Infinite possibility world ~ ver Servant of zero 作:花極四季
今日からゴールデンウィークだから、その間にもう一話ぐらい投稿したいなぁ。
クエストらしいクエストをしていない。思い至ってしまえば、しこりとなって残り続けるもので。
所謂メインクエストっぽいことはしてきたけど、サブ――というか、有体に言ってお使いクエみたいなものを全然経験していないじゃないか。
それはいけない。この世界を楽しむならば、色々やってこそだろう。
戦いの訓練もいいが、それ以外のこともしたい。でも、ルイズちゃんを置いていくのもなぁ。
彼女の努力を尻目に自分はやりたい放題って、なんか違う気もするけど……取り敢えず恐る恐る許可を得てみよう。
「――という訳で、悪戯に時間を潰すよりも後の事を考えて私に出来ることをしておきたいと思うのだが……」
「……うん、そうよね。私が缶詰なせいでヴァルディも訓練ぐらいしかすることなかっただろうし、いいわよ」
「……いやにあっさりだな。断られると思っていた」
「貴方は私の使い魔だけど、それを理由に拘束するつもりはないわ。やりたいことがあるなら、遠出するでもない限り許可だっていらないし」
疲れが溜まっているのだろう。笑顔にいつもの明るさが欠けている。
それでも心配させまいと気丈に振舞っている以上、下手に心配するのはむしろ野暮になる。
「ありがとう、ルイズ」
「そんなことで喜んでくれるなら、幾らだって……」
ぽつり、と何かを呟いていた気がしたが、小さすぎて聞き取れず。
まぁ、聞き返すほどの内容とは思えないし、放置でもいいよね。
「ともかく、私はトリスタニアに赴きたい。あそこならば色々と情報も集まるだろうし、入用の物を購入も出来るだろうからな」
「そうね。なら、お金渡しておくわ」
ルイズちゃんがお金を保管している箱へと手を伸ばそうとしたところを、僕は制する。
「いや、必要ない。最近は学院で給仕の手伝いをして、その報酬でマルトーからは少なくない金を貰っている。君の手を煩わせるほどの高い買い物はするつもりはないさ」
「でも……」
「金の貸し借りは、友人でも使い魔でもしない方がいい。些細かもしれないが、それが亀裂となる可能性だってあるんだ。私は、君と仲違いなどしたくないからな」
本心を告げると、渋々と言った様子で手を引っ込めてくれた。
お金って大事だけど、恐いものだよ。現実でもゲーム内でも、それは変わらない。
ネットの海を彷徨えば、そんな被害の記事がボンボン出てきて枚挙に暇がない。
親しき中にも礼儀あり。そこら辺の線引きは大事にしないとね。
「分かったわ。私はまだ祝詞が半分出来たぐらいのペースだから一緒に行けないのが残念だけど、仕方ないわね」
「お土産を買ってくるから我慢してくれ」
「期待してる」
そんなやり取りを終え、僕は馬でトリスタニアに向かうのだった。
馬、か……。RAVE的には馬と言えばタンチモだよね。ブサ可愛くない、例のアレ。
興味がないことはないけど、アレは完全にユニークアイテム枠だろ……あったとしても。
そんなこんなでハイヤー!といったノリで馬を走らせ、昼頃にはトリスタニアに到着したのであった。
西洋文化独特の、狭い石畳の舗装を踏みしめ、雑踏を掻き分けるように進んでいく。
身長が高めなせいもあって注目されることにも慣れたが、流石にこう狭いところだと視線が痛い……。
見ないで、と見ず知らずの人に言える程コミュ力ある訳でもないし、言っても自意識過剰みたいでなんか恥ずかしいから我慢する。
露店や店内をブラついて、気の向くままに買い物。
目的性のない買い物は、何でこうも出費がかさむんだろう。ノリで買って、結局使わないものとか買ったりさ。
そうこうしている内に、妙にとある一帯から騒がしさを覚えたので、野次馬根性で近づいてみることに。
「そんな細腕で賞金稼ぎだと?笑わせてくれるじゃねぇか姉ちゃん」
「貴様には関係の無い話だ、邪魔だ鬱陶しい」
如何にもチンピラっぽい風体――というか山賊って言った方が似合うかも――のガタイの良い兄ちゃんと、それに絡まれる凛とした雰囲気の女性が視界に入る。
にべもなく対応されているにも関わらず、男はしつこく女性へ迫る。どこからどう見ても犯罪臭しかしない光景だ。
「美人な姉ちゃんのことだ、きっと娼婦でもしていた方が羽振りがいいんじゃねぇか?何だったら俺が買ってやってもいいぜ?」
「――……はぁ」
下品な対応に、深く溜息を吐く女性。
GM通報案件な台詞を平気で吐くあたり、この男はNPCか何かか?
