四つ葉のクローバー   作:そーだー

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従者達の夜と、朝

「で、何故にレムはパス無しで俺とお姉様がリーチかかってるの」

「バルスがスペードの八を止めるからこうなったのよ」

「止めるのが七並べの鉄板なんだよ!少なくともその筈なんだよ!」

スバルの決行した『始めの一歩を止めて後からゆっくり出そう』作戦はスペードの八以降を多く手にしていたらしいラムとスバル自身の手札にスペードの最後尾が存在した事でレム以外の二人にダメージを与える結果となった。

スバルがこの七並べを選んだ理由は、何故かどのトランプゲームでも勝つことが出来ないレムに対して意地でも勝ってやりたいという身も蓋もないものなのだが、スバルは大きな誤算をしていた。

それは七並べというゲームがある一箇所を止める事で誰かに影響を与えられても、その止めた箇所以降の数字を持っていないプレイヤーにはなんの影響もないという一点だ。

実際レムは見事にクローバーをほとんど持っており、持っていない部分は、スバルが序盤からパスしたせいで手札が切れないラムによって埋められ、終盤までパス無しで進んでいる。

「スバルくん、そろそろ出すカードがなくなってきたんじゃないですか?」

「大丈夫だレム。俺はやる時にやる男だからな」

「遊びでそんな意気込まれても反応に困るのだけれども」

「お姉様は自分の勝ち負けが俺に左右されてる事を改めて実感するべきだと思うぞ」

スバルの穴だらけの作戦による被害を受けたラムは、スバルが少しでもスペードを出さないと間が生まれパスが出来ずに敗北となる。ただしスバルも同じくしてスペードしか出せるものが無いためにその心配はほぼ無いのだが。

ちなみに三人目のプレイヤー、レムはというと

「スバルくん、あとは普通に切っていくしかないですね」

「やっぱりそうだよな……」

何故かラムよりも経験者のはずのスバルにくっつく形でサポートをしていた。言うまでもなく既に上がっている。スバルの手札はラムの出せない所に置く余裕があるほど良いものが残っていない。

逆にスペードを順番に出す流れさえ出来ていれば自然と上がることができるはずだ。

「お姉様、残ってる所と自分の手札からお姉様の負けが見えてるんだけどまだやる?」

スバルの何の気もない一言がラムの眉をピクリと動かす。

隣ではレムがスバルくんが悪い顔してます、と小声で呟いているが気にしないことにした。

挑発されていると分かったラムは何か言い返そうとして、思い留まった様子だ。

「続けるわ」

「あ、やばい」

スペードの最後尾ばかりが手札に存在するスバルがラムを煽っていたのには明確な理由がある。ここでラムに勝負を降りてもらわなければーースバルの負けは必須なのだ。

先が見えたラムはドヤ顔で手を進める。

ここに、第一回ロズワール邸従者による七並べが幕を下ろしたのである。

 

「スバルくん、落ち込まなくても大丈夫です!」

「レムはバルスを甘やかせすぎだわ。バルスは自分の力を自覚するべきよ」

「なんで七並べで負けただけでそんなに責められなきゃならないんだよ。次だ次!次は負けねぇ」

ババ抜き、大富豪、七並べとラムとは五分五分だが、レムには完敗しておりこのままではスバルのトランプという文化を持ち込んだ異邦人としての面子が立たない。

トランプ初心者でも分かり、経験者が有利に進むゲームを考えるが、比較的簡単で戦略が必要なゲームはやってしまった。ここにきて引きこもりであったことの影響を異世界まで来て実感する。そもそもスバルの知り得るゲームが少ないという一点が大きい。

「だいたい出来ることはやったからな……神経衰弱とかやるか」

結局、戦略も何も無い記憶ゲームに手を出す結果となってしまった。

 

