Infinite possibility world ~ ver Servant of zero 作:花極四季
書けるときはこれぐらい書けるんだけどねー。年末だし、もう少し頑張ろうかな。
ラ・ロシェールに到着したよ!
山に囲まれた港町という一見矛盾した場所だが、アルビオンが空にあるという事実から鑑みるにここにある船とは飛空挺のことなんだろう。
ともあれ、長旅による疲労もあった為(僕は定期的にログアウトしてたからそうでもないけど)直ぐさま宿に向かうことに。
「やぁ、待ってたよ」
そこにはワルドが居た。そう言えば先行していたんだっけ。
「早速だが残念な報せがある。船は明後日まで出ないようだ。スヴェルの夜の関係もあるから、こればかりはどうしようもない」
「そんな……急いでいるのに」
ルイズちゃんが目に見えて落ち込んでいる。
タバサ先生の授業でスヴェルの夜って言葉を聞いたようなないような。
確か飛空挺を飛ばすのに最も適した日だったっけ。
「どうにかならないの?」
「強引に事を運ぶことは出来ないこともないが、一般人に身分を明かすことで情報が漏洩する危険がある。そうなれば立場としては不利になる。余程の事がない限りは控えるべきだろう」
「船が出ないのならば、ここで問答している意味もないだろう。各自休息を取るべきだ」
取り敢えず立ち話もアレなので提案する。
「ああ、そのことなんだが、悪いがこちらで宿の手配は済ませておいた。部屋割りも含めてね」
「で、その部屋割りはどうなっているのかしら?」
「キュルケ君とタバサ君、ギーシュ君と使い魔君、そして僕とルイズ、このような部屋割りにしておいた」
……そうきたか。抜け目がないなワルド。
折角手回しが良かったこともあって少し見直してきたっていうのに。
しかし、こればかりはどうしようもない。
変更は出来るのかもしれないが、ここで部屋の割り当てに抗議をしようものなら、こっちが粘着質な間男みたくなってしまう。
「なんで私とワルドが一緒の部屋なの」
「もう数年も会っていなかったんだ。こういう時でも無い限り落ち着いて話も出来ないと思ったんだ」
「……そう、わかったわ」
ルイズちゃんも渋々ながら了承する。
話ぐらいなら別に問題はないか。
男女7歳にして同衾せずなんて言葉もあるが、それを僕が言える立場じゃないしね。
まぁ、僕はルイズちゃんの部屋では壁にもたれ掛かって寝てるんだけどね。
「という訳で、ここからは各自自由行動と行こう」
ワルドの言葉により、各自解散となる。
ワルドはルイズちゃんを連れ、部屋へと向かっていく。
その際のルイズちゃんの後ろ髪を引かれる視線が、少し心に突き刺さる。
ごめんよ、何も出来ない僕を許して下さい。
「ルイズったら、色々と面倒な状態みたいね」
同じくその姿を見送っていたキュルケがそう呟く。
「分かるのか?」
「同じ女だもの。好きでもない男に言い寄られても嬉しくもないし、迷惑なだけよ」
「……引き留めるべきだったのだろうか」
「さぁね。でも、この旅って結構重要なんでしょ?下手に仲間内で確執を作るようなことはするべきじゃないと思うわ。それに貴方がどうこうしなくても、あの子が彼に靡くなんて事はないわ」
「随分とはっきり言うのだな」
「ええ。確信を持って言えるわ。もしあの子の心がワルドに傾くとすれば、魔法で操られているからとしか考えられないわ」
「そこまで言い切れるか」
ふむ、そこまで断言出来るって事は、ワルド以上の思い人がいるのだろう。羨ましいね、その男が。
「兎に角、今は休みましょう。それとも、私達の部屋に来る?」
「そうだな。邪魔でなければお邪魔しても構わないだろうか」
答えると、キュルケは意外という目で僕を見る。
「意外ね。断るものだと思ってたんだけど」
「断らなければおかしいのか?」
「……いえ、そうでもないわ。じゃ、行きましょう」
キュルケはほんの僅かに難しい表情を一瞬浮かべたかと思うと、いつもの笑顔を浮かべる。
そうして僕は夕食までキュルケとタバサ先生のいる部屋にお邪魔することになった。
ワルドと二人きりの部屋で、互いにワインを煽る。
一口つけたところで、ワルドが言葉を紡ぎ始める。
「君と二人でワインを飲める日が来たことを、僕は嬉しく思う」
「……もう、そんなに年月が経ったのね」