時代考証――なんて大層なものではないが、異世界であるにしても文明の開拓レベルを考慮すれば、平民の集う環境ならば今のような言葉が飛び交うことも普通なのかもしれないし、それに倣ってそういう設定にしている可能性もある。
しかし、それにしたってプレイヤーの不快感を煽るのは良くないと思うんだけど……。
そんな考察をしていると、女性が腰に下げていた剣を音もなく引き抜く。
西洋風の鞘に納められたそれは、まるで刀を西洋剣にアレンジしたような片刃で出来ており、かなりの業物であることが窺える。
『おっ、おっぱじめるつもりかい相棒。いいぜ、そこの身の程知らずなんざ叩っ斬っちまえ!!』
突如、女性の持つ剣が震えたかと思うと、男の声が剣を中心に広がる。
「なっ――インテリジェンス・ソードだと!?」
「……警告しよう。私の前から失せろ。二度はない」
喉元に切っ先を向け、告げる。
断れば、躊躇いなく斬るだろう。そんな凄みを発している。
「ぐ、ぐぐ……嘗めやがってぇ!!どんなに物珍しかろうが、使い手が女じゃあなぁ――!!」
男は見下されたことに怒りを爆発させ、背負っていた長剣で斬りかかる。
剛腕によって振るわれる一撃は、まさに決死の一言。
「――女だから、何だって?」
しかし、それは当たればの話。
目の前の斬撃の恐怖を微塵も匂わせず、紙一重で回避したかと思うとそのまま一歩踏み込み、インテリジェンス・ソードの柄で喉を突いた。
「げぼぁ!!」
何が起こったのか理解できない、と言う表情をしたかと思うと、男は喉を潰された痛みでのたうち回り出す。
そんな男に無慈悲に再度切っ先を突きつける女性。
見下す視線は、とても冷たいもので。マズい、と直感的に思った僕は女性を止めるべく歩み寄る。
――刹那、首を飛ばされるイメージを見た。
一歩飛び退き、首の置かれていた箇所に刃が疾走する。
二撃目をアイゼンメテオールの腹で受け止め、鈍色の音を響かせる。
刹那の睨み合い。あそこで飛び退いていなければ、イメージ通りの結果が降りかかっていたところだ。
抜身の刃――そう形容すべきか。まさか近づくだけで問答無用で斬られるとは思わなかった。
「その、剣は――」
女性がぽつりと呟く。
それを隙と判断し、膠着状態からそのままインテリジェンス・ソードごと女性を押し退ける。
たたらを踏んだ彼女の足元に切っ先を振り降ろし、警告する。
「暴走するのは勝手だが、悪戯に民間人を刺激するような真似は遠慮してもらおうか」
「――ッッ」
女性はようやく混乱から落ち着いたのか、此方を僅かの間観察した後、インテリジェンス・ソードを鞘に納める。
「そこの男。これに懲りたら安易に絡むのはやめておけ」
男はコクコクと頭を上下させ、そのまますごすごと退散していった。
その様子を一部見守っていた野次馬は、喧嘩が収束したと見るが否や散り散りになっていく。
「次からは周囲に目を向けることを勧める。失礼する」
「――ま、待ってくれ」
やることやったし退散しようと思ったら、女性に呼び止められる。
「何かね」
「い、いや……少し、話がしたい」
「構わないが、長くなるようならば落ち着ける場所に移動したい」
「私から誘ったのだ、断る理由はない」
「ならば――そうだな、知人が営業している店があるからそこに行こう」
知人なんてトリスタニアにいるっけ?そう思ったそこの貴方(誰だよ)、いるじゃないか、少なくとも二人は!
