この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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アニメ2期始まってるうううううううう
遅くなってごめんなさい! 次からはもうちょい短めにして、なるべく早く更新できるように頑張ります!
 


紅魔祭 2

 

 何とか一撃熊の群れを追い払った後、俺達は森の中である程度開けた場所を見つけて話すことにした。

 ぷっちんやぶっころりーとも合流しておきたい所だったのだが、この悪魔が嫌がったので、とりあえずは従うことにした。下手に気に障ることをして暴れられたら手がつけられないからだ。

 

 俺は適当な岩の上に座ると、こめっこに羽やら角やらをいじられてされるがままになっている悪魔と向き合う。

 

「……で、悪魔なんかが俺の可愛い妹に何ちょっかいだしてんだよ」

「あぁ? なんだこめっこ、お前の兄貴だったのかこいつ?」

「うん、カズマお兄ちゃんはね、少しでも仲良くなった年下の女の子を皆妹にしちゃうんだよ」

「俺様よりよっぽど危険人物じゃねえか」

 

 何か悪魔からドン引きした目を向けられているが、可愛い子を妹にしたいと思うのは男として普通のことだと思う。悪魔には理解できないだけだろう。

 

 悪魔は少し疲れたように溜息をつき、

 

「ったく、紅魔族ってのはどいつもこいつも癖があり過ぎるだろ…………別に、こめっこには何もしてねえよ。ただ少し遊んでやってるだけだ」

「違うよ、わたしがホーストと遊んであげてるんだよ。わたしが飽きたって言っても、『頼みますよこめっこさん』とか頼んでくるじゃん。ほら、お墓のパズ」

「あああああああああああ!!! ……そ、そうだったな!! 俺様が遊んでもらってるんだった!!」

「え、なに、もしかしてお前、悪魔のくせにロリコンなの……? やっぱり里の皆に伝えて倒すべきなんじゃ……」

「んなわけあるかコラァァ!!! ……あー、まぁ、あれだ、こめっこはまだガキだが、相当な才能を秘めてる。将来良い悪魔使いになるかもしれねえってので、こうして近くで見ているわけだ」

「えっへん! わたし、すごい!!」

「…………ほーん」

 

 悪魔使いに良いも悪いもあるのかとかそういう疑問は残るが、こめっこが才能に恵まれているというのは俺も知っている。この年にして既にかなりの魔力を持っており、家庭用の魔道具を難なく使えるという時点で、素質としてはめぐみんと同等かそれ以上というのが伺える。

 

 ……といっても、悪魔に目を付けられるってのはなぁ。

 そんな俺の視線を受けて、ホーストと呼ばれた悪魔は。

 

「言っとくが、俺様はこめっこの大事な遊び相手なんだぜ? そんな俺様を引き離せば、こめっこはきっと悲しむだろうよ……なぁ、こめっこ?」

「んー……どうしてもお別れしなきゃいけないなら、わたし我慢する!」

「えっ!? い、いや、子供はもっとワガママ言ってもいいと思うぜ!? そ、そうだ、さっきみたいに空飛んでみたくねえか!? あと腹が減ったなら、いつでも食いもん持ってきてやるぜ!?」

「ほんとう!? じゃあやっぱりお別れはやだ!!」

「よ、よし…………どうだ、こめっこもこう言ってんだし、余計なことはしない方がいいんじゃねえの?」

 

 何だかとてつもなく突っ込みたくなる流れだが、まぁ、こめっこがこの悪魔によく懐いているのは分かった。

 めぐみんの話では、こめっこは同じくらいの年の子が里にいないので、いつも一人で遊んでいるとの事だった。それを考えれば、遊び相手っていうのは大切だとは思うけど……。

 

 俺の悩んでいる様子を見て、ホーストはここがチャンスと見たのか、こめっこに。

 

「おいこめっこ、お前からも言ってやれよ。この自称お前の兄貴とやらは、もうお前と俺様を会わせたくないらしいぞ」

「えー、ダメだよカズマお兄ちゃん、ホーストはわたしの友達だよ!」

「そ、そうは言ってもな……いくら何でも相手が悪魔ってのは……」

「カズマお兄ちゃんだって悪魔に近いって里の皆が言ってたよ」

「ぜ、全然近くねえから失礼な! とにかく、悪魔はダメだっての! 元いた所に戻してきなさい!!」

「な、なぁ、その捨て犬やら捨て猫みたいな扱いはやめねえか……? 俺様、一応上位悪魔なんだが……」

 

 普段なら、こめっこのワガママなら何でも聞いてあげる俺だが、流石に今回ばかりは聞くことができない。目をうるうるとさせてこっちを見上げているその姿は、思わず甘やかしてしまいたくなるが、それでも我慢だ! 心を鬼にしろ俺!!

 

 すると、こめっこは急にジト目になって、

 

「……姉ちゃんはカズマお兄ちゃんといつも遊んでるのにズルい。この間も、姉ちゃんとおっきな街に行って、オトナの遊びしたんでしょ?」

「いっ!? ま、まて、それめぐみんの奴が言ったのか!?」

「うん、どんな遊びなのかは教えてくれなかったけど、すっごく嬉しそうに自慢してた。『もう私はほとんどオトナなのですよ』とか言ってた」

 

 あのバカ、俺にはこめっこに変な事を教え込むなとか言ってるくせに、自分だってとんでもない事言ってんじゃねえか!

 

 そんなこめっこの言葉を聞いたホーストは、恐る恐る。

 

「……一応聞くが、お前の姉ちゃんってのは何歳くらいなんだ?」

「12歳!」

「うわぁ……」

「い、いや、ちがっ、本気で手を出そうとしたわけじゃなくて、事故というかその……それに、一線は越えてねえから!!」

 

 周りからドン引きされるというのはいつもの事なのだが、相手が悪魔となると精神的ダメージがキツイ……もしかして俺は本当に悪魔以上に鬼畜なんじゃないかと思えてくる……。

 まぁ、うん、確かに悪魔でも引くかもなこれは…………。

 

 俺は心が折れそうになりながらも、

 

「こ、こめっこ、頼むからそれは他の人には絶対言うなよ……俺が色々と終わっちゃうから……」

「んー、じゃあ、わたしとホーストも一緒に遊んでもいい?」

「そ、それは……」

「お父さんに言うよ」

「どうぞ好きなだけホーストと遊んでくださいこめっこ様!!!」

 

 俺はこめっこの前に為す術なく屈するのだった。

 この五歳児、恐ろしすぎる……。

 

 

***

 

 

「エクスプロージョン!!」

「『エクスプロージョン』!!」

 

 めぐみんとウィズの声が重なり、広場には凄まじい爆風が吹き荒れる。

 

 魔王城での撮影から数日後。

 この映画では、めぐみん本人の強い要望もあって、必殺魔法として爆裂魔法が登場する。

 現実的に考えれば、爆裂魔法などというのは使い勝手の悪い一発芸扱いされる事がほとんどだが、これは映画、フィクションだ。細かいところは置いといて、派手な魔法は見栄えがいいので映像向きではあると思う。

 

 そんなわけで、俺が知ってる唯一の爆裂魔法の使い手であるウィズが呼ばれたわけだ。

 もちろん、ウィズが魔法を唱える声は消音魔法によって映像には入らないようにしているし、姿も光の屈折魔法で見えなくしている。つまり、映像だけ見ればめぐみんが爆裂魔法を使っているようにしか見えないわけだ。

 

 ちなみに、担任のぷっちんは一ヶ月元の姿に戻れないと聞いた時は「い、一ヶ月くらい何てことはない……この姿も格好良いしな……」などと強がっていたが、次の日学校で下級生が怖がりまくって、何とか元に戻せないかとひょいざぶろーを訪ねている。望みは薄そうだったけど……。

 

 地面に巨大なクレーターを作る規格外の魔法に、めぐみんは目を輝かせ、他の生徒達も口をあんぐりと開けている。

 おそらくめぐみん以外の生徒は爆裂魔法を見るのはこれが初めてだろうし、これをきっかけに第二第三のめぐみんが生まれたらどうしようと密かに心配していたのだが……。

 

「す、すごっ……これが爆裂魔法なんだ……」

「威力だけはとんでもないね……威力だけは」

「でも見た目だけなら派手だし、確かに映画にピッタリだね。ネタ魔法にもこんな使い方があったんだぁ……」

 

 そんな爆裂魔法の扱いに、めぐみんがこめかみをピクピクとさせているので、暴れないように肩を押さえておく。良かった、やっぱり頭のおかしい爆裂娘はコイツ一人のようだ。

 ウィズの方は爆裂魔法をネタにされても特に気にしている様子はない。まぁ、まともな魔法使いならこの反応は当然だと思う。

 

 すると、何やらゆんゆんがそわそわとしながらウィズに、

 

「あ、あの、初めまして、ゆんゆんと言います。兄がいつもお世話になっています」

「いえいえ、むしろお世話になっているのは私の方で…………ふふ、カズマさんから聞いていた通りの可愛らしい妹さんですね。アクセルの街で魔道具店を営んでいるウィズといいます、よろしくお願いしますね」

 

 おぉ、ゆんゆんの奴、初対面の人相手に自分から話しかけてるぞ。

 そうやって、妹の成長を喜んでいたのだが、どうやらゆんゆんにはウィズに聞きたい事があるようだ。

 …………というか、俺のこともちらちら見てるし、その内容も大体予想できるが……。

 

「……その、ウィズさんは、兄さんとは友人で商人仲間とのことですが……」

「えぇ、私、自分では一生懸命働いているつもりなのですが、何故かどんどん貧乏になっていって……それでも何とかお店を続けていけているのはカズマさんのお陰なんです。カズマさんには感謝してもしきれませんよ」

「……も、もしかして、それで兄さんに友人以上の感情を抱いたりとかは……」

「えっ? あはは、ないですないです。あくまでカズマさんは大切な友人で恩人ですよ」

「あっ、そ、そうですか! そうですよね、鬼畜で変態な兄さんが、こんな綺麗な人に好かれるなんてありえないですよね!」

「ふふ、そんな綺麗だなんて……カズマさんも、ああ見えて実はとても優しい人ですから、きっと良い女性とも巡り合うと思いますよ」

 

 ウィズのフォローが心に染みる。

 でもそっか……ウィズには脈なしか……ちょっと、いやかなり狙ってたんだけどな……。

 あと、ゆんゆんは言い過ぎじゃないですかね、お兄ちゃん泣くぞ。

 

 ふと視線を感じて周りを見ると、ふにふらやどどんこ、それにめぐみんも、そわそわと聞き耳を立てているのに気付く。

 

「大丈夫だっての。悲しい事に俺は今まで恋人なんかいたことないし、今も当然フリーだよ」

 

 俺の言葉に、ふにふら達は顔をぱぁと明るくさせるが、めぐみんは頬を染めて、

 

「べ、別にそんなこと気にしてませんから! ブラコンゆんゆんがまた暴走しないか警戒していただけで……」

「はいはい、ツンデレってるところ悪いけど、次の撮影始まるみたいだぞ」

「ツンデレってません!!!」

 

 ムキになって文句を言っている主役めぐみんをあるえに引き渡し、俺とウィズは少し離れた所から撮影風景を眺める。

 どうやら、めぐみんと二人で格好良いポーズを決める場面のようだが。

 

「ゆんゆん、まだ照れが残ってるよ! ポーズを決める時は堂々と! 腕はもっと高く上げて、表情も引き締めて!」

「う、うん、ごめんね……!」

 

 あるえ監督の容赦無い厳しい声が飛んでいる。

 特にゆんゆんは恥ずかしがり屋ということもあって、注意される事が多い。

 

 俺の隣では、ウィズが少し驚いている様子で。

 

「な、何か思っていた以上に本格的というか、空気が張り詰めていますね……子供達の出し物と聞いていたので、てっきりお遊戯に近い感じだと思っていたのですが……」

「まぁ、格好良さを見せつけるチャンスだしな、紅魔族的にやる気も出るもんなんだろ。あと、あるえもすげえ本気出してるしなぁ……あ、でもウィズの爆裂魔法は連発できるもんじゃないってのは念を押してるから、流石にやり直しくらう事はないと思うから安心してくれ」

「は、はい、それなら助かります……まぁ、爆裂魔法を撃った後にモンスターなどからドレインすれば二発目以降も撃てるとは思いますが、その為だけに魔力を奪うのは可哀想な気もしますし……」

 

 やっぱりウィズは優しいなぁ……リッチーで魔王軍幹部だけど、俺の周りがキワモノばかりなせいで、こういった真っ当な常識人は心が落ち着く。

 

「でも、本当にギャラはいいのか? 何だかんだ結構拘束しちまうし、その間店も閉めてるんだろ?」

「えぇ、映画で私のお店の魔道具も宣伝してもらえて、しかもお祭の売り場にも並べてもらえるのですから、それだけで十分過ぎるくらいですよ。それに、私のお店は少しくらい空けていても、そんなに人も来ませんし気にしないでください」

 

 そ、それは店として大丈夫なんだろうか……余計気になるんだけど……。

 

 今回ウィズに協力してもらうに当たって、彼女の店の商品の宣伝もすることになったのだが、これが中々の難問で、脚本担当のあるえの頭を悩ませることになった。

 何せ、ウィズの店で扱っている魔道具というのは、どれもこれも何かしら無視できない欠点のあるものばかりだからだ。

 

 しかし、そこは作家志望のあるえ。ウィズの魔道具を活躍させろという無茶振りにも応えてくれた。

 例えば、『誰でも初級魔法を一度使えるが、魔力が空になる』とかいう魔道具に関して、上手い策で敵に使わせ魔力を枯渇させるという使い方で活用したりしていた。

 ……なんかもう完全に、自分では使ってはいけない罠扱いされてるのがアレだが……。

 

 撮影の方は、ちょうどふにふら、どどんこの二人組の初登場シーンに入っていた。

 とりあえずメインとなるキャラは、めぐみん、ゆんゆんにこの二人を加えた四人組となっている。あるえは時々現れて四人を導く師匠的なポジションだ。

 

 ふにふらは意地の悪そうな笑みを浮かべて、

 

「なになに、あんた達、本気で魔王討伐とか考えちゃってるわけ? あはは、今時そんなの古いってばー。めぐみんもゆんゆんも変わり者だけど顔は可愛いんだし、お金持ってそうな男引っ掛けて生きた方が絶対楽しいって。ね、どどんこ?」

「うんうん、魔王討伐もお金にはなるんだろうけど、流石に危なすぎるしねー。やっぱり女の子なんだから可愛く生きたいでしょ」

「何が可愛くですか、あなた達はそれでも紅魔族ですか。そんな、男に媚を売って生きていくなんて私にはできませんね。ゆんゆんに至っては、男の前に人と話すこともままならないので、もっと無理ですし」

「ちょ、ちょっと! い、いくら何でもそこまで酷くないから! 少なくとも、男勝りで女の子らしさ皆無のめぐみんよりは、まだ私の方が男の人とお付き合いできる可能性も高いと思う!」

「なっ……い、言ってくれますね! 私が女としてゆんゆんに劣る!? いいでしょう、正直恋人とかはどうでもいいですが、女としての魅力で劣っていると思われるのは癪です。ここは一つ、どちらが魅力的なのか勝負といきましょうか!!」

「の、望むところよ! 魔法使いとしてはまだめぐみんには敵わないかもしれないけど、そういう勝負なら負けないわよ!!」

 

 絡んできたふにふらとどどんこを放置して、勝手にいがみ合う二人。

 そんな流れに、ふにふらとどどんこは顔を引きつらせて、

 

「えっ、ちょ…………へ、へぇ、面白そうじゃん! それじゃ、あたし達も混ざろっかなその勝負。女子力じゃ負ける気しないし! どどんことは良い勝負になりそうだけどね!」

「あー……う、うん、そうだね! めぐみん達には負けないよ!!」

 

 ふにふらとどどんこは焦っている様子だが、それもそのはず、実はこんな流れは台本には全くなく、完全にアドリブだからだ。

 最初のふにふら、どどんこのセリフはまだ台本通りだったのだが、その後めぐみんがゆんゆんを煽る辺りから全部アドリブだ。

 

 こうやって突然アドリブを入れるのは、めぐみん自身が型にはまるのを嫌って自由にやりたがるというのもあるのだが、実はゆんゆんの事を思ってという理由もある。

 まだ演技にぎこちなさがあるゆんゆんだが、こうして普段通りに近い会話を混ぜると、演技も割と自然になるのだ。普通はアドリブなんか入れられるとパニくってしまうものだろうが、ゆんゆんにとってめぐみんとの会話はそれだけ落ち着くものなのだろう……やっぱり百合百合しい……。

 

 あるえ監督の方も特に文句はないらしく、そのまま撮影を続けている。というのも、めぐみんはアドリブこそ入れるが、それで元の脚本から大きく外れたりはしないで、すぐに本筋に戻すからだ。

 こういう所を見ると、やっぱり頭の出来自体はいいんだなぁと思う。普段は頭おかしい事ばかり言うので中々気付かないが。

 

 めぐみんは自信満々の表情でふにふら達を見て、

 

「いいでしょう、それでは適当な男性審査員を集めて、四人の内誰が一番女として魅力的か勝負しましょう。もし私かゆんゆんが勝ったら、二人は私達の魔王討伐に協力してもらいましょう。使える駒は多い方がいいですし」

「え、ちょ、ちょっと待って、それ私のメリットなくなってない!? 魔王討伐だって、めぐみんが一方的に協力しろって言ってきたんじゃない! しかも駒ってなによ!!」

「友達になってあげるからと言ったら簡単に承諾してくれたのはゆんゆんではないですか」

「うっ……そ、それはそうだけど!」

「ちょっと、何もう勝った気でいんのよ! じゃあ逆にあたし達が勝ったら、めぐみん達には男漁りに協力してもらうよ。あんたら、一応顔はいい感じだから、色々使い道はありそうだし」

「まぁ、そうでしょうね。そこの腰巾着のどどんこは存在感がなくてあまり役に立ちそうにありませんし、私達を利用したいというのは分かりますよ」

「腰巾着!? 存在感がない!?」

 

 どどんこが半泣きになっているが、めぐみんは構わずにビシッとふにふらに指を突き付ける。

 

「しかし、勝つのは私です。確かにふにふらは毎晩毎晩様々な男性とヤリまくりのクソビッチですし、私達よりはずっと男性経験豊富でしょう。ですが、そんなものは本当の」

「待って! ねぇちょっと待って!! あたしって、『軽そうに見えて、実はゆんゆんのお兄さんに一途な女の子』って設定じゃなかった!? 勝手に人のキャラ設定変えるなっての!!!」

 

 ここで、黙って見ていたあるえ監督が溜息をついて、

 

「カットカット……ふにふら、流石にそれはないよ。私はメタは好きじゃないんだ」

「いやアドリブのつもりじゃないから! え、もしかして今のめぐみんのアドリブはオッケーなの!? あたし、クソビッチにされてるんだけど!!」

「……それじゃあ、ただのビッチじゃなくて『弟への禁断の愛を忘れようと色々な男に手を出すが、結局弟にも手を出してしまう』系のビッチというのは」

「どう考えても悪化してるからあああああああああああああ!!! わあああああああああああせんせええええええええええええええ!!!!!」

 

 俺は泣きついてくるふにふらを受け止め背中をぽんぽん叩いてやりながら、めぐみん達にジト目を送る。

 めぐみんやあるえに振り回されて泣き付かれるというのは、これまでもゆんゆんで何度かあったので、この対応も慣れたもんだ。

 

「お前ら流石にクソビッチ設定付けるのはやめろっての。12歳の女の子がヤリまくりとかエグいだろ苦情くるわ。それにふにふらだって、ビッチっぽいけど本当にビッチになるような奴じゃねえって」

「ビ、ビッチっぽいですかあたし!? うぅ……あたしビッチじゃないのに……先生以外とそういう事する気はないのに……」

「は!? あ、い、いや、俺が悪かった!! お前は全然ビッチでも何でもないから、こんな所でそういう事言うのはやめようか! なんかキツイ視線が飛んできてるから!!」

 

 めぐみんの冷たい視線はまだいいのだが、問題はその隣のゆんゆんだ。もう圧力が半端無く、そっちを見て確認することも恐ろしくてできない。今のゆんゆんの視線をまともに受け止めたら、指一本動かせなくなりそうだ。いつから俺の妹はメデューサになったんだろう……。

 あと、地味にウィズから送られるドン引きの視線も痛いです……。

 

 とにかく俺は、生徒達には時間がないからとさっさと撮影を続けさせ、何とか誤魔化す。

 問題は、先程までと比べて俺から若干距離を置いて、変質者を見るような目を向けてきているウィズなんだけど…………あ、そうだ。

 

「そ、そういえばさウィズ、この前魔王城で撮影した時にバニルって悪魔に会ったんだけど」

「あっ、バニルさんですか! 元気にしていました? まぁ、あの人のことですから、今でも相変わらずお城の人達をからかって困らせて楽しんでいそうですが」

 

 どうやら空気を変えることには成功したらしく、ウィズは懐かしそうに微笑んでいる。

 

「あぁ、元気過ぎるくらい元気だったぞ。やっぱり、ウィズが前に言ってた大悪魔の友人ってバニルのことだったのか。ウィズもよくあんなのと友達になれたよな、少し関わっただけでどっと疲れたぞ俺は……」

「あ、あはは……そうですね、私も人間だった頃はバニルさんにからかわれて何度も衝突していましたけど、慣れてくると案外平気なものですよ。あの人はああいうものだと割り切ってしまえるので」

 

 そ、そういうもんなのか……俺としては、あんなのと長く付き合いたいとは思わないけど……。

 あ、そうだ、そういえばバニルから伝言も頼まれていた気がする。

 

「あとバニルの奴、その内店を冷やかしに行くとか言ってたぞ。前にからかわれたし返しに、聖水のブービートラップでも仕掛けとこうぜ。俺も手伝うぞ」

「ふふ、そんなものに引っかかるバニルさんではないですって。また私が殺人光線で焦がされてしまいますよ」

「殺人光線って……しかも、またって言ったか今……なんつーか、魔王軍の幹部同士だと日常風景でもやる事が派手だな……」

「ちょっとやそっとでは死なない方ばかりですからねぇ。あ、でもバニルさんは人に殺人光線を撃ったりしませんから安心してくださいね。あの人は決して人を襲ったりしませんから!」

 

 ……人に撃たない殺人光線って何なんだよとかツッコミ所はあるが、ウィズがこう言うのだから信じてもいいのだろう。

 それにしても、ウィズだけじゃなくバニルも人には危害を加えないとか、こっちとしては助かるけど魔王軍的には人選をもう少し考えた方がいいんじゃ……まぁ、倒されずに結界だけ維持してくれればって事なんだろうけども。

 

 そういえば、あの日はバニル以外にもホーストという悪魔に出会った。

 あの悪魔もこちらを襲ってくる様子はなかったし、むしろこめっことは仲良くしてるみたいだったけど……。

 

「もしかして悪魔って、そこまで人類の敵ってわけでもないのか?」

「それは一概には言えませんが、少なくとも人間が滅んだりすれば、その感情を食す悪魔にとっても困ったことになりますからね。知能の低い下級悪魔は問答無用に人を襲ったりしますが、上位の存在になるほど無闇に襲ったりはしないはずです」

「あー、言われてみれば、ダンジョンにいるグレムリンなんかは普通に襲ってくるけど、バニルやアマリリスは直接危害を加えたりはしてこないな。つっても、アイツら嫌がらせは全力でやってくるから、精神衛生的にはグレムリンなんかよりずっと質悪いけどな……」

「あ、あはは……まぁでも、悪魔というのは契約を絶対視するものですから、誰かと何かしらの契約を結んでいる場合は、その内容によっては上位悪魔でも人に危害を加えることもあるので注意は必要ですね」

 

 ……なるほど。

 ただ、あのホーストという悪魔に関しては、こめっこの悪魔使いの才能に興味があるという話だった。実際にこめっこのことを体張って守ってたし、他の何者かとの契約が絡んでいるとかそういう事はないだろう。

 

 すると、ウィズは苦笑いを浮かべて俺を見て、

 

「それと、例え人間でも、他の人間に対して極端に害になる相手には容赦がなくなる悪魔というのもいますから、カズマさんも気をつけてくださいね? 正直、カズマさんに関しては『悪魔より悪魔らしい』という評判が誇張ではないと思う時が度々ありますので……」

「えっ……あ、は、はい、気をつけます……」

 

 マジか……魔王軍幹部から見ても悪魔っぽいのか俺……。

 悪さをし過ぎて悪魔にとっちめられるとか全然笑えないし、これからはもう少し真っ当に生きよう…………という努力はしよう。

 

 そうやって反省していると。

 

「ほら、ゆんゆん! 何をぼーっとしているんだい、次のシーン始めるよ」

「あっ、う、うん、ごめん!」

 

 あるえの言葉に、慌てて持ち場につくゆんゆんの後ろ姿を眺めながら俺は首を傾げる。

 

 最近のゆんゆんについて、少し気になる事がある。

 というのも、今みたいにふとした時に、どこか淋しげな微笑みを浮かべて、遠巻きにクラスメイト達の事を眺めているという事が多いのだ。

 

 ゆんゆんがこのクラスに入ったばかりの頃であれば、中々クラスの輪に入れずに楽しそうな光景を眺めている事しかできない、という事なのだろうが、今はもう状況が違う。

 相変わらず自分から輪に入っていくのは苦手みたいだが、クラスメイトの方がゆんゆんの事を受け入れてくれている。今ではめぐみんだけではなく、ふにふらやどどんこともお昼を一緒にする事も多いのだとか。

 これもきっと、俺がゆんゆんにヤンデレブラコンという強烈なキャラを付けてあげたお陰だろう、きっと。

 

 だからこそ、最近のゆんゆんの様子は、教師としてもお兄ちゃんとしても気になるのだが…………とりあえず、もう少し様子を見て事情を聞くかどうか決めるか。ゆんゆんも色々と難しい年頃だし、あまりズカズカと踏み入って嫌われたりなんかしたら相当凹むしな俺。

 

 

***

 

 

 数日後、俺達は次のロケ地に来ていた。

 

 水と温泉の都アルカンレティア。

 青を基調とした綺麗で清潔な街並みにはいくつもの水路が巡らされていて、底まで見えるくらいに透き通った水が流れ、キラキラと太陽の光を反射している。

 

 ……うん、街は綺麗なんだよ街は。

 しかし。

 

「仕事が辛いそこのあなた、今すぐ辞めましょう! 身分違いの恋に悩むそこのあなた、相手を引きずり下ろしましょう! アクア様の素晴らしい教えの下、人生を自由に生きたい方はぜひアクシズ教へ!」

「アクシズ教に入れば芸達者になれると言われています! とっておきの隠し芸があれば、気になるあの子の気を引いたり、上司からの『何か面白いことやれ』という無茶振りに対応できたり、本職の芸人を煽って楽しめたり、良い事尽くめですよ!」

「アクア様は、それが犯罪だったり、悪魔やアンデッド相手でない限り、全ての愛を認めてくださります! 幼い子が好きでもいいじゃない、可愛い妹やカッコイイお兄ちゃんが好きでもいいじゃない、というか別に相手が同性でもいいじゃない、むしろ人外でもいいじゃない! しかもアクシズ教徒は死後、アクア様によって、あらゆる性癖に対応した薄い本が溢れる素晴らしい世界に転生できると言われています! 特殊な性癖を持った同志よ、ぜひアクシズ教へどうぞ!」

「アクシズ教に入って悪魔やアンデッドをしばき倒しましょう! エリス邪教徒に嫌がらせをしましょう! ストレス解消に持って来いですよー!!」

 

 温泉以上にこの街の名物となっているアクシズ教徒は、今日も元気に布教活動に勤しんでいるようだ。

 俺の後ろでは、紅魔の里から初めてこの街に来た生徒達が、アクシズ教徒の勢いに圧倒されている様子だった。

 

 生徒達だけではなく、ウィズもこの街に来たのは初めてらしく、若干怯えた様子で半分俺の後ろに隠れるようにしながら。

 

「あ、あの、私、正体がバレたら大変なことになるのでは……」

「だ、大丈夫だろ、普通にしてたらバレないって……そんなに長くいるわけでもないし……」

 

 今日は映画の撮影としてここに来ているわけだが、せっかくなので、温泉宿で一泊していく予定だ。

 景観だけはこの国でも一、二を争うくらいに美しい街ではあり、映画のロケ地としては確かに適していると言えるのかもしれないが、あるえによると街並み以上にアクシズ教徒を撮りたいのだそうだ。なんかもう、珍獣か何かみたいな扱いだな。

 

 ちなみに、ぷっちんは来ていない。

 あんな姿を悪魔に厳しいアクシズ教徒に見られたらどんな事になるか分からないからだ。…………ぶっちゃけ俺は、アイツがアクシズ教徒に追われる様はちょっと見てみたかったけど、本人が頑なに拒否した。

 

 俺は知らない街にそわそわとしている生徒達の方を向いて、

 

「念の為に言っとくけど、どんな手を使われても入信とかすんじゃねえぞ。生徒をアクシズ教徒にしたなんて親御さんに知られたら、俺一発でクビだから。どうしても入りたいっていうなら、まず親御さんを説得してくれ。あと、ブラコンでも許されるとか聞いてチラチラ向こう気にしてるゆんゆん、妹がアクシズ教徒になるとか、お兄ちゃんは絶対許さないからな」

「き、きききき気にしてないから! ブラコンでもないから!! に、兄さんこそシスコンでも許されるって聞いて、内心入信したいとか思ってるんじゃないの!?」

「そんなわけあるか。そもそも、俺がそんなに周りの目を気にするような人間なら、もう少しまともに生きてるだろ。誰に何と言われようと、俺はシスコンを曲げる気はないぞ」

「に、兄さん……」

 

 ゆんゆんが頬を染めていると、めぐみんが呆れ顔で。

 

「何ちょっといい話みたいな感じになってるんですか、あなたの兄はドヤ顔で相当アレなこと言ってるんですが…………というか、先生って本質的にアクシズ教徒と似たものがありますよね」

「おいふざけんな、お前それ、今までで最悪レベルの悪口だからな分かってんの?」

 

 まったく、何て失礼なことを言いやがるんだコイツは。

 そりゃ俺も多少は好き放題に生きてるかもしれないけど、流石にアクシズ教徒よりはまだ常識ってものを持ってる…………と、思う。

 それに、俺は顔も知らない神よりは金を信じてる。この世は金と女と妹が全てだ。

 

 一方で、あるえはアクシズ教徒を興味深そうに見つめて。

 

「……思っていた以上だね。この人達、色々と強烈過ぎて、演技とかなしにそのままフィクションの世界にいても違和感ないよ。これは撮りがいがありそうだ」

「えっと、あるえ、それ褒めてるのかな……?」

「もちろん、褒めているよ」

 

 ゆんゆんが微妙な顔で尋ねるが、あるえは満足気にそう言い切る。

 そしてワクワクとした様子で俺の方を見ると。

 

「それでは早速撮りましょう。許可とかは取ってあるんですよね?」

「あぁ、そこら辺は事前に話付けてあるよ。街としても、宣伝になれば嬉しいって快く許可してくれた。そんじゃ、まずはめぐみん達のシーンからだよな?」

 

 そう言いながら、俺がカメラを取り出した時。

 

 ばばっと、布教活動に勤しんでいたアクシズ教徒達が一斉にこちらを見た。

 え、なに、こわっ!!

