この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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ちょっと時間取れなくなってきて遅くなってしまいました、ごめんなさいm(_ _)m
2期始まるまでに1章くらいは終わらせたいなぁ
 


紅魔祭 1

 

 とある宿のバルコニーにて、二人の少女は肩を並べ手すりに腕を置き、何を話すわけでもなくぼーっとしていた。

 頭上には満天の星空。前方には禍々しい巨大な城。

 ひんやりとした夜風が頬を撫で、二人の綺麗な黒髪を静かに揺らす。

 

 二人の間にはただ沈黙だけが流れるが、それは決して気まずいものではなく。

 むしろ、心地いいとさえ思っているようでもあった。

 

 少しすると、少女の片方がぼんやりと遠くの城を見ながら。

 

「いよいよだね、めぐみん」

「えぇ、長かったですが、明日で全て終わります。ここまで来れたのは、ゆんゆんの、皆のお陰です。本当に感謝しています」

「何言ってんのよ、私達は皆自分の意思でめぐみんに付いてきたんだから、お礼なんて言う必要ないわよ。それに、どうしてもお礼言いたいにしても、まだ早いでしょ?」

「……そうですね。まずは魔王を倒す……お礼やら何やらはその後ですね」

 

 めぐみんはそう言って、宵闇に紅い瞳を輝かせて魔王城をじっと見つめる。

 そんなめぐみんを、ゆんゆんが横目で見ながら。

 

「…………やっぱり凄いね、めぐみんは」

「え? どうしたのですか急に」

「だってめぐみん、明日にはあの魔王と対決するっていうのに凄く落ち着いてるじゃない。……実はね、私は少し……ううん、とても怖いの……明日のことを考えると、体の震えが止まらなくて……」

「ゆんゆん……」

「あ、あはは、ごめんね……こんなんじゃ、めぐみんや他の皆にも迷惑かけちゃうよね……大丈夫、何とか…………めぐみん?」

「……どうしました?」

「え、えっと、その……手……」

 

 めぐみんは、隣で小さく震えていたゆんゆんの手を握っていた。

 包み込むように、優しく。

 

 ゆんゆんはほんのりと頬を染めて、戸惑いながらその手とめぐみんの顔を交互に見る。

 そんな彼女を見て、めぐみんはくすくすと笑うと。

 

「私だって、内心怖いですよ。かなりビビってます」

「……そう、なの?」

「そうですとも。おそらく、私一人だったら尻尾巻いて逃げ出しているでしょう。でも、私は一人ではありません。私の周りには、ゆんゆんや他の皆がいてくれます。それだけで、魔王だろうが何だろうが何とかなりそうな気がしてくるのです」

「…………ふふ、初めは『魔王討伐など私一人で十分です!』とか言ってたのに、随分変わったよね、めぐみんも」

「うっ……そ、それは言わないでくださいよ……」

 

 めぐみんが気まずそうに目を逸らし、今度はゆんゆんが楽しげにくすくすと笑う。

 それから、ゆんゆんは穏やかな笑顔で。

 

「ありがとう、めぐみん。そうだよね、めぐみんが、皆がいてくれれば何も怖いことなんてないよね」

「えぇ、その通りです。今や私達は国随一と言ってもいいくらいに優秀なパーティーです。恐れるとすればむしろ敵の方でしょう。大丈夫です、例え相手がどんなに強大であろうとも、私の爆裂魔法は全てを消し飛ばします。それはゆんゆんもよく知っているでしょう?」

「……うん、よく知ってる。めぐみんが強いことも……優しいことも……」

 

 ことんと、ゆんゆんの頭が隣のめぐみんの肩に乗せられる。

 それに対して、めぐみんは特に何か反応することもなく、ただ頭上の星空を見上げている。

 

 再び、二人の間には沈黙が流れる。

 しかし、それも今回は長く続くことはなく、すぐに破られることになる。

 

 ゆんゆんが、めぐみんの肩に頭を乗せたまま。

 

「ねぇ、めぐみん。一つ、聞いてもらいたいことがあるの」

「……何でしょう」

 

 めぐみんのその声は静かで、包み込まれるような安心感がある。

 ゆんゆんはゆっくりとめぐみんの肩から頭を起こすと、まっすぐに相手の目を見つめる。

 

 お互いの綺麗な紅い瞳が至近距離で向かい合う。

 真紅の瞳の中には、また真紅の瞳が映り込んでいて、更にその紅い瞳を輝かせているようにも見える。

 

 そして、ゆんゆんは頬を染めて、少しはにかむような笑顔で。

 

 

「私ね、めぐみんのことが――――」

 

 

***

 

 

 めぐみんの騎士団内定からしばらく経ったある日の昼下がり。

 今日は学校が休みなので、めぐみんがゆんゆんと遊びにウチまで来ていた。友達なのだからこのくらいは特に珍しいことでもないのだろうが、ゆんゆんのコミュ障っぷりを考えると、これもかなりの奇跡のように思えてくる。

 

 今二人はリビングで王都で人気のボードゲームをやっている。

 お互いに戦士や魔法使いなど複数の駒を動かし、王様を取れば勝ちというものだ。

 めぐみんは不敵に笑って、駒を持ち。

 

「では、冒険者をここに進ませましょうか」

「……ふふ、うっかりしてたわね、めぐみん! そこはアークウィザードの攻撃の射程圏内よ……ライトニング! はい、これで冒険者は」

「ここでアークプリーストのリザレクション。冒険者は復活します」

「ああっ!? うぅ……さっきからアークプリーストが自由過ぎる……アークウィザードもいやらしい所でテレポートを使うし…………そのせいで確実に冒険者が割りを食っているのに、それでも全体で見ると上手く事を運べているっていうのが……」

「ふっ、紅魔族随一の天才であるこの私が、頭を使うゲームで敗れるわけがないでしょう。それに、冒険者は最弱の駒ですし、他の駒の為に汚れ仕事をして美味しいところは持っていかれるのは仕方のない事でしょうに」

 

 …………。

 いや、ゲームってのは分かってるけど……なんか、こう……。

 

 二人はそんな俺の微妙な顔には気付かず、集中して盤面を睨んでいる。

 少しすると、ゆんゆんがはっとした表情になり。

 

「…………そうよ、ここよ! アークプリーストの祝福でアーチャーの運を強化、敵のアークウィザードを狙撃!」

「あっ!!! くっ……私としたことが、その手を見逃していました……!」

「やった、めぐみんのアークウィザードを倒した! これであの忌々しいエクスプロージョンもない! 勝負あったわね、めぐみん!!」

「…………では、冒険者をこのマスに」

「そこはソードマスターの攻撃範囲内よ! ルーン・オブ・セイバー!」

「デコイ!!」

「なっ……ずっといらない子扱いだったクルセイダーがここにきて……! でも、どういうつもり? そうやって冒険者を兄さんみたいに逃げ隠れさせてても何にもならないわよ?」

「ふっ、あなたは冒険者を過小評価していますね。確かに最弱の駒ではありますが、使いようによっては他のどの駒よりも強力に作用する事があるのですよ。そう、普段は人としてダメダメな先生が、いざという時はドス黒い思考回路で誰も想像出来なかったゲスい突破口を切り開くように」

「おいコラ、おい」

 

 勝負の間は黙っていようと思っていたのだが、思わずツッコんでしまう。何故いきなりこんな事を言われなければいけないのか。俺だってそこまで毎回酷い作戦ばかり考えてるわけじゃ…………いや、大体合ってるな。

 

 めぐみんは俺の言葉など完全無視で、ニヤリと笑って。

 

「冒険者をこのマスに移動します。この意味が分かりますか?」

「…………そ、そっかクラスチェンジ! その位置で冒険者がソードマスターになられると……で、でもまだ勝負は決まってないわよ! めぐみんだってアークウィザードを失っているんだから、厳しい事には変わりないわ!!」

「誰が冒険者をクラスチェンジさせると言いましたか?」

「えっ」

 

 ゆんゆんの呆然とした声の直後。

 めぐみんは盤を引っ掴むと。

 

 

「エクスプロージョン!!!!!」

「あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 盛大にひっくり返した。

 ルール上問題ないとは言ってもやり過ぎなんだよコイツ……この前駒の一つが無くなって散々探したのをもう忘れてやがるな……。

 これでもしまた駒が無くなったら、めぐみん一人で探させよう。

 

 めぐみんはドヤ顔で。

 

「失念していましたね、ゆんゆん。冒険者はここまで敵陣へと進むと、クラスチェンジの代わりに一度だけ全ての職業のスキルを使えるのです!」

「うぅ……このゲーム、絶対ルールおかしいわよ……」

 

 ゆんゆんは無念そうに言うが、実際のところこんなルールなのだから仕方ない。俺だってこのゲームには言いたいことが山程あるが、もう諦めている。

 

 めぐみんは満足気にジュースを飲み、今度は俺の方を向いて。

 

「次は先生が相手になってみます? ゆんゆん以上に負ける気はしませんが」

「やらねーよ。というか、俺ってここに居る意味あるのか? 休日くらい、子供のお守りは勘弁してもらいたいんだけど」

「なっ、何がお守りですか! ふん、先生のようなモテない男が、休日にこんな美女と過ごせるというのですから、むしろ感謝すべきだと思うのですが」

「美女? …………ふっ」

「鼻で笑いましたね!!! いいでしょう、表に出てください!!!」

「よし、上等だ! お前も最近俺のこと舐め腐ってやがったからな、ここらで一度自分の立場ってのを分からせてやる!」

「はいはい、休みの日までケンカしないでってば」

 

 いきり立つ俺とめぐみんを、ゆんゆんが呆れた顔で止める。

 それから、ゆんゆんは俺の方を見ると。

 

「今日は兄さんに少し相談があるの。まぁ、兄さんは放っておくとどこで何やらかすか分からないから、手元に置いて監視しておきたいっていうのもあるんだけど」

「お前、いよいよ自分のお兄ちゃんのことを犯罪者予備軍みたいに扱い始めたな…………で、相談ってなんだよ?」

「うん……その、ほら、私とめぐみんってそろそろスキルポイントが貯まって卒業が見えてきたじゃない? それで……」

「正確に言えば、私はクラスでダントツに優秀なので、ゆんゆんよりも遥かにスキルポイントを稼いでいます。ですが、爆裂魔法と上級魔法では習得に必要なスキルポイントが段違いなので、結果的に卒業の時期はゆんゆんと同じくらいになりそうって事なんですけどね」

「わ、分かってるわよそのくらい! いちいちそれ言って優越感に浸らなくていいから! そ、それでね、兄さん。卒業が近付いてきたら、なんか寂しくなってきちゃって……その、最後に何かしたいなって……」

「……あー、卒業前に学校で何かイベントみたいなのがやりたいとかそういう事か?」

「う、うん! そんな大袈裟な事じゃなくてもいいから、思い出に残りそうな事をできたらなって……」

 

 ゆんゆんはそう言って、少し恥ずかしそうにちらちらとこっちを伺ってくる。

 なるほど、卒業前に何か思い出を……か。最初はゆんゆんが学校に馴染めるか割と本気で心配だったが、こうして寂しく思うくらいには学校を好きになったようで、俺は少し嬉しく思う。まぁ、ろくに学校通ってなかった俺がこう思うのも何だが。

 

 めぐみんは、ゆんゆんの言葉に首を傾げて少し考える仕草をして。

 

「卒業前の思い出になりそうな事と言えば…………ゆんゆんにとって苦手なふにふらを、校舎裏にでも呼び出して一度徹底的にシメるとか?」

「そんな事しないわよ!!! そもそも、もうふにふらさんは別に苦手でも何でもないから!!」

「もう、っていう事は、最初はやっぱり苦手だったんですね?」

「うっ……そそそそそれは別にいいじゃない! とにかく、そんなの良い思い出になるわけないでしょうが!! もっと他にあるでしょ、こう……」

「では、真夜中に学校に侵入して窓ガラスを全部割るとか?」

「違うってば!!! どうしてめぐみんはそんな物騒な事しか思い付かないのよ!!!」

 

 ……まぁ、めぐみんの言っている事も分からなくはない。

 学校の図書室にある学園物の小説では、不良がそういった悪いことをやらかすのも青春の一ページ的な感じで書かれていることは確かだ。とは言え、教師という立場上それを勧めるわけにはいかないが。

 

 そもそも、温厚なゆんゆんにそんな過激なことは明らかに合っていないだろう。

 俺はやれやれと首を振って溜息をつくと。

 

「ったく、めぐみんは血の気が多すぎんだよ。つーより、女らしさが足りな過ぎる。女の子にとっての学校の思い出って言ったら、やっぱ恋愛とかその辺だろ」

「っ!! そ、それは……うん、そうかもしれないけど……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは顔を赤くして上目遣いに俺を見ており、めぐみんは思いっきり胡散臭そうな目をこっちに向けてきている。

 

 俺はゆんゆんに頷きながら。

 

「大丈夫、お兄ちゃんはちゃんとゆんゆんの事分かってるからな。つまり、ゆんゆんは夕暮れの教室で告白されたり、学校が終わったら手を繋いで仲良く下校したり、保健室で隠れてセッ○スしたりってのに憧れてるんだよな?」

「た、確かにちょっと憧れるけど! でも…………あれ? 兄さん、最後何て言ったの?」

「保健室で隠れてセ○クスしたり」

「ごめん、その発想は全くなかったんだけど…………に、兄さんは私と保健室でそういう事したいの……?」

「えっ、いや相手は俺ってわけじゃ……俺の守備範囲は14歳からだし、お前妹だし…………あれ、でもゆんゆんが他の男とそういう事すんのはムカつくな。ごめん、今の全部なしで。ゆんゆんは恋なんてしなくていい。例え俺が誰かと結婚したとしても、一生独身でいてくれ」

「ねぇ兄さん、今自分がとんでもなく最低な事言ってるって分かってる? 分かってないよね? どうしたら分かってくれるのかな?」

 

 おっと、ゆんゆんが凄い顔して今にも掴みかかってきそうだ。

 俺は助けを求めてめぐみんの方を見るが、めぐみんは呆れ果てた様子で。

 

「真面目な話、先生はそういう所直さないといずれ本当に刺されますよ。あと、私は初めてがコソコソ隠れて保健室でなんてお断りですからね。この前王都でやれそうだったからって調子に乗らないでもらいたいです。せめてどちらかの部屋でお願いします」

「いや待て、ホント待って、お前マジで何言ってんの……お、おいちょっと、ゆんゆんが洒落にならない顔になってきてるんだけど何とかしろよお前のせいだぞ!!!!!」

 

 何というか、最近のゆんゆんは恐ろしい顔ばかりしている気がする。お兄ちゃん的にはもっと可愛い笑顔とかを見たいんだけどなぁ…………うん、俺が悪いんだけど。

 

 そんなこんなで、めぐみんの奴が完全に我関せず状態なので、俺が必死にゆんゆんの機嫌を取りながら、実際の所、ぼちぼち卒業していくゆんゆんやめぐみんの為に、何をしてやるべきかというのを考える。

 

 学校らしい思い出かぁ……。

 

 

***

 

 

 ゆんゆんの相談を受けてから俺は、授業はぷっちんに任せて、学校の図書室で学園物の小説を読み漁っていた。というか、俺は副担任なので、授業内容などをぷっちんと一緒に考えたりすることはあっても、実際に教壇に立つのは基本的にアイツであるのが本来の形であると思うんだが……。

 

 この国で学校という教育システムを取っているのは紅魔の里くらいのもので、学園物の小説を書けるのもまた紅魔族だけかと思いきや、ここにある学園物の小説というのは、どうやら大半が他国から伝わってきたものらしい。

 

 紅魔の里付近は強力なモンスターが生息する危険地域という事もあってか、たまに訪れる旅人というのは特別な力を持った変わった名前の冒険者である事が多い。彼らは皆、別の国からやってきたらしく、様々な変わったものを伝えて行ったのだとか。里にある神社という施設や、そこにご神体として祀られている、変わった服を着た女の子の人形なんかもそうだ。

 

 そして、他国から伝わってきた学園物小説を色々調べた結果、ある行事が一番目につく事が分かってきた。物語が盛り上がるのも、その行事の所である事が多い。

 …………それにしても、この学園物小説の主人公達は容姿は普通とか書かれていても、やたらと女の子から好かれる事が多くて羨ましい。こんな学園生活が送れるなら、俺だってもっと真面目に学校に行ったんだけどな……。

 

 その後、俺は早速校長室へと向かい、その行事をやってみないかと提案してみた。

 かなり大掛かりな事なので一日で結論が出ることもなく、それから他の先生達も交えて何日か話し合いを続けて、ようやく皆の同意を得ることができた。

 

 俺は最後の確認を取ってから、校長室を後にする。

 ちょうどそろそろ最後の授業が終わる頃だ。日は大分傾いていて、空はうっすらとオレンジ色に染まり始めている。

 俺は教室まで歩いて行って扉の外で少し待っていると、すぐに終業のチャイムが響き渡った。

 

 それを合図に俺が教室に入ると、すぐにこちらに気付いたふにふらとどどんこが。

 

「あれ、先生どうしたんですか? 最近は授業そっちのけで保健の先生を口説いてるって聞きましたけど」

「私は他のクラスの美人先生を口説いてるって聞いたなぁ……どっちが本命なんですか、先生?」

「んー、どっちかというと保健の先生だけど、あっちはガード堅くてなぁ…………あっ、いや、落ち着けゆんゆん、冗談だ冗談! 俺は妹一筋だから安心しろ!」

「……別に、兄さんがどこの誰を口説こうが私には関係ないけど、そうやって手当たり次第っていうのはどうかと思うだけよ」

 

 そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうゆんゆん。

 それでも、先程の妹一筋というのは嬉しかったのか、少し頬を染めているのが可愛い。

 

 めぐみんはやれやれと溜息をついて。

 

「相変わらず素直ではないですね、ゆんゆんは…………まぁ、私にとっては好都合ですが」

「す、素直じゃないって何の事よ! …………あれ? 今、最後に小さく何か言わなかった?」

「いえ、何も言っていませんよ。それより先生はどうしてここに? 授業は全てぷっちん先生に任せて、朝と帰りのホームルームだけ受け持って仕事をしてる振りをする方針に切り替えたのですか?」

「人聞きの悪いことを言うな。ここ最近俺が授業してないのは、ちょっとした調べ物をしてたからだよ。つーか、ぷっちんはまともに授業やってんだろうな」

 

 俺の怪しむ視線を受け、ぷっちんは無駄に格好付けたポーズを決めながら。

 

「ふっ、何を心配することがある。この俺はいずれ校長の座に着く者……授業くらいお前の手を借りずとも余裕だ」

「めぐみん、さっきの授業はどんな事やってたんだ?」

「今日の授業は魔法使いの杖についてですね。杖と一口に言っても、魔法の属性ごとに相性が違っていたり、威力よりも発動速度を上げるものもあったりと様々なので、自分にあった杖を選ぶことが大切だという話でした」

「うむ、流石はめぐみん。今日教えたことをよく理解してくれているようだな」

 

 ぷっちんはそう言って満足気に頷いている。

 ……これだけ聞くとまともに授業をしているようにも思えるが、どうせコイツのことだ、これだけじゃないんだろう……。

 

 俺は更にめぐみんに向かって。

 

「……それだけか? 他に何か言ってなかったか?」

「そうですね……あぁ、そういえばこんな事も言っていましたね。杖の性能は様々なのでどれが正解だとは言い難い。だから自分の杖はデザインで選ぶのが良い。どんなに良い杖だろうと、格好良いデザインでなければ力の半分も出ない。もっと言うと、デザインさえ自分の感性と合っていれば、それが杖である必要もなく、特に魔法と関係ない剣や斧を杖代わりだと言い張っても構わない……とか」

