Infinite possibility world ~ ver Servant of zero   作:花極四季

17 / 21

久しぶりに書いている途中にデータが軽く飛んで、凹んだ。



第十七話

夜空が近い。

手を伸ばせば届きそうになると錯覚する程の高度に、今私達はいる。

桟橋を登り、ワルドの機転により夜による船の出発を可能とした私達は、こうして身体を休めながら船の上で夜風に当たっている。

仮眠は先程済ませたばかりで、身体を解すという意味合いでも風に当たろうと思い甲板に出た所、ヴァルディが甲板の端で佇んでいたのを発見。

声を掛けることなく、無言で隣に立つ。

彼はそれに特に反応するでもなく、じっと景色を眺めている。

ふと、思う。

もしかして、ヴァルディは船に乗ったことがないのではないか、と。

彼の性格からして、ここまでひとつの事に注目するというのはそうそうない、と思う。

隣に来る以前からこうしていると考えると、この景色が彼にとって新鮮み溢れるものだから、ここまで注目しているのかもしれない。

……思わず、可愛い。なんて思ってしまった。

所詮、この推測も事実を証明出来ない以上、妄想の域を出ない代物だけど、普段とのギャップを考えると、そういうのもいいかもしれない、と思う自分がいた。

普段の彼も好きだが、凛々しい中にも純真さを併せ持っている彼でも全然良いと思う。

 

「綺麗……」

 

ふと、彼の横顔を見たとき、そう呟いていた。

生来の端正な顔立ちに夜風に靡く黒髪。それらが星が瞬く夜空を背景に、より一層美しさを際立たせていた。

だからといって、何を口走っているんだ私は。

しかし、ヴァルディは景色のことだと勘違いしたらしく、淀みなく私の感想に答える。

 

「そうだな」

 

身から出た錆ではあるが、今回ばかりはその勘違いを利用させてもらおう。

だって、恥ずかしすぎるんだもの。

 

「この先で戦争が起こっているなんて、とても思えないわ」

 

「しかし、現実に起こっているからこそ、姫殿下の依頼があった」

 

私達にとっての世界は今、とても穏やかな空気に包まれている。

しかし、あと数時間もすれば、血と泥にまみれた世界へと移り変わる。

私の抱いている平和も所詮、仮初めのものに過ぎない。

ここは最早、何が起こってもおかしくない空域なのだ。

 

「分かってるわ。噂が何度も耳に届いていたし、ここまでくれば現実だって嫌でも思い知らされるわ。――でも、それで納得できるかどうかは別問題よ」

 

正直な話、今でも自分が国の運命を左右する立場にあるということを実感しきれていない部分がある。

戦争なんていう概念とは程遠い生き方をしてきたからというのもあるけど、一番の理由はやっぱり私が戦いに参加していないことにあると思う。

幸か不幸か、誰も傷つけず自らも傷ついていないという現状が、現実を曇らせている。

しかし、それを補うかのように予め見ていた、戦争の夢。

ヴァルディが単身万に近い軍勢に立ち向かう光景。

その縁起でもない光景が、私の戦争に対しての悪感情を募らせている。

 

「戦争は、嫌い。大切なものを奪うから」

 

夢のような光景が現実になって欲しくない。

私から、大切な人を奪わないで欲しい。

 

「……戦争を経験したことがあるのか?」

 

「ないわ。ないけど、似たようなものかしら」

 

ヴァルディは、私の夢のことなんか知らないから、そう思うのも無理はない。

でも、説明する気にもなれない。

声に出せば、現実になりそうだから。

 

「ねぇ……貴方のこと、聞いてもいい?」

 

気付けば、先延ばしにしてきた言葉を口にしていた。

これから死地に赴くということもあり、悔いのないようにと無意識が働いたのか。

先延ばしを重ね、気付けば彼が傍にいないなんて最悪の結果を避けたかったからなのか。

何にせよ、自覚している内には聞き出すことが出来なかったであろう自分の性格を考えると、良い機会なのかもしれない。

 

「いきなりどうした?」

 

自分でも突拍子もなく思う話の流れに、ヴァルディが困惑している、ように見える。

 

「いきなりも何も、私は貴方のことを全然知らないって思ったから。私の使い魔になってくれてからもう何日も経っているのに、貴方は自分のこと何一つ語らないんだもの」

 

