涙目で必死に弁解するゆんゆんに対し、二人は身構えたまま、ゆんゆんの一挙手一投足を注意深く警戒している。

 妹のクラスメイトに、妹から守られるというのも、かなり特殊な状況な気がする。

 

 そんなことを思っていると、生徒が二人、興奮した様子で教室に入ってきた。

 

「ねぇ今、里に魔剣持ちの勇者候補の人が来てるんだけど、その人すっごくイケメンで性格も良さそうなんだよ! 私、握手してもらっちゃった!」

「しかも勇者候補なだけあって、すごく強いんだって! 昨日のグリフォンも、あの人から逃げて来たみたい! あー、私が魔法を覚えたらパーティーに入れてもらえないかなぁ……」

 

 それを聞いた他の生徒達は興味津々の様子だが、俺はどんよりと目を濁らせる。

 

 ……ほう。

 つまり、その勇者候補サマとやらがグリフォンを追いやったせいで、俺は昨日あんな目に遭ったというわけか。なるほど、なるほど。

 

 よし、後で何か仕返ししてやろう。

 そうだな……そいつが泊まる宿に潜入して、風呂上がりを狙って王都にテレポートさせてやろうか。あの街は夜でも賑やかだし、さぞかし面白いことになるだろう。いや、そこは俺も一緒にテレポートして、騒ぎの現場写真を撮って、それをネタに脅して金品を巻き上げたり、好きなようにこき使ったりするのもアリか。

 

 俺がそんな策略を巡らせてニヤついていると、ゆんゆんがはっとした様子で。

 

「あ、そ、そうだ! ねぇ二人共、その勇者候補の人にアピールしてみたら!? ふにふらさんもどどんこさんも、すっごく可愛いし、きっと良い反応を貰えるよ! それにその人、イケメンで性格も良くて強いなんて、兄さんよりずっと良いよ!」

「……はぁ。ゆんゆんも子供ねぇ」

「えっ!?」

 

 どうやらゆんゆんは、ふにふら達を俺から遠ざける為に、二人をその勇者候補の人に引き取ってもらおうと思ったらしい。

 しかし、ふにふらはやれやれと首を振り、どどんこは生暖かい目でゆんゆんを見ている。

 

 ふにふらは、まるで小さな子供に諭すように。

 

「イケメンで性格も良くて強い? あのね、それは結構なことだけど、そんな男つまんないっしょ。男っていうのはね、適度に毒があってこそ魅力的だって言えるの。分かる?」

「そ、そうなの!? 私が子供なの!? あと、兄さんの毒は適度では済まないと思うんだけど! 致死量ぶっちぎってると思うんだけど!!」

「ゆんゆんはまだまだ夢見がちなお子様なんだねぇ……そんな完璧な人と一緒にいると、こっちが疲れちゃうよ。そりゃお子様はそのイケメン勇者サマを選ぶんだろうけど、出来る女はカズマ先生を選んで、沢山泣かされながらも何だかんだ付いて行くものなんだよ」

「えっ、そ、それって、出来る女とかじゃなくて、ダメ男に尽くすダメ女なんじゃないの!? 私がおかしいのこれ!?」

 

 ゆんゆんの困惑を極めた声が教室に響く。

 ……うん、たぶんおかしいのはふにふら達の方だとは思うが、二人は勇者候補のイケメンより俺の方が良いと言ってくれているんだし、俺からは何も言わないでおこう。

 

 とりあえずこれからは、ふにふらとどどんこと仲良くやっていけそうで良かった。俺の妹ということもあるのか、何だかゆんゆんとも前より親しげに話しているようだし、これでゆんゆんにも友達が増えてくれれば良いんだけどな。

 

 そんなことを思いながら、俺はそれぞれの恋愛観について騒がしく語り合う少女達を、微笑ましく眺めていた。

 

 ……それにしても、魔剣持ちの勇者候補か。

 そういえば、最近王都で少し騒がれているルーキーが強力な魔剣を持ってるとか聞いたような。名前は何て言ったかな…………うん、忘れた。今度アイリスにでも聞いてみるか。

 


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