 

 アクシズ教徒達は目を輝かせながら。

 

「話は聞いてますよ、映画撮影の人達ですよね!? 今回は我々アクシズ教徒の勇姿を撮りたいのでしょう!? ではまず、主人公がアクシズ教の素晴らしさに気付き、入信するシーンから撮りましょう! あ、入信書はこちらで用意してありますので大丈夫ですよ!」

「ロ、ロリっ子! とんでもなく可愛いロリっ子が沢山いるぞ!! はぁ、はぁ……お、お嬢ちゃん、もしよければ僕のこと『パパ』って読んでくれないかな……?」

「ロリだけじゃないぞ、こっちのお姉さんもとんでもなく美人さんだ! あの、頭撫ででもらってもいいですか? あ、そうだ、じゃあ俺、お姉さんの弟役……いや、子供役をやるぞ! これなら思う存分甘えられる!!」

「だああああああああああ、落ち着け狂信者共!! あと、あんたどう見てもウィズより年上だろ、これはシュール系の映画じゃねえんだよ!!!」

 

 甘かった。

 アクシズ教は決して大きな宗派ではないのだが、信者の布教意欲だけはこの国で随一と言ってもいい。それはこの街で毎日行われている強烈な布教活動を見ても理解できるだろう。

 そんな信者達に映画の撮影を申し込んだらどんな対応をしてくるか…………これは少し考えれば分かることだった。

 

 俺は騒いでいるアクシズ教徒達に大声で、

 

「とにかく、脚本はもう決まってんだよ、頼むから俺達の言う通りに動いてくれって。謝礼はちゃんと出すから!」

「謝礼なんていらない! せっかくアクシズ教を宣伝できる機会なんだ、これを逃す手はない! よし、じゃあ早速邪悪なるエリス教を滅ぼすシーンを撮ろうじゃないか!」

「だから話聞けっての! 話はもう決まってるって言ってんだろうが!! 大体、そんなエリス教を悪者にする話なんか作れるわけが」

 

 その時、あるえが。

 

「ふむ、めぐみん達がアクシズ教と協力してエリス教を倒す……か。そういう方向性もアリかもしれないね」

「は?」

 

 思わず唖然としてあるえの方を向いて固まってしまう。

 こいつ、今何て言った? いや、流石に冗談だよな……もし本当にそんな話に変更するつもりなら全力で止めるが。

 

 

***

 

 

 とりあえず、まずは平和な観光シーンから撮影が始まる。

 前方ではめぐみん、ゆんゆん、ふにふら、どどんこの四人が自然な感じで演技をしていた。

 めぐみんは興味津々な様子で辺りを眺めながら、

 

「さて、さっさと傷によく効くと言われている温泉に入って、魔王軍狩りに戻りますよ。私達の居場所は戦場なのですから」

「それ完全に女の子のセリフじゃないでしょ……いーじゃん、いーじゃん、せっかくの温泉街なんだから、ちょっとはゆっくりしていこうよ」

「流石はビッチのふにふら、こんな所でも男漁りですか」

「ビッチじゃねーから! あたしはカズマさん一筋だから!!」

「ま、まぁまぁ、二人共。でも私も少しはゆっくりしたいかなー。ほら、ゆんゆんだって、温泉楽しみって言ってたし」

「う、うん……めぐみん、みんな戦いばかりじゃ疲れちゃうしさ…………ね?」

「…………はぁ。仕方ありませんね、そこまで言うなら付き合ってあげますよ」

 

 映画の設定では、打倒魔王を目論むめぐみん一行が、戦いの傷を癒やす湯治の為にこの街に訪れたということになっている。

 

 めぐみん達以外の生徒達は別行動をしている。

 大勢でぞろぞろ歩くというのも目立ちすぎてしまうだろうし、とりあえずメインキャストのシーンを中心に撮って、他の者達は時間ごとに適宜集まるみたいな感じにして各々観光に繰り出して行ったというわけだ。

 

 当然、俺はのんびり観光というわけにもいかなく、あるえと一緒に常に撮影を手伝う……というか、俺自身がカメラを持って撮ることに。

 

 周りの人達には出来るだけ自然に振る舞ってくれと言っている。

 とは言え、それを大人しく聞くアクシズ教徒ではない。

 

「聞きましたよ、旅の方! 魔王討伐を目指しているのであれば、ぜひアクシズ教に! アクシズ教の教えには『魔王しばくべし』というものもあって、あなた方にピッタリだと思いますよ!! それに、魔王軍もアクシズ教の神聖な力には恐れを抱いていて、この街も全然襲われないのですよ!!」

「えっ、いえ、私達は湯治に来ただけで、特に入信とかするつもりは……」

「いやいや、そう言わずに! それに、見たところ、君達二人は何やら友人以上の親密さを感じるけど、そこもアクシズ教に合ってると思うんだ。何故なら、アクシズ教はそこに愛があれば同性愛も認めているからね!」

「「は!?」」

 

 突然の百合扱いに、めぐみんとゆんゆんが演技も忘れて驚愕の声をあげる。

 やっぱり、初めて見た人にも百合百合しく見えるんだなこの二人……もう諦めてそっちの道に進むってのもありだと思うけどな、俺は応援するぞ。

 

 あと、この街が魔王軍にも恐れられているというのは本当なのだが、その理由としてはアクシズ教徒の神聖な力というより頭のおかしさにあったりする。

 

 すると、アクシズ教徒の言葉を受けて、ふにふらは何かを思い付いたのかニヤリと不敵な笑みを浮かべて、

 

「……ふふ、他の人から見てもそう見えるんだってさ二人共。あー、やだやだ、お熱くて敵わないなー、温泉でも裸でイチャイチャしてるんだろうなー。あんまり見せつけないでね二人共、反応に困るから」

「ぶっ!!! ちょっ、ななななな何言って……べ、別に私とめぐみんはそんな……!!!」

「い、言ってくれますね……! あなたこそ、混浴で男性といやらしい事をして大声で喘いだりしないでくださいよ! こっちまで恥ずかしいですから!!」

「はぁ!? あんた本当にあたしの事なんだと思ってんのよ!! 大体、エロい事だったらめぐみんの方が沢山してんじゃん!!! 友達のお兄さん押し倒して乳首舐るとか完全に痴女じゃん!!!」

「舐ってませんから!! ちょっと触っただけですから!!! あとそういう事言うと、ゆんゆんの目から光が消えるんでやめてもらえませんか!?」

「ふふ……大丈夫よめぐみん、私は別に……ふふ…………」

「て、ていうか、皆ちょっと落ち着こ? 特にふにふらとめぐみん、声大きいから……!」

 

 とてつもなく居心地悪そうに、どどんこが言う。

 当たり前だ、年端もいかない少女の会話じゃないし、周りも何事かとこちらを見ている。そりゃそうだよな、映画の話って知っててもこのセリフはアレだよな……。

 

 その時だった。

 

 

 そうやって注目されている少女達に、はぁはぁと息を荒くして興奮した金髪の女性プリーストが、もう我慢できないとばかりに近寄ってきた。

 

 

「お、お嬢ちゃん達、エロいことに興味あるの? それなら是非アクシズ教に! お姉ちゃんが手取り足取り教えてあげるわ……!」

「おいコラ、俺の生徒から離れろ変態!!」

 

 一瞬でこれはダメだろうと判断し、俺は撮影を中断して慌てて間に割って入る。

 この人、たぶんこれが映画の撮影だって分かってない。少し周りを見ればカメラが回っているのは分かるはずだが、それに気付かないくらいにめぐみん達を凝視している。

 というか、めぐみん達を見る目がマジでやばい。完全に獲物を狙うそれだ。見た目だけは普通に美人なのに……。

 

 変態プリーストは、急に出てきた俺に少し驚きつつも、警戒した様子で。

 

「『こいつらは俺の獲物だ手を出すな』……ってことね。分かったわ、じゃあ全員とは言わないから一人だけ私にちょうだい。この小さくて短髪の可愛らしい子を!」

「めぐみんか…………しょうがねえな、それで手を打ってやる」

「えっ!?」

「決まりね! うへへ……めぐみんさんっていうの? 大丈夫、安心して、お姉さんが優しく教えてあげるから……!」

「何を教えるつもりですか!? て、ていうか先生! 平然と生徒を売るとか、どこまで鬼畜なんですか!!!」

「いや、何となくノリで。あと、いつも俺を舐め腐ってるお前の怯える顔って見てて楽しいし」

「最低ですこの男!!!」

 

 そう言いつつも、めぐみんは変態プリーストから隠れるように、俺の後ろに回ってギュッと服の裾を握ってくる。

 気付けば、めぐみん以外の三人も目の前の変態を警戒して、俺の後ろに隠れていた。あるえだけはマイペースにこの光景を眺めて…………いや、こいつ、カメラ回してやがる……!

 

 変態は俺とめぐみん達を交互に見て、ギリッと奥歯を鳴らす。

 

「……既に調教済みってわけね。くっ、私の入り込む余地はないっていうの……!?」

「ちょっと待て誤解を生むような事言ってんじゃねえ! 何が調教だ、俺はこいつらの先生だっつの!!」

「そういう設定で心置きなく調教しているという事ね! なるほど、その手が……!!」

 

 もうコイツは物理的に黙らせた方がいいかもしれない。

 そう考えて拘束スキルでも使おうかと考えていると。

 

 

「退いた退いた! 幼い少女に卑猥なことをしようとしてる者がいると通報を受け…………またお前かセシリー!!」

 

 

 くっ、警察か……!

 

 こっちはただ変態に絡まれただけの被害者なんだが、その前にめぐみん達が卑猥なことを言っていたのは確かだし、監督者として俺に変な目を向けられる可能性はある。

 撮影に関しても許可は取ってあるのだが、内容については王道な魔王討伐物としか言っておらず、12歳の女の子が平然とビッチやら何やら言う映画だと知ったら色々とマズイことになるかもしれない。

 

 すると、セシリーと呼ばれた変態が苦々しい表情を浮かべて、

 

「ちっ……相変わらず来るのが早いわね…………こっちよ!」

「は!? あ、おい!!」

「待てええええええええええええええええ!!!!!」

 

 急に腕を取られ、俺は引っ張られるように路地裏に連れ込まれる。

 めぐみん達も俺の後をついてきていて、結局、全員で警察から逃げる形に。

 

 なんか納得いかねえ……!

 

 

***

 

 

「なるほど、つまりポルノ映画の撮影中だったというわけね。でも、こんなロリっ子達を出演させると警察がうるさいわよ? アクシズ教徒はロリっ子が大好きな人が多いし、結婚可能年齢の引き下げなんかもずっと訴えているけど、中々認められないし」

「ポルノじゃねえよ、全年齢向けだって。つか、結婚可能年齢引き下げって、まさかこいつらの年齢くらいまで下げろとか言ってんじゃねえだろうな。そんなもん通るわけないだろ」

「甘いわね、アクシズ教徒の間では『年齢一桁の嫁が欲しい!』という意見も多いわよ」

「アクシズ教は滅びた方がいいと思う」

 

 そんな俺の言葉はジョークか何かと思われたのか軽く笑って流しながら、目の前の変態プリーストは自分の胸に手を当てて、

 

「自己紹介が遅れちゃったわね。私はアクシズ教の美人プリーストのセシリー、好きなものはところてんスライムと可愛いロリっ子と私を養ってくれそうな年下のイケメンよ。よろしくね」

「それ聞いて、ますますよろしくしたくなくなったぞ」

「大丈夫、大丈夫。あなたはイケメンじゃないし狙わないってば」

「そっちじゃねえよロリっ子のくだりだ! つかイケメンじゃなくて悪かったな!!」

 

 何とか警察を撒いた俺達は、セシリーの案内の下、人気の少ない路地裏を通ってアクシズ教本部の大教会へと向かっている。

 本当はそんな所に行きたくないのだが、あるえが映画の為にどうしてもと言うので仕方なくだ。確かに大教会ってのは映えるかもしれないけどさぁ……。

 

 そのあるえは、俺達から少し距離を置いて後ろを歩いている。見た目ではただぼーっと付いてきてるだけのように見えるが、セシリーの様子を観察しながら度々メモを取っているようだ。ここまで濃いキャラだと創作においても参考になるものがあるのだろうか。

 めぐみん達とセシリーが軽く自己紹介をしている間に、俺はあるえに近付いてヒソヒソと、

 

「……なぁ。やっぱアクシズ教徒を出演させるのってヤバくないか? 存在自体が放送事故みたいなもんだろこれ」

「使えそうにないところは後でカットするんで大丈夫ですよ。それにこの人、いい感じに頭のネジがぶっ飛んでて、特に演技とかしなくても映画的に良いキャラしてると思いますよ」

「強烈なキャラってのは認めるけど……強烈過ぎて映画のジャンルごと変えられそうなんだよな……」

 

 そうやって話し合っていると、ふとセシリーがこちらを振り向いた。

 どうしたのだろうと首を傾げると、何故かセシリーはニヤニヤとし始めて、

 

「……へぇへぇ、あなたの本命はその発育の良さそうな子ってわけね。いいわ、あなたカズマさんって言ったわね? その子はあなたに譲ってあげるから、他の子は私にちょうだいな」

「コイツは本命じゃないし、他もやらねーよ。何度も言ってんだろ俺は教師だって」

「えっ、子供に近付いてエロいことしたい人が教師になるんじゃないの?」

「お前、この世界の教師全員からボコボコにされても文句言えないような事言ってんぞコラ」

 

 まぁ、少なくともこの国で学校という教育制度を採用しているのは紅魔の里くらいなので、教師の数というのもそんなに多くはないのだが、それでもこんな酷すぎる偏見を聞けば里の教師達は一斉に魔法をぶっ放すだろう。あと、アイリスの教育係も務めているレインみたいな常識人もいるわけだし。

 

 しかし、セシリーはまだ納得していない様子で。

 

「んー、じゃあお嬢ちゃん達は、この先生からエロい事とかされたことないの?」

「当然ありますよ。私は先生と一緒の布団に寝かせられたり、押し倒されて胸も見られましたから」

「私も兄さんには着替え覗かれたり胸揉まれたりは日常茶飯事ですね……」

「い、言い過ぎだって! あたし達は一度パンツ取られたくらいだし……ねっ、どどんこ!」

「う、うん、パンツ取られたのはあの時だけだし、いつもはちょっと覗いてくるだけだから、そんなに気にしてないし!」

「……ちょ、ちょっと待て。あのな、これは、その……」

 

 とてつもなく腹立つドヤ顔で、それ見たことかとこちらを見るセシリーに、俺は中々言葉を紡げないでいる。

 いや、俺は別に生徒にエロいことをする為に教師になったわけじゃなく他に目的があるし、そういうセクハラは単に暇つぶしというか娯楽というか…………うん、どっちにしろ酷いな。とんでもない教師じゃねえか俺、よくクビにならないな。

 

 すると、セシリーは何故か表情を穏やかなものに変え、ぽんと俺の肩に手を置くと。

 

「いいのよ、私は最初から分かっていたから。その身にまとう欲望にまみれた雰囲気、どこか私達と似て」

「に、似てない! 似てないから!! 俺はお前らと比べたらずっと常識人だから!!」

「大丈夫よ、アクア様は全てを許してくださるわ。教師という立場を利用してロリっ子にエロい事するのも、私のことを冷たく扱いながらも、ちらちらと胸を見てくるのも……」

「みみみみみみ見てねえし! な、なんだよお前らまで……ち、違うからな!! 変態のくせに良い体してるなとは思ったけど、そんなに何度もは見てねえから!!」

「カズマさん、やっぱり私、あなたにはこれが必要だと思うの」

 

 何やらセシリーがご機嫌な様子で、何かを手渡してくる。

 今度は何だと、手にしたそれに目を向けてみると。

 

 ――アクシズ教団入信書。

 

「だあああああああらあああああああああああああああああ!!!!!」

「あああああああああああああ!!! 何てことを!!!!!」

 

 俺は入信書をビリビリに破いてゴミ箱に投げ捨てると、肩を怒らせてずんずんと先へ進む。

 もうホント嫌だこの街! さっさと帰りたい!!

 

 セシリーはなおも食い下がってきて、

 

「じゃあこうしましょう! もし入信してくれれば、パンツ大好きなカズマさんには、この美人プリーストのパンツをあげるわ!!」

「…………いくら美人でも、変態のパンツなんざいらねえよ!」

「今ちょっと間がありましたね、ゆんゆん」

「うん、迷ったんだろうね、兄さんだし」

 

 後ろの二人がうるさい! 迷ってないし少ししか!

 セシリーはそんな二人の言葉に気を良くしたのか、

 

「カズマさんはあれね、結構素直じゃないというか、ツンデレ成分多めって感じね! 私のことだって、口ではそう言っても内心ではかなり気があるパターンと見たわ! でもごめんなさい、いくら何でも入信する代わりに結婚してほしいとか、私の熟れた体をメチャクチャにしたいとかそういうのは……」

「俺、お前がホントに嫌い」

「ふふ、分かっているわ。ツンデレさんの言う『嫌い』は好きの裏返しで」

「俺、お前がホントに嫌い」

「…………あ、あの、流石にお姉さんもゼスタ様みたいに何でもイケる性癖を持ってるわけじゃないから、そんな目で見られると結構傷付くのだけど……」

 

 俺の心からの想いが通じてくれたらしい。良かった良かった。

 

 

***

 

 

 セシリーと頭の痛くなるやり取りをしている内に、アクシズ教団本部の大教会が見えてきた。

 

 本部というだけあってその大きさの他に、アクシズ教のシンボルカラーである青色に明暗をつけて絶妙なタッチで塗り分けてあったり、思わず目を奪われる美しい幾何学模様に水を流して一つの芸術作品のように仕立てあげていたりと、観光名所として十分過ぎる程に優れている。そういえば、アクシズ教徒は芸術に関する腕が上がるとか聞いたことがあるな……。

 

 これで肝心の信者の方ももっとまともなら、アクシズ教もエリス教と同じくらい大きくなれたんじゃないかなぁと思いながら教会に入ると。

 

「あ、カズマさん! 奇遇ですね!」

 

 教会内には、俺達と別れて観光していたウィズと生徒数名がいた。

 まぁ、これだけ立派な教会なのだから、観光目的で見に来ていても不思議ではないか。

 

 セシリーは両手を頬に当てて恍惚とした表情で、

 

「何ということでしょう、ロリっ子が増えたわ! ここは天国なの!? ふふふ、これはきっと、日頃の行いが良い私へのご褒美というやつね……感謝しますアクア様!」

 

 そんなセシリーに、他の男性信者達が、

 

「おい、全員独り占めするつもりかよ! この子達は俺達の方が先に知り合ったんだぞ!」

「そうだそうだ! 大体何が“日頃の行いが良い”だ! この前のエリス教会への嫌がらせの落書きだって、描き終える前にエリス教徒に追い回されたくせに!」

「くっ……それを言ったら、あなた達だってエリス教の女プリーストに踏まれて満足してただけじゃない! 本当だったら、その足を舐めるところまでやる予定だったのに! そもそも、あなた達は条例で子供に近付くことを禁止されていたでしょう!」

「ふっ、甘いなセシリー。あの条例には子供と書いているだけで具体的な年齢は書いていなかった! 聞くところによると、この子達は12歳だそうだ。そう、ちょうど子供から大人への変化を始める時期! つまり、完全な子供とは言えないわけで、例え俺達が近付いたとしても完全にクロとは言えない! グレーゾーンってやつなんだ!!」

「なっ……なんてことなの……! 条例にそんな抜け道が……確かに、12歳というのは完全に子供とは言い切れない、背徳感が唆られる魅惑的な時期……!」

 

 もうこいつらまとめて通報してやろうか。

 そんな事を考えていると。

 

 

「おや、これはまた可愛らしい方々がいらっしゃいましたね。この教会もいつもよりずっと華やいで見えますな」

 

 

 奥から白髪交じりのおじさんが、それはもう幸せそうな笑顔を浮かべてこちらへやって来た。

 隣には秘書らしき女性を連れている事から、それなりに偉い人なのかなと予想する。

 

 おじさんは両手を広げて歓迎の意を示して、

 

「当教団へようこそ。私はアクシズ教最高責任者のゼスタと申します。もしやとは思いますが、その左眼……噂のオッドアイの紅魔族、カズマさんでは?」

「えっ、そうですけど……俺のこと知ってるんですか?」

 

 このおじさんことゼスタが予想以上に大物であったことにも驚いたが、それ以上に俺のことを知っているということに驚きだ。

 紅魔の里に一番近い街ということで、里とこの街の間に交友関係があるのは確かだけど、俺はアクシズ教徒とはなるべく関わらないように生きてきたんだけどな……。

 

 するとゼスタは感慨深げに一度頷くと。

 

「えぇ、えぇ。よく聞いておりますとも。超高レベル冒険者にして、大商人、そして様々なスキルや財力を使ってセクハラ三昧……国随一の変態鬼畜男、カズマさんでしょう! 我々アクシズ教徒とよく似た性質を持っていると聞いて、常々お会いして教団に引き入れたいと思っていたのですよ!」

「おい待てコラ! 俺がアクシズ教徒に似てる!? 誰だそんなふざけた事言った奴は!!」

「占い師のそけっとさんです。この街には度々占いを届けてもらっているのですよ」

「なっ……そ、そけっとかよ……」

 

 た、確かにそけっとには色々とやらかしてるし、多少は言われてもしょうがないかもしれないけど、いくら何でもアクシズ教徒と同類にされるのは……!

 とにかく、ここはハッキリ言っておかなければいけない。

 

 俺は荒ぶった気持ちを落ち着ける為に一度深呼吸する。

 

「あの、俺、実際はそこまで酷くありませんから。噂が一人歩きしてる部分もかなりありますし。だから、別にアクシズ教徒に似てるっていうこともなくて……」

「いえいえ、そんなご謙遜を。魔法でこっそり女性の体を測定し、その情報からほぼ現実と変わらない程に高精度なセクシー写真を生み出す製法など、並大抵の人間からは出てこない発想で本当に感服いたしました!」

「いっ!? ちょ、待っ……」

「他にも目当ての女性が歩く先で、姿を消す魔法を使った状態で寝転ぶことで、踏んでもらえる上にスカートであれば下着まで見られるという美味しい作戦を実行したとか。実はその手法、勝手ながら我がアクシズ教団でも取り入れさせてもらっていまして、エリス教の美人プリーストへのセクハ……聖戦においてとても役に立っているのですよ。我々は姿を消す魔法は使えませんが、それでもあのプリーストが涙目になりながら踏んづけてくる様といったら、それはもうたまらないものです」

「そ、それはぶっころりーのバカが『そけっとにゴミのように踏んでもらいたい』とか言い出したから、ちょっと助言してやっただけで、俺は別に何もやってねえから! あと勝手に俺を共犯みたいにしてんじゃねえ!!」

「まぁまぁ、カズマさんは今更このくらいの事を気にするような人ではないでしょう? なにせ、擬似おっぱいなる物を作る時に、こっそり妹さんの」

「あああああああああああ!!! 分かった、もう分かったから!! 頼むから少し黙ってくれ!!」

「ねぇちょっと待って兄さん、その人、最後にとんでもない事言おうとしたような気がするんだけど」

 

 ゆんゆんのジト目から必死に逃れようとする俺。

 でもしょうがないんだ……擬似おっぱいってのは酒入った時の悪ノリで作ろうとか思ったものだけど、参考にできる良い見本が身近にあったってだけなんだ……!

 ていうか、そんな事までそけっとに言った記憶は…………あー、でも時々酒の席で調子乗って色んなことぶちまけちまってるな……。

 

 俺は生徒達やウィズからのゴミを見るような目から逃れるように軽く咳払いをすると。

 

「あー、それにしても、最高責任者の人がこんなにのんびりしていていいんですか? それだけ偉い人になると、色々と仕事もあるんじゃ……秘書っぽい人も連れてるみたいですし」

「いえ、正直そんなに忙しくしているわけじゃないんですよ。まぁ、今日はもう暇つぶ……仕事でエリス教会の前で暗黒神エリスのパッド疑惑について十分に説いて、美人プリーストの顔を真っ赤にして激怒させてきましたから。それに、そこのお嬢さん方には危ない所を助けていただきましたし、何かお礼をしたいと思っていたのですよ」

「ホントろくでもない事してんなあんたら…………ん、危ない所を助けた? ウィズ達が?」

 

 俺とあるえは、映画のメインキャストであるめぐみん達に付いて行って撮影していたので、別行動をしていたウィズと数人の生徒達がどこで何をやっていたのかは当然知らない。

 俺はゼスタの言葉を確認するようにウィズ達の方を見るが、何故か気まずそうに目を逸らされてしまう。

 

 首を傾げている俺に、ゼスタはにこやかに、

 

「えぇ、これ程までにナイスバディな美女や可愛らしいロリっ子の集団を見かけて居ても立ってもいられなくなりまして、ちょっと唾液でもいただこうかとお願いしたのですが、警察に見つかってしまい連行されそうになりまして」

「…………」

「そんな時、そこの優しいお嬢様方が『そこまで気にしていないから』と、この私に救いの手を差し伸べてくださったのです!」

 

 話を聞いてドン引きした俺は、ゼスタではなくセシリーの方を向いて、

 

「なぁ、本当にこの人が最高責任者なのか? 俺が言うのも何だけど、ただの変態にしか見えないんだけど」

「うーん、まぁ、この人が多少アレなのは私達がよく分かってるけど、信仰心はアクシズ教徒の誰もが認めてるわよ。あと、こう見えて中々の実力者だったりするのよ。高レベルのアークプリーストだし」

「えっ、アークプリースト? マジで?」

 

 アークプリーストと言えば相当なレア職であり、三年冒険者やってきた俺も数えるくらいしか会ったことがない。

 元々プリーストは冒険者パーティーでも人気の職業で、パーティーの生存率に直結する重要な役割を担っている。その上級職ともなれば、どこも喉から手が出る程欲しがるもので、一度王都で流れのアークプリーストがパーティー募集の貼り紙をギルドの掲示板に貼ったのを見たことがあるが、それはもう凄い取り合いになったものだ。

 

 そう感心していたのだが、何故かゼスタは憂鬱そうに溜息をついて、

 

「ただ、この力を役立てる場面があまりないのですよ。悪魔やアンデッドがこの街に寄り付くこともないですし、たまに教会を訪れる怪我人なども私の治療を嫌がるのです」

「治療を嫌がる? アークプリーストのヒールなんて誰でも喜びそうなもんだけど」

「えぇ、不思議なものです。何でも、私に任せると治療中に必要以上に体をベタベタといやらしく触られるから嫌だとか言われたのですが、冒険者達の健康的な体が無防備に私の目の前に晒されているのに、手を出さないというのもおかしな話でしょう?」

「…………まぁ、一理あるけど」

「一理あるの!? やっぱり兄さん、アクシズ教徒と相性良いんじゃない……?」

「だから俺をこんなのと一緒にすんのはやめろ。俺だったら『あれ、触りすぎじゃない? でも、こんなものなのかな……』みたいに絶妙なラインで楽しむ。常に欲望全開でやりたい放題なアクシズ教徒とは天と地の差があるんだよ」

「すいません、そこまで差があるようには思えないのですが……というか、先生は学校でセクハラやら何やら相当やりたい放題ではないですか。駆け引きとかしてないでしょう」

「いやお前らへのセクハラは半分以上反応を楽しんでるだけだしなぁ。別にドキドキもしないし。俺が駆け引きをするのは、子供相手の遊びのセクハラじゃなくて、恋愛対象内の女の子相手の本気のセクハラだけいてえ!! いてえって!!!」

 

 俺の言葉を聞いた生徒達が、一斉に俺の脛を蹴り始めた。

 な、何でこんなに怒られんだよ! どっちかというと、こいつらを恋愛対象に見てて本気のセクハラしてる方がヤバイだろ!

 

 そんな事を思っていると、ゆんゆんが恐る恐るといった感じでウィズに、

 

「あの、ウィズさんは兄さんとは商人仲間で、関わることも多いんですよね? 兄さんに何かされたりは……」

「えっ……あー、その……」

「何もないって! そうだよなウィズ!?」

「兄さんは黙って」

 

 こちらに少し気まずそうな目を送るウィズに対して慌てて口を挟むが、ゆんゆんがピシャリと遮ってしまう。

 するとウィズ言い難そうにしながらも、ぽつりぽつりと。

 

「えっと……おそらく気のせいだとは思うのですが、何だかボディタッチが多いなと思うことが何度か……。カズマさんとは一緒にダンジョンに潜ったりもするのですが、暗いから手を繋ごうと提案してくださる事があって……でも、カズマさんは私が暗視能力を持っている事を知っているはずで……」

「……へー。ふーん。兄さんも千里眼スキル持ってるし、暗闇でもちゃんと見えるはずだよね?」

「い、いや、俺の千里眼の暗視はウィズと比べると心もとなくてな! だから念の為に……あの、信じてない?」

「ウィズさん、他に何か思い付くことは?」

「その…………じ、実は一度、私の……あの、し、下着がどうしても欲しいと土下座されたことがありまして……何でも、やんごとなき事情があるとか何とかで……」

「…………」

「ちがっ、き、聞けってゆんゆん! それはマジでちゃんとした理由があってだな、魔王軍幹部のベルディアを罠にはめる為にウィズのパンツが必要で…………ほ、本当だって!!」

 

 いよいよゆんゆんが掴みかかってきそうな空気を出し始め、他の生徒達はドン引きの表情を浮かべている。

 しかし、ウィズの下着はベルディアと戦う為に必要だったというのは本当で、別にやましい気持ちは……少ししかなかった。

 正直に話さなかったのは、一応ウィズも魔王軍幹部でベルディアとも知り合いだったので、協力してくれないかと思ったからだ。

 

 ウィズは少し驚いた顔で、

 

「ベルディアさん……ですか?」

「あ、あぁ。ほら、ベルディアの奴が相当なムッツリで、そういうのに弱いってのはウィズも知ってるだろ?」

「……た、確かにそうでしたが…………まさかそんな事に使われていたなんて……い、いえ、カズマさんには普段からとてもお世話になっているので、お役に立てたのであれば良いのですが……」

「そ、そっか、そう言ってくれると助かるよ! よし、ゆんゆん、これで分かってくれただろ!? 俺は別にウィズにセクハラしてるわけじゃないんだ!」

「…………何だか凄く納得いかないんだけど」

「何かと口実を作りながらいかがわしい事をする辺り、先生の微妙なヘタレっぷりが見え隠れしていますね」

 

 めぐみんの呆れた声に、俺は若干カチンときて手をワキワキとさせる。

 

「堂々とセクハラすれば鬼畜だ変態だって言うくせに……今度からお前へのセクハラはもっと凄いことしてやろうか」

「ふ、ふん、やれるものならやってみるがいいです。例え相手が私でも、一線を越えることはできないくせに。あの夜のこと、忘れたとは言わせませんよ。いつもはパンツを覗いたり盗ったりとやりたい放題なくせに、いざ本当に私とそういう事ができる空気になったらあれだけ動揺して」

「お前それ外で言うのマジでやめろって!!! 本当に逮捕されかねないから俺!! ちょっ、ウィズ、違うんだって、これには深いわけが…………ん?」

 

 ウィズが顔を引きつらせて「ついにそこまで……」とか呟きながら、俺から距離を置いていたので必死に弁解しようとしていたのだが、ぽんっと後ろから優しく肩に手を置かれた。

 振り返ってみると、そこには妙に穏やかな笑みを浮かべたゼスタと、悔しそうな表情を浮かべたセシリーがいて、

 

「大丈夫です、カズマさん。私はあなたの理解者ですよ。そう、愛というものに年齢など関係ないのです……つまり、小さい子を愛でる事を悪とする風潮がおかしい! ロリコンの何が悪いのでしょうか!!」

「くっ、嫌な予感はしていたけど、まさかめぐみんさんが攻略済みとは……! …………いいわ、今は私の負けを認めてあげる。めぐみんさんもしばらくはあなたに預けるわ。その代わり、ロリっ子とそこまで進展させられるテクニックを教えてちょうだい!! 一体どんな手を使ったの!?」

「や、やめろぉ!! 同士っぽく絡んでくるんじゃねえ!!! 俺はお前らとは違うって言ってんだろうが、これ以上俺の悪評を増やすな!!!」

「兄さん、最近では鬼畜とか変態とか言われても開き直ってたのに、アクシズ教徒と一緒にされるのは本気で嫌がってるわね……」

 

 当たり前だ、この世界において「お前アクシズ教徒みたいだな」とか言われてキレない奴なんてまずいない。酷すぎる暴言だ。

 するとここで、居酒屋の娘ねりまきが苦笑いを浮かべて、

 

「先生のセクハラといえば、ウチに飲みに来る時なんかは絶好調ですよね。お酒の席のことなんで多少は仕方ないかもしれないですけど、もう少し自重してもらえると助かります……」