私の知っているヴァルディは、強くて、優しくて、頼りがいのあるエルフの青年。

しかし、それでは人柄――つまり、外面しか理解することが出来ない。

彼のすべてが知りたい。良いところも悪いところも含めて、余すところなく。

自分でも我が儘だと思う。

私だって、まともに自分語りをしたことない分際で、彼には一方的に問いただすような真似をする。

そんなことだから、彼も自分のことを語ってくれないのだ。

 

「私には、言えないこと?」

 

それでも私は愚かなことに、押せ押せの姿勢を貫いている。

性格もあって引っ込みがつかないのもあるが、ここで引き下がったら再びこの質問をする機会が訪れるのか分からないから、恥も外聞も捨ててでも現状に留まろうと必死になる。

 

「……私のことなど、聞いてもつまらないだけだ」

 

「それを決めるのは、私よ」

 

躊躇うような語気。

そこにはどんな思惑があるのか、私には分からない。

それでも、私は彼が何を言おうとも受け入れてみせる。

その程度のことが出来ずに、何が貴族だ。何がヴァルディの主だ。

 

「教えて、お願い。――それとも、私なんかには、話せない?」

 

懇願するように、問いかける。

これで駄目なら――そう考えていた時、彼は静かに独白を始めた。

 

「――私が始まったのは、主に召喚されたあの日からだった」

 

「そうじゃなくて、私に召喚される前の――」

 

「違う。私という存在に意味が与えられたのは、あの日からであり、それ以前の私は無価値だった。故に、語ることがないのだ」

 

――私はただ、驚愕していた。

ヴァルディとはそれなりに長い時間を共に過ごしてきた。

無表情が張り付いた、それこそ人形のような造形を崩さないいつもの彼の表情が、苦虫を噛み潰したかのように苦悶に歪んでいた。

一般的な表情変化と比較すれば、特別大きな変化とは言い難い。

しかし、そこはヴァルディがそれを為したからこそ、その異常性が伺えるのだ。

 

何故、こんな表情をしているのだろうか。

そんなにこの話題は、彼にとって地獄に等しい内容だとでも言うのか。

彼の言葉を一度整理してみよう。

あの日、とはつまり召還された日のことだろう。

召喚されたその日、彼は意味を与えられたと言っていた。

そしてそれ以前は彼は自らを無価値と評した。

彼に価値がない、なんて馬鹿なことは有り得ない。そう声を大にして言いたいが、今はそんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。

自分で自分のことを無価値と言うなんて、真っ当な生き方をしてればまず有り得ない。

どんなにネガティブな思考を持つ人間でも、結局自分が大事である以上、自分を壊す最後の一線を越えるようなことはしない。

私だって、魔法が使えない劣等感を間違った貴族らしさを振る舞うことで誤魔化し続けてきたから、分かる。

しかしその最後の一線を、彼は越えていた。

――――こんなの、まともじゃ、ない。

 

では、何が彼をここまで追い詰めていたのだろうか。

圧倒的なまでの戦闘能力を持つ彼にとって、有象無象を恐怖の対象とするには力不足も甚だしい。寧ろ、立場としては恐怖を植え付ける側だろう。

ならば、原因は一体何だろうか。

一度、視点を変えて考えてみよう。

人間は何を恐怖する?エルフ、いや、ヴァルディに限らず、本能的にヒトが何を恐れるか。

それに加えて、彼が自らを無価値と評した背景も整合する。

極端な話、自分の価値なんてものは自分で決めるものだ。

私が言っても説得力がないかもしれないが、それを教えてくれたのは他でもないヴァルディだ。

そんな彼が行動を持って示してくれたことを、彼自身が理解していない筈がない。

そうなると、必然的にこうは考えられないだろうか。

――ヴァルディは、その価値を選択する権利さえ、最悪、自己価値について思考する余裕さえなかったのではないか、と。

自分でその発想に至っておいてあれだけど、価値が選択できない環境なんて、そんなものがあるのだろうか。

 

