この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ
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色々あって遅くなりました、ごめんなさいm(_ _)m
とても長いので、適度に休みながらのんびり読んでもらえたらと思います。
 


爆裂狂の逃避行 3

 
 時刻は深夜近く。
 騎士団に仮入団することとなっためぐみんは、城の中にある騎士団員用の部屋で集団生活をしている。何もやらかさなければいいのだが……やはり心配だ。

 俺はといえば、いつものようにアイリスの部屋で色々話を聞かせてあげている。
 何でも、俺の話は他の冒険者達の冒険譚とは全く違っていて、とても面白いらしい。俺の話をここまで目を輝かせて聞いてくれる人は少ないので、俺も嬉しい。だって大抵の人は、俺の話を聞いてもドン引きするだけだし……。

 こんな時間に王女様が自分の部屋で男と話しているというのは、普通に考えたら許されるわけない事なのだろうが、護衛のクレアも同席させるという事で何とか許してもらっている。
 ……といっても、この時間になるとクレアはうとうとする事が多く、実質アイリスと二人きりみたいなもんなんだが。

 ちょうど今は、この前俺が華麗にミツルギに勝った時の話をしている。

「――つまり、俺が土下座したところで、ミツルギは勝利条件を何も満たしていなかったってことだ。だから俺がやったのは、勝手に油断した相手に魔法をぶち込んだってだけなんだ」
「なるほど……! すごいです、ルールの穴を突いたということですね!」
「そう、穴があったら何でも突く! それが男ってもんだ!」
「…………あの、流石に10歳の私に、そういう直接的な下ネタはどうかと思うのですが……」
「やだもーアイリスったらエロいんだから! 今のですぐに下ネタだって分かる10歳児ってのも中々いないぞー?」
「わ、私はエロくなどありません! もしそうだとしても、私に色々と教え込んだお兄様のせいですからね!!」
「…………そ、その、俺が悪かったから、そういう事は外で言ったりするなよ? 俺、処刑されちゃうから」

 何か誤解を招きそうなアイリスの言葉に、俺は冷や汗を流す。
 変態だ鬼畜だなどと散々言われている俺でも、流石に10歳の女の子に手を出すほど危ない奴ではない。ただ、俺の話っていうのは、どうしても下ネタ関係が混ざることが多く、そういう知識をアイリスに植え付けてしまうのは仕方のないことなのだ。うん、俺は悪くない。

「それにしても、アイリスはちゃんと俺のこと褒めてくれるんだよな。クラスの奴等なんて、せっかく先生が勝ったってのに、皆ドン引きだったぞ」
「そうなのですか? まぁ確かに、あまり理解されない勝ち方だとは思いますが、お兄様にとっても負けられない決闘だったわけですからね。時には手段を選んでいられないこともある、というのはお兄様から教わったことですし、私もその通りだと思いますよ」
「アイリス……俺のこと分かってくれるのはお前だけだ……その上、王女様だし可愛いし、魔王討伐って条件がなかったら今すぐにでも婚約するところなんだけどなぁ……」

 アイリスの言葉に感動した俺は、特に深く考える事もなくそんな事を言うと。
 何やら興奮した様子のアイリスが、ずいっと顔を近付けてきた!

「ほ、本当ですか!? …………分かりました! お兄様がそのつもりでしたら、私も手段を選んでいる場合ではありませんね! 私が何とかお父様を説得してみせます!」
「えっ……い、いや、今のは軽い気持ちで言っただけで……というか、何を説得するつもりなんだ……?」
「それはもちろん、結婚の条件です! 元々、魔王を倒した勇者様に王女と結婚する権利を与える一番の理由は“王家に優秀な血を入れる事”です。つまり、いかにお兄様が優秀な人物なのかを説明すれば、可能性はあるはず! お兄様は数多のスキルを使いこなす超高レベル冒険者で、しかも商人としても素晴らしいです。そんな人を優秀と呼ばすに何と呼べるでしょう!?」
「鬼畜やら変態やら色々呼ばれてるけど……と、とりあえず落ち着けアイリス。褒めてくれるのは嬉しいけど、いくら何でも魔王を倒した勇者様と俺が同格だとは思えないって」
「では、その魔王を倒すために、という事にすればどうでしょう? 魔王が元気に暴れている現状を考えれば、魔王を倒した者と結婚して……などと悠長なことを言っていないで、どんどん優秀な人と結婚して子供を作り、いずれ魔王を倒す者として育て上げる方が良いと思うのです!」
「そ、それは……まぁ、一理あるかもしれないけど、魔王討伐と言えば王族じゃなくて冒険者の役割なんじゃ……」
「そんな事はありません! せっかく王族は優秀な血を繋いできているのですから、魔王討伐も冒険者に任せるのではなく、王族自ら積極的に動くべきなのです! この国の王子だって、最前線で魔王軍と戦っています! 決めました、私、お兄様……カズマ様と結婚したいと、明日にでもお父様にお願いすることにします!」
「いや無理だって! 魔王を倒す為に早く結婚するべきだってのは聞いてくれるかもしれないけど、相手が俺ってのは許されるわけないって! 俺は悪評も広まりすぎてるし、才能的には運以外全然大したことがない。それなら、凄い力を持った変わった名前の勇者候補なんかと結婚させられる可能性の方が高いと思うぞ。ミツルギみたいな」

 ミツルギはミツルギで、魔剣グラムがなければ大したこともない気がするが、もしかしたらアイツの子も魔剣を扱えるかもしれないし、俺よりは喜ばれるだろう。イケメンだし、性格も良いしな。まぁでも、アイツは他に好きな人がいるらしいし、断りそうな気もするが。

 アイリスは俺の言葉にぶんぶんと首を横に振って。

「私は優秀な人であれば誰でも結婚したいわけではありません、お兄様と結婚したいのです! 王女としてあまりワガママを言うべきではないという事は分かっていますが、そこは土下座でも何でもしてお父様に懇願します! お兄様が優秀なのは事実ですし! お父様だって、出来るだけ私が望む結婚をさせてあげたいと思ってくれるはずです!」
「お、おい、土下座はやめとけって……いくら国王相手でも、王女がそんなこと……」
「手段を選ぶなと言ったのはお兄様ではないですか! お兄様と結ばれる為なら、土下座なんて何でもないです! きっとお父様だって、私が土下座をして『カズマ様と子作りさせてください』とお願いすれば許してくれるはずです!」
「うん、お前は許されるかもしれない! でも、確実に俺が許されないから!! 王女様を誑かした罪で処刑されるから!! 頼むから落ち着け!!」

 とんでもない事を言い出したアイリスを必死に説得して止める。こんなの、もしクレアが起きていたら、間違いなく激怒してぶった斬ろうとしてくる所だ。
 確かに“手段を選ぶな”ってのは言った事があるけど、まさかこんな所で使われるとは……王族は国のために非情な選択をしなければいけない時もあると思って言ったんだけど……。

 少しして、俺の懸命の説得もあって、アイリスは渋々ながらも何とか思い留まってくれたようだ。
 アイリスは口を尖らせて。

「……私は不安なのです。いつかお兄様を取られてしまうのではないかと……特にめぐみんさんは危険です……」
「えっ……いやいやいや、それはないって。アイツの頭の中は大半が爆裂魔法で占められてるし、そういう色気なんざないよ。まぁ、昨日の夜はベッドの中で好きとか言われたけど、あれだって……」
「今何と言いました!? え、べ、ベッドの中で告白されたのですか!?」
「ちょ、ちょっと待てって! それだって、どういう意味で言ったのか分かんねえし、確認しようと思ったらグースカ寝てやがったんだよアイツ。だから、たぶんそんなに深い意味は…………アイリス?」

 どうやらアイリスはもう俺の声は耳に入っていないらしく、少し俯いてぶつぶつと何かを呟いている。
 そして、顔を上げたと思ったら、俺のことを真剣な表情で真っ直ぐ見つめて。

「お兄様、今夜は私と一緒に寝てください」
「喜んで。…………と言いたいところだけど、それは流石に無理なんじゃ……」
「大丈夫です、私に考えがあります」

 そう言うと、アイリスは眠っているクレアのことをちらちらと見ながら、俺の耳元に口を近付ける。めぐみんやゆんゆんのものとはまた違った、とてもいい香りがする。

 それから、アイリスは小さな声で俺に策を聞かせると、今度は縋り付くような表情で俺をじっと見つめた。

 ……悪くはない策だとは思った。
 でもバレる可能性がないとは言い切れず、もしバレた時は大変なことになる。相手は王女様だ、めぐみんやゆんゆんと一緒に寝るのとはわけが違う。

 でも、アイリスにこんな顔で見つめられては断ることもできないわけで。

「……分かった、やってみるよ」

 俺の言葉に、アイリスはぱぁっと明るい笑顔を浮かべる。
 あぁもう、可愛いなぁアイリスは……結局俺も国王やクレアのように、この笑顔の前では骨抜きにされてしまうようだ。

 そして、俺は小さく唱える。

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 いつもの、姿を消す魔法に潜伏スキルのコンボだ。
 それを確認したアイリスは、眠っているクレアを揺さぶる。クレアはゆっくりと目を開けて。

「…………あっ、も、申し訳ありません!! 護衛ともあろう者が、ついうとうとと……どんな罰でも受けます!!」
「ふふ、気にしなくていいですよ。クレアの寝顔は美しいので、私も見ていて飽きませんし。それに、クレアは毎日この国の為に忙しく働いてくれていますからね。こちらこそ、こんな時間まで付き合わせてしまってごめんなさい」
「っ!!! そ、そんな、も、勿体無いお言葉です……!!!」

 クレアは顔を真っ赤にして俯いてしまい、アイリスはそれを見てクスクスと笑っている。
 ……あれ、もしかして俺はお邪魔な感じ? これから、王女様とお嬢様の高貴な百合展開が始まるの?

 そんな事を考えていると、クレアはまだ顔を赤くしたまま、辺りを見回して。

「え、えっと、アイリス様。あの男は……」
「お兄様でしたら、もう部屋に戻られましたよ。だからクレアも、今日はもう自分の部屋に戻って休んでください。ここではあまり気も休まらないでしょう?」
「いえそんな事はありません! むしろここの方が……」
「……えっ?」
「あっ!!! す、すみません、何でもありません! ではお言葉に甘えて、自分はこれで失礼します!! おやすみなさい!!」

 クレアは慌ててそう言うと、一礼をしてから部屋から出て行った。つい本音が出ちゃったんだな、気持ちは分からなくもない。

 クレアが離れて行ったのを確認すると、俺は魔法を解いて姿を現す。
 アイリスはベッドのシーツをぽんぽんと整えながら笑顔で。

「では、一緒に寝ましょうか」
「……アイリス、俺と一緒に寝るという事がどういう事なのか分かってるのか?」
「ど、どういう事って…………あ、あの! 流石に一線を越えるのは、もう少し待ってもらいたいです! あ、いえ、お兄様とはいずれそういう事もしたいとは思っているのですが、まだ早いかと……」
「ち、ちがっ、そんな事する気はねえって! そうじゃなくて、アイリスを抱き枕にしてもいいかってことだよ!」
「な、なんだ、そういう事ですか。もちろん、構いませんよ。むしろ、私からお願いしようと思っていたところです。……はぁ。クレアが『あの男は子供相手でも「年齢二桁なら余裕!」などと言って手を出してきます! 気を付けてください!』と言っていたものですから、焦ってしまいましたよ……」

 あの白スーツは本当に俺のことを何だと思っていやがるのだろう。また剥いてやろうか。

 それから俺達はベッドに入って、ぎゅっとお互いを抱きしめあう。
 アイリスの体はめぐみんやゆんゆんよりも更に小さく、それでいて柔らかくていい香りがして心地いい。背中に腕を回しているので、手にはさらさらとした長い金髪の感触も伝わってくる。

 俺はアイリスの髪を撫でながら。

「髪、すっげーさらさらだな。やっぱ王女様は高いシャンプーとか使ってんの?」
「どうなのでしょう、私は用意されているものを使っているだけなので…………でも、お兄様の家も裕福なのですし、良いものが揃っているのではないですか?」
「あー、まぁ、そうだな。ぶっちゃけ俺は特にこだわりとかないんだけど、ゆんゆんには良いもの使ってもらいたいしな。……でもそういや、家が貧乏なめぐみんも髪はさらっさらなんだよな。あれはやっぱ、生まれ持った物が違うってやつなのかね」
「…………お兄様、この状況で他の女性の話をするのはどうかと思うのですが。というか、妹であるゆんゆんさんはともかく、めぐみんさんの髪もそんなに触る機会があるのですか?」
「え、い、いや、そんなにはないよ。ただ、ほら、昨日一緒に寝たばっかだし……」

 俺の話を聞いている内に、どんどん不機嫌そうになってくるアイリス。
 こんな拗ねた顔もすごく可愛いのだが、それをもっと見たいと思うほど意地悪にはなれない。

「言っとくけど、めぐみんとはそんなに色気のある展開にはならないぞ? 確かにアイツは俺に気があるような事を言うようになってきてるけど、それだってからかうような感じなのがほとんどだしな。大体はお互いにバカなことを言って流して終わりだ。そんな真剣に愛を語るなんてのも、アイツの柄じゃないしな」
「……お兄様は、めぐみんさんのことは異性としてどう思っているのですか?」
「めぐみんの事が異性として好きとかそういうのは全然ないよ。人としては……まぁ、爆裂狂だけど結構良い所もあって、その、嫌いじゃないけどさ」
「本当ですか? 私は不安なのです……めぐみんさんはかなり押してくるタイプだと思うので、お兄様がコロッと落ちてしまわないかと……」
「大丈夫だって、俺はそんなちょろくないっての。めぐみんがもうちょい大人だったら分かんなかったけど、少なくとも今は可愛い教え子がじゃれてきてるくらいにしか思ってないよ」
「という事は、めぐみんさんがもう少し成長したら意識する可能性もあるという事ですね……」
「あー…………でも、俺が意識するくらいにアイツが大人になるって全然想像つかねえんだよな。例え何年経っても、俺達に限ってそんな色っぽい展開なんて120パーセントありえないと思うぞ」
「そ、それは、以前お兄様が教えてくれた“フラグ”というものではないのですか!? 結局お兄様がめぐみんさんに落とされる未来しか見えないのですが!!」

 ……言われてみればフラグっぽいな。紅魔の里では、わざと勝利フラグを立てて勝ちを呼び込もうとする者も少なくはないが、今のは別にそういう計算をしていたわけじゃない。素で言ってしまった。だからこそ余計にフラグっぽいと思えてしまう。

 アイリスが不安そうな表情でこちらを見ているので、俺は慌てて。

「フ、フラグとかじゃねえって! というか、今のこの状況だって、アイリスはめぐみんより先に進んでるんだぞ?」
「え、でも、めぐみんさんもお兄様とは一緒に寝て抱き合ったと……」
「正確には、“俺がめぐみんを抱きしめたり、めぐみんが俺を抱きしめたり”だ。こうやって抱き合って寝たことはないよ。そもそも、俺がめぐみんを抱きしめたら、アイツ泣き出したんだぞ。なんか、自分から抱きしめるのはいいけど、相手から抱きしめられるのは抵抗があるとかそんな事言ってたと思う。まぁ、その頃はまだ知り合ったばかりだったんだけど」
「し、知り合ったばかりでそんな状況までいってしまうというのも凄いと思うのですが……」
「うっ……それは、その、アクシデントというか、色々と陰謀が絡み合った結果でな…………と、とにかく! めぐみんよりも、アイリスの方がずっと俺と凄いことをしてるってことだ!」
「…………そ、そうですか」

 それを聞いて今更恥ずかしくなったのか、アイリスは赤くなった顔を隠すように俺の胸元に顔を埋める。

 よし、このタイミングならいけるかもしれない。

「……あのさ、アイリス。騎士団の件なんだけど、めぐみんもまだまだ子供だし、大目に見てくれないか……? 今、騎士団が追ってるっていう銀髪の盗賊って結構厄介な相手なんだろ? そんなのを相手にして功績をあげろってのは、ちょい厳しいと思うんだけど……」
「…………ふふ、安心してください。元より功績は重視していませんよ。例え何も成果を上げられなくても、騎士団として何も問題を起こさず無難に過ごしてもらえれば、それで内定は認めるつもりです」
「ぶ、無難に……か……」

 成果をあげなくてもいいというのはありがたい事だが、アイツの場合、何も問題を起こさないという所からして怪しい。大丈夫だろうなアイツ……。

 そう不安に思っていると、アイリスはぎゅっと俺に抱きつく力を強めると。

「お兄様は、めぐみんさんの事ばかり考えていますね」
「クラスで一番の問題児だからな……教師って立場上、面倒見てやらないといけないし。さっさと卒業させてやって、騎士団に引き取ってもらいたいよ」
「……そう言いつつもお兄様、めぐみんさんの面倒を見る事に対して、満更でもない様子に見えますよ?」
「えっ、そ、そうか? ……いやいや、気のせいだって。俺にそんな世話好きな一面があるわけないって。むしろ出来ることなら、身の回りのこと全部誰かに任せたいと思ってるくらいだし」
「気のせいならいいのですけどね……」

 アイリスはそう呟くと、しばらく何かを考え込み。
 やがて、意を決した様子で俺の目を見つめた。

「私はめぐみんさんには負けません。お兄様は私が貰います」
「……そもそも、めぐみんが本当に俺を欲しがってるのかどうかも結構怪しいと思うけどな……それ、俺じゃなくてめぐみんに言ってみろよ。平気な顔で『どうぞどうぞ』とか言うかも…………アイリス? お、おいどうした、顔が近い……まさかキ」

 柔らかい、唇の感触が伝わってきた…………ほっぺに。
 それは一瞬のものではあったが、しばらくその唇の感触がほっぺに残っているような気がして、思わずその場所を手で触ってしまう。

 アイリスは顔を赤くしながらも、どこか勝ち誇ったように笑みを浮かべて。

「ど、どうですか。めぐみんさんも、ここまではやっていないでしょう?」
「…………ぶふっ」
「っ!? な、なんですか!! 何故笑うのですか!! その妙に穏やかな目はどういう事ですか!!! わ、私は今、キ、キスをしたのですよ!?」
「ははっ、悪い悪い! いや、キスしてくるのは予想ついたんだけど、ほっぺにってとこが可愛くてな。うんうん、お前はめぐみんより先に進んだよ、頑張った頑張った」
「明らかに子供扱いしてますよねそれ!!! ち、違いますよ、今のは……そう、準備運動みたいなものです!! 今度は、く、口に…………いえ、舌も入れます!!!」
「おいおい無理すんなって。ほっぺにチューだけでそんだけ顔真っ赤にしてるのに。つか、ベロチューは流石に早すぎるだろ。あれ、耐性ない人がやると、頭がバカになって鼻血吹いて気絶するらしいぞ」
「そ、そんなに危険なものなのですか!? で、では、舌は入れませんので、口に……」
「それもやめた方がいい。何故なら俺は、口にキスされると反射的に舌を入れて、相手の口腔内をベロベロ蹂躙しまくる癖があるんだ。そんな事されたらお前、とんでもない事になるぞ」
「ええっ!? 本当ですかそれは!? というか、お兄様はそもそもキス自体した事ないのでは……」
「なっ……あ、あるし! キスくらいした事あるし!! 小さい頃にゆんゆんとした事あるし!!」
「…………ふふ、そうですかそうですか。安心しました」
「あっ、お前今バカにしたな!? よし、じゃあお望み通りキスしてやるよ! 俺のテクニック見せてやる!!」
「え、ちょ、ちょっと、私、一応ファーストキスという事になるのですが、そんなヤケクソみたいな感じにされるのは……もっと、こう、ムードとか……」
「だーもう、さっきはそっちも勢いでしようとしてたのに面倒くせえな! ぶちゅっとやっちゃえば一緒だろ!」
「一緒じゃありませんよ! もう、やめですやめ! お兄様は本当にデリカシーというものが足りませんね!!」

 そんなこんなで、結局アイリスとはそれ以上何もする事はなかった。
 何だろう、めぐみんやゆんゆんだけじゃなく、アイリスともすぐにこんな騒がしい空気になってしまう。まぁ、10歳や12歳の子供とそんな色気のある空気になってもアレなので、むしろこっちの方が好ましいのだが、いつか本当に好きな子が出来て、その子を口説く時もこんな感じになるのは困る。

 デリカシーか……今度ゆんゆんにそこら辺を教えてもらうか……。


***


 次の日。
 万が一俺がアイリスと一緒に寝ている所を見られては大変だということで、俺は朝早くに起きると自分の部屋へと戻り、二度寝することにした。

 二度寝というのは最高だ。眠気にそのまま身を任せられる心地良さというのもあるが、何かいけない事をしているような感じもいい。
 そんなわけで、俺はベッドの中でうとうととしていたのだが。


「カズマ貴様アイリス様に何をしたああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 朝っぱらからでかい声を出して、クレアがドアを蹴り破って入ってきた。
 何やら怒っているようだが、今は眠くて構ってやる気力もない。そのまま無視して眠ろう……としたのだが。

 クレアは俺の掛け布団をひっぺがし、胸ぐらを掴んで無理矢理起き上がらせてきた。

「正直に答えろ。貴様、アイリス様に何をした?」
「なんだよもー……人が気持ち良く寝てるってのに……むにゃ……」
「おい寝るな! ちょ、まっ、何故私をベッドの中に引きずり込もうとする!? 待てやめろ寝ぼけているのか貴様!!!!!」
「そ、その声はクレア様ですか? 一体どうなさったの……ですか…………」

 部屋のドアを開けっ放しでクレアが大声を出すものだから、それを聞きつけた白髪の執事が何事かと慌てて部屋に入ってきて……固まった。

 執事の視線の先では、俺とクレアが乱れたベッドの上でもつれ合っていた。
 クレアのスーツは乱れて脱げかけており、俺に至ってはパジャマを持ってきていなかったので、Tシャツにパンツという格好だ。

「…………大変お邪魔いたしました。ですが、その、そういった事をなさるのでしたら、せめてドアをお閉めになってからの方がよろしいかと…………では、失礼いたします」
「なぁっ!? ち、ちちち違う誤解だ!!!!! 待て!!!!!」

 クレアが大慌てで弁解するが、執事はそそくさと部屋を後にしてしまう。
 すぐにクレアは涙目で俺のことをキッと睨むが、俺はしっしっと手を振って。

「ほら、さっさと誤解を解かないと、シンフォニア家のお嬢様は朝っぱらから男と変な事する人だって噂たてられるぞー。というわけで、行った行った」
「ぐっ……この城の執事はそんな下賤な噂をたてたりせぬわ!!! それよりも、アイリス様に何をしたのか答えろと言っているだろう!! やはり何か言えない事をしたのか!?」
「だーうっせえ!!! 急に疑ってきて何なんだよ、ちゃんと説明しやがれ!!!」
「説明するのは貴様の方だ!!! アイリス様のベッドの中から男の匂いがしたのだ!! これが騒がずにいられるか!!! それに、この髪の毛も見つかった! この茶髪は貴様だろう!!」
「うっ……そ、それは…………いや待て。お前はなんでアイリスのベッドの匂いなんて嗅いでんだよ。シーツを取り替えたりするのはメイドの仕事だろ」
「それはもちろん、アイリス様の残り香を楽しんだり、髪の毛を頂戴する為に決まっているだろう! そんなことより、貴様はアイリス様のベッドに入ったのか!? ま、まさか、一緒に……!!」
「とうとう隠す気もなくなったなこの変態貴族!!! 何がそんな事よりだ、国王に言いつけてやるからな!!!」
「言えるものなら言ってみろ!!! そんな事をすれば、私もアイリス様のベッドの中から貴様の髪の毛が見つかったと言うぞ!!!」

 そのまま俺とクレアは至近距離で睨み合う。
 とりあえず俺は、何かしらのスキルでこの変態を黙らせようと口を開きかけた……その時だった。


 突然、ドンッ! と城中に爆音と震動が響き渡った。


「なっ……敵襲か!? アイリス様!!!」

 クレアは真っ青な顔で一目散に部屋を出て行ってしまった。
 それ自体は俺にとって都合のいいことではあるのだが、今の爆音を聞いて二度寝出来る程、俺の神経も図太くない。俺も急いで着替えると、部屋を飛び出す。

 アイリスの方へはクレアが向かったはずだから、俺はめぐみんの元へと向かうことにする。アイツの近くには騎士団の人達もいるだろうし、そこまで心配することもないのかもしれないが、念のため、だ。

 しかし、めぐみんの元へと近付くにつれて、何か嫌な予感がしてくる。
 人の流れがおかしい。俺が廊下を走っていると、城に滞在していた貴族の人達が、みんな慌てた様子で俺とは反対方向へと走って行く。

 ……まるで、危険な場所の中心から離れようとしているかのように

 そのまま走っていく内に、だんだんと黒い煙が漂うようになり、俺の疑惑はいよいよ確信へと変わり始めている。
 そして少しすると、ある部屋の前で騎士団が集まって、皆が引きつった顔を浮かべているのを発見する。

 …………何があったのか聞きたくない。
 俺はもう引き返して二度寝でもするかと思っていたのだが、その前に騎士達が俺に気付いて。

「あ、カズマ様! あの、実は……」

 騎士達は、俺に気まずそうな視線を送った後、部屋の中を見る。
 俺は嫌々ながらも、部屋を覗き込み…………。

「…………何してんのお前」

 全身煤だらけにして目を逸らしているめぐみんに尋ねた。


***


「先生、話を聞いてください。これには深い理由があるのです」
「おう、聞いてやる。言え」

 部屋の掃除をして、風呂で綺麗になっためぐみんが、腕を組む俺の前で正座をしている。俺の側には困り顔のクレアやレイン、それに呆れ顔のアイリスもいた。

 めぐみんは、ちらちらと俺の様子を伺いながら。

「その、騎士団の魔法使いの人が、朝の日課と言って、魔力繊維に魔力を込めて強化していたのです。それを見て、ここは私の強大なる魔力を見せつけるチャンスだと思ったわけです」
「おう、それで?」
「そ、それで、その魔力繊維を貸してもらって、ありったけの魔力を込めて最高強度を与えようとしたのですが…………何故か見る見る内に真っ赤に染まっていって…………」
「染まっていって?」
「ボンッてなりました。…………いたたたたたたたたた!!!!! 痛いです痛いですごめんらさい!!!!!」

 俺はめぐみんの頬を、両手で思い切り引っ張る。
 どんな魔力繊維にも許容量というものがある。コイツのアホみたいに高い魔力を全力で注入して耐えられるものなど、本当に限られた高級品くらいしかないはずで、容量オーバーでボンッてなるのは当然だ。

 そのやり取りを見ていたクレアは苦笑いを浮かべて。

「ま、まぁ、めぐみん殿は紅魔族の中でも特別強い魔力を持っているとのことで、それを制御するのも大変なのだろう。幸い、全員すぐに避難した事で怪我人も出ていない。だから次からは気を付けてもらうということで……」
「そ、そう、その通りですよ! 元々私は善意でやった事ですし、ちょっと失敗したくらいでそんなに怒らなくてもいたたたたたたたたたたたたたた!!!!!」
「王城の中で爆発起こしといて、なーにがちょっと失敗しただこのバカ! 調子に乗ってやらかしただけだろ今すぐ里にテレポートさせてやろうか!!」
「ま、待って!! 待ってください!!! もうしません、反省していますから!!!」
「ま、まぁまぁカズマ様。めぐみん様も反省しておられますし、私達魔法使いとしても、めぐみん様には色々と教えていただきたいことも沢山あります。どうかその辺りでお許しになっていただければと……」

 レインがそう言うので、俺は渋々ながらもめぐみんの頬から手を離す。コイツが紅魔族随一の天才だからか、クレアもレインも甘い気がする。特にクレアは、俺に対しては厳しいってレベルじゃないくせに……。

 そんな様子を眺めていたアイリスは溜息をついて。

「まったく、いきなりこんな問題を起こして。何がオトナですか、私よりも子供じゃないですか」
「ぐっ……ふ、ふん、どんなに優れた人間でも、何かしらの失敗はするものです。何ですか、せっかくまとまりかけていたのにグチグチと。仮にも人の上に立つ者なのに、そんな小さな器で大丈夫なのですか」
「なっ……ひ、開き直りましたね!? やはりめぐみんさんは騎士団には相応しくないです!」
「アイリスこそ王女様に相応しくないでしょう! 結局は、私と先生の関係が、あなたよりもずっと進んでいるから妬んでいるだけのくせに!」
「ちちちちち違います! 私は、そんな…………そ、それに、私はあなたを追い抜きましたよ! 私、昨夜はお兄様と抱き合って眠り、しかも……キ、キスまでしましたから!!!!!」
「えっ」
「ちょっ!? ま、待て、頼むからちょっと待って!! キスといっても、そんなマジなやつじゃなくてだな、軽く…………き、聞いてる?」

 めぐみんは俺にゴミを見る目を向けており、クレアは無言で剣を抜いていて、レインは顔を引きつらせて俺から一歩下がって距離を置いていた。
 ちなみに、アイリスは頬を赤らめながらも、ドヤ顔をしている。くっそ、こんな状況でも可愛いなちくしょう!