「ねぇ兄さんはどれだけやらかせば気が済むの? 私はどうすればいいの?」

「ま、まて、ねりまきも言ってるけど、人間酒が入るとちょっとやり過ぎちまう事もあってだな……それに、あの店では他の客のセクハラを止めることもあるんだぞ俺! なっ、ねりまき!」

「え、えぇ、でもその後助けた女性の近くに居座って、その人にとってセクハラだと思われない程度のボディタッチを探っていくというのはどうかと……」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 ゆんゆんの冷たいの瞳の前に深々と頭を下げる俺。

 しかし、ねりまきの暴露は止まらない。

 

「あと、酔っ払ったそけっとさんを煽って服を脱がそうとするのもちょっと……あの人酒癖悪くてすぐ大胆になるんですから……」

「…………」

「本当にごめんなさい」

 

 ゆんゆんの瞳がいよいよ絶対零度に達しようとしていたので、俺は素早く土下座に移行する。

 いや、最初はぶっころりーとかと一緒にノリで「脱げ脱げー」って騒いでただけなんだけど、そけっとが本当に脱ぎ始めたから、それ以降味をしめちゃっただけなんだ……ぶっころりーの奴は鼻血吹き出して倒れるし。どんだけ純情なんだアイツ。

 

 そんな俺を見て、ゼスタが何故か目を輝かせる。

 

「これ程までに可愛らしい妹さんにゴミを見るような目を向けられながら土下座とは何と羨ましいご褒美でしょうか……ま、まさか、それを見越してわざと怒らせているのですか……!?」

「あんた本当に何でもアリだな頼むからちょっと黙ってくれ」

 

 ダメだ、頭がおかしいと有名なアクシズ教徒の中でも、このおっさんは相当やばい。話していると、こっちまでおかしくなりそうだ。

 なんかあるえが撮りたくてうずうずしているのが見えるが、これは一般公開しちゃいけない類のものだろう。こんなキャラ、全てがアウト過ぎて使い物にならないと思うんだけど。

 

 しかし、あるえはおもむろに一歩踏み出して、

 

「あの、実は私達、映画撮影をしていまして。もしよろしければ、アクシズ教徒の代表としてゼスタさんを中心に、いくつか撮らせてもらってもいいですか?」

「おや、映画の話は聞いていましたが、あなた方がそうだったのですか! えぇ、もちろん喜んでお受けしますよ! 助けていただいたお礼もしたいですし、何よりこんなロリっ子達と一緒に映画に出てアクシズ教を宣伝できるなんて願ったり叶ったりです!!」

「あ、ずるいですよゼスタ様! それなら私も! 私も映画に出て、合法的にロリっ子達とイチャイチャしたいです!! それにゼスタ様は子供の多い場所など、この街で立ち入りを禁止されている所もいくつかありますし、一人よりも二人の方がいいですよ。まぁ、私もゼスタ様程ではありませんが、立ち入り禁止の場所はありますが……」

「立ち入り禁止って一体何やらかして……いや、いい、聞きたくない。それより、あるえ。本気でこの人達を使うつもりか?」

「はい、こんな濃い人達、使わない手はないですよ」

 

 真顔で言い切るあるえ。

 この二人を使って何も起きなかったら、それこそ神の奇跡とも言えるくらいに嫌な予感がするんですけど……もしもの時に責任取るのは俺なんですけど……。

 

 そんな俺の不安をよそに、ゼスタとセシリーは興奮しながら、

 

「では、早速カップリングを決めましょうか。セシリーさんはめぐみんさんがお気に入りなんですよね?」

「えぇ、でも他の子も皆可愛くてとても選べないですね…………あ、じゃあ、私がロリっ子全員貰って愛でつつアクシズ教に勧誘しますので、ゼスタ様は」

「いや、カップリングとかいいから! つーかオッサンとロリっ子のカプとか犯罪臭しかしねえから却下だ却下! お姉さんとロリっ子の百合カプはアリっちゃアリだけど、セシリーさんも中身が完全に変態だからやっぱりダメだ。そもそも、この映画はめぐみんとゆんゆんのカプが唯一にして至高なんだよ。現実準拠だしな」

「「現実準拠じゃない!!!!!」」

 

 めぐみんとゆんゆんが顔を赤くして同時に否定するが、やっぱり息ぴったりだなとしか思えない。現実でも映画のように友達以上の関係になるのは時間の問題のはずだ。きっと。

 

 しかし、ここであるえが唐突に爆弾を投下した。

 

 

「私の脚本では、ゼスタさんもセシリーさんも、めぐみん達とは存分にイチャつける展開になりますから期待していいですよ」

 

 

 ゼスタとセシリーが目を輝かせ、俺とめぐみん達は凍りついた。

 

 

***

 

 

 ――――どうしてこうなった。

 

「そうですかそうですか! その年で、アクシズ教の素晴らしさに行き着くとは、流石は紅魔族ですね!」

「は、はい、我慢などせずに自由気ままに自分を押し出して生きるその姿、とても羨ましいです。ぜひとも入信させてもらいたいのですが、親を始めとして周りから猛反対されまして。そこで、アクシズ教の悪い噂は全てエリス教の陰謀だと暴いて、皆の誤解を解こうと思ったのです」

 

 先程までいたアクシズ教本部からエリス教会への道中。

 

 満足そうな笑みを浮かべているゼスタの隣で、若干引きつった顔でいつも以上にトチ狂ったような言葉を吐いているめぐみん。

 そんなめぐみんの頭を、セシリーが後ろから自愛に満ちた……いや、欲望に満ちた顔で撫でているという酷い光景が目の前にある。

 

「なんて健気で可愛い子なの! ねぇめぐみんさん、私のこと“セシリーお姉ちゃん”って呼んでみてくれないかしら! 出来れば舌っ足らずな感じで!!」

「……セ、セシリーお姉ちゃん……?」

「ぶほぉ!! な、なんなのこれ……もはや凶器……!!!」

 

 普段のめぐみんなら決して出さない甘えた声に悶絶するセシリー。

 そして、更にふにふらとどどんこが、ゼスタの服をきゅっと摘んで、

 

「ゼ、ゼスタさんってアクシズ教の最高責任者なんですよね!? な、なんていうか、その、すっごくカッコイイです! ね、どどんこ!?」

「う、うん、その…………お、おヒゲとか! おヒゲとかカッコイイです多分! オトナの渋さというか、そういうのがアレしてコレして…………あ、あれ、ゼスタさん? どうしたんですか?」

「……あ、すみません。美少女の良い香りを体中に巡らそうと、深呼吸に全神経を注いでいました」

 

 ゼスタの変態そのもののセリフに、二人は一瞬めぐみんと同じように引きつった顔を見せるが、すぐにニコニコとした表情に戻す。その役者根性には頭が下がる。

 

 ……というか、そろそろ俺の方が限界だ。

 これ以上生徒達が変態共に好き放題されている所を見ていると、我を忘れて暴れだしてしまいそうだ。俺が生徒にセクハラするのはいいけど、他の誰かがするのは我慢ならん。

 

 そんな想いが表情に出ていたのか、隣でウィズが魔法で音を調整しながらヒソヒソと声をかけてくる。

 

「あの、ここは何とか我慢した方が……とりあえず、まだ度が過ぎたセクハラなどはないみたいですし……」

 

 ウィズの言葉に、俺は苦々しく思いながらも、小さく頷く。

 確かに、このくらいで騒いでいたら、ちょっと過保護だとか言われるかもしれない。普段の生徒達への雑な扱いも相まって、後でニヤニヤとからかわれる可能性もある。

 

 そう結論づけて自分を納得させていると、前方ではゆんゆんが顔を赤くしながらゼスタに近付いて、

 

「その、わ、私、実はあまり男の人と……というか、人と話すのがあまり得意じゃなくて……で、でも、ゼ、ゼスタさんなら凄く落ち着くというか、自然に話せるんです! だから、えっと」

「なるほど、つまり、私のことを“お父さん”と呼んで、色々と親密なスキンシップを取りたい、と! そういう事でしたら、私で良ければ喜んでお引き受けしますよ!!」

「ええっ!? あ、は、はい、そうです、その通りです! えっと……ありがとうございます、お、お父さん……!!」

「はぁ、はぁ……い、いいですね、想像以上にいいです…………いや、だが果たしてここで満足していいのだろうか? もしかしたら、もっとグッとくるものがあるかも…………あの、ゆんゆんさん。次は“お兄ちゃん”と呼びながら、抱きついてきてはもらえませんか? そうすればきっと、ゆんゆんさんも人に慣れることが出来ると思いますので……」

「っ……うぅ……は、はい……! お、お兄ち」

 

 

 ぷつんと、俺の中で何かが切れた。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 『カースド・ライトニング』ッッ!!!!! 『カースド・クリスタルプリズン』ッッ!!!!! 『インフェルノ』おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 

 

 数分後。

 

 俺はゆんゆんを抱きしめた状態で、黒焦げになってぷすぷすと燻っているゼスタと、そんなゼスタに回復魔法をかけているセシリーに対して距離を取って、ふーふーと荒い息を吐きながら威嚇していた。間にはウィズがオロオロとしながら立っており、ゼスタへの俺の更なる追撃を警戒している。

 

 惨憺たるこの状況に、あるえは溜息をつく。

 

「先生、これはあくまで映画のワンシーンなんですから、そこまで必死にならなくても」

 

 そう、これはただの映画の撮影だ。それは分かってる。

 でも、だからといって何でもかんでも許せる程俺は映画に全てをかけているわけではない。

 

「ふざけんな! 俺の大切な妹をあんな変態オヤジが抱きしめるとか許せるわけねえだろうが!! なんだこれ、寝取られってやつか!? 俺にそんな性癖はねえんだよ!!!」

「はぁ、別にハグくらい、いいじゃないですか…………ん、でも、先生がそうやって本気のシスコンっぷりを見せつける所も画としては結構いいかも……脚本を少し弄れば…………」

「よし、分かった。めぐみんっていう分かりやすい問題児に隠れてたけど、お前も大概な性格してやがんな。里に帰ったらきっちり教育してやるから覚えとけよ」

「あのカズマさん、その教育とはどういったものなんですか? 後学のために教えていただきたいのですが……」

 

 はぁはぁと興奮気味に尋ねてくるゼスタは無視だ。というか、このオッサンまだ話せるのかすげえな。

 俺は未だ納得できていない様子のあるえに、

 

「とにかく、そのオッサンと過度なスキンシップは却下だ! どうしてもってんなら、相手はセシリーさんにしてくれ。それなら百歩譲って許してやってもいい」

「えっ、つまり私なら過度なスキンシップもオッケーってこと!? まぁそうよね、同性だものね!! ふふ、ふふふふふ……まさかロリっ子の体を好きに出来るなんて……!! アクア様、感謝します!!!」

「おい、ハグより過激なことやったら、商人のコネを使ってところてんスライムの流通止めるからな」

「ひどい!!!」

 

 セシリーは涙目になるが、泣きたいのはこっちの方だ。

 ララティーナといい、どうして最近知り合えた美人なお姉さんはこんなにもアレなんだろうか。俺が何したっていうんだ…………いや、色々してるな。

 

 すると、何故かめぐみんがジト目でこっちを見ていることに気付く。

 

「ん、なんだよめぐみん。せっかく俺がお前達を変態オヤジのセクハラから助けてやろうとしてんのに、何でそんなに不満そうなんだよ。…………まさかお前、俺のことが好きだと見せかけて、実は男なら誰でも良かったとかいうビッチってオチなんじゃ……」

「いきなり何言ってんですか、そんなわけないでしょう!!! そうではなく、いつまでそうやってゆんゆんを抱きしめているつもりなのかと思いまして!!」

「え、あー、この機会に可愛い妹の感触を存分に楽しもうと思ってるだけだ気にすんな。普段は照れてこういう事させてくれないからなゆんゆんは」

「も、もう、何恥ずかしいこと言ってるのよ兄さん……」

 

 そんな兄妹のスキンシップを見て、めぐみんだけではなく、ふにふらとどどんこもわなわなと震えながら、

 

「な、なんかゆんゆんも満更でもない顔してるし! ていうか、先生はともかく、ゆんゆんの方は雰囲気的に家族の軽いハグって感じじゃないんだけど!! これ、あたしの目がおかしいだけ!?」

「う、ううん、私もそう見えるよ……ふにふらのブラコンっぷりにも結構引くこと多いけど、こっちはそれ以上だね……」

「えっ、ひ、引かれてたのあたし!? ゆんゆんはアレだけど、あたしは別に普通でしょ! 弟がいたら誰でも可愛いと思うのは当然だから!!」

「あ、あの……それなら私も別に普通だと思う! 妹なら、不安な時とか悲しい時とか、ちょっと兄さんに甘え……頼りたくなるっていうのは特におかしい事でも」

「いや、ゆんゆんはお兄さんに甘えるっていうか…………ねぇ?」

「うん…………発情してるよね」

「しししししししてない!!!」

 

 ゆんゆんが俺の腕の中で顔を真っ赤にさせて反論しているが、あまり説得力はない。

 ……発情かぁ。妹からの気持ちは全て受け止めてあげたいところではあるんだけど、流石に一線を越えるとかそういうのはなぁ……。

 

 めぐみんは、未だに不満そうな表情で、

 

「とにかく、そろそろ離れてください。色々と不健全ですよ。あと、ゆんゆん。どさくさに紛れてクンカクンカと一心不乱に先生の匂いを楽しんでいること、バレていないと思ったら大間違いですからね」

「っ!? ク、クンカクンカって、そんなに嗅いでないから!! スンスンくらいだから!!!」

「気にすんなゆんゆん。俺だってゆんゆんの事クンカクンカするし、兄妹なら普通だ」

「普通じゃないです、絶対普通じゃないです!!!!! 兄妹で抱き合ってクンカクンカとか明らかにおかしいですって!!! 他にそんなことやってる兄妹がいると思いますか!?」

「めぐみん、お前親からこんな事言われたことないか? 『よそはよそ、うちはうち』」

「ここでそれを言いますか!?」

 

 そうめぐみんと言い合っていると、ゼスタの治療をあらかた終えたらしいセシリーが、俺達兄妹の目の前までやって来て、珍しく慈悲深いプリーストのようなほほ笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、アクア様はあなた達のような兄妹の愛も認めてくださるわ。アクシズ教徒からすれば、シスコンブラコンなんて些細なことよ。決して引いたりはしないし、むしろこう言われることでしょう…………『義妹は甘え』、と」

「ほら見ろお前ら、アクシズ教徒と比べたら俺なんて、まだまだまともな部類に入るだろ」

「いえ、アクシズ教徒と比べないといけない時点で相当アレなことを証明していると思うのですが……」

 

 めぐみんが何か言っているが、聞きたくない。自分より下に誰かがいる、それこそが重要で心強いものなんだ。

 

 それからの撮影もとことん難航した。主に撮影という名目のもとにやりたい放題なゼスタとセシリーのせいで。

 あるえがこの二人を使うと言った時点で苦労することは当然予想できた事ではあるのだが、ここまでだとは思わなかった。クラス一の問題児のめぐみんがまだ可愛く見えるぞ……。

 

 そんなこんなで、疲れきっている俺をよそに、ゼスタとセシリーは幸せそうなホクホク顔だ。

 

「ふぅ……ロリっ子達とこんなに楽しくお喋りできるなど久しぶりですよ。まさかこんな美味しい事に恵まれるとは。これもアクア様が日頃の私達の行いを見ていてくださっているという事でしょう」

「えぇ、きっとそうですよゼスタ様! 毎日勧誘を始めとして、エリス教への嫌がらせや魔王軍に関する悪評の流布など頑張ってきましたからね!」

「魔王軍に関する悪評、ですか……そ、そうですよね、人類の敵ですものね……」

 

 ウィズが気まずそうに目を泳がせているが、エリス教への嫌がらせはともかく、魔王軍の悪評を広めるのは、例えアクシズ教徒の行いだとしても特に咎められるような事でもないだろう。

 ゼスタは誇らしげに胸を張りながら、

 

「アクシズ教の教えには『魔王しばくべし』というものもありますから、魔王軍への嫌がらせは欠かせないのです。もっと直接的なことをしてもいいのですが、魔王軍はこの街を一度襲撃してからは、もう二度と来なくなってしまって……悪魔やアンデッドも寄り付かなくなりましたし、獲物がいなくて困ったものですよ」

「ひっ……!!」

 

 ゼスタの言葉に、魔王軍幹部にしてアンデッドのリッチーであるウィズがビクッと震える。

 何というか、端から見ている分には宿敵がこんなに近くにいるのに気付かないという少し面白い状況ではあるのだが、ウィズ本人からしてみれば気が気じゃないだろう。まぁ、アクシズ教の本拠地でアクシズ教徒を敵に回すとどうなるか…………想像したくもないな。

 

 ウィズは不安そうな表情で、恐る恐るといった感じで尋ねる。

 

「あ、あの、参考までにお聞きしたいのですが、その魔王軍の悪評というのはどんなものがあるのですか……?」

「それはもう色々なものが。魔王は、女と見れば例え子供でも攫った挙句に私達が想像も出来ない程のアブノーマルプレイで陵辱の限りを尽くす大陸一の変態で、もはや女だけでは飽きたらず男にも手を出しているのです。その変態っぷりは、ベルゼルグ一の変態鬼畜男、紅魔族のカズマさんをも超えるとも言われています」

「えっ……ええええええっ!? い、いえ、全然そんな事ありませんって!! 魔王さんは部下にも優しくて慕われていますし、むしろ他の人達の行き過ぎた行動をたしなめる事が多くて……そもそも、何を根拠にそんな噂を……」

「根拠と言われましても……魔王とはこんなものだろう、と」

「違いますって! いくら何でも酷すぎますよ、そんな……カズマさんを超える変態だなんて……!!」

「ちょ、ちょっとウィズ、落ち着け怪しまれるぞ…………ん、あれ? なぁ、俺、魔王より酷いとか言われてないか?」

 

 ウィズの反応にゼスタやセシリーが首を傾げていたので、俺がヒソヒソと忠告しようとしたのだが、俺としても聞き流せない事が含まれていた気がする。……あの、ウィズさん、目を逸らさないでほしいです。

 というか、魔王の悪い噂なのに何で俺まで巻き添えくらってんだよ!

 

 すると、セシリーが何か納得したような様子で、

 

「あぁ、もしかして、魔王本人の噂だけじゃ足りない、まだまだ甘いと言いたいのかしら? ふふ、大丈夫よ、私達アクシズ教徒は魔王だけじゃなく他の魔王軍の悪い噂だってちゃんと流してるんだから!」

「っ!? ……た、例えばどんなものが?」

「それも色々とあるんだけど……とりあえず幹部でいうと、デュラハンは騎士のくせに女に目がないムッツリスケベで、キメラは女の姿をしているけど実は男のホモで、女リッチーは男に全く縁がない行き遅れ年増……とかって感じよ!」

「今最後何て言いましたか!? 本気で怒りますよ!!!」

「待っ、ストップストップ! 気持ちは凄く分かるけど頼むから落ち着いてくれ!!!」

 

 ここまで怒ったウィズは初めて見たかもしれない。

 い、行き遅れとか年増とか実は気にしてたのかな……そういえば、ウィズの実年齢ってどのくらいなんだろう……。

 あと幹部に関する噂については、アクシズ教徒が好き勝手に流している噂の割には大体合ってるってのが何とも言えない。

 

 少しすると、エリス教会に着いた。

 これから撮るシーンは、普段から不当にアクシズ教徒を貶めている邪悪なエリス教徒を懲らしめるというものなのだが、やっぱり気が進まない。だってどう考えてもアクシズ教の悪評は不当でも何でもないだろ……。

 

「さぁ、セシリーさん! これはアクシズ教を宣伝するまたとない大チャンスです、いつも以上に張り切ってやりますよ!!」

「えぇ、ゼスタ様! 優しくて美人だとか言われて持て囃されているエリス教のプリーストを涙目にしてあげましょう!! この街一番の美人プリーストが本当は誰なのかを思い知らせてやるわ!!!」

 

 鼻息荒くやる気満々の二人を見ながら、俺は小声であるえに、

 

「なぁ、本当にあの脚本でやるのか? 流石にエリス教徒の人が気の毒過ぎるんだけど……」

「その事なんですが、少しいいですか? 先生だけじゃなくて他の人達も」

 

 何やらあるえはちょいちょいと手招きをしながら身をかがめ、内緒話をする体勢になっている。どうやら、ゼスタやセシリーには聞かれたくない話らしい。

 俺達は首を傾げながらも、皆で固まって聞く体勢をとる。ゼスタ達はまだ勝手に盛り上がっている様子で、こちらには気付いていないようだ。

 

 そしてあるえは、めぐみん達役者を始めとして、俺やウィズが集まったのを確認すると、小さな声でひそひそと話し始めた。

 

 その内容を聞き終えると、まず渋い表情をしたのはゆんゆんとウィズだ。

 

「えっと、そ、それはいくら何でも可哀想じゃない……? 確かに元のエリス教徒を懲らしめるっていうのよりはマシだとは思うけど……」

「あ、あの、私もそれは流石にどうかと……あと、それ実行するのって私ですよね……? 気が引けるというか出来ればやりたくないのですが……」

 

 基本的に温厚な二人はあまり良い反応をしていないが、俺は何度か頷きながら、あるえの提案に肯定する立場を示す。

 

「いや、別にいいだろ、あるえの言った通りにいこう。大丈夫だって、相手はアクシズ教徒だし」

「兄さん、アクシズ教徒相手なら何やってもいいとか思ってない?」

「思ってる。というか、あいつらだって『犯罪じゃなければ何やってもいい』とか言ってるし、許してくれるだろ多分」

「犯罪……じゃないのかなぁ、それ……」

 

 ゆんゆんはまだ納得しきれていない様子だが、めぐみん、ふにふら、どどんこの三人も俺と同意見のようで特に反対していないのを見て、これ以上食い下がるつもりはないようだ。

 

 ざっと足音を響かせて、ゼスタとセシリーが二人並んでエリス教会の正面入口前に仁王立ちする。

 その姿は一見すると格好良くも見え、まるで決戦前の勇者一行のような迫力さえ感じられる。後ろから距離をおいて眺めているあるえも満足気にしている。

 

 そんなアクシズ教徒二人の少し後ろにはめぐみん達が控えていて、まるで部下のように見えて、俺としては複雑な想いだ。あくまで映画の撮影なのだが、そう簡単には割り切れないものだ。

 ちなみに、ウィズにはとある用事を頼んでいて別行動中だ。

 

 そして、ゼスタとセシリーは大きく息を吸い込むと。

 

「邪悪なるエリス教よ! 今日もアクシズ教が正義の鉄槌を下しに来ましたぞ!! さぁ、いつもの美人神官はいないのですかな!? 聖職者であるはずの彼女の太ももは、男を惹きつけてやまない呪いがかかっていると見ました! まったくもってけしからん!! この私が解呪してさしあげましょう!!」

「あと、いつもの恵まれない人用のパンもお願いね! 私、もうところてんスライムしか食べるものがないのよ。好物でも流石に飽きるの、そろそろ固いものが食べたいの」

 

 そんなろくでもない言葉を吐き出した二人に、すぐさま教会の正面扉がバンッと勢い良く開いて、中からエリス教プリーストのお姉さんが現れる。

 なるほど、確かに美人だ。美人なんだけども…………。

 

 その顔は、憤怒に染まりきっていた。

 

「また来たの!? もういい加減にしなさいよ!!!」

「まぁまぁ、何を怒っているのですか。私はただ、あなたの太ももにかかった呪いを解いてさしあげようと思っているだけですよ」

「そうよ、私だって、ただ恵まれない人としてパンを貰いに来ただけよ」

「何が呪いよ、セクハラしたいだけじゃない! 何が恵まれない人よ、どうせまた調子乗ってところてんスライムを買い占めてお金がなくなっただけじゃない!! もう本当にうんざりなのよ、あなた達!!!」

 

 エリス教のお姉さんが、こめかみに青筋を立てながら叫んでいる。

 アクシズ教の本拠地であるこの街ではエリス教も肩身の狭い思いをしているとは予想できたが、この様子を見るに思っていた以上に悲惨なことになっているらしい。

 

 ゼスタ達の後ろに控えるめぐみん達は、こんなアクシズ教徒と一緒にされたくないのか居心地悪そうにそわそわしているが、もうカメラも回っているので今更投げ出すわけにもいかない。

 めぐみんは目を泳がせていたが、やがて覚悟を決めたようにぎゅっと唇を引き結んで、一歩前へと踏み出す。

 

「あ、あの、もう少しこの人達を信じてみてもいいのではないでしょうか。世間では評判の悪いアクシズ教徒ではありますが、話してみると意外と悪い人でもなかったりしますよ……?」

 

 めぐみんの言葉に、ゆんゆん、ふにふら、どどんこの三人も追従してこくこくと頷いている。

 しかし、お姉さんはそれを見て更に表情を険しくする。

 

「あ、あなた達、もしかしてその目は紅魔族……? くっ、アクシズ教徒め、この街の子供に近付くのを禁止されてるからって、街の外の子供にまで変な事教えたのね!! アクシズ教の教えは『我慢はしないでやりたい事をやればいい』だとか『あなたは悪くない世間が悪い』だとか、子供に悪影響なものばかりなんだからやめなさいよ!!!」

「何を失礼な。子供は特に自由に生きるべきでしょう。それに、我々はこういった道もあることを示すだけで、実際に選んだのはこの子達ですよ」

「そ、それは……そうかもしれないけど……!!」

「大体、こうやって大人同士がいがみ合っている様子を見せる方が子供には良くないんじゃない? 本当に子供達の事を思っているなら、ここは少しでも歩み寄るべきじゃないかしら?」

「うっ……」

 

 ゼスタとセシリーの言葉に押されてうろたえるお姉さん。

 それに加勢するかのように、めぐみん達は普段は絶対見せないような保護欲を掻き立てるような、目をうるませた無垢な表情でお姉さんを見つめる。

 

 そんな事をされては、元々温厚で慈悲深いであろうエリス教徒が無視できるわけもなく。

 

「…………わ、分かったわ。今日のところをは追い返したりはしないから、用事が済んだらすぐに帰ってくれるかしら……」

 

 渋々といった様子で折れたお姉さん。

 しかし、これが大間違いだった…………いや、人事みたいに言ってるけど俺達のせいですね、ホントごめんなさい。

 

 もうやりたい放題だった。

 ゼスタはといえば、荒い息を吐きながらお姉さんの足を撫でるという変態そのものの姿を晒しながら、

 

「はぁ……はぁ……これは間違いありません、サキュバスが得意とするチャームの魔法がこの太ももにかかっていますよ! では、私の渾身の魔力を込めた『ブレイクスペル』を発動させますので、しばしお待ちを……」

「本当なんでしょうね!? さっきから触り方がとてつもなくいやらしいんだけど…………ちょっ、どこ触ってんのよそこは関係ないでしょう!!! というか、あなた一応それでも高レベルのアークプリーストでしょう!? サキュバスくらいの魔法を解くのに、そんなに気合入れる必要ないじゃない!!! そもそも、チャームくらい私でも何とかなるわよ!!!」

「いえいえ、どんな相手であろうと、人類の敵である悪魔を舐めてはいけませんよ。念には念を入れて徹底的にやらなくては…………ところで、手で触るよりも舌で舐めた方が魔法の効力が上がるのですが」

「張っ倒すわよ!!!!!」

 

 そんな風にギャーギャー言い争ってるゼスタとお姉さんをよそに、セシリーは口いっぱいにパンを頬張りながら、他のパンは手持ちの袋に詰めていく。

 

「えっと、これが明日の朝の分で、こっちがお昼…………ねぇ、このパン、味は一種類しかないの? 全部同じ味だと飽きちゃうんですけど」

「何を贅沢言って……っていうか、どれだけ持っていく気なのよ!? そんなに持っていかれると本当に必要な人に行き届かないでしょ返しなさいよ!!!」

「私だって本当に必要なのよ! なに、もしかしてこの場で食べる分だけって決まりでもあるの? テイクアウト禁止なの? サービス悪いわねー」

「ここはお店じゃないのよ!! いいから、それ半分くらいは置いて行きなさいってば!! あなたの場合は我慢してところてんスライムで食い繋ぐ事だって出来るでしょう!!!」

「なによ、ケチケチしてんじゃないわよ、買い足せばいいだけでしょう! ウチの教団よりずっと儲かってるくせに!! この悪徳宗教団体め!!!」

「人聞きの悪い事言ってんじゃないわよ! エリス教は常に節制を心がけているし、お金だって孤児院の建設費や運営費、定期的に行っている配給とか色々でほとんど全部出て行っちゃうわよ!!」

「そんな事言って、ちゃっかり懐にいくらか蓄えてたりするんでしょう! だって私だったら絶対そうするもの!!」

「あなたと一緒にしないで!!!」

 

 …………もう、何というか、この惨状の原因を作った立場からすれば今すぐ土下座したいくらいだ。本当にごめんなさい……。

 めぐみん達も同じように罪悪感を抱いているのか、ゼスタとセシリーの狂行に振り回されまくって涙目になっているエリス教プリーストの事を直視できないでいる。

 

 しかし、あるえだけはこの光景に満足しているらしく、小さく微笑みながら何度か頷いている。やっぱイイ根性してやがんなコイツ……。

 

 お姉さんはもう我慢できないとばかりに、

 

「ああもう!!! ほら、二人共用事は済んだでしょ!? ゼスタさんの事は通報しないし、セシリーもそのパン持って行っていいから、さっさと出て行ってよ!!!」

「そう邪険にせずともよいではないですか。アクア様とエリスは先輩後輩の関係で、慈悲深いアクア様は、いつも何かをやらかすエリスの尻拭いを毎回してらっしゃるようですし、エリス教徒もアクシズ教徒にはもう少し恩というものを感じてもらいたいものですな」

「なんで毎回毎回教会に石投げてきたり、エリス様の肖像画に落書きしていく連中に恩を感じなきゃいけないのよ! 大体、アクア様とエリス様が先輩後輩の関係って話はあるけど、そんなエリス様が問題児みたいに言ってるのなんてあなた達だけじゃない!! むしろ、アクア様が何かやらかして、エリス様がそのフォローをしてるって言われた方がしっくりくるわよ!! アクア様は好奇心旺盛で全体的に自由過ぎる女神って言われてるし!!!」

 

 確かにお姉さんの言う通り、何かやらかすとしたらアクアの方だろう絶対。

 だってアイツ、死者の案内っていう割と真面目な仕事してる時でもスナック菓子ボリボリ食いながらだし、人の死因で大笑いしやがるし………………あれ?

 

 俺は思わず首を傾げる。

 何でそんな実際に見たようなイメージがあるんだろう。夢で見たとかそんなのか?