「…………」

「あとは、呪いがかかった武器というのもこの世には存在するが、恐れずに積極的に使っていくべきだ。何故なら格好良いから……とも言ってました」

「なるほど分かった。おいぷっちん、明日からはまた俺が授業をするから、お前は校長のチューリップの世話でもしてろ」

「ちょ、ちょっと待て! お前だって杖を使わず、変わった形のカッコイイ剣を使っているだろう!」

「杖でも剣でも魔法を強化するならどっちでも構わねえよ! でも、全然関係ない物をカッコイイからってだけで持たせようとするのがおかしいって言ってんだこのバカ! 普段は杖を使って、緊急用に短剣を忍ばせてる魔法使いはいるけどさ……」

 

 実際のところ、実用性を無視して格好良さだけで武器を選んでいる者が、紅魔族にはいなくはないという辺りが困ったものだ。例えばそけっとなんかもそうだ。

 彼女は里の中でも相当な実力者ではあるのだが、戦闘では杖を使わずいつもドラゴンの彫刻が施された木刀を手にしている。そして、その木刀は特殊な効果が秘められているという事もなく、雑貨屋で普通に売られている物でしかない。本人曰く、可愛いから使っているらしいのだが、里一番の美人でもそのセンスは紅魔族らしく酷いものがある。

 

 それでも、俺がちゅんちゅん丸を使って威力を増幅して撃った魔法よりも、そけっとが何の変哲もない木刀を振り回して撃った魔法の方がずっと強力だというのは何とも虚しいものだ。

 

 あと、呪われた武器というのは強い力を秘めている事も多々あるので、呪いには目を瞑ってあえて使っている者というのもいないわけではないのだが、だからと言って学生に使えと教えるのはどうかと思う。

 

 それからしばらく俺はぷっちんに授業方針について文句を言った後、クラスの皆を座らせ教壇から彼女達を見渡して。

 

「えー、突然だけど、近々文化祭をやる事にします」

「「文化祭?」」

 

 ゆんゆん、めぐみん、あるえと言った比較的本を読む事が多い者達は分かっているようだが、大部分の生徒達は何のことか分かっていないらしく首を傾げている。ぷっちんもだ。

 

 まぁ、これは予想していたので、俺はそのまま説明する。

 

「文化祭ってのは学校でやるお祭りみたいなもんだ。クラスごとに生徒達で何かしらの店を出して客を呼ぶんだ」

「せ、生徒だけで? でも、そんなお店なんて……儲けだって出せませんよきっと……」

「大丈夫だって、店といっても簡易的なものだし生徒だけでも何とかなる。もちろん、先生だって少しはサポートするしさ。それに、文化祭の店に関しては別に利益を上げる事はそこまで重要な事でもないんだ」

「えっ、利益が重要じゃない……? 儲けるために人間性を投げ捨てたと言われている先生からそんな言葉が出てくるなんて……」

「えっ、ちょ、なに、そんな事言われてんの俺? いや、間違ってはないけど……」

 

 何だか聞けば聞くほど色々な俺の悪評が広まっているようで、慣れているとはいえ少し凹む。例え事実でも、もうちょっとオブラートに包むとかそういう配慮がほしい。明らかに太ってる人にぽっちゃり系とか言うような感じで。

 その辺の配慮がないというのも、やっぱり日々の行いってのが関係してるんだろうけど……。

 

 とはいえ、いつまでも凹んでいても仕方ない。

 日々の行いについてはこれから考えるとして……あまり直す気はないが……とりあえず今は文化祭についての説明が先だ。

 

「生徒達だけで店を出す一番の目的は、最低限の社会性を身に付けてもらうことだ。皆で協力して一つのことに取り組んだり、学校の外の人達への接客とかを通じてな。特にゆんゆんとめぐみん、お前らは社会に出てやっていけるのか、かなり心配だからな」

「うっ……わ、私だって接客くらい…………できるかなぁ……?」

「あの、先生。いくら何でも、この典型的コミュ障のゆんゆんと同列に並べられるのは納得いかないのです。私にちゃんとした社会性が備わっているのは、騎士団の内定を貰えたことからも分かるでしょう」

「よし、まずお前は王都で自分が何やらかしたか思い出せ。それから俺の目を真っ直ぐ見て『自分には社会性が備わっている』って言ってみろ。ほら言え」

「…………そ、そもそも、冒険者や騎士などは戦うことが仕事なのですし、力さえあれば後はそこまで重要ではないでしょう!」

「あのな、冒険者や騎士だって一人で戦うわけじゃねえだろうが。冒険者パーティーでも騎士団でも、協調性のない奴はすぐにお荷物扱いされて放り出されるぞ」

 

 俺の言葉に、めぐみんは何かを言い返そうと口を開くが、言葉が浮かんでこないのかそのまま何も言わずに苦々しい表情になる。

 めぐみんの爆裂魔法は一発撃てば魔力を使い果たしてしまうようなものなので、仲間がいないと成り立たない。そこは本人もよく分かっているのだろう。

 

 すると、隣で話を聞いていたぷっちんが。

 

「なぁ、それ校長にはもう話を通しているのか? 祭りというくらいだから、許可が必要だと思うんだが」

「あぁ、校長や他の先生にはもう話してあるし、承諾もしてくれた。この文化祭は学校内だけじゃなく、里全体で協力してやっていこうと思ってるから、族長にも話をしてある」

「…………俺、何も聞いてないんだけど」

「お前は最初から話し合いに呼ばれてなかったからな。校長曰く、ぷっちんがいるとまともに話が進まないとか何とかで」

「えっ」

 

 ショックを受けているぷっちんは一旦置いておき、俺は教室の生徒達を見渡して。

 

「というわけで、まずはどんな店をやるかってところからだな。そこも生徒達だけで決めてくれ。さっき利益は重視しないとは言ったけど、それでも儲かった分はお前達で持っていっていいから、小遣い稼ぎくらいにはなると思うぞ」

 

 生徒達は戸惑ったような表情で俺の話を聞いていたのだが、金の話を聞いた瞬間、目の色を変えてそれぞれ夢中になって話し合っていく。

 げ、現金な奴等だな……俺も人のことは言えないけど……。

 

 まぁ、どんな理由であれ、やる気になってくれたなら良かった。

 そんな事を思いながら満足して教室の様子を眺めていると、ゆんゆんがこちらを見て小さく笑いかけてきた。隣では若干呆れたような顔のめぐみんもいる。

 

 おそらくめぐみんは、妹の思い出作りの為にここまでやる俺にどこまでシスコンなんだとか言いたいのだろうが、別にこれはゆんゆんの為だけを思ってのことではない。

 ゆんゆんと同じようにめぐみんだって、いよいよ卒業が近付くにつれて少しくらいはセンチな気分になったりもするだろう。どうせアイツは口では「学校など通過点に過ぎませんから」とか強がりを言うんだろうが。

 

 それに、卒業というのは二人だけの話では終わらない。

 時期の違いはあっても、他の生徒達だっていずれは卒業していくのだし、ゆんゆんとめぐみんが先に卒業すれば、残された生徒達も何だかんだ寂しく思うはずだ。だから、こうして全員揃っている間に、何か一つでも思い出に残るような事が出来ればと思ったのだ。

 

 それから少し待って、生徒達に考えをまとめさせた後、俺は軽く手を鳴らして注目を集めると。

 

「そんじゃ、何かやりたい事がある人は手を挙げてくれ。……じゃあ、ふにふら」

「喫茶店とかどうですか! 可愛い制服とか用意すれば、男からいくらでもむしり取れると思うんです!」

 

 ふにふらは目をキラキラさせてそんなえげつない事を言い、どどんこも追従するようにこくこくと頷いている。何というか、俺が言うのも何だがこの二人は人生舐めてる感が強いので、いつか痛い目に遭いそうで心配だ……いや、実際登校初日から俺のスティールをくらうはめになっているんだけど。

 

 他の生徒達は少し照れくさそうに笑っているが、そこまで嫌だというわけでもなさそうだ。まぁ、女の子なら可愛い服着て働くっていうのに興味あるのは普通だろう。これに関しては、明らかにどうでも良さそうな顔をしているめぐみんやあるえの方がおかしいと思う。この二人はクラスの中でも変わり者筆頭だしな……。

 

 ただ、可愛い服を着れば儲かるほど商売というのも単純なものではないわけで。

 

「確かに紅魔族の女の子は皆可愛いし、そこを押していくってのは間違ってない。喫茶店ってのも無難な所だし大外しはしないと思う。でもそれで男を捕まえられるってのは楽観的過ぎるだろ、お前らの年齢的に」

「年齢? 男の人からすれば、女の子は若ければ若いほどいいんじゃないんですか?」

「そりゃオバサンよりは若い子の方がいいけど、限度があるっての。お前らの場合、若いというか幼いんだよな……可愛いっていっても、子供的な意味でってのが強い。かといって、子供らしい可愛さを押し出していくなら、もっと幼い方がいいんだよな……めぐみんの妹のこめっこくらいがベストだ。要するに中途半端なんだよ12歳って」

「「中途半端!?」」

 

 じとーと、非難するような視線が教室中から集まってくる。

 その、凄く居心地が悪いんですが……。

 

「な、なんだよ、俺は間違ったことは言ってないぞ多分……なぁ、ぷっちん! 12歳とか普通は対象外だよな!?」

「それはそうだが、もっと言い方があったと思うが…………まぁ、カズマはそんなものか」

「いつもバカなことしか言ってないぷっちんにまで呆れられた!? すげえショックなんだけど!!」

「なっ、お、お前だってバカなことだったら結構やらかしているだろう! ……ところで、喫茶店の制服は可愛らしさよりも格好良さを押し出していったほうが良いと思うんだ。銀の装飾が施されたミステリアスなフード付きローブで顔を隠しつつ、大鎌や鎖などの武器を持っていれば雰囲気出るだろう。そして、注文をとる時にフードを外してその正体が年端もいかない少女だと明かせば、ギャップも相まってかなりのインパクトが……」

「こえーよ、誰がそんな怪しい店に入るってんだよ」

 

 俺はその一言でぷっちんの案を却下したのだが。

 

「……それ、結構アリかも」

「うん、可愛いのもいいけど、そういう方向性も……」

「そうだ、魔道具か何かで黒いオーラみたいのを見せたらもっと格好良くなるんじゃ……!」

「「えっ!?」」

 

 生徒達の意外な好反応に、俺とゆんゆんが驚きの声をあげる。

 そうだ、ぷっちんが教え込むまでもなく、こいつらの感性は紅魔族のそれであり、つまり基本的には格好良さ至上主義だ。

 

 マズイ、このままだと文化祭の出し物が怪しげな宗教団体の集会みたいになってしまう。

 俺は祈るように生徒達に向かって。

 

「ほ、他に何かやりたい事がある人はいないか!? 遠慮無く言ってくれ!」

 

 これで誰も手を挙げずに厨二喫茶が採用されたらどうしようかと割と真面目に心配していたのだが、あるえの手が高く挙がってくれた。

 俺はほっとして。

 

「よし、じゃああるえ! 何でもいい、言ってみろ!」

「皆で劇をやってみたいです。もちろん、脚本は私で」

「うん、それがいいな。決定!」

「ちょ、ちょっと先生!? あたしが言った喫茶店は!?」

 

 ふにふらが慌ててそんな事を言ってくるが、俺には考えがある。

 

「まぁ聞けって、そんなに喫茶店がやりたいってんなら、劇中でそういう場面を出せばいいだろ? そうすりゃ、お前とあるえ、二人のやりたい事が一緒にできるんだし。それに、あるえの脚本ってんなら、どうせ王道な冒険物だろ? それなら、ぷっちんが言ってた格好良い服装だって全然浮かないしさ」

「えー……でも、劇の中で喫茶店やるのとはちょっと違うような……」

 

 何やらふにふらはまだ納得出来ないようで、頬をふくらませている。

 ……うーん、ダメか。まぁ確かに、劇の中でやるのと現実でやるのとは大分違うかもしれないけど…………そうだ!

 

「じゃあさ、劇を楽しめる喫茶店ってのはどうだ? もうそれ喫茶店じゃないだろ的なツッコミはあるかもしれないけど、まぁそこは妥協してさ。売り子役と劇の役者に分かれて……」

「でも先生、私の脚本的にふにふらがいないのは少し困るのですが……」

「え、そうなの? でもふにふらって無駄に主人公に絡む小物役くらいしかできないと思うんだけど……」

「なっ、そんな事ないですよ失礼ですね! ふふ、そっかそっか、あるえは劇にあたしのキャラがどうしても欲しいんだね! まぁ、あたしは華もあってよく映えるっていうのはよく分かるんだけど、売り子の方も捨てられないしなぁ……」

「そこを何とか。先生はバカにしているけど、主人公に絡んで呆気無く返り討ちにされるような小物キャラは、物語において重要だから」

「やっぱりそういうキャラをやらせるつもりなんだ!!! 嫌だよ!!!」

 

 あるえの言葉に、半泣きになっているふにふら。

 何だかこじれてきたなぁ……と思っていると、めぐみんが。

 

「それでは、役者と売り子に分かれなければいいのでは? 先生は以前私に爆裂魔法を記録した動画を見せてくれましたよね? あれと同じような要領で、劇を撮影して教室で流すのはどうでしょう。ゆんゆんがオススメしてくれた本の中に、そんなものを作製している作品があったのです」

「あ、うん、あったあった! “映画”っていうんだよね!」

「…………なるほど」

 

 そういえば、学園物の小説を読み漁っていた中には、文化祭でその映画を作るというものがいくつかあったような気がする。

 確かにこれなら、一度撮ってしまえば後はそれを繰り返し流すだけでいいので当日人手が必要になることもなく、全員を売り子の方に回すことができる。

 

 後は二人が納得してくれるかどうかだが……。

 

「あるえは劇じゃなくて映画でもいいか? 自分の脚本を皆に演じてもらうってのは変わらないし、映画ならお前が納得できるまで何度も撮り直しできるぞ」

「はい、私は構いませんよ。……何度も撮り直し……ふふ、腕が鳴るね……」

 

 あれ、なんかあるえの目がギラギラと輝いている。

 迂闊なことを言ってしまっただろうか……何度も撮り直せるといっても、一応スケジュールというものがあるので限度はあるんだが……。

 

 とはいえ、それに関しては今から心配していても仕方ないだろう。

 俺はふにふらの方を向くと。

 

「ふにふらはどうだ? 映画の上映前に飲食物の注文を取る売り子ってのはダメか? ほら、衣装は映画に関係あるカッコイイ服や可愛い服とか着てさ」

「…………それは別にいいんですけど、私の役って」

「よし、決まりだ! それじゃあ、このクラスの出し物は映画で、上映前には飲食物を売る! あ、ついでに映画に登場する魔道具とか売るのもいいかもな! とにかく、これは上手くいくと思う!」

「ま、待って、待ってくださいって! この際多少扱いの悪い役でも文句言わないですから、ちょっとくらいはカッコイイ見せ場くらいは……聞いてます!?」

 

 ふにふらが何か言っているが、脚本に関してはあるえの管轄なので俺からは何も言えない。

 そしてあるえはというと、ふにふらに対して生暖かい笑顔を向けており、それを見てふにふらは更に嫌な予感がするのか顔を引きつらせている。

 

 ……まぁ、うん、誰もが幸せになれる道なんてのは難しい。いつだって物事ってのは、誰かの犠牲の上に成り立ってるものなんだ。

 

 

***

 

 

 次の日から早速文化祭の準備は始まった。

 準備期間は一ヶ月。やたらと大掛かりのように思えるが、これは学校だけではなく村全体でもお祭り的なものをやってしまおうという理由がある。この機会にテレポートサービスを使って、外の人達を紅魔の里に呼ぼうという考えもあったりする。

 

 祭りの名は“紅魔祭”に決まった。他の者達は『深淵へと至る宴』やら『輪廻の檻に囚われし魂の解放祭』やら意味不明な名前を付けようとしていたが、即却下した。俺は族長の息子であり、里の観光事業にもよく口を出していて商人としては成功しているので、それなりの発言権がある。

 

 とはいえ、今回俺は教師という立場上、最優先すべきなのはクラスの出し物の方だ。

 基本的に生徒に任せるとは言ったものの、放っておいたら何やらかすか分からないので、ちゃんと見ていなくてはいけない。担任のぷっちん含めて。

 

 今日は最後の授業の時間を文化祭準備に当てることになっている。

 他のクラスもワイワイと賑やかに各々準備をしていて、学校中がいつもより活気づいている。まるで、もう祭りが始まったかのようだ。まぁ、祭りっていうのは、準備してる時が一番楽しいとか言うしな。

 

 ただ、俺達のクラスの映画はまず脚本ができないとどうしようもないので、まずはどんな飲食物を出すかという所から考えようと思っていたのだが。

 あるえは紙束を教壇の上にバサッと置いて。

 

「徹夜で書き上げてきました」

「お前すげえなマジで」

 

 徹夜明けということもあって、あるえの表情は疲れも見えることは見えるが、それ以上にこれから自分が書いた脚本を皆が演じるということにワクワクと興奮しているようだった。

 教師としては徹夜ってのは注意した方がいいんだろうが、こんな顔をされると叱るにも叱れない。

 

 あるえの脚本にざっと目を通すと、どうやら王道的な魔王討伐物語のようだ。

 紅魔族特有のやたらと格好付けたがる表現が多いので読むのは苦労したが、とある才能溢れる魔法使いが仲間の大切さを知っていくという話らしい。

 

 ちなみに物語に出てくるキャラは皆このクラスの生徒達をモデルにしている……というか、ほぼそのまんまだ。名前もそのまま実名だし。

 

 それから俺は黒板に大まかな流れを書きつつ。

 

「とりあえず、主人公はめぐみんでヒロインがゆんゆんって感じか。頑張れよ」

「ふっ、流石はあるえですね。この私を主役に置くとは分かっています」

「わ、私がヒロイン…………えっと、男の子が主人公に対して女の子のヒロインっていうのは分かるんだけど、女の子の主人公で女の子のヒロインってどういう感じになるのかな?」

 

 首を傾げるゆんゆんに、あるえは何でもなさそうに。

 

「違いはそんなにないよ。ゆんゆんは一番めぐみんの側にいて、めぐみんが仲間の大切さを知る重要なピースになるんだ。あとは……そうだね、これは定番だけど、次第にゆんゆんはめぐみんに対して友達以上の感情を持ち始めるんだ」

「…………ちょ、ちょっと待って。その友達以上の感情って……」

「それはもちろん恋愛感情だけど」

「恋愛感情!? い、いやいやいや、おかしいでしょそれ!!!」

「急にどうしたんだい? ヒロインが主人公に恋するくらい、何もおかしな事はないだろう」

「それは男の子の主人公と女の子のヒロインの場合でしょ!!! えっ、あれ、もしかして映画の中のめぐみんは男の子の設定なの!? めぐみんなら男の子の役もできそうだし……」

「おい、私が男の役も出来そうな理由について詳しく聞こうじゃないか」

 

 めぐみんがむかっとしてそんな事を言っているが、ゆんゆんは聞こえていないようだ。

 あるえはきょとんとした様子で。

 

「いや? めぐみんは映画の中でも普通に女の子の設定だよ」

「待って待って! それはつまり、私は女の子に恋するっていうことなの!?」

「うん、そうだけど。あ、でも純粋なレズビアンというわけではないんだ。元々ゆんゆんはお兄さんに兄妹以上の感情を持っていたんだけど、徐々にめぐみんに傾いていく自分の心に戸惑う場面もある。つまり、レズではなくてバイなんだ」

「え……ええええええっ!? い、いや、ねぇちょっと、ホントにおかしいでしょ!!! なんで私そんなキャラ設定なの!?」

「なんでって言われても、現実準拠だし……」

「現実準拠!?」

 

 ゆんゆんは余程ショックだったのか、それ以上言葉を続けられずに呆然としている。

 それを見て、めぐみんはやれやれと首を振って。

 

「まったく、ヤンデレブラコンでしかも女の子もいけるとか、どれだけ属性を積み上げれば気が済むのですかこの子は。いくらクラスで埋もれない為とはいえ、限度というものが……」

