Infinite possibility world ~ ver Servant of zero   作:花極四季

18 / 21
戦闘描写?なにそれ、美味しいの?


第十八話

ウェールズ皇太子から姫様の書いた手紙を受け取った翌朝。私達はイーグル号によって帰還するべくして、その船へと向かう準備をしていた。

ヴァルディは荷物らしい荷物を持っていない為、先に外に出ている。

 

ふと、今までの旅を思い返す。

トリステインの未来の為、私達は手紙を手に入れる旅に出て、こうして手に入れることが出来た。

旅の道のりは本来決して楽なものではなかった。けど、その道を楽なものにしてくれたのは、他でもないヴァルディだった。

私が窮地に陥ったときも、いつも彼はすぐに助けてくれた。

フーケの襲撃に対抗すべく残ったキュルケ達にも、感謝している。

……かく言う私は、この旅に同行した意味があったのだろうかと、この旅を重ねている間、思わない時がなかった。

戦える訳でも、機転を利かした発想をする訳でもなく、密命を賜ったという事実のみでしか存在価値を示すことが出来ないでいる。

ヴァルディを召還したという功績は、確かに大きい。

使い魔の功績はメイジの功績という条理に従うのであれば、私は確かに働いていると言えるだろう。

でも、そんなものに甘えて一生ヴァルディの腰巾着として生きるぐらいなら、いっそそんな功績いらない。

メイジとしてのプライドとか、周りの目が気になるからとか、そんな下らない理由じゃない。

ただ純粋に、ヴァルディの力になりたい。ヴァルディの隣に立つに相応しい人間になりたいだけ。

ヴァルディじゃなきゃ嫌だ。メイジと使い魔なんて事務的な立場を超えた関係を築きたい。

 

……認めよう。最早、自分の気持ちから目を逸らし続けるのは無理だ。

 

私は、ヴァルディが好きだ。これ以上とない程に、狂おしい程に。

 

たなびく黒髪が好きだ。

誰もが振り向く美貌が好きだ。

すらっと伸びた長身が好きだ。

余裕と優雅さを合わせた人格が好きだ。

こんな私を立ててくれる誠実さが好きだ。

その圧倒的とも言える強さが好きだ。

そして何よりも――私を包んでくれるあの暖かな掌が、好きだ。

 

今までは、心のどこかで彼への感情は、兄へ向けるそれだと思いこんでいた。

友達以上恋人未満。その中途半端な距離感が、私の感情に揺らぎがある何よりの証拠だった。

異性へ向ける好意として解釈しようとしなかったのは、恐らく今の関係が壊れることを恐れたからだ。

メイジと使い魔。それが圧倒的能力差を誇る主従関係が崩れることで、ヴァルディが傍からいなくなってしまう可能性を恐れていた。

離れて行かなくとも、これまで通りに行かないことは明白だった。

だったらいっそ、この微妙な距離感を保って生きていくのも悪くない。――そう、少し前までは考えていた。

 

でも、ワルドが私に未だに好意を抱いているという事実を知ってから、その決意に揺らぎが生じた。

彼に対する感情を呑み込み、それ以下の愛情を注ぐ対象と結婚をする?……巫山戯るな。

貴族として生まれたからには、政略結婚もやむなしと教育の一環で教えられてきた。

でもそれは、愛の何たるかを知らない幼子に向けられた知識であり、真に愛する人間を持ってしまった者に、その常識は通じない。

それはアンリエッタとて同じ。

トリステインが弱小国でなければ、アルビオンが貴族派に狙われなかったら、二人はお似合いのカップルとして国民から祝福され、何の滞りなく婚約を結べていただろう。

そう。悪いのは全て貴族派の奴ら。

何を目的に行動しているのかは知らないが、どうせ下らないことなのは想像出来る。

国家でも何でもないただの集合意識の塊が、目的の為とはいえ国家に喧嘩を売るなんてまともではない。

勝算があったのか、貴族派のトップが底抜けの阿呆なのか。

何にせよ、貴族派には然るべき報いがいずれ来るだろう。

如何に快調な滑り出しをしているとはいえ、出る杭は打たれるのだから。

 