まさか、と。

ふと、最悪の可能性が過ぎる。

――監禁・幽閉。それも、光どころか音すらも届かない石造りの部屋に。

或いはエルフの一族から迫害を受けていたか。

過程はこの際重要ではない。

もしこの仮説が当たっていたとするなら、あらゆることに説明がつく。

先程の自己価値に関しても、そんな場所で過ごしていれば間違いなく希薄になる。

自己を見つめ直す鏡もなければ、声さえまともに響かない静寂に肉体を

それは、世界に拒絶されているも同義なのだから。

寧ろ、自我をこれだけ保てていること自体、ヴァルディが如何に強靱な精神力を持っているかの証明にさえなっているぐらいだ。

普通の人間なら、三日で壊れてしまうのは確実だ。

そして、彼の人形を想起させる無表情。

感情とは、それを出すに相応しい状況が成立しないと発現しないものだ。

苛々するから怒り、悲しい出来事があったから泣き、楽しかったから笑う。それは必然であり、常識だ。

それこそ、感情を失う程の絶望が彼を襲うか、音も光もない世界に隔離でもされない限り、誰もが平等に持ち得る情緒だ。

 

――酷い。酷すぎる。

全て妄想だ。実際にそうだと証明された訳でもない。ただの杞憂の可能性だって高い。

それでも、証明されない限りはあらゆる可能性がそこに存在し続ける。

そして、その証明をする言葉が紡がれることはない。

妄想としての余地が残っている段階で、こんなに胸が苦しいというのに、誰が訪ねられるものか。

そう、思っていたのに。

 

「――それでも、いい。どんな些細な事でもいいから、貴方のことが知りたいの」

 

私は今、とても残酷なことを口にしている。

我欲を優先し、悲痛な表情を歪ませる使い魔の過去を探ろうとしている。

最低なんて言葉では済まされない。彼の逆鱗に触れ、首を落とされたとしても文句はいえない無礼行為だ。

後悔している。それが例えほんの少しの好奇心が突き動かした結果であろうとも、彼を傷つけたことに変わりはない。

それだけヴァルディのことを知りたいという感情なんて、何の免罪符にもなりはしない。

 

「あ、そろそろアルビオンが見えるわ」

 

ふと、視界の端にアルビオン特有の白の風景が映ったので、慌てて話題逸らしに利用する。

それで彼を傷つけた罪滅ぼしになる訳ではないが、これ以上言及するのに比べれば全然マシだ。

 

それから、私達は他愛のない話をする。

心なしかヴァルディの沈んでいた雰囲気も戻っている気がするのが救いだった。

 

「アルビオン側の敗北は、時間の問題だって聞いたわ。この土地が賊のものになるって思うと、悔しくてたまらない」

 

美しい景観を誇るアルビオンが、賊の手に落ちることに対して私が嘆いたことから始まり、今に至る。

実際に見た訳ではないけれど、遠い噂で耳に届く限りでは、その線が濃厚とされている。

 

「……こればかりはどうしようもない。私達が仮に足掻いたところで、結果が僅かにでも好転するなんてことは有り得ない。人ひとりの力とはそれだけちっぽけなのだよ」

 

「それは、ヴァルディでも?」

 

それは、純粋な疑問だった。

戦争で英雄が生まれても、必ずしも英雄が戦争を終わらせる訳ではない。

 

「無論だ」

 

「……そう。そう、よね」

 

それを聞いて、私は安堵していた。

少なくとも、彼はあの夢のような光景を望んで迎えるということがないことが分かったからだ。

そんなことでは何の慰めにもならないが、少なくとも私達に何のしがらみもなければ、私が逃げようと言えば一緒に逃げてくれる筈。それが分かったけでも僥倖と言えた。

 

瞬間、爆音と共に船全体が大きく揺れた。

 

「何?何なの!?」

 

「落ち着け。――どうやら砲撃のようだ」

 

冷静なヴァルディの対応に、私も冷静になる。

彼が指さした方向には、大砲を突きつけた船が一隻並走していた。

 

「ルイズ。まずいことになった」

 

「ワルド、これは一体」

 

「空賊だ。降伏しなければ、最悪このままなぶり殺しにされるかもしれない。私は空石への供給に魔力を使っているから、あの船を打倒する程の戦力は残っていない」

 

「そんな……。じゃあ、ヴァルディは?」

 

「正直な所、分からない。やれる可能性はあるが、リスクが伴う」

 

「リスク?」

 

「――力を、制御できないかもしれない」

 

その一言だけで、充分だった。

彼なら、この船もろとも破壊する火力を叩き出しても不思議ではない。

そういう、凄みがある。

 