 めぐみんは、一度目を閉じて怒りを抑えるかのように長く息を吐き出すと、次は妙にニコニコとした笑顔をこちらに向けてきた。

「……これは良い土産話ができましたね。里に帰ったら早速ゆんゆんに話してあげることにします」
「ごめんなさい!!! それだけは勘弁してくださいお願いします!!!!!」

 今度は俺が正座をして許しを請う事となった。


***


 それから数日間、めぐみんはやらかしにやらかしまくった。
 ある日には、名前をバカにされたと言って貴族のお坊ちゃんをぶん殴ったり、またある日には紅魔族の強さの秘訣だとか言って、騎士団の人達にカッコイイ口上やら二つ名やらを延々と考えさせてレインを困らせたり。

 そして、今日もめぐみんは気まずそうな表情で、俺の前で正座をしている。

「……で、今日は何をやらかしたんだ?」
「きょ、今日は私は悪くありませんよ! 実は、街の治安維持ということで、騎士団の人達と路地裏の見回りをしていたのですが、その時に見るからにガラの悪いチンピラに絡まれたものですから、撃退しただけなのです!」

 その話だけ聞けば確かに正当防衛のような気もする。
 ちなみに、めぐみんは今回の仕事の前に支援魔法をかけてもらっていたようなので、大人相手でも一般人であれば余裕で勝てるくらいの身体能力はあったようだ。

 俺は視線をめぐみんからレインへと移して。

「本当のところはどうなんですか?」
「え、えっと……路地裏でガラの悪い男達と遭遇したのは本当のようです……ただ、その男達は、当初は特に絡んでくることもなく、そのまますれ違おうとしていたようなのですが……」
「そこで私が言ってやったわけです。『ちょっと待ってください。路地裏でこんな美少女と出会って何も声をかけないのは失礼ではないですか? あなた方は女性一人も口説けない腰抜けですか』と。何もしてこないようでは、点数稼ぎもできませんし」
「…………で?」
「そしたらチンピラが『ぶははっ!! そんなちんちくりんで女性ってのは流石に背伸びし過ぎだろ! アメちゃんでも買ってやるから、それで許してくれよ可愛いお嬢ちゃん!!』などと舐めたことを言ってきたものですから、ボコボコにしました」

 どうやらチンピラはコイツの方だったようだ。
 俺は静かに詠唱を始めながら、めぐみんに右手をかざして。

「『テレポ』」
「わああああああああああああああ!!!!! ちょ、ちょっと、何しようとしてんですか!!! 私を見捨てる気ですか先生!!!」
「うん。奥さんが正しかった、お前が騎士団とか無理だわ。爆裂魔法なんて諦めて上級魔法覚えてこい。『テレポ』」
「ままままま待ってください!!! せめて今夜どうなるか見てくださいよ!!! 私の偉大なる頭脳で推理した、義賊が次に狙う貴族の屋敷…………これは自信ありますから!!!」
「そ、そうですね、めぐみん殿がそこまで確信を持っているという事で、私達も今夜こそは例の盗賊を捕らえられると期待していますし……」

 いよいよめぐみんのフォローをすることも難しくなってきたクレアとレインだったが、まだコイツを諦めきれないらしい。
 どうやらめぐみんもこのままではマズイと思ったらしく、最近は特に義賊の調査に集中していて、ついに当たりを付けたらしい。根拠については詳しく聞いていないが、何かモンスターがどうのこうのとか物騒なことを言っていたような気がする。

 とは言え、最終決定を下すのは俺ではなくアイリスだ。
 俺がそちらを見ると、アイリスは痛む頭を押さえながら。

「……分かりました、今夜までは様子を見ます。見事盗賊を捕らえる事が出来たのならば、今までのことは不問とし、騎士団の内定を認めましょう」
「ふっ、中々物分りが良くなってきたではないですかアイリス。そうです、私には多少の失敗では決して揺るがない程の価値があるのです。今夜、この私がいかに騎士団にとって有用か思い知ることになるでしょう!」

 アイリスは、めぐみんが何も功績を上げなくても問題さえ起こさなければ内定を認めるとは言ってくれたが、今は状況が変わっている。こんなに問題を起こしまくって、その上、義賊を捕まえられなかったら本当に内定を取り消しにするかもしれない。
 いや、本当だったら今の時点で取り消しにされてもおかしくないのだし、これはむしろまだチャンスをくれるアイリスに感謝するべきところだ。

 そんな俺の心配をよそに、調子に乗りまくってドヤ顔でポーズを決めているめぐみん。
 俺はそのバカをじとー、と見ながら。

「やっぱりアイリスの方がずっとオトナじゃねえか。俺、将来結婚するならお前より断然アイリスだわ」
「「!?」」

 その言葉に、めぐみんは引きつった顔で固まり、アイリスは顔を赤くして俯いた。


***


 その日の夜。
 俺は騎士団の人達と一緒に、とある貴族の屋敷で噂の義賊とやらを待ち伏せることになった。
 その貴族は、義賊に狙われるような後ろ暗いことはしていないと白を切ってはいたが、怪しい噂が絶えないそうで、近々警察のご厄介になる可能性が高いそうだ。

 騎士は盗賊スキルに対して相性が悪い。
 だから、狙われる可能性が高い金庫の近くは俺が守った方がいいと思ったのだが、この屋敷の貴族の方から却下されてしまった。まぁ、悪名ばっか広まってるからな、俺……。

 そんなわけで、俺は広間のソファーで手持ちの魔道具の確認などをしていて、隣ではめぐみんがそれを興味深そうに覗き込んできている。
 実はアイリスも、めぐみんの仮入団を提案した立場上この任務の行方を自分の目で見届ける義務があるとか何とか言って、無理を通してこの屋敷に滞在している。相手が義賊なので危険も少ないし、他に騎士団も大勢待機しているとの事で何とか許してもらえたようだ。

 しかし、夜中に俺と同じ部屋にいることは、クレアから固く禁じられてしまった……あんな事があったんだし、当たり前か。アイリスはすごく不満そうにしていたが。

 めぐみんは、テーブルの上の魔道具に向けていた視線を天井に移して。

「……来ませんね、義賊」
「まだ来ないだろ。狙ってくるとしたら、日付が変わった後じゃねえの。なんだ、お前でもやっぱ不安か?」
「それはそうですよ……これで私の推理が外れていたら、騎士団に入れなくなって、いよいよ先生と駆け落ちするしかなくなるではないですか」
「だから駆け落ちなんてしねえっつの。面倒見てやるとは言ったが、人生全部捧げるつもりはねえよ」
「むっ、なんですか、こんな美少女とずっと一緒にいられるというのに、何が不満なのですか」
「ずっと一緒にいるからこそ、外見より中身重視するべきだろ。ぶっちゃけ俺は、顔はそこそこでいいから、俺を甘やかしまくって面倒見てくれる人と結婚したい」
「か、顔より中身というのは良い人っぽいセリフなのに、詳細を聞くと一気にダメ男にしか思えなくなるのが凄いですね……」
「爆裂魔法の為にそのダメ男と結婚しようとした奴に言われたくないっての」
「…………もし、爆裂魔法の為だけではないと言ったらどうしますか?」

 めぐみんはそんな事を言いながら、体を倒して俺にもたれかかってきた。柔らかい女の子の体の感触と、ふんわりとした良い香りを感じる。
 まーた始まったよコイツ……。

「……あー、それは何、告白のつもりなの? いや、それ通り越してプロポーズか?」
「さぁ、どうでしょう。好きなように受け取ってもらっていいですよ」
「お前あれだ、そういうのは……その、ずるいと思うんですが。何だよ、ふわふわした事ばっか言いやがって、俺の反応を楽しんでるだけか?」
「ふふ、女の子はずるいものですよ。それに、先生だって口ではそう言いながらも、こういう曖昧な方がありがたいと思っていません?」
「そ、それは……」

 ……正直図星だったりもする。
 めぐみんの曖昧な物言いは確かにもやもやとするのだが、かと言って真剣に告白とかされたら、こっちも真剣に返さなければいけないわけで。そして、俺はまだめぐみんの事をそういう対象として見ることができないわけで。

 やはり、ここは真面目に受け答えたら負けな気がする。
 俺はがりがりと頭をかいて。

「……ったく、そもそも、俺は結婚するならお前よりアイリスだって言ったろ。なんたってアイリスは身分も高いし可愛いし俺のこと甘やかしてくれそうだしで、年以外は文句なしだしな!」
「私も好きになった人には意外と尽くすタイプだったりしますよ? それに先生だって、口ではそう言ってますけど、いざ本当に誰かを好きになったら身分だとか自分を甘やかしてくれそうだとかそういう事は関係なくなりそうですけどね」
「な、なんでそんな事分かんだよ……俺は、好きになったら何でもオッケーみたいな恋愛脳じゃねえって……」
「いえいえ、先生は悪ぶっていて意外と純情なところがありますからね。私やアイリスくらいの年では対象外のようですが、もう少し年上の子が真正面から好意をぶつけてきたら、自然と自分も好きになってしまうくらいにはちょろいと思いますよ」
「おいちょっと待て。その上から目線で俺のことは全部分かってますよ的な態度は気に食わないぞ。お前だってそういう経験は乏しいくせに」
「先生よりは経験値高いですよ。少なくとも私は、人を好きになるという気持ちは知っていますし」
「お、お前、『本当に好きなのかは分からない』とか『この気持ちはまだ曖昧なもの』とか言ってたじゃねえか! はっ、自分でもよく分かってねえのに無理すんなって!」
「そんな事言いましたっけ?」
「言ったよ! メッチャ言ってたよ!! コノヤロウ、とぼける気だな!! 俺はハッキリ聞いたぞ、俺のことを難聴系だと思ったら大間違いだからな!!!」
「ふふ、証拠がなければその主張も無意味ですよ。録音の魔道具でも使っておくのでしたね。というか、難聴系ってなんですか?」
「ぐっ、コイツ…………難聴系ってのはだな…………あれ、なんだ?」

 自分で言っといて首を傾げてしまう。
 何だろう、耳がよく聞こえないという意味は分かるのだが、それなら難聴だけでいいはずだ。うーん、たまに自分でも意味がよく分からない言葉が口をついて出てくるんだよな……何かの病気じゃねえだろうな……。

 なんか、このまま言い合っていても疲れるだけのような気がしてきた。
 俺は深々と溜息をつくと。

「ったく、そもそも、例の義賊ってのがちゃんとここに現れて、そいつを捕まえればいいだけだろ。いや、捕まえられなくても駆け落ちなんざするつもりはねえけど。とにかく、全てはお前の推理次第だ。当てになるんだろうな?」
「えぇ、紅魔族随一の天才の頭脳を甘く見ないでください。銀髪の義賊とやらは、99パーセント、今夜ここに現れますよ」
「フラグにしか聞こえねえぞそれ……何でここだと思ったんだ?」
「共通点ですよ。最近義賊に入られた貴族達の間に共通したものを見出して、次に狙う所の当たりを付けたのです。捜査の基本ですね」
「共通点っていうと、義賊が狙うのは何かしら後ろ暗い事を抱えてる悪徳貴族ってことか? けど、それだったらここじゃなくても、他にも候補はあるんじゃ……」
「もちろん、それも共通点の一つではありますが、他にもあったのです。それも、犯罪関係のことではなく、まっとうな活動の方で……まぁ、これも表向きはそう見えるだけで、裏で何やっているかは分かりませんが」
「へぇ、どんな共通点があったんだ?」
「モンスターですよ」
「は?」

 俺の間の抜けた声に、めぐみんは部屋の壁を指差す。
 そこには、モンスターの剥製がいくつも飾ってあった。

「最近狙われた貴族は、どれもモンスターに対してかなりの執着を見せていたようです」
「執着ねぇ……でも、剥製くらい貴族なら飾ってるところも多いんじゃないか?」
「剥製だけではありませんよ。義賊に入られた貴族達は、冒険者に珍しい変異種を捕らえさせて自ら生態観察を行ったり、モンスターの品種改良の研究に多額の出資をしたり。はたまた、実際に戦っている野生モンスターの姿を見たいとの事で、無理矢理冒険者パーティーに同行していた者もいたそうです」
「マジか……確かにそこまでいくと中々いないだろうな……」
「えぇ。ただ、その辺はあくまで趣味に近いものでしたからね。警察や騎士団などは、それよりも目立った犯罪の方を中心に調べていたようです。横領、違法な徴税などが発覚していましたので、そこからお金の流れを辿ったり、ですね」

 まぁ確かに、義賊に狙われた悪徳貴族の共通点を調べるなら、真っ先にその貴族達がやらかしていた犯罪行為の方から探っていくものだろう。だから趣味のところは後回しになってしまうのも無理はない。

 そうやって俺は納得しかけていたのだが。

「……でも、義賊はなんでそんな相手ばかり狙うんだ? 悪徳貴族から金銭を巻き上げて教会に寄付してるみたいだけど、それならもっと金を蓄えてそうな所を狙えばいいのに」
「もしかしたら、何か別の目的があるのかもしれませんね。珍しいモンスターを探しているとか。いずれにせよ、この共通点は偶然では片付けられません。今夜、ここの貴族はパーティーに出掛ける際に優秀な護衛を引き連れ、屋敷の警備も薄くなるという情報を意図的に外に流してあります。きっと狙ってくるはずです」

 めぐみんは真剣な顔で、半ば自分に言い聞かせるように断言した。
 この様子を見ても、何だかんだやはりコイツも緊張しているのだろう。無理もない、爆裂魔法がめぐみんにとってどれだけ大事なものなのかはよく分かっている。

 ただ、万が一ここで義賊を捕まえられなくても、それで即刻里に送り返すつもりはない。
 もちろん駆け落ちなんてするつもりはないが、本人が望むのなら、このまま王都で爆裂魔法を覚えるまでレベル上げを手伝ってやるという事も考えている。
 しかし、俺と違って才能豊かで上級職のめぐみんはレベルが上がり難い。爆裂魔法を習得できるまでのスキルポイントを貯めるとなると、それなりの時間がかかってしまう。その間に奥さんがどんな手を打ってくるか分からない。

 それに、出来ればちゃんと学校に通わせて卒業させてやりたいしな。ゆんゆんも、一番の友達が中退なんてのは寂しいだろうし。めぐみんだって同じ気持ちだろう。

 それから俺達は適当に雑談しながら、盗賊がやって来るのを待つ。
 そして日付が変わる頃になると、会話も少なくなっていき、隣ではめぐみんがこくりこくりと船を漕ぎ始め……俺の肩に顔をぶつけてびくっと起きる。

「す、すいません。少しうとうとしていました……」
「大丈夫か? 仮眠用の部屋がいくつか用意されてるし、寝ててもいいんだぞ? アイリスも寝てんじゃねえかな」
「いえ、私は義賊捕縛には役に立たないかもしれませんが、推理だけして後は全て任せるというのも、一応は騎士団の一員としてどうかと思いますからね。それに、アイリスも多分頑張って起きていますよ。私だけ寝るわけにはいきません」
「お前がそう言うなら止めないけど……まぁ、安心しろよ。義賊が来たら、俺が必ず捕まえてやる。俺は元々夜型だし、夜更かしもそこまで辛くないしな。あと義賊だか何だか知らんが、イケメンは全員俺の敵だ」
「……えぇ、頼りにしていますよ先生。それにしても、相変わらずイケメンが大嫌いなのですね。私は、先生の顔も全然ありだと思えてきましたし、そこまで卑下しなくてもいいと思いますが」
「それってあれだろ、ブサイクでも三日で慣れるみたいな慰めになってない慰めだろ」
「ふふ、違いますって。……ほら、よく見せてください」

 そう言うと、めぐみんは俺の頬にひんやりとした両手を当てて、顔を近付けてくる…………いや近い近い近い!
 あまりに近いもんだから、めぐみんの真紅の瞳に俺が映っているところまで見えてしまう。

「…………やっぱり、私は先生の顔、結構好きですよ?」
「わ、分かった、分かったからもういいだろ。こんな所、誰かに見られたらいよいよロリコン疑惑を否定できなくなっちまう」
「この雰囲気でそういう事言いますかね。というか、アイリスにキスなんてしたのですから、疑惑ではなくて普通にロリコンでしょう先生は。今更何を取り繕おうとしているのですか」
「ロリコンじゃねえから! 10歳とか12歳は対象外だから!! それにキスしたって言っても、ほっぺに軽くされただけだし、そんなのノーカンだノーカン!」
「……では、口だったらノーカンではないのですかね?」

 くすくすと笑いながら、至近距離でそんなことを言ってくるめぐみん。

 ……よし、コイツにはここらで分からせてやる必要があるようだ。
 俺の恋愛経験が乏しいのは事実だが、だからといってこんなやられっぱなしで我慢できるわけがない。調子に乗りすぎだ。覚悟しろよ、この魔性の女気取りが……。

 俺は真剣な目でめぐみんを見つめると、その両肩をガシッと掴んだ。
 その行動は予想外だったのか、めぐみんはびくっと震えて、恐る恐るといった様子で。

「あ、あの……先生? どうしました、目が怖いですよ? ……え、えっと、分かっていますよ、先生がロリコンではないって事くらい……ちょっとからかっただけで…………きゃあっ!!!」

 めぐみんが何やら言っているが、そんなものを大人しく聞いてやるつもりはない。
 俺はめぐみんをソファーの上に押し倒し、そのまま覆いかぶさるようにする。

 これには流石のめぐみんも、顔を真っ赤にして。

「ま、待って、待ってください! ダ、ダメですって……!!」
「何がダメなんだよ、そっちから散々誘ってきやがったくせに。お前、自分のことをオトナだとか言ってたし、ここで本当に大人にしてやるよ。ありがたく思え」
「ほ、本気ですか!? あの……わ、私、初めてですし……せめて個室で……!!」
「はぁ!? お前なにバカな…………ごほん。ダメだ。ここでする」
「鬼畜!!! 先生の鬼畜!!!!!」
「鬼畜で結構。そんなの散々言われてきたことだし、今更そんなこと気にするわけねえだろ」

 危ない危ない……混乱してるのか知らんが、コイツがいきなりバカなこと言いだすから、つい素に戻るところだった。何がせめて個室で、だ。

 俺はめぐみんに覆いかぶさったまま、ゆっくりと顔を近付けていく。
 めぐみんはそれを見てごくっと喉を鳴らし、わずかに身じろぎをして微かな抵抗を見せていたが…………やがて、目をぎゅっと閉じて、動かなくなってしまった。…………いや、諦め早すぎるだろ……もっと抵抗しろよホント大丈夫かよコイツ……。

 まぁでも、ここまで動揺させられたなら満足だ。
 俺は、顔を真っ赤にして固まっているめぐみんをニヤニヤと眺めて。

 その額に、強めのデコピンをぶち当てた。

「いたあああああああああっっ!!!!! えっ……ええっ!? い、いきなり何を……!!」
「ぶははははははははははははっっ!!!!! なに本気にしてんだよバーカ!!! くくっ、俺がお前みたいな子供に手を出すわけねーだろ!! これに懲りたら、子供は子供らしく、背伸びして妙な空気出して俺をからかうとかはやめる事だな!!!」

 今まで散々やられてきた事もあって、めぐみんに完璧な仕返しを出来たことにスカッとして、笑いがこみ上げてくる。ざまあみろ、俺だってやられっぱなしじゃねえんだ!

 めぐみんはしばらくポカンとしていたが…………やがて顔を俯かせてしまった。

 はっ、次は泣いて俺の動揺を誘うつもりか?
 甘く見られたもんだ、そんなものが何度も通用する俺じゃない。

「おいおいどうした、オトナなめぐみんさんよー! もしかして、泣いちゃったんですかー? ごめんごめん、オトナならこのくらい平気だと…………うおおっ!?」

 言葉の途中で、いきなりめぐみんが体当たりをしてきた!
 突然の不意打ちで、俺はされるがままにソファーの上に転がされ、めぐみんが覆いかぶさってくる。さっきまでとは逆の状態だ。

 めぐみんはまだ顔を真っ赤にしているが、今はそれが照れによるものなのか、怒りによるものなのかは分からない。両方かもしれない。いずれにせよ感情が昂ぶっているのは確からしく、その真紅の瞳は爛々と輝いている。

「……先生をからかい過ぎた事は謝りますよ。でも、だからと言って、覚悟を決めた女性に対してこの仕打ちはあんまりだと思うのです」
「な、なんだよ……俺は謝らねえぞ……」
「別に謝らなくてもいいですよ。これから先生には、責任をとって最後までしてもらいますから。冗談では済ませませんよ、私が子供などではないという事を分からせてやります。どうしても許してほしければ、誠意を込めて謝ってください」
「はぁ!? お前何言って…………あぁ、いいよ、やれるもんならやってみろよ! どうせそんな度胸もないくせに!! ほらほら、抵抗なんかしねえから、ご自由にどうぞどうぞ!!」
「では絶対抵抗できないように、そこにある相手を麻痺させる魔道具で身動きを封じてもいいですか? あとスキル封じの魔道具もあるみたいですし、それも」
「はっ、そんなんで俺がビビるとでも思ったか! いいよいいよ、好きにしろよ!!」

 本来なら魔道具はこんな所で使うべきではないのだろうが、そんな事は関係ない。これはめぐみんとの真剣勝負だ。負けた方は、これから舐められ続けることになるわけで、決して負けるわけにはいかない。

 俺はコイツが本当に一線を越える事なんて出来るはずないと分かっている。なんせ、ちょっと抱きしめただけでも泣き出した奴だ。さっきだって、俺が押し倒したらあれだけ動揺していたわけだし。
 つまり、俺は何も抵抗しないで、どんっと構えているだけでいい。それだけで俺の勝ちだ。

 めぐみんは黙々と俺に魔道具を使っていく。体が麻痺し、スキルが封じられた。
 あれ、でもこれ、今義賊が来たら俺、何も出来ないような…………まぁいいか。義賊なんか知らん。とにかく今は、コイツの鼻っ柱を折る事が全てだ。

 めぐみんは俺がろくに動けないことを確認すると、そのまま仰向けの俺の上に乗っかってくる。

「では、脱がしますね」
「えっ……ぬ、脱がすの……?」
「当たり前でしょう。脱がずにどうやってするのですか。……あ、いえ、そういうプレイもあるのかもしれませんが、初めては普通にしたいですし……」
「……そ、そうだな、うん…………でも、ほら……俺だけ脱いでも仕方ないじゃん? お、お前も脱ぐことになるわけだけど、そこんとこ分かってんの……?」
「わ、分かっていますよ。私もちゃんと脱ぎます。ですが、まずは先生からです。……謝るのなら今の内ですよ?」
「だ、誰が謝るか!! お前こそ、怖気づいてんじゃねえか? どうせ引っ込みつかなくなってるだけだろ! お前こそ強がってないでさっさと…………うひゃあ!!! ちょ、ちょっ、まっ……!!!」

 めぐみんが俺の紅魔族ローブを勢い良く剥ぎ取り、シャツを脱がしてきた!
 あまりにも突然のことだったので、口から情けない声が漏れ、めぐみんは俺の半裸を見ながら瞳を輝かせて不敵に笑う。

「ふっ、なんですか今の声は。体だけ大きくなって中身は子供のままな先生には刺激が強すぎましたか?」
「ぐっ…………べ、別にそんなことねえし! ちょっと驚いただけだし!! お前こそ、俺の半裸見て内心ドキドキしてんだろ!!」
「そんな事ありませんよ、上半身裸の先生を見たって私は何とも…………い、意外といい体していますね。冒険者でも高レベルになるとこうなるのですか……」
「ひぃぃっ!!! お、おまっ、何エロい手付きで触ってんだよこのエロガキ!!!」
「エ、エロくなどありません! 普通に触ってみただけですよ!! な、なんですか、ギブアップなのですか!? これからもっと凄いことするのに、今からそんなでは保ちませんよ!!」
「っ……ギブアップなんざするか!!! 今のもちょっと驚いただけだ、全然平気だからどんと来い!!! …………ひゃうっ!!!!!」
「ふふ、そう言っている割には、ちょっと触られるだけでも派手に反応しているようですが」

 めぐみんの細い指が俺の上半身を這い、背筋にゾクゾクとした何かが走るのを感じる。
 なにこれ……なにこれ! 俺が過敏なだけなのか、それともコイツの手付きがエロ過ぎるからなのかは知らんが…………すごくヤバイ!!

 しかし、ここで音を上げるわけにはいかない。
 見れば、めぐみんだって決して平常心ではない。顔を真っ赤にしているし、目も泳いでいる。

 俺は何とか耐えきろうと、歯を食いしばりながら。

「くっ……ふぅぅっ……!!!」
「ちょ、ちょっと、流石に反応し過ぎではないですか……? あ、あの、私まで妙な気持ちになってくるのですが……」
「そ、それならもうやめろよ! 人の体ベタベタ触りやがって!! あと、俺が触られて反応するのは普通だけど、触ってるお前はモジモジし過ぎだろ!!! なに発情してんだよ!!!」
「は、はつじょ……ちちちち違います! これは、その、生理現象であって……」
「だからそれを発情っていうんだろうが!! この変態!!! 痴女!!!」

 その言葉に、めぐみんは俺の体を触る手を止め、俯いたままぷるぷるし始める。
 よし、いける……これはいけるぞ! やっぱりコイツはただの子供で、これ以上やる度胸もない!!

 俺は勝利を確信して、ニヤリと口元を歪め。

「あれー? オトナなめぐみんさん、手が止まってますよー? もっと凄いことするんじゃなかったんですかー?」
「…………」
「おーい、めぐみんさーん? 変態やら痴女やら言われて、恥ずかしくて動けなくなっちゃっためぐみんさーん? 本当は一杯一杯だったのに、必死に隠して頑張って攻めてためぐみんさーん?」
「…………」
「……ったく、もう限界だろ、素直に降参しろよ。変なとこで意地を張るからそうなるんだ、これからはもっと考えて物を…………おい? な、なんだよその顔は……」

 めぐみんがゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
 その目は真っ赤に光り輝いていて、口元には引きつった笑みが浮かんでいる。

 そして。

「分かりました…………よーく分かりましたよ先生。いいでしょう、紅魔族は売られたケンカは買うのです。私の本気、見せてやりますよ!!!!!」

 めぐみんが、俺のズボンに手をかけた!
 そのまま「うへへ」とか気味の悪い笑い声を漏らしながら、カチャカチャとベルトを…………おいおいおいおい!!!