「ルイズ、待ってくれ」

 

やるべきことを済ませ、部屋から出ると、待ちかまえていたかのようにワルドに声を掛けらる。

 

「何?」

 

「少しいいか」

 

そう言って、ワルドが私の額に触れた瞬間、

 

「あ、――――」

 

意識が、落ちる。何が起こったか理解するよりも、圧倒的に早く。

視界が暗黒に染まる刹那、ワルドの歪んだ笑みが映った。

 

「(助、けて。ヴァルディ――――)」

 

そんな微かな願いは、急速に落ちていく意識の前に脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

 

誰もいない教会の祭壇に立つウェールズ。

そして、その前に立つのは、ワルドとルイズ。

その三人のみの静寂の中、婚約の儀は行われようとしていた。

しかし、気付く者は気付いただろう。ルイズの瞳に感情の起伏が感じられないのを。

今の彼女は、まるで人形のようだと。

 

「皇太子。先程からルイズの使い魔は見えないようだが……」

 

「彼は君達が結婚を合意の上で成立させたと聞き、一足先にイーグル号で待っていると告げて行ってしまったよ」

 

「そうか。彼もルイズの使い魔として、思う所があるのだろう。そっとしておくのが正しい選択か」

 

それ以上ワルドは言及することはなかった。

それは、勝利への確信か。それとも――

 

「では、始めよう。ルイズ、いいね?」

 

「……はい」

 

絞りカスのような声色で、肯定するルイズ。

その姿を前に、ウェールズは淡々と儀式を続ける。

 

「私、ウェールズ・テューダーが始祖ブリミルの名において詔を唱えさせていただく。新郎、子爵ジャン・ジャックフランシスド・ワルド。何時は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」

 

「誓います」

 

一切の躊躇いもなく、ワルドは告げる。

 

「――では、新婦」

 

そう言って、ウェールズはルイズに視線を移す。

今度は、明確な意思を持って。

 

「……新婦。ラ・ヴァリエール嬢、如何なされた」

 

ウェールズの呼びかけに、ルイズは反応することなく俯いている。

 

「どうしたんだい?ルイズ」

 

「子爵。どうやら彼女は気分が優れぬ様子。私のことは気にせず、別の場所で婚姻の儀を改めて行うといい」

 

「いや、そこまでする程のことではないでしょう。折角の機会をフイにするのも勿体ない」

 

ルイズの異変に対しても尚、ワルドは結婚を成立させることを優先させようとしている。

まるで、何かに焦っているかのように。

 

「――何を、そこまで焦っておられるのですか?子爵」

 

ウェールズは、行動に出た。

 

「別に、焦ってなど――」

 

「では、何故新婦が不安定な状況下で、彼女の心配より婚姻の儀を進めることを優先しているのですかな」

 

疑惑を孕んだ視線をワルドへと向ける。

ワルドの頬に、汗が伝う。

 

「私としましてもこの役目を賜ったからには、遺恨無く全うしたいと考えております。そうでなければ、例え善意から来る提案だったとしてもここで辞退させていただく」

 

それだけ告げ、ウェールズはワルドの脇を通り、教会から出ようとする。

互いの影が交差した瞬間、ウェールズとワルドは、互いに杖を構え――互いに吹き飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

 

「があっ!」

 

椅子もろとも壁にぶつかり、土埃を上げながら両者立ち上がる。

ウェールズに比べ、ワルドの方が軽傷だった。

伊達に隊長を務めてはいない、ということだろう。

 

「……予想は当たってしまった、か」

 

「いつから気付いていた」

 

「さて、いつだろうね」

 

「まぁ、いい。どうせ形式だけのものだ。そんなことをせずとも、彼女は最早僕のものであることに変わりはないのだから」

 

ワルドは虚ろな目のルイズを片手に抱き寄せる。

 

「どういう手口かは知らないが――操ったな、心を」

 

「そうだ。そうでもしないと、彼女は僕のものにはならなかったようだからね」

 