 

 一方でゼスタは、やれやれと首を振りながら、長い溜息をついて、

 

「まったく、分かっていないですな。そういう子供のような無邪気さがアクア様の魅力ではないですか。私達アクシズ教徒は、そんなアクア様に惹かれ、敬い、愛でているのですよ」

「あの、敬うっていうのは分かるけど、愛でるっていうのは信仰する女神様に使う言葉なの……? 何か、根本的な宗教観の違いがあるみたいなんだけど…………って、ちょっとセシリー!!! あなたは一体何やってんのよ!!!!!」

 

 突然お姉さんが大声をあげたので、その視線を追ってみると、そこには女神エリスの像に何かをしているセシリーがいた。

 セシリーはきょとんとした様子で、

 

「何って、パン貰ったお礼にこの石像を良い感じにアレンジしてあげようと思ったのよ。まぁ見てなさいな、アクシズ教徒は芸術方面には強いのよ」

「そ、それは知ってるけど…………待って、待ちなさい!!! あなた今どこ削ってんの!?」

「え、胸だけど。エリスはパッドで誤魔化しているだけの貧乳ってのはもうバレてるんだから、潔く真実の姿にしてあげようと思って」

「そんなのあなた達が勝手に言ってるだけでしょう!!! こ、こら、やめなさい、やめ…………やめろ背教者が!!!!!」

「痛い痛い痛い!!! なによ、ついに本性現したわね邪教徒め!!!」

 

 ついにお姉さんもブチ切れてセシリーに掴みかかっていた。

 まぁ、信仰してる女神様の像にこんなイタズラされれば怒るのも当然か……というか、これ普通に犯罪だろ……。

 

 いよいよ収集がつかなくなってきて、めぐみん達は不安そうにちらちらとこっちを伺っている。その目は「まだなのか」と尋ねていた。

 俺も少し不安になりながら、開け放たれたままの正面扉から外を見ていると。

 

 

「こらあああああああああああああ、何をやっている!!! またお前達かアクシズ教徒!!!!!」

 

 

 ようやく警察の方々が到着したようだ。近くには予め呼びに行かせていたウィズの姿もある。

 俺やめぐみん達は安心してほっと息をついているが、ゼスタとセシリーはすぐさま教会の窓へと駆け出していた。

 

「さぁ皆さん、逃げますよ! まったく、今日はいつもより早く来ましたね……!!」

「みんな大丈夫よ、お姉さんに付いてきて! いつも通り、そこの窓を割って路地裏に入っちゃえば撒けるから!!」

 

 そんな、明らかに常習犯だと思われるろくでもない事を口走りながら走るゼスタとセシリー。

 警察の人は慌ててこちらに走ってきながら、

 

「ま、待て、今日こそは逃がさないぞ!! それと、そこの子達も話を聞きたいから、そこを動かないように!!!」

「「えっ!!!」」

 

 警察の言葉に、顔を引きつらせるめぐみん達。

 ……まぁ、さっきのゼスタ達の言葉を聞いたら共犯か何かだと思われるよな……。

 

 すると、めぐみん達は動揺しながらも、それぞれ自分の杖取り出して構える。

 それを見た警察はぎょっとした様子で、

 

「なっ……まさか魔法で攻撃してくるつもりか!? そんな事をすれば、公務執行妨害でしばらくは檻の中だぞ!!」

 

 セシリーもめぐみん達が攻撃の体勢を取っているのに気付いて、驚いて目を見開く。

 

「ま、まさか、私の為に時間稼ぎをしてくれるっていうの!? ダメよそんなの!! ゼスタ様やカズマさんなら全然構わないけど、あなた達のような可愛らしいロリっ子を置いて逃げるなんて事はできないわ!!!」

「セシリーさん、めぐみんさん達はまだ子供ですが紅魔族です。おそらく、自力で何とかできる策があるのでしょう。ここは彼女達の想いを無駄にしない為にも、私達はちゃんと逃げて…………あの、今、私なら置いて行っても全然構わないとか言いませんでしたか?」

「言ってないです。くっ、仕方ないわね……後から必ず追いついて来るのよ! もし待ってても来なかったら、絶対お姉さんが助けに行くから!!」

 

 苦渋の決断をして、辛そうな表情で走り出すセシリー。

 その光景だけを見れば良いシーンのように思えるかもしれないが、こちらが一方的に相手に絡んだ挙句に警察が来て逃げているという事を考えると一気に残念なものになる。

 つーかこの女、さらっと俺のことも置いて逃げるのは全然構わないとか言いやがったな……。

 

 こちらに背を向けて走りだしたセシリーに、めぐみん達はほっと安心したように息を吐いた。

 そして、めぐみん達はそれぞれ同じ詠唱を始め、四人分の声が重なる。

 それを見て、俺とウィズは静かに『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消した。

 

 警察はめぐみん達の本気の様子を見て、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「ほ、本当にやるつもりなのか……? 何を考えているんだ、いくら子供でも許されないぞ!!」

 

 そんな警察の言葉も意に介さず、詠唱を終えためぐみん達は杖を掲げ、大きく息を吸い込み大声で叫んだ!

 

 

「「『ライトニング』!!!!!」」

 

 

 バチィィ!! というスパーク音と共に、強烈な電撃が放たれた!

 それは真っ直ぐ警察に向かう…………事はなく。

 

 

 一目散に逃げていたゼスタとセシリーの背中にまともに直撃した。

 

 

「「あばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」」

 

 

 ビリビリと全身を痙攣させ、ぷすぷすと煙を上げながらぱたりと倒れてしまう二人。

 

 しーんと、辺りに沈黙が流れる。

 あまりの予想外の展開に警察はただ唖然としている。

 しかし、すぐに我に返ると、戸惑った様子で、

 

「え、えっと、君達はそこのアクシズ教徒の仲間ではなかったのか……?」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは、ふにふらだ。

 

「ち、違います違います! あたし達はあの人達とは今日会ったばかりで、全然仲間とかじゃないですし!!」

「えっ、そうなの? でも、私にアクシズ教徒の話を聞いてあげてほしいって言ってたから、てっきりアクシズ教徒の口車に乗せられていたのだとばかり……」

 

 エリス教のお姉さんがそんな事を言うと、ここでどどんこが得意気な顔で一歩前に出た。

 なんか、どどんこがこうやって出てくるのは珍しい感じがするな。いつもふにふらとセットって感じだからか。

 

「ふふ、私達は知能が高い紅魔族ですよ? そんな簡単にアクシズ教徒に乗せられるわけないじゃないですか! 実は」

「実はアクシズ教徒と仲良くしていたのは演技だったのです。この街のアクシズ教徒がエリス教会に嫌がらせをしていると聞いて何とかしようと思いまして。何やら、逃げ足が早くて中々現行犯で捕まえられないとの事でしたので、このような方法を取ってみました。とはいえ、エリス教のお姉さんには迷惑をかけてしまいました、ごめんなさい。相手には高レベルのゼスタさんもいたので、最大の隙を見せるまで待つ必要があって……」

「いいえ、気にしないで! なるほどね、アクシズ教徒に同調してるような事言いながら、何か様子がおかしいし、ゼスタさんやセシリーと一緒に私に嫌がらせをしてくる事もないし、妙だなと思っていたの! そういう事なのね! アクシズ教徒には本当に困っていたの、ありがとう!!」

「これは失礼しました! 仰るとおり、アクシズ教徒はもうすっかり我々から逃げるのにも慣れてきていて苦労していたのですよ……ご協力感謝いたします!」

 

 何とか誤解を解くことができたようで、警察もさっきまでの警戒した空気はもうない。

 エリス教のお姉さんも、日頃からよっぽどストレスが溜まっていたのだろう、深々と頭を下げて感謝していた。

 

 一方で、どどんこは納得出来ない様子でめぐみんに突っかかっていた。

 

「ちょっとめぐみん、今私がネタばらししようとしてたのに、なに横取りしてるのよ!!」

「何を怒っているのですか。そんな美味しい役、地味などどんこではなく、私がやった方が盛り上がるからに決まっているでしょう」

「じ、地味……!?」

 

 ショックを受けるどどんこに、ゆんゆんがおろおろと、

 

「あ、あの、どどんこさん、めぐみんの言ってる事なんだからそんなに気にしなくていいと思うよ……? それに、どどんこさんが地味なら、私なんてもっと地味だし……」

「うぅ……そんな事ないよ、ゆんゆんはヤンデレブラコンで女の子もイケるっていう濃いキャラ持ってるじゃん……。ふにふらは本命が弟なのか先生なのかよく分かんないビッチだし、めぐみんは普通に頭おかしいし……やっぱり私が一番キャラ立ってなくて地味だよ分かってるよ……」

「そ、そんな事ないってば、どどんこさんにはどどんこさんの良さが…………待って、今私の事なんて言ったの!?」

「ていうか、あたしの事も凄い事言ってたよね!? 本命は普通に先生だから!! 弟じゃないから!!!」

「シメましょう! この自分だけ常識人ぶっている裏切り者を、皆でシメてやりましょう!!」

 

 そうやって騒ぎ出しためぐみん達に、こういった所はやはりまだ子供だと思ったのか、警察やお姉さんは微笑ましげな視線を送っている。

 

 そんな中、俺の隣でウィズが気絶したゼスタとセシリーを見ながら。

 

「ほ、本当にこれで良かったんでしょうか……何だかとても罪悪感があるのですが……」

 

 当たり前だが、めぐみん達はまだ魔法が使えない。

 だから、映画で実際に魔法を放つ場面では、姿を消してこっそりとめぐみん達の代わりに魔法を発動させる役が必要なのだが、それを今回はウィズに頼んでいた。

 加えて、ゼスタ達がエリス教会に嫌がらせをしている間に警察を呼びに行ったのもウィズなので、こうして申し訳なく思うのは仕方ないのかもしれない。

 

 といっても、

 

「そんな気にすんなって。本当にエリス教から不当なマイナスイメージを付けられていたのなら可哀想だけど、実際にやりたい放題してたんだからな。ウィズだって、行き遅れの年増扱いされてんだぞ」

「……そうでした。確かに、少し痛い目見るのは当然ですね」

 

 俺の言葉で思い出したのか、ウィズの目が一気に冷たくなり、突き放すようなことを言い始める。

 ……お、俺も間違ってもウィズには年齢とか結婚とかの話題を振ったりしないように気をつけよう……。

 

 ちなみに、あるえは満足そうにしていたので、どうやら望む映像は無事撮れたようだった。

 

 

***

 

 

 そんなこんなで夜。

 アルカンレティアまで来て温泉に入らない人などまずいない。

 というわけで、俺達は温泉宿までやって来ており、夕食前にこの街自慢の温泉に入ろうということになったわけだが。

 

「ふぅ、どうです、この街自慢の温泉は? 一日の疲れなどすぐに飛んでしまうでしょう。他にも、汚らわしい悪魔やアンデッドと戦った同志の為に、聖水風呂なんてものもあるんですよ」

「へぇ、流石温泉の街って言われるだけあるなぁ…………でも、確かにいい湯だよ、この一日の疲れが大体あんたらのせいってのがちょっと気になるけど…………ふぅ……」

 

 広い露天風呂に浸かりながら手足を伸ばすと、あまりの心地良さに静かに瞼を閉じる。

 元々俺が風呂好きというのもあるが、温泉は実にいいものだ。紅魔の里の近くにも山はあるし、何とか温泉引いてこれないかなぁ……。

 

 ちなみに、この男湯には今は俺とゼスタしかいない。まるで貸し切りのようだ。

 不意打ちのライトニングで気絶させられた事に随分と文句を言っていたが、アクシズ教徒が運営しているこの旅館に一泊して金を落としてくれれば水に流してくれるらしい。というか、警察から解放されるの早くないか。もう警察の方もこいつらとは極力関わりたくないとか思ってるんじゃないか。

 

 ……そして、俺は当然気付いている。この変態のことだ、ここに泊まって金を落としてほしいなんて二の次に決まっている。

 おそらく、本命は風呂の覗きだ。何故なら、温泉でのメインイベントといえば、それしかないからだ。実際、俺もぜひ覗こうとは思ってたし。

 

 とはいえ、俺が覗く分にはよくても、こんなオッサンに生徒達の……特に愛する妹の裸を見せるわけにはいかない。

 そんなわけで、こうして一緒に風呂に入って監視しているわけだ。

 

 そういえば、俺達が入ってきた時には他にも何人か先客がいたのだが、ゼスタの姿を見ると慌てて出て行ってしまった。

 こんなド変態が温泉に入って、覗きやら何やらをやらかさないなんて思う者はこの街にはいない。おそらくあの人達は、それで何かとばっちりを受けないように出て行ったのだろう。

 そりゃ俺だって何かやらかすに決まっているこの人の側になんていたくない。でも俺には守るべき大切なものがある。

 

 それからしばらく俺もゼスタも無言でぼーっと湯に浸かっていたのだが。

 

「もう、ゆんゆん! 女同士なのに、なーにそんな恥ずかしがってんのよ! ほらっ!!」

「きゃあああ!!! ちょ、ちょっとふにふらさん、タオル取らないでえええ!!!」

「う、うわ……ゆんゆん、大きいとは思ってたけど、脱ぐと凄いね……」

 

 隣の女湯から聞こえてきたのは、ゆんゆん、ふにふら、どどんこの声。どうやらアイツらも露天風呂に入りに来たらしい。まぁ、中の風呂だけで満足して露天風呂に入らないという人も中々いないか。

 

 それに続いて、ウィズやセシリーのお姉さん組の声も。

 

「あ、あの、あんまりはしゃぐと転んじゃいますよー」

「うふふ、大丈夫よウィズさん。私、回復魔法だけは得意だから。もし怪我してもすぐ治せるわ。ウィズさんもどこか怪我をしたら遠慮なく言ってね? …………じゅるり」

「ひっ!! は、はい、その、ありがとうございます……!!」

 

 うん、セシリーの回復魔法は傷は治るかもしれないが、新たに精神的ダメージを負いそうな気がする。まぁ、それがなくとも、アンデッドのウィズにとって回復魔法なんてのは肉体的にもダメージ食らっちゃうんだけど。

 それにしてもゼスタといい、アクシズ教のプリーストはもはや聖職者と言っていいのだろうか……。

 

 その後も他の生徒達がはしゃぐ声が連続するが、何か違和感を覚える。

 ……そうだ、めぐみんとあるえの声がしない。あれ、二人共確かに風呂には向かってたけどな。

 

 俺は首を傾げながら盗聴スキルを使ってみると。

 

「……あるえ。その、本気でここも撮るんですか? どうせ先生から何か言われたのでしょうが、お風呂のシーンなんて流石に……」

「念の為だよ。せっかくのロケだし、使えそうな画は撮れるだけ撮っておこうと思ってね。もちろん、見えちゃいけない所は見えないように編集するし、それも私がやるからそこまで心配しなくても大丈夫だよ」

「むぅ……ですが……」

「……大丈夫、めぐみんのような体型でもきっと需要はあるはず」

「そんな心配をしているわけではないですよ失礼な!!!」

 

 最後のめぐみんの怒声は、もはやスキルを使わなくても十分聞こえるような音量だ。

 なるほどな、撮影のことについて揉めてたのか。たぶんあるえは誰にも言わずこっそり撮るつもりだったんだろうが、何かの拍子にめぐみんにバレてしまったのだろう。無駄に勘のいい時があるからなアイツ……。

 あと、編集はあるえがやるとか言ってたけど、何とかその前に無修正版見れねえかなぁ……。

 

 そんな事を考えていると、激昂しためぐみんを抑えようとしているのか。

 

「もう、こんな所で何怒ってるのよ。あんまり騒ぐと、兄さんが『これは教師の仕事として生徒を静かにさせる為だ』とか言いながら、こっちに乗り込んで来るかもしれないじゃない」

「…………先生ならやりかねない所が何ともアレですね」

 

 あいつらは俺のことを何だと思ってやがんだ、いくら何でもそんな事…………いや、結構アリだなそれ。

 これは実行に移してみるべきかと考えていると。

 

「ふふ、でもお姉さんは怒ってるめぐみんさんも可愛いと思うわよ? ……えっ、ちょ、めぐみんさんの肌って何でこんなにスベスベなの!?」

「ひぃぃ!! ま、待ってくださいお姉さん、触り方がとんでもなくいかがわしいのですが!!!」

「まぁまぁ、女同士仲良くやりましょうよ……でもこっちのウィズさんもひんやりしてて心地良いわぁ…………基本ロリっ子好きな私だけど、こういうのもたまにはいいわねぇ……」

「ひゃああああああああ!!! ダ、ダメですセシリーさん……んんっ!」

「あ、あの、ウィズさん、変な声出さないでください! もし兄さんに聞こえたら変な気を起こしそうですし!」

「そ、そんな事言われましても……これ……!」

「はぁ、はぁ……両手に美女とロリっ子……お姉さん、今日ほど女に生まれて良かったと思った日はないわ!!」

「ああああああああ!!! いつまで触ってんですかいい加減離してください!! ていうか、なんで私の周りに巨乳ばかり集まってくるんですか!!! ケンカ売ってんですか!? さっさと散ってください、ほらほら!!!」

 

 いつの間にか、俺とゼスタは男湯と女湯を分ける岩壁の近くまでやって来ていて、耳をそばだてていた。

 そして、ゼスタが女湯の方には聞こえないように、小さな声でポツリと。

 

「温泉っていいものでしょう?」

「うん、いい。凄くいい」

 

 もちろん、俺はロリコンというわけではないので、一番気になるのはウィズの体だ。

 一応セシリーも修道服の上からでもハッキリ分かるほどのナイスバディではあるし、出会って間もない時は結構気になったものだが、この短時間の間に中身が酷すぎるせいか全く興味が湧かなくなってしまった。

 

 女湯の様子は、あるえがこっそり持ち込んだ魔道カメラでバッチリ撮れているとは思うが、風呂から上がったらすぐに修正を加えられて肝心な所は見えなくなってしまうのだろう。だからその前に何とかカメラを手に入れたい所だが、それもあるえ自身やめぐみんが警戒しているはずだ。

 

 しかし、こんなチャンスに俺が何の準備もしてきていないなどありえない。

 当然のように、俺も魔法で見えなくした魔道カメラを持ち込んでいた。

 残る問題は隣にいるゼスタだ。共犯を持ちかけたとしても、どうせ後で撮れた写真を要求してくるだろうし、そんなものをこのおっさんに渡すわけにもいかないので決裂は確実。

 

 やはり、隣の変態はここから追い出す必要がある。

 俺は小声でゼスタの説得に入る。

 

「…………ゼスタさん、そろそろ上がったほうがいいんじゃないか? 年取ってくると、あんまり長湯はよくないって言うぞ? 最高責任者なんだし、もっと体を大事にした方がいいと思うけど」

「ふふ、ご心配なく。これでもアークプリーストですので、体調の管理は得意ですよ。それに、アクシズ教徒というのは、そこまで長生きというものには興味はないのですよ。何故なら、我々アクシズ教徒は死した後はアクア様によって、あらゆる性癖に対応したエロ本に溢れる素晴らしい世界に転生させていただけると言われていますからね」

「もう色々とダメだろその世界」

 

 予想はしていたが、このオッサンは一筋縄ではいかないようだ。

 まぁ、俺だってこんな美味しい状況でさっさと上がるなんてもったいない事をしようとは思えないけど……どうすっかなぁ。

 

 頭を悩ませていると、隣の女風呂からこんな声が。

 

「ん、どうしたのゆんゆん? なんかぼーっとしちゃってさ。のぼせちゃった?」

「えっ、あ、ううん、大丈夫大丈夫! 少し考え事っていうか……その……」

 

 声をかけたのはどどんこだろうか、それに対しゆんゆんが慌てて誤魔化すような事を言っている。

 最近のゆんゆんは里でも度々ぼーっとしている様子を見るが、やっぱり何か悩み事があるのだろうか。流石にそろそろちゃんと聞いておくべきか?

 

 そんな事を考えていると、ふにふらが、

 

「なになに、何か隠し事? あ、分かった! もしかして、また胸が大きくなったとか!? だからそんなにガッチリ胸を隠してるんだ!!」

「ええっ!? ち、ちがっ……」

「それなら手をどけて、ちゃんと見せてみなって! ハダカの付き合いってのはもっと堂々としてないと! 友達と一緒にお風呂入ったら、胸を比べてみるなんて当たり前だよ!」

「そ、そうなの!? うぅ……わ、分かった……」

「……う、うわ、やっぱすご……あと、ふにふら、間違ってもゆんゆんと胸比べとかやんない方がいいよ。そもそも、並ばない方がいいかも」

「ちょ、何それどどんこ!! 自分はちょっとばかり大きいからって!!! あと、いつもゆんゆんの隣にはクラスで一番小さいめぐみんがいるんだし、今更でしょ!!」

「それは私にケンカを売っているのですねそうですね!!! というか、勝手に私をクラス最小扱いしてくれてますが、身長ならともかく胸はどうですかね!! ふにふら、あなたも相当小さいようですが!!!」

「なっ、め、めぐみんには流石に勝ってるし!!! わ、分かった、そこまで言うなら勝負しようか!!!」

「いいでしょう、この勝負、女として負けるわけにはいきません!」

 

 なんかすげえ面白そうな事やってんなぁ……ここで俺が判定してやるよって言いながら乗り込めば何とか溶け込めるんじゃないだろうか。

 …………いや、普通に追い出されるな。

 

 そんな女のプライドのぶつかり合いに、ウィズの困ったような声が。

 

「あ、あの、二人共まだまだ若いですし、今からそこまで胸のことを心配する必要はないと思いますよ……?」

「……では、今それ程の巨乳を持っているウィズは、私達くらいの年の頃はまだ貧乳だったのですか?」

「…………え、えっと、どうだったでしょうか……」

「目を逸らさないでください!! やっぱり昔から大きかったんですね!!! どうやらこの問題に関しては、今の段階から真剣に取り組んでいく必要がありそうですね!! では、ゆんゆん!! 私とふにふらの胸、どちらが大きいか判定してもらえますか!?」

「ええっ!? な、なんで私が……」

「めぐみんさん、めぐみんさん。乳比べならお姉さんに任せなさいな! この手でロリっ子の体の全てを暴き、完全に公平な判定を約束するわよ!」

「お姉さんに任せると身の危険を感じるので却下です。それに、ゆんゆんはあの先生の妹です。当然女性の胸に関しても一家言あるのでしょう?」

「ないよ! 全然ないよ!! 兄さんと一緒にしないでよお願いだから!!!」

 

 ゆんゆんの本気で嫌がる声が少しショックです……いや、日頃の俺の行いを考えれば当然なんだろうけど……。

 それから結局判定を押し付けられてしまったゆんゆんは、悩ましげな声を漏らしてしばらく考え込んでいるようだったが、やがておずおずといった調子で呟く。

 

「…………引き分けでいいんじゃないかな」

「あっ、その顔、どんぐりの背比べとか思ってるでしょ!? 自分と比べたらどっちも無いに等しいとか思ってるでしょ!?」

 

 ふにふらのショックを受けた声に、ゆんゆんは慌てて、

 

「そ、そんな事ないって!!! ただ、その……そ、そうだ、別に私が判定しなくても、身体測定の時の記録で勝負すればいいんじゃないかな!」

「身体測定からはもう随分と時間が経っているではないですか。私達は成長期なのです、短い期間でも驚く程成長している可能性だってあるはずです」

「あ、それ分かる……最近ブラもすぐ合わなくなって……痛い痛い痛い!!! どうして私、めぐみんに同意したのに叩かれてるの!?」

 

 それは、きっとめぐみんは口では成長しているとは言っているが、実際は全然だからだろう。というか、めぐみんの場合まずブラつけてないしな。

 すると、ふと何かに気付いたようなどどんこの声が聞こえてくる。

 

「ブラとかそういう話だと、あるえも大変そうだよね。一番そういうのに興味なさそうだけど、そこら辺はちゃんとしてるの? いくら無頓着でも、流石にその大きさだと付けないわけにはいかないでしょ?」

「ん? あー、うん、確かにゆんゆんの言う通り、合わなくなる事は多いね。ただ、そこは大体親に任せてるかな。……まったく、正直胸なんて邪魔なだけだよ。肩も凝るし」

「うわー、勝者のセリフってやつじゃん、それ……」

「そんなことないよ。それに、君達だって私にはないものを持っているじゃないか。めぐみんは膨大な魔力、ゆんゆんは思いやり、ふにふらは社交性、どどんこは…………とにかく、価値観っていうのは人それぞれだし、そこまで気にしない方がいいと思うよ」

「ねぇ、ちょっと待って私は!? 今私だけスルーしなかった!?」

 

 あるえは何か良い事を言っていたが、どどんこは悲痛な声をあげている。

 まったく、あるえも酷いやつだ。俺は先生だし、どどんこの良い所もちゃんと知ってるぞ。

 ずばり、特徴がない所だ。これだけキワモノが揃っていると、どどんこみたいな比較的普通な子がいないと俺の心が休まらない。

 

 そんな事を思っていると、ふにふらはまだ納得していないような声で、

 

「でも、やっぱり女子としては胸は気になるじゃんか…………先生も絶対巨乳好きだし。そうだ、セシリーさん、ウィズさん、あとあるえとゆんゆんも。何か胸を大きくする秘訣とか知ってたら教えてほしいな!」

「それはズバリ、アクシズ教徒になってストレスフリーな毎日を送ることね! 間違ってもエリス教になんか入っちゃダメよ、あそこの信者は貧乳が多いって有名なんだから! 何せ、崇めてるエリス本人が胸パッドでかさ増ししてるくらいだからね!!」

「なんだか色々と偏り過ぎててあまり参考にならないのですが……まぁ、でも、確かにストレスはよくないとは聞きますね。これは一刻も早く憧れの大魔法を習得してぶっ放すべき……」

「めぐみんの場合、日頃からストレスなんて溜めてないでしょうに……」

 

 ゆんゆんの言葉に、俺もコクコクと頷く。

 俺も人のことは言えないが、めぐみんは割と普段からやりたい放題だし、俺も振り回されることが多いと思う。この前の家出騒ぎとか、最終的にドラゴン退治にまで発展して散々だったからな。

 

 続いて聞こえてくるのはウィズの悩ましげな声だ。

 

「え、えっと……私は特に何かをやっているわけではないですね……」

「それは本当ですか? ウィズはこの国でも屈指の魔法使いでしょう。それならば、何か胸を大きくする秘術を知っていてもおかしくはないのでは?」

「ひ、秘術! うん、なんかそれありそう!! やっぱり魔法使いなら、秘術や禁呪の一つくらいは覚えておきたいものだよね!!」

 

 めぐみんの言葉にふにふらもテンション高く食いつく。

 しかし、一方でどどんこは冷静に。

 

「えー、秘術と言えばもっとこう、イケメン王子様と一緒に強敵に放つ凄い魔法だったり、前世の恋人と会う為に生み出した時魔法とかそういう感じじゃない? 胸を大きくするって、なんかスケールが小さいというか…………ねぇ、ゆんゆん?」

「えっ、ご、ごめん、その辺りのセンスはよく分からないけど……でも、確かに何かスケールが小さいっていうのは分かるような……」

「何ですか、既にある程度持っているからって上から目線ですかそうですか! 聞きましたかふにふら、私達にとっては割と真剣な悩みなのに『スケールが小さい』とか言いましたよこの二人!」

「聞いた聞いた! 今の二人の言葉には『そんな小さい事しか考えられないから胸も小さいんだよ』っていう心の内が滲み出てたね!」

「「そこまで言ってないから!!」」

 

 め、面倒くせえな貧乳二人……本人にとっては真剣な悩みってのは分かるけどさ……。

 ウィズはオロオロとした声で、

 

「い、一応奥の手というか、普段はあまり見せないスキルはありますけど、そんな秘術は持ってませんって…………あ、でも、あらゆる呪いをかける事ができる禁呪があるのですが、それを使えばもしかしたら身体的特徴を変えることも……」

「「それを詳しく!!!」」

「あ、いえ、それは流石に無理ですって! 魔王軍幹部の悪魔の方が使う禁呪ですので……」

「……悪魔の禁呪ですか。ふむ、しかし、最終手段としては考えておくのも……」

「うん……悪魔くらい先生なら全然許してくれそうだし……」

 

 めぐみんとふにふらはこんな事を言っているが、まさか本気じゃないよな……? 胸のために悪魔に魂を売るとか、そんなアホなことは流石にやらかさないと思うが……。

 あと、ふにふらの言葉は、何だか俺が普段から悪魔以上に酷いことをやっているみたいに聞こえるんだけど、気のせいだよな。

 

 ただ、こんな二人に一応は聖職者であるセシリーが黙っているわけもない。

 

「ダメよダメよ。悪魔なんて世界に蔓延る寄生虫みたいなものなんだから、そんなものの力を借りるなんて、ロリっ子にとことん甘いお姉さんでも見逃せないわよ。まぁでも、お姉さんとしても少し残念ね。その身体を変えられる禁呪っていうのは少し興味があったんだけど」

「なんですか、お姉さんはもう十分立派なものを持っているではないですか。まだ大きくしたいのですか?」

「あぁ、そうじゃなくってね。カラダを弄れるってことは、もしかしたら性転換も可能かもしれないじゃない? そうすれば好きな時に男になって、めぐみんさんや他のロリっ子達と」

「それ以上は言わせませんよ!!!」

 

 ロリっ子の為なら性転換も厭わない変態のくせに、あれだけの美貌とスタイルを持っているというのが何とも納得いかない。

 もうこれは何度思ったか分からないが、やっぱり神様ってやつの仕事は適当過ぎるんじゃなかろうか。

 

 俺がそうやって神様に不信感を抱いていると、今度はゆんゆんの遠慮気味な声が聞こえてくる。

 

「で、でも、私も身体を変えられる魔法っていうのは興味あるかも……。あ、別に胸を大きくしたいとかそういうのじゃなくて、小さな動物になってみたいなって思った事は今まで何度かあって。子猫とか子犬とか」

「えー、子猫か子犬? 確かに可愛いけど、紅魔族的には普通はドラゴンとかじゃない? ゆんゆんらしいと言えばゆんゆんらしいけどさー」

 

 ふにふらのからかうような言葉に、ゆんゆんは、

 

「でも、子猫とか子犬って、色んな人に構ってもらえるから……そういう所を端から見てて羨ましくて……それで、私もそういう愛される動物になれたら人と仲良くできるんじゃないかなって……」

「ちょっ、待って待って! 想像以上に悲しすぎる理由が出てきたんだけど!! 人間のままでも、あたし達が仲良くしてあげるから!!」

「そうだよ、卑屈過ぎるってば! あー、びっくりした。ゆんゆんって、たまにホント予想外な事言い出すよね…………というか、めぐみんももっとちゃんとゆんゆんの相手してあげなよ。将来結婚するんでしょ?」

「しないですよ!!! あれはいつもの先生の頭おかしい思い付きで」

「大丈夫よ、めぐみんさん。アクシズ教は愛さえあれば同性愛も重婚も認めてるわ。だから、ゆんゆんさんだけじゃなく、私とも」

「ここにも頭おかしい人がいましたね!! これ以上私に変な設定を付け加えるのはやめてもらおうか!!!」

 

 なんか俺もセシリーも似たような扱いをされているが、セシリーは自分の欲望全開なだけだが、俺は愛しの妹の将来を案じてめぐみんと結婚してほしいと言ってるわけで、断然俺の方がまともだと思う。まともだよな?

