この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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1章
紅魔族随一の落ちこぼれ


 

「おかしいでしょ!? 女神を連れて行くなんて反則よ!!」

 

 辺りにうるさい声が響き渡る。

 俺――佐藤和真と、アクアとかいう水色の髪をした女神は、二人共光に包まれ別の世界へ送られる寸前だ。ちなみにアクアの方は大泣きしている。

 はっはっは、ざまあ! 神様だか何だか知らんが、調子乗ってるからそうなるんだ!

 とは言え、大事な転生特典が貰える機会を、こんな嫌がらせだけの為に使って早まったかという気持ちもなくはないのだが、まぁ、スカッとしたので良しとしよう。

 

 しかし、ここでアクアは予想以上の抵抗を見せる。

 

「ふざけんじゃないわよ! こんなの無効よ! 認めないんだから!!」

「ア、アクア様!? あまり暴れないでください、転送の際に何か不具合が生じる可能性があります!」

「そんなの知ったこっちゃないわよ! 出して! 早くここから出して!!」

「おいやめろよ、お前のせいで変な所に転送されたらどうすんだよ。いきなり高レベルモンスターの真ん前とかだったら、お前を囮にして逃げてやるからな」

「こんのクソニート! こんな最低男と異世界生活なんていやああああああああああ!!!」

 

 何やらアクアは体を発光させて何とか転送を阻止しようとしているらしく、天使はハラハラしながら見ている。大丈夫なんだろうな、これ。

 少し心配になってくるが、アクアが必死に抵抗している今も、俺達の体は徐々に浮かび上がり、明るい光が全身を包み込んでいく。結局は無駄な抵抗というやつだろう。

 

 しかし、俺の視界が光に覆われる直前。

 ピシリ……と、何かがひび割れるような、嫌な音が響いた。

 

「あっ」

 

 そんな、何とも不安になる天使の声を聞いた直後、俺の意識は――――

 

 

***

 

 

「……ふぁぁぁ」

 

 うるさい音をたてて、無理矢理に意識を覚醒させにきた目覚ましを叩いて止める。カーテンの隙間から穏やかな朝の日差しが差し込んでいるのが見える。

 普段はお昼頃に起きる生活をしているせいで、とんでもなく眠い。うっかり二度寝の誘惑に負けそうになるが、何とか耐えつつ鈍い動作でベッドから出る。

 ……なんか、懐かしい夢を見ていたような気がする。どんな夢だったか…………うーん、思い出せん。まぁいいか。

 

 まだ覚醒しきっていない頭のまま、ふらふらと洗面所へと向かうと、一人の少女が何やら鏡の前で色々とポーズを決めていた。

 

「……何してんだゆんゆん。もしかして名乗りの時のポーズ決めか? あんなに恥ずかしがってたのに、お前もついに紅魔族の血が騒ぎ始めたのか」

「わああっ! に、兄さん!? ちちちち違うよ、ほら、初めての制服だし、どんな風に見えるかなって思ってただけだから!」

「ほーん?」

 

 ゆんゆんの言葉を受け、一歩下がって全体を眺めてみる。

 

「いいんじゃね? お前元々素材はいいからな。可愛い可愛い」

「え、そ、そう? ありがと……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは顔を赤くしてもじもじと俯く。

 

「それにしても、お前も大きくなったなぁ」

「ふふ、何だかお爺ちゃんみたいだよ、兄さん。私だってもう12歳なんだからね」

「12歳か……12歳でこれは将来有望だな…………どれ」

 

 俺はおもむろに手を伸ばし、ゆんゆんの胸を揉んだ。

 おおう……こ、これは想像以上の弾力! これ、更に成長したらどうなっちまうんだ!?