「覚えるだけなら簡単だわ」

「ルールは覚えましたよスバルくん。いつでも始められます」

「じゃあレムもお姉様も表を見ないようにしながら裏向きのままカードを並べてくれ」

適当に裏向きのままカードを並べ、レムとラムに近寄る。

「この方向からさっき教えたルール通り、カードを捲っていこうか」

「スバルくんからでいいですよ!」

「バルスが意味もなく近寄ってきている気がしてならないのだけれど」

「いやいや同じ方向からめくる事で他の人がめくったカードを覚えやすくするんだよ!他意はないぜ」

この機に乗じてメイド姉妹の間に割って入り、距離を縮めるスバルに、対照的な反応を示す姉妹を見て少し前の事を思い出す。

一度はレムに、もう一度はラムにスバルは殺されている。

その理由も原因も彼女達が彼女達であるには当然の事で、仕方がなかった事だ。そう、仕方なかったのだと心に信じ込ませる様にしている。

だが、心はそれに従っているのに、身体が従わない。

ラムやレムが心を開いて近づいて来てくれているというのに、二人が近くにいるだけで「それ」を思い出してしまう。地を抉り、心の音を抉り、スバルの身体を抉った鉄球の音が。妹を思って躊躇わない風の刃が。

この世界では無かった事で、スバルが回避したものがメイド姉妹とスバルの間に見えない心の壁を生んでいた。

だからこそ、

「じゃあ七並べ始めるぞ!」

スバルの無意識から産まれる壁は、スバル側から壊すしかないのだ。

 

「数が合わねぇ」

改めて二人と仲良くしようと決め、心の底から遊んでやろうと神経衰弱を始めた矢先、小さな小さな事件が起こった。

「残り枚数は……五枚ですね」

「バルスが言っていた神経衰弱のルールだとこれじゃ続けられないわね」

「とりあえず何が無くなったか調べるか」

場にあるカードを裏返し、三人のカードも合わせて七並べの容量でカードを並べ始めると欠けたカードはすぐに見つかった。

「無いのは……クローバーの四、だな。なんか縁起良くねぇな」

幸運の象徴、幸せの象徴。何故か見つけると嬉しい四つ葉のクローバー。そんなカードの消失に落胆するスバルにラムとレムが反応する。

「スバルくん落ち込まないでください、探せばすぐに出てきますよ」

「バルスがカード一枚になんでそんなに落胆しているかは分からないけれど、三人で探せばすぐ見つかるわよ」

「レムはともかく、お姉様が協力的なのが怖いんですけど」

「失礼だわ。ラムはただこのままバルスと引き分けの様な終わりを望んでいないだけだから」

「お姉様がいつも通りでむしろ安心したよ。しゃーない探すか」

スバルは基本的にメイド姉妹、主にレムのお陰で綺麗なこの屋敷でそうそう物が無くなるとは思っていない。

せいぜい足元にありました、なんて所だろうと安易に考えていた。

 

少なくとも、クローバーの四を探し始めて十分経つまでは。

「なんでこんなに何も無い部屋で物が無くなるんだよ……」

「バルスがそのカードにそこまで固着している理由が分からないのだけれど」

「四つ葉のクローバー無くすとか幸福が逃げちゃうみたいで嫌だろ。只でさえ不幸事しか絡んでこない俺だぜ?小さな幸せもコツコツと、掴んだら離さねぇさ」

「四つ葉の、クローバー?」

ラムの質問にスバルが答え、その答えにレムが首を傾げる。そこでスバルは四つ葉のクローバーが何であるかを彼女達が知らない事に気付く。

「そりゃそうか、クローバーって言葉すら無いんだもんな。知りもしないわけだ……ラムとレムは葉っぱには興味あるか?」

「少なくともお茶にする茶葉にはこだわるわ」

「レムも茶葉以外には疎いです。スバルくんは葉っぱに興味があるんですか?」

「いや、全くない。茶葉もぶっちゃけ味の違いとかわからないし」

「それはバルスの舌が幼稚すぎるだけよ」

「それに関しては言い返しようがないんだが」

違う違う、茶葉の話がしたいわけじゃないと仕切り直して説明を始める。

「俺の住んでた地元ではその辺に生えてる丸い葉っぱが三枚ある草をクローバーって言うんだ。で、稀に四枚のクローバーがあって、珍しいからって理由で四つ葉のクローバーは見つけたら幸運になれるとか言われてるんだよ」