「大人しく従おう。このままでは何も出来ずに終わってしまう」

 

「そうね……」

 

結局、私達は投降した。

武器の一切を回収され、牢屋に入れられてしまう。

 

「こんな所で足止め喰らっている訳にもいかないっていうのに……」

 

「こればかりはどうしようもない。恐らく尋問か何かで対話をすることになるだろうから、その際に色々上手くやってみよう」

 

私達は、ただ静かに待つことしか出来ない。

ヴァルディは、何も言わず目を閉じ座っている。

彼ならこの状況を打開出来るのでは、と思っていたけど……。

それとも、何か考えがあってのことなのか。

 

「おい、お頭がお呼びだ」

 

乱暴にドアが開かれ、手下の一人がそう告げる。

手下に前後を挟まれる形で、船長室に連行された。

 

「ようこそ、我らの船へ」

 

親玉であろう男が、回転椅子に身体を預けながらそう言った。

 

「歓迎される気なんか微塵もないけどね」

 

開口一番悪態をつくと、親玉はそれを笑う。

 

「随分と勝ち気なお嬢さんだ。身なりからして貴族らしいし、贅沢な皿洗いとして働いてもらうのも悪くない」

 

「――――誰がッ!私は王党派の使いなのよ!そんな狼藉、許されるとでも思っているの?」

 

「アルビオンへの王党派、ねぇ。あんな明日にでも消えちまいそうな場所に使いなんざ、物好きだな」

 

「そんなの、アンタに言われる筋合いなんて無いわ」

 

「貴族派につけば、礼金だってたんまりだろうし、そっちに行く気はないか?」

 

「死んでもお断りよ」

 

気丈に親玉と言葉を交わしているが、自分の身体が震えているのが分かる。

そんな中、ヴァルディが私と親玉の間に割って入ってきた。

 

「……なんだ、兄ちゃん。俺はこの嬢ちゃんと話をしているんだが」

 

「――似合わないな」

 

「あ?」

 

「立ち振る舞いも、言動も、似合わないと言っているんだ。止めたらどうだ?」

 

何を、言っているのか。

まるで荒唐無稽な会話。聞く人が聞けば、気が違ったのではと思われても不思議なくらいの内容だ。

挑発とも呼べなく無いが、そんなことを今して何になる?

彼は無意味な行為はしない。なら、この発言にも意味がある筈。

 

「……そうだな、それもいいか」

 

どこか納得したかのような表情で、親玉は小さく笑みを作る。

 

「どうやら、彼は気付いていたらしい。まったく、トリステインは優秀だよ」

 

そう言うと、親玉は一張羅を捨て、別の服装に着替える。

その服装は、まるで貴族のような煌びやかな意匠がこしらえており、その姿は様になっていた。

 

「先程は失礼した。私は王立空軍大将本国艦隊司令長官――――といっても、最早『イーグル号』しか残っていないのだがね」

 

バンダナを取り、振り返る。

その姿は、とても気品に溢れていた。

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

親玉は、私達が探して止まなかった人物だった。

 

 

 

 

 

親玉は、ウェールズ・テューダーご本人だったでござる。

いやね。ワルドよろしくこんな優男がお頭だって言うもんだから、つい似合わないって言ってやったのよ。

だってさ。お頭とか言う人種は大抵髭面で豪快な性格をした人物って相場が決まっているじゃないか。

例外があるとすれば、どこぞの王女が海でお頭やってるパターンぐらいのものだ。あれはいいものだ。

それはいいとして、目的の人物だと分かったのだが、訳ありとはいえ王族なのに空賊に扮していたこともあり、ルイズちゃんが懐疑的になっていた。

しかしそれも彼が風のルビーと言う、水のルビーと対を為す宝石を持っていたことで晴れた。

 