 一方で、ゆんゆんは何が起きているのか理解できないのか、きょとんとしたまま固まっている。それをいいことに、しばらくそのままもにゅもにゅと胸の感触を楽しんでいたのだが……。

 

 我に返ったゆんゆんの顔が、先程よりも更に真っ赤になった。

 

「いやあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

***

 

 

 ほっぺがヒリヒリします。

 

「なぁゆんゆん、そんなに怒んなよ。あのくらいのボディタッチ、兄妹なら普通だぞ?」

「普通じゃない! 絶対普通じゃない!! 妹の胸を揉む兄がどこにいるのよバカっ!!」

「どっかの世界にはいるかもしれないだろ。しかし、ゆんゆん、お前将来は大物になるぞ。俺が保証する」

「それどういう意味!? アークウィザードとしてってことだよね!?」

 

 そうやって朝からぎゃーぎゃーと騒ぐ俺達だったが、騒がしいのはいつものことなので、同じテーブルにつく父さんと母さんは止めようともしない。

 苦笑を浮かべながら父さんが言う。

 

「お前達は本当に仲が良いなぁ。そういえばゆんゆんは、小さい頃は何度も『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』とか言ってたなぁ」

「そそそそれは昔のことだから!」

「ふふ、ゆんゆんったら赤くなっちゃって。ねぇ、どうかしらカズマ。ゆんゆんも二年後には結婚できる年だし、貰ってくれないかしら?」

「お母さんまで何言ってるの!? も、もう……本当に……まったく……」

 

 ゆんゆんはそわそわと落ち着かない様子で両手の指を絡ませながら、ちらちらとこっちに視線を送ってくる。

 ふむ、ゆんゆんが俺の嫁……か。

 

「……んー、でも俺、貴族のところに婿入りするつもりだしなぁ。あ、そうだゆんゆん、愛人じゃダメか?」

「最低!!! 兄さん、さいっっっっってい!!!!!」

 

 ダメみたいだ。

 ゆんゆんは血の繋がっていない妹という、男からすれば夢みたいな存在だから結婚は問題ないのだが、ままならないものだ。

 

 そう、俺はこの家族の誰とも血が繋がっていない。

 本当の両親は、俺が物心つく前にフラフラとどこかに行ったまま蒸発してしまったらしい。一攫千金を狙ってどこかのダンジョンに潜ったまま帰って来なかっただとか、父親の方が貴族の女と不倫して、その後血で血を洗うドロドロな展開になってどうのこうのだとか、色々噂は聞くが本当の所は誰も分からない。

 唯一俺が知っている両親のエピソードと言えば、俺が生まれてきた時に例によって紅魔族特有の変な名前を付けようとしたらしいが、当時赤ん坊だった俺が「カズマ」という言葉を連呼していたらしく、それが紅魔族のセンス的にもアリだったようで、そのまま俺の名前になったというものくらいだ。

 その時は天才児だなんだと持て囃されたようだが、12歳の時に作った冒険者カードに記された知力は、紅魔族の平均と比べても低かったという何とも悲しいオチがついた。どんだけ早熟なんだよ俺。

 

 まぁとにかく、そんな生きてるかどうかも分からない人達より、一人残された俺を養子に取ってここまで育ててくれた族長と奥さんこそが、俺にとっては本当の両親だと思っている。

 もちろん、ゆんゆんは可愛い妹だ。

 

 そんな可愛い妹は、まだお兄ちゃんのことを睨んでいた。

 

「……はぁ。それで、何で兄さんは今日に限ってこんなに早起きなの? 妹の初登校の朝に変なちょっかいばかりかけて……」

「それはもちろん、可愛い妹の記念すべき日なんだから、ちゃんと見送ろうと」

「はいはい。まぁ、いいや。どうせろくなこと考えてないんだろうし」

「あの、ゆんゆん、最近お兄ちゃんへの風当たり強くない? これが反抗期か……」

「自分の胸に触れて聞いてみればいいんじゃない? 兄さんが触るのは人の胸ばかりだけど」

「ご、ごめんなさい……」

 