「えっ!? ちょ、や、やめっ……何なのお前!? おい待て、ホント待て!!!!! お前自分が何やってるか分かってんの!?」
「何を焦っているのですか! 私達はこれからセッ○スするのです、ズボンを脱がすのは当たり前じゃないですか!! 何ですか、今更ビビってるんですか!?」
「本気かお前!? よし分かった、一度落ち着こうか! そんで改めて今のこの状況を見てみよう…………ひゃああああああああああ!!!!!」

 ずるっと、ズボンを脱がされた。

 ヤバイ! マジでヤバイ!! 完全に暴走してやがるコイツ!!!
 めぐみんは俺から脱がしたズボンをそこら辺に放り投げると、危ない感じの笑みを浮かべて手をワキワキとさせてパンツ一丁になった俺を見下ろしている。

 このままだと本当に洒落にならない事になる!
 俺は大慌てで。

「め、めぐみん、聞け! 俺が悪かった!! 本当にごめん!! ごめんなさい!!! お前は全然子供じゃなくて立派なオトナだ!!! だからもう許してください!!!!!」
「その言葉は大分遅かったですね!! くくくっ、さぁ、その惨めな包茎チ○コを晒してもらいましょうか!!!」
「ほほほほほほ包茎じゃねえし! ちゃんと剥けてるし!! いや待て、だからって確かめようとすんな止まれ!!! …………そ、そうだ、お前、これって俺とセ○クスしようとしてんだろ!? じゃあ、俺だけ脱ぐのはおかしいだろうが、お前も脱いでみろよ!!!」
「いいですよ」
「……えっ、お、おい、何してんだよ……なに本当に脱ぎだしてんだよお前はあああああああああああああああああ!!!!!」

 めぐみんは人のことは脱がせても、自分が脱ぐことはできないと思っての反撃だったのだが、予想に反して全く抵抗もなく素直にするすると脱いでいく。

 俺の叫び声を聞いて、めぐみんはきょとんと首を傾げて。

「どうしました? 先生が言ったのではないですか、私も脱げと」
「確かに言ったけど、本当に脱ぐとは思わねえだろうが!!! おい待て、お前の裸なんざ見ても俺の息子は全く反応しないが、状況的にかなりヤバイ感じになるからやめろ!!! いや、やめてください!!!」
「…………この期に及んで、まだそんな事を言いますか」
「な、なんだよ、今度は何する気だよ……お、おい、分かってんのか? これ以上は本当にありえないからな……? 聞いてる……?」

 とりあえず脱ぐのは止まってくれたが、今のめぐみんの状態はかなりマズイ。
 制服のローブは脱ぎ、ネクタイも外し、シャツのボタンを上からいくつか外して、薄い胸元が見え隠れしている。しかも、その状態でパンツ一丁の俺にまたがっているわけで、こんな所を誰かに見られたら…………ちょ、ちょっと待て。

 さっきまでは頭に血が上っていて、俺もめぐみんも全く気にしなくなっていたが、ここは個室でも何でもなく広間のソファーだ。今は誰もいないが、いつ誰が来てもおかしくなく、おまけにさっきから散々叫びまくっていたわけで、ここまで誰も来なかった事が奇跡だとも言える。

 こんな所を誰かに見られたら色々と終わる。
 その事実に、一瞬俺の頭が真っ白になった時。

 めぐみんの手が、パンツにかかった!

「ひぃぃぃぃいいいやあああああああ!!! それはヤバイ!!! ほんとヤバイから!!!!! マジで洒落にならないから!!!!!」
「反応しないならさせるだけです!!! 大丈夫です、先生は安心して身を任せていればいいですから!!!」
「どこが大丈夫だふざけんなよお前!? ちょっ……や、やめ…………やめてえええええええええええええええええええええええ!!!!! だ、誰かああああああああああああああ!!!!! 痴女に犯されるうううううううううううううううううううううううう!!!!!」

 もう恥も外聞もなく、俺は涙目で叫ぶ!
 こわい! マジでこわい!! どうなるの!? どうなっちゃうの俺!?

 しかし、その時。
 もうバレても構わないと捨て身のSOSが功を奏したのか。


 絶体絶命の俺に、救世主が現れた。


「何をしているのですか?」


 静かだが、それでいて圧力を感じる声が聞こえてくる。

 第三者のその声に、めぐみんはようやく我に返ったのか、びくっと震えて俺のパンツから手を離して恐る恐るそちらを見る。
 俺は体が動かないので、何とか目だけを動かして見てみる…………と。

 そこには金髪碧眼の王女様がいて。
 今まで見たこともない、身も凍るような冷たい目をこちらに向けていたそうな……。


***


「バカなのですか? お兄様も、めぐみんさんも、大バカなのですか?」
「「…………」」

 ぐうの音も出ない。

 俺とめぐみんは服装を整え、アイリスの前で二人並んで正座していた。
 アイリスは心の底から呆れ果てた表情を浮かべていて、その両隣ではクレアとレインが痛む頭を押さえていた。

 あの後、俺達はアイリス達に正直に説明した。
 めぐみんが色目を使って俺をからかってきたから、俺も反撃として冗談で押し倒して襲うふりをしたら、めぐみんが怒って本気で襲うとか言い出したので、どうせそんな度胸もないだろうと思って自分の身動きやスキルを封じて好きにさせていたら、めぐみんが暴走してあんな事になったと。

 こうしてまとめてみると、本当にバカな事してたな俺達……。
 深夜ということもあって、ちょっとおかしいテンションになっていたのかもしれないし、今日義賊を捕らえられなかったらマズイという緊張感も変に作用したのかもしれない。

 しかし、麻痺が解けるまでパンツ一丁で放置しておくというのもアイリスにとって目に毒ということで、クレアとレインに服を着させてもらったのだが、何というか、情けなさすぎて泣きたくなった。めぐみんはあまりにも恥ずかしかったのか、しばらくの間使い物にならなかったし。

 俺は、もう何度目か分からないが、頭を下げて。

「本当にごめんなさい…………今回ばかりはマジでどうかしてた」
「わ、私もです……その、自分でもどうしてあんな事をしてしまったのか……ごめんなさい……」
「もう……本当にビックリしましたよ。突然お兄様の悲鳴が私の部屋にまで聞こえてきたのですから」
「そ、そっか、ごめん…………でも、それでよく他の騎士には見つからなかったな……不幸中の幸いってやつか……」
「いえ、思い切り見つかっていたようですが」
「「えっ!?」」

 驚愕の表情を浮かべる俺とめぐみんに、クレアが言い難そうに。

「……騎士の何人かは、私達が来る前に二人の声を聞きつけて様子を見に行ったようだが……貴様とめぐみん殿が、その、ソファーでもつれ合っている所を見て、邪魔しないようにそっとその場を後にしていたようだ」
「っ……!!」

 めぐみんは顔を真っ赤にして小さくなってしまう。
 コイツのこういう反応は新鮮なのだが、残念ながら俺にはそれを楽しむ余裕はない。俺もメッチャ恥ずかしいです……!

 そんな俺達に、アイリスは深々と溜息をついて。

「とにかく、深く反省してもう二度とこのような事を起こさないでください。次やったら問答無用で内定取り消しですからね。分かりましたか?」
「「はい……すみません……」」

 めぐみんに関しては今まで騎士団で散々やらかしてきたので、これでアウトかもと思ったのだが、何とか温情を貰えたようだ……やっぱりアイリスは優しいなぁ……。

 こうして、一時はどうなるかと思ったが、何とかまとまってくれた事にほっとしていると。
 何故かアイリスが、ほんのりと頬を赤く染めて。

「そ、それで、あの……その代わりと言っては何ですが……」
「ん、なんだ? 何でも言ってくれよ、こんな事やらかしちまったんだし。なっ、めぐみん?」
「えぇ、今回ばかりは完全に私達の落ち度ですし……」

 今回ばかりはというか、他のお前のやらかしも大体お前が悪いけどな。
 そんな事を思っていると、アイリスは言い難そうにちらちらと俺を見て。

「いえ、めぐみんさんではなく、お兄様にお願いしたいことがあって…………そ、その、私にも、お兄様の上半身を触らせていただけないでしょうか……?」
「えっ」
「なっ……何を言っているのですかアイリス様!?」
「い、いけませんよ! そんな、王女様が、と、殿方の体に触るなど……!」
「だ、だって、めぐみんさんだけズルいではないですか! 私もお兄様の体を触ってみたいです!!」

 お、俺はどうすればいいんだこれ。
 正直言うと、体を触られるのはかなりむず痒いので遠慮してもらいたい所なのだが、あんな事をやった俺達を許してくれたアイリスの頼みであれば、出来るだけ聞いてあげたい。
 でも、触らせたら触らせたで、クレア辺りが面倒な事になる予感しかしない。

 すると、めぐみんが小さく咳払いをして。

「……そ、そんな、わざわざ触る程のものでもなかったですよ。意外と引き締まった体をしているので、私達女の体のように柔らかくもなく、がっちりとした感触が新鮮で、掌から直に伝わってくる先生の体温で妙な気持ちになったりもしますが、その程度のものです」
「それは自慢しているのですよね!? さぁお兄様、服を脱いでください!!」
「わ、分かったよ、アイリスが触りたいって言うなら……」
「何脱ごうとしているのだ貴様ああああああああ!!!!! アイリス様も冷静になってください! 殿方の体を触りたいというのであれば、ジャティス様などにお願いするのではダメなのですか?」
「ダメです! 私は好きな男性の体に触れたいのです! 直に感じたいのです!!」
「ア、アイリス様! 今あなたはかなり危ういことを言っていますよ!?」

 そんな風に、クレアとレインはしばらくアイリスを説得するのに苦労して、俺は服に手をかけたまま、その流れを見ていることしかできなかった。
 あと、アイリスに対して得意気な表情を浮かべているめぐみんは、この仕事が終わったら何かしら制裁してやろう。


***


 何とかアイリスをなだめて、一段落ついた後。
 暇なら仕事をしろと言われた俺とめぐみんは、見回りということで、二人で屋敷の廊下を歩いていた。

 俺は隣を歩くめぐみんに向かって。

「そういやお前、もう眠気とかは大丈夫なのか?」
「えぇ、まぁ……あ、あんな事があれば目も覚めますよ……」
「そ、そっか。そうだよな……」

 何だろう、すごく気まずい。
 あの時は妙なテンションになっていて、勢いに任せて色々やらかしてしまったが、冷静になって思い返してみると本当に恥ずかしくなってくる。なに体触られて変な声出してんだよ俺……。

 そのまま、少しの間微妙な沈黙が漂った後。
 めぐみんがちらちらとこっちを伺いながら。

「……あ、あの、念の為聞いておきたいのですが…………見ました?」
「え、何を?」
「…………む、胸です」

 そう言って、めぐみんは顔を赤くして俯いてしまう。
 ……何だよ、何なんだよこの空気! 凄くいたたまれないんですけど!!

 めぐみんが聞きたいことはよく分かった。
 あの時、めぐみんはシャツのボタンをかなり際どい所まで開けていた。見られていたかもしれないと考えるのは当然だろう。

 俺は目を逸らして。

「見てないよ」
「何故目を逸らすのですか!? 見ましたね!? 見たのですね!?」
「見てないよ。でも、あれだ、仮に見ていたとしても俺は悪くない。ブラもしてないお前が悪い」
「やっぱり見たんじゃないですか!!! それに、その、ブラは……私にはまだ早いというか……」
「でも小さくても付けた方がいいって聞いたことあるぞ? 言ってくれたら、この間の服屋で一緒に買ってやったのに」
「い、いいですよ! ブラ買ってもらうとか流石に恥ずかしいです! というか、乙女の胸を見たというのに何ですかそのいい加減な態度は! 先生の場合、もう一生見られない可能性だってあるのに随分と余裕ですね!」
「い、一生見られないとか言うな! つーか、俺だって胸くらい見てるっての! ゆんゆんとか……ゆんゆんとか!! 何だよ、もしかして感想とか言ってほしいのか? ……まぁ、あれだ、強く生きろ」
「それ貶していますよね明らかに!!! あとその可哀想なものを見る目もやめてください!! 私はまだ12歳ですし、これからですから!!!」

 そうやって顔を赤くして噛み付いてくるめぐみん。……よし、いつもの空気が戻ってきた。
 その事に俺は安堵するが、さっきアイリス達に怒られたばかりなのに、またすぐ騒ぐのもマズイと思い。

「そんな大声出すなって。そろそろ真面目に仕事しないと、本当に追い出されちまうぞ?」
「ぐっ……わ、分かりました。この事に関しては後でじっくりと話し合いましょうか。…………それにしても、何故この辺りはこんなに気味の悪いモンスターの剥製ばかり飾っているのでしょう……」
「さぁ……もしかして、この辺に何かやましいものでもあって、人を寄せ付けたくないのかもな。まぁ、そんなビビんなって。もし剥製が浮かび上がって飛んできても俺が何とかしてやるから」
「な、何を言っているのですか、そんな事あるわけ……」
「いや、結構あるんだよ……こういうデカイ屋敷なんかは特に霊的なモンも住み着いたりするからな。ポルターガイストくらい聞いたことあんだろ?」
「っ……そ、そうなのですか……先生は、そういうのは平気なのですか……?」
「最初はビビってたけど、もう慣れたな。冒険者やってればアンデッドを相手にするなんて良くある事だ。余程の大物でもなければ『ターンアンデッド』で一撃だし、普通のモンスターより楽だよ。ふっ、怖かったら、ちょっとくらいならくっついてもいいぞ?」
「……では、お言葉に甘えて」

 そう言って、めぐみんは俺に身を寄せて腕を組んできた。
 ……え。思ってた反応と違う。そこはムキになって平気な振りをするところじゃないの?

 やっといつもの空気に戻せたと思ったのに、また妙な感じになってきた。
 俺は何とかこの雰囲気を変えようと、小さく咳払いをして。

「……ったく、そんな臆病じゃ冒険者としてやっていけな……あぁ、お前は騎士団か。でも、騎士団だって、アンデッドを相手にする事はそれなりにあると思うぞ」
「ゾンビとかスケルトンとかならまだいいのですが、亡霊的なものはちょっと苦手でして……いいではないですか。先生がくっついてもいいと言ってくれたのですよ?」
「それはそうだけど……その、こうも素直にくっついてくるとは思ってなくて…………もしムキになってたら、ちょっと脅かしてやろうと思ってたんだけどな」
「またそんなろくでもない事を考えて……具体的にはどんな事をしようと思っていたのですか?」
「魔法で姿を消してから、芸達者になれるスキルを使ってゆんゆんの声真似をして『めぐみん、どうして私から兄さんを奪ったの? 信じてたのに……許さない……』ってヤンデレっぽく囁やこうと思ってた」
「何とんでもない事考えてんですか!? そんな事してたら私、大パニックに陥っていましたよ! さっきアイリスにあれだけ言われたのに本当に懲りないですね!!」

 めぐみんはむっとしているが、腕は俺と組んだままで離そうとしない。
 これ、傍から見たら仕事してるってより、ただイチャついてるようにしか見えないんじゃ……いやいや、せいぜい仲の良い兄妹くらいにしか見えないはず…………でもソファーの上であれこれやってた時、他の騎士の人達は空気読んで立ち去ったみたいだしなぁ……。

 とはいえ、俺からくっついてもいいと言ってしまった手前、今更離れろとも言えない。
 仕方ないので、せめて人の目から逃れようと思い、近くにあった大きめの両開きの扉を指差して。

「……ちょっとここ入ってみようぜ」
「ここは書庫……ですか? な、なんですか、良い雰囲気だからって、人のいない所で先程の続きをしようとか言うつもりですか? ダメですよ、これ以上やらかすわけにはいきません。というか、節操なさすぎるでしょう、やれれば何でもいいのですかあなたは」
「ちっげーよ、自意識過剰にも程があんだろ。こんな所誰かに見られたら、ますます俺のロリコン疑惑が深まりそうだから、あんまり人目につきそうな所には居たくないんだよ」
「むっ……妙にロリコン扱いされる事を嫌がりますね先生は。もう既に変態やら鬼畜やら色々言われているのですから、今更ではないですか?」
「変態やら鬼畜やらは大体合ってるけど、ロリコンは合ってないから嫌なだけだ」
「何でしょう、ここまで堂々と開き直られると、いっそ清々しく思えてきます……ちなみに、変態な所や鬼畜な所を直すつもりは……」
「ない。バカなこと言ってないでさっさと入るぞ」
「バカなことを言っているのはあなたですよ……」

 扉を開けて中に入ると、すんと古い紙の匂いが鼻をくすぐる。
 そこはかなり大きめの書庫で、俺の背丈よりもずっと高い本棚が立ち並んでいた。紙を沢山使う本は高価なものなのに、よくここまで集めたものだ。

 めぐみんは一番近くの本棚に近付き。

「この辺りは全部モンスター関連の本ですね……ドラゴンなんかは貴族にも人気があるそうですが、ここの人はモンスターなら何でもいけるみたいですね。この『ゾンビと友達になる10の方法』という本なんて、とても正気の沙汰とは…………いえ、ゆんゆんなら真面目に読みそうですね……」
「そこまで末期なのか俺の妹は!? ゾンビと友達になる方法って、自分も死んでゾンビになるってオチだろ絶対!! ったく、あの変態お嬢様も、触手系モンスターとか服を溶かすスライムが好きだとか頭おかしいこと言ってたし、貴族ってのはホントろくなのがいねえな……」
「そ、そんなお嬢様がいるのですか……? 何というか、爆裂魔法を愛する私も、よく先生から変人扱いを受けていますが、そういう人達と比べたら随分とマシではないですか?」
「お前の場合、もう変なところは爆裂魔法関係だけじゃないだろ。12歳で年上の男を逆レ○プ未遂とか相当アレだぞ」
「そそそそそれはもう言わないでくださいよ!!! お願いですから忘れてください!!!」

 そんな事を言われても、アレはそうそう忘れられるものでもない。
 めぐみんは何とか話題を変えようとしているのか、顔を赤くしたまま、あちこち歩き回って本を眺めながら。

「ど、どれもモンスターの本ばかりですね……爆裂魔法に関する本などがあれば、こっそり持って帰ろうかと思ったのですが」
「目当ては本当に爆裂魔法の本だけかー? エロいお前のことだ、どうせエロ本も探してるんだろ?」
「ま、まだ言いますか! そんなもの探していませんよ、先生ではないのですから!! どうせ先生なんて、そういう本をいくつも部屋に隠し持ってて、ゆんゆんにバレては怒られているのでしょう!」
「もうその程度じゃゆんゆんは怒らねえよ、いかがわしい店に行かれるよりはマシだってさ。それに妹物を多めに置いとけば、むしろ機嫌良くなるし」
「兄が妹物のエロ本持ってて機嫌が良くなる妹ってどうなんですか……」

 何やらめぐみんがドン引きしているが、別におかしいことではないと思う。お兄ちゃん大好きな妹なら普通なはずだ……普通だよな?

 俺は適当に目に付いた本を抜き出しながら。

「まぁ、エロ本探しなら俺に任せとけ。隠し場所として定番なのは、こういうやたらと大きいカバー本の中にあったり…………」
「べ、別にそんなもの探さなくてもいいですから! どうして先生はすぐそうやって…………どうしました?」

 分厚いハードカバー本を手に取ったまま固まっている俺に、めぐみんはきょとんと首を傾げる。
 俺はそれには答えず、カバーの中身をめぐみんに見せた。そこには何冊もの薄い本がつめ込まれていて。

 その全てが、触手やスライムなどのモンスター関係のエロ本だった。

 表紙にはモンスターしかいないが、タイトルが『触手に犯されて……』などといったものなので、エロ本に間違いない。
 俺とめぐみんが、ほぼ同時にごくりと喉を鳴らす。

「……あったぞ」
「な、なに本当に見つけちゃってんですか……早く戻してくださいって……!」
「バカお前、エロ本見つけといて中身を見ないなんて人としてどうなんだよ」
「すみません、意味が分からないです。まず、よく知らない貴族の人の書庫でエロ本探してる時点で人としてどうかと思いますが……」
「なんだよ、お前だって気になってるくせに、このムッツリめ。いいよ、俺が勝手に読んで…………」

 俺はエロ本をパラパラとめくり…………固まった。
 そんな俺を、めぐみんが不思議そうに眺め、やがて恐る恐るといった様子で俺の肩越しに中身を覗き込んで……同じように固まった。

 確かに触手物だしスライム物でもある。
 でも、この本には一番肝心なものがどこにも写っていない。

 女……というか、人間が一人もいない。

 つまり、触手などが襲う相手も人外だった。
 それでも、姿形が美人だったなら、例え人外でも全然いい。ウィズみたいな綺麗なリッチーや、サキュバスみたいな可愛い女悪魔なら問題なく使える。しかし、ここに写っているのはそんな生易しいものではなかった。

 触手に襲われているのは雌オークがほとんどで、いくら俺でもこれは無理だ。使えない。しかも、よく見たら襲われているというか性処理に利用しているようにしか見えない。
 他にもゾンビやらスケルトンやら、もはや女かどうかすら全く分からないものまで、触手やスライムに変なことをされている。

 …………レベルが高すぎる。

 俺は無言でエロ本を元に戻し、引きつった表情で固まっているめぐみんをぼんやりと眺め。

「……お前って、よく見たらすっげー可愛いよな」
「このタイミングでそれを言いますか!? 全然嬉しくないのですが!!」

 せっかく褒めてやったのに、めぐみんは不満そうだ。

 それから俺達はしばらく書庫の中をうろうろとする。
 ざっと見回ったところ、当然というべきかこんな所に義賊が隠れているわけもなく、分かったことは、ここはモンスター関連の本が大半を占めているという事くらいだった。

 とりあえず、俺とめぐみんの間の妙な空気もなくなってきたので、そろそろ見回りに戻ろうかと思っていた頃。
 俺は少し気になる本棚を見つけて立ち止まった。

「……どうしました? またエロ本ですか?」
「ちげーよ。なんかこの本棚だけおかしくないか? 他はきっちり整頓されてんのに、ここだけぐちゃぐちゃだ。棚の上にまで本が積まれてるし」
「言われてみればそうですが…………えっ、まさか、そんなベタな事があるわけが……」

 めぐみんは俺が言おうとしている事が分かったらしく、戸惑った表情を浮かべている。

 そう、これはきっと小説なんかでよく出てくる仕掛け本棚とかいうやつだ。
 学校の図書室でも謎解き物の小説はいくつか置いてあり、俺も暇な時は読んだりしている。めぐみんやゆんゆんも本は嫌いじゃないらしいし、当然知っているだろう。

 俺は本を一つ一つ調べながら。

「さっきのエロ本の隠し方といい、ここの貴族はお約束はきっちり守る奴と見た。きっとここにも何か…………なんだこれ、背表紙に……印?」

 適当に抜き出した本の背表紙には、一見すると落書きのようにも思える、線のような模様のようなものがペンで書かれていた。そして、他の本の背表紙にも同じようなものが確認できる。
 これって多分……。

「めぐみん、出番だ。本の背表紙にある模様を繋げていって、何か意味のありそうな形にしてくれ」
「えー……これだけ数もありますし、とてつもなく面倒くさいのですが…………そうだ、先生が魔法でこの辺りをふっ飛ばせば、隠し扉やら何やらも見つかるのでは?」
「力技過ぎんだろお前それでも紅魔族随一の天才かよ……こんな所でそんな派手なことやらかすわけにはいかねえよ。後で俺が色々と弁償するはめになるだろうが。頼むよめぐみんさん、串焼き一本買ってやるからさ」
「どれだけ安い女だと思われているのですか私は!? ちょっと食べ物をちらつかせれば、ほいほいと言う事を聞くようなちょろい女ではないのですよ!」
「じゃあ霜降り赤ガニでも買ってやるから」
「分かりました任せて下さい! こんな謎解き程度、紅魔族随一の天才にかかれば何でもないですよ!!」

 ちょろい女で助かった。

 めぐみんは先程までとは打って変わって、やる気満々で次々と本を手に取りながら試行錯誤していく。そして、本を棚に収めていくにつれて、段々と全体の模様が見えてきた。ドラゴンっぽいなこれ。

 めぐみんは本棚によじ登って一番上の段に本を収め、俺はぼけーとそれを後ろから眺めながら。

「よくそんな早く解けるな。普段はとてもそうは見えないけど、お前って頭いいんだよな」
「ふっ、能ある鷹は爪を隠すというやつですよ。この私の優秀な頭脳は、そうやすやすと使うべきものではないのです……」
「そんなパンツ丸出しでドヤ顔されても」
「っ!? み、見えてるならそう言ってくださいよ!! 何かじっと見られているなとは思っていましたが、そういう事ですか!!!」

 めぐみんは顔を赤くして本棚から飛び降り、スカートを押されてこちらを睨む。

「なに怒ってんだよ、お前だって俺のパンツ見たんだからこれでお相子だろ」
「せ、先生のパンツなんて、別に見たくて見たわけじゃないですよ! あれは、その、流れというか何というか……」
「お前のパンツだって見たくて見たわけじゃねえよ。ちょうど視界にあったからガン見しただけだ。というか、パンツの一つや二つで騒ぎすぎだろ。ゆんゆんなんて、何度俺に風呂を覗かれて裸を見られた事か」
「妹と妹の友達では全然違うでしょう! あと、いくらゆんゆん相手でも、お風呂を覗くのは流石にそろそろやめた方がいいと思いますが……」
「もうやってないよ。実は段々アイツの反応がおかしくなってな。恥ずかしそうに体を隠しながらも、『そ、そんなに見たいの……?』ってちらちら俺を見てくるようになってから、これ以上は何かヤバそうだと思ってやめたよ」
「本当にヤバイですねそれ……どうするのですか、先生が変態過ぎるせいで、とんでもない妹になっちゃってるじゃないですか」

 やっぱりゆんゆんがちょっとおかしいのは俺のせいなんだろうか……まぁでも、アイツだってその内兄離れするだろうし大丈夫だろう。少し寂しいけどそういうもんだ。

 それから少しして、めぐみんは見事本棚のパズルを解き終え、最後の一冊を棚に差し込む。
 すると、ゴゴゴッという鈍い震動と共に本棚が床に引っ込んでいき。

 目の前に、隠し扉が現れた。

「……ふ、不覚にも少し感動してしまいました」
「お、おう、俺もだ……とんでもない変態だけど、中々分かってるじゃねえか、ここの貴族」

 俺達はワクワクしながら隠し扉へと手を伸ばす……が。
 僅かに残っている理性が働き、俺はめぐみんに。

「なぁ……ここは二人で行くんじゃなくて、騎士の人達呼んで皆で行くべきなんじゃね? 万が一なんかヤバイもんとかあったら……ほら、侵入者撃退用のトラップとかあるかもしれないじゃん……」
「『罠発見』スキルを持っている先生なら平気でしょう? それに、そんな大勢でぞろぞろと隠し部屋を探索なんて、ロマンがないですよ」
「ロマンってお前な…………いや、分からなくもないけどさ。しょうがねえな、まぁ、大勢で行って皆いっぺんに罠にかけられるってのも笑えないし、ある程度先行して罠解除しておくか」

 嫌な予感がするが、確かにめぐみんの言う通り、俺がいればトラップの類は何とかなるだろうし、二人でも大丈夫かもしれない。

 ゆっくりと隠し扉を開くと、その先には何もない狭い空間があった。
 てっきり怪しい物が大量に置いてあると思っていたので、何とも肩透かしな感じだったが……。

「……床に扉があるな」
「こ、これって、もしかしなくても地下への扉ですよね?」

 めぐみんが好奇心旺盛なきらきらとした瞳を向けてくる。
 うん、正直俺もかなり昂ぶってきた。ここで地下か、これは行ってみるしかねえな!