そんでこんで、ようやく手紙の件に移った。

従妹が結婚するという事実がかなりショックらしく、今にも崩れ落ちそうだった。

こればかりは、僕にはどうしようもない。

運命を変えられるなら変えてやりたいけど、僕程度のスペックじゃ国を動かすなんてどだい無理な話だ。

ウェールズは大事に仕舞っておいた手紙をルイズちゃんに手渡し、僕達は民間人を乗せたイーグル号を使い、トリステインに帰るよう促された。

しかし、ルイズちゃんはウェールズに亡命するように進言した。

勝ち目のない戦いに身を投じることを、優しい彼女は良しとしなかった。

だが――ウェールズはそれを拒否。

王が臣下を捨てて亡命するなど出来ない。そう揺るぎない瞳で答えた。

――イケメンめ、このヤロウ。そう心の中で叫んだよ。

外見だけじゃなくて、心もイケメンか。

憎まれっ子世に憚る、とはちょっと違うかもだけど、いい人ほど早死にするっていうのはどこでも一緒か。

恋仲だったのは所詮過去の出来事だと、嘘っぱちも良いところな発言をしてでも、その決意に揺らぎはないことを証明してみせた。

ルイズちゃんは、終始納得出来ない様子だったが、彼には何を言っても無駄だ。

 

そうして、僕達は最後の晩餐と呼ぶに相応しいパーティに招待されることとなった。

ワルドがウェールズと二人きりで何か話をしているのが気になったが、今は重要なことじゃないだろうし、放置した。

それよりも、今はルイズちゃんだ。

誰もが無理してでも明るく振る舞っている光景に耐えられなくなり、今はバルコニーで黄昏れている。

そんな僕は今、ウェールズと一対一で会話をしている。

 

「ルイズ君に聞いたよ。君は彼の使い魔だそうだね」

 

「そうだが」

 

「まさか人間の使い魔だなんて思いもよらなかった。――しかし、相応の能力はあるようだね。僕の正体にも気付いていたようだし」

 

おう、皮肉か。

確かに僕は使い魔として役に立ってないかもだけどさぁ。ヒトガタでは頼りないかもだけどさぁ。

それと、気付いてません。何言ってるんだコイツ。

とはいえ、ややこしくなりそうなので撤回はしないでおく。

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

「はは。――それはそうと、ワルド殿から聞いたが、ルイズ君が結婚するというのは、本当か?」

 

「……何を、言っている」

 

「いや、先程彼に話があると誘われて、結婚式を挙げるからその立会人になって欲しいと頼まれたんだが。本当は内密にとのことだったんだが、彼女の使い魔である君なら知っても知らずとも、聞く権利はあると思ってこうして訪ねた訳だよ」

 

「……馬鹿なことを。その発言は有り得ない。彼女は私にワルドとの恋愛感情はないと、そうはっきり宣言していた」

 

「それは、おかしいな。発言に食い違いがありすぎる」

 

ワルド、一体何を考えている?

まるで出来レースのように手紙を受け取って、いざ帰るとなった時にこんな話題を出すだろうか。

立会人にしたって、ウェールズに固執する必要はない。

むしろ、祝福されたいという願望があるのなら、こんな人が集まるかも定かではない状況下で結婚をするなんて、普通は考えない。

死者へ向けての手向けだというのであれば、そんな重要な問題ををルイズちゃんと相談していないのはおかしい。

……まさか、アイツがこのミッションのラスボス、なのか?

 

「嫌な予感がする。ワルドに会ってくる」

 

「待ってくれ。もしその食い違いにワルド殿の悪意が関わっているのであれば、この場で手出しはしない方が良い。それが真実だとしても、彼はしらを切り続けるだろう。少なくとも、明日までな」

 

「なら、ルイズに証人になってもらうのは」

 

「サプライズで黙っていた、と言い逃れる可能性もある。ルイズ君本人にしたって、照れ隠しだと言われればそれを証明する絶対手段がない以上、どうにでもなる。ましてやここは僕達しかいない。僕達は明日にでも死地に向かうし、君は使い魔だ。僕達は言わずもがな、使い魔である君は強引にだろうと婚約が成立してしまえば、立場上それに従わざるを得なくなる。使い魔の不祥事はメイジの不祥事だ。下手を打てば彼女の立場も危ぶまれる」

 

「…………」

 

「更に言えば、彼はグリフォン隊の隊長らしいじゃないか。そんなトリステイン王国の中枢に食い込むであろう立場の人間を証拠なしに糾弾しても、戯れ言として切って捨てられるのがオチだ。僕も、その言葉がトリステインに届く頃には生きてはいないだろうしね。捏造だと言われて当然と踏んだ方が良い」

 

「いっそこの場で倒す、というのは」

 

「それが一番堅実な手段かもしれない、が――彼はスクウェアの風メイジのようじゃないか。はっきり言って、僕達でどうにか出来る相手かどうかも分からない上に、仕留め損ねてトリステインに逃げられでもしたら、それこそ最悪の事態だ」