 おうふ……ゆんゆんも中々キツイことを言うようになったもんだ。これも成長というものなのだろうが、お兄ちゃんは何だか寂しいです。

 

 

***

 

 

 ここはどうもアウェー感が拭えない、と学校の廊下を歩きながらぼんやりと思う。

 紅魔の里では、ある程度の年齢になると学校に入って一般的な知識を学び、12歳になったら魔法の修行を始める。

 しかし、学校というものがどうも苦手だった俺はろくに通うこともなく、勉強は家で自主的にやったり父さんに教えてもらったりしていた。

 両親は最初こそは学校に行くように説得してきたが、俺がとんでもないスピードで読み書きやら算数やらを覚えていくのを見て何も言わなくなっていった。この時もやはり天才児かなどと言われたものだが、それもただ単に早熟だっただけというオチだったようだ。

 でも何だろう、読み書きや算数なんかに関しては、“覚える”というよりは“思い出す”というような感覚が強かったような気がする……いや、気のせいだとは思うけど。

 

 そんな風に学校から逃げていた俺だったが、流石に12歳から始まる魔法の修行に関しては、ちゃんと学校で学んだ方が良いと思い、渋々ながら通うことにした……が。

 そこで大きな問題が発生した。

 別にいじめられたとかそういうわけではない。もっと根本的な問題だった。

 

 俺は、アークウィザードになれなかった。

 

 まさに人生真っ逆さま。天才児から落ちこぼれへの転落だ。ステータスが全然足りなかった。紅魔族なのにアークウィザードになれないなんて前代未聞だとか。

 今じゃネタみたいに言えるけども、当時は本当にショックだった。部屋に戻ってちょっと泣いた。いや、結構泣いた。なんたって、超優秀なアークウィザードになって、冒険者として稼ぎまくって貴族の家に婿入りして自堕落な生活を送るという夢が崩れたんだ。そりゃ俺でも泣くわ。

 

 そんなことを思い返しながら歩いている内に、気付けば目的の教室の前までやって来ていた。

 この中にいる生徒達は、俺と違って全員がエリートだ。とは言え、この俺が臆することはありえない。エリートとは言っても、12歳の少女達に過ぎない。いざとなれば、俺の必殺技を炸裂させてやるぜ!

 

 そうニヤニヤして手をワキワキさせながら、俺は目の前の扉を開いた。

 

「おらー席に着けー」

 

 小さな教室だ。男女別クラスということもあって、生徒は11人しかいない。

 俺の言葉を受け、いきなり俺に対して因縁をつけてくるやんちゃな子がいることもなく、みんな大人しく席に着いてくれる。

 ……と思いきや、一人俺の言葉を無視して呆然と突っ立ってる奴がいた。

 

「おいそこの友達少なそうな子、早く席に着けっての」

「そ、その呼び方やめてよ! きっとこれからでき……る……から……」

「その割には随分不安気だな」

「放っといてよ! というか兄さん、何やってるの!?」

「何って先生に決まってんだろ。あと、学校では兄さんはやめろ先生と呼べ。敬語使え」

「えっ…………えぇ……?」

 

 未だに混乱している様子で、ゆんゆんは席に着く。

 俺達のやり取りに教室がざわめくが、俺はパンパンと手を叩いて静かにさせる。

 

「悪い、そいつは俺の妹だ。かなり面倒くさい性格で友達が植物しかいないけど、仲良くしてやってくれな」

「に……先生! これイジメじゃないですか!?」

「イジメじゃねえよ失礼な。そんじゃ、まずは自己紹介だな。まぁ、そこのぼっち以外は、前からちゃんと学校に通ってたと思うからお互い良く知ってるだろうけど、俺は皆の大半とは初対面に近いからな。よろしく頼むよ」

 