蘇るは、幼い頃の記憶。
ワルドは魔法の使えない私にも真摯に接してくれた。
陰湿な悪意にばかり晒されてきた人生の中で、彼という存在は確かに私の中では大きかった。
でも、その立ち位置は最早ワルドのものではない。
彼が如何に私に好意を抱いていようとも、その期待には応えられない。
「姫殿下から預かった手紙はきちんと持っているかい?」
「ええ。肌身離さず」
「それならいい。――折角二人きりだというのに、堅苦しい話はあまりしたくない。昔話にでも花を咲かせようではないか」
「……今でも覚えていますわ。幼い頃の不甲斐ない自分を。そして、今でもそれは変わらない」
「君はいつも二人のお姉さんと魔法の才能を比較され、それが理由で怒られていたね」
「デキが悪いのは今も同じよ。――学院の誰よりも魔法に精通しようとも、魔法が使えるようにはならなかった。誰よりも努力しようとも、それは何一つ成果として現れなかった」
「しかし、君には特別な力がある」
ワルドが口にした言葉に、初めて私の意識が強く傾く。
「特別な、力?」
「僕は昔から君に才能がないとは思えなかった。誰よりも努力し、勤勉でありながら魔法が使えない。更にはヴァリエールという名門の血筋を持ってして尚魔法が発現しないとなれば、それは君が特別な存在だからという他に有り得ない」
「そ、そんな訳」
「成り立てとはいえ、僕もスクウェアメイジだ。何となくではあるけど、そういうのはわかるんだ」
だったら、お母様やお父様がその事について一切の指摘をしなかったのは何故?
同じ属性であり、ワルドなど歯牙にも掛けない実力者であるお母様が気付かない訳がない。
知っておきながら、敢えて指摘しなかったとでも言うのか。
「――君は、自分の使い魔を強く信頼しているようだね」
「え、ええ。彼はいつも私を気に掛けてくれて、それに強くて優しくて――私なんかには勿体ないぐらいの使い魔よ」
これは、紛れもない本心から来る言葉。
魔法も使えないメイジとも呼べない存在から召喚されたにしては、彼はあまりにも優れすぎている。
完璧超人という言葉があそこまで相応しい人など、そうはいない。
――思えば、私は彼がエルフだということ以外は、詳しいことは何も知らない。
剣術に優れ、圧倒的身体能力を誇り、私達が知らないような知識にさえ精通しており、何よりとても紳士的だ。
しかし、それしか知らない。
私が召還される以前は何をしていたのか。何歳なのか。家族はいるのか。
そんな些細なことでさえも、彼の口から語られることはない。
話したくないのか、それとも話すに値しないと考えているのか。
知りたいと思うと同時に、知ることを恐れている自分がいる。
知ることで、今の関係が瓦解してしまうのではないか、という先の見えない恐怖に囚われている。
依存している、と言われたら否定できない。
「……君は、彼のことが好きなのかい?」
「そ、れは」
「皆まで言わなくてもいい。これでも多少は年を食って生きているから、その辺りの機微は理解できるつもりだ。でも、納得できるかどうかは別だけどね」
そう言い、ワルドは立ち上がり部屋の窓を開ける。
月に照らされたワルドの姿が、どこか遠い存在に感じる。
「口の悪い言い方になってしまうが、僕としてはぽっと出の男に許嫁を取られたようなものだからね。幼い頃からの仲であるルイズが知らない内に取られたとなれば、良い気分ではないというのが本音だ」
ワルドの言い分も分かる。
私だって同じ立場なら同じ感情――いや、それ以上の怒りを露わにすることだろう。
同時に、自分の魅力のなさに対して情けなさを覚えることだろう。
「だから僕は、この旅で再び君の心を動かしてみせる。今宣言しよう」
彼の目は、本気だった。
それだけ思われているということは、これ以上とない幸福の筈なのに――――どうして、こうも不快に映るのだろうか。
それからは、本当に他愛のない話が続いた。
そんな間でも、私の頭の中にはヴァルディのことしかなかった。
早くこんな時間が終わればいいとも願った。
それがどんなに残酷な言葉であろうと、そんなことはどうでもよかった。
先程の会話を以て、私の中からワルドに対するしこりは完全に失せた。
今はただ、私を振り向かせようとするワルドの強い思いさえ、邪魔でしかなかった。
次の日の朝!