「ちなみに、めぐみんもゆんゆんからの好意に満更でもない反応をするんだけどね。こっちは純粋なレズの設定だよ」

「今何て言いましたか!? 妙な勘違いはやめてください私はノーマルですから! そ、その、好きな男性もいますし!!」

 

 その言葉に、ふにふらが口元をニヤニヤとさせて。

 

「またまたー。男より食べ物のめぐみんが、そんな普通の恋愛なんかできるわけないっしょ。結局、この前流れてた先生とめぐみんが駆け落ちしたとかいう噂だって、クラスの子達はゆんゆん以外ろくに信じてなかったし。前々からあんたとゆんゆんは怪しいと思ってたし。大丈夫大丈夫、男じゃなくて女の子が好きでも、あたし達は二人のこと暖かく見守って」

「ぶっ殺」

 

 ついにブチギレためぐみんが飛びかかり、ふにふらが悲鳴をあげる。

 は、話が進まねえ……。

 

 とりあえず俺はふにふらに掴みかかっているめぐみんを引き離し、魂が抜けているゆんゆんを揺さぶって現実に戻す。

 それから脚本をパラパラとめくりながら、あるえに。

 

「俺からも一ついいか? これ、クラスの皆出演してるように見えて、あるえだけは出てないよな?」

「はい、私は出来るだけ外から全体を眺めたいと思っているので……」

「いや、それじゃダメだ! つーか、あるえが出ないなんてもったいない!!」

「えっ、そ、そうですか……?」

 

 俺の勢いに、あるえは若干押された様子で戸惑っている。

 そんなあるえに対して、俺は拳を握りしめて力強く。

 

「あぁ、そうだ。あるえはこのクラスで一番発育が良い! つまり貴重なお色気枠なんだよ!!」

「……兄さん?」

「あ、い、いや、物語にはそういうのがあった方がウケが良いっていうか……えっと、ゆんゆん、その目は凄く怖いから出来ればやめてもらいたいんですけど……」

「まったく、この人は。何がお色気枠ですか、昨日は私達のことを女として中途半端だとか散々言ってくれたくせに」

「それはそれ、これはこれだ。別に本気で男を発情させろとか言ってんじゃない、単に見栄えの問題だ。映画に出てくるのが皆ちんちくりんの幼児体型だと見てる方も飽きるだろ。だから、あるえやゆんゆんみたいな発育の良い子がいた方が……いてえいてえ!!! わ、悪かったって!!!」

 

 急にクラス中から様々な物が投げつけられ慌てて謝る。

 一方であるえは少し悩んでいる様子だったが、それを見ていためぐみんが。

 

「まぁ、先生のバカみたいな言い分はともかく、こうやってクラス皆でここまで大掛かりな事をやる機会というのも中々ないですし、せっかくですからあるえも出演するのも良いんじゃないですか。何だかんだ良い思い出になりますよ」

 

 そう言うと、周りのクラスメイト達も笑顔で頷いている。

 あるえは少し驚いたように皆のことを見て……口元を綻ばせた。

 

「……それもそうだね。では、私も出ることにするよ。……ただ、そういう事ならまた設定を考え直さなければいけないね。私は謎多きクラスメイトで、その正体は幾千もの可能性未来から来た魔法使い、片目に封印された強大な魔力で時さえも操り、破滅の未来を変えようと……」

 

 そんな感じに、何やらぶつぶつ言い出したあるえ。こうして一度没頭し始めてしまうと、並大抵のことでは自分の世界から出てこなくなってしまうのはよく知っているので、クラスの皆は俺を含めて苦笑いを浮かべつつも彼女の邪魔をしようとは思わない。

 

 何にせよ、クラスの仲は良好なようで、見ていてほっこりする。

 学校が苦手だった俺も、いつの間にかこのクラスに来るのが楽しみになっていた。もちろん、俺が教師をやっている当初の目的も重要ではあるが、今はそれだけじゃない。もしかしたら、父さんは俺に学校の楽しさを知ってもらうとか、その辺も考えて俺に話を持ってきたのかもしれない。

 

 ……まぁ、うん、学校ってのも悪くはないよな。

 

 そんな事を考えていると、ゆんゆんがあるえに対しておずおずと。

 

「あ、あのさ、設定を考え直すっていうなら、私の設定もどうにかならないのかな? そもそも、メインキャラは皆女の子なんだから、恋愛要素とかそういうのは要らないんじゃ……」

「でも、女の子ばかりだからこそ、イチャイチャさせるべきだと…………先生が」

「…………」

「い、いや、聞けってゆんゆん。物語ってのは自由な発想が大事だ、女の子同士だからって恋愛要素を取っ払うっていう安易な発想じゃ良いものはできない。むしろそういう所を積極的に攻めていくべきだ。大丈夫、女の子同士がイチャイチャしてるのだって需要はある。俺が保証する」

「そんな需要知らないわよ! ねぇめぐみんも何か言ってよ!」

「はぁ……あの、映画の中とはいえ、ゆんゆんを私に取られてお兄ちゃん的には何か複雑な気持ちとかはないんですか?」

 

 めぐみんの呆れたような言葉に、俺は真っ直ぐと目を向けて。

 がしっと力強くめぐんみんの肩を握って、別の手で親指を立てて見せた。

 

「複雑な気持ちが全くないと言ったら嘘になる。なんせ、ゆんゆんは俺の可愛い妹だしな。でも、めぐみん、お前ならゆんゆんを任せられる。どこぞの馬の骨にウチの可愛い妹をやるくらいなら、お前にやる。幸せにしてやってくれ」

「いりません!! 何トチ狂った事言ってるんですか!?」

「……あの、誤解がないように私にそういう趣味はないって言っとくけど、ハッキリいらないとか言われると、それはそれでちょっと悲しいものが……」

 

 可愛い妹にちょっかい出す男なんてのは片っ端から破滅させるつもりの俺だが、現実的に考えてこんなに可愛いゆんゆんが里を出たら男から言い寄られないなんてありえない。だからといって、あまり頑固に近付く男を潰し続けていたら、いつかゆんゆんから愛想を尽かされるかもしれない。

 

 要するに、どこかで妥協というものが必要なわけで、相手がめぐみんであればまだ祝福できるという話だ。何だかんだ良い奴だしな。

 

 しかし、ゆんゆんは全く納得できていない様子で、むすっとこっちを見ていた……が。

 何やら急にそわそわとし始めたと思ったら、ほんのりと頬を染めて上目遣いでちらちら見てきて。

 

「……そ、そんなに私を他の男の人に取られたくないなら、兄さんが取っちゃえばいいじゃない……」

「何言ってんだ、いくら何でも妹はアウトだろ。常識的に考えて」

「妹を友達の女の子とくっつけようとしてる人に常識がどうとか言われたくないわよ! そ、それに、えっと、私は妹だけど義理だし、結婚だって出来るし……」

「あー……その……俺はお前のこと大好きだけど、それはあくまで妹としてって事で、そういう風には見れないっていうか……お前が俺に兄以上の感情を抱いていて、結婚したいと思ってるってのは知ってるけど……ごめん」

「ええっ!? ちょ、ちょっと何で私が兄さんに振られたみたいになってんの!? わ、私は別に兄さんと結婚したいなんて一言も…………なんで皆そんな可哀想な目で私を見るの!? や、やめてよめぐみん、そんな柄にもなく優しい顔で肩ぽんぽんしないでよ……あるえも、そんな切ない表情で遠くを見ないでよ!!! わ、私は振られてなんか……ふ、振られてなんか…………わああああああああああああああああ!!!!!」

 

 結局、ゆんゆんは泣きながら外へ飛び出して行ってしまった。

 可愛い妹を泣かしてしまった事に心が痛むが、曖昧なままずるずる行っても、それはそれで酷い気がするし……。

 

 すると、ふにふらはゆんゆんが出て行った後を気の毒そうに見ながら。

 

「先生の側にいられる時間が長いっていうのは凄く有利なはずなのに、それが逆に女の子として見られない原因にもなるんだね…………その点、あたしは先生とは近すぎず遠すぎず絶妙な距離感のはず! どうですか先生、あたしとは結婚とか考えられますか!?」

「いや、12歳相手に結婚考えられるとか言ったらヤバイだろ。それに、ふにふらもめぐみんよりはマシとはいえ、結構幼児体型だからな……まだどどんこの方が可能性あると思う」

「う、そ…………あ、あたしが……キャラ立ってなくて目立たないどどんこに……負けた……?」

「ちょっとふにふら!? 私のことそんな風に思ってたの!?」

 

 どどんこが涙目になりながらふにふらを揺さぶるが、ふにふらの方はショックを受けて目が虚ろになってしまっている。

 

 そんな感じに、どんどん妙なことになっている教室の様子を眺めながら、めぐみんがちらっと俺の方を見た後、わざとらしく溜息をついて。

 

「二人共落ち着いてください。先生は年齢がどうとか言ってますけど、結局のところは本人の魅力次第ですよ。その証拠に、王都で私と先生はかなり恥ずかしいことまでしましたから」

「はいはい、前に言ってた布団の中で抱き合ったとかだって、結局先生はめぐみんの事子供扱いしてただけってバレてたじゃない。もう騙されないわよ」

「そうそう、いくら先生でも、色気ゼロのめぐみんに手を出すほど見境ないとは思ってないって」

「なっ……し、失礼ですね嘘ではないですから! 勝手に戦力外扱いしないでほしいです!! ふっ、あなた達のような子供には分からないようですが、私には男を虜にする魅力があるのですよ。紅魔族随一の魔性の女と呼ばれる日も遠くないはずです……」

「魔性の女……ねぇ……」

「へぇ……まぁ、うん、頑張って」

「おい何だその目は、言いたい事があるなら聞こうじゃないか!」

 

 頭に血が上り始めためぐみんに対して、ふにふらとどどんこは余裕の笑みを崩さずに。

 

「じゃあその話が嘘じゃないって証明してよ。どうせまた大袈裟に言ってるだけなんでしょ?」

「あ、そうだ……ねぇ先生! めぐみんがこんな事言ってるけど、本当はそんな大したことは…………あれ? せ、先生?」

 

 どどんこの言葉に、俺はそっと目を逸らす。

 そんな俺の反応を見て、ふにふらとどどんこの二人はぽかんとした後、どんどん青ざめていく。他の生徒達もひそひそと何かを囁き合いながら、ちらちらとこっちを見てくる。その目は「とうとうやっちまったか……」と言っていた。

 

 ふにふらは、青ざめたまま震える声で。

 

「あの、せ、先生? 冗談ですよね? だ、だって、色気より食い気のめぐみんが……そんな……」

「この期に及んでまだそんな事を言いますか。言っときますけど、おそらく私はこのクラスで一番経験豊富ですよ。先生の肌の感触だって知っています。意外とがっしりしているんですよ」

「「!?」」

「お、おい、ふざけんなよ……こんな所でそれ言うなって……」

「「!!!???」」

 

 教室中がざわつき、恐る恐るといった感じで俺とめぐみんを交互に見ている。

 しまった、これはマズイ。

 

「あ、いや、違う違う! 確かにこいつに上半身をベタベタ触られたけど、別にそんな妙な空気なんかには」

「何言ってるんですか、変な声あげてたくせに」

「あああああああれはお前が変な触り方するからだろうが!!! 俺は被害者だろこの痴女が!!!!!」

「そ、そういう先生だって私の胸見たくせに! 綺麗な形をした私の胸に興奮してたくせに!!」

「興奮なんかするかバカじゃねーの!? つーか、あんなよく見れば少し膨らんでるくらいの大きさで形がどうとか言ってんじゃねえよ! 俺はあんなの胸とは認めねえ!!」

「なっ……乙女の胸を見といてそれですか!! 最悪ですこの男!!!」

「うるせえな、ちょっと胸見られたくらいでそんな騒ぐなよ減るもんじゃないし! そもそも減るほどねえし!!」

 

 その言葉にぷっつんといっためぐみんが飛びかかってきたので、俺は手をワキワキさせてドレインで仕留めてやろうと思っていた……が。

 

 ふと、教室中が静まり返っていることに気付き、俺とめぐみんは戦闘態勢のまま固まり、ゆっくりと周りを見渡す。

 そこには、引きつった顔を浮かべた生徒達。

 

 そんな中、ふにふらとどどんこは涙目で。

 

「め、めぐみんって……その、先生のこと好きだったの……? あ、いや、好きだからそういう事したんだろうけど……」

「めぐみんが男に対してそこまで積極的になるなんて意外過ぎるんだけど……そ、その、もしかして本当に一線を越えちゃったの……?」

 

 二人の言葉に、他の生徒達の視線もめぐみんに集まる。

 めぐみんは頬を染めて少し怯むが、すぐに気を取り直してどこか余裕ぶった表情を浮かべると。

 

「そういった事はわざわざ口に出すようなことではないでしょう。私が先生のことが好きなのかどうかというのも含めて、皆の想像にお任せしますよ」

 

 そう言ってふっと笑みを浮かべるめぐみん。

 それに対して、ふにふらとどどんこは涙目のまま、ぷるぷる震え始め。

 

「な、なにさ、そんなオトナの女みたいな余裕な顔して……め、めぐみんの……くせに…………ちょっと先生と進んでるからって…………そんな……うぅ……わあああああああああああああああああああああ!!!!!」

「これで勝ったと思わないでね! 諦めないから!! 絶対諦めないからあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 結局ゆんゆんの後を追うように大泣きして教室を飛び出して行ってしまった二人。

 そして、めぐみんは少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、満足そうな表情をして二人が出て行くのを見送っていた。

 

 いや、お前は満足かもしれないけどよ……どうすんだよこれ……本当に……。

 

 教室中の視線が痛い。

 ひそひそという囁き声も聞こえなくなっていて、完全に沈黙してる辺り相当ドン引きされているようだ。

 なんだよ……いつもは皆子供扱いされるのを嫌うくせに、本当に手を出したとなるとここまで引かれるのかよ……。

 

 そうやってガックリきていると、がらっとドアが開いて、担任のぷっちんが入ってきた。

 

「遅れてすまない……まったく、あの校長は困ったものだ。この俺の偉大なる力を恐れて色々と文句をつけてきてな……まぁ、俺の封印されし禁断の力を警戒するのは当然のことだとは思うが……」

「よし、後はお前に任せた。頑張れよ担任。じゃ」

「え、お、おいどうしたカズマ? というか何だこの空気は?」

 

 俺は戸惑うぷっちんの肩をぽんぽんと叩くと、教室を後にした。

 本来俺は副担任であり、担任はぷっちんの方だ。基本的に教室のことは担任に任せるのが自然な流れのはずだ。

 

 決して教室の空気に居たたまれなくなって逃げたわけではない、うん。

 

 

***

 

 

 それから数日後。

 

 俺がめぐみんと一線を超えてしまったという洒落にならない誤解については、嘘を見抜く魔道具を使って何とか解くことができた。最近この魔道具が大活躍している気がする。

 ……まぁ、一線を越えないまでも、かなり危うい所まで行ってしまったのはバレてしまったので、どちらにしろ白い目で見られたが、とりあえず今はもう皆普通に接してくれている。

 

 そんなこんなで、今日は脚本の細かいところを皆で詰めて、いよいよ撮影を始めることとなった。

 一応俺も役はあることはあるが、ゆんゆんの兄で大商人という現実と変わらない設定だ。出番もそんなにない。クラスの出し物で先生が目立つってのもどうかと思うしな。

 俺はあまり写真とかで自分の顔を残しておくのは好きではないのだが、まぁ、今回くらいはいいだろう。俺だってクラスの思い出ってやつが欲しいっていう気持ちも少しくらいはある。

 

 隣では、めぐみんが撮影用の杖をぶんぶんと振り回している。

 服装もいつもの制服ではなく、赤いローブの上に黒いマントを羽織り、黒い帽子を被った魔法使いらしいものになっている。

 服装に無頓着なめぐみんは、自分の衣装はクラスの皆に決めてもらったのだが、満足そうにしているので何よりだ。

 

 そんな事を考えていると、めぐみんがふとこちらを向いて。

 

「でも少し意外でしたね。先生のことですから、自分を主人公にして私達をハーレム要員にとか言うものかと思っていました」

「12歳の子供侍らせてどうすんだよ。俺が主人公で、そけっとや保健の先生とかがヒロインのハーレム物は提案してみたんだけど、あるえに却下されたし」

 

 俺の言葉に、めぐみんとゆんゆんがじとーとした視線を送ってくるが気にしない。

 すると、近くからぷっちんが。

 

「まずカズマが主人公では華というものがないだろう、俺と違ってな。まぁ、前世において神々と大悪魔の終末戦争すら経験した選ばれし者である俺と比べれば、誰もが見劣りしてしまうものだが……」

「……いつもの戯言でも、その格好と顔で言われると妙に説得力あんな」

「ですが、映画的にはこのくらい迫力があった方がいいでしょう。流石はお父さんの魔道具、効果だけは強力ですね。というか、ゆんゆんは怯え過ぎでしょう」

「だ、だって……ぷっちん先生だっていうのは分かってるんだけど、急に話しかけられたりしたらやっぱりビックリしちゃって……」

 

 今のぷっちんは、身長はゆうに二メートルを超え、禍々しい雰囲気をまとった極悪な人相をしていた。人相というか、角とかも生えてるしもはや人間には見えない。これたぶん、普通の街に行ったら魔族だと思われてたちまち大パニックになるな。

 

 ぷっちんは魔王役ということになった。本人も、最強の存在は自分にうってつけの役だと思っているらしくノリノリだ。

 そもそも、このクラスで魔王役をこなせそうなのは俺とぷっちんくらいで、俺は魔王にしては小物感が際立つということでぷっちんになったわけだが。

 

 ……別に俺は魔王役やりたかったわけじゃないけど……どいつもこいつも、俺のこと小物小物って……一応高レベル冒険者なのに……。

 

 というか、魔道具を使って見た目をここまで変えてしまうのであれば、元々の雰囲気はそんなに関係ないんじゃないかとも思う。

 出来自体は想像以上のものなのだが、不安なのはめぐみんの父親ひょいざぶろー作という辺りだ。

 

 俺はめぐみんにヒソヒソ声で。

 

「なぁ、あの魔道具本当に大丈夫なのか? ひょいざぶろーさんの事だ、何かろくでもないデメリットがあるんだろ?」

「大丈夫ですよ。確かにデメリットはありますが、映画を撮るにあたっては何も問題ないものです。一ヶ月元に戻れないだけですから」

「…………えっ。一ヶ月ずっとあのままなの? それ本人に言ったのか?」

「いえ、言ってませんが……まぁ、ぷっちん先生も気に入っているようですし、これもそこまでの問題にはならないでしょう」

 

 ……どうだろう。

 めぐみんの言う通りぷっちんは変身した自分の姿にご満悦ではあるが、一ヶ月このままだと言われたら流石にショックなんじゃ…………うん、俺からは黙っておこう。

 

 そんな事を話している内に、俺達は記念すべき最初の撮影場所、めぐみんの家までやってきた。この物語の主人公はめぐみんなので、ここから始まるというのも自然なことだろう。

 今回の撮影ではめぐみんの家族も快く協力してくれるということで、ゲストという形で出演してもらうことになっている。なんだかこめっこは良く分かってないような気もするけど。

 

 こめっこは魔王と化したぷっちんに興味津々の様子で。

 

「すごいすごい、これが魔王なんだ! ホーストよりも強そう!!」

「くくっ、当たり前だ。我を誰だと思っている。そう、我こそが世界最強の存在である魔王! ホーストとやらがどんなに強かろうと、我にかかれば一捻りよ!! ふははははははははは!!!」

 

 そうやって、ぷっちんはまだ撮影も始まっていないにも関わらず既に魔王に成りきっており、高らかに笑い声をあげながら魔法で背後に黒い雷を落としている。

 こめっこは目をキラキラさせてご満悦の様子で、それを見たひょいざぶろーが得意げに。

 

「こめっこ、この姿を変える魔道具は父さんが作ったものなんだぞー、どうだ、すごいだろー?」

「うん、すごいすごい! お父さんもたまには良い魔道具も作るんだね!!」

「た、たまには……」

 

 がくっと肩を落とすひょいざぶろーに、くすくすと奥さんが笑っている。

 これを機にもう少しまともな魔道具を作ればいいんだが…………いや、ないな。

 

 それから俺とぷっちんで魔法を使って光の調節を始める。

 映画を知っている変わった名前の勇者候補の話では、レフ板とやらを使ってやるものらしいが、魔法でやってしまった方が早いだろう。

 

 すぐに準備は整い、いよいよ撮影開始だ。

 俺はカメラを構え、後ろではあるえが監督用の椅子に座って見ている。

 

 最初のシーン、めぐみんは家の前で家族に見送られて魔王討伐の旅へと出ることになる。

 

「では、行ってきます。必ず魔王を討ち取ってきますよ」

「無理しないでね、めぐみん。何なら旅の途中で、ちょっと悪ぶっているけど根は優しい大商人の方と結婚して、魔王なんて忘れて幸せに暮らしてもいいからね?」

「男には気を付けるんだぞ、めぐみん。特に王都でも悪名高いオッドアイの紅魔族には注意するんだ」

 

 ぐっ……ひょいざぶろーさんにも奥さんにも凄く言いたいことがあるんだけど……!