 俺の言葉に生徒達は素直に頷いてくれたが、ゆんゆんだけは苦々しい表情で俺のことを見ていた。

 ゆんゆんも、俺と同じく12歳まで学校に通わず家で勉強をしていた。とんでもなく人見知りで、自分が学校なんかに行ったら空気を悪くするんじゃないかとずっと心配しているようだった。

 俺という前例を作ってしまっていた為、両親もゆんゆんにだけ学校に行けと言うことはできず、またゆんゆんは頭の方はとても優秀だったので、黙認という形をとっていた。何というか、流石に子供に甘すぎるんじゃないかと思う。俺が言うのもなんだけど。

 

 まぁしかし、ゆんゆんも俺と同じく、12歳からの魔法の修行の為に、結局はこうして学校に来るはめになったというわけだ。

 俺と違ってゆんゆんは、それはそれは優秀な初期ステータスとスキルポイントでアークウィザードになったわけだが。

 大喜びで冒険者カードを見せてきたのにイラッときて、その場で折ろうとしたら泣きながらビンタされたなー。あれは痛かった。

 

 俺はこほんと咳払いをして喉の調子を整えると、用意していた魔道具を空中に放り投げた。

 すると、俺の頭上には数々の魔法陣が浮かび上がる。

 

「我が名はカズマ! 紅魔族随一の商人にして新米教師、いずれは不労所得で毎日遊んで暮らす者!」

 

 名乗りと同時に、俺は漆黒のマントを翻し、魔法陣からは漆黒の稲妻がバチバチと迸り、俺の足元に次々と落雷として落ちていく。

 ……あ、ちょっと床焦げた。もうちょい威力抑える必要あるな、この魔道具。

 

 気になる生徒達の反応はというと。

 

「「格好いい……!!!!!」」

 

 どうやら好評のようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 実のところ、紅魔族特有の感性は俺にはあまり理解できないし、ぶっちゃけこれも結構恥ずかしいのだが、それで良好な関係を築けるのであれば多少は許容できる。商人をやっていると、人との繋がりとかは特に重要なものだしな。

 

 そんな中、ゆんゆんだけは顔を真っ赤にして、見ていられないとばかりに両手でその顔を覆っていた。そんなんだから友達できねえんだアイツめ。

 

 すると、やたらと発育の良い、眼帯をつけた少女が手を挙げて質問してきた。

 

「先生、ずっと気になっていたのですが、その格好良い瞳は一体……!?」

「……ふっ、これは強大なる邪神との戦いの末、何とかヤツを封印することに成功したんだが、その代償として俺の紅魔の力の半分が失われてしまったが故の後遺症なんだ……」

 

「「おおおおお!!!」」

 

 アホなことを言いながら、我ながら演技くさいにも程がある動作で右目を抑えると、クラスがまたどよめく。ゆんゆんだけは呆れた表情で溜息をついている。

 俺の目は、左目は紅魔族特有の真っ赤な色をしているが、右目は一般人にも見られる普通の茶色をしている。別に魔道具などで色を変えているわけではなく、天然の所謂オッドアイというやつだ。これが紅魔族の琴線に触れるらしく、初めて見る人は皆、目をキラキラさせて羨ましがってくる。

 個人的には、半人前の証みたいで嫌なんだけどなぁ、これ。

 

 今度は活発そうなツインテールの少女が手を挙げる。

 

「先生先生、すっごく若いですよね! 何歳ですか?」

「15。お前らの三つ上だな。言い忘れてたけど、俺は副担任だ。担任は、新年度の名乗りの練習でうっかり森を燃やしちまって、その後始末してるよ」

「だ、大丈夫なんですかその先生……」

「大丈夫じゃないから俺が副担として雇われたんだ」

 

 本来ここにいるべき担任であるぷっちんは、能力は確かなのだが調子に乗って問題ばかり起こす。俺や某ニートと一緒によく飲みに行ったりする仲で、休日は校長が知られたくない情報と引き換えに、俺のレベル上げを手伝ってくれる良い人ではあるが頭がアレという何とも惜しい人だ。