「何故、そんなことを!愛しているというのならば、心を操って手に入れた所で虚しいだけだろう!」

 

激昂するウェールズを、ワルドは鼻で笑った。

 

「この際だから言ってしまうとね。僕にとってルイズは、道具に過ぎない。彼女の秘めた力――虚無さえ手に入れば、ね」

 

ワルドの言葉に、ウェールズは一瞬思考が止まる。

 

「虚無、だと?」

 

「そうだ。貴方は知らないだろうが、彼女は魔法の悉くを爆発という形で発現させてしまう特異体質なのだ。本来、魔法は失敗しても何も出ないにも関わらず、彼女はそうじゃなかった。これはつまり、彼女が特別だという証拠に他ならないだろう?」

 

「そんなもの、貴様の世迷い言に過ぎない!そんな証拠、どこにもありやしない!」

 

「しかし、信じるに値する証拠にはなり得る。僕はね、彼女を愛していたことに偽りはないんだ。僕が彼女を馬鹿にしないだけで、彼女は僕を慕ってくれた。その様子が、たまらなく愛おしかった」

 

「それは、ただの所有欲。人間に向ける感情じゃない!」

 

「言っただろう?僕にとって彼女は最早道具だ。僕の思い通りになってくれないのであれば、それは最早愛を与える価値もない」

 

その言葉に対し、ウェールズは唇を噛み締めて怒りを抑える。

 

「……よもや、その為だけにこんな大それた事をしでかした訳ではないのだろう?これだけならば、もっとスマートなやり方だってあった筈だからな」

 

「ご明察だ、皇太子殿。僕の目的は、彼女を手に入れることと、手紙の奪還。そして――」

 

瞬間、ワルドは突風を背にウェールズへと肉薄する。

そのあまりの速さに、反応が遅れた。

 

「ぐあっ――!!」

 

「貴方の命だよ、ウェールズ」

 

肩に刺突剣が突き刺さり、杖を手放す。

致命傷には到らないものの、これではまともに杖は握れない。

 

「貴様、まさか……レコン・キスタ」

 

「そう。僕はアルビオンの貴族派、レコンキスタの一員だ」

 

ワルドは剣に付着した血を拭き取りながら、淡々と答える。

 

「さて、これでチェックだ。後は彼女の甘い洗脳を強化し、いずれは意のままに操ることが出来れば――世界を手に入れられる」

 

「それは、どうかな」

 

「強がりを。貴方は最早、戦う術を持たない、ただの生贄――」

 

 

 

「――――爆・速・連・携《爆龍の十二翼》」

 

 

 

ガラスの割れる音と共に、ワルドが爆炎に包まれた。

吹き飛び、椅子の残骸と共に再び壁に打ち付けられる。

ワルドは理解が追い付かないまま地面を這い蹲り、首だけで見上げる。

 

「貴様、は」

 

「化けの皮が剥がれたな、ワルド」

 

イーグル号に先に向かっていたとされていた、ルイズの使い魔ヴァルディの姿がそこにはあった。

 

「何故、貴様がここに」

 

「最初からいたんだよ、彼は。昨日の段階で、私達は貴様の企みの半分までは気付いていたが、決定的証拠を押さえないことには始まらないから、こうして身体を張ってでも貴様の化けの皮を剥がす必要があったのさ」

 

ウェールズが皮肉混じりの笑みで、ワルドの疑問を代弁する。

 

「成る程、そういうことか。しかし、それでそのザマではな」

 

「どうせ僕はここで死ぬ。遅いか早いかの違いだ。ならば、囮になるのも一興」

 

ワルドが怒りの形相でウェールズとヴァルディを交互に睨み付ける。

 

「ヴァルディ。――貴様さえ、いなければ」

 

ワルドはボロボロの身体に鞭を打ち、立ち上がる。

そして杖を振り、全く外見が同じ分身を五体生み出す。

風のスクウェアスペル・ユビキタス《偏在》。術者と全く同一の分身を複数創り出すことが出来る、圧倒的性能を誇る魔法である。

しかし、その性質故、術者が傷を負った状態で発動した結果、傷も再現された状態で偏在が発動してしまっていた。

 