 というか、確かにここはアドリブでいいとは言ったけど、これはどうなんだろう。一応あるえの方を向いてみるが、問題ないようで小さく頷いている。

 

 すると、そんなやり取りを聞いていたこめっこが。

 

「え、姉ちゃん魔王倒しに行くの? 学校は?」

「あー……ふっ、学校なんてものはすぐに卒業してしまいましたよ。私は紅魔族随一の天才ですから」

「ふーん、そうなんだ」

 

 こめっこの言葉に、何とかアドリブで対応するめぐみん。こいつやるな。

 ……と感心していたのだが、こめっこは首を傾げて。

 

「でも姉ちゃん、卒業までにカズマお兄ちゃんを落と」

「わああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 突然めぐみんは顔を真っ赤にして、慌ててこめっこの口を塞ぐ。

 いや、そんな事しても、こめっこが何を言おうとしていたのかは何となく分かっちゃってるけどね。周りを見る限り、それは俺だけじゃないらしくニヤニヤと皆視線をめぐみんに集中させる。

 

 一方でゆんゆん、ふにふら、どどんこの表情は複雑そうだ。

 この状況はなんだかハーレム主人公になったような感じだが、相手が12歳の子供達という辺りが何とも惜しい……子供の頃に懐いてくれていた子達が、大きくなったら相手にしてくれなくなるってのは良くある事だしなぁ……。

 

 そんな周りの様子に、めぐみんは顔を赤くしたまま慌てて。

 

「み、皆して何ですか! 何か誤解しているようですから説明しますけど、私は卒業までにケンカで先生に勝ちたいと思っているだけで……信じてませんねその目は!!!」

「分かった分かった、そういう事にしといてやるから、さっさと撮影に戻ろうぜ。あるえ、今のは流石に使えないだろ?」

「うーん……めぐみんもゆんゆんもカズマ先生のことが好きで、二人で取り合うという展開にも出来ますが。その場合、ゆんゆんはダークサイドに落ちて、禁断の闇魔法を習得してめぐみんの前に立ちはだかるという感じで……」

「私、敵になっちゃうの!? あ、あの、めぐみん? めぐみんの兄さんへの気持ちは知ってるけど、映画の中では我慢してほしいっていうか……」

「なななな何を言っているのですか意味分からない事言わないでください! まったく、どうしてこう変に勘ぐられなければならないのですか……」

「え、だってこの前」

「分かりました! 別に映画の中で先生と結ばれなくても全然構いませんから、もうこの話はやめましょう! ……それと、ゆんゆんにこめっこ。その、私が先生に関して言った事は他の人に言わないでもらえると助かるのですが……」

「あっ、う、うん、ごめん……」

「しょうがねえなー! 姉ちゃんがそう言うなら言わないであげる!」

「本当に頼みますよ…………というか、しょうがねえなーって……先生、こめっこに変な言葉を教えないでくださいって言ってるじゃないですか」

 

 そう言ってジト目でこっちを見てくるめぐみん。

 

「えっ、い、いや、俺じゃねえよ! そんな言葉教えたことねえっての!」

「では先生の口癖が移ったのでしょう。何にせよ、こめっこの前で妙なことを言うのは控えてください。ただでさえ、先生の悪影響を受けている節が多く見受けられるのですから」

「わ、分かったよ……でも俺、こめっこの前でそんな言葉使ったっけなぁ……」

 

 何か釈然としないが、口癖だと思われているなら無意識に言ってしまっていたことも十分考えられる。

 

 その後、最初のシーンを撮り終えた俺達は、次のシーンを撮るために里の入り口に移動する。

 次は物語でも重要な場面とも言える、ヒロイン登場の場面だ。演じるゆんゆんの顔にも緊張の色が窺える。

 

 ゆんゆんは恐る恐るといった様子で。

 

「ね、ねぇ、あるえ。本当にあの脚本通りにやるの? 私、未だに納得できてないんだけど……」

「突然主人公の頭上から落ちてくるヒロインっていうのは物語の定番だよ。ゆんゆんだって、本はよく読むみたいだし、分かるだろう?」

「うん、そこはいいんだけど……落ちてくる理由がちょっと……」

「ん? 『兄の行動を逐一観察する為に里中に監視カメラを設置する途中で、里の入り口の木の上にカメラを仕掛けている時に足を滑らせて落ちてしまった』……という理由のどこに不満があるんだい?」

「全部よ全部! もうそれ私、完全に危ない女じゃない! まさかそれも現実準拠とか言うつもり!? …………えっ、み、皆どうしたのその目は……私だったら本当にやりかねないとか思ってない!?」

 

 ゆんゆんが涙目でクラスメイト達の方を見るが、皆一斉に視線を逸らす。

 ……いや、ゆんゆんに関しては少し誇張してる部分はあるけど、現にお兄ちゃん大好き過ぎて若干こじらせてる部分も確かにあるし、方向性は間違ってないと思ってしまう。妹から愛されるってのはお兄ちゃん冥利に尽きるってものだけど、ちょっと重すぎるんだよな……。

 

 ただ、お兄ちゃんとしては、妹が涙目になっているのに何もフォローしないというのもありえないので。

 

「まぁ、これはあくまで映画の中の設定だからそんな気にすんなって。ちゃんと『この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません』って入れるからさ。大体、徹底的に監視って簡単に言うけど、いざやってみるとかなりしんどかったりするしな」

「……ねぇ、何でそんな経験に基づいてるような言い方なの? 誰かを徹底的に監視したことあるの?」

「あっ……い、いや、別にやましいことはないぞ! えーと、そうだ! クエストでモンスターの生態の調査ってのがあって、その時に…………あの、信じてない?」

 

 生徒達からドン引きの視線が俺に集中している。

 ほ、本当にそういうクエストを受けたことはあるし、嘘は言ってないのに……他に言ってないことはあるけど。

 

 俺は何とか話を逸らそうと。

 

「そ、そういうゆんゆんだって、監視とまではいかなくても、こっそりお兄ちゃんの写真とか撮ってるんだろ? 分かるぞ、兄妹だしな」

「っ!! な、ななな何を根拠にそんなこと……!」

「…………えっ、何その反応。ちょっとからかっただけなんだけど…………お、お前本当に俺を盗撮とかしてたの? もしかして、エロい感じのやつも沢山撮ってたりする……?」

「そ、そういうのはそんなにないから! ほとんど健全なもので…………あっ!!!」

「そんなにないって事は、少しはあるんだよな!? おいちょっと待て。いくら可愛い妹でも、それはちょっと許容できな」

「そ、それよりあるえ! もう脚本はそれでいいから、早く撮影始めちゃおうよ!!」

 

 そうやって露骨に俺からの追求から無理矢理逃れるゆんゆん。

 

 マジかよ……ゆんゆんは重度のブラコンだとは思ってたけど、まさかそこまでしてたとは思わなかった……ますますあるえの脚本に違和感なくなってきてるじゃねえか……。

 そういえば、以前そけっとの盗撮写真をゆんゆんに見られて酷いことになった事があるけど、それがきっかけになったのかも……あれ、結局俺の悪影響ってやつなのか……?

 

 ゆんゆんの言葉にあるえは特に何か追求することもなく、素直に頷いて準備を始めていく。あるえは、ゆんゆんがここまでブラコンが進んでしまっているのは想定内なのかもしれない。作家志望ということもあって、周りの人達のキャラを把握するのは得意なのかも……。

 

 すると、何やら落ち着かない様子で、めぐみん、ふにふら、どどんこの三人がゆんゆんにこそこそと何か話している。

 嫌な予感がしたので盗聴スキルを使ってみると。

 

「ゆ、ゆんゆん。その、先生の盗撮写真なんですが、今度見せてもらえませんか? 一応あなたの友人として、あなたがどこまでやらかしているのか確認する義務があるといいますか……いえ、決して先生のそういう写真が見たいというわけではなくてですね!」

「あたしは先生の写真見たい! ていうか、売ってくれない!?」

「あっ、ふにふらズルい! ねぇ、ゆんゆん、売るなら私に売ってよ! ふにふらはいつも金欠金欠言ってるから、そんなに出せないよ!」

「なに二人で勝手に話を進めているのですか! では、ゆんゆん! 私はお金は払えませんが、その代わりに先生の写真をくれれば、友達期間を一ヶ月延長してあげましょう!」

「ま、待ってよ、兄さんの写真は売り物なんかじゃ…………え、めぐみん、それって写真を渡さないと、私達友達じゃなくなるってこと!?」

「おいコラ聞こえてるからなそこ! 妙な取引持ちかけてんじゃねえ!!」

 

 こいつらは人の写真で何盛り上がってやがんだ。

 ……それにしても、俺も可愛い子の写真を取引に使うこともあるけど、女の子側からすればこんな気持ちなんだな……これからは出来るだけ控えるように努力しよう……。

 

 そうやって俺が反省している間にも、撮影の準備は進んでいく。

 

 このシーンではゆんゆんが木の上から落ちてくることになっているので、撮影の為には当然木に登らなくてはならない。

 そしてゆんゆんは木登りが得意なアグレッシブな女の子でもなく、そもそも里の入り口付近の木は低い位置に取っ掛かりが少なく登るにはハードルが高い。

 

 というわけで、まず俺が魔力ロープを使って木に登ってから、上からロープを使ってゆんゆんを引き上げることにした。このロープは魔力を込めて伸縮させることができるので、戦士職のような力持ちでなくても、魔力さえあればこのくらいはできる。

 

 俺に引っ張り上げられて木の上にやってきたゆんゆんは、恐る恐るといった感じで下にいるめぐみんの方を見て。

 

「け、結構な高さなんだけど……ねぇ、これ、非力なめぐみんが私を受け止めるって無理じゃない……?」

「そうですね……猫くらいならともかく、人一人を、しかも自分よりかなり重い相手ともなると、正直厳しいです」

「なっ、か、かなり重いとか言わないでよ! というか、めぐみんが貧弱過ぎるのよ! 私はめぐみんより色々大きいから、その分少しだけ重いかもしれないけど、別に太ってるわけじゃないから!!」

「色々大きいとは胸とか身長のことを言っているのですか!? 何度も言っていますが、私はまだ成長途中なだけです! 自分が少しだけ育っているからって調子に乗らないでください! このっ、このっ!!」

「や、やめっ、木を蹴らないでよ!!!」

 

 実際はめぐみんが蹴りを入れた所で大して揺れてはいないのだが、それでも気分的に怖いのか、ビクビク震えながら俺にしがみつくゆんゆん。

 ……うん、なんかまた育ったような気がするな、ゆんゆんの胸……今それを指摘すると木から落とされそうだから言わないけど。

 

 まぁ、ゆんゆんの言う通り、非力なめぐみんが落ちてくるゆんゆんを受け止められるわけがない。

 小説とかだと、落ちてくるヒロインを主人公が普通に受け止めたりしているのを見るが、実際はそう簡単なことじゃない。相手がどんなに軽い女の子だったとしても、猫のような小動物を受け止めるのとはわけが違う。

 

 俺はぎゃーぎゃー騒いでいる二人に。

 

「二人共落ち着けよ、その辺りはちゃんと考えてるって」

 

 そう言うと、ゆんゆんに防御力アップの支援魔法をかけ、次にロープをめぐみんに垂らしてロープ伝いにあっちにも筋力アップや防御力アップの支援魔法をかける。

 

 そしてぷっちんは大袈裟なポーズを取りながら、両手を地面に押し付けて。

 

「母なる大地よ、盟約に基づき我が願いを聞き入れよ! 『アース・シェイカー』!!」

 

 ぷっちんの魔法により大地は大きくうねり、もこもことその性質を変えていく。ちなみに、最初の詠唱は正規のものではなく、ぷっちんの創作だ。母なる大地様はアイツとの盟約なんて知ったこっちゃない。

 一応はかなりの大魔法ではあるのだが、要は畑で使うような柔らかい土になるように耕して、クッション代わりにするというわけだ。俺の支援魔法もあるし、これでゆんゆんが落ちたとしても怪我はしないだろう。

 

 とは言え、高いところから落ちるというのはやはり怖いものなのだろう、ゆんゆんは中々踏ん切りが付かないようだ。

 

「……あー、やっぱ無理か? それなら、俺のロープを使ってゆっくり落ちていくって感じに変更してもらおうか? ロープは光の魔法をかければ見えなくできるし」

「だ、大丈夫よ、私だってもう子供じゃないんだから、このくらい…………こ、このくらい…………」

 

 ダメそうだ……。

 俺は下にいるあるえに向かって首を振ると、あるえも小さく頷いて何かを言おうと――――。

 

 その前に、めぐみんが。

 

「ゆんゆん、私を信じてください」

「……めぐみん?」

 

 めぐみんは、ゆんゆんの方を見上げて、安心させるように朗らかな笑顔を見せて。

 

「大丈夫です、先生から支援魔法をもらいましたし、これならゆんゆんの事を受け止めることができます」

「め、めぐみんは不安とかないの……? 兄さん達が色々準備してくれたとはいえ、めぐみんより重い私を受け止めるのに……」

「重いとかそういうのは冗談ですよ。その……なんですか、正直に言うと、演技とはいえ友達のピンチを救うというのは、それなりに昂ぶるといいますか……」

 

 そう言って、視線を逸らすめぐみん。少し恥ずかしいのだろう。

 そして、それを見たゆんゆんは、驚いたような表情をしている。それだけ、この答えは意外だったのだろう。

 

 すると、ゆんゆんは次第に笑みを浮かべて。

 

「……分かったわ。そういう事なら、私、めぐみんを信じる。友達だもんね」

 

 そんな二人のやり取りに、他のクラスメイト達はやれやれと若干からかい混じりではあるが、暖かい視線を送っている。

 

 困難なことでも、友情で乗り越えていく。

 それはこの映画でも描かれていることでもあり、冒険者になってからも大切になっていくことだ。文化祭を通じてそれを学んでくれたら教師として嬉しいもんだ。もちろん、ゆんゆんのお兄ちゃんとしても。

 

 ゆんゆんはじっと地面の方を見る。

 そこには先程までの怯えた様子は消えていて、覚悟を決めた表情になっている。それだけ一番の友達であるめぐみんの事を信じているのだろう。

 

 俺はあるえの方を見て小さく頷く。

 あるえも頷き返し、クラスメイトに合図してカメラを回し始める。

 

 それを確認したゆんゆんは、一度深く深呼吸をすると。

 

「きゃあっ!!!」

 

 悲鳴を上げる演技と共に、勢い良く木から飛び降りた。

 下ではめぐみんがゆんゆんを受け止めようと身構えた…………と思ったら。

 

「わっ」

 

 避けた。…………避けやがった。

 そして、ゆんゆんは。

 

「ぶっ!!!!!」

 

 ぼふっと、柔らかい地面に顔から落ちた。

 支援魔法をかけてあるし、土も柔らかくしてあるので怪我はしていないとは思うが、ゆんゆんは土に顔をめり込ませたまま微動だにしない。

 

 しん、と辺りが静まり返っている。

 ドン引きな視線がめぐみんに集まっていて、めぐみんも気まずそうに目を逸らしている……が、ここは自分が何かしないとどうにもならないというのは分かっているらしく、恐る恐るといった様子で。

 

「……す、すいません、ゆんゆん。その、予想以上に勢いがあったもので……本能的に避けてしまいました」

「…………」

 

 めぐみんの言葉を受けて、ゆらりとゆんゆんが立ち上がる。

 顔からぼとぼとと土を落としている光景は何とも言えない。木の上からだとゆんゆんの表情は良く分からないが、周りの人達の顔を見るに相当ヤバイことになっているというのは分かる。

 よし、俺はこのまま下に降りずにここから成り行きを見守ろう。

 

 すると、めぐみんはゆんゆんを落ち着かせようと、無駄に良い笑顔で一言。

 

「ま、まぁ、現実では私とゆんゆんは友達ですが、映画のこの場面では二人はまだそこまで仲良しというわけでもありません。そのくらいの相手が上から降ってきたら、受け止めるよりも避ける方が普通の反応だと思うのです。そ、そうでしょう、あるえ!」

「え……あー、うん、そうかもしれないけど……」

「…………」

「ほ、ほら、あるえもこう言っていますし、別に今のはNGというわけではありませんって! アドリブというのも時にはやってみるべきで……で、ですから……えーと…………ナイス演技です、ゆんゆん!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 めぐみんがサムズアップした瞬間、ゆんゆんが大声をあげて掴みかかった!