 と言っても、あれで頭までまともだったら俺やあのニートと仲良くならなかっただろうけど。

 

 こうして俺が副担任として雇われたというのも、ぷっちんと仲が良く連携が取りやすいという理由で校長や族長から頼まれたからというのがある。校長はともかく、族長の頼みは俺は基本的に断らない。

 まぁ、ここに来た一番の目的は他にあるんだけどな。

 

 次にポニーテールの少女が手を挙げる。

 

「先生、紅魔族随一の商人って言ってましたけど、その、どのくらい儲けてるんですか?」

「お、なんだなんだ、早くも俺の財産狙いか? 二年後までに色々成長させて出直して来い」

「ち、ちがっ……え、二年でいいんだ……」

「先生、セクハラです!」

 

 ポニテの子が何やらぶつぶつ言っているが、それを遮るようにゆんゆんが怒りの表情で机を叩いて立ち上がる。

 

「悪かった悪かった。詳しい額は言わないでおくけど、とりあえずこの里ではダントツで一番稼いでるよ」

「「ほうほう!」」

 

 そうやって声をハモらせたのは先程のポニテの子とツインテの子だ。将来有望だなこの子達、男は金だということをよく分かっている。思わず愛人候補にしてあげようかとも思ったが、ゆんゆんがとんでもない目で睨んできているのでやめておくことにした。

 

 持ち前の幸運のお陰か、どうやら俺には商才があるようで、紅魔族としては落ちこぼれでも商人としてはかなり成功している。

 俺は魔道具を作れるような大きな魔力はないが、世の中の流れを読んで、需要がありそうなアイテムを助言、考案したり、新しい商売を考えるのが得意だった。あるモンスターの繁殖期に合わせて、それに対し従来のものよりも有効なアイテムを考案したり、次に売れそうな魔法のスクロールを考えたり、この里のみならず他の街の観光事業にも口を出したりしている。

 そしてそれらが面白いようによく当たるので、この年にしてもう相当な額を稼いでいたりする。

 

 そろそろ俺への質問もないようなので、生徒達の自己紹介に移る。

 まず始めに、眼帯を付けた少女が華麗にマントを翻しポーズを決めた。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、作家を目指す者!」

「小説のジャンルを詳しく。もしかして、その発育の良さを利用した、妙に描写が生々しい官能小説なんかじゃ……」

「え……い、いや、普通の冒険物にするつもりですけど……」

 

 なんだ残念だ。

 美人作家が書く官能小説ってだけで大当たり間違いなしだと俺の商人としての勘が告げているのだが、ゆんゆんが今にも殴りかかって来そうなくらいに拳を握り締めてぷるぷる震えているので、あるえには後でアドバイスすることにした。

 

 それから何人かの自己紹介が進んでいく。後半に差し掛かったところで、どこかで見たことのあるような黒髪ロングの子が、片足を上げて格好良くポーズを決めた。もう少しでパンツ見えそう。

 

「我が名はねりまき! 紅魔族随一の酒屋の娘、居酒屋の女将を目指す者!」

「あー、居酒屋のねりまきちゃんか。この間は迷惑かけたな、ごめん」

「本当ですよ……酔ったそけっとさんを煽って脱がせて写真撮影なんて、ウチは風俗店じゃないんですよ?」

「いやー、あの時は俺も悪酔いしちまって…………どわああああっ!? 待て落ち着けゆんゆん!!!」

 

 ついにブチギレたゆんゆんが椅子を蹴り倒して襲いかかってきたので、しばらくの間自己紹介は中断することになった。

 こいつ、普段は大人しいくせに、頭に血が上るととんでもない行動起こすんだよな……。

 

 ゆんゆんはそれからしばらく俺をボコった後、ねりまきに何度も頭を下げ、皆の若干引いた視線を受けながら席に着いて俯いてしまった。

 ……流石に調子に乗り過ぎたな俺。あいつの自己紹介の時はちゃんとフォローしてやろう。

 