 

 めぐみんはこれ以上この話を引っ張りたくないのか、さっさと話題を戻して、

 

「とにかく次です次! あるえ、発育に関してだけは私の負けを認めてあげてもいいですので、何をすればそんなバインバインに育つのか教えてもらえませんか?」

「いや、別に何もやっていないけど…………多分遺伝じゃないかな。めぐみんのお母さんは」

「遺伝なんて絶対に関係ありません。絶対にです」

 

 うん、まぁ、ゆいゆいさんも慎ましいからな……遺伝とか言われると夢も希望もなくなってしまう。

 あるえは溜息をついて、

 

「じゃあ、本当に分からないよ。そもそも、君達は私が胸を大きくする為に何かをしているとでも思っているのかい?」

「あー……まぁ、そうだよねー、あるえが胸の大きさを気にしてるわけないかー」

 

 あるえの言葉に、ふにふらは残念そうにしながらも納得している。確かに、あるえはそういう事に全く興味なさそうだしな。あるえにとっては、胸を盛るよりも、物語の設定を盛る方がずっと大事だろう。そして、例えあるえが貧乳だったとしても、そのスタンスは変わらなかったと思う。

 

 めぐみんもまた、思うような答えを得られずに悔しそうにしながらも、あるえの次に発育の良いゆんゆんに話を振る。

 

「では、最後はゆんゆんです。その分不相応で使う場面もなく、結局無駄になりそうな脂肪の塊はどうやって手に入れたのですか?」

「ねぇ今私の胸のこと何て言った!? 質問してるのか貶してるのか分からないんだけど!! …………それに、私だって特に何かやってるわけじゃないわよ」

「ホントにー? あるえはともかく、ゆんゆんは何かやってそうだけどなー。ほら、先生って明らかに巨乳好きだし、ゆんゆんって先生に関する事なら手段を選ばないイメージあるし」

「そんなイメージあるの!? ほ、本当に大したことは……やってない……けど……」

「つまり、大したことない事はやってるんだ?」

「うっ……」

 

 何とか言い逃れようとしているが、徐々に追い詰められていくゆんゆん。

 俺が知っている限りでは本人の言う通り特に何もしていないようには見えたが、普通はそういう努力は兄に見せるようなものではないだろうし、俺が知らないだけなのかもしれない。

 

 すると、ここが攻めどころとばかりに、どどんこが追い打ちをかける。

 

「……もしかしてさ、ゆんゆんはいつも先生に胸揉まれてるから大きくなったんじゃないの。揉まれると大きくなるって言うじゃん」

「ぶっ!!! ちちちちちちがっ、大体、兄さんが胸揉んでくるようになったのは、もうある程度大きくなってからだから!!」

「いやいや、先生のことだから『お兄ちゃんが揉んで大きくしてやるよ……ぐへへ』とか言いながら揉んでたんじゃないの?」

「……ううん、それはないよ。だって兄さん、『貧乳を揉んでも巨乳を揉んでも、どうせ怒られる事に変わりはない。それなら俺は巨乳を揉みたい』とか言ってたし」

「「…………なるほど」」

 

 ちょっと待ってほしい、確かにそんな事を言った覚えはあるけど、何もこんな所で暴露しなくてもいいんじゃないか。あと、めぐみん達のもう慣れたといった感じの納得の仕方が地味にキツイ……。

 案の定、ウィズが心底軽蔑したような声で。

 

「ひ、酷すぎる……」

「流石のお姉さんもちょっと引いたわ……」

 

 ウィズの言葉も心に刺さるが、あのセシリーまで引いているっていうのがかなりダメージくる……そ、そんなに酷いか……? ぶっちゃけ割と理にかなってると思うんだけど……。

 

 そして、めぐみんは少し悩ましげな声で、

 

「しかし、先生のセクハラが原因ではないとなると、他には中々思い付きませんね。まさか、ゆんゆんが毎日書いている、友達とどこどこで遊んだという妄想日記が胸の成長に何か関係があるとは思えませんし……」

「なななななななな、何でそれ知ってるのよ!!! ていうか、知っててもこんな所で言わないでよ、すっごく悲しい目で見られてるんだけど!!! それに、全部妄想っていうわけじゃないから!!! 最近は休日にめぐみんと遊ぶことだってあるじゃない!!!」

「それならもうあんな悲しい妄想日記など書かなくてもいいではないですか……。他にも、この日は誰々と何回目が合っただとか、誰々と何を話したとか、クラスメイトのみならず、里の子供からお年寄り、挙げ句の果てに犬やら猫やら植物相手まで細かくビッシリ記録しているのは軽く恐怖を覚えるのでやめた方がいいですよ?」

「それも見たの!? い、いいじゃない、それは会話内容とかを見直して、次はこうすればもっと仲良く出来るんじゃないかってシミュレーションする為のものなんだから!!」

「日常会話の予習復習とか、もう真面目を通り越してる気がするのですが……どうせシミュレーション通りには出来ないくせに…………ですが、ゆんゆんの身の回りを探ってもぼっちネタばかりで、胸の成長に関係ありそうなのはないですね」

「ぼ、ぼっちって言わないでよ……だから言ってるでしょ、特別なことはしてないって……」

 

 まぁ、そうだよな。ゆんゆんにとっては、胸の大きさよりも友達の少なさの方が深刻な問題だろう。というか、深刻に考えすぎて逆に引かれるっていう負のループに陥ってる気もするが。

 

 しかし、めぐみんはまだ納得していないようで、疑わしげな声でゆんゆんに追求する。

 

「……本当に何もしていないのですか? その様子を見ていると、隠し事をしているような気がするのですが」

「べ、別に隠し事なんてしてないわよ……それに、めぐみんって他人にはそこまで興味ないじゃない。そんな私の事はお見通しみたいな事言っても説得力ないわよ」

「何を言っているのですか、私はゆんゆんの一番の友達でしょう。普段一緒にいる時間だって、学校がある分、もしかしたらこめっこよりも長いかもしれません。ですので、ゆんゆんが何かを隠していてもすぐ気付くのですよ」

「えっ……あ、そ、そっか……へぇ…………で、でも、これは流石に友達相手でも恥ずかしいっていうか……!」

「なるほど、やっぱり胸を大きくする為に何かしていましたか」

「あっ!! ず、ずるいずるい!! 友達とか何とか言って、最初から私の口を滑らせる為だったのね!!!」

「いえ、確かに友達というワードを出せば口が軽くなるかもという期待はしていましたが、今言ったことは普通に本心ですよ」

「……あ、う、うん……そうなんだ……」

 

 めぐみんの言葉に嬉しそうに口ごもるゆんゆん。何だこの甘酸っぱい空気は、もっとやれ。

 しかし、他の女の子達にとっては気まずいらしく、ふにふらが、

 

「あの、百合ってるところ悪いんだけどさ、そういう空気は二人きりの時に出してもらえると嬉しいんだけど……」

「百合ってません!! ほら、ゆんゆん、あなたのせいでまたあらぬ誤解を受けているではないですか!! さっさと白状してください!!! 本当の友達は隠し事なんてしないものですよ!!!」

「わ、私のせいなの!? どっちかというと、めぐみんの方がそういう事言ってきたんじゃない!! あと、友達って言えば私が何でも言うこと聞くと思ったら大間違いだから!!」

「ぐっ、意外と強情ですね……いいでしょう、それなら紅魔族随一の天才の頭脳を使って推理してあげますよ! ヒントは言葉だけではありません、ゆんゆんのその態度にもあります! まず、そこまで恥ずかしがるという事は…………あ」

 

 どうやら、早速めぐみんは何かを思い付いたようだ。流石高い知力を持っているだけあるが、もっと他に使い道があるんじゃなかろうか。

 そんなめぐみんの様子に、ゆんゆんは不安そうに、

 

「な、何よ、いくら何でもそんなにすぐ思い付くなんて」

「分かりましたよ、ゆんゆん! そうですよ、あなたがそこまで恥ずかしがる事といえばアレくらいしかありません!! 胸が大きくなった原因、それはズバリ、先生をオカズにしたオ」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 風呂場にゆんゆんの大絶叫が響き渡る。

 ……教師としては風呂であまり大声出すなと注意するべき所なのかもしれないが、状況的に声をかけづらい。めぐみんの奴も、いきなり何言い出してんだよ……。

 

 一方で、元凶であるめぐみんは至って冷静に、

 

「なるほど、なるほど。考えてみれば、ああいった行為は性の部分、つまり胸を成長させると言われれば割と納得できいたたたたたたたたたたたたたた!!!!! な、何をする!!!!!」

「許さない! あんた絶対許さない!! こんな所で何言ってくれてんのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「お、落ち着きなってゆんゆん! ていうか、あたし、めぐみんが何を言ったのか聞き取れなかったんだけど」

「うん、私も……ゆんゆんがここまで怒るなんて、一体何を言ったのよめぐみん……」

「あ、あの、ゆんゆんさんも嫌がってますし、これ以上は聞かない方が……」

 

 ふにふらとどどんこは、めぐみんの言葉を理解できていないようだが、ウィズは何となく察したらしい。

 そして、セシリーも大体分かったらしく、オトナのお姉さんらしくフォローを入れる。

 

「大丈夫よ、ゆんゆんさん。アクシズ教は、例え兄をオカズにオ○ニーしてても受け入れて」

「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 フォローではなく追い打ちだったようだ。

 流石にこれでふにふら達も分かったらしく、「あぁ、うん……」みたいな微妙な声が聞こえてくる。

 

 ゆんゆんは泣きそうな声で、

 

「ほ、本当に違うの! 私が胸を大きくする為にやってたのは、お風呂の時に胸をマッサージするくらいだから!!」

「やっと白状しましたか、最初からそう言っていれば無駄な傷を負うこともなかったでしょうに。まぁ、どうせそのマッサージだって、先生に揉まれてる所を妄想しながらやっていたのでしょう。まったく、なんてエロいのでしょうこの子は」

「っ!!!!!」

「……えっ。な、何ですかその反応、私は冗談のつもりで言ったのですが…………もしかして、本当にそんな妄想しながらやってたんですか? というか、それほとんどオ○ニーと変わらないのでは……」

「う、うぅぅ……そ、そんなことは……!」

 

 何だよゆんゆんの奴、言ってくれれば、例え貧乳でも揉みまくって協力してあげたのに。…………なんか凄く気持ち悪い事言ってる気がする、俺。あと、真正面からそんな事を提案すれば普通にビンタされて終わりだろう。

 

 すると、先程まで自分から話に入ろうとしなかったあるえが、この話題には興味があるのか、ゆんゆんに尋ねる。

 

「ふむ、ゆんゆん。その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな? ここまで重度のブラコンというのも中々いないし、小説を書く上で参考になる事も多いかもしれない」

「言うわけないでしょ!!! と、とにかく、私はもうちゃんと話したんだから、これでおしまい! いいわよね!?」

「仕方ないですね……しかし、マッサージ、ですか。なんだか普通というかありきたりというか……まぁ、ゆんゆんらしいと言えばそうですが」

「なんで正直に話したのにそんな微妙な反応されてるの私……」

 

 ゆんゆんの落ち込んだ声に、ふにふらがうーんと声を漏らしながら、新たに浮かび上がった疑問を口にする。

 

「でもさ、マッサージくらいならあたしもやった事あるよ。里の人から聞いた、王都で流行ってるとか言われてた方法なんだけど……ほら、どどんこも一緒に聞いてたでしょ?」

「あー、あったねそんな話。正直本当に効果あるのか怪しかったから、結局私はやらなかったけど…………じゃあ、ふにふらも先生とか弟の事想ってやってたわけ……?」

「い、いや、あたしは普通にマッサージしただけだって……流石にそんな変態じゃないから……」

「へ、変態……!?」

 

 ふにふらの何気ない言葉に更にダメージを負うゆんゆん。

 もういっそ変態だって認めた方が楽になるって後で助言しに行こうか、多分殴られるな。

 

 すると、めぐみんも思考を巡らせながら、

 

「偏にマッサージと言っても色々あるものでしょう。ゆんゆんが行っていたものと、ふにふらの行っていたものでは、やり方が違うという可能性は?」

「私も王都で流行ってるって言われてるものを兄さんから教えてもらったから、多分同じだと思うけど……その、こういう感じにやるやつ……」

「あー、それそれ! えー、じゃあ何であたしは何も効果でなかったの?」

 

 ……あれ、俺が教えたんだっけか。

 昔のことなのであまりよく覚えてないが、言われてみればそんな気も……そういえば、俺が王都に出るようになったばかりの頃は、よく王都での流行を得意気にゆんゆんに聞かせていたから、その時の話の中にあったかもしれない。

 

 めぐみんはまた少し考えながら、

 

「……となると、同じマッサージでもゆんゆんがやっていて、ふにふらがやっていなかった事……つまり、先生に揉んでもらうという変態的な妄想が関係あるのですかね……」

「へ、変態って言わないで! それはその……ほ、ほら、兄さんって巨乳に目がないから、私も大きくなったら揉まれちゃうのかなって思って、それで……」

「はいはい。まぁですが、実際のところ妄想が重要というのは中々信憑性があるかもしれませんよ? なにせ、ゆんゆんにあるえにウィズにセシリーさんと、今ここにいる巨乳は皆妄想癖がある人ばかりですし」

「ええっ!?」

 

 めぐみんの言葉にショックを受けたような声をあげたのはウィズだ。

 ゆんゆんも小声でぼそぼそと否定しているのは盗聴スキルのお陰で聞こえるが、今までの行いからしてクラスメイトから一斉にツッコまれるのは容易に想像できるので、声を大にしては言えないのだろう。

 

 というか、妄想癖なんてものは、いつもカッコイイ設定を勝手に作って自分に付けたりしている紅魔族全員に当てはまるものだと思うけど、そこはツッコんじゃいけないのだろうか。めぐみんも自分の前世を破壊神だと疑ってなかったり、将来大魔法使いになれば巨乳になれると確信していたりするし。

 

 ウィズは若干上ずった声で、

 

「あ、あの、私ってそんなに妄想好きのように見えるでしょうか!?」

「えぇ。言っておきますが、ゆんゆん達の先生絡みの恋愛話になると、そわそわとしながらも興味津々になっているのはバレていますからね。そんなに興味があるのに、自分には浮ついた話がないというのは高確率で妄想好きです」

「うぐっ……!!」

「でもウィズは元々冒険者だったのですよね? ゆんゆんのようなコミュ障でもあるまいし、良い出会いの一つや二つくらいなかったのですか? パーティーの仲間とか」

「そ、それは……その、冒険者時代の私は落ち着きがなかったと言いますか、えっと、戦いの事以外はあまり考えていなくて……」

 

 そんな事を若干恥ずかしがりながら歯切れ悪く言うウィズ。

 俺も王都で聞いたことはあるが、冒険者時代のウィズは今からは想像できないくらいにイケイケだったらしく、「氷の魔女」という二つ名まで付いていたとか。ただ、以前本人にその事について聞いてみたら、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたので、あまり深くは聞いていないが。

 

 ウィズの言葉を聞いて、ふにふらとどどんこも意外そうな声を上げる。

 

「へぇぇ、もしかしてウィズさんって、昔はかなり荒れてたって感じ? めぐみんみたいな狂犬だったとか?」

「あー、でも、ウィズさんって凄く温厚なのにやたらと強いから、少し不思議には思ってたんだよね。そっかぁ、昔はそれだけ戦ってばかりだったんだぁ……それが男の人を遠ざけちゃってたって事なのかな……」

「というか、ウィズの話なのに、さらっと私を狂犬扱いするのはやめてもらおうか。まぁ、上級魔法に加えて爆裂魔法まで習得しているくらいですから、それだけ数多の敵を葬り去ってレベルを上げてスキルポイントを貯めたのでしょう。…………どうしました、あるえ? 先程までとはウィズを見る目が違う気がするのですが」

「いや、今はこうして穏やかな店主さんでも、昔は躯の山の上で高笑いをあげていた、というのが何とも小説の師匠キャラとして美味しいと思ってね。今回の映画に何とかして使えないものかと……」

「た、高笑いとかしてませんから! それに、そこまで怖がられていたわけでは……ないと……思いますけど……」

 

 最後の方は自信なさげに声が小さくなっていくウィズ。

 そんな彼女に、ゆんゆんが慌ててフォローを入れる。

 

「あ、あの、昔のことはよく分からないですけど、ウィズさんはとても優しくて綺麗ですし、きっと良い人が見つかると思いますよ!」

「ゆんゆんさん……でも、私、この年になって恋愛経験もなくて……」

 

 自信なさげに言うウィズに、ふにふらが明るい声で、

 

「そんな気にする必要ないって! だって、ウィズさん20歳でしょ? アラサーで恋愛経験なしとかになるとちょっと厳しくなるかもしれないけど、まだ全然これからでしょ!!」

「…………」

「えっ!? あ、あれ、ウィズさん!?」

「まったく、無神経ですよふにふら。ちょっと耳貸してください」

「へ? う、うん………………あっ!!! ご、ごめんなさいごめんなさい!!! あ、あたし、そんなつもりは……!!!」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから……ふふ……」

 

 どうやらふにふらのフォローはウィズの心を更に抉ってしまったらしい。

 ……うん、20歳っていうのは人間だった頃の年で、ふにふらはそこを失念していた。つまり、今はもっといってるんだろう……近くにセシリーもいるので、おおっぴらに言える事ではないが。

 

 すると、ここでセシリーが暖かく包み込むような声で、

 

「ウィズさん。男性に縁がなくても、考え方を少し変えるだけで世界が変わって見えるものよ」

「考え方を……? それはどういう……」

 

 ウィズの疑問の声に、セシリーは堂々と答える。

 

「相手が女の子でもいいじゃない」

「ウィズ、このお姉さんの話は聞かなくていいです。というか、聞かない方がいいです」

「ちょっとちょっとめぐみんさん、お姉さん割と本気で言ってるのよ? だって、恋愛対象を異性だけにするのと同性も含めるのでは出会いの数も全然違うでしょう? だから、これは恋で悩む人にとって画期的な解決策なのよ! あとは年齢層の下限と上限を広くすれば完璧ね!」

「どこが完璧ですか、異性がダメなら同性とかそんな切り替えできる人なんてアクシズ教徒くらいですよ!!!」

「うふふ、最初は皆そう言うものなのよ。めぐみんさんも私と一緒にいれば、きっと目覚めてくれるわ。元々素質はありそうだし」

「目覚めません! 素質もありません!! お姉さんの妄想癖がゆんゆんと同レベルというのはよく分かりましたから、人を巻き込むのはやめてください!!」

「ちょっと待って!! 私、この人と同レベルなの!? 流石にそれは聞き捨てならないんだけど!!!」

 

 かなりのショックを受けたらしいゆんゆんの声が聞こえるが、めぐみんはまともに取り合う気はないようだ。

 一方でセシリーは何故か得意気に、

 

「めぐみんさん、あなたはまだアクシズ教徒というものが良く分かっていないようね。そう、確かに最初はただの妄想だとか思われるかもしれない…………でも、それを妄想で終わらせずに現実にしようと行動するのがアクシズ教徒なのよ」

「何でしょう、セリフだけ聞けば良い事を言ってるような気がしないでもないのですが、アクシズ教徒が言うとろくでもない事にしか聞こえませんね……」

 

 めぐみんの呆れた声を聞きながら、俺も何度も頷く。

 言葉というのは、それを言う者によって受け取られ方が大きく違ってくるものだ。例えば俺が子供が好きだと言えばロリコンと罵られ、ミツルギ辺りが同じことを言えば子供好きの優しいイケメンと評判が良くなる。

 

 俺がそんな事を考えながら世の中の不公平さを嘆いていると、あるえの声が聞こえてくる。

 

「まぁでも、妄想癖というのも悪いことばかりじゃないよ。妄想でも想像力は付くからね。私なんかは作家を目指しているから重要な事だし、そうじゃなくても想像力豊かな人は、あらゆる可能性を想定する事ができる。例えばそうだね…………」

 

 ここであるえは言葉を切って、

 

 

「――――先生もちょうど今露天風呂に入っていて、隣の男湯でじっと耳をそばだてて私達の会話を聞いていたりする可能性はないかな?」

 

 

 思わずビクッと体が震えた。

 な、なんだ、あるえの奴、気付いてたのか!?

 

 あるえの言葉に、女湯はしんと静まり返った後。

 

「兄さん? もしかして、そこにいるの?」

 

 真っ先に尋ねてきたのはゆんゆんだ。

 ど、どうしよう、さっきからずっと黙っていたくせに今更返事とかしたら、やっぱり聞き耳を立てていたとか思われて怒られそうだ。いや、実際その通りなんだけどさ。

 

 と言っても、向こうが勝手に胸とかそういう話を始めたわけで、俺は別に悪くないんじゃないか? 女子トークで盛り上がっている所に俺が水を差すのも悪いと思ったとか言えば、それで何とかなるんじゃ…………ダメっぽい気がする。

 

 俺が色々と考えを巡らせていると、めぐみんも訝しげな声で、

 

「先程のあるえの言葉の後、隣の男湯から水音が聞こえましたね。さっきまではずっと静かだったのに。…………先生? いるのですか? 女の子の胸の話を聞いて興奮しているのですか?」

「普通なら気にしすぎと思いたいところですけど、カズマさんですからね……本当に聞いていたとしても何も不思議じゃないというのが……」

 

 めぐみんはいつもの事だが、ウィズもまるで信用してなくて俺は悲しいです……いや、完全に日頃の行いのせいなんだけど……。

 

「うーん、お姉さんはカズマさんとは知り合ったばかりだけど、考えすぎだと思うわね」

 

 ここで、意外にもセシリーがこんな事を言ってきた。

 あれ、どうしたんだろうこの人、てっきり一番俺が聞き耳を立てている説を推してくるかと思ったんだけど。

 

 セシリーの予想外の反応に戸惑っているのは俺だけではないらしく、めぐみんが、

 

「急にどうしました、お姉さん? 言っときますけど、先生の欲望への忠実っぷりはアクシズ教徒並だと思いますよ?」

「えぇ、お姉さんもそう思っているわ。だからこそ、もし本当にカズマさんが隣にいるなら、聞き耳を立てる程度で終わるとは思えないのよ。だって、私がカズマさんだったら、めぐみんさん達の胸の話を聞いて我慢できずにここに特攻しているもの」

「すみません、私がアクシズ教徒を舐めていたみたいです……先生は普段からセクハラ三昧ですが、流石にそこまで捨て身では来ませんって」

 

 やっぱりセシリーはセシリーだった。つーか一番酷い事言ってるぞこの女。

 ……と言っても、実際俺は聞き耳を立てるだけじゃ終わらずに、なんとか魔道カメラで女湯を盗撮しようと考えてたから、あながち全て間違いだと切り捨てられないのも事実なんだけども。

 

 すると、ふにふらが少し照れくさそうな声で、

 

「ま、まぁ、でも、先生が本気で混浴したいとか思ってるなら、ちょっと恥ずかしいけどあたしはアリかなーって……二人きりとかなら…………どどんこもそう思わない?」

「えー…………私は流石にまだちょっと恥ずかしいかな…………」

「えっ、そ、そう? でもさ、先生はすぐ他の女の人に流されそうだし、少しくらい強引に距離を縮めた方が」

「はぁ……そうやってすぐに体を差し出す辺り、やはりビッチですね。そんな話を振られてどどんこも困っているではないですか。どどんこの目をちゃんと見てくださいよ、これは『何言ってんだこのビッチ』と思ってる目ですよ」

「ええっ!?」

「ま、待って、そこまでは思ってないから! ただ、ゆんゆんと同レベルの事言い出したから、少し反応に困っただけで……」

「ゆんゆんと同レベル……!?」

「ねぇ、本当に私って皆からどう思われてるの!?」

 

 どどんこの言葉にショックを受けるふにふらに、更にショックを受けるゆんゆん。

 俺としては、ふにふらみたいに積極的なのはウェルカムなんだけどなー。かと言って、めぐみんみたいに普段はそっけない奴が、たまに直球で来たりするとそれはそれで困るけど……面倒臭いな俺。

 

 すると、突然めぐみんが驚いた声をあげる。

 

「な、何をしているのですかお姉さん!?」

「え、何って、本当にカズマさんがいるかどうか確かめてみようかなって。この壁の向こうが男湯だから」

「もしかして直接覗く気なのですか!? それは流石にアウトだと思うのですが!!」

「大丈夫、大丈夫。男が女湯を覗くのと比べたら、女が男湯を覗くのは大した事じゃないわ」

 

 おい何言ってんだこの女、マジで覗く気か!?

 俺はすぐに風呂から出ようと考えるが、今セシリーがどの程度まで壁をよじ登っているのか分からない。運が悪ければ、立ち上がった瞬間をセシリーに見られるという可能性も捨てきれない。

 

 それならと、俺は小声で素早く詠唱して、

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 魔法によって、俺の姿は消える。

 とりあえずは、これで覗かれてもすぐにバレることはない……が、当然里の生徒達は俺のこの魔法のことを知っている。まだまだ油断することはできない。

 

 そこまで考えた時、男湯と女湯を区切っている壁の上から、セシリーの頭が出てきた。

 向こうからは俺の姿は見えないというのは分かっているが、それでも緊張で全身が強張る。

 

 そして。

 

 

「あぁ、なんだ、ゼスタ様だったんですか」

 

 

 その言葉に、俺ははっとする。

 急展開に焦って忘れていたが、今ここには俺以外にゼスタもいる。

 そのゼスタはと言えば、俺と違って何のアクションも見せておらず、穏やかな表情でセシリーを見上げて、

 

「バレてしまいましたか。勘付いた子はあるえさんと言いましたか、流石は紅魔族の娘さん、知能が高い」

「はぁ……ゼスタ様は相変わらずですね。私達アクシズ教徒でも、ゼスタ様の性癖全てに付き合える人などいないのですから、もう少し…………あれ? でも珍しいですね、ゼスタ様がこんな聞き耳を立てるだけで満足しているなんて」

「いえ、私も少し別の趣向を試していたのですよ。ただ覗くだけでは一瞬で終わってしまいます。そこで、ある程度こうして聞き耳を立てて隣の様子を妄想し心を高揚させてから、いざ実物を目にした方が、より大きな感動を得られるのではないかと思いましてね」

「……なるほど。一理あります」

 

 不覚にも俺も少し納得してしまった。

 イケナイお店なんかでも、女の子が最初から際どい服で出てくるよりも、最初は普段着で接客してもらって、頃合いを見てから着替えてもらう方がずっと興奮する。あのワクワク感がいいんだよな。

 

 ……って、そんな悠長に頷いてる場合じゃない。

 犯人はゼスタだったというのは俺にとっては都合のいい展開ではあるが、このままゼスタが俺のことをバラさないという保証はどこにもない。

 

 俺が祈るようにしてゼスタを見ていると、

 

「まぁしかし、バレてしまっては仕方ありませんね。やはり、目の前の欲求にすぐに飛びつかないというのは私らしくなかったのかもしれません。では、ここからは」

「みんな、ゼスタ様が覗いてくるわよ! 早く行った行った!! ロリっ子達は私だけのものよ!!!」

 

 セシリーの言葉の直後、隣からは女の子達の慌てた声と、風呂から上がると思われるバシャバシャという水音が連続する。すぐにセシリーも壁の上から頭を引っ込めてしまう。

 

 それから少しして、隣が完全に静かになったのを見計らって俺は光の屈折魔法を解く。

 

「た、助かった……ありがとう、ゼスタさん。俺のこと言わないでいてくれて」

 

 結局、女湯の覗きは失敗してしまったが、とりあえずはバレなかっただけでも良しとしよう。実際に現行犯で捕まらなくても、隣で息を潜めて聞き耳を立てているだけでも、日頃の行いのせいで覗こうとしていたと言われてもおかしくなかった。

 

 相手が生徒達だけならバレてもキャーキャー騒ぐくらいで可愛いだけなんだが、セシリーやウィズもいるとなると話は別だ。セシリーは代償として何を要求してくるか分かったもんじゃないし、ウィズなんかはテンパッて魔法をぶっ放されたりしたらマジで洒落にならない。

 

 そう考えながらほっと一息ついている俺に、ゼスタはニコニコと。

 

「いえいえ、私としてもこの状況を壊したくはなかったですし、お気になさらず」

「え? いや、たぶん隣はもう皆出ちゃったぞ? 流石にゼスタさんに覗かれるっていうのが分かってて残っているような大物はウチのクラスにはいないって」

「……? あぁ、そういえば言ってなかったですかね」

 

 ゼスタは少しきょとんとした顔になったが、すぐにまた笑顔を浮かべて、

 

 

「私、男もイケますから」

 

 

 ………………。

 ん? あれ? 今このおっさん、何て言った?

 

 まだ上手く事態を飲み込めていない俺に、ゼスタは相変わらずご機嫌な様子のまま、

 

「あ、もちろんロリっ子も大好物ですよ? 出来ればどっちも堪能したい所でしたが、私としてはとりあえずカズマさんがいてくれれば満足ですよ」

「…………」

「ふふ、セシリーさんはカズマさんのことを平凡だなどと言っていましたが、私からすれば全然そんな事はありませんよ。あのロリっ子達よりはお兄さんとはいえ、私から見ればまだまだあどけなさの残る顔立ち、しかしそこに潜む世を知った黒さ。そのギャップがまたたまらないのですよ」

「…………」

「ギャップといえば、その肉体もですね。15歳にして高レベル冒険者なだけあって程よく引き締まったその体、そして冒険者の割には傷がほとんど見られない白い肌。それは思わず手を出すのを躊躇う程美しく、しかし、だからこそ触れてみたいという欲求も同時に湧き起こり……はぁ、はぁ……」

「…………え、えっと、俺、もうそろそろ上がろうかなー」

 

 最初に気付くべきだった。

 ゼスタが風呂に入ってきた時の、先客の人達の反応で気付くべきだった!

 

 これ以上この人と一緒にいるとヤバイ!!

 

 先程セシリーがこちらを覗こうとしていた時とは比べ物にならない程に緊張しているのが分かる。心臓がバクバクと嫌な鼓動を打っている。

 とにかく、ここは速やかにこの場を離れるしかない!

 

 俺は立ち上がって、風呂から出ようとした…………その時だった。

 

 ぎゅむ、と。

 尻を……後ろから……掴まれ……。

 

 

「ふふふ、思った通り、良い感触です。安心してください、最初は戸惑うかもしれませんが、その内」

 

 

 ぷつんと、何かが弾けた。

 

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

***

 

 

 ここはアルカンレティアにある一番大きな湖の畔。

 あの後、俺は何とか変態から逃げ切ることはできたのだが、支援魔法までかけた本気のダッシュをしたせいで汗だくになってしまい、火照った体の熱を下げる為に夜の街を散歩していたら偶然この湖を見つけたのだった。

 

「はぁ……こんだけ汗かいちまったら、温泉入った意味ねえじゃねえか……かと言って入り直すってのもこえーし…………ん?」

 

 そんな文句を言いながら暗い夜の湖の畔を歩いていると、何やら人影を見つける。

 俺と同じく散歩でもしているのだろうかと思ったが、何やら独り言を言っているようだ。しかも、声が結構でかい。

 

 

「この気持ちは何なんだろう……。私はお兄ちゃんの事が好きだったはずなのに、いつの間にかめぐみんの事も…………私は、どうしたら……」

 

 

 ゆんゆんだった。

 ゆんゆんが、一人で、湖の畔で、そんな事を言っていた。

 

 ………………。

 これは、あれだな、明らかに聞いちゃいけなかったやつだな。

 

 俺は速やかに回れ右をすると、ゆんゆんに気付かれない内にこの場を後にしようとする。

 しかし、一歩後ずさった瞬間、パキッと小枝を踏んでしまった。

 

「だ、誰!? え、あっ、に、兄さん!?」

 

 俺の高い幸運はどこへ消えたんだ……。

 足元の折れた枝に忌々しい視線を送ったあと、ゆんゆんには慌てて取り繕った笑顔を向ける。

 

「よ、よう、ゆんゆん、奇遇だな。言っとくけど、俺は何も聞いてないから安心しろ。あと、お兄ちゃんとしては、ゆんゆんとめぐみんの百合展開も大歓迎です」

「バッチリ聞いてるじゃない!!! ち、違うの!! これは」

「分かってる分かってる。そうだよな、好きな人が変わるっていうのはよくある事だと思うよ、うん。でも、相手がめぐみんだっていうなら、お兄ちゃんも大人しく引き下がるから」

「全然分かってないじゃない!!!!! 本当に誤解なのよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 その後のゆんゆんの必死の説明によると、どうやらゆんゆんは映画の演技の練習をしていたらしく、先程のはそのセリフなんだとか。

 撮影の時もゆんゆんの照れの残った演技で、あるえ監督からストップがかかる事が多いため、こうしてコッソリ練習していたらしい。

 

 説明を受けて、俺もようやく納得する。

 

「なるほどな。つまりさっきのは全部演技の練習で、実際はめぐみんの事は友達として好きで、俺のことは男として好きだって区別は付いてるんだな」

「うん、だから…………ちょ、ちょっと待って! 違うから!! べ、別に私は兄さんのことは」

「はいはい、かわいいかわいい」

「その微笑みやめて!!! 頭も撫でないで!!! 違うって言ってるでしょ!!!!!」

 

 ゆんゆんは顔を真っ赤にしながら、頭を撫でる俺の手を振り払いながら話を変えるように、

 

「そ、それより、兄さんこそこんな所で何してるのよ。なんか大声出して宿から飛び出して行ったじゃない」

「それがあのゼスタっておっさん、どうやら男もイケるらしくてな。風呂場でとんでもない目に遭ったんだ」

「えっ……と、とんでもない目って……?」

「…………言いたくない」

 

 軽く自分の尻に触れてみると、まだあのゼスタの手の感触が残っているような感じがする。

 あんなに背筋が凍ったのは生まれて初めてじゃないか。マジでトラウマになりそうだ……ホント何なんだよあのおっさんは。今まで変な奴は何度も見てきたけど、アレはレベルが違うぞ……。

 

 そんな俺の様子を見たゆんゆんは、何かを察したかのようにはっとして、

 

「そ、そんな……兄さんが……まさか、男の人に……! うぅ、他の子達には気を付けていたのに、そんな所から……」

「……あの、ゆんゆん?」

 

 とてつもなく悔やむような、悲しむような表情を浮かべた妹に、どう反応していいか分からなくなる。

 ゆんゆんの奴、なんか勘違いしてるような……。

 

 すると、今度は突然俺に気遣わしげな表情を向けてきて、

 

「あっ、ご、ごめんね兄さん、一番辛いのは兄さんなのに…………その、大丈夫? お、お尻とか痛くない……?」

「え、いや、まだちょっと気持ち悪い感触は残ってるけど、別に痛くはないな……そんなに強くやられたわけじゃないし……」

「い、痛くなかったの? でも流石に最初は……あ、でも、お風呂場なら石鹸とかで滑りを良くすれば平気なのかな……」

「…………」

「えっと、とにかく、私は兄さんの味方だから。何か話したいことがあったら何でも言ってね? それで兄さんの気持ちが少しでも軽くなってくれるなら、いくらでも付き合うから……だから、その、これからも前を向いて生きていこう?」

「…………ゆんゆん。早速だけどお兄ちゃんとちょっとお話をしようか」

 

 どうも話が怪しい方向へと進んでいるのを感じ、この辺りでお互いの認識の確認をする事に。

 その結果。

 

 

「へ、変態だ!!! この妹、可愛い顔して、自分の兄のケツにおっさんのアレが突っ込まれたとか妄想するド変態だっっ!!!!!」

「やめてえええええええええええええええええええええええええええ!!!!! 何よ、兄さんが紛らわしい言い方するのが悪いんでしょバカああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 どうやらゆんゆんは、俺がゼスタに襲われて最後までやられてしまったと勘違いしていたようだ。

 まったく、どれだけ妄想力豊かなのだろうこの子は。お兄ちゃんとしては妹がエロいのは一向に構わないんだが、他の男に付け込まれないか心配だ。

 

 俺は妹の将来を案じながら、頭をかいて、

 

「やっぱゆんゆんって、長年ぼっちこじらせてたせいか、一人で色々考えて暴走するところがあるよな。何かあったらちゃんとお兄ちゃんに相談しろよ? 特に他の男が言い寄ってきたとかそういうのは。すぐに何とかしてやるから」

「そういう時はめぐみんに言うわよ。兄さんに言うと、どう考えても過剰な事するし。…………でも、相談……か」

 

 そこでゆんゆんは少し逡巡するような表情になる。

 ……そうだ、ゆんゆんはこの頃ぼーっとして何かを考え込んでいる様子を多々見かける。この際だ、それについて聞いてしまった方がいいかもしれない。

 

 そう思って口を開いた時。

 

 

「相談なら、お姉さんに任せなさいな!!!」

 

 

 ザバァァ! と大きな水音をあげて、湖から突然セシリーが上がってきた!