「思えば、貴様は最初から気付いていたのだろうよ。学院で感じた視線、私に対しての対応、反応の数々。そして、あの時桟橋で僕の分身を葬った時には、とっくに確信に到っていた。違うか?」

 

ワルドの問いに、ヴァルディは答えない。

帰ってくるのは、能面な表情の奥から滲み出る、侮蔑の感情だけ。

 

「だが、不意打ちは不意打ち。先程も桟橋の時も含め、貴様が手品めいた隠し球を持っていることは確証済だ。もう、油断はしない」

 

ワルドの中では、まだ勝ちの目があった。

負傷しているとはいえ、物量だけなら圧倒的に有利。

ましてや彼はメイジではないというのも知っている。

何かしらの小細工を弄することは出来るようだが、それさえも最悪分身を盾にすれば耐えることは容易い。

ガンダールヴであろうとも、決して敗北は有り得ない。

――そう、信じて疑わなかった。

 

「……それだけか?」

 

静かに、ヴァルディが口を開く。

 

「何?」

 

「能書きはそれだけか、と聞いたんだ」

 

ヴァルディの負の感情が、瞳を通してワルドを射貫く。

たったそれだけのことなのに、彼は指一本動かせなくなる。

明確なまでの殺意。それ以外の不純な感情は一切存在しない純粋なまでのそれは、否応なしに生物の危機的感覚を刺激する。

蛇に睨まれた蛙など生優しい。今のワルドは、ヴァルディという名の肉食動物に喰われる直前の無力な草食動物に過ぎない。

しかし、その現実をワルドは認めない。

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ――!!」

 

分身を含めた全てのワルドが、ヴァルディへと突貫する。

恐怖と焦りで前が見えなくなった彼は、作戦も何もないただの力押しに出た。

この無謀にも思える行動。実はワルドにとって正しい選択だった。

彼に小細工は通用しない。それならば、数で押すという単純な行為の方が効率的ではある。

――――だが、それでも。

その理屈はある程度の力量差であるからこそ通る理屈であり――天と地ほどの力の差がある両者の戦いでは、結局のところ何の意味も為しはしない。

 

「印・空・連・携《ルーン・フォース》」

 

たった一振りの剣戟が風を呼び、分身を一瞬で消し去った。

あまりにもあっけなく。それこそ夢でも見ているのではと錯覚してしまう程に、スクウェアクラスの魔法が打倒された。

 

「貴様、何をした。その剣も、形がさっきと違うではないか!」

 

「答える必要はない」

 

ワルドの疑問を無慈悲に一蹴し、ヴァルディはエクスプロージョンで斬りかかる。

先程の異質な力を前に警戒心を一気に強めたワルドは、逃げの姿勢を取る。

なり立てとはいえ、風のスクウェアメイジは伊達ではなく、風を利用した高速移動によりヴァルディと距離を取る。

しかし同時にスペルを展開出来ない魔法の特性上、圧倒的身体能力を誇るヴァルディ相手に迎撃を挟むことは出来ず、防戦一方を強いられる。

しかし、このままではいずれ魔力が尽きてしまう。そう考えたワルドは、強攻策に出る。

 

「くっ、来るな!近寄れば貴様の主、ルイズを殺す!」

 

一瞬でルイズに近寄り、盾にするように背後に回り込み、杖を首筋に当てる。

ルイズには洗脳が働いたままであり、抵抗する様子は無い。まさに体の良い人質だ。

如何にヴァルディが強かろうと、護るべき存在を盾に取られては身動きは取れない。

理屈としては正しいし、効果的であることも事実であった。

 

「――――あ?」

 

瞬きをした瞬間、ヴァルディはワルドの視界から消えていた。

そして、それと同時に背中に熱がじんわりと宿っていく。

振り向くとそこには、先程まで正面にいた筈のヴァルディが、青い剣を携えてワルドを睨み付けていた。

ルイズの身体を離し、その手を背中に向ける。

ぬるぬるとした感触に、思わずそれを視界に入れる。

そこには、べっとりと血がついた自らの掌があった。

実感と理解を重ねた瞬間、身体を襲う猛烈な苦痛と倦怠感。

 