 

 二人がもみ合い、ぷっちんが何とか引き剥がそうとしているのを木の上から眺めながら、こんな調子でまともに最後まで撮れるんだろうかと俺は頭を押さえるのだった。

 

 

***

 

 

 その次の日からも、俺達は撮影を続けていく。

 

 もちろん順調に進んで……ということもなく、主にあるえ監督の厳しいチェックによって何度もやり直しになったりしていた。その拘りようは半端じゃなく、決めポーズの腕の微妙な角度から、カッコイイ口上を言い放つ際の言葉の速さやら強弱の付け方など、俺にはとても理解できない細かい所まで指摘していた。

 

 そういった拘りというのは創作において大切なものなんだとは思うけど、あまりやられるとスケジュール的に厳しくなるので、こっちはハラハラだ。あるえは作品に没頭し過ぎて、絶対そういう所まで考えてないだろうからな……多分言った所で聞かないし……。

 

 撮影場所に関しては、場面に応じて里の中や近辺にそれっぽいセットを自作して撮っていた。

 外へロケハンに出かけるにも時間が足りない。学校はまだ通常授業も行っていて、文化祭の準備に使える時間は限られているからだ。

 

 紅魔族の魔法による建設能力は他の街と比べて凄まじいものがあり、例え里全体を壊滅させられても三日もあれば完璧に復興できると言われる程だ。そもそも、この里が壊滅させられるなんて事自体が想像できないけども。

 

 要するに、撮影用のセットを建設するくらい紅魔族にとっては訳なく、適当に手の空いている里のニートとかに手伝ってもらい、必要なセットはもうあらかた作ってもらっている。そのクオリティも素晴らしいもので、あるえも納得させられるレベルだった。

 

 しかし、あるえには何箇所か、どうしても自作ではなく実際に行ってみたいロケ地があった。

 仕方ないので、それから数日間は、そのロケ地が使われる場面の撮影は後回しにすることに。その代わり、他の場面を先に撮影したり、映画上映の前に販売する飲食物や上映後に売ろうと思っている映画でも使われる魔道具を考える時間に当てた。

 

 そして、いよいよ学校の普通授業がなくなり、文化祭の準備に専念出来るようになってから、早速俺達はそのロケ地の一つへと出かけることになった。誰かがそこをテレポート先に設定していれば良かったのだが、場所が場所ということもあって、そんな人は見つからなかった。仕方ないので、地道に旅をすることに。

 

 それなりに危険な旅になることは予想できたので、まずは俺、ぷっちん、ぶっころりーの三人で現地まで向かい、ニートでテレポート先は紅魔の里しか登録していないぶっころりーにその場所を登録させて、それから里に戻って生徒を迎えに行った。

 危険な場所ということもあり、大人数で行くわけにもいかないので、連れてくる生徒も必要最低限の人数だけだ。

 

 と……そこまでは順調だったんだが。

 

「なぁ、いいじゃねえかよ、ちょっと撮るくらい。ケチケチすんなって」

「帰れ!!!!!」

 

 人類最大の敵、魔王が拠点としている、魔王城。

 その結界のすぐ外で、魔王軍幹部の一人であるデュラハンのベルディアは、取り付く島もなく撮影を拒否してきた。

 

 そんな俺達のやり取りを見ていたゆんゆんはジト目で。

 

「兄さん、『俺は魔王軍幹部にも顔が利くんだ。まぁ見てろって』とか自信満々に言ってたくせに、全然ダメじゃない」

「う、うるせえな……大体ベルディア、ノリが悪いぞノリが。お祭りなんだから、少しくらい融通利かせてくれてもいいじゃんか」

「何故俺がそんな目で見られねばならんのだ! 俺がおかしいのか!? どう考えても、魔王城で撮影を始めるお前ら紅魔族の方が頭おかしいだろうが!!」

「そんな事言われても、ウチの生徒がどうしてもここで撮りたいって言ってんだよ。なぁ、あるえ?」

「はい。魔王城には、自作では中々出せない禍々しい威圧感というものがありますからね。こうして実際に間近で見てみても、やっぱり来て良かったと思いますよ」

「……ほう、中々分かっているようだな紅魔の娘よ。そう、この魔王城は、そんじょそこらの城とは一線を画する格というものが…………って違う!!! 褒めたところで撮らせたりはしないからな!!!」

 

 そう言って慌てて取り繕うベルディア。

 こいつ、結構ちょろいな。褒めちぎれば割といけそうな気がしてきた。

 

 そんな事を考えていると、めぐみんがすっと前に出て。

 

「では、私と取引しませんか?」

「は? 取引?」

「えぇ、我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、いずれ魔王を屠る者……この冒険者カードを見れば、私のポテンシャルの高さは理解できるでしょう」

「…………ほう。その年で大した魔力値だ。だがまぁ、確かに魔王軍にとって脅威になり得るかもしれんが、魔王様を倒せるとまでは思えんな。あの方を甘く見るな」

「私だって今すぐ魔王を倒せるなどとは思っていませんよ。でも、嫌がらせくらいならできます。やめてほしければ、大人しく撮影を許可してください」

「嫌がらせだと? はっ、この魔王城には結界が張られている、何をする気かは知らんが、やれるものならやってみるがいい」

 

 そうやって余裕ぶっているベルディアに対し、めぐみんは不敵に笑い。

 

「結界のことはもちろん知っていますよ。ですが、いくら結界が張られているとはいっても、毎日爆裂魔法を叩きこまれれば、それなりにストレスは溜まるものでしょう? 実は私、もうすぐ念願の爆裂魔法を習得できるので、思う存分ぶっ放せる相手を探していたのですよ」

「…………えっ」

「この場所は、そこにいるニートのぶっころりーがテレポート先に登録してあります。ですので、ぶっころりーにここまで連れて来てもらい、爆裂魔法を撃ち、それからすぐにまたテレポートで里に戻るというのを日課にしようかと。人里の近くで撃つと騒音やら何やらで文句を言われるかもしれませんが、魔王城に撃ち込む分には、むしろ良くやったと褒められると思いまして」

「やめろおおおおおおおおお!!!!! 何だその陰湿な嫌がらせは!!! お前ら紅魔族の頭の中は本当にどうなっている!?」

「……ごめん、めぐみん。魔王軍の味方するってわけじゃないけど、それは私もあんまりだと思う……」

 

 ベルディアは悲鳴じみた声をあげ、ゆんゆんもドン引きの様子だ。

 というか、いくら紅魔族が変わり者揃いと言えども、めぐみんと同じにされるのは心外だ。爆裂魔法に人生を捧げるようなぶっ飛んだ奴はこいつくらいしかいない。

 

 ただ、めぐみんの言葉にベルディアは明らかにうろたえ、交渉の糸口が見えてきたのは確かだ。

 よし、ここは俺も乗っかっておこう。

 

「それだけじゃないぞベルディア。紅魔族随一の天才が主役の映画は、里の連中からも期待されてるんだ。まず、映画ってのが新しい取り組みだしな。それが邪魔されたと知れば、里の連中だってここに嫌がらせに来る可能性も十分考えられるぞ」

「そ、そっちがその気ならこちらも全力で迎え撃つだけだ!! 魔王軍を舐めるなよ!!」

「まぁ、聞けって。お前らだって大勢の紅魔族とまともにぶつかったらただでは済まないだろ? その辺りを考えたら、撮影を許可する方がずっと穏便に済ませられていいんじゃないか? 魔王にも聞いてみろって」

「ぐっ…………す、少し待っていろ! いいか、妙なことはするなよ!? 絶対するなよ!?」

 

 そんな前振りみたいな事を言いながら、ベルディアは魔王城の中へと入って行った。

 

 それからベルディアを待っている間、俺達は適当に魔王城周辺の散策をして、どこが撮影場所に適しているのかあるえに確認してもらったり、魔王城の結界というのがどんなものなのか、ぷっちんやぶっころりーが魔法をぶっ放し、ゆんゆんがオロオロとしながら止めていると。

 

 ドタドタと大慌てでベルディアが城から戻ってきた。

 

「何をやっているか貴様らあああああああああああああああ!!!!!」

「お、意外と早かったな。つか何でそんなに怒ってんだよ」

「結界にポンポンポンポン魔法撃ち込んでおいて何を言っている!! 本当に貴様らは目を離すとろくなことをしない!! これだから嫌なのだ紅魔族とアクシズ教徒は!!!」

「おい、いくら何でもアクシズ教徒と一緒にすんなよ、流石にあそこまで頭おかしくねえっつの。それで、話はどうなったんだよ」

 

 俺の言葉に、ベルディアは苦々しい声色で。

 

「『魔王城を背景に映画を撮るのは構わないから、さっさと撮って帰ってくれ』……とのことだ。魔王様の寛大なお心に感謝しろ!」

「えー、魔王城の中はダメなのか?」

「ダメに決まっているだろう! これ以上は一歩も譲れないからな!!」

 

 俺があるえの方を見ると、彼女は少々残念そうにしながらも頷いた。

 それを確認してから。

 

「しょうがねえなぁ、それでいいよ」

「な、何故頼んでいる側のそっちの態度がそんなにデカイのだ……! 本来であれば、以前俺を卑劣な罠にハメて窮地に陥らせたり、シルビアにトラウマを植え付けた貴様らの頼みなんぞ断るところなんだぞ!!」

 

 ベルディアが怒り狂ってそう言うと、めぐみんが思い出したように。

 

「そういえば、魔王軍の幹部を皆でオモチャにしたという話は聞いたことありますね。先生も絡んでいたのですか」

「兄さんだけじゃなくて、ウチのお父さんも喜々として混ざってたらしいんだよね……もう、ほんとどうかしてるわよ……」

「いやいや、魔王軍を懲らしめてやったんだから、感謝されるべきだろ、あれは。つーか、もしかしてシルビアってまだ落ち込んでたりする? もう結構前のことじゃねえか」

「未だに自分の部屋から出てこないわ!! しかもバニルの奴が『いつまでうじうじしている、雌オークを何体も相手にした男らしさはどこへいった? ……おっと、汝は心は女だったか、すまんすまん! フハハハハハハハハ!!』などとからかって更に引きこもらせ、魔王様も頭を痛くしておられるのだ!!!」

「いや、原因は俺達かもしれないけど、中々立ち直れないのはそのバニルって奴のせいなんじゃねえの……」

 

 シルビアとは魔王軍幹部の一人であるグロウキメラで、見た目だけなら美しい女性の姿をしている。しかし、その正体は体を作り変えた男であり、アレも生えている。

 

 魔王軍でもそこそこ有名になっていた俺を倒す為に、里にまでやって来て色仕掛けで誘惑してきて俺も危うく騙される所だったのだが、オカマ野郎だと知って里の連中と協力して無理矢理体を分離させて男に戻し、縛ったまま雌オークの集落に放置したことがある。

 紅魔族というのは体をいじる類の生物実験が大好きだ。そして、その実験は里の発展の為に役立つ事も多いので、父さんもノリノリだったわけだ。

 

 その後、シルビアは部下に救出されたらしいが心に深い傷を負ったらしい。

 まぁ、当然といえば当然だ。助け出されるまでに雌オークにどんな事をされたのか、想像するだけでも恐ろしい。

 

 ともかく、無事許可も貰えたということで、俺達は撮影の準備を進めていく。

 そして俺は、こちらを注意深く監視しているベルディアに。

 

「ほらベルディア、こっち来いよ。そこ立って」

「は? 何を言って」

「いいから早く早く。あるえ、どうだ?」

「もう少しめぐみんとの距離を置いてください…………はい、その辺りです」

「おいちょっと待て! まさか俺もその映画とやらに出ろとか言うつもりか!?」

「あれ、言ってなかったか? ここは、単独で魔王城にやって来ためぐみんが、幹部に負けちまうってシーンなんだ。だから、本物の魔王軍幹部のお前に協力してもらおうと思ってたんだけど」

「聞いとらんし断るに決まっとろうが!! どこまで魔王軍を舐め腐れば気が済むのだ貴様らは!!!」

 

 そんな事言われても、こっちは最初からそのつもりで来たから、幹部役とか決めてないんだけどなぁ…………うん、やっぱり説得するしかないな。

 俺は少し考えてから、ベルディアにひそひそと小さな声で。

 

「ベルディアってさ、改めて見ると凄くカッコイイ騎士だと思うんだ。魔王城と同じで魔王軍幹部の迫力ってのも、他の人達じゃ中々出せないものだし、撮らせてもらえると助かるんだけど……」

「……ふ、ふん! そうやっておだてても無駄だぞ! 貴様の言う通り、魔王軍幹部の役をそんじょそこらの人間に演じられるとは思えんが、だからといって俺が協力してやる義理は」

「女にもモテるかも」

「!?」

 

 その言葉に、ベルディアがビクッと反応する。

 分かりやすいなーこいつ。

 

「例え敵役だとしても、幹部みたいなカリスマ性のある強キャラなら、十分女から人気でる可能性はある。女ってのは悪い男に惹かれるところもあるしな」

「し、しかし……俺は人間ではないのだぞ……そんな簡単には……」

「人間じゃなくても、本当に良い男には女が集まるもんだ。女悪魔に魅せられる男ってのがいなくならないのと同じでな」

「…………」

「何なら、映画のコピーをやってもいいから、魔王城の中で流してみればいい。魔王軍にも女はそれなりにいるだろ? それ観ればきっと、お前を見る目も変わってくると思うぞ」

 

 ベルディアはついに黙り込んでしまった。

 こいつは事あるごとに口では自分は騎士だと強調し、それを誇りに思っているようだが、中身はただのスケベ野郎だ。ウィズへのセクハラエピソードは聞けば聞くほど出てくる。

 まぁ、王都の騎士もエロ写真で簡単に買収できたりもしたし、案外騎士ってのはそんなもんなのかもしれない。こう言うと色々な所から猛烈な反論が飛んできそうな気もするが。

 

 その後、ベルディアはわざとらしく大きな咳払いをすると。

 

「……ふむ、考えてみれば、これは紅魔族に接近し、その弱点を暴くチャンスでもあるな! よし、いいだろう! 本来であればこの俺がこんな茶番に付き合ってやるはずもないのだが、魔王軍の為になるというのであれば仕方あるまい!!」

 

 そんな事を言いながら出演を受諾してくれたベルディア。

 ゆんゆんを始めとした生徒達は、その言葉を鵜呑みにすることもなく、若干疑わしげな視線を送っていたが、ベルディアが出演してくれるのは映画的に良い事であるのは確かなので、それ以上追求することもなかった。

 

 俺としては別に隠すことでもないと思うんだけどな。女からモテたいってのは男として当然の欲求だと思うし。ただ、騎士としてのプライドとかその辺があるんだと思うが。

 

 それから俺達はベルディアを交えて動きの確認をしていく。

 この場面では、魔王軍幹部の力というものを可能な限り大きく派手に見せたい。アクションシーンは重要だ。

 

 そういうわけで、デモとしてベルディアは頭を空に高々と投げ上げると、剣を両手で持ち直し、目にも留まらぬ連撃を繰り出す。

 その迫力ある攻撃に、めぐみん達は「おお……!」と感心した声をあげる。

 

 ベルディアも満更でもない様子で。

 

「ふっ、まぁ魔王軍幹部ともなればこのくらいは余裕だな。俺のこの技を目にして生きていられる者は少ない。光栄に思うことだ紅魔の者達よ」

「俺は何度か見てるけどな、それ。その首はハンデになるかと思いきや、そうやって全体を俯瞰的に見れるのは大きな武器だよな。他にもウィズの足元に首転がしてスカートの中を覗いたり、結構便利みたいだし」

「「うわぁ……」」

「なぁ……!! ち、ちがっ、それは本当に手が滑って転がっていってしまっただけだ! 騎士である俺がそんな」

「ウィズが言うには、他にも女子トイレに首を置き忘れたり、女の胸元にはまるように上から首を落としたり」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何を言っているのかさっぱり分からんなあああああああああああ!!!!!」

 

 ベルディアが大慌てでごまかそうとしているが、既に少女達の目はゴミを見るものに変わっている。普段から俺もよく向けられるやつだ。

 年端もいかない少女からこういう目を向けられるというのは、人によってはご褒美になるのかもしれないが、ベルディアにはそういった性癖はないらしく、普通に精神的ダメージを受けているようだった。俺も何度受けても、結構キツイからなあの目……。

 

 ともあれ、中身はさておきスペックだけは十分過ぎるベルディアにあるえも満足そうで、早速撮影を始めることにする。

 まずは下準備として、ぷっちんが両手を空に掲げて。

 

「大いなる天空の神々よ、我が願いを聞き入れ、恵みを授け給え! 『コントロール・オブ・ウェザー』!!!」

 

 ぷっちんが唱えると、ぽつぽつと雨粒が落ちてきたかと思うと、次の瞬間にはザーッと本格的に降り始めた。

 これから撮るのは主人公の敗北シーンだ。その演出として、雨というのは定番ではあるが、それだけに間違いはない。

 

 あるえは掌で雨を受け止めてその強さを確認して、カメラの映り具合を気にしてから、ゆんゆんに合図を出す。

 ゆんゆんは一度頷くと。

 

「じゃあ、その、いきます! 3、2、1……アクション!」

 

 カンッ! というカチンコの小気味いい音と共に、撮影が始まる。

 カメラに映っているのは、めぐみんとベルディアだけ。降りしきる雨の中、二人は無言で対峙していて、両者の間にはビリビリとした緊張感が漂っている。

 

 おぉ、やっぱり本物の魔王軍幹部を使うと雰囲気出るな。そんな大物と向き合っているということで、めぐみんの雰囲気もいつもとは違う気がする。

 

 ベルディアは真っ直ぐめぐみんを見据えたまま、重苦しく迫力のある声で話し出す。

 

「紅魔の娘よ。一人でここまで乗り込んでくるその度胸は認めてやろう。しかし、これは無謀というものだ。これでも俺は生前は真っ当な騎士だった。年端もいかぬ少女を一方的に傷めつける趣味はない。今なら大人しく頭を下げれば見逃してやらなくもないが?」

「ふん、誰に物を言っているのですか。我が名はめぐみん、紅魔族随一の天才と呼ばれし者。魔王城を落とすなど、私一人で十分……というか、私ほどの実力者ともなれば、仲間などは足を引っ張る存在でしかありませんから」

 

 余裕綽々でそんな事を言って不敵に笑うめぐみん。その姿は演技とは思えないほどに様になっている。

 まぁ、現実の話をすれば、めぐみんが覚えようと思っている爆裂魔法はその性質上仲間というのは必須になるわけだが。

 

 めぐみんの言葉を受け、ベルディアは剣を抜く。

 

「いいだろう。そこまで言うのであれば、この魔王軍幹部が一人、デュラハンのベルディアが相手になってやろう。先手は貴様に譲ってやる、今放てる最強の魔法を俺にぶつけてみるがいい」

「……随分と舐められたものですね。その言葉、後悔させてやりますよ」

 

 めぐみんはキッとベルディアを睨みつけると、静かに詠唱を始める。

 

 当然、学生であるめぐみんはまだ何の魔法も使うことができない。

 なので、めぐみんの詠唱に合わせて、光の屈折魔法で姿を消したぶっころりーが魔法を使うという方法をとる。ぶっころりー自身の詠唱が聞こえないように、消音の魔法も合わせて使っている。

 

 一応クラスで一番の成績をほこるめぐみんは、上級魔法の全ての詠唱を暗記しており、スラスラと一言一句間違わずに詠唱していく。

 と言っても、将来めぐみんは爆裂魔法しか使うつもりがないようなので、いくら上級魔法の詠唱を暗記していても使うことがないというのが何とも虚しいものだが。

 

 この映画においても、めぐみんは演技とはいえ上級魔法を使うことに抵抗があったようだが、映画におけるめぐみんはネタ魔法使いではなく普通に優秀な天才魔法使いの設定なので、そこは納得させた。

 

 程なくして詠唱を終えためぐみんは、手にした杖を真っ直ぐベルディアに向け。

 

「我が地獄の業火にて焼き尽くされるがいい!! インフェルノ!!!!!」

 

 直後、紅蓮の炎がベルディアを包み込んだ!

 

 炎は瞬く間に広がっていき、めぐみんの前はすぐに火の海となった。

 その熱量は凄まじく、それなりに離れているこっちにまで熱風が飛んできて息苦しい。実際に直撃したベルディアはどれ程の熱に晒されているのか、想像もつかない。

 

 しかし、そこは魔王軍幹部。

 それ程までの大魔法を受けながらも、ベルディアは悠々と立ったまま余裕を……。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!! あっぢいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 

 

 普通に効いていた。メッチャ熱そうだった。…………おい、台本と違うぞ。

 すぐさま、あるえが。

 

「カット、カット! そこは平然と耐えて炎の中から出てきて『くくっ、こんなものが地獄の業火とやらか? ぬるい、ぬる過ぎるわ!!』と幹部の実力を見せつける所だよ!」

「い、いや、待て……あぢぢぢぢぢぢぢ!! それより火を何とかしろおおおおおおお!!!」

 

 仕方ないので、ぶっころりーが水の魔法を唱えて消火する。

 確かベルディアは水が弱点でもあったはずだが、それを気にしていられない程に熱かったらしい。

 

 ベルディアはしばらくぜーぜーと荒い息を吐いていたが、光の魔法を解いて姿を現していたぶっころりーの方に首を向けて。

 

「おい、これは演技なのだろう!? どれだけ全力で撃っているのだ貴様は!! 少しは手加減というものをするだろう普通は!! 本当に殺す気か!!!」

「えっ、あー……魔王軍幹部ならこのくらい平気だと思って……悪かったよ、はぁ……」

「なんだそのちょっとガッカリしたような反応は!! 俺が悪いのか!? 俺だってそんじょそこらの魔法使いの魔法なら簡単に耐えられるわ!! というか貴様、見かけによらずやたらと強くないか!?」

「あぁ、俺はニートだからね。暇を持て余して、ちょくちょく森に入ってモンスターを狩って修行っぽいことしてたら結構高レベルになってたんだ」

「これだから紅魔族というやつは!!! そこまでの力があるなら、いくらでも仕事はあるだろう!! ちゃんと働け!!!」

 

 魔王軍幹部から真っ当な説教をくらっているぶっころりー。

 似たようなことは俺もぷっちんも何度も言ってきたのだが、全く効果がなかったのは見ての通りだ。もうあれだ、こういうのは本当に追い詰められないと動かないタイプなんだと思う。

 

 ベルディアはイライラとした様子で。

 

「とにかく、いくら俺でも高レベルの紅魔族の魔法をまともにくらって平気なはずがないだろう! 少しは手加減をしろ!!」

「俺はカズマと同じで人生に妥協しない男だ。誰に何と言われようがニートを貫き通すし、魔法もいつだって全力なんだ」

「おい頼むからお前と一緒にすんなマジで! 俺も最終的にはニート志望だけど、ちゃんと一生遊んで暮らせる程の金を稼いでからって考えだから、お前とは天と地の差がある!!」

「ええい、それならば魔法を撃つ役を変えろ!! そうだ、そこの変態鬼畜男でいいだろう!! こいつの魔法であればいくらでも耐えられるわ!!!」

「な、なんだと……前は俺にやられたくせに……!」

「あれは貴様の小賢しい策が、たまたま上手くはまっただけだ! それに一対一でもなかったしな!! 力に関しては大したことないからこそ、無駄に悪知恵を働かせて卑怯な事ばかりしているだけだろう貴様は!!!」

 

 ぐっ、こいつ、言いたい放題言ってくれやがって……!