「あらぁ、久しぶりねヴァルディちゃん」
「久しいなスカロン。今日は少し頼みたいことがあって尋ねた」
そう、魅惑の妖精亭だよ!
懐かしいなぁ、この店も。ルイズちゃんと働いていた頃がつい最近のようだ。いや、実際そこまで昔でもないか。
「――――」
キョロキョロと物珍し気に店内を見回す女性。
まぁ、分かる。他の店と比べて明らかに異質な光景だしね。
「頼み事?私に出来ることなら言って頂戴?」
「出来れば店内の端のテーブルを貸してもらいたい。少し彼女と話があるのでな」
「了解よん、丁度空いていることだしね。それにしても、ルイズちゃんは今日は一緒じゃないのかしら?」
「彼女はやることがあってな。今度一緒に訪ねるから、その時まで我慢してくれ」
「そうさせてもらうわ。ジェシカも寂しがってるでしょうし、近いうちによろしくね」
スカロンとの当たり障りのない会話を終え、指定通りの隅のテーブル席に案内される。
「魅惑の妖精亭……名前は聞いたことはあったが、何とも……個性的な店だな」
「否定はしない。だが、良いところだ」
「そうだな。……さて、話を――の前に何か注文しよう。水だけと言うのは気を利かせてくれた彼に失礼だしな」
「それもそうだな。じゃあ、これとかおススメだぞ」
「ほう、ではこれとこれを――」
メニューを気分次第に色々と頼み、ようやく話し合いの場が整った。
「っと、そういえば自己紹介をしていなかったな。私はアニエス、しがない傭兵兼賞金稼ぎをやっている。そしてコイツが――」
言いながら、アニエスは立て掛けていたインテリジェンス・ソードの刀身を鞘から僅かに覗かせる。
すると、
『デルフリンガーってんだ。よろしくな兄ちゃん』
「ああ。私はヴァルディと言う」
気安い雰囲気で挨拶をするデルフリンガー。
男性タイプでは今のところ出会ったことの無い、三枚目タイプ。ぶっちゃけ主人公の相棒ポジみたいなキャラしてそう(小並感)
そう言えばアニエスの事を相棒って言ってたし、しかも戦士としても優秀とか何この主人公。たまげたなぁ……。
装備や風貌からしても、某漫画の高速剣とか使ってる妖魔なお方を連想してしまう。まさに女戦士、って感じ。
貴族――というかメイジばかりが周囲にいたこともあって、同じタイプに出会ったのは初めてで、少し感動。
「ヴァルディ。その、だな。その剣の事なんだが」
「これがどうかしたか?」
テーブルに立て掛けていたアイゼンメテオールに触れる。
世界観的にも不釣り合いな大剣ではあるが、不思議とこういう酒場?では馴染んでいる。
剣士であるアニエスが同席していることも一助となっている気がする。
「それ、私がデルフと交換した奴なんだ。まさかこの化け物剣を扱える人間がいるとは……」
ジャンジャジャーン!今明かされる衝撃の真実ぅ~!マジかよドン千最低だな。
アホな想像してないで、改めて事実を再確認する。
「これを、君が……?」
「ああ。信じてもらえるかはともかく、それは私が遠方にて賞金稼ぎを追っている時に偶然発見したものなんだ」
「何故……」
いや、マジで何でだってばよ。
でも冷静に考えて、この剣が平然と店売りしている事実に比べたら然程不自然ではないことに気付いた。
と言うことは、主人公的イベントは彼女が済ませてしまったのか……。もうこれ(アニエスが主人公で)いいじゃん。
「それは私にも分からない。業物であることは一目で看破したが、それを取り回せるほどの腕力がない私にとっては宝の持ち腐れでな。だからと言って放置するのも勿体ないと思ったから、協力を煽って運んで貰った次第だ」
「なるほど」