 あまりにも唐突な登場に、俺もゆんゆんも同時にビクッと体を震わせる。

 

「きゃっ……セ、セシリーさん!? なんで水の中から!?」

「び、びっくりした……こんな所で何してるんだよあんた……」

「何って、私はアクシズ教のプリーストよ? アクア様は水を司る女神で、ここはこの街で一番大きな湖。やることは決まっているでしょう?」

「あ、もしかして、水の儀式か何かでもやっていたんですか……?」

「えっ、セシリーさんがそんな聖職者らしい事やんのか?」

 

 俺達の言葉に、セシリーはきょとんとした様子で、

 

「いいえ? 釣りしてたのよ。ところてんスライム以外に食べる物が欲しくて。宿の店主は同じアクシズ教徒なのにケチで、温泉入るのは許してやるけど金がないなら夕飯は出さないって言うし、今日のエリス教会襲撃は失敗しちゃったからパンもないの。この街の水や温泉の管理はアクシズ教徒に任されてるから、ここでどれだけ魚を乱獲したところで怒られたりはしないし、安心して食料調達できるのよ」

「あんた本当にプリーストらしさの欠片もないな……つーか、店主さんも温泉入らせてくれるだけ十分親切だろケチとか言ってんじゃねえよ……」

「えっと、でも釣りをしててどうして湖の中から……足を滑らせて湖に落ちちゃった……とか?」

「あぁ、それは」

 

 セシリーがそう言いかけた時だった。

 

 

 ザバァァ! と突然湖の中からタコだがイカだかの触手が飛び出し、俺の体を絡め取ってきた!

 

 

「どわあああああああああああ!!!!!」

「兄さん!!!!!」

 

 モンスターに捕まった俺は、両足が地面から離れ、ふわっという浮遊感と共に為す術なく湖の方へと引っ張られていく。

 このままではマズイと思い、俺は咄嗟に自分を捕まえている触手を掴み、『ドレインタッチ』を発動させる!

 

 すると、体を絡め取っていた触手の力が緩み、宙に持ち上げられていた俺は落下して地面を転がる。

 

「げほっ……し、死ぬかと思った……」

「兄さん、大丈夫!?」

「ゆんゆんさん、危ないから下がって! まだモンスターが狙ってきてるわ、ここはカズマさんを囮……じゃなくて、カズマさんに任せて私達だけでも逃げましょう!!」

「ええっ、そんな!!」

 

 あ、あのアマ……いや、ゆんゆんがこっちに来ないように抑えてくれるのは助かるけどさ……。

 『ドレインタッチ』によってモンスターは怯んだのか、再び攻撃してくることはなく、触手を宙でゆらゆらさせてこちらの出方を伺っているように見える。本体は依然として湖の中から出てこない。

 

 俺はこの間に詠唱を終え、手を手刀の形にして振りかぶり、

 

「『ライト・オブ・セイバー』!!!」

 

 手刀の先から伸びた光の剣は、夜の闇を裂くように横に振るわれ、モンスターの触手を斬り飛ばした。良かった、ちゅんちゅん丸がないので、俺の魔法じゃ威力が足りないかと思ったけど、このモンスターは図体の割に防御力はないみたいだ。

 

 謎のモンスターは触手を斬られて危機を感じたのか、それ以上襲ってくることはなくなり、その隙に俺達は湖から一目散に逃げる。

 向かった先は冒険者ギルドで、すぐにあの湖付近を立ち入り禁止にしてもらい、討伐クエストを出してもらった。

 

 ようやく一息つけたところで、俺はセシリーにじとっとした視線を送る。

 

「まったく、あんなのがいるなら早く言ってくれよ……あんたが湖から出てきたのは、あれに捕まって引きずり込まれたのか」

「あっ、そ、そういう事なんですか、セシリーさん? よく無事でしたね……」

「えぇ、あのモンスターは大きい割に柔らかくて臆病っていうのは知ってたから、触手に噛み付いたら離してくれたわ。あんなにしつこく追ってくるなんて思わなかったけどね。アクシズ教徒には触手攻めが好きな人や、自分を餌にした釣りを好む性癖の人はいるけど、お姉さんは違うし、いい迷惑よ」

「そのふざけた性癖にもツッコミたいところだけど、なんかセシリーさん、あのモンスターについてよく知ってるみたいな口振りだな」

「えぇ、元々あれって、以前私達が布教用に持ってきた水棲モンスターなのよ。結局布教は失敗しちゃって、全部外に逃がしたつもりだったんだけど、残ってたのが住み着いちゃってたのね。まぁ、適当に魔王軍の仕業だとか言っておけば、バレないわよきっと」

「完全にお前らのせいじゃねえか!!! 何でも魔王軍のせいにしてんじゃねえよ……お前らもう魔王軍よりたちが悪いと思えてきたぞ」

「そ、そもそも、布教にモンスターって、どう使っていたんですか……?」

「ふふ、聞きたい? 何故か警察に捕まっちゃったけど、これが中々良い布教法で」

「待てゆんゆん、聞くな。どうせエリス教に罪を押し付けたマッチポンプとかろくでもない事に決まってる」

「なっ……どうして分かったの!? 流石はカズマさんね……やはりあなたにはアクシズ教徒と同じ匂いが……」

「しねえよ! まだ言うかそれ!!」

 

 相変わらずのアクシズ教徒のフリーダムさに頭が痛くなってくる。

 セシリーは水を吸った修道服の袖の部分を絞りながら、

 

「とにかく、お姉さんの事は心配しなくていいわ。それより、今はゆんゆんさんの悩みよ」

「心配してねえよ……心配するとしても頭の方だよ…………え、あれ、セシリーさん、ゆんゆんが何か悩んでるのに気付いてたのか?」

 

 俺は意外に思ってそう尋ねる。隣では、ゆんゆんもまた目を丸くして驚いているようだ。

 セシリーは優しい微笑みを浮かべて、

 

「これでも一応はプリーストのお姉さんだからね。何か悩みがありそうな人は見ていればすぐ分かるのよ。でも、周りに人がいると言いづらいかと思って、二人きりになれるチャンスを伺っていたの。それで、偶然湖でゆんゆんさんを見かけて、ちょうど二人きりだし聞いてみようかと思ったんだけど、いきなり『お兄ちゃんの事が好きなのに……!』とか言い始めたから、空気読んで離れて釣りしてたのよ」

「う、うぅぅぅぅ……!!」

「く、空気読むなら最後まで読んで言わないでおいてやれよ…………でも、ちょっと見直したよ。普段はふざけてても、やっぱ聖職者なんだなセシリーさん。皆のことしっかり見てるんだな」

「普段からアクア様に見られても恥ずかしくない生き方をしているから当然よ。まぁでも、ロリっ子以外は見てないんだけどね。だから、私のお悩み相談はロリっ子限定よ。あ、年下のイケメンでもいいわよ」

「俺の感心を返せよ」

 

 俺はジト目でセシリーを見るが、向こうはどうしてそんな目で見られているのか分からないらしく、きょとんとしている。もういいや……。

 

 俺は溜息をつくと、改めてゆんゆんの方を向いて、

 

「で、ゆんゆんは何に悩んでるんだ? 最近、時々何か考え込むように黙り込んでる時あるよな」

「え、えっと、その、別に悩みっていう程でもないんだけど…………そっか、兄さんもセシリーさんも気付いてたんだ……」

「言っとくけど、俺の方が先に気付いてたからな。なんたってお兄ちゃんだしな」

「ちょっと待ちなさいな。それはカズマさんの方が先に気付くチャンスがあったってだけの話で、出会ってからまだ一日も経っていないお姉さんの方が、気付くまでは早かったって言えるはずよ!」

「なっ、俺よりあんたの方がゆんゆんの事を分かってるとか言う気か!? それは流石に聞き捨てならねえな、俺は小さい頃から一緒にいるんだ! ゆんゆんのスリーサイズはもちろん、紅魔族の体にある刺青の場所だって正確に把握してるんだからな!!」

「お姉さんくらいになると、ロリっ子のスリーサイズくらい目分量で正確に測れるようになるのよ! ズバリ、○○-△△-□□でしょう!」

「っ!!」

「ふふ、その反応は当たりって事でいいわよね? やっぱり女の子の事は同性であるお姉さんの方がよく分かっているのよ。もちろん、その刺青の場所だって、お風呂の時にちゃんと確認したわ! 他の子達も含めて全員分ね! ゆんゆんさんの場所は」

「ま、待って待って待って!!! やめて何言おうとしてるの!? と、というか、どうしてそんんな体の事ばかりなのよ、もっと、その、内面的な事とか……」

 

 顔を赤らめながら、不満そうな顔をするゆんゆんに、俺は。

 

「もちろん内面的な事だって何でも知ってるぞ! 例えば、ゆんゆんはお兄ちゃんの事が大好きで、しかもそれは家族としてとかじゃなくて、一人の男として愛してるって事とか!!」

「そのくらい私だってすぐに気付いたわ! でもゆんゆんさんはその気持ちを素直にぶつける事ができずに、夜な夜な一人で発散を」

「ねぇお願いだからちょっと待って!! どっちがより私を辱められるかみたいな勝負になってるから!!!」

 

 いよいよゆんゆんが顔を真っ赤にさせて泣きそうになっているので、仕方なく俺とセシリーは言い争うのをやめる。

 それにしてもこの人、本当にロリっ子の事はよく見てるな。意外と面倒見の良いお姉さんと見ることもできなくはないが、普段の言動がアレ過ぎて犯罪臭しかしない。一応本命はめぐみんらしいが、ゆんゆんにも何かちょっかい出さないか警戒しておくに越したことはないだろう。

 

 とにかく、ここはまずはゆんゆんの話を聞こう。

 それはセシリーも同じことを思ったのか、自然と俺達はじっとゆんゆんへと視線を送る。

 

 それを受けたゆんゆんは、少し躊躇うような様子を見せたが、意を決したように。

 

「……あの、ね。私」

「ぶぁっくしゅんっっ!!!!!」

 

 とても綺麗なお姉さんのものとは思えない、派手なくしゃみが響いた。

 俺は空気を読めない変態プリーストに思い切りどんよりとした視線をぶつけるが、相手は全く気にしている様子もなくマイペースに。

 

「お姉さん、こんな濡れ濡れだと風邪引いちゃうから、とりあえず宿に戻らない?」

 

 どことなくエロい言い方してるのが腹立つなちくしょう!

 

 

***

 

 

 それから俺達は宿に戻り、セシリーさんは濡れた服を着替え、他の生徒達には知られないように俺が泊まる部屋でゆんゆんの悩みを聞くこととなった。

 

 そして、大体の話を聞いた後、俺は。

 

「なんだ、そんな事で悩んでたのかよ」

「そんな事!? わ、私にとっては結構大事なことなんだけど……!!」

 

 俺の素っ気ない反応にムキになるゆんゆん。

 確かに色々考え込んでしまうゆんゆんらしい悩みなのかもしれないが、俺からすればそこまで深刻に考えなくてもと言う他ない。まぁでも、俺自身まともに学校生活送ってたわけじゃないし、そこら辺が原因で俺とゆんゆんの間に齟齬が生じているのかもしれない。

 

 どうしたもんかと考えていると、セシリーが優しげな微笑みを浮かべて、

 

「ゆんゆんさんはいつだって他の人の気持ちを大切にしている、思いやりのある優しい子なのよね。だから、誰かの為だったら思う存分動けるけど、自分の為に何か行動を起こす時は他の人の事を考えて萎縮してしまう……そうでしょう?」

 

 セシリーの言葉に、ゆんゆんは口を小さく開けて固まってしまう。

 すげえなこの人、ゆんゆんとはまだ知り合ってからほとんど経ってないのに、もう大体のことは分かっているようだ。

 

 セシリーは聖職者らしい、包み込むような優しい口調で、

 

「でもね、相手への気遣いは大切なことだけれど、やり過ぎると壁を作られていると思われることもあるの。だから、たまには自分の素直な気持ちを言ってみてもいいと思うわ」

「で、でも、それで重いとか思われて引かれちゃうとか……」

「大丈夫よ。私が見た限り、クラスの子達みんな、ゆんゆんさんの事が大好きだと思うから。それに、ゆんゆんさんも、カズマさんやめぐみんさんと話す時はそこまで遠慮する事もないでしょ? それと同じような感じで他の子達とも話してあげれば、相手もより親しみを感じてくれると思うの」

 

 …………誰だこの人。

 まるで真っ当なプリーストのようなセシリーの言動に、俺は誰かが変装してるんじゃないかとばかりにまじまじと見てしまう。

 

 そして、ゆんゆんは少しの間難しい顔で考え込んでいたが、やがて何かを決意したような凛とした表情になる。

 

「……わ、分かりました! 私、皆とちゃんと話してみます!」

「ふふ、それがいいわ。お姉さんも、陰ながら応援しているわよ」

 

 ゆんゆんを暖かく見守るセシリーの表情は、見ているだけでこっちまで心強く感じられる…………が。

 

 あれ、なんか俺の役割を完全に奪われている気がするんですが、気のせいですか。

 俺、一応ゆんゆんの先生で兄でもあるんだけど……そのポジションは本来俺がいるところのはずなんだけど……。

 

 何とも寂しい疎外感を覚えている内に、ゆんゆんは部屋から出て皆の所へと行ってしまった。

 妹の背中を見送ったあと、俺は頭をかきながらセシリーに、

 

「その、ありがとなセシリーさん。お陰でゆんゆんも吹っ切れたみたいだ」

「お礼なんていいわよ。可愛いロリっ子の力になれたのなら、お姉さんは幸せなんだから」

「どんだけロリっ子が好きなんだよ、まったく……」

 

 相変わらずブレないセシリーに思わず口元が緩む。

 何というか、第一印象こそは酷いものだったが、こういった純粋にロリっ子を愛でようとしている所だけは認めてやってもいいのかもしれない。

 

 そんな風に思っていると、セシリーは俺に対して講義をするかのように、

 

「あと、これはまだゆんゆんさんにとっては、きっかけでしかないわ。見たところ、あの必要以上に人に遠慮しちゃう性格は染み付いちゃっているみたいだからね。もっと自分を出せるようにするには、段階を踏む必要があるわ」

「あー、まぁ、そうだろうな。性格ってのはそう簡単に変わるもんでもないしな。でも段階って、まだ何か考えがあるのか?」

「えぇ、もちろん。とりあえず、第二段階としてはゆんゆんさんにはアクシズ教に入信してもらうわ」

「おい」

「そして第三段階として、『人との距離を縮めるため』とか言って、日常的に一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝た上で、女同士の良さに目覚めさせて」

「目的変わってんじゃねえか! あんたもうゆんゆんに近付くんじゃねえぞ!!」

 

 そうだ、セシリーの意外な一面を見たせいで忘れかけていたが、この人は基本的に油断ならない変態だった。危ない危ない……。

 

 俺はセシリーを警戒しながら、

 

「大体、あんたの本命はめぐみんだったはずだろ」

「確かに一番好みなのはめぐみんさんだけど、だからって他の可愛いロリっ子には手を出さない理由にはならないわよ。あなただって、正妻とは別に何人か愛人を持ったハーレム生活っていうのには憧れるでしょう?」

「ぐっ……少し納得しちまうのがなんか悔しい……!」

 

 もちろん、素直にそれを認めてしまうと、やっぱり俺はアクシズ教が向いているとか言われてしまいそうなので堪えるが。

 

 このままセシリーと話していると何かドツボにはまってしまうような気がしたので、俺はこの辺りで話を打ち切ることにする。

 

「じゃあ、俺はそろそろ休むから。セシリーさんは」

「えっ、ごめんなさい。年下の男の子は好きだけど、できれば初めてはもう少しイケメンでお姉さんを末永く養ってくれそうな子がいいの」

「ちげえよ何勝手に妙な解釈してんだ! 自分の部屋に戻れって言ってんだよ!!」

「あぁ、一人でするって事ね」

「一人でもしねえよ!!!」

 

 もうホント、この人と話していると頭が痛くなる上にどっと疲れる……。

 

 それから俺はセシリーを追い出すと、ある魔道具を取り出した。

 風呂の覗きには失敗してしまった俺だが、そこで終わるような男ではない。実は女部屋の方には既に魔道カメラを仕掛けてあり、こちらのモニターで向こうの様子を観察できるようになっていた。ゆんゆんがまだ学校に慣れてない頃は、似たような方法で休み時間の教室を観察して妹のことを見守っていたものだ。

 

 カメラを仕掛けたのは、ゆんゆん、めぐみん、ふにふら、どどんこの四人部屋だ。本当はウィズの部屋に付けてサービスショットを狙いたかったのだが、今回はクラスのお泊りに臨む妹の姿を保存することを優先した。お兄ちゃんだもんな俺。

 

 こういった旅行の夜といえばガールズトークというものは欠かせないだろう。その流れで、もしかしたらゆんゆんがお兄ちゃんへの愛を語ってくれる可能性もあるかもしれない。そんな妹の言葉を録音できた日には、きっと毎日が幸せになれる事請け合いだ。

 

 そんな期待に胸をワクワクさせながらモニターをつけると、そこにはちゃんと女部屋が映し出され、浴衣姿の少女達が各々リラックスしている様子が見える。

 どうやら、まだゆんゆんは部屋に戻ってきていないらしいので、俺はそのまま少し待っていると。

 

「へぇ、流石はカズマさんね。そんな手を仕込んでいただなんて」

「どわあああっ!?」

 

 突然頭上からそんな声をかけられ、驚きのあまり体が跳ね上がる!

 すぐに声のした方向、天井へと視線を向けてみると、なんと天井裏からセシリーが板を外してこちらをニヤニヤと見ていた。

 

「どこ隠れてんだよ、NINJAかあんたは!」

「NINJA? よく分からないけど、ここはアクシズ教徒が運営している宿よ? こういう仕掛けがあっても不思議ではないでしょう?」

「あんたらの頭が不思議だよ…………つーか、まさかそのまま天井裏から女子部屋まで隠れて行くための仕掛けなのかそれ」

「残念ながら、女子部屋へは行けないように封鎖されてるわ。一度ゼスタ様がやらかして逮捕されちゃってね」

「息をするように逮捕されるなあんたら」

 

 アクシズ教徒の奇行にいちいちツッコんでいたらキリがないというのは分かってはいるのだが、流石に全部スルーできる程俺は図太くない。

 ちなみにNINJAというのは、紅魔の里の図書館にある本にたまに出てくる、アサシンのようなものだ。

 

 頭を痛めている俺にはお構いなしに、セシリーは慣れた動作で天井裏から部屋に下りてくる。

 

「それ、めぐみんさん達の部屋を映してるんでしょ? お姉さんにも見せて見せて」

「いや、セシリーさんは一応女なんだし、普通に部屋訪ねればいいだろ」

「こんな美人プリーストに一応女って…………もちろん、部屋は訪ねたわよ。カズマさんが宿を飛び出したすぐ後くらいだったかしら。でも、ロリっ子にお布団っていう組み合わせにテンション上がりすぎちゃって、ちょっと過度なスキンシップしちゃったみたいで、激しい抵抗を受けて部屋から追い出されたわ」

「お前は俺がいない間にウチの生徒に何やらかしてくれてんだ。そんなん聞いて見せられるか、しっしっ」

「現在進行形でやらかしてる人に言われても…………ふふ、でもそんなにお姉さんを無碍に扱っていいのかしら? アクシズ教徒を下手に抑圧すると、反動で何をやらかすか分からないわよ? それなら、ここで映像を見せてくれた方が平和的に終わるんじゃないかしら」

「こ、こいつ、開き直りやがったな……!」

 

 しかし、考えてみるとその通りで、この変態女が可愛いロリっ子の為に手段を選ばずにとんでもない事をやらかす可能性だってゼロじゃない。

 

 それならば、睡眠魔法とかで眠らせてしまうというのも考えるが、セシリーの力量がよく分からないのが不安だ。ただの変質者のおっさんにしか見えないゼスタが高レベルのアークプリーストだというのを考慮すると、セシリーも実力者である可能性は捨てきれない。

 それに、プリーストには『リフレクト』という攻撃を反射するスキルもあるので、下手に魔法を使えば自分に返ってくるリスクもある。

 

 色々考えた結果、俺は渋々ながら。

 

「……分かったよ。セシリーさんも見ていいよ」

「カズマさんならそう言ってくれると思っていたわ! そうよ、私達は争うよりも協力していくのが」

「ただし」

 

 セシリーの言葉を遮って、俺は一言。

 

「これを見終わったら、今日はもう俺の生徒には何もせずに自分の部屋に戻って寝るって約束しろ。断ったらバトル展開だからな。そんなのは、お互いリスクもあるし得はしないだろ?」

「えぇ、約束するわ! だから早く映像を」

「アクア様とやらに誓え」

「………………」

 

 俺の言葉に、セシリーの笑顔がピシリと固まり、そろーっと目を横に逸らしていく。

 こいつ……やっぱり約束破る気満々だったな……!

 

 俺はセシリーが逸らした視線の先に回り込み、じっとガン飛ばし、

 

「ち、か、え」

「わ、分かった、分かったわよ!! 誓えばいいんでしょ誓えば!!! …………ちっ」

 

 普通に舌打ちしやがったこの女!

 やはり決して油断ならないと、俺は改めて警戒を強める。

 

「ねぇ、もう少しそっち行ってもらえる? よく見えないのだけど」

「そんな押すなって、これじゃ俺が見づらくなるだろ。一応俺の持ち物なんだから、少しは遠慮しろよ遠慮」

「さっきゆんゆんさんに言ったけど、親交を深めるにあたって、時には遠慮しないというのも大切な事なのよ。つまり、私はもっとカズマさんと仲良くなりたいと思っているからこそ、こうやって」

「何が仲良くだ! お前らアクシズ教徒はいつだって遠慮なんかしてねえだろ絶対!!」

 

 美人でナイスバディなお姉さんと部屋で二人きりで体を密着させているというのは、それだけ聞けば男として凄くおいしい状況ではあるのかもしれない。

 しかし、相手がセシリーとなると、今ではそんな色気は一気に消し飛んでしまう。最初はエロいと思ったんだけどなぁ。

 何だろう、ララティーナも相当残念な美人ではあったけど、少なくともあのエロい体には少しくらいは劣情を催すことはあったんだが……アクシズ教徒ってのがアレなんだろうか。

 

 そうやってセシリーと騒いでいる間に、画面にはゆんゆんが部屋に戻ってきたのが映されていた。

 俺とセシリーは互いに押し合うのをやめ、モニターに注目する。

 

『おや、ゆんゆん。どこへ行っていたのですか。まさか、誰かに話しかけられるだけでも嬉しいからって、外に出てアクシズ教徒から勧誘を受けていたとか言いませんよね』

『い、いくら私でもそこまではしないから! えっと、その、ちょっと相談したい事があって兄さんの部屋に行ってたの』

『『先生の部屋!?』』

 

 ゆんゆんの言葉に、めぐみんだけではなく、肌の手入れをしていたふにふらとどどんこも勢い良く食いつく。

 

『あたし達もいつ行こうか話し合ってたのに、まさかゆんゆんに先を越されるなんて! どうせ、相談って言っても大したことじゃなくて、ただ先生とイチャイチャしに行ったんでしょ!!』

『ち、違うって! た、確かに兄さんには大したことでもないみたいな反応されたけど、私にとっては真剣な悩みで……』

『……もしかしてゆんゆん、旅先でテンション上がりすぎてついに告っちゃった、とか? その悩みだって、「私、兄さんのことが男として好きみたいなの!」ってやつで、そこからの「うん、知ってる」って流れ?』

『ちちちちちち違うってば!!! 本当にそういうんじゃないから!!! そもそも、兄さんの部屋に行くことになったのも偶然外であんな所を見られちゃったからで……』

『あんな所って?』

『そ、それは……』

 

 一人で隠れて演技の練習をしていたと言うのが恥ずかしいのか、口ごもってしまうゆんゆん。

 俺からすれば、別に悪い事してるわけじゃないし言ってもいいんじゃないかって思うけど、本人にとっては違うんだろう。

 

 そして、ゆんゆんは頬を赤く染めてぼそぼそと、

 

『……ひ、秘密の……その、恥ずかしい所を……』

『『秘密の恥ずかしい所!?』』

 

 おい、言い方、言い方。

 ゆんゆんのもじもじと恥ずかしがっている様子も相まって、何か変な誤解をしているようで顔を驚愕の色に染めているふにふらとどどんこの二人。

 

 ゆんゆんもまた、結構ムッツリであるからかすぐに気付いたようで、

 

『あっ、ちがっ、ま、待って!! そういう事じゃないの!!! そ、そうだ、セシリーさんもいたの! 私、別に兄さんと二人きりってわけじゃなかったの!! それで、本当は外でも良かったんだけど、セシリーさんがビショビショになっちゃったから、兄さんの部屋に』

『『セシリーさんがビショビショに!?』』

 

 あかん。

 ゆんゆんの奴、テンパり過ぎて必要な事は言わないで余計な事ばかり言ってドツボにはまってる……というか、これじゃ俺の立場まで危うい事になってるんですけど……。

 

 すると、隣からセシリーがくいくいと袖を引っ張ってくる。

 

「ねぇ、大変なの。ゆんゆんさんの羞恥プレイを見てると、お姉さん本当にビショビショになりそう」

「もう帰ってくんないかなあんた」

 

 そうやってセシリーのバカな言葉を一蹴していると、画面の中では先程まで静かにしていためぐみんが冷静な口調で、

 

『まぁ待ってください、二人共。とりあえずは落ち着いてゆんゆんの話を聞いてみましょう。自分から告白や、そんないかがわしい事など、奥手なこの子がそう簡単に出来るものではありませんよ。二人は、ゆんゆんの事は恋敵としてはそこまで警戒していなかったでしょう? ふにふらだって、先程「まさかゆんゆんに先を越されるなんて」と言っていたではないですか』

 

 めぐみんの言葉に、ふにふらとどどんこも少しは冷静になったようで、腕を組んで考え始める。

 

『…………うん、そっか、そうだよね。妹っていう一番身近な立場にいて、全然アピールできないで勝手に暴走してるのがゆんゆんだもんね』

『そうだね、冷静に考えてみると…………というか、ぶっちゃけ最近一番怪しいのって、めぐみんだし』

『…………さ、さぁ、ゆんゆん! ちゃんと話してください!』

 

 急に自分に矛先を向けられ、慌ててゆんゆんに話を振るめぐみん。

 ゆんゆんはめぐみん達の会話に何か言いたげに口をむにむにとさせていたが、せっかく話を聞いてくれるようになったのに、ここで余計なことを言ってまたこじらせたくなかったのか、一度深呼吸をしてから今度こそは冷静に順序立てて説明していく。

 

 少しして、ようやく誤解が解けると、ゆんゆんだけではなく、ふにふらやどどんこも安心したようにほっと一息ついていた。

 めぐみんだけは、どうせこんな事だろうと予想していたのか、特に表情を変えないまま、

 

『それで、結局そのゆんゆんの悩みとやらは何だったのですか?』

『あ、うん……めぐみんは知ってると思うけど、実は、その……』

 

 ゆんゆんは一瞬ちらっと不安げにふにふらとどどんこの事を見るが、元から言おうと決意していた事もあって、すぐに気を取り直してから、

 

 

『――――私、もうそろそろ学校を卒業できそうなの』

 

 

 一瞬の間。

 ゆんゆんは緊張した面持ちで二人の反応を待っている。

 

 すると。

 

『えっ……ホント!? はやっ!! 凄いじゃん、おめでとう、ゆんゆん!! あたしなんて、まだ当分卒業なんて出来そうにないのに!!』

『あ、でもそうだよね。ゆんゆんっていつもテストで良い点取ってるし、ポーション沢山貰ってスキルポイントが貯まっててもおかしくないよね…………あれ、でも、なんでそれが悩みなの?』

 

 普通に祝福されて少し戸惑っていたゆんゆんだったが、どどんこの疑問に両手の指をもじもじと絡ませながら言い難そうに、

 

『だ、だって……卒業しちゃったら、クラスの皆とも会う機会がなくなっちゃうと思って……わ、私、それは嫌だなって……』

 

 そう、最近ゆんゆんがぼーっとしていたのは、紅魔祭に向けてドタバタと騒がしくも楽しいクラスでの時間を過ごしていると、そういった時間も残り少ないという事も同時に実感して、寂しい気持ちになってしまうからだった。

 

 そこまでクラスのことが好きになってくれたのであれば、先生として俺も嬉しい事は嬉しいのだが、だからと言って卒業を嫌がられるというのもまた困ったもので。

 

 まぁでもきっと、これはゆんゆんが考えている程、難しい問題でもないと思う。

 

 ゆんゆんの言葉を聞いたふにふらとどどんこは、少しの間きょとんとしていたが、すぐに明るい笑顔を浮かべる。

 

『あはは、そんな重く考える事じゃないっしょ! まぁ、うん、確かに卒業しちゃうと学校で会うことはなくなっちゃうかもしれないけど、それでもあたし達が友達って事には変わりないじゃん!』

『そうそう、学校がなくても会おうと思えば会えるって! 里の外に出るようになっても、テレポートさえ覚えちゃえば気軽に集まれるしさ!』

『…………「私達、ずっと友達だよね!」とか言っておきながら、割とあっさりと疎遠になってしまうというパターンもよくあるらしいですが』

『あんたここでそれ言う!?』

 

 めぐみんが余計なことを言っているが、何だかんだふにふら達は卒業した後もゆんゆんの事を気にかけてくれるとは思う。

 

 どんなに仲がいい相手でも、ずっと一緒にいるというのはそんなにある事でもない。

 俺だって今は教師として紅魔の里にいる事が多いが、商人になって度々里を出るようになってからは、その前と比べてぶっころりーやぷっちんと会う機会は減った。それでも、別に縁が切れるとかそういう事もなかったし、時々一緒に飲みに行ってたりもした。まぁ、あいつらとは腐れ縁って感じだが。