 その後は自己紹介も滞り無く進み、残り二人となった。

 黒髪ショートの、どこか少年っぽさもある少女がビシッとポーズを決める。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

「おー、お前がとんでもない魔力値を叩き出したっていう天才か。爆裂魔法なんて見たことあんのか?」

「はい、幼い頃に。あの全てを蹂躙する圧倒的な破壊力……今思い出しても興奮で身震いしますよ……!」

「た、確かにロマンはあるかもしれないけどよ……天才の感性ってのはよく分かんねえな……」

 

 うっとりと恍惚とした表情を浮かべて思いを馳せる少女に俺は少し引くが、やはり天才と凡人では頭の構造が違うのだろう。まぁ、爆裂魔法はあくまで見るのが好きということで、まさか自分が覚えるようなことはないと思うが。そこまでいったら感性が違うというか、普通に頭がおかしいだけだしな。

 

「じゃあ、次の子頼む」

 

 いよいよ最後、ゆんゆんの番だ。

 もう見るからに緊張している様子で、青ざめた顔で小刻みに震えている。だ、大丈夫かよ……。

 ゆんゆんは震える手を抑えつけるように、バンッと机を叩いて立ち上がった。

 

「わ、わわわ、我が名は……ゆ、ゆゆゆ」

「ゆゆゆ?」

「ち、ちがっ! ゆ、ゆんゆん!!」

 

 隣のめぐみんに首を傾げられ、慌てて訂正するゆんゆん。

 なんだこれ、こっちの方がハラハラする!

 

「落ち着けゆんゆん。ほら、ひっひっふー」

「ひ、ひっひっふー……」

「先生、それラマーズ法……お産の時の呼吸法ですよ……」

「っ!!!!????」

「あれ、そうだったっけか。流石は作家志望、物知りだな」

 

 あるえの指摘に、顔を真っ赤にしてショートするゆんゆん。あれ、俺さっきから邪魔しかしてないな……。

 それからゆんゆんは何とか再起動を果たすと、また必死に言葉を紡ぎ始める。

 

「こ、紅魔族随一の……ず、随一の…………」

 

 そこでまた言葉に詰まってしまう。無理もない、ゆんゆんは自己主張が苦手だ。能力的には十分誇っていいものを持っているが、だからと言ってそれを自信満々に言い放つのはハードルが高いだろう。

 ……しょうがねえな。

 

「ゆんゆん」

「……?」

 

 俺は自分のローブのポケットの部分をぽんぽんと叩く。

 それを見てゆんゆんが自分のポケットに手を入れると……一枚の紙を取り出して目を丸くした。

 そう、カンペというやつである。妹想いなお兄ちゃんは、このコミュ障が自己紹介で絶対詰まるだろうと思って、前もってあいつのローブのポケットに入れておいたのだ。

 

 ゆんゆんは必死の形相で紙に書かれた内容に目を通し、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「我が名はゆんゆん!!! 紅魔族随一のブラコンにして、やがてはお兄ちゃんのお嫁さんとなる者!!!!!」

 

 

***

 

 

 ゆんゆんは早退しました。

 

「――というわけで、基本的には魔法や戦闘における知識の勉強、魔法薬の作成、体術訓練、養殖によるレベル上げなんかを中心にやっていくことになる。スキルポイントを貯めて魔法を習得すれば晴れて卒業ってわけだ」

 

 俺の言葉に、生徒達はうんうんと頷いてくれる。何だかいい気分だ。

 

「学校でスキルポイントを貯める方法は二種類。養殖の授業でレベル上げを頑張るか、普段の授業で良い成績を残して、このスキルアップポーションを貰って飲むか、だ」

 

 そう言って、俺は小さなポーションの瓶を教卓の上に置く。自然と教室中の視線がそのポーションに集まる。

 俺はニヤリと笑うと。

 