 しかし、言っていることは間違っていないので、俺は歯をギリギリ鳴らすことしかできない。

 

 確かに、俺の魔法ではちゅんちゅん丸込みでもぶっころりーには及ばないし、ベルディアだって普通に耐えられるものだろう。というか、この場合は比較対象が悪いだけで、普通の冒険者と比べたら十分強い方なんだけどな俺も……。

 

 ただ、まぁ、例え事実だとしても、ここまで挑発されると何かやってやりたい気持ちになるわけで。

 

 それから、魔法を撃つのはぶっころりーから俺に変わり、再び撮影が始まる。

 そして、すぐに先程止められた、めぐみんが魔法を撃つ場面になる。

 

 光の屈折魔法で姿を消し、消音魔法で声が届かないようにした俺は、めぐみんのセリフに合わせて詠唱を始め、ベルディアに向けて魔法を放つ。

 

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』、『クリエイト・ウォーター』!!!!!」

 

 

 アンデッドを消し去る浄化魔法、そして水を生み出す初級魔法。

 それらを合わせることで、神聖属性が加わった水、つまり聖水を生み出しベルディアに直撃させた!

 

「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 効いた。普通に効いた。

 

 ベルディアは魔王の加護により神聖属性に対して耐性があったはずだが、もう一つの弱点である水による弱体化効果も合わさると、ちゃんとダメージは通るらしい。先程ぷっちんの炎魔法を消す為に、水を浴びていた事も影響したかもしれない。

 

 とはいえ、本来浄化魔法というのはアンデッドを一撃で消し去る魔法なので、弱体化してもこうして決定打にはならない辺りは流石は魔王軍幹部だ。

 

 まぁ、それでも俺を舐めきっていたベルディアに一矢報いたので、俺は黒い煙をあげながら片膝をついているベルディアを見下ろしてニヤリと笑って。

 

「あれー? どうしたんですか、ベルディアさん? 俺の魔法なんていくらでも耐えられるんじゃなかったんですかー?」

「き、きききき貴様あああああああああああああああああああ!!! そこの娘が唱えたのは『インフェルノ』だろうが!!!!!」

「ん、そうだっけか。悪かったよ、次はちゃんとインフェルノ撃つって。まぁ、それだけ弱体化すれば俺の魔法でも効きそうだけどなぁ!」

「こ、この……調子に乗るなよ貴様ァァ!!! ぶった斬ってくれる!!!」

「お、やる気か? 今なら俺のスティール一発でその首ぶん取って終わり……」

「来たれ、アンデッドナイト! そこのクソ生意気な紅魔族を八つ裂きにしろ!!」

「いっ!? お、おい、手下召喚は卑怯…………うわああああああああああ!!! ちょ、多い多い多い!!! ぶっころりー、ぷっちん、助けてえええええええええええ!!!!!」 

 

 結局、大勢のアンデッドナイトに追いかけられ、半泣きになる俺。

 くそ……幹部のくせにちょっとからかっただけでマジギレとか大人げないだろ……!

 

 普通のアンデッドならばターンアンデッドで一発なのだが、こいつらにも魔王の加護がかかっている為、そう簡単にはいかない。

 他の魔法で倒そうにも、ゾンビの上位種であるアンデッドナイトは一体一体が普通に強い。それがこの数だ。とても俺の貧弱な魔力でどうにかできる状況じゃない。

 

 その後も色々と衝突が続き、思うように撮影が進まずに騒いでいると。

 

 

「ふふ、何やら楽しそうな事をなさっていますね。よろしければ、わたくしも混ぜてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 

 そんな言葉と共に、魔王城から一人の美女が現れた。

 

 ごくりと、思わず喉が鳴った。

 やばい、なんだこの美女……エロいってレベルじゃない!

 ぶっころりーやぷっちんも、あまりの衝撃に固まっていて、クラスの少女達もその美女のあまりの美貌に狼狽えている様子だった。

 

 美女には角や尻尾が生えていて明らかに人間ではなく、おそらく悪魔なんだろうが、そんな事はどうでもいい。

 まさに男を魅了する事だけを考えたような、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる見事なプロポーション。着ているのはほとんど下着のような極端に布面積が小さいもので、瑞々しい生肌が惜しげなく披露されている。そんな肌に雨で濡れた髪が張り付いて……何というか……もうたまらない感じになってます!

 

 すると、何故かベルディアが苦々しい声で。

 

「おい、お前……」

「ふふ、何を仰るつもりですか、ベルディア様。悪ふざけはおやめくださいな」

「あっ、ちょ、首を返せ首を!!!」

 

 さっと自然な動作でベルディアの手から首を取ってしまう美女。それを見る限り、この美女も相当な実力者である事が伺える。

 ウィズには散々セクハラをしていたベルディアが、この美女にはそういった雰囲気を一切見せない所も何か引っかかるが、それも今はどうでもいい。

 

 俺は美女から目を離せずにいると、彼女はクスリと蠱惑的な笑顔をこちらに向けて。

 

「お初にお目にかかります、カズマ様。わたくしはサキュバスの女王、サキュバスクイーンです。カズマ様には是非一度お会いしたいと思っておりました」

「お、俺に……? なんでまた……」

「それはもちろん、カズマ様がとても魅力的な男性だと思ったからですよ。目的のためには手段を選ばない非情さに、ベルディア様やシルビア様をも罠にはめる狡猾さ、そして様々なスキルを使いこなす器量。例え敵であったとしても、女としては惹かれてしまうものなのです……」

「っ!!! ほ、本気で言ってるんですか……? お、俺、女の人からそんな事言われた事なんて一度も……」

「それはカズマ様の魅力を理解できない女性の方が未熟なのです。これでもわたくしは、人間よりもずっと長く生きております。だからこそ、分かるのです。カズマ様ほど魅力的な男性は他にはいませんよ」

 

 そう言って、俺の両頬に手を当てて微笑むお姉さん。

 その仕草に、ドクンと心臓が跳ね上がるのを感じる。

 

 そうだ……そうだよ。

 いつも鬼畜だの変態だの散々言われてるけど、今までの実績を考えればこうして俺のことを想ってくれる人がいても不思議じゃないんだ! 分かる人にはこうして分かってもらえるんだ!

 

 そうやって俺が感動に震えていると。

 

「いや、先生、よく考えてくださいよ。先生の評判を聞いて惹かれる女性なんているはずないでしょう。何か裏がありますって」

「そうよ兄さん、相手はサキュバスよ? どうせこんな甘いこと言って、兄さんから精力を搾り取ろうとしてるに決まってるわよ」

 

 呆れた様子で空気の読めないことを言ってくるめぐみんとゆんゆん。

 そんな二人に追従するように、ぶっころりーとぷっちんも。

 

「うん、そうだそうだ……カズマがそんな美人から想いを寄せられるなんてありえない! い、いや、俺はそけっと一筋だから、別に羨ましいとかそういうのは思ってないけど!」

「まったく、カズマも女の色香に惑わされるとはまだまだだな……今ならまだ間に合う、戻ってこい。お前はこちら側の人間だ……」

 

 そうやって好き勝手言ってくる奴等に、俺は盛大に溜息をついた。

 そして、若干不安そうにこちらを見るサキュバスのお姉さんの肩を掴んでこちらに引き寄せると。

 

「あいつらの言ってる事は気にしないでください。あっちのマセガキ二人は俺のことが好きで嫉妬してるだけで、あっちの童貞二人は俺がモテて妬んでるだけです。じゃあ、こんな所では何ですから、どこか静かな所で二人きりにでもなりましょうか」

「いやいやいや! 待ってください、この唐突な流れに少しは疑問を持ってくださいよ! 本気ですか先生!?」

「どうして兄さんはそうやっていつもいつも欲望だけに全力なのよ! もうちょっと理性ってものを働かせなさいよ!!」

「うるせえええええええええええええええええ!!! いつもいつも好かれるのは子供ばっか、ようやく美人のお姉さんとお近づきになれたと思ったらドMの変態!! そんな俺にやっと春が来たんだ邪魔すんな!! お前らそんなに俺のことが好きなら、今すぐこのお姉さんくらいオトナになってみろってんだ! ほら早く!!」

「最悪ですこの男!!! と、というか、確かに先生のことを好きだと言ったことはありますが、それが男性としてだとは一度も言ったことありませんよ! 勝手に思い込まないでください!!」

「わ、私だって兄さんのこと好きだなんて言ったことないから!! これはただ、妹として兄を……」

「いや、めぐみんはともかく、ゆんゆんはハッキリ俺のこと男として好きだって言ったろ。ほら、王都でデートした時にギルドで結婚してって」

「わあああああああああああああああああ!!!!! 知らない知らない知らない!!! 兄さん酔っ払ってて記憶違いしてるんじゃないの!?」

 

 ゆんゆんが顔を真っ赤にして否定するが、めぐみんを始めとした周りのクラスメイトはその反応で真実だと判断したらしく、生暖かい視線を送っている。

 

 とにかく、誰に何と言われようが、俺はこのサキュバスのお姉さんとイチャイチャすると決めたんだ。俺はミツルギみたいな鈍感で優柔不断な男ではない。綺麗なお姉さんと上手くいきそうなチャンスを逃すなんてヘマをやらかしたりはしない。

 

 そう、俺は今日から彼女持ちのリア充になるんだ!

 種族とかそこら辺は関係ない。俺は可愛かったり綺麗だったら人外でも何でもオーケーな、広い心を持っている。

 

 そうやって決意を固めていると、サキュバスのお姉さんが余裕のあるオトナな微笑みを浮かべながら。

 

「ふふ、大人気ですねカズマ様。そういえば、皆さんは先程から何をしていたのですか? 何やら楽しそうでしたが」

「あぁ、映画を撮ってるんですよ。映画っていうのは、お芝居を動画として残すみたいな感じで、今度里の祭りで発表しようと思ってるんです」

「まぁ、それは素晴らしいですね! あの、もしよろしければ、わたくしも出演させてもらえないでしょうか? ほんの端役でいいですので……」

「もちろん! というか、あなた程の美人に端役なんてもったいない! もっと目立つ役を……いや、待てよ……」

 

 俺は少し考え込む。

 今回の映画の中心はめぐみんとゆんゆんであり、俺はあまり出番もない。魔王役のぷっちんの方が目立つくらいだ。

 

 元々クラスとしての出し物だし、生徒が中心になるべきだと思ってそこは納得していたのだが…………このお姉さんが本格的に出演するとなると話は別だ。

 そういう事なら、俺ももっと目立ちたい……というか、お姉さんと色々絡む役をやりたい……!

 

 俺はすぐにあるえに。

 

「あるえ、脚本変更だ。せっかくこんな美人なお姉さんが出てくれるって言ってるんだ、ここはこのお姉さんをメインヒロインに置いたラブロマンスにしよう。主役は当然俺な。ストーリーは……そうだな、勇者として魔王を倒しに魔王城まで来た俺とサキュバスクイーンが恋に落ちて、色んなしがらみから二人で逃避行するみたいな……」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってください、急にそんな事言われても……」

 

 いきなりの提案に、流石のあるえも戸惑っているが、俺にも譲れないものがある。ここは勢いで押し切る……つもりだったのだが。

 

 やはりというべきか、外野から凄まじい抗議の声が。

 

「なに勝手に脚本変えようとしているのですか! 先生、文化祭は生徒が中心になるべきだとか言ってたくせに!!」

「よく聞けめぐみん、状況ってのは常に変わっていくもんだ。それに合わせて、言ってることをコロコロ変えることは何も悪いことじゃない」

「ちょっと良い事言ったみたいな顔してますが、それってただ無責任に好き放題言ってるだけって事じゃないですか!! ほら、ゆんゆんも黙ってないで何か言ってやってくださいよ! あなたの兄が相変わらずのダメっぷりを発揮しているのですが!!」

「…………めぐみん、兄さんはいつもこんな感じだし、いくら騒いでも無駄だよ。それは妹の私がよく分かってる」

「えっ、ど、どうしたのですかゆんゆん。確かに先生はいつもこうですが、だからといってそれを放置するなど……」

 

 ゆんゆんの言葉に、動揺を隠せないでいるめぐみん。

 あれ、俺もてっきりゆんゆんには色々文句言われるだろうと覚悟していたんだけど…………もしかして、ついに兄離れしようと決意して、お兄ちゃんの恋愛を応援してくれるつもりになったんだろうか。

 

 ……うーん、それはそれで少し寂しいような……どうしてほしいんだ俺は。

 

 そんな自分でもよく分からない複雑な気持ちに頭を悩ませていると、ゆんゆんはにっこりと笑顔を浮かべて。

 

「もちろん、このまま放っておいたりはしないわ。ただ、今回は必ずしも兄さんだけが悪いってわけじゃないと思うの。そこの女はサキュバス、何か魅了系の魔法を使って兄さんを操っている可能性もなくはないわ。だから、駆除するのが一番良いと思うの」

「く、駆除……? で、ですが、相手はサキュバスクイーン、そんな簡単にはいかないのでは……」

「そこは人の手を借りましょう。例えば悪魔嫌いで有名な頭のおかしいアクシズ教徒辺りをけしかければ、きっと」

「ま、待て待て待て! いくら何でもそれは酷すぎるだろ、落ち着けゆんゆん!」

「大丈夫よ、私は落ち着いてるわ。私は自分の兄を誑かす悪魔に消えてほしいだけだから」

 

 確かにゆんゆんの口調は冷静なものだけど、なんかとんでもなく冷たい!

 あと、目が怖い! 光が消えてる! これなら真っ赤に光ってた方がまだマシだ……。

 

 流石のサキュバスクイーンもアクシズ教徒の名前を聞くと、とても嫌そうな表情を浮かべて何歩か後ずさる。

 俺は庇うようにその前に出て。

 

「ゆんゆん、俺の目を見ろ! ずっと一緒にいたお前なら分かるだろ、俺は正気だし、このお姉さんとは真剣に愛し合ってるんだ。分かってくれ」

 

 そう言ってじっとゆんゆんを見つめる。

 ゆんゆんは冷えた目のままで、しばらく俺の目を見据える。

 その迫力に思わず目を逸らしたくなるが、そこはぐっと我慢して何とか視線を受け止め続ける。

 

 しばらくして、ようやくゆんゆんは若干戸惑いの色を見せ始め。

 

「……た、確かに嘘をついてるようには見えないけど……でも、そこのサキュバスの人とはさっき会ったばかりじゃない。それで愛し合ってるなんて言われても……」

「愛に時間なんて必要ないんだ。一目惚れって言葉もあるだろ? 俺は自分のことを好きになってくれる、エロくて美人なエロいお姉さんの事は問答無用で好きになる」

「それって本当に愛って言っていいの!? 欲望が前に出過ぎてると思うんだけど!!」

「いいんだよ、俺が愛って言えばそれは愛なんだ、他人がどうこう言うもんじゃない!」

「うっ……そ、それはそうかもしれないけど……あ、あの、そこのサキュバスの人はどうなんですか! どうせ他の男の人にも同じように誘惑しているんじゃないですか!!」

「……えぇ、私はサキュバスですから、今まで男性を誘惑することは何度もありました。ですが、それはあくまで精力を貰うため……いわばエサとして見ているだけで、そこには愛はありません。カズマ様への気持ちとは全く違います!」

 

 そんなお姉さんの弁解を聞いて、複雑そうな表情を浮かべて黙ってしまうゆんゆん。

 すると、代わりにめぐみんがふっと口元に笑みを浮かべて。

 

「ですが、あなたはサキュバスなのですし、そこに愛がなくとも精力を貰う為に他の男性と色々といかがわしい事もしたのではないですか? 先生は意外と女の子に幻想を持っているタイプなので、そういう過去はマイナスになると思いますが」

「なっ、そ、そんな小さい男じゃねえよ俺は! 今俺のことを好きでいてくれるなら、過去のことは別に気にしない……い、いや、ちょっとは気になるけど…………あ、あの、実際のところはどうなんですか……?」

「思いっきり気にしてるじゃない……」

 

 ゆんゆんが呆れ、めぐみんはそれ見たことかと得意気な顔をしている。

 く、くそ……とてつもなくムカつくが、気になるものは気になるし、しょうがない……い、いや、これでこのお姉さんが他の男とやりまくりだったとしても、俺の気持ちは変わらない……と思う……たぶん……。

 

 しかし、サキュバスのお姉さんはにっこりと微笑んで。

 

「いつも私は男性を油断させてから眠らせ、淫夢を見せて精力を貰っていただけですから、この身は清いままですよ」

「そ、そうですか! はっ、残念だったな二人共!! サキュバスだからって妙な偏見を持ってビッチだとか思ってたみたいだが、全然そんな事はないってよ!!」

「そ、そんなの口では何とでも言えるではないですか! というか、何故こういう時だけ何の疑問も持たず相手の言葉を鵜呑みにするのですか!!」

 

 めぐみんの言葉に、サキュバスのお姉さんは口元をニヤリと怪しく歪めると。

 

「ふふ、そこまで言うのであれば、今からカズマ様に確かめてもらっても……」

「えっ、いいんですか!? よし、分かりました! お姉さんの身の潔白のためです、俺がきちんと調べて……」

「何バカなこと言ってんのよダメに決まってるでしょ!! そもそも、童貞の兄さんが何やったってそんなの確かめられるはずないじゃない!!」

「う、うるせえな童貞バカにすんなよ! ……じゃあこうするか。まず清い身だと分かってるゆんゆんにキスとか色々やって反応を見て、それからこのお姉さんに同じことをして比較するとか」

「えっ……キ、キス……とか……?」

「何ちょっと期待してるんですか!? 冷静になってください、相当頭おかしい事言ってますよあなたの兄は!!」

 

 ちっ、流石にめぐみんは止めるか。というか、自分から仕掛けといて何だけど、俺の妹はちょろ過ぎないか、大丈夫か。ぶっちゃけ話を逸らす為に言ってみただけで、初めから冗談のつもりだったんだけど……。

 サキュバスのお姉さんは、そんなゆんゆんを見てくすくすと笑うと。

 

「気持ちは分かりますよ。わたくしも、カズマ様とキスできると聞いて昂ぶっておりましたから。でも、冗談なのでしょう?」

「いえ冗談ではないです。今すぐしましょう、そうしましょう。ほら、映画にはキスシーンも入れる予定ですし、その練習とかそんな感じで」

「どんだけキスしたいのですか!! させませんよ、どうしてもやると言うのであれば、力尽くで止めてやります!!」

「うん、でも勘違いしないでよね、これは別に兄さんを他の女に取られそうになって嫉妬してるわけじゃなくて、あくまで悪魔に騙されそうになってる兄さんを助けようとしているだけなんだから!!」

「『アンクルスネア』」

「「きゃあ!!!」」

 

 何やら意気込んで俺とサキュバスのお姉さんの間に割って入ろうとした二人だったが、俺の魔法によって足が動かなくなり、そのままつんのめる。

 俺は恨めしげにこっちを睨んでいる二人に、辛そうな声で。

 