 

 ゆんゆんは二人の答えが予想外だったのか、目を丸くして何も言えずにいたが、少しして遠慮気味に上目遣いで、

 

『ほ、本当に……? 卒業しても、私と友達でいてくれるの……?』

『当たり前じゃん! というか、むしろ卒業してからが本番的なところもあるっしょ! 皆ある程度仕事とか見つけて落ち着いたら、またこうやって旅行にでも行こうよ』

『い、いいの!? 私、こうやって皆でお泊りなんて信じられないくらい幸せで……もう一生分の幸せを使い果たしちゃったんじゃないかって思うくらいで、これが人生で一番幸せな思い出になるんだなって……』

『重いよ!!! 旅行くらい、いくらでも一緒に行ってあげるから!!! 旅行じゃなくたって、もっと気軽にショッピングとかもさ!』

 

 ぼっちをこじらせ過ぎたゆんゆんに、慌ててフォローを入れる二人。

 それを聞いて、ゆんゆんはぱぁっとそれは嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

『じゃ、じゃあ、友達同士で楽しくお店を回って何買うか色々話して決めたり、服とかを見せ合いっこして「これかわいいー!」とか、そういうのも出来るの!?』

『で、できるよ、できるってば! というか、そのくらい普段からめぐみんとやったりしないの!?』

『一緒に買い食いくらいならしていますよ。「これ美味しそうですね」とか言いながら食べ物を選ぶのは楽しいです』

『ねぇ待ってめぐみん、それ絶対あんたはお金払ってないよね? ただゆんゆんにたかってるだけだよね? 似たような方法で他の子達にもたかってたでしょうが。ゆんゆんも、いくら友達だからって甘やかし過ぎでしょ……』

『うん……流石に私もめぐみんにはどうかと思うんだけど、目でずっと私と食べ物を交互に見てくるから、つい……』

 

 一応めぐみんの家には俺が定期的に食料を届けたりもしているので飢える事はないと思うのだが、だからといって無駄に買い食いする余裕があるはずもなく、買い食いするなら誰かにたかるしかない。

 ちなみに、誰かに貢がせる能力ではめぐみんよりもこめっこの方が圧倒的に高く、あの子に頼まれると大抵の人間は何でも買ってきてしまう。こめっこは天使だからな、無理もない。

 

 ふにふらは呆れて溜息をつきながら、

 

『まったく、めぐみんは相変わらずねー。たまにはあんたからゆんゆんに何か奢ってあげたら? プレゼントとかでもいいけどさ。バイトとかして』

『私にとって今はとにかく大魔法習得が第一ですので、バイトなどしている暇はないのです。それに、ゆんゆんにプレゼントなどしても、ふにふらが以前にあげた髪留めのように使われずに保存されるのがオチですよ』

『えっ、ほ、保存って……?』

 

 ふにふらが恐る恐るといった様子で尋ねると、ゆんゆんは幸せそうにはにかむ。

 

『えっとね、ふにふらさんから可愛い髪留めを貰った時、本当に嬉しくて嬉しくて……だから三重の鍵がついた宝箱に入れてるの。それでね、寝る前にギュッって抱きしめると、胸がポカポカしてきてよく眠れて……』

『いやいやいやいや!!! おかしいから、明らかに髪留めの使い方じゃないから!!! あとそれ、100エリスくらいの安物で、そんな大層な物じゃないし!!!』

『ううん、値段なんて関係ないの。私にとっては、友達から貰った物っていうだけで、どんな物でも一生の宝物だから……もちろん、どどんこさんから貰った手紙も大切に取ってあるよ』

『え、手紙? そんなのあげた事あったっけ…………あ、も、もしかして、たまに授業中に先生の目を盗んで回してるメモのこと言ってるの!? あれも大事にしてるの!?』

 

 ふにふらもどどんこも、あまりのゆんゆんのこじらせっぷりに顔を引きつらせている。

 というか、授業中にメモなんか回してやがったのかアイツら……学校生活あるあるかもしれないけど、俺の授業で良い度胸だ。ふにふらやどどんこなんかは最初はあんだけ俺にビビってたくせに、今では全然そんな事もないのが悪い方にいった結果だろうか。

 

 ……まぁでも、今回だけは見逃してやるか。

 気付けなかった俺も俺だし、ゆんゆんも嬉しそうだしな…………次見つけたらとんでもない事をしてやるが。

 

 それから、ふにふらとどどんこは、ゆんゆんの根っからのぼっちっぷりを何とかしようと、色々諭しているようだ。これからはめぐみんだけじゃなくて、自分達とももっと遊ぼうとか何とか。

 画面越しにそんな様子を見ていたセシリーが、優しく微笑みながら、

 

「やっぱり、このクラスの子達って可愛いだけじゃなくて中身もすっごく良い子ばかりね。クラスの雰囲気も良さそうだし、カズマさんが意外にも良い先生だって事なのかしら。結束を固めるには、共通の敵の存在が一番とも言うし」

「おいコラ、誰が共通の敵だ。……いや、まぁ、最初はそんな扱いだったかもしれないけど、今は認めてもらってる……と思うから。それに、めぐみん達なんかは俺にデレデレだしな!」

「えぇ……てっきり財産目当てだとしか思ってなかったのだけど、よくよく見てると本当にカズマさんに惚れているみたいね……」

「財産目当てとか言うな」

 

 まったく、失礼極まりない。

 俺レベルになると、財産目当ての女なんて今まで散々見てきたし、すぐ分かるもんだ。なんたって、王都で俺に近付いて来る女の大半がそれだしな。…………なんか悲しくなってきた。

 

 そうやって一人で勝手に自爆して憂鬱な気持ちになっていると、何やら珍しくセシリーが考え込んでいる様子で。

 

「…………そうよね、考えてみればカズマさんって、凄い商人でお金は持っているのよね…………それに、ゆんゆんさんのお兄さんで、めぐみんさんが好きな相手…………そうよ!」

 

 突然、何か閃いたように手を叩くセシリー。

 嫌な予感しかしないし、聞きたくない。しかし、俺が耳を塞ぐより前に、セシリーは俺の両手を取ってきた。

 

 

「カズマさん、私、あなたと結婚することに決めたわ。不束者ですが、よろしくね!」

「不束者過ぎるだろ。何だどうした、今度は頭のどのネジがふっ飛んだんだ」

 

 

 突然普段以上にトチ狂った事を言い出したセシリーは、ギラギラとした欲望にまみれた目を向けてきて、

 

「だってカズマさんってお金は十分持ってるし、私のこと養ってくれそうだし。それに、カズマさんと結婚すればゆんゆんさんを妹にできて、めぐみんさんとはカズマさんの妻同士ってことで仲良くできて、良い事尽くめなのよ!」

「…………」

 

 一体どこからツッコめばいいのだろうか。一度にこんなにツッコミどころをぶっ込んでくるのはやめてほしいのだが。

 というか、人生初のプロポーズをされた相手がこれかよ…………いや、王都のギルドで酔っ払ったゆんゆんが「私と結婚してよ!」とか叫んでたし、そっちを初めてとしてカウントすることにしよう。そうしよう。

 

 とにかく、セシリーに関してはもう面相臭いので放置でもいいんだが、それはそれで鬱陶しい事になりそうだし、とりあえずこれだけ言っておこう。

 

「ごめんなさい、無理です。他を当たってください」

「…………ええっ!?」

 

 そんなに俺の返答が予想外だったのか、ショックを受けたように呆然とするセシリー。

 

「ど、どうして!? こんな美人なお姉さんのどこが気に入らないの!?」

「どこって言われても、色々あり過ぎてな……えっと、とにかく俺達は合わないと思うんだ、うん」

「そんな事ないわよ! 確かに顔だけで言えば、平凡なカズマさんと超絶美人な私は不釣り合いかもしれないけど、そこはお金でカバーできるから大丈夫よ! 私、カズマさんがイケメンじゃなくても妥協できるから!」

「張っ倒すぞ」

 

 ここまで酷い口説かれ方は生まれて初めてだ。というか、これ口説いてないだろ、貶してるだろ。正直なのは良い事だけど、正直過ぎるにも程がある……。

 するとセシリーは、俺の顔を見て口説き方を間違えたことは理解できたらしく、

 

「も、もちろん、お金だけじゃないわよ! 後はほら、さっきも言ったけど、ゆんゆんさんやめぐみんさんと家族になれるじゃない!」

「もう俺の事じゃねえだろそれ! そもそも、ゆんゆんを妹にできるってのは分かるけど、めぐみんと妻同士って何だよ。俺はセシリーさんとめぐみんの二人と結婚するのかよ。まず妻同士って仲良くなれそうな感じしないんだけど」

「大丈夫よ、私はカズマさんとイチャイチャしたいわけじゃなくて、妻という安定した立場をゲットして養ってもらいつつ、ロリっ子達とイチャイチャしたいだけだから! めぐみんさんともきっと上手くやれるし、何も問題ないわ!」

「一夫多妻は国の法律的に問題あるんだけど……」

「ふふ、そこも抜かりないわよ。アクシズ教は常日頃から同性婚や一夫多妻制を認めるように運動を…………はっ! ちょっと待って、それなら同性婚で私がゆんゆんさんと結婚して、カズマさんの妹になるっていうのもありね……血の繋がってない年上の妹なんて、シスコンのカズマさんならきっと大喜びで養ってくれる事間違いないんじゃ……!!」

「……まぁ、とりあえず法律を変えるところから頑張れよ」

 

 もうまともに相手をする気力もないので、それだけ言って終わらせておく事にする。

 

 ただ、俺としては同性婚はともかく一夫多妻制というのは中々魅力的であり、そこだけはアクシズ教を応援してもいいかもしれないとは思う。

 ……あれ、でも同性婚が認められるようになったら、百合百合しいゆんゆんとめぐみんが結婚して、めぐみんが俺の妹になるって可能性も…………アリだな。

 

 俺はそこまで考えると、セシリーに手を差し出す。

 

「……よし、分かった。同性婚と一夫多妻制の合法化運動、俺も陰ながら協力するよ。資金援助は任せとけ。そうだよな、愛には色んな形があるんだから、一組の異性同士しか認められないなんて間違ってる」

「カズマさん……えぇ、その通りよ、あなたならきっと分かってくれると思っていたわ! ねぇ、やっぱりカズマさんはアクシズ教に入信すべきだと思うんだけど」

「それは断る」

「ぐっ……ま、まぁ今はそれでいいわ。ここはお互いの利益の為に協力しましょう」

 

 セシリーは少し残念そうな顔をしたが、すぐに切り替えて不敵な笑みを浮かべながら俺と固く握手を交わした。

 

 例え一夫多妻制が認められたとしても、セシリーと結婚して養っていくつもりなど毛頭ない。

 しかし、俺は自分の利益を考えて行動できる男だ。少なくとも法改正自体は双方にとって利益になる事は確実なので、利用できる所は利用させてもらおう。

 

 俺とセシリーは互いに色々な思惑を抱きつつ、口元に薄い笑みを浮かべていると、モニターの方では未だにふにふらとどどんこが友達についてゆんゆんに諭していて、そんな二人にめぐみんが、

 

『…………あの、実は私からも一つ言っておきたい事があるのです』

『えー、ゆんゆんはともかく、あんたのは聞きたくないなぁ。また何かやらかしたの?』

『お願いだから私達は巻き込まないでね?』

『違いますよ! いつも何かやらかしている問題児のような扱いはやめてもらおうか! ……そ、その目もやめろぉ!! …………こほん。実はですね』

 

 めぐみんは勿体ぶるような間を作った後、右手を顔の近くにかざす妙な決めポーズを取りながら、

 

『私も、そろそろ卒業なのです。クラス一の天才がいなくなると色々と不都合が生じるかもしれませんが、これからはあなた達だけで』

『へぇ、そうなんだ。おめでと。それより、ゆんゆん! あんたとりあえず、人から貰った物を何でも仕舞いこんじゃうのやめなってば! いや、貰った物を大切にするのは良い事だと思うけど、流石に髪留めとかは普通に使ってよ!』

『そうそう、ゆんゆんって顔も性格も凄く良い子なんだから、普通にしてたら里を出ても人気者になれるし友達も出来るって。卒業したら王都を拠点に冒険者するつもりなんだっけ?』

『あ、う、うん……もっと外の事を見てきて、次の族長に相応しい人間になれたらって…………それに、王都は人が集まるところだし、もしかしたら私と仲良くなってくれる人もいるんじゃないかと思って……』

『そこがもう卑屈過ぎるでしょ! 仲良くなってくれる人なんていくらでもいるって! あーもう、ゆんゆんが王都なんかに行ったら簡単に変な男に騙されそうで心配だよ。あんた可愛いんだから気をつけぶごっ!!!???』

 

 突然ふにふらの顔面に枕が飛んできて、とても女の子のものとは思えない声があがった。

 投げた本人であるめぐみんは、こめかみをピクピクとさせて、

 

『ゆんゆんと比べてこの扱いの悪さは何ですか!!! クラスメイトが卒業すると言っているのに、軽く流すとかどんだけ薄情なのですか!!!!!』

『急に何よもー……だってゆんゆんと違って、あんたは別に卒業するから寂しいなんて、まともな人間みたいな感情は持ちあわせてないでしょ?』

『あ、そうだ。あんた卒業したら外で何かとんでもない事やらかしそうだし、私達とクラスメイトだったとか言わなくていいからね? 私達まで変な目で見られそうだし』

『なるほど、二人共私にケンカを売っているのですね!? いいでしょう、売られたケンカは買ってやりますとも!!!』

 

 両手で枕を掴み振り回して襲いかかるめぐみんに、ふにふらとどどんこは悲鳴をあげる。

 そして、そんな光景に「も、もしかしてこれが、友達と旅行に行った時にやるって言われてる『枕投げ』なの……!?」とか何とか呟きながら、自分も参加するべきかどうか迷っているようだ。いや、これはただのケンカだろ……。

 

 そうやって暴れ回る生徒達を画面越しに見ながら、セシリーは、はぁはぁと荒い息を吐いている。

 

「つ、ついにエロシーンがきたわ!! もう、浴衣であんなに暴れちゃって、はだけて色々見えちゃってるじゃない!!! もっとやって!!!」

 

 こんな子供同士のケンカを見て、こんだけ興奮するような変態はこの人だけだと思いたい。

 俺は呆れながら、

 

「あんたは風呂であいつらの裸まで見てんのに、今更浴衣がはだけたくらいでそんなに興奮出来るものなのか?」

「はぁ……分かってないわねぇ。確かにお風呂での裸の付き合いも凄く良いけど、浴衣からちらっと見える生足や胸元やうなじなんかも温泉宿での楽しみとして外せないでしょ。ほら、カズマさんもちゃんと見てみなさいな」

 

 何故か俺の方が呆れられてしまい、セシリーがやれやれと首を振っている。

 その仕草にイラッとしながらも、言われるままに画面を見てみる。

 

 子供らしく布団の上で取っ組み合ってぎゃーぎゃー暴れているめぐみん達は、セシリーの言う通り浴衣がはだけて胸やら下着やらが見えてしまっていて、もはや衣服としての機能を果たしていない。

 

 …………あれ。

 何だろう、セシリーの主張を素直に認めるのはかなり抵抗があるのだが、確かに浴衣というのは何か普通とは違う魔力のようなものがある気がする。

 パンチラくらいなら、制服のスカートが短いこともあって普段から割と頻繁に見ているし、ゆんゆん相手には何度か風呂を覗いたりした事もあったが、それらとは違った趣があるというか……。

 

 あの少しめくれば色々と見えてしまう危うい構造のせいか、それとも、旅行先で開放的になっているという印象のせいか、浴衣と女の子の肌という組み合わせは自然と目が引き寄せられる。それはもはや芸術的とさえ思えた。これまで女の子の浴衣姿を見るという機会がほとんどなかったせいもあるが、今まで気づかなかった自分が男として情けない……。

 

 とはいえ、こうして乱れているのがめぐみん達のような子供という事もあって、セシリーと違って俺はそこまで興奮することはないが、これがウィズだったら…………よし、この宿にいる間に何とか写真の一枚は撮らせてもらおう。

 

 そんな俺の様子を、隣でセシリーが不敵な笑みを浮かべて眺めつつ、

 

「ふふ、その顔、どうやら浴衣の良さは分かってくれたみたいね?」

「…………そうだな、認めるよ。浴衣は良いもんだ。今度紅魔族随一の美人のそけっと辺りにも何とか着せてみて、エロい写真撮れないか試してみるか……」

「流石はカズマさん、考えが女の敵そのものね。でもそうやって欲望に忠実なの、私は嫌いじゃないわよ。あ、でも、だからってお姉さんの浴衣のセクシーショットは安くないわよ? どうしても見たいって言うなら、私を養ってくれるって約束してから……」

「いや、あんたはいいや」

「!?」

 

 何やらショックを受けているセシリーは置いといて、俺は再び画面に集中する。

 どうやら取っ組み合いは一段落ついたらしく、ふにふらとどどんこは乱れた浴衣姿で布団の上に倒れたままシクシクと泣いていて、それをめぐみんが満足気に眺めていた。その絵面はかなりアレで、これだけ見ると何か変な誤解をしてしまいそうだ。

 

 それにしてもめぐみんの奴、体格ではクラスで一番貧弱といってもいいはずなのに、どうしてここまでケンカが強いのだろうか。まぁ、こいつは頭が良くてズルい手を考えるのも得意だし、手段を選ばなければいくらでもやりようはあるのかもしれない。

 実際、俺もケンカでまともにやり合う事はほとんどない。大体、何か相手の弱みに付け込んで一方的に優位に進める。それが賢いケンカってやつだ。

 

 そんな状況を、一歩引いた場所から苦々しく見ていたゆんゆんは、

 

『さ、流石にやり過ぎでしょ……めぐみんって本当血の気が多いというか喧嘩っ早いというか、それ少しは直さないと騎士団だってすぐクビになっちゃうわよ』

『ふん、騎士団といっても相手にするのは魔王軍や荒くれ者がほとんどなのですから、このくらいでいいのですよ。何より、私は替えのきかない重要な戦力なのですから、多少やらかしても見逃してくれるでしょう』

 

 

 そんな事をドヤ顔で言うめぐみん。

 これはぜひ痛い目を見てもらいたい所だが、実際クレアはめぐみんには結構甘いので、多少やらかしても見逃してもらえるというのは否定出来ない……俺にはあんだけガミガミ言ってくるくせに……。

 

 ゆんゆんもまた、俺と同じような気持ちなのか、渋い顔で何か言いたげにしている。

 そんな中、ふにふらとどどんこが布団から起き上がりながら、

 

『里でもちらっと聞いたけど、そのめぐみんが騎士団から内定貰ったって話は本当なの? 短気が服着て歩いてるようなのが騎士団って、似合わないってレベルじゃないと思うんだけど』

『うん、ちょっと想像できないよね。こんな、どっちかというと魔王軍の方が合ってそうなめぐみんが騎士団ねぇ……』

『……二人は中々根性があるようですね。そんなに私とラウンド2がやりたいのですか。それならお望み通りに』

『ま、待って待って! 分かった、悪かったってば!! めぐみんが騎士団なんて、ちょっと意外に思っただけだって!!』

『う、うん、そうそう! えっと、そ、それで、どうしてそんな事になったの? この前先生と一緒に王都に行ってたのも、騎士団の関係で……ってことなんでしょ?』

 

 そういや、めぐみんが騎士団入りする事になった経緯とかは、クラスではゆんゆん以外は知らないんだったな。まず大前提として、爆裂魔法については極力知られたくないという事があるので、それに関連する事柄も自然と伝わり難いというのもある。

 

 めぐみんは得意気な顔で、

 

『私は紅魔族随一の天才ですからね。学生の頃から里の外からも注目を集めてしまうのは仕方のない事です。実はこの前は、王都で騎士団への期限付き入団のようなものをしまして。その間に王都を襲ったドラゴンの討伐戦において多大な貢献を認められ、無事に入団内定を貰ったというわけです』

『『ドラゴン!?』』

 

 ふにふらとどどんこは、二人揃って目を丸くして驚きの声をあげる。

 

 ……嘘は言ってない。

 めぐみんは学生ながらも、王都の騎士団では知れ渡っているのも事実だし、シャギードラゴンとの戦いでも一応貢献はしていた。

 ただ、騎士団へは元々俺の方からめぐみんの話をしていたっていうのと、シャギードラゴン戦では俺の魔道具を誤って爆発させたのが結果的に良い方向に転がったってのを言ってないだけだ。

 

 めぐみんは二人の反応に気を良くしたのか、更に調子に乗る。

 

『あの時の私の勇姿は、それこそ今撮っている映画にも問題なく使えたでしょうね。ドラゴン戦では、国一番の硬さとも言われるクルセイダーが攻撃を引きつけ、その隙にこの私が膨大な魔力を解放し、ドラゴンに多大なダメージを与え地に落とし、最後は魔剣使いのソードマスターが一閃。その後、私の活躍に心を打たれた王女様直々に正式に騎士団に入ってもらいたいと頼まれたというわけです』

『それはいくら何でも話盛ってるよね!? 大体、めぐみんの魔力が凄いのは知ってるけど、まだ肝心の魔法を覚えてないじゃん! それでどうやってドラゴンにダメージを与えられんのよ!』

『ふっ、魔法が使えなくとも、膨大な魔力さえあればいくらでもやりようはあるのですよ。そんなに信じられないなら、里に帰ってから嘘を看破する魔道具でも使ってあげましょうか?』

『えっ……な、何でそんなに自信満々なのよ……まさか、本当に……!? そんな、でも、相手はドラゴンなんでしょ!? 一体どうやって……』

『そこで何も思いつかないようでは、私のいる高みまで辿り着く事はできませんよ。戦闘において重要なものは力に知恵、そして格好良さです。その全てが高いレベルにあるからこそ、私は「紅魔族随一の天才」の称号を冠しているのですよ』

 

 うわぁ、このドヤ顔腹立つわぁ……バインドで縛って外に捨ててぇ……。

 ふにふらとどどんこも、悔しげに歯をギリギリと食いしばっているが、何も言うことができない。

 というかこいつ、さっきの話でララティーナとミツルギの活躍はちゃんと出してるくせに、俺のことは完全無視じゃねえか。後で覚えてろよ。

 

 一方で、ふにふら達とは違って大体の話は聞いているゆんゆんは、ジト目でめぐみんを見ている。

 

『でもめぐみん、その期限付き入団の間だけでも相当な問題も起こしたらしいじゃない。お城で爆発騒ぎを起こしたり、貴族の子供を殴ったり。アイリスちゃんともケンカになってたって聞いたけど? 王女様とケンカする騎士団員なんて聞いたことないわよ』

『ぐっ…………そ、それでも、私という人材の有用性を考えれば、その程度は些細な事だと判断されたからこそ内定を貰えたわけで、別にそこまで気にする必要は……』

『ふーん、盗賊を捕まえる任務の最中に、めぐみんが兄さんを性的に襲おうとして大騒ぎした挙句アイリスちゃんに怒られたっていうのも大した問題じゃないってわけ?』

『いいいいい今そんな事言わなくてもいいでしょう!!!』

 

 ゆんゆんが不機嫌そうにそんな事を言うと、めぐみんは顔を赤くして居心地悪そうに身を小さくしてしまう。

 おっ、ゆんゆんの奴、王都から帰ってきた日にその件について説明した時には「兄さんが悪い」とか言ってきたくせに、やっぱりめぐみんにも不満はあったようだ。多分、嫉妬しているところを俺に見せたくなかったのだろう、可愛いやつめ。

 

 そうやってニヤニヤとしていると、隣からセシリーが再び俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。

 

「結局めぐみんさんとは、どこまでやっちゃったの? 私のめぐみんさんの純潔は無事なんでしょうね?」

「そこまでやるわけねえし、そもそもあんたのでもねえよ。というか、被害者だしな俺。動けない俺をアイツが脱がせてきて、上半身をベタベタ触られたり、パンツ下ろされそうになっただけだ」

「め、めぐみんさんったら、そんなに積極的なの!? …………でも、ずっと私がめぐみんさんにイタズラする妄想しかしてなかったけど、逆にめぐみんさんが私の体にイタズラするっていうのも悪くないかも…………むしろ、それはそれでいいわね!! カズマさん、どうやればめぐみんさんとそんな状況に持ち込めるの!?」

「そんな危ない妄想聞かされて教えるわけないだろ」

「ぐっ……まぁ、いいわ。そこはお姉さんのロリっ子に対する鋭い洞察力で当ててみせるわ! ……そうね、まず本来めぐみんさんは、いくら相手がカズマさんとはいえ、ただ欲望のままに襲ったりはしないはず。元々の原因はカズマさんにあると見たわ!」

「っ……な、なんだよ、俺は何も教えないぞ。そんなにじっと見たって無駄だからな!」

「ふふ、その反応だけで十分よ。となると、めぐみんさんの煽られたらすぐムキになる喧嘩っ早さからして、やっぱり挑発に乗ったって考えるのが自然かしらね。つまり、カズマさんが『襲えるもんなら襲ってみろよ、そんな度胸もないくせに』とか言ったんじゃ」

「ちょっと待て、何でそんなまるで見てたみたいに言えるんだよ! おかしいだろ!! あんたまさか心を読める魔法とか使えるんじゃないだろうな!!!」

 

 本当に言い当てられてしまい、変な汗をかきながら思わず大声を出してしまう。

 もはや凄い通り越してこええよ! どんだけめぐみんの事把握してんだ、これが理解あるまともな聖職者ならいいんだが、ロリっ子に目がない変態だってのが大問題だ。

 

 そんな焦っている俺を見て、セシリーはトドメとばかりにビシッとこちらに指を突き付ける。

 

「このお姉さんにロリっ子について隠し事出来るとは思わないことね! ふふふふふ、そういう事なら話は早いわ! めぐみんさんの前に私の無防備な姿を晒して、『子供じゃないなら襲ってみなさいな』と挑発すれば、ロリっ子にイタズラしてもらった上に既成事実まで作れるってわけね!」

「…………うん、そうだね、良かったね」

 

 先程まで緊張していた体から一気に力が抜けていくのが分かる。そうだったな、アクシズ教徒ってのは基本的に何かおかしい事しかやらない人達だった。

 セシリーは自信満々に言っているが、多分そんな事をすれば性的にではなく物理的に襲われて終わるだけだろう。いや、ロリっ子に襲われるなら性的じゃなくてもご褒美とか言い出しそうだな……それはそれで子供に悪影響だしやっぱり止めるべきなのか……?

 

 そんな事を考えていると、画面の中では先程までめぐみんに押されていたふにふらとどどんこが再び勢いを取り戻したようで、めぐみんの方へと身を乗り出して、

 

『あ、そうだ! その先生を襲おうとしたっていうの、詳しく聞こうと思ってたんだ! せっかくの機会だし、洗いざらい全部吐いてもらうよ!!』

『ていうかめぐみんって、実際のところ先生のこと好きなの? なんかいつもハッキリ言わないで煙に巻いてる感じじゃん。ゆんゆんは何か聞いてる?』

『あ、うん、聞いてるよ。めぐみんは兄さんのこと』

『わあああああああああああああああ!!!!! な、何ですか、何なんですかこの流れは!!! ゆんゆん、その話は親友の間だけの秘密です!!!』

『し、親友だけの……!? そ、そっか、それじゃあ言わない方が……』

『ちょっと、ゆんゆんに「親友」とか言って口止めさせるなんて卑怯でしょ! 旅行の夜なんだから、隠し事はなしで吐いちゃいなって! ほらほら、先生のこと好きなんでしょ?』

『そういえば、めぐみんにも妹がいたよね? 案外そっちの方には口が軽くて色々言ってるんじゃ……今度めぐみんの家行って聞いてみよっか』

『あ、あの、先程は調子に乗ってすみませんでした……本当に勘弁してください……』

 

 流石に分が悪いと見たのか、顔を赤くしたまま珍しく素直に頭を下げるめぐみん。

 こいつ、俺と二人きりの時は妙に攻めてくるくせに、こうやって周りからからかわれると普通に恥ずかしがるのか。

 

 というかめぐみんの奴、ゆんゆんに対しては俺への想いとか白状してるんだな。多分俺が聞いても教えてくれないだろうけど、そういうのって二人の間で微妙な空気になったりしないのだろうか。

 でもまぁ、思い切り俺のこと好きだとか言っちゃってるアイリスとも二人は仲良くできているし、そこはあまり関係ないのかもしれない。なんかもう、ゆんゆんはともかくめぐみんも俺のことが好きだって前提で話進めちゃってるけども。

 

 ふにふらとどどんこは、めぐみんの言葉に大人しく引くわけもなく、ニヤニヤと笑ったまま、

 

『もう何言ってんのよ、女の子同士でお泊りしたなら、恋愛話するのは定番ってやつでしょ! 分かった分かった、あたしから先に言ってあげるわよ。あたしは、先生のことが大好きだよ! あたしと先生の出会いは偶然ではなく必然、きっと世界に選ばれたカップルだと思うんだよね!』

『私も先生が好き! 私と先生は、前世では恋人同士で将来を誓い合ったけど、不幸にも仲を引き裂かれ、来世ではずっと一緒にいようって約束した関係なんだよ! はい、めぐみんの番』

『ふ、二人は普段から別に隠すこともなく先生に好きだとアピールしまくってるではないですか! それに、どうせ二人は先生とは大した進展もなくハーレム要員その一、その二といった感じでフェードアウトしそうですし、そこまで重要な情報でもないというか……』

『はぁ!? あんた今何て言ったのよ!! ひ、人が気にしてることズバズバと……あたし達を勝手に戦力外扱いしてると、後で痛い目見るわよ!! あたし達だって、チャンスさえあればいくらでも進展できるし! ゆんゆんじゃないんだから!!』

『大体、ちょっと自分が先生と凄いことしたからって調子乗ってるみたいだけど、逆に言えばそんな事しても関係が全く進んでないんだから、めぐみんの方こそ脈なしって事じゃん! 結局ゆんゆんと同じで、いくらチャンスがあっても意味ないって事じゃん!』

『なっ……こ、この私をゆんゆんと同じだとか言いましたか!? こんな、一番良いポジジョンにいながら、先生に素直になれないせいで当て馬となる事が確定しているようなゆんゆんと同じ!? それは流石に聞き捨てなりませんね!!!』

『ねぇちょっと待って!? 三人のケンカなのに、何も言ってない私が一番酷いこと言われてる気がするんだけど!?』

 

 何故か三人からボロクソに言われて涙目になっている可哀想なゆんゆんだが、これを機にもう少し積極的になってくれる事を期待しちゃってる俺はお兄ちゃん失格なのだろうか。

 つーかめぐみんの奴、これ完全に俺のこと好きだって言ってるようなもんなんだけど、俺は聞いちゃっててもいいのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、隣からセシリーが、

 

「それで、カズマさんはどの子が本命なの?」

「どの子も本命じゃないって、俺をロリコン扱いするのはやめろよ。別に年下が嫌だってわけじゃないけど、最低でも14歳からだな」

「……なるほど。アクシズ教の中年男性信者の中には『14歳こそ至高』って主張する人達も結構いるけど、カズマさんもその人達と同じ考えというわけね」

「おい待て違う!! 中年のおっさんが14歳がいいとか言うのは、ただの変態ロリコンだろ一緒にすんなよ!! 大体、俺は14歳に限定してないだろ、それ以上なら良いってだけだよ」

「えっと、つまり14歳以上なら熟女通り越してお婆さんも対象内ってこと? 流石にそこまでストライクゾーンが広い人はアクシズ教徒でも中々いないわね……それこそ、悪魔やアンデッドじゃなければ年齢性別種族関係なくいけるゼスタ様くらいかしら……」

「あの、正確に言わなかった俺も悪いけど、頼むからアクシズ教徒基準で考えるのはやめてください……」

 

 もう聞けば聞くほどアクシズ教徒の変態っぷりが浮き彫りになっていき、今すぐにでも生徒達を連れて里に帰りたくなってくる……。

 