「これ、欲しいだろ?」

 

 生徒達は皆、何度も頷く。特にめぐみんは身を乗り出していて、今にもかっさらって行きそうだ。

 俺はポーションの瓶を軽く振ると。

 

「じゃあ記念すべき今年度のポーション第一号は、今から出す問題に一番早く答えられた人にやろう。答える時は挙手するようにな。問題、俺の職業はなんでしょう?」

 

 懐から冒険者カードを取り出してヒラヒラさせているので、ここでいう“職業”というのが先生や商人といったものではなく、冒険者としての職業ということは生徒達も分かっているだろう。

 ちなみにこれは、ゆんゆんがいないからこそ出せる問題でもある。あいつは当然知ってるしな。

 

 皆一斉に手を挙げた。一番早かったのは、ツインテのふにふらだろうか。分かったという割には首を傾げている。

 

「じゃあ、ふにふら」

「アークウィザードでしょう?」

「ぶっぶー」

 

 教室がざわつく。

 当然だ。紅魔族に同じ質問をしてアークウィザード以外の答えが返ってくるなんて、俺以外いないはずだ。おそらく、生徒達は最初ということでサービス問題か何かだと思ったのかもしれない。

 

「ヒント。俺は初級、中級、上級魔法、それとテレポートが使える」

「やっぱりアークウィザードじゃ……」

「他には敵感知、潜伏、窃盗、拘束スキルなんかも使える」

「……え???」

「あとは鍛冶スキルや料理スキルも使えるな。便利なんだこれが」

「分かりました」

 

 生徒達が互いに顔を見合わせ困惑の色を浮かべている中、めぐみんの手が静かに挙がった。

 しかし、めぐみんも自分の答えに納得がいっていないのか、少し戸惑っている様子だ。

 

「じゃあ、めぐみん」

「冒険者……ですよね」

「いやいや、めぐみん。私達もそのくらいは分かってるって。でも先生は冒険者の中でどんな職業なのかって…………え、もしかして」

「他に考えられないでしょう。敵感知や潜伏といったスキルは盗賊のものです。鍛冶スキルや料理スキルに至っては、鍛冶屋やコックのものです。それでいて、アークウィザードのスキルも使えるとなると」

 

 

「大きな括りで言う“冒険者”ではなく、職業としての“冒険者”しかないでしょう」

 

 

 皆、口をポカンと開けたまま固まった。

 俺はその反応に満足して何度か頷くと、ポーションを持ってめぐみんの机の前まで行き、笑顔でそれを渡す。

 

「正解。流石は紅魔族随一の天才」

「あの、冒険者カードを見せてもらってもいいですか?」

「いいよ、ほら。あ、スキルポイント結構貯めてるから、変なところ触って勝手にスキル習得させたりすんなよ」

 

 俺がめぐみんにカードを渡すと、他の生徒達も一斉に集まって覗き込んでくる。

 なんだこれ、メッチャいい匂いする。男が集まっても臭いだけなのに、何で女の子ってこんないい匂いするんだろう。

 

 めぐみんは俺のカードを信じられないように見て。

 

「ほ、本当に冒険者ですね…………なっ、ちょ、何ですかこのレベル!?」

「あー、12歳の時にカード作ってから、知り合いに協力してもらって養殖ばっかやってたからな。元々冒険者はレベルが上がりやすいってのもあって、こんなことになった」

「そんなに努力できる人なのに、夢は不労所得で遊んで暮らすことなんですか……」

「遊んで暮らすって夢があるから努力できんだよ。何十年も好き放題に生きられるなら、数年頑張るくらい何でもないっての。俺の見立てでは、二年後、俺が17歳くらいの頃にはもう一生遊べる程の金を稼いでるはずだ。そっからはボーナスステージってやつだ!」

「な、何でしょう、一応は夢に向かって努力している人のはずなのに、全く尊敬できません……それだけのレベルなのですから、もっと、こう、危険なモンスターから街を守ったり……」