「とは言え、店主もこれの扱いには困ったようでな。儀礼的な側面も持たず、ただ馬鹿デカイだけの剣と言うのは貴族社会的には不遇なんだろう。ゲルマニアならば好事家に高く引き取ってもらえそうではあったんだが、そこまでの距離を運んで貰うとなれば出費もかさむし、売れるかどうかも確定していないのに高い金払ってゲルマニアまで赴くのは少し博打だと判断した私は、色々あってデルフリンガーと言うインテリジェンス・ソードが店で売っている知った私は、これ幸いにとソレと交換したんだ」
『ソレとはひでえ言い方するな、相棒。こちとら相棒に身も心も溶かされたって言うのに――』
デルフリンガーを音を立てて鞘に収納する。
一瞬店内の人達が此方を向くも、それ以上何もないと分かれば元の喧噪を取り戻していく。
「馬鹿な言い回しをするな。――それはいいとして、お宝だと思ったものが最終的にただの荷物になったのは笑う話にもならないが、その結果お前に行き着いたと言うのならば、これも何かの縁なのかもしれないな」
「縁、か。随分とロマンチストだな」
「違いない。まるでこれではナンパでもしているようだな」
「それは光栄なことだ」
茶目っ気を含んだ笑みを零すアニエスを見て、ついこっちも微笑む(ヴァルディ基準)。
初対面だけど、意外と気さくな人で良かった。見た目通りの堅物だったら、コミュ障の僕では無理ゲーまっしぐらですもん。
「……不思議だな。まるで久方ぶりに会った友人のように話せる。自分で言うのもアレだが、普段の私は自他ともに認める堅物女なんだが」
「そういうこともあるだろう。友情の強さは時間の経過で測れるものではない。……我ながら青臭い言い回しだ」
「いいんじゃないか?初めて見た時は何を考えているかまるで分からない奴だと思ったが――意外と遊び心もあるんだな」
そんな会話が繰り広げられる。
アニエスの言葉ではないが、本当に不思議な縁があると思えるぐらいに、彼女からは親しみやすさを感じる。
旧来の友人が再会したようなやり取りも、まるで違和感がない。
ルイズちゃんにも似た感覚を感じたことはあるが、ここまでではない。一体何が違うと言うんだろう。
そうしている内に、注文した料理が次々と運ばれてくる。
それを皮切りに、アニエスが話題を変えてきた。
「しかし、トリスタニアは初めてではないようだが、お前のような目立つ男は見たことがない。剣を僅かに交えて分かったが、剣士としての実力もあるし、傭兵とかはやっていないのか?」
「生憎と経験はない。私は――まぁ、とある少女の護衛役みたいなものをやっている」
使い魔です、なんて言っても何だコイツ!?みたいな反応されそうだったので、真実を交えた嘘でボカす。
「護衛役……貴族のか」
アニエスは渋い表情をする。
「やはり、貴族は嫌いか」
「いや、そうではない。育ての親が貴族――と言うよりもメイジだからな、偏見はない。それとは別の理由だ」
口を閉ざし、それ以上は語ろうとしない。
詮索するつもりもないし、今度はこっちから話題を出そう。
「そうか。私は今、その少女の護衛から一時外れている状態でな。暇を持て余していると言うこともあって、トリスタニアには一人で来た。その少女への土産でも買うついでに、腕試しも兼ねて手頃な仕事でも探そうと思っていた次第だ」
「ふむ。なら、少し付き合わないか?」
「付き合う、とは?」
ふふ、ここでラノベ主人公のような変な勘違いはしないよ。
ズバリ!恋愛的な意味では一切ない、普通の頼み事だろうね。知ってるよ。
「実は……私はある探し物をしているんだ。石――そう、闇色に光る石、と言えばいいのか。石そのものではなく、それを所持している人間でもいい。知らないか?」