 俺達は互いに頷き合い、床の扉を押し上げると、地下へ降りる階段が現れた。

 二人並んで歩ける程の幅はないので、俺が先に行ってめぐみんが後に続く形で降りていく。
 地下なんて本来なら真っ暗のはずだが、等間隔で光を灯す魔道具が設置されているので、十分に明るい。

 そのまま階段を少し降りた時、俺は立ち止まって、後ろのめぐみんを手で制止する。

「敵感知に何か引っかかった。もっと下の方……おい、かなりの数だぞ……」
「モンスターですよね……もしかして、地下でこっそり違法な種を飼っているとか……」

 ここの貴族はモンスターに並々ならぬ興味を抱いているようだし、それは大いにありうる。
 しかし、飼っているのなら、檻か何かに入れられていると考えるのが妥当だろう。それなら襲われる心配はない……はずだ。

 念のため潜伏スキルで気配を消して、ゆっくりと階段を降りていく。
 しばらくすると、巨大な空間に出た。

 目の前の光景に、俺とめぐみんが息を呑む。

 地下の壁に穴を空けて、入り口に鉄格子を付けて檻にしているようだ。
 壁には数えきれない程の檻が作られていて、奥では様々な種類のモンスターが唸り声をあげている。俺も三年冒険者をやっているが、見たこともないモンスターもちらほらいる。

 何よりも目を引くのは一番奥の檻だ。
 その檻は他よりも明らかに大きく、小さな民家くらいはあるだろう。そして、中にはそれに見合うほどの巨大モンスターがいるわけで。

「…………ドラゴン、だよな……これ」
「え、えぇ、おそらく……強大な魔力も感じますし……」

 鋭くこちらを睨みつける金色の瞳。口から見え隠れしている、どんなものでも噛み砕いてしまいそうな大きな牙。手の先には、全てを切り裂いてしまいそうな鋭い爪。

 しかし、特に目を引くのは、その体を覆う漆黒の体毛だ。
 ドラゴンというのは大抵は毛ではなく鱗で体を守っているものだが、目の前のコイツは柔らかそうな毛が生えそろっていて、巨大な鳥類にも見える。

 めぐみんは、近くの机の上にあった資料を手に取って。

「シャギードラゴン……とても珍しい種で濃い体毛を持つ。幼竜時は特に鳥類と見分けがつき難い。ドラゴン種の中でも素早く、この個体に関しては光り物を集める習性がある……とのことです」
「カラスかよ! こんなデカイのを地下に押し込むなんて無理だろうし、卵を買い取ってここで育てたんだろうな……」

 見れば、檻の中には綺羅びやかな剣やら鎧やらが一箇所に集められているのが分かる。見た感じかなり上等なものっぽいのに、もったいねえ……。

 俺達はしばらく、そのドラゴンの存在感に圧倒されていたが。

「……な、なんだ、あの変態ヤロウじゃねえのか……驚かせんナヨ……!」

 不意にそんな声が聞こえてきたので、俺達は急いでそちらを振り向く。
 数ある檻の中の一つ。そこでは、何体かのマンティコアがこちらを警戒して睨んでいた。人の顔に獅子の身体、サソリの尾にコウモリの羽を持った上位モンスターだ。

 俺達はその檻へと近付き、鉄格子の近くにいる個体をしげしげと眺めて。

「マンティコアって初めて見ましたけど、思ってたのと大分違いますね。上位モンスターらしく、もっと堂々としているイメージだったのですが」
「いや、俺だってここまで人間に怯えるマンティコアなんて見たことないぞ。なんでそんなにビビってんだよ」
「ビビるに決まってんダロ! あのヤロウ、やめろっつってんのに、お、俺のケツに……あんな、ぶっといモン……!!」
「…………あ、あぁ、それは……なんというか、気の毒に……つか、一応マンティコアなんだし、抵抗とか出来なかったのかよ?」
「この檻には体の自由を奪う装置がついてんダヨ! くそっ、俺はネコじゃなくてタチだって言っても聞きやしネェ!」
「そっちの趣味はあんのかよ」

 変態に捕まるモンスターというのもまた、変態であることが多いのだろうか。
 しかし、モンスターとは言え、これは流石にあんまりな仕打ちだと思うし、少し同情もしてしまう。

 マンティコアは、そんな俺の様子に気付いたのか、

「なぁ、ニイチャンよ、お前だって俺達が可哀想だと思うダロ? 頼むよ、逃がしてくれネーカ?」
「いや、それは……確かにちょっと可哀想だとは思うけど、モンスターを逃がすわけには……」
「そこをナントカ頼むって! おっ、よく見たらニイチャン、男前ダナ! 俺のタイプだぜ!!」
「よし、それ聞いて決心がついたわ。じゃあな」
「ええっ!? オ、オイ、待てって!!!」

 あいにく俺にそんな趣味はないので、自分の貞操を守るべくこの変態は放置することに。

 さて、と。ざっと見回した限り罠らしい罠もないみたいだし、もう少し調べたら騎士団に報告しに行くか…………と思っていたら。

「……めぐみん、俺の後ろに隠れろ。何か来る」
「えっ……モ、モンスターですか? まさか檻から逃げ出したものが……」
「どうかな……敵感知にはモンスターだけじゃなく人間も反応する。でも、その場合はこっちに敵意を持ってるって事だから、どっちにしろ警戒した方がいい。だから、どさくさに紛れてケツ触ったりすんなよ」
「しませんよ! ここってもう少し緊張感を出すべき局面でしょう!? 何故先生はこんな時でもそうなのですか!! あと私のこと何だと思っているのですか!!」
「いや、だってお前、さっき俺を上半身裸にして乳首ねぶってたじゃねえか」
「そそそそそそこまでしてませんから!!! ちょっと腹筋を撫でただけですから!!!」

 めぐみんが顔を真っ赤にして大声で喚いていると。


「い、一応敵が来てるんだから、もうちょっと警戒してくれないかな……」


 そんな困った様子で、そいつは現れた。

 口元を黒い布で隠した銀髪の盗賊。間違いない、王都で噂の義賊というやつだ。
 年は俺と同じくらいだろうか? 思っていたよりもずっと若い。そして、噂通りのイケメンだ。中性的なその顔立ちは、さぞかし女の子に人気が出ることだろう。

 義賊は苦笑いを浮かべたまま頬をかいて俺達を眺め。

「えーと、話の流れ的に二人は恋人同士なのかな? そういう話は、もっと落ち着いた場所でするべきだと思うんだけど……」
「恋人じゃねえよ。俺は学校の教師で、こいつは生徒。それだけだ」
「えっ……で、でも、さっき上半身裸にして……とか、凄いこと聞こえたんだけど、それは……?」
「それは本当だよ。こいつ、かなりの痴女だからな」
「ち、痴女扱いはやめてくださいって! あ、あのくらいは教師と生徒の軽いスキンシップのようなものでしょう! 先生だって、普段は私に色々やってるくせに!!」
「うーん……まぁ、言われてみればそうかな……」
「ま、待って待って! それ、明らかに教師と生徒の関係を飛び越えてると思うんだけど!! というか、その子にも色々やってるって……!!」
「私のパンツを見たりお尻を触ったり胸を見たり同じ布団で寝させて抱きしめたり、ですね。このくらい、先生は顔色一つ変えずにやりますよ」
「……ね、ねぇ、やっぱり恋人同士なんでしょ? 教師と生徒ってだけじゃないんでしょ?」
「なに動揺しまくってんだよ、意外とそういう事に耐性ないのか? このくらい、ちょっと仲の良い間柄なら普通だぞ?」
「普通なの!? 今時の子って、恋人同士じゃなくてもそういう事するの!?」

 驚愕の表情で固まってしまう義賊。
 これ程イケメンなら女の子と色々遊んでそうだと思ったのだが、そんなこともないらしい。

 義賊はそのまましばらく動揺していたが、やがて気を取り直すように咳払いをして。

「……あー、うん、キミ達の関係についてはもういいや。でも、教師と生徒がこんな所で何してるのさ。てっきり騎士団の一員だと思ってたんだけどね」
「俺は違うけど、こっちは騎士団の一員ってことで合ってるよ。仮入団だけどな」
「か、仮入団? ……あぁ、卒業が近いから就活でもしてるのかな? ふふ、それなら、さぞかしこの義賊を捕まえてポイント稼ぎたいんだろうね?」
「えぇ、その通りです。正直、恵まれない人達の為に悪徳貴族の家に盗みに入る義賊とか、かなり格好良いと思っているのですが、こればかりは仕方ありません」
「えっ……か、格好良い……? その、ありがと……」

 義賊はそわそわと視線を泳がせ、頬をかく。
 しかし、すぐに照れている場合ではないと理解したのか、頭を軽く振って俺達に鋭い視線を送って。

「それにしても、こんなに簡単に気付かれるとは思わなかったよ。潜伏スキルは使ってたんだけど……敵感知を使えるってことは、そこのキミは同業さんかな?」
「一緒にすんなよ。確かに盗賊スキルは色々覚えてるけど、俺は人の金を盗んだりはしないぞ。合法的に金を巻き上げたりはするけどさ。あと俺が窃盗スキルで一番盗るものは、金じゃなくて女のパンツだ」
「うん、ごめん、全然一緒じゃなかったよ…………はぁ、キミ達と話していると何だか凄く疲れるよ……気付かれずに無力化できれば良かったんだけど……」
「はっ、残念だったな。潜伏スキルでこっそり近付き、拘束スキルか何かで俺達を無力化、その後ここの檻にでも放り込んでモンスターに食わせちまおうとでも思ってたんだろうが、そこまで俺は甘くないぞ」
「そ、そこまで考えてないから! 身動き取れないようにするだけだよ!! どうしてそんな惨いこと思い付くの!?」
「ふふ、あなたは何も知らないようですね…………この男の名はカズマ! この国随一の変態にして鬼畜のカズマです!! この男のドス黒い思考回路を舐めないでもらいたいですね!!」

 めぐみんの失礼極まりない紹介に、首根っこを掴んでドレインをかましてやろうかと思っていると。
 義賊は、顔を真っ青にして後ずさった。

「き、聞いたことある……そうだ、片目だけ紅い紅魔族…………隙あらばセクハラ、法スレスレの悪徳商売…………女の、ううん、人類の敵……!!」
「おいちょっと待て、そこまで言われてんのか俺!? もはや魔王と似たような扱いじゃねえかふざけんなよ!!」
「ひぃぃ!! こ、こっち来ないでぇ!!! セクハラとかするんでしょ!?」
「はぁ!? いやその反応はいくら何でもおかしいだろ! だってお前」
「……先生って男もいけたのですか…………ごめんなさい、あなたのことを少し見くびっていたようです」
「お前も何言ってんの!? 俺はノーマルだっつの!!!」

 変態だ何だと言われる俺だが、流石にそこまで何でもアリなわけではない。なんか、俺だったら他にどんな性癖があってもおかしくないと思われている節がある……ホントやめてほしい……。

 すると、義賊は少し困惑した様子で。

「……男もいける? ノーマル? ご、ごめん、何を言ってるのか分からないんだけど……」
「いやだから、いくら中性的な顔立ちだからって、男のお前にセクハラするほど見境なしじゃねえっての!」
「お…………男!? あ、あたしの事、男って言った今!?」
「え、うん、言ったけど…………ん? あたし?」

 俺が首を傾げると、義賊はショックを受けた様子で。

「あたし、女だから!!! え、なに、もしかして他の人達からも男だと思われてんのあたし!?」
「何を今更……街でも、銀髪のイケメン義賊ってことで知られてるぞ」
「イケメンって言われてるのは知らなかったよ! う、うそ……あたしって、そんなに男に見える……?」
「見える……っていうか、男だろ。胸とか、めぐみんと同じでぺったんこじゃねえか。こいつも髪短いし服装を変えたら男にも見えるだろうけど、まだ12歳だからな。お前は俺と同じくらいの年なのにそれとか、もう男としか考えられないだろ」
「ちょっと待ってください、私も男に見えるとか言いましたか!? さっきは私と一線を越えようとしたくせに、よくそんなこと言えますね!!」
「おいコラ、そういうこと人前で言うな!!! あと、しようとしてたのは俺じゃなくてお前だろうがこの痴女!!!」
「え、えっと、ごめん、目の前でそういう生々しいこと話されても困るんだけど…………というか、あたしは本当に女なんだってば!! ぺったんことか、失礼過ぎるでしょ!! ほ、ほら、ちゃんと胸あるから!!!」

 義賊はそう言って、顔を赤くしながら、腕を使って服の上から胸を寄せて見せつけている。
 何を無駄な努力を……まぁ、例え男でも太っていたりすれば胸のように見えなくもないだろうが、この義賊は細身だしそんな事をしても……。

 …………あれ?
 な、なんだろう、なんか……小さいながらも膨らみが見えるような……。

「…………マ、マジで女なの?」
「だ、だからさっきから言ってるじゃん……こ、これで分かったでしょ?」
「いや待て、まだ分からん。もう少しそのままで」
「えっ……そ、それは……その、恥ずかしいんだけど……」
「恥ずかしがってる場合か! ここでちゃんと証明しないとお前、いつまでも男扱いのままだぞ! ほら、もっと寄せて!!」
「こ、この男……! 私のことはいつも貧乳だ何だとバカにするくせに、どうしてこの人の胸にはそこまで食いついているのですか!!」
「うるせえ! 12歳のクソガキの貧乳と、同い年くらいの子の貧乳じゃ全然違うんだよ!! ほら、もっと見せて! つか、もういっそ脱いで」
「『バインド』ッッ!!!」
「ぬああああああああっ!!!!!」

 義賊は突然拘束スキルを使い、俺の体にロープが巻きつき身動きを封じられる。
 俺はそのままバランスを崩し、地面に倒れてもぞもぞとする事しかできなくなった。

「くそっ、油断した!! 体で誘惑して俺の隙を突くとか卑怯だぞ!!!」
「「…………」」

 床でもぞもぞしている俺を、二人の少女が無言で見下ろしている。

 めぐみんは、頼りにしていた先生が無力化されてしまい、心配そうな表情でこちらを…………おっと、これはゴミを見る目ですね。
 スキルをかけた義賊の方も、似たような目を俺に向けて。

「この人は本当にモンスターの餌にしちゃった方がいい気がしてきたよ」
「はい、私もそう思います。一番奥のドラゴンの檻に入れましょうか」
「いっ!? わ、悪かったって、俺も調子乗りすぎた! そ、そもそも、何でこんな所に義賊が来てんだよ、金庫はここじゃねえぞ!」
「あたしの一番の目的はお金じゃないんだよ。……そうだね、キミ達には話してもいいかな。他の人には内緒だよ?」

 義賊はそう言って、改まったように。

「キミ達は神器って知ってる?」
「えぇ、神々が作り出したとされる、通常では考えられない程の強大な力をもった魔道具の事でしょう? 変わった名前をした勇者候補がよく持っているという。最近、里に来た勇者候補の人も魔剣グラムという神器を持っていました」
「あー、そういやいたなそんな奴も。なんだよ、じゃあ神器が欲しくて貴族の家を探してるってわけか?」
「うん、まぁ、欲しいと言っても、あたしが使おうとか思ってるわけじゃないんだけどね。とりあえず、今、私が探しているのはモンスターを召喚して使役する事ができる神器でね。何でも、どこかの貴族に買われたらしいんだよ。それで、こうやってそれっぽい所を虱潰しに探してるのさ」
「……なるほど。だからモンスターに関心のありそうな貴族が狙われていたのですか。確かに、これだけのモンスターを集めるのは相当苦労するでしょうし、そういった神器を持っていると言われれば納得できます」
「モンスターを召喚して使役する神器ねぇ…………なぁ、それってサキュバスとかも呼べるの?」
「サキュバスを呼んで何するつもりなのさ君は……あ、ううん、言わなくていいけど。とにかく、そんな神器が悪い人に渡ったら危ないから、探し出して封印しようと思ってるんだ」
「本当かー? 神器を集めて世界征服とか考えてるんじゃ……」
「そ、そんな事考えてないよキミじゃないんだから!!」
「お、俺だってそんな事考えねえよ! 本当に俺の事何だと思ってんだよ!!」

 ……まぁ、わざわざ悪徳貴族だけを狙って、しかも盗んだ金は孤児院に寄付とかしているのだから、この義賊は本当に世の中の為を思って神器を手に入れようとしているのだろう。
 人知れず悪をこらしめて恵まれない人々の為に尽くす。盗みは盗みだが、その精神はまるで女神様のようだ。あの天然勇者様といい、こういう人っているもんなんだなぁ。

 めぐみんは義賊の言葉を聞いて、そわそわとして。

「……ど、どうしましょう。話を聞けば聞くほど、本当に格好良いです。もう軽くファンになってしまいました……あの、良かったらサイン貰えませんか……?」
「待て待て! お前、その義賊捕まえないと騎士団入れないんだぞ!?」
「うっ……そ、それは分かっているのですが! でもこの人を捕まえるのはちょっと……というか、先生の方がよっぽど捕まるべきなんじゃないかと……」
「な、何だと!? いいか、どんなに良い事だろうが盗みは盗み、犯罪は犯罪なんだよ! そんで、どんなに悪い事でも犯罪じゃなければ問題はない! ったく、しょうがねえな、じゃあ俺が捕まえてやるよ!! 『ブレイクスペル』! からの『バインド』ッッ!!!」
「えっ……きゃああああっ!!!」

 突然拘束から抜け出し、逆に拘束スキルを使う俺。
 その行動はあまりにも予想外だったらしく、義賊は反応できずに、自分が使っていたロープで縛られて床に転がされてしまった。

 俺はニヤニヤと義賊を見下ろして。

「油断したな。俺は盗賊じゃねえよ冒険者だ。その気になればいつでも抜け出せたんだよ。よし、やったぞめぐみん! あとはこいつを騎士団に差し出せば、晴れて入団内定だ!」
「な、なんか、どっちが悪人なのか分からなくなってくるのですが……」
「なに甘いこと言ってんだ! じゃあお前は爆裂魔法を諦めることになってもいいのかよ!」
「そ、それは嫌ですけど……では、騎士団の人達に事情を説明しましょうよ! 話を聞けばきっと……」
「それはダメ。神器っていうのはね、使い方によっては世の中を一変させられるくらいに強力なものなんだよ。どこかに神器が流れていると知れば、それを手に入れようとする人はいくらでもいるだろうし、悪用する人も多いと思う……あまりそうは思いたくないんだけどね……」

 義賊は目を伏せて、悲しそうに言う。
 まぁ、その辺りは俺も同意見だ。人間ってのは大抵が自分の欲望を優先させる生き物だし、この義賊みたいに神器を手に入れても使わずに封印するなんて奴がどれだけいることか。

 確かにこいつの言う通り、この情報はあまり他に流さない方が良さそうだ。

「……とりあえず、こいつを騎士団に引き渡す前に、そのモンスターを召喚する神器ってのが屋敷にないか探しとくか。俺達なら手に入れても別に悪用したりは…………うん……しないと思うし」
「本当だよね!? なんかとんでもなく不安な言い方だけど、大丈夫だよね!? キミは何だかんだ根は真っ直ぐな子だと思ったから話したけど、少し不安になってきたよ!」

 俺達がそんな事を言い合う一方で、めぐみんはまだ納得できていない様子で。

「あの、や、やっぱり、この人は騎士団に渡してしまうのですか? 他に方法は……」
「……ありがとね。えっと、めぐみん、でいいのかな? でも、これはそこのカズマっていう人の方が正しいよ。あたしは義賊とは言われてるけど、盗みを働く犯罪者には変わりないしさ。捕まっても文句は言えないよ」
「そうだぞ、めぐみん。犯罪者相手でも犯罪は犯罪だ。見逃せることじゃない」
「先生、以前クラスで『犯罪者相手なら何してもいいんだ』とか言ってませんでした?」
「言ってないよ」
「言ってましたって! ちゃんとこっちを見てください!!」
「ふ、ふん、それなら録音でもしておくんだったな! その主張も証拠がなければ無意味だ! お前が言ったことだぞ!!」
「ぐっ……で、でも……先生、本当にどうにかならないのですか……?」

 めぐみんは、まるで捨てられた子犬を拾ってきた子供のような目でこちらを見ている。
 や、やめろよ、そんな目で見られても俺は…………。

 そのまま俺はしばらくめぐみんの視線から逃れるように目を逸らしていたが、こいつは一向に諦める気がない。挙句の果てに、きゅっと俺の服の裾を握ったりしてきた……お前そんなキャラじゃねえだろ……。

 俺は深々と溜息をついて。

「……まぁ、なんだ。そこの義賊が騎士団に連行されてる途中で、何者かの邪魔が入ってせっかく捕まえた義賊を取り逃がしちまったら、それは俺達の責任ではないよな。義賊を引き渡した時点で、そいつの管理責任は移ってるわけだし」

 何となく気恥ずかしくて、早口になってしまう。
 二人は少しの間ぽかんとしていたが、義賊の方が目を丸くしたまま、ゆっくりと確かめるように。

「……も、もしかして、後で逃がしてくれるって言ってる?」
「い、言ってねえし! 誰か迷惑な奴がお前を逃がしても、俺達の責任じゃねえって言ってるだけだし!」
「でも、その、大丈夫なの? キミってそんなに強そうに見えないけど……」
「人を見かけで判断すんなっての。これでもいろんなスキルと魔道具持ってんだ。やりようはいくらでもある…………いや、俺はそんな事しないけど!」

 俺の言葉に、義賊はまだ驚いたまま、今度はめぐみんの方を見る。
 めぐみんは、俺の顔をじっと見つめた後、それはそれは楽しそうにくすくすと笑って。

「大丈夫です、先生は何だかんだ頼りになりますから。安心してください」
「そ、そっか……うん、分かった……その……あ、ありがとね? あと、ごめん、さっき色々と酷いこと言っちゃって……」
「な、何で礼を言われなきゃいけないんだよ、俺は何もしないっての……」
「ふふ、先生もゆんゆんの事言えないくらい素直じゃないですよね。でも、先生のそういう所が、私は好きです」
「っ……お、お前、人前でもそういう事言うのかよ……やめろよ……」
「わ、わぁ……普通に好きって言った……や、やっぱりそういう関係なんだぁ……」
「ち、違うって! どうせ今のはそういう意味じゃ……おいコラめぐみん! お前なに意味深に微笑んでんだよ、ちゃんと誤解を解け!!!」

 相変わらずめぐみんはほんのりと頬染めて笑顔を向けているわ、義賊は俺達を交互に見て気まずそうにしているわで、何とも妙な空気が漂っている。
 俺はそんな空気を誤魔化すように、床に転がした義賊のロープを持って引きずりながら、例の神器がないか部屋を探し始める。

「いたたたた! ちょ、ちょっと、何で引きずるのさ! 照れ隠しってやつ!?」
「て、照れ隠しじゃないから! そもそも照れてないから!! 俺達はどれが神器なのか分からないから、お前に確認してもらわないといけないだろ」
「え、でもキミ、盗賊スキル持ってるんでしょ? 『宝感知』は覚えてないの? それで分かると思うけど」
「あっ……そ、そうだな……ちょっとうっかりしてた……」
「……やっぱり照れてるじゃん」
「照れてねえ!!」

 俺の反応を見て、義賊はどこかワクワクと興味深そうにしている。こういう話は大好物なお年頃なんだろうけど、すっげームカつく!

 すると、めぐみんまでどこか照れた様子で、顔を赤くしてもじもじとしつつ。

「あ、あの、自分で言っておいて何ですが、そこまで照れられると私も少々気恥ずかしいです……えっと、さっきのは、そこまで深く考えなくていいですよ……?」
「ホントお前が言っといて何だよ! あーもういい! もし真面目に告られたらどうしようとか考えてた俺がバカだった!! ほら、もうさっさと告っちまえよ!! バッサリ振ってやるから!! それで終わりだ終わり!!!」
「そ、それを聞いて告白なんてするはずないでしょう! そもそも、私が先生に言う“好き”という言葉がどういう意味なのかはまだ教えていませんし! 別に異性としてではなく、人としてという事も考えられるでしょう思い上がらないでください!!」
「なに今更そんな事言ってんだ! さっきはお前から俺と一線を越えようとしたくせに!! じゃあお前は、好きでもない男とそういう事しようとするビッチって事になるけどいいんだな!?」
「ち、ちがっ……あの、そ、それは……先生が途中でヘタレて拒否すると確信していたから迫っただけです! 本気で最後までするつもりはなかったですよ!!」
「はぁ!? 何言ってやがる、だってお前、俺のパンツまで脱が」
「わあああああああああああああああああ!!!!! ま、待ってください!! それ以上は言わないでください!!!」
「う、うん、あたしもそこまでは聞きたくないよ! そういう話は二人きりの時にした方がいいと思う!!」

 めぐみんも義賊も顔を真っ赤にして俺の言葉を止める。
 ちっ、まぁいいか。これに懲りて、少しはめぐみんの奴も、妙な真似をして俺をからかう事も減るだろう。

 とりあえず俺は、義賊に言われた通りに宝感知のスキルを使って、この部屋に神器がないか探してみる。これだけ大掛かりな隠し部屋だ、そんな物があるとしたら金庫よりもここの可能性が高い。
 早速強い反応を感知してそちらへ向かってみると、なんとドラゴンの檻の中だった。

「…………おい、光り物好きのドラゴンに与えてる剣やら鎧にしか反応しないんだが。これが神器とか言わないよな?」
「違うよモンスター召喚の神器は丸い石だよ。はぁー……ここも空振りかぁー」

 分かりやすく肩を落とす義賊。
 まぁ、神器ってのは神々の力が宿るとまで言われている最上級の魔道具だ。そう簡単に見つかるものでもないだろう。

 そう結論付けて、そろそろここから出て騎士団の方に報告と、こいつの身柄を引き渡そうかと思っていたら。

「せ、先生、先生! なんだか物凄く怪しいボタンを見つけたのですが!!」

 違う所を調べていためぐみんが、興奮気味にそんな事を言ってきた。
 俺が義賊を引きずってそちらへ向かうと。

 何やら真っ赤な丸いボタンがあった。
 めぐみんはそれを指差して、こちらをワクワクと見ている。
 俺はボタンを眺めて数秒考えて。

「押すか」
「ですよね! 押しましょう!!」
「押すの!? 明らかに押しちゃいけないやつだと思うんだけど、押しちゃうの!?」

 俺とめぐみんの言葉に、顔を引きつらせて焦りだす義賊。
 急にどうしたんだろうか。

「えっ、何言ってんのお前。押しちゃダメっぽいボタン程、押したくなるもんだろ」
「そうですよ。これはフリのようなものでしょう。『押すなよ!? 絶対押すなよ!?』みたいな。それで本当に押さないなんてありえませんよ」
「その言い分は分からなくもないけど、この状況で躊躇なく選択できるその神経が分からない! 紅魔族って皆そんななの!?」
「まぁ聞けって。何も怪しいボタンが危険しかないってわけでもないだろ。俺が思うに、これは人の心理を逆手に取った仕掛けだ。普通の人だったら、こんなあからさまに怪しいボタンなんて押さない。だからこそ、何かを隠すにはピッタリだと思わねえか? もしかしたら、更なる隠し扉を開けるものかもしれないし、神器が見つからないようにスキル対策をされていた場合、それを解除するものかもしれない」
「そ、それもなくはないと思うけど……でも、やっぱり普通に何か危ないボタンだと思う! 罠発見のスキルには何か反応してないの!?」
「いや、特にしてないけど……」

 ノリノリな俺達とは対照的に、義賊はまだ不安そうだ。
 その様子を見て、だんだんと俺達も冷静になっていく。……うん、確かに押したら何かヤバそうだよな。罠ではないみたいだけど……。

 すると、檻の中から先程のマンティコアが。

「ここで会ったのも何かの縁だ。一応忠告しといてヤルガ、そこの銀髪の言う通りソレは押さない方がイイ」
「「…………」」

 マンティコアのその言葉に、俺とめぐみんが顔を見合わせる。
 なんでモンスターがわざわざそんな忠告をしてくれるのだろう。しかも、マンティコアなんてのは間違っても人間に味方するような温厚なモンスターではない。脅されてるとかならともかく…………あ。

 …………なるほど、そういう事か。
 俺はめぐみんに一度だけ頷くと、めぐみんもまた頷き返す。そして。


 何の躊躇いもなく、めぐみんがボタンを押した。


 それに対して、義賊は目を見開いて。

「なななななななんで押しちゃったの!?」
「よく考えてください。モンスターが押すなと言っているのですよ。忠告などというのはウソっぱちです。このボタンは、彼らにとっては押されたら困るものなのです」
「あぁ、それにここのモンスターは貴族に色々と開発や調教をされてるみたいだし、貴族の味方をしてもおかしくはない。もし何かあったらキツイお仕置きをするとか貴族から脅されてたりな。まぁ、見てろって。きっと……」

 そこまで言った時だった。


 ビービー! と何かの警告音が部屋に鳴り響いた。


 続いて、ゴゴゴッと何か重々しいものが動きだすような音が聞こえてくる。
 ……嫌な予感しかしない。おい、まさか…………。

 俺達は恐る恐る、音のする方に目を向ける。
 見れば、檻に付けられた鉄格子が全て開いている所で。
 俺達はその様子を呆然と眺めていることしかできなくて。

 罠発見が発動しなかった事から、多分このボタンを作った者は別に誰かをハメようとしたわけではなく、純粋に施設の仕掛けを作動する為の物に過ぎないのだろう。

 義賊の泣きそうな声が聞こえてくる。

「だ、だから言ったじゃん……押しちゃダメだって……言ったじゃん……!!!」
「あわ……あわわわわわわわわわ……!!!!!」
「……よ、よし、大丈夫だ落ち着け二人共。檻を開けるボタンがあるなら、閉めるボタンだってあるはずだ。それをすぐに押せば……」

 だらだらと冷や汗をかきながら、そこまで言った時だった。
 檻が開けられた事で、中のモンスター達が皆ゆっくりと起き上がり始め…………一斉にこちらを向いた。俺達三人の体が同時にビクッと震える。

 マンティコア達も檻から出てきて、先程まで俺達と話していた個体はニヤリと笑って。

「ケケッ、アリガトヨ! オマエらなら、押すなって言えば押してくれると思ったゼ!! お礼にそこのニイチャンには、ケツにイイもんくれてやろうか!?」

 こ、こいつ……ハメやがったのか……!!