「……一度ならず二度までも、貴様はルイズを穢した。その罪、購ってもらうぞ」

 

「く、そ――この、化け物め」

 

「化け物で構わん。化け物らしいやり方で、貴様を始末させてもらう」

 

悪態も意に介した様子もなく、無慈悲な断頭台が振り下ろされんとしていた。

 

「私は、こんな所で死ぬわけにはいかんのだ!」

 

距離を取り、閃光弾を地面に打ち付ける。

その隙に、ワルドは魔法でこの場から姿を消した。

 

「――――逃がさない」

 

視界を潰されたヴァルディは、ただ一点を見つめ、そう呟いた。

 

 

 

 

 

ヴァルディの凶刃から逃げおおせたワルドは、フライによって空を移動していた。

レコン・キスタの一員であるワルドは、目的の全てを達成することは敵わなかったが、それもすぐに撤回されるだろうと踏んでいた。

もうすぐあそこにはレコン・キスタの大群が押し寄せてくる。

逃げる時間もない上に、圧倒的物量で攻め込まれては、ヴァルディとてひとたまりはないだろうと考えていた。

仮に奴が生き延びた所で、ウェールズとルイズまで同じく生き残れるとは到底思えない。

そうすれば、こちらの勝ちだ。目的も充分に達成できる。

折角特殊な洗脳道具をとあるツテから手に入れたというのに、問題のルイズを手に入れることが出来なかったのは誤算だったが、そんなことは最早どうでもいい。

さらばだ、ガンダールヴ。――そう、邪悪な笑みを持って戦いの終局を告げた瞬間、ワルドは爆発に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

――――暗い。まっくら、だ。

何も見えない。自分の身体も、何もかもが。

まるで、夢を見ている気分だ。

生きているのか、死んでいるのかさえ掴めない、そんなふわふわとした感覚に身を委ねている。

いったい、私はどうしたんだっけ。

確か、ワルドに呼び止められて、その時に何かされて、意識が飛んで――

そうだ。ワルドだ。

ワルドは私に危害を加えた。更には、あんな見たことのない邪悪な笑みまで浮かべていた。

狂気。そうとしか言えない程に、彼の表情は歪んでいた。

それが何を意味するのか、私は漠然と理解する。

 

また、私は足手まといになったんだ。

恐らく、ワルドは私を利用して何かをやろうとしている。

今の私に対して利用価値を問うのであれば、それはひとつしか有り得ない。

ヴァルディへの、抑止力。

ワルドが私が想像しているような立場にあるのなら、それは間違いなく有効になり得る。

メイジである私が、使い魔の足手まといになっている。本末転倒も良いところだ。

 

闇の中に浮かべていた身体を起き上がらせ、歩き出す。

じっとしてなんかいられない。

これが夢の中の光景で、今の私の行動が覚醒に到らせる要因とはなり得ないとしても、ただじっと待つなんて出来ない。

 

……思えば、私は本当の意味で自分と向き合ったことはなかった。

ヴァルディに魔法が使えないという事実を晒された日。彼は私を何の問題もなく受け入れてくれた。

心のどこかで、その現実に満足していた。

私にとっての全てが、私を受け入れてくれているのであれば、それでいいじゃないかと。魔法が使えなくたって、いいじゃないかと。

そんな悪魔のささやきを、知らずに受け入れていたのかもしれない。

だってそうだろう?そうでなければ、きちんとヴァルディに自らの魔法のことを説明し、それを踏まえて改善策を考えるなりしていた筈だ。

幸いにも、ヴァルディは一般的なハルゲキニアの常識の外にいる。知識も含めて、私達には無いものを備えている。

そんな格好の教師となり得る存在を前にして、一度とて相談しなかったのが何よりの証拠。

――原因は分かっている。自分の口で、自分の汚点を晒すことが怖かったんだ。

ギーシュが決闘騒ぎの勢いで晒した言葉を、確かに彼は否定した。

でも、それは所詮ギーシュが口にした言葉であり、私が直に宣言した訳でも何でもない。

その差が一体何を示すのか。それは、覚悟の違いだろう。

他人が口にしたのであれば、それは事故のようなもので済まされる。だけど、自分で打ち明けるのとなれば別問題。

一度目は勢いで済んだかもしれないけど、二度目となれば冷静にもなっている筈。

その時、失望混じりの言葉で返されたら――有り得ないと思いつつも、そうなる可能性を自ら殺していた。

 