「珍しいから幸運……あまりこの辺りにはない考えね」

多種族が存在する中、銀髪のハーフエルフという、珍しいが幸運とは程遠い女の子がいる事を想像しているのであろうラムが少し苦い顔をする。

それとも、彼女達姉妹が鬼でありその在り方が珍しいの一言では言い表せない事を想像したのか。

どちらにせよ彼女達からすれば「珍しい」はこの世界では幸運より不幸の象徴に成りえてしまう。

「だから、小さい事だけど幸運の象徴を無くすとか俺としては考えられないわけ。どぅーゆーあんだーすたん?」

「はい!スバルくんの幸せを守る為にも全力で探します!」

「探してくれるのはいいけど鬼化まではしなくていいからな?」

意気込むレムの様子を見てその姉は半ば呆れ気味に仕方ないと探す作業を続ける。

なんだかんだで付き合いのいいラムだ。

「はっ、まさかこれは俗に言うツンデレというやつなのか」

「そのつんでれというものが何か分からないけれどラムに対して失礼な事を言ったという事実は伝わってきたわ」

「いや、ラム可愛いよラムって意味だぜ」

「バルスからそんな安っぽい愛の言葉を囁かれてもどんな暴言で返すか悩むから辞めてほしいところね」

「前言撤回。悪意しかなかったわ」

スバルとラムがいつも通りの馬鹿な会話をしていると、零れるような微笑が聴こえた。その声の主はというと堪えられないと言った風に口元に手を当てて必死に笑いを堪えていた。

「す、スバルくんもお姉様ももう少し真面目に……」

「そろそろこのコントも終わりにするか」

「そのコントとやらも分からないけれどラムはただ本音をそのまま口にしていただけよ」

「思いの外相方が厳しくてボケ担当は心が痛いよ」

レムに釣られる形でラムも笑顔を浮かべ、そんな姉妹を見てスバルも何かあったかいものを心に感じた。

それがあの記憶を塗り替えてくれる気がして、自分が何度も繰り返して手にした今を大切にしようと再度心に決める。

「にしてもこんな綺麗な部屋で無くなるか?」

「普通に考えれば無いわね」

「周りはほとんど無いですし実は山札の中にあるとか」

「葉を隠すならなんとやらってやつだな。もう一回山札確認するか」

スバルは山札を手に取り、一枚一枚重なっていないか確認しながら見ていくと、クローバーの三が僅かに他と異なる事に気がつく。

「あ、あった」

十分ほどの苦労は何だったのか、すんなり出てきたカードに安堵するスバルだが、迷惑かけたなと姉妹の方を見ると、意外にも怒った様子では無かった。

「バルスならやりそうだからそんなに驚く事でも無いわ」

「スバルくんのクローバーが見つかって良かったですね!」

彼女達の頭の中には端からスバルのミスで時間を無駄にしてしまった事に対する怒りは無い様でそれがこちらの罪悪感を駆り立ててしまう。

こういうのは相手が気にしていなくても言うべきだとスバルは頭を下げる。

「悪い迷惑かけた二人とも。良かったら神経衰弱もう一回やらないか?」

静かに燃えるラムと三人でこうしているのが楽しいのだと伝わってくるレムは、当然の様にスバルの提案に乗ったのだった。

 

「四つ葉のクローバー、か」

時は少し過ぎてすっかり夜中になってしまい、メイド姉妹も各自の部屋に帰ったのだが、スバルは寝付けずにいた。

「そういえばこっちにクローバーはないのか?」

ふと思い付いた疑問を口に出す。スバル自身の部屋でスバル以外の人間は居ないため、当然答える声はない。

「寝れないし散歩がてら探すか」

基本的に絶対安静を言い渡されているスバルだが、散歩ぐらいは許してもらえるだろう。

 