明日にはようやく船に乗れるようだけど、ただ待つだけというのは退屈で仕方ない。
遊びに来ている訳じゃないし、ルイズちゃん達から離れる訳にもいかないから必然的に行動範囲も制限されるわけで。
そうして宿の裏で太陽の光を満喫していると、ワルドが現れる。
「やぁ、使い魔君」
「何か用だろうか」
「いや何、少々気になっていることがあってね。――君の手に刻まれているルーンについてなんだが」
これっすか。
武器を構えたら光るんだけど、普段は全然見えないというあぶり出し仕様。
そういえば、このルーンのこと全然知らないや。
なんかこれのお陰で現実では考えられない動きが出来ると踏んではいるんだけど、実際は分からないんだよね。
「僕は君が伝説の使い魔、ガンダールヴだと踏んでいる」
伝説の使い魔?
あー、なんかタバサ先生の授業でそんなのあったような。
「僕は歴史や兵に興味があってね。フーケ討伐の件もルイズから昨日聞いたから、その情報を踏まえて過去に調べた情報と整合してみた結果、そういう仮説に到ったのだよ」
「ふむ。それで私がそのガンダールヴだとして、それだけで話は終わりではないのだろう?」
「ああ。――君に、手合わせを申し込む」
手合わせ?決闘ですか。
「あの土くれを退けたとされる実力を知りたい。それに、戦力の把握をしておくに越したことはないだろう?」
成る程、ワルドの意見は尤もである。
「だが断る」
「……何故だい?」
「戦力の把握は確かに大事だろう。だが、所詮決闘程度では完璧に把握なんて無理だ。それに、下手に怪我でもすれば任務に支障を来す。そして何よりも、決して私一人の力でフーケを討伐はしていない。私一人の力など、たかが知れているよ」
それを最後に、この場から去ろうとする。
するとワルドが挑発めいた言葉で引き留める。
「怖いのかい?負けることが」
「たかだが決闘ぐらいでの勝敗にこだわる程、私は評価に固執してはいない。私達が今やるべきことは、明日に備えた体調管理とその為の休息だ。違うか?」
少しムッとしたので、正論を叩きつけてやると黙り込んだ。
「それと、野盗が襲ってきた時、上空にいた貴方が第一に危険を察知するべきだったというのに、それに関してはどう弁明するつもりだ?曲がりなりにも魔法衛士隊の隊長なのだろう?その体たらくで他人の実力を探るなど、片腹痛い」
つい、ワルドに対しての評価もあり、随分辛辣な言葉を吐いてしまった。
流石に申し訳なかったが、言葉を引っ込めることも出来ないし、謝罪もあそこまでボロクソ言ったばかりでは意味がないだろう。
とはいえ、こちらは恐らく正論しか言っていないつもりなので、謝る必要はない筈。
この場に居ては面倒しか起こらない自信しかないので――そのまま僕は逃げ出した!