でも、それでは駄目なんだ。

そうやっていつまでも後ろ向きな考えでいるから、真正面からヴァルディに向き合えないんだって気付いた。

自分に正直になれていない相手に対して、どうして正直に向き合える?

これからは、きちんと話し合う機会を設けよう。

自分の苦しみ、悩み。そういった膿を吐き出して、全てさらけ出してしまおう。

その為にも目覚めなければ――そう思った時、目の前が徐々に明るくなっていく。

暖かい、光。まるで、ヴァルディに抱かれているような――

そんな甘い感覚に身を委ねていると、徐々に視界が鮮明になっていく。

 

「――――ヴァル、ディ?」

 

気が付くと私は、天井の抜けた教会のような場所でヴァルディの腕に抱かれていた。

 

「良かった。気が付いたようだな」

 

「私、何が何だか……」

 

現状を理解出来ない私に、ヴァルディは淡々と事実を述べる。

ワルドが私を洗脳し、無理矢理婚姻を結ばせようとしたこと。

ワルドがレコン・キスタ――貴族派に与する者だったらしく、ウェールズ抹殺と手紙の奪還を目論んでいたこと。

ワルドは撃退したが、ウェールズは怪我を負っていること。

テンコマンドメンツの力で、私の洗脳を解いたこと。

 

「……そう」

 

夢の中である程度の見切りをつけていたとはいえ、実際現実だと知ると、もの悲しいものがある。

アンリエッタも、ワルドを信頼して私達に同行させたのだから、この事実を知れば悲しむだろう。

 

「そうだわ、ウェールズ皇太子は?」

 

「僕はここにいるよ」

 

ウェールズが肩から血が滲ませた状態で、こちらに近づいてくる。

 

「そのお怪我、大丈夫なのですか?」

 

「命に別状はないが、杖を握るのは無理だろうね」

 

「そんな……。なら、今度こそ亡命を――」

 

言おうとして、堪える。

昨夜、ヴァルディにウェールズの決意を代弁してもらったばかりではないか。

それでいて、今更水など刺せるものか。

 

「……どうやら、君も理解してくれたようだね。ヴァルディ殿のお陰かな」

 

そう、ウェールズは儚げに笑う。

しかし、彼の決意は揺らぐことなく、今も彼の内に在り続けている。

 

「さぁ、行ってくれ。この音を聞く限り、かなりの大群が押し寄せて来ている。僕が囮になるから、君達は逃げるんだ」

 

「……分かった。行くぞ、主」

 

「……うん。ごめんなさい、有り難うウェールズ皇太子」

 

「こちらこそ、僕の我が儘を認めてくれて有り難う」

 

そう言って、ウェールズは教会を飛び出していく。

杖もまともに握れない身体で、しかもたった一人で敵へと向かっていく。

その意味を考えると、怖くてたまらない。

私達が、彼を死地に追いやったのだと。そう考えると、震えが止まらない。

 

「行こう。彼の決意を無駄にしない為にも」

 

そんな私の肩を抱いて、彼はいつも通りの口調で告げる。

その強さが、私の恐怖を打ち消してくれる。

 

「……ええ。私達は、絶対に任務を完遂しなければならない。ウェールズ皇太子の為にも、トリステインの未来の為にも」

 

強く拳を握り締め、歩き出す。

その瞬間、足下が隆起する。

地面を掘り返して現れたのは、ヴェルダンデに始まり、フーケとの戦いで置いてきたキュルケ達だった。

 