だが、その認識は甘いということを思い知らされる事となる。屋敷を出て、たった三歩の事だった。

「スバルくん何してるんですか!こんな時間に一人で外に出るなんて危ないですよ!」

「俺はそこまでぼけて深夜徘徊してるわけじゃ無いんだけどな」

「スバルくんは自分の立場を理解して無さ過ぎます。この王戦関連でどれだけの人が影で酷い目にあってるか知っていますか?」

「あれ、もしかしてエルザみたいなのが実は世の中わんさかいたりするの?もしそうなら現在進行形で生きてる事に違和感すら覚えるんだけど」

「流石に話に聞いたそのエルザという人に匹敵する程の人間が影の世界に数多くは居ませんが……エミリア様をつけ狙う輩は多いと聞いています」

スバルが深夜徘徊している所を見つけ、慌ててスバルの元へ駆けつけたであろうレムの口からは不安を煽るような発言しか出てこない。

むしろそうして不安を持ってもらうことで危機感を持ってもらいたいという意図があるのかも知れないが。

「じゃあ俺みたいな弱いのが夜中にふらふらしてたら捕まって拷問とか有り得るわけか」

「そうですよ。スバルくんは一人だと危ないんですからレムの目の届く所に居てください」

「今の言い方、若干ラムに似てるな」

「で、なんでこんな時間に外なんか出てたんですか?」

恐らくレムが最も聞きたかったであろう質問が少し遠回りをしてやっと出てきた。

レムからすれば、ともすればエミリアを含むこの屋敷の全員からすればスバルは身元不明、正体不明の命の恩人であり、得体の知れない人間であることに違いない。

ただ、一連の騒動で彼女達の信頼だけは勝ち取ったのがスバルの今回のループで一番手にしたかった成果だった。

「四つ葉のクローバー」

「スバルくんが今日言ってた葉っぱの事ですか?」

「そ、四つ葉のクローバー。地元にはあったんだけどこの辺りにもあるのかなって思ってな。今から適当に屋敷の光が当たってる辺りを探そうと思ってて」

「でもスバルくん探すなら昼の方が……」

「何となく今見つけておきたくて。レムに心配してもらってるのはすげぇ有難いけど、どうせこの辺の草を見て回るだけだし多分レムが心配してるような事は起きないと思うぜ」

「じゃあレムも探します!確か四つ葉のクローバーは見つけたら幸せになれるんですよね?」

「ま、まぁラッキーぐらいのあれだった気がしないでもないけど幸せになれるって解釈であってるよ」

レムの思いがけない提案にスバルの頭の中でぼんやりと描いていたプランが瓦解する。プランと言っても、メイド姉妹の髪飾りがクローバーに近い形をしていたので、彼女達が好きだろうという勝手な推測のもと、朝二人が起きたらプレゼントしてやろうというだけなのだが。

その相手と探しているようではプランも何もあったものではない。

「まぁ先に見つけて渡せばいいか」

こうして四つ葉のクローバー搜索は第二ラウンドを始めたのだが。スバルはこの時点で失念していた。

この世界にクローバーが存在しない可能性を。

 

三人でクローバーの四を探した時の様に十分ほど経って、スバルの集中力が途切れた。

「レム、そっちはどうだ?」

「クローバー、というのは無さそうです……さっきスバルくんに見せた葉っぱばっかりです」

「カードと違ってそもそも無いかもしれないしな……レムの夜目で見つからないんだから無さそうだな。よし、レム戻ろう!無いものを探しても仕方ねぇ」

「スバルくんがそれでいいなら……もう夜も遅いですし早く寝ないとエミリア様に怒られちゃいますよ」

「ならそれはそれでうぇるかむだな、まぁ寝不足で怪我が治りませんじゃダサすぎるし素直に寝るか」

屋敷の入口から一番近い洗面所に向かい、手を洗ってその場で各自の部屋に向けて別れる。

レムが視界から完全にフェードアウトしたのを確認してーースバルはまた玄関をくぐった。

 

翌朝、レムとラムの部屋には四枚の分かれた葉を元の葉のように並べたものが置いてあったという。残念ながらそれは四つ葉のクローバーではなく、昨夜レムがスバルに確認したクローバーではない葉っぱであり、その事はレムだけが知っている。だがレムは決して声には出さなかった。

朝の仕事が始まる時に、スバルに不思議そうに状況を話すラムを横目に、レムはスバルに一言だけ呟いた。

「幸運のクローバー、スバルくんにも届くといいですね!」




短いお話ですが、読んでいただいてありがとうございます。こんなお話、こんな設定で書いてみてください、なんてリクエストがあると喜びますので是非是非気軽にどうぞ。

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