徒歩で。
ワルドの視線から完全に逃げられたところで、一息吐く。
しかし、不意に声を掛けられる。
「何故戦わなかったの?」
タバサ先生だった。
流石にパジャマ姿ではなかったけど、学院の制服ではなく借り物であろう質素な服に身を包んでいた。
「見ていたのか」
「偶然。それと、質問に答えて。貴方なら彼程度の実力者、加減することも容易だった筈。下手に問答するのではなく、実力で黙らせれば良かった」
なんかタバサ先生が予想以上にアグレッシブかつバイオレンスな発言をしているんだけど、どういうことなんですかねぇ……。
先生もワルドに対して思うところがあるのかもしれない。
それに、僕は強くないだろ……。強く見えるのは、テンコマンドメンツのせいで、僕自身はぺーぺーだ。
まぁ、別にあって困る誤解でもないし、修正する必要もないだろう。
「あまり面倒なことにはしたくないからな。必要に駆られない限りは、戦うつもりはない」
そう返答すると、不満そうに目を細める。
先生が何を考えているか分からないけど、一応のメインは手紙奪還なのだ。こんなことで仲間割れはしたくない。
まぁ、さっきの発言でもう手遅れかもしれないけど。
結局、それ以上会話らしい会話をすることなく、ルイズちゃんに二人きりでいるところを目撃されるまでは静かな時間を過ごすことになった。
船の発着がいよいよ明日に迫った夜、宿のバルコニーで夜風に当たりながらワインを煽る。
ワルドが私を振り向かせると宣言してから、複雑な感情が入り乱れ続けている。
手紙の奪還という重要任務に就いている身分でありながら、そんなものを投げ打ってでも早くワルドから離れたいと考えている自分がいる。
ここまで来ると、病気にすら思える。
確かに私はワルドに対して恋愛感情は持ち合わせていないが、だからといってここまで雑に扱う程嫌ってもいなかった筈。
自分でも理解しきれていない彼への感情。
いっそばっさりと切り捨てられる程の浅い関係だったら良かったのに。
「浮かない顔をしているな」
「ヴァルディ……」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはヴァルディが変わらぬ表情で立っていた。
そのまま彼は自然に隣まで移動し、フェンスに身体を預ける。
「ワルドのことか」
「ええ。……彼、私をどうしても振り向かせたいみたい。その気持ちは嬉しいけど、それには応えられないって分かっているから、余計にどういう身の振り方をすればいいかが分からなくて……」
ワルドという一個人に嫌いになる要素はない。
これがただの友人関係だったならば、私達は良き関係でいられたと思う。
しかし、幼い頃の口約束による婚姻に固執している、という事実が彼に対する評価を著しく下げさせている。
彼は何も悪くない。巡り合わせが悪かっただけ。
「こればかりは主達の問題だ。第三者である私が干渉していい問題ではないだろう?」
「そ、そんなことはないわ。そんなこと」
そんなこと、ある。
ヴァルディは仮に私がワルドと結婚することになっても、何も言わずに付き従ってくれるだろう。
所詮、私と彼は主と使い魔という関係。
そこに本来あるべきでない感情が取り払われてしまえば、残るはただの一方的な隷属のみ。
主と使い魔の関係は、対等ではない。
私はそんなこと欠片も思ってはいないけれど、周囲はそう認識しない。
彼だって、それぐらい理解した上で私の使い魔をやっているのは考えるまでもないこと。
逆に言えば、だからこそ彼はこう考えているのだろう。自分の意見に何の価値もない、と。
そんなことはない。しかし、それを口にしたところで彼が納得するかどうか。
彼はとても強く、聡明でありながら私なんかを立ててくれている。
その怖いほどの奉仕の精神は、時に私を不安にさせる。
私を大事にしてくれるのは嬉しい。でも、それを理由に彼が不幸になっていい理由にはならない。