「おお、二人とも無事だったか!」

 

「もう、心配したんだから!」

 

「ギーシュに、キュルケ。それにタバサも、一体どうして」

 

「君の持っている水のルビーの匂いをヴェルダンデが覚えていたんだ。アルビオンの外壁を掘って直通でここまで来た次第さ。下にはシルフィードが待機しているから、ここを通れば脱出出来る!」

 

「ドヤ顔で何言ってるのよ……。でも、ギーシュの言っていることは本当よ。さぁ、早く!」

 

キュルケに促され、私達は穴へと飛び込む。

ウェールズへの哀悼の意を胸に、私達はアルビオンを脱出した。

 

 

 

 

 

シルフィードの背の上で、言いようのない虚脱感に身を委ねる。

いやぁ、ワルドは強敵でしたね。

ウェールズの作戦で、彼がワルドのボロを出すように誘導し、証拠が掴めれば参戦する、という体で進行していた。

その間僕は教会の上で待機してたんだけど、時間があったからこの間にテンコマンドメンツ

の能力を色々試していたんだよね。

流石にグラビティ・コアは足場踏み抜くから使わなかったけど、それ以外は試した。

さて、お次は連携を試さなければと意気込んで、台詞も叫んで振り抜いた瞬間、ガラスに足を突っ込んでしまいそのまま落下。偶然にもそこにいたワルドに命中という、何とも間抜けな流れで戦闘が始まった。

ウェールズが怪我していたから、化けの皮はとっくに剥がれているだろうということで、何食わぬ顔で空気を読んだら当たってた。

それに、ワルドが親の敵のようにこっちを見るもんだから、こりゃもう確定だなと。

 

それからは、テンコマンドメンツの連携を使えることが発覚した僕の独壇場だった。

魔法はルーン・フォースで完封、シルファリオンで相手よりも早く動け、エクスプロージョンで高威力の打撃を叩き込む。

更には逃げたワルドへの追撃――何故か逃げた方向が分かったけど、それはどうでもいい――にデスペラード・ボムをぶちかましてみたら、教会の屋根ごと吹き飛ばしてしまったのだ。

そもそも言うほどリーチがある技でもないのに、どうして使おうと思ったのか。それも分からない。

 

それはそうと置いておくとして……なんて言うか、これは違うな、って思った。

本当なら、この状況はもっと苦戦する筈だったんだと思う。

曲がりなりにもスクウェアメイジを相手に無双するなんて、普通の展開じゃ有り得ない。

それもこれも、テンコマンドメンツが強すぎるのがいけないんだ、と気付かされた。

だから、決めた。このミッションが終わったらテンコマンドメンツは暫く封印しようと。

この世界のことをゲーム感覚で捉えないように決めたとはいえ、それとこれは別問題。

この世界を楽しむ――その目的の為には、この最強武器は枷にしかならない。

絶対にもう使わないという訳ではないけど、もっと視野を広げて自分のやれることを探していこうと思う。

次は何がいいかな。今までは剣を使っていたし、槍とか、斧とか、それとも拳とか?

それに、もしかしたら僕自身にも特殊なスキルがあるかもしれないし、それを試すのもいいかもしれない。

とにかく、やれることはやったんだ。後は帰るだけだ。

 

「……ヴァルディ」

 

ルイズちゃんが話しかけてくる。

 

「どうした」

 

「私ね、甘えてた。ヴァルディに護ってもらえるからって、自分が魔法を使えない現実から目を逸らしてた。でも、それじゃ駄目なんだって今回の件で気付かされた。何も出来ない癖に、迷惑ばかり掛けて……」

 

膝を抱えて、そう語る。

……そうか、彼女もこの旅の間で思うところがあったんだ。

彼女が何を思ってその結論に到ったのかは分からない。

僕は彼女の苦労や苦悩も知らない。だから、その言葉に掛ける返しが思いつかない。

彼女は真剣だ。その真剣な気持ちに、半端な知識と思いで答えてはいけない。

 

「だから、ね?もし迷惑じゃなければ――私が強くなる方法を一緒に探して欲しいの」

 

「無論だ」

 

ルイズちゃんのお願いに、間髪入れず答える。

自分にどこまで出来る分からないが、出来る範囲でなら協力は惜しまないつもりだ。

 

「ありがとう。――じゃあ、お礼をしないとね」

 

「礼?」

 

そう言ってルイズちゃんの方へ振り向こうとした瞬間――頬に柔らかい感触が走った。

何が起こったのか分からないまま、ルイズちゃんの方へ改めて振り向くと、彼女は顔を真っ赤にして俯いている。

……まさか、まさかまさかまさかまさか――――!!