 

手詰まり、というにはウェールズの発言には穴が多い。

多いが、そのどれも決して有り得ない可能性ではない。

強引に事を運べば、それだけ僕達が不利になる。

後手に回らざるを得ないとなれば、必然的に相手の出方を待つしかない。

ワルドの出方次第では、一発でチェックメイトになるかもしれない。

それだけは、避けたい。

ルイズちゃんの悲しみは、最早彼女だけのものではないのだ。

 

「――だから、僕にいい考えがあるんだ」

 

ウェールズは、意地の悪い笑みを浮かべて、そう言った。

 

 

 

 

 

私は一人、廊下を歩く。

ウェールズ皇太子一派の最後の晩餐は、見るに堪えないものだった。

誰もが偽りの笑顔で楽しむ光景に、痛々しさしか感じられない。

彼らは、死を受け入れていた。

愛する者がいるのに、それを無視してでも得る誇りが大事だというのか。

アンリエッタが悲しむことを理解していながら、それでも貴族らしくあることが正しいことなのか。

 

「ルイズ」

 

気が付けば、ヴァルディに声を掛けられていた。

私は思わず、彼に向かって飛びつき、その体勢のまま顔を埋める。

 

「……ねぇ、ヴァルディ。誇りってそんなに大事?愛する人が悲しむと知って尚、戦いに準殉じて誇りを残すことが、本当に正しいことなの?大事な人を護る為なんて言ってたけど、ウェールズ皇太子がアンリエッタ姫と再開すること以上に大事なことが、この世にあるって言うの?」

 

ヴァルディは、何も答えてくれない。

 

「私は、こんな自分のことしか考えていない国の人達なんて、大嫌い。早く、帰りたいよ……」

 

感情が抑えられず、私はヴァルディの胸の中で涙を流してしまう。

私は、彼の前だと弱くなってしまう。

気丈に振る舞っても、彼の前ではそんなメッキは容易く剥がされる。

 

「――君には、家族はいるか?」

 

「いるわ。当然よ」

 

突拍子もなく、そんなことを言い出すヴァルディ。

私は淀みなく答えると、そのまま彼は言葉を続けた。

 

「もしその家族の誰かが、君の為に命を賭けるとしたら、君はどうする?」

 

「そんなの、止めるに決まっているじゃない!」

 

「何故だ」

 

「そんなの、家族だから――大事な存在だからに決まって、」

 

「それが答えだ。ウェールズ皇太子が亡命すれば、彼を確実に抹殺せんと貴族派は躍起になるだろう。そうなれば、亡命先であろうトリステインが第二の標的となるのは自明の理。遅かれ早かれそうなるにしても、早ければそれだけ対抗する時間を奪われてしまう。――彼は、愛する者を護る為の時間稼ぎがしたいのだよ」

 

その言葉に、ハッとする。

 

「誰かを好きになるという感情は、等しく持ち得る崇高なものだ。だが、その形は人それぞれだ。添い遂げたいという思いを振り切ってでも、彼は愛する者の為に命を張る選択をしたのだ。それを貶めるような発言は、誰であろうとしてはいけない」

 

「……そうだとしても、納得なんか出来ないわよ」

 

「する必要なんかない。この選択だって、本当に正解とは言えない。この問題に正しさを問うこと自体無意味なのだから」

 

それだけ言うと、ヴァルディは私を抱き締めた。

私、彼の主なのに、いっつも弱いところばかり見せてばかりで。

今もこうして、泣き言言って彼に迷惑を掛けている。

それでも、今だけは――彼の胸の中で声を殺して泣こう。

ウェールズ皇太子との別れを、涙で飾らない為に。

 

 





少し後半の展開が早足になってしまいましたが、原作と同じ工程をうだうだ踏むぐらいなら、あらすじでいいんじゃね?と思ってさっくり省略したのですが、どうにも上手いカットではないので、違和感があると思います。
ぶっちゃけ、データ飛んだからモチベが一気に落ちたせいでもある。

次回、遂に決着。ようやくだよ、畜生。

余談だけど、最後のヴァルディがルイズを諭す時の会話内容は、裏側でのウェールズ皇太子との対談の際に本人から語られたことをオマージュしただけのものだったりする。そんなもんだ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。