 ……いや待て、考えてみれば俺達は変態貴族に捕らえられていたモンスターを解放してあげたわけで、感謝こそされど恨まれる謂れはないんじゃないか。

 そう思って、俺はぎこちないながらも、モンスター達に対して精一杯の笑みを浮かべて、こちらに敵意がないことを伝えようとする。
 すると、モンスター達は…………。


「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」
「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」


 凶暴な唸り声をあげて真っ直ぐこちらに襲いかかってきた!!!


***


 大騒ぎだ。
 檻から脱走したモンスター達は、必死に逃げる俺達を追って屋敷の中にまで出てきて、大慌てで騎士団が対応しているが、数が数なのでそう簡単にはいかない。

 しかも。

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ぐおおおおっ!!! 総員、何としてもこいつを抑えろ!!! 決して外に出してはいかん!!!!!」

 シャギードラゴンが大暴れしており、王国が誇る騎士団も攻めあぐねている。
 屋敷の中は床や天井が崩れたりと、それはそれは悲惨な状況であり、このまま戦っていればすぐに屋敷自体が崩壊してしまうだろう。

 俺は近くに迫ってきていたゴブリンを拘束スキルで押さえ、ドレインタッチで無力化させながら。

「くっそ、めぐみんがあんなボタン押したせいで大惨事じゃねえか、どうすんだよこれ!」
「なっ、先生だってノリノリだったじゃないですか! それに私はまだ子供ですし、この場合は先生の監督責任という事になると思います!!」
「お前いつも散々子供扱いすんなとか言っといて、こういう時だけそんな事言うかコノヤロウ! つーか、お前って紅魔族随一の天才なんだろ!? それなのにあんな怪しいボタン押すとか何なのバカなんじゃねえの!?」
「どの口が! どの口がそんな事言うのですか!! 先生もそれらしい理屈をドヤ顔で披露して押す気満々だったくせに!!」

 そうやって醜い争いをする俺達。

 この騒ぎは、ここの貴族が屋敷のどこかで密かに飼っていたモンスターが勝手に脱走したものだと思われている。もしくは、モンスターから逃げている義賊も目撃されていた事から、その義賊が誤って逃がしてしまったのではないか、とも。どさくさに紛れて、既に義賊は外へ逃げてしまったようだが。

 クレアとレインは既にアイリスを連れてテレポートで脱出している。
 出来れば俺もめぐみんを連れてさっさと逃げたいところなのだが、流石の俺も、この騒動の元凶という立場上それは躊躇われた。

 すると、とある騎士の上ずった声が聞こえてくる。

「ほ、報告します! モンスター数種が屋敷を飛び出し街に繰り出している模様! 既に冒険者や街に残しておいた騎士達が対処しているようですが、数が多く応援が必要とのことです!」
「くっ、しかし、このドラゴンを放っておくわけにも……!」
「あ、お、俺行きます俺! 街の人達には手は出させませんよ!」
「ええっ!? あ、あの、カズマ様は出来ればここで我々と共にドラゴンの相手をお願いしたいのですが……」
「大丈夫、騎士団の強さは俺がよく知っています! そんな鳥だかトカゲだか分からないモンスターくらい何とかなりますって!」
「うわぁ……先生って一応は高レベル冒険者なのに丸投げですか……」
「う、うるせえな元はと言えばお前のせいだろうが! 大体、ちゅんちゅん丸も里に置いてきちまったし、ドラゴン相手とか普通に無理!」

 俺の言葉に、騎士団長は少しの間悩ましげに考え込んで。

「……わ、分かりました。ではカズマ様は外の方をお願いします。そして、外が片付いたらこちらの応援を……」
「はい、行けたら行きます! それじゃ!」
「ほ、本当に来てくださるんですよね!? お願いしますよ!?」

 そんな不安そうな騎士団長の言葉を背に受けて、俺とめぐみんは屋敷を飛び出して中心街の方へと向かった。

 人の多い王都とはいえ、深夜にもなると流石に外に出ている者は少ない。
 王都は度々魔王軍の襲撃がある為に、どの家にも避難用の頑丈な部屋が一つは備え付けられてあり、おそらくこの騒ぎで目覚めた人達はそこへ隠れているだろう。

 しかし、いくら魔王軍の襲撃には慣れているとはいえ、深夜に突然モンスターが街に出現するなんて事はそうそうあるものではない。
 中にはパニックになって、寝間着のまま外に飛び出してしまっている人達もいて、そんな彼らを守るために騎士団や冒険者が奮闘している。

 俺達はその光景を呆然と眺めて。

「お前のせいだぞ」「先生のせいですね」

 同時にそう言い合い、再びいがみ合う……いや、そんな事をしてる場合じゃない。
 ちゅんちゅん丸がないのは何とも不安だが、魔道具はそれなりに用意してある。あまり強すぎるモンスター相手は厳しいが、ざっと見た感じでは十分やれそうなレベルしかいないようだ。

 俺は魔法の詠唱を始め、手始めに一番近くにいたイノシシ型のモンスターに狙いをつけた……その時だった。


『皆さん、どうか落ち着いてください! 大丈夫です、この街には優秀な騎士や冒険者の方々が沢山います! 皆さんが傷付くことなんて決してありません!!』


 魔道具で拡大されたその声に、逃げ惑う住民達が足を止め、一斉にそちらを向く。
 これだけの騒ぎだ。拡声器を使ったとしても、聞いてもらえないという可能性も十分あったはずだ。

 でも、この場合は、声の主が主だ。
 見晴らしのいい高台の上から毅然とした表情で民に呼びかけるのは、テレポートで城に戻ったはずの第一王女アイリスだった。

 人々は信じられないものを見るように、目を丸くして。

「ア、アイリス様……!? なぜこんな所に……」
「まさか俺達のことを…………あっ!!! あぶない!!!」
「アイリス様、お逃げください!! モンスターが来ています!!!」

 あれだけ目立てばモンスターからも狙われるのも当然だ。
 アイリスの元には鳥型のモンスターが真っ直ぐ突っ込んでいき、俺は慌ててそちらに手をかざして魔法を撃つ……前に。

 別の声が鋭く響いた。

「『ライトニング』!!」
「はぁっ!!!」

 レインの電撃魔法がモンスターに直撃し、動きが鈍ったところをクレアが見事に両断した。
 その息のあった連携に、住民だけではなく騎士や冒険者の口からも「おお!」と感嘆の声が漏れた。

 アイリスは二人に対して、笑みを浮かべてしっかりと頷いた後、再び住民達に向き直り。

『この通りです。安心してください、騎士や冒険者の方々はモンスターなどには決して負けたりしません! ですから、皆さんも落ち着いて避難してください!!』

 アイリスのその言葉に、今までパニックになっていた人達は次第に落ち着きを取り戻し。

「そ、そうだ……アイリス様があれだけ堂々としているのに、俺は何をしているんだ……!」
「あ、あぁ、わざわざアイリス様が俺達の為にこんな危険な所まで来てくれたんだ……俺達もしっかりしねえと……!」
「よし、さっさと避難するぞ! 騎士様や冒険者の人達の邪魔になっちゃいけねえ!!」

 そんな事を言いながら、住民達は統率のとれた動きで避難していく。先程までの混乱が嘘のようだ。

 流石はアイリス、まだ10歳なのにもう立派に王女やってるじゃねえか。
 隣ではめぐみんが、ぼーっとアイリスの方を見ている。

 アイリスは冷静になった国民を見て、ほっとした表情を浮かべるが……。

「なんだアイツ、俺達を舐めてやがんナ! おい、やっちまえやっちまえ!!」

 どこかで聞いた声だと思ったら、変態貴族の屋敷の地下で出会った変態マンティコアが、他の仲間達と一緒にアイリスに襲いかかっていた。

 アイリスの周りには、クレアやレインを始めとして、大勢の騎士達によって厳重に警護されているのだが、モンスターの方も数が多い。
 俺は魔力ロープを取り出すと、アイリスのいる高台に引っ掛けながら。

「めぐみん、危ないからお前はどっかに隠れてろ!」
「いいえ、アイリスが格好良い所を見せたというのに、私だけ隠れるなんて事はできませんよ! 私だって仮とはいえ今は騎士団の一員なのですから!」
「だああああああ、こんな時に何言ってんだよ! 人生、気持ちだけで何とかなったら苦労しねえんだよ、お前がいても何の役にも立たねえだろうが! いや、例え爆裂魔法を覚えていたとしても、こんな街中じゃぶっ放せねえだろ!」
「ふっ、私ほどの天才ともなれば、魔法がなくともモンスターに対抗する手段はあります。ですので、私も連れて行ってください!!」
「ぐおおっ、コラ離せバカ!!」

 めぐみんは俺にしがみついて意地でも付いて行くつもりだ。
 こうなったコイツは本当に頑固だし、説得してる暇もない。仕方ないのでめぐみんと一緒にアイリスの元へと向かうことにする。一応何かしらの策はあるみたいだしな。あまり良い予感はしないが。

 ロープを一気に収縮させて高台へと飛ぶと、そこでは騎士達とモンスターの乱戦が繰り広げられていた。
 普通のモンスターであれば王都の騎士団の敵ではないのだが、ここには上位モンスターであるマンティコアが複数いることもあって、力は拮抗しているようだ。

 ……よし、まずはいつも通り安全の確保からだな。

「『ライト・オブ・リフレ』……うおおおっ!?」

 詠唱と共に姿を消す魔法を使おうとしたのだが、その前に大量のゾンビが俺の近くに群がってきた!
 そしてよく見ると、ゾンビの内、何体かのケツからオトナのオモチャっぽいのが飛び出している…………ホント頭おかしいだろあそこの変態貴族! あとそのゾンビが微妙に頬を染めてるような気がするんだけど、見間違いであってほしい!

 めぐみんは引きつった表情で俺から数歩離れ。

「こ、ここは先生に任せて私は先にアイリスの所に行きます! 必ず追いついて来てくださいね!」
「おいコラふざけんな!! 勝手に俺の死亡フラグ立ててんじゃねえ!!!」

 俺は不吉なことを言って去るめぐみんの背中に叫び返すと、ゾンビの群れに向き直る。
 アンデッド相手では姿を消しても生命力で追ってくるので意味がない。あまり気は進まないが、ここは小細工無しに正面から立ち向かうしかないようだ。

 すると、そんな俺の様子を見ていた騎士達が。

「あ、カズマ様がいるぞ! 悪魔やアンデッドはお任せしろ!」
「助かった! 特にアンデッドは武器が効きにくいから厄介なんだ!」
「ちょっ、い、いや、いくら何でもそんなに押し付けられると困るんですが…………って多い多い!!! 『ターンアンデッド』! 『ターンアンデッド』!! 『エクソシズム』!!!」

 悪魔やアンデッドと対峙していた騎士達は、次々と俺に相手を任せて自分達はマンティコアと戦っている者への応援に向かっている。
 俺は軽く泣きそうになって走って逃げながら、浄化魔法や退魔魔法で敵を消し去っていくが、数が数なので中々減っていかない。

 そうしていると、いつの間にか近くでマンティコアと戦っていたクレアが顔をしかめて。

「おいカズマ、悪魔やアンデッドを引き連れたまま無闇に動き回るな! どこか隅っこのほうで仲良くやっていろ!」
「ムチャクチャ言ってやがんなテメェ! 半分くらい押し付けてやろうか!! それよりアイリスはどうしたんだよ!? 護衛なんだから側にいろよ!!」
「分かっている! しかし、小賢しくもマンティコア達が分断してきた! レインもテレポートを唱える暇がない!!」
「ケケッ、俺達は頭がイイんだ。あの舐めた事言いやがったガキは必ずぶっ殺してヤンヨ! それにオマエ、貴族なんだってナァ!! 貴族には恨みがあんだ、どうせオマエもとんでもねえ変態で、俺のケツを狙ってんダロ!!!」
「ななななな何を言っている貴様ァァ! 貴族を何だと思っている!!」

 マンティコアの言葉に、クレアは奥歯をギリギリと鳴らす。…………いや、俺は割とマンティコアの言ってる事も分かるけどなぁ……。

 ただ、クレアもレインも分断されたとなれば、アイリスが危ない。こんな数を相手している暇なんてない。
 俺はそう判断すると、高台の端まで走って行き、下に向かって大声で呼びかける。

「おいお前ら! 今から色々降ってくるけど、任せた!!」
「「は???」」

 下で戦っている冒険者や騎士は皆首を傾げているが、悠長に説明している場合でもない。
 俺は大量のゾンビや悪魔と向き合うと、そちらに手をかざし詠唱して。

「『トルネード』ッッ!!!!!」

 大量の魔力を込めて巨大な竜巻を生み出すと、ゾンビや悪魔達は皆一斉に空高く巻き上げられ、高台から下へと次々に落とされていった。人間なら落下ダメージだけで致命傷になるところだが、アンデッドなんかは耐えてしまうことだろう。

「どわああああああああっ!!! なっ、モンスターが降ってきてるぞ!!!」
「いいっ!? もしかしてさっきカズマが言ってたのはこれか!!!」
「くっそ、カズマァァ!! テメェふざけんなああああああああああああああああ!!!!!」

 下から何やら罵声が聞こえてくるが、無視だ。今落としたモンスターは数こそ多いが、強さはそんなでもないので、十分何とかできるはずだ。
 翼を持っているタイプの悪魔は下から飛び上がってきたりもしたが、それは退魔魔法で迎撃し、数もそんなにいないのですぐに終わる。

 ようやく全ての敵を片付けた……というか、押し付けた俺は、千里眼スキルや盗聴スキルを使ってアイリスの居場所を探る。ついでにめぐみんも。

 すると、程なくして二人同時に見つけることになった……のだが。

「オウ、嬢ちゃんとは屋敷の地下で会ったナ? あのニイチャンはいねえのか? グヘヘ、見つけたらイイ事してやろうと思ったのにヨ」

 ぞわわっと背筋に寒いものが走り、思わず尻を押さえてしまう。よりにもよってあの変態マンティコアかよ……。
 マンティコアはアイリスのすぐ近くまで迫っており、めぐみんがその前に立ちふさがっている。予想以上にヤバイ状況だ。周りの騎士達も、自分達に襲いかかるモンスターの相手で精一杯といった感じだ。

 千里眼スキルで姿は見えているし、盗聴スキルで声も聞こえるのだが、まだ二人の所までは距離がある。急いで駆け寄ろうとはしているのだが、あちこちからスキルの余波やらモンスターの邪魔を受けて中々前に進めない。

 もうこれは、いざとなったら奥の手を使うしかない。
 そう思って懐に手を伸ばす…………これだけは使いたくないんだけど、大事な妹の為なら……あと、めぐみんにも何かあったら色々アレだし……。

 そんな葛藤をしていると、アイリスはめぐみんの背後から心配そうな声で。

「あ、あの、めぐみんさん? 多分、めぐみんさんよりは私の方が強いと思いますので、この立場は逆の方がいいのでは……」
「そ、そんな事ありませんから! 何ですか、あのケンカで決着がついたとでも思っているのですか!! あんなのはノーカンです、もう一度やれば私が勝ちます!!」
「今はそんな事でムキになっている場合ではないでしょう! ほら、私が守ってあげますから、めぐみんさんは後ろに……」
「いや、王女様なのですから素直に守られてくださいよ! 私は仮とはいえ騎士団の一員なのですから、あなたの後ろに隠れられるわけがないでしょう! そういうのを抜きにしても、自分より小さくて幼い少女の後ろに隠れるとか人としてどうかと思います! 先生ではないのですから!!」
「お、お兄様も流石にそこまでは……しないと…………思います…………たぶん……」

 めぐみんは後でとんでもない目に遭わせるとして、すごく自信なさそうに否定するアイリスの言葉が心にくる……いくら俺でも幼女の後ろに隠れたりはしねえよ……強いお姉さんの後ろとかなら躊躇いなく隠れると思うけど。

 マンティコアは二人のやり取りに愉快そうに笑い。

「ヒャッハッハッ、どっちが前出ても同じだっつの! まぁ、女子供をいたぶって遊ぶ趣味はねぇし、サクッと殺ってやるから安心シロヨ!」
「……ふっ、マンティコアは知能の高いモンスターだと聞いていましたが、所詮はその程度ですか。人を見た目で判断するとは愚かですね。紅魔族も知らないのですか?」
「あぁ? なんだソリャ…………いや、聞いたことあんナ……確か、紅い瞳をした凄腕魔法使いの集まりだとか…………お、おい、まさかその瞳、嬢ちゃんがそうだって言うんジャ……」
「そのまさかですよ。我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!! そして王都の騎士団員にして王女様を守護する者!! さぁ、分かったら大人しく……」
「そうだ、紅魔族ってのは皆バカみてえな名前を持ってるとか聞いタゾ! オマエ、やっぱり本物の紅魔族ナノカ!!」
「おい、誰の名前がバカみたいなのか詳しく聞こうじゃないか」

 ギラッと紅く目を輝かせるめぐみんに、マンティコアが若干引きつった表情を見せる。
 対照的にめぐみんは不敵な笑みを浮かべて、懐から冒険者カードを取り出し、マンティコアに向けて突き付ける。

「知能の高い上位モンスターともあれば、冒険者カードくらいは知っているのではないですか?」
「……知ってるぜ。冒険者をぶっ殺す時、そいつを奪ってどっちがツエー奴を狩ったのか仲間と勝負したりしてたからナァ…………なっ、アークウィザードだと……そ、それに、何だそのスゲエ魔力値は……!!!」
「これで分かりましたか? 私が本気を出せば、マンティコア程度瞬殺できるのです。その辺りをよく考えて行動することですね」

 めぐみんは、冒険者カードのスキル欄のところは上手く隠して、ステータスだけを見せつけてマンティコアをビビらせている。
 なるほど、確かにアイツがアークウィザードである事と、高い魔力値を見せつければ怯える者も多いだろう。こんな戦場にいるのに、まさか魔法を覚えていないとは思うまい。アイリスも、感心したようにめぐみんの背中を見ている。

 ……しかし。

「ちっ、こんな奴がいるなんてツイてねえ…………ん?」
「……どうしました? 不審な行動を取るようなら、その瞬間に私の魔法の餌食ですが……」
「いや、不審なのはオマエだ。ナニを震えてやがんダヨ」
「っ……ふ、震えてなどいませんし! そっちが震えているからそう見えるのでは!?」
「ハァ? 明らかにオマエが…………チョット待てよ。オマエがスゲエ魔法使いだってんなら、何でワザワザ俺に教えんだ? 油断してる所をさっさと仕留めちまえばいいだけダロ」

 マンティコアが首を傾げると、めぐみんは先程までの余裕ぶった表情はどこへやら、顔を引きつらせて冷や汗を流している。

 よく見れば、マンティコアの言う通り、めぐみんは小さく震えているようだ。
 まぁ……無理もない。上位モンスターを前にして、ハッタリかまして冷静でいられる程に肝が座っている者は、それなりの冒険者でも少ない。アイツはアイツで、普段の態度の割に、追い詰められるとすぐにボロが出るところもあるしな……。

 マンティコアは少し考え込んだ後、ニヤリと口元を歪ませて。

「……オマエ、もしかして何かしらの理由で魔法使えねえんじゃネーノ? 封印とか何かでヨォ」
「…………ふ、ふふ……なななななな何を根拠にそんな……」
「ヒャハハ、分かりやすいナァ!! じゃあ試してヤンヨ!! ぶっ殺されたくナカッタラ反撃してミヤガレ!!!」

 とうとう襲いかかってきたマンティコアを見て、アイリスはすぐにめぐみんの前に出ようとするが、めぐみんはガタガタと震えながらもそれを必死に押し留めている。

 途中までは上手くいってたのに、土壇場でのアイツのヘタレっぷりで何とも格好悪い感じになってしまったが、それでもアイリスの前に立ち続けている所は後で褒めてやろう。ちょっと騎士っぽいじゃねえか。

 それに、めぐみんのやった事は無駄じゃなかった。
 俺が二人の元に辿り着くまでの時間を稼げたからだ。

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 俺は芸達者になる魔法を唱えると、自分の声を先程クレアが対峙していた別のマンティコアの物に合わせると。

 前方でめぐみん達に襲いかかる変態マンティコアに叫ぶ!

「下からくるぞ気を付けろ! デカイ泥沼魔法だ!!」
「ナニっ!?」

 仲間の声を聞いて、マンティコアは空へと舞い上がる。
 そこに、俺は手をかざして素早く詠唱し、いつもより多めに魔力を込めて。

「『ライトニング・ストライク』ッッ!!!!!」
「ギャンッッ!!! う、上からじゃねえか……!!!」

 目も眩む光と耳をつんざく轟音と共に、頭上からの落雷がマンティコアに直撃し、体をバチバチと帯電させながら地面に墜落した。

 めぐみんとアイリスは同時にこちらを向き、パァと顔を綻ばせる……が、安心するのはまだ早い。
 マンティコアはフラフラとしながらも、すぐに起き上がって。

「あの時のニイチャンか、やるじゃネーカ! だがこんなモン、ちょっと痺れるくらいで決定打にはならネーナ!! ケケッ、覚悟しろよ、すぐにそのケツにこのぶっといモン刺して……」
「『バインド』!!」
「グオッ!?」

 ニヤニヤとしながらサソリの尾を揺らしていたマンティコアだったが、俺のスキルによって体をミスリル合金のワイヤーで拘束される。尾もワイヤーに挟み込まれて動かす事ができないようだ。

 マンティコアは魔法防御力が高く、俺の魔法程度では大したダメージは与えられない。ちゅんちゅん丸があれば違うのだが。
 しかし、俺の武器は魔法だけじゃない。他にも様々なスキルや財力もある。このミスリル合金のワイヤーは高価だが、一度拘束してしまえば強力なモンスターだろうが抜け出すことはできない。要するに、最初の落雷は動きを鈍らせるだけのもので、本命は拘束スキルの方だ。

 俺は身動き取れなくなったマンティコアに近付き。

「『ドレインタッチ』」
「ああああああああああああああ!!!!! テ、テメェ……さっきから狡い真似ばっかりシヤガッテ……!!!」
「狡いだとか卑怯だとかは言われ慣れてるっての。ついでに変態とかロリコンとかシスコンとか鬼畜とかもな。もう何言われても平気だ、残念だったな」
「残念なのはオマエだろ……モンスターの俺が言うのも何ダガ、もう少し真っ当に生きた方がイイんじゃネーノ……?」

 マンティコアが何か言っているが、ちゃんと聞く気はない。

 流石は上位モンスターということもあって、さっきからかなり消費していた魔力が、ドレインタッチで一気に満タン近くまで回復するのが分かる。まぁ、こんな変態相手にドレインするのは気が進まないが、そうも言ってられる状況ではない。

 俺のスキルで体力魔力を奪われたマンティコアは、縛られたままぐったりとしてしまう。

「テメェ……こ、これで勝ったと思うナヨ……すぐに回復してこの尾でケツを……」
「……すいませーん、そこの騎士の人! ちょっとコイツにトドメ刺したいんで、少しだけその槍を貸してもらえませんか?」
「おぉ、マンティコアを倒したのですね、流石はカズマ様! こちらも丁度終わったところですので、どうぞどうぞ」
「どうもー! …………おい、お前、俺のケツをどうするんだって? ぶっといモンをどうのこうのとか言ってなかったか?」
「…………ちょ、ちょっと待て。よし、落ち着け。そうだ、俺がオマエの使い魔になってやるよ! もちろん、オマエのケツを狙ったりもしねえ! だ、だから……ヤメロ……く、来るな…………そんなモン入るわけが…………ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


***


 少しすると周りの戦闘も一段落つき、ようやく落ち着いて話せる状況になる。
 俺がめぐみんとアイリスの元へ歩いて行くと。

「先生、ありがとうござ――」
「お兄様!!」

 アイリスが胸に飛び込んできた。
 近くに居たクレアが顔をしかめるが、今回はアイリスの元から分断されてしまうという失態を演じてしまった事もあって、アイリスを救った俺には強く言えないらしい。うん、良い事だ。

 ふんわりとした良い香りを感じながら、俺はその背中をぽんぽんと叩き。

「ったく、無茶したなアイリス。こんな危ない所まで来るなんて、よくクレアやレインが許してくれたな」
「私はこの騒動の原因となったあの屋敷にいたのですから無関係ではありません。少しでも国民の皆さんの為になる行動を取るのは、王女として当然のことでしょう。それに、私はクレアやレイン、冒険者や騎士団の方々を信じていますから。もちろん、お兄様も。本当にありがとうございます、助かりました」

 そう言って、にこりと微笑むアイリス。
 何て健気なんだ……俺は感動して思わずアイリスをぎゅっと抱きしめてしまい、胸元で「はぅっ」と可愛らしい声が漏れるのが聞こえてくる。

 すると、めぐみんが大袈裟な咳払いをして。

「……あの、一応私も頑張ったと思うのですが、何か労いの言葉とかはないのでしょうか」
「分かった分かった、お前も頑張ったよ。ほら、ハグしてほしいんだろ? 来いよ」
「べ、別に私はそんな事してほしくありませんから! もうオトナですし! そういう先生こそ、私をハグしたいだけなのではないですか!?」
「いや俺は今こうやってアイリスをハグしてるだけでも幸せだけど」
「ロリコン……」
「ロリコンじゃねえ、シスコンだ。アイリスは妹枠だしな」
「何が妹枠ですか、ゆんゆんはどうしたんですかゆんゆんは」
「あれはリアル妹枠。妹枠とは少し違うんだよ」
「すみません、先生が何言っているのか分からないですし、分かりたくもないです」

 心の底からドン引きした表情を浮かべて、俺から一歩離れるめぐみん。何だろう、最近のコイツは俺に好き好きアピール的なものをしていたような気がしたが、気のせいだったのかもしれない。

 そうやって首を傾げていると、アイリスが俺の胸元から離れてめぐみんと向き合う。
 アイリスは真剣な表情でめぐみんを見つめると、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、めぐみんさん。あなたがいてくれなかったら、今頃どうなっていたことか……マンティコアを相手に魔法もなしで立ち向かうなんて、一体どれほどの人が同じ事を出来るでしょう」
「ふっ、ようやく私の価値が分かってきましたか。そう、魔法を覚えていなくても既にこの有能さ。これ程の人材が騎士団に入りたいと言っているのですから、大歓迎するべきだとは思いませんか?」
「はい、その通りです。ごめんなさい、私、めぐみんさんの事を何も分かっていませんでした。自分の身を危険に晒してでも誰かを守るその姿勢、まさしく騎士に相応しいです。本当にダメですね私は……人を見る目というのは王族にとって大切な事ですのに……」
「…………え、えっと、私も、その、大人げない事ばかりしていましたので、良い印象を受けなかったのも仕方ない事だと思います。だから、あの、そこまで気にしないでください。それに、さっきだって、内心怯えているのを敵に見破られてしまうという失態を犯してしまいましたし……」

 めぐみんはそう言って気まずそうにしている。多分、ここまでアイリスが自分のことを高く評価してくれるとは思っていなかったのだろう。こいつはすぐに調子に乗るところがあるが、素直に褒められるとこうして動揺する事も多い。

 アイリスはめぐみんの言葉に静かに首を横に振って。

「誰だってあの状況は恐ろしいものです。それでも、ああいった勇気ある行動を取れるというのは十分誇れる事だと思います。私はあの場で何も出来ませんでした……あなたの事は、心から尊敬します」
「…………あー、そ、それより! まだモンスターは全て駆除されていないのでしょう? アイリスはもう十分役目を果たしました。そろそろ城に戻るべきでしょう」
「そうだな、照れてるからって慌てて話題を変えようとしてるめぐみんの言う通りだ。やんちゃな王女様ってのも可愛いけど、これ以上やっちまうと国王様とか心配して倒れそうだ」
「照れてませんから! 私はただ、今の状況を冷静に考えて、それで…………何をニヤニヤしているのですか!!」

 顔を赤くして俺に食ってかかるめぐみん。
 アイリスはそれを見てくすくすと笑うと。

「それでは、後はお任せしますね。ご武運を」
「えぇ、任されました。ここから先は、私達騎士団と冒険者の仕事です」
「いやお前もアイリスと一緒に戻れよ。危ないから。というか真っ当な戦闘だったら真面目にアイリス以下だろお前」
「なっ……こ、ここでそんな事を言いますか!? ちょっとは空気読んでくださいよ、マンティコアから助けてくれた時はかなりキュンときたのに、どうしてこういう所ではそうなんですか!!」
「お、お前、怒るのかデレるのかハッキリしろよ……だから、ハッタリだけでやっていくのも限界があるだろ。本来ならお前の役目だって、義賊の狙う家を当てた時点で終わってんだよ。現時点では初めから戦闘能力に関しては求められてないんだから、ここは大人しく――」