 

「お礼、だから。あくまで、お礼だから!」

 

「あ、ああ」

 

思考回路がショート寸前ってレベルじゃねーぞ!

こんなミラクルロマンスが起こって良いのか!いや、ない!

ルイズちゃんの言うとおり、お礼以上の他意はないのかもしれないが、僕にとってそんなことはどうでもよかった。

キスを、された。頬とはいえ、その初めての感覚を、僕は生涯忘れることはないだろう。

妹分のしたことだから、ノーカンと捉えられる程、この手の行為に慣れてはいない。

くそっ、考えるな考えるな。そういった目で彼女を見てはいけないんだ。

 

「五月蠅いわよ、ヴァリエール。何叫んでるのよ」

 

「な、ななな何でもないわよ!」

 

「本当?怪しいわねぇ」

 

キュルケがルイズちゃんの言葉に反応したことで、意識が僕から離れていく。

内心ホッとしていると、ふと、他の視線に気が付く。

視線の先に顔を向けると、タバサ先生がじっとこちらを見つめていた。

 

「……どうした?」

 

「……どんな感触だった?」

 

「……見ていたのか?」

 

「バッチリ」

 

……終わった。何もかもお終いだぁ。

あんな恥ずかしエピソードを見られるとか、しかも初めてなのに。

いや、タバサ先生は悪くない。こんな狭い場所でそんなことをいたしたルイズちゃんがいけないんだ。

いや、それも違う。いや、誰も悪くない、よな――?だったらこのもやもやは誰にぶつければいいんだ畜生!

 

「……このことは誰にも話さないで欲しい」

 

「別に構わない。その代わり、頼みがある」

 

「頼み?私に出来ることなら何でもする」

 

ん?という幻聴がタバサ先生から聞こえた気がしたが、気のせいだと信じたい。

 

「なら――今度、貴方のことを聞かせて欲しい。貴方が持つ私にとっての未知の知識でも、貴方自身の事でも何でも構わない」

 

「それぐらいなら安いものだ」

 

「今度は、図書室ではなく私の部屋で」

 

「了解した」

 

予想外の展開に発展してしまったが、恥ずかしエピソードをばらまかれるよりは全然良い。

タバサ先生がそんなあくどい性格をしているとは思っていないが、口を滑らせてしまうことはあるだろうし、保険を掛けておくに越したことはない。

 

ともあれ――だ。

これで本当の本当に、ミッション終了だ。

あとはニューカッスル城って所に行くようだけど、報告ぐらいだから実質もう終わりだよね。

なら、今はこの空の景色を堪能しますか。

 

 

 




祝・アルビオン編完結!

いやー長かった。という程でもないんだけど、ワルドだのギーシュだのどうでもいいキャラの描写が多かったから、余計に長く感じた。早くティファニアと絡ませたい。

今回のミッションを通して、ルイズが完全にデレました。でも、まだ成長の余地(意味深)あり。
次章からは、ご無沙汰だったシエスタとタバサの絡みを中心に書いて行けたらいいなぁ(願望)

あと、これの投稿が終わった後に活動報告にてとある告知をするので、興味があればそちらもご覧下さい。この小説に大きく影響することはありません。多分。

ワルドの視点で描写した爆発ですが、あれはデスペラード・ボムみたいなものですが、爆発判定が違いすぎるのはガンダールヴのせいです。キング涙目。
その他の技に関しても軒並み強化されていますが、大体は原作同様って理解で良いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。