――――ふと、あの時の夢が脳裏に蘇る。
万を優に超える大群に、たった一人で相手取る光景。
まさに無双と呼べる大立ち回りをしていたが、今はそこは重要ではない。
問題は、何故あのような状況に到ったのか、ということ。
夢なのだから起承転結なんてあってないようなもの。そう考えるのが普通だが、その前に見た夢がまるで予言めいた結果を出してしまったせいで、ただの夢だと切り捨てることが出来ないでいた。
あれは、間違いなく戦争だった。
戦争に呼ばれるなんて、まともじゃない。情勢も、自分達の立場も。
今こうして手紙奪還の任を受けてはいるが、もしかして失敗するのではないだろうか。
そんな考えに到った理由としては、そもそもこの任務は戦争回避の根幹を成すものだということが挙げられる。
これだけで戦争が回避出来るなんて思ってはいないが、同盟が成立すれば、あんなたった一人の使い魔が頑張らなくてはいけない状況に発展する筈がない。
――或いは、彼の身分、ないし実力が露呈したことで、国の命令でそうせざるを得なくなったのか。
仮にそうなろうとも、彼はそれに応える義務は持ち合わせていない。本来なら。
そうなるとすれば、間違いなく私のせいだ。
私はトリステイン国民であり、貴族は国が命令すればそれに従わねばならない。それが例え学院に通う若きメイジであろうとも。
メイジと使い魔は一心同体。ならば、彼も戦力として数えられるのは自然な流れであり、そこに矛盾は存在しない。
更に、彼がどれ程の実力者かが王国側にバレてしまえば、間違いなく過剰戦力として彼を軸にした無茶な戦略が立てられるだろう。
私はどこまで行ってもトリステイン国民だ。最悪国が私を人質のように扱えば、ヴァルディは従わざるを得なくなる。
彼は優しいから。絶対に私を見捨てはしないだろう。
――辛い。辛くてたまらない。
それが憶測の域を出ない、夢物語を悪い方向に考えただけの子供染みた思考だったとしても。
私の無力が、トリステインに裏切られた事実が、彼を失うかもしれないという恐怖が。
夢というにはあまりにもリアリティのあった光景が、私の不安を強く煽る。
「――――どうした?」
思わず、驚きのあまり肩が跳ねる。
随分と思考に耽っていたらしい。
無意識の内にワインも飲んでいたのか、グラスはいつの間にか空になっていた。
「な、何でもないわ」
「そうか。ならいいが」
相変わらず、彼は言葉が少ない。
でも、それが不快だと思ったことは一度もない。
短い言葉の中に、確かな思いが籠められていることを知っているから。
無意識だったのだろう。私の身体は吸い寄せられるように、彼のいる方向へと傾いていく。
そうして、互いの身体が接触する瞬間。月に影が差した。
「なっ――――」
それがゴーレムだと認識するよりも早く、私はヴァルディに抱きかかえられ、バルコニーを離脱していた。
そしてそれに続くように、バルコニーにゴーレムの拳が刺さった。
「きゃっ!」
「目を瞑っていろ!」
破片から私を庇うようにゴーレムに背を向けるヴァルディ。
不謹慎だとは思うが、彼に抱かれているという感覚に居心地の良さを感じずにはいられなかった。
「あのゴーレムって……まさか、フーケ!?」
眼前に迫るゴーレムの風体は、破壊の剣飾奪還の際に襲われたそれとまるで同一の姿をしていた。
何でこんな所に。そんな考えが及ぶより早く、ヴァルディは私を抱いたまま一階へと駆け下りていく。
そこには、机を盾に弓矢を凌いでいる皆の姿があった。
「こんな緊急事態に、何イチャついてるのよ!」
「べ、別に好きでこんな状態な訳ないじゃない!」
慌ててヴァルディから離れ、同じく机の影に隠れる。
一瞬、ワルドの視線が刺さったが、直ぐにそれは逸らされる。
「あのゴーレムは恐らくフーケのものだろう。まさかこんな所で相手にすることになろうとはな」
「それに、アレは恐らく昨日の野盗の線が強いわね。昨日の今日で襲われて、フーケまでいるとなれば、あの襲撃が偶然だとはとても思えないもの」