 そこまで言った時だった。

 バサッバサッと、何か巨大な翼の音が聞こえてきた。
 ……凄く嫌な予感がひしひしと伝わってくる。ちらっとクレアやレインの様子を伺ってみると、ある一方向を向いたまま青ざめた顔を浮かべている。そして周りの人達もどんどん何かに気付き、めぐみんやアイリス、それに騎士達も同じような表情を浮かべて皆が同じ方向を向いている。

 …………よし、嫌なものをわざわざ見ることもないだろう。
 何やらクレアがこちらを見て何かを言いたそうにしているようだが、俺はそれを無視して下の方を見渡して。

「おっ、あんな所にまだゾンビが残ってるじゃねえか! しょうがねえな、ここは俺が浄化して……」
「現実逃避をするな! ゾンビなどはいい、アレを見ろアレを!! 貴様の次の仕事だ!!」
「嫌だやめろ離せ!! 見たくないし聞きたくもない!!! 俺の仕事はゾンビの浄化だ!!!」

 屋敷の方角からやって来たそれ――漆黒のシャギードラゴンは、深夜の王都の上空を、それはそれは元気に飛び回っていたそうな。


***


 ドラゴン退治なんてものは、それこそ勇者様やら騎士様のお仕事だと思う。俺の本職は商人で、普通はそういった人達をサポートする立場であって、間違っても前線に出るものではないと思う。

 ただ、クレアが言うだけなら無視する事もできるのだが、アイリスにまで頼まれてしまったら、お兄ちゃんは断ることはできない。
 いや、アイリスは直接口に出して頼んできたわけではなく、不安そうな目で俺のことを見てきただけなのだが、あんな目で見つめられたら自然と体も動くってもんだ。
 ……いや、まぁ、元はと言えばこの状況は俺のせいだからっていうのもあるんだけど……。

 ちなみにめぐみんは、ドラゴンスレイヤーの称号がどうのこうのとバカな事を言って付いてこようとしていたが、普通に置いてきた。

 シャギードラゴンは街の大きめの広間にて、手練の冒険者や騎士達が相手をしているようだ。
 現場に着くと、そこには。

「あっ、カズマじゃないか! 王都に来ていたのか!」
「げっ、お前は…………えーと…………それより、お前がいるなら」
「ミツルギだ!! ミツルギキョウヤだ!!! あんな事があって名前も覚えていないのか君は!!!」
「や、やめろよ、そこだけ聞くと何か勘違いされるだろ……俺達の関係とか……」
「何を気まずそうにしているんだ、そんな勘違いされるわけないだろう!! ああもう!! 来て早々何なんだ君は!!!」

 何やらテンションの高い勇者候補、ミツルギ。いや、名前は覚えてたけどさ。ちょっとからかってみただけで。
 俺はがりがりと頭をかいて。

「それより、お前がいるならあんな鳥だかドラゴンだか分からない奴、その魔剣グラムでどうにでもなるだろ。さっさとぶった斬ってくれよ。アレは本能の赴くままって感じの鳥頭みたいだし、剣振り回すしか脳のないお前でも何とかなるだろ」
「い、言いたい放題言ってくれるね……やはり君とはいずれ再戦して…………いや、今はいい。それに、そう簡単にもいかないんだよ。見てくれ、あのドラゴンはとても素早い。弓矢や魔法も全然当たらない。僕の魔剣は当たれば一撃必殺の威力を持つけれど、そもそも当たらないことには……」
「…………つかえねー」
「何だと!? じゃあ君が何とかしたらどうだ! 僕に勝ったんだから、ドラゴンの一体くらいお手の物だろう!!」
「はぁ!? 勇者候補サマのくせに人に丸投げとか何なの!? あと俺がお前に勝ったのは、別に俺が強いってわけじゃなくて単にお前がバカなだけだ!!」
「ぐっ……き、君は本当に…………それなら、何か策の一つでも考えてくれ! この際、どんな卑怯な手でも構わない! そういうのは君の十八番だろう!!」
「コ、コノヤロ……あぁ分かったよ! バカなお前じゃ到底思い付かない、とびっきりの策を考えてやるよ!!」

 こいつ、他の人達には好青年らしく接してるのに、なんで俺にだけこんなに当たりが強いんだよ……心当たりはあり過ぎるくらいだけど。あと、俺への当たりが強いのはコイツだけじゃなく、大体みんなそうだけど……あれ、俺って嫌われ者……?

 とにかく、相手が素早くて攻撃が当たらないならば、まずは動きを止めるのがセオリーだ。
 動きを止める手段は色々と考えられるが、それもまずは当たらないと意味がないわけで、簡単なことではない。

 麻痺や睡眠といった状態異常はドラゴンには効かない。
 拘束スキルも、あれだけ飛び回っている相手には当たらない。
 と、なると…………。

 そこまで考えた時。

「危ないっ!!」

 見れば、ミツルギが金髪の女性をドラゴンから守っているところだった。
 ドラゴンは急降下して女性を食おうとしていたようだが、ミツルギが庇うようにその人の前に飛び出して魔剣を振ったので、ドラゴンはそれを避けてそのまま空へと舞い上がっていく。

 俺は溜息をついて。

「まーた女の子助けてハーレム要員追加ですか、ミツルギさん。流石っすね、俺にも今度そのテクニック教えて下さいよ。そういや、いつものハーレムっ子達はどうした? 盗賊とランサーの子」
「ひ、人聞きの悪い事を言うな! モンスターから人を守るのは当然のことだろう! 女の子だから助けているわけじゃない!! あとフィオとクレメアは仲間だ、ハーレムっ子というのはやめてくれ! 二人共、他のモンスターの相手をお願いしているよ」
「つまり、ドラゴン相手だと足手まといになるから置いてきた、と。良い判断だな」
「ち、ちがっ、その、ドラゴンだけに集中していては、他のモンスターへの対処が疎かになると思って分かれただけで、決して足手まといだなんて思っていない!」
「はいはい。でも、あの子達も、こうやってお前が他の女にフラグ立てようとしてるって知ったら怒るんじゃねえの? お前、女の子だから助けてるわけじゃないって言っても、近くでピンチになるのは、いつも決まって可愛い女の子なんだろ」
「…………そ、そんな事はないよ」
「おいこっち向けイケメン。なんだその羨ましいスキルは俺に教えやがれ」

 神々とやらは魔剣グラムだけではなく、ハーレム体質までこいつに授けたのだろうか。やっぱり神様もイケメンが好きということか。神様ってのは、そんなに俗っぽいものなのだろうか。まぁ、頭のおかしいアクシズ教徒が崇めるアクア様とやらはろくなもんじゃなさそうだしな……。

 ただ、俺も最近は女の子のピンチに立ち会う場面が多い気もするが、その全てが対象年齢外のロリっ子ばかりというのが何とも残念な感じだ。もっとオトナな女性との出会いがほしい……。

 そんな風に、この世の不公平さを嘆いていると。

「…………するな」
「えっ?」

 何やら、先程ミツルギが助けた金髪の女性が、顔を俯かせたまま何かを呟いている。
 あれ、珍しいな。ハーレム体質のミツルギのことだ、この後は助けた子が頬を染めてお礼を言うというのがお決まりの展開だと思ったのだが、この人からは何か不穏な空気を感じる。

 そして、金髪の女は、バッと勢い良く顔を上げた。
 その表情には怒りの色がありありと窺える。

「余計なことをするなと言っている!!! 私はクルセイダーだ、人を守ることを生業としている者であって、決して守られるような立場ではない!!!」
「す、すいません! でも、いくらクルセイダーの方とはいえ、モンスターに捕食されそうになっているところを見過ごすわけには……」
「私は一向に構わない! むしろ望む所だ!! ドラゴンに食われるなど中々体験できない事だし、さぞかし気持ち良さそ…………ごほん。とにかく、私は決して守られるような弱い女ではない。助けるにしても、乱暴に突き飛ばしたり、無理矢理地面に組み伏せたりならまだ許せるのだが、アレはなんだ! 女を助けるという大義名分のもと、色々と欲望をぶつけるのが普通だろう!! それでも男か貴様!!」
「ええっ!? あの、何言ってるのかよく分からないんですが……」

 …………分かった。分かりたくもないけど、分かってしまった。
 どこかで聞いた声と言動だと思ったら、コイツ……。

「お、お前……ララティーナとかいう変態ドM令嬢か!!!」
「っ!!!!!????? な、なぁ……初対面から、そ、そんな…………くぅぅっ……!!!!!」

 頬を染めて全身をビクンビクンと震わせる変態を見て、俺とミツルギは同時に一歩下がる。こいつと息が合ったのは初めてだ。

 ララティーナという貴族令嬢は、噂通り……いや、それ以上の美人だった。スタイルもいい……すごくいい。それなのに…………それなのに!!!
 神様というのは無駄な奴に無駄なものを授けやがるというのは常々思っていた事だが、今日ほどそれを強く思った事はない。

 誰もが見惚れる美貌、鎧の上からでも分かるエロい肢体。見た感じ年齢は俺より少し上といった所だろうが、その年で上級職であるクルセイダーになれる程の武の才、大貴族ダスティネス家という身分。
 それら全てが、このどうしようもない変態に与えられているのだ。宝の持ち腐れってレベルじゃねえぞ、どうなってんのマジで。

 そう思いながら、どんよりとした気持ちでララティーナを見ていると。

「……な、なんだその目は……くぅぅっ……お、お前はどれだけ私を……!!」
「カ、カズマ、この人と知り合いなのかい?」
「いや、俺が一方的に知ってるだけだ。こいつはダスティネス家の一人娘のララティーナっつって、触手モンスターが大好きな変いでででででででででで!!!!!」

 言葉の途中で、ララティーナが凄まじい力で俺の腕を掴んで引っ張り、ミツルギから離れる。

「何故それを知っている!? あ、い、いや……ごほん。そんな根も葉もない噂を流さないでもらいたい。もう知っているようだから隠すこともしないが、これでも私はそこそこ大きい貴族の娘であって……」
「何が根も葉もない噂だ。俺はハッキリ聞いたぞ王城で。お前が触手モンスターに捕まってエロい事されている所を妄想して」
「わあああああああああああああああああああ!!!!! わ、わわわ分かった、何が目的だ!? 金か!? ……はっ!!! そ、そうか、そういう事か!!! これは定番の、『秘密をバラされたくなかったら俺の言うことを聞け』という展開か!!! いいだろう、私はどんな恥かしめにも負けたりはしない!!!!! さぁ、何でも」
「それ以上バカなこと口走ったら、王都にいる貴族に片っ端からお前の性癖をバラすからな」
「!?」

 ビクッと震えて青ざめるララティーナ。こういうのは守備範囲外のようだ。助かった。

 とにかく、今はこんな変態に構っている場合ではない。
 こうしている間にも冒険者や騎士達はシャギードラゴンと交戦しているのだが、戦況は芳しくない。先程のララティーナのように、危うく食われそうになっている者もちらほらいて…………ん?

 よく観察していると、ドラゴンが食おうとするのは、戦士職の冒険者や騎士といった鎧を着ている者だけなのが分かる。それ以外の者達には、爪や尻尾、ブレスなどで普通に攻撃している。
 …………そうか、もしかしてあれって食おうとしてるわけじゃなくて……。

 俺の中で一つの仮説が生まれ、それとほぼ同時に、ある作戦が頭に浮かんでくる。

「あっ、お、お下がりくださいダスティネス様! ここは我々が食い止めますので!!」
「このドラゴンは危険です! ダスティネス様にもしもの事があれば……!!」
「何を言っている、今この場では私は一人のクルセイダーだ! モンスターを食い止めるのは私の仕事だろう!! それにお前達ばかり攻撃を受けるなどズルいではないか!!!」

 その身を挺して皆を守るララティーナの姿に、騎士達は尊敬の眼差しを送っている。後半の頭おかしい言葉は聞こえていなかったのか、勝手に都合よく別の解釈でもしたのだろう。

 俺はそんな変態の腕を掴んで。

「悪い、ちょっと来てくれ。話がある」
「後にしろ! 今はこのドラゴンの攻撃を味わ」
「いいから来いっての。アレをバラすぞ」
「っ!? くっ、し、仕方ない……お前の言うことには絶対服従するしかないのだな私は……!!」

 頬を染めてはぁはぁ言っている事にはもうツッコむ気力もなく、俺はララティーナをドラゴンから引き離して。

「ララティーナお前、クルセイダーだけあって硬さには自信あるんだよな?」
「あぁ、防御力はこの国でも随一だという自負があるぞ…………と、ところで、ララティーナというのはやめてもらえないだろうか? 私は冒険者として活動している時はダク」
「うるさい知らん。それなら、変態、ドM、ララティーナの中で一つ好きなの選べ。それで呼んでやる」
「ぐっ……へ、変態やらドMと呼ばれたら、その度に体が反応して戦いに集中できないだろう! 分かった……ララティーナでいい……」
「じゃあ変態、ちょっと冒険者カード見せてみろ」
「くぅぅっ!!!!! な、何なんだお前は、ここまでの逸材は未だかつて会った事がない!!!」

 何やら褒められているようだが、全く嬉しくない。

 ララティーナが差し出してきた冒険者カードを見てみると、なるほど、確かにとんでもない物理防御力に魔法防御力だ。それに加えてスキルも『物理耐性』『魔法耐性』『状態異常耐性』など防御系スキルが充実している。

 しかし。

「……お前、マジで攻撃系スキルを一つも取ってないんだな」
「あぁ、クルセイダーの本分は防御だからな。それに、攻撃スキルを取って敵を簡単に倒せるようになってしまうと」
「いいです、聞きたくないです! ほら、返すよカード! つーか、よく知らない相手に軽々しく自分のカード渡してんじゃねえよ!!」
「じ、自分から見せろと言っておいてこの仕打ち……!!!」

 こいつと話していると頭が痛くなってくるが、とりあえずこのクルセイダーがとんでもない硬さを持っていることは分かった。多分、アダマンタイト以上はあるかもしれない。よくもまぁ、ここまで尖ったスキル振りをしたもんだ。

 ただ、これならいけそうだ。
 俺はそう判断すると、声を大きくする魔道具を使って。


『全員、よく聞いてくれ!!! この国随一の策士と名高いこの俺、冒険者カズマが良い作戦を思い付いた!!! たぶん上手くいく、協力してほしい!!!!!』


***


「何でそんな事を思い付くんだよ……本当に人間かよやっぱり悪魔なんじゃ……」
「こ、これが鬼畜のカズマか……話には聞いていたが、これ程までとは……」
「カ、カズマ様、それはいくら何でもあんまりでは……」

 俺の作戦を聞いた冒険者や騎士達は、皆が皆ドン引きした様子で俺を見ていた。しかし、俺は気にしない。こんなのにはもう慣れっこだ。

 一方で、ララティーナは興奮で頬を火照らせて。

「カ、カズマといったな、パーティーはもう決まっていたりするのか!? まだだというのなら、一緒にアクセルに来て私のパーティーに入らないか!? 私はお前のような男を探し求めていたのだ!!!」
「いやだ」
「即……答……っっ!!!!!」

 俺はそうやってビクンビクンとしている変態に、ミスリル合金のワイヤーを巻きつけていく。
 その様子を苦々しい表情で見ていたミツルギは。

「……ほ、本当にやるつもりかい? 君らしいと言えば君らしい作戦ではあるし、策を考えてくれと言ったのは僕の方だけど…………これは流石に人としてどうかと思うよ……」
「しょうがねえだろ。あんなドラゴン、お前の攻撃が当たらないとどうしようもねえんだから。俺は悪くない、お前が悪い」
「ぐっ……し、しかし……」
「なんだ、また私の楽しみを邪魔する気か貴様は! いい加減にしろ!!」
「い、いや、僕はあなたの為を思って言っているんですよ! あなたは自分がこれからどんな目に遭うか分かっているんですか!?」
「分かっているに決まっているだろう! そして、それは私も望んでいることだ!!」

 この変態があまりにも堂々と言い放つものだから、ミツルギも言葉を失っている様子だ。ミツルギがララティーナの身を案じて言っているのは本当なのだろうが、それなのに当の本人から邪魔者扱いされるというのはちょっと不憫に思える……うん、ドンマイ。

 俺はララティーナの体にワイヤーを巻き終えると、今度はその体に手をかざして。

「『プロテクション』!!」

 防御力を上げる支援魔法をララティーナにかける。
 元々このクルセイダーは十分過ぎる程の硬さを持ってはいるが、念には念を入れておくべきだろう。相手はドラゴン、万が一ということもある。ミスリル合金のワイヤーを体に巻きつけたのも、硬さを補強するためだ。

 それから俺は魔力ロープを取り出し、これもララティーナの体に巻きつけていく。

「はぁはぁ……ワイヤーだけではなく、ロープでも……この異なる二つの物で縛られるというのは、また新感覚だな……う、うん、悪くないな……」
「お前、縛られて悪くないとか言ったか?」
「言ってない」
「言ったろ。というかお前はもう色々と手遅れだから素直に認めろよ」

 諸々の言動からこいつが筋金入りのド変態だというのは明らかなのだが、一応最後のプライド的なものがあるのか、自分から認めるつもりはないようだ。

 ララティーナにロープを巻き終えると、そのロープの先端を手に取って魔力を込めて伸ばしていく。
 すると、ララティーナはどこか改まったようにこちらを向いて。

「……ありがとう、カズマ」
「変態」
「そ、そっちではなく! あ、いや、そっちもだが……」

 そっちもなのかよ。
 こいつの変態っぷりには、もうツッコむのも面倒になってきた。

 ララティーナは朗らかな笑みを浮かべて。

「攻撃が全然当たらなく、攻撃スキルも持っていない私は、パーティーの役に立てない事も多くてな。パーティーを組んだ者から『何故自分から敵の中に突っ込んでいくんだ!』と泣かれたり、攻撃が当たらない事をからかわれたり、まぁ色々あったものだ。しかしお前は、そんな私をいらない子扱いせずに最大限活かせる策を考えてくれる。それが、とても嬉しいんだ」
「…………まぁ、なに、問題児の扱いは慣れてるしな」

 ここまで真っ直ぐお礼を言われると照れるものがある。
 しかも、こいつは黙っていれば美人でスタイルの良いお姉さんだ。そんな女がこうして笑いかけてきたのだから、ちょっとくらい顔が熱くなるのは仕方のない事だと思う。例え本性が変態ドMだとしても。

 俺は照れているのを隠そうと、口早に。

「あー、攻撃が当たらないってのはアレだけどさ、防御特化な分それはそれで役立つ場面もあると思うぞ。パーティーってのはお互いに足りないものを補っていくものだしな。お前は変態な所以外は結構良い奴っぽいし、その内良いメンバーにも巡り会えるんじゃねえの、たぶん」
「ではやはりカズマが私と組んでくれないだろうか! カズマは頭も回るようだし、私のような尖った者も上手く使ってくれるだろう!? それに、性格的な相性も良いと思うのだ!!」
「お前と相性いいって言われても全く嬉しくないんだけど……それに、悪いけど組むのは無理だ。俺、本職は商人だし、今は教師やってんだよ」
「むぅ……そ、そうか…………いや、この男のことだ、教師などをやっていればその内何かしら問題を起こしクビになる……そこを…………」
「おい聞こえてるからな。なに失礼なこと考えてやがる。そう簡単にクビになってたまるか」

 美人で巨乳の貴族のお姉さんから執着されるというのは、それだけ聞けば幸せな事なのだろう。でも、中身が残念過ぎる。どうして俺の周りは美少女とか美人だけで完結しない女ばかりなんだ。

 そうこうしている内に準備が整い、俺は周りに呼びかける。
 冒険者や騎士達は、ララティーナのことを心配そうに見つつも、皆がララティーナから伸びた一本の魔力ロープを握りしめた。

 それを確認して。

「ララティーナ、やれ!!!」
「『デコイ』ッッ!!!」

 ララティーナが敵を引き付けるスキルを使うと、シャギードラゴンは鋭い瞳をそちらに向けた。
 このドラゴンは、光り物を集める習性がある。戦士職の冒険者や騎士達だけが食われそうになっていたのもそのせいだ。正確には人を捕食しようとしていたわけではなく、鎧や剣を収集しようとしていたのだ。

 ドラゴンは大口を開けて、真っ直ぐララティーナに向かって急降下していく。
 周りの者達は固唾を呑んでそれを見つめ、ララティーナはドラゴンを前にしても微動だにせず向き合っている。

 それだけ見れば誰もが憧れる立派な騎士そのものなのだが、よく見ると頬を染めてはぁはぁと息を荒くしているのが何とも残念過ぎる。

 数秒後、ララティーナはドラゴンに食われた。
 その瞬間、俺はロープを握り締めて叫ぶ!

「引けええええええええええええええええええええええええっっ!!!!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」」

 ララティーナに巻きつけて伸ばしていたロープ。
 今その先端はドラゴンの口から伸びており、それを掴んでいた者達が一斉に力の限り引っ張る!

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 ガクンッ! とドラゴンが空中でバランスを崩した。
 そう、これはララティーナを餌にしてドラゴンを釣って動きを止めるという作戦で、ここまでは思惑通りの展開!

「ミツルギ、どうだ!? 斬れねえか!?」
「くっ、いや、まだ無理だ! 暴れすぎだ!!」
「ちくしょう、やっぱ地上に落とさないとダメか!!!」

 ここでミツルギの剣が当たればそれで終わりなのだが、ドラゴンは空中で激しく抵抗していて、上下左右とジタバタ体を捻って的を絞れない状態だ。それでも咥えたララティーナは離さない辺り、余程光り物には目がないと見える。

 このドラゴンは、光り物を食べるのではなく集める事を目的としているので、ララティーナが飲み込まれることはないと踏んでいるのだが、それでも口の中にはかなりの圧力がかかっていると思われる。

 俺は大勢の者達の先頭でロープを引っ張りながら、ドラゴンの口に向かって叫ぶ。

「おいララティーナ、聞こえるか!? 回復魔法はいるか!?」
「大丈夫だ! このドラゴンも鎧を壊したくないのだろう、本気で噛んでいるわけではないようだ! し、しかし、私の体を包む、このむせ返る程の臭いに熱い体温、そして圧迫感……す、少しくせになりそうだ……!」

 ドラゴンの口の隙間からは、そんな声が聞こえてきた。思った以上に余裕そうで、俺はほっと一息つく。
 このロープは魔法を伝達する効果があるので、もしもの時はララティーナに回復魔法やらテレポートを使おうと思っていたが、その心配はなさそうだ。

 となれば、後は何とかドラゴンを地面に引きずり落とすだけなのだが……俺の見立てが甘かった。
 ドラゴンには予想以上に強い力で抵抗され、何十人もの冒険者や騎士達でロープを引っ張っているにも関わらず力は拮抗……いや、徐々にこちらの方が相手に引かれ始めている。

 それは他の者達も分かっているらしく、背後からは様々な声が聞こえてくる。

「ぐっ、おい皆気合入れろ! こんな奴さっさと倒して、その後皆で一杯やろうぜ! 俺、良い店知ってんだ!!」
「当たり前だ! それに俺、来月には結婚するんだ…………こんな所で負けてられっか!!」
「もう……ゴールしてもいいよね……」

 ……あかん。

 おそらく、スタミナの問題だ。
 見れば周りの者達の顔には疲労の色が見え、正直俺も結構しんどい。人間、フルパワーを出せる時間というのは普通はそんなに長くはない。

 とにかく、このままではジリ貧だ。
 俺は歯噛みしながら、何とかこの状況を打破しようと考えを巡らせる…………が、中々いい案が出てこない。当たり前だ、ドラゴン相手に通用する作戦など、そうぽんぽんと出てくるわけがない。

 そんな時だった。


「真打ち登場」


 ざっという足音と共に、不敵な笑みを浮かべて無駄に格好つけたポーズで現れたそいつ。
 その声を聞いた周りの者達は一斉にそちらを向いて。

「なっ、こんな所で何してんだ嬢ちゃん! 危ないから離れて…………え、そ、その瞳は、もしかして紅魔族か!?」
「ほ、本当だ! カズマみたいななんちゃって紅魔族じゃなく、本物の紅魔族だ!!」
「助かった! 頼む、手を貸してくれ!!」
「ふふ、いいでしょう。我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛し、今は騎士団に属する者……我が呪われし禁断の力、この国の為、一時的に解放することにしましょうか」

 俺をなんちゃって紅魔族扱いした奴は後でしばくとして。
 俺は自信満々にそんな事を言っているバカ……めぐみんの方をちらっと見て。めぐみんもこっちを見て、小さく頷いた後。

 俺は視線を前に戻して再び考える作業に戻る。

「魔法で攻撃してみるか……? いや、中途半端な魔法じゃ気を逸らすこともできないか……」
「えっ、無視!? あ、あの、私としてはいいタイミングで格好良く登場したつもりだったのですが、それはあんまりではないですか!?」

 何やらめぐみんが喚いているが、今は魔法が使えない紅魔族に構っている暇はない。何でこんな所にいるんだとか、アイリスと一緒に城に戻ったんじゃないのかとか、色々聞きたいことはあるが全部後回しだ。

 攻撃か何かでドラゴンを弱らせる事ができればいいのだが、そう簡単なことではない。ドラゴンに対してダメージを与えられる手段など限られているし、そもそもあれだけ空中で激しく暴れていては当てること自体が難しい…………そうだ。

 あるじゃないか。確実に当てられて、もしかしたらダメージが通るかもしれない攻撃が!

 俺はロープを握る力を強め、素早く詠唱して叫んだ。

「『カースド・ライトニング』ッッ!!!!!」

 黒い電撃はロープを伝って前方へと走っていき。
 ドラゴンの口の中にいるララティーナのところで炸裂した!

「んひぃぃいいいいいいいいっ!!!!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」

 どこか嬉しそうな変態の悲鳴と一緒に、ドラゴンが苦しげな声をあげた。効いてる!
 高い魔法防御力を持つドラゴンだが、口の中への攻撃には流石に堪えたのだろう。ロープを引っ張る力が弱まり、ズズッと地面に引き寄せられている。

 その光景を後ろで見ていた者達は、勝機を見出して活気付く……かと思えば。

「ひ、ひでえ……味方に上級魔法ぶち込む奴なんて初めて見た……」
「い、いや、実際上手くいってはいるが……それを躊躇いもなく実行できる辺りカズマだな……」
「まさか……ダスティネス様は切り捨てるおつもりなのですか……?」
「カズマ……もしかして君は過去に何かとても辛い事があったのか? そのせいで君がそこまで歪んでしまったというのなら、僕で良ければ話くらいは聞くから……」
「せ、先生……私は先生のことを分かってはいるつもりですが、これは流石に……」

 皆、ドン引きした視線をこちらに向けてくる。ミツルギなんて哀れみすら抱いているようだ……や、やめろよ、そんな目で俺を見るなよ……。

「ち、ちげえって! アイツは魔法防御力も高いから、俺の魔法くらいじゃくたばったりしないって!! だよな、ララティーナ!?」
「あぁ、もちろんだ! ワイヤーやらロープやらで縛られた挙句、モンスターに食われ、その上電撃プレイだとかどこまで分かっているのだお前は!! ほら、もう終わりか!? もっと」
「『カースド・ライトニング』!!!」
「くぅぅぅぅぅうううううううううっっ!!!!!」

 こいつと話していると本当に頭が痛くなるので、もう一度電撃を放って黙らせる。
 しかし今度は、ドラゴンがさっきのようにあからさまに苦しむことはなかった。さっきのは不意打ちだったが、事前にこういう攻撃がくるものだと身構えていれば耐えられるのかもしれない。
 くそっ、これだとただララティーナを悦ばせるだけじゃねえか! 何アイツ口の隙間から物欲しそうにこっち見てんだ、自分が何でそんな所にいるのか忘れてねえだろうな!?