「悪いな、俺だって妹や生徒に魔法をかけるってのは心が痛む。でも、分かってくれ……男には譲れないものがあるんだ……」

「悪いと思っているのならせめてこっちを見てくれませんか!? 欲望にまみれた目でサキュバスのお姉さんをガン見しているようですが!!」

「あ、あの、ぷっちん先生! それにぶっころりーさんも! このままでは兄さんに先を越されてしまいますよ、いいんですか!?」

 

 くっ、そうくるか。流石は俺の妹、中々いい手を打ってきやがる。

 俺は嫌な予感を受けながら視線を男二人に移すと。

 

「……うん、そうだ。友達として、カズマが悪魔に騙されるのを黙って見ているわけにはいかない! 言っとくけど、別にカズマに先越されるとか思って邪魔するわけじゃないぞ! なんたって、俺にはそけっとがいるし! この三人の中では一番可能性あるし!」

「俺も友人として、そして職場の同僚としてカズマを悪魔から助けるだけだ。決して他意があるわけではない。そもそも、この俺にとっては色恋などはもとより興味のないもので、己を高めるにあたって足かせにしかならない。まぁ、その内俺が校長の座を射止めた暁には、放っておいても女の方から寄ってくることはあるかもしれないがな……」

 

 そんな言い訳を並べながら、俺の恋路を全力で邪魔するべくこちらに向かってくる独身男二人。その目を見るに、俺を独り身の闇に引き戻そうとする気満々だ。

 

 しかし、俺だってこの二人とは長い付き合いだ。

 こういう時どうすればいいかくらい、すぐに思い付く。

 

 俺は二人から逃げることもなく、むしろ手招きをしてもっとこっちに来るように誘う。

 二人は首を傾げつつも、警戒を緩めずに近くまでやって来たところで、俺はひそひそ声で。

 

「……二人共よく考えろ。ここで俺がこのお姉さんとくっついた方が、お前らにとっても得になると思うぞ」

 

 そう言うと、二人は眉を潜めて先を促す視線を送ってくる。

 俺はそのまま続けて。

 

「考えてみろ、このお姉さんはサキュバスクイーン。つまり仲良くなれれば、他のサキュバスの子だっていくらでも紹介してもらえるわけだ」

「「!!!」」

「俺だって一人で幸せになるつもりなんてねえって。俺達、友達だろ? 一緒にイイ思いしようぜ」

 

 俺の言葉に、ぷっちんとぶっころりーは顔を見合わせ。

 

 それから程なくして、男三人はそれぞれ固い握手を交わした。

 ぷっちんとぶっころりーは清々しい表情で俺から離れていく。

 

 それを見てゆんゆんとめぐみんは唖然として。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたんですか!? 兄さんを止めるんじゃなかったんですか!?」

「いや、カズマの気持ちは本物だ。それなら、友達として応援するべきだろう? 例え相手が悪魔だとしても」

「あぁ。めぐみんとゆんゆんも、もう少し大人になれば分かる。種族を超えた愛というのはいいものだ。時に愛というのは、何にも勝る強大な力を生み出すこともある……」

「二人共さっきと言ってる事が違うのですが、先生に何か吹き込まれましたね!? それも、おそらくはろくでもない事を!!」

「何言ってんだめぐみん、俺は別にろくでもない事を吹き込んだわけじゃない。大切な事だ。そう、男にとっては特にな。女には分からない世界ってもんがあるんだよ」

「もうその言葉でろくでもない事だというのがよく分かりましたよ! いいからさっさと魔法を解いてください!!」

 

 めぐみんとゆんゆんは凄い形相でこちらを睨んでいるが、ここで親切に魔法を解いてやる程俺も甘くはない。

 

 一番俺の事を邪魔しそうな妹と爆裂狂は魔法で動きを止め、男共は説得、これで俺を止める者はいなくなった。

 ふにふらとどどんこがこの場にいたら邪魔してきたかもしれないが、今回は来ていないし、あるえや他の生徒達は呆れた顔をしているが何かするような気配はない。

 

 そんなわけで、俺は心置きなくサキュバスのお姉さんと向き合う。

 すると、お姉さんはもう覚悟は決めているのか、静かに目を閉じて少し顎を上げた。

 

 こ、これはあれだよな……いわゆる、キスしてポーズってやつだよな……!

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 先程までぎゃーぎゃーとうるさく騒いでいためぐみんやゆんゆんの声が全く聞こえなくなる。

 俺の視界はお姉さんの艶やかな唇に固定されて全く動かすことができない。

 

 俺はお姉さんの両肩を掴んで、ゆっくりと顔を近付けていく。

 自分にとってのファーストキスがどういうものになるのかというのは、俺自身色々と想像していたが、まさかこんな雨の中でサキュバス相手というのは予想できなかった。人生、何が起きるか分からないもんだ。

 

 お姉さんの唇が目の前に迫ってきたところで、俺も目を瞑る。

 あぁ……これでついに俺も一歩オトナになるんだ……。

 

 そして次の瞬間、俺とお姉さんの唇が重なった。

 

 想像以上に柔らかい感触に、心臓がドクンと一気に跳ね上がる。

 それで俺は一気に照れくさくなってすぐに離してしまい、結果としてほんの少し触れた程度のキスになってしまった。断じてヘタレたわけじゃない。何というか、その、ちょっとビックリしただけだし!

 

 そんな、誰に対してか分からない言い訳を頭に浮かべながら、目を開いて相手の様子を伺う。

 目の前には、未だにキス待ちポーズを続けるお姉さんが…………えっ、もしかして今のじゃダメってことか……?

 

 そう心配になっていたのだが。

 

「…………あれ? お姉さん?」

 

 サキュバスのお姉さんの様子が何かおかしい。

 お姉さんは未だに同じポーズのまま固まっているのだが、何というか、生気というものを感じられない。まるで人形というか……。

 

 それによって俺もようやく冷静になってきて、周りも見えてくるようになる。

 ふと、ゆんゆんやめぐみんの方を見てみたら、二人は俺がお姉さんとキスしたことにショックを受けている……という事もなく、何やら哀れみの目を向けてきていた。

 

 そして、二人はそのまま俺が向いている方とは反対方向を指差す。

 すぐにそちらを振り向いてみると。

 

 

「フハハ!! フハハハハハハハハ!!! サキュバスクイーンかと思ったか? 残念、我輩でした! そして、そこに残ってるのは我輩が脱皮した後の皮だ。つまり、それが汝のファーストキスの相手というわけだ」

 

 

 …………。

 

 そこにいたのは、怪しげな仮面をつけ、タキシードに身を包んだ大柄の男だった。その口元にはそれはそれは愉快そうな笑みが浮かんでいる。

 

「おっと、名乗るのを忘れていたな。我輩は魔王軍幹部の一人にして、地獄の公爵、バニルである。……うむ、いいぞいいぞ、ふつふつと悪感情が湧いてきたな」

 

 バニルは楽しげにそう言うと、いつの間に手にしていたのか、手元の魔道カメラを小さく振って。

 

「喜べ、良い物が撮れたぞ小僧! 普段は粋がっているくせに、思いがけずやってきたファーストキスのチャンスに動揺しまくっている童貞の画だ! 映画とやらよりも、こちらの方がネタ的に受けるのではないか? 主に汝に恨みやら何やらを持っている者などにはな。フハハハハハ!!」

「…………」

「うむ、その悪感情、大変に美味である。やはり我輩の目に狂いはなかった、汝はドロドロとした中々に良い悪感情を放ってくれるな! 美女に化けて人間の男を誑かした後に正体を明かすという手法はこれが初めてではないが、これ程までに美味な悪感情をいただけたのは汝が初めてだ!」

「…………」

「まぁ、そう睨むな小僧。一時の事とはいえ、サキュバスクイーンから言い寄られるという夢を見させてやったのだ。それに、念願のファーストキスも果たせただろう? …………相手は我輩の皮だが」

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』ッッ!!!!!!!」

 

 

 未だかつてない程に気合を入れた退魔魔法をぶち込んでやった。

 何の前触れもない突然の攻撃に、周りのゆんゆん達も唖然としている。

 

 こんな不意打ちはご立派な騎士様なんかには卑怯だなんだと言われるかもしれないが、相手は魔王軍幹部にして地獄の公爵、手段を選んでいられるような相手じゃない。

 

 それに、何より。

 

「テメェふざけんなよ!!! マジでふざけんなよ!!!!! 童貞からかうとどんな目に遭うか存分に教え込んでやるよコラァァあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 この悪魔は男の純情というものを弄んだ!! 絶対に許さねえ!!!

 

 一方で、バニルの方は俺の魔法によって体が崩れていた。

 地獄の公爵なんてのに本職でもない俺の退魔魔法が効くかどうかは怪しかったのだが、思ったよりも普通に効いてくれているようだ。

 

「ぐっ……まさかこの我輩を倒すとは…………見事だ、オッドアイの紅魔族よ…………」

 

 そのままバニルの体は崩れ去り、俺の前には土の山と仮面だけが残った。…………え? 終わったのか?

 

 なんかあっさりとし過ぎているような気もするが、まぁ、実際こうして倒せたのだから良しとしよう。多分、俺の怒りのパワーが魔法の威力を跳ね上げたとかそんな感じなんだろう。

 

 俺は少し前までバニルだった土の山に向かって。

 

「ざまああああああああああああ!!! 人間舐めてるからそんな事になるんだクソ悪魔め!! せいぜい地獄で後悔するんだなぁ!!!」

「うわぁ……いくら悪魔相手とはいえ、不意打ちで一方的に滅しておいてこの言いよう……流石は先生というか……」

「そもそも、本当に倒せたの? 兄さんの魔法で魔王軍幹部がこんなに呆気無くやられるとは思えないんだけど」

「な、なんだよ、俺だってやる時はやるんだよ! きっとあれだ、実は俺は神々に選ばれし勇者様ってやつで、秘められし力がアレしてとかそんな感じだ。な、あるえ?」

「いえ、おそらくそこの仮面が本体で、体の方はいくら崩しても復活できるとかそういうオチなのでは」

「えっ、そこはいつもみたいに『先生の禁じられし力が……』みたいにノッてくれよ! 何こんな時だけ冷静に…………仮面が本体って言ったか今?」

 

 嫌な予感がして、俺は視線をめぐみん達から再びバニルだった土の山の方へと移す。

 そして、口をあんぐりと開けてしまう。

 

 そこでは、先程と何も変わらない姿で立っているバニルが、ニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「我輩を倒せたと思ったか? フハハハハハハ!! 残念、この通りピンピンしているぞ! 貴様程度の魔法で浄化されるほど我輩も甘くはないわ!! ……うむ、その悪感情、大変に美味である」

「こ、こんの……! 『セイクリッド・エクソシズム』ッッ!!!」

「効かーん! 最初に体を崩したのは、あくまで貴様をからかう為であって、本来であればこの程度軽く耐えられるのだ。……それにしても、先程は中々面白いことを言っていたな。貴様が神々に選ばれし勇者様だと? フハハ、フハハハハハハハハ!!!!! そうかそうか、我輩を倒せたと思って舞い上がってしまったか!!」

「ああああああああああああああコイツむかつくうううううううううううううう!!!!! 『セイクリッド・エクソシズム』!! 『セイクリッド・エクソシズム』!!! 『セイクリッド・エクソシズム』!!!!!」

「フハハハハハハ!!! いいぞ、その調子でどんどん悪感情を溢れ出させるがいい!! しかしまぁ、我輩が見通したところ、先程の貴様の言葉はあながちデタラメでもないというのがまた面白い…………ぬおっ!! こ、こら、仮面を掴むな仮面を!!!」

 

 それからこのムカツク悪魔としばらくジタバタ格闘し、ぶっころりーやぷっちんの助けも借りたのだが、結局俺達では相手にならないという事だけが分かった。こいつ、同じ幹部でもベルディアやシルビアとは格が違うじゃねえか……!

 

 俺はゼーゼーと肩で息をしながら、バニルを睨みつけることしかできない。

 そんな俺に、バニルは俺に掴まれてズレた仮面を直しながら。

 

「ようやく諦めたか。この我輩を倒したければ、それこそ本物の女神でも連れてくるか、爆裂魔法でも習得することだ」

「なるほど、爆裂魔法ならテメェを倒せるんだな! 今度、頭がおかしい爆裂狂と、商売センスがおかしい貧乏店主さん連れて来てやるから覚悟しとけよ!!」

「ちょっと待ってください、頭がおかしい爆裂狂というのはひょっとしなくても私のことですか!? 先生には恩もありますし、手を貸すのはいいですが、それなら頭がおかしい呼ばわりはやめてもらいたいのですが!!」

「何というか、威勢はいいのに結局人頼みっていうところが兄さんらしいよね……」

 

 周りが何やら言っているが、そんなのは関係ない。

 この悪魔とはまだ出会ったばかりだが、一気に俺の許さないリスト最上位にまで躍り出てくれやがった。ホント覚えてろよコイツ……。

 

 あれ、そういや貧乏店主さんで思い出したけど、以前あの人が言っていた、爆裂魔法を覚えるきっかけになった友人の大悪魔ってまさかコイツの事なのか……? もしそうなら、友達は選べと言いたいところなんだけど……。

 

 対してバニルの方は余裕の笑みを浮かべたまま。

 

「フハハ、そう睨むな。我輩としては汝とはより良い関係を築いていきたいとも思っているのだ。我輩が見通したところ、汝の数少ない取り柄である幸運や商才は、我輩が夢を叶えるのに利用できそうであるからな」

「良い関係を築いていきたいってんなら、まずその口を開く度にカチンとくる事言うのをやめるところから始めやがれ」

「うむ、それは無理だ。隙あらば人をおちょくって悪感情をいただくというのは、我輩にとってはもはや本能に近いものがあるのでな。そうだな、汝が隙あらば異性にセクハラするのと同じようなものだ」

「…………なるほどな」

「それで納得しちゃうんだ……」

 

 ゆんゆんが、もはや若干諦めたような口調で言ってくるが、実際バニルの出した例はとても分かりやすかった。

 まぁ、納得しても許すかどうかは別問題だけどな!

 

 すると、これまでのやり取りをずっと呆れた様子で傍観していたベルディアが。

 

「こいつの悪癖は魔王様が言っても聞かんから諦めるんだな。まぁ、俺から言わせれば貴様らも簡単に騙され過ぎだがな」

「何を上から目線で語っている、煩悩にまみれた首なし中年よ。流石に最近は我輩に騙されなくなってきたようだが、昔は貴様も我輩の悪感情漁りに巻き込まれて血の涙を流したものだろう。例えば、我輩が下着姿の貧乏女リッチーに化けて迫った時など」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 何の事だかさっぱり分からんなあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 すぐにベルディアが大声で遮るが、今のだけでも話の概要は大体分かるので、めぐみん達からはゴミを見るような目が集まっていた。

 何というか、魔王軍もこいつには苦労させられているらしい……。

 

 やがてバニルは満足気に一息つくと。

 

「さて、と。それでは我輩はこの辺で失礼しようか。悪感情もたらふくいただいたしな。その礼と言うわけではないが、そこの、生徒の何人かから異性としての好意を向けられて、口では対象外と言いながらもいずれはきちんと向き合ってやらなきゃなと割と真剣に悩んでいる小僧よ。汝にお近づきの記念としてバニル仮面を贈呈しよう。月夜に着ければ色々と絶好調になれる代物だ。しかも色はレアなブラックであるからして、存分に喜ぶがいい」

「い、いらねえ…………というかちょっと待て!! お前、俺のこと何て呼びやがった!? ふふふふふざけんなよ何デタラメ言ってんだ、お、俺がそんなロリっ子から言い寄られて真剣に悩むわけ…………二人もチラチラこっち見てんじゃねえ!!!」

「み、見てませんよ、見てません! そもそも、そこの悪魔は、その先生に好意を向ける生徒というのに私が含まれているとは一言も言ってないではないですか!!」

「わ、私だって別に見てなんてないから! まったくもう、私はあくまでも妹なんだから、家族として好きっていうのはあっても、異性としてなんて……」

「……ほーん。おい、そこんとこどうなんだよバニル。ぶっちゃけ俺のことが好きな生徒って、この二人とふにふら、どどんこじゃねえの」

「うむ、もちろんそうだが」

 

 あっさりと白状するバニル。

 それを受けて俺がニヤニヤと二人の方を向くと、二人は顔を真っ赤に染め上げて。

 

「デ、デタラメです!!!!! その悪魔には先生も先程騙されたばかりでしょう、何をすんなりと信じているのですか!!!」

「そ、そうよ、これもきっと悪感情を引き出す為の策略に違いないわ! まず悪魔の言うことなんて信じる方がおかしいわよ!!」

「うむ、羞恥の悪感情、中々の味だ。まぁ、別に我輩の言葉を信じる信じないはどちらでも構わんが、いつまでも手をこまねいていると、いずれ思わぬ伏兵が現れ、横からそこの小僧を掻っ攫われる可能性もあるとだけ忠告しておいてやろう」

「「思わぬ伏兵……」」

 

 ゆんゆんとめぐみんはそう呟くと、二人してあるえの方を向いた。

 あるえは、二人の無言の圧力に少し押されながら。

 

「な、なんだいその目は……私は本当に先生のことを異性として意識したことなんてないんだけど…………というか、先程は二人共、悪魔の言うことなんて信じないとか言っていたじゃないか……」

「まぁ落ち着けって。あるえはないにしても、金や便利なスキルを沢山持ってる俺に惚れる女の子ってのは、どれだけいてもおかしくない。特別に二人にアドバイスしてやるが、俺からの好感度を上げたければ俺のことを思い切り甘やかすのがいいぞ」

「ぐっ……こんな男がそんな都合よく他の女性に惚れられるなんて事はないはずですが、魔王軍幹部の大悪魔の予言もあると妙な説得力も…………い、いえ、別に私は先生が誰に好かれようがどうでもいいですが!!」

「あ、あの、バニルさん……でしたっけ? 本当にこんな兄さんを狙う伏兵なんているんですか……? ちょっと信じ切れないので、できればもう少し詳しく教えてもらえたらなって……あ、その、これはあくまで妹として、まともな人が兄に騙されるのを防ぎたいとかそういう事で……!」

 

 この散々な言われよう、お兄ちゃんちょっと泣きそう。

 でも、詳しく聞きたいというのは俺も同じだ。俺だってそろそろ子供や色物以外の普通の女の子に好かれてもいいと思うんだ。

 

 ゆんゆんの言葉に、バニルはふむと少し考える仕草をして。

 

「あまり詳しく教えるのは我輩の流儀に反するのだが……とりあえず汝らは少し勘違いしているようだが、小僧を狙う伏兵が現れるというのはあくまで可能性があるというだけで、確定しているわけではない。見たところ、そこの早いところ金だけ稼いで後はダラダラ人生を過ごしたいと思っている小僧は、その願いに反して中々に波乱万丈な人生を送っていく事になりそうであるからして、恋愛やら何やらに関しても、もつれにもつれそうなのである」

「えっ、おい、そういう不安になるような事言うのやめろよ。俺はそんな人生に刺激とか求めてないんだよ、金稼いで貴族のお姉さんと結婚して、何不自由なく暮らしていきたいんだけど……」

「……まぁ、色々とアレな性格をしている兄さんが、すんなりと誰かと結ばれるなんて事はないとは思うけど……そ、それで、実際のところ、兄さんと結ばれる可能性がある女性というのはどういった人達なんですか?」

「それを言ってしまってはつまらんであろう。こうして中途半端に伝えてかき乱すくらいに留めておくのが一番面白い上に、後々良い悪感情もいただける事が多いのだ。故に、汝が冒険者になった後に待ち受けるぼっち生活に関しても詳しくは教えん」

「ぼっち生活!? や、やっぱり私、仲間見つけられないんですか!?」

 

 バニルの言葉に涙目になるゆんゆん。

 マジか……ゆんゆんのコミュ障は良く知ってるし、仲間に関してはお兄ちゃんも出来るだけ協力しようと思ってたんだけど、それでもぼっちになっちゃうのか……。

 