 でも、あれだな、年齢的にどこから対象内かってのは考えたことあるけど、どこまでいけるかってのはあまり考えたことなかったな。

 まぁ、何となくで言えば20代までとかになるんだろうけど……ただ、もっと年いってても綺麗な人は綺麗だしな…………結局は顔と体か。うん、酷いな俺。

 

 セシリーとそんな事を話していると、どうやらめぐみん達は更にヒートアップしているらしく、ふにふらがぐっと拳を握りしめて立ち上がっていた。

 

『分かった! それじゃあ証明してあげるよ、あたしが単なるハーレム要員その一じゃないって所をさ!! 今から先生の所行って、バッチリ進展させてくるから!!』

『ええっ!? あ、あの、ふにふらさん? もう夜も遅いし、今から兄さんの所に行くっていうのはどうなのかなって……』

『ゆんゆん、旅行の夜に好きな男子の部屋に遊びに行くっていうのも定番中の定番だよ! 止めたって無駄だよ、もう決めたから! ていうか、最初から決めてたけどね!! それに、めぐみんにこんなにバカにされて黙ってなんかいられないし!!』

 

 お、何だ何だ、面白いことになってるじゃないか。

 俺としてはもちろんウェルカムだし、ゆんゆんやめぐみんと比べて、ふにふら抱き枕がどんなものなのか結構興味がある。

 

 どうせならいつもふにふらと一緒にいるどどんこもセットでダブル抱き枕っていうのもいいなと思っていると、そのどどんこはノリノリなふにふらと違い少し戸惑っている様子だ。

 

『ほ、本当に行くの? 私、てっきり冗談かと思ってたんだけど……その、先生だと何するか分からないというか、本当に一線超えちゃう可能性もあるんじゃ……それは流石にまだ早くない……?』

『っ……そ、そんな事ないって! あたし達だってもう12だし、早い子ならそろそろそういうのも経験するものなんじゃないかな……たぶん……』

『そんなわけないでしょう、どこのビッチですか。行かせませんよ。先生が本当に手を出すとは思えませんが、それでもこんな夜中に発情した娘を男性の部屋に行かせるわけないじゃないですか。もう少し常識というものを持ってくださいよ』

『めぐみんに常識がどうとか言われた! 何よ、自分は先生を性的に襲ったくせに、あたしにはやめろとか言う気!?』

『だ、だからその事を持ち出すのはやめてもらおうか!! …………くっ、仕方ありませんね。それでは妥協案です。私も付いていきます』

『ちょっ、めぐみん!?』

 

 めぐみんの提案に驚きの声をあげるゆんゆん。

 しかし、ふにふらは不満そうに唇を尖らせて、

 

『えー、あたしは先生と二人きりがいいんだけど……』

『言っておきますが、これが最大の譲歩ですよ。もしこれで納得出来ないようでしたら、あらゆる手段を用いて邪魔させてもらいますが』

『わ、分かった、分かったからそんな目を真っ赤にさせないでよ怖いから! ……はぁ、何だかんだ言って、やっぱりめぐみんだって先生が好きなんじゃん。つまり、めぐみんも先生の部屋行きたいってだけでしょ?』

『ち、違います! これは何と言いますか、そう、あれでも一応お世話になっている先生ですからね。先生がふにふら相手に一線を越えるなど思ってはいませんが、ふにふらが調子に乗って変なことをしないか監視する為に…………何ですかその顔は!!』

 

 めぐみんは目を泳がせてそんな言い訳をしているが、ふにふらがニヤニヤしているのを見て顔を赤くして文句をつける。

 何だよめぐみんの奴、可愛いところもあるじゃないか。俺の部屋来たいなら素直に来ればいいのに。

 

 そして、こうなってくると愛しの妹も黙っていられず、

 

『あ、あの、それなら私も行く! 確かに兄さんは私達を子供としか見てないし本当に手を出してくる事はないと思うけど、それでもセクハラくらいなら平気でやってくるから安心なんかできないし…………それに、めぐみんはふにふらさんを監視するとか言ってるけど、私からすればめぐみんも兄さんに何かしないか不安なんだよね…………前科もあるし』

『なっ、ゆんゆんまでそれを言いますか! 前科と言えば、ゆんゆんこそ先生関係では色々とやらかしているではないですか! 例えば盗撮とかオ』

『わあああああああああああああああああああ!!!!! と、とにかく、私も行くから! これは別に兄さんの部屋に行きたいっていうわけじゃなくて、あくまで妹として』

『はいはい、分かった分かった。それじゃ、どどんこ、あたし達ちょっと行ってくるから……』

『えっ、皆行っちゃうの!? 流石に部屋に一人残されるっていうのは……じゃ、じゃあ私も行くよ!』

『すみません、先生の部屋は四人用なんです。私達と先生で定員一杯です。そういうわけなので、どどんこは』

『ちょっ、四人用って何よ! 先生が泊まってる部屋ってこの部屋と広さはそこまで変わらないし、五人になっても全然平気でしょ! 私だけ置いてかないでよ!!』

『分かった分かった、じゃあ皆で行くよ。……あ、ちょっと待って。これから先生の所行くなら、あたしもう少し髪整えたいし……ていうか、めぐみんとどどんこも暴れたから凄いことになってるよ、髪』

 

 ふにふらがそんな事を言って、それぞれ身なりを整える少女達。何だよ、マジで皆ここに来んのか。

 本人達も言ってるように年齢的には俺の対象範囲外なので、ミツルギみたいなハーレム気分を体験できるわけではないが、可愛いロリっ子に囲まれるというのはそれだけで幸福な気分になれるものだ。

 

 しかし、今この部屋には大きな問題があるわけで。

 

「どうしましょうカズマさん、あんな無防備な浴衣姿のロリっ子が四人も来るわよ! お姉さんはどうすればいいの!? 脱いで待てばいいの!?」

 

 そう、この興奮してはぁはぁと息を荒くしている変態プリーストだ。

 おそらくゆんゆん達は、まだセシリーがこの部屋にいるとは思っていない。まぁ、俺のセシリーへの態度や、セシリーがロリっ子やイケメンにしか興味ないのを見ていれば、こうしていつまでも二人で同じ部屋にいるなどとは考えないだろう。

 

 ゆんゆん達が部屋に来る前に、この変態をどうにかしなければいけないわけだが、俺には考えがある。

 まずは俺は女子部屋を映しているモニターのスイッチを切ると、

 

「よし、盗撮はここまで。そういう事だから、セシリーさんはさっさと自分の部屋に戻って寝ろよ」

「……えっ。ちょ、ちょっと待ちなさいな! これからロリっ子が来るのに、さっさと出て行けと言っているの!?」

「言っているの。というかあんた、最初に誓ったよな? 『これを見終わったら、今日はもう俺の生徒には何もせずに自分の部屋に戻って寝る』って」

「そ、そんな事誓ったかしら……? でも困ったわね、アクシズ教の教えには『自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい』というものもあるし、それを破るわけにも……」

「アクア様に誓ったよな」

「っっ!!!」

 

 俺から目を逸らしてとぼける気満々のセシリーだったが、俺の一言で一気に顔を強張らせる。

 確かに信者にとってアクシズ教の教えというのは絶対とも言うべきものなのかもしれない。しかし、それに従うとセシリーは女神アクアへの誓いを破ることになる。

 

 勝利を確信した俺は、何も言えなくなってしまったセシリーに意気揚々と。

 

「はっはっはっはっ!!!!! これがあんたらアクシズ教徒の限界だ! あんたらにとって、教えってのは大事かもしれないが、一番大切なのはアクア様だろ!! 確かに好き放題に生きてるっていう点だけ考えると、俺とアクシズ教徒は似てるかもしれない。でも、俺は神だとかそんなのはどうでもいいし、むしろ利用できるなら神だって利用する男だ!!!」

 

 ……決まった。これでようやく、この変態を抑える事ができるはずだ。

 

 俺の言葉に、セシリーは悔しげに奥歯を噛み締めていた……が。

 急に立ち上がると、恨めしげにこちらを見ながら、

 

「…………分かったわ。今日のところは引き分けという事にしといてあげる。でも、これで私がロリっ子達を諦めるだなんて思わないことね!!!」

 

 そんな捨て台詞を残して、セシリーは部屋から出て行った。

 

 はっ、何が引き分けだ、どう見てもこれは俺の完全勝利だろう。

 俺がこれからロリっ子四人を一度に抱き枕にしてぐっすり眠れるのに対して、セシリーは一人寂しく自分の部屋で寝るしかない。これを勝利と呼ばずとして何と呼ぼうか。

 

 さて、そろそろゆんゆん達がこの部屋までやって来る頃だろう。

 このまま大人しく待っててもいいのだが、向こうからすれば俺の部屋を訪れるというのはサプライズ的なものだろうし、それならば、こちらからも何かサプライズを仕掛けてみるのもいいかもしれない。

 

 ……よし、決めた。

 俺はある名案を思い付くと、急いで部屋の明かりを消して布団の中に潜り込む。

 

 それから少しして、小さく扉を開く音が聞こえてきた。

 

 なるほど、ノックなしにこっそり入ってくるって事は、向こうも俺を驚かせる気満々というわけか。望む所だ。

 耳を澄ませば、俺に気付かれないようにゆっくりと忍び足で近寄ってくる足音も聞こえてくる。足音は一つしか聞こえないので、おそらくゆんゆん達四人の中の一人が先に部屋に入って俺を驚かせるという事なのだろう。全員でぞろぞろ入ってきても、バレるリスクが上がるだけだしな。

 

 程なくして、その足音は寝ている俺のすぐ近くまでやって来る。

 そして、俺の被っている布団に手をかけてきた、その瞬間。

 

 

 俺は素早く手を伸ばして相手を掴むと、そのまま布団の中に引っ張りこんだ!

 

 

「うおりゃ、捕まえたああああああああっ!!!!! くっくっ、もう逃さねえぞ、お前は朝まで抱き枕の刑…………あ、れ…………?」

 

 このまま抱き心地だけで忍び込んできた奴の正体を見破ってやろうと思っていたのだが、物凄い違和感を覚える。

 え……な、なんか体大きくないかこいつ……というか、女の子の柔らかい感触と違って、このごつごつしたのって……。

 

 とてつもない嫌な予感に全身が硬直し、冷や汗が頬を伝い、ゴクリと喉が鳴る。

 すると、俺が抱きしめていた相手が、ぎゅっと強い力で抱きしめ返してきた!

 

 

「はぁ、はぁ……誰かにこんな風に抱き締められたのは初めての経験です……セシリーさん、そして何よりアクア様! 感謝します!!」

 

 

 アクシズ教の最高責任者で、相手が悪魔やアンデッド以外なら何でもいけると豪語する、アクシズ教徒の中でも屈指の変態――――ゼスタが、俺の胸元に顔を埋めて、荒い息を吐いていた。

 

 

「うおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!??? ちょ、待っ、離れろおっさん!!!!! つか、なに俺の部屋まで来てんだよ!!!」

「ふふふふ、自分から抱き締めておいて連れないではないですかカズマさん。それに、カズマさんだって、私が来るのを待っていたのでしょう?」

「はぁ!? そんなわけあるか!!! てきとーな事言ってんじゃねえ!!! というか、マジで離れろっての!!! どんだけ引っ付いてんだテメェ!!!!!」

「離れませんとも!!! 先程偶然廊下でセシリーさんと会いまして、その時に彼女が言っていましたよ。『カズマさんはツンデレで、ゼスタ様を避けているように見せて、実は満更でもないんです。今も部屋でゼスタ様が訪ねて来ないか期待して待っていますよ』……と!!!」

「あ……あのクソアマああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 引き分けってこういう事かよちくしょうがああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 確かにセシリーは、ロリっ子に手を出しているわけでもないし、今頃は部屋に戻って布団に入っているのだろう。約束を破っているわけではない……ない、けど!!

 くそっ、一刻も早くあの女をとんでもない目に遭わせてやりたいが、今はとにかくこの変態オヤジから逃げないといけない! 首筋におっさんの息が当たって鳥肌が止まらない!!

 

 そうやって、この状況に俺が本気でパニックに陥っていた時だった。

 急に部屋の明かりが点いて、

 

 

「な、何を……やってる…………の?」

 

 

 震えるその声を聞いて、俺は今度こそ頭が真っ白になった。

 直接見なくても、声を聞くだけで誰なのか分かる。今まで何度も聞いてきた声だ。

 

 愛しの妹、ゆんゆんは今まで見たこともない程に顔を引きつらせて、目の前の様子にただ立ち尽くしていた。

 

 そして、ゆんゆんの後ろには他の三人もいて。

 

「…………予想外です。本当に予想外です。先生が一方的にそのおじさんから襲われているのならすぐに助けるところなのですが、さっき凄いことが聞こえてきましたよ。先生の方からその人を布団に引っ張りこんだとか……」

「えっ、あの、これってつまり先生って…………そっちの人って事なんですか……? あ、あたし達は、年齢の前に、まず性別が対象外だったっていう……」

「……ふ、振られるにしても、この振られ方は何というか……結構くるものがあるね……」

 

 とんでもない誤解を始めた生徒達に、俺は慌てて、

 

「お、おい待て違う!! これは」

「お嬢さん方。これはいわゆるオトナの関係というものであり、あなた達にはまだ早いと思いますな。もう遅いですし、今日は部屋に戻って休んではいかがでしょうか。あ、出て行く時にそこの扉をちゃんと閉めて行ってもらえると助かります」

「「…………はい」」

「ちょっ、は、話を聞けって! おい!! おいってば!!! 頼むから置いてかないでええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 そんな俺の絶叫も、すっかり放心状態に陥ってしまっている少女達には届かず、バタンと、扉の閉まる無情な音が部屋に響いた。

 

 その後、俺は自分の大切な物を賭けて、布団の中で変態オヤジと激闘を繰り広げる事となった。

 もう嫌だ、アクシズ教徒と関わり合いになるなんて、今後一切絶対にあってなるものかと、俺は心に深く誓った。

 

 絶対に負けられないその戦いは、朝方まで続いた。

 

 

***

 

 

 次の日。

 俺はゼスタとの戦いで疲れきった体を引きずり、生徒達を連れて街の転送屋に向かっていた。

 

 行きはウィズと分担してテレポートでここまで来たのだが、帰りはそうもいかなくなった。まず俺はゼスタにスキルを連発したせいで魔力がほとんど残っていないし、ウィズは……。

 

 俺は隣を見る。

 そこには俺の肩を借りてフラフラと何とか歩いているウィズがいる。

 

「す、すみませんカズマさん……こんなご迷惑をおかけして……」

「いや、気にすんなって。やばそうならすぐ言ってくれよ。またドレインタッチで体力分けるから」

「そんな、カズマさんも疲れているのですからこれ以上は…………大丈夫ですよ、少し油断すると昔の仲間が見えるくらいですから……」

「明らかに大丈夫じゃないだろそれ!!! お、おい、しっかりしろウィズ!!!」

 

 ウィズはここの温泉がとても気に入ったらしく、今朝も入りに行ったようだが、そこで間違えて聖水風呂とかいうものに浸かってしまったらしい。そういえば、ゼスタがそんなものがあるとか言ってたような気がする。

 普通の聖水ならアンデッドの王とも言われるリッチーがここまでなるはずがないのだが、水を司る女神アクアを信仰するアクシズ教徒が作った聖水風呂だ。相当強力なものだったのだろう。

 

 ちなみに、弱ったウィズはウチの生徒達が何とか風呂から引き上げて、大慌てで俺を呼びに来たのだが、俺がウィズのもとまでやって来ると、しっかりとタオルでガードされた状態だった。…………いや、非常事態だから裸を見ても仕方ないとか妄想したわけじゃないけど。

 

 とにかく、ウィズの事がなくても、俺としては一刻も早く里に帰りたい。

 

 この街に心残りがあるとしたら、セシリーに過去最大級の折檻をお見舞いしたい所だが、どうやら向こうも俺の仕返しは予想できているらしく、朝早くにウチの生徒達に別れの挨拶だけして、俺が来る前にさっさとどこかへ行ってしまったらしい。いつか必ずとんでもない目に遭わせてやる。

 

 すぐ近くではゆんゆんが俺の顔を覗き込みながら、

 

「ウィズさんも心配だけど、兄さんも大丈夫? 目のクマ凄いよ? あと、その……体とか……」

「頼むから思い出させないでくれ……マジでトラウマになりそうだから……」

 

 今日の朝すぐにゆんゆん達の誤解は解いていて、ゆんゆんも普通に心配してくれている……妹の優しさは本当に心に染みるなぁ……。

 

 ゆんゆんの近くにいためぐみんは小さく息をついて、

 

「でもこれで少しはセクハラされる側の気持ちも分かったでしょう? これに懲りたら、私達へのセクハラも自重してもらえると助かるのですが」

「うん、分かった……俺が悪かった……。そうだよな、セクハラなんてやられる側からすればたまったもんじゃないよな。本当、何やってんだろうな、俺。こんな可愛い生徒達にセクハラするなんて……」

「えっ……あ、あの、そう素直な反応されると、こちらとしても居心地が悪いのですが……。わ、私の方こそごめんなさい、こんな傷心につけ込むような真似をして……」

「いや、いいんだめぐみん。お前が謝ることなんて一つもないよ。めぐみんは優しいな。可愛くて優しくて頭も良い。きっと将来、男達がこぞって取り合いするような良い女になるんだろうな」

「っ……ど、どうしたんですか先生! いつもと違いすぎて気味が悪いのですが!! あ、あと、例え他のどんな男性から口説かれようと、私は、その……」

 

 何やらめぐみんが顔を赤くしてもじもじと照れているが、俺は思っている事をそのまま言っているだけだ。

 そうだ、俺は日頃からめぐみんを問題児扱いしてきたが、人間なんだから欠点の一つや二つあるのは当然のことで、それよりももっと良い所を見てあげるべきだった。もちろん、めぐみんだけではなく、他の生徒達についても。俺のクラスの子達は皆とても良い子なのだから。

 

 そう染み染みと考えていると、ふにふらとどどんこがそわそわとした様子で俺をちらちらと見ながら、

 

「な、何だろう、普段と違ってちょっと気弱で綺麗な感じの先生も結構アリかも……」

「う、うん、分かる、何かキュンとくるよね……」

「いや、こんなの先生じゃないですって! 確かに少し新鮮というのはありますが、こっちの調子が狂ってしまいますよ! ゆんゆん、どうにかならないのですかこれ」

「あー、大丈夫。昔兄さんが密かに狙ってたらしいお気に入りの女の子がイケメン冒険者に取られちゃった時も似たような事になったけど、三日くらいで元に戻ったから」

 

 おっと、妹から辛辣な言葉が聞こえますね。あと、その話もトラウマを抉られるからやめてほしい。

 まったく、ゆんゆんの奴も、昨夜の事が誤解で俺の体が無事だって知った時は心の底からほっとした顔してたくせに、相変わらず素直じゃない妹だ。そこが可愛い所でもあるんだけど。

 

 一方で、この街で散々な目に遭った俺と違って、他の生徒達にとっては良い思い出になったらしく、皆楽しげな声で話している。まぁ、先生としては、それは何よりだけども。

 そして、特にこの街を気に入った様子なのは、

 

「あるえ。キョロキョロし過ぎだって、ちゃんと前見ろぶつかるぞ」

「でも先生、至る所でアクシズ教徒が何かやらかしているので、見ていて飽きないですよ。ほら、あそこでは孤児院設立の署名運動をやっていますけど、よく見たら下にアクシズ教の入信書を重ねています。名前の部分だけ上の紙が切られていて明らかにおかしいのでバレバレですけどね。……あ、警察に捕まりましたよ」

「ああいうのは見ちゃいけません。やっぱ子供の教育には悪すぎるなこの街は……」

「作家志望の私としては、この街は好きですよ。歩いているだけでネタの宝庫です。卒業後は割と真剣にこの街に住んでもいいかなと思っています」

「卒業後にどうするかまでは強制しないけど、頼むから今回のことがきっかけでとか親に言うなよ、俺が責任取らされそうだから……」

 

 あるえの親御さんがどう思うかは知らないが、少なくともゆんゆんがアルカンレティアに住みたいとか言い出したら全力で止める。

 まぁでも、あるえに関しては、この街に住んでもアクシズ教徒にはならないような気がするが。

 

 そんな事を話している間に、俺達は転送屋までやって来た…………が。

 

 

「皆さん、もう行かれるのですね。水臭いではないですか、短い間ですが共にアクシズ教発展の為に歩んだ仲ではありませんか。見送りくらい……」

「ひぃっ!!! く、来るなおっさん!!! 俺に指一本でも触れてみろ、大泣きしながら警察署に駆け込むからな!!!!!」

 

 

 店の前で待っていたのは、俺の中の危険人物ダントツ一位に踊り出たばかりの変態プリースト、ゼスタだった。

 ゼスタは俺の怯えきった様子に、

 

「な、何もそこまで毛嫌いしなくてもいいではないですか……昨夜は互いに色々とペロペロした仲でしょう」

「おいふざけんなおっさん!!! ペロペロしてたのはあんただけで俺は何もしてねえだろうが!!! これ以上妙な誤解を生む発言すんなよ頼むから!!!!!」

「おや、そうでしたか? それでは、帰る前に私のこともペロペロしますか?」

「しねえよ!!!!!」

 

 もう本当に何なんだよこの人、会話してるだけで精神力がゴリゴリと削られていくようだ。

 そんな不穏なワードを含んだ会話をする俺とゼスタに対して、生徒達から送られる腫れ物に触るような視線も地味に辛い……。

 

 するとゼスタは、俺に肩を借りているウィズに心配そうな目を向けて、

 

「ウィズさんは大丈夫ですか? やはり私のヒールを……」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから! お、お気遣いなく!!」

 

 ゼスタの言葉を聞いて、ウィズが大慌てで言う。

 今の弱ったウィズが、アークプリーストのヒールとか受けたら本当に消えちゃうかもしれないからな……。

 

 ゼスタはウィズの反応に少し首を傾げていたが、その必死な様子を元気になってきたと受け取ったのか、安心したような笑顔を浮かべて、

 

「それならいいのですが…………それでは皆さん、アクシズ教徒を代表して私から、ささやかなお礼と感謝を。この度はアクシズ教の布教にご協力いただき、誠にありがとうございました。例え入信していなくとも、あなた方は私達の立派な同志です。アクア様もきっとあなた方を見守っていてくださる事でしょう」

 

 そう言いながら、ずしりとやたら重量感のある袋を差し出してきた。……正直、同志扱いはやめてほしいんだけど。

 

 俺がゼスタに近付こうとしないので、ゆんゆんが代わりに一歩踏み出して袋を受け取る。

 そして、その中身を見て目を丸くさせた。

 

「えっ、あ、あの、こんな大金いいんですか!?」

「えぇ、もちろん。これから転送屋を利用するとなると、お金もそれなりにご入り用でしょう? 遠慮せずどうぞどうぞ」

「で、でも、その、アクシズ教の宣伝といっても、映画では悪役みたいにしちゃったのに……」

「そこは確かに不満もありますが、まぁ、聖戦というのも常に勝てるものでもありませんし、むしろ負け戦を見せる事で、我々と共に邪悪なエリス教と戦いたいと思う同志が増えてくれるのではないかと思いまして。どちらにせよ、私達の活動を多くの人達に見てもらうだけでも、きっと入信者は劇的に増えると思うのです!」

 

 もしそれで本当にアクシズ教徒が劇的に増えたら、この世界は魔王に滅ぼされた方がいいと思う。

 俺のそんな思いをよそに、ゼスタは上機嫌のまま、

 

「では最後に、皆さんの紅魔祭の成功を祈り、女神アクアの祝福があらんことを――――『ブレッシング』!! またいつでも、この街に遊びに来てくださいね。その時はアクシズ教徒一同、歓迎いたしますよ!」

「あ……その、こちらこそお世話になりました! 映画、必ず良い物に仕上げてみせます! ね、あるえ!」

「うん、もちろんだよ。後世まで語り継がれるような、誰の記憶にも残る物を作ってみせるさ」

「ふふ、それはいいですね。紅魔祭はアクシズ教徒総出で参加させてもらうつもりですので、楽しみにしていますよ」

 

 何だかまるでゆんゆんが先生にでもなったかのように対応し、和やかな空気が辺りを包んでいる。

 

 ちなみに、先程ゼスタが唱えた魔法は運を上昇させる魔法で、神の祝福を授けるものとも言われている。……まぁ、この人含めたアクシズ教徒って根は悪い人じゃないんだよな、変人過ぎて危険なのは変わりないけど。

 

 それから俺達は転送屋に入って紅魔の里に帰…………あれ?

 ちょっと待て、さっきゼスタの奴、何かとんでもない事言ってなかったか?

 

 俺は慌てて店を出ると、店の前にはまだゼスタがいて、

 

「おや、どうしました? まさか、昨夜の事が忘れられず、カズマさんはこの街に残ることに」

「んなわけあるか!!! いや、なんかさっき妙な事を聞いた気がしてな……アクシズ教徒が総出で何だって……?」

「紅魔祭に行くと言いましたが」

「やめてくださいお願いします!!!!!」

 

 確かに紅魔祭はテレポートを活用して外から観光客を多数招ければと考えてはいるが、アクシズ教徒なんかが押し寄せたらどんな事になるか想像したくもない。映画撮影に協力してもらっている以上、祭り当日に招くというのは自然な流れなのかもしれないけど……。

 

 ゼスタはくすくすと笑いながら、

 

「そこまで心配しなくとも大丈夫ですよ。決して妙な事はしません、映画と合わせて現地でも布教すれば効果も二倍かと思いまして。皆今からそれはもうやる気満々で、我らの本気を見せる時だと」

「本当に勘弁してくださいお願いします!!!!!」

「そう言われましても、そんなおいしい布教の機会を逃すわけには…………そういえば、あなた方は、次は王都で撮影するのですよね?」

「え、そうだけど……」

 

 どうやらゼスタは何か思い付いたらしい。

 何やら怪しげに目を光らせ、ニヤリと口元を緩める。

 

「実は以前、上手いことやってこの街のギルドが管理している緊急用の大型拡声魔道具をジャックし、それで街中にアクシズ教の教義を広めたことがあったのです。効果は中々のもので、主に自由を求める子供達が我が教会に集まってきて、それはもう素晴らしい光景でしたよ。まぁ、すぐに親御さんが必死な顔で連れ戻しに来るのですが」

「もはやテロだろそれ、牢屋にぶち込まれても文句言えねえぞ」

「えぇ、まぁ普通に逮捕されたのですけどね。それで、ここからが本題なのですが、王都にも当然大型の拡声魔道具はあるのでしょう。そこで」

「おい待て、何言う気だ。無理だぞ無理無理、絶対無理!」

「そこを何とか! この布教法は、王都のように人が多い街でこそ真の効果を発揮するものなのです! これが成功すればきっと、信者の数はぐっと跳ね上がると思うのです!!」

「王都にそんだけアクシズ教徒予備軍がいてたまるか! それに、王都の緊急用の拡声魔道具は、他の街と違ってギルドじゃなくて王城で管理してるから、ジャックとか流石に無理だっつの!」

「……それでは仕方ありません、やはり紅魔祭で布教活動を……」

「ぐっ……!!」

 

 アクシズ教徒に里に乗り込まれてやりたい放題されるか、王都の王城にある拡声魔道具をジャックして街中にアクシズ教を布教するか。酷すぎる二択だ、どっちもマジで嫌だ……。

 

 しかし、どうしてもどちらかを選ばなければいけないとなると……。

 

「…………分かった、やるよ、やればいいんだろ! で、何か策とかあるんだろうな!!」

「そうですか、やってくれますか!! 私達の時はギルドで宴会芸やセクハラなどをやって注意を引いている隙に……といった感じで成功させましたが……」

「今度は王城なんだからそれで全部上手くはいかないって、騎士の数だって相当だし。なぁ、やっぱり無理だと思うから何か別の」

「い、いえ、策はありますよ! あー、ごほん! …………勇敢なあなたに、女神アクアの祝福を! 『ブレッシング』!!」

「運任せって事かコノヤロウ!!!!! 分かったよ、策は自分で考えるよちくしょう!!!!!」

「おお、ありがとうございます! 大丈夫ですよ、何となくなのですが、カズマさんからはアクア様のお力の残滓のようなものを感じられるのです。きっとあなたの事を見守ってくださっているのでしょう」

「あんたらが信仰してる女神様に見守られてるとか嫌な予感しかしないんですけど……俺としては幸運の女神エリス様の方がずっといいんですけど……」

 

 そうやってテンションを落としていると、ふと、ある事に思い至る。

 

「…………あれ、でもアクシズ教の布教なんかしたら、犯人はアクシズ教徒ってバレバレじゃねえか。実行犯の俺が何とかバレずに逃げ切れたとしても、あんたらだって絶対取り調べくらうだろ」

「ふふ、そこはちゃんと考えてありますよ。伊達に何度も逮捕されていません、抜け道は分かっています」

 

 そう自信満々に言いながら懐を探るゼスタ。

 何度も逮捕されてるってのに何でこんな堂々としてるんだこの人は……。

 

 そして、ゼスタが取り出した物は、

 

「録音の魔道具です。布教用の言葉は既に録音済みなので、拡声魔道具をジャックしたらこれを使って私の声を王都に広めてください」

「え、あー、それは分かったけど……こんなのが逮捕への対策になるのか? つーか、ゼスタさんの声とか、それこそ言い逃れできなくないか?」

 

 俺が首を傾げると、ゼスタは何故か取り出した魔道具をまた懐にしまいこんでしまった。

 ……?? 何がしたいんだこの人、ついにボケがきてしまったのだろうか。

 

「カズマさんは確か盗賊スキルを習得しているのですよね? 顔を隠した状態で、『スティール』を使って、私から先程の魔道具を盗んではもらえないでしょうか?」

「は? いや、まぁいいけど……」

「あ、もしカズマさんが望むのであれば、私のパンツを盗っても構いませんよ。お礼として差し上げます。カズマさんは、そのスキルでパンツを盗む事が多いと聞きましたよ」

「ここで本当にあんたのパンツが盗れたら、俺は自分に絶望するよ。じゃあいくぞ、『スティール』!!」

 

 俺が紅魔族ローブのフードを深く被って顔を隠した上で、右手を突き出してスキルを発動すると、次の瞬間には手の中に先程の録音の魔道具が収まっていた。

 それを見てゼスタは満足気に何度か頷きながら、

 

「これで大丈夫です。それではカズマさん、お願いしますよ! 成功した暁には、あなたを名誉アクシズ教徒として」

「それはいいです。……はぁ、よく分かんないけど、本当に洒落にならない事になっても知らないからな」

 

 俺はただ祭りを成功させたいだけなのに、何故王都でテロリストみたいな真似をしなくてはいけないのだろう……やっぱりアクシズ教徒の本拠地で撮影なんて力尽くでも止めるべきだったのか……。

 

 ゼスタと別れた俺は、これからどうしたものかと気が重くなりながら、再び店の扉を開けようとして…………既に少し開いているのに気が付いた。

 奥からは紅い瞳がこちらを覗いている。

 

「……? あぁ、あるえか。なんだよ、ずっとそうやって待ってたのか? それなら悪かったな、もう話は終わったから」

「先生、ちょっといいですか」

 

 あるえは俺の手を引いて店の隅に連れて行く。

 何だろう、あるえがこういう事をするのは珍しい気がする。もしかして、知らぬ間に俺はあるえまでも惚れさせていたのだろうか。…………いくら何でもそれはないな。

 

 それからあるえは、他の生徒達の方を見て、誰にも聞かれていない事を確認すると、

 

「話、聞きましたよ。先生、王都の拡声魔道具をジャックするのでしょう?」

「なんだよ聞いてたのか。まぁ、俺のスキルがあれば絶対不可能ではないと思うから、こっちは気にすんなって。流石にこんな事に生徒を巻き込むわけには」

 

 そう言いかけた時。

 あるえは、どこかミステリアスな感じの笑みを浮かべ、目は好奇心でキラキラさせながら、指先を額に当てた何やら大仰なポーズを取る。

 

 

「私に、良い考えがあります」

 

 

 …………もう本当に嫌な予感しかしない。

 




 
なんか今のところ紅魔祭あんま関係ないので、その内サブタイ変えるかも……
 

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