 ララティーナのステータスやスキル振りを見れば、ひょっとしたら爆裂魔法さえも耐え切ってしまうのではないかと思うほどなのだが、俺にはそこまで強力な攻撃手段がない。
 いよいよ打つ手が無くなってきて、もうとっくに疲れきっている腕に精一杯の力を込めて、せめてもの抵抗と引いていると。

「……やはり、この私の力が必要なようですね」
「おい待て、何するつもりだ。お前一人が加わったところで…………まさか」

 めぐみんはニヤリと笑って俺の前に来てロープを掴んだ。
 嫌な予感しかしない。こ、こいつ……。

 次の瞬間、突然ぐんっとドラゴンが引き寄せられた!

「「おおおおおおおおおおおおおおおおっっ!?」」

 周りの者達が一斉に驚きの声をあげる。
 めぐみんは、それはそれは得意げに、腹立つドヤ顔で。

「このロープは魔力を込める事で伸縮できるものでしょう? それならば、この私の強大なる魔力で一気に縮めてしまえば、あんなドラゴンなどすぐに引きずり落とせます!」
「こ、このバカっ!!! そんな事したら……あづぅっ!!!」
「あちぃっ! な、なんだ!? ロープがメチャクチャ熱いぞ!?」
「あちちちちちっ!! おい持ってられねえぞこれ!!!」
「『フリーズ』! 『フリーズ』!!」

 許容量以上に魔力を込められたせいで、ロープが見る見る内に真っ赤になっていき熱を持ち始める。凍結魔法で冷やしてはいるが、まさに焼け石に水というやつだ。

 めぐみんはそれを見ておろおろとし始め。

「あ、そ、その、違うのです! 先生が持っているロープなら高級品でしょうし、私の魔力にも耐えられるかと……つまり、こんな安物を使っていた先生が悪いです! 私は悪くありません!!」
「開き直ってんじゃねえええええええええ!!! これだって十分高級品だっつの、お前のバカ魔力に耐えられる魔道具なんざ本当に一部の最高級品しかないんだよ!!」
「……ふふ、なるほど。私のこの強すぎる力が仇となってしまったわけですか……いたああああっ!!! ご、ごめんなさい痛いですごめんなさい!!!」

 何故か得意気に語りだしためぐみんに頭突きをくらわせつつ、どうしたものかと考えていると。
 今度は、ドラゴンの口の隙間から変態が。

「ま、まぁ待て、あまりその子を責めないでやってくれ。それに、熱いロープで縛られるというのも、中々味わえない感覚で……くふぅっ……!」
「よし、お前はもう黙ろうか。つーか、このままだとボンッってなっちまうんだよ!」
「ボンッとなるのか!? ど、どのくらいボンッとなるのだ!?」
「悦んでんじゃねええええええええ!!! お前分かってんのか、ロープがボンッてなったら、そのままドラゴンの巣までお持ち帰りされるかもしれないぞ!!」
「っ!? お持ち帰り……だと……!? ……くっ、いや、それでこのドラゴンが街から離れるなら、騎士として受け入れねばならないだろう! 大丈夫、心配するな!! 私は簡単にモンスターに屈したりはしない!!!」

 もうこいつ、本当にドラゴンに差し出してしまおうか。
 一瞬そんな考えが浮かんでくるが、こんなのでもモンスターに連れて行かれたとなると寝覚めが悪くなりそうだし、俺も流石にそこまで鬼畜でもない。
 それに、ララティーナを手に入れたからって、このドラゴンが大人しく帰ってくれる保証もない。口にあんな変態を入れたままでいるというのも、気分が良いものでもなさそうだが。

 とは言え、あまり悠長に考えている時間もない。
 ロープはどんどん赤く染まっていき、ボンッとなるのも時間の問題だ。もう熱くて握っているのも辛い。このままボンッなんて事になったら、あの変態なら平気だろうが、普通の人間は巻き込まれたら洒落にならないし…………。

「…………そうだ」

 思い付いた。
 ロープがボンッてなるのはもう止められない。それなら。

 俺は、周りの者達に向かって叫ぶ!

「皆離れろおおおおおおおおおおおおおお!!!!! ロープがボンッてなるぞ!!!!!」
「「!?」」

 俺の言葉に、周りは青ざめた顔で一斉にロープから離れ、大急ぎで距離をとる。
 そんな中、俺だけはロープを離さない。

「先生!?」

 めぐみんが真っ青な顔で俺に手を伸ばすが、間に合わない。
 ドラゴンが一気に夜空へ舞い上がると、その口から伸びるロープを掴んだままの俺は、為す術なく一緒に連れて行かれる。

 足が地面を離れ、どんどん地上が遠くなっていく。
 めぐみんは泣きそうな顔で俺を見送ることしかできない。こんな事を思うのはアレかもしれないが、めぐみんは心から俺のことを心配してくれているようで、少し嬉しくもある。

 ただ、俺は立派な騎士様のように自分を犠牲にするつもりなど毛頭ない。
 また、ドラゴンの口の隙間から心配そうにこちらを見ている変態騎士様を犠牲にするつもりもない。どんな変態性癖や騎士道精神を持っていようが勝手だが、それは俺の見てない所で存分に発揮してほしい。人を踏み台にする事を厭わない俺だが、ここであの変態を見捨てるのは気分が悪い。

 ララティーナは本気で焦った様子で。

「カ、カズマ、何をしている! 私なら大丈夫だ、お前まで付いてくる必要はない! これは真面目な話だ!」
「今更真面目ぶってんじゃねえよ変態。聞けララティーナ、俺は今すぐにでもお前をテレポートで脱出させる事ができる。でもお前が脱出を諦めれば、ドラゴンを倒せるかもしれない手がある。その場合お前はとんでもない目に遭うけど…………どっちがいい?」
「そんなの後者に決まっているだろう! 聞かれるまでもない!!」
「……そのセリフだけ聞くと立派な騎士様なんだけど、表情が残念過ぎる…………ったく、本当にブレねえなお前は」

 頬を染めてはぁはぁ言っている変態に口元が緩んでしまう辺り、この土壇場の状況で俺も相当頭がアレになってきているのだろう。

 俺は、今や真っ赤になって、いつボンッとなってもおかしくないロープを握りしめ、叫ぶ!


「『バインド』ッッ!!!!!」


 俺の手からロープが離れ、支えが無くなった事で俺の体は上空数十メートルの所で投げ出され、重力に従って落下していく。そして、千里眼スキルを使って策が上手くいくかどうか見守る。
 ドラゴンの口から伸びていた長く真っ赤なロープは、俺のスキルによってドラゴンの元へと向かっていく。しかし、俺は何もドラゴンを拘束しようとしたわけではない。どうせ躱されてしまうだろうし。

 俺が狙ったのは、ドラゴンではなくララティーナだ。
 ロープはどんどんドラゴンの口の中へと吸い込まれていき、ララティーナを拘束していく。ドラゴンも、自分の体を狙った攻撃には反応できるようだが、口の中の人間に向けた攻撃には上手く対応できないようだ。

 あれだけ長く伸ばしたロープを全て巻きつけたので、ララティーナはもう全身を縛られているというか、もはや包まれていると表現した方が正しいくらいだ。顔どころか全身がロープに覆われて全く見えない。

 そして、直後。


 ついにロープは、ドンッ! と体の芯に響くような轟音をたてて、大爆発を起こした!


「ゴアアアアッッ!!!!! …………アア…………」


 口の中から強烈な爆撃を受け、流石のドラゴンも白目を剥いてグラッと体をよろめかせ、力なく地面に落ちていく。

 先に落下していた俺は、地面近くで風の魔法を使って安全に着地して、急いでこの場から離れようとした…………が。
 その前に、めぐみんが胸に飛び込んできた。

「先生……無事で良かったです……本当に……!」
「ちょっ、ま、待て、こんな事してる場合じゃねえって! ドラゴンが落ちて…………どわあああああああああああああああっっ!!!!!」

 ズドンッ! とすぐ近くに巨体が落ちてきて、その衝撃によって近くにいた俺とめぐみんは数メートル程吹き飛ばされる。それでも、めぐみんは俺の胸にしがみついたまま離れない。……あの、周りが微笑ましげにこっち見てて、凄く恥ずかしいんですが……。

 落ちてきたドラゴンはだらんと口を開けていて、そこからうっとりとして満足気なララティーナが転がり出てくる。
 所々焦げてはいるが、あの爆発でこの程度のダメージで済むのだから、やはりその硬さは人並み外れている。

 ドラゴンは次第に目に光を戻して、フラフラとしながらも立ち上がって再び飛び立とうとする。
 それを見て俺は、切り札に呼びかける。

「まだ生きてるぞ! やれ、ミツルギ!!」
「あぁ、分かってる!! 『ルーン・オブ・セイバー』ッッ!!!!!」
「グギャッッ!!!???」

 ミツルギが魔剣グラムを光らせ必殺の一撃を浴びせると、あれほど暴れまわったドラゴンは呆気なく真っ二つにされてしまった。流石は神器持ちの勇者候補様、やる事のスケールが違う。

 その瞬間、辺りは一瞬静まり返る。
 あまりにも呆気なかったもので、目の前の光景に脳の方が付いていってないのだろう。
 しかし、それも次第に実感を伴っていき、皆がお互いを見つめ合って……そして。

 冒険者や騎士達が、一斉に歓声を上げた!

 皆それぞれ嬉しさを爆発させ、お互いに手を叩き合ったり、笑い合ったりしている。
 ミツルギやララティーナの元には沢山の人が集まっていき。

「ドラゴンを一撃で両断なんて初めて見たぞ! 凄い力を持っているとは聞いてたけど、生で見ると本当にとんでもねえな! 助かったぜ!!」
「いけ好かねえイケメンだとか思ってて悪かったな! 最高だぜアンタ!!」
「いや、そんな。僕は自分の役目を果たしただけさ」
「待て待て! ミツルギ殿の力も凄まじいものがあるが、今回のドラゴン退治はダスティネス様のお力によるものも大きいだろう!」
「あぁ、そうだ。ダスティネス様がドラゴンを引き付け、その身を投げ出してドラゴンの隙を作ってくださったのだ。まさに騎士の鑑というべきお方だ……」
「おう、確かにそうだな! 俺、貴族ってもっとお高く止まった嫌味な奴等だと思ってたよ! でも、アンタは全然そんな事ないな! 助かったよありがとな!!」
「き、貴様、ダスティネス様に向かって何という口を……これだから冒険者は!」
「ま、まぁまぁ、私は気にしていない。それよりも、この戦いにおける一番の功労者は他にいるだろう?」

 ララティーナはそう言いながら、口元に笑みをたたえてこっちを見る。
 他の者達も、その視線を追って一斉にこちらに注目する。……ふっ、まぁ、そうだな。今回の戦いで誰が一番役に立ったのかと言われれば、それはもちろん――――。

「そうだ、そこの紅魔族のお嬢ちゃん! めぐみんっていったか!? アンタのあの爆発の魔法が決定打になったんだ!」
「いやー流石は紅魔族だ。魔法使いとパーティー組んだことはあるけど、あんなすげえ爆発見たことねえぞ。あれが爆裂魔法ってやつなのか?」
「……ふふ、爆裂魔法はあんなものではないですよ。あの何倍……いえ、何十倍もの威力はあるのです!!」
「な、なんと……そんな強大な力を扱う方が、騎士団に加わってくださるというのか……クレア様があれだけ推すわけだ……!」

 ………………。
 うん、まぁ、確かに結果的にはめぐみんの魔力が役に立った形にはなったけどさ。

 でも、ほら、俺だって結構頑張ったと思うんだけど? ちょっとくらい褒めてくれたっていいと思うんだけど? 自分から言い出すのは格好悪いから、誰かから言われるのを待ってるんだけど?
 そう思って期待を込めた視線を周りの人達に送ってみたりもするのだが、皆それには全く気付いていない様子で、今名前の挙がった三人を称えたり、共に戦った者達で笑顔で語り合っている。

 それは緊迫した戦闘ですり減った心を癒やすような良い光景ではあるんだろうけど…………うん……何ていうか、日頃の行いとかそういうのもあるんだろうけど…………。


 俺ってこんなんばっか!


***


 次の日のお昼頃。
 昨夜は深夜遅くまでモンスターの相手をしたせいで、ベッドに入ったのは空が白み始めてきた朝方になってしまい、そこから眠って起きたらもうお昼だった。

 俺が教師になる以前は、朝方に眠って昼に起きるという生活リズムを続けていたのだが、最近は夜に寝て朝に起きるという規則正しい生活を送っているせいか、頭がぼーっとして調子が出ない。俺もすっかり真人間になったもんだ。

 昨夜の功績によって、晴れてめぐみんの騎士団内定が正式に認められた。
 肝心の義賊は取り逃してしまったが、めぐみんの推理が当たっていた事には変わりなく、しかもその後のシャギードラゴンの討伐においても大きな貢献をしたという事で、文句を言う者など誰もいなかった。ちなみに、あの屋敷の貴族は、違法なモンスターを飼育していた罪で逮捕された。

 そんなわけで、俺達は王城の一室にてクレアを待ってから、紅魔の里に向かうことになっている。騎士団内定を告げれば、あの奥さんもきっと分かってくれるだろう。

「……でも考えてみれば、義賊の件はともかく、その後のモンスターの騒ぎは元々俺達のせいだし、ドラゴン退治に貢献したって言っても、ほとんどマッチポンプみたいなもんなんじゃ……」
「…………それより、遅いですねクレア。何だか嫌な予感がするので、早く里に向かいたいところなのですが」
「あからさまに話題逸らしたな。いや、俺もそこまで深く考えるつもりはないけどさ…………つーか、嫌な予感ってなんだよ。やめろよ、そういうフラグになりそうなこと言うのは」
「だって考えてもみてくださいよ。私達が里を出てからもう何日も経っているのですよ。学校の人達からどんな事を言われているか分かったものではないですし、お母さんも何をしている事か……それに、先生だってゆんゆんに何も告げずに来たのでしょう? 大丈夫なんですか、あのヤンデレっ子は」
「…………だ、大丈夫だろ、話せばきっと分かってくれる……はず……」

 そうだ、こっちの事で手一杯で里の事を全く考えていなかった。
 どうしよう、ゆんゆんと顔を合わせるのが怖すぎる。

 俺はその恐怖を紛らわそうと、他の話題を探して……。

「……そういえば、昨日はお前、なんでドラゴンの所まで来てたんだよ。アイリスと一緒に城に戻れって言ったろ?」
「そ、それは……ほら、言ったではないですか、私はドラゴンスレイヤーの称号が欲しいと。それ以上の理由などありませんとも、えぇ」
「それは聞いたけどさ。でもそんな理由でクレア達が納得するわけないだろ。あの人達からすれば、お前は騎士団の重要な戦力候補なんだし、魔法も覚えていない状態でドラゴンに特攻させるわけが…………というかお前、なんでそんなに動揺してんだよ」
「ど、動揺なんてしてませんよ! その、もういいではないですか、結果的に私の力でドラゴンを倒せたのですから! ふふ、流石は紅魔族随一の天才である私です、魔法を使えなくてもあれだけ貢献できるとは……」
「……ははーん。そういやお前、俺がドラゴンに連れて行かれそうになった時、メチャクチャ心配そうな顔してたな。もしかしてあれか? 俺のことが心配で心配でたまらないってクレア達を説得したのか?」
「ちちちち違っ!!! そ、そこまでは言ってませんから!!!」
「へぇー、じゃあ、どこまでは言ったんだ?」
「……ど、どこまでって……うぅ……」

 俺の質問にはすぐには答えられず、顔を真っ赤にして俯いてしまうめぐみん。何これ、ニヤニヤが止まらない。
 めぐみんはそのまましばらく黙っていたが。

「…………『先生は私にとって大切な……本当に大切な人なのです。だからお願いします、行かせてください』……と言いました」
「えっ…………あ、そ、そう……ふーん…………」

 めぐみんが真っ赤な顔のまま目を潤ませて白状したその言葉に、こっちの顔まで熱くなってくる。し、失敗した、こんな変な空気になるんだったら深くツッコまない方がよかった!

 そうやって居心地を悪くしていると、部屋のドアがノックされ、アイリス、クレア、レインが入ってきた。
 それを見てほっとする俺だったが、アイリス達の方も何か問題があったらしく、何故かアイリスが若干むすっとしている。
 クレアは少し疲れた表情で。

「遅くなって申し訳ない。アイリス様が一緒に紅魔の里に行くと言って聞かないもので……」
「クレアは本当に頑固です! いいではないですか、そのくらい!」
「いえ、クレア様の仰る通りですよアイリス様。昨夜はあのような危険な目に遭われたのですから、どうか今日は城の方で大人しくしていただけたらと……」
「レインまで! むぅ……将来お兄様と結ばれる者として、お兄様のご両親にも一度ご挨拶をと思っていたのに……」
「……い、いや、それは父さんも母さんもビックリし過ぎて倒れかねないから勘弁してくれ……」

 両親は俺の普段の行いはよく知っているが、流石に10歳の王女様からいきなりそんな事を言われるなど想像もしていないだろう。あとゆんゆんが怖い。

 レインはそんなアイリスに困ったように笑いながら、気を取り直してめぐみんの方に歩み寄り、国の紋章と杖を形どったバッチを渡した。

「これは騎士団に所属する魔法使いだと証明するものです。魔道具にもなっていて、魔法の威力を向上させる効果もあります。どうぞ」
「これはこれは、ありがとうございます。でも、いいのですか? 私は内定をもらっただけで身分的にはまだ学生なのですが……」
「……え、えーと、それは……」

 何故かレインが気まずそうな目でアイリスを見る。
 すると、アイリスはふふんと鼻を鳴らして。

「昨夜のめぐみんさんには騎士に相応しい精神を見せていただけましたが、やはり普段の行いには問題が多いですからね。そのバッチを手に、少しは騎士団に入る者としての自覚を持ってもらえればと思ったのです。犯罪などを犯されて内定取り消しなど笑えませんからね」
「……ほう、言ってくれますね。アイリスこそ、ワガママばかりで周りを困らせてはいけませんよ? 昨夜は、まぁ、そこそこ格好良いところを見せてはいましたが、今だって先生のご両親に挨拶などとバカな事を言っているようですし、かなり心配ですよ」

 二人はそう言い合いながら、頬を引きつらせている。
 何でも昨夜は二人きりで色々話して、同じ部屋で眠ったりもしたようで、少しは仲良くなったのかと思ったらすぐこれだ。

 まぁでも、何というか、今はケンカしつつもどこかお互いを認めているような感じもするが。

 クレアはそんな二人をハラハラした様子で見ていたが、話を変えるように何かが詰まった袋を二つ取り出して。

「めぐみん殿、こちらは昨夜のモンスター退治に対する報酬です。通常報酬とは別に、特に重要な貢献をした方々には特別報酬も合わせた額となっています。あとカズマ、貴様にも一応な」
「「えっ」」

 袋を前にして、固まってしまう俺とめぐみん。
 おそらく中身は金貨なのだろうが、袋の大きさからしてかなりの額であることが想像できる。

 めぐみんがこちらを気まずそうに見る。
 さっきマッチポンプがどうとか言ったばかりだ。流石の俺も、一歩間違えれば洒落にならない事をやってしまった為、この金を素直に受け取ろうという気にはならない……。

 俺は視線をあちこちに彷徨わせながら。

「え、えっと、俺達は報酬はいいや。その金は、今回の騒ぎで出た被害の補填とかに使ってくれ」
「は、はい、そうですね。私なんかはまだ学生ですし、そんな大金貰っても仕方ありませんしね!」
「なっ、そ、そんな、そういうわけにも…………というか、めぐみん殿はともかく、カズマはどうしたのだ? 何か悪い物でも食ったか?」
「べべべべ別に!? お、俺だってたまには良い事しようと思ったりもするんだよ! それに、ほら、金には余裕あるしな!!」
「お兄様? 凄い汗ですよ?」

 俺は動揺しまくりながらも、何とかクレア達を説得して金は受け取らないという事で納得させる。誰かから金をむしり取る事ならまだしも、金を受け取らない事にこんなに必死になったのは初めてだ。

 そうしていると、再びドアがノックされる。

「突然すみません、ダスティネスです。冒険者のカズマがこちらに居ると聞いたのですが……」
「『ライト・オブ・リフレクション』」
「えっ……お、お兄様!?」
「俺はもう里に帰ったって言ってくれ。頼む」

 俺の言葉に皆は首を傾げつつ、レインがドアを開ける。
 外からはララティーナと、その親父さんが入ってきた。ララティーナはまるで獲物を狙う肉食動物のような目で部屋中に視線を走らせ、親父さんは疲弊した顔で頭を押さえている。

「申し訳ありません、アイリス様、それに皆様も。ウチの娘がどうしてもと……」
「そ、その……おに……カズマ様は既に里に帰られましたよ」
「えっ……そ、そうですか……それは残念です……」
「あの、あなたは先生から散々な目に遭わされたと思うのですが、何故そこまであの人に執着するのですか?」
「ん……あぁ、あの時の紅魔族の少女か……なるほど、あの男は教師をやっていると言っていたが、あなたは教え子ということか。散々な目というのは大袈裟だ、あれはドラゴンを倒す為に必要なことだった」
「し、しかしララティーナ。ワシとしても、大切な娘がドラゴンを釣る為の餌にされた挙句、電撃や爆撃でドラゴンごと攻撃されたと聞いたら中々納得できない部分も……」
「ああもう、しつこいぞ! 昨夜から何度言わせるつもりだ! あれは私の硬さを活かした立派な作戦であり、実際上手くいった! カズマは称賛されるべきであって、非難される謂れなどどこにもない! それに、あれはとても……んっ……」

 ……そう言って庇ってくれるのは嬉しいのだが、その時の事を思い出したのか、頬を染めて発情しているのを見ていると、何とも残念な気持ちになる。他の皆……親父さん以外は、よく分かっていない様子だが。

 それにしても、昨夜俺がララティーナにした事を他の人の口から聞くと、自分でもちょっと引いてしまう。ひでえな俺。これ、ダスティネス家が温厚な貴族だったから良かったものの、他の貴族だったら大変なことになってたんじゃないか。

 めぐみんはどこか警戒したように、ララティーナの全身を眺めつつ。

「……とにかく、先生とはあまり関わらない方がいいですよ。昨夜で分かったでしょう、あの人は大貴族のお嬢様だろうが手加減しません。あの鬼畜っぷりは相当なものですよ」
「あぁ、そうだろうな。私はアクセルの街で冒険者としても活動しているが、荒くれ者が多い冒険者といえども、あれほどの鬼畜男はいなかった! だからこそ、ぜひパーティーを組みたい!!」
「えっ……あ、あの、意味が分からないのですが……ですから、あんな人とパーティーなんか組めば、次はどんな目に遭わされるか……」
「あぁ、次はどんな目に遭わされるのだろうか!!! も、もう、想像するだけで……!」
「すみません、私達はこれで!! 皆様、失礼いたしました!!!」

 親父さんは大慌てでそう言うと、頬を染めてはぁはぁ言っている変態を連れて部屋から出て行ってしまった。親父さんもあの変態には苦労しているらしく同情もするが、あんな事になる前に何か対処はできなかったんだろうか……もう手遅れだろあれ……。

 部屋はまるで嵐が通り過ぎていったかのような空気になっていて、そんな中俺は魔法を解いて姿を現して溜息をついた。
 すると、めぐみんがこちらにジト目を向けて。

「良かったではないですか、あんな美人でスタイルもいい大貴族のお嬢様から好かれて。一体どんな手を使ったのですか? というか、何故隠れたのですか?」
「俺の方が関わりたくないから隠れたんだよ。とにかく、俺はアイツは全く狙ってない。信じられないなら嘘を見抜く魔道具でも持ってこいよ」
「…………そ、そうなのですか? いえ、そこまで言うのならそうなんでしょうね……まぁ、それならいいのですが……でもどうしてですか?」
「アイツもお前と同じように、中身が致命的なんだよ。詳しく言うと、あの親父さんが悲しむだろうから言わないけど」
「ララティーナにそんな致命的な欠点があったのですか……? 私、全然知りませんでしたが……」

 アイリスは意外そうな顔をしているが、出来れば一生知らないでいてほしい。アレの本性は、この純粋な少女に見せてはいけない。

 すると、クレアが訝しみながら俺を見て。

「しかしダスティネス卿の様子がどこかおかしかったが、カズマ貴様、何か妙な事を教えこんではいないだろうな? アイリス様にも、世間を知らないからと言って好き放題吹き込んでいる貴様のことだ、ダスティネス卿にも同じことをしていても不思議ではない」
「わ、私だって世間を全く知らないという事はありません! 世間知らずといったら、クレアもそうじゃない!!」
「そうですね……この前もクレア様は、モンスター討伐に関する世間一般の相場を知らなかった為に、ゴブリン退治にとんでもない額を……」
「そ、その事は言わないでくれと言っただろうレイン!!」

 レインの言葉に、顔を赤くして慌て出すクレア。こいつは世間知らず大貴族の為か金銭感覚がおかしく、度々財務を困らせているようだが、またやったのか。

 俺はクレアにうんざりとした目を送って。

「別にアイツには何も吹き込んでねえよ。最初から色々と終わってたしな。それより、街の奴等もそうだけど、俺のこと変な目で見過ぎだろ。昨夜だって俺、結構頑張ったってのに、功績よりも鬼畜っぷりの方が広まってんだぞ」
「それは日頃の行いのせいだろう。これに懲りたら、もう少し真っ当に生きるという事を心がけることだな。まぁ、貴様の場合はどんなに真っ当に生きようとしても、すぐにボロが出そうだが」
「ぐっ……この白スーツが……今度また剥いでやるぞ……」
「だからそういう事をやめろと言っているのだたわけが!!」
「……お兄様、お兄様」
「ん、どうしたアイリス? あぁ、お前なら分かってくれるよな……俺にもちょっとくらいは良い所もあるって…………っ!?」

 言葉の途中で、アイリスが頬にキスをしてきた。
 あまりに唐突だったので、部屋にいる人間は、アイリス以外呆然として何も言えないでいる。

 アイリスはほんのりと頬を染めて、手を後ろに組んでイタズラっぽく微笑んで。

「この国を守ってくれて、ありがとうございますお兄様。お金は受け取ってもらえないようですので、せめてこれだけでも。大丈夫ですよ、私は、お兄様がこの国の為にいつも頑張ってくれている事はよく知っていますから。そんなお兄様のことが、私は大好きですよ」

 ……可愛い妹からこんな事を言われて、キスまでされて嬉しくないお兄ちゃんなどいない。
 昨日は大変だったが、今ので全部報われたと思ってしまうのは、決して俺がちょろいわけではないはずだ。

 当然、クレア達は大騒ぎだ。

「アアアアアイリス様!!! い、いけませんよ、そのような事は……!!!」
「そ、そうですよ、アイリス様……そういった事は人前ではなく、二人きりの時にするべきかと……」
「レインも何を言っているのだ!? そういう問題ではない、そもそも殿方に対して、そ、そんな、キスなど……!」
「あら、好きな男性にキスをしたいというのは、女性として当然の気持ちでしょう? クレアも、恋をすれば分かりますよ」
「そ、それはそうかもしれませんが! い、いや、しかし……」

 キスをした当人よりも狼狽えているクレアを見ていると、一体どちらが年下なのか分からなくなってくる。別にほっぺにチューくらいで、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃねえか。俺もちょっと驚いたけどさ。

 そして、面倒くさそうな奴は他にもいる。
 めぐみんは余裕ぶった笑みを浮かべようとして失敗したような引きつった表情で。

「…………何ですか、好きだからといって所構わずキスとか、ビッチですか。一国の王女様がビッチとかどうなんですか」
「ビ、ビッチではありません! 私はお兄様一筋ですし、他の殿方にはこのような事はしません!! それに、お兄様を脱がして襲おうとしためぐみんさんには言われたくないですよ!!」
「あ、あれは……そう、合意の下ですから! 先生は最後にヘタレましたが、最初は『やれるものならやってみろ』と言っていましたし!! あなたのような不意打ちではありません!!」
「いやそれって合意っていうか…………合意なのか…………?」

 そのまましばらく、めぐみんとアイリスはいがみ合う。
 状況だけ見れば、俺を巡って女の子二人が争っているという事になるんだろうけど……でも二人共子供だしなぁ……。

 俺を好いてくれる女の子は基本的に子供ばかりで、今回珍しく年上のお姉さんから好かれたと思ったらアレだ。何だろう、神様は俺にロリコンの変態になるか、変態ドMを飼いならす変態になるか選べとでも言っているのだろうか。普通にどっちもお断りなんだけど……。