「知らん。他人がどうなろうが俺には関係ない。俺は俺がダラダラ過ごせればそれでいい」

「あなたそれでも本当に教師ですか!?」

 

 何やらおかしなことを言っているめぐみんは放っておいて、俺はカードを返してもらって教壇へと戻る。皆、驚きつつも呆れた表情をこちらに向けていたが、そんな中でくすくすという笑い声が聞こえてきた。

 

「……でもでもー、先生、本当にあたし達に魔法とか戦いを教えられるんですかー?」

「あはは、確かにー。私達、皆アークウィザードですよ? いくらレベルが高いと言っても、最弱職の人に教わることなんてないんじゃないですかー?」

「そんなことはねえぞ。アークウィザードといっても、お前達はまだ12歳の子供。俺は確かにお前達と比べたら凡人だけど、それでもお前達よりは経験積んでるんだからな」

「えー、でも先生、本職は商人なんでしょ? 戦いだって、ちょっとあたし達が訓練すればすぐ追い抜いちゃうんじゃないー?」

「だよねー。私達って一応エリートってやつだし?」

 

 などと、からかうように言ってきたのは、ふにふらとどどんこだ。

 まぁ、無理もないな。仮にも将来有望なアークウィザードが、最弱職に物を教わるということに抵抗を覚えるのは当然だ。しかし、だからと言って大人しく引き下がるわけにもいかない。

 

 はぁ……しょうがねえな。

 こんなことは本当に……本当に不本意なんだが、やるしかない。あーあ、やりたくないのになー、でもしょうがないよなー。

 

「……な、なんですか? なんでそんなにニヤニヤしてるんですか……?」

「えっと……先生? あの、ごめんなさい、言い過ぎましたから、その」

 

 俺の表情に本能的な身の危険を感じたのか、二人は先程の余裕ぶった様子はどこへやら、引きつった表情で言ってくる。だがもう遅い。

 

「いや、二人の気持ちは分かるよ。お前達はエリートだし、俺は紅魔族随一の落ちこぼれだ。でもさ、ここでは一応俺が教師で、お前達が生徒なんだよ。悪いけど、卒業するまでは俺の言うことは聞いてほしいんだ」

「分かりました聞きます! だからその気味の悪い笑顔は…………なんで手をワキワキさせてるんですか!?」

「せ、先生!? 何するつもりなんですか!? 先生!?」

 

 いよいよ泣きそうな顔になる、ふにふらとどどんこ。

 幼気な12歳の少女にそんな顔をさせるのは非常に良心が……うん、良心が痛むのだが、これも仕方ない。教師とは子供達の成長の為に、あえて子供の嫌がることをやって悪者にならなければいけない時があるのだ。

 

 俺は両手を前に出し、二人に向ける。

 

「お前達は見せしめだ。他の皆は、先生に歯向かうとどうなるかをよく見てろ」

「それ完全に悪役のセリフですよ!? あの、ゆ、許してくださいお願いします!!!!!」

「や、やめ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」

 

「『スティール』ッッッ!!!!!」

 

 俺の声で、教室は時が止まったかのように静かになった。

 皆、何が起きたのか分かっていないようだ。ふにふらとどどんこでさえも。

 だから俺は、その両方の掌に握られていたものを取り出し、指を引っ掛けてくるくる回して見せびらかした。

 

「どっちも黒かよ。ホント黒が好きだなー、ちょっと背伸びし過ぎじゃねえか?」

 

 そして時は動き出す。

 

 

「「いやああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」」

 

 

 当事者である二人は泣き叫び、他の皆もまるで魔王にでも会ったかのような恐怖の表情で、少しでも俺から距離を取ろうとする。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化した教室の中で、俺は満足しながら何度か頷く。

 

 良かった、このクラスとはこれから仲良くやっていけそうだ。

 


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