キュルケが牽制のファイア・ボールを撃つも、射程外により傭兵まで届くことはない。
それだけで、相手はこちらの魔法範囲を把握しているのが分かる。
それはつまり、相手がメイジに対しての戦闘経験があるということに他ならない。
その事実が、キュルケの推測を確信へ到らせる裏付けとなる。
「――いいか諸君。このような任務では半数が辿り着けば目標達成となる」
弓矢の雨が降り注ぐ中、ワルドが深刻な表情で語り出す。
「僕とルイズ、そして彼女の使い魔である彼。この三人で裏口から脱出し、桟橋に向かい、残りの君達には囮となってもらう」
「なっ――そんなこと、出来るわけ」
「気持ちは分かるよ、ルイズ。しかしこの任務は絶対に達成しなければならないことは分かっているだろう?ここで手をこまねいていては全滅すら有り得るし、こちらの手を読んでいるとなれば、最悪船を運航停止にさせる何かをやられかねん」
ワルドの言い分は、どこまでも正論だった。
だからこそ、私には受け入れがたい言葉でもあった。
「キュルケ君達には耳の痛い話になるが、興味本位だろうとルイズを心配して来たのであろうと、戦線に加わってしまった以上は指示に従ってもらわねばならない。君達は今回の遠征に本来参加しない形だったから、当然目的も何も知らないだろう。この時点で君達がこの場で囮にならねばならないことはほぼ確定だ。目的も知らずについてきた所で、メリットはないからね」
「あの、僕はどうすれば……」
ギーシュがおずおずと手を挙げると、ワルドはさも決まっていたと言わんばかりに言葉を直ぐさま紡ぐ。
「君もここに残ってくれ。君は戦場に慣れていない様子。そんな状態では激戦が予想されるアルビオンでは足手まといになる」
「そ、そうですよね……」
ギーシュもある程度覚悟はしていたようだが、それでもショックは大きい様子。
無理もない。こんな危ない場所に残されるなんて、普通なら平然としていられる訳がないのだから。
「ま、仕方ないわね。こればかりはどうしようもないし」
「……キュルケ、それでいいの?」
「いいも何も、今の私達には戦力としての価値しかないんだから仕方ないじゃない。彼の言うとおり、私達は今回の任務とやらのことを何も知らない訳だし」
「タバサは」
「私達が残るのは、戦力の均一化から見ても適切」
つまり、この場で狼狽しているのは私だけ。
ギーシュも似たようなものだが、私よりは覚悟を持ってこの場にいる。
私だけが、学生気分のまま。
「納得してくれたようだし、早く行かなければ。すまないが、頼んだぞ」
「ええ。ド派手に演出して差し上げますわ」
ワルドが先行する形で走り去っていく。
私もそれに続こうと足を動かそうとするが、ヴァルディが未だに動かないことに気付く。
「ヴァルディ、何をしているの?」
私の問いには答えず、ヴァルディは囮役となった三人に視線を移す。
「あら、どうしたの?まさか愛の告白かしら」
二人の視線が交差する。
いつもの余裕な態度が崩れていくのが分かる。
普段なら割って入ってでも止める状況だが、何故だか今はそんな気にはなれなかった。
「残念だが、違う。ひとつ言いたいことがあっただけだ」
「言いたいことって――何もこんな時に」
ギーシュの抗議にも似た言葉を無視し、ヴァルディは一呼吸置き、それを言葉にした。
「――君達は強い。この程度の相手、手玉に取るぐらい容易だろう。だからこそ私達は、君達に安心してこの場を任せられる。この程度の相手、日頃の鬱憤を晴らすに丁度良いだろう?」
争いの喧噪の中、それは酷く鮮明に聞こえた。
激励でも渇を入れるでもなく、まるで世間話をするかのように語られたそれは、普段のヴァルディらしくない、ユーモアに溢れたものだった。
しかし、その裏に隠された真意を、この場にいる誰もが理解する。
――気負うな。恐れるな。お前達は私が認めた強者だ。なればこそ何を身構える必要がある?