「いや……。しかし何故、そんなものを」
「……流石にそう簡単に言えることではない。だが、私の悲願達成には必要なことなんだ」
アニエスに暗い、昏い瞳が浮かぶ。
先程のチンピラ男と対峙していた時と同じ、修羅を彷彿とさせる雰囲気が浮かび、すぐに消えた。
「此方としても断る理由はない、が――せめてもう少し詳しい特徴を教えて貰わねばどう対処すればいいのかも分からん」
「そうか、助かる。しかし特徴か……難しいな。なにせ、幼い頃の記憶しかない上に、それによれば形には一定の法則はなかった筈だ。それこそ、唯一はっきりしているのは、闇色の光を発しそれに呼応するように魔法のような力を発動させていた、と言う所か」
「魔法の、ような?」
「ああ。信じられんかもしれんが、杖を使っている様子はなかった。それに――その力を行使していた奴らは、魔法の詠唱をしていなかった」
「……なんだと?」
えっと、確か詠唱なくして魔法は成り立たない筈だよね。
詠唱破棄、なんて浪漫溢れることは出来ない筈。
だからその力=魔法ではない、と言う結論に至ったんだろう。
筈、だのだろう、だのばっかり言ってるね。どんだけ曖昧3センチなんだよ。
「魔法至上主義社会において、普通ならば一笑に伏す話題だと思うのだが、思った通りお前は茶化したりはしない。流石にそこらの頭の固い傭兵崩れとは違うな」
「魔法があるなら、そんなマジックアイテムがあった所で不思議ではない。無知を棚に上げて否定するのも馬鹿らしいし、何よりも君が嘘を言っているようには見えなかった」
『ま、一瞬とはいえ相棒が剣を交えて、タダモンじゃねぇことは体感したばかりだし、今更だな』
「随分と買われたものだ」
他のモブ達が酷すぎるから相対的に良く見えているだけにしても、評価されて悪い気持ちにはならない。いいのよ? もっと褒めても。
「しかし、当てはあるのか?助力を惜しむつもりはないが、此方にも都合がある以上、虱潰しでは徒労に終わるぞ」
「それなんだが……ここ最近、トリスタニアに広まっている噂を知っているか?」
「噂?」
「梟の鳴く真夜中、人気無き裏路地に行くべからず。闇に紛れて死神が魂を狩りに訪れる。そんなわらべ歌紛いの噂話だよ」
「よくある怪談話の延長――という訳ではないんだろうな。火のない所に煙は立たぬとも言うし」
「事実、その通りだ。噂が広まった頃、とある二人組が真相を確かめるべく、一人が囮として路地裏に、もう一人は暗がりを避けて常に囮から目を離さないように監視、という編成で正体を確かめようとしたらしいが……とある一角がほんのりと紫の光を発したと思うと、一瞬それに意識を取られた監視役はすぐに囮役の方へと振り返ると、囮役の頸動脈が掻っ切られていたらしい」
そんなグロテスクな話題を聞き、思わず首に手を当ててしまう。
自分が同じ目にあるのを想像して、勝手に痛がるとかってあるよね。どちらかと言うと、くすぐられる時あるあるか。
「それは……悍ましい話だ」
「這う這うの体で逃げ出した監視役が憲兵を連れて翌日犯行現場に向かうと、何もなかったらしい。死体も、血の一滴も。それどころか、人がいたという痕跡さえも、な」
「ホラーにミステリーと、随分と詰め込んできたな」
「これが書に記された物語であれば、三流も良いところだが……果たしてどうかな」
「それを確かめるべく、同じ条件を再現する――そんなところか?」
「その通りだ」
そこで一息つき、アニエスはグラスの水を煽る。
僕は、その間を利用して率直な感想を告げる。
「危険だ。聞けば、一瞬の隙こそあれど音も立てずに殺人を行えるなど、余程の手練れだろう。そんな相手に後手に回るのは、賢いとは言えんな」