 すると、流石にゆんゆんを哀れに思ったのか、めぐみんは目を逸らしながら。

 

「……まったく、仕方ないですね。私は冒険者ではなく騎士団に入るつもりですが、あなたが冒険者になって王都を拠点にするというのであれば、私が非番の時くらいには遊んであげるくらいはしてあげますよ。……その、一応友達ですし」

「め、めぐみん……」

「大体、そんな悪魔の言葉に落ち込み過ぎなのです。未来は変えられるものなのですから、むしろこのままではマズイという事を知れた事をプラスに思うべきです」

「そ、そっか……そうだよね! うん……私、冒険者になったら、頑張って自分から声かけて絶対仲間を見つける! そ、その……ありがとね、めぐみん……」

「……もう結婚しちゃえばいいんじゃね、お前ら」

「何故ここでそんなセリフが出てくるのですか! どんだけ私達をくっつけたいのですか! あと、あるえも、何か閃いたようにメモに色々書き込むのやめてもらえませんか!? また映画にいらない設定を加えるつもりでしょう!!」

「まったく、兄さんは私達の事なんだと思ってるのよ! 私だって、仲間の条件は話が通じればって所までは妥協できるけど、流石に結婚で相手は女の子でもいいとまでは妥協できないわよ!!」

 

 二人の様子を見てついほっこりして言ってしまったのだが、すぐに否定されてしまう。

 ……というか、仲間は話が通じればオッケーって妥協し過ぎだろ……本当に大丈夫なのだろうか俺の妹は…………まぁ、ろくでもない仲間に引っかかってたら、お兄ちゃんが黙ってないけど。

 

 すると何故かバニルはニヤリと笑い。

 

「うむ、確かにそこの二人の娘の間にあるのは純粋な友情のみであるようだが……まぁ、女の友情などというものは、男が絡むと容易く崩れるものだ。ぼっち娘に忠告しておくが、汝の兄と結ばれる可能性が一番高いのは、そこの爆裂娘だぞ」

「えっ!?」

「では、我輩は本当にこれで失礼しよう。妹の言いつけを守らずに未だに王都のいかがわしい店に通ってセクハラ三昧な小僧よ、貧乏店主に会ったら、我輩がその内店を冷やかしに行くと伝えておくがいい」

「ばっ……お、お前、口を開く度に余計なこと言い過ぎだろ!!! つーか、やっぱウィズが言ってた友人ってお前のこと……いや、それよりも!! さらっととんでもない事言ってなかったか!? 俺と結ばれる可能性が一番高いのがめぐみんって……おい!!!」

 

 バニルは特に何も答えず、こちらを振り返らずにヒラヒラと手を振って城へと戻って行ってしまった。俺に怪しげな黒い仮面だけ押し付けて。

 

 後に残るのは何とも微妙な空気だ。

 めぐみんはほんのりと頬を染めて、落ち着かない様子でこっちをちらちらと伺っており、ゆんゆんはそんなめぐみんと俺を不安そうな表情で見ている。

 いつものゆんゆんなら、俺がまだ例の王都のお店に通ってセクハラしている事を知れば激怒するところだろうが、そこに気が回らない程動揺しているらしい。

 

 ど、どうすんだよこの空気……バニルの奴、絶対許さねえ……。

 俺は何とかこの状況を打開しようと、とりあえず口を開く。

 

「あー……その、なんだ……あまり気にすんなって! 見通す悪魔だか何だか知らねえけど、悪魔の言うことなんて信用ならないってゆんゆんも言ってただろ! どうせ俺達をからかって悪感情ってやつをもらおうとしてただけだって…………おい、そこの童貞二人、何だその目は」

「いや……12歳の子供に手を出すとか、カズマもそこまで見境なくなったんだなぁって……カズマの友人でめぐみんの幼馴染の俺としては、何とも反応に困るっていうか……」

「カズマ、『愛故に罪を背負いし者』という称号は確かに格好良いかもしれないが、流石にその内容に問題があり過ぎると思うんだが……」

「ふ、ふざっ、俺がこんな子供に手を出すわけねえだろ! 勝手にロリコン扱いしてドン引きしてんじゃねえ!! そもそも、仮にあの悪魔の言葉が正しかったとしても、ずっと先の事って可能性だってあるだろうが!!」

 

 俺のロリコン疑惑に、ぷっちんやぶっころりーだけではなく、あるえやベルディアまで何かおぞましい物を見るような目を向けてきているが、断じて俺にそんな趣味はない。

 つまり、俺とめぐみんがくっつく可能性があるとすれば、それは将来めぐみんが立派なオトナの女に成長した場合に限ると言える。

 

 ……でも、めぐみんがオトナの女になるってイマイチ想像できないんだよな……そりゃ人間だし成長くらいはするだろうけど、根本的な子供っぽさは変わらない気がしてならない。

 

 当の本人は未だに照れた様子で。

 

「えっと……まぁ、あれです、私は将来大魔法使いになって巨乳にもなるでしょうし、先生がコロッと私に惚れてしまうというのも十分ありえる話でしょう。ただ、私を軽い女だとは思わないでください。先生が本当に私と、その、恋人やそれ以上の関係になりたいと思っているのなら、直してほしい所が沢山あります。まずはそこから……」

「待て待て待て、おかしいだろ。なんで俺がお前に惚れる前提で話が進んでんだよ。まず現時点でお前が俺に惚れてるんだから、本当に恋人同士になるとしても、お前が猛アタックしまくってきて俺が仕方なく折れて付き合ってやるって展開だろ」

「な、なんですかその上から目線は! なにか私が先生に惚れていると決めつけていますし! というか、もし本当に私が先生に惚れていて正面から猛アタックとか仕掛けたら、それはそれで動揺するくせに!!」

「そ、そんな事ねえよ! 俺はお前よりずっと大人だからな、ちょっと女から言い寄られたくらいで動揺なんかするか!! しかも相手はめぐみんだろ、まず女として意識したことなんかねえし!!」

 

 そう、俺は決してちょろい童貞なんかではない。

 俺だって王都ではそれなりに有名だし、女から言い寄られる事もなくはないが、冷静に対処してきた。つーか、どいつもこいつも俺のサイフ目当てで、軽く女性不信に陥りかけた事もある。

 

 しかし、ズバッと言ってやって清々しい気持ちになっていると、何やらめぐみんの様子がおかしい事に気付いた。

 てっきり、激昂して掴みかかってくるものだとばかり思っていたのだが、何だかとても静かだ。

 

 俺は首を傾げながら、めぐみんの表情を伺ってみて……ギクッと固まった。

 なんと、めぐみんは今にも泣きそうな悲しそうな表情をして。

 

「……やはり、私の事は女として見てもらえないのですか。残念です」

「…………は? な、なんだよ急に……そうやってしょんぼりすれば、俺が慌てると思ったら大間違いだからな!」

 

 え、なに……こんな本気で悲しまれると俺としても困るというか……。

 思わぬ反応に動揺を悟られないようにそんな事を言っていると、めぐみんは今度は儚げに微笑んで。

 

「そうですよね。私はまだ子供ですし、女の子らしくもありません。先生が全く意識しないのも当然のことです。先生には私なんかよりも相応しい人がいくらでもいますよね」

「……い、いや、その……悪い、言い過ぎたって。さっきのは勢いで言っちまっただけで、えっと、めぐみんの色々と豪快で我が道を行くみたいな生き方は格好良いと思うし、友達想いで、たまに見せる可愛いところも知ってる。顔だって普通に美少女に分類されると思うし…………だ、だから、もう少し大人になったら、俺だって意識することもある……と思う」

 

 言っている内に妙にこっ恥ずかしくなり、途中からはめぐみんから目を逸らし、あさっての方向を向きながら早口でまくし立ててしまった。

 俺は何でこんな所で真面目にこんな事を語ってるんだろう……。

 

 しかし、俺が恥ずかしさに耐えながらフォローしたにも関わらず、中々めぐみんからの反応が返ってこない。

 俺は少し不安になって、ちらりとめぐみんの方へ視線を戻してみると。

 

 めぐみんは、ニヤニヤと、それはそれはからかう気全開な顔をしていた。

 

「ふっ、やはり先生は何だかんだ言って結構純粋な所もありますよね。傷ついた女の子にはちゃんと優しくしてあげられる所とか、私は好きですよ。流石に焦り過ぎな気もしますが」

 

 こいつ!!!

 

「ハ、ハメやがったなちくしょう!!!!! そうだ、そうだったよ、お前は平気でこういう事してくる奴だったよこの悪女が!!!!!」

「まぁまぁ、このくらい可愛い子供のイタズラだと思って、笑って流してあげるのがオトナというものでしょう。それより先生、私の可愛い所を知っていると言ってくれましたね? 具体的にどんな所か教えてもらえませんか?」

 

 めぐみんはここぞとばかりに、これでもかというくらいに顔をニヤつかせて聞いてくる。

 コノヤロウ…………俺がこのままやられっぱなしだとは思うなよ…………。

 

「……めぐみんは、一見クールな天才みたいな感じを装っているくせに、案外コロコロと表情が変わるのが可愛いと思う。笑顔はもちろん、照れて赤くなってる顔も俺は好きだぞ」

「えっ…………そ、そうですか……へぇ……」

「あと、普段は堂々としてる時が多いけど、逆境に立たされると普通に怯える所とかもギャップがあって可愛い。守りたくなる。ほら、この前ゆいゆいさんに呼び出された時とか、巨大ミミズに襲われた時とか」

「まままま待ってください! あの、自分から言っておいて何ですが、もうその辺でいいです!」

「ん、どうしたんだよ、顔が赤いぞ? 照れてんのか? 可愛いな」

「~~~~!!!!!」

 

 ふっ、勝った。

 度重なる俺の恥ずかしい言葉に、めぐみんは顔を真っ赤にして何も言えなくなっている。

 コイツは度々色っぽいことを言って俺のことをからかってくるが、別にそういう事への耐性があるわけでもなく、いざこうして俺から迫られれば動揺するであろう事は容易に想像できた。

 

 ……といっても、こういう反撃はもうこれっきりにしたい。

 ぶっちゃけ、俺もメッチャ恥ずかしいです。それを悟られないようにするのが大変です。

 

 しかし、めぐみんの方もこれであっさりと終わったりはしなかった。

 俺が内心恥ずかしがっている事を知ってか知らずか、赤い顔のまま、俺から逸らしていた目を再びこちらに向けて。

 

「……わ、私だって先生のこと、格好良いと思いますよ。さっき先生は、私に対してギャップがあって可愛いとか言ってくれましたが、それは先生にも当てはまると思うのです。普段はどうしようもない言動ばかりですが、いざという時には頼りになる所とか……その……ときめくと言いますか……」

「っ……な、なんだよ、反撃のつもりか!? はっ、悪いがお前と違って俺はオトナだから、そんな褒めちぎられても別に……」

「何がオトナですか、先生は良い事をしても照れてすぐ悪ぶってしまう所とか、子供そのものではないですか。……商人として悪どい商売をする時は思い切り相手に恩に着せるくせに、真面目な場面ではむしろ恩に思わせないようにする所は先生らしいというか、やっぱり先生は根っこは普通に良い人なんですよね。先生のそういう面を知っている事が私は嬉しいですし、格好良い事をしていても微妙に格好付かない、そんな先生のことが、私は好きですよ」

「よし分かった、引き分けだ! 引き分けにしよう!! これ以上はお互いダメージを受けるだけで泥沼だ!! 白状する、俺はマジで恥ずかしいです!!! お前だって顔真っ赤だし、今回はこの辺で手を打とうぜ!!!」

「そ、そうですね、それがいいです! ふっ、引き分け、ですか。紅魔族随一の天才である私を相手に出来る者など、先生くらいのものでしょう……」

「…………この流れで“私を相手に出来る”とか言われると、また変な意味に聞こえるんだけど……」

「ち、違います!! 今のは別に恋愛的な意味ではなく勝負事に関してで……!」

 

 せっかく落とし所を見つけられたと思ったのに、また妙な空気になってしまう。

 すると、そんな様子を見ていたあるえが、珍しく気まずそうな表情で。

 

「……あの、先生、めぐみん。もうイチャつくのはその辺にした方が……」

「「イチャついてない!!!」」

 

 俺とめぐみんの声が綺麗にハモる。

 あるえの奴、いきなり何馬鹿な事を…………端から見たらイチャついてるように見えるのか俺達……?

 

 あるえは、俺達の言葉には何も答えず、ただある方向に目を向ける。

 それによって、俺とめぐみんの視線も誘導されるように同じ方向へ向いて。

 

 二人同時に固まった。

 

「……? 二人共どうしたの?」

 

 我が妹、ゆんゆんは、微笑みながら首を傾げる。

 

 本来、女の子のそんな仕草はとても可愛いものだろう。

 でも、ゆんゆんのその微笑みからは、何か底知れないものを感じて、思わずゴクリと喉が鳴る程だった。

 周りの人達、魔王軍幹部のベルディアさえもが、ゆんゆんからは目を逸らして、自分は関わりたくないと訴えている。

 

 な、なんだろうこのゆんゆん……笑ってるのに無表情の時よりも怖いんだけど……!

 俺は慌てて。

 

「ゆ、ゆんゆん、一応言っとくけど、俺とめぐみんは別に何にもないからな? お兄ちゃんは、お前だけのお兄ちゃんだから安心していいぞ!」

「ふふ、そんなに慌てなくていいわよ。もしかして、もし兄さんとめぐみんが付き合ったら、私とめぐみんの関係がこじれるとか思ってる? 大丈夫よ、私とめぐみんは大切な友達同士だし、そのくらいでどうにかなったりしないって。……ふふ」

「そ、そうですよね! 私達は男関係ですぐ決裂してしまう程浅い関係ではないはずです!」

「あ、でも、めぐみんは私の友達であると同時にお義姉さんにもなるんだよね……実感湧かないなぁ……ふふふ……」

「えっ、い、いや、それはいくら何でも気が早いのでは……というか、ゆんゆん、何だか目が危ない感じになってますが、大丈夫ですか……? ちょ、ちょっと先生、何自分はもう関係ないみたいな顔してるんですか、一緒に説得してくださいよ!!」

 

 ゆんゆんの威圧感に押されるように、めぐみんは必死に助けを求めてくる。

 たぶん、ゆんゆん本人は威圧するつもりはなく、様々な感情が混ざり合って処理できない結果として、こんな凄みのある笑顔が生まれているような気がする。テンパりまくった人が急に笑い出す怖さとちょっと似ている。

 

 うん、やっぱりこういう時は、親友であるめぐみんに任せるのが一番だよな。

 それからめぐみんがゆんゆんを説得して、何とか撮影を再開したのはしばらく経った後のことだった。

 

 

***

 

 

 今日の分の撮影を終え、魔王城からテレポートで里に戻った後。

 明日は森での撮影を予定していたので、ぷっちんやぶっころりーと手分けして里周辺の森の強力なモンスターを片付けていた。

 

 バニル相手に退魔魔法を連発したせいで、始めの内は魔力が少なくてダルかったのだが、何体かのモンスターからドレインすることによって大分回復してきた。

 ただ、体の方は戻っても、精神的な疲労はどうにもならない……これもあのクソ悪魔のせいだ、めぐみんが爆裂魔法を覚えたら、本当に試し打ちの的にしてやろうか。

 

 とはいえ、映画撮影も始まったばかりだ。今から音を上げていては、とても最後まで持たないだろう。

 今後予定されているロケ地は王都とアルカンレティア。今日と同じかそれ以上に面倒なことになる可能性がある。というか、今から嫌な予感しかしない。

 

 思わず溜息が溢れるが、まぁ、なるようになる……と思いたい。すんなりと全て上手くいくよりは、皆で色々な困難を乗り越える方が思い出になるという考え方もある。一応俺も先生だし、生徒達より先にへばるわけにはいかない。

 

 そんな事を考えていると、敵感知にかなりの数の反応があった。

 これ程の群れで行動するモンスターというと、一撃ウサギ辺りだろうか。正直、多数を相手にするのは得意ではないのだが、スルーするわけにはいかないだろう。

 

 俺は頭の中で戦略を組み立てながら、茂みの向こう側を伺うと。

 

 

「…………えっ」

 

 

 そこにいたのはモンスターの群れではあったが、一撃ウサギではなかった。

 

 漆黒の毛皮に覆われた二メートルをゆうに超える巨大な体躯、口から覗く鋭い牙、筋肉の塊のような豪腕の先には鋭い爪が備わっている。

 

 ギルドでは百万エリス以上の報酬が払われる程の強力なモンスター、一撃熊だ。

 

 ゴクッと喉が鳴る。

 確かに一撃熊は強力なモンスターだが、上級魔法を習得した一人前の紅魔族であれば問題なく倒せる相手だ。魔法使いとしては半人前の俺でも、少し策を練れば安全に倒せる。

 

 でも、それはあくまで一対一の場合だ。

 本来一撃熊というのは群れるものではないはずで、こんな光景は俺も生まれて初めて見た。

 

 ……うん、ダメだ、この数の一撃熊を相手にしたら普通に死ねる。

 俺はすぐにそう結論付けると、気付かれない内にこの場から離れ、ぷっちんやぶっころりーと合流して改めて作戦を考えることにする。

 

 そうやって、一歩後ずさった時だった。

 

 

「きしゃーっ!!」

 

 

 それは一撃熊の声ではなかった。

 この状況では拍子抜けするくらいに幼く、愛らしさのあるその声の主は。

 

 ブカブカのローブの裾を泥だらけにした、紅魔族随一の魔性の妹……こめっこだった。

 

 何でこんな所に、とか聞きたい事は沢山あったが、今はそれどころではない。

 なんとこめっこは、威嚇の声をあげながら、真っ直ぐ一撃熊の群れに突っ込んでいた!

 

「こ、こめっ……待っ……!」

 

 あまりの展開に、今まで頭の中を巡っていた思考が全て吹き飛ぶ。ぶわっと、全身から嫌な汗が吹き出る。

 もう作戦がどうとか言ってられない。とにかく一刻も早くこめっこを掴んでテレポート、これしかない!

 

 しかし、その前に。

 

「こめっこさん!?」

 

 別の声が聞こえた。

 普段はもっと荒々しく威圧感のある声なのだろうが、俺と同じように動揺しまくって裏返ってしまっている。

 

 なんにせよ、この声の主もこめっこを止めようとしている事は明らかで、俺は少し希望が見えてきた。人手は多ければ多い方がいい。

 そう思って、声がした方を向くと。

 

 …………そこにいたのは、人ではなかった。

 

 大きさは一撃熊と同じかそれ以上、光沢のある漆黒の体躯の背中には巨大なコウモリの羽、頭からは猛々しい角も生えている。どう見ても悪魔だった。

 しかも、その姿形もそうだが、溢れ出る存在感や魔力を見る限り、どう考えても普通の悪魔じゃない。とびきりの上位悪魔だ。

 

 そんな上位悪魔が、こめっこを必死に守るようにして、一撃熊の群れへと突っ込んでいた。

 

 するとこめっこが、呆然としていた俺に気付いて。

 

「あっ、カズマお兄ちゃんだ! あのね、今からわたしが一撃熊を追っ払うから見てて! ほらホースト邪魔!!」

「いいから俺様の後ろに隠れてろ! ったく、どこまで大物なんだよお前は、怖いもの知らずにも程があるだろうがよぉ!! ……くそっ、しかもまた目撃者が増えちまったか……しょうがねえ、おいそこの紅魔族! こめっこの知り合いなんだろ、手を貸せ…………おい!? なに遠い目してやがる、この状況分かってんのか!?」

 

 …………もう、何というか、あまりの急展開の連続に、完全に頭がついていけなくなった俺は。

 こめっこに振り回されながら、必死に一撃熊の群れと戦ういかつい上位悪魔を眺めつつ、紅魔族随一の魔性の妹の名は伊達じゃないなぁ……などとぼんやりと思うのだった。

 


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