そんな本音が透けて見えた。
どこまで本音か分からない。
しかし、彼女達を鼓舞するにおいて、これ以上とない言葉であったことは確かだった。
「――――ッハハハ!そうよね。たかだか傭兵風情、私の微熱で焦がすのは容易いことね」
「僕は強い、僕は強い、僕は強い。恐れるな、恐れるな、恐れるな――」
「……期待には応える」
各々が反応を示すと、ヴァルディは満足したのか一切の後ろ髪を引かれることなく、私を連れて宿を脱出した。
永遠に尽きないのではと錯覚するほどの矢の雨が降り注ぐ中、この場に残った三人は勝利を確信していた。
圧倒的劣勢であるにも関わらず、その意思に揺らぎはない。
そんな状況を生み出したのは、他でもないたった一人の使い魔の言葉によってであった。
「さて、あそこまで言われた以上、本気を出さない訳にはいかないわね」
「本気って、その化粧がかい?」
悠長に化粧直しをするキュルケに、ギーシュは呆れる。
「あら、私達はこの舞台の主役よ?脚光を浴びるからには、相応の身だしなみをしないと失礼というものでしょう?」
「まぁ、いいけどね。――さて、勝算はあるのかい?」
「勝算しかないわ。具体的な策はないけどね」
「そんなことだろうとは思ったけどね。――とはいえ、勝算しかないという部分には大いに同意するけどね」
タバサも静かに杖を強く握り締め、己を奮い立たせている。
ただ、勝てるという確信のみでこの場に立っている。
聞けば無謀にしか思えないだろう。しかし、当事者達はそうは思っていない。
圧倒的武力を持つ青年に、強さを評価されたという事実。それは彼女達に自信をつけさせるには充分すぎるものであった。
とはいえ、自分達が彼の期待に添える程の実力を持っているなど、誰一人とて思ってはいない。
ここにいる三人は、誰よりも彼の強さを身近に感じた者達である。
だからこそ、彼の言葉には社交辞令以上の意味合いはないと理解することも出来る。
それでもいい。今は無理だけど、いずれ本当に彼の信頼に応えられるようになれさえすれば。
これは、その最初の一歩に過ぎないのだから、この程度のことでいちいち気負う必要などどこにもないのだ。
「あの時はヴァルディ一人に任せっぱなしだったけど、今度こそ私達の力でフーケを倒しましょう」
「今度こそ、私達の力だけで」
「……その言い方だと、僕は場違いにしか聞こえないんだけど」
「場違いも何も、ドットとトライアングルじゃあ比べるべくもないでしょう」
「酷い言われ様だ。――いいさ。今こそあの日から欠かさなかった訓練の成果を出す機会だ。ここで僕が足手まといじゃないことを証明しよう」
「せいぜい期待しないでおくわ」
「――そろそろ、仕掛ける時」
「そうね。相変わらずフーケの姿は見えないのは不満だけど、あのゴーレムを完膚無きまで叩き潰せば、それで勝ちよね」
「その為にも、邪魔なものを一掃しないとね」
三者三様の構えで、杖を構え躍り出る。
今、蹂躙劇が幕を上げた。
本当は船に乗るぐらいまで進めたかったんだけど、これ以上長くすると全体のバランスが取れなくなっちゃいそうだったので、切りました。
今回は視点変更が多いなぁ……ややこしくないだろうか。