「否定はしない。だが、蛮勇と言う訳ではないぞ。今回の作戦の要は、デルフリンガーだ」
『剣としての実力なら保証するぜ!』
「それもあるが、それよりもお前の目だ。暗闇の中だろうと閃光の中だろうとお前の目は常に機能する。同時に、人間以上に視野が広いことも検証済みだ。不意打ちでやられるなんてことはないだろう」
『そっちかよ……まぁ、俺は剣であり盾だからな。それぐらいならお安い御用さね』
デルフはアニエスに役に立てるのが嬉しいのか、声色はそのままに高揚感のある雰囲気を醸し出す。
「随分な自信だな、足元を掬われても知らんぞ」
「裏打ちされる実績あってのものだ、決して侮っているつもりはない。それに、不意打ちを防げたといって逃げられてしまえば元の木阿弥だ。一度逃がしてしまえば、二度目は警戒されて同じ手は使えない。だからこそ、もう一手確実性が欲しかった。そんな時――」
「私に出会った、と」
アニエスは満足げに頷く。
信用――いや、信頼の籠った視線が、どうにも居心地悪い。
嬉しいけど、そこまで信頼されることをした覚えもないのにそんな目で見られても、違和感しかない訳で。
「お前は、私と同等の実力者のようだからな。逃げる犯人を追うぐらいなら朝飯前だろう?」
「買い被られても困るが……まぁ、微力ながら手伝おう」
「ありがとう。報酬はそうだな――金と物、どちらがいい?」
「物は内容次第では魅力的だが、先立つ物という意味では金もアリだな。少し考えさせてくれ」
「分かった。では全てが上手く行ったら、改めて検討しよう。あと、口約束では信用ならんかもしれんが、決して報酬をちょろまかすことはしないから安心してくれ」
「期待するとしよう」
決行時間は恐らく夜だから、ある意味で本当に朝飯前になるね。
……ルイズちゃんどうしよう。安請け合いしちゃったかな。
こういう時、TELLチャットがないことの不便さを改めて思い知らされる。
「では、夜に再び――と思ったが、それまでどうする?」
「そうだな、もし犯人がこの界隈にいるとなれば、下手な動きは出来ない。どういうトリックかは知らないが、犯行の痕跡を跡形も残さない奴だ。それこそ軽い運動だろうと、下手をすればそれを見られて警戒を煽る羽目になりかねん」
「面倒だな」
「警戒しすぎるぐらいが丁度いい。という訳で、だ。折角だし、うちに来るか?」
「君の?」
「ああ。父は住み込みで働いているから、普段は一人なんだ。それこそ、年に数度会えるかどうかの萎びた関係さ」
自嘲気味に微笑むアニエス。
父に会えなくて寂しい、だけど同時に安堵している。そんな感じがする。
「なら、お言葉に甘えさせてもらおう」
『男女が二人きりなんて、人間にしてみれば色々問題あるんだろうけど、相棒は男勝りだからなー。まかり間違ってもそんな展開にゃあ――』
先程よりも一際大きく、そして力強い
アニエス登場。そしてデルフは彼女の手に。この時点で彼女の立ち位置の重要性が分かるって、はっきり分かんだね。
と言うか現状でアニエスの伏線がヤバいことになってる。くっ、鎮まれ俺のサブキャラ大好き症候群……!!
何気にルイズちゃんと明確な意思で離れたのは今回が初な気がする。
そして、他作品通してモブ(ノーネーム)が登場したのも今回が初な気がする。昔はモブを使わないって意固地になってたけど、思えばそれって話の展開を狭める行為だよねー。
次回、アニエスとの初めての共同作業(意味深)と、ルイズちゃんがヴァルディと離れた後の魔法学院の描写を予定。
多分普段の二割増しで可愛いルイズちゃんが見られるよ。その代わり、原作成分が死んだ!になるけど。