 とにかく、こうしていてはいつまでも里に帰れない。
 俺は軽く手を叩くと。

「ほら、もういいだろ。そろそろ行くから、別れ際くらい仲良くしろって」

 俺の言葉に、めぐみんとアイリスは何か言いたそうな顔でこちらを見る。な、なんだよ、俺に飛び火とか嫌なんだけど……。

 しかし、二人は顔を見合わせて同時に溜息をついて。

「まぁ……先生はこうですよね」
「えぇ、お兄様ですから、仕方ありません」

 そんな風に諦めたように言った。
 これはあれか、俺のせいで揉めているのだから、さっさとどっちか決めろとか言いたいのだろうか。でも本当にそう言われたら、どっちも振ることになるから、悲劇しか起こらないと思うんだが。うん、今のままが一番だ。

 ようやく二人が落ち着いてくれたので、俺はテレポートの詠唱を始める。
 レインもテレポートは使えるのだが、紅魔の里は設定していないようなので、俺のテレポートで帰ることになる。当初の予定通り、クレアも付いてきてめぐみんの母親の説得に協力してもらう。

 すぐに詠唱は終わり、いつでも飛べるようになる。
 すると、アイリスは一歩前に出て深々と頭を下げた。

「改めまして、今回は本当にありがとうございました。お二人共、どうかお元気で。またお会いできる日を、心より楽しみにしています」
「おう、その内また会いに来るよ。この白スーツが邪魔しなければな」
「私も相手がまともな人物なら邪魔などせぬわ! 貴様の人格に問題があるんだ!!」
「……まぁ、学校を卒業すれば、私は騎士団としてこの城に滞在する事になります。そうなれば嫌になるくらい顔を合わせる事になるでしょうし、そんなに寂しそうにしなくても大丈夫ですよ」
「さ、寂しそうになどしていません! 私はそんな子供ではありませんから!!」

 俺から見れば、寂しそうなのはどっちもだけどな。
 ケンカばかりな二人だが、これはこれで良い友達と言えるのかもしれない。本人達は認めないだろうけど。ただ、クレアやレインは俺と同じことを思っているのか、微笑ましげに二人を見ていた。

 アイリスは気を取り直すように一度咳払いして。

「それと、めぐみんさんには一つ言っておきますが」

 そう言って、少し間を取る。
 何だろうとめぐみんが首を傾げていると、アイリスは不敵な笑みを浮かべて。


「私、お兄様を譲るつもりはありませんからね」


 そう、宣言した。
 めぐみんは一瞬不意を突かれたような表情をするが、すぐにアイリスと同じような笑みを浮かべて。


「何の事だか分かりませんが、私はどんな勝負だろうが相手だろうが負けるつもりはない、とだけ言っておきますよ」


 言葉こそは挑発的なものではあるが、めぐみんとアイリスはどこか楽しそうにしている。
 そんな二人を見て、クレアは苦々しく、レインは微笑ましげに俺を見る。

 ……俺も何か言った方がいいのか? いや、何も言わない方がいい気がする、たぶん。
 そんなわけで、俺は何となく居心地が悪くなってきたので。

「あー、それじゃもう行くな。『テレポート』!!」

 そう唱えて、王都を後にする。
 最後に見えたアイリスは、クスクスとおかしそうに笑っていたような気がした。

 なんか俺、めぐみんだけじゃなく、10歳のアイリスにまで若干手玉に取られているような……いやいや、気のせいだ…………気のせいだと思いたい。


***


 里に戻った俺達は真っ直ぐめぐみんの家に向かい、めぐみんの両親……というか奥さんの説得にあたった。一応ひょいざぶろーもその場にいたのだが、どこかやつれた顔をしていた。この数日間で一体何があったのかは気になる所だが、聞かない事にした。こわいし。

 結果から言うと、説得は驚くほどすんなりと上手くいった。

 めぐみんの騎士団入団の内定書に加えて、大貴族シンフォニア家の長女クレアも、めぐみんの爆裂魔法は騎士団にとって重要な戦力になるものだと説明し、昨夜の功績の例を挙げて、めぐみん自身の精神も騎士団に相応しいと太鼓判を押した。
 その時点で奥さんはもうほとんど納得しかけていたのだが、最後に騎士団におけるめぐみんの待遇……特に給料面を聞いた瞬間、奥さんはむしろ自分から頼み込んでいて、その勢いにクレアが押されるくらいだった。

 そんなわけで、めぐみんの爆裂道は守られた…………のだが。
 代わりに新たな問題が出てきていた。

 俺とめぐみんが、夕暮れの紅魔の里を歩いていると。

「お、カズマじゃねえか! なんだよ、ひょいざぶろーさんとこの娘さんと駆け落ちしたんじゃねえのか?」
「もしかして、今更戻ってきて、その子の両親に『娘さんをください!』とか言うつもりなのか? はははっ、お前の柄じゃねえな!!」
「それにしても、その子何歳だよ。結婚出来る年ではないだろ。お前、そっちの趣味はないって言ってたのになぁ……」
「だああああああああああああ!!!!! だからちげえっての、どんだけその噂広まってんだよ!!!!!」

 もう何度同じやり取りをしただろうか。ひょっとしたら、里中の人間が知っているのかもしれない。ここはそんなに大きな里ではないので、それも十分考えられる。

 噂を流したのは十中八九奥さんだ。何かやっているかもしれないとは思っていたが、本当に厄介な人だ……。

 俺は隣を歩くめぐみんをじとーっと見て。

「つーか、お前もちゃんと否定しろよ。さっきから俺ばっか大声出してんじゃねえか、喉痛いんですけど」
「……まぁ、人の噂も七十五日と言いますし、その内収まるでしょう。そこまで気にしなくてもいいのでは?」
「なげえよ、二ヶ月と半月じゃねえか。お前あれだろ、俺のこと好きだから、この噂は別にそんなに嫌じゃないんだろ」
「ふふ、どうでしょうね。先生の想像にお任せしますよ」

 こいつはまたこうやって曖昧な事を……うん、もういいや。こういうのは真面目に相手すると疲れるだけだし、流すことにする。

 めぐみんは俺がどんな返しをするか、こっちをちらちらと見て伺っていたが、俺が何も言わない様子を見ると。

「……それにしても、本当に私も付いて行かなければならないのですか? 正直家にいて霜降り赤ガニを食べていたかったのですが」
「ダメだ、お前も来て一緒に説明しろ。カニなら持ってきてやっただろ、ウチで食え」

 今めぐみんの家ではカニパーティーが開かれている。
 王都から俺とクレアが持ってきた霜降り赤ガニを見た瞬間のあの一家と言えば、もう凄かった。ひょいざぶろー、ゆいゆい、こめっこは三人とも目を真っ赤に輝かせて、もはや狂気すら感じる程にカニを崇めていた。

 そんな所から、俺はめぐみんを連れて出てきたわけだ。
 出る時に、クレアが縋り付くような目でこちらを見ていたが、こっちはこっちで大切な用事があるので、あの異常なテンションの一家の事は任せることにした。

 大切な用事、それはもちろん。

「ゆんゆん、怒ってるよな、たぶん……カニで機嫌直してくれねえかな……」
「無理でしょうね。先制攻撃で刺してくる可能性もあると思いますよ。念の為に支援魔法をかけておいた方がいいのでは?」
「……妹と会うのに支援魔法をかけておくって色々間違ってないか……? どうしてこうなった……」
「大体先生のせいだと思いますが…………そうだ、私からも先生に一つ言いたいことがあるのですが、聞いてもらえますか?」
「なんだよ、告白か?」
「いえ、違いますが…………告白してくれというのなら、しましょうか?」
「い、いや、いいよ、冗談だよ本気にするなよ……」

 というか、告白してくれと言われて告白とか、それって本当に告白か? なんかモテない男が寂しい事を頼んでるみたいで、かなり切ない気分になりそうだ。

 めぐみんはくすくすと笑っていたが、やがて穏やかな笑みで俺の事をじっと見ると。
 ぺこりと頭を下げて。

「私の夢を守ってくれて、本当にありがとうございました。先生のお陰で、私は爆裂魔法を覚える事ができそうです。先生には、いくら感謝してもしきれません」

 そう言って頭を上げて、こちらに笑いかけるめぐみんに、妙に気恥ずかしくなってしまう。
 いや、別に12歳相手にドキドキしてるとかそんな事はないが、こういう真面目な空気というか、そんなものは苦手というか。
 お礼を言うにしても、もっと、こう、「どうもです!」みたいな軽いノリでいいんだけどな……うん。

 俺はどう返したものかと考えながら。

「…………あー、ま、まぁ、そうだな、俺には感謝するべきだ。その……なに、これもビジネスの一貫ってやつだからな。お前は何だかんだ将来凄い魔法使いになりそうだし、今の内に恩を売っておくってわけだ。ちゃんと返せよ? …………な、なんだよ、その顔は! 言っとくけど、別に照れてるとかじゃねえからな、勘違いすんなよ!」
「ふふ、はいはい、分かっていますって。先生は、私に恩を売っておきたかっただけなんですよね」
「あぁ、そうだ! その通りだ! 王都でも言ったけど、お前が将来有名になったら、俺のことを『偉大な先生』とかいい感じに紹介しろよ!」
「分かっていますよ。『私の人生において欠かす事のできない大切な人』と紹介します」
「……えっ、い、いや、そこまで言わなくてもいいぞ……というかそれ、絶対何か誤解されるんじゃ…………あー、も、もういいや! ほら、バカなこと言ってないで、さっさとウチに……」

 この空気に耐え切れなくなった俺は、そう強引に話を切り上げて、さっさと歩き出そうとする…………が、俺のローブをめぐみんが後ろから摘んで引き止めた。

「そ、その……もう一つ、聞いてもらいたい話があるのですが」

 先程までめぐみんは余裕のある態度をとっていたのだが、今はそれが消えていて、声が震えているのが分かる。ぎゅっと、俺のローブを摘む力が強まるのを感じる。

 ……今度こそ、マジで告白か?
 え、ど、どうしよう……真面目な話、めぐみんの事はまだそういう対象として見ることはできないから、仮に告白されても応えることはできないわけで……。

 そのまま、俺達の間にはしばらく沈黙が流れる。
 う、動けない……でも、振り返るべきなのか? いや、無理だ。こんな空気で向き合うとかハードルが高すぎる。今の時点でむずむずして落ち着かないってのに。

 やがて、めぐみんは意を決したように。

「せ、先生、私――!」
「二人共、何やってるの?」

 バッと、俺とめぐみんが離れた!
 その反応の速さは、頭で考えるよりも先に体が動いたといった感じだった。

 先程までとは違う緊張を感じる。
 ゆっくりと、声がした方に顔を向けてみると。


「久しぶり。兄さん、めぐみん」


 愛しのリアル妹、ゆんゆんがにっこりとこちらに笑いかけていた。

 ぶるっと、俺とめぐみんの体が震える。
 こ、こわい……相手は笑顔を浮かべた12歳の少女なのに、昨日のドラゴンよりこわい……!

 俺はゴクリと喉を鳴らして。

「お、おう、ゆんゆん! はは、久しぶりってのは大袈裟だって! 数日いなかったくらいだし、そのくらい前にもあっただろ?」
「……そうだったっけ? でも何も言わずに帰ってこないと、私も心配するわよ。数日間でも、凄く長く感じたな……」
「ま、まったく、ゆんゆんは寂しがり屋ですね! 先生もいつまでも家に居るというわけではないのですから、そろそろ兄離れを」
「めぐみんは、兄さんとずっと一緒にいたんだよね? 楽しかった?」

 ひぃぃ……何この子、相変わらず笑顔なのに声の圧力が半端ないんですけど……!

 めぐみんはガタガタ震えながら俺の後ろに隠れる。おいやめろ! 俺を盾にするな泣くぞ!!
 そして、ゆんゆんはそんな俺達を見て。

「……ふふ、冗談よ冗談」
「「えっ?」」

 ゆんゆんの言葉に、俺達は気の抜けた声を出してしまう。
 俺達の反応に、ゆんゆんはくすくすと笑いながら。

「里では兄さんとめぐみんが駆け落ちとか変な噂が流れてるけど、実際は違うんでしょ? ちゃんと本当の理由を話してくれれば怒ったりしないわよ。まぁ、出来れば里を出る前に一言あっても良かったと思うけど……」
「そ、そうなんだよ! 流石は俺の妹、ちゃんとお兄ちゃんのこと分かってくれてるんだな! 実は……」
「あ、話ならウチでしない? 兄さん達が帰ってきてるって聞いたから、ちょうど夕飯の買い出しして帰る所だったし」

 その提案を断る理由はない。
 良かった……最近すっかりヤンデレポジションを確立してきたゆんゆんだったが、話せば分かってくれる良い子なんだ……。
 でも、なんでめぐみんは、まだどこか不安そうな表情をしてるんだろう? まぁいいか。

 家に着くと、父さんや母さんは留守のようだった。
 ゆんゆんは夕飯の支度をしながら。

「お父さんとお母さんはさっきまで居たんだけどね。ちょっと用事があるみたいで出掛けてるわ」
「……ず、随分とタイミングの良い……いえ、悪いことですね……」
「ん、どうしためぐみん? ウチの親がどっか行ってるのは別に珍しいことじゃないぞ。一応族長だからな、色々あるんだよ」

 何でもないように言う俺に、めぐみんは声を落として。

「先生、ゆんゆんの事はまだ警戒しておくべきです。何か仕掛けてますって絶対」
「なんだよ疑り深いな。大丈夫だって、ほら、ゆんゆんを見てみろよ。あれは純粋に『お兄ちゃんが帰ってきてくれて嬉しいなー』って顔だ」
「私にはチャンスを窺う暗殺者か何かのように見えるのですが……」

 そんな事を話している内に、夕食の準備を終えてゆんゆんが鍋を運んでくる。
 中にはゆんゆんが買ってきた新鮮な野菜に加えて、俺が持ってきた霜降り赤ガニが入っている。良い香りが部屋を包み、お腹が減ってくる。

 それから俺達は「いただきます」と声を合わせると、美味しい美味しいと顔を綻ばせながらカニ鍋を食べていく。
 最初こそはゆんゆんを警戒していためぐみんだったが、カニを食べた瞬間もう全部吹き飛んだらしく、一心不乱に食べ続けている。これ、確実に女の子の食い方じゃねえな……気持ちは分からなくもないけど……。

 そして、鍋が半分程減った頃になって、ゆんゆんが。

「それじゃ、そろそろ教えてくれない? この数日間、兄さんとめぐみんは、何をしてたの?」
「ん、おー、じゃあどこから話すか…………あぁ、まずはこのバカが爆裂魔法を覚えようとしてるって所からか」
「……え?」
「爆裂魔法ですよ。人類最強の攻撃手段にして、神々にもダメージを与えられると言われるあれです」
「…………えええええええええっ!?」

 ゆんゆんが大声をあげて驚く。
 そりゃそうだ、学校一の天才魔法使いが自分からネタ魔法使いになろうと言っているのだから、驚かない方がおかしい。

 ゆんゆんはどこかをちらちらと見ながら。

「な、なんで!? めぐみん程の才能があるなら、歴史に名を残すレベルの凄い魔法使いになれるのに!! どうしてネタ魔法なんて覚えようとしてんの!?」
「私の前で爆裂魔法をネタ魔法扱いするのはやめてもらおうか! ふんっ、心配しなくても私は、後世まで語り継がれるようになりますよ。世界最強の爆裂魔法使いとして」
「めぐみんの名前が語り継がれるとしても、それは才能の使い方を間違い過ぎた、過去最大のお馬鹿さんとしてだと思う! 学校で『こうはなるなよー』みたいに反面教師にされると思う!!」
「なっ……いいですよ、好きに言えるのも今の内です! 何時の世も、天才というのは周りから理解されないもの……将来、私が世界最強になっても、ゆんゆんにはサインはあげませんから!」
「いらないわよそんなの! ねぇ兄さん、教師としてこんなのは止めるべきなんじゃないの!?」
「んー、まぁ、めぐみんの人生だし、好きにやらせてもいいんじゃねえか。俺も結構好き放題に生きてるし」
「確かに兄さんも好き放題し過ぎだと思うけど! でも、爆裂魔法なんて本当に人生が一気に苦しく……ねぇ、めぐみん。どうしてそこまで爆裂魔法に拘るの? 他の魔法じゃダメなの?」

 ゆんゆんは心優しい子だ。本当にめぐみんの人生を心配しているのだろう。
 でも、爆裂狂は止まらない。このくらいで止まるようだったら、とっくに止まっている。

 めぐみんは口元に小さく笑みを浮かべて。

「…………では、ゆんゆんはどうしてそこまで先生に拘るのですか? 他の男性ではダメなのですか?」
「え、そ、それは…………ええっ!? ちょ、ちょっとめぐみん、急に何言ってんのよ!!! 兄さんもニヤニヤしてこっち見ないで!!!」
「それと同じ事ですよ。私は爆裂魔法が好きなのです。他の魔法ではなく、爆裂魔法だけが好きなのです。ゆんゆんも、男であれば誰でも良いわけではなく、先生だからこそ好きなのでしょう?」
「ま、待って! 言いたいことは分かるから、その例えはどうにかならないの!?」
「そして、好きな魔法なのですから習得したいと思うのは当然の事です。例えその後の人生が厳しいものになるとしても。ゆんゆんだって、先生のことが好きだから将来は結婚したいと思っているのでしょう? 例えその後の人生をずっと先生に振り回されるのだとしても、それでも良いと」
「やめてえええええええええええええええええ!!!!! わ、分かった、もうよく分かったから!!!」

 ゆんゆんが顔を真っ赤にして涙目でめぐみんの言葉を遮る。ゆんゆんは可愛いなぁ。
 そんな光景を見てほっこりとしていると、めぐみんはまとめるように。

「分かってくれたのならいいです。私の夢は爆裂魔法で世界最強になること。そして、爆裂魔法を教えてくれたあの人に再会して、立派に成長した私の魔法を見てもらう事です。この夢だけは諦められません」
「…………はぁ。もういいわよ、そこまで言われたら止められないし……でも、本当に大変な道だと思うわよ? それは分かっているのよね?」
「えぇ、分かっていますとも。どんなに険しい道だろうが、この私が踏破してみせましょうとも。そして、遙かなる高みから人々を見下ろし、宣言するのです。この私こそが最強だと!」
「……ねぇ、兄さん。めぐみんって大物っぽい感じだけど、どこかで調子に乗りすぎて痛い目みることになりそうなんだけど、どう思う?」
「そうだな、何かとんでもない事やらかして騎士団をクビになって路頭に迷うってのは割と想像できる」
「ふ、二人は私のことを何だと思っているのですか! まぁでも、私にもしもの事があっても、先生やゆんゆんが助けてくれるでしょうし、険しい人生でもあまり不安はありませんが」
「いっそ清々しい程の人頼みね…………そんなのめぐみんの自業自得なんだし、私は…………その…………」

 ゆんゆんは、自分はそこまでお人好しではないと否定しようとしたようだが、その声はどんどん小さくなっていく。まぁ、ゆんゆんの事だ、めぐみんが路頭に迷ったら、何だかんだ文句言いつつも助けてあげるだろう。
 ただ、そういうのはめぐみん相手ならいいんだけど、この妹はよく知らない人にもちょっと頼まれたら何でも言うこと聞いちゃいそうで、お兄ちゃんは少し心配だ。

 それにしても、ゆんゆんはさっきから同じ所をちらちらと見ているような気がするが、何だろう。そちらを見てみても、特に何かがあるわけでもない。まさかぼっちをこじらせて、見えちゃいけないモノとか見えてないだろうな……。

 ゆんゆんは、めぐみんからニヤニヤと見つめられて居心地悪そうにしながら。

「……そ、それより! めぐみんが爆裂魔法を覚えようとしてるっていうのは分かったけど、ここ数日二人が留守にしていた理由はまだ聞いてないんだけど! その爆裂魔法の事が関係あるんだよね!?」

 ゆんゆんは誤魔化すように、若干顔を赤らめて聞いてくる。
 めぐみんは更に追求したそうな顔をしているが、いつまでもこの素直になれない子を弄っていても話が進まない。

 俺はゆんゆんに、奥さんとの一件や騎士団の一件など今までのことを説明した。

 ゆんゆんは俺の話を聞いて大体納得したらしく、ほっと息をついている。相変わらず何もない所をちらちらと見ているのは気になるが。

「そっか、そんな事があったんだ…………めぐみんが騎士団かぁ……」
「おや、もしかして私と一緒に入団したいとか思っていますか? 流石に友達がいるから同じ所に就職するというのはどうかと思うのですが……」
「うっ……た、確かにそれはちょっと考えたけど! でも、やっぱりいつまでもめぐみんに頼りっきりっていうのもダメだと思うし……私は私で、冒険者としてやっていくつもり。それで、外の世界の事を学んだら、ゆくゆくは族長に……」
「正直俺としては、めぐみんより心配なんだよな、ゆんゆんは。冒険者になるのは止めないけどさ、変な男に捕まったりすんなよ本当に。お前がろくでもない男に妙な事されたとか聞いたら、俺はそいつを社会的にも物理的にもぶっ殺さないといけないからな」
「わ、私はそこまで軽い女じゃ……兄さんこそ、ちょっと女の人から押されたら、すぐ流されそうじゃない」
「その心配はしなくていいと思うぞ、まずまともな女から押される事がないからな。俺に対して押してくる女なんて、頭のおかしい爆裂狂か、頭のおかしい変態くらいしかいねえんだよ」
「おい、頭のおかしい爆裂狂というのは誰のことなのか詳しく聞こうじゃないか」
「…………めぐみんから、押された……?」

 あ、しまった。
 つい口走ってしまったが、今更マズイと気付いても、もう遅い。めぐみんも、俺に対して非難するような目を向けてくる。

 ゆんゆんは、黒いオーラを出して、恐ろしく平坦な声で。

「……ねぇ、兄さん。この数日間、めぐみんと何かやましい事とかはなかったの?」

 ゴクリ、と俺は喉を鳴らす。
 それから、一瞬だけめぐみんと目を合わせてから。

「もちろん、何もなかったぞ。なぁ、めぐみん?」
「えぇ、そうですね。やましい事など一つも」

 チリーンと、音が鳴った。

 その音に、俺とめぐみんはビクッと体を震わせて固まってしまう。
 とても聞き覚えのある音だ。頭の中ではもうその音の正体は分かってはいるのだが、これ以上思考を先に進めるのが恐ろしい。

 ゆんゆんはにっこりと笑って。

「言い忘れてたけど、そこに嘘を見抜く魔道具が置いてあるから。お父さんに頼んで目に見えないようにする魔法をかけてもらったの。…………それで、どんなやましい事があったの?」

 ……な、なるほど、先程からちらちらと何も無い所を見ていたのはそういう事か……。

 食卓に重苦しい沈黙が流れる。
 霜降り赤ガニを前にしてここまで暗い空気が流れることなど、相当珍しいことだろう。

 仕方ない。嘘を見抜く魔道具があるんじゃ誤魔化しようがない。
 俺はちらっとめぐみんに目を向けると、めぐみんの方も不安そうな目をこちらに送っていた。

 それを受けて、俺は一度だけ小さく頷き、そして口を開き――――。

「ゆんゆん、聞いてくれ。俺は悪くない、むしろ被害者なんだ。実は王都の屋敷で、俺はめぐみんに体の自由を封じられ、服を脱がされて体を撫でられて……」
「ちょっ!? いきなり裏切りましたねこの男!!! 待ってください、私の話も聞いてくださいゆんゆん! そもそも、最初に私を押し倒してきたのは先生の方なんです!! 『ここで大人にしてやるよ』とも言われました!!!」
「あああああああああああああああああ!!!!! ち、ちがっ、あれは冗談だっつっただろうが!!! お前なんか、俺のパンツまで脱がそうとしたくせに!!!」
「ああああれは、その、盛り上がってしまったというか、何というか! そもそも、冗談で女性を押し倒すとか何考えてるんですか!! あのちょっと良い雰囲気で、いきなりあんな事されたら本気だと思うじゃないですか!!!」
「ななな何がちょっと良い雰囲気だよ、お前がからかってきただけじゃねえか! 何度も言ってるけどな、俺はロリコンじゃねえっての!! 本気で襲うわけねえだろ!!」
「…………そうですか。王都での最初の夜はダブルの部屋を取って一緒に寝たり、次の日は一緒に服屋に行って私の服を選んで買ってくれたりしたのに、浮かれていたのは私だけで、先生は全くそういう気はなかったという事ですか……」
「えっ…………お、おい、やめろよ……本当はそんなに落ち込んでないだろ、いくら何でも大袈裟過ぎ」
「兄さん」

 ゆっくりと、地を這うようなその声に、背筋がぞっと寒くなる。
 ゆんゆんは目を真っ赤に輝かせて、瞬きもせずに無表情でじっとこちらを見つめている。

 あまりにも恐ろしい妹のその表情に、目だけを動かしてめぐみんの方を見るが、俯いていてその表情はよく分からな…………あ、口元ちょっとニヤついてやがるコイツ! 上手く俺に矛先を向ける事ができたから、しめしめとか思ってやがるな絶対!

 めぐみんには文句の一つでも言ってドレインをぶちかましてやりたい所だが、今はそんな事をしている場合ではない。
 ゆんゆんは、とても12歳とは思えないほどの威圧感を出しながら。

「めぐみんと何があったのか、最初から順序立てて説明して。…………お願い、お兄ちゃん?」

 普段であれば、ゆんゆんからお兄ちゃん呼びされるなんて小躍りするくらいに嬉しいものなのだが、今はとてもそんな気分にはなれず、むしろ怖すぎて軽く泣きそうだ。

 それから俺は、椅子の上に正座して懺悔するように項垂れ、妹に全てを打ち明けた。

 ゆんゆんは無表情で何も言わずに、しばらく俺の言葉に耳を傾ける。
 そして、俺の説明が終わると、小さく息をついて。

「……めぐみん、ちょっといい? 二人で話したいことがあるんだけど」
「えっ!? ま、待ってください、何故私だけなのですか! 確かに私も悪かったとは思いますが、先生にだって非はあると思います!!」
「いいからいいから」

 珍しくゆんゆんに押されるめぐみん。まぁ、この状態のゆんゆんは本当に怖いから無理もない。

 そのままめぐみんは、ゆんゆんにどこかに連れて行かれてしまい、俺は一人残される。
 い、一体どんな事を話しているのだろう……そもそも、本当に話だけで済むのだろうか…………うん、あまり深く考えるのはやめておこう。

 俺はそう結論付けて、カニを食べながらゆんゆん達が戻ってくるのを待つ。…………せっかくの高級品なのに、ゆんゆん達の方が気になって味が全然分からない。

 それから少しして、ゆんゆんとめぐみんは戻ってきた。
 ゆんゆんは相変わらずの無表情……い、いや、さっきよりも冷たい目で俺を見ている。一方で、めぐみんは俺と目を合わせようとせず、そわそわと落ち着かない様子だ。しかも、何故かほんのりと頬を染めている。
 な、なんだよ……何があったんだよ……嫌な予感しかしないんだけど……。

 ゆんゆんは俺のことをじっと見て。

「全部兄さんが悪い」
「……は、はぁ!? いやそれはいくら何でもおかしいだろ! 確かに俺もちょっとくらいは悪かったかもしれないけど、全部悪いってのは言い過ぎだろ明らかに!! 俺はこういう理不尽は断固として認めない男だ!! いくらお前が怒っても…………その…………え、えっと…………ごめんなさい…………」

 ゆんゆんは特に何も言わずに俺の話を聞いているだけなのだが、その無表情が恐ろしすぎて、気付けば正座して頭を下げていた。
 何でこんなに怒ってんだよ……めぐみんが何か余計な事を言って俺に罪を擦り付けたのか? ……いや、でもアイツの様子を見る限りそんな感じでもないんだよな……。

 それから俺はしばらく、静かに怒ったゆんゆんからお説教をくらい続け、ただただ頭を下げるしかなかった。なんか俺は全体的にデリカシーが無さすぎるとか散々言われた。最近そればっかり言われている気がする。

 ある問題が解決しても、またすぐに別の問題が出てくる。それが人生なのかもしれない。
 そんな、どこか悟ったような事を思いながら、やっぱりそろそろ真面目にデリカシーというのを学んだ方がいいかもしれないと思った夜だった。
 



 
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次は学校っぽい話になる予定です。そろそろ卒業です。